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「あれ?阿伏兎じゃない。何してるの、こんなところで」
「・・・・・・」


背後からの呼びかけに、びくりと体を竦ませた阿伏兎は、厄介な相手に見つかったもんだと髪を掻き混ぜる。
普通に聞くと穏やかな口調に聞こえるが、紛れもなく羊の皮を被った魔王だと知っている阿伏兎には、うんざりとする気持ちしか沸かない。
暫く逡巡していたが、無視するには相手が悪いので、仕方なしに振り返る。
いつもどおりにとってつけたようなにこにこ笑顔を秀麗な顔に浮かべた男は見慣れた学ランに身を包み、こてり、と幼く見える容姿に似合いの仕草で首を傾げた。


「どうしたのさ。君がこっちの地域に来るなんて珍しい」
「俺だって、偶には足を伸ばすことだってある。・・・あんたの目が光らない場所でゆっくりしたいんでね」
「ゆっくり?それにしては、雰囲気が毛羽立っていたように見えたけど?───まるで、喧嘩の後みたいに満足そうな顔で」
「・・・チッ」


優男風に見えるくせに、雰囲気が裏切っている。
笑っているくせに、牙を剥き出しにして唸る獣の幻影が見えた。
年下の癖に、などと侮る気持ちは欠片もわかない。
あるのは純粋な才能に対する恐怖であり、畏怖である。
腹が立つことも多いが、何だかんだで付き合うのは、この男の強さに憧れているからかもしれない。


「どうせ、判ってんだろう?」
「何が?」
「俺が、どこで何をしてたか、だよ」


呻くように吐き出せば、男は益々笑みを深めた。


「判るわけないじゃない。俺はエスパーでもないし、心なんて読めないよ」
「・・・だが動物的本能を持ってるだろう?勘の冴え方が半端ねぇ」
「僕は、君に聞いてるんだよ。阿伏兎」


背筋を駆けたのは紛れもない恐怖だ。
同族でありながら、力はあちらが上。
そして残虐性も嗜虐性もあちらが遙かに上だ。
抵抗する虚しさに肩を竦めると、さっさと白旗を上げる。


「お前さんの妹んとこだよ」
「何?気に入ったの?」
「同族だからな。放っておけねぇ」


阿伏兎の言葉に嘘はない。
中国の奥地に住む阿伏兎の一族は、年々弱小の一途を辿っている。
数少ない血族を大事にしたいと願うのは、目の前の男からすると甘いのだろう。
実際血の繋がりがあろうとも、昔は親を超えてこそと嫌な習性があった集落だ。
身内と気にかける阿伏兎がイレギュラーなのだろう。
甘さを嫌う男に真実を告げれば、意外にもあっさりと頷いただけだった。
肩透かしな仕草に目を瞬かせると、アルカイックスマイルを浮かべたままの男は踵を返す。


「欲しいならあげるよ」
「はぁ?」
「あいつ、弱いけど、女だからね。強い子を産むかもしれない。試してみるのもいいんじゃない?」


さらりと嫌な発言をした彼に、阿伏兎は眉を顰めた。
兄弟の情をこの男に期待するのは無意味かもしれないが、この発言を聞いたら妹は悲しむだろう。
兄貴など居ないと突っ張る割りに、彼女は彼への想いを断ち切れて居ないようだから。

目の前の男が妹をどう思ってるのか、阿伏兎はさっぱり読み取れない。
実際に阿伏兎がことを起こしたら、この男はどう反応するのだろうか。
笑ってみているだけだろうか。
それとも阿伏兎を殺すだろうか。

読みきれない反応に、考えるだけ無駄だと断じ、さっさとその背中を追った、

拍手[8回]

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自分の生活環境はそれほど恵まれたものではないと神楽は知っている。
中国の山奥に暮らす特殊一族の末裔。
人の出入りすら稀な地域で神楽は育った。
家族構成は父母兄自分。一般的なものだと思う。
母親が病弱だったのも、父が出稼ぎに出ていたのも、それほど珍しいものではなかっただろう。
ただ少しだけ兄がとんでも反抗期で、父が家に立寄らず、死に掛けの母を年端もいかない神楽独りで面倒見ていた部分だろうか。
気が付けば神楽は独りだった。




「───何の用アルか」

苛立ちを含んだ冷たい声。
分厚い瓶底めがねの奥から鋭い視線で睨み付けた相手は、ひょいと肩を竦めると唇を持ち上げた。
神楽より頭一つは優に高い男は、近隣でも有名な不良高校の制服を着ている。
飄々とした顔で笑っているが、彼がとでもない食わせものだと、本当に心の奥底から嫌だと思うが知っていた。
無精ひげを伸ばしむさ苦しい髪形をした男───阿伏兎は、眉を下げて笑った。

「おいおい、随分つれねぇ反応じゃないか。もう少し優しくしてくれてもいいんじゃない?」
「何で私がお前に優しくしてやらなきゃいけないアルか。優しさが欲しけりゃそれなりの見返りが必要アル。お前なら・・・そうネ、酢昆布百年分で一分間の優しさをくれてやるアル」
「酢昆布百年分って一年分の消費量が判んねぇよ。夜兎族の生き残りであるお前の消費量は半端ねぇだろうが?それでもたった一分間か?」
「当然ネ。そもそも知り合い未満のおっさんと話してるだけでもありがたいと思うヨロシ」

苦虫を噛み殺した表情で嘯く神楽に阿伏兎はうっそりと嗤う。

「そんなに警戒しなさんな。俺はお前に何もしねぇよ」
「───信じられないアル」
「哀しいねぇ。数少ない同胞なのに、随分とつれない態度だ」
「欠片も悲しんでないくせに悲しむフリはやめるアル。うっかり足が滑っちゃいそうネ」

