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「こら、有人。動いちゃ駄目だろ」
「・・・ごめん」


長い髪を梳る姉の言葉に、有人はそわそわと落ち着かなく動いていた体を止める。
だがまた暫くしてうずうずと動き出し、頭上から笑いを堪えた吐息が漏れる音が聞こえて身を竦めた。
きゅっと後頭部が引っ張られる感覚の後、掌を置くようにして撫でられる。
慈しむような優しい仕草は覚えてる頃と何も変わらず、安堵に肩の力を抜いた。


「ほれ、おしまい。こっち向いてみ」
「ん」
「久々にしては綺麗に纏まってるな。うん、俺の有人は凄く可愛い」


色取り取りの花が咲き乱れる庭園のような甘い香りを身に纏わせた人は、ぎゅうぎゅうと無遠慮に有人の体を抱きしめる。
パーティー用にとサイドを残しアップに纏められた髪型や、折角ドレスアップした服が着崩れてしまうのではないかと心配したが、守相手ではそれも不要かと遠慮ない力を享受した。
ただ愛しさを伝える抱擁は今となっては無条件に与えてくれる人は守だけで、唯一無二の存在にはにかむように笑いかける。
有人の笑顔に益々笑みを深めると、公式の場で掛けることが多いノンフレームの眼鏡もない状態で頬を擦り合わせた。


「一月ぶりか。元気にしてたか、有人」
「ああ。姉さんが居ない間もちゃんと勉強してたし、サッカーだって練習して上手くなった」
「そうか。頑張ってるんだな」


頬にそっと手を当てられ、暖かな温もりに瞼を綴じで浸る。
鬼道有人が甘えれる場所はこの腕の中だけで、甘えたいと思える人もこの人だけだ。

試合が終わり、可愛い娘の勝利に内々でパーティを開くと宣言した父の言葉に兄弟揃ってドレスアップしているが、公の場に出るほど大袈裟なものではない。
普段を考えれば本当に微々たる規模のパーティは、出席者は守のチームメイトと相手チームからの有志、あとは彼女の許婚であるエドガーくらいだ。
単なるホームパーティなので屋上にコックを呼ぶ形の立食でのものとされた。
集まる人間が大人でなく子供が多いのも理由に上げられるが、窓からも続々と集まる姿が確認できる。
その中に夏休み中に親しくなった相手を見つけ、有人は姉に知られぬようむっと剣呑な眼差しを向けた。

白いワイシャツの上に黒のベストを纏う彼の名はフィディオ・アルデナ。
イタリアのラテンの血を濃く継いだ、陽気で気持ちがいいさっぱりした美少年だ。
きゅっと上がる凛々しい眉や、海よりも濃い蒼い瞳。回転の早い頭に、抜群のサッカーの才能。
守がイタリアへ渡ってから出来た最初の友人だと紹介されたが、彼の視線はそれだけじゃない熱が篭っているように見えた。
幼くとも無駄に他人と関わる経験を積んだ有人は、そこらの大人よりも観察眼があると自負している。
あんな焦がれるような眼差しを向ける相手が単なる友人であるはずがない。
決して鈍い人じゃないのにそれに反応しない守にも不安が募った。

何しろそれまで彼女にあからさまに好意を寄せる相手なんてエドガー以外に知らなかったし、知る必要もないと思っていた。
エドガーは有人が知り合う以前からの守の知人であり、彼らの関係は一応理解している。
鬼道の娘である以上どれだけ嫌だと抗っても結婚は宿命として義務付けられているし、義務以上の感情で彼女を支えようとする彼の態度も評価していた。
公式の場で並んで立つ二人に苛立ちは沸いても、嫌だと癇癪を起こして姉を独占したくなろうとも、理解できる以上理性で制御できた。
鬼道財閥と並ぶバルチナス財閥の跡取りにして、容姿端麗、冷静沈着、文武両道の彼は、常に自分を研磨し続ける男だ。
凄く凄く悔しいけれど。お互いの立場も苦渋も理解し合える全てにおいて姉の隣に並んでも遜色ない完璧な許婚。

けれどフィディオは違う。
自分たちと違う世界に生きていて、違う面で守の傍に立っている。
有人や守やエドガーの世界とは違う世界を見ていて、それを承知で彼女の隣で笑っている。
それが言いようなく有人の心を不安で覆い、息が出来ないほどの嫉妬で苦しめた。

ぎゅっと手が白くなるほど拳を握れば、眉間に指先が押し当てられる。
ぐりぐりと押される感触に瞬きして目の前にあるものに焦点を合わせれば、にこりと笑う姉の顔が至近距離にありかっと顔が熱を持った。


「ね、姉さん?」
「眉間の皺。すぐに難しい顔するのはお前の癖だな。考えるのはいいが考え過ぎるなって言ったの、忘れたのか?」
「忘れてはない。俺が姉さんの言葉を忘れるはずがない」
「ならなんだ?俺の言葉を無視するほど、重要な何かがあったのか?」
「・・・・・・」


小首を傾げる守に複雑な思いを伝える術を持たなくて、きゅっと唇をへの字に曲げると頬を両手で押さえられた。
どうするのかと上目遣いに見上げれば、身に着ける淡い桜色のドレスが似合わない乱暴な仕草で頭を上下左右へとシャッフルされる。
がくがくと揺れ動く視界にふらふらになると、楽しそうな笑い声が二人きりの室内に響いた。


「何するんだ、姉さん!」
「はははははっ、有人ふらふらだな!」
「当然だ!あんなことされれば三半規管が混乱する!」
「まーた小難しいこと言ってるよ、このチビ」


千鳥足でバランスを取っていると、発言が気に入らなかったらしい守の手によりまた視界がシャッフルされる。
先ほどまでの思考は粉々に砕け散り何を考えていたかすら忘れてしまった。
そうすると極限状態に追い込まれた精神だけが残り、思考となんの関連もなく強く残った思いをついぽろりと口にする。


「遊園地のコーヒーカップを全力で回すとこうなるのか?」
「ん?有人遊園地行きたいの?」


倒れる寸前で両腕に抱きこまれ、上から見下ろしてくる栗色の瞳に瞬きを返す。
まじまじと見詰める守に返したのは反射だった。


「行きたい。俺は姉さんと行ってみたい」


物心付いてから実の両親と出かけた回数は限られていて、遊園地なんて行ったかどうかすら覚えてない。
養子として貰われた先の鬼道家は資産家だが、だからこそ遊園地などと縁はなかった。
お金持ちと言えば裕福な暮らしをしていると世間は考えがちだが、それに付属する責任と義務がある。
毎日勉強やお稽古事で過ごすのは嫌じゃないが、たまには普通の家庭のように思い切り遊びたい。

