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取材陣に捕まったチームメイトの隙間を抜けて一人戻った控え室。
迷わずに『私服』に着替え終えると、黒縁眼鏡を掛けなおし顔を隠すように深々とキャスケットを被る。
赤いTシャツの上から黒のジャケットを羽織り、鞄から携帯を取り出した。

不在着信が一件。誰かは確認しなくてもわかる。
嘆息しポケットに仕舞うと、丁度のタイミングで室内にノックが響いた。


「守ー、開けるよー」
「おう、いいぞー」


軽い声に返事をすると、間髪いれず勢い良くドアが開く。
凄いスピードだなと呆れ半分感心半分で見ていると、要領よく室内に入った一之瀬の後ろにいた土門の顔面に音を立ててドアがヒットした。
無言で鼻を押さえて蹲りながら悶絶する親友へ目もくれずに入室した一之瀬が、円堂を見て小首を傾げる。
訝しげに眉が寄せられ、じとりとした瞳を向けた。


「雷門に帰るんじゃないの?」
「帰るぞ」
「なら、どうして着替えてるのさ。皆と帰るなら着替えは必要ないだろ。インタビューや雑誌の撮影は?」
「俺の立場で出れるわけねぇだろ。ってか、お前土門少しは心配してやれよ。声もなく悶絶してるぞ」


チワワのように噛み付く一之瀬の頭を撫でると、彼の後ろで蹲る土門の傍にしゃがみ込む。
涙目で見上げた彼の鼻は真っ赤で、思わず笑ってしまったら、恨めしそうな顔で睨まれた。


「えーんーどーうー」
「いや、ごめんって!涙目になってるのが予想外に可愛くてさ」
「笑って謝っても誠意は感じない」
「んじゃ、痛くなくなるおまじないでもしてやろうか?」
「・・・・・・嫌な予感がするからいい」
「何だよ、こんなに可愛い女の子からチューしてもらえるのに嫌なのか?」
「っ!?お前は!もう少し恥じらいを持て!!」


冗談だったのだが、顔を真っ赤にして勢い良く後ずさる土門の反応がツボにはまる。
痛めた鼻を押さえたままで全力で後ろに下がったので、壁に当たって結構いい音がした。
可哀想に無駄に怪我を増やして痛みを堪えながらも、こちらを警戒する眼差しは止まなくて、くつくつと喉を震わしていたらこちらも背中に衝撃が走った。
ちらり、と視線だけ向けると面白くなさそうに頬をぱんぱんに膨らませた一之瀬がいて、手を伸ばして頭を撫でる。
この二年間できっちりと癖になった仕草だが、目を細めて心地よさげにしている様子は子猫のようだ。
最も、彼の本質はもっと骨太で芯が通った猛獣のほうが近いだろうけど。


「ほら離れろ一哉。俺、待ち合わせに遅れちゃうよ」
「───一人で、どこかに行ったら嫌だ」
「一哉・・・、大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ」
「約束できる?」
「出来るよ」


差し出された小指に、苦笑しながら小指を絡める。
幼い仕草で指を振る彼の瞳は真剣そのもので、嘘を許さない妥協のない心が伝わった。

本当は、こんな約束に意味はない。
誰よりも理解しながらも、一之瀬に笑顔で頷いて見せた。
円堂の行為に安堵したように息を漏らした一之瀬は、ゆっくりと顔を近づける。
背中に負ぶさったまま近づく顔を瞬きせずに眺めていると、不意に彼の姿が消えた。


「土門?」
「いきなり発情するなよ、一之瀬。俺も居るんだからな」
「・・・親友だったら空気を読んでよ」
「親友だから犯罪に走らないように止めてやったんだろ。っていうか、お前も早く準備しろよ。西垣が待ってる」


不満を訴える一之瀬を、猫の子を捕らえるように襟首を掴んでぶらぶらと吊り下げながら呆れたように嘆息した土門は、視線をこちらに向けた。
一之瀬ほどあからさまじゃないけれど、一之瀬より余程警戒している視線に苦笑する。
土門は他人の感情の機微を読むのがとても上手い。まだ隠していることがあるのにも気づいているだろうし、それを不満に思いつつさらに心配してくれている。
彼はきっと、雷門サッカー部の中で一番精神的に大人なのだろう。
距離を取る術や、さりげなくフォローするのがとても上手い。けれど半面、子供らしく無邪気に甘えて我侭は言えない。
正反対の一之瀬と比べると差は余計に顕著で、要領が良さそうなのに悪い奴だなぁと微笑ましくなる。
円堂からしたら、一之瀬も土門も可愛い年下でしかないのに。


「他のやつらには消えるの言っておいたのか?」
「ああ、一応。豪炎寺の背中に張り紙つけといた。『所用があるからインタビューはお願いね(はぁと)』って」
「・・・・・・・・・お前ね」
「でもそれだけだと足りないと怒られそうだから、染岡の背中にも張っておいた。『家の事情で早退します。キャプテンマークは風丸へ☆』って」
「時々お前の図太さを呆れればいいのか感心すればいいのか迷うよ、俺は。豪炎寺はともかく、あの染岡に良くやるなぁ」
「ふはははは、真っ赤になって怒るのが目に浮かぶよな。あんまりマスコミの前に顔を出したくないんだ、俺。一応風丸にはきちんと理由を話しておいたから大丈夫」
「・・・鬼道さんには何も言ってないのか?」
「まあね。色々と都合があるんだよ、俺にも」


ぱちりとウィンクをしたら渋い表情で首を振られた。
大方厄介な話を聞いてしまったと思っているのだろうが、一度耳にした言葉は消えない。
これ以上突っ込むのならお前も同罪だと遠まわしに訴えれば、ため息一つで諦めたのかひょいと肩を竦めた。
物分りのいい年下の少年に微笑むと、彼らの格好に気がつき笑う。
この時間にここに居るということは、目の前の二人もインタビューを抜けてきたということだろう、
ならば考えられる相手などひとりしか居ない。