強く睨めば何が楽しいのか彼は益々笑みを深めた。
この男は神楽にとって心安らげる存在ではない。
彼は、銀八やZ組の生徒とは違う、危険な香がぷんぷんと漂ってきた。
争いを好み、力で上下を決める、弱者を好まない排他的な人間の放つ腐敗臭は神楽は嫌いだ。
どれだけ穏やかな雰囲気を纏い擬態しようとも、同じ一族だからこそ神楽は騙せない。

「さっさとご主人様のとこに帰るヨロシ。私はお前らと馴れ合う気はないネ」
「俺は、同胞とは仲良くしてぇんだけどな。共食いは嫌いなんだ」
「ならさっさと失せるヨロシ。私は『そっち』には行かないアル」
「・・・もったいねぇな。お前さんほど才能がある奴は同族でも少ねぇんだぞ?」
「関係ないネ。私は喧嘩に明け暮れる青春を送る気はないアル」

つん、と顎を反らせば微かに苦笑した気配が伝わってきた。

「平和主義の夜兎なんて聞いたことないな」
「放っておくアル。私はマフィアにも華僑にもやくざにも興味ないネ。私は将来白馬に乗った王子様に首輪つけて飼い殺すアル。左団扇でがっぽがっぽヨ」
「・・・・・・自力で成長したのなら、多少の性格の歪みは仕方ないもんだろうな」
「余計なお世話アル!このまだ高校生でありながらダイオキシンにも勝る加齢臭を発するおっさんもどき、略してマダオが!」
「そんな無理して略さなくてもいいだろうが」

瓶底めがねの奥から睨む神楽に、降参とばかりに両手を挙げた阿伏兎は肩を竦めると踵を返した。
未だに高校の制服を纏う二つ年上の男(細かいところは突っ込んでいけない)は、踵の潰れた靴を引きずって歩く。
漸く去っていく姿に、それでも警戒心を緩めず睨んでいると、不意に立ち止まり顔だけでこちらを見た。

「また、来るわ」
「もう来るな!」

何か投げつけるものはないかと探したが、整理された路面には残念ながら石礫一つ落ちていなかった。
歯噛みする神楽にゆったりした笑みを浮かべると、今度こそ男は去っていった。
ただの知り合い以下の存在だが、やはり彼は苦手だと、鞄から出した酢昆布を噛み締めて器用に唇を尖らせた。

拍手[4回]

行ってらっしゃい、きっとこの腕の中にお帰りなさい
--お題サイト:afaikさまより--


子供はいつだって容赦ない。
経験の少なさからどの道を選ぶか躊躇いがないし、思い切りもいい。
いつしかそんな行動を青いといい、後ろを振り返らないでいられなくなった銀時は、子供のそんな行動を眩しく思っていた。
諦めを覚えるのが大人になるということじゃないけれど、死んだ魚の目など似合わない子供がそれを覚えるのはまだずっと先で良い。
少なくとも、旅立ちのこの日に湿っぽい空気は似合わない。

来たときと同じ紺色の番傘を片手に父親とお揃いのマントとヘルメットをした少女は、その姿を誇らしげに胸を張るとにいっと笑う。
愛らしい顔に不似合いなそれはけれどいかにも少女らしいもので、この生意気な態度すらこれからは懐かしくなるのかと思うと感慨深いものがあった。
銀時の生活に文字通り土足で上がりこんできたクソガキは、狭い地球から飛び出て宇宙へと活躍の場を広げる。
小さい見た目をしながらも大きな器を持つ彼女には、世界を股にかける生活はきっとあっているだろう。
幾年もしない内に彼女の名は宇宙に広がるに違いない。
そうなったら、テレビに出てるあいつは昔俺んとこで面倒見てやってたんだと、魔女の出てくる名作映画でデッキブラシを貸してやったと嘯くおじさんのように通行人に訴えるのもいいかもしれない。

「じゃーな、マダオ。私が居なくなっても元気にやるヨロシ」
「じゃーな、クソガキ。宇宙行ってまで酢昆布広めるんじゃねぇぞ」

酷く可愛げのない口調で、今生の別れになるかもしれないのに素っ気無い態度。
けど、これでいい。
彼女───神楽との別れは、これでいい。

銀時の居場所は、神楽の止まり木。
いつか空を飛ぶのに疲れたとき、彼女はまた銀時の元へと帰ってくる。
そして疲れが癒えたなら、彼女はまた飛び立つのだろう。
それはとても神楽らしい生き方で、この関係は一生ものに違いない。
だから銀時は笑って見送る。
ここに居場所はあるのだと、自分はどこにも行かないと、宇宙へ羽ばたく神楽が納得するように。
いつだってここに止まり木はあると、自分は微塵も変わらないと、どこにだって行って来いと背中を押して笑ってみせる。

「宇宙にでっかい華を咲かせて来い」

頬を指先で擽ると、心地良さそうに目を細めた子供は首を竦めて笑った。

「当然ネ!こんなちっさい星からでも、仰げるでかい華になるアル!」

惜しむべきは華を咲かせる瞬間を、見逃してしまうことだけだ。
今はまだ蕾の少女が美しく咲き綻ぶ未来を想い。

「害虫は連れてくるなよ。銀さん、駆逐する気満々だから」
「?判ったアル。虫は駆除してから帰るアル」
「───おう。そうしろ」

ぴん、と秀でた額を指先で弾く。
『帰る』と告げられるだけで、それだけで大丈夫だ。
神楽はどれだけ時間が掛かろうと絶対に『帰って』くる。
その時の成長が楽しみで、ほんの少しだけ寂しい。

「行って来い、神楽」
「うん!行ってくる、銀ちゃん!」

こちらを振り返らない背中が愛しく嬉しい。
子供の成長を見守るのが大人の務めだとして、大きくなる背中に幸せと少しばかりの切なさを感じる自分は確かに年を取ったのだろう。
再会へのカウントダウンを早々に開始して、ターミナルから飛ぶ船を気分よく見送った。