自由を得れないのは姉である守も同じはずだが、もしかして彼女は遊園地に行ったことはあるのだろうか。
普通に考えると不可能なのに彼女ならあるいはと思わせる何かがあり、興奮に瞳を輝かせて顔を近づけた。
勢いに驚き瞳を丸くしていた守は、珍しく年相応に好奇心を発揮してきらきらと期待の眼差しを向ける有人に笑う。
いつものように声を上げてではなく、二人きりのときだけ見せる酷く優しい目をして微笑すると、こつりと額を突き合わせた。


「それなら、姉さんと一緒に行くか?」
「本当か?でも、俺は明日には家に帰るんだぞ?」
「だから次に俺が日本に帰ったらの話だよ。実は今回試合で優勝したら一つだけ頼みを聞いてくれるって『総帥』と約束してたんだ」
「『総帥』?」
「お前を鬼道の家に連れてきた男だよ。背が高くてひょろっとしてて、顎が長くてサングラスしてる奴」
「・・・姉さんの恩師の?」
「そう!そんで顔は出してないけど今のお前の練習メニュー考えてる人」


いつもサングラスを掛けてスーツを着こなす男を脳裏にかべるときゅっと眉根を寄せた。
確かに知っているが、親しい相手ではない。
守の恩師として日本に居る間は付きっ切りで技術を教えているが、直接話をしたのは施設に入って以来ほとんどなかった。
姉と一緒に練習しているときに動きを指摘されるくらいで、普段の練習メニューを彼に組み立てられていたのすら初耳だった。
鬼道の家に来訪しても得体の知れない笑みを浮かべる男を苦手としていたのだが、守は彼に懐いている。
大人に甘えないこの人が甘えに近い態度を取るくらいだ、もしかしたらいい人なのだろうか。
影山への評価をどうすべきか悩む有人に、くすりと微笑んだ守は頭一つ高い位置から背を屈めて顔を覗きこむと、ちゅっと音を立てて頬に口付けた。


「姉さん!?」
「だーかーら、癖になるっつってんだろ。にこってしろ、にこって」
「・・・姉さん」
「俺の可愛い自慢の弟。世界で一番愛してやるからいつもにこにこ笑ってな。日本でも言うだろ?笑う門には福来るって。いっぱい笑っていっぱい幸せになってくれ」


不意打ちのキスになす術もなく赤くなっていると、それ以上に甘ったるい言葉に撃沈した。
元々スキンシップの激しい人だったけれど、イタリアに来てから益々磨きがかかった気がする。
もっともそれが発揮されるのはごく一部の親しい人間に対してと知っているが、それでも不安が募ってしまう。
自分を抱きしめる守の背中に腕を回してぎゅうっと抱きつくと、どうしたんだと更に甘やかそうと優しい声が降ってきた。


「俺は、姉さんが一緒ならいつだって幸せだし笑顔でいれる。だから、ずっと傍に居てくれ」
「───あー、もう。可愛いな、コンチクショウが」


抱きしめた力以上で抱きしめ返され、息苦しさにくうと喉を鳴らす。
荒っぽい口調で可愛いと告げられながら困ったように眉を下げる。
今日はきっちりと化粧をしていなくてよかった。そうじゃなければリップと違い色鮮やかな口紅が顔についてるところだ。
例えリップじゃなく口紅つきでも姉のキスを拒絶できない自分を知る有人は、ほうっと吐息を漏らした。



-おまけ-

「マモル?まだ準備は出来ないのか?───っ、マモル!はしたない真似はやめなさいっ」


ノック二回のあと、部屋の主の小さな返事の後に何気なくドアを潜る。
部屋の主との付き合いもあり、鍵も貰っているが、最低限の礼儀を尽くしたエドガーはすぐさま己の配慮を後悔した。

中に居たのは子供が二人。
淡いピンク色のプリンセスドレスを着て髪をアップに纏めた守と、彼女の弟の有人。
仲がいい兄弟の彼らが二人で居るのはいつも同じだが、その体勢はいただけなかった。
頭一つ分ほど低い弟の頭を胸に抱きこみ機嫌よさげに笑う守にエドガーはきりきりと眉を吊り上げる。
公の場では完璧な令嬢を演じて見せるくせに、素の彼女は奔放で弟を溺愛する姉でしかなかった。
許婚としての嫉妬心と、令嬢としての彼女への配慮から思わず口をついて出た言葉に、守は形のいい眉を顰める。


「何処がはしたないんだよ、失礼な。普段からはしたない妄想ばっかりしてるからそんな言葉がすぐに出てくるんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう!私を誰だと思っているんだ」
「誰って、俺の許婚のむっつりエドガー」
「むっつりじゃない!」
「じゃ、オープンエドガー」
「変な修飾語をつけるのは止せ!」


つん、と形のいい顎を逸らした姉の腕の中で大人しくしている弟の有人と眼が合う。
口の端を緩く持ち上げどこか勝ち誇った表情をする彼に、エドガーの神経は益々逆撫でされた。
仲がよすぎる兄弟を持つ許婚を持つと、本当に苦労が耐えないものだ。

拍手[5回]

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木戸川清修との準決勝からどうにも調子が悪い体に、柔らかなウォーターベッドに顔を埋めつつ舌打ちした。
最近少々無理をし過ぎたのかも知れない。
理事長にだけ全ての事情を話しレポートや課題で出席しなかった分の授業を特例で免除してもらっているが、代わりとして全国模試は必ず上位三位まで入り学校の実績を伸ばしている。
全国模試の結果は学校内で張り出されないし、そもそも受けるかどうかすら有志だ。
円堂からすれば今更中学二年生の内容程度模試のトップを取ることは容易で、鬼道の父が三年生になるまで弟に全国模試を受けさせる必要がないと考えているからこそ得れる成果だった。

どちらにしよ、最近はサッカーもプライベートも楽しくて調子に乗っていたかもしれない。
授業をサボっているのは体調の調節に必要だと知りつつ、ついノリで一緒に体育に出たりしたのもまずかった。
動かない体を呪いつつ、布団の中で小さくなってガタの来た体を抱きしめる。
今日は豪炎寺は家に泊まっていない。
お陰で最悪の醜態を見られずに済みそうだが、薬を飲んでもご飯時までに不調が収まらなければ病院直行コースだ。
脳天に長い釘を打ち込まれ無遠慮に抉りまわされるような不快感を堪え嘆息した。
こんな日は、いつだって嫌な予感が当たるのだ。




