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■妙→神楽




 初めて会った時から、綺麗な色だと思っていた。今、改めて正面から見ると、やっぱり綺麗な色だと思った。月光の下、空を映したような青い瞳は妙を真っ直ぐに見つめていた。

その日は、たまたまが重なっていた。
たまたま、仕事が急に入り。
たまたま、お客さんを殴って店の片づけを最後までさせられた。
たまたま、その殴った客がストーカー兼真選組の局長で。
たまたま、大荷物があった自分はそれを全て彼に持たせた。
そして。
たまたま、帰り道を歩いていたら可愛い妹分に出会った。

 トレードマークの傘を差し、肩においてくるくると回している姿は、まるでブリキのお人形のように愛らしい。最後の一つは、今日で一番嬉しい偶然だ。こちらを振り返らない背に躊躇無く声をかける。

「こんばんは、神楽ちゃん」

にこりと微笑んで言葉にすると、目の前の彼女の空気が少しだけ揺れた。くるりと右足を支点に体を回し、両手で傘を回したまま首を傾げる。妙の気配に気づいていたのだろう。その反応に驚きは見れなかった。
 反応を待つために沈黙すれば、暫くして。

「こんばんは、姐御」

 以前と全く変わらぬ調子での返事が返ってきて、ホッと息を吐いた。自分で思っていたよりも緊張していたらしい。いつの間にか追いついた近藤が、道に荷物を置く。勝手に荷物を下ろしたことを注意しようかとも思ったが、寸前で思い直した。彼は、自分が思っている以上に思慮深い人間だと言うことを知っている。妙が怒るかもしれないのを承知で、それでもいざという時の為に荷物を道に下ろさずにいられなかったのだろう。
 近藤が本気で自分を心配しているのもわかっていたし、彼一人だけなら荷物を持ったままだということも想像できた。彼は本心では神楽を信用したいと思っているし、自分のみならば傷つくのも厭わない。彼が荷物を置き備えたのは、妙に万が一でも危険が及ばないようにする布石の一つだと判るからこそ怒れない。妙を心配しながら、それでも自分の前で神楽に刀を向けない彼に好感を持った。
 明かり一つすらない暗闇。新月で月明かりすらない場所なのに、そんな自分達を見て神楽が一瞬笑ったような気がして、一瞬顔が赤くなりかけそうになり慌てて気力で押さえ込む。目の前の少女が、恍けたフリをしながらも、本当はこの上なく鋭い事を妙は誰よりも知っていた。

「──二人で逢引アルか?」
「何を言ってるの、神楽ちゃん。目に一味唐辛子を吹っかけるわよ?私が、この人と逢引するとでも思ってるの?」
「お妙さん、恥ずかしがらなくても大・・・ふがっ!!」

 下らない事を言おうとしたゴリラの顔面に裏拳を当てる。鼻に当たったらしく、振り返らなくてもそこを抑えてしゃがみ込んでいるのが判った。

「冗談アル。姐御がゴリラの相手をする訳ないネ。どうせまた、そいつが酷いストーキングをやらかしたに決まってるアル。お前みたいな男、皆に指差されて笑われてるのにも気がついてない、裸の王様も同然ネ。略して『裸王』アル。ちっさい息子をぶら下げて、街道を驀進中ヨ」
「・・・・・・」

 神楽のあまりの言い草に、近藤は黙って涙した。

「あらあら、神楽ちゃん。それは酷いと言うものよ」

 妙の言葉に、目を輝かした近藤は菩薩を崇めるように彼女を見つめた。

「全裸で歩くゴリラだなんて、王様に相応しくないわ。あえて言うなら、猥褻物陳列罪で捕まる寸前の変質者よ」

 笑顔でバサリと斬られ、彼は再び涙を流した。綺麗な薔薇には棘がある。言葉どおりに体現している彼女を見て、神楽は嬉しそうに声を上げた。

「姐御」
「・・・何かしら?」

 そして、一瞬で雰囲気を変える。和やかで懐かしいものから、産毛が逆立つほどの気迫を纏いくるりと傘を回した。近藤が静かに立ち上がり、妙を庇うように斜め前に出る。いつでも反応できるように足を半歩開いた。

