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結局吹雪士郎を調べても、あやふやな噂しか出てこなかった。
こんな人材をどうやって響木は調べてきたんだとむしろ感心してしまう。
彼独自のネットワークがあるのだろうが、それにしても大したものだ。

画像も公式記録もほとんど残っていないのなら、吹雪にはそれを残せない理由があるのだろうか。
そんなことを考えながらバスの窓から夜景を見ていると、後ろからひそひそとした声が聞こえた。
シートベルトをしているので身動きはせずすっと瞼を閉じ聴覚を鋭くする。
暢気な寝息に混じって聞こえたのは、どうやら土門の声らしい。


「なあ、伝説のエースストライカー吹雪ってどんな奴だろう」
「うちのエースストライカーは豪炎寺に決まってるだろ」
「いや」


不機嫌な染岡の声に、円堂は瞼を閉じたまま苦笑した。
きっと土門からしたら気を使って声を掛けたつもりだろうに、予想以上の強さで跳ね返されている。
以前は俺がエースストライカーだと豪炎寺と張り合っていたはずなのに。
豪炎寺を想うからこそ強くなる言葉に、染岡らしいと考えながら八つ当たりされた土門に同情する。
もしかすると、染岡の怒りは円堂が思う以上に根深いのかもしれない。
だとしたら今向かっている白恋中でもひと波乱ありそうだと、ゆるゆると息を吐き出した。

今日一日無理をした所為で体は休息を欲している。
あざだらけな外の部分だけでなく、内部から痛みを感じた。
気を利かせて酸素や薬を持ってきてくれた一之瀬様様だ。
過保護な部分はあるが、人をよく見ている彼ならではのタイミングで抜け出してくれたのだろうと思うと感謝の念が絶えない。
どくどくと脈打つ心臓の上の部分の服を握り締めると、不意にバスの中に機械音が響いた。


「えっ・・・!?パパが見つかった!!!?」


思わず、とばかりに声を張り上げた塔子に、ぱちりと瞼を持ち上げる。
あまりの大きな声に眠っていた仲間も目を覚まし、視線を彼女に集中させた。
話が聞こえていたらしい監督の指示でバスが路肩に停車される。
しっかりと動きが止まったのを確認してからシートベルトを外すと、前に座っている塔子へ身を乗り出した。


「親父さんが見つかったって本当か、塔子」
「ああ。今、連絡があって」
「皆さん、見てください!今テレビでも緊急ニュースが流れてるみたいです!」


春奈の言葉に席を立ち、彼女の持つパソコンを中心に並ぶ。
確かに、キャスターが報道する番組で、緊急速報と銘打って情報が流されていた。
居なくなっていた数日間所在は未だに判明していないらしいが、財前総理その人が映像にも映っている。

ちらり、と視線だけで塔子を見れば、勝気な瞳が微かに潤んでいるのが見て取れた。


「良かったじゃない」
「お父さんに会えますね!」


秋と春奈が笑顔で塔子を見上げる。
けれど強張った表情をした塔子は、体の脇で拳を握り締めると強い口調で断言した。


「東京には戻らないよ」
「え?」
「あんな奴らは絶対に許せない。だから、皆と一緒にサッカーで戦う」


静かだがきっぱりとした声に円堂は嘆息した。
強い子だ。震えるほどの怒りを漸く宥めている塔子の決意は固く揺ぎ無い。
責任を感じているのだろう。
彼女の脳裏には幾度も一方的にやられた円堂の姿が刻まれているに違いない。
それは決して彼女の責任ではないけれど、自分が巻き込まなければ、とどこかで感じているのだ。
だから今、我慢しようとしている。
自分が円堂たちを仲間にと誘ったのだから、父親と会うのは全てのかたがついてからだと。
そんな意地を張る必要は、どこにもないのに。


「円堂、一緒に戦おう」


つり上がり気味の瞳に強い光を宿して訴えた塔子に、小さく笑う。
こういう勝気な子は嫌いじゃない。


「よし。地上最強のチームになろうぜ」


にっと口角を持ち上げ、拳を付き合わせる。
一瞬だけ見せた泣きそうな表情に気づかないフリをして、呆れ半分のマネージャーの視線を無視すると笑いあった。



深夜の道路。
全員が寝静まったのを確認して、のそりと身を起こす。
本来ならあまり芳しくないが、シートベルトを外すと走行中の車内で座席を立った。
バランスを取りながら最前列へ辿り着くと、腕を組んで静かに前を見ている瞳子へ声を掛ける。


