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「ただいま、有人!!」
「!?」


ベッドが大きく軋み、驚きで目が覚める。
体の丁度隣が凹み右へと転がった。そして何かに軽くぶつかり、勢いが止まる。
ぱちぱちとルビーアイを瞬きさせた有人は、次第に焦点を結ぶ先にある人影に、徐々に顔が喜色に染まった。


「姉さん?」
「そうだよ!おはよう」


まだ転がったままの有人に抱きついてきた姉は、そのままぎゅうぎゅうと遠慮のない力を篭める。
すりすりと寄せられる頬に眉根を寄せながらも拒絶せずに享受していたら、守の背後からこほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。


「・・・はしたないぞ、マモル」
「あっそ」
「あっそ、じゃない!君は鬼道財閥の娘なんだぞ!?もう少し慎みを持て!!」
「五月蝿いなぁエドガーは。ついこの間自分から俺に抱きついて離れなかったくせに」
「!!?マモル!」


聞こえた声は随分と覚えがあるもので、軽快な遣り取りにひっそりと眉根を寄せる。
姉以外は進んで居れたことがない寝室で叫ぶ男に不機嫌に唇を尖らせた。


「・・・どうしてエドガーが俺の部屋に?」
「ごめんな、有人。あいつどうしてもついていくって聞かなくてさ。自分を一緒にいれなければ、有人に会わせないって言うんだ。酷いよな」
「酷くない。君のブラコンは行き過ぎている。私は許婚として当然の」
「・・・焼もち妬いただけの癖に」


ぼそりと響いた守の一言で、白皙の美貌を真っ赤に染め上げたエドガーは、言葉につまり視線を逸らした。
言葉より余程有言な態度に益々機嫌が降下する。
どうして自分の家なのに守を独占できないのか全くわからない。


「バルチナス財閥の跡取りともあろうものが、部屋の主の許可を得ないどころか挨拶もなしとは、一体どういう了見ですか?いくら姉さんの許婚とは言え、無礼ではないですか?」
「───すまない、軽率だった。おはよう、ユウト。気分はどうだ?」
「おはようございます、エドガー。つい先ほどまでは良かったですよ」


守の腕に抱かれたまま、にこりと微笑む。
射抜いた青緑色の瞳が眇められ、仮面を被るように彼の顔から表情が消えた。
ばちばちと見えない火花が散る。
そんな二人の空気など知らぬとばかりに有人を抱きしめたままの守が、ちゅっと頬にキスをしてきて、一瞬で顔が赤く染まった。
会えない時間がそうさせるのか、スキンシップ過多になりつつある姉は、凄い勢いで睨み付けるエドガーを鮮やかに無視する。
普通の人間なら大人でも震え上がるだろう絶対零度の視線をスルーする姿に、さすがだと感心しながら、エドガーに見えるよう勝ち誇った笑みを浮かべた。
だが口はあくまでも守を窘めるように自然と言葉がついて出る。


「姉さん。許婚のエドガーの前で、いいんですか?彼は俺たちの家族じゃないですよ?」


さりげなく棘を交えると、エドガーの柳眉が釣りあがる。
彼が西洋の魔物なら、きっとメデューサのように髪が蛇となりうねっていただろう。
ただならぬ殺気を撒き散らすエドガーは、つかつかと長いリーチであっという間に詰め寄ると、守の襟首を掴んで引っ張った。
蛙が潰れたような声をだしながらも有人を放さなかったお陰で、一緒にバランスを崩す。
二人分の体重を難なく受け止めたエドガーは、眉間の皺を深めながら薄情な許婚の顔を覗きこんだ。


「・・・マモル、いつまでそうしてるつもりだ。今日は、恩師と会うのだろう?スケジュールは分刻みだ。弟に一目会いたいと言う願いは叶えたと思うが?」
「・・・あーあ。折角有人に会えたのにもうタイムアップ?」
「仕方あるまい。明日の夜には君の父上の生誕パーティーだろう?ただでさえぎりぎりのスケジュールを組んでいた挙句、イタリアまで行き二日もロスした」
「ロスとは思ってないけどね。俺には必要な時間だった。お前もだろ、エドガー」
「言葉を選び違えた。すまない」
「謝罪は必要としてない。ああ、でも有人にはお礼を言わなきゃな。お前が俺の代わりを勤めてくれたお陰で、俺は時間を作れたんだから。ありがとうなー、有人」


