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日を暮らす
--お題サイト:afaikさまより--
■ひ 筆跡のせいでなんとなく、ただの紙切れが捨てられない
アップに纏めた髪に解れが無いのを確認し、鏡の前で瞬きを繰り返す。
上品且つ色気を漂わせ、コンセプトは媚びないセクシーさ。
これに拘ったの髑髏ではなく、むしろ彼女の主である骸だったが、選ばれたそれは彼のセンスの良さを繁栄していて彼女に良く似合った。
カクテルドレスではなくイブニングドレスにしたのは、単純に髑髏の好みだ。それに、彼女のボスである彼も華美な装いよりシックな美しさを好む。
スレンダールックのロングドレスは体に纏わりつくようなシフォンシルクを素材にしており、肌触りは勿論見た目も美しく最高の一品だ。
足元は前身ごろが後ろよりも短くなっており、蝶の羽のような繊細なレースが幾重にも重なっている。
背中は大胆に開けられ、滑らかな肌が露出していた。
敢えて選ばれた白いドレスは、マフィアに対する骸なりのブラックジョークらしいが、犬と千種に言わせれば単純に髑髏に一番似合う装いだからそうだ。
「完璧です、クローム。会場の視線は君に釘付けですね」
満足そうに腕を組んだ骸が、髑髏を見て笑顔になった。
それが嬉しくて着飾った髑髏も少し微笑む。
イブニングドレスは着こなすのが難しい大人の女性の衣装だ。フェミニンでガーリッシュなものもあるが、髑髏が着たいのはあくまで優雅で繊細なもの。
可愛さではなく威厳のある美しさを強調したかった。
華奢な体のラインをくっきりと強調するイブニングドレスは少し気恥ずかしいが、その分背筋が伸びる気分だ。
「これでエスコートが彼ではなく、もっと君につりあう男なら良かったのですが」
苦々しく骸は呟くが、髑髏は欠片もそんな不満は抱いていない。
この姿を見て欲しいのも、多少無理して大人びた格好をしたのも、一重に彼のためであったから。
机の上に乗せておいた真珠のネックレスと揃いのイヤリングを丁寧につける。
誂えたようにぴったりとドレスに似合い、鏡の前でにこりと笑った。
「私は、ボスがエスコートしてくれるの、嬉しい」
ぽつりと呟くと、鏡に映った骸は難しい表情を浮かべ、千種は一つため息を落とし、犬は暢気に相槌を打った。
この姿を見た綱吉は、何と言ってくれるだろうか。
叶うなら。
骸が好み、髑髏が愛して止まない、眉を下げた情けなくも見える瞳を細めた優しい笑顔が嬉しいと思う。
手製のカードに書かれた右肩上がりのイタリア語が、少しばかり擽ったかった。
■を おいしくもないコーヒーを、なぜかおかわりした日のこと
「んー、幸せ」
「うん」
共もつけずに出向いた街中。大学に行く道から僅かにそれた場所に、綱吉お勧めの店はあった。
ごちんまりとしたその店は、細い路地に挟まれるようにひっそりとあり、看板すら出ていない。
だが髑髏の手を引いた綱吉に迷いはなく、少し早足になりながら彼の後についていく。
少しの躊躇いも見せずにドアを開けると、にぱっと子供みたいに笑顔になった。
「こんにちは、おじさん居る?」
「なんじゃい、小僧。また来たんかい」
「来た来た。俺、おじさんのケーキの大ファンだもん」
「・・・珍しいな。連れがおるのか」
「うん。可愛いでしょ?クロームって言うんだ」
「お前さんのこれか?」
「違うよ。クロームはそういう子じゃないから、下ネタはやめてね」
軽快な遣り取りの後、案内もされないのに勝手に机を選んだ彼は、一つ椅子を引くと髑髏を促した。
エスコートに慣れた仕草は出会った頃と違うけど、浮かんだ笑顔は変わらないから微笑み返して席に掛ける。
何食わぬ顔でいそいそと髑髏の前に腰掛けた彼は、何が食べたい?と小首を傾げた。
小動物を髣髴とさせる仕草が可愛くて、くすりと笑う。