「監督」
「・・・何かしら」
「東京に戻ってください」
「何故?」
「塔子を父親と会わせたいんです」


静かな眼差しを向ける瞳子は、円堂の発言に驚いた様子も見せずに瞬きを一つした。
きっと自分が言わなくても他の誰かが言い出すと予想していたに違いない。
たまたま円堂が一番初めだっただけで、そうじゃなくても仲間の誰かが『戻りたい』と口にしたはずだ。
座ったまま腕を組んだ瞳子はため息を一つ落とすと髪を払った。


「誰かが言い出すとは思っていたけど、あなたではないと思っていたわ」
「あれ?俺そんなに冷たい人間に見えます?」
「いいえ。でもあなたはとても合理的で理性的に見えたわ。この場に居る誰よりも冷静で状況を判断する目を持っている。あの鬼道君よりもずっと」
「はは、それは買いかぶり過ぎですよ」


頭を掻きながら笑うと、すいっと観察するように目を細めた。
一挙一動、不振な部分はないかと眺められ首を傾げる。


「大丈夫です」
「何がかしら」
「心配しなくても、今日は大した怪我は負ってません。体中にあざが出来たくらいで、それも一週間もあれば消えます」
「・・・そう」


心配しているとの言葉を否定しなかった瞳子に、小さく笑う。
その理由が世界最強のチームを作るためだとは言え、正直な人だ。
思えば辛辣な言葉を吐いてきたが、彼女は嘘はついていない。
ぎりぎりの部分で騙しは入れるが根本的に嘘をつくのに向いていない人種なのだろう。
真っ直ぐで飾らない言葉はきついが的を得ている。
中立の立場を保つつもりの円堂から見れば、この監督はそれほど外れではないというのが今のところの見解だ。
選手を潰すのではなく、伸ばす方向で考えてくれている。
それは仲間を重んじる円堂にとって一番大事な事項だった。


「それで?俺のお願いは聞いてもらえるんですか?」
「・・・どうせ断ってもまた別の子が来るだけでしょ。戻ったってそれほどのタイムロスにはならないわ」
「さすが監督。ありがとうございます」
「あなたのためにすることじゃないからお礼は不要よ。・・・宜しいですか?」
「勿論です!じゃあ、帰りは高速を使いますか!その方が早くつくし、こちらも休める」
「お願いします」


快く引き返すことを承諾してくれた運転手の彼にも礼を言うと、そのまま席に戻る。
先ほど窓際の席を交換してもらい通路側に換わっていた円堂は、仲間の寝息が聞こえる中ひっそりと瞼を閉じた。


「・・・俺も、適当なとこで父さんに連絡入れなきゃな」


何もかもを知り、あえて好きなようにさせてくれる父はきっと心配してくれているだろう。
セカンドオピニオンではないけれど、全国の何処の病院でもすぐにカルテを送れるように準備してくれている彼は、今頃どうしているだろうか。
明日は小さな親孝行をしようと便箋と切手を買うことを心に誓いつつ、ゆっくりと意識を闇へと沈めた。

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自分を家族として迎えたい相手が居る。
黒服にサングラスをかけた長身の男は、不適な笑みを浮かべてそう告げた。
それは両親を事故で亡くし自動養護施設に預けられてから数ヶ月したある日のことだった。


鬼道財閥。
子供の有人は知らないが、とてもお金持ちの家が自分を欲したと聞いてはじめに浮かんだのは疑問だった。
有人には妹が居る。だが彼は女児は欲しておらず、男児である有人だけを引き取りたいらしい。
金持ちであるなら二人同時に引き取ってくれればいいのに、と思ったが、先方は跡取りとなりうる男児を望んでいた。
迷ったのは僅かな時間。
男が囁いた一言で有人の心の天秤は傾いだ。

『いつか、妹を迎えに行けばいい。鬼道家ならばもう一人くらい十分養う余裕はあるし、お前が実力を示せば妹も引き取ってくれるかもしれない』

一抹の望みに縋り付いたのは、施設の子供たちがどのように養子縁組されていくか見てきたからだろう。
兄弟全員を一度に引き取る、なんて短い期間で一度もなかった。
だがもしかしたら、裕福であるらしい鬼道家なら努力しだいで引き取ってくれるかもしれないと男は言った。
その一言はとても大きく抗いようがないほど魅力的だった。