「チャイナさん・・・?」

 神楽の武器は、あの傘だ。近藤も妙も、それがどれだけ威力があるものかを知っていた。ただの雨具ではなく、あれは夜兎である少女に似合う恐ろしい武器。一振りで岩をも砕く威力を持ち、構えれば鉛の弾が降る。それでも、まだ大丈夫だと判断したのか近藤は脇差に手を掛けていない。

「オレたちに、何のようだったのかな?」

 子供に語りかけるような口調は優しい。踏まれても蹴られても、雑草のようにしぶとい男は同時に酷く器が大きい男でもあった。

「──この先に、進んじゃ駄目アル」

 ポツリ、と呟かれた言葉に首を傾げる。この先の道を歩かないと、妙は自分の家まで帰れない。別の道を行くには、ここらか戻らなくてはいけないし、結構な大回りになってしまう。それは神楽も知っているだろうに。

「引き返すアル。姐御、今、先に進んだら駄目アル」

 淡々とした声に、熱意など欠片も見当たらない。それでも、神楽が必死なのが妙には伝わった。
 もしかしたら、コレだけを伝えるために神楽はずっと自分を待っていたのかもしれない。そう考え、気がついたら体が勝手に頷いていた。

「わかったわ、神楽ちゃん。私、別の道から帰ることにする」

 迷うことなく踵を返す。この可愛い妹分を信じない理由はない。敵対関係にあったとしても、彼女が自分を無意味に傷つけるはずが無い。

「お妙さん・・・」
「何をしているの、近藤さん。早く、その荷物を持ってきてください」
「・・・・・・」

 暫し躊躇し、けれど結局妙に無言でいた彼は、最終的には自分の意思を尊重してくれた。それでも念を押すように、もう一度だけ彼女に向かって問いかける。

「一つだけ、教えてくれチャイナさん」
「何アルか?」
「・・・この先で、殺しはやってないよな?」
「ないアル」

 信じるための証拠は何もない。神楽が此処にいるからといって、他の誰かが手を下していないという確証はない。全てを知った上で、彼はその言葉に深く頷いていた。

「わかった。あんたを信じるぜ」

 荷物を持ち、少し早足でかけてきた彼は自分の後ろに先程と同じように付いて歩く。もう、振り向く気はなかった。

だから、気がつかなかった。
彼女がホッと息を吐いた事も。
彼女の足元に、出来たばかりの血溜りがあったことも。
──何もかもに、気がつかなかった。

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  ■銀時→神楽



『──また、私を斬るアルか?』

 感情のない声。自分を映しているだけで見ていない瞳。鋭利な刃物で傷つけられたように、言葉は心の奥まで入り込んだ。
 空に浮かぶ白い月。彼女も今見上げているだろうか。それとも、また隻眼の男の隣に立ち、似合わぬ色の返り血をその身に浴びているのだろうか。目を瞑れば、あの日あの時の情景が浮かぶ。
 志村家の広い庭。高杉を庇った神楽は、無表情に己の持つ刀を掴んだ。躊躇ない力で握られたそこからは血が流れ、それだけで、体が震えた。攘夷志士として幾人もの天人を屠って来たこの自分が、ただ一人、幼いといっても過言ではない天人を刺しただけで動けなくなった。
 肉を貫く感触が離れない。体に響いた音が忘れれない。──初めて人を殺した時のように、思い出すだけでじっとりと汗が滲む。殺したわけではない。神楽は夜兎で、恐るべき回復力を持っている。大体、力づくで刀を引き寄せたのは向こうの方だ。言い訳は頭の中で限りなく響く。だが。

──刀を放せばよかったのだ。
──向けたからあんなことになった。
──自分じゃない誰かを庇ったから、頭に血が上った所為だ。

 否定の声も、同時に響く。カタカタと、手が震えた。それを見て、苦く笑う。白夜叉とも呼ばれた男が、何という体たらく。幾人の天人を屠っても揺れなかった心が、ただ一人を傷つけただけで恐怖に苛まれる。
 百戦錬磨の白夜叉ともあろう自分が、情けないことこの上ないがあの日以来志村家に足を踏み込むことすら出来やしない。

