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「お兄ちゃんを、お願いです、お兄ちゃんを助けてくださいっ」
きょとりとした顔でこちらを見詰める彼女にそれを願うのは随分と虫がいい話だ。
つい数日前に『他人の癖に』と詰ったくせに、他に頼れる相手が浮かばなかった。
両脇に番犬のように控える風丸と一之瀬が視線を鋭くし、また怒られると恐怖に体が震える。
それまで穏やかな雰囲気を保っていただけに彼らの憤怒はギャップが激しく、思い出すだけで体が強張った。
睨み付ける眼光を正面から受け止めたのは、せめても彼らに誠意を見せるつもりだから。
逃げ道を用意せず身一つで挑み、何を言われてもあえて享受すると示したかったからだ。
部活が終わり、キャプテンとして戸締りが残っていた円堂と、先日から彼女から離れようとしない二人以外室内には誰もいない。
数十分前まで部活で賑わっていたグランドからも生徒の声はほとんど聞こえず、限りなく静寂に近い部室は恐怖を更に煽り立てる。
微かに震える体の横で白くなるほどに拳を握り、それでも真っ直ぐに視線は逸らさない。
「お願いします!お兄ちゃんを、助けてください!」
「・・・随分と虫がいいな。『他人の癖に』と詰った口で、君はそれを願うの?」
ひやり、と底冷えする怒りを表に現した一之瀬は、瞳を眇めただけで雰囲気を一変させた。
風丸は何も言わなかったけれど、決して助け舟を出してくれそうにない。
腕を組み静観の姿勢は見せているが、瞳に宿る激情は一之瀬と対して変わらなかった。
反射的に怯みそうになる心を奮い立たせ、ぐっと奥歯を噛み締める。
一度出した言葉は二度と口には戻らない。
どれだけ後悔しても一度は口にした暴言は戻らず、目の前の人が許してくれても事実が消えることはない。
円堂が責めない分だけ自分を責めても、なかったことには出来ない。
泣きたくなるくらい自分が情けなくなり、けれど泣くのは卑怯だと言われたのを思い出し嗚咽を堪えた。
「厚かましいのも、図々しいのも判ってます。あなたを詰った私が、お兄ちゃんのことを頼むのも筋違いだって判ってます。でも、私じゃ駄目なんです。庇われるだけの私じゃ、お兄ちゃんの拠り所にはなれないんです!」
「・・・今の俺は鬼道と本当の意味で赤の他人だよ。今更お前以上の支えにも拠り所にもなれないんだけど?」
「私はっ・・・私は、鬼道の家の子供にはなりません!」
ぐっと拳を握り、声を大にして叫ぶ。
そうしなければ勢いに飲まれて何も伝えられなくなりそうで、それは駄目だと脳裏に浮かぶ人のために、足を踏ん張り肺から息を一気に吐き出す。
この言葉を言えば、全てが丸く収まると信じて。
自分が鬼道の家に行かないと知れば、きっと円堂はまた戻ってくれる。
居場所を奪う気がないと理解してもらえれば、兄との関係も改善される。
そう、信じていた。
けれど。
「だから?」
「え?」
「お前が鬼道の家の養子になるかならないかはお前の自由だ。あの人の娘になるのがお前ならいいと思ってたけど、別に嫌ならそれでいい。けどな、勘違いしないでくれ。お前が鬼道の娘になることと、俺が円堂のままで居るのと別の話だ」
机の上に腰掛けた彼女は、淡々とした口調でそう告げた。
普段の子供っぽくも見える感情豊かな面は微塵も窺えず、酷く冷静で大人びた姿に瞠目する。
自分を鬼道の家の娘にしたいから、自身を鬼道から外したのだと思い込んでいた。
それなのに、鬼道の娘になる気はないと申し出ても、彼女の心は揺らがない。
凪いだ湖面のように、波紋一つ立たずそこに居る。
「俺は自分の意思で鬼道から抜けたんだ。その重みは、きっとお前には判らないだろうな。ああ、けどお前は鬼道にならないから知らなくていい。これからも知る必要はない。───お前の兄が背負い、俺が背負っていたものは、『捨てました。けれど後悔したのでもう一度仲間に入れてください』つって抱えれるような安易なものじゃないんだよ」
「でも、キャプテンは」
「俺があっさりと鬼道の家を捨てたと思ってる?なぁ、音無。お前は俺を何だと思ってるんだ?へらへらして周りの言葉に動かされない、単純馬鹿か?」
「ちがっ」
「まあ、お前の評価はどうでもいい。けどな、これだけは理解しろ。───俺は、お前と違ってあいつの傍に居続けることは出来ない」
黒縁眼鏡が窓から差し込む夕日で反射し、円堂の表情は見えない。
普段は生き生きと輝く栗色の瞳は、今はどんな色をしているのだろう。
机に腰掛けてリラックスしているように見えるが、張り詰めた緊張の糸はいつ切れてもおかしくないように感じた。
まるで底が見えない深い闇に手を伸ばしてるようだ。
必死に縋り付こうとしてるのに、実態を掴ませず本音すら探せない。
これが鬼道家の娘と言うのなら、自分は絶対に無理だ。
人生で踏んだ場数が違いすぎる。
大人相手でもこれほど緊張を強いられる状況に陥ったこともなく、冷や汗がとめどなく流れ落ちた。
勘違いしていた。
この場で注意するべきは、嘲るように口角を上げる一之瀬でも、警戒心をむき出しに様子を窺っている風丸でもない。
目の前で王者の貫禄を惜しみなく晒す、絶対の君臨者だ。
「それでも、私はあなたに願い続けます」
「・・・・・・」
「『血が繋がらない他人の癖に』。私はそうあなたを詰りました。後悔してます。あなたが責めない分だけ自分を責めて、それでも自分を許せません。───だって、その言葉はそのまま私に反射するものでもあるんですから」
真っ直ぐに、恐怖に震える心を叱咤して視線を上げる。
一歩でも引いてしまえば、二度と向き合えない気がした。
怒りを露にするでもなく、語気荒く詰るでもない。
ただ静かな眼差しを向ける人を、ここで逃げれば正面から見れなくなる気がした。
「私は『音無春奈』。私の両親は音無のお父さんとお母さんです」
大事なのは血の繋がりなんかじゃない。
そんなのは、他の誰より知っていた。
親が亡くなり施設へ預けられ、先に貰われた兄とも会えなくなり寂しさで泣いた夜に、優しさを与えてくれたのは『血の繋がりがない』家族だ。
夜の闇に恐怖した日、友達と喧嘩して帰った日、兄を想って涙した日、差し伸べてくれた掌は温かく幸せを運んだ。
血は繋がってなくても、自分は『音無家』の『春奈』。
自分たちは家族で、それを誰に否定させる気もない。
そして───愛されている自分は、誰よりも否定してはいけない。
「一度口から出た言葉は消えません。言った人間の脳裏にも、言われた人間の心にも、言葉は刻まれ消せません。謝罪は無意味と知ってます。だから、都合がいいと知りながら、私は言葉を上書きします。あなたは『鬼道有人』の『姉』です。血の繋がりなんて関係なく、彼の『家族』なんです」
「・・・・・・」
「私を許せないなら、許さなくていいです。嫌っても、憎んでもいい。だから・・・お願いです!お兄ちゃんを助けてください。あの日からお兄ちゃんはご飯も碌に食べてないです。毎日気絶寸前まで体を酷使してサッカーをして、そうしないと眠れないって。このままじゃお兄ちゃん遠からず倒れちゃいます!」
言いたいことを言って、ぐっと頭を下げる。
望まれたら、先日の兄と同じように土下座をしても構わなかった。
脳裏に浮かぶのは痩せた兄の姿。
雷門中に姿を現したときよりも酷く衰弱し、そのくせ瞳だけがぎらぎらと輝いていた。
自分と姉を繋ぐ絆はもうサッカーしかないのだから、と、それだけでも認めてもらいたいと。
怖かった。このまま彼が消えてしまうのではないかと、狂おしい想いに恐怖した。
体に流れる血だけが家族の証になるわけでないと理解しつつ、矛盾して、たった一人の血の繋がった兄を失いたくなかった。
沈黙が暫く続き、ふうとため息が聞こえる。
それは対して大きな音ではなかったけれど、静寂に包まれていた部室には響いた。
「顔を上げてよ、音無」
「キャプテンが了承してくれるまで上げません」
「・・・なら、そのまま聞いてくれ。あのな、俺は別に憎くてあいつを放置してるわけじゃないんだ。今ここで手を差し伸べるのは容易い」
「それなら」
「けどな、さっきも言ったように俺はずっと傍に居ることは出来ない。いつか来る別れを知りながら、それでも依存させろと言うのか?より深い絶望を与えると知りながら、この場だけを凌げと?」
聞こえる声に感情はない。
けれど、どうしてだろう。
優しさを感じさせない声なのに、兄を深く気遣っているように聞こえた。
「私も、一生お兄ちゃんと一緒にいられるわけじゃないです」
「・・・そうじゃない。俺とお前は根本的に違うんだ、音無」
「違わない。あなたは何があってもお兄ちゃんにとっては大切な家族です。どれだけ仲がいい兄弟だっていつか道は分かたれる。それぞれの人生を歩くために、背中を向けるかもしれない。けど、それがなんだって言うんですか?例え傍に居られなくても、例え姿が見えなくても、絆は一生の残ります。目に見える何かより、そっちの方が大切なんです。少なくとも、今のお兄ちゃんにはあなたが必要で、あなた以上の何かはないんです」
代わりになれるなら、とうに代わりになっている。
あの様子を見ていないからそんなことが言えるのだ。
幽鬼のような姿は、普段の落ち着いていて冷静な彼とは全く違う。
何かあれば駆けつけて助けてくれた頼りになる兄ではなく、単なる『鬼道有人』でしかない人は、こちらを頼る対象としてみていない。
あくまで守るべき、庇護する対象でしかないから、ボロボロになっても笑おうとする。
弱みを見せる相手にはなれないのだ。
彼が、『鬼道有人』が全てをさらけ出せて無防備に甘えれるとしたら、目の前のこの人以外にはきっとない。
「本当に、勝手だな」
「っ」
「お前ら兄弟は相手の都合を考えるって配慮、持ってないのか?」
冷たく突き放した口調に、唇を噛み締める。
何を言われても否定出来ない。
彼女の都合など欠片も考えておらず、兄のことしか見てないのは本当だから。
冷たいと感じることすら厚かましいのかもしれない。
「すみません。キャプテンの都合なんて、私は考えられません。私はどうしたってお兄ちゃんが大切で、そのために必要ならなんだってする気です」
「───それじゃ、俺が音無の両親を捨てろって言ったら、お前は捨てられる?お兄ちゃんが大事だからって、今までの絆を全部なかったことに出来るのか?」
「・・・・・・はい」
「即答できなかった時点でアウトだ、音無。話はそれだけなら俺は家に帰る。今日は外せない用事があるんだ。もう約束の時間をオーバーしてる」
無常な言葉に顔を上げれば、いつの間に用意したのか鞄を片手にドアに手を掛けるところだった。
取り縋ろうと動く前に、一之瀬が間に入り込み体を張って邪魔をされ、掴もうとした体はするりと外に出てしまう。
「風丸、悪いんだけど部室のかぎ閉めを頼めるか?」
「構わないが・・・円堂はどうするんだ?」
「俺は一哉と用事を済ませてから帰るよ。頼りにしてるから、お願いな。あと暗くなってきたから音無を家まで送ってやれ。女の子を一人で帰らせるのは危ないから」
「・・・判った」
「ほら一哉、行こうぜ?んな警戒心ばりばりな小型犬みたいな顔してないで一緒に帰ろ」
「でも」
「いいから。言いたいこと言ったら後悔するのはお前だろ。俺のために怒る必要はない。俺が怒ってないんだからな」
「・・・うん」
渋々と了承した一之瀬を引き寄せると、淡い苦笑を浮かべる。
年上を実感させる態度に、普段の子供っぽさはない。
優しく慈しみに満ちていてとても穏やかで、促す仕草はあくまで自然。
肩を並べてゆっくりと去っていく二人に、喉の奥にこびりついた言葉は吐き出される前に消えていく。
夕日に向かうあの姿は、昔は兄の場所だったのだろうか。
背筋を伸ばして歩く人は、子供の頃の自分と同じで兄の手を握って歩いたのだろうか。
鬼道の家は一般家庭じゃないと言いつつ、そんな普通もあったのだろうか。
「───帰ろう、音無」
「はい・・・」
涙で滲む視界の先で、仲良さげな二人は夕闇へ解けて消え去った。
きょとりとした顔でこちらを見詰める彼女にそれを願うのは随分と虫がいい話だ。
つい数日前に『他人の癖に』と詰ったくせに、他に頼れる相手が浮かばなかった。
両脇に番犬のように控える風丸と一之瀬が視線を鋭くし、また怒られると恐怖に体が震える。
それまで穏やかな雰囲気を保っていただけに彼らの憤怒はギャップが激しく、思い出すだけで体が強張った。
睨み付ける眼光を正面から受け止めたのは、せめても彼らに誠意を見せるつもりだから。
逃げ道を用意せず身一つで挑み、何を言われてもあえて享受すると示したかったからだ。
部活が終わり、キャプテンとして戸締りが残っていた円堂と、先日から彼女から離れようとしない二人以外室内には誰もいない。
数十分前まで部活で賑わっていたグランドからも生徒の声はほとんど聞こえず、限りなく静寂に近い部室は恐怖を更に煽り立てる。
微かに震える体の横で白くなるほどに拳を握り、それでも真っ直ぐに視線は逸らさない。
「お願いします!お兄ちゃんを、助けてください!」
「・・・随分と虫がいいな。『他人の癖に』と詰った口で、君はそれを願うの?」
ひやり、と底冷えする怒りを表に現した一之瀬は、瞳を眇めただけで雰囲気を一変させた。
風丸は何も言わなかったけれど、決して助け舟を出してくれそうにない。
腕を組み静観の姿勢は見せているが、瞳に宿る激情は一之瀬と対して変わらなかった。
反射的に怯みそうになる心を奮い立たせ、ぐっと奥歯を噛み締める。
一度出した言葉は二度と口には戻らない。
