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「久し振りだな、守」


授業を終え、イタリアに帰ると二週間ぶりに顔を合わせる人が居て、素の状態で瞬きを繰り返す。
豪奢で座り心地のいいソファに足を組みゆったりとした態度でいる彼は、守にとって父や弟と違う意味で特別な人。


「総帥!」


ぱあっと顔を輝かせ、執事の前だというのにスカートを靡かせ走り寄る。
エドガーとお揃いのリボンで緩い三つ網にした髪が揺れ、ノンフレームの伊達眼鏡が顔からずれる。
いつもどおりサングラスに黒服の影山の前で足を止めると、眼鏡を指の腹で押し上げてスカートの端を持ちちょこりと礼をした。


「ご機嫌麗しゅう、総帥」
「息災でいたか?」
「はい」


頭に伸びた手を子猫のように三日月形に目を細めて享受すれば、くくくっと喉を奮わせた影山は執事に視線で退出を促した。
意味を素早く察知した執事が一礼し部屋から出て行くのを見送り、気配が遠ざかったのを確認して眼鏡を外して机に置く。
髪を結わえていたリボンも解いてポニーテールにすると、にいっと先ほどまでより遥かに悪戯っぽい笑みを浮かべて飛びついた。


「どうしたんだよ、総帥!連絡もなしで来るなんて珍しいじゃん!」
「急に飛びついたら危ないだろうが。そんなのでも一応女の子なんだ、気をつけなさい」
「はーい。で、どうして俺んとこに来てくれたの?日本の学校の監督は辞めたの?」


柳眉を寄せた影山に窘められ冗談だよと肩を竦める。だが渋面を気にせずに膝の上に身を乗り出して問い詰めれば、仕方がないとばかりにため息を吐いた影山は、両脇の下に手を潜らすと小柄な体を抱き上げた。
今よりももっと小さな頃によくして貰った体勢。擽ったさに笑うと、また頭を撫でられる。


「相変わらず落ち着きがない。それで鬼道の娘が務まるのか?」
「何とかなるもんだぜ。俺って、天才だから」
「言っていろ」


呆れたような声で、それでも笑う影山に身を寄せる。
口では利用するだけだといいながら、頭を撫でる仕草は優しい。
様々な重責やプラスアルファがあるけれど、あらゆる意味で守にサッカーを与えてくれた恩師は、ひょいと胸元からDVDを取り出した。
差し出されたそれを受け取り、裏面と表面を確認する。
白い表面にも薄いケースにもラベルはなくて内容は全くわからない。


「これ、何?」
「お前にとても縁が深い映像が納まっている」
「縁が深い?どういう意味?」
「───そのDVDには、お前の祖父円堂大介の現役時代の映像が納まっている。何しろ私が子供時代のものだからな。映像を集めるのに苦労した」
「へぇ」


小器用に指先でケースを回し、気のない返事をした。
円堂大介。その昔、サッカー界に新風を送り込んだ偉大なゴールキーパー。
日本のゴールを背負う彼は、守護神として全国へ名を轟かせた素晴らしいプレイヤーだったらしい。

与えられた情報から思い出せる限りのことを指折りあげてもこの程度だ。
血が繋がっているとは言え、顔も知らない温もりも知らない相手で、生前の母親から実父についてほとんど話も聞いてない。
彼女が子供の頃に亡くなったと聞いているので、片親での苦労も多かったのだろう。
おかげでサッカー嫌いなった母親に制限され満足にボールにすら触れれない幼少時代を送らざるを得なかった。
サッカーがしたいと鉄塔広場で涙を零した回数も一度や二度じゃない。
もしかすると、このサッカーに対する焦がれるような想いだけが彼から受け継いだものかもしれないな、と自分より余程円堂大介に固執する恩師を見上げれば、彼もまたこちらを一心に見詰めていた。


「その中には映像と共に私が円堂大介の必殺技を解析したデータも入っている」
「ふーん」
「次に日本に帰ってくるまでに、お前はその中にある技を習得しておけ」
「技って、でも、円堂大介はGKだったんだろ?俺のポジションはMFだぜ?」
「───守。私が覚えろといった技は」
「全部覚えろって?判った、判ったよ。でも次に会うのは日本に帰ってからで、冬休み挟んだから大体一月後だろ?覚える技は簡単なの?」
「いいや、伝説とまで言われた技だ。円堂大介が日本のゴールを守るために使った技、『マジン・ザ・ハンド』」
「・・・本気で言ってるの?俺、チームの練習やお嬢様の勤めもあるんだけど?」
「お前がイタリアに渡る前、私は全てのポジションの基礎を叩き込んだ。私が育てた天才、『鬼道守』が『円堂大介』の技を盗めぬはずがない」


違うか、と問われ肩を竦めた。
どちらにせよ初めから守に選択肢などない。師である影山が覚えろと言えば、是と応えて実行する。
彼が執着するのは『円堂大介の孫』。理由や意味は知らないし、知る必要もない。
ただ自分の可能性を伸ばせるなら守に否はない。
貪欲にサッカーを欲する守を誰より理解する影山だけが機会をくれるというなら、彼の言い分に逆らう気はない。


「・・・リョーカイ。もう一年近キーパーの練習してないから、なまってないといいけどね」
「シュートは受けてなくとも基礎は続けているだろう。地下修練場にタイヤがぶら下がってたぞ」
「ふふ、優秀な教え子だろ?『基礎の反復はよりよい状態を維持するために必須』だからな」
「ああ、そうだな。お前ほど優秀な教え子はいない。お前ならじきにイタリアサッカー界を変えるだろう」
「まかせてよ。俺はイタリアから世界に出る。他の誰でもない、あなたから教えられたサッカーでね」