「私たちは、神だ」


薄い色をした髪を靡かせて微笑む少年は、確かにその美貌から神を語っても過言じゃない気がした。
不可思議な空気を持つ子だ、とゴール際から腕を組んで観察した円堂は、ぎりりと奥歯を噛み締める。
豪炎寺と鬼道、そして風丸が彼らの前で対峙しているが、口を挟まずにそれを見ながらも消化不良な感情が胸中に渦巻いていた。
普段と様子の違う円堂の態度を敏感に察した一之瀬が駆け寄り耳ともで囁く。


「大丈夫、守」
「・・・ああ、なんとかな」


吐息交じりの掠れ声で苦笑を浮かべるのが精一杯だ。
自身を律しきれない未熟さに情けなくなるが、それでも腸から沸いて出る憤怒に己を忘れそうだ。

目の前に居る少年は『神』を語る。
それは『円堂守』が、いいや、『鬼道守』が憎むべき敵。
『守』から全てを搾取し遥かな天上で笑っている、哀しき簒奪者。
渦巻く感情は今にも破裂してしまいそうで、胸を押さえて身を凝らせた。


「君」
「・・・俺か?」
「そう、君だよ。円堂守。雷門の守護神であり、───『総帥』が固執する唯一の存在。私は世宇子中のアフロディ、初めまして」
「どうやら、自己紹介は不要のようだな。やっぱりあの人の差し金か?相変わらず悪趣味だ」
「余裕だね」


風丸とはまた種類の違う綺麗な顔に笑みを浮かべた少年は、世離れした仕草で首を傾げた。
さらり、と靡く髪を淡々として眺めながら眼鏡のつるを指で押し上げる。
ずくずくと痛む胸と頭を無視し、己の矜持をこれほど擽るものも居ないとゆったりと笑顔を浮かべた。

相変わらず悪趣味な人に嗤ってしまう。
他の誰に屈したとしても、『神』を名乗る相手につく膝はない。
態々円堂のためだけに『神』を名乗る少年を寄越すなど、捻くれた愛情に反吐が出そうだ。
憎しみの相手を実体化させ、彼は自分に何をさせたいのか。

くつりと喉を震わすと、雰囲気を僅かに変えて小首を傾げた。
無邪気に見えても付け入る隙のない、修羅場に慣れた堂々とした態度。
ごくりと喉を鳴らしたのは、果たして仲間の誰だったのか。


「人間は『神』には勝てないよ」
「どうかな?『神』が勝ち続けているなら、人は奇跡を信じないんじゃないのか?」
「奇跡すら『神』の気紛れで起こるものだ」
「そうかい。奇跡すら『神』の気まぐれと言うのなら、俺は───ふんぞり返る神様の頭をぶん殴ってでも奇跡を起こしてやるよ」


目の前に居るのは憎むべき『敵』を形にした相手。
円堂は『本物』がどれだけ無情で無慈悲か知っている。
奴は絶対的な力を行使して、人智の及ばぬ至高の場所で胡坐を掻いてこちらを見下ろしてるのだ。
だからこそ、目の前の『偽者』を恐ろしく思う気持ちなど微塵もない。
少年には『守』を自由にする権限はなく、支配される無力さも押さえ込まれる無念さも与える術を持っていないのだ。


「残念だな、少年。俺は神様がキライなんだ」
「私は君に興味がある。君ならこんな弱小の部を捨てて私たちの仲間に入る資格があるのに、何故そうしないんだい?」
「いらねえよ、そんなもん。神様をぶちのめしたい、と思ったことはあっても、神様になりたい、なんて考えたことはないからな」
「君は神の力に怯えているだけじゃないのかい?この力を、好きなだけ執行したいと思わないのか?」


豪炎寺の前にあったボールをトラップすると、アフロディはそのままシュートを放つ。
空気を切り裂いて円堂の体すれすれにゴールに収まったそれは、ネットを破り土を抉って破裂した。
息を呑んでその様子を見守る仲間たちすら無視して、真っ直ぐに射抜くようにして視線を向けるアフロディに微笑む。


「・・・どうしたんだい?手加減したシュートだ。『今の』君でも取れたと思うけれど?」
「そうだな。この程度なら、『今の』俺でも取れる」


馬鹿にしたような発言だが、仲間たちの目は驚きで見開かれた。
今放たれたシュートは日本の中学生にしては超一級のもので、きっと帝国の面々はこの一本で敗れたのだろう。
しかしこの程度のものは経験したことがある。むしろもっと凄いシュートを見てきた。
目の前の少年もきっとそれを知っている。
だから、『今の』と小ばかにしたように告げたのだろう。


「けど君は動かなかった。どうしてだ?」
「お前に関係あるのか?どちらにしろ、今は試合でもない。俺の技を見せてやる必要はないだろう」
「君の技、ね。見せてもらえなくとも、私たちの勝利に翳りはない。楽しみにしてるよ、君との試合を」
「ああ。俺も楽しみにしてるぜ。───『神』を名乗る相手をひざまづかせるのは気分が良さそうだ」
「ふふふ、大胆不敵な態度だね。でも覚えておくといい。いくら君一人が抜きん出ていても勝てない。サッカーはチーム戦だ。点が取れなきゃ勝利はないよ」


楽しげに笑って姿を消した少年に、溜め込んだ怒りを流すようゆるゆると息を吐き出した。
深呼吸を繰り返し新しい酸素を心臓へ送る。
怒りは体調にいい影響を与えない。さっさと忘れて感情を制御下に置く必要があった。


「守・・・?」


顔を覗き込んできた一之瀬の頭を撫でると、心配そうにこちらを窺う仲間に微笑んだ。
その笑顔はいつもと変わらぬもので、雷門の面々はほっと安堵の息を漏らす。
ただ彼女を良く見ている数名だけが微かな違和感を感じたが、それを口に出す前に円堂が先手を打った。


「夏未」
「・・・何かしら」
「俺の申請した内容、許可は得れたか?」
「ええ」
「サンキューな、夏未。響木監督、大丈夫だそうです」
「そうか」
『監督!!?』


のそりと姿を現した響木に驚く仲間に、円堂はにっと笑いかけた。
きょとんとした表情でこちらを窺う彼らは年相応で随分と可愛い。

先ほど現れたアフロディと名乗った少年。
彼の言葉は的を付いている。
サッカーはチーム戦。一人の力が飛びぬけていても、それだけじゃ勝てない。
なら勝つためにどうすればいいか。