どれだけ後悔しても一度は口にした暴言は戻らず、目の前の人が許してくれても事実が消えることはない。
円堂が責めない分だけ自分を責めても、なかったことには出来ない。
泣きたくなるくらい自分が情けなくなり、けれど泣くのは卑怯だと言われたのを思い出し嗚咽を堪えた。
「厚かましいのも、図々しいのも判ってます。あなたを詰った私が、お兄ちゃんのことを頼むのも筋違いだって判ってます。でも、私じゃ駄目なんです。庇われるだけの私じゃ、お兄ちゃんの拠り所にはなれないんです!」
「・・・今の俺は鬼道と本当の意味で赤の他人だよ。今更お前以上の支えにも拠り所にもなれないんだけど?」
「私はっ・・・私は、鬼道の家の子供にはなりません!」
ぐっと拳を握り、声を大にして叫ぶ。
そうしなければ勢いに飲まれて何も伝えられなくなりそうで、それは駄目だと脳裏に浮かぶ人のために、足を踏ん張り肺から息を一気に吐き出す。
この言葉を言えば、全てが丸く収まると信じて。
自分が鬼道の家に行かないと知れば、きっと円堂はまた戻ってくれる。
居場所を奪う気がないと理解してもらえれば、兄との関係も改善される。
そう、信じていた。
けれど。
「だから?」
「え?」
「お前が鬼道の家の養子になるかならないかはお前の自由だ。あの人の娘になるのがお前ならいいと思ってたけど、別に嫌ならそれでいい。けどな、勘違いしないでくれ。お前が鬼道の娘になることと、俺が円堂のままで居るのと別の話だ」
机の上に腰掛けた彼女は、淡々とした口調でそう告げた。
普段の子供っぽくも見える感情豊かな面は微塵も窺えず、酷く冷静で大人びた姿に瞠目する。
自分を鬼道の家の娘にしたいから、自身を鬼道から外したのだと思い込んでいた。
それなのに、鬼道の娘になる気はないと申し出ても、彼女の心は揺らがない。
凪いだ湖面のように、波紋一つ立たずそこに居る。
「俺は自分の意思で鬼道から抜けたんだ。その重みは、きっとお前には判らないだろうな。ああ、けどお前は鬼道にならないから知らなくていい。これからも知る必要はない。───お前の兄が背負い、俺が背負っていたものは、『捨てました。けれど後悔したのでもう一度仲間に入れてください』つって抱えれるような安易なものじゃないんだよ」
「でも、キャプテンは」
「俺があっさりと鬼道の家を捨てたと思ってる?なぁ、音無。お前は俺を何だと思ってるんだ?へらへらして周りの言葉に動かされない、単純馬鹿か?」
「ちがっ」
「まあ、お前の評価はどうでもいい。けどな、これだけは理解しろ。───俺は、お前と違ってあいつの傍に居続けることは出来ない」
黒縁眼鏡が窓から差し込む夕日で反射し、円堂の表情は見えない。
普段は生き生きと輝く栗色の瞳は、今はどんな色をしているのだろう。
机に腰掛けてリラックスしているように見えるが、張り詰めた緊張の糸はいつ切れてもおかしくないように感じた。
まるで底が見えない深い闇に手を伸ばしてるようだ。
必死に縋り付こうとしてるのに、実態を掴ませず本音すら探せない。
これが鬼道家の娘と言うのなら、自分は絶対に無理だ。
人生で踏んだ場数が違いすぎる。
大人相手でもこれほど緊張を強いられる状況に陥ったこともなく、冷や汗がとめどなく流れ落ちた。
勘違いしていた。
この場で注意するべきは、嘲るように口角を上げる一之瀬でも、警戒心をむき出しに様子を窺っている風丸でもない。
目の前で王者の貫禄を惜しみなく晒す、絶対の君臨者だ。
「それでも、私はあなたに願い続けます」
「・・・・・・」
「『血が繋がらない他人の癖に』。私はそうあなたを詰りました。後悔してます。あなたが責めない分だけ自分を責めて、それでも自分を許せません。───だって、その言葉はそのまま私に反射するものでもあるんですから」
真っ直ぐに、恐怖に震える心を叱咤して視線を上げる。
一歩でも引いてしまえば、二度と向き合えない気がした。
怒りを露にするでもなく、語気荒く詰るでもない。
ただ静かな眼差しを向ける人を、ここで逃げれば正面から見れなくなる気がした。
「私は『音無春奈』。私の両親は音無のお父さんとお母さんです」
大事なのは血の繋がりなんかじゃない。
そんなのは、他の誰より知っていた。
親が亡くなり施設へ預けられ、先に貰われた兄とも会えなくなり寂しさで泣いた夜に、優しさを与えてくれたのは『血の繋がりがない』家族だ。
夜の闇に恐怖した日、友達と喧嘩して帰った日、兄を想って涙した日、差し伸べてくれた掌は温かく幸せを運んだ。
血は繋がってなくても、自分は『音無家』の『春奈』。
自分たちは家族で、それを誰に否定させる気もない。
そして───愛されている自分は、誰よりも否定してはいけない。
「一度口から出た言葉は消えません。言った人間の脳裏にも、言われた人間の心にも、言葉は刻まれ消せません。謝罪は無意味と知ってます。だから、都合がいいと知りながら、私は言葉を上書きします。あなたは『鬼道有人』の『姉』です。血の繋がりなんて関係なく、彼の『家族』なんです」
「・・・・・・」
「私を許せないなら、許さなくていいです。嫌っても、憎んでもいい。だから・・・お願いです!お兄ちゃんを助けてください。あの日からお兄ちゃんはご飯も碌に食べてないです。毎日気絶寸前まで体を酷使してサッカーをして、そうしないと眠れないって。このままじゃお兄ちゃん遠からず倒れちゃいます!」
言いたいことを言って、ぐっと頭を下げる。
望まれたら、先日の兄と同じように土下座をしても構わなかった。
脳裏に浮かぶのは痩せた兄の姿。
雷門中に姿を現したときよりも酷く衰弱し、そのくせ瞳だけがぎらぎらと輝いていた。
自分と姉を繋ぐ絆はもうサッカーしかないのだから、と、それだけでも認めてもらいたいと。
怖かった。このまま彼が消えてしまうのではないかと、狂おしい想いに恐怖した。
体に流れる血だけが家族の証になるわけでないと理解しつつ、矛盾して、たった一人の血の繋がった兄を失いたくなかった。
沈黙が暫く続き、ふうとため息が聞こえる。
それは対して大きな音ではなかったけれど、静寂に包まれていた部室には響いた。
「顔を上げてよ、音無」
「キャプテンが了承してくれるまで上げません」
「・・・なら、そのまま聞いてくれ。あのな、俺は別に憎くてあいつを放置してるわけじゃないんだ。今ここで手を差し伸べるのは容易い」
「それなら」
「けどな、さっきも言ったように俺はずっと傍に居ることは出来ない。いつか来る別れを知りながら、それでも依存させろと言うのか?より深い絶望を与えると知りながら、この場だけを凌げと?」
聞こえる声に感情はない。
けれど、どうしてだろう。
優しさを感じさせない声なのに、兄を深く気遣っているように聞こえた。
「私も、一生お兄ちゃんと一緒にいられるわけじゃないです」
「・・・そうじゃない。俺とお前は根本的に違うんだ、音無」
「違わない。あなたは何があってもお兄ちゃんにとっては大切な家族です。どれだけ仲がいい兄弟だっていつか道は分かたれる。それぞれの人生を歩くために、背中を向けるかもしれない。けど、それがなんだって言うんですか?例え傍に居られなくても、例え姿が見えなくても、絆は一生の残ります。目に見える何かより、そっちの方が大切なんです。少なくとも、今のお兄ちゃんにはあなたが必要で、あなた以上の何かはないんです」
代わりになれるなら、とうに代わりになっている。
あの様子を見ていないからそんなことが言えるのだ。
幽鬼のような姿は、普段の落ち着いていて冷静な彼とは全く違う。
何かあれば駆けつけて助けてくれた頼りになる兄ではなく、単なる『鬼道有人』でしかない人は、こちらを頼る対象としてみていない。
あくまで守るべき、庇護する対象でしかないから、ボロボロになっても笑おうとする。
弱みを見せる相手にはなれないのだ。
彼が、『鬼道有人』が全てをさらけ出せて無防備に甘えれるとしたら、目の前のこの人以外にはきっとない。
「本当に、勝手だな」
「っ」
「お前ら兄弟は相手の都合を考えるって配慮、持ってないのか?」
冷たく突き放した口調に、唇を噛み締める。
何を言われても否定出来ない。
彼女の都合など欠片も考えておらず、兄のことしか見てないのは本当だから。
冷たいと感じることすら厚かましいのかもしれない。
「すみません。キャプテンの都合なんて、私は考えられません。私はどうしたってお兄ちゃんが大切で、そのために必要ならなんだってする気です」
「───それじゃ、俺が音無の両親を捨てろって言ったら、お前は捨てられる?お兄ちゃんが大事だからって、今までの絆を全部なかったことに出来るのか?」
「・・・・・・はい」
「即答できなかった時点でアウトだ、音無。話はそれだけなら俺は家に帰る。今日は外せない用事があるんだ。もう約束の時間をオーバーしてる」
無常な言葉に顔を上げれば、いつの間に用意したのか鞄を片手にドアに手を掛けるところだった。
取り縋ろうと動く前に、一之瀬が間に入り込み体を張って邪魔をされ、掴もうとした体はするりと外に出てしまう。
「風丸、悪いんだけど部室のかぎ閉めを頼めるか?」
「構わないが・・・円堂はどうするんだ?」
「俺は一哉と用事を済ませてから帰るよ。頼りにしてるから、お願いな。あと暗くなってきたから音無を家まで送ってやれ。女の子を一人で帰らせるのは危ないから」
「・・・判った」
「ほら一哉、行こうぜ?んな警戒心ばりばりな小型犬みたいな顔してないで一緒に帰ろ」
「でも」
「いいから。言いたいこと言ったら後悔するのはお前だろ。俺のために怒る必要はない。俺が怒ってないんだからな」
「・・・うん」
渋々と了承した一之瀬を引き寄せると、淡い苦笑を浮かべる。
年上を実感させる態度に、普段の子供っぽさはない。
優しく慈しみに満ちていてとても穏やかで、促す仕草はあくまで自然。
肩を並べてゆっくりと去っていく二人に、喉の奥にこびりついた言葉は吐き出される前に消えていく。
夕日に向かうあの姿は、昔は兄の場所だったのだろうか。
背筋を伸ばして歩く人は、子供の頃の自分と同じで兄の手を握って歩いたのだろうか。
鬼道の家は一般家庭じゃないと言いつつ、そんな普通もあったのだろうか。
「───帰ろう、音無」
「はい・・・」
涙で滲む視界の先で、仲良さげな二人は夕闇へ解けて消え去った。
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「あ、守さんに胸がある」
「本当だ。円堂君に胸がある」
「おい!?お前ら何言ってんだ!!?」
玄関で突き当たって右から聞こえてきた声に、ついっと視線を向けると、そこには気が合わなさそうで意外と合っているFW三人組の姿。
リカと二人で買い物にでも繰り出そうとしていたのだが、どうやら彼らも自主トレに行こうとしていたらしい。
お揃いのイナズマジャパンのジャージとスパイク、タオルとペットボトルを手にして並んで歩いている。
ヒロトを真ん中に左右を染岡と吹雪が固めているが、平然とした顔でセクハラ発言を繰り出した二人組みはにこやかな笑顔を浮かべていて、反してその発言に慌てている染岡は顔が真っ赤になっている。
ちなみ当然だが円堂には普段も胸はある。
いつもはプロテクターで覆っているため視認出来ない胸が存在を主張していると言いたいのだろう。
現在はタンクトップの上に七部丈のプリントパーカー、デニムのハーフパンツといういでだちだ。
別に今更その程度の発言で胸を隠すほど初心ではないが、羞恥心の欠片も見えない彼らの将来を危ぶまないでもない。
「顔を合わせて早々にセクハラか?」
「いや、だってねぇ、ヒロト君。守さん、滅多に私服でも女の子らしい曲線を出さないから」
「うんうん。判るよ、吹雪君。円堂君、折角スタイルいいのにいっつも隠しちゃってるもんね」
「やっぱ健全な男の子としては、つい視線が行っちゃうよね」
「そうだよね。」
「お前ら正気か!?」
にこやかにスケベ発言を繰り出した二人に、染岡は憤死しそうだ。
呆れ混じりに吹雪とヒロトの言葉を聞いていた円堂は、隣で黙りこくっているリカに気がつき顔を覗き込んだ。
腕を組み眉間に皺を寄せたリカは随分と渋い表情で瞼を閉じて呻っている。
「どうした、リカ?」
「いや、この場合顔が良くても微妙やな~って思うてな。円堂的にはどうや?好みのタイプがないならこいつらもセーフか?」
「え?リカはどうなの?」
「顔はありや。性格的にもスマートに女のエスコート出来るし、並ぶと自慢は出来ると思う」
「つまり?」
「一緒に歩くだけならありやな」
「イケメンだけど、恋人としてはアウトってこと?」
「せやな」
こっくりとリカが頷くと、駄目判定された二人は対して気にするでもなく受け流した。
その様子は全く物怖じせず、むしろ何も言われてない染岡の方が渋い顔だ。
吹雪もヒロトも気がつけば逆ナンされているタイプなので、見られるのも勝手な判定を下されるのも慣れているのだろう。
嫌な顔をするどころか好奇心に瞳を輝かせて寄って来ると、にこりと王子様スマイルを浮かべて詰め寄る。
「守さんはどうなの?」
「どうって?」
「俺たちが恋人としてありかなしか。むしろ、俺たちの中で誰が一番いい?」
端正な顔立ちでじっと見詰める二人は、どちらも自分が選ばれると自信があるらしい。
円堂より身長は劣るものの、以前よりもきりりとした雰囲気になった綺麗な顔立ちの吹雪。
切れ長の瞳にどこか危うい雰囲気が放っておけない、スタイル抜群で格好いいヒロト。
二人を順にじっと眺め、ふむと腕を組んで首を傾げる。
そしてその様子を眉を顰めて眺めていた染岡をちょいちょいと指先で招き、訝しげな様子でこちらを窺う彼が射程範囲に入ったのを見計らってにこりと微笑んだ。