「ははっ・・・こんなんじゃ、止められる訳ねぇっての」

 自嘲気味に呟いた。先日、真選組の鬼の副長が何者かに瀕死の重態を負わされた。実際後数分でも仲間が駆けつけるのが遅かったら、確実に命を落としていただろう。刀傷はそこかしこにあり、内臓に到達するほどに深く刺された痕があったらしい。失血し一歩手前で身動きすら儘ならない。徹底的に甚振られた男にも驚いたが、何より驚いたのは土方に抵抗のあとが見受けられなかったと聞いたときだ。
 まさか、と勘が働いた。機密事項だ、まだ面会謝絶だと言う下っ端を押しのけ、白い病室で変なチューブに繋がれた土方に会いに行った。信じたくないが可能性として消せないそれが頭を巡る。何度か声をかけ、うっすらと目を開いた土方は焦点の合っていない目で、それでも銀時を捉えると口を開いた。

『あいつじゃ・・・ねぇよ』

 呼吸音にすらかき消されそうなほど小さな声。一言だけ搾り出し、力尽きたように土方はまたゆっくりと目を瞑った。体中の力が抜け、病室の床にしゃがみ込む。よかった、と我知らず声に出し、震えている掌で顔を覆った。
 その後、見舞いに来た近藤と沖田に病室から追い出され、どうやったのか覚えてないが気がついたら家に帰っていた。気配のない家で、ソファに座り込み動けなくなる。一人になると、どうしても彼女を求めてしまう。

『銀ちゃん、今帰ったアルか?』
『銀ちゃん、酒臭いアル~・・・』
『あっちに・・・行けよ、酔っ払い。私は眠いアル』
『クォラ、銀時~!!貴様、何玄関で吐き戻してるアルか!!』

 夜帰ると、何だかんだで少女はそこにいてくれた。一人がいないだけで、室温がどっと下がった気がする。家族のいない銀時にとって、神楽は家族そのものだった。妹で、娘で、可愛い──・・・。考え、首を振り思考を中断させる。それ以上は、考えてはいけないと警鐘が鳴った。
 先日、万事屋の仕事をしている時に久しぶりに神楽と会った。予定外の再会に始めに己を取り戻したのは桂で、動揺を一切見せずに己の取るべき行動を選んだ桂に神楽は笑った。そして当たり前に迎え撃ち吹っ飛ばした神楽に、銀時は震える己を宥めつつ刀を向けたのだ。だが、刀を向けた銀時に神楽は少し目を伏せ。

『銀ちゃんに、私は斬れないアルよ?』

銀時だけに聞こえるように、小さいが確信を込めた声でそっと囁いた。
 それは、奇妙な自信に満ちた言葉。そして実際にその通りだと、銀時は実証してしまった。
 神楽は銀時を殺すことが出来るが、銀時には神楽を殺すことはおろか、傷つけることすら難しい。刀を向けるたびに、神楽を貫いた時の記憶がフラッシュバックする。手に響く肉を突き刺す瞬間の鈍い感触。刀身を滴る赤い血の温かさ。神楽の命を握っているどうしようもない恐れ。

「・・・どうすりゃいいんだよ、マジで。なあ、神楽?」

 窓越しに月を見た。神楽が好んで見ていた月は、青白い光を放つだけで今日もやっぱり何も教えてくれない。自分を傷つけた瞬間に、彼女の顔に浮かんだ苦痛の表情が、本物であればいいのに。それが真実ならば、また別の意味で傷つくだろう自分を理解しながら、銀時は硬く目を瞑った。 

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■高杉→神楽




 ある日を境に神楽は決して晋助の傍を離れようとしなかった。晋助が行くところには何処にでも付いて行き、晋助の隣で彼の服を掴んでいた。周りが止めなければトイレにも付いて行っただろう。金魚の糞状態だ。迷子の子供が再会した親にする仕草と良く似ていたが、幼い仕草に違和感を感じさせるのは。真剣な色を浮かべるその青い瞳。子供とは違い心細さなど欠片も持ちえぬ強さのそれは、監視するように剣呑な色を漂わせる。
 だが、それを見ても晋助は止めようとしなかった。何処か面白そうに唇を持ち上げた男は、神楽の行動を拒絶するでもなく好きにさせている。あの猫のように気まぐれな気質の晋助の行動に、初めは誰もが首を捻った。しかしそれが一日、二日、一週間と過ぎれば本気で嫌なら実力行使に出るだろう事を知っていたので、周りも手を出そうとしなくなった。