彼は髑髏の感情を引き出すのがとても上手い。
それは決して大きなふり幅ではないけど、ぽこりぽこりと起こる温かい感情は柔らかく愛しい。
「でもボス。この店にメニューが無いわ」
「あ、そっか。クローム初めてだもんね。ここの店はね、ケーキを扱う専門店なんだけど適当に食べたいケーキを言えばいいんだ。俺の今日の気分はイチゴタルト。で頼むと、それがあれば出してくれるの」
「なければ」
「店長お勧め」
あははは、と頭を掻いた彼は、本当に甘味大王だ。
並盛に居た頃はそうでもなかったはずだが、イタリアに来てストレスが溜まりすぎたのだろうか。
密かに疑問に思っているが、賢明な髑髏がそれを口にすることはない。
イタリアへ行きは彼にとって良くも悪くも変化を齎したらしい。
少なくとも、並盛に住んでいた綱吉は、一人でこんな店を見つけなかっただろうし、ロシアンルーレットみたいなケーキの選び方はしなかった。
「なら、私はチョコレートケーキ」
「ん、了解。あ、飲み物は」
「何があるの?」
飲み物のくだりで渋く眉を寄せた綱吉は、顔に手をあてないしょ話するときと同じに声を潜めた。
「ここ、コーヒーしか出さないんだ。激マズだけど我慢できる?」
「・・・うん。頑張る」
「おかわり自由だけど、おかわりする人なんかきっといないよ」
くすくす笑う彼の頭に、ごんと拳が落とされた。
いつの間に近寄ってきていたのか、デミタス二つとケーキを乗せた店主が苦い顔で綱吉を睨む。
「おじさん、俺たちまだ注文してない」
「うるさい。黙ってこれを食え」
どん、と勢いよく机に並べられたのは濃厚なチョコレートが美しいケーキ。
「オペラ?」
「正解じゃ。今日のお勧めのサービスじゃよ」
「俺の時には無かったくせに」
「サービスする間もなく食ってるだろうが」
気の置けない遣り取りは、彼らの親しさを現している。
それが面白くて、やはり髑髏は笑った。
学校帰りの寄り道は初めてだった。
■く くたびれてるのを見破って無理やり労うっていう嫌がらせ
「ボス」
執務室の机で仕事をこなす彼を見て、髑髏はひっそりと眉を寄せる。
積み上げられた書類の数は普段と変わらず、彼の右腕が嘆く姿が眼に浮かぶ。
だからこそ髑髏が召集されたのだろう。
一度名を呼んだくらいでは顔を上げない彼の執務机の前まで近寄ると、頬を両手で挟みこんで無理やりに持ち上げた。
くえっと変な声を上げたけれど気にしない。
手に入れた力に加減はなく、首筋を違えようとも気にしない。
髑髏は今、怒っているのだ。
「ボス」
「・・・やぁ、クローム」
もう一度、今度は目を見詰めて強い声で呼びかければ、へらり、と情けなく眉を下げ目を細めて彼は笑った。
普段であれば好む笑顔も今日は苛立ちに一役買うだけだ。
目元にくっきりと隈を刻み、顔は生気が無い土気色。さらに頬はこけて、ぱっと見ても病人にしか見えない彼は、それでも机に噛り付く。
その様は欲しいゲームが手に入り、三日三晩徹夜した千種と似通ったものがある。
化粧でも誤魔化せないのではないかと危ぶまれる彼には、今夜も夜会の日程が入っていた。
「どうして仕事をしてるの?」
「どうしてって・・・そりゃ、これが俺の仕事だからだよ」
「今日は夜会があるから、仕事は切り上げるように嵐の守護者に言われたはずよ」
「そうだけどさ。でも、これだけ終わらせたいんだ」
困ったように、まるで我侭を言う小さな子供を見る瞳で綱吉は言った。
これは獄寺が髑髏を召集するはずだ。
柳みたいな柔軟性を持つ彼は、自身の考えを曲げることはあっても折ることはほぼない。
きっぱりと拒絶している間は押し切れる場合もあるが、話を流しつつ自分を押し通す場合はそのほとんどが意思を通した。
だから髑髏が呼ばれた。獄寺や、他の守護者に出来ない離れ業を披露するために。
「ボス」
「・・・何」
