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「狭いバスに乗ってばかりじゃ体が鈍るわ。トレーニングをしましょう」


唐突な言葉にひょいと片眉を持ち上げる。
バスが走るのは山道で、サッカーをするほどの空き地は見当たらない。
特別なトレーニング施設も見当たらないし、山中をジョギングでもさせるのだろうか。

今までにないいい笑顔を見せる瞳子を観察していると、彼女はちらりと視線を動かす。
慌てて立ち上がった春奈が、『トレーニングメニュー』とやらを片手で持ち上げて歪な笑みを浮かべた。
その仕草にピンと来る。

視線を周囲へやれば、暢気に喜んでいるのは塔子くらいで、他の面々はしらっとした態度だ。
あからさまにやる気がない態度に、春奈からトレーニングメニューを取り上げて瞳子は投げ捨てた。
からん、とプラスチックの下敷きが床に当たって音を立てる。


「いいわ。だったら自主トレをしてもらうわ。この山の自然を相手に」


好戦的に光る眼差しに、最初に乗っかったのは、やはりと言うか案の定染岡だった。
彼の勢いに釣られ、一人、また一人と仲間たちはバスを降りていった。
過保護な風丸や、シスコン気味の鬼道も何か考えがあるのかバスを降りていく。
のんびりとその光景を眺めていた円堂に、恐る恐ると声が掛けられた。


「あの・・・キャプテンは行かないんですか?皆、行っちゃいましたけど」
「俺?俺は別に監督のトレーニングメニューで文句ないもん。折角監督が用意してくれたものだし、それ俺にくれる?」


黒縁眼鏡を指の腹で押し上げながら、春奈へ手を差し出す。
すると息を呑んだ少女は、正直にも視線を彷徨わせた後、瞳子を見詰めた。
春奈の様子を黙って見物していた瞳子は、呆れた、とため息を吐いて肩を竦める。


「円堂君。あなたはイナズマイレブンのキャプテンなのよね?」
「ええ、そうですけど?」
「それならば自らトレーニングをするという気概くらいみせたらどうなの?」
「変な事を言いますね、監督。俺たちのトレーニングメニューを用意したって春奈に言わせたのに、態々組んでくださったトレーニングをさせたくないみたいだ」
「・・・何が言いたいの?」


柳眉を顰めた瞳子に微笑みかけると、バスに戻ってきたらしい塔子が入り口から顔を見せる。
車内の微妙な空気に気がつかずにつかつかと円堂に歩み寄ると、にこっと笑った。


「な、円堂。あたしと一緒にトレーニングしない?」
「おう、いいぜ!丁度俺も今から行こうと思ってたとこ」
「え?でも、キャプテン、今監督の・・・」
「ごめん、音無。実は俺も反骨精神に溢れる年齢なんだ。っつーわけで皆のとこに行ってくる。あ、晩飯の準備宜しくな!」


戸惑う春奈に微笑みかけると、塔子に腕を掴まれて歩き出す。
すれ違いざま、彼女にしか聞こえない声量でぼそりと囁いた。


「あれ、白紙だったんだろ?」
「ッ!!?」
「ビンゴか」
「───何話してんだ、円堂?」
「何でもない。さてさて、出遅れちゃったし行こうか塔子」
「うん!」


ポーカーフェイスを保つ瞳子の横を通り抜け、外へと出る。
仲間たちの姿はなく、どうやらもうそれぞれ自主トレを開始したらしい。
先日の試合で負けてしまったからこそのポテンシャルなのだろう。
負けを経験する人間は強くなれる。
負けたくない、と思うからこそもっと己を磨くし高みを目指すのだ。

視線を彷徨わせ、声がする方向に見当をつけてから少し開けた場所まで歩くとストレッチを開始した。
何事も基礎は大切だ。
しっかりと体の隅々を解していると、隣で同じようにストレッチをする塔子が好奇心に輝く瞳を向けてくる。


「なな、円堂」
「ん?」
「特訓を始める前にさ、皆がどんなトレーニングしてるか見てこないか?」
「お、そりゃいいね。面白そうだし、参考になる部分もあるかもしれないし」
「だろ!」


それに人間関係も見えてくる。
笑顔で頷く塔子に内心で付け加えると、何食わぬ顔でストレッチを終える。
手首と足首を軽く回してから、とんとんとつま先を地面につけて馴染ませた。