「神楽」
「何アルか?」
「そろそろ、厭きたんじゃねぇか?」

 女物の羽織を着た男は、歪んだ笑みを隣の存在に向けた。彼の服を掴み、ちょこんと隣に座っていた神楽は真っ直ぐに彼を見る。
 月の綺麗な夜で、何時も持ち歩いている傘を神楽は持っていなかった。太陽ほど明るくは無いが十分に視野を確保出来る屋根の上で、隻眼の瞳の感情を探るようにまじまじと見る。

「──別に」

 暫くの間探るように目を細めた神楽は、不意に興味をなくしたとばかりに視線を逸らした。そして、月に視線を向ける。満月、というわけではなかったが、月は神楽の好む色だった。綺麗な、綺麗な白に近い青。透けるように発光するそれは、神楽の目を捉えて放さない。
 隣で、体が動く感触がした。体温を感じるくらいの距離に居た男に慣れてしまった事実に、表情にこそ出さないが愕然とする。警戒心が無いとは言えないが、それでも彼が自分を襲うはずが無いと、いつの間にか思い込んでいた。
 漂う紫煙にタバコを吸い始めたのだと眉をしかめる。この匂いは好きじゃなかった。

「タバコ」
「あん?」
「臭いアル。止めるヨロシ」

 視線を月に固定したまま、けど彼に向けて言葉を発した。小さく声が漏れる。くつくつと喉を震わせ酷く愉快そうなそれに、何が面白いのだろうと頭の片隅で考えた。だが、すぐにどうでもいいことだと打ち消す。自分たちの間は干渉し合うものではなく、あくまで利害の一致によるものだ。踏み込む気はさらさらになく、彼の心理を理解したいなんて願望は持ち合わせていない。
 だから視線を月に移す。空に輝くそれに手が届くことは無いけれど、綺麗で居てくれるのが嬉しくて自然と表情が綻んだ。

「!?ケヘッ、ケホッ」

 いきなり顔に紫煙を浴びせかけられて、涙目になりながら噎せた。この匂いを神楽が苦手と知りつつ、態とこんな所業を行う男をキッと睨みつける。何が楽しいのかにたにたとした笑顔を貼り付けた晋助は、もう一度息を吸い込むと神楽の顔めがけて吐き出した。白く煙る視界を慌てて手で払い、生理的な意味で涙目になった瞳を向ける。

「いきなり、何するネ!?」
「──ボケッと間抜けヅラしてるから、生きてんのかなって思って」
「見て判るだろ、ボケェェェェェ!髪がタバコ臭くなったらどうするアルカ!?」
「一緒に風呂入って洗ってやろうか?」
「お断りアル!ポリゴンは嫌いネ!!」
「ポリゴン・・・?ああ、ロリコンのことな」
「お前を表す代名詞ネ!!」

 湯気が出るんじゃないかという勢いで本気で怒っているのに、目の前の男は上機嫌に笑う。それは普段の何処か気だるげで惰性で浮かべているものではなく、まるで子供のように無邪気で嘘が無いように見えて、神楽はぐっと唇を噛み締めた。
 こんな雰囲気、彼には似合わない。高杉晋助は、こんな顔をしていい男ではない。常に世に対し怒りを向け、全てを壊すべき破壊衝動を身に飼いならし、狂気と正気の狭間を行きかう、この男が、こんな表情を浮かべていいはずないのだ。
 出会った当初では想像も出来なかった笑顔に、神楽は困惑した。殺戮を好み、破壊を欲する。高杉晋助とはそんな男で、それ以外でないのに。

「──お前、最近変ヨ。最近、誰も殺してないアル」
「・・・そうだったか?」
「そうネ。少なくとも、私の前ではしてないアル」

 首を傾げる男に神楽は眉を寄せる。最近、神楽は彼にべったりだ。何処に行くのも付いていっているし、片時も離れない。     
 それなのに、その事実には今気がついた。作戦には参加する。楽しそうに指示もする。殺しに躊躇いは無く、命が散る瞬間には酷く満足げに哂う。
 しかしながら、最近の彼は手を下す事はない。以前は良く見た刀についた血糊を拭う仕草すら最近は見ていなかった。首を傾げる神楽の額を、高杉はキセルでちょんと叩く。

「痛いアル!」

 本当はそれほどでもなかったが、思わず額を押さえて恨みがましい顔を見せれば、晋助は穏やかとも見える表情を浮かべた。幾度も瞬きを繰り返し、錯覚だと言い聞かす。こんなのは、困る。