拍手[6回]

お猫様のすすめ10のお題
--お題サイト:お題配布処-ふにふにさま-より--



■1.ふてぶてしいやつ!【土方&神楽】

「だから酢昆布十年分上納しろって言ってんだろうが、コノヤロー」
「だから何で俺がお前に酢昆布上納しなきゃなんねぇんだって言ってんだろが!」

可愛い顔をこの上なく歪めた神楽に、身長差があるのに何故か見下した眼差しを向けられびしりと額に青筋が浮く。
彼女との付き合いも(認めたくないが)随分と長いものになりつつあるが、育ての親が悪いのか、それとも元々素養があったのか、顔に似合わずチンピラ並にメンチを切っている。
鬼の副長と呼ばれる自分相手に随分と肝が据わっているが、感心する気は微塵もない。
どころかこれほどむかつく相手も中々おらず、どS王子と、天パの銀髪くらいしか思いつかない。
神楽の場合、思春期から銀髪のところで過ごしていたために悪影響を受け過ぎたのだろう。
彼女の罪は最小だ。そう考えねば今すぐにでも女相手に抜刀してしまいそうで、唇を噛み締め何とか怒りを押し殺そうとする。

しかしそんな土方の努力を嘲笑うように口を三日月形にした神楽は、益々憎たらしい顔つきになった。

「おうおうおう、お巡りさんの癖に庶民相手に抜刀する気アルか?か弱い女子供相手に刀向ける気アルか?市民の血税で生きてるお前らが市民に手を上げる気アルか~?」

その巻き舌の腹立たしさと言ったらない。
小奇麗な顔で騙されがちだが、目の前の少女は可愛さなど欠片も持ち合わせていない。
ほとんど表情を動かさないくせに、こんな時ばかり厭らしさを交えた笑みを浮かべ詰め寄る姿はチンピラ以上に性質が悪い。

元々短い土方の堪忍袋の緒は、ぶちっと切れた。
そう、それはもう修復不可能な具合に、ぶっちりと。

「んだと、テメェ!その性根叩き直してやるからそこに直れ!!大体税金払ってねぇお前に血税どうのこうの言う権利があると思ってんのか!!ふざけんな!か弱い女子供?んな愛らしい区分に収まるつもりか、お前はよぉ!!」

絶叫すれば少しだけすっきりした気がした。
しかし次の瞬間、ざっと音を立てて血の気が下がる。

ここは駄菓子屋の前。ついでに言えば、公共の道の真ん中。
歩く市民の視線と、こちらをちらちらと見ながら囁かれる言葉が痛い。
何が痛いって、聞こえるか聞こえないかで耳に入る『ロリコン』とか『アダルトチルドレン』とか『変質者』とか地味な悪口が心に刺さる。
しまった、と思っても後の祭り。
目の前に視線を戻せば、先ほどまでの小憎らしい笑顔など嘘だったように、にこり、と子供らしい無邪気な笑みを浮かべた神楽の姿。

「この場で『ロリコン趣味のヘンタイに犯されるー!助けてお巡りさーん!』と叫ばれたくなければ、さっさと酢昆布上納するヨロシ、大串君」
「・・・大串君じゃねぇ」

がくり、と項垂れながら敗北宣言に近い呟きを漏らせば、どS王子並に綺麗な顔をした少女は満足そうに頷いた。



■2.可愛くないなぁ、お前【銀時&神楽】

「銀ちゃん、銀ちゃん」
「ん~何だ、神楽?」

腕の中から見上げる蒼い瞳を見つめれば、無表情で銀時の視線を受け止めた少女は僅かに眉を顰める。
だがその程度で今の銀時のテンションは下がらない。
珍しくマダオの奢りで屋台で好き放題酒を飲んだ。
おでんは美味しく、酔いはほどいい。
気分はふわふわと昂揚し、世界は自分を中心に回っていると断言できる。
腕の中の神楽は黙っていれば人形のように愛らしく、擦り寄れば大好きな糖分と似た甘い香がした。

「銀ちゃん、銀ちゃん」
「何だ~?」

普段は見せないが、銀時はこれでいて神楽を可愛がっていた。
どれくらい可愛がっているかというと、目の中に入れてランダバを踊られても平気なくらいに可愛がっていた。
素直じゃない性質からそれを口にする気はないが、大事で可愛い娘だし、変な虫がつかないよう気を張っている。
特に真選組に居るマヨラーだとかドS王子とかあいつらは駄目だ。
町のナンパ野郎と違って中身を知りつつ神楽の傍に居るのが腹が立つ。
その点でいけばよっちゃんや新八も危ないが、やつらは子供だから除外してもいい。
数年後に何か行動を起こそうとしたら、男の大事な部分をちょん切る覚悟で今を楽しめと嘲笑ってやっておく。
他にももろもろの男の顔を脳裏に浮かべながら徐々に不機嫌になっていくと、また腕の中から呼びかけられた。

「銀ちゃん、銀ちゃん」
「んー?どした?」

自分でも甘ったるいと思う声。
けれど羞恥心も理性もかっとんでいる今なら平気だ。
好きなだけ甘やかし、好きなだけ甘えてもどうせ何もかも酒の所為。
明日になれば全て忘れる。
今は泡沫の夢に等しい。
だから腕の中の少女を可愛がっても、何の罪にもなりはしない。

酔っ払いの理屈を展開する銀時に、神楽がにっこり微笑んだ。
花も恥らう微笑みは、身内の贔屓目なしに可愛らしい。
桃色の唇が持ち上がり、夢見るような眼差しが向けられる。