再び腕の力を強められ、目を白黒させる。
抱擁は痛いくらいだが嫌じゃない。むしろ体温に包まれて安心できる。
守の腕の中は、有人が世界で唯一無防備に甘えれる場所だ。
いつだって自分を特別扱いしてくれる姉のためになら、大抵の事ならなんでも出来た。


「少しでもお役に立てなら嬉しいです」
「お礼は何がいい?」
「───姉さんの、時間がいいです。忙しいのは判ってますけど、少しだけ、駄目ですか?」
「いいに決まってるだろー!もうお前は本当に世界一可愛い弟だな!!」


すりすりと高速で頬を摺り寄せられて、恥ずかしさと嬉しさで黙り込んでいると、また守の襟首が引っ張られた。
一緒に倒れこみながら上目遣いでこちらを睨みつけてくる男を睨み返すと、ぐいと眼前に何か突き出された。
白地にバラが描かれた紙袋を訝しげに見ていると、押し付けるようにして手放される。
慌てて受け止めると、守の腰に手を回したままのエドガーが不機嫌に口を開く。


「それは私からの礼だ」
「・・・何故俺があなたに礼を言われるんです?」
「君がマモルに与えてくれた時間は、私にとっても掛け替えのないものだったからだ。確か君はマモルと違いコーヒーよりも紅茶が好きだったな?」
「ええ」
「中身はスコーンだ。お茶請けにでもしてくれ。一応、私の手作りだ」


エドガーの手作りと聞いて流石に驚きで瞳を丸めた有人は、まじまじと渡された袋を眺めた。


「それ、本当にエドガーの手作り。あ、俺からはクッキーね。有人が好きなバタークッキーだぞ」
「ありがとうございます、姉さん!!──エドガーも」
「・・・とってつけたような言い草だな」
「そんなことはないです。少し神経過敏になっているんじゃないですか?」
「それならどれだけいいか。・・・そろそろ本当に時間だ。行くぞ、マモル。午前中は衣装合わせとパーティーの流れの説明だろう?」
「ああ。・・・全く、名残惜しいなぁ。夜は一緒に過ごせるからな、有人」
「はい」


優しい掌で頭を撫でられ目を細める。
心地よい感触は暖かな体温と共に離れ、ベッドから降りると部屋を出て行く二人を見送った。


「あのな、有人。離れがたくなるからそんな顔は止めろ」
「そんな顔?」
「捨てられた子犬が主を探してるときの顔。大丈夫。夜なんてすぐに来るよ」


ぱちり、とウィンクをした守は、もう一度だけ有人の頭を撫でると苦笑した。
その襟首をエドガーが掴む。まるで飼い猫を引っつかむような仕草に苛立ち視線を鋭くさせると、ひょいと肩を竦めた彼は退出の意を告げるとささと姉を連れて行ってしまった。

手元に残った白い袋をじっと見詰める。
あのプライドが高いエドガーの手作り料理をいただくなど、考えもしなかった。
彼に協力した覚えはないが、それくらい何か重要なことでもあったのだろう。

かさり、と音を立てて袋を開けると、行儀悪くも立ったまま一つを口に入れる。
見た目は完璧な出来栄えだったスコーンは、作り主のように激辛で、有人は涙目になり水分を探した。
もう当分は辛いものはみたくなくなりそうだ。

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「・・・まもねえ、なかないで」


河原の土手に膝を抱えて座る少女の背中に、一郎太は手を伸ばす。
栗色のツインテールが青空に上る太陽に照らされ色を濃くする。
可愛らしい小花柄のスカートにレースのカーディガンを着た少女は、膝に押し付けていた顔をゆるりと持ち上げこちらを振り返る。
いつだって好奇心に輝いている大きな瞳から、涙は零れていなかった。
けど無感情な瞳に、一郎太のほうが泣きたくなる。
すると優しい掌が頭に置かれ、くしゃりと撫でられた。