首に腕を巻いて頬を摺り寄せると、ぽんぽんとあやすように背中を叩かれた。
心地よい振動にくふふと声を漏らすと、猫みたいだと呆れられた。


「それにしても」
「何だ?」
「あなたももっと実用的な技を開発すればいいのに。皇帝ペンギン1号もビーストファングも俺以外には扱えないだろ?理想を形にしたとしても選手が潰れるような技は駄目だろ」
「それはお前じゃなく私が決めることだ。お前はお前の実力を上げることだけ考えておけばいい。───そう言えば、最近は南イタリアのフィディオ・アルデナと親しくしているようだな」
「ん?さすがに情報早いね。うん。あいつ、サッカーセンスも抜群だし、格好いいし性格もいい。今はライバルだけど、もしかしたら、近い将来一緒のチームでプレイするかもしれない」
「ほう・・・お前にしてはべた褒めだな。噂以上にいい選手らしい」
「まあね。あなたも一度プレイを見てみるといい。きっと、気にいるよ」


指を立ててウィンクする。ぴんと長い指先で額を弾かれ唇を尖らせると、影山はくつくつと楽しげに喉を奮わせた。


「私のお前ほど優秀ではないだろうが、次回の試合は見てみるとしよう」
「そうしなよ」
「ああ。さて、練習でも始めるか?今日明日とスケジュールを空けたから、みっちりとしごいてやる」
「そりゃ怖いな。でも総帥のメニューは効率的だから好きだ。あ、そうだ。俺の新技見てよ。微調整が上手くいかないんだ。日本では総帥も俺も忙しいし、俺の作った技のチェックまでは見てもらえないもんな」
「かまわん」


満足げに頷いた影山は、守を片腕に座らせるよう抱き上げた。
痩身だが以外に筋肉がついているので安心して身を預けていると、そのまま出口へと向かう。
トレーニングウェアへ着替えさせるために私室へと連れて行く気なのだろう。
ドアを開けるとそこで待機していた執事と一瞬眼が合い、彼は慌てて頭をさげた。
昔から鬼道家に仕える彼は、普段は誰かに表立って甘えない守が影山に抱き上げられるのも幾度も目にしている。
驚きでざわめくメイドを宥め、夕食まで戻らないと伝えた守に一礼し姿を消した。

絵画や観葉植物が飾られている廊下に出て、リビングから一つ角を曲がり二部屋目が守の私室だ。
長い廊下を靴音を立てて歩く影山は、たわいない会話の途中で不意に思い出したと口を開いた。


「そう言えば、面白い話を耳にした」
「何?総帥の面白い話って、そもそも本当に面白いの?」
「さあな。だがお前も興味は持つだろう。何しろお前の許婚の話だからな」
「許婚って・・・エドガー?」
「ああ。彼は愛しの許婚の趣味に合わせて、サッカーを始めたそうだ。バルチナス財閥でチームを作ってな」
「・・・エドガーが」


流石に驚いて目を丸くすると、やはり知らなかったかと影山が呟く。
以前教えたいことがあると楽しそうに嘯いていたが、これのことだったか。
なら、今知ってしまったのは少し申し訳ない。彼は自分で守に知らせたかっただろうから。

それにしても、サッカーなどと言っていたエドガーがチームを作るなど信じられない。
彼の趣味はオペラやクラシック鑑賞、美術館巡りや馬術にフェンシングだったと思ったが、意外すぎた。
なんにでも万能なエドガーだから本気で打ち込めばいいプレイヤーになるだろうが、それだけの情熱が果たしてあるのか。

小首を傾げた守に、影山は内緒話をするよう声を潜めてとっておきの情報を与えた。


「彼の作ったチームの名は『ナイツオブクィーン』。直訳すればイギリス紳士らしく女王陛下に対するものだろうが───さて、彼が想う本当の女王は誰だろうな」
「・・・・・・」


嫌そうに眉間に皺を寄せてすっぱい顔をした守に、らしくない笑い声を上げた恩師は心底愉快そうだった。

拍手[6回]

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「・・・・・・」
「・・・・・・」
「二人きりの時間を、と仰る割りに、随分と豪勢ですわねエドガー様」


口元に手を当ててころころと笑えば、エスコートしてくれているエドガーの顔色が僅かに青褪めた。
約束を果たすためにイタリアに戻る三日前にイギリスへと足を運んだのだが、タイミングがいいというか悪いというか、彼の父親が開いたパーティーに好意と言う名の強制参加を要請された。
互いにスケジュール調整をしたのでエドガーも勿論出席予定ではなかったのだが、理由を敏感に察知した父親に二人揃って招かれてしまったのだ。
別に二人きりの時間を邪魔されたと憤る気はないが、堅苦しいパーティーは面倒で嫌気が差す。
顔合わせや情報交換など様々な意味合いを含む、財閥の娘の義務と理解していても好む場ではなかった。
一日丸まる空けた内半分は衣装合わせで取られ、子供だから最後まで付き合わなくてもいいが残りの時間はパーティーで終る。
午前中もエドガーの父親同伴でずっとお嬢様の仮面を被り続けなくてはいけないし、さすがバルチナス財閥の総帥と感心する話術だったが、いかな守でも気疲れした。
エドガー自身も予定を大幅崩された上にパーティーを好まない守の本質を知るだけに、今日の失敗を痛いほど理解しているはずだった。
女性の満足するエスコートをしてこそ紳士と日頃からのたまう彼にはダメージも大きかろう。


「すまない」
「構いませんわ。でも、また当分はスケジュールは合いそうにありませんね」
「・・・そうだな」


頷いたエドガーは心なしか肩を落とした。親しい人間にしかわからない程度だが、落ち込んでいるらしい。
守のエドガーに対する態度など優しいものじゃないのに、何故彼がこれほど自分を慕うのかわからない。
以前一度だけ聞いたことがあるが、『君はとても大人びた部分があるのに、そういうところは子供だな』と微笑ましいものを見るような顔で頭を撫でられ、以来一度も聞いてない。
ある意味で一番昔から守を知る幼馴染は、時折油断できないことを言う不思議な奴だった。

パーティー会場で主催者の息子として変な部分は見せられないくせに、それでも感情を抑えきれないエドガーに苦笑すると組んでいた腕に身を寄せる。
驚きで目を丸くしたエドガーは白皙の美貌を僅かに赤らめ、どうしたんだと戸惑うように声を漏らした。


