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「おい」
「・・・・・・」
「おい」
「・・・・・・・・・」
「・・・お前のタコ様ウィンナー。総悟がガッツリ食ってるぞ」
「なぁにぃ!?私のタコ様ウィンナーを食うなんて不届き千万ネ!月に変わってお仕置きするアル」
がばり、と伏せていた顔を勢い良く持ち上げる。正面に黒髪の硬質な美形。神楽の机に肘をついた男は、うんざりしたように息を吐きながらじっとりとした眼差しを向けている。
「何処アルか!?あのサドガキとっちめてやるネ」
「あー・・・嘘だ」
「・・・は?」
「どんな夢見てたのか知らないが、お前が全然目を覚まさないからな」
「オイィィイ!いたいけな美少女を騙すとは何事アル!慰謝料を請求するネ!酢昆布十年分上納しロヨ!」
「いたいけな美少女を自称すんなら、恐喝なんかしてんじゃねェエ!大体、課題のプリント集めてるのに全然目を覚まさねエお前が悪いんだろうが!」
「・・・課題?」
「おう。昨日出てただろうが。現国のプリント」
「・・・出てたアルか?」
「ばっちりな。あとお前と総悟のだけなんだ。オラ、さっさと出せ」
「・・・・・・グー」
「ッ。寝たふりしてんじゃねェぞ、コルァ!」
姑並に五月蝿い男の声をBGMに、神楽の意識は再び沈んだ。
「・・・・・・」
「おい」
「・・・・・・・・・」
「・・・お前のタコ様ウィンナー。総悟がガッツリ食ってるぞ」
「なぁにぃ!?私のタコ様ウィンナーを食うなんて不届き千万ネ!月に変わってお仕置きするアル」
がばり、と伏せていた顔を勢い良く持ち上げる。正面に黒髪の硬質な美形。神楽の机に肘をついた男は、うんざりしたように息を吐きながらじっとりとした眼差しを向けている。
「何処アルか!?あのサドガキとっちめてやるネ」
「あー・・・嘘だ」
「・・・は?」
「どんな夢見てたのか知らないが、お前が全然目を覚まさないからな」
「オイィィイ!いたいけな美少女を騙すとは何事アル!慰謝料を請求するネ!酢昆布十年分上納しロヨ!」
「いたいけな美少女を自称すんなら、恐喝なんかしてんじゃねェエ!大体、課題のプリント集めてるのに全然目を覚まさねエお前が悪いんだろうが!」
「・・・課題?」
「おう。昨日出てただろうが。現国のプリント」
「・・・出てたアルか?」
「ばっちりな。あとお前と総悟のだけなんだ。オラ、さっさと出せ」
「・・・・・・グー」
「ッ。寝たふりしてんじゃねェぞ、コルァ!」
姑並に五月蝿い男の声をBGMに、神楽の意識は再び沈んだ。
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■銀時→神楽
父の首に、刀が振り下ろされるのを目を閉じずに見ていた。公開処刑。小規模でも、そう呼ばれるものらしい。目立たぬように気配を殺し潜んだそこには、幾人もの幕府の重鎮がいた。彼らは、白装束に着替えさせた父を見て笑っていた。
宇宙に名を馳せたエイリアンハンターの父の最期は呆気ないものだった。刀が振り下ろされる直前。彼は、神楽を見て笑った。
とても、優しく、満足気な顔で。
神楽は。その光景を、無表情に、見ていた。
──────────────────────────────
「嫌な夢、見ちまったな」
自分以外誰も居ない家で、夜中に目を覚ました銀時は寝汗の酷さに眉をしかめた。寝巻きはぴたりと肌に張り付き、額に手をやれば汗で濡れる。寒々しい空気に体が震えた。それは体感温度だけではなく、誰も居ないこの部屋に対する寒さを感じた所為であり、たった数年で誰かの気配に慣れていた自分を自覚し自嘲する。
「──ははっ、今更だな」
呟いた声は自覚している以上に悔恨に満ちていて、布団を掴んでいた手に力を込めた。白くなるほど握っても、まだ気持ちは落ち着かない。一つため息を吐くと、銀時は立ち上がった。そのまま部屋を抜けると目的地はすぐそこにある。この家で彼女の名残を感じられる場所。押入れの前でひたりと立ち尽くす。
「・・・・・・・・・」
少しだけ躊躇し、意を決すると襖を開ける。そこに人の気配がなくなってから、どれくらいの時間が流れたのだろう。まだそれ程経っていないはずなのに、もう何十年も一緒に暮らしていないみたいだ。考え、己の思考に苦笑した。まるで、恋する乙女のようだ。出会ってから数年で勝手に胸の奥に居座った少女は、これまた勝手にある日さくっと出て行った。未練など何もないとでも言うように、後悔などしないと振り返ることもせず。
「あーあ、嫌だね、年を取るっていうの。何て言うの?感傷的になっちゃうみたいな?」
誰もいない部屋に、銀時の声だけが響く。少女が出て行った時そのままの姿の押入れは、まだ彼女の温度を残しているような気がして、そっと布団に手を伸ばす。けれど、当たり前にそれは冷え切っていて、当然の事なのに、胸が痛んだ。
「ホント、アイツってば自分勝手だからな~。勝手に居候したと思ったら、礼も言わずに出てきやがって。だいたい、このぴん子のサイン、宝物じゃなかったのかよ。こんなとこに置きっぱなしでいいの?銀さん、売っちゃうよ?」
温もりを探すように枕を辿り壁を伝い、それでも感じることが出来ないそれに、諦めたように手を下ろした。
「・・・わんっ」
「おっ、定春。何?お前も寝苦しかったのか?悪いな、貧乏だから空調なんて使えねぇんだ。大体、エアコンすらないしね~」
違うと判っていながらも、いつの間にやら隣で座っていた白い獣の頭を撫でる。心地よさそうに目を細める定春に、銀時も頬を緩めた。自分以外の温もりは、これほど心を満たすというのに。
「悪いな、神楽じゃなくて」
するりと出た言葉に、驚く。少女が出て行ってから、まるで禁句のように一人の時には名前を呼ばなくなった。何故って?