答えは一つで、手段はあった。


「皆、合宿だ!」
『合宿~!!?』


きょとりと瞬きを繰り返した彼らに、にひっと笑って頷いた。
相手が『神』を名乗るなら、『神』をも下して進むだけだ。

拍手[6回]

注:オリジナル技が発動してます。大丈夫な方のみお進みください。




「言っておくが、今日の俺に敗北はないぞ」
「ふふふ。その自信、最後まで続くといいね?」


不適な笑みを交わして手を握り合う。
互いにチームのユニフォームを着て対立するのは、もう半年振りだった。
北と南の代表チームとして立つフィールドは、ジュニアユース以下の試合としては最大規模のものになる。
先日と違い来ているテレビ局はローカルでも全国ネットだし、会場の広さや観客の多さも比べ物にならない。
この間の北の代表選抜戦と同じようにユニフォームの上に青いマントを纏う守は、首から提げたゴーグルを顔に嵌めた。


「またその格好?ってことは、ユウトがこの試合を見るのか?」
「当然。しかも今日は生だ。俺の始めての晴れ姿だからって、学校休んで父さんと見に来てる」
「え?何処?」
「あそこ」
「VIP席?あのおじさんがマモルのお父さんなんだ?あ、キドウファミリーに混じってエドガーも居る」
「え?エドガー居るの?」
「気づいてなかったのか?薄情な許婚だな」


驚いて瞳を丸めた彼女に突っ込むと、悪びれずにひょいと肩を竦めた。
彼の存在に気づかなかった守を口で言うほど責めているわけでもないフィディオは、まあいっかと呟きながら取り合えず守の隣で手を振ってみる。
すると良好な視野を確保する瞳には、じっとりと苛立たしげに顔を歪めたエドガーが映り苦笑した。


「あ、俺じゃ駄目だった」
「当たり前だろ」


ひょいと手の甲で突っ込んだ守が同じように手を振ると、きょろきょろと視線を彷徨わせた彼はおずおずと手を振り返した。
自信なさげな仕草に思わず噴出すと、堪えろと横から声を震わせた守が囁く。
たったこれだけの行為が自分に向けられたかどうかすら自信が持てず、周りに誰か居ないかを確認してから嬉しそうに笑ったエドガーはある意味可愛い。
普段の彼がどれだけ取り澄ましているか知ってるだけに、余計に。
距離が離れている所為で詳細な表情の変化までは見て取れないが、今ここに双眼鏡があればいいのにと痛切に願った。


「ああいうとこは可愛いんだけどな~」
「・・・何だかんだ言って、マモルはエドガーのこと結構好きだからね」
「まあね。立場上俺たちの関係に感情は立ち入れないものだが、俺は、まぁラッキーだと思うよ。こうるさいけどエドガーは俺自身を見てくれてるからな」


頭の後ろで腕を組んだ守の表情は大きなゴーグルの所為で読み取れないが、それでも言葉に嘘がないのは判った。
生憎フィディオは一般人なのでエドガーや守のような立場の人間の気持ちは判らない。
けれど彼らとの付き合いから、お金持ちは裕福なだけでなく色々と自由を奪う縛りがあるのだと気がついていた。
口に出せば彼らとの距離を明確にされそうで言えないけれど、きっとそれは重たいものなのだろう。
守が普段は本当の自分を隠してお嬢様で居るのも、エドガーが感情を見せずに取り澄ましているのも立場を理解してるからだ。
だから自分は対等で居たいと思った。
公式の場では無理だとしても、プライベートでは友達として同じ位置に立って居たかった。

しんみりとした空気を打ち払うように顔を上げると、ゴーグル越しに視線を合わせる。
口の端を持ち上げて掌を上げれば、同じように手を上げた守が景気良く叩き合わせた。


「いい試合をしよう」
「ああ。お互いに、悔いのない試合を」


きゅっと一瞬だけ掌を握りこむと、同時に離して背を向ける。
試合開始の時間はもう間近に迫っていた。





試合開始のホイッスルが鳴り響き暫くの拮抗の後に展開が動き出した。

FWからバックパスを受けた守が、トンとボールを宙に上げる。
普通に上げたはずなのにボールは何故か勢い良く回転を始めた。
ちらりとコースを確認するように顔を上げた守は、真っ直ぐにゴールを見て唇を持ち上げる。


「レインボードロップ!!」


叫び声と同時に放たれたシュートは、複雑な軌跡を描いてゴールネットに吸い込まる。
上空まで蹴り上げられたそれは確実に外れたと誰もが確信を抱いたはずなのに、野球のシュートのように急下降してキーパーの足元へと突き刺さった。
GKの実力を知るフィディオからすれば、そのシュートは彼が取れないほど速くなかった。
けれど彼は全く反応が出来ず、気がつけば後ろに転がっていたボールを眺め、口を開けたまま守へと視線を移した。


『ゴール!!先取点はマモル・キドウが新必殺技でもぎ取ったぁ!!上空から急下降したボールがキーパーの足元へ滑り込むミラクルシュートだ!』


解説の男が興奮したように叫び、掲示板の点数が一点追加された。
元のポジションに戻ろうとする守がすれ違いざまに微笑を浮かべる。
悔しさに唇を噛み締めると、彼女はこてりと小首を傾げた。


「あの技の真価はあんなもんじゃねぇぞ。出来るもんなら引き出してみな」


愉快そうに笑う彼女の挑発に、フィディオは落ち着こうと深呼吸した。
全く嫌になるくらい手強い人だ。
同年代ではすでに敵なしと言われた自分たちのチームを前に、彼女が率いるチームは新星のごとく現れ圧倒する。
けど、こちらもそうそう負けていられない。
一度目は出来たばかりのチームと油断して手痛い敗北を期したが、今の自分たちは以前と違う。
重なる勝利で知らず積まれた驕りは彼女相手に叩き潰され、再戦を望んで努力した。
そう簡単に負ける気はない。
いいや。絶対に、勝ってみせる。


「出し惜しみしてるなら君たちが敗北するだけだ。俺たちだって努力したんだ。あの頃と同じと思わないことだね」


ホイッスルと同時に回ってきたパスに、フィディオは笑う。
向かってくるFWをかわし、白く残像が見えるほどの速さでボールを捌く。
司令塔として指示を出した守の裏を掻くようにバックパスを味方に渡し、自身は彼女にマンツーでつくと近距離で微笑んだ。


