忍者ブログ
初回の方は必ずTOPの注意事項をご確認ください。 本家はPCサイトで、こちらはSSSのみとなります。
Calendar
<< 2025/06 >>
SMTWTFS
1234 567
891011 121314
15161718 192021
22232425 262728
2930
Recent Entry
Recent Comment
Category
3   4   5   6   7   8   9   10   11   12   13  
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

月光に照らされたそれを見て、ぐっと唇を噛み締める。
昨日の朝までは確かに良く見知った建物だったはずだが、砂塵が飛ぶ中で聳えるそれは、最早記憶するものと違った。
崩れ落ちたコンクリート。むき出しの鉄骨。荒れたグランドに折れた木々。
つい昨日までの穏やかな『雷門中学校』はそこになく、あるのは廃墟と呼ぶに相応しい瓦礫だけ。
虫の音すら聞こえない静かな夜は、潰された校舎の悲哀を浮き彫りにさせた。


『・・・すみません、姉さん』


拳を握り、声を震わせた鬼道は、まず一言謝罪した。
勝利の栄光に浸っているとばかりに思っていた仲間たちは、円堂が姿を消している間に天国から地獄へと叩き落された。
一緒にサッカーをして、日本一の栄光を掴み取ったばかりだったのに、白く味気ない病室で涙を堪える彼らの姿は惨めの一言だった。
積み重ねた自信や誇りを叩き折られた状態は、先日世宇子中にプライドを踏み躙られた帝国学園の面々と重なる。
自らの中学だけではなく、自称・宇宙人とやらを追いかけて他校まで行ったのに、尚且つ負けたという無力感も圧し掛かっていた。
日本一の看板を背負った歓びは最早なく、悔しさと苦しさ、そして全てを踏み躙られた不条理に悩む仲間は見ていて痛々しい。
口先だけの慰めを必要としていない彼らの姿に、比較的軽傷で動ける鬼道、豪炎寺、染岡、壁山、栗松の五人を家に帰し、円堂は一人雷門へ足を向けた。


「───やっぱ、嫌だな」


崩れた校舎を見て、ぽつりと呟く。胸がむかむかとして、眉間に皺を寄せた。
憐れにも同情が誘う姿で残る校舎は、円堂の心を波立たせる。
中途半端に形を残しているからこそ苛立つ気分に、息を吐き出して冷静になれと言い聞かせた。
目の前で惨めな姿を晒す校舎を自分と重ねるなど愚の骨頂だ。
壊れかけて無残な姿を残すくらいだったら、いっそ完膚なきまでに消えてしまえばいいなんて、酷すぎる。
学校は無機物で動くことは出来ない。死に様を晒すななどと、無茶な言い草だろう。
それにここは修理すれば以前と近しい状態で使える。『自分』とは『違う』のだ。

緩く首を振って荒れたグランドの真ん中に立つと、不意に後ろから声を掛けられた。


「守?」
「・・・一哉」


振り返れば、驚いたように瞳を丸めた一之瀬がいて、どうしたんだと小首を傾げる。
病院には顔を出さないが、てっきり秋の近くに居るものだと思っていたが。


「どうしたんだ?」
「───どうしたんだは、こっちの台詞。何でここに居るんだよ」
「何でって、まだ学校の様子を見てなかったからな。どんな風になってるのか見学しに来たんだ。お前は?」
「俺は、秋が家に帰ってないって秋の両親から連絡受けて土門と一緒に探してたんだ。本当はみんなのお見舞いにも行きたかったけど、西垣と一緒に居たから連絡受けたのも遅くて、もう面会時間が過ぎてたからそっちは明日にした」
「秋は見つかったのか?」
「うん、さっきね。学校を一人で見てた。・・・秋、泣いてたよ」
「そうか」


哀しそうに囁いた一之瀬は、体の両脇で握った拳を震わせていた。
白くなるほど力を入れているのが判り、手を添えて首を振る。
一本ずつ握っていた手を解くと、先ほどの自分と同じように深呼吸させた。

彼らの感情は真っ当だ。
酷く苦い気持ちを表に出さないよう苦労しながら、円堂は微かに俯く。
秋や、一之瀬は潰された学校を見て悲しんだのだろう。
サッカー部の思い出や、学校で過ごした時間、潰されてしまった惨めな姿に寂しくなったはずだ。
心優しい秋なら、その光景に涙を流すのも当然に思えた。
───まず始めに、苛立ちを覚える円堂こそが異常だ。
愛着がないはずがない。思い出だって沢山出来た。
それでも始めに感じたのは、無様な姿を残す校舎への嫌悪。
真っ直ぐな想いを持てない自分を嘲笑しながら、内心の思いを持て余し苦しそうに息を吐く一之瀬の頭を肩口に押し付けるとぽんぽんと撫でた。


「秋は一人で帰ったのか?」
「いいや、土門が送っていった。俺は守の姿が見えたから」
「だから俺のところへ?」
「ああ。守は、体は大丈夫だったの?」
「───父さんから聞いたのか?」
「俺は守の監視役だから」


問いかけには答えず、別の言葉を吐き出した一之瀬に嘆息する。
父が彼に監視を頼んでいたのは薄々気づいていたが、まさか本人が先に口にするとは思ってなかった。
彼が自分に抱く想いを正確に理解するから尚更。