そうでもしないと、寂しすぎる。返事をしたらすぐに返ってきたあの時を、過去と自覚するには哀しすぎる。
「・・・神楽。神楽・・・。なあ、お前は今、何処で何を見てるんだろうな」
あの日、自分と決別した少女は、きちんと笑えているのだろうか。
神楽の父が殺された事を、間抜けな事に銀時は土方から知らされた。極秘事項というものだったらしい。神楽はそのことを知っていた。どうやってそれを知ったか判らない。だがあの感情豊かな少女は、目の前で父が殺されていくのを息を潜め、気配を殺し、何処かから見ていたらしい。これは土方の推測だろうがきっと当たっている。だが銀時は神楽の父が殺されたなんて知らなかった。誰にも教えられなかったし、気づこうともしなかった。神楽の様子がおかしいことに気がついていたのに、追求する事を躊躇って。
「くそっ」
拳を握り締める。爪が食い込み、血が滲んだ。
止めなくてはいけなかったのだ。他の誰でもなく、自分が。うぬぼれでも何でもなく、神楽を止めれたのは自分だけだったはずだろう。止めていたら、神楽はまだ自分の傍で笑っていたかもしれない。傷は深くても、癒してやる事が出来たはずだった。その力が銀時にはあったのに。
いつかは元に戻るだろうという傲慢とも取れる思い込みで何もしなかったから、息を顰めじっと構えていた獣に、兎は掻っ攫われた。白くて強い兎を、獣が狙っている事を知っていたのに。
「神楽っ・・・神楽、すまねぇ」
声を絞り出す。悔恨に滲んだ声。だが、聴いて欲しい人間は、そこに存在していない。ぺろり、と血の滲んだ手を定春が舐めた。決して美味しくないであろうそれを、癒すように舐め続ける獣にゆっくりと掌を開く。
「早く、迎えに行かないと」
無表情に泣いている兎の涙を止められるのは、きっと、自分しかいないと。奇妙な程の自信を持って、銀時は強く瞼を閉じた。
押入れに、温度が戻ってくる日を、強く強く願いながら。
父の首に、刀が振り下ろされるのを目を閉じずに見ていた。公開処刑。小規模でも、そう呼ばれるものらしい。目立たぬように気配を殺し潜んだそこには、幾人もの幕府の重鎮がいた。彼らは、白装束に着替えさせた父を見て笑っていた。
宇宙に名を馳せたエイリアンハンターの父の最期は呆気ないものだった。刀が振り下ろされる直前。彼は、神楽を見て笑った。
とても、優しく、満足気な顔で。
神楽は。その光景を、無表情に、見ていた。
──────────────────────────────
「嫌な夢、見ちまったな」
自分以外誰も居ない家で、夜中に目を覚ました銀時は寝汗の酷さに眉をしかめた。寝巻きはぴたりと肌に張り付き、額に手をやれば汗で濡れる。寒々しい空気に体が震えた。それは体感温度だけではなく、誰も居ないこの部屋に対する寒さを感じた所為であり、たった数年で誰かの気配に慣れていた自分を自覚し自嘲する。
「──ははっ、今更だな」
呟いた声は自覚している以上に悔恨に満ちていて、布団を掴んでいた手に力を込めた。白くなるほど握っても、まだ気持ちは落ち着かない。一つため息を吐くと、銀時は立ち上がった。そのまま部屋を抜けると目的地はすぐそこにある。この家で彼女の名残を感じられる場所。押入れの前でひたりと立ち尽くす。
「・・・・・・・・・」
少しだけ躊躇し、意を決すると襖を開ける。そこに人の気配がなくなってから、どれくらいの時間が流れたのだろう。まだそれ程経っていないはずなのに、もう何十年も一緒に暮らしていないみたいだ。考え、己の思考に苦笑した。まるで、恋する乙女のようだ。出会ってから数年で勝手に胸の奥に居座った少女は、これまた勝手にある日さくっと出て行った。未練など何もないとでも言うように、後悔などしないと振り返ることもせず。
「あーあ、嫌だね、年を取るっていうの。何て言うの?感傷的になっちゃうみたいな?」
誰もいない部屋に、銀時の声だけが響く。少女が出て行った時そのままの姿の押入れは、まだ彼女の温度を残しているような気がして、そっと布団に手を伸ばす。けれど、当たり前にそれは冷え切っていて、当然の事なのに、胸が痛んだ。
「ホント、アイツってば自分勝手だからな~。勝手に居候したと思ったら、礼も言わずに出てきやがって。だいたい、このぴん子のサイン、宝物じゃなかったのかよ。こんなとこに置きっぱなしでいいの?銀さん、売っちゃうよ?」
温もりを探すように枕を辿り壁を伝い、それでも感じることが出来ないそれに、諦めたように手を下ろした。
「・・・わんっ」
「おっ、定春。何?お前も寝苦しかったのか?悪いな、貧乏だから空調なんて使えねぇんだ。大体、エアコンすらないしね~」
違うと判っていながらも、いつの間にやら隣で座っていた白い獣の頭を撫でる。心地よさそうに目を細める定春に、銀時も頬を緩めた。自分以外の温もりは、これほど心を満たすというのに。
「悪いな、神楽じゃなくて」
するりと出た言葉に、驚く。少女が出て行ってから、まるで禁句のように一人の時には名前を呼ばなくなった。何故って?
そうでもしないと、寂しすぎる。返事をしたらすぐに返ってきたあの時を、過去と自覚するには哀しすぎる。
「・・・神楽。神楽・・・。なあ、お前は今、何処で何を見てるんだろうな」
あの日、自分と決別した少女は、きちんと笑えているのだろうか。
神楽の父が殺された事を、間抜けな事に銀時は土方から知らされた。極秘事項というものだったらしい。神楽はそのことを知っていた。どうやってそれを知ったか判らない。だがあの感情豊かな少女は、目の前で父が殺されていくのを息を潜め、気配を殺し、何処かから見ていたらしい。これは土方の推測だろうがきっと当たっている。だが銀時は神楽の父が殺されたなんて知らなかった。誰にも教えられなかったし、気づこうともしなかった。神楽の様子がおかしいことに気がついていたのに、追求する事を躊躇って。
「くそっ」
拳を握り締める。爪が食い込み、血が滲んだ。
止めなくてはいけなかったのだ。他の誰でもなく、自分が。うぬぼれでも何でもなく、神楽を止めれたのは自分だけだったはずだろう。止めていたら、神楽はまだ自分の傍で笑っていたかもしれない。傷は深くても、癒してやる事が出来たはずだった。その力が銀時にはあったのに。
いつかは元に戻るだろうという傲慢とも取れる思い込みで何もしなかったから、息を顰めじっと構えていた獣に、兎は掻っ攫われた。白くて強い兎を、獣が狙っている事を知っていたのに。
「神楽っ・・・神楽、すまねぇ」
声を絞り出す。悔恨に滲んだ声。だが、聴いて欲しい人間は、そこに存在していない。ぺろり、と血の滲んだ手を定春が舐めた。決して美味しくないであろうそれを、癒すように舐め続ける獣にゆっくりと掌を開く。
「早く、迎えに行かないと」
無表情に泣いている兎の涙を止められるのは、きっと、自分しかいないと。奇妙な程の自信を持って、銀時は強く瞼を閉じた。
押入れに、温度が戻ってくる日を、強く強く願いながら。
■高杉⇒神楽
「いきなり、なにするネ」
己の横を貫いた刀身に、神楽は目を細めた。
「──暇だったんでな」
神楽に向け、刀を突き出した相手はそう言って哂った。
月が綺麗な夜だった。冷えている空気の所為か、星もはっきりと見える。月には、様々な色がある。
例えば。
せんべいを思い出させるような赤茶色だったり。
例えば。
オレンジを思い起こさせるような、綺麗な橙色だったり。
例えば。
卵の黄身を思い出させるような、鮮やかな黄色だったり。
中でも、神楽は白々と輝く月が好きだった。淡く青い色に発光するそれは、銀色にも見える。大好きな、彼を思い起こさせる色。
そんな月が出ている日は、どこにも出かけず神楽は月を見上げる。作戦が決行される日だったとしても、神楽は参加することはなかった。隠れ家の屋根に上り、傘を横に置いて瞬きすらせずにじっと見つめる。失くしてしまった何かを、思い出すように。無表情に。でも、ただ一心に。
晋助は、神楽の行動に基本的に口を出さない。だから、神楽が作戦に参加しようとしまいと気にしない。自分の本懐が果たせればそれでいいし、神楽はそのための駒の一つだ。作戦に神楽が参加できなくても問題はない。神楽は個人でも団体で行う作戦分位の戦果を上げられる。しかしながら無くてはならない駒とは言えず、彼女が居なくなったとしても戦力的には勿体無いと思うが困るほどではない。故に晋助は神楽が居ても居なくとも変わりはしない。
だが、この日は何となく、月を見上げる神楽をそのままにしておきたくない気分になった。
淡く光る月を見上げる神楽は無くなってしまった物を、一心に探しているように見えて、気が付いたら刀を抜いていた。本気で斬りにいった。そこに躊躇も遠慮もない。それなのに。空を斬った刀に、うっすらと哂う。迷い無く殺す気で抜いた刀は宙を切り、無防備に見えたがさすがは夜兎といったところか。
「いきなり、なにするネ」
己の横を貫いた刀身に、神楽は目を細めた。
「──暇だったんでな」
神楽に向け、刀を突き出したまま晋助は言い放った。
「たまには、オレの相手もしろよ」
言いながら、刀を翻す。女物の着物の裾がふわりと返り、月の光で淡く透けた。襲い来る兇刃を傘で弾いた神楽は、バランスの悪い屋根の上でとんぼ返りをする。
器用なものだ。軽業師よりも身軽な動きに、ククッと咽喉の奥で笑う。
「やっぱ、じゃじゃ馬はそうでないとな」
「何を言ってるアル。私、今日は誰かと戦う気分じゃないネ。相手して欲しけりゃ、真選組の中に転がり込めヨ」
「オレは、お前とやり合いたいんだよ」
「──私を、壊したいアルカ?」
唐突な言葉に、攻めていた手を止めた。
壊す?大事な駒である少女を?