「一日を共に過ごせずとも、顔を合わせる時間くらいは取れますわ。日本ならともかく、イタリアならそれほど距離があるわけでもないでしょう。───それとも、私のためには海は越えられませんか?」
「・・・いいや。今までだって君に合うためだけに幾度も海を越えているだろう?一日全てを独占できずとも、君のためなら会いに行こう」


今日は下ろしている守の長い髪を指先に絡め、小さく音を立ててキスをした。
公式の場でよくつけているノンフレームの眼鏡の位置を直しながら相変わらず気障な男だと笑ってしまうと、正確に意味を読んだエドガーは苦笑した。


「君は申し分ない許婚であるが、時折ムードを読んで欲しいと心底思う瞬間がある」
「あらあら。公の場でムードも何もないでしょうに。余裕のない男性は格好悪いと仰ったのはエドガー様でしょう?」
「そうだな」


随分と伸びた髪を揺らして破顔するエドガーは、バルチナス財閥の時期総帥というより単純に年相応の子供に見えた。
顔を突き合わせて笑っていても、いつもならあっという間に距離を詰めて滔々と話を始める大人は現れない。
どうやらこんな部分でエドガーの父親に気を回してもらったらしいと気づくと、その心遣いに感謝すればいいか判断に迷うところだ。
何しろこれは言外に他の面々に二人の仲をアピールしてるようなものだ。
用があるのはエドガーと守個人ではなく、バルチナス財閥の跡取りと鬼道財閥の長女。二人の結束は財閥の繋がりにも等しい。
彼にとって広めておいて損はない情報だろうが、今回に限り自分たちにはとばっちりだ。
普段なら二人揃って出席しなければいけないなら事前に予告してくれるのだが、余程の大物ゲストでも現れたのだろうか。
エドガーと談笑しながらも頭の片隅で考えていると、不意に横から声を掛けられた。

誰かが近づいていたのは視界の端で捕らえていたので驚きはないが、声の主が自分たちとほとんど同世代なのには驚いた。
今日のパーティーでは子供の参加はほとんどなく、顔見知りには一通り声を掛けていたと思ったからだ。
だが驚きを内心で仕舞いこむと、にこりとお嬢様然とした微笑を浮かべた。


「こんばんは」
「こんばんは」


特徴的な緋色の髪をした少年は、端整な顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
肌の色は守よりも白いくらいだが、軟弱なイメージはない。
優しげだがきゅっと上がった眉が意思の強さを感じさせる、エドガーとはまた違った美少年だった。
年のころは守より一つ二つ上に見えるが、微笑む顔に覚えはない。
エドガーの知り合いかと視線で問えば、軽く頷いた彼は守を庇うように一歩前に出た。


「これはこれは。まさかあなたが出席しているとは思わなかった。直接顔を合わすのは一年ぶりくらいですね」
「うん、そうだね。相変わらず君は格好いいね、エドガー。健勝なようで何よりだよ。隣の可愛らしい女性を俺にも紹介してくれないかい?」
「・・・紹介などせずとも、あなたなら名前くらい知っているでしょう?」
「まあね。でも、直接話をしたことはないっていうのも君は知ってるでしょう?仲介くらいしてくれてもいいじゃない」


警戒するように瞳を眇めたエドガーに、少年は笑った。
どうやらあちらの方が上手なようだと察し、守は笑みを深める。
普段は大人ですら手玉に取るエドガーが同年代の少年にやりこまれる様は珍しく、守の好奇心を誘った。


「エドガー様」
「・・・なんだ」
「私も紹介して頂きたいですわ」
「マモル」
「駄目、ですの?」


きゅっとスーツの裾を掴んで、小首を傾げる。彼がこの仕草に弱いのは熟知している。
案の定言葉を詰まらせたエドガーは、渋々体を動かし少年の横に並ぶとこちらに向かって口を開いた。


「彼の名前は吉良ヒロト。かの有名な吉良財閥の嫡男だ。ヒロト、彼女は私の許婚のマモルです。鬼道財閥の長女でもあります」
「初めまして、レディ。俺は吉良ヒロト。宜しくね」
「初めまして、ヒロト様。お名前はかねがね窺っておりました。こちらこそよろしくお願いいたします」


胸に手を当てて頭を下げたヒロトに、スカートの端を摘んで挨拶を返す。
吉良財閥と言えば世界にも名を広めていて、鬼道財閥やバルチナス財閥と並んでもおかしくない。
それでエドガーにあの態度だったのかと納得していると、すっと掌をとられ口付けられた。
エドガーの柳眉が釣りあがり、渋い顔をした彼にヒロトが笑う。
掌を失礼にならない程度の速さで奪い返しながら視線だけで見上げると、笑いを堪える微妙な表情で片手を上げた。


「いや、失礼。噂どおりだと思って」
「噂?」
「エドガーと君の関係。予想以上に彼は君にご執心らしい」


口に手を当てて微笑みをかみ殺す彼に苦笑する。
その噂なら守も知っていた。
政略的な繋がりであるはずだが、エドガーが守を大切にする態度は本物で、仲睦まじく微笑ましい。財閥だけの繋がりの道具には見えない、とかいうものだった。
興味の欠片もわかない噂だが、耳にしたときは赤の他人から見てもそう見えるのかと感心した記憶がある。
目尻を赤く染めたエドガーは視線を逸らし、素直だけど素直じゃない奴と内心で呟いた。


「ふふふ、ヒロト様がどのような噂をお耳にされたか存じませんが、恥ずかしい限りです。自分のことが人の口に上っているなど、不思議ですわね」
「そうかい?でも、嬉しいな。実はずっと君と話してみたかったんだ」
「私と、ですか?」
「ああ」


ふふっと笑いながら頷いた彼は、眼差しに熱を篭めた。
知り合いではなかったはずだが、はて、と小首を傾げると、まるで内緒話をするように声を潜めて理由を教えてくれた。


「実はね、俺もサッカーするんだ」
「・・・ああ、そういうことですの」
「そう。そういう感じ。俺も君と同じで留学してサッカーをしてる。行き先はスペインだから、いずれ顔を合わせることになるかもしれないね」
「スペインですか。ならばヒロト様はとてもサッカーがお上手なんですね。世界の強豪国ですわ」
「どうだろう?でも、サッカーは大好きだよ」