「──言っただろ?」

 困惑し瞳を揺らす神楽を見ていた高杉が、優しくも聞こえる声で囁いた。変だ、おかしい。違和感をはっきりさせようと神楽は彼の目を覗き込む。しかし遮るようにまたしても煙を吐きかけられ、涙目になって酷く噎せた。

「お前がオレを見てるなら、もう少しの間だけ自粛してやるさ」

 声は聞こえた。けど、顔は見えない。噎せた呼吸を整える頃には、もういつもの高杉に戻っていて、感じた違和感は気のせいだったのだろうかと、神楽は首を傾げた。

「そろそろ行くか、じゃじゃ馬姫」
「誰がじゃじゃ馬ヨ。しとやかなお嬢様とは、この神楽のことを表す言葉アル」

 文句を言いながらも、反抗するでもなく素直に月に背を向け立ち上がる。
 それを見た高杉が酷く上機嫌な顔をして、理由の判らない感情の機微に、益々神楽は首を捻った。

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■高杉→神楽




「言ったよな、神楽。オレから、目を放すなと」

 ニヤリと笑う隻眼の男を見て、強く、強く目を瞑った。


 初めはそこまで本気ではなかった。と、言うよりも自分で言った事すら覚えていなかったのだ。
 自分を見つけ追って来た男は、ひくりと痙攣するように体を動かした。まだ生きているらしいそれに唇が弧を描く。刀を伝い、自分の手まで染め上げた色を見て愉しくて目を細める。女物の着物に、色が移ったがそれは着物によく映えた。人の身から出たばかりの紅。点々と飛び散るそれは刹那の美を感じさせる。
 自分の刀に貫かれた相手は、弱々しくもがいた。まるで、標本にされた虫のような格好で無様に這い回る姿には兆章しか浮かばない。

「・・・弱い、な」
「っ!!」

 伝った赤を舐め取る。木に縫いとめられた状態の男が怒りで頬を染め、叫ぼうとして、また血が溢れる。避けることなくそれを身に浴び、突き刺したままの刀を動かした。

「ぐっ──」

 ぐり、と柄ごと捻った刀は鈍い感触を晋助に伝える。内臓まで貫通しているだろうそれに、男は呻いただけで悲鳴は上げない。大した精神力だ。口角が上がる。甚振りがいのある獲物は、大好きだった。
 縫いとめられた敵は、真選組鬼の副長と呼ばれた男。屈辱に暗い焔を瞳に灯し自分を睨み続けていた。その反抗的な眼差しに益々気分が高揚する。空いていた手に小太刀を握り突き刺そうとしたまさにその瞬間。

「──何、してるアルか?」

 聞こえた声に、抉っていた手を止めた。面白い事になった。本能がそう告げる。目の前の男は、目を見開いて自分の背後を見ていた。

(──こんな、情けない格好。見られたくはなかっただろうにな)

 思うと、笑いがこみ上げる。声を漏らさないよう堪えるのに苦労した。それでも震える肩は隠しようが無く、刀に力を込めたまま、ゆっくりと振り返る。
 表通りから一本入り込んだだけの道は、それでもほとんど日が入らない。闇に属するものに優しい場所だ。だが、そんな場所でも少女は傘を差していた。光にに忌み嫌われた白い肌を守るために。酢昆布を片手に、くちゃくちゃと咬みながら。そして、無表情にもう一度口にした。

「何してるアルか、晋助」

 感情の読めない声。この子供は、時として大人である自分よりも冷静な部分がある。知り合いが串刺しにされているのに、目を逸らす事すらしない。血が飛び鉄錆び臭さが蔓延する凄惨な場面に表情は動かず、動揺も見受けられなかった。
 普通の子供なら発狂して失禁でもしているだろう場面で、声を荒げるでもなく、いかにも慣れているといった風情の神楽を、晋助は気に入っていた。

「遊んでるんだよ」

 だから、上機嫌に、踊るような声で教える。無邪気に、無抵抗の虫の羽をもぎ取る子供のような残酷さで。

「──お前、やっぱりサドアルナ」
「マゾに見えたか?」
「精神的苦痛で自分を逆境に追い込むのが好きみたいだったから、てっきりマゾかと思ったヨ。けど、本当は両刀って奴だったアル」
「両刀ってのは、言葉の意味が違うぞ」
「いやいやいや。お前はサドとマゾの属性を持つ、奇異な存在アル。例えて言うなら、オスの機能とメスの機能を兼ね備えたカタツムリのような存在ネ」
「──その例え、意味がわからねぇぞ?しかも、やっぱり両刀の意味が違うし」

