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点こそ取られなかったものの押され気味の試合展開に呻る仲間を宥め苦笑する。
わざとらしい挑発に乗りかかった染岡を宥めると、フィールドから足を踏み出した。

前半戦、勢いはあったが責めあぐねている仲間に、予想通りだと内心で呟く。
むしろここまで持ったほうが意外で、意地を張り続けて不調を隠す仲間に眉根を寄せた。
僅かな休憩の間に水分を補給し和気藹々と話す仲間を尻目に一人で佇んでいると、言葉通り前半は傍観するだけだった瞳子が動く。
漸くかとタオルで汗を拭き瞳を眇めると、一瞬だけ目があった気がした。


「───聞いてみんな。後半の作戦を伝えるわ」


唐突な発言に息を呑む仲間を他所に瞳子は続ける。
冷静ゆえに冷たくも見える眼差しで彼らを見詰め、ゆっくりと口唇を開いた。


「染岡君、風丸君、壁山君。あなたたちはベンチへ下がって」
『ええっ!?』


本人たちだけでなく、他の面々も合わせて驚きの声を上げる。
だが彼らの反応を一切気にすることなく淡々とした空気を保った彼女は、そのまま続けた。


「空いたスペースは残りのメンバーでカバーして。宜しくね」
「なんで俺が下げられなきゃいけないいけないんだ!?」
「監督の考えがわかりません!ただでさえ厳しい状況なのに」
「俺、さっき転ばされたからっすか?」
「勝つための作戦よ」


指名されたメンバーが噛み付く中、一言だけ言い放った瞳子は踵を返してもとの場所へと戻ろうとしている。
その様子を眺め、ひっそりと笑みをかみ殺す。
気分としては『お見事』と拍手したいくらいだ。
もっともそれをすれば冷め切った眼差しで睨みつけられそうなのでする気はないけれど。
他のメンバーと違い全く動揺していない円堂に気がついた一之瀬が寄ってきて、こそりと耳元で囁いた。


「・・・守、機嫌が良さそうだね?」
「ああ。一哉、どうやらあの人は信頼できるみたいだ」
「どうして?」
「あの人が指名した奴らを見て気がつかないのか?」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。仲間である一哉が気がつかなかった部分にあの人は気がついた。大した観察眼だ」


ふふっと小さく笑みを浮かべると、柳眉を顰めた一之瀬は瞳子が指名した仲間たちに視線をやった。
憤懣隠せぬ染岡と、納得いかないと渋い顔をする風丸、そして情けなく眉を下げた壁山には共通点がある。
前半の試合だけで気がついたなら、彼女は相当観察眼があり、先ほどの容赦ない監督命令が『勝つため』には必要なものだと判断できる人物のようだった。
これが『勝つため』だけの判断なのか、それとも彼らの将来までも慮ったものかはわからないが、それは後々判断すればいい。
とりあえずは気がついただけでも上出来で、彼女が『監督』としての能力に優れているのは理解できた。
それに『監督命令』が下ったのなら、円堂も彼らを納得させられる。


「待ってください、これでは戦えません」
「いいえ、これで戦うのよ」
「しかしっ」
「後半。始まるわよ」


引き止められ一瞬だけ足を止めたものの、聞く耳持たないと下がった瞳子に鬼道は唇を噛んで俯いた。
当然と言えば当然の反応だろう。
七人はサッカーをするのにはぎりぎりの人数で、普通なら有り得ないシチュエーションだ。
いくら天才ゲームメイカーと呼ばれていてもはじめての経験だろう。


「まったく、一体何を考えているんだ」


呻るように囁いた弟の姿に破願すると、円堂は後ろから肩を叩いた。
びくりと体を震わせて顔を上げた鬼道に瞳だけで微笑むと、戸惑っている仲間に視線を向ける。


「俺は監督の意見に賛成だ」
「姉さん!?何をっ」
「どういう意味だ、円堂!お前、俺たちが居なくてもいいっていうのか!?」
「圧倒的不利な立場を理解していながら、どういうつもりだ?」
「キャプテンも俺が転がされたから駄目って言うんすか?」


勢いづいて詰め寄る三人に瞳を細めると、緩く首を振った。
ここまで来ても何も明かさない彼らの意地は呆れればいいのか感心すればいいのか微妙なところだ。
どちらにせよ自分たちの良かれと思った行動の結末を予想していないのは確かで、ひょいと肩を竦める。
隠したがっているようだったから言わなかったのに、口に出さなければ結局片はつかないらしい。

鬼道の肩から手を放すと、気の荒い犬のように吠え立てる染岡に無造作に近づく。
そしてそのままとんと足首を蹴った。


「っ!!?」


ほんの少し強めに力を入れただけで、途端に足首を押さえて蹲った染岡に仲間たちが息を呑む。
同じように風丸と壁山も患部に直接触れれば、堪えられないと顔を歪んでしゃがみ込んだ。


「『それ』が理由だ」
「・・・お前ら、怪我をしていたのか」
「もしかしてこの前の宇宙人戦の時か?」
「なんで黙ってたんだ?」
「───言えなかったんだよ。最強のチームを目指している俺たちに自分たちが必要だって知ってるからな」
「姉さんはいつから気がついて・・・」
「最初からだよ。日常の些細な動きでも見ていれば判る。もっとも三人とも上手く隠していたから、お前らは気づけなかったみたいだけどな」


悔しげに唇を噛み締めた三人の前に視線を合わせると、黒縁のお洒落眼鏡の奥から一人一人の瞳を見詰める。
こんなところで負けたくないと全身で訴える彼らに苦笑すると、ぽんぽんと頭を撫でてやった。
そして肩の力が抜けたところで諭すために口を開く。