「その仕事は、嵐の守護者が代理で受け持てるものだと聞いたわ」
「獄寺君め。余計なことを」
「ボス」
「・・・うぅ・・・。だってさ、クローム。獄寺くんだって大量の仕事を抱えてるんだ。それに、俺は今やらなかったことで後悔したくない」
「ボスは自分の右腕を信用してないの?」
「まさか!俺以上に獄寺君を信用してる人間はいないさ」
「ならちゃんと休んで。この仕事は休めても夜会は休めないのよ」
「クローム」
「そんな顔しても駄目。・・・ボスがそのつもりなら、私にも考えがあるわ」
「え?・・・まさか」
髑髏の言葉に、綱吉が嫌そうに顔を顰める。
それに飛び切りの笑顔で応えた髑髏は、桃色の唇をゆっくりと持ち上げた。
「骸様にボスの代わりに言ってもらうわ。大丈夫、幻覚を使えばばれないわ」
「ちょちょちょちょっと、待って!あいつが俺の代わりなんてしたら、どうなると思ってるの」
「さあ?心配しないで、ボス」
「え?」
「骸様は、やる気よ」
「───っ!!!?」
琥珀色を瞳を見開いた彼は、がくり、と肩を項垂れた。
■ら 来客用カップはいつの間にか使われなくなって
「いらっしゃい、クローム」
おずおずと三叉槍を手にしたまま訪れた自分に、玄関のドアを開けた彼は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は飾り気ない無防備なもので、握っていた三叉槍を命綱とでもいわんばかりに手が白くなるまで握る。
友達の家どころか知り合いの家にも上がりこんだ経験がほとんどない髑髏にとって、沢田家の敷居は高かった。
「●△■◎★△」
戸惑っていると奥からイーピンが顔を出し、綱吉のズボンを握ると髑髏を見上げてにこりと笑う。
そんなイーピンを手馴れた仕草で抱き上げた綱吉は、まるで年の離れた兄弟みたいだった。
抱かれ慣れているのか綱吉の腕の中で器用に体勢を変えると髑髏に向かい手を伸ばす。
ぱちぱちと目を瞬いて見ていれば、小さな掌は髑髏の掌の上に重なるときゅっと握った。
「抱っこして欲しいってさ」
「でも」
「俺はもう一人相手にしなきゃいけない奴がいるからさ。良かったらお願いできる?」
「・・・・・・」
躊躇っていると、牛の着ぐるみを着た騒がしい子供が綱吉の頭の上に振ってきた。
何故か大泣きし鼻水を盛大に撒き散らす子供に、綱吉はため息を一つ吐くとやはり手馴れた様子で頭から彼を引き剥がす。
「ほら髑髏、頼むよ。ランボの鼻水がイーピンにまでついちゃう」
「う、うん」
綱吉の言葉に咄嗟に腕を伸ばすと、小さな子供を抱き止める。
想像したより少しだけ重くてずっと暖かな体温に驚いて目を瞬けば、照れたように笑ったイーピンと目が合った。
「イーピンからさ、髑髏にプレゼントがあるんだよ。ずっと髑髏が遊びに来てくれるの楽しみにしてたんだ」
「■△◎△★!」
大泣きする子供を飴玉一つで宥めた綱吉は、体でドアを押さえると髑髏とイーピンを促した。
片手を伸ばされ三叉槍を掴み取られる。
それは決して素早い動きでも強引な動きでもなかったのに、抵抗一つ出来なかった。
無くなってしまった支えの代わりに、暖かな子供を両手で抱きしめる。
用意されていた自分専用のコップに、嬉しさで頬が熱かった。
■す すべてのおわかれより、ひとつのであいのために
「骸様の気配が消えた」
自分の胸の中にいつも存在していた暖かな繋がりが感じられず、髑髏は悲しげに眉を下げる。
霧の守護者専用の執務室には、彼女以外の気配は何一つなかった。
ムクロウも犬も千種もいない。
本来なら異分子である彼らだが、ここは居場所と定めていたはずなのに。
置いていかれたと理解した瞬間泣きたくなった。
「骸様」
胸に手を当てて何度も声をかけるが、一切応答は無い。
なくならない内臓に見放されたわけではないと知るが、それでも寂しさは埋められなかった。