こくり、と一つ喉を鳴らす。
心配げに施設の管理人が見守る中、有人はゆっくりと口唇を持ち上げた。
答えは勿論、『是』だった。



黒塗りの大きな車に乗せられ、ソファのような座り心地の真紅の椅子に身を沈める。
座る、と言うより埋もれるという表現がぴったりな様子で有人は両膝に手を当てて座っていた。
両脇にはあの日有人を迎えに来た男ではなく、同じ黒服であるがドラマの中の執事のような格好をした白髪交じりの男だった。
大よそ有人が知っている車とは違う広い車内の真ん中に座り、ひたすらに俯きながら高鳴る緊張感に耐える。
窓は外から覗けないよう薄暗くなっていて、膝の上に白く握られた拳だけをじっと見詰める。


「もうすぐつきます」
「・・・はい」


丁寧で物腰が柔らかい態度だが一部の隙もない身のこなしは益々有人を萎縮させたが、それを悟られたくなく必死に歯を食いしばり顔を上げた。
向かっている鬼道家には娘が一人いるらしい。
有人より一つ年上で、彼女が女であるから今回有人が引き取られることになった。
どんな相手か知りたかったが、『賢い方です』の一言しか情報は与えられず、優しげな風貌の執事はそれきり口を開かない。
気がつけば車は止まっており、家よりは屋敷と表現したほうがぴったりの見上げるばかりの建築物の前に居た。
唖然と口を開ける有人を促すと木でできた大きな門を開きロビーに案内される。
ふかふかの毛足の長い絨毯が敷かれたそこには十人を軽く超す人数の男女が恭しく頭を下げて有人を迎えた。
どう反応すればいいか戸惑ううちに車から一緒の初老の男に廊下を案内される。
有人が二人並んで手を広げて漸く端に届くくらいの広さの廊下をいくばくか歩き、男は足を止めた。
ノックを四回の後入室の許可を得ると扉の外から頭を下げる。
一礼の後ノブに手を伸ばすと、重厚なドアは音もなく開いた。


「有人様、こちらへ」
「はい」


促されるままに室内に入室すると、広々とした部屋は一度だけ足を踏み入れた小学校の校長室のように整っていた。
幾つも置かれた本棚に、観葉植物、壁にかけられた絵画や、足の低い机とソファ。それとは別にある正面の大きな机に両肘をつき顎を乗せた男が、じろりと観察するように有人を見下ろす。
震えそうになる体を必死に宥め乾いた唇を無理やりに動かす。


「ゆうとです、よろしくおねがいします」
「ふむ。私が今日から君の父親となる鬼道だ。判っていると思うが君は今日から鬼道家の一員となる。鬼道家の人間は常に優秀であるのを求められる」
「はい」
「幼い君には酷だろうが鬼道家の一員としての自覚を持ち、日々を過ごすよう勤めてくれ。なにすぐに慣れるだろう」


椅子に座っていた彼は立ち上がると、そのまま有人を目の前のソファへ腰掛けるよう誘導した。
そうして自分は有人の正面に腰を落ち着けると、丁度いいタイミングで紅茶が出される。
今まで使ったことがない繊細なカップにいい香りの紅茶が注がれていた。

緊張の続く中暫く会話を続けていると、思い出した、とばかりに彼が手を打ち鳴らす。
先ほどまでは顰められていた眉間の皺を解き笑みらしき表情を見せ、有人にクッキーを勧めながら話を続けた。


「そうそう、言い忘れていたが家にはもう一人子供が居る。君の姉になるのだが聞いているか?」
「ええ、少しだけ・・・」
「そうか。彼女の名前は『守』と言う。漢字ではこう書く。誰かを守る、守護するという意味だ。気遣いも出来るいい子だから、きっと君とも仲良くなれるだろう」


鬼道家の人間としての心得や、基本的な過ごし方を淡々と話していたときと違い、娘の話をする彼は常に笑顔が耐えない。
子供の有人にも態度でどれだけ娘を可愛がっているか知れ、内心で渋面を作る。
正直年上と折り合いが悪い自分を知っているので、『姉』との付き合いが難関だと自覚していた。
どうやらまだ見ぬ『姉』は、父親の鬼道の心をがっちりと掴んでいるらしい。
もし彼女に気に入られなかったら、この家での居場所はなくなる。
そうなれば妹の春奈を引き取るなんて夢のまた夢で、なんのために態々離れたのか判らない。
だがどうすれば年上と仲良くなれるかも判らなかった。