アメリカで出遭ったとき、一之瀬の瞳は憧れの選手を前にしたファンと同じ尊敬を篭めた眼差しを向けてきた。
二年近いときを経て、気がつけば彼の瞳には熱が宿った。尊敬や憧憬だけではない、強い眼差しはいつか誰かに向けられたものと同じで、だからこそ父は一之瀬を監視役に選んだのだろう。
人は興味がない人間や嫌いな人間ではなく、愛する人間や好ましいとする人間にこそ心を篭めて尽くすものだ。
下心の有無は関係なく、大切な人を死なせたいと思う者など全体の一握りにも満たないだろう。

二心なく円堂を支える相手。いざとなれば憎まれてでも無理やりに活かそうとする相手。何があっても必ず味方で在り続け、どんなときでも優先する。
優しいだけじゃない父は、一之瀬の想いを見透かして彼を選んだ。
鬼道財閥を纏める総帥である彼が認めたのなら、一之瀬はさぞかし優秀なのだろう。
良くも悪くも円堂に関する権利を持ち、強硬手段を施行する術もある。

厄介な相手を選ばれたものだ、と嘆息すると、抱いていた一之瀬の頭を離した。
顔を上げた彼は不安げに眉を下げ、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見詰めている。


「怒った?」
「どうして?」
「守は誰かに関与されるのを嫌うだろう?意固地なまでに『真実』を知られるのを恐れてる。死期を悟った猫のように、惨めな姿を晒すのを嫌って」


すっと目を細めれば、びくりと一之瀬が体を震わせた。
本質は猛獣のような奴なのに、まるで子ウサギみたいに怯えるさまにゆるりと口角が持ち上がる。
心の奥深い部分から冷たいものが流れ込み、感情が音を立てて凍りついた。

円堂は自分が決して優しくないのを知っている。
必要なものを取捨選択し、迷わず進む残酷さを持つ。
父が性別が女でも鬼道の跡取りにしたいと望んだ理由はここにあり、弟の鬼道よりも遥かに経営者としての才能があると賞賛されたものだ。
最終的に甘さを捨てきれない弟と違い、いざとなれば円堂は己の感情を殺すのに躊躇はない。
秤にかけて重いものをとるのに迷いがないからこそ、甘ったるく優しい弟に惹かれたのだ。
敵と認めた相手に容赦がない自分を知るのはごく僅かの人間だけだったが、どうやらたった二年の付き合いで一之瀬には看破されていたらしい。
随分と甘くなったものだと自身を嘲笑すると、ゆっくりと怒気を収めた。
普段からつけている黒縁の伊達眼鏡を外してガラス越しではなく瞳を見詰め、ふっと息を吐き出す。
怒気を失くして苦笑した円堂に胸を撫で下ろした一之瀬は、少しの距離も詰めると首に腕を回して抱きついた。


「守、勘違いしないで。俺は君の監視者だけど、それ以前に君だけの味方だよ」
「知ってるよ。そんなの、最初から知ってる。お前が何のために日本へ来てくれたか、どんな想いで俺の傍に居てくれるのか。全部判ってる」
「俺の気持ちを知った上でその態度なら、また複雑なんだけど」
「そりゃ仕方ないさ。面倒な女に惚れたこと、運がなかったと諦めてくれ」
「酷いな」
「ああ」


泣きそうな顔で笑った少年の頭を撫でる。
彼は本当にツイてない。振り回すだけ振り回して、後を濁したままで去ると知りつつ、自分みたいな厄介な相手に入れ込むなんて、心の底から同情してしまう。


「でも、守の『真実』を知るのが俺だけなら、それも特権だと思うよ。何より、俺はまだ諦めてないんだ」
「何を?」
「守と生きる未来を。二度と出来ないと言われたサッカーだって出来たんだ。諦めなければ、絶対に道は開ける」


真っ直ぐな眼差しは、心からの言葉だと言外に語る。
現実を知らないからこそ『諦めない』と言える彼が、とても羨ましくて哀しかった。
綺麗な瞳に微笑すると、何も言わずに崩れた校舎をじっと眺める。
定まっている自分の結果なんてどうでもよかった。
ただ、今、言えるのは。


「宇宙人だっけ、俺たちの学校を壊したのは」
「え?」
「落とし前、つけてもらわなきゃな。俺たちの想いを踏み躙られて、サッカーまで悪用されて、黙ってなんて居られない。それに秋を泣かせるなんて、許せないからな」


クリアな視界で微笑めば、戸惑うように息を呑んだ一之瀬は、しがみ付くような遠慮ない力で抱きついた。
まるで、そうしなければ円堂が消えてしまうと必死になる姿に、ごめんなと胸中で一度だけ謝り、自分から巻き込まれるのを望んだ少年を振り回す覚悟を決めた。

拍手[3回]