「あのな、お前ら。この試合は意地を通して無茶する試合じゃないぞ」
「でも、こんなところで負けていたら地上最強のチームなんて」
「聞け、風丸」


焦る幼馴染の肩に手を置き、青緑色の瞳を覗きこむ。
幼い頃から変わらない綺麗な瞳に微笑みかけると、大丈夫、自信たっぷりに頷いた。


「焦らなくていい。どうせ無理しなくちゃいけない場面なんてすぐに出てくる。大人と子供の体力や力の差を舐めちゃいけない。自分では自覚できないところで確実に体力を削られて、本当に無理しなきゃいけないときに動けないなんて目にあいたくないだろ?だから、この試合は俺たちに任せておけ」
「だがフォワードの俺や守りの要の壁山、俊足の風丸が抜けても大丈夫なのか?」
「ったく、はっきり言わなきゃ理解できないか?今のお前らじゃ足手まといになるだけだ。なんで監督が態々お前らをベンチ入りさせたと思ってるんだ?お前らを守る意味合いもあるかもしれないけどな、動きの悪いお前らが居たままだと全体のプレイに支障が出ると判断したからだ」
「・・・俺たちが足手まといっすか?」
「そうだ。繰り返すけど、無理をしなきゃいけない場面は絶対に出てくる。でもな、それはあいつらとの試合じゃないのは確かだろ?怪我をしたなら直すのも選手の務めだ。無理しなきゃいけない場面で動けないのが一番最悪なパターンだ。だからお前らはそのときまでに少しでも傷ついた体を癒しておけ。───それ以上無理をするなら、冗談じゃすまないダメージを受ける羽目になるかもしれない」


真剣に訴えれば、三人は黙り込み俯いた。
少しばかりきつい言い方になったが仕方ない。ここで引いてもらえなければ彼らの将来にも影響するかもしれないのだ。
今はまだ、少しの違和感で済んでいるが、このまま大人との対戦を続けたら蓄積したダメージが取り返しのつかない部分まで亀裂を残す可能性があった。
目上の人間とプレイしたことがなければ判らないだろうが、年長の相手とやりあうときは無意識に力以上を発揮しようとするものだ。
完璧に壊れてから後悔なんてしたくないし、させたくもない。


「円堂、それ言い方がきつすぎ」
「・・・土門」
「けど円堂の言いたいことは判った。お前らもそうだろ?俺も概ね円堂の意見に賛成だ。こんなとこで潰れるなんて馬鹿みたいだ」
「それに少しは俺たちを信用してよね。お前らのためにも絶対に勝ってみせるよ、ね、守!」


絶妙のタイミングでフォローに入ってくれた土門に視線だけで礼を言うと、照れたように顔を背けた彼は円堂に抱きつこうとしている一之瀬の襟首を掴んだ。
急に襟を掴まれた為首を絞められる結果になった一之瀬は、涙目で土門に噛み付く。


「痛いだろ、土門!」
「お前は何かって言うと円堂に抱きつく癖は止めとけ。円堂はこう見えて女の子なんだし」
「こう見えては余計な、土門」
「いて!?いてててててて!!!」


笑顔で頬を抓りあげると、涙目になった土門が悲鳴を上げた。
頬を赤くして情けない顔をする土門に自然と笑いが起こった。
目尻に涙を湛えて笑う染岡は、先ほどまでの鬼気迫る表情と一転して苦笑する。
笑ったことで張っていた気が抜けてしまったのだろう。


「判った。俺たちは今回の試合は見ていることにする。俺たちを足手まといとまで言ったんだ、絶対に負けるなよ」


ぐっと拳を突き出してきた染岡に、同じようにして拳を合わせる。


「任せとけって。お前らは少しでも回復に専念してろ。あの監督がどんな人かまだはっきり判っていないんだ、休めるうちに休んどけ」
「ああ」


素直に頷いてくれた染岡に内心で胸を撫で下ろした。
心配そうにこちらを見ている風丸の頭をもう一度撫で、壁山にも大丈夫と力強く告げる。
SPフィクサーズは本当の敵じゃない。例え負けたとしても危険はないだろう。
もっとも負けるつもりで試合に臨む気など欠片もないけれど。

好戦的に口角を持ち上げると、背後に揃う仲間に手を上げる。


「じゃあ、勝ちに行きますか」


返された返事は元気が良く、取り戻せた調子に笑みを深めた。

拍手[4回]

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えらくタイムリーな形で入った情報に従った先の奈良で出会った少女は、自信満々に胸を張って挑戦的に睨んできた。
幾度もテレビで見かけた少女は、きっちりとした黒のスーツにミスマッチな帽子を被り、きりきりと柳眉を吊り上げている。
赤みがかった癖のある髪を肩を越すくらいまで伸ばし、じっとこちらを見詰める眼差しはとても強い。


「お前ら、宇宙人だろ!」


腰に手を当てて強気な発言をするその少女のつり上がり気味のアーモンドアイが不安に揺れているのを敏感に察すると、円堂は小さく笑って宇宙人だ、いや違うといい合いをしている彼らの間に入った。
唐突な行動に驚き戸惑っている仲間たちを尻目に、少女───総理大臣財前の娘の塔子相手ににっと笑いかけた。


「随分とご慧眼じゃない、財前塔子ちゃん」
「!!?お前、なんであたしの名前をっ」
「中学生だってテレビくらい見るよ。財前総理に付き従ってる姿を何回か見たことがある。名前だって少し時事に詳しけりゃ知ってる奴なんて五万と居る有名人だろ?」
「───そう。あたしを知ってるなら、どうしてあんたたちを問い詰めるのかも理解できるよね?」
「まぁね。父親が浚われたら実の娘なら平静でいられない。───で?君は君が宇宙人であると決めた俺たちと何をしたいわけ?」


唇を噛み締めている塔子に問いかける。
仲間は気づかなかったようだが、目の前の少女が円堂たちを『宇宙人』とやらに仕立て上げてまで何かをさせようとしているのは、少し離れた場所で遣り取りを観察して理解した。
そもそもサッカー好きの財前総理の娘である塔子が、こちらの正体を知らないとは考えにくい。
後ろの大人たちならともかく、子供である塔子は同年代のサッカー情報は詳しそうだ。
それを踏まえた上で試すように『宇宙人』と口にするからには、目的があるはず。

腕を組んで塔子の様子を観察していると、俯きがちだった少女は顔を上げてびしりと円堂を指さした。
人に指を向けるのは礼儀違反だぞ、なんて心の中で暢気に考える。
こちらの心中など一切察しない少女は、凛と背筋を伸ばして宣言した。