思いも寄らなかった言葉に、思わず考え込む。先ほどまで神楽は絶対的に必要な駒ではないと考えていたくせに、彼hその矛盾点に気づかない。
そして。
「そうかも知れねぇな」
ゆるりと口端を上げ、神楽の言葉を肯定した。
「・・・仲間にまで手を上げるなんて、お前はやっぱサイテーヨ」
「仲間?お前がそう認識してるのか?」
「・・・・・・」
黙り込んだ少女に、正直なものだと思った。冷え切った眼差しは仲間に向けるには強すぎる。嘗ての少女を知る晋助は、それでも責めるでもなく哂う。
「お前の言うとおり、オレはお前を壊したいぜ?」
まるで、獣が唸るように言うと、また刀を走らせた。すばしっこい神楽に、中々決定打が与えられない。攘夷志士として戦塵を渡った経験、度量、腕。全てに秀でる晋助の刀は殺すことに躊躇ない。そして並ぶものは少ないほど切れ渡る。だがそんな晋助の腕をしても神楽を殺すのは簡単ではなく、そして夜兎である彼女は少々の傷はすぐに癒える。生半可な心積もりでは、彼女に傷を残すことすら出来やしない。
「──お前、あの月を見て何を思っていた?」
「お前には関係ないダロ。口出ししないで欲しいアルナ」
目を細めた神楽を見て、この顔だ、と晋助は思う。
普段は幼い少女そのものの彼女は、一旦本気になるととんでもなく美しい。丸い目は切れ上がり、放つ雰囲気も一変する。凄惨な空気を纏わせ悲愴なまでの覚悟をする。頬が紅潮し殺気を宿した瞳がぎらぎらと獲物を求め彷徨う。
自分が欲しいのは、この時の女だ。自分でない誰かを想い、月を見上げる感傷など、彼女には必要ない。
「おい、じゃじゃ馬」
「何ネ?」
「服、買いに行くぞ」
唐突に刀を繰り出していた手を止めると、傘を構えたままの神楽に背を向けた。背中を向ける、という行為がどんな意味を表すか知らぬ晋助でもないのに。からんからんと屋根の上を下駄で音を立てながら歩く。
しばらくすると、ようやく動いたらしい神楽の気配が後を付いてきた。
「──お前、訳がわからないアル。いきなり攻撃してきたと思ったら、いきなり服を買いに行くとか言い出すし」
「何だ?いらねぇのか?」
振り返り、あちこちが破れた服を見る。黒地に彼岸花を咲かせたそれは気に入りの一品ではあったが。修復したとしても、もう着れないだろう。今にも見えそうな乳房を隠すでもなく肩を竦めた少女は、にいっと笑った。
「搾り取れるうちは、どんどん搾り取れって姐御が言ってたアル。貢げる金がある内は傍にいてやってもいいネ。感謝するヨロシ」
「──お前、そう言う事ばっか覚えてると、碌な大人にならねぇぞ?」
「ふんっ。その代表作みたいな男がでかい口たたくなヨ」
「違いねぇ」
咽喉の奥で笑うと、隣に並んだ少女の頭に手を置いた。さらりとした感触は心地よく、感じ入るように目を細める。唐突な行動に、神楽の目がキョトンとなった。
「たまには、素直に礼を言ってもいいんじゃねえか?」
「・・・・・・私が礼を言う時は、酢昆布3箱買ってもらったときヨ」
「安いな、お前」
大小の影を作り、月に背を向け歩き出す。
自分を見つめる瞳に、奇妙な満足感を得ながら、少女に似合うチャイナ服を考え。らしくないなと、首を振った。
「いきなり、なにするネ」
己の横を貫いた刀身に、神楽は目を細めた。
「──暇だったんでな」
神楽に向け、刀を突き出した相手はそう言って哂った。
月が綺麗な夜だった。冷えている空気の所為か、星もはっきりと見える。月には、様々な色がある。
例えば。
せんべいを思い出させるような赤茶色だったり。
例えば。
オレンジを思い起こさせるような、綺麗な橙色だったり。
例えば。
卵の黄身を思い出させるような、鮮やかな黄色だったり。
中でも、神楽は白々と輝く月が好きだった。淡く青い色に発光するそれは、銀色にも見える。大好きな、彼を思い起こさせる色。
そんな月が出ている日は、どこにも出かけず神楽は月を見上げる。作戦が決行される日だったとしても、神楽は参加することはなかった。隠れ家の屋根に上り、傘を横に置いて瞬きすらせずにじっと見つめる。失くしてしまった何かを、思い出すように。無表情に。でも、ただ一心に。
晋助は、神楽の行動に基本的に口を出さない。だから、神楽が作戦に参加しようとしまいと気にしない。自分の本懐が果たせればそれでいいし、神楽はそのための駒の一つだ。作戦に神楽が参加できなくても問題はない。神楽は個人でも団体で行う作戦分位の戦果を上げられる。しかしながら無くてはならない駒とは言えず、彼女が居なくなったとしても戦力的には勿体無いと思うが困るほどではない。故に晋助は神楽が居ても居なくとも変わりはしない。
だが、この日は何となく、月を見上げる神楽をそのままにしておきたくない気分になった。
淡く光る月を見上げる神楽は無くなってしまった物を、一心に探しているように見えて、気が付いたら刀を抜いていた。本気で斬りにいった。そこに躊躇も遠慮もない。それなのに。空を斬った刀に、うっすらと哂う。迷い無く殺す気で抜いた刀は宙を切り、無防備に見えたがさすがは夜兎といったところか。
「いきなり、なにするネ」
己の横を貫いた刀身に、神楽は目を細めた。
「──暇だったんでな」
神楽に向け、刀を突き出したまま晋助は言い放った。
「たまには、オレの相手もしろよ」
言いながら、刀を翻す。女物の着物の裾がふわりと返り、月の光で淡く透けた。襲い来る兇刃を傘で弾いた神楽は、バランスの悪い屋根の上でとんぼ返りをする。
器用なものだ。軽業師よりも身軽な動きに、ククッと咽喉の奥で笑う。
「やっぱ、じゃじゃ馬はそうでないとな」
「何を言ってるアル。私、今日は誰かと戦う気分じゃないネ。相手して欲しけりゃ、真選組の中に転がり込めヨ」
「オレは、お前とやり合いたいんだよ」
「──私を、壊したいアルカ?」
唐突な言葉に、攻めていた手を止めた。
壊す?大事な駒である少女を?
思いも寄らなかった言葉に、思わず考え込む。先ほどまで神楽は絶対的に必要な駒ではないと考えていたくせに、彼hその矛盾点に気づかない。
そして。
「そうかも知れねぇな」
ゆるりと口端を上げ、神楽の言葉を肯定した。
「・・・仲間にまで手を上げるなんて、お前はやっぱサイテーヨ」
「仲間?お前がそう認識してるのか?」
「・・・・・・」
黙り込んだ少女に、正直なものだと思った。冷え切った眼差しは仲間に向けるには強すぎる。嘗ての少女を知る晋助は、それでも責めるでもなく哂う。
「お前の言うとおり、オレはお前を壊したいぜ?」
まるで、獣が唸るように言うと、また刀を走らせた。すばしっこい神楽に、中々決定打が与えられない。攘夷志士として戦塵を渡った経験、度量、腕。全てに秀でる晋助の刀は殺すことに躊躇ない。そして並ぶものは少ないほど切れ渡る。だがそんな晋助の腕をしても神楽を殺すのは簡単ではなく、そして夜兎である彼女は少々の傷はすぐに癒える。生半可な心積もりでは、彼女に傷を残すことすら出来やしない。
「──お前、あの月を見て何を思っていた?」
「お前には関係ないダロ。口出ししないで欲しいアルナ」
目を細めた神楽を見て、この顔だ、と晋助は思う。
普段は幼い少女そのものの彼女は、一旦本気になるととんでもなく美しい。丸い目は切れ上がり、放つ雰囲気も一変する。凄惨な空気を纏わせ悲愴なまでの覚悟をする。頬が紅潮し殺気を宿した瞳がぎらぎらと獲物を求め彷徨う。
自分が欲しいのは、この時の女だ。自分でない誰かを想い、月を見上げる感傷など、彼女には必要ない。
「おい、じゃじゃ馬」
「何ネ?」
「服、買いに行くぞ」
唐突に刀を繰り出していた手を止めると、傘を構えたままの神楽に背を向けた。背中を向ける、という行為がどんな意味を表すか知らぬ晋助でもないのに。からんからんと屋根の上を下駄で音を立てながら歩く。