PR
淡いクリーム色のプリンセスドレスに身を包んだ守は、人影に混じる人物を見つけ瞳を輝かせた。
連日連夜続くクリスマスパーティーも残り二晩で終るという今日、許婚の実家のパーティーに招待された守は、実家の主宰する日本のパーティーにクリスマスに出席するのを条件に一人でイギリスに顔を出している。
鬼道財閥の娘として適当に大人たちに愛想をふりながら探していた少年は、珍しくも壁の花になっていた。
男にしておくには勿体無いほど綺麗な顔立をアンニュイに染め、きっちりとしたタキシードを上品に着こなしてジュースの入ったグラスを弄んでいる。
立場上人に囲まれることが多いはずなのに、まるで人払いでもしたような静けさに小首を傾げた。


「お久し振りです、エドガー様」
「・・・マモル」
「ご尊顔を拝謁するのは一月振りでしょうが?ご健勝でいらっしゃいましたか?」


彼のホームグランドで、わざと日本語で問いかければ、数度瞬きしてから淡い苦笑を浮かべた。
いつもなら一月ぶりの会合ともなればもっと嬉しそうにするのに、やはり何かあったのだとそれと判らぬよう眉根を寄せる。
近づいてみれば隠せぬ隈や肌の状態の悪さが明確になり、どうしたんだと瞳に疑問を篭めて問いかけた。


「───ベランダに出ないか?」
「ですが、外は寒いでしょう?」
「上掛けを用意させる」


近くに居たボーイに手を叩くと、バルチナス家の使用人である彼はあっという間に二人分の羽織を準備した。
手ずからアンゴラの上掛けをかけてくれたエドガーは、自身も羽織ると優雅な仕草で手を差し伸べる。
彼の手に掌を重ねてエスコートされるままにベランダへと出ると、肌を刺すような冷気に身が震えた。
冬のイギリスは、日本と比べ物にならないほど寒い。
片付いているベランダを除くと、バルチナス家ご自慢の庭は一面の銀世界。イルミネーションもついているが、派手さがないそれは自然に混ざる程度で見事だが過剰な派手さはない。
外気との温度差で曇る眼鏡を外すと、クリアな視界が一層目に染みる。
吐く息が真っ白に染まる中で無言で触れる掌の温かさに浸っていると、冬の空気の中で一段と美しく輝く白銀色の月を見上げたエドガーがひっそりと口を開いた。


「久し振りだな、マモル。元気にしていたか?」
「・・・ええ。健康だけが取り柄ですもの。エドガー様はいかがお過ごしでいらしたんですか?」
「私もいつもどおりだ。勉強に趣味に、あとサッカーを始めた。君には言っていなかったが、チームを作ったんだ」


吐息混じりに教えてくれるエドガーに、、守は微笑した。
恩師からの情報はやはりガセではなかったらしい。
初めから知らないフリをすると決めていたが、予想以上にテンションが低くて少しだけ驚く。
普段の彼を知るからこその違和感に嫌な予感を感じ取りつつ、それでも小首を傾げて微笑んだ。



「エドガー様が?サッカーに興味はお持ちでいらっしゃらないとばかり思ってましたわ」
「君が・・・君が好きなものを、理解したかった。プレイしてみると思ったよりも楽しいものだな。お陰で君の凄さが身に染みて理解できる。彼も、そんな君に憧れたのだろう」
「エドガー様・・・?」


今にも泣き出しそうな笑みに、予感は確信に変わる。
エドガーは悲しみに耐えている。それも、己を保てぬほど大きな悲しみに。
繋いでいた掌に力が篭り、痛みすら感じる強さに彼の余裕のなさを知る。
青緑の瞳は押さえきれない苦しみを湛え、白く細い息を吐き出してから柳眉を吊り上げた。

嫌な予感がした。
ふつふつと不安が湧き上がり、心臓が早鐘を打つ。
聞いてはいけない、聞きたくないと望む心と裏腹に、口は自然と問うていた。


「何が、あったのですか?」
「───先日顔を合わせたヒロトを覚えているか?」
「え?ええ、勿論。先日もメールをいただいて、今日のパーティーに出席するからエドガー様も交えてお話をしようと約束を。・・・そう言えば、まだヒロト様のお顔を拝見していませんわ。まだいらしていないのでしょうか」
「ヒロトは、今日のパーティーに来ない」


沈痛な眼差しでこちらを見詰めながら、エドガーは断言した。
あまりにもきっぱりとしすぎた否定は不自然に強すぎる。
顔を蒼くしたエドガーは真正面から守に向き合うと、繋いでいた手を放して肩へと移動させた。


「・・・体調でも崩されたのですか?つい二日前にメールをいただいたときにはそんな様子は感じられませんでしたけれど。でしたら、次にお会いできるのは冬休み開けですわね。三連休にスペインから足を伸ばしてイタリアへ来てくださるって」
「違う、マモル。ヒロトはもう、何処へも行けない」
「───どういう意味、ですか?」
「聡明な君なら私の様子を見て気がついているのだろう?」


酷く静かな瞳でエドガーは守を抱きしめた。
いいや、抱きしめた、と言うよりはしがみ付いたと表現するほうが適切だろう。
一人で悲しみを抱えるには耐え切れないとばかりに強い力に、ぎゅっと眉を寄せ痛みを堪える。
額を肩口に押し付けたエドガーは、あえぐように言葉を続けた。


