×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「エドガー遅い」
「・・・すまない」
ピアノの鍵盤を滑るように動かしていた指を止め、横で睨んでいる許婚に謝罪する。
ノンフレームの繊細な眼鏡の奥から栗色の瞳を不機嫌そうに眇めた守は、嘆息すると手をピアノから下ろした。
「お前が自分から連弾をするって言ったんだろ?どうしてそんなに集中できないんだよ」
「・・・悪いと思っている」
「謝罪は結構だ。曲も希望通りに『水の戯れ』に変えたんだ。ラヴェルがお得意なら、ちゃんと俺の演奏について来い」
愛らしい桜色のシフォンドレスに身を包んだ守は、砂糖子のような見た目と反して辛辣な言葉をぶつけた。
苛立ちを露にする守にもう一度謝罪すると、エドガーは再び鍵盤の上に指を置く。
二人きりの防音室にメトロノームの音が響き、守の合図で指を動かした。
エドガーが守の不興を買いながらもピアノの連弾の練習をしているのは訳がある。
今日この日、守と連弾を披露すると、彼女の許可も得ず勝手に父と約束してしまったのだ。
彼女がピアノを好まぬ上に、他人と合わせるのを嫌っているのを知りつつの強行に守は気分を害していた。
しかもつい先ほど恩師の勤める学校から帰宅してから伝えたので、最愛の弟との約束も果たせずにいる。
有人に関してベタ甘な守はその事実に特に立腹していたが、それでもエドガーと時間を取り僅かな時間で練習を続けていた。
もっとも理由が先日のバルチナス家主催新年会の衣装合わせの代償と知っているから、突っぱねたり出来ないと理解している筈だ。
自分の我侭が原因と理解していて、だからこそ普段なら笑顔であれこれとかわす内容を請け負ったのだろう。
父のリクエストとして幾度かエドガーとの共演を望まれていたが、今までの守ならのらりくらりと流していたのに、今回ばかりは観念せざるを得なかった。
繊細で水が跳ねるように軽やかな音を奏でる腕前は流石の一言。
エドガーとてピアノの腕に覚えがあるのだが、正直ついていくのがやっとだ。
サッカーや勉強の合間のいつピアノの練習をしているか知らないが、出会った当初ですら素晴らしい以外表現しようがなかったのに、また腕を上げている。
ついていくのがやっとな情感豊かな鮮やかな演奏に楽譜を確認した瞬間、またエドガーの指がもつれた。
「・・・エドガー」
「すまない」
「すまない、じゃない。まだ一回も成功してないぞ?あと一時間もないっていうのに、本気で間に合わせる気があるのか?」
鋭い言葉を厳しいと感じるのは筋違いだ。
守が言っているのは一々がもっともで、足を引っ張っている自覚がある。
それでもこれが弟の有人であれば、守もここまでは責めないだろう。
むしろ楽しめばいいと適当なレベルで有人のフォローをしながら鮮やかに演奏するはずだ。
エドガーに対して辛辣なのは、彼女が自分を認めてくれているから。
対等として見ているからこそ求められるレベルに、エドガーも否はない。
「・・・集中力が切れてる。休憩入れる?」
「いいのか?」
「そっちのが効率よくやれるだろ。ついでにお前の髪も俺とおそろにしてやるよ」
「おそろ?」
「お揃いってこと。今日の俺の髪型は三つ編みだから、お前のもやってやるよ。あー、と確かブラシはあそこだったよな」
部屋の奥にある棚の前に進むと、上から二段目を開けて漁る。
暫くして探し物を見つけたらしく、ついでに近くにあった冷蔵庫から冷えているペットボトルのミネラルウォーターを二つ取り出すと、手を拱いて用意してある小さなテーブルセットの椅子の一つにエドガーを座らせた。
手渡されたミネラルウォーターのキャップを外すと喉を潤す。
ごくごくと勢いよく半分を一息にのみ、ふうと一息ついた。
どうやら自分で思っていたよりずっとのどが渇いていたらしい。
エドガーがミネラルウォーターをテーブルの上に置いたのを見計り、守が今日は下ろしていた髪にブラシを通す。
手馴れた様子で繊細に動く手に目を細めていると、ぽそりと後ろから声が聞こえた。
「ごめんな」
「・・・マモル?」
