×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「こちらが本日分の宅配物になります」
「そうか」
普段どおり帝国に届いた手紙を含む宅配物に目もくれず、影山は手元の書類を眺めた。
そこには今期入学を果たした帝国サッカー部に入部した者のデータが事細かに書かれている。
出身校は勿論のこと、サッカーを始めてからの年数、経歴、入学前までどのチームに在籍しどんな戦歴を挙げていたか、身長、体重、果ては家族構成など様々な情報が載っている。
一つ一つを読み情報を漏らさず頭に叩き込んだ上でその人物に適したポジションやグループ、連携を考えるのが監督としての影山の仕事だ。
選手の層が厚いということは、つまりそれだけの人数が所属すると言い換えられる。
分厚いデータファイルに新たに追加された資料を挟みながら流し読みし、短く息を吐き出した。
ここ数年求めるレベルに達した選手は数えるほども居ない。
原因はわかっていたが、そればかりはどうしようもない。
手の届く位置に『理想』が形として具現化した今、影山の基準が上向いてきているのだ。
本人だけ自覚できる程度に微かに口角を持ち上げ、不意に気がついた。
普段なら荷物を届けてすぐに退室するはずの事務員が未だに室内に存在し続けているのに。
紙の上を滑らせていたペンを止め顔を上げると、困ったように眉尻を下げて両手に白い箱を持った男は、惑いながらもそれを差し出した。
「それは何だ」
「その・・・それが、影山先生宛ての荷物に混じってまして。受け取りはしたものの中身は不明でどうしようか迷ったのですが、一応お持ちしました」
「誰から」
「鬼道財閥の直属のものだと」
「鬼道財閥?」
ぴくりと眉が動く。
鬼道財閥直属の人間が影山宛に直接何かを送るなど、年に数度もない。
手を伸ばし受け取ると、箱は大体両の掌で丁度支えれるサイズで、少しひんやりしたそれは飾り気もなく洒落っ気もない。
しかしながら宛名のない箱は、受け取り指名にはしっかりと『影山零治殿』と記入されている。
パソコンで印字したようなきっちりとした美しい文字は、確かに見覚えがあるものだった。
「───これは私が処理をしておこう。君はもう下がっていい」
「はい」
一礼して男が退室するのを見送ってから、四角い箱を机に置く。
良く見れば薄いブルーが混じった包装紙のテープを丁寧に剥がし捨てれば、汚れひとつない真っ白な面が現れた。
薄さは幅10cmほどで重さはそれほどでもない。
手紙ひとつないそれが誰からのものか確信に至り、くつりと喉を震わせた。
名前がなくともこんなことを影山に仕掛ける人間など、ただひとりしか知らない。
今月は遠いイタリアの空の下に居るはずの少女を思い出し、ゆっくりと箱の蓋を開ける。
そこで見たものに、今度こそ声を上げて笑ってしまう。
でかでかと『義理』とホワイトチョコレートでペイントされたハート型のチョコは、この年にしてもらうのは初めてだ。
子供と大人の面が混在している愛弟子は、料理も教育の一環として学んでいたが、年々と腕が上がっている気がする。
イタリアから空輸したのだろう、昨年までとは違い生チョコやトリュフ、チョコレートケーキではなく固形のチョコだが、それでも綺麗にトッピングがしてあり工夫がそこかしこに見える。
付き合いで貰うブランドで市販されているものと比べても見た目には遜色はない。
何事もそつなくこなす彼女らしい器用さで、センスのよい彩なのに『義理』と達筆な文字が真正面にあるため全て台無しだ。
直径15cmはあるだろうチョコを箱から取り出して一口齧れば、仄かなブランデーの香りとほろ苦いカカオの味。
甘いものが苦手な影山でも美味しく食べれる、好みを熟知した味わいに目を眇めた。
そしてチョコをどけた事で下から現れたメッセージカードに目が行く。
流暢な筆記体で書かれたカードを手に取ると、『あなたの可愛い愛弟子より』と一言だけ添えられていた。
いかにも勝気な教え子らしい文章は、ユーモアに満ち小生意気で憎めない。
「・・・本当に、仕方がないな」
苦笑と共に出た言葉は、苦々しいながらもどこか優しい響きが混じる。
施設で一人きりだった彼女を見つけた当初、望まぬ運命に対する復讐だと思った。
自分をどんぞこに叩き落す切欠になった『円堂大介』。
その孫で、同じく飛びぬけたサッカーセンスを持つ『守』。
乾いたスポンジのように、あるいは砂漠の砂のように、影山の技術を注げば注ぐほど全て吸収しさらに己で磨き昇華する天賦の才を持ち、仲間を惹き付けるカリスマ性や、言葉を実現する実力。
何でも出来るゆえに何事にも執着しない少女が唯一執着した『サッカー』は、イタリアへ渡ってからも溢れんばかりの向上心でどんどんと上達していた。
影山の『理想』が形になった最高の『愛弟子』は、見つけた当初からは予想もつかない深さで心の奥底に居座っている。
自身が与えた『MF』というポジションで、どうすればもっと彼女を伸ばせるか。
どうすれば新たな技術を授けれるか、どうすればもっといい経験をさせれるか。
どうすれば、どうすれば───。
気がつけば帝国のレギュラー陣を指導していても、遠い空の下でプレイする彼女を想っている。
磨けば磨くほど、手塩にかければかけるほど輝く掌中の珠。
影山が見つけた最上の逸材を、今更誰かにくれてやる気はない。
あれは、『守』という存在は、影山のために存在する『生き物』だ。
『円堂大介』に対する復讐のために育て始めた才能は、いつしか影山の目標へと変わっていた。
彼女を世界に通用する最高のプレイヤーにしたい。
他の誰かではなく、影山の持ちうる全てを使い、影山のサッカーで世界に立たせたい。
今はまだその一歩を踏み出したばかりだが、イタリアの中でも彼女の実力は認められつつある。
男子リーグで活躍しても違和感はなくなり固定ファンも出来た。
『守』には才能がある。
それこそ、現在帝国学園に存在するサッカー部の面々など比べ物にもならない才能が。
「お前はいつか私のサッカーで世界に立つ」
言葉にすればなお現実的に響く宣言に、ゆるりと口に端を持ち上げる。
気がつけばあれだけあったチョコレートは最後の一口になっていた。
それを口に放り込み、じわりと広がる濃厚な味わいに眦を下げる。
影山の味覚を知るからこその味付けに、よく覚えているものだと感心した。
社交辞令で貰うどんなものより美味に感じるチョコレートを租借し終えると、ぺろりと指先についたものも舐め取る。
書類整理の最中の気分転換になった贈り物に、さて来月は何をお返しするべきかと、意外とイベントに五月蝿い少女を想い小さく微笑んだ。
自覚すらない笑みは、彼らしくなく優しげだったが、それを目撃できる人間は当たり前に存在しない。
PR
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
カテゴリー
|
リンク
|
フリーエリア
|