 ククッと咽喉の奥で笑いを噛み殺すと、目の前で青ざめた顔をしている男を見た。出血が酷く貧血を起こしかけているのだろう。それでも意識を繋いでるのはさすがと誉めてもいいところだ。

「晋助」
「何だ?」
「止めるヨロシ」

 再び顔を神楽に向ける。静かな眼差しをした少女は強要するでもなく焦るでもなくただ自然体でそこに居た。暫しの間神楽を観察していた晋助は徐に、にいっと歪んだ笑みを浮かべる。
そして。

「言ったよな、神楽。オレから、目を放すなと」

 睦言を囁くような甘い声で言うと同時に、抜き取った刃をもう一度目の前の男に沈めた。ざくり、と重たい感触が体に響く。

「ぐっあああああ!」

 今度こそ、声を堪えられずに男は絶叫した。零れんばかりに目を見開き、苦痛に耐えかねる姿はいつ死んでもおかしくない。

「大串君!!」

 その様子を見て、始めて神楽が声を荒げた。些細な事。だが、それすら気に入らず腕に力を込める。ざくり。鈍い音が響き、足元にかなりの血だまりが出来る。これは、致死量の出血だ。
 流れ出る血を眺め、ふっと笑う。命の輝きが失せる瞬間とはどうしてこうも美しいのか。

「神楽、知ってるか?侍ってのは昔へまをしたら切腹ってのをしたんだ。腹に刀をぶっさしてな」
「・・・・・・」

 いきなりの晋助の言葉に、何を考えているのか見定めるように神楽は晋助の目を見た。これほど業に塗れても未だ澄んだ色の青い瞳が真っ直ぐに晋助を捕らえる。あの目に自分が映るのは、とても気分がいい。

「切腹ってのは、中々死ねねぇ方法なんだよ。人間、腹を掻っ捌かれた位じゃ簡単に死ねねぇ」

 そして、また刀を抜く。三度突き刺そうとしたその瞬間。

「やめろヨ」

 一瞬で移動した神楽に、刀を掴まれた。指が千切れるかもしれないのに遠慮のない力を出す神楽に、刀がピクリとも動かせなくなり哂う。幼い少女でもさすがは夜兎というところか。人間の自分では、力で勝つ事は難しい。
 先程まで貫いていた男の血の上に、刀身を伝う神楽の血が重なった。天人の癖に赤いそれは、だが先程とは別の輝きを持っているように映った。刀を引っ張ると、一瞬眉をしかめた神楽は手を離す。刀の構造上ただ押さえるよりも弾く摩擦力で指を深く切ったのだろう。眉間に皺を寄せると晋助をじとりと睨んで来た。
 突き刺していた男は、崩れ落ちるように倒れている。それを庇うように立つと、神楽は血の出ていない方の手で酢昆布を握った。くちゃくちゃと咀嚼する音が響く。それに倣うように、晋助も刀についた血を舐め取った。

「──オレから、目を放すなよ神楽。次は、コイツじゃなく」

 愉しそうに目をきらめかせると、少年のように晋助は笑った。

「お前の大事な、『銀ちゃん』かも知れねぇぜ?」


 別に、目の前の男を狙っていたわけじゃない。真選組の副長なんて、獲物としてはいいものだがそこまで興味を持ってもいない。それでも無視できなかったのは、無視しようとしたときに一匹のうさぎが頭をよぎったから。
 残酷とも取れる行動の裏にあった感情は、うさぎの目を、他の何かに向けたくない。ただそれだけだった。 

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■新八→神楽



「お前が残れ、神楽」

 低い声に、眉がピクリと動いた。月光の下、自分の腹心を従えた男は隻眼の目をきらめかした。鮮やかな輝きは、悪戯をたくらむ子供のようで、けれど口元に浮かぶ笑みは、狡猾な大人のもの。