先ほどまでと違い、無邪気な様子のヒロトに目を細めた。
彼の言葉に嘘はないと直感で判った。
スペインでサッカーをするなら、きっと彼も上手いのだろう。
そうなると公式の場では押さえているサッカー好きの心が疼き、自然と顔も綻ぶ。


「君のプレイは一度見たことがあるよ。テクニックも統率力も素晴らしかった」
「ありがとうございます。私など、まだまだですわ」
「そうかな?十分に凄いよ。実はね、俺はサッカープレイヤーの『マモル・キドウ』のファンなんだ。誰より自由にフィールドを駆け、誰より楽しそうにサッカーする君は、俺の憧れなんだ」


面映いような顔で告げられ目が丸くなる。
イタリアでならともかく、こんな場所でファンだと言ってきた相手は初めてだ。
大体の人間は女である守がサッカーをすることに対して否定的であるのに、全面的に好意をぶつけられるとは。


「だからね、いつか機会があったら一緒に俺とプレイしてよ。君と一緒にサッカーをしてみたい」
「・・・光栄ですわ、ヒロト様。私の方こそ是非お願いいたします」


差し伸べられた手に手を合わせて固く握手をする。
約束だよと念を押す彼に頷いていると、横から業とらしく咳をしたエドガーがさりげなく間に入った。


「失礼。ヒロト、姉君が探しているようですよ?」
「え?」


エドガーの視線に釣られるよう先を見れば、艶やかな黒髪を靡かせた美女が眉を顰めて辺りを窺っていた。
あまり似ていないが、言葉に敏感に反応したヒロトを見ると、きっと彼女が姉なのだろう。
クラシカルスタイルのドレスを纏うスタイルのいい彼女を眺めていると、残念そうに肩を竦めたヒロトはもう一度こちらを向いた。


「残念ながら、タイムアップみたいだね。今日の俺は姉さんのお供だからもう戻らなきゃ。それじゃ、二人とも失礼させてもらうよ」
「私たちなど気にしなくていい。早く彼女の元へと向かって下さい」
「本当にご執心だなエドガーは。マモル」
「はい」
「約束、忘れないでね。いつか一緒に」
「ええ、勿論ですわ。私も楽しみにしています」


嬉しげに顔を綻ばせたヒロトは、優雅に一礼するとその場を去った。
凛と背筋を伸ばして歩く彼を見送っていると、思考を中断させるよう声が掛けられる。
顔を上げれば、さっきより随分と不機嫌そうな顔をしたエドガーが居て、焼もち妬きな彼にふうと嘆息した。
好かれているからこそ始まるこんこんとした内容は、右から左へと聞き流す。どうせ公式の場でなら変なことは口に出来まい。
そう言えばこの間の遊園地の土産を渡してないなと思い出し、いつのタイミングで渡そうかとエドガーの声をBGMに暢気に考えた。

拍手[3回]

「ディバインアロー」


幾度も蹴りこんだボールに力を篭めてから放たれるシュートに目を細める。
足を肩幅に開くと掌を翳した。


「ゴッドハンド!!」


勢いのあるシュートを片手で受け止める。しかしそれでは力が足りず、じりじりと後退する体に舌打ちすると空いている手も差し出した。
両手で漸く止めれた重たいシュートに眉間に皺が寄る。
辛うじて堪えたが、フォワードでない平良のシュートですらこの威力かと、ボールを片手に持ちじんわりと痛みが広がる利き手を振った。

先ほど夏未たちから神のアクアという体力増幅のドリンクを飲んでいたと報告を受けたが、それを抜きにしても彼らの実力は一級品だろう。
下らないドリンクに頼らずとも己の力で戦えるはずなのに、と思えば自然と渋面してしまう。
ちらり、とフィールドを見れば、立っているのはキーパーの自分だけ。
桁外れの力で倒された仲間たちは、立ち上がれないものはベンチへと行き、辛うじて残っているのはたった十名だけだった。


「まだ続ける気かい?」
「・・・・・・」
「君がフィールドを降りない限り、彼らも負けを認めない。傷つくのは君だけじゃないのに、それでもまだ続けるのかい?」


柔らかな笑顔で問いかけるアフロディは、子供みたいに無邪気な顔で笑って見せた。
それに同じように返しながら、そっと胸に手をやる。
どくどくと脈打つ心臓は、先ほどから忙しない動きで嫌な予兆を伝えていた。
冷や汗を流し何も応えない円堂に小首を傾げたアフロディは、つっと人差し指を向ける。


「そのボール。君がキャッチしても、パスする相手すらいないじゃないか。一人の力が抜きん出ていてもサッカーは出来ない。それに、私たちはまだ奥の手は出していないよ?」


長い髪をしなやかな指で耳に掛けると、笑顔のままで問いかける。
性質が悪い餓鬼、と内心で嘯きながらもそれを表情に出さずに居ると、掌を差し伸べられた。


「・・・何だ?」
「おいでよ」
「何処に」
「私たちの元へ。言ったろ?君にはその資格がある」


まだ勧誘する気があったのかと驚きで目を丸めると、距離を一歩詰められる。
神を名乗るだけあって見た目は神々しい少年は、優美な仕草で誘いかけた。


「誘い方はいいんだけどな」
「なら・・・」
「でもノーサンキュー。俺も言ったろ?神様がキライだって」


わざとらしい日本語英語を話すと、視界の先で動く影に笑った。
そう、どんなに魅力的な仕草で誘われたとしても無意味だ。
居場所はもう定まっている。
抗いようもなくいつか行かなくてはいけない『神』の住む場所よりは、生身の人間と一緒に笑ってサッカーがしたい。
どうせ彼らよりも神と一緒に居る時間は長いのだ、今すぐでなくてもいいだろう。