何しろ有人の世界は今までとても狭かった。
両親が生きているときは家に居る家政婦と付き合うくらいで、施設に預けられてから妹を苛める年上の相手との喧嘩ばかりだった。
長男として年上気質の自分がすんなりと馴染めるか全く自信がない。
心密かに焦っていると、不意に部屋がノックされた。
機嫌よく返事をした鬼道の仕草でそれが誰か悟り、こくりと喉を鳴らす。
室内に姿を現したのは白のワンピースを着た、表情の薄い少女だった。
大きな栗色の瞳にはノンフレームの眼鏡がかけられ、少しばかり癖のある長い栗色の髪はツインテールにしてオレンジのゴムで結んである。
少しばかり低い鼻とまろい頬は幼さを強調させ、美しい、と言うより可愛いという言葉が似合う上品な仕草の少女。
今まで対応したこともない種類の人種に自然と顔が強張る。
何しろ有人の周りに居たのは年相応の子供だ。
一つ年上だろうともっと元気で明るく活発な雰囲気を持っていた。
それこそ施設の中で殴り合いの喧嘩もするくらいに。
どうしようと混乱する頭で必死に考えながら、とりあえず挨拶をと震える唇を開く。


「・・・ゆうとです」


何とか搾り出した声は掠れ、けれど必死に瞳だけは反らすまいと真っ直ぐに前を見た。
瞬きすら惜しむようこちらを覗き込む栗色の瞳に、体の脇で握った掌が緊張で震える。
やがて印象的な目を閉じた彼女は、次いで瞼を開けたときには、今しがたまでの雰囲気を一新する魅力的な笑みを浮かるとそのまま右手を差し出した。


「私の名前は守。君と同じで、お父さんに貰われてきました。だから緊張することはないですよ。私も君と同じです」
「守は一年ほど前に君と違う施設で引き取った子供だ。優秀な子で勉強もスポーツも何でもこなす。有人、君も何か判らないことがあれば守に聞けばいい。守、影山さんに君がいる間は有人の面倒を君に任すよう言われている。頼めるか?」
「はい、お父さん。宜しくね、有人君」
「・・・」


無表情でいたときとの第一印象とは違い、はきはきとした口調で挨拶する。
いかにもお嬢様といった格好だったが、もしかしたら本人はもっと活発なのかもしれない。
名乗りを上げた守の補足を相貌を崩した鬼道がし、自慢気に胸を反らす。
自分の面倒を彼女が見ると言われ瞳を見開く有人を他所に、にこにことした笑みの守は父親に頷いていた。
反応出来ずにいると、そのまま守が話を進める。


「父さん、有人君の部屋に案内してきていいですか?」
「構わない。だが夕食までにきちんと戻ってきなさい」
「はい!有人君、行きましょう」


再び声を掛けられ差し出されたままの右手をじっと見詰めてから、ゆっくりと手を伸ばした。
重なった掌はすぐに力を篭めて握られる。
誰かと手を繋ぐなんて経験妹以外とはほとんどなくて戸惑っていると、笑顔を浮かべた守は父親に挨拶をするとさっさと室内から出てしまった。
釣られて有人も外へ出る。
途中黒服の男とすれ違ったが顔を見る余裕はなかった。
絶えず話し続ける彼女はそのままの勢いで歩き続け、唐突に足を止める。


「ここが有人君の部屋です」


一言告げてからドアノブをあけると、広がる世界に唖然と口を開いた。
大きな窓には木の枠が嵌めてあり、小さな花が飾られている。
本棚に専用テレビ、ソファに机。鬼道の部屋には劣るが、施設なら子供の集まる視聴覚室と同じかそれ以上の大きさだった。
毛足の長い絨毯が広がり、スリッパを脱げば床でそのまま横になってもすぐに眠れそうだ。
鬼ごっこをしてもすぐに捕まえられそうにない広い部屋は、今まで暮らしてきた場所と雲泥の差だった。


「ひろい」


無意識の内に口から言葉が漏れる。


「そんで豪華だろ?判るぜ、戸惑うの。俺も最初そうだったもん」


そして思わぬ部分で肯定を受け、ぐるりと顔を回した。
腕を組み立っている守は、入り口のドアをきっちりと閉めて背を預けた形でこちらを見ている。
服装も髪型も顔も変わっていない。
それなのに器用に雰囲気だけ一変させ、まるで男のような口調で話している。
何が起きたのか理解できず警戒して眉間に皺を寄せると、背をドアに持たせていた守がぽんと手を打った。
訝しげに見上げる有人の頭を撫でるとその顔を覗き込む。