「じゃじゃ馬、お前があいつらの相手をするんだ」

 囁かれた声は楽しそうだ。

「・・・晋助様」

 高杉の横で、また子がおずおずと声をかけた。だが、ひと睨みで体を硬直させる。その様を見て、神楽は口を開いた。

「わかったアル」

 酷く静かな同意に、彼女の意思は見つけられない。



 彼女は、一人で立っていた。雨が降っていないのに。陽がさしている訳でもないのに。青い、傘を片手で差して。
 逆光でどんな表情をしているのかは見えないけれど、雰囲気は最後に会った時と何も変わらない。

「──神楽」

 悲痛な声で、銀髪の男が呟いた。その声は、新八の心と同じだ。刀を持つ手が震える。万事屋の仕事で、こんな所で彼女と鉢合わせると思っていなかった。
いや。
 心のどこかでは知っていたのかもしれない。震える新八の肩を、隣にいた桂が叩いた。緊張が和らぐ訳ではなかったが、それでも少し落ち着いた。

「久しぶりアルな、銀ちゃん、新八。後、ついでにヅラ」
「ヅラではない。桂だ」
「どっちでもいいアルヨ、そんな些細な事」
「些細な事と言うなァ!これは、オレと言う存在を表す──」
「ハイハイー、ワカッタヨー」
「片言の言葉で流すなァァァァ!」

 無表情に、桂が怒鳴る。憤る方向は相変わらず斜め上にかっとんでいて、まるで、昔に戻ったみたいだと錯覚しそうになる。3人で、毎日を過ごしていたあの頃に。
 やる気のない、でもここぞと言う時には決める銀時に。口が達者で手も足もすぐにでる、でも顔だけは可愛い神楽。突っ込み役で、いつも右往左往していた新八。離れるなんて、想像していなかった。いや。していなかった訳ではない。いつか、3人ともばらばらになる事はわかっていた。けどそれは、神楽はエイリアンハンターになって、自分は道場を建て直して、銀時は──彼はきっと変わらず今のままで。離れても、関係は変わらないと思っていた。向かい合い、真剣を持って立ち向かうなど考えてもいなかった。

「まあ、お前の呼び名なんて私にはどうでもいいアル」
「酷い事を言うなァァァァ!」

 叫んだ桂を完璧に無視した神楽は、傘を閉じると三人に向けた。桃色の髪は、一つで結い上げられて見慣れぬ髪型に目を瞬かせる。いつもは二つにして、その上に飾りをしていたはずなのに一つで纏め上げているだけで、覚えていた神楽は大人びて見えた。
 まるで、知らない人のようだ。考え、ぶんぶんと頭を振った。

(違う。目の前にいるのは、神楽ちゃんだ。大食いで、口が悪くて、綺麗な目をしていて──そして、時々凄く寂しそうな目をしていた女の子)

 そして、そんな目をした少女に笑ってもらいたくて、美味しいご飯を作ったり酢昆布を買ってあげたり。神楽が寂しそうな時は放っておけなくて、色々と手を尽くしたのに最後に美味しいところを銀髪に持っていかれたり。
 それでも、神楽が笑ってくれれば、それで嬉しかった。

(なのにっ)
 
 現状はどうだろう。笑ってもらいたかった少女に、刀を向けている。真剣を構えるのは初めてじゃないのに、切っ先は定まらずカタカタと揺れた。だが、そんな新八の葛藤など露知らず、神楽は傘を構える。そこには一分の隙も見当たらず、少女の本気が見えていた。
 身に纏うのは赤ではなく、黒のチャイナドレス。赤の刺繍で花が刺繍されたそれは可愛らしいものではなく、艶やかで居てどこか毒々しい。枯れゆく直前なのか、花びらが下を向いている。神楽の趣味ではないだろう。直感で思った。だが、それは今の彼女に良く似合う。

「私、銀ちゃんたちをここで止めなければならないアル。三人まとめて掛かってくるヨロシ」

 無表情に綺麗な青い目を向けた少女に、最初に気を取り直したのは桂だった。構える姿は様になり、歴戦の戦士というところだろう。

「ふん。今度はそう簡単にやられんぞ、リーダー」
「私も、今度は加減をしないアルよ、ヅラ」
「だから、私は桂だ」

 そして、目を瞬かせると銀時と新八を見る。感情のうつらない瞳は酷く空虚だ。

「・・・銀ちゃんも、新八も構えるヨロシ。じゃないと、一瞬で吹っ飛ぶ羽目になるヨ?」
「──神楽、本気か?」
「当たり前ヨ。私は、いつでも本気アル」
「わかった」

 ゆっくりと銀時が腰に手をやる。彼が持っているのも、木刀ではなく真剣だ。最近になって、近藤に渡されたものだ。いらないと渋る彼に、近藤はそれでも無理やりに刀を渡した。