「えい」
「ぶわっ!?な、何すんだ、円堂!!?」
「俺なら染岡がいいなー。見ろよ、このリアクション。滅茶苦茶ツボだ」
「って、染岡あんたの胸に顔埋まっとるで!?あんた無駄に肉付きいいし、冗談や抜きに窒息するんとちゃうか!?」
「はははははっ、健全な青少年なら巨乳に顔を埋めて窒息死ならバッチコイだよな。な、染岡?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ!放せ、放しやがれ!!」
「やっ!?染岡、何処触ってんだ!?エッチ!」
「え!?ち、違う!誤解だ!俺は何も疚しい気持ちで触ったんじゃなくて・・・」
「なーんて、うっそー」
「テメェ!!」
ぎゅうぎゅうに頭を胸に抱きこんでやると、引き剥がしたいが何処に触れればいいか判らないと、もがく手が宙に浮く。
長身の彼にとっては苦しい体勢だろうに、何とか必死にバランスを取りながら膂力だけで体を離そうとしていた。
顔どころか見えている部分全体を真っ赤に染め上げて、今にも湯気が出てきそうだ。
反応が初心でとても可愛く、益々胸に押し付けてやると悲鳴とも奇声とも取れる情けない声を上げた。
「染岡可愛いー」
「・・・この顔にこの雰囲気の染岡を可愛いと言い切るあんたは強者やで」
「だってさ、これが吹雪かヒロトだと状況を満喫するぞ。にこにこしながらラッキーとばかりにむしろ顔を埋めるぞ。そんな奴らに比べて染岡の初心なことったらないな。嫌がる仕草がさいっこうだ!」
「前々から薄々気づいとったけどな、あんた結構Sっけ強いよな?しかも普段からちょっとツンとしてるタイプが嫌がる様見るの大好きやろ」
「さっすが、親友!判ってるー。嫌がる奴に無理やり構ってやるのが楽しいんだよな。有人然り、不動然り、染岡然り。何だかんだで染岡と有人は素直だから、一番のツンツンブームは不動だな。あの嫌そうに眉を顰めて無駄な抵抗を繰り返す仕草が超可愛いんだ!!」
「・・・あんたの趣味が曲がっとるのはようわかったわ」
うんざりとした眼差しを向けるリカに、にっこりと微笑む。
リカからすれば不動のあれはツンツンなんて可愛いものではない。
『あぁ?』と低い声で威嚇する様も、鋭く眇められた眼光も、正直お近付きになりたいものではないのに。
「結局のところ、俺は誰でもいい部分あると思うし付き合うのも全然いいけど、あえて自分から迫るとしたらこういうタイプだな。恋人にするなら構い甲斐がある染岡か不動。リアクションは大事だよな」
「大物や。あんたは本当に大物や」
呆れ交じりの声で賞賛したリカは、半眼になり動きの鈍くなってきた染岡に視線をやった。
ちなみに彼の背後にいる二人は絶賛氷河期に入っている。
好意を持っている女性に袖にされた上に、目の前でその胸に顔を埋める行幸に授かる男がいるのだ。
それは不機嫌にもなろうもの。
ちなみに全部を判って染岡を抱きしめ続けた円堂は、窒息寸前の彼を呆気なく手放すと綺麗にウィンクを決めた。
「じゃあ、染岡。生きてたら、夕食に買ってきた土産を贈与しよう」
「はぁ?」
「・・・染岡君」
「俺たちはシュート練習だよ。ねえ、吹雪君。俺、君となら二人でも新技を開発できる気がする。グランドファイアを上回る何かが出来る気がする」
「奇遇だね、ヒロト君。僕も君となら新しい何かが生まれる気がする。クロスファイアなんて児戯だと笑える真必殺技が生まれる気がする」
「お、おい、二人とも?」
「染岡君はキーパー役ね」
「俺たちの新技、その身で確かめてね」
「ちょ、待てぇぇぇえ!?何で俺がぁぁぁあ!!?」
酸欠で頭をふらふらとさせながらも渾身の勢いで発せられた絶叫は、鮮やかな笑顔でスルーされた。
魔王降臨時の立向居のように禍々しいオーラを噴出させた彼らは、喚く染岡の腕を片方ずつ掴んで有無を言わさず引き摺っていく。
笑顔でそれを見送った円堂に、恐ろしい奴、と改めて年上の親友の底知れなさに、思わず拍手してしまった。
ちなみに、夕食時瀕死の重傷で生き残った染岡は、話を聞いた立向居や鬼道に更に酷い目に合わされたのは、二次災害としか言いようがないだろう。
「本当だ。円堂君に胸がある」
「おい!?お前ら何言ってんだ!!?」
玄関で突き当たって右から聞こえてきた声に、ついっと視線を向けると、そこには気が合わなさそうで意外と合っているFW三人組の姿。
リカと二人で買い物にでも繰り出そうとしていたのだが、どうやら彼らも自主トレに行こうとしていたらしい。
お揃いのイナズマジャパンのジャージとスパイク、タオルとペットボトルを手にして並んで歩いている。
ヒロトを真ん中に左右を染岡と吹雪が固めているが、平然とした顔でセクハラ発言を繰り出した二人組みはにこやかな笑顔を浮かべていて、反してその発言に慌てている染岡は顔が真っ赤になっている。
ちなみ当然だが円堂には普段も胸はある。
いつもはプロテクターで覆っているため視認出来ない胸が存在を主張していると言いたいのだろう。
現在はタンクトップの上に七部丈のプリントパーカー、デニムのハーフパンツといういでだちだ。
別に今更その程度の発言で胸を隠すほど初心ではないが、羞恥心の欠片も見えない彼らの将来を危ぶまないでもない。
「顔を合わせて早々にセクハラか?」
「いや、だってねぇ、ヒロト君。守さん、滅多に私服でも女の子らしい曲線を出さないから」
「うんうん。判るよ、吹雪君。円堂君、折角スタイルいいのにいっつも隠しちゃってるもんね」
「やっぱ健全な男の子としては、つい視線が行っちゃうよね」
「そうだよね。」
「お前ら正気か!?」
にこやかにスケベ発言を繰り出した二人に、染岡は憤死しそうだ。
呆れ混じりに吹雪とヒロトの言葉を聞いていた円堂は、隣で黙りこくっているリカに気がつき顔を覗き込んだ。
腕を組み眉間に皺を寄せたリカは随分と渋い表情で瞼を閉じて呻っている。
「どうした、リカ?」
「いや、この場合顔が良くても微妙やな~って思うてな。円堂的にはどうや?好みのタイプがないならこいつらもセーフか?」
「え?リカはどうなの?」
「顔はありや。性格的にもスマートに女のエスコート出来るし、並ぶと自慢は出来ると思う」
「つまり?」
「一緒に歩くだけならありやな」
「イケメンだけど、恋人としてはアウトってこと?」
「せやな」
こっくりとリカが頷くと、駄目判定された二人は対して気にするでもなく受け流した。
その様子は全く物怖じせず、むしろ何も言われてない染岡の方が渋い顔だ。
吹雪もヒロトも気がつけば逆ナンされているタイプなので、見られるのも勝手な判定を下されるのも慣れているのだろう。
嫌な顔をするどころか好奇心に瞳を輝かせて寄って来ると、にこりと王子様スマイルを浮かべて詰め寄る。
「守さんはどうなの?」
「どうって?」
「俺たちが恋人としてありかなしか。むしろ、俺たちの中で誰が一番いい?」
端正な顔立ちでじっと見詰める二人は、どちらも自分が選ばれると自信があるらしい。
円堂より身長は劣るものの、以前よりもきりりとした雰囲気になった綺麗な顔立ちの吹雪。
切れ長の瞳にどこか危うい雰囲気が放っておけない、スタイル抜群で格好いいヒロト。
二人を順にじっと眺め、ふむと腕を組んで首を傾げる。
そしてその様子を眉を顰めて眺めていた染岡をちょいちょいと指先で招き、訝しげな様子でこちらを窺う彼が射程範囲に入ったのを見計らってにこりと微笑んだ。
「えい」
「ぶわっ!?な、何すんだ、円堂!!?」
「俺なら染岡がいいなー。見ろよ、このリアクション。滅茶苦茶ツボだ」
「って、染岡あんたの胸に顔埋まっとるで!?あんた無駄に肉付きいいし、冗談や抜きに窒息するんとちゃうか!?」
「はははははっ、健全な青少年なら巨乳に顔を埋めて窒息死ならバッチコイだよな。な、染岡?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ!放せ、放しやがれ!!」
「やっ!?染岡、何処触ってんだ!?エッチ!」
「え!?ち、違う!誤解だ!俺は何も疚しい気持ちで触ったんじゃなくて・・・」
「なーんて、うっそー」
「テメェ!!」
ぎゅうぎゅうに頭を胸に抱きこんでやると、引き剥がしたいが何処に触れればいいか判らないと、もがく手が宙に浮く。
長身の彼にとっては苦しい体勢だろうに、何とか必死にバランスを取りながら膂力だけで体を離そうとしていた。
顔どころか見えている部分全体を真っ赤に染め上げて、今にも湯気が出てきそうだ。
反応が初心でとても可愛く、益々胸に押し付けてやると悲鳴とも奇声とも取れる情けない声を上げた。
「染岡可愛いー」
「・・・この顔にこの雰囲気の染岡を可愛いと言い切るあんたは強者やで」
「だってさ、これが吹雪かヒロトだと状況を満喫するぞ。にこにこしながらラッキーとばかりにむしろ顔を埋めるぞ。そんな奴らに比べて染岡の初心なことったらないな。嫌がる仕草がさいっこうだ!」
「前々から薄々気づいとったけどな、あんた結構Sっけ強いよな?しかも普段からちょっとツンとしてるタイプが嫌がる様見るの大好きやろ」
「さっすが、親友!判ってるー。嫌がる奴に無理やり構ってやるのが楽しいんだよな。有人然り、不動然り、染岡然り。何だかんだで染岡と有人は素直だから、一番のツンツンブームは不動だな。あの嫌そうに眉を顰めて無駄な抵抗を繰り返す仕草が超可愛いんだ!!」
「・・・あんたの趣味が曲がっとるのはようわかったわ」
うんざりとした眼差しを向けるリカに、にっこりと微笑む。
リカからすれば不動のあれはツンツンなんて可愛いものではない。
『あぁ?』と低い声で威嚇する様も、鋭く眇められた眼光も、正直お近付きになりたいものではないのに。
「結局のところ、俺は誰でもいい部分あると思うし付き合うのも全然いいけど、あえて自分から迫るとしたらこういうタイプだな。恋人にするなら構い甲斐がある染岡か不動。リアクションは大事だよな」
「大物や。あんたは本当に大物や」
呆れ交じりの声で賞賛したリカは、半眼になり動きの鈍くなってきた染岡に視線をやった。
ちなみに彼の背後にいる二人は絶賛氷河期に入っている。
好意を持っている女性に袖にされた上に、目の前でその胸に顔を埋める行幸に授かる男がいるのだ。
それは不機嫌にもなろうもの。
ちなみに全部を判って染岡を抱きしめ続けた円堂は、窒息寸前の彼を呆気なく手放すと綺麗にウィンクを決めた。
「じゃあ、染岡。生きてたら、夕食に買ってきた土産を贈与しよう」
「はぁ?」
「・・・染岡君」
「俺たちはシュート練習だよ。ねえ、吹雪君。俺、君となら二人でも新技を開発できる気がする。グランドファイアを上回る何かが出来る気がする」
「奇遇だね、ヒロト君。僕も君となら新しい何かが生まれる気がする。クロスファイアなんて児戯だと笑える真必殺技が生まれる気がする」
「お、おい、二人とも?」
「染岡君はキーパー役ね」
「俺たちの新技、その身で確かめてね」
「ちょ、待てぇぇぇえ!?何で俺がぁぁぁあ!!?」
酸欠で頭をふらふらとさせながらも渾身の勢いで発せられた絶叫は、鮮やかな笑顔でスルーされた。
魔王降臨時の立向居のように禍々しいオーラを噴出させた彼らは、喚く染岡の腕を片方ずつ掴んで有無を言わさず引き摺っていく。
笑顔でそれを見送った円堂に、恐ろしい奴、と改めて年上の親友の底知れなさに、思わず拍手してしまった。
ちなみに、夕食時瀕死の重傷で生き残った染岡は、話を聞いた立向居や鬼道に更に酷い目に合わされたのは、二次災害としか言いようがないだろう。
*設定は架空のものですのでご了承ください。ダークシリアスです。
『君はもう二度とサッカーをしてはいけない』
眼鏡の奥から真っ直ぐな眼差しを向けて真摯に宣告した人の顔を覚えている。
同伴していた父が瞬間に息を呑み、抱き寄せるようにしていた自分の肩を掴む手に力を篭めた。
頭が真っ白になり、何を言われたか理解できなかった。
人より遥かに回転が速いと称された脳が理解を拒み、今が夢ならばどれほど幸せかと強固に現実にしがみ付く理性が嘆く。
全てが始まったばかりだった。
イタリアへ拠点を移し、長年のライバルと共にリーグ優勝を果たし、次の目標は何にするか、つい先日も夜を明かして話していた。
男女の差があれど、それ以上に強い仲間意識で通じ合っていた彼は、遠いイタリアの下で自分の帰りを待ち続けているはずだ。
だって、約束した。
すぐに帰ると、ただの一時帰国だと、また一緒にプレイすると。
心筋の細胞の性質が変わり、心室全体が拡大する病気。
原因は不明で治療法も確立されていないと宣告され、何をどうしろと言うのか。
心筋が薄く伸び血液を送るポンプとしての力が弱まり、壁が薄くなるごとに重症に陥る。
教えてもらった治療法は病状を改善させるためのものではなく、進行を遅くする程度のささやかなもの。
呆然として医師の宣告を聞いた後、家に帰って最初にしたのは自分の患った病気の詳細を調べること。
自分以上に衝撃を受けた父は、迂闊にも守の部屋の情報回線をとぎるのを忘れていた。
現在ではインターネットで調べれる情報量は多く、徹夜をして得た内容は絶望を与えるに足るもの。
それでも納得出来ずに朝一番で図書館へ赴き、医学書を片っ端から読み漁った。
小学生が読むには難解すぎる内容。
知らない専門用語も多数出てきたが、ありがたいことに辞典も置いてある。
部屋を一歩も出てこない父のお陰で自由を確立できた三日間。
その短くも長い期間で、自分が置かれた状況は把握できた。
最初に感じたのは、理不尽だと湧き上がる怒り。
涙も流せぬ強い憤怒はどうして自分が、と神へ向けた衝動。