三人では少し広く、四人で丁度いいこの部屋は一人きりでは悲しすぎる。
だがこの部屋を出るのはもっと嫌だった。
「・・・ボス」
昨日、遺体として返却された特別な人。
骸はきっと髑髏より話を早く掴んでいたに違いない。
嫌な予感はずっとしていた。最近は外に出るときな臭い話ばかりで、ボンゴレ狩りに合う確率も高かった。
新興勢力ミルフィオーレ。
その中の幹部の一人に目をつけられた髑髏に、一人では絶対に出歩かないようにと眉を顰めて心配性の父兄さながら訴えたのは綱吉の方であったのに。
何があっても守るからと笑っていたのはつい先日だったのに。
「ボス」
指輪の痕が残る根元へ指を滑らす。
嘗ては存在し、肌身離さず身につけていた指輪は彼の命令で破壊された。
もっとも深く判り易かった絆の証。
失った時には気にしなかったのは、それがなくとも自分たちは大丈夫だと信じたからだ。
何故こうなったのか髑髏には判らない。
どうしてボンゴレ狩りが始まったのか、自分たちが狙われなくてはいけないのか、綱吉がいないのかも判らない。
胸に手を当ててもう一度骸に呼びかけるが、やはり返事は無くてじわりと視界が歪んだ。
涙などどれくらいぶりだろう。
客観的に自分を眺めるもう一人の自分に不意に笑いたくなった。
「寂しいよ、ボス」
居てくれるだけで幸せになれる。
そんな彼は消えてしまった。
残ったのは、崩壊寸前に追い篭められた心と、離れ離れになる守護者の存在。
■日を暮らす
自分の前に立つ敵を憎しみを込めて睨み付けた。
何故か執拗に髑髏を追い回す彼は、ミルフィオーレの幹部の一人と名乗っていた。
ならば仇討ちとして妥当な相手に違いない。
三叉槍を手に力を溜める。
霧のボンゴレリングはなくなっても、刺し違えてでもこの男を倒す気でいた。
髑髏にとってミルフィオーレは、破壊の象徴。
愛した日常を壊した相手でしかない。
彼女とてマフィアの一員だ。いつ何が起こっても仕方ないと理解している。
実際自分も誰かにとってはミルフィオーレと同じ存在で、憎まれているだろうと知っている。
だがそれでもマフィアだからこそ赦せない。
血の繋がらない家族は誰よりも大事にすべきものだと、彼女のボスは言っていた。
そして宣言どおりに動いていたし、彼を慕う家族は限りなく多い。
奪われた存在は、自分たちにとってボスであり、家族であり、父である人だった。
誰よりも慕い、彼を中心に生きていた。
大空が見えなくなってから、天候はいつだって定まらない。
嵐は狂う前の静けさに沈み込み、雨は絶えず赤い色で降り注ぐ。
晴は全てを乾かさんと活性し、雷は轟を響かせるばかり。
そして自分たち霧は別たれ意思の疎通も叶わない。
唯一雲だけが何かの目的があるらしく独自に活動していたが、誰とも群れない彼の胸中を知るものは幹部の中にすら居ない。
足並みは揃わず誰が何をしているのかすら捕らえきれないのが現状だ。
綱吉が居るときは、違ったのに。
眉を下げ限りなく金に近くなった薄茶色の髪を揺らし、琥珀色の瞳を濃く染めた彼の情けなくも見える笑顔が懐かしい。
泣きたくなる気持ちを抑え、敵対する人物に三叉槍を向ける。
「私は、あなたたちを絶対に赦さない」
彼を倒しても失われた存在は戻ってこないと知っている。
それでも何もしないで居るなんて無理だった。
人間一人がいなくなっても、世界は滞りなく進む。
それが髑髏にはとても悲しい。
いっそ世界が止まればいいのにと願うのに、それでも時間は過ぎていく。
ああ、今日も。無為な一日は終わりに近づき、きっと日は暮れていく。
--お題サイト:afaikさまより--
■ひ 筆跡のせいでなんとなく、ただの紙切れが捨てられない
アップに纏めた髪に解れが無いのを確認し、鏡の前で瞬きを繰り返す。
上品且つ色気を漂わせ、コンセプトは媚びないセクシーさ。