「悪い。俺、こっちが素なんだ」
「・・・・・・」
「父さんの前では流石にしないけどな。お前の前ではこのままだから、慣れてくれよ」
「・・・・・・」


ぱちりと綺麗にウィンクをした人は、飄々と告げる。
騙していたのかと思ったが、それにしては態度は柔らかい。
一体どういうことかと見ていると、視線を合わせた守は楽しそうに破顔した。


「あ、苛めようとかそんなのは別にない。むしろお前が可愛くて嬉しいぞ、有人」


言葉通りに優しげな笑顔を浮かべた人は、にこにこと笑顔を振りまく。
可愛いと面と向かって言われたのは何年ぶりだろう。
両親がしょっちゅう海外へ行くお陰で有人は必要以上に大人びた子供に育った。
妹に手を出す輩を追い払う内に気がつけば施設でも問題児だったし、持て余されたお陰で可愛いなんて称する大人は居なかった。
それに他人に馴れ馴れしくされるのも苦手で、テリトリーに無断で入られるのは嫌いだ。
警戒心が強すぎるのも可愛くないと称される一端を担っていた。
それなのに。


「なまえ」
「呼び捨ては嫌か?」
「・・・、いや、じゃない」


初対面でいきなり名前を呼び捨てにされたのに、全く嫌じゃなかった。
近距離で顔を覗かれても緊張しないし、嫌悪感はない。
どうしてと自分に疑問を抱いている有人を他所に守は笑顔で問いかける。


「そっか。あ、お前は俺を何て呼ぶ?お姉ちゃん?お姉さま?守さん?」
「ねえさん」
「・・・地味に可愛くないな。お前子供の癖に」
「・・・だめ?」
「お?今の顔は可愛い。よし、可愛いから許してやるぞ、有人!」


上から目線の言葉なのに腹も立たない。
きっと問いかける守があまりにも楽しそうに、本当に可愛いものを見る瞳で有人を見るからだろう。
初対面なのに警戒心を抱けない。
守は不思議な空気の持ち主で、有人の心の壁をたやすく乗り越えて内まで入り込む。
けれど嫌悪が沸かない。きっと彼女は距離を測るのが上手いのだろう。
久し振りに感じる優しい眼差しに照れて俯くと、いきなり抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうに遠慮のない力の抱擁に硬直する。
固まった有人に頬を摺り寄せた守にそのままひょいと抱き上げられた。
一つしか違わないが頭一つ分は身長差があるので成すがままにされていると、意外と力があるらしい守はお嬢様らしからぬさかさかした足取りで部屋の隅に進む。
大きな本棚がある一点で足を止めると、真新しい本の中にある少しだけ古びた本の中から一つを掌で押し込んだ。


「これは・・・?」
「俺の部屋への直通ドア。ほら」


音もなくスライドした棚に驚いていると、その裏から現れたドアを引く。
すると有人が居る部屋とが違いベッドが置かれた部屋にはサッカー雑誌やDVDが数多く見れた。
言葉通りならここは守の部屋なのだろう。
作りが違う部屋にきょろきょろと瞳を動かしていると、柔らかなベッドの上に宝物のようにそっと置かれた。
そしてそのまま守は壁に向かい歩き、掛かっていたサッカーボールを手に取った。

ぽん、とリフティングをする。
大よそ動くのには不向きなワンピース姿なのに器用に頭でリフティングを繰り返した技術に自然と瞳が輝いた。

サッカーは有人にとって特別なものだった。
両親が残してくれた唯一の形見がサッカー雑誌で、サッカーをしていると両親を感じられた。
施設にいる誰より上手い自信があったが、彼女と比べたらどうだろう。
ぽんぽんと安定して繰り返される仕草を眺めていたら、不意にボールがこちらに飛ばされた。
慌てて立ち上がろうとしてベッドの上でバランスを崩し、ふわふわの布団に埋もれてしまい、ついでにボールは頭に当たって跳ねる。
あまりの失態に自分でも驚いていると、頭上で軽快な笑い声が響いた。