「ないてないよ。わたしがないてないのに、どうしてちろたがなくの?」
「まもねえがないてないから。だから、ぼくがなくんだ」


ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
一郎太はどうして彼女がここにいるか知っていた。

彼女───円堂守は、一郎太の家の隣に住む一つ年上の少女だ。
母親同士も仲が良く、生まれたときからの付き合いだ。
物心付いて最初に呼んだのは母親ではなく、彼女の名前だというのだから一郎太の守への懐きぶりは並みじゃないのが知れる。
体が弱く外に友達がいない一郎太にとって、守は唯一の友達で、家族であり特別な相手だった。
ずっとずっと誰よりも守を見ている自信がある。
だからこそ何故彼女が一人でこんな場所にいるか理由を知っていた。


「サッカーが、したいの?」
「・・・・・・」
「まもねえ、サッカーがしたいんだね?」


誰も居ない土手に一人で座っているのは、守が彼女の母親と喧嘩したときだ。
守は女の子なのに何故かサッカーをしたがって、寛容であるはずの彼女の母親は唯一娘にそれを赦さなかった。
女の子らしい可愛い服を着せ、女の子らしくなるようにと料理を教え、手芸や家の手伝いをさせた。
活発な守は要領も飲み込みもよく教えられた何もかもをみるみる吸収し、後をついて周る一郎太の相手もしてくれた。
何でも出来る守は、けれど何にも執着しなかった。
彼女が執着するのは、唯一サッカーのみ。

聞きわけがいい守が母親に逆らってでも欲するものは、それでも決して与えられない。
母親と言い合いになり家を出た守は、河原の土手からサッカーをする小学生を眺めては一人でぼうっと時間を過ごす。
そして夕日が沈みかけ彼らが帰路につく頃に家に帰り、母親に詫びるのだ。

『我侭を言って、ごめん!』と。

いっそ泣いてくれればいいのにと願う一郎太の心を他所に、優しげな笑みを浮かべて。
何もかも諦めて、普段より少しだけ明るい声を出して。

だから一郎太は努力した。
いつだって一郎太に優しくしてくれる、大好きな守のために。


「ねえ、まもねえ。ぼくがまもねえにサッカーをあげる」
「・・・ちろた?」
「こっち、きて」


ぐいっと手を引いて歩き出す。
目的地はここからそう遠くない場所だが、子供の足では時間が掛かる。
一郎太は上がる息を抑えて、それでも懸命に守の手を引いた。


「・・・てっとうひろば?」
「うん。こっち」


鉄塔広場のすぐ下には小さいながらも湖があり、その脇に森が広がっている。
少しだけ奥まった場所にある大きな木の根元にある穴に手を突っ込むと、一抱えほどある大きさのそれを取り出した。
ちょっとついていた汚れを手で取ると、にこりと微笑んで両手で差し出す。


「はい、まもねえ」
「はいって・・・ちろた、これ」
「サッカーボールだよ!ぼくからまもねえへの、プレゼント!まもねえ、サッカーしたいんでしょ?」
「・・・ありがとう、ちろた。すごくうれしい」
「なら」
「でもだめだよ。わたしがサッカーをしたらかあさんが」
「ちがうよ、まもねえ。ぼくがサッカーをしたくて、まもねえはぼくにつきあうんだ。ねえ、まもねえ。いつもみたいにぼくとあそぼ?」


栗色の瞳が大きく見開かれ、そのまま一粒涙が零れた。
瞬き一つで涙を隠し、一郎太の大好きな太陽みたいな笑顔が現れる。
差し出したボールを特別な宝のように胸に抱えた守に、一郎太も嬉しくて笑った。
一生懸命母親を手伝って溜めたおこずかいは全部消えてしまったけれど、望み以上に喜んでくれたから後悔はない。