「それに、パスする相手なら居るよ。・・・行け、豪炎寺!!」
「っ!?」


驚き顔を上げたアフロディたちの隙を突き、ボールを放り投げ蹴り飛ばす。
放物線を描いたそれは狙い違わず目的の人物の足元へ収まり、彼を囲うように一之瀬と鬼道がフォローに回った。


「無駄だ」
「そうか?」
「ああ。彼らはすぐに止められる。・・・ほらね」


手魚の必殺技『メガクェイク』により、豪炎寺たちの体が宙に浮いた。
激しく地面に叩きつけられ、身動きが取れないで居る彼らの間を世宇子中の面々がボールをパスして走りぬける。
あっという間にセンターラインも越えられ、ふっと息を吐き出すと身構えた。

まだ風丸も壁山も土門も回復していない。彼らに止めろというのは酷だろう。
深呼吸を繰り返し不規則に跳ねる鼓動を宥める。
落ち着け、と心の中で囁くと凪いだ気持ちで正面を見据えた。
どうやらゴッドハンドだけで切り抜けるのは、無理らしい。
予想している範疇だったが、仕方ないと左手に力を溜める。

目の前でアフロディにボールが渡り、小さく微笑んだ。
宙に浮かんだ彼の背中から三対六枚の純白の翼が見える。
神々しい光を背負い、神、と言うよりは御使いのような姿で一直線に円堂を見据えた。


「ゴッドノウズ!!」


空気を切り裂いて迫るシュートに、溜めていた息を吐き出した。
心臓に溜まった力を左手へ循環させるイメージを脳裏に浮かべ、ぐっと柳眉を寄せる。
この技は幼い時分に影山に見せられたDVDを参考に会得した、円堂大介の幻の必殺技。
流出する力に心臓が疼く。歯を食いしばり無理やり痛みを押さえ込むと、両手を握り腰だめに構えた。


「マジン・ザ・ハンド!!」


空中にオレンジ色の光りを宿す魔人の残像が映る。
高らかと声を上げた魔人は、円堂の動きに連動して左手を差し出した。


「あれはマジン・ザ・ハンド!!?」


叫びに似た声はベンチから聞こえた。
教え子である響木が唯一習得できなかった円堂大介の必殺技。
円堂は今日の試合相手である影山の分析とDVDの映像、そして並みならぬ才能で習得していた。
だが。


「ぐぅ!」


ボールを捉えた掌ごと体が宙に浮く。
予想よりも激しい威力を有していたアフロディのシュートに魔人はかき消され、殺しきれない勢いのままネットに押し込まれた。


「円堂!!」
「守!」
「円堂っ」


悲鳴に近い声を上げたのは誰だろうか。
少なくとも名前呼びは一之瀬だから判るが、苗字呼びは声が重なって判別つかない。
ぐっと体が無理やりに起こされる感覚に眩暈を覚えていると、そのまま頭を揺さぶられた。


「円堂!大丈夫か、円堂!?」
「・・・・・・風丸?」
「そうだ。俺が判るか?」
「・・・まあ、何とか」


返事をすると安堵したのか、漸く力が緩む。
だが体が受けたダメージは相応のものだったようで、立ち上がろうとして足が崩れた。
慌てたように横から伸びた手に支えられ、礼を言うと今度こそ一人で立ち上がる。


「守、大丈夫なのか?」
「ああ」


横から手を差し伸べてくれたのは一之瀬で、お前ら少し前まで伸びてたんじゃないのかという突込みを空気を読んで堪えた。
気がつけば周りをフィールド上に居た全ての仲間に囲われており、心配性な彼らに苦笑する。
病は気からとは違うのだろうが、人間気力が起こされればどうにでもなるという見本だろう。
重たい体を引き摺り、それでも尚他人の心配をしてくれる優しさに感謝する。
仲間に恵まれた自分は、とても幸せだろう。


「ごめん、一点やっちゃった」
「・・・大丈夫だ。むしろ姉さんは良くやってくれた。不甲斐無い俺たちの所為で猛攻を受けたのに、失点が一なら十分だ」
「そうだ。未だ攻め切れない俺たちに問題はある。───伝説のマジン・ザ・ハンドでも止められないとなれば、俺たちが点を奪うしかない」
「ああ。守にこれ以上頼るのは駄目だ。攻め込まれる前にパスを回そう」


地面に転がっていたときよりも、随分と瞳に力が戻っているのを見て微笑む。
世宇子中から一点をもぎ取るのは容易じゃないだろう。
けれど諦めていない彼らなら、絶対に大丈夫なはずだ。

それぞれのポジションに戻る仲間を尻目に、一之瀬だけがその場に残る。
距離が開いたのを確認し、眉を下げて問いかけた。


「・・・本当に、大丈夫なのか?」
「何が?」
「守がだよ。マジン・ザ・ハンドを使わなかったのは負担が大きすぎるからだろう?」
「大丈夫だよ。見てみろよ、ぴんぴんしてるだろ。むしろネットに叩きつけられた体のほうが痛い」
「本当に?」
「本当に。───ほら、さっさとポジションに戻れ。点を取ってくれるんだろ?」
「ああ。・・・守の言葉、信じるからね」
「信じろ」


ウィンクしながらとんとんと胸を拳で叩くと、漸く安堵したらしい一之瀬は今度こそポジションに戻った。
彼の背中を見送り、はぁっと一息つく。
朝の内に化粧をしておいて良かった。ファンデーションとチークを乗せただけのナチュラルメイクにもならないものだが、それでも顔色くらいは誤魔化せる。
今までの試合と桁違いの運動量に、体が悲鳴を上げ始めていた。
我慢できないほどではないし、危険度を測ればまだ一番下のレベルだ。
それでも普段通りの動きをするのは少々辛く、先ほどのマジン・ザ・ハンドでさらに力を奪われていた。
あの技は心臓に溜めた気を掌に送り放出するもので、絶大な威力を持つがその分使用者にも反動が大きい。
熱血パンチやゴッドハンドと比べ物にならないくらい、円堂の体力を奪い去る。