「油断大敵だね、守。俺を誰だと思ってるんだ。君のライバルのフィディオ・アルデナだぞ」
「っ!!」


フィディオと名を呼ばれ、体を翻してゴールへ向かう。
入れ替わりに四人の仲間が守を取り囲み、身動きできなくなった彼女は舌打ちしてDFに指示を出した。
だがすべては遅い。

受け取ったボールをドリブルして、ゴールへの道筋を探す。
そうして見つけたMFとDFの隙に、フィディオの口角がゆるりと持ち上がった。


「いくぞ!オーディンソード!!」
「何!!?」


驚きの声を上げる守に気分が高揚する。
この技はまだ三本打って一本しか成功しない、未完成の技。
それを決勝で放つのは大きな賭けだったが、話を聞いた仲間は誰もが賛成してくれた。
彼女の率いる強豪チーム相手にリスクのない勝利はないと、そう思ったから。
一直線に突き刺さるシュートに会心の笑みを浮かべる。
ウィンクして親指を立てると、やられたと苦笑した守は秀でた額に手を当てて空を仰いだ。


「まさか、完成してない技で勝負をかけると思ってなかった。ついでに四人がかりで妨害にあうともな」
「ははっ、君の危険度は俺たちは一度経験済みだからね。大袈裟と思われるくらいの妨害にあうのは始めてかい?」
「そうだな。今までは精々が二人くらいまでだったから、四方から固められたらこうなんのかってよく判った」


ポジションに戻りながら肩を竦める守にウィンクすると、近距離ゆえに確認できたゴーグルの奥の瞳が楽しそうに笑っていた。


「それでも勝つのは俺たちだ」
「いいや。俺たちだよ」


自分のポジションで足を止めた守に手を振ると、フィディオは自分の位置へと戻った。
再びホイッスルが高々と鳴る。
センターサークルに居た選手がパスを送り、試合が再開された。


「アンジェロ、パスだ!」
「了解、マモル!!」


MFの守が攻め上がり、FW2人の間に入るとすれ違いざまにパスを受ける。
FWの二人は右翼と左翼へ散り、守を中心に円を描くようにしてMFも上がった。
前方に三人、後方に二人。
DFとGKを残した全員が彼女を真ん中に一斉に走り出す。
鋭くそれらを見渡すと、即座にフィディオは判断を下した。


「このチームの要はマモルだ!さっきと同じようにマモルを封じ込めれば手出しは出来ない!」


叫ぶ自身も彼女のマークへ付くべく駆け寄ると、すでにその場に居た仲間たちに加わった。
歯噛みしたくなる技術力を持つ彼女は、それでも華麗なテクニックでボールを操り主導権を握っている。
不敵な笑みを浮かべて余裕を崩さずに楽しそうにしていた。


「マモル!」
「俺たちは大丈夫だぞ!」
「全員配置についた!」
「シュミレーション通りだ!!」


前方、後方から掛けられる声に、フィディオは顔を上げる。
気がつけば守を包囲する自分たちを囲うように、相手チームが詰めていた。


「!?しまった!!」


守に気を取られるあまりDFの形が崩れ、ゴール前は隙だらけだ。
迂闊さに気がついたときにはもう遅かった。


「残念、フィディオ。俺たちの、勝ちだ」


くすくすと囁いた彼女は、ボールの側面を擦るようにして回転をつけそのまま宙に上げた。
不思議な回転を維持したボールは顔の前面まで持ち上がる。


「レインボードロップ」


ぽつりと告げられた技名に、仲間たちは戦慄した。
空気を巻き込んでうねるボールを横から蹴ると、先ほどとは違いフィディオたちの足の間を右から抜けて蛇のように這いずった。
同じ技名だが全く違う動きに目を見張り、慌ててわれに返るとボールを追いかける。
だが、すべては遅かった。


「このチームはマモルだけのものじゃない!俺たちだって、北の代表だ!!」


意地を見せるようにパスを受けた少年がゴール前までボールを持ち込み、鋭いシュートでネットを揺らした。
悔しさで呻るように喉を鳴らすと、ふっふっふと自慢気に指先を振って腰に手を上げる。


「俺たちのチームは北イタリアの代表だぜ?俺だけ抑えりゃ勝てるとか、見通し甘すぎだろ」
「・・・そうだな。甘く見ていたよ」
「ははっ、残りはロスタイムだな。追いつく自信は?」
「あるさ。PK戦まで持ち込めば、俺たちが勝つ」


剣呑に睨んでやれば、飄々とした笑みを浮かべてウィンクしてきた。
煽られそうになる悔しさを深呼吸一つで抑える。


「あのボールは変則的なシュートだね。一回目の蹴りで急回転を掛けて、次の蹴りで角度を与える」
「さすが、フィディオ。二回見ただけでほとんどのからくりを言い当てるなんてな。補足するなら二回目の蹴りは角度だけじゃなく回転も与えてる。それにより不可思議な軌跡を描くのが『レインボードロップ』。七色の変化球だ。ちなみに、あれはシュートじゃなくてパスの技ね」
「でも、さっき」
「あんなんただの応用だろ。今はまだ大したスピードも威力もないから、シュートには向いてないんだ」
「『今は』、ね」
「おう、『今は』、だ。必殺技に完成なしだぜ」


仲間の呼ぶ声に手を振ってから身を翻した守に、フィディオは苦笑した。
あれだけ確かな技術を持ちながらも向上心に衰えはなく、自分だけじゃなく仲間とサッカーを続ける守。
同じフィールドに立ちながら、一歩先を歩く人。
憧れずにはいられない、異国から来たプレイヤー。
凛と背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ彼女は、ポニーテールとマントを揺らして堂々と自分のポジションに陣取った。
ちらりと客席に視線を上げ、そのまま真っ直ぐにフィディオと対峙する。


「姉さん、頑張れ!!」


何処かから聞こえた小さな声に面映そうに笑った少女は、マントを靡かせ風になった。

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「・・・何、その格好」


ぽかんと間抜けに口を開けたフィディオは、有り得ない格好の守を思わず指差した。
するときゅっと眉間に皺を寄せた守は、驚きの根本である布を体から払う。


「って言うか、本当にマモル?別人がコスプレしてるの?」
「・・・正真正銘マモル・キドウだよ。見て判るだろ」
「見て判らないから質問したんだ。ゴーグルは普段から下げてるからまだわかるとして、何そのマント。意味が判らない」
「五月蝿い。今日の俺は絶対に負けないヒーローだからな」
「いやいやいやいや、ヒーローって」