「お前が親父さんと約束したの、俺の立場を守るためだろ?あの人のことだから俺の行動なんてお見通しのはずだ。子供っぽい我侭で我を通した俺にお前を巻き込んだだけなのに、お前の立場も悪くした」
今彼女はどんな顔をしているのだろう。
普段からは考えられないくらい意気消沈した声に、エドガーは驚愕する。
確かに、先日守が行った行動は『子供っぽい我侭』と父には取られていた。
彼は守とヒロトの繋がりを知らず、だからこそエドガーまで連れまわしてサッカーの試合に参加したと、表面的な部分だけを見ている。
守らしくない浅慮な行動だ。
それが彼の第一声で、厳しい眼差しは彼女の行動を享受したエドガーにも向けられた。
守の我侭を聞き入れるだけが優しさじゃない。
真摯な眼差しで向けられた言葉は本心だったろう。
しかし父とて守が考えなしに行動すると心から考えてるわけではない。
だからこそ今回挽回の機会を与え、短い時間でも成果を上げれる有能さを発揮しろと言外に示した。
自分の所為だと落ち込む珍しい姿に、エドガーは瞳を綻ばせる。
思わず口を掌で覆い笑うと、何がおかしいんだと拗ねた声が聞こえた。
「いいや・・・君のそんな愁傷な態度は珍しいと思ってな」
「・・・俺が愁傷だとおかしいのか」
「そんなことは言っていないだろう?」
「ならなんなんだよ。笑ってるだろうが」
「───君が、どうしようもなく愛しいと感じただけだ」
ぽろり、と素直に言葉が零れる。
普段は意地を張って口にしない想いは、常にエドガーの心の中心にあるものだ。
悔しいけれど、彼女が一目惚れした偶像と正反対の活発な性格でも、世界の中心が弟とサッカーでも、何でも器用にこなして飄々としているくせに実は結構プライドが高くて完璧主義者なとこだとか、笑顔で負けず嫌いな部分も、天才と言われてても影で常人の数倍努力しているとこも、好きなのだ。
そうじゃなければ誰がこんなに面倒な相手に付き合い、ついていくものか。
自由奔放な守が好きだ。
しがらみの中でも楽しみを見つけれる彼女が大切だ。
たった七歳で将来を決めてしまうほどに、惚れ抜いてしまってる。
「・・・くさい」
「何がだ?」
「お前が。普段はツンデレてるくせに、変に素直になるから嫌だ」
「───マモル」
「何だよ」
「照れてるのか?」
「照れてないよ!」
早すぎる返答に、エドガーはまた笑った。
どうやら珍しくもこの許婚の上手を取れたらしい。
一年に一度あるかなしかの快挙だが、きゅっと髪が引っ張られて喜びに浸っていられない。
「リボン」
「準備してないのか?」
「お前、髪を結んでなくても俺がプレゼントしたリボンを手首に巻いてるだろ。それで結ぶ」
「・・・そうか」
一度も教えたことないのに、気がつかれていたらしい。
慧眼な守に込み上げる喜びが押さえきれない。
そんなにしょっちゅう会えるわけではないのだが、彼女はちゃんとエドガーを見てくれている。
タキシードの下で結んでいた真っ白のリボンをしゅるりと外す。
蝶が飛ぶ様をレースで描いたそれは、誕生日プレゼントとして彼女から貰った一品だ。
きゅっと後ろ髪が引っ張られる感じがして、よしと声が聞こえる。
「はい、お終い。俺のは緩やかな感じだから、お前のはスタイリッシュに纏めた。鏡はいるか?」
「いいや。君が結んでくれたのなら、確認は不要だろう」
「とんでもない髪形になってるかもよ?」
「君がしたならそれも一興」
「・・・いきなりデレ期到来?マジウザッ」
素直じゃない言葉だが今日は傷つかない。
感情を隠すのが上手い彼女らしくなく、声に照れが滲み出ていた。
「次の一回で決めるぞ」
「ああ」
「そんで空いた時間は有人とラブラブする。有人が俺を待ってるぜ」
「・・・本当に、君はそればかりだ」
椅子から立ち上がり、ドレス姿でありながらのしのしと椅子に向かう守の背中を見て苦笑する。
一番が別にある相手に惚れるのは楽じゃない。
それでも手放せないのだから、もう本当に仕方ない。
馬鹿な己に呆れるばかりだが、諦めるしかないのだろう。
先に座った守の隣に腰掛けると、再びメトロノームを鳴らす。
彼女の合図で始まった演奏は、エドガーの心を潤す繊細で愛らしい響きを奏でた。
「・・・すまない」