遺伝子異常、ウィルス感染、免疫異常、妊娠状態。
どれが原因かもわからず、上げられる候補のどれも当てはまらないかもしれない原因に、何故自分が振り回されなければいけない。
初期症状ではほとんど自覚症状もない病気を発見できたのは運が良かったと言われた。
ならばこの先十年後に未来がある確率が低い運命を自覚させられて、一体何が運がいいのか教えて欲しい。
病名を知ったところで有効な治療はなく、手術ですら経過は不良の可能性が高いのに、一体何が良かったのだ。
十年後、守が生存している確率は僅か三十数パーセント。
それもこれもサッカーを止めて、安静に病院暮らしをしていたら、と注釈がつく。
体中を管で繋がれ、過去の栄光に想いを馳せて生きる人生の何がラッキーなのか。
死なないために生きる将来に、涙を流して感謝でもしろというのか。
心臓移植以外で希望のないこの病気に、生きている間に細胞移植や心筋再生治療などが発展して奇跡を見せてくれるのか。
こんなことなら日本に帰ってこなければ良かった。
何も知らず、イタリアの空の下で走っていたかった。
検査で異常が発見されなければ、ぎりぎりまでこの体が持つ間はサッカーが出来た。
あの広い空の下で、息の合った相棒と上を目指して走り続けれた。
でも、これからはそれは望めない。
これほど愛したサッカーは、命と引き換えに取り上げられる。
父は自分を愛するが故に、サッカーを止めろと懇願するだろう。
それは嫌だ。
サッカーが出来ないなんて、息をしないのと同じだ。
生きたまま羽を?がれて死ぬのを待つ虫と同じ。
空に憧れて飛び立てず、地表から焦がれて魂をじりじりと削られる。
そんなのは嫌だ。
それなら一思いに死にたい。
けど───。
『ははっ・・・無理だ。そんなの、無理に決まってる。父さんを裏切れない、受けた恩を返してもいないのに、望みに反するなんて出来ない』
ふらふらになって辿り着いた部屋。
昼間でもカーテンを閉め切って一人で蹲る。
何も知らされてない使用人は訝しげな眼差しを向けたが、徹夜で勉強したと誤魔化し眠たいからと人払いをした。
弟は小学校で、父は狂ったように仕事に精を出している。
何も知らない弟には、なんて言えばいいのか判らない。
サッカーをしている自分に憧れているのを知っている。
いつだって背中を追いかけてくる小さな姿は可愛くて、とても愛しい。
だからこそ怖い。
守がサッカーを出来ないと知ったら、彼はサッカーを続けれるのだろうか。
曇りのない笑顔は、痛々しく歪められるのではないか。
自分に遠慮してやりたいことも我慢し、敷かれたレールの上を歩く人形になってしまうのではないか。
『・・・っ』
想像するだけで、胸が痛む。
それを歓ぶ自分に嫌悪し、嘆く自分に苛立って。
相反する感情は今は辛うじて望まない方に天秤が傾いている。
だがこれはいついかなる要因が入り込み逆転するか判らない。
守は聖人君子じゃない。
全てを奪われる現状に、将来が開けている弟を笑って祝福してやれるほど優しい人間じゃない。
愛しているからこそ自分と同じどん底まで叩き落して、二度と這い上がれないように決定的な傷をつけたくなる。
『姉さん?』
唐突に真っ暗な世界に光が射す。
侵入者に目を細めれば、隠し扉を開いて顔を覗かせた子供ははにかんだような笑みを浮かべた。
『・・・有人?どうしたんだ?学校は?』
『今日は早く終ったんだ。姉さんとサッカーがしたくて運転手に急がせた。姉さん、サッカーをしよう』
『───悪い、有人。俺、昨日勉強してて寝不足なんだ。今からお昼寝って決めてんの。だから、サッカーはまた今度な』
『ああ、だからこんなに部屋が真っ暗なのか。姉さんがサッカーを後回しにするなんて、明日は台風が来そうだ』
『失礼だなぁ、有人は。ほれ、お前も一緒に昼寝するぞ』
『俺も?・・・でも、俺は』
『いいからいいから。久し振りの兄弟水入らずなんだから、たまにはいいだろ』
『・・・うん』
両手でサッカーボールを抱えたまま近づいた弟を抱きしめる。
太陽の香りがする彼は、無防備に心をさらけ出し照れながらも守の服の端をきゅっと握った。
相変わらず甘えただと苦笑して髪を結んでいるゴムを解くと、特徴的なドレッドがベッドに広がる。
見た目より柔らかなそれに手を差し込んで、繰り返すうちに心の天秤は落ち着く。
壊したい、から、守りたい、へ。
いつまで傍に居られるか判らないなら、この存在を大事にしたいと。
生まれて初めて出来たサッカー以外の特別だから、可愛い弟なのだからと。
この存在は守が気に入るように影山から選りすぐられた『もの』。
暇つぶしと称して与えられた『特別』は、可愛くて大切。
だから壊してはいけない。
壊したい衝動と闘って、何が何でも勝たねばならない。
すうすうとあっという間に寝息が聞こえ、どれだけ自分の存在に心を許しているか知る。
泣くことすらできない絶望の中、有人だけが守の光。
「───随分と、気分のいい目覚めじゃないの。神様」
嘲りを多大に含んだ声で嫌味交じりに飛び出た囁きは、何処にいるか知れないそいつに届いてるだろうか。
真っ暗な闇に目を凝らせば、記憶の中の状況と自分が存在する部屋の違いに嫌でも気づく。
広々としたキングサイズのベッドではなく、シンプルなクイーンサイズのベッドはそれでもまだ大きいけれど、自分を包むシーツの色も柔らかさも違っていた。
「そう言えば、まだあの頃は敬語じゃなかったな。中学に入学するんだからと口調を改めたのは、もうちょっと後か」
どちらにしろ懐かしい記憶だ。
思い出したくもない甘ったるい記憶にしがみ付いてる自分に反吐が出る。
優しい記憶の裏には、いつだって容赦ない現実が比較される。
味わった絶望は過去形ではなく現在進行形で我が身を苛んでいるのに、一体何に縋ろうとしてるのか。
「全く、嫌になるな」
どくどくと痛む胸に上半身を屈めて堪えつつ、くいっと口の端を持ち上げて笑う。
何もかも嫌になる。
世界が今この瞬間に終ったら、どれだけ幸せだろう。
「───っ」
声なき声で悲鳴を上げれば、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
どうして自分なんだ。
どうして自分でなければいけない。
世界を救うためでもなく、地鎮祭の生贄になるでもない。
自分の命が消えるのに理由はなく、偶然か必然かすらも判らない。
宇宙人の襲来とは言いえて妙だ。
我ながら笑ってしまうほど奇妙にしっくり来た例えだった。
選ばれるのに意味はなく、連れ去られる時期だって判らない。
そのくせ拒否権など与えられておらず、歯向かう気力は根本から叩き折られた。
片っ端から医学書を読み、増えた知識から絶望を知る。
「はは・・・ははは、あはははは!!」
狂ってしまえればいい。
何も理解できず、正しいことも悪いことも判断できないくらいに、とことんと堕ちてしまえれば。
「・・・っ、そんなの絶対ごめんだ」
闇は腕を広げて落ちてくるのを待っている。
それが神が残した優しさならば、絶対的に受け入れられない。
全てを捨ててしまえば楽になるだろうが、絶望の淵に叩き込んだ奴に縋るのは嫌だ。
だから覚悟を決めたのだ。
自分が闘う相手は、他の誰でもなく自分自身と。
他の何かはもういらない。
望んでも掌から零れ落ちるだけなら、サッカーだけがあればいい。
「Vaffanculo!!」
押さえきれない憤怒が形となり、罵声が唇から零れる。
泣きたいのか笑いたいのか、守りたいのか壊したいのか。
全ての衝動を体に抱いて、早く夜が明けろと光を願った。
『君はもう二度とサッカーをしてはいけない』
眼鏡の奥から真っ直ぐな眼差しを向けて真摯に宣告した人の顔を覚えている。
同伴していた父が瞬間に息を呑み、抱き寄せるようにしていた自分の肩を掴む手に力を篭めた。
頭が真っ白になり、何を言われたか理解できなかった。
人より遥かに回転が速いと称された脳が理解を拒み、今が夢ならばどれほど幸せかと強固に現実にしがみ付く理性が嘆く。
全てが始まったばかりだった。
イタリアへ拠点を移し、長年のライバルと共にリーグ優勝を果たし、次の目標は何にするか、つい先日も夜を明かして話していた。
男女の差があれど、それ以上に強い仲間意識で通じ合っていた彼は、遠いイタリアの下で自分の帰りを待ち続けているはずだ。
だって、約束した。
すぐに帰ると、ただの一時帰国だと、また一緒にプレイすると。
心筋の細胞の性質が変わり、心室全体が拡大する病気。
原因は不明で治療法も確立されていないと宣告され、何をどうしろと言うのか。
心筋が薄く伸び血液を送るポンプとしての力が弱まり、壁が薄くなるごとに重症に陥る。
教えてもらった治療法は病状を改善させるためのものではなく、進行を遅くする程度のささやかなもの。
呆然として医師の宣告を聞いた後、家に帰って最初にしたのは自分の患った病気の詳細を調べること。
自分以上に衝撃を受けた父は、迂闊にも守の部屋の情報回線をとぎるのを忘れていた。
現在ではインターネットで調べれる情報量は多く、徹夜をして得た内容は絶望を与えるに足るもの。
それでも納得出来ずに朝一番で図書館へ赴き、医学書を片っ端から読み漁った。
小学生が読むには難解すぎる内容。
知らない専門用語も多数出てきたが、ありがたいことに辞典も置いてある。
部屋を一歩も出てこない父のお陰で自由を確立できた三日間。
その短くも長い期間で、自分が置かれた状況は把握できた。
最初に感じたのは、理不尽だと湧き上がる怒り。
涙も流せぬ強い憤怒はどうして自分が、と神へ向けた衝動。
遺伝子異常、ウィルス感染、免疫異常、妊娠状態。
どれが原因かもわからず、上げられる候補のどれも当てはまらないかもしれない原因に、何故自分が振り回されなければいけない。
初期症状ではほとんど自覚症状もない病気を発見できたのは運が良かったと言われた。
ならばこの先十年後に未来がある確率が低い運命を自覚させられて、一体何が運がいいのか教えて欲しい。
病名を知ったところで有効な治療はなく、手術ですら経過は不良の可能性が高いのに、一体何が良かったのだ。
十年後、守が生存している確率は僅か三十数パーセント。
それもこれもサッカーを止めて、安静に病院暮らしをしていたら、と注釈がつく。
体中を管で繋がれ、過去の栄光に想いを馳せて生きる人生の何がラッキーなのか。
死なないために生きる将来に、涙を流して感謝でもしろというのか。
心臓移植以外で希望のないこの病気に、生きている間に細胞移植や心筋再生治療などが発展して奇跡を見せてくれるのか。
こんなことなら日本に帰ってこなければ良かった。
何も知らず、イタリアの空の下で走っていたかった。
検査で異常が発見されなければ、ぎりぎりまでこの体が持つ間はサッカーが出来た。
あの広い空の下で、息の合った相棒と上を目指して走り続けれた。
でも、これからはそれは望めない。
これほど愛したサッカーは、命と引き換えに取り上げられる。
父は自分を愛するが故に、サッカーを止めろと懇願するだろう。
それは嫌だ。
サッカーが出来ないなんて、息をしないのと同じだ。
生きたまま羽を?がれて死ぬのを待つ虫と同じ。
空に憧れて飛び立てず、地表から焦がれて魂をじりじりと削られる。
そんなのは嫌だ。
それなら一思いに死にたい。
けど───。
『ははっ・・・無理だ。そんなの、無理に決まってる。父さんを裏切れない、受けた恩を返してもいないのに、望みに反するなんて出来ない』
ふらふらになって辿り着いた部屋。
昼間でもカーテンを閉め切って一人で蹲る。
何も知らされてない使用人は訝しげな眼差しを向けたが、徹夜で勉強したと誤魔化し眠たいからと人払いをした。
弟は小学校で、父は狂ったように仕事に精を出している。
何も知らない弟には、なんて言えばいいのか判らない。
サッカーをしている自分に憧れているのを知っている。
いつだって背中を追いかけてくる小さな姿は可愛くて、とても愛しい。
だからこそ怖い。
守がサッカーを出来ないと知ったら、彼はサッカーを続けれるのだろうか。
曇りのない笑顔は、痛々しく歪められるのではないか。
自分に遠慮してやりたいことも我慢し、敷かれたレールの上を歩く人形になってしまうのではないか。
『・・・っ』
想像するだけで、胸が痛む。
それを歓ぶ自分に嫌悪し、嘆く自分に苛立って。
相反する感情は今は辛うじて望まない方に天秤が傾いている。
だがこれはいついかなる要因が入り込み逆転するか判らない。
守は聖人君子じゃない。
全てを奪われる現状に、将来が開けている弟を笑って祝福してやれるほど優しい人間じゃない。
愛しているからこそ自分と同じどん底まで叩き落して、二度と這い上がれないように決定的な傷をつけたくなる。
『姉さん?』
唐突に真っ暗な世界に光が射す。
侵入者に目を細めれば、隠し扉を開いて顔を覗かせた子供ははにかんだような笑みを浮かべた。
『・・・有人?どうしたんだ?学校は?』
『今日は早く終ったんだ。姉さんとサッカーがしたくて運転手に急がせた。姉さん、サッカーをしよう』
『───悪い、有人。俺、昨日勉強してて寝不足なんだ。今からお昼寝って決めてんの。だから、サッカーはまた今度な』
『ああ、だからこんなに部屋が真っ暗なのか。姉さんがサッカーを後回しにするなんて、明日は台風が来そうだ』
『失礼だなぁ、有人は。ほれ、お前も一緒に昼寝するぞ』
『俺も?・・・でも、俺は』
『いいからいいから。久し振りの兄弟水入らずなんだから、たまにはいいだろ』
『・・・うん』
両手でサッカーボールを抱えたまま近づいた弟を抱きしめる。