これに拘ったの髑髏ではなく、むしろ彼女の主である骸だったが、選ばれたそれは彼のセンスの良さを繁栄していて彼女に良く似合った。
カクテルドレスではなくイブニングドレスにしたのは、単純に髑髏の好みだ。それに、彼女のボスである彼も華美な装いよりシックな美しさを好む。
スレンダールックのロングドレスは体に纏わりつくようなシフォンシルクを素材にしており、肌触りは勿論見た目も美しく最高の一品だ。
足元は前身ごろが後ろよりも短くなっており、蝶の羽のような繊細なレースが幾重にも重なっている。
背中は大胆に開けられ、滑らかな肌が露出していた。
敢えて選ばれた白いドレスは、マフィアに対する骸なりのブラックジョークらしいが、犬と千種に言わせれば単純に髑髏に一番似合う装いだからそうだ。
「完璧です、クローム。会場の視線は君に釘付けですね」
満足そうに腕を組んだ骸が、髑髏を見て笑顔になった。
それが嬉しくて着飾った髑髏も少し微笑む。
イブニングドレスは着こなすのが難しい大人の女性の衣装だ。フェミニンでガーリッシュなものもあるが、髑髏が着たいのはあくまで優雅で繊細なもの。
可愛さではなく威厳のある美しさを強調したかった。
華奢な体のラインをくっきりと強調するイブニングドレスは少し気恥ずかしいが、その分背筋が伸びる気分だ。
「これでエスコートが彼ではなく、もっと君につりあう男なら良かったのですが」
苦々しく骸は呟くが、髑髏は欠片もそんな不満は抱いていない。
この姿を見て欲しいのも、多少無理して大人びた格好をしたのも、一重に彼のためであったから。
机の上に乗せておいた真珠のネックレスと揃いのイヤリングを丁寧につける。
誂えたようにぴったりとドレスに似合い、鏡の前でにこりと笑った。
「私は、ボスがエスコートしてくれるの、嬉しい」
ぽつりと呟くと、鏡に映った骸は難しい表情を浮かべ、千種は一つため息を落とし、犬は暢気に相槌を打った。
この姿を見た綱吉は、何と言ってくれるだろうか。
叶うなら。
骸が好み、髑髏が愛して止まない、眉を下げた情けなくも見える瞳を細めた優しい笑顔が嬉しいと思う。
手製のカードに書かれた右肩上がりのイタリア語が、少しばかり擽ったかった。
■を おいしくもないコーヒーを、なぜかおかわりした日のこと
「んー、幸せ」
「うん」
共もつけずに出向いた街中。大学に行く道から僅かにそれた場所に、綱吉お勧めの店はあった。
ごちんまりとしたその店は、細い路地に挟まれるようにひっそりとあり、看板すら出ていない。
だが髑髏の手を引いた綱吉に迷いはなく、少し早足になりながら彼の後についていく。
少しの躊躇いも見せずにドアを開けると、にぱっと子供みたいに笑顔になった。
「こんにちは、おじさん居る?」
「なんじゃい、小僧。また来たんかい」
「来た来た。俺、おじさんのケーキの大ファンだもん」
「・・・珍しいな。連れがおるのか」
「うん。可愛いでしょ?クロームって言うんだ」
「お前さんのこれか?」
「違うよ。クロームはそういう子じゃないから、下ネタはやめてね」
軽快な遣り取りの後、案内もされないのに勝手に机を選んだ彼は、一つ椅子を引くと髑髏を促した。
エスコートに慣れた仕草は出会った頃と違うけど、浮かんだ笑顔は変わらないから微笑み返して席に掛ける。
何食わぬ顔でいそいそと髑髏の前に腰掛けた彼は、何が食べたい?と小首を傾げた。
小動物を髣髴とさせる仕草が可愛くて、くすりと笑う。
彼は髑髏の感情を引き出すのがとても上手い。
それは決して大きなふり幅ではないけど、ぽこりぽこりと起こる温かい感情は柔らかく愛しい。
「でもボス。この店にメニューが無いわ」
「あ、そっか。クローム初めてだもんね。ここの店はね、ケーキを扱う専門店なんだけど適当に食べたいケーキを言えばいいんだ。俺の今日の気分はイチゴタルト。で頼むと、それがあれば出してくれるの」