「西垣に会ったらさ、今度また一緒にサッカーしようって誘っといて。いっそ、木戸川清修と練習試合でもいいかもなぁ。あいつら上手いし、武方三兄弟だって実力は一級だ。それに、コント見てるみたいで面白いし」
「───後半は省いて伝えとくよ。多分、喜ぶ。西垣、円堂のサッカーが好きみたいだからな」
「ははっ、そりゃ嬉しいねぇ。俺もあいつのサッカー好きだよ。・・・それじゃ、そろそろ俺は行くな。もう時間がない」


ジャケットのポケットから取り出した懐中時計を開けると、待ち合わせの時間は十分後だった。
それまでに記者に見つからないよう出口まで辿り着かなければならない。
ぱっとみのイメージは変えているが、マスコミは中々侮れない。
万が一にでも過去を放送されるのは困る。今の段階で予定に入っていないのだから。
ずれてしまった帽子のつばを握ると、丁度いい角度に調整した。
鞄も学校指定のものではなく、手ごろなサイズのボストンバックに変えてある。
ギンガムチェックのそれを肩から提げると、部屋の中から見送る二人に手を上げた。


「そんじゃ、一哉、土門。Ciao. Ciao,Ciao,Ciao!」


ひらひらと手を振ってウィンクすると、チャオを言い過ぎと突っ込みながら土門は苦笑し、一之瀬は同じようにチャオを繰り返した。
陽気なイタリア人の挨拶を真似たものだが、ここまで連呼するのは久し振りで少し笑ってしまう。
もしかすると、思っているよりも優勝したことでテンションが上がっているのかもしれない。

服の襟を正しながら廊下を歩きつつ、日本に帰ってからの時間を回想すると、短いながらも濃密で印象深いと気がついた。
雷門に来てから数ヶ月しかたってないのに、もう何年もサッカー部の面々と付き合いがある気がする。
心を許しサッカーをプレイする楽しさは、やはり自分の心の核だと実感してしまった。

仲間とプレイするサッカー。勝つことだけではなく、楽しむサッカー。
サッカーこそが『守』の基準で、心と同じ部分にある。
どうしても捨てられない。生れ落ちた瞬間から魂に刷り込まれているのかもしれない。
だとしたら何という皮肉だろう。
命を懸けてもいいと欲するものにこそ、本当に命を削り取られている。
自分ひとりで生きてきたと言うほど傲慢じゃない。
自分が死んでも誰も悲しまないというほど薄情じゃない。
それでも選びたいものが決まっていて、だからこそ馬鹿になる自分を知っている。


「やっぱ、お嬢様育ちが悪いのかね?それとも生まれ持った貪欲さかな?俺は───欲しいものは全部欲しいんだ」


最高の仲間と最高のサッカーをして死ぬのなら、絶対に悔いは残らない。
短い人生でも、笑って幸せだったと死ねるだろう。
『守』は、そうやって死にたい。


「来たか、守。相変わらず五分前行動を心がけているようだな」
「はい、父さん。時間に遅れるのは好きじゃないんです。無駄に過ごしたくはありませんから」
「───そうか。私との約束を覚えているか?」
「ええ。私が試合に出る代わりに、勝っても負けてもひと段落着いたら絶対に検査を受ける。父さんの力添えもあり、私は無事に試合に出場を果たし優勝を収めることが出来ました。ありがとうございます」
「ならば、私の条件に異論はないな?」
「勿論です」
「検査は近くの国立病院で行う。心臓病の権威の医者がドイツから帰ってきているからな。結果次第では、暫く通院をしてもらう」
「はい。ですが」
「サッカーは止めない。判っている。お前は、そういう頑固な子だ」


泣き出しそうな顔で笑う父に、『守』は笑顔を返した。
自分こそ今にも涙が零れそうな顔で居るのに、強がりな少女は気づかない。

拍手[5回]

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太陽が中天に昇る時間帯、一郎太は鉄塔の麓に座り空を見上げる。
商店街にクリスマスイルミネーションが着き始めた季節、身を刺すような冷たい風に体をふるりと震わせた。
少しだけ小さくなった青色のミトンの手袋をすり合わせ、同色のマフラーに顔を埋める。
左端だけ白い毛糸が使われてアクセントになっている、ミトンと同じ毛糸で作られたそれは一郎太の宝物だ。
大好きな幼馴染のお姉ちゃんが作ってくれたプレゼント。去年のクリスマス時期に貰ったのだが、『カシミアの毛糸』とやらで編まれたミトンとマフラーは肌触りも良く心地いい。
何よりも、一郎太のために作られた気持ちが嬉しかった。

大好きなお姉ちゃんとあまり会えないのは寂しいが、その分手紙を良くもらえる。
大きくなったら迎えに行くと決めているし、それまでの我慢だ。
寒さだけではなく赤らむ頬に目を伏せ、きょろきょろと周りを見る。
約束の時間まであと五分。時間を過ぎてもこないようなら待たずに家に帰るという約束だが、今まで一度も間に合わなかったことはなかったから心配していない。
地べたに体育座りをして町並みを眺めていると、頬に暖かい何かが当てられた。
びくり、と条件反射で体が震え顔を上げる。切れ長の瞳が見開かれ、徐々に綻んだ。


「まも姉!!」
「よっす、ちろた。久し振り。元気でいい子にしてたか?」
「うん!」


紺色のダッフルコートを着てキャスケットの中に長い髪を纏めている少女は、栗色の綺麗な瞳を猫のように細める。
コートの下から伸びるのは黒のパンツで、同色のブーツもきっちりと履きこなしていた。長いマフラーが風に揺れると、胸元に収まる。
お洒落な格好で悪戯っぽく微笑んでいる幼馴染に伸び上がって抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返された。
先回会ったのはまだひぐらしが鳴いていた頃なので、もう三ヶ月近くぶりに顔を見て話すことになる。
手紙はよく貰うが吐息を感じる距離がやっぱり嬉しい。守の両親が生きていた頃は毎日のように一緒に遊んだのに、それを思うと少しだけ不満だ。
けど、あのときの彼女を覚えているから、笑ってくれている今が大切だった。
寂しいけれど、笑顔で居てくれる方がずっとずっと大事だったから。