太陽の香りがする彼は、無防備に心をさらけ出し照れながらも守の服の端をきゅっと握った。
相変わらず甘えただと苦笑して髪を結んでいるゴムを解くと、特徴的なドレッドがベッドに広がる。
見た目より柔らかなそれに手を差し込んで、繰り返すうちに心の天秤は落ち着く。
壊したい、から、守りたい、へ。
いつまで傍に居られるか判らないなら、この存在を大事にしたいと。
生まれて初めて出来たサッカー以外の特別だから、可愛い弟なのだからと。
この存在は守が気に入るように影山から選りすぐられた『もの』。
暇つぶしと称して与えられた『特別』は、可愛くて大切。
だから壊してはいけない。
壊したい衝動と闘って、何が何でも勝たねばならない。
すうすうとあっという間に寝息が聞こえ、どれだけ自分の存在に心を許しているか知る。
泣くことすらできない絶望の中、有人だけが守の光。
「───随分と、気分のいい目覚めじゃないの。神様」
嘲りを多大に含んだ声で嫌味交じりに飛び出た囁きは、何処にいるか知れないそいつに届いてるだろうか。
真っ暗な闇に目を凝らせば、記憶の中の状況と自分が存在する部屋の違いに嫌でも気づく。
広々としたキングサイズのベッドではなく、シンプルなクイーンサイズのベッドはそれでもまだ大きいけれど、自分を包むシーツの色も柔らかさも違っていた。
「そう言えば、まだあの頃は敬語じゃなかったな。中学に入学するんだからと口調を改めたのは、もうちょっと後か」
どちらにしろ懐かしい記憶だ。
思い出したくもない甘ったるい記憶にしがみ付いてる自分に反吐が出る。
優しい記憶の裏には、いつだって容赦ない現実が比較される。
味わった絶望は過去形ではなく現在進行形で我が身を苛んでいるのに、一体何に縋ろうとしてるのか。
「全く、嫌になるな」
どくどくと痛む胸に上半身を屈めて堪えつつ、くいっと口の端を持ち上げて笑う。
何もかも嫌になる。
世界が今この瞬間に終ったら、どれだけ幸せだろう。
「───っ」
声なき声で悲鳴を上げれば、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
どうして自分なんだ。
どうして自分でなければいけない。
世界を救うためでもなく、地鎮祭の生贄になるでもない。
自分の命が消えるのに理由はなく、偶然か必然かすらも判らない。
宇宙人の襲来とは言いえて妙だ。
我ながら笑ってしまうほど奇妙にしっくり来た例えだった。
選ばれるのに意味はなく、連れ去られる時期だって判らない。
そのくせ拒否権など与えられておらず、歯向かう気力は根本から叩き折られた。
片っ端から医学書を読み、増えた知識から絶望を知る。
「はは・・・ははは、あはははは!!」
狂ってしまえればいい。
何も理解できず、正しいことも悪いことも判断できないくらいに、とことんと堕ちてしまえれば。
「・・・っ、そんなの絶対ごめんだ」
闇は腕を広げて落ちてくるのを待っている。
それが神が残した優しさならば、絶対的に受け入れられない。
全てを捨ててしまえば楽になるだろうが、絶望の淵に叩き込んだ奴に縋るのは嫌だ。
だから覚悟を決めたのだ。
自分が闘う相手は、他の誰でもなく自分自身と。
他の何かはもういらない。
望んでも掌から零れ落ちるだけなら、サッカーだけがあればいい。
「Vaffanculo!!」
押さえきれない憤怒が形となり、罵声が唇から零れる。
泣きたいのか笑いたいのか、守りたいのか壊したいのか。
全ての衝動を体に抱いて、早く夜が明けろと光を願った。
「Ciao. Come va?」
「Ciao. Non c'e male, Grazie. E lei?」
「Cosi cosi」
流暢に返された言語に、土門は疑問に対する答えに確信を抱く。
無視されるか誤魔化されるかすると思っていたが、どうやら相手の方が一枚上手だ。
連日の練習に加え、グランドを打つ雨の所為で部活は休みだと昼の内に連絡はまわしたくせに、自分は腰に一之瀬を巻きつけて部室の窓から外を見ていた円堂は、笑みに似た表情を浮かべ視線を寄越した。
一つ年上の年齢を考慮しても随分と大人っぽい仕草に胸が騒ぐ。
普段の底抜けに明るく騒々しい面は作り物じゃないかと穿った考えを持ちそうになるほど、静謐な雰囲気は彼女に似合っていた。
「どうしたんだ、土門?イタリア留学でも検討中?」
「いーや、俺にはイタリア語は難しいや。それに俺も一之瀬も留学するならブラジルって決めてるし」
「そうなの?なら、どうして態々イタリア語?何か俺に聞きたいことでもあったか?」
「ちょっとした好奇心だ。帝国の試合からずっと引っかかってた。円堂って女の子だよな?」
「そうだなぁ。一応生物学上の範囲で確認するなら、女だな」
「じゃあ、どうして男のふりしてるんだ?鬼道さんと試合をするためだけなら、もういいんじゃないか?フットボールフロンティアに女子に参加枠はなかったと思うけど」
「まぁな。でも、俺の場合は理事長公認で男子の制服着てるだけだし。言っておくけど自己紹介のときに男だって言った記憶もなければ、詐称したこともないぜ?周りが勝手に勘違いしてったの」
「よく言うぜ。自分から秘密を明かす気なんて、帝国との試合がなけりゃなかったろ?そもそも何で理事長も黙認してるんだ?」
「黙認には条件がいくつかあったんだけど、一番大きいのは影山の存在かな?俺、実はフットボールフロンティアの出場枠も女で登録してあるから」
「ええ!?そんなの許されるのか?」
「許されちゃったんだなぁ、それが。影山は俺にこの上なく執着してるからな。あいつの役職、覚えてない?」
「影山の役職・・・?あ」
指摘されて漸く思い出したそれは、中学サッカー協会副会長。そして自校の理事長は会長。
つまり、二人の相反する想いにより円堂守は女でありながら出場枠を勝ち取っていた、ということなのだろう。
随分とスケールの大きい話に頭を掻きながら眉を下げる。
否、彼女の正確な実力を持ってすれば、それでも小さな部類になるのだろうか。
女子であっても、二年前にサッカーは出来ないと宣告されたとしても、彼女の実力は疑いようがない。
生まれ持つ肉体的な才能、それに磨きをかけるメンタル的な才能、さらに人を惹き付けるカリスマ性。
今ですら凄いの一言なのだから、きっと以前はそれこそ自分とは比べるべくもないプレイヤーだったのだろう。
嘗ての一之瀬のように、いいや、嘗ての一之瀬ですら憧れた高い位置で。
「イタリアでもそうだったのか?」
「・・・何が?」
「イタリアジュニアユース代表、マモル・キドウ。同い年のライバルであり相棒のフィディオ・アルデナとコンビを組めばまさに最強。女でありながら男子のリーグで活躍する特例を許された万能の天才。不屈のポラリスと呼ばれたミッドフィルダーと白い流星と称されるフォワードは最年少でありながら著しい活躍でその年のリーグ優勝に貢献した」
「へぇ、良く調べたな。もう、二年も前になるのに」
「思い出したんだ。一之瀬が事故に合う前に、一度だけ雑誌で目を通した。アメリカをサッカー大国にと望んだあいつが見つけた小さな記事にはこう書かれていた。『日本が生んだ奇跡の天才。天性のカリスマと状況を見極める確かな目、機械のような正確な技術に心を奮わせる存在感。いずれ、世界を背負うプレイヤーの一人になるだろう』ってな。その当時はまだジュニアユース代表でもなんでもなかったけど、頭角は現れてた」
「わお!随分と俺を買いかぶってんなぁ、その記事。そんなにご大層なもんじゃなかったし。ただ、普通の人よりも活躍の場を与えられ、徹底した技術を学ぶ機会に恵まれたサッカー大好き少女だっただけだ」
へらり、と笑顔を浮かべて頭の後ろで腕を組んだ人は、感情を全く読ませてくれない。
『円堂守』という人は、知れば知るほど奥が見えない人間だ。
土門がネットやアメリカの友人経由で調べた内容によると、少しだけ彼女の経歴で疑問が沸く部分がある。
先日の帝国戦で彼女の恩師と語った影山は、『二年前に交通事故で二度とサッカーを出来ないと宣告された』と言っていた。
実際にアメリカの友人から得た情報によると、円堂は一之瀬がリハビリで通っていた病院に入院していたらしい。
一月意識を取り戻さずにいて、どこからか『鬼道守』が入院したという事実を嗅ぎ付けた一之瀬がサッカーに誘い続けたと言っていた。
だが、そこでずれが生じる。
土門が得た『鬼道守がイタリアから姿を消した時期』と、『彼女が交通事故でサッカーを出来ないと宣告された時期』には微妙なずれが生じるのだ。
帝国キャプテンの座を捨てたと鬼道は口にした。
それは元々帝国学園に入学する前に日本に帰ってきていた、と取れないだろうか。
さらに影山は『抱えている爆弾は一つじゃない』とも言っていた。
もしかして円堂が言っていた『最後のライン』とはそれに関連する何かではないのか。
深読みしようと思えば幾らでも出来る要素があるのに、組み立てるには絶妙にピースが足りない。
「お前は俺たちにまだ何か隠している」
「?どうしたんだよ、土門」
「違和感があるんだ。円堂は鬼道さんを影山から取り戻すために帰国したと、そのために努力してリハビリをしたって言ってたよな?その割りに、先日鬼道さんが来たときには反応が淡白すぎた。影山の一言で見せた怒りは作り物には見えなかった。だとしたら可笑しいのはこの間の反応だ。さらりとした口調で『赤の他人』と言い切れる相手が馬鹿にされた程度で激昂するようなタマじゃないだろ、お前は」
「ならどんな態度なら納得できたんだ?ばりばりのブラコンか?両腕を広げて会いたかったと、今更感動の再会でもしろと?」
「いや・・・そこまでは言わないけど」
「あのな、土門。お前は根本的なところで勘違いしてるけど、俺はあいつの傍に居るために日本に帰ったわけじゃないぞ」
多大に呆れを含んだ声に、瞬きを繰り返す。
帝国戦のときの話を聞けば、そうとしか考えられなかったが、まだ他にも理由があるのだろうか。
「どういう意味だ?」
「俺の目的は鬼道を影山の支配から救うこと。だがその理由は単一ではなかったって意味だ」
「単一ではない?」
「あいつは鬼道の跡継ぎだ。そのあいつが影山の支配下に置かれたままだと、鬼道の家にまで影響が出る。引いては俺たちを養子にしてくれた父に迷惑が掛かるってことだ」
「父親に?」
「そう。俺たちはサッカーの才能が影山の目に留まって鬼道の家に引き取られた。だが、ここで忘れちゃいけないのは、鬼道は一般家庭とは違うという部分。鬼道家の人間には鬼道財閥を背負う義務があり、その為の覚悟が必要だ。どの分野においてもトップでいるのを望まれる」
「だから、なんだってんだよ」
「トップに立てるのは常に一人だ。導き手が分裂すれば下につく人間も分かたれる。俺という人間があいつの傍にい続ければ、組織にいい影響を与えない。元々俺とあいつは血が繋がってない。どちらが有能か比較し、どちらにつけば将来に役立つか。俺たちの仲がいいとか悪いとかそんなの関係無しに打算を抱くのが当然で、より自分にとって都合のいい人間を頭に据えようとする。土壌がしっかりしていない組織ほど脆いものはない」
「だからあえて鬼道家の養子から外れたってのか?鬼道さんの地位を確立するために」
「それも正確じゃないな。俺には俺の夢があり、その夢のために鬼道家から抜けた。幸いにして俺の性別は女だ。財閥の跡取りは男が望ましいと訴える頭の古い狸も多かったお陰で、俺は晴れて自由の身ってわけ」
「いい人フィルターは掛けるなって?」
「そういうこと。それに俺はこうも言ったはずだ。『姉として、最後の役目を果たしたい』ってね」
ぱちり、とウィンクした姿は飄々として掴みどころがない。
自分も年齢の割には落ち着いている方だが、彼女の雰囲気は明るく見えて老獪だ。
探ろうと手を伸ばせば伸ばすほど底なし沼に嵌ってる気がする。
ここで話して聞かせた内容も、土門が納得できるように教えただけで真実は語っていないのだろう。
嘘ではないが、本音ではない。
何の証拠もなく直感だけの判断だが、外れていない自信があった。
けれど。
「これ以上踏み込んだら、お前の腹にしがみ付いてる番犬もどきに食いつかれそうだな」
「あれ?いつからこいつが起きてるって気づいてたの?」
「ついさっきだ。鬼道さんの名前を出した瞬間、腕がぴくりと動いた」
「目端が利くなぁ、土門は。俺が鬼道財閥を継いでたら、お前の手腕は是非欲しいところだな。中間管理職として」
「胃に穴が開きそうだから遠慮しとく。俺にも、アメリカをサッカー大国にしたいって夢があるしな」
狸寝入りしているのを指摘したにも関わらず、円堂から放れようとしない一之瀬に苦笑する。
「探りたかった内容は掴めたか?」
「いいや。益々謎が深まっただけだった。でも、収穫もあったぜ?」
「ふうん?何が収穫だった?」
「お前が一之瀬の憧れのプレイヤーで、とんでもない才能の持ち主だってことだ」
「───全部、過去形だ。俺はもう世界を舞台に走らないからな」
「何故?」
「単純に実力不足だからだ。さ、もう質問タイムは終わり。好奇心は猫を殺すって言うだろ」
さらりと線引きされ肩を竦める。
それでも十分と色々教えてもらった方なのだろう。
土門が他言しないと見抜いたからこそ過去を教えてくれた人の信頼は、裏切るには大きすぎる。
「円堂」
「何だ?」
「今の会話で安心した。鬼道さんを、切り捨てたわけじゃないって判ったからな。そうじゃなきゃ、将来を慮るような言葉が出るはずがない」
「さあ、どうかな?俺は鬼道家への恩義を返すためだけに動いたのかもしれないよ?」
「それはない」