しばらくすると、ようやく動いたらしい神楽の気配が後を付いてきた。
「──お前、訳がわからないアル。いきなり攻撃してきたと思ったら、いきなり服を買いに行くとか言い出すし」
「何だ?いらねぇのか?」
振り返り、あちこちが破れた服を見る。黒地に彼岸花を咲かせたそれは気に入りの一品ではあったが。修復したとしても、もう着れないだろう。今にも見えそうな乳房を隠すでもなく肩を竦めた少女は、にいっと笑った。
「搾り取れるうちは、どんどん搾り取れって姐御が言ってたアル。貢げる金がある内は傍にいてやってもいいネ。感謝するヨロシ」
「──お前、そう言う事ばっか覚えてると、碌な大人にならねぇぞ?」
「ふんっ。その代表作みたいな男がでかい口たたくなヨ」
「違いねぇ」
咽喉の奥で笑うと、隣に並んだ少女の頭に手を置いた。さらりとした感触は心地よく、感じ入るように目を細める。唐突な行動に、神楽の目がキョトンとなった。
「たまには、素直に礼を言ってもいいんじゃねえか?」
「・・・・・・私が礼を言う時は、酢昆布3箱買ってもらったときヨ」
「安いな、お前」
大小の影を作り、月に背を向け歩き出す。
自分を見つめる瞳に、奇妙な満足感を得ながら、少女に似合うチャイナ服を考え。らしくないなと、首を振った。
■近藤+土方&沖田→&神楽←高杉
「さあ、もう観念したらどうでィ。チャイナ」
「年貢の納め時って奴だ。痛くしねぇから投降しろ」
「おいおい、トシ。その言い方は何か卑猥だぞ?」
「いや。そんなことに結びつけるあんたの存在が卑猥だ」
「存在から?ねぇ、存在から否定されちゃうのオレ?」
コントみたいなやり取りをしながら、真選組を締める3人がジリジリと距離を縮めた。軽口を叩きながらもその瞳はめっきりと真剣で、纏わせている覇気は随分と剣呑だ。
円陣を組む彼らの真ん中には、夜なのに傘を差したままの神楽。真選組切っての刀の使い手に囲まれながらも、彼女は酢昆布をかじったまま普段と変わらない。
「か弱い女の子一人に三人がかりなんて、お前ら最悪アル。まるでダメなお馬鹿。略してマダオアル」
ふいーと息を吐きながら肩を竦め、年甲斐もなく随分と小馬鹿にした眼差しを向ける。人を食ったような仕草は嘗て見慣れていたもので、以前との兆通点を探してしまうほど彼女にも彼らにもまだまだ余裕があった。
その仕草に、決して気が長いとはいえない鬼の副長の頭に青筋が浮く。
「か弱い女の子相手ならオレたちが3人がかりで捕まえようなんて思わねぇよ。この怪力娘」
「ちょっ、こっちにこないでくれる?マヨネーズ臭いのがうつるだろ、ボケェ」
「おいィィ!マヨネーズを馬鹿にするなァァ!あれはな、かけるだけでどんな食べ物も美味くすると言う魔法の調味料なんだぞォォォォ!」
「へっ。マヨをチュッチュばかりしてたからお前は汗までマヨネーズ臭いアル。最悪ー」
「嗅いだのか!?お前がオレの汗の匂いを嗅いだ事があるってのか!?」
「嗅いで欲しいのかよ、このポリゴン」
「ポリゴンじゃねぇ、ロリコンだァァァァ!」
「──やっぱ、ロリコンだったんですかィ。おっと、こっちに来ないでくだせィ。ロリコンが移っちまう」
「違うゥゥゥ!オレはロリコンじゃねぇ」
「違う違うって言う奴が大抵は犯人ヨ。お前のポリゴンは確定したな、マヨラー」
「最悪でさぁ、土方さん」
「総悟ォ。お前は誰の味方だコラァ!」
放っておくと同士討ちを始めそうな二人に。
「まあまあ、落ち着けトシ。お前がロリコンでも、オレは気にしない」
「だから、違うって言ってんだろォォォォ!!」
間に入った近藤に思い切り叫んだ。フォローする気があるのかと今にも血管がぶちきれそうだ。高校野球を応援する応援団も真っ青な声量はすばらしい。だが、さすがに息が切れたらしい土方は肩を上下させながらも気を取り直して刀を構えた。
「大人しく、投降しろ。今なら、無傷で屯所に連れ帰ってやる」
「嫌アル。あんな男の巣窟に私を連れて行って何する積もりアルカ、このポリゴン」
「いい加減に、その話題から離れろォォォォ!」
血管が切れそうになっている土方を無表情に見つめ、残っていたす昆布をくちゃくちゃと食べ終える。手に残った物を舐め取ると、かすかにすっぱい味がした。何をしててもこの味は変わらない。
「──そろそろ、夜食の時間アル。今日は鮭茶漬けさーらさらの日ヨ。私はもう帰るアル」
「待ちな、チャイナ。もう少し、オレと遊ぼうぜィ」
「お前、しっつこいから嫌アル」
「はっ。本当は嬉しいくせに、何言ってんだィ」
「──判ったアル。お前、ゴリラと一緒に居すぎてストーカー癖が移ったネ」
「いやいやいや、チャイナさん。オレはストーカーじゃないからね」
「ファミレスで姉御の座ってた席の机の支柱に抱きついていた男がどの面下げてストーカーじゃないと言い切るネ?お前、図々しいアル」
「オレの愛は人より少し粘っこいだけだ!ストーカーなんぞでは断じてない!」
「いや。それを世の中ではストーカーって言うんだぜ、近藤さん」
「トシィィィィ!」
神楽のペースに乗った二人がボケと突っ込みを始めた間に、総悟は刀を走らせた。瞳孔はとうに開き赤い舌が落ち着かせるようにぺろりと唇を舐める。先日よりも速いそれは、確実に神楽の目を狙う。その一閃を瞬き一つせずに下がる事で避けると、神楽は傘を構えた。
「三対一か。天下の真選組も、落ちたものアルな」
ふっと息を吐き出し丹田に力を込め嫌味な顔をする。小憎らしいガキそのものの笑顔に、土方は苦笑した。変わってないように見える。いや、神楽の本質はきっと変わっていない。ただ、向かう方向が間違っているだけなのだろう。それを、軌道修正してやりたいと思う。今更何て思いたくなかった。何故なら少女は加害者であると同時に被害者だ。力無き者でさえ肉親を殺されれば復讐に走るのに、力あるこの少女が持てるものを振るうのをどうして責められようか。真選組として取り締まる立場に居てもその感情が理解できないとは言わない。
唯一つ悲しいと思えるのは、その澄んだ青い瞳が昏く沈んでいることか。
いつから、これほどお人よしになったのか。鬼の副長ともあろう者がと自嘲するが、気になってしまうのだから仕方がない。放っておけないのだ。この子供が怒りの奥で悲しみを持て余しているのが見えるから。
沖田の本気の刀を最小限の力のみで軽く避ける神楽を見て瞳孔が開く。あんなに楽しそうに本気で刀を振るう沖田を見たのも初めてなら、これほど縦横無尽に走る刀を掻い潜る存在も初めてだ。
「──避けろ、総悟」
自分の前に居た沖田を楯にし奇襲をかける。信頼ゆえに躊躇いのない攻撃は、間違うことなく沖田の背中の首より少ししたを狙った。否。正確に言うならその奥にある少女の胸を。普通なら避けれないであろうタイミングのそれは、少女の肩を掠めただけで終わった。
にいっと無意識に顔が笑う。自分の血が熱くなり踊るのが判る。侍としてこれほど心躍る戦いも久しぶりだ。何しろ獲物は戦うために生まれたと言われるほどの武の才を持つ夜兎族の娘。女であっても力もスピードも土方より上だ。彼が勝るのは経験と技量、この二つだけ。
ならばそれを最大限に利用すべく沖田の刀と時間をずらして切りかかる。相手の間合いとタイミングを狂わせる絶妙な攻撃は、昔から付き合いのある二人だからこその息のあったコンビネーション。
「上手く避けろよ、チャイナさん!」
意識が二人に集中していくのが見ていて判った。表情はどんどんと薄くなり瞳は定める為に眇められる。人の視界は集中したときには普段より随分と狭められる。故にがら空きになった背後から近藤が突きを繰り出すのを見て、もらったな、と密かに思った。
「・・・・・・まあまあ、アルナ」