「んー?前に会った時より背が伸びたか?」
「2cm伸びた!俺、成長期なんだ!まも姉なんかすぐに抜いちゃうよ」
「そっか、ちろたは成長期か。そりゃ俺も頑張って背を伸ばさなきゃな」
「それじゃ追いつけないじゃないか。まも姉は伸びなくていいんだ」
「ははっ、それだと俺も困るだろ。チビのまんまじゃサッカーが上手くなれない」
「・・・でも、大きくなったら俺が追いつけないよ」


頬を指先で擽られ、首を竦めて上目遣いに訴える。
追いつけなかったら『お嫁さんになって』といつまで経っても言えない。
一郎太の夢は、いつか守よりも大きくなって、彼女を守れるくらいに強くなって、結婚してずっと一緒に暮らすこと。
守が遠くに行ってしまい毎日泣いていた自分に、『お嫁さんになってもらえばずっと一緒に居られる』と教えてくれたのは、娘が欲しいと言っていた母だ。
お気に入りの守が来てくれれば、きっと喜んでくれるに違いない。


「まも姉は、俺よりサッカーが大事なんだ」
「───あのな、比べれるようなもんじゃないだろ。サッカーはサッカー、ちろたはちろた。俺にとってはどっちも大事だ」
「嘘だ。だって、まも姉前よりも会いに来てくれなくなった。弟が出来たから、俺はいらなくなったんだ」
「ちろた」
「まも姉はずっと俺だけのお姉ちゃんだったのに、ずるい」


目の前のコートを握り唇を噛んで俯く。肩口に額を乗せると、優しい手が伸びてきてゆっくりと髪を梳かれた。
懐かしい感覚に瞳を細めて甘やかされた猫のようにうっとりとする。本物の猫だったら、きっとごろごろと喉を鳴らしていただろう。
苛立ちや不安や、とげとげしい気持ちが解けていく。
本当は嫌な部分なんて見せたくない。覚えていて欲しいのは笑顔の自分だ。
鬼道家の娘である彼女から手紙をもらえるだけで特別だと母に教えられた。
今の守は昔の近所に住んでいたただの幼馴染じゃなく、世界に名を響かせる財閥のお嬢様で、稽古や付き合いや色々と制限があって忙しいのだと。
昔から賢く、教えれば何でも出来た守だが、どんなに優れていたとしても一日の時間は増やせない。
会いに来てくれるだけで我慢しなくてはいけないのに、時折どうしても苦しくて仕方なくなる。
本当ならずっと傍に居たのは一郎太のはずなのに、どうして自分じゃない誰かが守の傍に居るのだろうか。
視界がゆらゆらと揺れ、ぽろりと涙が零れ落ちる。
冷えた頬を伝ったそれは、地面に痕を残してく。


「泣くなよ、ちろた。なあ、頼むから」
「うっ、・・・ふ」
「寂しがらせてごめんな。傍に居てやれなくてごめんな。それでも、お前のことを忘れたわけじゃないよ。ちゃんとお前は、俺の大切な幼馴染だよ」
「うー・・・」
「綺麗な髪。俺の大好きなさらさらなこの髪が、肩につくほど伸びる前にまた会いに来る。約束するから」
「本当?俺の髪が伸びる前に、きっと会いに来てくれる?」
「ああ。可愛いちろたの髪が伸びたら、女の俺より可愛くなっちまうからな」
「可愛いって言うな。俺は男だ」
「判ってるよ、ちーろた」


こつりと額を突き合わせ、自分より高い位置にある栗色の瞳と目を合わせる。
綺麗な瞳に嘘はないか、探るように見詰めてこくりと頷く。
抱きついていた体から距離を取ると、すっと右手を差し出した。


「約束」
「ん、リョーカイ。約束だ」
「ゆーびきりげんまん嘘ついたら針千本のーます」
「指切った」


昔、よく繰り返した約束の方法。
夕日が沈むたびにまだ遊びたいとぐずる一郎太にこれを教えたのは守だ。
涙で引きつる顔に笑みを浮かべると、嬉しそうに守も笑った。


「そうだ!これ、プレゼントだ。手袋と、あと今年は帽子。マフラーはまだ使えるだろうから、これにしたんだ」


守の目の色と同じ栗色のミトンの手袋を手渡され、両手でぎゅっと握りこむ。
瞳を輝かせた一郎太の頭に同色の帽子を被せるとよく似合うと守は笑った。


「やっぱちろたには垂れた犬耳だな。可愛い可愛い」


何を言っているのか良く判らなかったが、褒められているので頬を染めて照れると、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた。


「まも姉、苦しい」
「ふふふ、我慢しろ。会えない分だけチャージしなきゃな」
「チャージ?」
「ちろたをいっぱい記憶しておくの。そしたら離れててもすぐに思い出せるだろう?」
「うん!じゃあ、俺もいっぱいまも姉をチャージする」
「おう、しろしろ」


ぎゅうぎゅうに抱きしめあうと、冬の日でも寒くない。
心も体も温かくて、誕生日よりクリスマスより、ずっとずっと楽しくて嬉しい。
どんなプレゼントよりも、彼女の存在が一番の贈り物。


「さあ、ちろた、聞かせてくれよ。俺が居ない間に、お前はどんな風に暮らしてたんだ?学校はどうだ?楽しいか?」
「あのね───」


守のロングマフラーに二人で包まると、伝えたかったことを拙いながらも必死に口にする。
いつだって受け取るばかりの一方通行の言葉が重なるこの時間は、一郎太の宝物だった。

拍手[4回]