ピアノの鍵盤を滑るように動かしていた指を止め、横で睨んでいる許婚に謝罪する。
ノンフレームの繊細な眼鏡の奥から栗色の瞳を不機嫌そうに眇めた守は、嘆息すると手をピアノから下ろした。
「お前が自分から連弾をするって言ったんだろ?どうしてそんなに集中できないんだよ」
「・・・悪いと思っている」
「謝罪は結構だ。曲も希望通りに『水の戯れ』に変えたんだ。ラヴェルがお得意なら、ちゃんと俺の演奏について来い」
愛らしい桜色のシフォンドレスに身を包んだ守は、砂糖子のような見た目と反して辛辣な言葉をぶつけた。
苛立ちを露にする守にもう一度謝罪すると、エドガーは再び鍵盤の上に指を置く。
二人きりの防音室にメトロノームの音が響き、守の合図で指を動かした。
エドガーが守の不興を買いながらもピアノの連弾の練習をしているのは訳がある。
今日この日、守と連弾を披露すると、彼女の許可も得ず勝手に父と約束してしまったのだ。
彼女がピアノを好まぬ上に、他人と合わせるのを嫌っているのを知りつつの強行に守は気分を害していた。
しかもつい先ほど恩師の勤める学校から帰宅してから伝えたので、最愛の弟との約束も果たせずにいる。
有人に関してベタ甘な守はその事実に特に立腹していたが、それでもエドガーと時間を取り僅かな時間で練習を続けていた。
もっとも理由が先日のバルチナス家主催新年会の衣装合わせの代償と知っているから、突っぱねたり出来ないと理解している筈だ。
自分の我侭が原因と理解していて、だからこそ普段なら笑顔であれこれとかわす内容を請け負ったのだろう。
父のリクエストとして幾度かエドガーとの共演を望まれていたが、今までの守ならのらりくらりと流していたのに、今回ばかりは観念せざるを得なかった。
繊細で水が跳ねるように軽やかな音を奏でる腕前は流石の一言。
エドガーとてピアノの腕に覚えがあるのだが、正直ついていくのがやっとだ。
サッカーや勉強の合間のいつピアノの練習をしているか知らないが、出会った当初ですら素晴らしい以外表現しようがなかったのに、また腕を上げている。
ついていくのがやっとな情感豊かな鮮やかな演奏に楽譜を確認した瞬間、またエドガーの指がもつれた。
「・・・エドガー」
「すまない」
「すまない、じゃない。まだ一回も成功してないぞ?あと一時間もないっていうのに、本気で間に合わせる気があるのか?」
鋭い言葉を厳しいと感じるのは筋違いだ。
守が言っているのは一々がもっともで、足を引っ張っている自覚がある。
それでもこれが弟の有人であれば、守もここまでは責めないだろう。
むしろ楽しめばいいと適当なレベルで有人のフォローをしながら鮮やかに演奏するはずだ。
エドガーに対して辛辣なのは、彼女が自分を認めてくれているから。
対等として見ているからこそ求められるレベルに、エドガーも否はない。
「・・・集中力が切れてる。休憩入れる?」
「いいのか?」
「そっちのが効率よくやれるだろ。ついでにお前の髪も俺とおそろにしてやるよ」
「おそろ?」
「お揃いってこと。今日の俺の髪型は三つ編みだから、お前のもやってやるよ。あー、と確かブラシはあそこだったよな」
部屋の奥にある棚の前に進むと、上から二段目を開けて漁る。
暫くして探し物を見つけたらしく、ついでに近くにあった冷蔵庫から冷えているペットボトルのミネラルウォーターを二つ取り出すと、手を拱いて用意してある小さなテーブルセットの椅子の一つにエドガーを座らせた。
手渡されたミネラルウォーターのキャップを外すと喉を潤す。
ごくごくと勢いよく半分を一息にのみ、ふうと一息ついた。
どうやら自分で思っていたよりずっとのどが渇いていたらしい。
エドガーがミネラルウォーターをテーブルの上に置いたのを見計り、守が今日は下ろしていた髪にブラシを通す。
手馴れた様子で繊細に動く手に目を細めていると、ぽそりと後ろから声が聞こえた。
「ごめんな」
「・・・マモル?」
「お前が親父さんと約束したの、俺の立場を守るためだろ?あの人のことだから俺の行動なんてお見通しのはずだ。子供っぽい我侭で我を通した俺にお前を巻き込んだだけなのに、お前の立場も悪くした」