「きっぱり言い切るな。根拠は?」
「勘だよ。───俺が信頼した『円堂守』って人間は、そういう奴だ」
「そりゃまた不確定要素だな」
くつくつと喉を震わせて笑う人は、高貴な猫のようだ。
良く手入れされた毛並みやコケティッシュな雰囲気は、触れてみたいと相手に望ませるくせに、魅了するだけ魅了して安易に自分に近寄らせない。
自分の価値を理解して、どうすればいいか知っているずるい人。
彼女に甘えるように自分の全てを預ける一之瀬は、見た目は猫の子でも中身は虎だ。
猛獣に等しい激しさを持ち、立派な牙と爪を持つ。
その彼を愛玩動物と同じように可愛がる円堂に、勝てそうにないな、と白旗を上げた。
「Ciao. Non c'e male, Grazie. E lei?」
「Cosi cosi」
流暢に返された言語に、土門は疑問に対する答えに確信を抱く。
無視されるか誤魔化されるかすると思っていたが、どうやら相手の方が一枚上手だ。
連日の練習に加え、グランドを打つ雨の所為で部活は休みだと昼の内に連絡はまわしたくせに、自分は腰に一之瀬を巻きつけて部室の窓から外を見ていた円堂は、笑みに似た表情を浮かべ視線を寄越した。
一つ年上の年齢を考慮しても随分と大人っぽい仕草に胸が騒ぐ。
普段の底抜けに明るく騒々しい面は作り物じゃないかと穿った考えを持ちそうになるほど、静謐な雰囲気は彼女に似合っていた。
「どうしたんだ、土門?イタリア留学でも検討中?」
「いーや、俺にはイタリア語は難しいや。それに俺も一之瀬も留学するならブラジルって決めてるし」
「そうなの?なら、どうして態々イタリア語?何か俺に聞きたいことでもあったか?」
「ちょっとした好奇心だ。帝国の試合からずっと引っかかってた。円堂って女の子だよな?」
「そうだなぁ。一応生物学上の範囲で確認するなら、女だな」
「じゃあ、どうして男のふりしてるんだ?鬼道さんと試合をするためだけなら、もういいんじゃないか?フットボールフロンティアに女子に参加枠はなかったと思うけど」
「まぁな。でも、俺の場合は理事長公認で男子の制服着てるだけだし。言っておくけど自己紹介のときに男だって言った記憶もなければ、詐称したこともないぜ?周りが勝手に勘違いしてったの」
「よく言うぜ。自分から秘密を明かす気なんて、帝国との試合がなけりゃなかったろ?そもそも何で理事長も黙認してるんだ?」
「黙認には条件がいくつかあったんだけど、一番大きいのは影山の存在かな?俺、実はフットボールフロンティアの出場枠も女で登録してあるから」
「ええ!?そんなの許されるのか?」
「許されちゃったんだなぁ、それが。影山は俺にこの上なく執着してるからな。あいつの役職、覚えてない?」
「影山の役職・・・?あ」
指摘されて漸く思い出したそれは、中学サッカー協会副会長。そして自校の理事長は会長。
つまり、二人の相反する想いにより円堂守は女でありながら出場枠を勝ち取っていた、ということなのだろう。
随分とスケールの大きい話に頭を掻きながら眉を下げる。
否、彼女の正確な実力を持ってすれば、それでも小さな部類になるのだろうか。
女子であっても、二年前にサッカーは出来ないと宣告されたとしても、彼女の実力は疑いようがない。
生まれ持つ肉体的な才能、それに磨きをかけるメンタル的な才能、さらに人を惹き付けるカリスマ性。
今ですら凄いの一言なのだから、きっと以前はそれこそ自分とは比べるべくもないプレイヤーだったのだろう。
嘗ての一之瀬のように、いいや、嘗ての一之瀬ですら憧れた高い位置で。
「イタリアでもそうだったのか?」
「・・・何が?」
「イタリアジュニアユース代表、マモル・キドウ。同い年のライバルであり相棒のフィディオ・アルデナとコンビを組めばまさに最強。女でありながら男子のリーグで活躍する特例を許された万能の天才。不屈のポラリスと呼ばれたミッドフィルダーと白い流星と称されるフォワードは最年少でありながら著しい活躍でその年のリーグ優勝に貢献した」
「へぇ、良く調べたな。もう、二年も前になるのに」
「思い出したんだ。一之瀬が事故に合う前に、一度だけ雑誌で目を通した。アメリカをサッカー大国にと望んだあいつが見つけた小さな記事にはこう書かれていた。『日本が生んだ奇跡の天才。天性のカリスマと状況を見極める確かな目、機械のような正確な技術に心を奮わせる存在感。いずれ、世界を背負うプレイヤーの一人になるだろう』ってな。その当時はまだジュニアユース代表でもなんでもなかったけど、頭角は現れてた」
「わお!随分と俺を買いかぶってんなぁ、その記事。そんなにご大層なもんじゃなかったし。ただ、普通の人よりも活躍の場を与えられ、徹底した技術を学ぶ機会に恵まれたサッカー大好き少女だっただけだ」
へらり、と笑顔を浮かべて頭の後ろで腕を組んだ人は、感情を全く読ませてくれない。
『円堂守』という人は、知れば知るほど奥が見えない人間だ。
土門がネットやアメリカの友人経由で調べた内容によると、少しだけ彼女の経歴で疑問が沸く部分がある。
先日の帝国戦で彼女の恩師と語った影山は、『二年前に交通事故で二度とサッカーを出来ないと宣告された』と言っていた。
実際にアメリカの友人から得た情報によると、円堂は一之瀬がリハビリで通っていた病院に入院していたらしい。
一月意識を取り戻さずにいて、どこからか『鬼道守』が入院したという事実を嗅ぎ付けた一之瀬がサッカーに誘い続けたと言っていた。
だが、そこでずれが生じる。
土門が得た『鬼道守がイタリアから姿を消した時期』と、『彼女が交通事故でサッカーを出来ないと宣告された時期』には微妙なずれが生じるのだ。
帝国キャプテンの座を捨てたと鬼道は口にした。
それは元々帝国学園に入学する前に日本に帰ってきていた、と取れないだろうか。
さらに影山は『抱えている爆弾は一つじゃない』とも言っていた。
もしかして円堂が言っていた『最後のライン』とはそれに関連する何かではないのか。
深読みしようと思えば幾らでも出来る要素があるのに、組み立てるには絶妙にピースが足りない。
「お前は俺たちにまだ何か隠している」
「?どうしたんだよ、土門」
「違和感があるんだ。円堂は鬼道さんを影山から取り戻すために帰国したと、そのために努力してリハビリをしたって言ってたよな?その割りに、先日鬼道さんが来たときには反応が淡白すぎた。影山の一言で見せた怒りは作り物には見えなかった。だとしたら可笑しいのはこの間の反応だ。さらりとした口調で『赤の他人』と言い切れる相手が馬鹿にされた程度で激昂するようなタマじゃないだろ、お前は」
「ならどんな態度なら納得できたんだ?ばりばりのブラコンか?両腕を広げて会いたかったと、今更感動の再会でもしろと?」
「いや・・・そこまでは言わないけど」
「あのな、土門。お前は根本的なところで勘違いしてるけど、俺はあいつの傍に居るために日本に帰ったわけじゃないぞ」
多大に呆れを含んだ声に、瞬きを繰り返す。
帝国戦のときの話を聞けば、そうとしか考えられなかったが、まだ他にも理由があるのだろうか。
「どういう意味だ?」
「俺の目的は鬼道を影山の支配から救うこと。だがその理由は単一ではなかったって意味だ」
「単一ではない?」
「あいつは鬼道の跡継ぎだ。そのあいつが影山の支配下に置かれたままだと、鬼道の家にまで影響が出る。引いては俺たちを養子にしてくれた父に迷惑が掛かるってことだ」
「父親に?」
「そう。俺たちはサッカーの才能が影山の目に留まって鬼道の家に引き取られた。だが、ここで忘れちゃいけないのは、鬼道は一般家庭とは違うという部分。鬼道家の人間には鬼道財閥を背負う義務があり、その為の覚悟が必要だ。どの分野においてもトップでいるのを望まれる」
「だから、なんだってんだよ」
「トップに立てるのは常に一人だ。導き手が分裂すれば下につく人間も分かたれる。俺という人間があいつの傍にい続ければ、組織にいい影響を与えない。元々俺とあいつは血が繋がってない。どちらが有能か比較し、どちらにつけば将来に役立つか。俺たちの仲がいいとか悪いとかそんなの関係無しに打算を抱くのが当然で、より自分にとって都合のいい人間を頭に据えようとする。土壌がしっかりしていない組織ほど脆いものはない」
「だからあえて鬼道家の養子から外れたってのか?鬼道さんの地位を確立するために」
「それも正確じゃないな。俺には俺の夢があり、その夢のために鬼道家から抜けた。幸いにして俺の性別は女だ。財閥の跡取りは男が望ましいと訴える頭の古い狸も多かったお陰で、俺は晴れて自由の身ってわけ」
「いい人フィルターは掛けるなって?」
「そういうこと。それに俺はこうも言ったはずだ。『姉として、最後の役目を果たしたい』ってね」
ぱちり、とウィンクした姿は飄々として掴みどころがない。
自分も年齢の割には落ち着いている方だが、彼女の雰囲気は明るく見えて老獪だ。
探ろうと手を伸ばせば伸ばすほど底なし沼に嵌ってる気がする。
ここで話して聞かせた内容も、土門が納得できるように教えただけで真実は語っていないのだろう。
嘘ではないが、本音ではない。
何の証拠もなく直感だけの判断だが、外れていない自信があった。
けれど。
「これ以上踏み込んだら、お前の腹にしがみ付いてる番犬もどきに食いつかれそうだな」
「あれ?いつからこいつが起きてるって気づいてたの?」
「ついさっきだ。鬼道さんの名前を出した瞬間、腕がぴくりと動いた」
「目端が利くなぁ、土門は。俺が鬼道財閥を継いでたら、お前の手腕は是非欲しいところだな。中間管理職として」
「胃に穴が開きそうだから遠慮しとく。俺にも、アメリカをサッカー大国にしたいって夢があるしな」
狸寝入りしているのを指摘したにも関わらず、円堂から放れようとしない一之瀬に苦笑する。
「探りたかった内容は掴めたか?」
「いいや。益々謎が深まっただけだった。でも、収穫もあったぜ?」
「ふうん?何が収穫だった?」
「お前が一之瀬の憧れのプレイヤーで、とんでもない才能の持ち主だってことだ」
「───全部、過去形だ。俺はもう世界を舞台に走らないからな」
「何故?」
「単純に実力不足だからだ。さ、もう質問タイムは終わり。好奇心は猫を殺すって言うだろ」
さらりと線引きされ肩を竦める。
それでも十分と色々教えてもらった方なのだろう。
土門が他言しないと見抜いたからこそ過去を教えてくれた人の信頼は、裏切るには大きすぎる。
「円堂」
「何だ?」
「今の会話で安心した。鬼道さんを、切り捨てたわけじゃないって判ったからな。そうじゃなきゃ、将来を慮るような言葉が出るはずがない」
「さあ、どうかな?俺は鬼道家への恩義を返すためだけに動いたのかもしれないよ?」
「それはない」
「きっぱり言い切るな。根拠は?」
「勘だよ。───俺が信頼した『円堂守』って人間は、そういう奴だ」
「そりゃまた不確定要素だな」
くつくつと喉を震わせて笑う人は、高貴な猫のようだ。
良く手入れされた毛並みやコケティッシュな雰囲気は、触れてみたいと相手に望ませるくせに、魅了するだけ魅了して安易に自分に近寄らせない。
自分の価値を理解して、どうすればいいか知っているずるい人。
彼女に甘えるように自分の全てを預ける一之瀬は、見た目は猫の子でも中身は虎だ。
猛獣に等しい激しさを持ち、立派な牙と爪を持つ。
その彼を愛玩動物と同じように可愛がる円堂に、勝てそうにないな、と白旗を上げた。
昼間の態度にどうしても納得が出来なくて、気がつけば足は円堂の家へと向かっていた。
部活が終わり、夕香の見舞いも済ませた後なので、外は夜の帳に包まれつつある。
一番星が夕日の向こうで光り、藍色に染まり始めた空は目に見えて色を変えていく。
辿り着いた高級マンションで、暗証番号と鍵を使って入り口を開く。
オートロックのそこは、手渡された合鍵があれば侵入者にも寛容だ。
もう幾度も通い詰めているので、慣れた仕草でエレベーターの前に足を止める。
時間帯の所為だろうか。
たまに顔を合わせる住人たちともすれ違わず、最上階にあるドアの前まで辿り着けた。
申し訳程度にチャイムを鳴らし、暫く待っても出てこないのでそのまま合鍵を使う。
始めはいいのかと躊躇っていたが、ゲームやサッカーに熱中していると誰も開けてくれないと気づいてから、合鍵を使うのに躊躇いはなくなった。
遠慮していたら弱肉強食を絵に描いたこの家ではやっていけない。
手土産に持たされた林檎の袋が当たらないよう気をつけながらドアを開け、二畳はある玄関で靴を脱いだ。
そこで見慣れない靴を見つけ首を傾げる。
いやある意味では良く見慣れたサッカー用のスパイクなのだが、何処となく見覚えがある気がするそれは、この家では初めて見るものだった。
その傍には脱ぎ散らかされた一之瀬愛用の靴と、きっちりと踵を揃えて置かれた円堂の靴。
ほとんどサイズの変わらないそれらの横に、綺麗に整えて靴を置くと、ついでに脱ぎ散らかされた一之瀬の靴も並べる。
人を感知して自然と明かりがつく廊下を歩きリビングのドアを開けて、持ち主不明の靴が誰のものだったかを思い出した。
「お、豪炎寺」
「インターフォンを鳴らしたんだが出てこなかったから勝手に上がらせてもらった」
「悪い、どうにも動けなくてさ。どうせこの時間に連絡無しで来るのは豪炎寺くらいだし、お前ならいいかなって思って。悪いな」
「いや・・・気にしなくてもいい。それより、その状況は?」
リビングにあるソファを背にした円堂は、背中に風丸、腹に一之瀬をへばり付けて身動き取れぬままテレビを見ていた。
ちなみにリビングにあるテレビは家の中でも一番大きいもので、テレビ台にはDVDプレーヤーとテレビゲームの類が仕舞われていた。