「いけ、オーディンソード」
「・・・マジン・ザ・ハンド!!」


渾身のシュートは宙に浮かんだ黄金色の巨大な掌に受け止められた。
それを当たり前に操って見せた少女は、栗色の瞳を濃くしてフィディオを見詰めると唇を持ち上げる。
オレンジ色のバンダナの上に括られたツインテールがオーディンソードの余波で揺れ、暫くの後落ち着いた。
片腕一本で受け止められたシュートに眉根が寄る。未完であっても威力はお墨付きで、チームメイトのGKも両手で受け止めていたのに。
唇を噛み締めて俯き、ため息と共に気持ちを吐き出す。
顔を上げたときには淡い苦笑が浮べ、目の前の努力家の天才を賞賛した。


「マモル、君俺のチームにGKで移籍しなよ」
「ふはっ、お前にしたらブラックユーモアだなフィディオ。お誘いはありがたいが、俺は今のチームでMFをするのが楽しいんだ。悪いな」
「・・・俺のシュートを片手で受け止めた挙句、袖にするわけ?」
「まあな。って言うか、お前あれじゃん。漸くゴールに入れれるようになったけど、それだけじゃん。コントロールを重視するあまり威力が落ちてんだよ。これじゃ俺じゃなくても止めれるぜ」
「MFの癖に」
「そのMFに止められてどーすんだよ」


ぽんぽんと片手でボールを弄ぶ守は、キーパーとして堂に入っていた。
使い込まれたキーパーグローブと、先日とは違い背中にギャングな顔つきのウサギがプリントされた黒いジャージの守は、顎に手を当てて眉根を寄せる。


「俺もまだまだだ。あと少しって感じなのになー、どうして出ないんだ魔人」
「魔人?さっきから出てるのは巨大な掌だよな?」
「感じが似てる気がしてゴッドハンドから発展させようとしてるんだけど、どうも違うんだよなー・・・」


人差し指にボールを乗せて器用に回転させている守は、考え込むように地下修練場の天上を見る。
幾つも取り付けられた照明を直接目にするのは瞳に悪そうだが、敢えて何も言わずにフィディオも倣った。
何かが足りない。きっと、それは二人の共通認識だ。
コップから溢れる寸前の水のように水面張力で引っ張られている気分だ。

初めて練習をしてから、早10日。今日は平日だが翌日が祝日なので泊まりで特訓に来た。
明日の昼にはチーム練習があるので帰らなくてはいけないが、それまでに何か掴みたい。
切欠を得れるとしたら、観察眼が鋭い彼女のアドバイスは必要だ。
実際回を過ぎるごとに完成度は上がっている。

反して守はイメージどおりの技が出せないらしい。
ゴッドハンド、熱血パンチと幾つも繰り出す技の威力は上がっているが、魔人など出てきていない。


「ちょっと休憩するか、フィディオ」
「───そうだな、水分補給もしなきゃ」


額から出る汗を拭い、休憩用のスペースに移る。
守のために作られたらしい修練場に整えられた一角には、水分補給のためのミネラルウォーターを冷やすクーラーがあり、椅子とテレビも置いてあった。
DVDも設置され、いつでも試合や録画された練習風景を見れるようになっている。

二つある椅子の一つに腰掛けると、タオルで汗を拭きながら水を飲む守はリモコンを操作してテレビをつける。
DVDの電源も入れ、お前もちょっと見てと声を掛けられた。

水を飲みながらテレビを見ていると、不意に映ったのは白熱した試合だった。
背中に日の丸を背負ったチームをメインに撮られた映像は、彼らの際立つ技術力や統率力を捕らえている。
思わず熱中していると、相手チームにシュートチャンスが来た。
一気にゴールまでドリブルで持ち込んだFWの動きに拳を握り息を呑む。

完璧なタイミングと、憧れるほどの威力のシュート。
さすがプロと頷きたくなる鮮やかなシュートがノーマークで放たれた。
受けるのは難しい、となれば弾くのかとGKの動きを見ていれば、彼は不意に左手を握りこんだ。
体から溢れ出した金色のオーラが左の掌に集まっていく。
鼓動するように大きくなったり小さくなったりと蠢く。

そして唐突に膨れ上がったそれはオレンジ色の魔人へと姿を変え、腰だめに掌を突っ張った彼の動きに連動してボールを受け止めた。

あまりの威力に、唖然と空いた口が閉じなくなる。
こんな技、イタリアのプロリーグでも見たことなかった。


「この技は『マジン・ザ・ハンド』。彼、円堂大介が編み出した伝説の必殺技だ」
「・・・凄い、凄いよマモル!この技があれば、止めれないシュートなんてないよ!」
「かもな。けど、俺じゃ何かが足りない。何が足りないか、判らないんだ。分析されたデータも読み込んだ。映像だって脳裏に刻み込まれてる。それでも何かが違う。───なあ、フィディオ。お前は今の技を見てどう思った?」


リモコン操作しながら画面に視線を送り続ける守は、珍しく難しい表情を崩さない。
机に肘を突いて顎を掌に乗せた彼女は、不貞腐れているみたいだ。
瞬きを繰り返して年相応の姿を眺めると、思わず笑ってしまった。
何しろ彼女は普段からどこか食えない部分を常に抱き続けているのに、今は年よりも幼く見える。
噴出したフィディオを睨み付ける姿すら笑いを誘い、けれど慌てて堪えるとむっと唇を尖らせた。


「ごめん、拗ねないでよマモル」
「・・・別に拗ねてない」
「マモルが年相応に悩んでるのが珍しかったんだ。真面目に考えるから、許して」
「・・・・・・さり気無く失礼だな、お前。まるで俺に悩みがないみたいじゃないか」
「ははは」


本格的に拗ね始めたらしい守からリモコンを奪うと、テレビ画面を操作する。
繰り返し繰り返し映像を見て、やはり気になったのは鼓動するように動くオーラだった。


「ね、マモル」
「何だよ」
「あれ、不思議だよね」
「あれって?」
「彼の纏うオーラだよ。まるで、そう、まるで心臓の鼓動みたいに脈動してる」
「・・・心臓の鼓動?」
「そう。ほら、このシーン」