「酒臭ぇんだよ、この酔っ払いが」

一転して凄まじく蔑みの表情を向けられ、思わず体が凍りついた。
動けずにいる銀時を睥睨し、ぺっと痰を吐いた彼女はさっさと自分の部屋に戻っていった。


■3.なんで逃げるの【沖田&神楽】

「追ってくんなヨ、このドS野郎!」
「逃げると追いたくなるのが人間の本能だろ。追われたくないなら逃げんじゃねぇよ」
「ふざけるなアル!お前とは極力関わるなって銀ちゃんに言われてるネ!」
「旦那に?馬鹿だな、チャイナ。言いつけは破るためにあるんだぜぃ」
「私もお前と関わりたくないネ!よってお前の提案は却下アル!」

凄まじい勢いで走る背中を追いかける。
緋色のチャイナ服に、青の番傘。蒼の髪留めに靡く桃色の髪。
全てが沖田の闘争心を掻き立て、獲物を追う獣のように全身が躍動する。
加減抜きで全力で走っているのにその距離は一向に縮まらず、むしろ徐々に開いている事実に自然と唇が弧を描く。
強い獲物は好きだ───いたぶり甲斐があるなら尚更。

「待てよ、チャイナ!」
「絶対に嫌アル!」

今日も彼らは全力で生きている。


■4.ご主人様と遊んでよ・・・【近藤&神楽】

「なぁ、チャイナさん。もうちょっとこっちに来てもいいんじゃないか?」
「嫌アル。無理アル」
「嫌はともかく無理ってどういうこと?ねぇ、それはちょっと酷くない?」
「無理アル。お前という存在そのものが無理アル」
「え?何か存在から否定?俺っていう存在から拒否?」

あっさりと放たれた言葉にがくりと肩を落とす。
非番なので町を散策し妙の姿を探していたのだが、声をかけてきた子供にたかられること早一時間。
そろそろ財布の中身もつきそうで、近藤のライフゲージもつきそうだ。

近藤の奢りで十杯目のカキ氷をかき込んでいる彼女の胃は底なしだ。
牛丼、酢昆布、おにぎりと続き、素晴らしい食いっぷりだ。
元来子供好きの近藤は、ついつい強請られるままに与えてしまったが、これはやりすぎかもしれない。
人慣れぬ子猫のような彼女と仲良くなろうと考えたのがいけなかった。
妙が可愛がる妹分としてだけではなく、近藤は神楽を可愛いと思う。
素直じゃない素振りでいるが心根は酷く真っ直ぐで、そんなところを自分の部下達が気に入ってるのは知っていた。

親交を深めようと始めから邪心があったのがいけないのだろうか。
一定距離からこちらに近づかない少女に、それでも近藤の脂は下がった。

「チャイナさん、おでんは好きか?」
「好きアル!」

真選組一諦めの悪い男の挑戦は続く。


■5.お気に召しませんでしたか【桂&神楽】

「ヅラぁ!!」
「む?何だ、リーダー」
「何だじゃないアル!お前、舐めてんのかコルァ!」

叫び声と同時に、顔に熱い何かが強襲する。
熱さも相当だが、口にした瞬間喉が焼けるように熱くなり、思わず地面に転がりながら慌ててそれを振り払った。

「あつつつつつつ!そして辛っ!!」

激からカレーは名に違わず桂の喉を焼き、胃の中を灼熱地獄と変えた。
胃の中でカレーの精がタンゴを踊っている。
情熱的に踵を踏み鳴らし、胃の中で荒れ狂っていた。
あまりの苦しさに水を探すが、命の水は目の前で神楽に飲み干された。
砂漠で水を失った旅人のように絶望に陥る桂を見下し、神楽は静かに断言した。

「カレーは激からじゃなく甘口、もしくは中辛だって言ってんだろうがコノヤロー!カレー好きイエローとして己のアイデンティティを失ってんじゃないアル!!」

見た目は小さいが器は大きいリーダーの言葉に、桂はその場で平伏した。


■6.ねだる時だけ、甘い声【新八&神楽】

「新八、お願い」

こんな時だけ自分の愛らしい容貌を思い切り利用する悪魔に、新八は冷静を保とうと眼鏡のつるを指先で押し上げる。
しかし悪魔は魅了の力を自覚しており、逃げに入ったのを察知すると益々媚びた眼差しを送ってきた。

「ねぇ、新八」
「・・・駄目」
「お願いヨ」
「駄目って言ったら、駄目」
「一生のお願いアル」
「それ、先週も聞いた」
「今度こそ本当ネ!新八の手伝いもちゃんとするし、酔っ払った銀ちゃんも布団で寝かすアル。だからお願いヨ!」
「・・・手伝いはともかく、銀さんは放っといていいよ。どうせ風邪引かないし」

さくさくとスーパーの中で特売品を物色しながら告げれば、ぷっと河豚のように頬を膨らました神楽が通路に割り込んできた。
仕方なしに視線を向けると、蒼の瞳がじっと見詰めてくる。
黙っていれば文句なしに可愛い神楽にぐぅと喉がなった。

「お願いヨ、新八」
「・・・もう、今度で最後だからね」
「ありがとうアル!」

仏頂面から満面の笑みへとぱっと表情を変化させ、神楽はお菓子コーナーへと走っていく。
そこにあるのは、お徳用酢昆布セットだ。
神楽曰く、通常の味と梅昆布味とセットで通常価格と数十円しか違わぬ最高の贅沢品らしい。
二百円にも満たないそれを最高の贅沢と言い切る今の生活に涙しないわけでもないが、彼女のエンゲル係数は半端ないのでもうしばらくは我慢して欲しい。
そう、新八がもっとお金を稼いで、贅沢とは何たるかを教えれるようになるまで。

そんな将来が来るまで一緒にいられたらいいのにと望む自分を自覚しないまま、タイムセールスに向け準備運動を始めた彼が、無自覚の想いを自覚するのはそう遠くはないだろう。