北のリーグの決勝戦なので応援に駆けつけたが、最早関心は試合から逸れている。
それくらい今の守の格好はフィディオに衝撃を与えていた。
身に着けるユニフォームは赤をベースに肩口に白い小さな星が印字されているいつもどおりのものなのだが、それに付随する青い布が不思議さを醸し出している。
彼女が言うヒーローは日本ではマントを纏うものなのだろうか。
普段は首から提げているゴーグルでしっかりと顔を覆っているのもインパクトが凄いのかもしれない。
せめてどちらか一方なら、フィディオもここまで驚かなかったはずだ。
しかもそれが堂々としていて無駄に似合っているのがなんともコメントし辛かった。
サッカー中はいつも二つで結んでいる髪は一本で結い上げられ、オレンジ色のバンダナで結ばれている。
愛らしい顔は半分以上が隠れていて、背番号すら見えないし、それ以上の目印があっても彼女のファンもさぞかし戸惑うだろうと苦笑した。
隣で無言を通していたエドガーも同じ気持ちらしく、苦々しい表情でうっそりとため息を吐き出した。


「本気でその格好で試合に出るつもりか、マモル」
「そうだよ。つーか、何でエドガーまでいるわけ?お前忙しいんだろ」
「・・・私が婚約者の応援に来て何が悪い」
「婚約者じゃねえし。単なる許婚だし」
「同じようなものだろう」
「違う」


つん、と顎をそらした守にエドガーは黙り込んだ。
上下関係、あるいは力関係がはっきりした姿に口を手で覆いこっそりと笑う。
第一印象の通りにエドガーは取り澄まして年齢以上に落ち着いた少年だったが、ただ一人、守の前ではそのペースも崩れるようだった。
普段のエドガーはイギリス男性らしく女性には紳士に振舞うのに、じゃじゃ馬の守にだけはその態度も型崩れだ。
今だって眉間に皺を寄せて渋い顔をしているが、内心ではへそを曲げたように見える守に気を揉んでいることだろう。
フィディオからすれば喜劇のようだが、本人が至って真面目なのがまた笑いを誘う。
困りきったエドガーがこちらに視線をやり助けを求めたのに慌てて笑いを引っ込ませると、こほんと一つ咳払いをして姿勢を正した。


「でも、今日の試合は地元のテレビも来るんだよ?一応イタリア全土に放映されるのに、本気でいいのか?」
「いいよ。録画して送ればどれが俺か有人もすぐに判るしな」
「ユウト、ユウト、ユウト、ユウト。君はいつも弟のことばかりだ。たまには自分自身のことを考えて行動したらどうだ?」
「俺自身のことを考えて行動した結果だ。俺は有人に俺を見つけて欲しいからな」


嬉しげに笑う彼女は本気で言っているに違いない。
何しろ先月顔を合わせた弟を心から可愛がっているのは一月で理解できた。
猫可愛がりを絵に描いたらこんなのだろうと感心してしまう仲良し兄弟だったのだから。
何でも器用にこなす守の弱点を敢えて上げるなら、弟の有人だろう。
いつか彼女に何かあるとしたら、彼が原因なんじゃないかと危惧してしまうほどに、守は弟を溺愛していた。
エドガーの言葉は嫉妬も含まれるが、その心配も多分にあるのだと思う。
フィディオもその気持ちが良く理解できた。
彼にとっても自分にとっても認めたくないけれど、ある意味、フィディオとエドガーは良く似ている。
苦笑すると、もう仕方ないとフィディオは肩を竦めた。


「マモルがいいなら、もういいけど」
「フィディオ!」
「だって仕方ないじゃないか。マモルが一度言い出したら聞かないって君も知ってるだろ」


出会った当初からすれば考えられないほど砕けた口調で告げれば、何とも言えない渋い表情でエドガーは黙り込んだ。
見た目や態度や身分からとっつきにくい奴かと思えば、守の前では形無しの苦労性。
多大に同情も含み、今では彼は年相応の少年として認識している。
生真面目な彼にしては随分と性質が悪い相手に恋をしたものだ、と苦笑せずに居られないほど心の距離は近くなっていた。
エドガーの方も素の守を知っているフィディオを友人として認識し始め、たまに焼もちを妬くこともあるが概ね寛大な気持ちで見てくれている。
今回もフィディオとの二人掛りの説得で駄目だったのだから、と許婚の権限が公式の場以外限りなく低い彼は、重苦しいため息を吐き出して妥協した。


「・・・せめて毎回は止めてくれ」
「当たり前じゃん。毎回こんな格好してたら、俺ただの変人じゃん。有人が見てない試合でこんなわけのわかんない格好する必要なんてないし」
「───そこまで思いながらどうして今これを着るんだ」
「俺が有人のヒーローだから。姉として、格好いいとこ見せたいんだよ」


ぷくっと頬を膨らませて子供っぽい表情を見せた守に、思わずとばかりにエドガーが笑った。
慌てて咳払いをして表情を隠したが、あれは可愛いものを見た女の子と同じような反応だった。
懸命にもそれに突っ込みを入れなかったフィディオは、頑固に腕を組む彼女の肩をぽんと叩いた。


「まあ、俺としてはこの試合勝ってくれれば文句ないよ。この試合に勝てばマモルたちのチームが北の代表。そうしたら俺たちとイタリア一を争うのはマモルのチームだ」
「勝者の余裕か、フィディオ?俺がこの試合に勝ったら、お前たちのイタリア一の夢は潰えるけど、俺の応援してていいのか?」


漸く普段どおりに少しばかりの意地の悪さを含んだ笑みを見せた守に、フィディオは会心の笑みを浮かべた。


「大丈夫。君たちが勝っても、俺たちのイタリア優勝の夢は叶えられるからね」
「言ってろ」


くつりと喉を奮わせた守は、仲間の呼び声に手を上げると背中を向けた。
振り返らずにマントを翻して去っていく親友の姿を見送ると、ちらりと視線だけで隣を窺う。
きっちりとVIP席を場所取りさせているエドガーは、沈痛な顔で首を振った。