「お前たちが宇宙人じゃないって、証明してもらおうか」
「証明?」


想像通りの展開に一応小首を傾げると、深々と頷いた塔子はついて来いと手を振った。




「・・・で?なんでサッカーなんだ、守?」
「いや、俺に聞かれても。証明方法を指定したのはあっちだし」


胡乱な眼差しを向ける一之瀬に苦笑して肩を竦めると、意味が判らないと仲間たちも首を傾げる。
正直、どうしてサッカーなのかと言われれば、『腕試し』が一番しっくりくるだろうが、別に口に出して言うほどのことでもない。
騒ぎ立てる仲間を宥めつつ、ちらりと視線を瞳子に送る。


「監督は今回の試合は許可を下さるんですか?」
「───そうね。やって損はないわ。大人相手に何処まであなたたちが通用するか見てみたいもの」
「そうですか」


相変わらず辛辣でいながら的を得た発言に頷く。
監督の許可があるなら、自分たちは挑まれた勝負にいつもどおりにプレイすればいいだけだ。
もっとも、それが出来ればの話だけれど。

少しだけ難しい表情をしている数人の仲間を視線でひと撫ですると、何も言い出さないのに嘆息する。
自分自身のコンディションを過失しているのに気づいていないのかそれともあえて無視しているのか。
とりあえずは様子見だなと決めると、仲間たちを呼び集めた。


「相手が大人だってやることは変わらない。俺たちは俺たちのサッカーをするだけだ」
「ああ、どんどんゴールを決めてやる」
「でも相手が相手だけに、体力的に差がある。ペース配分には注意しなきゃな」
「しかもこっちは一人足りないしな」
「足りないものを嘆いても仕方ねぇよ。全員で空いてる分をカバーするだけだ」
「あっさり言ってくれるよなぁ、ホント。円堂が言うと大変なことも簡単に聞こえるぜ」
「お得感があるだろ?」
「言ってろ」


シリアスな表情をしていた面々は、冗談交じりの言葉に小さく笑う。
どんな緊迫した場面でも、笑う余裕があるなら大丈夫だ。普段の自分たちのプレイも出来る。
パソコンで情報を検索していた春奈が顔を上げた。


「相手はSPフィクサーズ。大のサッカーファンである財前総理のボディーガードでもあるサッカーチームです」


大体の予想はしていたが、ぴたりと当てはまる回答に腕を組む。
彼らが財前総理のSPと名乗った瞬間からチームの予想は出来ていた。
ある程度の地位がある人間の間で彼らの存在は有名で、総理大臣のSPを勤める傍らサッカーで己とチームプレイを鍛える特殊な部隊だ。
自身を鍛える目的でプレイしているので他チームとの対戦経歴はないが、それでも相当な腕前の持ち主だろう。
パソコンで調べたデータを読み上げる声を右から左に流しつつ、情報を得たことで大人相手だと実感したのか不安が過ぎったらしい後輩組みが瞳子へ詰め寄る。
だが必死の表情の二人は呆気なく袖にされた。


「とりあえず、君たちの思うようにやってみて」
「えぇ~?」
「そんなぁ」


情けなく眉根を下げた壁山と栗松に苦笑する。
大体予想できた結果だが、ある意味彼らのめげない態度は天晴れだ。
初日にあれだけ辛辣に評価されたのに、未だに彼女のあり方がわかっていない。


「どうする?」


そんな二人の様子を静かに眺めていた風丸が問いかける。
しかしその問いに答えたのは円堂ではなく、弟の鬼道だった。


「あの人は俺たちがどんなサッカーをするのか見たいんだろう。そう思いませんか、姉さん」
「うん、俺も有人の意見に同意。初めて指揮する試合だしね。多分、あの人俺たちの情報を前もって得てないんじゃないかな」
「───どうしてそう思うんだ?」
「わかんない?豪炎寺。俺たちの特徴を知ってるなら、それにあった戦略を打ち立ててると思うよ、あの人なら」
「そうか?」
「そうだよ」


大人との対戦で実力を測らずともある程度の情報を持っていたなら、勝つため、成長するための戦略を立てようとするだろう。
しかし彼女はきっと円堂たちがどう動くのか、どんなサッカーをするのかは知らない気がする。
推測と言うより直感に近いが、外れていないだろう。
何も言わずに傍観の位置を取った瞳子は、フィールドが見渡せる場所に立ち静かに見物を始めている。
自由にプレイしろとは、各々の個性を見せろと言われたも同意だ。
彼女がこちらを試す気ならば、円堂も彼女を試させてもらうまでの話。
仲間たちを預けてもいい監督か、見極めさせてもらうだけ。


「それじゃ十人でのフォーメーションはどうする?」
「・・・ミッドフィルダーに風丸と土門をあげて、オフェンスを強化する」
「有人?」
「なるほど、攻撃型の布陣にする気か」
「こういうときこそ先取点が大事なんだ」
「そうか。守りに入っていては点を取るチャンスは減るってわけか」
「ああ。それに俺たちのゴールは姉さんが守ってるんだ。安心して攻撃に集中できる。そうだろ、皆!」


鬼道の声に、先ほどまで不安げな表情をしていた後輩たちも含めて頷いた。
力強く活気が戻った瞳は煌いて、始まる試合を心待ちにしているようだった。

だが、それでは勝てない。
弟の立てた戦略は通常なら有効なものだが、大きな落とし穴がある。
天才ゲームメイカーとして名を馳せる鬼道の言葉だからと頷く仲間も含め、彼らは少しばかり己を過信しているらしい。
気がつかない方も気がつかない方だが、言い出さない方も言い出さない方だ。
己の不調を隠している数名を眺めてから緩く首を振ると、今の状態で勝つつもりらしい彼らに苦笑した。


「どうかしたんですか、姉さん?」
「いいや。別にどうもしていない」


彼らの不調によるプレイの乱れはすぐに明らかになるだろう。
戦略を立てる前からのミスだと指摘するのは容易だが、試合を外れろと今言ったところで聞く耳は持たないに違いない。
口で言うより身を持って実感するほうが早いと決めると、いつの間にか円陣を組んでいた仲間たちに笑いかけた。


「よし、皆!やるぞ!」
『おう!!』


鬨の声を勢い良く上げると、それぞれのポジションに散った。
痛みや自己管理も成長へ必要だからと知っているからこその判断は、果たして吉と出るか凶と出るか。
高らかに鳴らされたホイッスルを耳に、円堂はすっと笑顔を消した。