「なければ」
「店長お勧め」
あははは、と頭を掻いた彼は、本当に甘味大王だ。
並盛に居た頃はそうでもなかったはずだが、イタリアに来てストレスが溜まりすぎたのだろうか。
密かに疑問に思っているが、賢明な髑髏がそれを口にすることはない。
イタリアへ行きは彼にとって良くも悪くも変化を齎したらしい。
少なくとも、並盛に住んでいた綱吉は、一人でこんな店を見つけなかっただろうし、ロシアンルーレットみたいなケーキの選び方はしなかった。
「なら、私はチョコレートケーキ」
「ん、了解。あ、飲み物は」
「何があるの?」
飲み物のくだりで渋く眉を寄せた綱吉は、顔に手をあてないしょ話するときと同じに声を潜めた。
「ここ、コーヒーしか出さないんだ。激マズだけど我慢できる?」
「・・・うん。頑張る」
「おかわり自由だけど、おかわりする人なんかきっといないよ」
くすくす笑う彼の頭に、ごんと拳が落とされた。
いつの間に近寄ってきていたのか、デミタス二つとケーキを乗せた店主が苦い顔で綱吉を睨む。
「おじさん、俺たちまだ注文してない」
「うるさい。黙ってこれを食え」
どん、と勢いよく机に並べられたのは濃厚なチョコレートが美しいケーキ。
「オペラ?」
「正解じゃ。今日のお勧めのサービスじゃよ」
「俺の時には無かったくせに」
「サービスする間もなく食ってるだろうが」
気の置けない遣り取りは、彼らの親しさを現している。
それが面白くて、やはり髑髏は笑った。
学校帰りの寄り道は初めてだった。
■く くたびれてるのを見破って無理やり労うっていう嫌がらせ
「ボス」
執務室の机で仕事をこなす彼を見て、髑髏はひっそりと眉を寄せる。
積み上げられた書類の数は普段と変わらず、彼の右腕が嘆く姿が眼に浮かぶ。
だからこそ髑髏が召集されたのだろう。
一度名を呼んだくらいでは顔を上げない彼の執務机の前まで近寄ると、頬を両手で挟みこんで無理やりに持ち上げた。
くえっと変な声を上げたけれど気にしない。
手に入れた力に加減はなく、首筋を違えようとも気にしない。
髑髏は今、怒っているのだ。
「ボス」
「・・・やぁ、クローム」
もう一度、今度は目を見詰めて強い声で呼びかければ、へらり、と情けなく眉を下げ目を細めて彼は笑った。
普段であれば好む笑顔も今日は苛立ちに一役買うだけだ。
目元にくっきりと隈を刻み、顔は生気が無い土気色。さらに頬はこけて、ぱっと見ても病人にしか見えない彼は、それでも机に噛り付く。
その様は欲しいゲームが手に入り、三日三晩徹夜した千種と似通ったものがある。
化粧でも誤魔化せないのではないかと危ぶまれる彼には、今夜も夜会の日程が入っていた。
「どうして仕事をしてるの?」
「どうしてって・・・そりゃ、これが俺の仕事だからだよ」
「今日は夜会があるから、仕事は切り上げるように嵐の守護者に言われたはずよ」
「そうだけどさ。でも、これだけ終わらせたいんだ」
困ったように、まるで我侭を言う小さな子供を見る瞳で綱吉は言った。
これは獄寺が髑髏を召集するはずだ。
柳みたいな柔軟性を持つ彼は、自身の考えを曲げることはあっても折ることはほぼない。
きっぱりと拒絶している間は押し切れる場合もあるが、話を流しつつ自分を押し通す場合はそのほとんどが意思を通した。
だから髑髏が呼ばれた。獄寺や、他の守護者に出来ない離れ業を披露するために。
「ボス」
「・・・何」
「その仕事は、嵐の守護者が代理で受け持てるものだと聞いたわ」
「獄寺君め。余計なことを」
「ボス」
「・・・うぅ・・・。だってさ、クローム。獄寺くんだって大量の仕事を抱えてるんだ。それに、俺は今やらなかったことで後悔したくない」
「ボスは自分の右腕を信用してないの?」
「まさか!俺以上に獄寺君を信用してる人間はいないさ」