■7.上等な毛並み、上等な根性【お妙&神楽】

血統書付きの猫のようだ、と彼女を表現したのは仕事先の同僚だった。
癖一つない桃色の髪。
日に焼けない白すぎる肌。
空と海を混ぜた蒼い瞳。
つんと上を向く形の良い鼻に、ぷくりとした桜色の唇。
大きい目には長い睫毛が存在を主張し、華奢な体つきは触れれば折れそうで庇護欲を誘う。
体つきは小さいのに、相反して存在感は大きい。
きっとそれは、彼女自身がいつだって背筋を伸ばして生きているからで、その心が折れずに強い美しいものだからだろう。

無防備に家の縁側で大福を貪る神楽の髪に手を伸ばし、さらり、と撫ぜる。
すると他の誰にだって警戒心を強めるはずの彼女は、妙に向かって瞳を向けると小首を傾げただけでそのまま行為を享受した。
黙ってされるがままになる少女に、にこりと微笑む。
子供ではあるが矜持の高い彼女がされるがままになる相手など、片手で数えれる程度だろう。
はっきりと口にするより判りやすい好意のあり方に、胸の奥がぽっと暖かくなる。
好きと口にされるよりずっと、この信頼は妙に充足感と満足感を与えた。

「どうしたアルか、姐御」
「髪の毛が跳ねていたから直したのよ。女の子なんだから身だしなみに気をつけなきゃ駄目よ、神楽ちゃん。己を磨き、将来的に食虫植物にひきつけられるように群がる男たちを手玉に取るのは、いい女の特権よ。そのためにも努力は惜しんじゃ駄目」
「はーい。判ったアル」

妙の言葉に何の疑いも持たず、神楽はこくりと頷いた。
素直な様子に気分を良くし、飼い猫の毛並みを整えるように丁寧に髪を抄く。
子猫が母親に甘えるように、この子も喉を鳴らさないかと密かに考えた昼下がり。


■8.生傷が絶えない【高杉&神楽】

「堕ちちまえば早いんだよ」

そう言って哂えば、まるで虫けらを見るような眼差しを向けられた。
嫌悪と憎悪が混じる視線は子供が向けるには迫力がありすぎて、背筋を走る興奮に気分が昂揚する。

絶滅寸前の戦闘種族夜兎の娘。
小作りで愛らしい顔にも、抜けるような肌の色にも、抱き潰したくなる華奢な体にも興味はない。
ただその小さな体が抱える闇にこそ、高杉は興味を持っていた。

闇に愛され陽に拒絶された生き物は、夜に躍動してこそ美しい。
白い肌は赤い、紅い血に濡れてこそ映えるもの。
蒼い瞳は月夜に輝いてこそ煌くもの。

全てを開放し暴れる兔はいかほどのものだろうか。
兔と名に付くくせに、牙も鋭く爪もある。
凶暴性を胸奥に秘め、いつまで獣を飼いならす気なのだろうか。

白い肌は繊細な見目とは違い、傷つけても傷つけてもすぐに皮膚が再生する。
再生されたばかりの肌は薄桃色で、糸のような傷跡が幾つも幾つも浮かび上がる。
腕を突っ込んで穴を開けてもきっと放っておけば再生が始まるのだろう。
夜兎とはそういう生き物で、だからこそ刹那を生きるために戦いに興じるのだ。

「ぶっ壊れちまえば楽なのによ。お前の中の獣は、飼い殺すには勿体ねぇ」
「関係ないネ。私は戦うと決めたアル。一人にならないために、私は私と戦うネ」

子供が言うにしては随分な台詞だ。
だが喜怒哀楽全ての感情をこそぎ落とした女が告げるには、酷く婀娜っぽいものと映った。
くつり、と喉が震える。

邪気がなさそうに見える瞳に、闇を植えつけたらとても愉快だろうに。


■9.とっておきの可愛い顔【星海坊主&神楽】

「・・・いい顔、してるよなぁ」

星屑を散りばめた闇の中、飛んでいく鉄屑の中で受け取った手紙に添付された写真を見て星海坊主は瞳を和ました。
そこに居るのはエイリアンハンターとして絶大の信頼を得る最強の男ではなく、可愛い娘を思う一人の父親。

いつの間にか父親が思うよりも大きくなっていた娘は、生まれた星を飛び出して勝手に地球に止まり木を作っていた。
いつか飛び立つ束の間の居場所だと嘯いて、酷く安堵した安らいだ顔で笑った。
本当ならその居場所は他の誰かではなく父親の自分が提供しなくてはいけないものだったのに、与えてやれなかった父親を詰るでもなく神楽はただそこに居た。

守ってやりたいと願っていた。
殺したくないと恐怖した。
しかし娘は、そんな父親の思惑など空の彼方に蹴っ飛ばし、自分の生き方を押し通した。

兄にも自分にも似なかった娘。
神楽は誰よりも強く、魂が綺麗な子供だった。

「父親として、妬けちまうな神楽ちゃん」

笑顔でピースサインをする彼女の脇には万事屋の男たち。
自分が贈った緋色のチャイナドレスを纏う少女は、両脇の男たちに腕を絡め全開の笑顔を咲かせていた。
その笑顔は、雨ばかり降るあの星では、滅多に見られない特別なものだった。


■10.そろそろ機嫌直してくれませんか【定春&神楽】

「きゅーん」

公園のベンチの上で体育座りをする主に湿った鼻を押し付ける。
いつもだったら笑顔で相手をしてくれるはずなのに、何の反応もしないで主はそこにいた。

晴れた日には傘を差すくせに、雨の中ただ濡れる主に、自分もびしょ濡れになりながらぱしりと尻尾を振る。
水溜りが泥を跳ねたが、真っ白な毛並みを汚しても気にならなかった。

自分とお揃いで真っ白な肌をしている主は、目と鼻と頬を真っ赤に染めて声を殺して泣いている。
雨の雫に混じって零れる涙に気付いたのは、ぺろりと舐めた先が塩辛かったから。
嗚咽を殺し泣き顔を隠さず、雨を顔で受けながら空を見上げる主は、悲しい事に美しかった。