「ヒロトは死んだ。昨日の昼、帰宅途中に事故に合ったらしい。現場の検証に寄ると恐らく即死だったそうだ」
「・・・・・・」


唇を噛み締めてきつく瞼を閉じた。
まだ知り合って日は浅いが、幾度もメールのやり取りはしている友達だった。
直接話をしたのは先日のパーティー一度きり。それでも彼の顔は鮮やかに思い出せる。
日に焼けない白い肌に、特徴的な切れ長の瞳。
利発そうな顔立ちに情熱的な赤い髪。
サッカーを語るときは澄ました顔が年相応に笑み崩れて、全身でサッカーを好きだと語っていた。
今日久し振りに顔を合わせたら、次にサッカーをする日を選ぼうと約束していたはずなのに。

抱きついてくるエドガーのタキシードを力いっぱい握りこむ。
皺になるとか、着崩れるとか、そんなことはもう脳裏になかった。
押し寄せる悲しみに流されないよう、必死に目の前の相手にしがみ付く。
ひやりとした空気が肩に当たり、いつの間にか上掛けが飛んでいたのに気がついたが、最早気にすることも出来なかった。


「犯人は見つかっていない。車に跳ねられた痕跡が残っているのに、車両が発見されないらしい」
「どうして?」
「───吉良財閥でも、追えない相手が犯人だということだ」


一言で彼の言いたいことが理解でき、あまりの悔しさに唇を噛み締める。
つまり、財閥の総帥ですら追えない高位にいる相手がヒロトを事故で死なせたのだ。
卑怯にも一人の人間の命を奪いながら、己大事で逃げ続けている。
もしかしたら、跳ねられた瞬間に助ければ命は繋いだかもしれないのに、何故見捨てて逃げたのだろう。
彼にはまだ未来があった。
将来は世界で活躍するサッカー選手になりたいと、メールで語り合ったばかりなのに。


「どうして、ヒロトが死ななければいけないんだ」
「エドガー・・・」
「ヒロトはまだ十二歳だ、私たちとたった三つしか違わない。彼は、来年にはジュニアユースのチームに入って、活躍するはずだったんだ」
「・・・・・・」
「何故ヒロトが死ななければならない。彼が一体何をしたと言うんだ。教えてくれ、───教えてくれ、マモル」


肩口がじんわりと暖かくなる。むき出しになった襟首が濡れる感覚に、エドガーが泣いているのに気がついた。
いつだって気高く凛として背筋を伸ばす彼の涙など初めてで、戸惑いつつも慰めるため頭を撫でる。
他の誰かの前でなく、きっと自分だからこそ見せてくれた弱みを、癒したいと心から願った。

守は吉良ヒロトをそれほど知らない。
サッカーが好きで、吉良財閥の嫡男で、利発で機転が利くスマートな少年という印象しか持ってない。
きっと時間さえあればもっともっと仲良くなれたはずの彼との付き合いは浅く、それでも心にはずっしりと悲しみが圧し掛かる。
守よりずっとヒロトを知っていたエドガーは、悲しみも一入だろう。
基本的に誰相手でも心を許さない彼が、ヒロト相手には対等に向かい合って話をしていた。
年相応の態度は珍しく貴重なもので、それを露にできるほど親しい関係だった。


「全部、俺が受け止めてやる。ここを出たら、お前はまたバルチナス財閥の嫡子の仮面をつけなきゃならない。それが、俺たちが居る世界だ。だから全部吐き出しちまいな。───俺も、お前の悲しみを半分背負うから」
「・・・マモル」
「友達が亡くなるのは哀しいな、エドガー。哀しくて、辛いよ」


温もりを分かち合うように、頬を摺り寄せて掠れる声で呟く。
悲しみや苦しみは弱みになる場合がある。
立場を知るからこそエドガーはぎりぎりまで堪え、守の前でだけさらけ出した。
涙を流した頬は寒さのせいだと誤魔化せる。赤らんだ瞳は瞬きすら惜しんで星を眺めていたからだと言い訳しよう。

瞼を閉じれば鮮やかに浮かぶ友人の笑顔。
本物の星になった彼は、地上に存在する二人の友人を見つけられるだろうか。

もっと時間が欲しかった。
サッカーを愛する彼となら、きっと親友にもなれた。
お互いの立場を理解しつつ上手く距離を計って付き合えたろう。
可能性のつぼみは摘み取られ、誰かの足で踏み躙られた。
それがとても悔しくて悲しい。


「私はサッカーを続ける。友の叶えられなかった夢を、叶えてみせる」
「・・・ああ」


財閥跡取りとしての責務や義務を抱えながら、それでも選んだエドガーにひっそりと頷く。
篭められた決意の固さに、どうしようもなく泣きたくなった。


きらりと輝く星が流れる。
白い軌跡を残したそれは、鮮烈な印象だけを心に残し瞬きの間に姿を消した。

拍手[1回]

食堂から漂ういい香りに釣られて顔を出すと、そこにはお揃いのエプロンを掛けた同級生二人が仲良く並んで立っていた。
どうやら何らかの調理の最中らしく、ボールに入れた粉を混ぜる円堂に指示を仰いで綱海が何かを切っている。
この二人が一緒に居るのはイナズマキャラバンで共に過ごしたときから見慣れているが、やはり複雑な想いが立向居の胸に巣食う。