観葉植物が数個と、ソファ、床には寝転べるように絨毯とクッションが置かれるシンプルな部屋は、余計なものがないだけに広々としていた。
ベッドにもなるソファはごろごろしながらDVD鑑賞をするのに役立ち、怠惰な魅力は一度したらやめられない。
真夜中に生放送で海外のサッカーを見るときは、床に布団を敷いてソファに並んで盛り上がるのだが、今はそこまで楽しそうには見えなかった。
腹にしがみついて寝転ぶ一之瀬と、背中から覆いかぶさるようにしている風丸は、火花を散らして睨み合っている。
どんな状況か理解できないが、少なくとも彼女が望んでこうなっているわけじゃなさそうだった。
「いや、一哉捜索隊は割りとすぐに河川敷でいじけているこいつを見つけたから解散しようとしたんだけどさ。家に帰るって駄々を捏ねる一哉と一緒に暮らしてるのが風丸にばれて、俺も行くって引かなくてな。仕舞いには喧嘩始めたから無理やり引き摺ってきたらこの状況だ。どっちかを剥がそうとすればどっちかが挑発行動に出て、俺トイレにすら行けない状態」
「夕飯は?」
「食べてない。こいつらが無駄にへばり付くから、身動き取れないし」
「守が迷惑してるから、風丸放れろ」
「まも姉はお前に迷惑してるんだ。一之瀬が放れろ」
「な?超うざいだろ?仕方ないから放置してテレビ見てた。この間一哉が見たいって借りてきた『絶対に笑っちゃいけない』って縛りのあるお笑いのDVDなんだけど、これがまた秀逸でさ。罰を受ける面々を見て俺、爆笑!」
「・・・・・・とりあえずその状態でもお前がそれほど困ってないのは判った。だが夕飯はきちんと摂った方がいい。何か簡単なものでも作ろうか?」
「サンキュー!さすが豪炎寺。いい男は言うことが違うね。ぐずぐずとくっついて喧嘩し続けるお子様と比べるべくもないな。やっぱ、料理できる男はいいねぇ」
「俺も料理くらい出来るよ、守!」
「俺だって、簡単な料理くらい出来る」
「・・・守の食事は俺が作るから、ここで待ってろよ風丸君」
「まも姉の食事は俺が作るから、お前こそここで待ってろ一之瀬君」
「あー、至極面倒な奴らだな。んじゃ、一哉は大盛りナポリタン。ちろたは炊飯器のご飯全部使ってシンプルオムライス。一哉、正々堂々と勝負する気なら、ちゃんとちろたに台所の使い方は教えるように。はい、よーいどん!」
ぱん、と叩き鳴らされた音に反射的に立ち上がった二人は、押し合いながら台所へ消えていく。
カウンター越しにサッカーのチャージの勢いで肩をぶつけ合う二人は、それぞれ冷蔵庫の中身を取り出し豪い勢いで料理を始めた。
怪我をしないかとはらはらしてると、怪我したらその時点で失格な、と煽るように円堂が茶々を入れ、二人の勢いが増す。
唖然とその様子を見守っていると、肩が凝ったのか腕をぐるぐると回してストレッチを開始した円堂は、豪炎寺に笑いかけた。
「助かったよ、豪炎寺。引き剥がす切欠を探してたけど、これが中々難しくてさ。食料も確保できるし、一石二鳥だな。俺たちはDVDでも見てのんびりと待ってようぜ。それとも、お前は晩御飯食べた?」
「いや、まだだ。そうだ。これ、フクさんが持って行くようにって」
「林檎?うわ、超嬉しい!俺、フルーツ大好き!」
「じゃあ、デザートにでもするか?後で剥いてやる」
「マジで?じゃあ、皆で食べようか」
にこにことした円堂はいつもど何も変わらない。
部活が始まる前の騒動も忘れたように、否、何の意味もないとばかりに笑う姿に、豪炎寺は違和感を覚える。
円堂は鬼道を、自分にとっての夕香と同じだと言っていた。
その言葉の重みは誰より豪炎寺が理解している。
だからこそ、部活前の行動を不思議に思った。
サッカー部の面々は納得したようだったが、もう少し内側に入れてもらっている自覚があるだけに気がつく。
もし自分なら、夕香があんなに真っ青な顔で、尋常じゃない様子で自分を探していたなら、もっと動揺するはずだ。
けれど円堂に動揺は見れなかった。突然の行動に驚いてもおかしくないのに、『全くの普段どおり』だった。
まるで、鬼道が現れるのを予想していたようだ。
何もかも判ってて、予定調和だから驚愕しないように見えた。
テレビではなく、ソファに凭れて座る円堂の顔をじっと見ていると、ふうと嘆息された。
ぽんぽんと自分の横を叩くと無言で促される。
誘われるままに腰を下ろすと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
最近気がついたのだが、この家にいる円堂はプライベートモードに切り替わるらしい。
部活や学校にいるときより、スキンシップ過多になり年下扱いされる。
振り払うほどではないが、乱れる髪にじっとりと眉を寄せると笑われた。
「で?豪炎寺君は、俺に何を聞きたいのかな?」
「・・・鬼道はあの後倒れた」
「そうだろうな。ありゃ二、三日は寝てないぞ。顔の扱け方とか目のしたの隈とか、制服の下の体の痩せ方。どうせ俺と鬼道家の養子の解消に泡食って俺の居場所を探してたんだろ」
「そこまで判ってるのなら、どうしてもっときちんと話を聞かないんだ?あいつはお前と話をしに来たんだぞ?」
「あのな、豪炎寺。俺と鬼道は、夕香ちゃんとお前と違う。鬼道家の人間ってのは常に何事でもトップであらねばならない。勉強、運動、他にも礼儀作法や芸術、帝王学に護身術。あいつは鬼道家の跡取りだ。いつまでも『姉』に依存して生きていくわけにはいかねえんだよ」
「だが、それでもまだ大人になるまで時間があるだろう?兄弟でいる時間はあるはずだ」
豪炎寺としては当たり前の疑問だった。
兄弟とはいえいつかはそれぞれの道を歩く日は来る。
一番傍に居た互いの場所を見知らぬ誰かに譲り、別の人間と家族を作る。
けれどそれはまだ先の話だ。
中学生の自分たちはまだまだ子供と呼ばれる年齢で、結婚や恋人とよりも兄弟や家族を優先する方が自然に感じた。
一瞬だけ痛みを堪えるように目を細めた円堂に、首を傾げる。
だがその表情は瞬き一つの間には消えていて、気のせいだったのかと真っ直ぐに瞳を覗き込んだ。
「そうだなぁ、例えて言うなら宇宙人の襲来だ」
「はぁ?」
「ある日宇宙人が来て、お前に言うんだ。『お前を近い将来人間が住めない場所に連れて行く。いつ連れて行くかは明確に決めてないが、家族にも二度と合わせない。拒否しようとしても無駄だ。我々には人類の及ばぬ力があり、国家戦力を持ってして抵抗しても無駄だ』ってな」
「宇宙人がか?どうして俺に?」
「お前が選ばれたのに意味はないさ。けれど他の誰でもなくお前を絶対に連れて行くって決めてる。人類の中から結構な確率で選ばれたお前に拒否権はない。そして宇宙人に浚われる事実は誰に告げてもいいけれど、未来は絶対に変えられない。そうしたらさ、お前はどうする?」
何もかもが唐突な質問だ。
先ほどの鬼道の話からどうして宇宙人の襲来になったのかわからない。
戸惑う豪炎寺に、いつもより少し意地の悪い顔をした円堂は、ぴんと立てた指先を振り問いかける。
「どうするって、何を?」
「一番大事な相手に、夕香ちゃんに何て言う?馬鹿正直に『お兄ちゃんはいつかは判らないが、近い将来宇宙人に浚われて二度と会えないから地球で元気に暮らしてろよ』って言うか?」
「いや・・・言わないな」
「じゃあ、どうする?」
例え話だと言ったくせに、嘘や冗談を許さないとじっと覗き込んできた円堂に言葉を詰まらせると、大盛りの皿を持った二人がリビングへ戻ってきた。
さりげなく豪炎寺と円堂の間に身を割り込ませると、一之瀬がどんとナポリタンの乗った皿を机に置く。
同じように空寒くなる視線で睨み付けてきた風丸も、大皿一杯のオムライスを机に置き円堂の隣に腰掛けた。
「俺は連れてく。守が嫌だって言っても、絶対に手を放さないで連れてくから。泣いても喚いても絶対に放したりしないよ。一人で浚われるくらいなら、一蓮托生で巻き込んでやる」
「俺は連れてかない。けれど、地球にいる間はずっとまも姉の傍にいる。でろでろに甘やかして俺なしじゃ居られないようにして、そんで俺が消えてもずっと俺のことを覚えててもらう」
「黙れお子様コンビ。まず俺の話じゃないし。お前らじゃなくて豪炎寺に聞いてるんだ。てかお前ら的なハッピーエンドは若干ヤンデレ入ってて怖いぞ。───そんで、お前ならどうする?一哉みたいに強制的に一緒に宇宙人生活?それとも、風丸みたいに自分無しじゃいられないようにして、そのまま置いていく?」
「俺は───俺なら、そうだな。夕香の前から姿を消す。宇宙人云々は何も教えないし、俺が居なくともおかしくない状況を整えて、それで、俺が居なくても大丈夫な環境を出来るだけ整えて、手を放す」
「二度と会えないのに何も言わないで消えるのか?」
「それが夕香のためだ。知ったら傷つくのなら、何も知らずに笑っていて欲しい。俺が居なくても、夕香には父さんが居る。フクさんや、学校には友達だって居る。だから、何も言わないのが一番いい。記憶ごと消せるならそれが一番いいけど、それは無理だろうからな。いつか大人になってふと思い出したとき、薄情な兄貴が居たなって笑ってくれれば、それがいい」
間に割り込んだ一之瀬の頭をむぎゅっと無遠慮に押しのけた円堂は、豪炎寺の答えに満足げに頷いた。
それにめげずに正面から抱きつく一之瀬に、こっそりと感心する。
円堂の背中から風丸が絶対零度の怒りを放出しているのに彼は全く動じてない。
そして前後からしがみ付かれながらも、こちらも全く動揺してない円堂は二人の内どちらが用意したか知れない小皿とフォークに豪炎寺に差出す。
小皿にナポリタンを取り分けて風丸に、オムライスを取り分けて一之瀬に渡すと、こちらにも料理を取るように促しながら自分はナポリタンとオムライスを半分ずつ皿に載せた。
いつもサッカーの放映があるときは横一列に並んでご飯を食べるが、流石に四人は大きい机でも狭い。
僅かに体がはみ出したが、料理を取るのに支障もないし、いがみ合う二人の間に入る気力もないので押し出されるままに隅に寄る。
いただきます、と手を合わせ食事を開始してから暫くして、ぽつりと円堂が口を開いた。
「豪炎寺なら、そう言うと思ったよ。お前は俺と似てるからな」
「・・・円堂?」
「まあ、つまりそう言うわけだ。俺も弟離れしなきゃ駄目だし、あいつも姉離れする時期だ。俺たちを繋げる糸は、細くて視認するのもやっとなくらいのものだけど、それでもサッカーがあれば繋がってられる。あいつは、もう勝つためだけにサッカーはしない。ちゃんと笑えるようになったし、自分で考えて動ける。それに何よりあいつはもう一人じゃない。支えてくれる仲間がいる。掛け替えのない妹が、暖かい家族が居る。狭い世界の殻を破るには丁度いいだろ」
「手放したのは、鬼道のためか?」
「俺のためだよ。俺ってエゴの塊だから、全部最終的には自分のため。我侭なんだ、基本的に。何ていっても長年お嬢様生活してたからなぁ」
からからと笑う円堂は、信じられないことにナポリタンとオムライスを一口で食べた。
麺類をおかずにご飯を食べる人がいるのは聞いたことあるが、同時に食した相手を見るのは初めてだ。
もぐもぐと租借してそれぞれに感想を言う彼女は味覚は秀でてるのだろうが、何か色々ずれている。
もしかして美味しいのかと真似てみたが、豪炎寺には個々で食べる方が合っているようだった。
眉間に皺を刻んでナポリタンをフォークでまきつつ口に入れる。
どこか懐かしい味のそれは、何となく一之瀬らしい味がした。
繊細でありながら豪快な彼の料理は何でも目分量だ。
オムライスを口にすればケチャップとしっかりと焼かれた卵が美味しく、家庭的な味は風丸らしくて笑ってしまう。
同じ品目を作っても自分ではこういう味は出せないので、妹が目を覚ましたとき用に二人にレシピを教えてもらおうとこっそりと決めた。
それからはDVDに視線が移り、先ほどまでの険悪な様子を忘れたように四人で笑いながら食卓を囲う。
一人人数が増えても賑やかなのは変わらなくて、珍しくサッカー番組以外でテレビをつけたまま食事をしてるのに違和感はなかった。
「ところで」
「ん?」
「宇宙人は、いつ襲来するんだ?」
「ぶはははははっ!それ、天然?天然か、豪炎寺!!」
「・・・・・・」
DVDが終了してから疑問に思っていたことを問うと、やはり爆笑されむっと眉を寄せる。
結局何もかも知らされずに誤魔化されたと気がつくのは、それから遥かに時間が経ってからだった。
部活が終わり、夕香の見舞いも済ませた後なので、外は夜の帳に包まれつつある。
一番星が夕日の向こうで光り、藍色に染まり始めた空は目に見えて色を変えていく。
辿り着いた高級マンションで、暗証番号と鍵を使って入り口を開く。
オートロックのそこは、手渡された合鍵があれば侵入者にも寛容だ。
もう幾度も通い詰めているので、慣れた仕草でエレベーターの前に足を止める。
時間帯の所為だろうか。
たまに顔を合わせる住人たちともすれ違わず、最上階にあるドアの前まで辿り着けた。
申し訳程度にチャイムを鳴らし、暫く待っても出てこないのでそのまま合鍵を使う。
始めはいいのかと躊躇っていたが、ゲームやサッカーに熱中していると誰も開けてくれないと気づいてから、合鍵を使うのに躊躇いはなくなった。
遠慮していたら弱肉強食を絵に描いたこの家ではやっていけない。
手土産に持たされた林檎の袋が当たらないよう気をつけながらドアを開け、二畳はある玄関で靴を脱いだ。
そこで見慣れない靴を見つけ首を傾げる。
いやある意味では良く見慣れたサッカー用のスパイクなのだが、何処となく見覚えがある気がするそれは、この家では初めて見るものだった。