脇を斬り去った軌跡を眺め、流れる血を見ながら神楽は呟いた。その言葉に、ふつふつと血が沸き立つ。殺すなら、自分の刀でしたい。これは沖田の本能で躊躇いがない望みだが、今は殺す事ではなく捕まえる事をメインと考えているから近藤に譲った。
それでも。
(──何て魅力的な赤なんでさァ)
白い肌から零れる命の輝きに、沖田は魅了される。それが、彼女のモノというだけで、何よりも美しく見える。闇に溶け込む漆黒のチャイナドレス。紅い大輪の華が描かれていたそれよりも、なお紅い赤。咽喉の奥で笑いを噛み殺す。愉快で愉快で仕方なかった。この手で最後を攫えるなら、何も惜しむものなどないのに。
哂いながらもコンビネーションの手は止めない。斬り、突き、凪ぐ。構えも取るのが難しいほど息つかぬ攻撃。さすがに三人がかりだときついのか、避ける神楽は防戦一方だ。
殺す気はないということなのだろう。神楽が本気になれば、自分達を殺すなどたやすいはずだ。それをしない、という事は。
(捕まえる事が出来るかも知れないって、ことだ)
近藤と土方の刀を避けた神楽が、沖田の方に転がり込む。刀を下段に構え力に逆らわぬまま、上に振り上げた。浅い感触。
けど、それでも微かに自分まで血飛沫が届き、かかる雫に頬を染めた。
「やっぱ、甘ェや」
独特の味がするそれを、もっと舐めたいと思った。
「・・・困ったアル」
大して困ってもいないが、とりあえず呟いてみた。一見すれば、状況は不利だ。今日は誰かを殺す気分じゃない。だが殺さずに切り抜けるには、彼ら三人は強かった。これほど見事なコンビネーションを見せた相手は、今まで戦ってきた相手でもいない。
強い。武装警察真選組の名は伊達ではない。普段ヘラヘラしている近藤も。血管が千切れるんじゃないかと思うくらい声をからしている土方も。間抜けなアイマスクをして寝ている沖田も。
強い。
唇が持ち上がる。その笑みに、土方の目が驚いたように丸くなった。沖田は、返すように笑う。近藤は何も表情を変えずに刀を振るう。
「面白いけど、残念アル」
神楽は、本当にそう思った。厭きないやり取りは、もう終えなくてはいけない。
「迎えが来てしまったアル。だから、お前らとの遊びはコレで終わりヨ」
殺気は後ろから現れた。しゃがんでそれを避ける。繰り出された突きは、すれすれで避けた近藤の脇を掠めた。
ちょうど、先程の神楽と同じ場所だ。瞠目する彼からは動揺が如実に伝わり、甘いアル、と自然に唇が動く。出来た隙を狙い、神楽が近藤に向け傘を振るった。
「近藤さん!?」
土方の声が揺れる。動揺は隙を生む。先ほどまで見つけれなかったそれは、今では呆気ないほど溢れる。油断した土方の懐に入り込むと、加減抜きで蹴り上げた。とっさに腕をクロスさせた彼の腕ごと貰って。
景気良く吹っ飛んだ彼は、路上の壁に当たりようやく止まる。土方を蹴り上げことで出来た隙に切りかかってきた沖田は
隣に並んだ男に弾かれ、構えなおす前に神楽の掌ていが決まった。
「・・・おい、じゃじゃ馬。オレのいない間に、何勝手に体に傷つくってんだよ」
「一々お前の許可なんて取る必要ないネ」
神楽の横で刀を構えていた晋助は、のそりと笑った。彼の纏う女物の上着が風に吹かれてふわりと揺れた。
「遊ぶなら、オレも呼べよ。・・・楽しい宴にしてやる」
「お前はすぐに殺すから嫌ヨ。気に入ったおもちゃほど壊そうとするガキと一緒ネ」
「そうか?オレは本当に気に入ったものは長く大事に壊していく性質だぜ?」
「最悪ヨ。どS宣言ネ。身の危険を感じちゃうアル」
「大丈夫だ、じゃじゃ馬。お前は少々のことじゃ壊れねぇだろ」
「か弱い女の子に向かって何言うカ。私ぐらいの年頃の女の子は、常に白馬に乗った王様を待ってるアル。繊細な年頃なのヨ」
「繊細?王子の間違えじゃねぇの?」
「王子はマザコンかもしれないからいやアル。初めから権力握っててしかも姑のいないやもめの王様の方がいいネ。ポックリ逝ったら保険金がっぽがっぽアル」
「ははっ。確かに、違いねぇ」
上機嫌に笑った晋助は、転がっている真選組の三人に目を向けた。上下する肩から息はあるのだろうが、動く事もままならないらしい彼らに近き刀に手をかけた。だが、クイッと上着を引っ張られ止る。振り払うのは簡単だったがそれをしない代わりににたり、と微笑んだ。
「帰るアル」
「オレに、あいつらを見逃せって?」
狂気で片目が光る。ほの昏いそれにじりじりとした熱を感じながらも、涼しい顔で神楽は言った。
「腹が減ったアル。今日は鮭茶漬けさーらさらの日ヨ。お前には、梅干をくれてやるアル」
「鮭茶漬けなのに、梅干かよ」
「風呂に入って、服も着替えたいネ。血でぐちょぐちょヨ」
「また、破いたのか?今度は買ってやらねぇぞ」
「別にいいアル。この間武市変態のへそくりまた見つけたネ」
「今度は何処にあった?」
「今度は、百科事典の間アル。やることがちっさい男アル」
ビラリと万札を見せつけ、ニヤリと神楽は笑う。
「梅干一個ならおごってやるアル」
「・・・それだけ持ってて梅干一個かよ」
「ありがたがるヨロシ。工場長と呼ぶのを許すアル」
「・・・・・・行くぞ、工場長」
視線を、転がっている真選組に一瞬向け、それでも素直に踵を返した晋助の後に神楽が続く。ここで逆らえば面倒な事になると数少ない経験から知っていた。
「──暇なら。また、遊んでやるアル」
呟いた声は、彼らに届く前に消えた。
「さあ、もう観念したらどうでィ。チャイナ」
「年貢の納め時って奴だ。痛くしねぇから投降しろ」
「おいおい、トシ。その言い方は何か卑猥だぞ?」
「いや。そんなことに結びつけるあんたの存在が卑猥だ」
「存在から?ねぇ、存在から否定されちゃうのオレ?」
コントみたいなやり取りをしながら、真選組を締める3人がジリジリと距離を縮めた。軽口を叩きながらもその瞳はめっきりと真剣で、纏わせている覇気は随分と剣呑だ。
円陣を組む彼らの真ん中には、夜なのに傘を差したままの神楽。真選組切っての刀の使い手に囲まれながらも、彼女は酢昆布をかじったまま普段と変わらない。
「か弱い女の子一人に三人がかりなんて、お前ら最悪アル。まるでダメなお馬鹿。略してマダオアル」
ふいーと息を吐きながら肩を竦め、年甲斐もなく随分と小馬鹿にした眼差しを向ける。人を食ったような仕草は嘗て見慣れていたもので、以前との兆通点を探してしまうほど彼女にも彼らにもまだまだ余裕があった。
その仕草に、決して気が長いとはいえない鬼の副長の頭に青筋が浮く。
「か弱い女の子相手ならオレたちが3人がかりで捕まえようなんて思わねぇよ。この怪力娘」
「ちょっ、こっちにこないでくれる?マヨネーズ臭いのがうつるだろ、ボケェ」
「おいィィ!マヨネーズを馬鹿にするなァァ!あれはな、かけるだけでどんな食べ物も美味くすると言う魔法の調味料なんだぞォォォォ!」
「へっ。マヨをチュッチュばかりしてたからお前は汗までマヨネーズ臭いアル。最悪ー」
「嗅いだのか!?お前がオレの汗の匂いを嗅いだ事があるってのか!?」
「嗅いで欲しいのかよ、このポリゴン」
「ポリゴンじゃねぇ、ロリコンだァァァァ!」
「──やっぱ、ロリコンだったんですかィ。おっと、こっちに来ないでくだせィ。ロリコンが移っちまう」
「違うゥゥゥ!オレはロリコンじゃねぇ」
「違う違うって言う奴が大抵は犯人ヨ。お前のポリゴンは確定したな、マヨラー」
「最悪でさぁ、土方さん」
「総悟ォ。お前は誰の味方だコラァ!」
放っておくと同士討ちを始めそうな二人に。
「まあまあ、落ち着けトシ。お前がロリコンでも、オレは気にしない」
「だから、違うって言ってんだろォォォォ!!」
間に入った近藤に思い切り叫んだ。フォローする気があるのかと今にも血管がぶちきれそうだ。高校野球を応援する応援団も真っ青な声量はすばらしい。だが、さすがに息が切れたらしい土方は肩を上下させながらも気を取り直して刀を構えた。