「わんわん」
「・・・・・・定春、帰るヨロシ」
「わん」
「定春」
「わんわん!!」

言葉が伝わらないのがもどかしい。
何故自分は犬の言葉しか話せないのだろう。
主は兔でも人語を操る。
どうして自分は駄目なのだろう。

幾ら吼えても言葉は伝わらない。
だから代わりにぺろりと頬をひと舐めすれば、塩気がもっと濃くなった。

「わん!」

冷たくなった体がこれ以上冷えないよう寄り添えば、遠慮がちに回された腕が首を抱いた。



拍手[8回]

 息苦しさに魘され、はっと目が開く。うっすらとぼやけた視界は徐々に鮮明になり、見上げた先には澄んだ青空。白い雲が流れる。風の赴くままに揺れるそれを眺め、神楽は数度瞬きを繰り返した。

「漸くお目覚めか?」

 隣から聞こえてきた声に、びくりと体を震わせる。そこに居たのは良く見知った顔。片方の目を眼帯で隠した男は、口端を微かに持ち上げる。白い半そでのカッターシャツに黒のズボン。シンプルなそのいでだちは毎日見ているはずなのに、何故違和感を感じるのか。己の違和感に首を傾げ、神楽はその人の名を口にした。

「・・・晋助」

 何処かぼんやりとした声。そんな神楽に小さく笑うと、神楽のものより一回り以上大きな掌が降ってきた。目を閉じると額の上の髪をさらりと掻き上げ──ぴん、と指先で弾く。衝撃に体を揺らした神楽は、唇を尖らせ瞑っていた目を開けた。

「・・・痛いアル」
「痛いアル、じゃねえよ。いつまで寝てるつもりだ。昼休みのチャイムはとっくに鳴ったぞ」
「え?」
「次は銀八の授業だから絶対に出るっつってたのに、幾ら起こしても目を覚まさねぇし。どんだけ寝汚いんだ、お前」

 呆れを含んだ声に慌てて左手首に嵌めている時計を見れば、確かに。昼休みは十分も前に終わっていて、静かな校舎に納得がいく。舌打ちし、慌てて上半身を起こせばくらりと眩暈を起こし、見透かすように伸ばされた腕に抱えられた。

「・・・お前、日の光に弱いんだろ?腕、赤くなってるぞ」

 指差され見てみれば、頭の下で組んでいた腕は確かに赤くなりひりひりと痛んだ。足は辛うじてスカートの下に履いたジャージでガードされていたが、今日に限って上を羽織っていなかった。舌打ちしまだ少しだけくらくらする頭を宥め上体を起こす。支えるように添えられた手の力も借り何とか体を安定させ、ずれかけた眼鏡を指で押さえた。同じように日に当たっていた筈の顔は、けれど少しも痛まない。それに違和感を感じないでもないが、まぁいいかと頭を振った。

「変な夢を見てたアル」
「夢?」
「そう。夢ネ」

 本当に変な夢だった。セーラー服のプリーツを直しながら夢を思い出し首を傾げる。
 夢の中の世界は、現代と似ていたが、全く違った。言うなれば現代と江戸時代をプラスして三足して二で割ったような世界だった。そこでは神楽は十四歳の少女で、夜兎という戦闘種族の末裔だった。口調も性格も変わらないが、現実では一度も着たことないチャイナ服を着ていた。腰の近くまでスリットが入ったそれは、とりあえず神楽とは縁がなさそうなものだった。

「お前も夢に出てきたアル」
「俺が?」
「そう。お前が」

 狂気と正気を瞳に宿した青年は、今の彼よりも年上に見えたけれど。確かに彼は、何処か驚いたように瞬きを繰り返す目の前の男その人だった。退廃的な空気に、破壊衝動を纏わりつかせたその姿。唇に指先を当て暫し考え込むと、ぽんと手を打つ。その姿は、神楽が初めてこの男とあった時、彼が纏っていたものに酷似している。今では随分と緩んだが一年の時の彼は、きりきりと張り詰めた糸が切れてないのが不思議なほどに剣呑で、どこぞの歌の歌詞と同じく、ナイフみたいに尖っては触るもの皆傷つけたを体現していた。最も神楽は彼の態度がそんな状態でも気にせず話しかけていた数少ない人間の内の一人で、その姿を恐ろしいと感じたこともなかったけれど。
 あの頃が嘘のように随分と柔らかくなった雰囲気の晋助は、それでもまだ学園を統治する不良のトップを張っている。風紀委員とは敵対してるし、教師陣の覚えも悪い。極端にマイペースではあるが、誰とでも仲がいい神楽が彼とつるんでいるのを不思議に思う生徒も少なくなく、忠告された回数も片手では足りない。だが晋助との縁は細く長く続き、屋上で一緒に過ごすほどになっていた。

「どんな役だよ」
「──・・・まぁ、善人ではなかったアルな」
「だろうな。何せ俺だ」
「そうヨ。お前ネ」

 善人でなかったが、悪人とも思えなかった。口にする気がない言葉を、胸中だけでひっそり呟く。攘夷志士の過激派テロを繰り返し、歪な表情で哂っていた男。女物の着物を粋に着こなした晋助は、何かに追われるように生き急いでいた。夢の中の神楽は、彼を好きではなかったけれど、決して憎んでも居なかった。自分を利用してるだけだと知っていて、躊躇なくそれを告げるくせに、何処か優しい眼差しを向けてくる。皮肉に口の端を持ち上げて、神楽を傷つけるのに迷いはないのに、神楽が離れるのを拒絶し無理にでも引きとめようとしていた。夢の中の神楽は幼すぎて判らなかったろうが、晋助の眼差しは狂気ばかりではなかったのだ。
 黙りこんだ神楽をじっと眺めていた晋助は、不意に手を持ち上げると。びしり、と神楽の額をデコピンする。唐突な行動に目を怒らせれば、くつり、と喉を震わせた。夢の中の晋助に比べると随分と幼い表情だ。こんな顔を、彼もしていた時代があったのだろうか。