巻き戻しして気になるシーンを再生する。
気を溜めるように左手を握り込むと、体中に蠢くオーラが収束される。
まるで全身の力を練りこみながら左手へ収めているようだ。

無言になった守が幾度も幾度も再生を繰り返し、がたりといきなり椅子から立ち上がった。


「マモル?」
「───悪い、フィディオ。付き合ってくれ。判ったんだ、『マジン・ザ・ハンド』の原理が」
「『マジン・ザ・ハンド』の原理?」
「そう。俺はあの技に利き手である右手を使おうとしてた。けど、そもそもそれが間違ってたんだ。ノートに書かれてたゴッドハンドや熱血パンチと根本から違ったんだ、あの技は」


興奮したように栗色の瞳を輝かせた彼女は、フィディオへ手を差し伸べた。
思わず掌を重ねると引っ張られ、バランスを崩しながらもなんとか立ち上がる。
走り出した守にたたらを踏みながらもついていくと、ボールを手渡された。


「打ってくれよ、オーディンソード。俺の考えが正しけりゃ、今度こそ魔人が出るはずだ」
「・・・判った」


真剣な目をした守に頷くとボールから僅かに距離を取る。
助走をつけると、右足に気を溜めて振りぬいた。


「オーディンソード!!」


コントロールに遠慮していた先ほどまでより思い切りよくキックしたボールは、呻りを上げてゴールへ向かう。
技を開発してから一番の会心の出来に拳を握りガッツポーズすると、風を切って向かボールに守は笑った。
獰猛な獣のような好戦的な眼差しに、背筋をぞくりとしたものが走り抜ける。
まさか、と観察すれば、先ほど映像で見たオレンジ色のオーラが彼女の全身を包み込んだ。
ゴッドハンドを出していたときは、もっと金に近い色だったはずだが、どうしてと小首を傾げる。
すると脈動するように波打ち始めたオーラは、するすると左手へと流れた。


「これが『マジン・ザ・ハンド』だ!!」


腰だめに構えて天に向かい吼えると、守のオーラがオレンジ色の魔人へと変貌する。
驚きで固まったフィディオを尻目に突き出された左手に連動し、魔人も左手を突き出した。
圧倒的な威圧感を篭めた魔人が微動だにせずにボールを受け止める。
立ち消えた後には、左手でボールを受け止め楽しげに笑う守が居た。


「凄いじゃないか、マモル!今まで一回も魔人なんて出せなかったのに、どうやったんだ!?」
「ヒントはお前の言葉だ。『まるで心臓の鼓動みたいに脈動してる』。そりゃそうだ。円堂大介が編み出したあの技は、心臓に溜めた気を使っていたんだ」
「心臓に溜めた気を?」
「そうだ。彼はそれまでの技は右手で出していた。映像にもあったろ?」
「・・・そう言えば」
「けど、『マジン・ザ・ハンド』だけは左手で放ってた。それは溜めた気をダイレクトに左手へ流し込むためだ。心臓から離れた右手より、より近い左手に集める方が容易で早い。短い時間で爆発的に集めた力を解放し、魔人を出現させていたんだ」


駆け寄ったフィディオに嬉しげに笑いながら種明かしを解説してくれた。
言われた原理は理解できるが、ヒントを得ただけで実行に移す才能があるからこそ完成しただろう技に呻り声しかでない。
腕を組んで渋い顔をしていると、不意にボールを投げられ慌てて受け取る。


「これって、お前の技のヒントにもならないか?」
「え?」
「心臓ってのは全身に血流を送るポンプみたいなもんだ。ものすごい力を秘めていて、溜め込んだ気を勢い良く吐き出せば技の威力だって上がる。俺が左手に流し込めたんだ。お前の足にだって、力を流せるんじゃないかな」
「───そうか。今までは漠然と一点集中していた気を、一度心臓に溜めてから送ることで勢いをつけるんだな?」
「そういうこと」


ぱちり、とウィンクした守に頷くと、ボールを地面へと置く。
予想外の発想だが、試してみる価値は十分あった。


「言っとくけど、加減出来ないよ」
「そんなもん、無用だ。俺には『マジン・ザ・ハンド』があるからな」


挑発的に口の端を上げた守に、フィディオも同じような笑みを返した。


「行くよ」
「来い!」


心臓に気を練りこみ、ポンプの力で一気に足へと力を押し出すイメージを明確に脳裏に浮かべ、必殺技を繰り出す。
高らかと声を上げて出現した魔人に、敵として不足なしと元来の負けず嫌いを発揮しつつ、ボールへ足を伸ばした。

拍手[6回]

「・・・で、俺が呼ばれたのか」
「そう!丁度いいだろ?俺はマジン・ザ・ハンドの特訓で、フィディオはオーディンソードの特訓。互いに互いの動きを見てれば何が悪いか見つけあえるし、足りない部分だって補えれるし」
「でもマモルはFWでGKじゃないだろ?何で今更キーパー技の特訓なんだ?」
「それは、ヒ・ミ・ツです」


ウィンクしながら唇に指先を当てた守は、今日はお嬢様スタイルではなく有名メーカーの黒地に白いラインが入ったジャージを着ている。
長い髪をツインテールにしてオレンジ色のバンダナを巻いた姿は、フィディオには見慣れたものだった。
相変わらず器用にボールをリフティングするのを感心して眺めてると、不思議そうに小首を傾げられる。
ノンフレームの眼鏡はサッカーの邪魔だと外されており、フィディオの好きな栗色の大きな瞳がきょとりと瞬きした。

クリスマス前に日本に返るらしい彼女は、どうしても覚えたい技があるとフィディオを呼び出した。
今は11月の頭。クリスマスまで残り一月とちょっとだ。
その期間内で覚えたい技を教えてもらえばキーパー技だし、何がなんだか判らない。
珍しく休みが重なった日曜日、メールで約束してたので早朝からマンションを訪ねれば、地下訓練場なる場所に連れてこられた。
マンションの地下にある場所だが広々としているし、訓練用らしき機器が沢山あった。
筋力トレーニングの器具以外にも、サッカーコート半面を模したものまである。
きょろきょろと物珍しげに見渡していると、キーパーグローブをつけた守は、入念にストレッチを開始する。
体を解し始めた彼女を見て、これ以上聞いても無駄かと一つ息を吐き出すと彼女に並んだ。