今彼女はどんな顔をしているのだろう。
普段からは考えられないくらい意気消沈した声に、エドガーは驚愕する。
確かに、先日守が行った行動は『子供っぽい我侭』と父には取られていた。
彼は守とヒロトの繋がりを知らず、だからこそエドガーまで連れまわしてサッカーの試合に参加したと、表面的な部分だけを見ている。
守らしくない浅慮な行動だ。
それが彼の第一声で、厳しい眼差しは彼女の行動を享受したエドガーにも向けられた。
守の我侭を聞き入れるだけが優しさじゃない。
真摯な眼差しで向けられた言葉は本心だったろう。
しかし父とて守が考えなしに行動すると心から考えてるわけではない。
だからこそ今回挽回の機会を与え、短い時間でも成果を上げれる有能さを発揮しろと言外に示した。
自分の所為だと落ち込む珍しい姿に、エドガーは瞳を綻ばせる。
思わず口を掌で覆い笑うと、何がおかしいんだと拗ねた声が聞こえた。
「いいや・・・君のそんな愁傷な態度は珍しいと思ってな」
「・・・俺が愁傷だとおかしいのか」
「そんなことは言っていないだろう?」
「ならなんなんだよ。笑ってるだろうが」
「───君が、どうしようもなく愛しいと感じただけだ」
ぽろり、と素直に言葉が零れる。
普段は意地を張って口にしない想いは、常にエドガーの心の中心にあるものだ。
悔しいけれど、彼女が一目惚れした偶像と正反対の活発な性格でも、世界の中心が弟とサッカーでも、何でも器用にこなして飄々としているくせに実は結構プライドが高くて完璧主義者なとこだとか、笑顔で負けず嫌いな部分も、天才と言われてても影で常人の数倍努力しているとこも、好きなのだ。
そうじゃなければ誰がこんなに面倒な相手に付き合い、ついていくものか。
自由奔放な守が好きだ。
しがらみの中でも楽しみを見つけれる彼女が大切だ。
たった七歳で将来を決めてしまうほどに、惚れ抜いてしまってる。
「・・・くさい」
「何がだ?」
「お前が。普段はツンデレてるくせに、変に素直になるから嫌だ」
「───マモル」
「何だよ」
「照れてるのか?」
「照れてないよ!」
早すぎる返答に、エドガーはまた笑った。
どうやら珍しくもこの許婚の上手を取れたらしい。
一年に一度あるかなしかの快挙だが、きゅっと髪が引っ張られて喜びに浸っていられない。
「リボン」
「準備してないのか?」
「お前、髪を結んでなくても俺がプレゼントしたリボンを手首に巻いてるだろ。それで結ぶ」
「・・・そうか」
一度も教えたことないのに、気がつかれていたらしい。
慧眼な守に込み上げる喜びが押さえきれない。
そんなにしょっちゅう会えるわけではないのだが、彼女はちゃんとエドガーを見てくれている。
タキシードの下で結んでいた真っ白のリボンをしゅるりと外す。
蝶が飛ぶ様をレースで描いたそれは、誕生日プレゼントとして彼女から貰った一品だ。
きゅっと後ろ髪が引っ張られる感じがして、よしと声が聞こえる。
「はい、お終い。俺のは緩やかな感じだから、お前のはスタイリッシュに纏めた。鏡はいるか?」
「いいや。君が結んでくれたのなら、確認は不要だろう」
「とんでもない髪形になってるかもよ?」
「君がしたならそれも一興」
「・・・いきなりデレ期到来?マジウザッ」
素直じゃない言葉だが今日は傷つかない。
感情を隠すのが上手い彼女らしくなく、声に照れが滲み出ていた。
「次の一回で決めるぞ」
「ああ」
「そんで空いた時間は有人とラブラブする。有人が俺を待ってるぜ」
「・・・本当に、君はそればかりだ」
椅子から立ち上がり、ドレス姿でありながらのしのしと椅子に向かう守の背中を見て苦笑する。
一番が別にある相手に惚れるのは楽じゃない。
それでも手放せないのだから、もう本当に仕方ない。
馬鹿な己に呆れるばかりだが、諦めるしかないのだろう。
先に座った守の隣に腰掛けると、再びメトロノームを鳴らす。
彼女の合図で始まった演奏は、エドガーの心を潤す繊細で愛らしい響きを奏でた。
PR
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
カテゴリー
|
リンク
|
フリーエリア
|