拍手[4回]

注:オリジナル技が発動してます。大丈夫な方のみお進みください。





久方ぶりに見かけた姿に、フィディオはこくりと首を傾げた。
確か、今月一杯は実家のイベントが目白押しなので、顔を出すのは二月からだと聞いていたのに。
幻かと幾度目を擦って見直しても消えなくて、本物だと漸く納得した。


「・・・マモル?」


肩口に白い小さな星が印字されている赤いユニフォームを身に着けた守は、長い髪を一つに結い上げ首からゴーグルを提げている。
オレンジ色のバンダナを額に巻き、仲間に囲まれてストレッチをしている彼女はフィディオを見つけるとゆるりと口角を上げた。


「新年明けましておめでとう、フィディオ」
「え?」
「日本式の挨拶だよ。久し振り、元気にしてた?」
「ああ。クリスマスプレゼント届いたよ、ありがとう。今日は試合に参加しないって聞いてたから、俺は何も持ってきてないんだけど」
「いいよ、また今度で。むしろ気持ちだけでも嬉しいし」


薄手の手袋をした守はいつもどおり笑っているのだが、何かがおかしい。
笑顔も話し方も雰囲気も変わりなく見えるのに、どうしてだろうと小首を傾げた。
だが幾ら話しても違和感の元は見つからず、代わりの疑問を口にする。


「今回の試合、出ないんじゃなかったのか?6日は親戚周りって言ってた気がするんだけど」
「すっぽかした。親戚周りは有人に頼んで代わってもらったんだ。こっちにもっと重要な用事が出来たからさ」
「用事?それなら余計に試合に出てていいの?今日の試合はトーナメント形式だから、勝ち進んだら今日一日は確実に潰れるよ」
「いいんだ。俺の用事はこの試合に参加してこそ意味があるからな」


何が言いたいのかわからないが、目に入れても痛くない弟と離れてまでイタリアに来なければいけない用事があるのだけは理解した。
今日はイタリア全土で選抜されたジュニアユース未満によるチームからなる大会が開かれる。
新年が明けて始めの一回目の試合は、どちらかと言えばイベント性が高い。
各地域代表で十チームが選ばれて出場するのだが、本来のリーグ戦と違いチーム内の参加は有志だ。
守のチームも実績から早い段階で枠は勝ち取っていたが、キャプテンである彼女は家の都合がつかないからと欠席の予定だった。
丸一日使って終るトーナメント形式でも、日本からイタリアへ来て更にとんぼ返りしたとしても一日以内には纏まらない。
年明けは忙しいから折角いろんな選手とプレイする機会が奪われて残念だとぼやいていたのは記憶に新しいのだが。

きっちりとユニフォームを着こなした守は上半身のストレッチをしながら笑う。
正月のイベントは面倒だが、有人と一緒に過ごせるのは嬉しいと喜んでいたはずなのに、彼に身代わりを頼んでまでの用事とはなんだろうか。
少なくともフィディオの知る守は、実家の重要イベントはサッカー留学させてもらっているからと必ず顔を出していたのに、普段からは考えれない優先順位に瞳を丸くしていると、彼女の背後から身長の高い痩身の男が姿を現した。
真っ黒な衣服に身を包み、表情を隠すようにサングラスをしている。


「守、もう間もなく試合が始まる」
「総帥、上に居たんじゃないの?」
「お前の許婚が到着したのを教えてやろうと思ってな。指定どおりの最前列に座っている」
「そっか、ありがと総帥。忙しいのに保護者役頼んでごめん」
「───お前に振り回されるのは慣れている。私がここまで協力したんだ、久し振りのポジションだとしても無様な姿は見せるなよ」
「当然!俺はあなたの最高の教え子だからね。高みの見物を気取っててよ」


くすくすと喉を震わせて笑った守は、彼を屈ませるとリップ音を立てて頬に口付けた。
教え子、と言うことは彼が守のコーチなのだろうか。
それにしてはイタリアに来て初めて見る姿だと警戒心も露に観察していると、視線に気がついたらしい彼が身を起こして笑った。


「あれが、フィディオ・アルデナか」
「そうだよ。どんなプレイをするかは自分で確認してな。じゃあ、俺は行くよ。───フィディオ」
「何?」
「会うとしたら頂上だな。負けるなよ」
「・・・守も」


こつりと拳を当てあいにっと笑う。
挑戦的に煌く瞳はいつもの守そのもので、気のせいだったのかと疑問は心の奥へと蓋をした。





「やっぱり、決勝の相手はお前か」
「・・・マモル?」


予想通りの決勝の対戦相手は、驚くべきフォーメーションを組み立てていた。
否、フォーメーション自体はそれほど珍しくないFWのツートップの形だが、そのポジションに立つ人間にこそ意外性があった。

長い栗色の髪を一本に結いオレンジ色のバンダナを額に巻いた少女は、つければ顔の半分を隠すゴーグルを首から提げて好戦的に笑う。
腕を組みボールに足を置いている守が立っていたのはFWで、相手チームは彼女を忠心として攻撃的なフォーメーションを組んでいた。
守のチームが出来てから幾度も対戦してきたし、応援に駆けつけた中で彼らのチームプレイを観察してきたが、このフォーメーションは初めてで、こくりと息を呑む。
普通ならいきなりポジションを替えても活かしきれないと思うだろう。
だが相手はあの『マモル・キドウ』だ。
天才MFとして世間に名を轟かす彼女だが、実力はその幅に収まらないと知っている。
守の仲間を除けば、きっとフィディオが一番良く理解しているだろう。
何しろプライベートタイムが出来ると一緒に特訓を繰り返してるのだ。
MFとしてだけじゃない身体能力の高さに舌を巻いたのは一度や二度じゃない。

対面する形で近づくと、栗色の瞳をじっと見詰めた。
余裕を持った表情を崩さぬ守は、こてりと微かに首を傾げる。


「どうかしたのか?」
「君がFWをすると思ってなかったから驚いてるんだ」
「ふふ、今回だけだ。今日の俺のプレイは、見て欲しい相手に捧げるものだからな」
「・・・どういう意味だ?」
「さてな。ま、どこのポジションだって関係ないさ。やるべきことをきっちりとこなす。全力でプレイするのが俺のスタイルだ」
「───知ってるよ。けど急遽ポジションがえをして勝てる相手だと思わないで欲しいな」
「そうだな。お前らの強さは知ってる。でも、俺の今日の目的は試合に勝つことじゃない」
「『勝つことじゃない』?」