「ありがとう、ちろた!」


ぎゅっとボールを抱きしめて笑う守は、片手を開けて一郎太に差し出した。


「な、ちろた。サッカーしよう!!」


零れんばかりの笑顔を振りまく守の手は、一郎太より少しだけ大きくて、暖かかった。

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好きなんだからしょうがない




「エドガーは、行かなくていいのか?」


不意に横から掛けられた声に、エドガーは視線を送る。
切れ長な瞳に静かな色を湛えた少年、豪炎寺は、じっとエドガーの目を見詰めてきた。
強すぎる視線に微かに嘆息する。

好奇心の奥に見え隠れする感情は自覚がないもののようだが、エドガー自身昔から幾度となく向けられてきたので正確に意味が理解できた。
余計なお世話だと切って捨てるのは簡単だが、それでは赦さないと静かでありながら強い色をした瞳が告げる。
もう一度嘆息すると、仕方無しに口を開いた。


「構わない」


たった一言の回答に、豪炎寺の瞳が驚きで見開かれる。
そしてエドガーから、すぐ近くでコントに近い遣り取りをしている三人に向けられた。

円堂の服の裾を掴み警戒心の強い猫のように威嚇する鬼道。
鬼道の苛立ちを判っているのかいないのか。否、判っていてあえて流しているのだろう、笑顔の絶えないフィディオ。
そんな彼らの間に立ち、どちらともない中立の立場で苦笑する円堂。

懐かしさすら覚える光景だ。
昔の鬼道ならここまであからさまに噛み付かなかったろうが、それでもあの目は見覚えがある。
『姉弟』という立場ではなくなり、それでも尚あからさまにむき出しな独占欲はエドガーの心の奥深い場所にある何かを刺激するが、我慢しきれないほどではない。
それより懐かしさすら覚える光景に、安堵するほうが先立った。


「見ているだけでいいのか?お前は、円堂が好きなのだろう?」


唖然と呟く豪炎寺に、少しだけ笑う。
それはお前のほうだろう、と問いかけたら、彼はどんな表情をするのだろうか。
もっともやぶを突いて蛇を出すほどエドガーは間抜けではなかったので、余計な言葉を口にする代わりに別の言葉で挿げ替えた。


「見ているだけでも幸せだと言えば、驚くか?」
「・・・何?」
「私とマモルは二年間全く顔を合わせていなかった。それどころか生死不明の状態が続き、気がつけば両親に取り上げられ許婚としての立場も失っていた。生きていて欲しいと、姿だけでも見たいと、声を聞きたいと願ったあの頃に比べれば、今の状態は格段にいいものだ。だから私は、見ているだけでも構わない」
「・・・・・・」
「多分私は、君が思うより遥かにマモルを想っているのだろうな。悔しいし業腹だが、ずっと昔から彼女の代わりなんてひとりも居ない」


自然と微苦笑が浮かぶ。
本当にどうしてと自分の趣味の悪さを疑わずに居られないが、こればかりは仕方ない。
どうしたって彼女を好きで、好きなままで居たいと願い続けたのも自分なのだから。


「本当に、仕方ないな。例えマモルの優先順位の一番にユウトがいても、例えマモルが心を赦して肩を並べる相棒がフィディオだとしても、例えマモルが可愛くない態度でしか接してくれずとも、それでも、彼女が好きなんだ」


熱い吐息が自然と漏れる。
そう、結局はその一言に尽きてしまう。
エドガーにとって女性は敬うべき存在で、守り、礼儀を持って接する対象だ。
けれど唯一、円堂だけは隣に並んで立って欲しいと願う存在だった。
もう随分と昔から、頑固で一途な望みは変わらない。


「・・・それにしては、報われていないようにも見えるがな」
「そう見えるか?だが存外に、そうでもない」


惚気かと呆れ混じりにため息を吐き出した少年に笑いかければ、丁度のタイミングで声が掛かった。


「エドガー!見てないで助けろよ!!」


あの日とは違い、黒縁眼鏡の奥から怒りを湛えて栗色の瞳が訴える。
苛立ちを含んだ素直な感情は、実のところ、昔から円堂を知るエドガーにしか容易には露にされないのをきちんと知っていた。
今の今まで放っておいたくせに都合よく助けろといきなり訴える彼女に驚く豪炎寺を他所に、エドガーは呆れを含んだため息を落とした。
仕方がないというポーズを取っているが、内心では『頼られる』事実に喜んでいる。
彼女の『我侭』を叶えられる『居場所』がある自分を、正確に知っているから。