テレビで見た瞬間に憧れ、その背中を追い続けてきた『円堂守』。
いつだって立向居が行き詰っていると背中を押してくれる『綱海条介』。
違う意味で好きな二人だが、並ぶ姿がお似合いだと感じると、とても悔しくなる。

ずっと見てきたから判る。
円堂には弟である鬼道ではなく彼にしか見せない表情があり、そんな彼女を知りながらそれすら気にしないで丸ごと受け入れている綱海。
阿吽の呼吸、とでも言うべきか。
感覚がとでも近いらしい彼らは、顔を寄せ合い無邪気に笑いながら料理をしていた。

他に誰もいない食堂の入り口で、最初の一歩が踏み出せずにきゅっと服の胸の部分を掴む。
何とも言えない複雑な心境で俯いていると、厨房からこちらに気づいたらしい綱海が声を掛けてきた。


「おう、立向居じゃねえか!何してんだ、そんなとこで」
「ん?立向居?こっちにおいで」


二対の目がこちらを認めると、同時ににっと笑顔を浮かべる。
男女の差があれ不思議と似た笑顔に立向居もやっとの思いで笑みを返す。


「その・・・廊下を歩いていたら、いい匂いがしたので。それで覗いてみたらお二人が」
「んー?早速匂いに釣られた第一人者が!」
「な?言ったろ?絶対最初は年少組みの誰かだと思ったんだよな。成長期だから常に飢えてるし」
「いやいやいや、俺たちだって相当飢えてるけどな。ってか俺はいつまで白菜切ってりゃいいんだ?」
「そりゃそこにある分全部だろ」
「・・・一玉切り終えて後一玉だぞ?多くないか?」
「多くない、多くない。どうせすぐなくなるさ」


いつの間にかまた二人の世界を作り上げた彼らに招き寄せられるままに近づくと、綱海の手元のボールには白菜の山が築かれていた。
少し離れた場所で小首を傾げると、調理場からは後ろになるこちらを振り返った円堂がもう一度手招く。
おずおずと近づけば、和風だしの入った寸胴からいい香りが漂ってきた。


「何を作ってるんですか?」
「何だと思う?」
「ヒントはこの材料だぜ。出汁に小麦粉、卵、てんかす、桜海老、青海苔、豚肉、鰹節、サキイカ、白菜エトセトラ」
「エトセトラかよ」


以下省略とした綱海に、びしりと円堂の突込みが入る。
からからと笑う二人を横目にひっそりと眉を顰めた。
普通に考えれば並んだ食材を見て思い浮かぶのは粉ものと呼ばれる料理で、むしろ立向居には一つの答えしか出てこない。
けれど最後の一押しが足りないのは、告げられた食材が立向居の知るそれと似て非なるものだからだ。

ボールに次々と食材を入れて混ぜ合わせる円堂は、白菜を切り終えた綱海に頷く。
すると心得たように頷き返した綱海は、厨房の奥へ姿を消し、大き目の箱を手にとって厨房から出ると、普段食事を取る机の上にどんと降ろした。


「ほらほら早くしないと答えが先に出ちまうぞー」
「当てたら俺が特製で立向居用をてづから作ってやるぞー」
「え!?俺の分を円堂さんが!?」
「出血大サービスでハートも描いてやる」


冗談めかした台詞だが、俄然やる気が出る。
顎に当てていた手を体の横に置くと、ピンと背筋を伸ばして直立不動の体勢に入った。
大きなボールを抱えるようにして混ぜる円堂を真っ直ぐに見て恐る恐る口を開く。


「もしかして、ですけど。いいですか?」
「おう、いいぞ」
「お好み焼き・・・でしょうか?俺が知ってるのはキャベツで、円堂さんたちが使ってるのは白菜ですけど、材料を見るとそれしか浮かばなくて」


ボールの中身を練り合わせていた円堂は、一瞬だけその手を止めると立向居を見詰める。
黒縁眼鏡の奥から栗色の大きな瞳がきょろりと覗き、誘蛾灯に誘われる虫のように引き寄せられそうになった瞬間、眼前に唐突に現れた掌がぱちんと打ち鳴らされ意識が現実へ返った。


「正解だ、立向居」
「・・・綱海、さん?」


呼びかけに応えずにっと笑った彼の雰囲気が、普段の兄貴分然としたものと違った気がしてこてりと首を傾げる。
まるで主を奪われまいとする獰猛な獣のような剣呑な瞳を見せた気がしたのだが、笑っている彼からそんな素振りは僅かも見受けられない。
小首を傾げると、気にするなとばかりに頭を思い切り撫でまわされた。
ぐいぐいと勢い良く力強く撫でられるので視界もぐらぐらと揺れる。
乗り物酔いと似た症状に陥りそうになり、足元が千鳥足になる頃漸く衝撃は過ぎた。


「ほーれ、やめろ綱海。立向居がいろんな意味で昇天しちゃうから。お前と違ってもうちょい繊細に出来てんのよ、立向居は。中身振ってもカラカラ音がしないだろ」
「───何気なく辛辣だな、お前。ま、確かに立向居のが俺より利口だろうけどよ」
「まあ、頭の良し悪しにも種類はあるから、綱海は馬鹿じゃないと思うけどな」
「言ってろ」