あまりにもらしくない言い草に瞳を眇めると、話しすぎたかと苦笑した彼女は首に下げていたゴーグルを手に取った。
自然な仕草に益々驚く。普段の守は基本的にあのゴーグルをつけて試合をしたりしない。
それこそ弟の有人や父親の鬼道が来ているときにマントとセットでつけるくらいなのに、一体どうしたのだろうか。
単なる願掛けの意味でつけていると思っていたが、違うのだろうか。

首を捻るフィディオを他所に、審判がフィールドに現れて腕時計を確認した。
ホイッスルを加える姿に、慌てて首を振り意識を切り替える。
勝利を望んでいるのはこちらも同じだ。ライバルだと思うからこそ、負けたくない。
冬の空に高らかと吹き鳴らされた笛の音が吸い込まれる。
試合に集中してしまえば、疑問は全て吹き飛んだ。



試合が動いたのは始まってすぐだった。
最初のボールを隣へ回し、すぐに守へ返される。


「全員、上がれ!!」
『おう!!』


守の一声に一斉に彼女の仲間たちが駆け上がる。
序盤からそんな展開になると思っていなかったフィディオたちは、驚きで瞳を丸くした。
さすがにGKはその場を動かなかったが、試合開始と同時に全員で攻めあがるなんて聞いたことない。
反応が遅れたフィディオたちFWをあっさりと抜くと、慌てて駆け寄ったMFやDFも鮮やかなパスワークでかわしていく。
追いついて一度だけボールを奪ったが、もう近くまで上がっていたDF三人に囲まれてあえなくボールは奪われた。

完全に相手のペースだった。
いつの間にか守を忠心に内側から包囲網が築かれ、否応がなくGKと一騎打ちの形が取られる。

一気に攻め込むかと思われた守だが、一度だけ足を止めるとちらりと視線を客席に向けた。
釣られて視線をやると、そこには彼女の許婚であるエドガーが居て、瞳を丸めてこの光景を見ていた。


「行くよ、俺の必殺シュート。止められるなら止めてみな」
「舐めるなっ!俺はいつもフィディオのボールを受け止めてる!イタリア一のシュートを受けてるんだ!俺に止められないはずがない!」
「上等!!」


叫ぶ仲間に必死になって走り寄る。
その考えは甘い。相手が守では分が悪すぎる。


「皆、フォローに入るんだ!」
「・・・遅いよ、フィディオ」


大きな声じゃないけれど、背中を向けた人の声ははっきりと届いた。
とん、と軽くつま先で蹴り上げたボールは高い位置まで飛んでいく。
真上に上げられたボールについで飛び上がった守が、オーバーヘッドキックのフォームに入った。
景色が暗くなっていく。冬の夜空に座す青を微かに交えた銀色に光る月が背に現れ、ふわりと光が零れ落ちる。


「ムーンダスト」


囁きと同時に、バネのように動いた右足がボールを蹴った。
背後の月が割れ砕け、青白い銀から紫がかった色まで濃く変色して降り注ぐ。
欠片はまるで花弁のように優美でありながら、残酷なまでの威力を有していた。


「っ、うわぁぁぁああぁ!!?」


結晶と呼ばれるサイズまで砕けた月の欠片がボールに纏い長い線を引く。
そしてボールの軌跡を隠すようヴェールを作ると、視界を奪った一瞬の後にはボールはゴールに突き刺り、紫がかった光はボールを中心に集まりはじけて消えた。
その様はまるで艶やかな花のようで、プレイヤーも観客も、果ては審判までもが見惚れていた。


『ゴール!!マモル・キドウの鮮やかな新技が炸裂しました!威力も素晴らしいが、美しすぎる華麗な技です!!』


一拍の後、慌ててホイッスルが鳴ると解説の声が響いた。
動けずに居るフィディオたちの間を縫った守はつけていたゴーグルを外すとそのままフィールドの外へと歩いていく。
向こうのチームの監督は突然の行為にも驚かずに審判に選手交代の申請をし、彼女はそのままベンチから何かを取り出した。
フィールドの上に居る選手だけでなく観客までも動きを注視している中堂々とエドガーの傍まで歩いていくと、手に持っていた何かを差し出した。






「・・・カーネーション、なのか?」


差し出された花に瞬きをし、エドガーは問う。
半分無理やりに連れてこられた先のイタリアで捧げられた花に戸惑いは隠せない。
本来ならエドガーも守も今日はバルチナス財閥主催の新年会に出席予定で、朝から準備が詰め込まれていた。
なのに何を考えたのか、守からのメールで無理やりに連れ出され、自家用機で着いた先はイタリア。
しかも試合に出場した守は、決勝戦なのに中退してきた。
普段の彼女らしからぬ思慮に欠ける行為に驚いていると、ゴーグルを外した栗色の瞳がすっと細められ、小さな声で告げられた。


「今日、この会場に吉良財閥の総帥が来ている」
「・・・何?だが、そんな情報は私は得ていない」
「ヒロトからのメールで教えてもらってたんだ。イタリアの試合を観に行くって。俺がこの試合に出ないのは残念だけど、フィディオ・アルデナの試合に興味あるからって」
「何処に・・・」
「お前の後ろだよ」


教えられ、慌てて後ろを振り返る。
眼鏡を掛けて帽子を目深に被っているが、確かに吉良財閥の総帥その人で、エドガーは慌てて姿勢を正した。


「だから、これを用意した。ちょっと無礼になるけど仕方ないな」
「何を・・・」


するつもりだ、と問う前に彼女は行動をして見せた。
両腕に抱えられるほどの花束を、宙に向かって放り投げたのだ。
再開された試合に夢中になっていた観客の間を縫い丁度いい位置に落ちた花束は、狙い違わず吉良その人の手に収まった。
驚き戸惑う様子の彼に向かい笑顔を向けた守は、何気ない口調で言い放つ。