「何、ぼうっとしてやがる。じゃじゃ馬」
「・・・・・・」

 神楽をじゃじゃ馬と呼ぶ声音も酷似していた。後数年もすれば、彼に追いつく晋助は、彼と違う成長を遂げるに違いない。その時、自分たちの関係がどうなってるか判らないが、夢とは違うものだろうと断言できる。夢の中の晋助は、神楽の知る晋助と違う。神楽が見てきた晋助ではなく、酷似した別人だ。

「目開けたまま寝てんのか?それとも魂が抜けてったか?」
「・・・どちらも違うアル。失礼な男ネ」
「くくくっ。そんなの、今更だろ」
「確かに。本当に今更ネ」

 軽口を交わす距離感。同い年故の気軽な関係。加減抜きの喧嘩もするし舌戦だって繰り返す。だが自分たちは夢の中の彼らとは違い、もっと近い場所にある。顔を見合わせ笑い合い、一呼吸置くと神楽は立ち上がった。直に寝転んでいたお陰で制服についていた誇りを払うと眼鏡を指先で少し摘む。ガラス越しではない青い瞳は愉しそうに煌いて、端整な顔を隠す無粋なメガネの存在を霞めた。

「またナ、晋助」
「おう」

 屋上のドアに向かう神楽にピラピラを手を振った晋助は、にっと年相応の子供みたいな顔を見せた。




「──かーぐらちゃん」

 背後から聞こえてきた声に、びくり、と体を震わす。その声の持ち主が誰か知っているので、中々後ろを振り返れない。廊下の真ん中で固まった神楽の肩にその人物は手を置くと、ゆっくりと引いた。それほど強い力ではないが、無言の強制に逆らう術を神楽は持たない。
 ぎぎぎぎ、と音を立てそうなぎこちない仕草で振り返った神楽は、にたり、と不気味な笑みを浮かべた男を間近に見て引きつった笑みを浮かべる。くたびれた白衣に舐めすぎて煙を出すレロレロキャンディー。天然パーマがコンプレックスの死んだ魚のような目をした担任がそこにいて、居心地の悪さに頬を汗が伝った。

「・・・銀ちゃん」
「先生は」
「・・・・・・銀ちゃんセンセー」
「はい、宜しい」

 ぽん、と無造作に頭に手を置かれきゅっと瞼を瞑る。乱暴に見えて優しい仕草はくすぐったく、亀のように首を竦めて享受する。神楽は肉親に愛されていたが縁が薄く、このようにスキンシップを計る大人は銀八が初めてで、背中がむず痒くなるようなそれをとても気に入っていた。
 銀八は神楽の担任であると同時に隣人である。銀八曰く前者はともかく後者は学校にばれると拙いらしいが、高校三年になった今もその秘密は守られていた。基本的に神楽が自分の家に人を呼ぶことはなく、銀八の家にも家賃の回収以外で人は来ない。こう言えばまるで自分に友達が居ないみたいだが、それは断じて違う。交友関係が広いのか狭いのか判らない銀八とは違い、神楽の友人は数多い。だが遊びに行っても家に上げる気がないだけだ。理由は単純で、銀八と離されるのが嫌だから。その一つに限るが、天邪鬼な神楽がそれを口にする日はきっと来ないだろう。
 出席簿を片手に、もう片方の手を白衣に突っ込んだ銀八は、レロレロキャンディーをレロレロしながらやる気のない眼差しを神楽に向ける。半眼になった眼差しは怒りよりも呆れを多く含んでいた。

「それで?」
「え?」
「何で授業をサボったわけ?理由、あるなら言ってみ」
「・・・・・・」

 理由。理由はないわけではない、だが口に出すには少々勇気が要り、アンパンで作られたヒーローの頭の欠片が欲しいくらいだ。銀八の視線に含まれた意図を正確に読み取れるだけに尚更。呆れも多く含んでいるが、その目には心配も同居している。神楽は元気溌剌で運動神経もいいが、極端に体力値が少ない。抜けるように白い肌は太陽からは嫌われている。常に傘を差すほどではないが、長時間日に当たればすぐに日焼け──というよりも火傷のように肌が爛れる。それを知る銀八は、神楽が何処かで意識を飛ばしていたのではないかと案じてくれているのだろう。その銀八に向かって、言えというのか。神楽が授業に出なかった理由、それは昼休みに寝過ごしていました、などと。
 真っ直ぐに目を見返すことも出来ずに、視線がウロウロと彷徨う。不審人物さながらの行動に銀八の目も据わってきた。がしり、とアイアンクローを決められ頭を締め付けられる。加減してくれてるのだろうがその痛みは随分で、うっかり涙目になりそうだ。

「・・・神楽ちゃん?」
「・・・何アルか?」
「ちょっと俺の目を見てみなさい」
「見てるアル、見てるアル。ばっちりと見てるアルヨー」
「心眼で、とか言うなよ。幾らお前の眼鏡が分厚くても、俺が判らないと思うのか?」
「・・・すみません」

 一つため息を吐き、白旗を上げる。素直に謝罪し真っ直ぐに見上げた。どうしようか、と少しだけ躊躇して結局口を開く。

「夢を見ていたネ」
「夢ぇ?」

 尻上がりのイントネーションに彼の怒りを感じ身を竦ませる。そろそろと見上げた顔は、多大なる呆れを前面に出していた。ついっと上がった眉がぴくぴくと動く。必死に何かを堪える表情に、もう一度慌てて謝罪を繰り返した。