「マモル」
「んー」
「クリスマス前には、日本に帰るんだよな?」
「ああ。と言っても、ずっと日本にいるわけじゃないけどな」
「どうしてだ?」
「ほら、俺って一応お嬢様じゃん?面倒だけどパーティー参加義務があるんだよねぇ」
「パーティー参加義務?」
「そう。エドガーんとこが主催してるのや鬼道財閥主催も含めて、多分クリスマス前から連日参加だね。流石に大晦日は家で過ごすだろうけど、その日にもパーティーだろうし」
「連日パーティーか、いいな。俺、楽しいの好きだし羨ましいよ」


フィディオの言葉に肩の筋を伸ばしていた守は、ふうっとわざとらしく嘆息して首を振る。
差し伸べられた手を取ると背中合わせになり、互いの体を持ち上げ背中の筋を伸ばし始めた。


「どうしてさー。毎日パーティーなんて、最高、じゃないかー」
「バーカ。金持ちのパーティーなんて、根っこは怖いぞ。綺麗に着飾ったお嬢さん、たちも、中身は、真っ黒だー」


ぐっぐっとシーソーのようにおんぶ状態で互いに背中を持ち上げたら、次は屈折だ。
上半身を折り曲げて手を地面につけた状態で顔を見合わせる。


「どろどろしてるのか?」
「そう、どろどろしてるんだ。あんなところに本当なら有人を連れてきたくないくらいだ」
「マモルはユウトには過保護だからな。今、一瞬で信憑性が下がった」
「失礼な」


最後にぐーっと息を吐き出しながら限界まで体を折り身を起こす。
次に足を開いて地面に体を伏せる。体が柔らかい守は足も百八十度は開き地面にべったりだが、彼女よりはやや固いフィディオは地面と少しだけ体が離れた。


「でも、本当に憂鬱なんだぜ。午前中は衣装合わせ、午後は勉強で夕方からはパーティー。父さんみたいに最後まで残らなくていいけど、それでも十分に疲れるし」
「けど美味しいものいっぱい食べれるしプレゼントだって沢山もらえるんだろ?」
「プレゼント?」
「え?クリスマスパーティーじゃないのか?」
「ああ、そっか。クリスマスってそんなイメージか。・・・あのな、フィディオ。確かにパーティーはするけどそれは社交だからプレゼントなんて一々貰わないぞ」
「そうなのか!?」


身を起こし、右に体を傾けつつ左手で右のつま先を掴む。腰の筋が伸びるのを感じながら瞬きして問うと、同じ体勢を維持したままそうだよと視線だけこちらにやった守が頷いた。


「ああ、でもクリスマス時期には家の広間にツリーが飾られて、父さんからのプレゼントが大量に並べられるけど。でも貰うのは一つだけだし、屋敷で働いてる全員分だからなー」
「マモルの家はお金持ちなのに、プレゼントは一つだけなのか」
「金持ち別に関係なくね?一人の相手からは一つのプレゼントで十分じゃん」
「それはそうだけどさ。お金持ちってもっと沢山プレゼント貰ってるイメージがあったから」


体を反対側に向けると同じように左も腰の筋を伸ばす。


「そういう家もあるみたいだけどな。ケチとかじゃなくて、父さんの教育方針なんだ。身に過ぎるものは必要としない。沢山の心無きプレゼントより、一つの誠意あるプレゼントを。まあ、勿論誠意を贈る相手は選ぶけどな。俺も必要かどうかすらわからないプレゼントを大量に渡されるより、一つだけ心の篭ったプレゼントをもらった方がいい」
「ユウトとかから」
「そう、有人から。あいつ可愛いんだぜー。去年のプレゼントは手作りのリースだったし。俺と自分の小さい人形作って取り付けてあったんだけどさ、手作りだし裁縫初めてだったからって手が絆創膏だらけだった」


くくくっと首を竦めて嬉しそうに声を漏らすと、ゆっくりと体勢を戻す。
立ち上がった守が背後に来るのに気がつくと、フィディオは足を揃えた。
つま先を立て、臍から体を折るイメージを作ると背中に徐々に圧力がかかる。
ゆっくりと息を吐き出しながら手を前方に伸ばすと、少し息苦しいくらいの場所で止めた。


「はっ、ちょっと柔らかくなった?」
「んー・・・まだ固い気がする」
「マモルと比べるなよ。マモルは軟体生物並みだろ」
「それ、褒めてんの?」
「勿論」


即答したのに背中にかかる圧が強まる。
ぐえっと情けない声を上げると、背後から密やかな笑い声が聞こえて眉を顰めた。


「マモル」
「ふは、ごめんごめん。でも、とりあえず俺は身内以外からはプレゼントは基本的にもらわないな。学校の付き合いなんてそれなりだし、社交界でのプレゼントなんて受け取ったら何を要求されるかわかんねえし」
「身内・・・じゃあ、エドガーは?」
「エドガーもくれるぞ。あいつは基本的に自分で育てた花プラスアルファだな。去年は、確かクリスマスプレゼントに薔薇百本とティーセット貰った」
「薔薇にティーセット?」
「そう。薔薇はあいつご自慢の庭園の朝摘みで、ティーセットはオーダーメイドの一式と、あと有名どころの厳選五十種の茶葉。俺はそんなに紅茶好きじゃないっての」
「・・・なんていうか、エドガーらしいな」
「だろ?仕方ないからあいつが来るたびに淹れて消費してる。あと、有人と父さんにも。薔薇はポプリとジャムにしておすそ分け。エドガーも美味しいって紅茶に入れてたな」
「ふぅん」