「んじゃ、ジョギングがてらに行くか。そしたら俺たちが自主トレ始める頃には体も温まってるし」
「円堂、あったまいい!それならすぐに行こ!」


踵を返して走り出した塔子の隣で並走していると、一番最初に見つけたのは一之瀬と土門の幼馴染ペア。
目隠しをした一之瀬に向かい土門がボールを蹴る。
木の間をバウンドしながら動くボールを、目隠ししたまま一之瀬はオーバーヘッドで蹴り返した。
勢いのあるボールが木にぶち当たる様を見て、思わず口笛を吹き鳴らす。


「さすが一哉。フィールドの魔術師って言われるだけはあるな」
「うん。やっぱり一之瀬の技術は凄いね。目隠ししても正確にボールの芯を捉えてる」
「土門も凄いな。蹴ったボールがどうやれば一哉に届くか計算できなきゃああはいかない。ナイスアシスト、とでも言うべきかな」
「適当に蹴ったのが一之瀬に向かったんじゃないのか?」
「ふふ、どうだろうな」


二発目も正確に空気を切り裂いて一之瀬へ向かうのを見送りながら応えると、そのまま先へ進む。
次に見かけたのは山道を走る一年生コンビ。
壁山も栗松もジョギングは好きじゃないはずだが、山道を地道に走っていた。
愚痴りながらも必死に体力づくりをする彼らに苦笑した。
どんな理由であれ必死になるのはいいことだ。
彼らに足りないのはスタミナ。無意識でもそれを身に着けるための努力をしているなら、口出しは不要だろう。


「・・・あいつら息を切らしながらも話しながら走ってるな」
「ふふ、くっちゃべりながら走る方がきついだろうにね」


あれはあれで肺活量が鍛えられそうだ、と塔子と笑いあっていると、次に見つけたのは鬼道と染岡の二人組み。
どうやら弟は先走りがちな染岡のストッパーになるのを選んだらしい。
滝の前に立ち何をするのかと思えば、ボールを滝へ蹴りこんだ。
キック力アップの練習でもしているのだろう。
鯉の滝登りを思い出させる勢いで上がったボールを見て、隣の塔子がぽつりと呟く。


「あのボール、どうやって取りに行くんだ?」
「ははは・・・」


本当にどうするのか判らないが、豪炎寺が抜けた事実に対して鬱憤を晴らすには丁度良さそうだ。
豪炎寺がいないのは、思ったより弟にも堪えていたらしい。
一石二鳥な特訓に目を細めると、先に走っていた塔子の背を追いかける。


「やっぱ、弟は気になるのか?」
「どうして?」
「家族だから。円堂は染岡も心配してるけど、鬼道のことも心配してるみたいに見えた」
「───塔子は鋭いなぁ。でも、心配してるのは有人だけじゃないぜ?塔子のことも心配してる」
「へへ、ありがと。でもあたしなら大丈夫。あいつらに絶対に勝とうな、円堂」
「ああ」


素直に礼を告げてくる塔子の頭を撫でる。
はにかんだ笑みを浮かべた少女は、話をすりかえられたのに気づいていないらしい。
だが思わぬ鋭さを見せられ、もう少し自嘲しなくてはと円堂は改めて気を引き締めた。

イナズマイレブンのメンバーは誰も大切な仲間だが、その中でもやはり鬼道は特別だ。
あちらが円堂を特別視するのと同じで、ある意味刷り込まれているようなものだ。
円堂が鬼道を大事だと思うのは息をするのと同じくらい自然で、自分の人生の一部になっている。
いい加減弟離れしなければ、と思うのだが、こればかりは上手くいかない。
内心で自嘲する円堂に気づかずに、塔子は新しい人物を見つけたらしく走り出した。


「あれ、風丸じゃない?」
「どれどれ?」


木々の隙間から見える姿に目を凝らすと、ロープから吊り下げられたボールを走って追う幼馴染の姿を発見した。
坂道を転げ落ちるようなスピードで足を動かす姿は、さすが、の一言。
本来なら陸上部に入りたいと言っていた彼らしい走りっぷりだ。

スピードを上げて行く風丸に塔子が声を上げる。
凄い、と褒める彼女の言葉に頷きながら、円堂は嫌な違和感を感じていた。
風丸はあんな顔で走る少年だっただろうか。

ボールに追いつき蹴り返した風丸の表情は晴れない。
思いつめた雰囲気に足を踏み出しかけ、袖を引かれてたたらを踏んだ。


「何処行くんだよ、円堂。あたしたちも特訓を始めよう!!」
「・・・ああ」


笑顔で促され、引かれるままに風丸に背を向けた。
この判断を後に後悔することになるが、今の円堂は知る由もなかった。

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