「・・・はっ、それでも勝つって決めてんだよ」


誰でもなく、自分自身に宣言するとポジションに立って掌に拳を当てた。
負けたくない。『神』なんて名乗る相手に、負けたくない。
そして───恩師のためにも、負けれない。彼が変わる切欠を与えるためにも、負けられないのだ。

気がつけば世宇子中にボールは渡り、再びアフロディの猛攻が始まっていた。
ヘブンズタイムで雷門のディフェンダーを抜き去った彼は、真正面で足を止めた。


「降参するつもりはないかい?」
「ないね」
「なら、仕方ない。神の裁きを受けるといい」


ふわり、と長い髪が扇形に広がると、先ほどと同じように三対六枚の羽が出現する。
優雅に宙に浮いたアフロディは、愛を囁くような甘い声を出した。


「ゴッドノウズ」


空を切り裂き絶大な破壊力を有したボールが迫り来る。
『円堂』と名を呼び叫ぶ仲間の悲鳴が聞こえた。
声を聞くだけでどれだけ心配されてるかわかり、こんなときなのに笑ってしまう。
彼らと共に進みたい。純粋な想いに包まれ、右手を心臓に当てた。

円堂大介が編み出したマジン・ザ・ハンド。
彼は心臓から気を送るため、より心臓に近い左手に力を流していた。
幼い頃、影山に見せられたその技に、酷く感動したのを覚えている。

時が経ち、影山は円堂自身にもマジン・ザ・ハンドを習得させた。
円堂が覚えたのは、円堂大介が使ったオリジナルと僅かに違う。
彼の使うマジン・ザ・ハンド。それは右利きの円堂に全力を出させるには微妙なものだった。
だから、円堂はこうしたのだ。
体を丸めるようにして右手を心臓に当て、そこから直接掌に気を叩き込む。
鼓動に連動して黄金色の力が掌を包み、逃げ場なく注がれたそれは大きく膨らんでいく。


「これが俺の、マジン・ザ・ハンドだ!!」


空中に展開されたのは、先ほどよりも金に近い色合いをした魔人。
円堂大介の技を元に自分用に改良したこれは、影山にも披露したことない円堂が持つ最高のキーパー技だ。
高らかに声を上げた黄金色の魔人が、一直線にアフロディを射抜く。


「神を超える、魔人だとっ・・・!?」


信じられない、と首を振る彼の前で、ボールは右手に収まった。
酷使された心臓が持ち主に異論を唱えているが、そんなものは全て無視だ。
額から流れる汗を指先で拭うと、獲物を前にした猫のように口角を持ち上げた。


「行け、みんな!!」


茫然自失とする世宇子と違い、円堂がシュートを止めた事実に雷門は一気に士気が上がる。


「姉さんが守ったこのボール!絶対に繋いでみせる!っ、豪炎寺っ」
「任せろ!!」


パスを受けた鬼道を軸に攻勢に転じた彼らを見送り、動けずに居るアフロディに微笑んだ。


「『ふんぞり返る神様の頭をぶん殴ってでも奇跡を起こしてやる』って、言ったろ?」
「嘘だ・・・人間が、神を超えるなんて」
「人間もそう捨てたもんじゃねぇぞ。矮小だからこそ助け合い、一の力を十に変えれる。奇跡ってのはな、神じゃなくて人の力で起こすもんなんだぜ」


驚きで声を失った彼にウィンクすると、丁度ホイッスルが鳴り響く。
逆転への狼煙は上がったばかりだった。

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「お前の祖父、円堂大介を殺したのは影山だ」


大きくはないが、良く響く朗々とした声で告げた響木に瞳が丸くなる。
周囲に居る仲間たちが息を呑む音が聞こえた気がした。
驚愕でものも言えずに静まり返る彼らを尻目に、僅かに顔を俯ける。
震える体を気力で押さえ込み、緩やかに十数えながら呼気を吐き出した。


「・・・そうですか」


発した声が掠れ、体の脇で握る掌が込み上げる感情に抗いきれず揺れる。
沸いた感情は恐怖でも怒りでもなく───単純に、笑いだった。
何を今更、というのが本音だが、彼らは知らないのだと思い出す。
恩師である影山こそが祖父を死に追いやったなど、そんなのとうの昔から知っている。
何もかもを知った上で円堂は影山に師事していた。
随分と幼い頃に知ったので憎しみはわかなかった。ただ、一つ判っていたのは、血の繋がっている誰かより、影山の方が遙かに円堂の近くにいてくれた現実だけだ。
彼はサッカーを欲する円堂が望むままに技術や知識を与えてくれた、紛れもない恩師だった。

こちらを見詰める響木の眼差しはサングラスに隠れてどんなものか見えない。
だがきっと、今の円堂より遥かに悲しみを湛えているのだろう。
気を緩めれば発露しそうな笑いの発作を拳に爪を食い込ませることで堪えた円堂は、ぽんと肩に置かれた掌に顔を上げた。

絡んだ視線の先には、酷く物憂げな表情の豪炎寺が居て、ああ、こいつは違ったと眉を下げる。
円堂と豪炎寺は身内を彼に傷つけられているという点では酷似しているが、置かれた状況は百八十度以上に差がある。
最愛の妹を手に掛けられた彼が影山に抱くのは怒りや恨み、そして憎悪に近いものだろう。
一般的に考えると、豪炎寺が抱く感情こそが正常なものだと思う。
彼の怒りは正当なもので、影山が取った手口は侮蔑されるだけで済まない。

それでも円堂は違う。似た状況に置かれながら、彼に抱く感情は全く反対だ。
心配げに柳眉を顰めてこちらを窺う彼には申し訳ないが、同じように影山を憎めなかった。
影山を憎むには、傍近くに居すぎた。
悪い部分を理解しつつ、彼の優しさも知ってしまっているのだ。
影山について深く知らない彼らのように、憎悪するには大切にされ過ぎていた。