「全く、放っておけと言ったり助けろと言ったり、君も忙しいものだな」
「苦情は後で聞くから早くしろ!有人の皇帝ペンギン1号とフィディオのオーディンソードが激突したら食堂の被害は甚大になるぞ!?」
「───本当に、仕方ない」


横に居る豪炎寺ではなく、栗色の瞳はエドガーだけを映している。
目移りせずに自分に助けを求める昔から変わらぬ円堂に微笑すると、もう一度だけわざとらしくため息を吐き伸ばされた掌を取った。
久方ぶりに繋いだ掌は、覚えている頃と同じ温もりを伝えてきて、彼女を諦められない自分を嫌になるほど自覚する。


「ほら、な。存外に報われているだろう?」


他人が見ている上辺と、心の奥は全く違う。
それを理解するからこそ、互いの素直じゃない態度も認め合える自分たちを、誰かに理解してもらいたいとは欠片も思わないけれど。

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「マーモール、あーそーぼ」


聞こえた声に、鬼道の眉根がじとりと寄せられたのを冬香は確かに見た。
食堂の窓から外を眺めると、声の主の姿があった。
濃い蒼色の瞳をくりくりと輝かせたイタリアの白い流星と、もう一人。
不貞腐れたように唇を尖らせそっぽを向いた姿は、覚えているもの重ならない。
子供っぽい態度に瞳を瞬いていると、隣に座っていた鬼道が苛立たしげに舌打ちした。


「あー、フィディオだ」


食べていた料理を丁度食べ終わったらしい円堂は、ご馳走様と手を合わせると席を立つ。
片手に器の乗ったトレイを持つと窓の縁へと手を置く。


「おーい、フィディオ!」
「あ、マモル!ねえ、一緒に遊ぼうよ!」
「二人で?」
「エドガーも来てるよ!」
「エドガーも?」
「そう。イギリスエリアの美味しい紅茶屋さんに案内してくれるんだって。スコーンとダージリンが最高らしいよ」


どうしようかな、と腕を組み思案する円堂を他所に、辛抱堪らんとばかりに音を立てて鬼道が椅子から立ち上がった。
きょとんとした視線が彼に集中する中、普段の冷静さをかなぐり捨てた鬼道は円堂の隣から顔を出すと叫んだ。


「姉さんは、今日は俺と一緒に宿舎で過ごす!悪いが遠慮してもらおう!!」
「え?俺、有人と約束してたっけか?」
「してないけど、してます!」


今日はアニマルプリントのパーカーにショートパンツと、ボーイッシュな格好の円堂の上着を手が白くなるほど握り締め、駄々っ子のように頬を膨らます。
初めてのときは驚いたが、今では円堂限定で取られる子供っぽい態度に冬香も慣れた。


「って言うわけだから、俺出かけるの無理そうだわ」
「大丈夫!何となくユウトがそう言いそうな気がして、もう紅茶セット買ってきた!お茶淹れるからお邪魔してもいい?」
「いいぞ。でも俺の部屋にキッチンはついてないから食堂になるけど?」
「マモルと一緒なら何処でもいいよ!なあ、エドガー」
「・・・私は別に」
「エドガーも行きたいって!」


口に手を当てて視線を逸らしたエドガーの手をぐいぐいと引っ張ったフィディオは姿を消し、間もなく『お邪魔します』とこの上ない日本的な挨拶の後食堂へ現れた。
姿を見せた二人に鬼道が唇を切れるんじゃないかと思えるくらい唇を噛み締めている。
まるで飼い主を守ろうと必死に警戒心を露にする小型犬のようだ、と冷静な眼差しで冬香は評価した。
とりあえず、今食堂に人数が少ないのを祝うべきだろう。
自主トレに付き合ったおかけで食堂にいるのは、冬香と鬼道、そして豪炎寺のみ。
他のマネージャーは別の仕事をしているし、イナズマジャパンの残りの面々は各々の時間を過ごしているはずだ。
ちなみに豪炎寺は冬香と同じく席に着き、無言で食事を続けながら展開を見守っていた。