額をつき合わせてくしゃりと笑顔を向け合う二人に、今度こそ我慢できずに割り込んだ。
おっ、と小さな声を出して瞳を丸くした二人は、顔を合わせてきょとりと瞬きを繰り返す。
唇を尖らせて彼らの間に入り込んだ立向居は、珍しく空気を読まずに目の前のボールを手に取った。


「綱海さんはホットプレートを暖めてください。俺が円堂さんのサポートをしますから」
「・・・ククっ、何だ随分とあからさまじゃねえか立向居」
「俺だって、綱海さんでも負けたくないことくらいありますから。年下だと思って油断してると、痛い目見ますよ」
「そりゃ、気をつけなきゃな。大丈夫だ、立向居。俺は油断したりなんかしねぇよ。何しろお前がどれだけ凄い奴か、よーく判ってるからな」


嫌味交じりの言葉にも、余裕で返した綱海に益々眉根を寄せる。
こんなときたった二年しか違わない年齢差を感じ、酷く悔しくもどかしい。
だが苛立った感情も、隣から伸ばされた掌に解かされた。

柔らかく頭を撫でる感触に視線をやれば、淡く微笑む憧れの人が居て、かっと頬が熱くなる。
格好悪いとこなんて見せたくないのに、いつだって余裕がない自分が恥ずかしい。
先ほどまでの子供っぽい行動を思い返し俯くと、ぽんぽんと軽く頭を叩かれた。


「立向居、もう準備はおしまい。材料はしこたま準備したし、お前のお好み焼き焼いてやるよ。だから、皿を用意してくれるか?」
「っ、はい!!」
「じゃあ、俺は円堂の分を焼いていやる。こっからここまでは俺の陣地な」
「・・・陣地って何だよ綱海。ったくお前はしょうがねえな。んじゃ立向居は綱海の分焼いてやってくれる?」
「はい!任せてください」


運んだ皿を机に並べどんと胸を叩くと、サンキュと笑顔が贈られた。
それだけで胸がいっぱいになり息が詰まって呼吸が上手くできなくなる。
こんな気持ち初めてで、苦しいし幸せばかりじゃないのに、それでも絶対に手放せなかった。

お玉を使い器用に生地を伸ばしていく円堂を見て、そのまま視線を綱海へと移す。
円堂が彼をどう想っているか知らないが、彼は確実に立向居と同じ気持ちを持っているはずだ。
熱の篭った眼差しや、綻ぶ目元、そして緩んだ口が言葉よりも鮮明にそれを伝え、彼女と一緒に居るときだけ雰囲気だって柔らかくなっている。
立向居の視線に気がついたのか不意に綱海が顔を上げ、好戦的に瞳を細めた。
陽気で明るいだけじゃない厄介な人に、何でよりによってこの人がライバルなんだと己の不運を嘆きつつ、もてる想い人に苦笑した。

初めて好きになった人を諦めるほど、立向居の心は弱くなかった。
戦わないと得れないのなら、綱海相手でも真っ向勝負を挑むつもりだ。
恋に年齢は関係ないし、年下だからと言って不便をさせる気だってない。
諦めれる段階など当に過ぎている。心どころか下手したら魂まで握られてしまっているのだから。


「絶対に負けませんから」


小さな声でした宣戦布告。
にいっと持ち上げられた彼の唇だけが、立向居の決意を目に見える形にしていた。

拍手[10回]

激しく切られるシャッターに、鬼道は瞳を眇める。
元から目立つのはそれほど好きではないし、無遠慮に向けられるマイクや質問は鬱陶しいの一言に尽きた。
鬼道の場合は帝国キャプテンでありながら雷門に移籍した履歴の持ち主だ。
初めから覚悟の上とは言え、向けられるのは賞賛以外の感情だって多い。
姉である円堂の言葉通りに本来なら許されない手を使った鬼道が受けるべき責だが、遠慮がない彼らに何も思わぬでもない。
驚いたのは雷門の面々の反応で、始めは拒絶していたはずの半田や、染岡、後輩たちが揃ってかばってくれたのは嬉しかった。
上辺だけのプライドの代わりに得たものは大きくて、そこは五月蝿かったマスコミにも感謝すべきなのかもしれない。

帰りのバスの中で、嘆息しながら窓の外を見ると、隣に座る妹が不思議そうに小首を傾げた。
未だ優勝の興奮冷めやらぬ仲間たちと違い、一人空気が違うのが気になったのだろう。
心配げに眉根を寄せる春奈の頭を緩く撫でると、なんでもないと微笑んだ。


「───雷門に戻ったら、俺はそのまま病院へ行く。帝国の仲間たちに、優勝の報告がしたいからな」
「うん、それがいいよ。お兄ちゃん、頑張ったもんね」
「ああ。だが、俺だけでは勝てなかった。雷門のみんなのお陰だ。あいつらとプレイ出来てよかった。俺がどんなサッカーを目指していたか思い出した。自分の力を、仲間を信じる強さを得れた。そして───一緒に暮らせなくとも、お前と家族として話せる距離に戻れた。俺にとってはそれが何より嬉しい」
「お兄ちゃん」