円堂大介に依存しているのは、むしろ響木の方だろう。
血が繋がっているだけの円堂と違い、彼は監督として直接指導を受けている。
感銘を受ける箇所も多くあったろうし、今の彼の人生の基礎にも円堂大介が居るのだろう。
ただ血縁関係であるだけの自分より、余程強い絆がある。

祖父を無心に慕うには、円堂は少しばかり捻くれていた。
純粋に同じサッカーを志すものとして技術や指導力は尊敬しても、彼個人を何も知らないのだ。
両親が死んで行く当てがない円堂を拾い、鬼道家に預けてサッカーを教えてくれたのは影山だ。
血が繋がっていただけの他人じゃなく、血の繋がらない身内こそ価値があった。

感謝、しているのだ。
円堂大介の孫としての自分に価値を見出しただけだとしても、与えてくれた技術も知識も経験も全てが糧となっている。
広い世界を見れたのも、可愛い弟が出来たのも、心を預けれる相棒や協力者として信頼していた許婚を得れたのも、全て影山が居たからだ。
弟を利用されなければ彼に対して一生憎悪など沸かなかったし、鬼道を取り戻せた今となっては影山に対する憤りも消えていた。
胸を占めるのは懐かしさに似た想い。
瞼を閉じれば思い出せる、決別した日々への哀しみ。


「・・・俺は大丈夫です、監督」


眉を下げて笑えば、響木はほっと息を吐き出した。
仲間たちの呼びかけに頷くと、真っ直ぐにフィールドを見詰める。

憎しみに塗れたサッカーをするには、サッカーを愛しすぎていた。
その想いを誰より理解するのは、長きに渡り円堂を育てた影山本人だろう。
目の前に立つ雷門中の監督よりも、共にプレイする仲間よりも、貪欲にサッカーを欲する自分を正確に知るのはいまや敵対関係となった彼だけだ。


「俺は俺のサッカーをする。いつ、どんなときだって」
「そうか。・・・やっぱりお前は大介さんに似てるな」


万端の想いが篭められた言葉に、小さく笑うだけで何も返せなかった。
円堂大介の教えを受けていた彼が言うのなら、そうかもしれない。
会ったこともない人間に似ているといわれるのは少しばかり不思議だが、拒絶するほどでもなかった。

こちらを見詰める仲間の視線に微笑むと、すっと手を差し出した。


「俺たちは勝つ」
「・・・ああ」
「当然」
「ここまで来たら、優勝しかないっしょ」
「勝てますかね?」
「バーカ、勝つんだよ」


思い思いの言葉を吐きながら、円堂の掌の上に幾つもの掌が重なっていく。
自然と円陣を組むと、一人一人の顔を覗いてにっと笑った。


「狙うは優勝ただ一つ。フットボールフロンティアを制するのは、俺たち雷門中だ。行くぞっ!」
『おうっ!!』


勢い良く手を振り上げる。

姿こそ見せなくとも必ず試合を見ているはずの人に向け、全力のプレイをするために。
愛しているからこそ方向性を誤った彼に、想いが届くようにと願いながら。

一陣の風が吹き、相手チームのベンチに世宇子中の面々が現れる。
長い髪を靡かせて微笑んだ少年に、円堂もにいっと猫のように笑った。

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円堂の様子がおかしい。
いつもどおり笑顔を浮かべているが、付き合いの長さから敏感に感じ取れる怒りの波動に鬼道は眉を顰めた。
彼女にしては珍しく、苛立ちや焦りを隠しきれていない態度に小首を傾げる。
鬼道が知る『姉さん』はいつだって笑顔で居ながら、そのくせ上手に感情をコントロールし本心を読ませない人だった。

移動教室ですれ違い、中途半端に手を上げた状態で止まる。
どう声を掛ければいいか、一瞬惑った。
『円堂』ではなく、『姉さん』と無意識に出てしまいそうになり、唇を噛み締めて喉奥で言葉を殺す。
ぐっと眉間に皺を寄せ柳眉を顰めた。ゴーグルの下の瞳は眇められ、俯きがちな視線の先に薄汚れた廊下が映る。

時折、とてももどかしくて仕方なくなる。
雷門中学に転校し、姉である円堂の傍にいるための条件として彼女に突きつけられたのは、サッカー部の面々が居る場所以外では『兄弟』としての顔を見せないこと。
従って往来で『姉さん』は完璧なNGワードになり、未だに『円堂』呼びに慣れない鬼道はこうして彼女に声を掛けるチャンスを棒に振っている。
無意識が表に出そうな練習中なら大丈夫なのに、理性が働く状態だと駄目というのは自分の心理状態を明確に表してるようで嫌だった。
本当は、『円堂』なんて他人行儀に呼びたくない。
彼女に抱く感情は『姉』に対するものより複雑だけれど、『姉さん』と呼びたい自分を自覚していた。
『姉さん』は『有人』にとって幼い頃から唯一特別な扱いの人だ。
家族であったから優先されていたのに、限りなく他人に近い今は、円堂の特別である自信は微塵もなかった。

気がつけば遠くでチャイムの音が響いて、クラスメイトの声に誘われるよう教室へ入ると自席に着いた。
用意してある教科書を開き準備したら丁度いいタイミングで教師が室内に現れる。
学級委員の号令に合わせて立ち上がり、ぐらりと視界が揺れた。


「鬼道!!?」


遠くで土門の声が聞こえる。
そう言えば彼に敬称付けされないのは初めてだな、と頭の片隅で考えながら、鬼道の意識はふつりと途切れた。




『姉さん、頑張れ!!』


声を限りに叫べば、遠いフィールドで風のように駆ける人が軽く手を上げてくれた気がした。
VIP席から外に出た場所は、ガラス窓で区切られていないが彼女が立つ場所から遥かに距離がある。
豪快でありながら針に糸を通すような繊細なプレイをする彼女にはファンが多く、男女合わせて声援が送られている。
こんな声援に紛れてしまえば有人の声が届くはずはない。子供でもわかるのに、おかしいがこの声が届かないはずがないと信じ込めた。