「おじさんにお願いがあるんだ」
「・・・何だね?」
「私の友達にその花を贈って欲しいんだ。それは改良されたブルーカーネーション。さっきの私の技と同じ名前なんだよ。それを私と同じでサッカーが大好きだった、私の友達に渡して」
「っ・・・君は」
「『あなたと会えてよかったよ、ヒロト』、そう伝えてください」


声を殺して涙を流す人に、エドガーは視線を逸らしその場を離れた。
試合は続いているが、守も同様に監督に頭を下げるとユニフォーム姿のままでついてくる。
それも当然だろう。今、この時間にイタリアにいるだけで随分と無理をしていた。
だが理由が判れば何てことない。これは彼女なりの弔いだったのだろう。
いつもの守なら中途半端なことはしたくないと、中退するくらいなら初めから試合に参加したりしない。
それなのにその方針を曲げてまで試合に参戦したのは、ヒロトの父親が居たからだ。


「君は馬鹿だ。こんなに忙しい中私まで連れまわして試合に参加し、しかも途中放棄した」
「ああ」
「ユウトにまで仕事を押し付けたと聞いた。日本から単独で来るために、専任のコーチを護衛代わりに使ったとも」
「ああ」
「これからイギリスに渡っても新年会までは時間がない。どこで準備するつもりだ」
「実は適当に用意しておいた。勿論お前の分も」
「・・・変に気を回すなら、最初からっ」


言葉が中途半端なところで詰まる。
観客席からフィールドまで飛び降りると、堪らずに彼女の手を引いて裏口まで駆けた。
選手用の通路は人通りがなく静まり返っている。
誰も居ないのを確認すると、小さな体を思い切り抱きこんだ。


「・・・この花はヒロトのために用意したのか?」
「そうだよ。吉良さんは大掛かりな葬式は行わないらしいし、俺は行かなくていいって父さんに念押しされてるから行けなかったし」
「献花のつもりか」
「ああ。鮮やかな花だけど、ヒロトには似合うだろう?この花な、花言葉を『永遠の幸福』って言うんだ」


ぴったりだろうと囁いた守の声は震えていた。

指先で弄ぶカーネーションは、目にも鮮やかな色合いだ。
白やピンク、赤が一般的はずなのに、守が一輪だけ差し出したそれは紫がかった薄い青。
先ほどの技のイメージそのもので、このタイミングのために作ったような花だった。


「来世でもし会えたらさ、今度こそ一緒にサッカーしたいな」
「・・・ああ」


どうしようもなく愛しい少女を抱きしめると、エドガーはひっそりと頷いた。
脳裏に浮かぶのは親しき友の姿。
微笑んだ彼が手を振っている気がして、『さよなら』と心の中で小さく呟き、最後の涙を一粒だけ落とした。

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指折り数えて待ち望んだ朝は、予想だにしない目覚めで始まった。


「Ciao!有人。Ciao,ciao!」


ぱん、と耳元でした炸裂音に目を白黒させて慌てて上半身を起こすと、ぎゅっと何かに抱きつかれた。
一瞬で暗くなった視界と押さえつけられた体に条件反射で抵抗しかけ、ほのかに香る甘い匂いに動きを止める。
咲き誇る花のように鮮やかで、それでいてしつこくないこの香りの持ち主を有人は一人しか知らない。
痛いくらいの抱擁がとかれてゆっくりと顔を上げると、吐息が触れるほどの近い距離に栗色の大きな瞳があり、有人はぱっと微笑んだ。


「姉さん!」
「よ、有人!メリークリスマス!」


にっと笑った守は、ノンフレームの眼鏡を外すと有人の頬へリップ音を立てて口付けた。
柔らかな感触に頬が自然と赤くなる。
興奮で瞳が潤み、何故か知らないが泣きたくなった。

サンタに願った贈り物は、最新のゲームでも珍しい模型でも真新しいサッカーぼるでもない。
クリスマス当日の朝に約束どおり帰ってきてくれた姉は何よりも最高のプレゼント。
連日連夜国を跨いでパーティーめぐりだった守は、確か昨日までは許婚のエドガーの自国であるイギリスに居たはずだ。
先回日本で会ったときにクリスマスプレゼントは何がいいと聞かれたので、正直に『姉さんがいい』と言ったのだが、ちゃんと彼女のスケジュールを把握してからにすればよかった。
何しろここ十日で六回はパーティーに出ているだろう守は、鬼道の娘としての役割と、バルチナス財閥の跡取りの許婚としての役割が重なりヨーロッパとアジアを行き来している。
いくらタフな姉でも疲れないはずがない。
クリスマスパーティと銘打っても所詮は社交の場だ。飲んで騒いで羽目を外すものではなく、節度と品を保ちつつ情報交換するのが本来の目的になる。
鬼道財閥の本拠地である日本のパーティーに四回顔を出しただけで気力が萎えたのだから、彼女の疲れはもっと酷いだろう。
眉が下がり情けない表情になった有人にもう一度口付けると、また遠慮のない力で抱き込まれた。


「姉さん、苦しい」
「んー、苦しいか。そりゃよかった。生きてる証拠だ」
「姉さん!」
「嫌か?」
「・・・嫌じゃない、けど」
「ならいいだろ」


痛いくらいの力で抱きしめられるのはいつものことだが、何か違和感を感じた。
いつもなら抱きしめる間も絶えず話をしているのに、今日に限って口を開かない。
姉に抱擁されるのは大好きだが、一体どうしてしまったのか。
飛びついた守の勢いでベッドのシーツは乱れたままだし、毛布は変な形で足に挟まっている。
きっと守が部屋に入った時点で着けてくれたのだろうヒーターのお陰で寒くはないが、時計が見えないから時間の感覚がわからない。

どれくらいそうしていたのだろう。
守の手がゆっくりと有人の頭へと伸び、幾度も繰り返し撫で始めた。


「有人はあったかいな」
「?何を唐突に」
「こうして腕に抱いてるとさ、じんわりと温もりが伝わってくる。お前の方が俺より体温が高いんだよな」
「・・・姉さん、擽ったい」


頬を摺り寄せられ、目を眇める。
守にしては珍しい触れるか触れないかのスキンシップは羽毛で頬を撫でられるようで擽ったい。
思わず首を竦めると逃げるなとばかりに体を抱く腕に力が入った。