ふわり、と嬉しそうに目尻を染めて微笑んだ妹の頭を撫でる。
子供みたいに首を竦めて享受する仕草は覚えている頃と変わらない。
不意に自身も微笑んでいるのに気づいて、もしかして鬼道の頭を嬉しげに撫でる円堂も同じような気持ちなのかと擽ったくなった。

マスコミの前に姿を出したくないと考える円堂の気持ちは判るが、せめて一緒に帰りたかった。
豪炎寺と染岡の背中の張り紙だけじゃ納得しきれない仲間を説き伏せたのは元・雷門サッカー部のキャプテンの風丸だ。
彼宛の手紙にはきっちりと『マスコミの前には立場上安易に出れない』と理由が書かれており、ぐしゃぐしゃに丸めた紙を投げ捨てた染岡はそれがあれば十分だろと顔を真っ赤にして地団太踏んだ。
張り紙された事実より、全く気づかずに居た現実が恥ずかしいのだろう。怒っているというより、拗ねていた。

いつの間にか消えていた一之瀬や土門とは違い、ある程度の撮影が終ったところで豪炎寺も先に帰った。
妹へ優勝の報告をしたいんだと笑った姿は普段の大人びたものとは違い、溢れる嬉しさを堪えられない年相応のものだった。
同じく妹を持つ身として彼の気持ちは痛いほど判るので、肩を叩いて送り出した。
言葉はなくとも想いは伝わると、もう今は知っている。
掛け替えのない仲間は、見送る自分たちに一つ頷くと背を向けて走っていった。


思えばあっという間に時間が過ぎた。
ただ力だけを求めた二年間よりも、この数ヶ月のほうがずっと充実していて楽しかった。
サッカーをどう思っていたかすら忘れていた空虚な時間は、帰ってきた人により瞬きする間にぶち壊された。
愛するほどに憎んだ人は、今でも憧れの先に居る。
笑って先を歩く人は、マイペースにこちらを振り回すけれど、そこも含めて愛しいのだ。

彼女のファニーフェイスを思い出し、くつりと喉を震わせると、隣の妹が少しだけ寂しげに、けれどそれ以上に嬉しそうに笑った。


「お兄ちゃんは、一人じゃなかったんだね」
「・・・春奈」
「私ね、鬼道家に貰われていったお兄ちゃんが連絡をくれなくなって、凄く寂しくて哀しかった。私が邪魔だったんだって、嫌いだから連絡をくれないんだって思って、苦しかった。でもね、音無の家に貰われて、大事にしてもらう内に考えたの。もしかしてお兄ちゃんは、連絡をくれる術がないのかなって。お兄ちゃんには私みたいに甘えれる家族は居ないんじゃないかって」


泣きそうな顔で告げた妹に、鬼道はゆるりと首を振った。
いつかの姉の言葉が思い出される。

『いつか迎えに行くんだろう?いっぱいいっぱい土産話も準備して、いっぱいいっぱい話さなきゃな』

ピンボケした写真をいっぱい収めたアルバムは、今も部屋の片隅に残してある。
きちんと幸せに過ごしていたのだと、妹に胸を張って言える思い出を幾つも持っているのは、最高に強引な姉が居てくれたからだ。


「俺がお前に連絡をしなかったのは、願掛けと同じようなものだ。父さんに実力を示し、絶対に迎えに行くと誓った。甘えたくなかったんだ、お前に。いつだって会えるから大丈夫だと、余裕を持たせたくなかった。鬼道の家や、まして姉さんも関係ない。単なる俺の意地だった。───寂しがらせてすまない」
「いいの。お兄ちゃんが幸せだったならいいの。それに、今こうして昔みたいに話せるもの。これからはずっと、いつだって」
「・・・そうだな」
「こう見えて、キャプテンにも感謝してるんだよ。お兄ちゃんを見てれば判るもん。どれだけキャプテンがお兄ちゃんを大切にしてくれたか、お兄ちゃんがどれだけキャプテンを特別に思ってるか。きっと、お兄ちゃんは鬼道家に貰われて正解だったんだね」


春奈の笑顔には嘘や偽りは見つけれない。
心底から兄である鬼道の幸せを喜んでくれる優しい妹に、自然と顔が綻んだ。
近しい距離はずっと望み続けたもので、ああ、幸せだと暖かいものが胸に溢れた。

早く、帝国の仲間にもこの喜びを伝えたい。
世宇子中との対戦で負傷した仲間は、まだ酷い者は入院している。
この勝利を捧げたい彼らは、優勝を喜んでくれるだろうか。
そうだ、次に見舞いに行くときには、円堂も連れて行こう。
サッカーにおいて重きを置く彼らなら、きっと姉の登場は喜ばしいもののはず。
源田は姉の技術に興味を持っていたし、彼女に学ぶものは多い。何しろ円堂は、元々トップアスリートの一員なのだから。

胸を躍らせ少し先を夢見ていた鬼道たちの心は、しかしすぐに叩き潰された。


「・・・宇宙人、だと?」


自らの声が掠れている。
庇うように妹の前に立ち、目の前の人物たちを睨み付けた。

不可思議で珍妙な髪型の少年は、体にぴったりと沿うボディスーツのような衣服を着ている。
真っ黒なサッカーボールを軽々と操ると、見下すように高い位置に立った。
唐突な行動に意味が判らず、けれど眼前に広がる現実はいくら目を擦っても消えない。