「Ciao! Come stai?」
「Ciao! Non c'e male, Grazie. E tu?」
「Bene,grazie!!」


自然な様子で挨拶を交わして二人はハグをする。
親しげに抱き合い、フィディオが円堂の頬に唇を寄せようとした瞬間、彼女の体が不自然に傾いた。


「・・・人の許婚に気軽に触れるな」
「違う。姉さんはもうエドガーの許婚じゃない」
「それなら君の姉君ではもないだろう。それにしては昔の甘え癖が抜けていないようだがな」


ちりちりと視線が火花を散らす。
間に無理やり入れられた円堂を苦笑して眺めていたフィディオが、助け舟を出す。


「二人とも。とりあえずマモルのフードを放して上げなよ。微妙に苦しそうだ」
「いや、フィディオ。微妙どころじゃあない。エドガーのお陰で吊るし上げ状態だ」
「私だけの所為だというのか」
「別にそうは言ってないだろ。ただ有人なら身長差がそんなにないからまだマシだけど、お前と俺の身長差は結構あるだろ。そこを自覚しろって言ってんだよ」
「身長差、身長差ね」


二度呟いたエドガーはフードを放すと腕を組み、意地の悪い笑みを浮かべた。
その表情に密かに冬香は瞳を丸める。
直接話をしたのは一度きりだが、とても紳士で優しげな感じだったに、鬼道を眺める姿はとても同一人物とは思えなかった。
多くを語られなくとも侮辱されたのを感じたらしい鬼道も、円堂のフードから手を放すとエドガーと対峙する。


「何が言いたい」
「いや、別に?」
「はっきりと口にしろ。気味が悪い」
「そこまで言うのなら仕方がないな。何、詮無きことだ。君は相変わらずマモルとほとんど身長が変わらないのだなと思っただけの話だ」
「───どういう意味だ」
「だから別に大したことではないと言っているだろう?それではマモルが君を庇護の対象にしか見ないわけだ」
「黙れ。貴様など身長が高くとも姉さんに歯牙にも掛けられていないくせに」
「何?」
「そうだろう?何せ許婚を解消されているのにも関わらずねちねちねちねちとしつこい。日本にはな、しつこい男は嫌われるという格言があるんだぞ」


ばちばちと火花を散らす二人に、泥沼なドラマみたいだとデザートのヨーグルトを口に運びながら内心で呟く。


「・・・凄いな。真昼にやってる泥沼劇場みたいになってる」
「マモル、何それ?」
「日本じゃな、昼にやるドラマは以上にどろどろとしてるんだ。その内容がな」


不意に隣から聞こえた声に、目を丸くして振り返る。
いつの間に来ていたのか、ちゃっかりと難を逃れたフィディオがスコーンを並べた皿を、円堂が紅茶ポットと余人分のティーカップを片手に席に座っていた。
とぽとぽと湯気の立つ紅茶をカップに注いだ円堂は、そつなく冬香と豪炎寺の前にも並べる。


「ゴールデンドロップ入りは冬っぺ用ね」
「・・・ありがとう」
「おい、円堂。あっちは放っておいていいのか?」
「ああ、別に構わないな。な、フィディオ」
「そうだね。ああ見えてあの二人は似たもの同士だから放っておいて大丈夫だよ。こんなあからさまに対立するのは初めて見たけど、火種は昔から転がってたし」
「昔から?」
「ああ。エドガーってさ、女の子には誰にでも優しいけど、惚れ抜いてるのはマモルだけだし、ユウトの場合は見てすぐ判るように超ど級のシスコンだし。ま、今はシスコンプラスアルファって感じだけど。とにかく互いにマモルの特別の位置を持ってる相手を気に入らないんだよな。ね、マモル」
「そこで俺にふるの、フィディオ」
「だって原因はいつだってマモルじゃないか」
「俺はノーコメント。・・・それにしても、この紅茶本当に美味いな」
「そりゃエドガーがマモルのために厳選したものだもん。ちゃんとあとでお礼を言いなよ」
「・・・判ってるよ」