その傍には脱ぎ散らかされた一之瀬愛用の靴と、きっちりと踵を揃えて置かれた円堂の靴。
ほとんどサイズの変わらないそれらの横に、綺麗に整えて靴を置くと、ついでに脱ぎ散らかされた一之瀬の靴も並べる。
人を感知して自然と明かりがつく廊下を歩きリビングのドアを開けて、持ち主不明の靴が誰のものだったかを思い出した。
「お、豪炎寺」
「インターフォンを鳴らしたんだが出てこなかったから勝手に上がらせてもらった」
「悪い、どうにも動けなくてさ。どうせこの時間に連絡無しで来るのは豪炎寺くらいだし、お前ならいいかなって思って。悪いな」
「いや・・・気にしなくてもいい。それより、その状況は?」
リビングにあるソファを背にした円堂は、背中に風丸、腹に一之瀬をへばり付けて身動き取れぬままテレビを見ていた。
ちなみにリビングにあるテレビは家の中でも一番大きいもので、テレビ台にはDVDプレーヤーとテレビゲームの類が仕舞われていた。
観葉植物が数個と、ソファ、床には寝転べるように絨毯とクッションが置かれるシンプルな部屋は、余計なものがないだけに広々としていた。
ベッドにもなるソファはごろごろしながらDVD鑑賞をするのに役立ち、怠惰な魅力は一度したらやめられない。
真夜中に生放送で海外のサッカーを見るときは、床に布団を敷いてソファに並んで盛り上がるのだが、今はそこまで楽しそうには見えなかった。
腹にしがみついて寝転ぶ一之瀬と、背中から覆いかぶさるようにしている風丸は、火花を散らして睨み合っている。
どんな状況か理解できないが、少なくとも彼女が望んでこうなっているわけじゃなさそうだった。
「いや、一哉捜索隊は割りとすぐに河川敷でいじけているこいつを見つけたから解散しようとしたんだけどさ。家に帰るって駄々を捏ねる一哉と一緒に暮らしてるのが風丸にばれて、俺も行くって引かなくてな。仕舞いには喧嘩始めたから無理やり引き摺ってきたらこの状況だ。どっちかを剥がそうとすればどっちかが挑発行動に出て、俺トイレにすら行けない状態」
「夕飯は?」
「食べてない。こいつらが無駄にへばり付くから、身動き取れないし」
「守が迷惑してるから、風丸放れろ」
「まも姉はお前に迷惑してるんだ。一之瀬が放れろ」
「な?超うざいだろ?仕方ないから放置してテレビ見てた。この間一哉が見たいって借りてきた『絶対に笑っちゃいけない』って縛りのあるお笑いのDVDなんだけど、これがまた秀逸でさ。罰を受ける面々を見て俺、爆笑!」
「・・・・・・とりあえずその状態でもお前がそれほど困ってないのは判った。だが夕飯はきちんと摂った方がいい。何か簡単なものでも作ろうか?」
「サンキュー!さすが豪炎寺。いい男は言うことが違うね。ぐずぐずとくっついて喧嘩し続けるお子様と比べるべくもないな。やっぱ、料理できる男はいいねぇ」
「俺も料理くらい出来るよ、守!」
「俺だって、簡単な料理くらい出来る」
「・・・守の食事は俺が作るから、ここで待ってろよ風丸君」
「まも姉の食事は俺が作るから、お前こそここで待ってろ一之瀬君」
「あー、至極面倒な奴らだな。んじゃ、一哉は大盛りナポリタン。ちろたは炊飯器のご飯全部使ってシンプルオムライス。一哉、正々堂々と勝負する気なら、ちゃんとちろたに台所の使い方は教えるように。はい、よーいどん!」
ぱん、と叩き鳴らされた音に反射的に立ち上がった二人は、押し合いながら台所へ消えていく。
カウンター越しにサッカーのチャージの勢いで肩をぶつけ合う二人は、それぞれ冷蔵庫の中身を取り出し豪い勢いで料理を始めた。
怪我をしないかとはらはらしてると、怪我したらその時点で失格な、と煽るように円堂が茶々を入れ、二人の勢いが増す。
唖然とその様子を見守っていると、肩が凝ったのか腕をぐるぐると回してストレッチを開始した円堂は、豪炎寺に笑いかけた。
「助かったよ、豪炎寺。引き剥がす切欠を探してたけど、これが中々難しくてさ。食料も確保できるし、一石二鳥だな。俺たちはDVDでも見てのんびりと待ってようぜ。それとも、お前は晩御飯食べた?」
「いや、まだだ。そうだ。これ、フクさんが持って行くようにって」
「林檎?うわ、超嬉しい!俺、フルーツ大好き!」
「じゃあ、デザートにでもするか?後で剥いてやる」
「マジで?じゃあ、皆で食べようか」
にこにことした円堂はいつもど何も変わらない。
部活が始まる前の騒動も忘れたように、否、何の意味もないとばかりに笑う姿に、豪炎寺は違和感を覚える。
円堂は鬼道を、自分にとっての夕香と同じだと言っていた。
その言葉の重みは誰より豪炎寺が理解している。
だからこそ、部活前の行動を不思議に思った。
サッカー部の面々は納得したようだったが、もう少し内側に入れてもらっている自覚があるだけに気がつく。
もし自分なら、夕香があんなに真っ青な顔で、尋常じゃない様子で自分を探していたなら、もっと動揺するはずだ。
けれど円堂に動揺は見れなかった。突然の行動に驚いてもおかしくないのに、『全くの普段どおり』だった。
まるで、鬼道が現れるのを予想していたようだ。
何もかも判ってて、予定調和だから驚愕しないように見えた。
テレビではなく、ソファに凭れて座る円堂の顔をじっと見ていると、ふうと嘆息された。
ぽんぽんと自分の横を叩くと無言で促される。
誘われるままに腰を下ろすと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
最近気がついたのだが、この家にいる円堂はプライベートモードに切り替わるらしい。
部活や学校にいるときより、スキンシップ過多になり年下扱いされる。
振り払うほどではないが、乱れる髪にじっとりと眉を寄せると笑われた。
「で?豪炎寺君は、俺に何を聞きたいのかな?」
「・・・鬼道はあの後倒れた」
「そうだろうな。ありゃ二、三日は寝てないぞ。顔の扱け方とか目のしたの隈とか、制服の下の体の痩せ方。どうせ俺と鬼道家の養子の解消に泡食って俺の居場所を探してたんだろ」
「そこまで判ってるのなら、どうしてもっときちんと話を聞かないんだ?あいつはお前と話をしに来たんだぞ?」
「あのな、豪炎寺。俺と鬼道は、夕香ちゃんとお前と違う。鬼道家の人間ってのは常に何事でもトップであらねばならない。勉強、運動、他にも礼儀作法や芸術、帝王学に護身術。あいつは鬼道家の跡取りだ。いつまでも『姉』に依存して生きていくわけにはいかねえんだよ」
「だが、それでもまだ大人になるまで時間があるだろう?兄弟でいる時間はあるはずだ」
豪炎寺としては当たり前の疑問だった。
兄弟とはいえいつかはそれぞれの道を歩く日は来る。
一番傍に居た互いの場所を見知らぬ誰かに譲り、別の人間と家族を作る。
けれどそれはまだ先の話だ。
中学生の自分たちはまだまだ子供と呼ばれる年齢で、結婚や恋人とよりも兄弟や家族を優先する方が自然に感じた。
一瞬だけ痛みを堪えるように目を細めた円堂に、首を傾げる。
だがその表情は瞬き一つの間には消えていて、気のせいだったのかと真っ直ぐに瞳を覗き込んだ。
「そうだなぁ、例えて言うなら宇宙人の襲来だ」
「はぁ?」
「ある日宇宙人が来て、お前に言うんだ。『お前を近い将来人間が住めない場所に連れて行く。いつ連れて行くかは明確に決めてないが、家族にも二度と合わせない。拒否しようとしても無駄だ。我々には人類の及ばぬ力があり、国家戦力を持ってして抵抗しても無駄だ』ってな」
「宇宙人がか?どうして俺に?」
「お前が選ばれたのに意味はないさ。けれど他の誰でもなくお前を絶対に連れて行くって決めてる。人類の中から結構な確率で選ばれたお前に拒否権はない。そして宇宙人に浚われる事実は誰に告げてもいいけれど、未来は絶対に変えられない。そうしたらさ、お前はどうする?」
何もかもが唐突な質問だ。
先ほどの鬼道の話からどうして宇宙人の襲来になったのかわからない。
戸惑う豪炎寺に、いつもより少し意地の悪い顔をした円堂は、ぴんと立てた指先を振り問いかける。
「どうするって、何を?」
「一番大事な相手に、夕香ちゃんに何て言う?馬鹿正直に『お兄ちゃんはいつかは判らないが、近い将来宇宙人に浚われて二度と会えないから地球で元気に暮らしてろよ』って言うか?」
「いや・・・言わないな」
「じゃあ、どうする?」
例え話だと言ったくせに、嘘や冗談を許さないとじっと覗き込んできた円堂に言葉を詰まらせると、大盛りの皿を持った二人がリビングへ戻ってきた。
さりげなく豪炎寺と円堂の間に身を割り込ませると、一之瀬がどんとナポリタンの乗った皿を机に置く。
同じように空寒くなる視線で睨み付けてきた風丸も、大皿一杯のオムライスを机に置き円堂の隣に腰掛けた。
「俺は連れてく。守が嫌だって言っても、絶対に手を放さないで連れてくから。泣いても喚いても絶対に放したりしないよ。一人で浚われるくらいなら、一蓮托生で巻き込んでやる」
「俺は連れてかない。けれど、地球にいる間はずっとまも姉の傍にいる。でろでろに甘やかして俺なしじゃ居られないようにして、そんで俺が消えてもずっと俺のことを覚えててもらう」
「黙れお子様コンビ。まず俺の話じゃないし。お前らじゃなくて豪炎寺に聞いてるんだ。てかお前ら的なハッピーエンドは若干ヤンデレ入ってて怖いぞ。───そんで、お前ならどうする?一哉みたいに強制的に一緒に宇宙人生活?それとも、風丸みたいに自分無しじゃいられないようにして、そのまま置いていく?」
「俺は───俺なら、そうだな。夕香の前から姿を消す。宇宙人云々は何も教えないし、俺が居なくともおかしくない状況を整えて、それで、俺が居なくても大丈夫な環境を出来るだけ整えて、手を放す」
「二度と会えないのに何も言わないで消えるのか?」
「それが夕香のためだ。知ったら傷つくのなら、何も知らずに笑っていて欲しい。俺が居なくても、夕香には父さんが居る。フクさんや、学校には友達だって居る。だから、何も言わないのが一番いい。記憶ごと消せるならそれが一番いいけど、それは無理だろうからな。いつか大人になってふと思い出したとき、薄情な兄貴が居たなって笑ってくれれば、それがいい」
間に割り込んだ一之瀬の頭をむぎゅっと無遠慮に押しのけた円堂は、豪炎寺の答えに満足げに頷いた。
それにめげずに正面から抱きつく一之瀬に、こっそりと感心する。
円堂の背中から風丸が絶対零度の怒りを放出しているのに彼は全く動じてない。
そして前後からしがみ付かれながらも、こちらも全く動揺してない円堂は二人の内どちらが用意したか知れない小皿とフォークに豪炎寺に差出す。
小皿にナポリタンを取り分けて風丸に、オムライスを取り分けて一之瀬に渡すと、こちらにも料理を取るように促しながら自分はナポリタンとオムライスを半分ずつ皿に載せた。
いつもサッカーの放映があるときは横一列に並んでご飯を食べるが、流石に四人は大きい机でも狭い。
僅かに体がはみ出したが、料理を取るのに支障もないし、いがみ合う二人の間に入る気力もないので押し出されるままに隅に寄る。
いただきます、と手を合わせ食事を開始してから暫くして、ぽつりと円堂が口を開いた。
「豪炎寺なら、そう言うと思ったよ。お前は俺と似てるからな」
「・・・円堂?」
「まあ、つまりそう言うわけだ。俺も弟離れしなきゃ駄目だし、あいつも姉離れする時期だ。俺たちを繋げる糸は、細くて視認するのもやっとなくらいのものだけど、それでもサッカーがあれば繋がってられる。あいつは、もう勝つためだけにサッカーはしない。ちゃんと笑えるようになったし、自分で考えて動ける。それに何よりあいつはもう一人じゃない。支えてくれる仲間がいる。掛け替えのない妹が、暖かい家族が居る。狭い世界の殻を破るには丁度いいだろ」
「手放したのは、鬼道のためか?」
「俺のためだよ。俺ってエゴの塊だから、全部最終的には自分のため。我侭なんだ、基本的に。何ていっても長年お嬢様生活してたからなぁ」
からからと笑う円堂は、信じられないことにナポリタンとオムライスを一口で食べた。
麺類をおかずにご飯を食べる人がいるのは聞いたことあるが、同時に食した相手を見るのは初めてだ。
もぐもぐと租借してそれぞれに感想を言う彼女は味覚は秀でてるのだろうが、何か色々ずれている。
もしかして美味しいのかと真似てみたが、豪炎寺には個々で食べる方が合っているようだった。
眉間に皺を刻んでナポリタンをフォークでまきつつ口に入れる。
どこか懐かしい味のそれは、何となく一之瀬らしい味がした。
繊細でありながら豪快な彼の料理は何でも目分量だ。
オムライスを口にすればケチャップとしっかりと焼かれた卵が美味しく、家庭的な味は風丸らしくて笑ってしまう。
同じ品目を作っても自分ではこういう味は出せないので、妹が目を覚ましたとき用に二人にレシピを教えてもらおうとこっそりと決めた。
それからはDVDに視線が移り、先ほどまでの険悪な様子を忘れたように四人で笑いながら食卓を囲う。
一人人数が増えても賑やかなのは変わらなくて、珍しくサッカー番組以外でテレビをつけたまま食事をしてるのに違和感はなかった。
「ところで」
「ん?」
「宇宙人は、いつ襲来するんだ?」
「ぶはははははっ!それ、天然?天然か、豪炎寺!!」
「・・・・・・」
DVDが終了してから疑問に思っていたことを問うと、やはり爆笑されむっと眉を寄せる。
結局何もかも知らされずに誤魔化されたと気がつくのは、それから遥かに時間が経ってからだった。
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