「あはは、有人だっせぇ!」
「ちがう!ばしょがわるいだけだ!おれはもっとうまい!」
「ふーん。でも、俺のが上手いけどな」
「おれのがうまい!」
「じゃ、勝負してみるか?どっちが長くリフティング続けれるか」
「・・・でもそのスカートじゃまそう」
「ハンデだよ、ハンデ。俺はヘディングだけでやるしー」
「っ、ならおれも!ヘディングだけでする?」
「あーん?生意気、有人。んじゃ、勝った方の部屋で今日は一緒に寝るんだぞ」
「わかった!」


からからと笑う守に悔しくなって、顔を真っ赤にして訴える。
すると余裕の表情を浮かべた彼女はにっと意地の悪い笑顔で腰に手を当てて聞いてきた。
ムキになって返事をすると、嬉しげに頷いた彼女はまた手を差し伸べてきた。

今度は迷いなくその手を握る。
きゅっと握り返された手を繋ぐのに、不思議と迷いも戸惑いもなかった。

ハリネズミみたいだと言われた警戒心が消えていたのに気がついたのは、彼女のベッドで一緒に眠った翌朝だった。

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「えーんど!」
「あん?」
「これやるよ!!」


にっと爽やかな笑顔を浮かべた綱海が、どさりと両手一杯の何かを押し付けてきた。
首筋を擽る感覚に目を瞬かせて、一瞬で奪われた視界の焦点をあわせる。
ふんわりと甘い薫りと特徴的な紫がかった小さな花々に、その正体を知った。


「何これ、チェリーパイじゃん」
「チェリーパイ?違うぞ。それは花だ」
「・・・そんなのみりゃ俺だって判る。そうじゃなくて通称だよ。俺が前に暮らしてたとこで、この花はチェリーパイって二つ名があんの」


何言ってんだと不思議そうに訂正した綱海に、ひょいと肩を竦めて教えてやる。
温帯から熱帯に咲くこの花の正式名称は『ヘリオトロープ』。
数多い種類を持つ花だが、その甘い香りから香水草とも言われ、実際に香水の生成に使われたりもする。
基本的に春から秋にかけて咲く花なのだが、気候が暖かなこの島には普通に分布しているらしい。
いかにも手で摘んできたむき出しの花は茎の部分が無残に折れ、ひっそりと眉根を寄せる。
よくよく見れば綱海の手も草の汁で緑色に染まっており、押し付けられた服を覗いたら緑の液体が付着していた。

お気に入りのTシャツに入った新たなラインにため息を吐くと、腰に手を当てた綱海は首を傾げる。


「あれ?嬉しくねぇ?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけどさ・・・どうしたんだよ、唐突に」
「唐突って、今日は特別な日だろ?」
「特別?」
「そ、今日はバレンタインデーだぜ!日本じゃ女からが主流だが、欧米では男から渡すのが普通だってテレビで見たからさ。だから俺から円堂に」
「バレンタインねえ」
「金の掛かってるプレゼントじゃねぇし受け取ってくれよ。あるのは俺の想いと労力だけだ」
「・・・その想いってのが厄介なんだろ」


なんとも確信犯な悪友は、にっと口角を持ち上げた。
仲間の前では滅多に見せない挑発的な笑みに、どうしたものかと眉を下げる。
気が合う友人だけあって綱海のチョイスは的を得ていた。
お金が掛かる高価すぎるプレゼントなら受け取らなかったし、コレが無機物なら突っ返していたかもしれない。
生きている植物を選んだ挙句、使ったのは労力だけなら遠慮する方がおかしい。
だが篭められた想いは紛れもなく厭うもので、それすら理解して手渡した彼に苦笑する。


「まあ、気にすんな。海のように広い心で受け止めろ」
「だから俺の心はミジンコ並にちっちぇえんだってば」
「けど今回はお前の負けだろ?油断してたし、もう受け取っちまってるしな」
「捨てるって選択肢もあるぜ?」
「お前ならそれはしねえだろ。けどまあ、捨てられたっつうんならそれもまた仕方ねぇ。花には悪いが、俺は後悔しないからな」
「───最悪だ」
「何とでも言え」


くつくつと喉を震わせた綱海は、ばんばんと無遠慮に円堂の肩を叩いた。
最早勝敗は決しており、これ以上抗っても何も意味はない。
片方でも手放せばすぐに落ちてしまいそうな花を気遣いつつ肩で綱海をごつくと、諦めて踵を返した。