珍しく年相応の顔で不貞腐れた円堂に、冬香はまた驚きで瞳を丸くする。
いつだって飄々としている円堂が素直に表情を表すのは実は少なく、冬香の正面に座る豪炎寺も瞳を丸くしていた。
そして苦々しく表情を歪めると、ぼそりと小さく呟く。


「付き合いの長さ故の態度か。・・・羨ましいな」


あちらで角を突き合わせている鬼道とエドガー。
こちらでは淡い苦笑を浮かべてそれを見物するフィディオと円堂。
幼馴染の彼らだからこそ醸し出せるのだろう賑々しくも穏やかな空気に、冬香も微笑した。


「本当ね」


ぽつりと呟いた声が聞こえたらしく、不思議そうな顔で円堂が冬香の顔を覗く。
黒縁眼鏡を指の腹で押し上げた彼女にしがみ付くと、驚いて奇声を上げた円堂に笑った。

円堂の声に我に返ったらしい鬼道とエドガーがこちらに駆け寄る。
どちらが隣に座るか、なんて小さなことでまた喧嘩を始めた二人に、彼らの子供時代を見た気がして、羨ましいな、ともう一度だけぽそりと呟いた。

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「君が、円堂君かい?」


瞳を眇めてこちらを『観察』してきた財前に、にこりと無邪気に見える笑みを浮かべた。
情報の中に彼は大のサッカー好きとあった。
もしかしたら過去の円堂の活動を知っているのかもしれない。


「初めまして、財前総理。円堂守と申します。雷門中サッカー部のキャプテンで、今回のイナズマイレブンでも同じくキャプテンを務めてます」
「・・・そうか。そうだな。私もあの試合見させてもらった。君のプレイは素晴らしかったよ」
「ありがとうございます」


にこり、と笑顔で牽制する。
余計な会話は情報を引き出される危険性を増すだけだ。
ならば最小限の会話で済まそうと差し出された右手を握って握手を交わす。


「うん、いい目をしている。塔子が君達と一緒に行きたがる理由が判るよ。娘をよろしく頼む」
「・・・はい」
「私は私で出来ることをする。だから君たちも力を貸して欲しい」
「過分な言葉、痛み入ります。こちらこそよろしくお願いいたします。大丈夫です、俺たちは絶対に勝利を収めてみせます」


にいっと口角を持ち上げて笑うと、空いている手で眼鏡のつるを持ち上げる。
そうして握手していた右手を離し、きっちりと九十度に頭を下げた。
もう一度だけ視線を絡めると、踵を返しバスへと戻る。
塔子も二人きりの別れがしたいだろうと配慮したのだが、予想以上に早く彼女はバスへ戻ってきた。


「何だ、早いな。もういいのか?」
「うん!一生の別れでもないしね。次に会うのは全部が終ってからだ。ありがとう、円堂」


猫のように釣りあがった瞳を悪戯っぽく輝かせた塔子に、釣られて笑う。
勝気でありながらお茶目な部分があり、とても可愛い。
もし自分が男ならなと考えつつ、微笑ましい気分で頭を撫でてやればきょとんと不思議そうに小首を傾げた。


「とにかく、これからもよろしく頼むな!」
「おう!よーし、皆出発だ!」


一人増えた仲間に歓迎の意を唱えると、バスの座席に歩き出す。
昨夜と同じ席順で、円堂は自然と風丸の隣に座った。
すると前の席の鬼道がひょこりと顔を出してこちらを恨めしそうな眼差しで見詰める。


「・・・どうして、また風丸の隣なんですか」
「なんでって、昨日からそうだったし。な、ちろた」
「ちろたは止めろ」
「いいじゃん、別に。お前も昔みたいにまも姉って呼んでいいぞ」
「遠慮する!───とにかく、円堂がいいって言ってるんだ。鬼道が口出しすることじゃないだろう」
「風丸には聞いてない。俺は姉さんに聞いてるんだ」