体勢を交代しながら、相変わらず報われないなと異国の美少年を脳裏に浮かべる。
彼は一途に許婚を思っているのに、何故ここまで報われないのか。
少々小言が五月蝿い気もするが、彼は性格も見た目も極上なのに。
心のどこかでそれに安堵する自分を無視して肩を竦めると、守の背中をぐいっと押した。
べたりと膝と顔をつけた守は全く痛がる様子もない。これも彼女の才能の一つで、柔軟さがしなやかな動きを作っている。
もっと柔軟もきっちりとこなさなきゃなと考えながら、背中に圧し掛かった。


「重っ、フィディオ重い!」
「えー?俺は重くないよ。平均だよ」
「筋肉ついてる分だけ重いだろ!」
「大丈夫だって。それでマモルは去年ユウトとエドガーに何あげたの?」
「俺?有人にはセーターでエドガーにはマフラー」
「手編み?」
「手編み。毎年恒例みたいなもんだな」


頷いた守の背中から身を起こすと、いいなと呟く。
ん?と振り向いた守と正面から眼が合った。不思議そうに瞬きを繰り返す少女に苦笑すると、指先で頬を掻く。


「だってさ、エドガーと有人はマモルのプレゼントもらえるけど、クリスマス時期に傍に居ない俺は何ももらえないし渡せないだろ」
「それが?」
「寂しいじゃないか。折角マモルと仲良くなったのに、イベントは悉く一緒に過ごせない。ユウトやエドガーが羨ましい」
「ふーん」


腕を組みながら何事か思案するように首を傾げた守は、ぱちんと指を鳴らすと笑顔を浮かべた。


「そしたらさ、郵送するよ」
「何を」
「プレゼント。クリスマス直通便だ。どうせチームメイトにもプレゼント贈ろうと思ってたしな」
「俺はついで?」
「んなわけないだろ、親友」


勢いをつけて首に腕を掛けられ、近づいた距離に息を呑む。
悔しいけれど守の方が少しだけ身長が高いので、視線を少し上向けた。
間近で見る笑顔は、やっぱり南イタリアの太陽みたいに明るくて、胸の奥がとくりと高鳴る。
何故か頬が熱くなり、自分の反応に首を傾げた。


「ま、でもこの技を習得しなきゃプレゼント用意する余裕なんてないけどな」
「だからどうしてキーパー技」
「それは秘密です」


空々しい笑みを浮かべる守を半眼で睨むが、楽しげにスルーされた。
体を温めるためにジョギングをしながら今日のトレーニングの流れについて確認する。
シュート練習とキーパーの練習は最後に残して、行う真新しい練習法の数々にフィディオは目を輝かせた。

最後まで俺の練習に付き合えたのはお前が初めてだと大好きな笑顔で言われた頃には、地べたに寝そべり息を荒げていたけれど。

拍手[5回]

全身から力が抜けたようにひざまづくアフロディのすぐ横を駆け抜ける。
ゴールをがら空きにする不安はなかった。彼らの戦意はすでに消失されている。
戦えない相手に恐怖する理由はなく、ただひたすらにボールを目指した。


「最後の一秒まで全力で戦う」
「それが俺たちの」
「サッカーだ!!」


覚えたザ・フェニックスの勢いで上がったボールを、豪炎寺がファイアトルネードで叩き込む。
先ほどの鬼道との連携ですでに同点に追いついていた雷門は、それを決勝点へと変えた。

ホイッスルと同時に歓声が響く。
会場を揺るがすような大きさのそれは、以前日本でない場所で経験していた懐かしいものだった。
喜び体を叩き合う仲間を目を細めて眺め、そのまま視線を移動させる。
気が抜けたように突っ立っている世宇子中の面々の先頭に立つアフロディがぽつりと呟いた。


「神の力を手に入れた僕たちを倒すなんて・・・なんて奴らだ」


泣きそうな顔の少年たちに近づくと、円堂は柔らかな笑みを浮かべた。
びくり、と体を震わせたアフロディは警戒するように剣呑な眼差しを向ける。
まるで親を失った野良猫のような仕草に、思わず苦笑してしまった。


「面白い試合だったけど、次は実力で遣り合おうぜ」
「・・・神のアクアを使った挙句に負けた僕たちを、さらに貶めようという気か」
「いいや。あんな下らない薬を使わなくても、お前らなら十分強いだろ」
「だが、僕たちは君たちに負けた」
「そりゃ勝つために試合をしたからな。どんな状況でも絶対に諦めない。それが俺たちのサッカーだ。例え勝算が1%だったとしても残りの99%を気力で覆すこともあるんだぜ?それに───お前らには可能性があるだろ」
「可能性?」
「ああ。もっと、もっともっともっともっとサッカーが上手くなる可能性だ。薬で制限されてた自分自身の可能性をもっと本気で磨いて来い。そんでさ、いつか実力で今日のやり直しをしよう。それまでに、ここも鍛えて来いよ」


ウィンクして、心臓の部分をとんとんと拳で叩く。
技術や体力も勿論必要だが、大切なのは想いの在り処。仲間を信じ、自分を信じ、勝利を信じる心の強さ。
驚きで見開かれた目が徐々に通常の大きさに戻ると、端整な顔を情けなく歪めてアフロディは苦笑した。


「君には、敵わないな。聞きしに勝る変わり者ぶりだ。何とかと天才は紙一重と言うが、果たして君はどっちなんだろうね?」
「ははっ、失礼だな少年」
「少年じゃない。僕の名前は亜風炉照美。アフロディと呼んでくれ」
「・・・俺の名前は円堂守。好きに呼んでくれていいぜ」


コケティッシュな笑みを浮かべて差し出した掌は、しっかりと握りこまれた。
視線を絡ませ見詰めあい、にっと唇を持ち上げる。
薬の所為で濁っていた瞳には彼本来のものであろう輝きが取り戻され、これなら大丈夫かと頷いた。
神のアクア。人体を強化する目的のそれは、異物だからこそ副作用があるだろう。
今は気づいていない反応だが、近い内に彼らはそれに苦しめられるに違いない。
その時に、交わした会話を思い出してくれれば、と思う。本気でサッカーを続ける気なら、心を強く持ちさえすれば何事も乗り越えられるはずだから。