「夢と言っても、なんだか凄く臨場感があったアル!銀ちゃんセンセーも出てきて、本当に凄かったネ」
「ほーう。俺も、ねぇ」

 顎に手を当てた銀八は、促すように神楽に頷く。それを見て勇気付けられた神楽は、おずおずと続きを口にした。

「私は十四歳の女の子で、万事屋を営んでる銀ちゃんセンセーの家に一緒に住んでたアル。ついでにダメガネの新八も一緒だったネ。ヅラや姉御も出てきたアル」
「ふぅん」
「銀ちゃんセンセーは今と変わらないけど、他の皆は年齢も職業もばらばらで、ほとんどが着物を着てたアル。歌舞伎町は江戸にあって、天人って言う宇宙人が一緒に住んでるネ。私もその天人だったヨ。日差しに嫌われた一族で、常に傘を差してたアル」
「日差しに嫌われる、か。今よりも酷いのか?」
「うん。常に傘が手放せなくて、晴の日もずっと差してたネ。雨傘と同じくらい分厚かったアル」
「そりゃまた随分と大変だな」
「夜兎って種族だったアル。夜の兔って字を書くネ」
「へぇ・・・。月の下でしか生きれない存在ってことか。確かにお前、色だけは白いもんなぁ。兔に例えるには強暴だけどな」
「失礼な。私くらいか弱く愛らしい存在は兔に例えても全然不思議じゃないネ。──まぁ、とにかく。そんな世界で生きてる皆の話だったアル」
「そうか。──・・・嫌な夢だったのか?」
「嫌?どうしてそう思うアルか?」
「いい夢にしては、お前の表情が暗いんでな」

 先生は何でもお見通しだ、とまた髪を撫でられる。これは夢の中の彼も共通の仕草だ。与える安心感もまた然り。触れられるだけで安堵できる存在は、神楽にとって彼だけだ。体温が伝わる場所から優しさが伝染する気がするもの、銀八だけ。この人の温もりだけを何も構えず享受でき、この人の優しさには反発せずに素直になれる。
 本来表情をあまり変えない神楽に喜怒哀楽の感情を容易に浮かべさせれるのは、夢の中でも彼だけだった。

「嫌な夢とは言い難いアル」
「そうか」
「でも良い夢ではなかったネ。悲しくて寂しくて怖かったアル」
「・・・そうか」

 夢の中の十四歳だった神楽は、その言葉を口にしなかった。でも現実の神楽の傍には銀八が居てくれて、だからこそ弱音を吐ける。神楽が欲したとき、この手は躊躇なく伸ばされる。優しい言葉はないけれど、言葉以上に優しさが伝わる方法を銀八は知っていた。

「ま、夢は何処まで行っても夢だ。一日過ごす内に忘れるだろうよ」
「そうアルか?」
「おう。お前記憶力悪いしな」
「失礼アル!訴えるアル!」
「誰に何を訴えるっつうんだ、この馬鹿。そんな言葉はテストでころころ鉛筆を使わなくなってから口にしろ。──それより、ホレ」
「?何アルか?」
「授業サボったペナルティだよ。明日までに提出な」
「えー!?マジカ!?」
「マジ、マジ、大マジ。提出しなかったら補習だから」

 手渡されたプリントは、ざっと見ても十枚はある。授業をサボったペナルティにしては重過ぎないだろうか。恨みがましい瞳で見上げても、銀八は飄々とした顔を崩さない。むっと頬を膨らませ唇を尖らせれば、むにゅと片手で摘まれた。

「高杉の野郎は?」
「え?」
「一緒に居たんだろ?あいつは何処だ?」
「・・・・・・多分、まだ屋上に居るアル」

 じっとりとした眼差しに早々に白状する。脳裏に裏切り者がと睨みつける晋助の姿が過ぎったが、そんなものよりわが身の保身だ。銀八の機嫌が良くないのを肌で感じ取った今、逆らう気はまるでない。
 素直に返事をしたのが良かったのだろう。少しだけ怒気を和らげた銀八はレロレロキャンディーを口からだし、一つため息を吐いた。そのままの仕草で近寄ると、ぽそり、と小さな声で告げる。

「今日の夕飯、卵かけご飯だから。家に帰ったらすぐに飯炊いとけ」
「・・・うん!」

 お隣さん特権で招かれる夕食に、神楽は嬉しくて頷いた。




 あの夢は本当にただの夢だったのだろうか。あれから随分と時が経った今、神楽は不意に思い出す。臨場感に溢れ忘れるには印象的過ぎた、現実味に溢れるあの夢を。
 登場人物は誰もが個性を持ち、それぞれの生活を確立していた。神楽は夢の中で一年を過ごし、毎日をどのように生きていたかも覚えている。
 現実世界ではまず経験しない何かを殺めた感触も、生々しくて怖かった。拳を振るうたびに得た感情も、虚しさも寂寥も覚えている。
 あれは本当に夢だったのだろうか。
 あちらの世界では見上げることが出来なかった青空を直視する。十四歳の神楽はこの空に憧れ、太陽に焦がれていた。太陽に嫌われた一族だから、きっと尚更。
 もしかしたら。もしかしたら、あれはただの夢ではなく、パラレルワールドだったのかもしれない。口にすれば隣に眠る人に笑われるだろうから、この考えはきっと墓まで持ち越すことになるのだろう。夢の中の登場人物の一人であった彼に手を伸ばし、その前髪を掻き分ける。
 眠っていると端整な顔立ちが際立ち、起きているときと別人のように幼い。秀でた額に口付けを落とすと、彼の横に納まった。隣の温もりに手を伸ばせば、起きてるのかと疑いたくなるタイミングで体が抱きしめられる。訝しく思い視線を上げたが、規則的な呼吸は変わらない。それに小さく微笑み神楽もゆっくりと瞼を閉じた。
 視界が闇に落ちていく。
 ウサギは声帯を持たない。けれど一般的な動物と違っても、悲鳴を上げることはある。
 もしあの世界がもう一つの神楽の住まいであるならば。この穏やかな感情を与えてくれる人が、傷ついた少女の隣にあるのを心から祈る。

 

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