「大人しく、投降しろ。今なら、無傷で屯所に連れ帰ってやる」
「嫌アル。あんな男の巣窟に私を連れて行って何する積もりアルカ、このポリゴン」
「いい加減に、その話題から離れろォォォォ!」
血管が切れそうになっている土方を無表情に見つめ、残っていたす昆布をくちゃくちゃと食べ終える。手に残った物を舐め取ると、かすかにすっぱい味がした。何をしててもこの味は変わらない。
「──そろそろ、夜食の時間アル。今日は鮭茶漬けさーらさらの日ヨ。私はもう帰るアル」
「待ちな、チャイナ。もう少し、オレと遊ぼうぜィ」
「お前、しっつこいから嫌アル」
「はっ。本当は嬉しいくせに、何言ってんだィ」
「──判ったアル。お前、ゴリラと一緒に居すぎてストーカー癖が移ったネ」
「いやいやいや、チャイナさん。オレはストーカーじゃないからね」
「ファミレスで姉御の座ってた席の机の支柱に抱きついていた男がどの面下げてストーカーじゃないと言い切るネ?お前、図々しいアル」
「オレの愛は人より少し粘っこいだけだ!ストーカーなんぞでは断じてない!」
「いや。それを世の中ではストーカーって言うんだぜ、近藤さん」
「トシィィィィ!」
神楽のペースに乗った二人がボケと突っ込みを始めた間に、総悟は刀を走らせた。瞳孔はとうに開き赤い舌が落ち着かせるようにぺろりと唇を舐める。先日よりも速いそれは、確実に神楽の目を狙う。その一閃を瞬き一つせずに下がる事で避けると、神楽は傘を構えた。
「三対一か。天下の真選組も、落ちたものアルな」
ふっと息を吐き出し丹田に力を込め嫌味な顔をする。小憎らしいガキそのものの笑顔に、土方は苦笑した。変わってないように見える。いや、神楽の本質はきっと変わっていない。ただ、向かう方向が間違っているだけなのだろう。それを、軌道修正してやりたいと思う。今更何て思いたくなかった。何故なら少女は加害者であると同時に被害者だ。力無き者でさえ肉親を殺されれば復讐に走るのに、力あるこの少女が持てるものを振るうのをどうして責められようか。真選組として取り締まる立場に居てもその感情が理解できないとは言わない。
唯一つ悲しいと思えるのは、その澄んだ青い瞳が昏く沈んでいることか。
いつから、これほどお人よしになったのか。鬼の副長ともあろう者がと自嘲するが、気になってしまうのだから仕方がない。放っておけないのだ。この子供が怒りの奥で悲しみを持て余しているのが見えるから。
沖田の本気の刀を最小限の力のみで軽く避ける神楽を見て瞳孔が開く。あんなに楽しそうに本気で刀を振るう沖田を見たのも初めてなら、これほど縦横無尽に走る刀を掻い潜る存在も初めてだ。
「──避けろ、総悟」
自分の前に居た沖田を楯にし奇襲をかける。信頼ゆえに躊躇いのない攻撃は、間違うことなく沖田の背中の首より少ししたを狙った。否。正確に言うならその奥にある少女の胸を。普通なら避けれないであろうタイミングのそれは、少女の肩を掠めただけで終わった。
にいっと無意識に顔が笑う。自分の血が熱くなり踊るのが判る。侍としてこれほど心躍る戦いも久しぶりだ。何しろ獲物は戦うために生まれたと言われるほどの武の才を持つ夜兎族の娘。女であっても力もスピードも土方より上だ。彼が勝るのは経験と技量、この二つだけ。
ならばそれを最大限に利用すべく沖田の刀と時間をずらして切りかかる。相手の間合いとタイミングを狂わせる絶妙な攻撃は、昔から付き合いのある二人だからこその息のあったコンビネーション。
「上手く避けろよ、チャイナさん!」
意識が二人に集中していくのが見ていて判った。表情はどんどんと薄くなり瞳は定める為に眇められる。人の視界は集中したときには普段より随分と狭められる。故にがら空きになった背後から近藤が突きを繰り出すのを見て、もらったな、と密かに思った。
「・・・・・・まあまあ、アルナ」
脇を斬り去った軌跡を眺め、流れる血を見ながら神楽は呟いた。その言葉に、ふつふつと血が沸き立つ。殺すなら、自分の刀でしたい。これは沖田の本能で躊躇いがない望みだが、今は殺す事ではなく捕まえる事をメインと考えているから近藤に譲った。
それでも。
(──何て魅力的な赤なんでさァ)
白い肌から零れる命の輝きに、沖田は魅了される。それが、彼女のモノというだけで、何よりも美しく見える。闇に溶け込む漆黒のチャイナドレス。紅い大輪の華が描かれていたそれよりも、なお紅い赤。咽喉の奥で笑いを噛み殺す。愉快で愉快で仕方なかった。この手で最後を攫えるなら、何も惜しむものなどないのに。
哂いながらもコンビネーションの手は止めない。斬り、突き、凪ぐ。構えも取るのが難しいほど息つかぬ攻撃。さすがに三人がかりだときついのか、避ける神楽は防戦一方だ。
殺す気はないということなのだろう。神楽が本気になれば、自分達を殺すなどたやすいはずだ。それをしない、という事は。
(捕まえる事が出来るかも知れないって、ことだ)
近藤と土方の刀を避けた神楽が、沖田の方に転がり込む。刀を下段に構え力に逆らわぬまま、上に振り上げた。浅い感触。
けど、それでも微かに自分まで血飛沫が届き、かかる雫に頬を染めた。
「やっぱ、甘ェや」
独特の味がするそれを、もっと舐めたいと思った。
「・・・困ったアル」
大して困ってもいないが、とりあえず呟いてみた。一見すれば、状況は不利だ。今日は誰かを殺す気分じゃない。だが殺さずに切り抜けるには、彼ら三人は強かった。これほど見事なコンビネーションを見せた相手は、今まで戦ってきた相手でもいない。
強い。武装警察真選組の名は伊達ではない。普段ヘラヘラしている近藤も。血管が千切れるんじゃないかと思うくらい声をからしている土方も。間抜けなアイマスクをして寝ている沖田も。
強い。
唇が持ち上がる。その笑みに、土方の目が驚いたように丸くなった。沖田は、返すように笑う。近藤は何も表情を変えずに刀を振るう。
「面白いけど、残念アル」
神楽は、本当にそう思った。厭きないやり取りは、もう終えなくてはいけない。
「迎えが来てしまったアル。だから、お前らとの遊びはコレで終わりヨ」
殺気は後ろから現れた。しゃがんでそれを避ける。繰り出された突きは、すれすれで避けた近藤の脇を掠めた。
ちょうど、先程の神楽と同じ場所だ。瞠目する彼からは動揺が如実に伝わり、甘いアル、と自然に唇が動く。出来た隙を狙い、神楽が近藤に向け傘を振るった。
「近藤さん!?」
土方の声が揺れる。動揺は隙を生む。先ほどまで見つけれなかったそれは、今では呆気ないほど溢れる。油断した土方の懐に入り込むと、加減抜きで蹴り上げた。とっさに腕をクロスさせた彼の腕ごと貰って。
景気良く吹っ飛んだ彼は、路上の壁に当たりようやく止まる。土方を蹴り上げことで出来た隙に切りかかってきた沖田は
隣に並んだ男に弾かれ、構えなおす前に神楽の掌ていが決まった。
「・・・おい、じゃじゃ馬。オレのいない間に、何勝手に体に傷つくってんだよ」
「一々お前の許可なんて取る必要ないネ」
神楽の横で刀を構えていた晋助は、のそりと笑った。彼の纏う女物の上着が風に吹かれてふわりと揺れた。
「遊ぶなら、オレも呼べよ。・・・楽しい宴にしてやる」
「お前はすぐに殺すから嫌ヨ。気に入ったおもちゃほど壊そうとするガキと一緒ネ」
「そうか?オレは本当に気に入ったものは長く大事に壊していく性質だぜ?」
「最悪ヨ。どS宣言ネ。身の危険を感じちゃうアル」
「大丈夫だ、じゃじゃ馬。お前は少々のことじゃ壊れねぇだろ」
「か弱い女の子に向かって何言うカ。私ぐらいの年頃の女の子は、常に白馬に乗った王様を待ってるアル。繊細な年頃なのヨ」
「繊細?王子の間違えじゃねぇの?」