今朝、試合前には確かにあったはずの学校が姿を消し、目の前にはイナズマイレブンと呼ばれた男たちが倒れ付していた。
瓦礫の中に腕を組む少年たちを前に首を振る。
信じられない。いいや、正確に言えば信じたくない、か。
いまや跡形もなく破壊された学校が『宇宙人』と名乗る少年たちの行為のなれはてならば、一体どのようにして破壊したのか。
唇を固く結んだ鬼道ではなく、隣に居る風丸が問いだ出そうとして吹っ飛ばされた。

軽々と飛んでいく体に目を見張る。
あの速さを誇る風丸が、避ける間もなく受身すら取れずに地面に叩きつけられた。
名を呼び駆け寄る仲間を視界の端に捕らえ、マントを翻し自称宇宙人を睨み付ける。
これ以上の蛮行は許しておけなかった。
自分のために、仲間のために、妹のために。───そして、この学校を特別にしている姉のために。


「サッカーの試合を申し込む」


腕を組んで立ちふさがった彼らに、ゆるりと口の端を持ち上げた。
自分たちは全国一のサッカーチームだ。
それをつい先ほども証明したばかりだというのに、彼らは何も知らないのだろうか。
唯一つの不安としてキーパーをどうするかと思案していると、響木がのそりと動いた。


「俺が、キーパーをやろう」
「響木監督!でも、監督は」
「俺もイナズマイレブンの一員だ。仲間がやられて黙っているのもおかしな話だろう。それより、豪炎寺や円堂、一之瀬たちとは連絡は取れんのか」
「それが皆携帯を切っているらしくて、つながらないっす」
「───あいつらが抜けるとなると少々痛いが、仕方あるまい。今居るメンバーでいけるか?」


苦々しい表情で響木が呟くと同時に、彼の後ろに気配が生まれた。
切れ長の瞳を見開く彼は、肩を上下させながら唖然と破壊された学校を眺め───原因となる宇宙人たちを見定めると睨み付けた。
どうやら聡い彼は説明されずとも大体の状況を悟ったらしい。
彼だけでも来てくれたなら、戦力は大分変わってくる。
内心で安堵の息を吐き出しながら豪炎寺の傍に寄った。


「あいつらがやったのか?」
「そうだ。今から奴らとサッカーの試合をするが、行けそうか」
「ああ。・・・円堂や一之瀬たちは?」
「まだ帰ってきてない。大丈夫、俺たちは日本一のチームだ。姉さんたちが居なくても、学校を守ってみせる」
「そうだな。円堂たちが帰る場所、絶対に守ってみせる」


強い眼差しで頷いた豪炎寺に、微かに笑いかけた。
仲間の一人一人を見ても、彼らの士気はとても高い。

宇宙人たちを見定め、彼らの運のなさに鬼道は嗤った。
絶対に負けるはずがない。
根拠なく信じた未来を、打ち崩されるなんて考えていなかった。

拍手[4回]

「あれが、『鬼道守』」


遥か眼下のフィールドで笑う少女に目が奪われる。
圧倒的な実力差で仲間が次々と倒れていくのに、彼女の瞳からは輝きは失せない。
集中的に浴びせられるシュートを防ぎながら、体中傷だらけになりながら、それでも彼女は笑っていた。

ポジションはゴールキーパー。情報にずれはあるけれど、過去の呼び名を髣髴とさせるプレイは変わらない。
『不屈のポラリス』。
二年前、イタリアサッカー界から姿を消した天才ミッドフィルダー。
ジュニアユースチームで相棒のフィディオ・アルデナと共に最年少ながら将来を嘱望されていた鬼才。
フィールドの中を誰より自由に、誰より楽しげに駆け抜けて、性別の壁すら乗り越えたカリスマを持つ司令塔。


「そして、あそこに居るのは『円堂守』」


雷門の守護神と呼ばれる少女に、昔の精彩はない。
躍動感のある伸びやかなバネを活かして走らないし、盤上から操るように選手を動かした指令の声も聞こえないけれど、それでも彼女は『ポラリス』と呼ばれる人間だ。
絶対に大丈夫だと笑みを絶やさずゴールを守り、仲間に信頼を預け、そして仲間に信頼されている。
北極星が旅人の導になるように、彼女の存在自体が仲間にとっての導だった。


「例え苗字が変わっても、例えポジションが変わっても、君は君のままなんだね」


掌を天に掲げ、黄金色の魔人を操る少女に瞳を細め、少年は嬉しげに微笑んだ。
眼差しに篭められるのは狂気を含んだ憧れか。それとも単なる強すぎる思慕なのか。
もう少年本人にも判りはしない。

理解しているのは、あそこでプレイする少女だけが特別で、輝いているという事実。
そっと胸に手を当て淡く微笑む。
蕾が花開くようにゆっくりと艶やかに綻んだ笑みは、とても美しく哀しげだった。

拍手[7回]

フリーエリア
Template & Icon by kura07 / Photo by Abundant Shine
Powered by [PR]
/ 忍者ブログ