「全く・・・本当に頑固だ」
「仕方ないさ。あれがマモルだし」
「判ってるがな。もう少し、自分を優先してもらいたいものだ」


嘆いているエドガーの気持ちがフィディオはきっちりと理解できた。
本人は気にしないようだが、どう考えても奇抜な格好だとやはり思う。
確かにテレビに映っても一目で誰か理解できるだろうが、それでもあれはないんじゃないだろうか。
マントにゴーグル姿が地味に似合っているからまた複雑な気分にさせられる。

堂々とフィールドに上がった守は、物怖じしない態度で敵対チームの前に立った。
流石に面食らっているが、仲間たちは何も気にしていない。
あのチームは要である守に対して一種宗教的な崇拝でもしてるのだろうか、と失礼な疑問を抱きつつフィディオは座席に向かおうとエドガーを促した。


絶好調で司令塔として活躍した守は、チーム優勝へと導いた貢献者として北リーグのMVPを受賞した。
その頃になれば観客含めて奇抜な格好も見慣れ、盛大な拍手で彼女は迎えられていた。
人間の順応力の凄さに、この日ほど感心したことはないとフィディオは後に語ることになるが、今はまだ苦笑を湛えて観客の一人として笑うだけ。

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「顔を上げろよ、豪炎寺」


場に似合わぬ笑いを含んだ声に、咄嗟に言われるがままに顔を上げて横にいる彼女を眺めた。
いつの間に取得したのか、口に駄菓子のドーナツを咥えた円堂は、面白そうに瞳を細めて武方三兄弟を観察した。
まじまじとした遠慮ない視線が気に食わなかったのか、真ん中の勝が唇を歪める。
だが彼女は全く気にせず、同じく駄菓子を口に含んだ一之瀬がぱちぱちと瞬きをした。

「誰あれ?守の知り合い?」
「んーにゃ。でも情報は持ってるぞ。木戸川清修のストライカー武方三兄弟。三つ子ならではの息の合ったプレイでゴールを狙う、最近になって頭角を現した奴らだな。一度試合を見に行ったが、トライアングルZは中々の威力だったぜ」
「へぇ・・・運だけで勝ち抜いた弱小サッカー部にも俺たちのこと知ってる奴がいるんだな」
「それだけ俺たちの知名度が上がってきたみたいな?お前なんか超えたって証明だな、豪炎寺」


自慢気に胸を張った勝を横目に、円堂は手に持っていたドーナツをまた一口齧る。
お嬢様だったにしては豪炎寺ですら足を踏み入れたことがない駄菓子屋に異常に馴染んでいたが、子供とも仲が良い様子からもしかしたらたびたび足を運んでいるのかもしれない。
彼女の隣に立っている一之瀬も口に大きな飴を入れて頬を膨らませてるのに違和感もないし、しかも両手にはちゃっかりと袋一杯に駄菓子を持っている。
もしかして普段円堂家に置いてある山積みのお菓子は、学校での差し入れ以外はここで購入しているのかもしれない。
ころころとリスのように頬の中で飴を転がす一之瀬は暢気に円堂の肩へ手を置いた。
それにより鬼道の視線が鋭くなったが、彼は全く気にしない。


「・・・てか何でそんなに豪炎寺に拘るわけ?」
「ああ、そっか。一哉は知らないんだっけ?豪炎寺はな、サッカーの名門木戸川清修からの転校生なんだぜ」
「ふーん。じゃ、こいつら元チームメイトってことか。それにしては嫌われてるなあ」


にこにこと無邪気な笑顔で辛辣な言葉を吐く一之瀬に、武方三兄弟がやや引きつった表情になる。
そしてそれを態々煽るように円堂が付け足した。


「そりゃそうだろ。去年のあいつらはただの補欠メンバーだったからな。一年生にしてレギュラー、さらにエースストライカーの名を欲しいままにしていた豪炎寺は憧れで、ついでに夢も託してたんだろ。自分たちは出場できなくとも、誰よりも輝いてるあいつならってな」


くつくつと喉を奮わせた円堂は、無邪気に見えるが確信犯に違いない。
こういうとき経験の差を見せ付けられる気がした。武方三兄弟の憤怒の視線を一身に浴びてもぶれることない胆の据わり方は尋常じゃない。
むしろ怒りの激しさに円堂を庇うように前に出た鬼道の方が敏感に空気を察知していて、きょとりとした表情の一之瀬は状況を理解してるのかどうかわからない。
笑顔で円堂を見た一之瀬は、ぽんと手を打つと晴れやかに頷いた。


「ああ、じゃこいつらは俺と同じってこと?」
「んー・・・まあ、そうなるのかな?」
「俺たちはっ」


だが暢気に会話する二人の間に、勝が割り込んだ。
怒りで紅潮した顔を盛大に歪めて豪炎寺を指差した。


「俺たちはこいつに憧れてない!こいつは俺たちの期待を裏切った臆病者だ」
「そうだ!豪炎寺のせいで、去年の俺たちがどれだけ屈辱を味わったか・・・」
「豪炎寺。君は最悪な敗者だ。敵に恐れをなし、仲間を見捨てて逃げ出した負け犬でしかない」
「そんな奴に、俺たちが憧れる!?有り得ない妄想みたいな」


吐き出すように告げられた言葉は一つ一つが心に突き刺さった。
彼らの言葉は全て嘘がなく、円堂が言うように自分に憧れているとか云々抜きにして仲間をおろそかにした行為に映っただろう。
実際罵られて仕方ないと思っているので反論など出来ようはずもなく、唇を噛んで視線を落とした。


「だから顔を上げろって言ってんだろ、豪炎寺。俯く必要はない。お前は自分の行動を恥じてなんかないだろう?」
「・・・何を言ってるんだ?」


円堂は不思議そうに首を傾げる鬼道に微笑むと、彼の頭を優しく撫でた。
その手つきは妹を前にしたときの嘗ての自分を思い出させ、豪炎寺はぐっと歯を食いしばる。
優しさや慈しみを惜しみなく注ぎ、瞳で愛しいと語っていた。
血の繋がりがなくとも円堂が鬼道に向ける親愛は本物で、春の日差しのように暖かく柔らかだ。
面白くなさそうに頬を膨らませる一之瀬の頭も同様に撫でると、小動物にするよう頬を擽って笑った。
そうしてると確かに少女は年上の貫禄を出していて、一気に機嫌がよくなったらしい一之瀬はほにゃりと満足げに緩んだ顔になる。
今度は鬼道が眉を吊り上げ、最近では定番になっている遣り取りに飽きが来ないのを不思議に思った。
そんな豪炎寺に悪戯っぽく微笑んだ円堂は、眼鏡のつるを指の腹で押し上げると口角を持ち上げる。