「姉さん、どうかしたのか?変だ」
「変?そうか?───もしかしたら、時差で寝ぼけてるのかも。ヨーロッパと日本じゃ半日は違うからなぁ」
「寝ぼける?姉さんが?俺より遥かに寝起きがいいのに?」
「俺だって寝ぼけるときはあるさ。有人は抱き枕代わり」
「俺が姉さんの抱き枕?」
「そう、有人は俺だけの抱き枕ー」


ぐいっと体が押されてベッドに沈み込む。
幸い着地点は柔らかなウォーターベッドだったので痛みは感じないが、また視界が真っ暗になってしまった。
時間は大丈夫だろうか、と頭のどこかが考えるが抗うなんて選択肢はない。

もしかしたら、甘えられてるのだろうか。
ぎゅうぎゅうと有人を抱きしめる守は言葉の変わりに想いを欲している気がした。
やっぱり時差など関係なく疲れているんだろう。


「姉さんが望むなら、俺はずっと抱き枕でもいい」
「マジで?ずっとってどれくらいの間?」
「姉さんが満足するまで」
「んじゃ、今日一日は離れないな」
「判った」


迷いなく頷くと、顔を離した守はまじまじと有人を見詰めて、眉を下げて笑った。
その笑顔が酷く哀しそうに見えて思わず自分からもひしっと抱きつく。
くっついたことでじんわりとした熱が伝染し、布団の中に居るより暖かくなって、またうとうとと眠気が催す。


「なぁ有人。お前は居なくなったりしないよな?」
「・・・どうしたんだ?」
「お前は俺が帰る場所で待っててくれるよな?俺が何処に行ったとしても、『おかえり』って今日みたいに抱きしめ返してくれるよな?」


半分以上眠りに落ちている状態で問いかけられ、うっすらと瞼を持ち上げて守の顔を覗き見た。
けれど視認する前に少しだけ固い掌に視界を遮られ、ぐっと眉間に皺を寄せる。
暗くなったことで意識が落ちる速度が加速し、睡魔が急激に襲ってきた。
有人にとって守の存在は強い睡眠剤のようなものだ。
誰よりも何よりも信頼し、安心できる存在の傍に居ることで心の警戒心が緩む。
この家に引き取られたときから彼女に抱きしめられて眠るのに慣れさせられた。
抵抗する隙もなく眠りに落ちるのは最早条件反射に近い。
それでも残っている意識でこれだけは、と鈍い舌を必死に動かす。


「・・・とう、ぜんだ。ねえさんがかえってくるのは、おれのとこで、おれはおかえりって、ねえさんにぎゅってだきつくんだ」
「そっか。当然か」
「うん・・・。ねえさん、ねむい」
「寝ていいよ。時間がきたら起こしてやる。子守唄は必要か」
「・・・うん」
「よし来た」


一度離れた体に眉根を寄せると、柔らかな布団と共に温もりが戻ってきた。
目の前にある温もりに頬を寄せると、甘えん坊だなと苦笑と共に優しい手が髪を梳く。


「Ninna nanna mamma tienimi con te・・・」


甘やかな声音が耳朶を震わす。
遠い異国の子守唄は、優しく可愛らしい音だった。


「・・・傍に居なくてもいいからさ、お前は生きてよ有人」


ゆったりとした気持ちで眠りに落ちる最中、温もりを分け合う距離に居ながら泣きそうな守の声を聞いた気がした。

拍手[1回]

イナビカリ修練場の地下にある建物に、目を瞬かせて嘆息する。
ここを設計した誰かは一体何を予見して作ったのかと問いたくなるような内装に、けれど素直なチームメイトたちは歓声を上げていた。
興奮する彼らを一歩離れた場所で観察していると、すぐ隣に豪炎寺が並んだ。
いつも通りに淡々とした態度の彼は、心なしかつい先日までと纏う空気が違っている。


「・・・夕香ちゃん、目を覚ましたのか?」
「!!?」


鎌をかける気はなかったのだが、ぼそりと囁いた一言に大袈裟なまでに体を震わせた豪炎寺に、当たりかと小さく微笑みかける。
すると周囲を窺い誰も見ていないのを確認してから、彼も微かに笑みを浮かべた。


「ああ。優勝報告をしに行ったときに」
「そっかぁ。そりゃ嬉しかったな」
「・・・だが、こんなときだから喜んでばかりはいられない」
「何でだよ。夕香ちゃんが目を覚ましたのと関係ないだろ。そこは兄貴として存分に喜べ」


後ろから肩を組み頬を近づけてにいっと笑うと、驚いたように瞳を丸め、ついで嬉しげに頷いた。
きっと今の状況を見て嬉しくても誰にも言えなかったのだろう。
仲間なんだから一緒に分かち合えばいいのに、変なところで空気を読む豪炎寺に苦笑した。
もっとも仲間が宇宙人にやられて入院した挙句、学校まで崩壊状態では無理もないかとも思うので、代わりに一人で仲間分祝福することにする。


「おめでと、豪炎寺。またひと段落したらさ、一緒にお見舞いに行ってもいい?」
「ああ、勿論だ。夕香も円堂に会いたいと言っていた。来てくれるなら、喜ぶ」


こくりと目元を綻ばせて喜びを表現した豪炎寺の肩を叩くと、いつの間にか騒がしかった仲間が静まり返っていた。
正面には理事長が立っていて、仲間たちは固唾を呑んで彼を見ていた。
入院していたはずだが、体は大丈夫なのだろうか。
観察すれば伸びきっていない背筋や呼吸するたびに揺れる体に不調を隠しているのかと推察し、無理を通さねばならぬ場面かと気を引き締める。
宇宙人とのサッカー対決は、知らされていない何か深いものが隠されているのかもしれない。
些細な動き一つ、表情が変わる瞬間に浮かぶ微表情にこそ注意しながら眺めていると、唐突に理事長が口を開いた。


「なんとしても欠けたイレブンを集め地上最強のサッカーチームを作らなければならない」


後ろ手を組み言い放つ理事長に、他の誰にも見えないよう顔を僅かに俯かせる。
地上最強。本当にそれを望むなら、こんな狭い国の中だけを見るものじゃない。
ならば国内で収めねばならない要因があると考察するのが自然だ。
臭いな、とポーカーフェイスの奥で考えていると、一通りの説明を済ました理事長から響木へとバトンが渡った。