「王子はマザコンかもしれないからいやアル。初めから権力握っててしかも姑のいないやもめの王様の方がいいネ。ポックリ逝ったら保険金がっぽがっぽアル」
「ははっ。確かに、違いねぇ」
上機嫌に笑った晋助は、転がっている真選組の三人に目を向けた。上下する肩から息はあるのだろうが、動く事もままならないらしい彼らに近き刀に手をかけた。だが、クイッと上着を引っ張られ止る。振り払うのは簡単だったがそれをしない代わりににたり、と微笑んだ。
「帰るアル」
「オレに、あいつらを見逃せって?」
狂気で片目が光る。ほの昏いそれにじりじりとした熱を感じながらも、涼しい顔で神楽は言った。
「腹が減ったアル。今日は鮭茶漬けさーらさらの日ヨ。お前には、梅干をくれてやるアル」
「鮭茶漬けなのに、梅干かよ」
「風呂に入って、服も着替えたいネ。血でぐちょぐちょヨ」
「また、破いたのか?今度は買ってやらねぇぞ」
「別にいいアル。この間武市変態のへそくりまた見つけたネ」
「今度は何処にあった?」
「今度は、百科事典の間アル。やることがちっさい男アル」
ビラリと万札を見せつけ、ニヤリと神楽は笑う。
「梅干一個ならおごってやるアル」
「・・・それだけ持ってて梅干一個かよ」
「ありがたがるヨロシ。工場長と呼ぶのを許すアル」
「・・・・・・行くぞ、工場長」
視線を、転がっている真選組に一瞬向け、それでも素直に踵を返した晋助の後に神楽が続く。ここで逆らえば面倒な事になると数少ない経験から知っていた。
「──暇なら。また、遊んでやるアル」
呟いた声は、彼らに届く前に消えた。
■銀時→神楽←高杉
「神楽ちゃん、お願いだ!銀さんを・・・銀さんを助けてっ」
それほど長い間会わなかった訳でもないのに懐かしいと感じる少年に必死の面持ちで乞われ、神楽は一つ瞬きをした。
──────────────────────────────
「さて。あなたには、これ以上邪魔されたくないんですよ」
「邪魔?邪魔なんてした記憶はねぇな~。オレはオレのモンだけ返してくれりゃァ、後は文句はねぇよ」
「あなたのもの?この船に、あなたのモノなんかありましたか?」
「あるだろ?めちゃめちゃ可愛い、寂しがり屋のウサギがよぉ」
「・・・ウサギ、ですか。はてさて。そんな可愛らしい生き物が、この船に乗っていたかどうか・・・」
はてさて。腕を組み、考え込む振りをしながら武市は目の前の男を観察した。
銀色の髪に、人を食った笑み。捕虜の分際で、それでも何処までも真っ直ぐに自分を見上げる。以前、神楽を捕まえた時に使った留め具は夜兎の力でもびくともしなかった代物だ。そう簡単に人間が外せるものでもない。仲間が助けにこれる場所でもない。ここは空の上で、船には高杉を仰ぐ仲間が集結している。無事でいられる保証もない。それなのに、彼は何処までも不屈だ。
どうしたものか。考え込んでいると、いきなりドアが蹴破れた。
「武市変態」
「・・・武市先輩と呼びなさい」
いつも自分をこき下ろす後輩よりも心持ち高い声。少女然としたそれは、武市の好むものでもある。断じてロリコンではない。フェミニストなだけだ。
幾人もの少女を観察してきた武市をして将来有望とする桃色の髪を揺らし空の色を映しこんだような大きな青い目の少女、神楽は無表情のまま彼の隣に並んだ。
「・・・誰に聞きました?」
「誰でもいいアル。これは、どういう事ネ?」
「邪魔者を捕らえた。ただ、それだけでしょう」
「──こんな死んだ魚のような目をした男、何の邪魔にもならないアル」
「・・・そうでしょうか?実際問題、彼には何度も計画の邪魔をされています。そろそろ処分してもいい頃合だと思いますが?」
「まだ、晋助には言ってないのカ?」
聞かれた問に少し迷う。暫しの逡巡の後正直に答えた。決して神楽が武市好みの将来有望な顔をしているからではない。仲間を信頼する心故の行動だ。
「はい。まだ、捕らえたばかりですのでね」
「そうか。それなら、ちょうどいいアル」
その愛らしい容姿にニヤリした悪人笑いを浮かべた神楽は、躊躇なく武市の腹にボディーブローを決め込んだ。
「ぐっ」
油断していた武市の鳩尾にそれは綺麗に決まり、うめき声を漏らしその場に蹲る。口から泡を噴きながら一撃で沈んだ相手を見て、神楽はフンと鼻を鳴らした。
「コイツ、マジ弱いアル。RPGで言うなら、最初は苦労するけどすぐに経験値の足しにもならなくなるキャラそのものネ」
「おいおい。神楽ちゃん。何しちゃってんの?」
武市にまたがり懐をあさくる神楽に、思わず突っ込みを入れてしまう。
「勇者は悪者を倒した後、賃金を強奪するものヨ。こうして世の厳しさと、己の無力さを雑魚に感じさせてやるアル」
「オイオイオイ。随分とシビアな勇者様だな」
「当たり前アル。渡る世間は鬼ばかりなのヨ。無償で他人に奉仕なんて余程のマゾくらいアル」
出てきた財布を握りこむと、ポンと投げて宙で掴んだ。行動も悪戯っ子のような微笑も、一緒に暮らしていた頃と変わりなくガラにもなく安堵のため息が零れる。
しかしながら覚えている面影と重なる部分も多い少女は、漆黒のチャイナドレスを見事に着こなし万事屋にいた頃よりも大人っぽく見えた。懐から酢昆布を取り出し加えた神楽はくちゃくちゃとやりながら銀時に近づく。無防備にも銀時の顔を覗きこみこてりと首を傾げた。
「──こんな所で何やってるアルカ、銀ちゃん」
「ああ?見てわかんねぇ?捕まっちゃってるんだけど」
「銀ちゃんマゾカ?こういうプレイが好きアルカ?これだから、天パは」
「ちょっとォォォ。何でもかんでも天パの一言で片付けないでくれないィィ?これでも銀さんグラスハートだから。硝子細工のような心を持ってるから」
「はっ。何図々しい事言ってンのヨ、このマダオ」
呆れたと言わんばかりの眼差しを向けると、腕を思い切り引く。小さな掌は二つとも傘の柄を握り、その威力を良く知る銀時の額から汗が一筋流れ落ちた。
「え?ちょっ、待って神楽・・・」
「待ったなしヨ。将棋の世界は、厳しいアル」
「それ、将棋じゃなくて、勝負だから!さすがにここから命綱なしで落ちたら、銀さん死んじゃうから!」
「大丈夫ヨ!人類は滅しても天パは生き残るって誰かが・・・」
「誰かって誰だよ!?そんな訳わかんない情報で銀さんを船から落とすの?あ?ちょっ、待って、ねぇホントお願い神楽ちゃん!!」
「待ったなしヨ。──早くしないと、アイツが来るネ」
「アイツ・・・?ちょ、神楽!!行くなら、お前も一緒に」
「バイバイ。銀ちゃん」
小さく微笑むと、傘を構えた。眇めた眼差しが銀時を捉える。それを見て瞳を丸めた。
微笑んだ神楽の瞳は、悲しげな色が宿っていたから。
「悪い人に、態と捕まっちゃダメアルヨー」
「神楽!!」
言われた言葉に、少し息を呑む。それは不器用な少女なりのさよならの言葉に他ならなかった。態と捕まったということを、少女はキチンと理解していた。
拘束具で括られたままの腕がもどかしい。こんな目と鼻のような距離でも、まだ彼女に届かない。このままでは。
「ふんごぉー!!」
メキリと音がして、拘束具が緩む。だが、それが外れるよりも先に、体が宙を舞っていた。
「ウッソォォォ!?」
投げ出された感覚に、思わずギュと瞼を閉じた。
──────────────────────────────
開いた穴から、叫びつつ落ちていく銀時を眺める。海に落ちる前に、平賀の作ったカラクリで彼と一緒に新八がキャッチしたのを見届け、顔を引っ込めた。
「・・・何してんだ?神楽ァ」
後ろから聞こえてきた声に、無表情で振り返った。姿を現した晋助に驚く必要はない。気配は途中から感じていて、むしろ今更姿を現したことにこそ驚く。
「何ネ片目。覗き見カ?これだから、モテル女は辛いアル」