掌を離し、去っていく彼らを見送る。そして視線をそのまま上に上げた。
観客席から僅かに離れた場所で、彼は全てを見ていただろう。今頃は、また鬼瓦の手により移送されているところかもしれない。
同じ道を歩けないと手を放したのはこちらが先なのに、どうしても最後の最後で捨てられない。
これは甘さなのか、果ては恩師に対する未練なのか。複雑な感情は制御しきれないが、唯一つわかるのは、変わって欲しいと願う心だけ。
自分に残された限りある時間の内に、確かに慈しんでくれた恩師が、サッカーを与えてくれた影山に、救いをと望む。


「ったく、そんなの俺の柄じゃないのにな」
「円堂?」


背後からの唐突な声に、油断していた、と内心で舌打ちし振り返るときには笑顔を取り繕う。
不思議そうに小首を傾げている豪炎寺に、陽気に手を上げた。


「おう、豪炎寺。気分はどうだ?」
「───最高だ」


ハイタッチをしてそのまま握りこんだ手を胸元まで下げると、顔がぐっと近づいた。
彼の胸元には珍しく妹の夕香からプレゼントされたペンダントが出されていて、今度は偽りではない笑みを浮かべる。
今回の勝利は彼にとっても大きい。願掛けをして一途に勝利へ執念を燃やしていたのだ。それも当然だろう。
無念のリタイアを余儀なくされた去年と違い、妹へと今度こそ捧げられた優勝だ。
普段の仏頂面がにこにこと笑みを刻んでいて、可愛いの、と内心で呟く。
この優勝を捧げる相手が居ない円堂と違い、彼はとても輝いていた。
仲間と得た優勝は自分にとっても掛け替えがないものだが、それは付属品的な価値しかない。
目的も果たしひと段落ついた今では将来(さき)を考えなくてはいけないが、瞬き一つで複雑な感情を飲み下し会場中からの祝福を受け入れた。


「なれたのかな、俺たち。伝説のイナズマイレブンに」


雷門中に嘗て存在した、最高のサッカーチーム。
それに準えて問うと、豪炎寺は試合中のような好戦的な笑みで首を振った。


「いや・・・伝説は、これから始まるんだ」


力強い台詞に瞳が丸くなると、次いでくしゃりと表情を崩した。
つい先日までサッカーを二度としないと啖呵を切っていた人物とは思えない自信たっぷりの言葉は、彼が仲間と積み重ねて得た色々なもののおかげだろう。
サッカーだけでなく心の成長に一役買った仲間たちは、嬉しさを隠さずに観客へ手を振っている。
無邪気な子供のような姿に瞳を細め、ふわりと微笑んだ。
慈しみに溢れどこか寂しさが漂う笑みだったが、他の誰かに気づかれる前に痕跡も残さず消す。
すぐに来る未来ではなく、今はこの喜びに浸ると決めると、握ったままの掌に力を篭めて引っ張るとバランスを崩した豪炎寺に正面から抱きついた。


「うわっ!!?」
「よっし、やったな豪炎寺!夕香ちゃんへ最高の土産が出来たじゃないか」


顔を赤らめて慌てた豪炎寺の耳元で後半は囁くと、目を見開いて、次いで泣きそうに潤ませると頷いた。
素直な反応はやはり可愛い。いい子いい子と頭を撫でると、後ろから襟首を掴まれる。
予想外に遠慮のない力に驚いていると、ぽんと背中を軽い衝撃が襲った。


「・・・円堂。もう少し、慎みを持て。澄ました顔をしているが、豪炎寺だって男だ」
「風丸」
「守はちょっとでも目を放すと糸が切れた風船みたいに飛んでくんだから」
「一哉」
「姉さん、いい加減にしてください。あなたは俺の姉さんなんですよ?ふしだらな真似は止めてください」
「有人」


襟首を三方から掴んだ彼らは、じとりと眉間に皺を寄せて睨んできた。
中々迫力ある様子にへらりと笑うと、益々渋い顔をされる。
未だに優勝に浸り観客に手を振る他の仲間とは違い、頭の後ろで手を組みながらこちらの窺う土門に視線を向けるとひらひらと手を振られた。


「無理。俺に助けを求めても、助ける気もないしその三人相手に助けられもしないから」
「───土門のヘタレ」
「酷っ!襟首掴んでる三人責めないで俺を責めるの!?」
「だって土門傍観者じゃん。中立の立場気取って助けてくれないなんて、冷たいんだー」


無理やり三人を引き摺って土門にしがみ付くと奇声を上げられた。
変な人形みたいで面白くてぐいぐいとくっつくと、後ろに張り付いていた三人が視線を鋭くしたらしくひっと土門が息を呑む。
首が開放され土門が囲まれるタイミングを見て、ささっと隙間から抜け出した。

しゃがみこみ、ずきりと体の中心に響くような痛みに顔を俯ける。
円堂?と災難に巻き込まれなかった唯一の人間である豪炎寺から戸惑うように声を掛けられ、深呼吸一つで息を整える。
何気ない仕草で額から流れた冷や汗を拭うと、緊張感のない笑みを浮かべた。


「んじゃ、豪炎寺行こうか?」
「行くって、何処へ」
「そんなん、あいつらんとこに決まってるだろ。優勝を仲間で分かち合わなくてどうするよ」


ぐっと膝に力を入れて伸び上がるように立つと、きょとんとした顔の豪炎寺の手を取った。
後ろから四人に呼びかけられるが気にせず後輩たちの間に走りこむ。
突然の襲撃に瞳を丸めた彼らは、次の瞬間に大きな声で笑った。

水色の絵の具をぶちまけたみたいな青空は、とても眩くて直視できないほど輝いていた。


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