「例え時間を巻き戻しても、お前は同じ行動をするはずだ。なら俯くな。真っ直ぐに前を見て、あいつらを受け止めるのがお前の役目だ」
「円堂・・・」
「後悔なんて好きなだけしろ。けれど自分を恥じようとするな。お前はただ、自分の大切なものを選んだだけだ」


ふわりと微笑んだ円堂は、豪炎寺の中に沈殿していた黒くて重たい何かを掬い上げた。
それはきっと彼女が言う後悔や、それに付随する苦しみや悲しみ、そして悔しさなどの負の感情。
ずっと、ずっと豪炎寺を苦しめてきたもので、吐き出す先すら見つけれなかった心の叫び。
いつもと変わらぬ何食わぬ笑顔のままであっさりと人の心を照らす彼女の苦笑する。
今にも泣きそうに歪んでいたが、それは確かに笑顔だった。


「ああ、判ってる。───俺は、幾度時間を巻き戻しても絶対に同じ道を選ぶ。誰に何を言われても、責められても嘲られようとも、絶対に」
「そうだろうよ。俺も同じだ。だからお前の気持ちはよく判る」


豪炎寺の肩を抱いた円堂の目には嘘がない。
それに背中を押されるように、こちらを睨む武方たちの視線を真っ向から受け止めた。
彼女が言うとおりだ。
後悔なんて幾らでもした。何故、どうしてと幾度も考えた。
けど出せる結論はいつだって一つで、それを恥じる気は絶対にない。


「お前たちが俺に言いたいことが山ほどあるのは判っている。怨み辛み、憎しみ悲しみ。それらを全て俺は受け止める」
「豪炎寺・・・」
「言葉で語りつくせぬ想いはサッカーで聞く。俺たちには結局それが一番だから」


嘗ては仲間として戦い、今は自分を憎んでいる彼らに返せる精一杯の誠意で最低限の礼儀だ。
そのときは全力で挑み正面からぶつかる。
自分が居なくなったことで彼らに与えた影響は計り知れず、その想いが彼らを強くした。
今の木戸川清修は例年以上に強豪に違いない。
言い訳はしない。理解してもらいたいなんて望まない。
ただ本気のサッカーを。


「俺たちはお前なんかに絶対に負けない」
「勝つのは俺たち武方三兄弟だ」
「フィールドで敗北を噛み締めるといい、豪炎寺修也」


先ほどの嘲笑を含んだ声でなく、より一層真剣な色を宿した彼らに頷いた。


「っ!見つけた、武方三兄弟!!」
「え?」
「お前、西垣!!?」
「ん?一哉、西垣知ってるの?」
「ああ。アメリカで昔同じチームでプレイしてた幼馴染だよ。って、守こそどうして知ってるんだ?」
「言ったろ、試合を一度見たって。いい動きしてたから名前を覚えといたんだ。木戸川清修の西垣守、二年生。ポジションディフェンスの背番号2。カットが上手いよな」
「・・・良く、知ってるな」


驚きに瞳を丸めた西垣に円堂が綺麗にウィンクした。


「俺も守って言うんだ。宜しくな」


笑顔で差し出された右手を、咄嗟に掴んだ西垣は小首を傾げた。


「・・・男、だよな?」


訝しげに眉間に皺を寄せて問う西垣に、円堂は悪戯っぽく笑った。
唐突な西垣の疑問に武方三兄弟が馬鹿にしたように鼻を鳴らし、その問いに答える前に邪魔が入った。


「西垣、武方たちは見つかったか?」
「はい、監督。やっぱり雷門へ来てました」
「ったく、仕方がないなお前らは」
「・・・ご無沙汰してます、二階堂監督」
「おう、豪炎寺。元気にしてるか?」
「はい」
「そうか」


変わらぬ笑顔を向けてくれる人から視線を逸らすと、どんと背中を力強く叩かれたたらを踏んだ。
驚いて顔を背後に向けると、円堂が立っていた。


「格好いい監督じゃん、豪炎寺」
「ああ。それだけじゃなく指導力も素晴らしいんだ」
「へえ、じゃあ凄くお世話になったんだな。んじゃ、俺も挨拶しなきゃ。今、豪炎寺が所属する雷門サッカー部のキャプテンを務める円堂守と申します。ご高名な二階堂監督にお会いできて嬉しいです」
「高名?」
「ええ。プロリーグで活躍され、中学サッカー界でも名監督として名高い方です。今の豪炎寺の基礎を作ったのは、彼の努力もあるでしょうが監督の力も大きいはずです」
「・・・参ったな」


中学生らしからぬ円堂の物言いに困ったように眉を下げて頭を掻いた二階堂は、彼女の顔を正面から見て不意に眉間に皺を寄せた。
まじまじと顔を見詰め、まさかな、と呟くと首を振る。


「どうかしたんですか、監督?」
「いや・・・円堂君の顔が知っている子に似てたものでね。と言っても、こちらが一方的に知っているだけなんだが、彼女がこんなところに居る訳がないか」


後半は独り言のように呟いた二階堂はもう一度豪炎寺を見て、嬉しそうに表情を綻ばせた。
そして隣にいる円堂、鬼道、一之瀬の順に視線をやると顎に手を当てる。


「───いい仲間を得たようだな、豪炎寺」
「はい」
「次の試合、楽しみにしている。お互いベストを尽くそう」


楽しみだと笑った彼に、体の力が抜けた。
緊張していたのだと始めて気がつき、支えるように肩に円堂の手が触れる。
振り返らなくてもそこに居てくれる存在に、豪炎寺は心から感謝した。


「全力で戦います。俺の、今の持てる力全てで勝ちに行きます」
「勇ましいな。けれど俺たちも負ける気はない。試合、楽しみにしてる」


行くぞと告げた二階堂に、四人は着き従った。
去っていく背中を視線で見送り、ぐっと拳を握り締める。
彼らと顔を合わせるまで常に心に落ちていた悔恨と言う名の闇は拭い去られ、いつもと同じ高揚感に包まれた。


「ありがとう、円堂」


振り返らずに囁けば、くくくっと小さく声が聞こえた。


「どーいたしまして」


笑いを含んだ声音の彼女の表情は見ずとも脳裏に鮮やかに浮かび、釣られたように豪炎寺も笑った。

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