「オレにばれたらやばい事でもしてたのか?」
「──何も。お前にばれた所で痛くも痒くもないことしかしてないネ。私がばれて困るのは、ピン子のサインの隠し場所くらいアル」
「ふん・・・。こっちに来い、じゃじゃ馬」
「・・・・・・」
無言で近づく。ただ視線を向けられているだけで肌がチリチリとした感触を訴えた。眺める眼差しは強いが晋助は何も言わない。しかし、言葉以上に目は有言だった。何もかも見透かすように、隠し事など許さないと。
「一度は許してやる。二度目はないと思え」
「っ」
ねとりとした何かが触れ耳元に痛みが走る。思わず眉を寄せれば粘着質な音が鼓膜に広がった。
噛み切ったそこをゆっくりと舐め、晋助は満足気に笑った。
「神楽ちゃん、お願いだ!銀さんを・・・銀さんを助けてっ」
それほど長い間会わなかった訳でもないのに懐かしいと感じる少年に必死の面持ちで乞われ、神楽は一つ瞬きをした。
──────────────────────────────
「さて。あなたには、これ以上邪魔されたくないんですよ」
「邪魔?邪魔なんてした記憶はねぇな~。オレはオレのモンだけ返してくれりゃァ、後は文句はねぇよ」
「あなたのもの?この船に、あなたのモノなんかありましたか?」
「あるだろ?めちゃめちゃ可愛い、寂しがり屋のウサギがよぉ」
「・・・ウサギ、ですか。はてさて。そんな可愛らしい生き物が、この船に乗っていたかどうか・・・」
はてさて。腕を組み、考え込む振りをしながら武市は目の前の男を観察した。
銀色の髪に、人を食った笑み。捕虜の分際で、それでも何処までも真っ直ぐに自分を見上げる。以前、神楽を捕まえた時に使った留め具は夜兎の力でもびくともしなかった代物だ。そう簡単に人間が外せるものでもない。仲間が助けにこれる場所でもない。ここは空の上で、船には高杉を仰ぐ仲間が集結している。無事でいられる保証もない。それなのに、彼は何処までも不屈だ。
どうしたものか。考え込んでいると、いきなりドアが蹴破れた。
「武市変態」
「・・・武市先輩と呼びなさい」
いつも自分をこき下ろす後輩よりも心持ち高い声。少女然としたそれは、武市の好むものでもある。断じてロリコンではない。フェミニストなだけだ。
幾人もの少女を観察してきた武市をして将来有望とする桃色の髪を揺らし空の色を映しこんだような大きな青い目の少女、神楽は無表情のまま彼の隣に並んだ。
「・・・誰に聞きました?」
「誰でもいいアル。これは、どういう事ネ?」
「邪魔者を捕らえた。ただ、それだけでしょう」
「──こんな死んだ魚のような目をした男、何の邪魔にもならないアル」
「・・・そうでしょうか?実際問題、彼には何度も計画の邪魔をされています。そろそろ処分してもいい頃合だと思いますが?」
「まだ、晋助には言ってないのカ?」
聞かれた問に少し迷う。暫しの逡巡の後正直に答えた。決して神楽が武市好みの将来有望な顔をしているからではない。仲間を信頼する心故の行動だ。
「はい。まだ、捕らえたばかりですのでね」
「そうか。それなら、ちょうどいいアル」
その愛らしい容姿にニヤリした悪人笑いを浮かべた神楽は、躊躇なく武市の腹にボディーブローを決め込んだ。
「ぐっ」
油断していた武市の鳩尾にそれは綺麗に決まり、うめき声を漏らしその場に蹲る。口から泡を噴きながら一撃で沈んだ相手を見て、神楽はフンと鼻を鳴らした。
「コイツ、マジ弱いアル。RPGで言うなら、最初は苦労するけどすぐに経験値の足しにもならなくなるキャラそのものネ」
「おいおい。神楽ちゃん。何しちゃってんの?」
武市にまたがり懐をあさくる神楽に、思わず突っ込みを入れてしまう。
「勇者は悪者を倒した後、賃金を強奪するものヨ。こうして世の厳しさと、己の無力さを雑魚に感じさせてやるアル」
「オイオイオイ。随分とシビアな勇者様だな」
「当たり前アル。渡る世間は鬼ばかりなのヨ。無償で他人に奉仕なんて余程のマゾくらいアル」
出てきた財布を握りこむと、ポンと投げて宙で掴んだ。行動も悪戯っ子のような微笑も、一緒に暮らしていた頃と変わりなくガラにもなく安堵のため息が零れる。
しかしながら覚えている面影と重なる部分も多い少女は、漆黒のチャイナドレスを見事に着こなし万事屋にいた頃よりも大人っぽく見えた。懐から酢昆布を取り出し加えた神楽はくちゃくちゃとやりながら銀時に近づく。無防備にも銀時の顔を覗きこみこてりと首を傾げた。
「──こんな所で何やってるアルカ、銀ちゃん」
「ああ?見てわかんねぇ?捕まっちゃってるんだけど」
「銀ちゃんマゾカ?こういうプレイが好きアルカ?これだから、天パは」
「ちょっとォォォ。何でもかんでも天パの一言で片付けないでくれないィィ?これでも銀さんグラスハートだから。硝子細工のような心を持ってるから」
「はっ。何図々しい事言ってンのヨ、このマダオ」
呆れたと言わんばかりの眼差しを向けると、腕を思い切り引く。小さな掌は二つとも傘の柄を握り、その威力を良く知る銀時の額から汗が一筋流れ落ちた。
「え?ちょっ、待って神楽・・・」
「待ったなしヨ。将棋の世界は、厳しいアル」
「それ、将棋じゃなくて、勝負だから!さすがにここから命綱なしで落ちたら、銀さん死んじゃうから!」
「大丈夫ヨ!人類は滅しても天パは生き残るって誰かが・・・」
「誰かって誰だよ!?そんな訳わかんない情報で銀さんを船から落とすの?あ?ちょっ、待って、ねぇホントお願い神楽ちゃん!!」
「待ったなしヨ。──早くしないと、アイツが来るネ」
「アイツ・・・?ちょ、神楽!!行くなら、お前も一緒に」
「バイバイ。銀ちゃん」
小さく微笑むと、傘を構えた。眇めた眼差しが銀時を捉える。それを見て瞳を丸めた。
微笑んだ神楽の瞳は、悲しげな色が宿っていたから。
「悪い人に、態と捕まっちゃダメアルヨー」
「神楽!!」
言われた言葉に、少し息を呑む。それは不器用な少女なりのさよならの言葉に他ならなかった。態と捕まったということを、少女はキチンと理解していた。
拘束具で括られたままの腕がもどかしい。こんな目と鼻のような距離でも、まだ彼女に届かない。このままでは。
「ふんごぉー!!」
メキリと音がして、拘束具が緩む。だが、それが外れるよりも先に、体が宙を舞っていた。
「ウッソォォォ!?」
投げ出された感覚に、思わずギュと瞼を閉じた。
──────────────────────────────
開いた穴から、叫びつつ落ちていく銀時を眺める。海に落ちる前に、平賀の作ったカラクリで彼と一緒に新八がキャッチしたのを見届け、顔を引っ込めた。
「・・・何してんだ?神楽ァ」
後ろから聞こえてきた声に、無表情で振り返った。姿を現した晋助に驚く必要はない。気配は途中から感じていて、むしろ今更姿を現したことにこそ驚く。
「何ネ片目。覗き見カ?これだから、モテル女は辛いアル」
「オレにばれたらやばい事でもしてたのか?」
「──何も。お前にばれた所で痛くも痒くもないことしかしてないネ。私がばれて困るのは、ピン子のサインの隠し場所くらいアル」
「ふん・・・。こっちに来い、じゃじゃ馬」
「・・・・・・」
無言で近づく。ただ視線を向けられているだけで肌がチリチリとした感触を訴えた。眺める眼差しは強いが晋助は何も言わない。しかし、言葉以上に目は有言だった。何もかも見透かすように、隠し事など許さないと。
「一度は許してやる。二度目はないと思え」
「っ」
ねとりとした何かが触れ耳元に痛みが走る。思わず眉を寄せれば粘着質な音が鼓膜に広がった。
噛み切ったそこをゆっくりと舐め、晋助は満足気に笑った。
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