『お前に何かあったら、お妙さんが悲しむ』

 その言葉に、渋々と銀時は刀を手にした。きっと、頼み込む近藤の目が、本気だったからだろう。

「新八は、どうするネ?構えるなら、さっさとしろヨ」
「・・・・・」

 先程から、刀は手にしている。抜き身のそれは、鈍く輝き、自分には重すぎた。震える手では、持ち上げ、彼女に向かい構えることは出来ない。それを見て取ったのか、神楽は肩を竦めると。

「行くアル」

 一気に桂へと距離を詰めた。速い。すばらしいスピードは、目で追うのがやっとだ。アレが、神楽の実力。辛うじて刀で受けた桂にあわせ、銀時が神楽の背後から刀を振るった。それをすれすれで避ける。チャイナドレスの一部が切れ、暗闇に紛れた。だがそれを視線だけで見送った神楽はニンマリと笑う。

「ヅラ。お前、まだ怪我が治ってないアルな」

 その言葉に、目を瞬かせた。桂が怪我をしたなんて話は聞いていない。無表情に体を動かす桂に、悪いところなんて見当たらなかった。動きは滑らかで健康体の新八よりも余程鋭い。

「その状態で、私に喧嘩を売った事だけは誉めてやるアル」

 楽しそうに言いながら、神楽は傘を構えると軽快な音を響かせ発砲した。銀時と桂は一瞬足を止める。そしてその瞬間を狙い、銀時の背後を取った。慌てて振り返り、刀を構えた銀時に神楽はそっと囁いた。

「──また、私を斬るアルか?」

 その言葉に、銀時の動きが止まる。凍りついたように、と言うのはまさしくこういうのをさすのだろう。冷や汗を流し、目を見開いて神楽を見つめる銀時ににこりと微笑むと神楽は遠慮なく傘を一閃させた。

「ぐはっ」

 呻き声とともに、銀時の体は吹っ飛んだ。──新八に向け、一直線に。

「ええ!?マジィィィィ!?」

 驚きながらも、刀を捨て銀時を受け止めるために構える。衝撃は一瞬だ。銀時の下敷きになり共に吹っ飛ぶ。勢いが止まった所で体を起こすと、桂の陰が倒れていくところだった。スローモーションのような出来事に、桂の名を叫ぶ。

「・・・弱いアルな。この前の方がまだましネ」

 桂を吹き飛ばした傘を開き、神楽はクルクルとまわした。その仕草は無邪気で幼げ。覚えている頃と何も変わらないのに。

「新八」

 名を呼ばれ、体を竦ませる。勝てるわけがないと、本能が叫んだ。だが、神楽は攻撃する様子もなく新八の方に向く。

「──早く、病院に連れて行くヨロシ」

一言呟き、その場から去った。新八は、結局最後までその場から動く事が出来なかった。



「──ちゃんと、やってきたか神楽?」
「・・・私を誰だと思ってるネ?」
「そうか。・・・折角、ここまで来るかと思って待ってたのによ」

 そう呟いた高杉の背後には、攘夷志士が並んでいた。数にすると100人を超えているだろうか。それぞれが武器を構え狡猾な笑みを浮かべている。

「私が銀ちゃんたちをこんな所に来させるわけがないアル」
「ふうん?オレは来てもよかったぜ?銀時たちが強いって言っても、ここまでそろえりゃ始末できるしな」
「──お前、黙るヨロシ」

 鋭く目を光らせると、神楽は傘を高杉に向けた。怒りを宿した瞳に、益々面白そうに高杉は頬を緩ませる。

「銀ちゃんたちに手を出すなら、お前でも許さないアル。・・・お前にやられるくらいなら、私がじきじきに手を下すネ」
「それで、あいつらに嫌われても?」
「もとより、覚悟の上アル」
「ふん・・・」

 神楽の言葉に、高杉は鼻を鳴らした。

「次は、オレが出る。──嫌なら、見張ってる事だな」
「言われなくても、そうするネ」

 殺気を隠さない神楽に、上機嫌に晋助は笑った。

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