「何処に行くんだ?」
「宿舎だよ。この花を加工すんの」
「加工?」
「乾燥させてポプリを作る。・・・お前へのお返しはそれに決定だから、期待するなよ」


わざと冷えた目で睨みつけると、瞳を丸くした綱海は嬉しそうに笑った。
思いも寄らぬ反応に小首を傾げる。
『想い』を形にしたそれを突き返すと宣言しているのに、何故彼は嬉しそうなのか。
訝しげな眼差しに疑問を嗅ぎ取ったらしい綱海は、顔をくしゃくしゃにして教えてくれた。


「だってさ、それって来月にしっかりお返しをくれるってことだろ?何も期待してなかったから、嬉しいんだ」


先ほどまでの強張った空気など何処吹く風で、言葉どおり幸せそうな綱海に。
呆れを通り越した何かを感じて、今度こそ背を向けたまま早歩きでその場から脱出を図った。




反比例の方程式

ヘリオトロープの花言葉・・・献身的な愛、熱望

拍手[3回]

晴れた太陽が気持ちよくて歩いていたら、目の前に珍しい光景を見つけ目を瞬かせる。
きっちりと背筋を伸ばして歩く少年はよく見知っていたが、無表情に近い顔で淡々と両腕に抱えるものがそぐわない。
いや、目の抱擁になるくらい美少年に花は似合っていたが、少年───豪炎寺が自分から花を求めるタイプではないと知っているだけに意外に思えた。
大胆に花束を持ちながら全く照れが伺えないのが豪炎寺らしいと言えばらしいが、一体どうしたというのだろう。
好奇心がうずうずと沸き起こり、スピードを上げて前を行く少年に追いつくと。


「ごーうえんじー」


どん、と思い切り背中に圧し掛かった。
不意打ちされたことでたたらを踏んだ豪炎寺は、それでも何とか体勢を戻すと首だけをこちらに向ける。
切れ長の瞳で幾度か瞬きすると、ふわりと彼独特の淡い微笑を浮かべた。


「円堂。どうかしたのか?」
「いや、どうかしたのはお前だろ?どうしたんだよ、その両手いっぱいの花束」
「これか?これは夕香へのバレンタインプレゼントだ」
「バレンタイン?俺の記憶だと日本じゃ女から渡すのがメインじゃなかったか?」
「別に男から渡しても構わないだろう?最近では逆チョコが流行るくらいだ、花束くらい普通だ」
「そうか?」
「そうだ」


こくり、と頷く豪炎寺は心持ち楽しそうだった。
最愛の妹に贈り物が出来るのが嬉しいに違いない。円堂とて彼の気持ちはよくわかる。
目に入れても痛くない可愛い弟妹を口実をつけて構いたいと思うのは長子の特権だろう。
それに彼の場合は夕香が不幸に見舞われて、その原因は自分の所為だと思い込みながら抑圧した生活を送っていただけに反動が大きいのかもしれない。
どちらにせよ妹にプレゼントすると言う豪炎寺が嬉しそうなので、まあ別に理由はどうでも構わないかと円堂も笑った。

豪炎寺の両腕いっぱいに抱え込まれた花束には、季節を問わず可愛らしい花が並んでいる。
温室のお陰で最近の花屋では色々な種類の花を扱っているが、赤、白、ピンク、黄と目に鮮やかで可愛らしい様子は同じ女として喜ばれるのは間違いないと確信できた。


「夕香ちゃん、喜んでくれるといいな」
「ああ」
「そうだ、後で俺も友チョコ持ってくから。夕香ちゃんはケーキと生チョコとどっちが好きだ?」
「多分、円堂からもらえるなら、どちらでもいいと思う」
「そか。じゃあ、お前は?」
「え?」
「お前はって聞いてるんだよ、豪炎寺。今日はバレンタインでーだろ?日本じゃ女の子が男の子にチョコをやる日のはずだ。違う?」
「いや、違わないが」
「俺、女の子。豪炎寺、男の子。それで、お前はどっちがいい?」
「───生チョコで」
「ん、了解」


瞳を大きくしながらも、呆然とした様子で答えた彼に頷いた。
用意してあるチョコは包むだけなので、包装紙は何色にしようかと思案する。
豪炎寺のイメージカラーはオレンジがかった赤だろうか。それともイナズマジャパンにあわせて青にしようか。
プレゼントを贈った時の反応を想い喉を震わせると、いつの間にか立ち止まっていた豪炎寺からすっと何かを差し出された。