「円堂、頼んだぞ」


さり気無い口調で全てを任され、小首を傾げる。
今の言い草だと、まるで彼はついて来ないみたいだ。


「・・・響木監督はどうされるんです?」


当然の質問には、理事長が答えてくれた。
小難しい顔のままの彼は、いかにも大人がする言い回しを使う。


「響木監督には私から頼んでいることがある。これもエイリア学園と戦うために必要なことだ」
「そんな」
「俺、監督いないなんていやっす」
「俺もでやんす!!」


不安げな声を上げた染岡に、年少組の二人も続く。
不満を訴える仲間の中でも栗松、壁山の年少組は幼さが抜けない。
彼らだけに限らないが、確かに監督が居ないと不安ではあるがこの場合大人の監督がいないわけがないと少し考えれば判るだろうに。
未熟さゆえに曇る観察眼に苦笑しながら彼らの騒ぎっぷりを眺めていると、響木が特に騒ぐ二人の頭を優しく撫でた。


「心配するな。俺は行かないが、新しい監督が就任する」
「新しい監督?」
「ああ」


驚きに瞳を丸めた面々を端に、入り口のドアが開いた。
現れたのは綺麗な女性だった。
真っ直ぐに伸びた黒髪に、目鼻立ちのくっきりした顔。
背筋を伸ばして大股に歩き、ハイヒールがかつんかつんと音を響かせる。
スタイルのよい体にジャケットが沿い、すらりとした長い足は濃い色合いのパンツで隠されていた。


「紹介しよう、新監督の吉良瞳子君だ」
「ちょっとがっかりですね、理事長。監督が居ないと何も出来ないお子様の集まりだなんて思いませんでした。本当にこの子達に地球の未来をたくせるんですか?彼らは一度、エイリア学園に負けているんですよ?」


ふさり、と髪を掻き上げて挑戦的な笑みを浮かべ哂った。
子供相手に中々な態度じゃない、と悟られないよう俯きがちにくすくすと笑う。
勝気な女性は嫌いじゃない。自分に自信がある人間も。

そして、不意に気がついた。彼女の顔に見覚えがあるのに。
顔を合わせて話をしていれば忘れるはずがない。
ならば、脳裏に残る程度───つまりすれ違うなり何なりしたことがある人物。
自慢じゃないが記憶力には自信がある。
立場上一度目にした相手は特徴を記憶し忘れない。
声も、姿も覚えがあるなら、彼女はいつかどこかで───。

首を捻る円堂を置いて、仲間たちは突然現れた新監督を名乗る女性に突っかかっている。


「俺たちは負けたままじゃ終らねぇ!」
「そうだ。絶対に次は勝つ!」
「ああ───俺たちは諦めない」
「諦めないことこそが俺たちのサッカーだ!そうだよな、守!」
「守?」


円堂の名を呟き訝しげな顔をした瞳子は、仲間の後ろに隠れるようにしていた円堂を見つけ瞳を丸めた。
真正面から合わさる瞳に、唐突に記憶が繋がる。
にいっと口角を持ち上げて楽しげに瞳を煌かせると、瞬く間に表情を隠した瞳子に近づいた。


「負けたままで終るつもりはありません、吉良新監督。少なくとも、この場に居るみんなは負けたからこその可能性がある。二度と負けたくないと思うから、もっともっと強くなれる。そう、思われませんか?」


黒縁眼鏡を指の腹で持ち上げながら問うと、戸惑ったように瞳を揺らして首を振った。
感情の切り替えが早いタイプなのだろう。次の瞬間にはまた好戦的な笑みに変わっている。


「頼もしいわね。でも私のサッカーは今までとは違うわよ。覚悟しておいて」


腕を組んで微笑む美女は中々に手強そうで、子猫のように警戒心に毛を逆立てる仲間にふむ、と頷く。
子供ゆえの鼻の良さは波乱万丈な旅路を予感させ、クツクツと喉を奮わせた。





「夕香、暫く来ることができなくなりそうなんだ。だからこれを、俺だと思ってくれよ」


一抱えもあるピンクの熊を椅子に置くと、瞳を細めて眠る妹の姿を眺める。
少し前まで一生目覚めないんじゃないかと不安に震えていた心は、今では大分落ち着いていた。
高揚する気分は収まらず、ふわふわとした雲の上を歩いているようだ。
幾度も夢に見た。幼い妹が目を覚まし、その瞳に自分を映してくれるのを。
目を覚まし何度絶望したか。夢なら目覚めないでいてくれればいいものを、と。

宇宙人の襲来なんて事態がなければずっと傍についているのだが、仲間の無念を晴らすためにも円堂たちと一緒に戦いたかった。
円堂が戦うというのなら、彼女の力に、支えになりたかった。
彼女が居なければ、豪炎寺は未だにサッカーなどしないで病院通いしているだけで、奇跡を信じきることも出来ずにいたと思う。
大好きなサッカーを、『お兄ちゃんがサッカーをしている姿を好き』だといってくれた妹を、全てを裏切り心の殻に閉じ篭っていたに違いない。
背中を押してくれた円堂は掛け替えのない存在で、隣に並んで立ちたい戦友で、それ以上に特別な人だった。


「宇宙人を倒したら、円堂と一緒にお見舞いに来る。だから少しだけ待っていてくれ」
「・・・・・・」


眠る妹の頬を撫でると、踵を返して歩き出す。
一度は膝を屈した宇宙人との戦いだが、再び見えるのに気負いはない。
完膚なきまでに叩きのめされた過去があっても前進できると信じている。
今回は先回と違う。雷門の守護神と呼ばれる、『円堂守』その人がいるのだから。
緩やかに唇が孤を描き、ドアノブを押し開けたところで動き止った。
目の前に立つ異色の三人組に、ひっそりと眉根が寄る。
身内を守ろうとする狼のように毛を逆立てて警戒心をあらわにして、豪炎寺は問いかけた。


「豪炎寺修也か。少しお話が」
「お前たちは」
「われわれはエイリア学園の志に賛同するものだ。君にお願いしたいことがありましてね」


ひっそりと近づく底の見えない闇に、豪炎寺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

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