走り出した車内での言い争いを気にする仲間は今更居ない。
それくらい風丸と鬼道の口喧嘩は頻繁で、間に一之瀬が居ない分今日はまだマシな方だからだ。
仲間はそれぞれ好きな話題を話しておりこちらに注意を向けるものは居なかった─── 一人を除いて。


「なあなあ」
「ん?どうした、塔子?そんな変なバランスだとこけたとき危ないぞ」
「大丈夫!ちゃんとシートベルトしてるし、鬼道よりマシだから。じゃなくてさ、聞きたいことあったんだけどいいか?」
「何?」
「前から思ってたんだけどさ、なんで円堂が『姉さん』なんだ?円堂は男だろ?」


当たり前と言えば当たり前な塔子の発言に、三人は思わず顔を合わせた。
自分たちにとって自然だったので口にしてなかったが、そう言えば彼女には何も説明をしていない。

どう説明すればいいかと黙り込んでしまった年少組みに苦笑すると、きょとりと瞬きした塔子に説明を始めた。


「あー・・・実はな、俺は男じゃなくて女だ」
「ええ!?円堂が女!!?フットボールフロンティアに参加できるのは男だけだろ?」
「いや、色々と事情があって、俺は特別枠の参加なんだ。もっとも事情を知るのは大会の運営委員会でも一握りだろうけどね」
「じゃあ、姉さんっていうのは?円堂はあたしたちと同じ学年だろ?」
「まあ学年は同じなんだけどね、俺留年してるんだ」
「留年?」
「そ。本当なら、俺は中学三年生。つまりお前より年上。よって、『姉さん』」
「ふーん。そうなのか」


色々と省いたが塔子は納得してくれたらしい。
例えばどうして『先輩』と呼ばずに『姉さん』なのか、とか、どうして留年したんだとか聞かれたら、また説明が面倒なのでありがたいと言えばありがたいけれど。


「そんでもってこの二人は昔なじみだ」
「と言っても、俺と鬼道が対面したのは最近だ。俺は鬼道の存在を知っていたが、鬼道は違う」
「姉さんは俺には何も教えてくれてなかったけどな」
「だからそれは事情があったって言ってるだろ。有人はいつまでも拗ねるなぁ」
「拗ねてない」


塔子は唇を尖らせてそっぽを向いた鬼道に瞳を丸め、そして噴出した。
けらけらと笑う彼女に驚いたらしく、鬼道は動きを止める。
そんな彼の肩をばんばんと叩くと、可愛らしい笑顔で爆弾を落とした。


「あははは!つまり鬼道は、風丸にやきもち妬いちゃうほど円堂が好きなんだな!」
「なっ!!?」


唐突な言葉に声を詰まらせた鬼道は、徐々に首筋から赤くなった。
肌の色が白い所為で赤くなるとすぐ判る弟は、可哀想に茹蛸のになっている。
金魚みたいにぱくぱくと口を動かす鬼道に、不機嫌になった風丸が低い声で呟いた。


「俺の方がずっとまも姉を想ってる」


嫉妬ゆえの発言を聞かなかったフリをしながら、円堂は苦笑した。
普段は年齢以上に落ち着いている二人なのに、自分が間に入ると昔に戻ってしまう二人に挟まれるとどうにも不思議な感覚に陥る。
まるで自分の時間も昔のままだと錯覚してしまいそうになる。

首を振って下らない妄想を振り払うと、笑い続ける塔子の頭を撫でてやる。


「どうかした?」
「いーや?塔子は可愛いなって思ってな」
「・・・ありがと、円堂」


はにかむように礼を告げた彼女の頭をもう一度撫でると、精々意地の悪い笑顔を意識して浮かべる。
恨めしげな眼差しでこちらを見詰める二人に、わざとらしくため息を落とした。


「やっぱ、素直な子が一番可愛いよな」


その後みるみると剥れた二人の機嫌を直すのは手間だったが、新たな友情が築けたのでよしとした。
白恋中へ向けての旅はまだ暫く続きそうだ。

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