彼女が上げた絶妙のパスが相手チームの足元を縫い、相棒とする彼の元へと辿り着く。
スクリーンにアップで映し出された彼は、彼女に頷くと白い残像を作りながら駆け出した。
息の合ったコンビネーション。互いの位置を確認しなくても分かり合う、彼らの関係が羨ましかった。


『・・・中に入りたまえ、ユウト。父上が心配している』
『・・・・・・』
『そこに居てもマモルの元でプレイは出来まい』
『確かに今の俺では一緒にプレイなんて出来ないけれど、でも、例え手が届かなくたって───』




「・・・姉さん」
「何だ?」

呟きに返る声に、急速に意識が覚醒する。
閉じていた瞼を開き、初めて眠っていた自分を知った。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す鬼道の顔を覗きこむのは円堂で、背後には僅かに色あせた白い天上。
きょろりと視線だけで周囲を伺い、仕切られたカーテンやスプリングが固いベッド、鼻に付く薬品臭でここが何処だか判った。


「保健室?」
「そ、お前授業開始と同時に倒れたんだって。泡食って土門が運んできたぞ。後でちゃんと礼を言っておくように」
「・・・うん」
「頭が痛いとか体調に違和感は?」
「大丈夫だ。ただ少しふわふわしてる」


瞼を閉じるとヒヤリとした掌が額に当たり、微かに身を震わせる。
怪我の手当て以外で自分じゃない誰かの体温が素肌に触れるのは久し振りだ。
他人に体を触れられるのは苦手だが、相手が円堂なら別だった。
昔からスキンシップ過多な『姉』の行動には慣れていたし、不思議と初対面から接触を厭う気持ちは持ったことがない。


「もうすぐフットボールフロンティアの決勝だってのに、このタイミングで風邪か?体調不良ならお前がどれだけ戦力になろうとも俺はお前を試合に出す気はないぞ」
「───・・・大丈夫、ただの知恵熱だ」
「知恵熱?お前が?まーた何か無駄に考え込んでたのか?」


笑いを含んだ声にゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
クリアな視界にゴーグルが取られているのだと今更ながらに気がついた。
熱で潤む瞳が鬱陶しいが、揺れる視界の先に居る人を何とか見ようと目を細める。
体内に篭る熱を呼吸をして吐き出しながら微笑んだ。


「あなたのことを、考えてた」
「俺のこと?」
「うん。再会した姉さんは俺に触れようとしないだろう?どうしてかずっと考えてたんだ」
「・・・お前、他人に触れられるの嫌いだろ?昔からパーティー会場で会う大人や、俺の許婚とか相棒に触れられるの嫌がったじゃん」
「姉さんは違う。姉さんは特別だからいいんだ。姉さんは俺の姉さんだろう?」


額に触れる手に掌を重ねて握りこめば、至近距離にある顔が眉を下げて笑った。
今よりもっと幼い時分に良く見せてくれた懐かしい笑顔。
再会してから初めて見る表情に、嬉しくて破願したら、ついっと空いてる方の手で額を突かれた。
突然の衝撃に瞳を丸めると、そのまま視界を遮るように掌で目を覆われる。


「姉さん?」
「もう寝ちまえ、有人。どうやらお前は思ってるより熱が高いらしい。話し方も含め昔の甘ったれに戻っちまってるぞ」
「・・・寝ても」
「ん?」
「目を覚ましたときには、傍に居てくれるか?」


熱に浮かされて問いかければ、返事の代わりに頭を撫でられた。
もしかすると、本当に熱が高いのかもしれない。
雲の上を歩くような心地で瞼を閉じる。


「Ninna nanna mamma tienimi con te nel tuo letto grande solo per un po' una ninna nanna io ti cantero e se ti addormenti, mi addormentero」


柔らかい旋律が降り注ぎ、体がゆっくりと弛緩していく。
いつか聞いた歌は、胸を締め付ける懐かしさと、泣きたくなるくらいの愛しさを与えた。
心が開放され優しい気持ちに満たされる。
やっぱりこの声が届かないはずがないんだと、妙な確信を抱きながら、唇が緩やかな孤を描いた。
降り積もった不安や不満は、与えられた一時に消え去る。
授業中であるにもかかわらず彼女が保健室に留まる理由や、感情を制御できずに居る理由すら、熱に浮かされた頭では至福にかき消され残らなかった。




規則正しく上下する胸を確認するとゆっくりと視界を覆っていた掌を退ける。
普段の眉間に皺を寄せたものではなく、子供らしいあどけない寝姿の鬼道に苦笑した。
こんなに無防備でいいのかと、傷つけたくなる気持ちを辛うじて堪える。
昔の刷り込みが激しすぎたのか、多少離れても慕う気持ちを損なわない彼に苦笑いしか浮かばない。
それでも最近は進歩した方だろう。昔ならチームメイトにも心を許そうとしていなかった。
今の彼は円堂以外にもちゃんと笑ったり怒ったりできる、感情が欠けた人形ではなく生身の人間だ。


「───もっと、もっと仲間を作れ有人。俺が居なくても笑えるように、俺が居なくとも前に進めるように」


寝顔を晒せるほどに心を許せる相手を、挫けそうになったとき支えてくれる誰かを見つけて欲しい。
どんな苦難も乗り越えれる、心を共有できる仲間の輪を作って欲しい。

自分が居なくても、彼の心が砕けたりしないように。

ずくりと痛む胸を抑え、襲う発作を体を縮めて乗り越える。
血管が脈動するたびに痛みが循環するようだ。
仕切りの向こうに置いておいた酸素を手に取り供給する。
整い始めた呼吸に、歪んだ視野を戻そうと目を眇めた。


「もう暫く壊れるのは持ってくれよ。約束したんだ、こいつが俺以外の誰かを見つけるまでは傍に居るって。大丈夫だと思えるまでは、傍に居るって。父さんにまで我を通して、約束したんだ」


ひゅうひゅうと喉を鳴らして、ここに居ない誰かに懇願する。
救いの手は差し伸べられないのに、惨めな自分を嘲笑う気力すら奪われて、床に這い蹲りただ弟の目が覚めないのだけを祈った。

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