「ん?」
「・・・本当は、渡そうか迷っていたが」
「俺に?」
「ああ。イメージを伝えたら、花屋が作ってくれた」
「夕香ちゃんのより小さいな。やっぱ、愛の違い?」
「なっ!!?」
「冗談、じょーだんだって。本気にすんなよ、豪炎寺」


軽口にかっと頬を赤らめた豪炎寺に、ぱちりとウィンクをする。
クールな見た目と違い、中身は初心で生真面目な彼は素直で可愛い。
同年代の少女には近寄りがたい空気を発しているが、果たして彼の素顔を見つけるのはどんな女の子なのだろうか。

見た目ではなく、彼の中身を好む円堂は、手渡された花束を腕に抱くと微笑んだ。
中心に置かれ目を引く鮮やかなアネモネは、ほんのりと甘い香りがした。




自覚のない想いの色は


アネモネの花言葉・・・はかない恋、清純無垢、無邪気
赤のアネモネ・・・君を愛す
白のアネモネ・・・真心
紫のアネモネ・・・あなたを信じて待つ

拍手[5回]

「ね、姉さん!」


呼びかけられ、足を止める。
数多い知り合いの中から自分を『姉さん』と呼ぶ人間なんて一人しか覚えがなく、右の踵を機転に振り返れば予想通りの姿があった。

幼い頃刷り込みをしすぎて多少奇抜な趣味に走ってしまった弟は、今日はマントはないがそれでもきっちりとゴーグルはつけたままだ。
嘗て同じものをつけていた身としてはどうしてか理由は判るが、いい加減日常では外した方が良いとアドバイスすべきなのだろうか。
姉として思案していると、何処から走ってきたのか少しだけ息を上がらせた弟は、後ろ手に持っていたものを差し出した。


「・・・苺?」
「はい。今日はバレンタインデーなので」
「ああ、バレンタインのプレゼントか。さすが有人!気が利くなあ」


微かに頬を染めながら差し出した彼に、円堂はにこりと微笑んだ。
周囲の人間に呆れられるくらいにブラコンの自覚がある円堂は、昔よりマシになったとはいえ現在でも彼に十分甘い。
バレンタインのプレゼントに苺の鉢植えなんて普通ないだろ、と他の誰かなら突っ込んだが、弟の鬼道からなら何でも嬉しいに変換された。

日本ならではのイベントに興味はないが、可愛がっている弟からとなれば別だ。
彼の想いが何処にあるか理解していて残酷だと、気の合う友人なら言うかもしれないがそこには目を瞑った。
誰に何と言われようと嬉しいものは嬉しいし、伝えずにいるには目の前の子供は特別すぎた。
どうせこんな遣り取りが一生続くはずもない。

淡雪のような初恋は、春が来たら解けてなくなる。
熱病に冒されているのと同じで、離れていた時間が自分に執着させているだけなら、彼が大人になれば自然と距離は開くだろう。

その時を思い一抹の寂しさを感じると、訝しげに目の前の弟の顔が曇る。
慌てて取り成すように彼の頭に手をやり昔と同じ仕草で撫でれば、もう子供ではないですと頬を膨らませながらも享受した。


「そうだな。お前も、もう子供じゃないな」
「・・・姉さん?」
「なぁ、有人。俺はお前が大切だよ。特別で可愛い弟だからな」


素知らぬ顔で釘を刺せば、一瞬前までの喜色を消し去り俯いて唇を噛み締める。
傷ついた顔を隠さぬ鬼道に、それでも差し伸べる手を持たない。
その役目は、いつか鬼道の隣を歩む女性が担うべきもので、早々に彼の人生から姿を消す自分では役不足だ。
運命論など語りたくもないが、傲慢なる神様に、出会った瞬間から先は決められていたのかもしれない。

何も言わぬ鬼道に手を伸ばし、きゅっと掌を握る。
漸く顔を上げた弟は、不思議そうに小首を傾げた。


「お礼にフォンダンショコラをプレゼントだ。もう宿舎に準備出来てるから、焼いて一緒に食べようぜ」
「・・・いいのか?」
「勿論」


油断するとすぐに昔の話し方に戻る鬼道に、円堂は儚げに微笑んだ。
砂上の城と同じ優しさは、果たして優しさと言えるのだろうか。




時間が進まぬ時計が欲しい 歪なそれが壊れるだけでも



苺の花言葉・・・尊重と愛情

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