「ならちゃんと休んで。この仕事は休めても夜会は休めないのよ」
「クローム」
「そんな顔しても駄目。・・・ボスがそのつもりなら、私にも考えがあるわ」
「え?・・・まさか」
髑髏の言葉に、綱吉が嫌そうに顔を顰める。
それに飛び切りの笑顔で応えた髑髏は、桃色の唇をゆっくりと持ち上げた。
「骸様にボスの代わりに言ってもらうわ。大丈夫、幻覚を使えばばれないわ」
「ちょちょちょちょっと、待って!あいつが俺の代わりなんてしたら、どうなると思ってるの」
「さあ?心配しないで、ボス」
「え?」
「骸様は、やる気よ」
「───っ!!!?」
琥珀色を瞳を見開いた彼は、がくり、と肩を項垂れた。
■ら 来客用カップはいつの間にか使われなくなって
「いらっしゃい、クローム」
おずおずと三叉槍を手にしたまま訪れた自分に、玄関のドアを開けた彼は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は飾り気ない無防備なもので、握っていた三叉槍を命綱とでもいわんばかりに手が白くなるまで握る。
友達の家どころか知り合いの家にも上がりこんだ経験がほとんどない髑髏にとって、沢田家の敷居は高かった。
「●△■◎★△」
戸惑っていると奥からイーピンが顔を出し、綱吉のズボンを握ると髑髏を見上げてにこりと笑う。
そんなイーピンを手馴れた仕草で抱き上げた綱吉は、まるで年の離れた兄弟みたいだった。
抱かれ慣れているのか綱吉の腕の中で器用に体勢を変えると髑髏に向かい手を伸ばす。
ぱちぱちと目を瞬いて見ていれば、小さな掌は髑髏の掌の上に重なるときゅっと握った。
「抱っこして欲しいってさ」
「でも」
「俺はもう一人相手にしなきゃいけない奴がいるからさ。良かったらお願いできる?」
「・・・・・・」
躊躇っていると、牛の着ぐるみを着た騒がしい子供が綱吉の頭の上に振ってきた。
何故か大泣きし鼻水を盛大に撒き散らす子供に、綱吉はため息を一つ吐くとやはり手馴れた様子で頭から彼を引き剥がす。
「ほら髑髏、頼むよ。ランボの鼻水がイーピンにまでついちゃう」
「う、うん」
綱吉の言葉に咄嗟に腕を伸ばすと、小さな子供を抱き止める。
想像したより少しだけ重くてずっと暖かな体温に驚いて目を瞬けば、照れたように笑ったイーピンと目が合った。
「イーピンからさ、髑髏にプレゼントがあるんだよ。ずっと髑髏が遊びに来てくれるの楽しみにしてたんだ」
「■△◎△★!」
大泣きする子供を飴玉一つで宥めた綱吉は、体でドアを押さえると髑髏とイーピンを促した。
片手を伸ばされ三叉槍を掴み取られる。
それは決して素早い動きでも強引な動きでもなかったのに、抵抗一つ出来なかった。
無くなってしまった支えの代わりに、暖かな子供を両手で抱きしめる。
用意されていた自分専用のコップに、嬉しさで頬が熱かった。
■す すべてのおわかれより、ひとつのであいのために
「骸様の気配が消えた」
自分の胸の中にいつも存在していた暖かな繋がりが感じられず、髑髏は悲しげに眉を下げる。
霧の守護者専用の執務室には、彼女以外の気配は何一つなかった。
ムクロウも犬も千種もいない。
本来なら異分子である彼らだが、ここは居場所と定めていたはずなのに。
置いていかれたと理解した瞬間泣きたくなった。
「骸様」
胸に手を当てて何度も声をかけるが、一切応答は無い。
なくならない内臓に見放されたわけではないと知るが、それでも寂しさは埋められなかった。
三人では少し広く、四人で丁度いいこの部屋は一人きりでは悲しすぎる。
だがこの部屋を出るのはもっと嫌だった。
「・・・ボス」
昨日、遺体として返却された特別な人。
骸はきっと髑髏より話を早く掴んでいたに違いない。
嫌な予感はずっとしていた。最近は外に出るときな臭い話ばかりで、ボンゴレ狩りに合う確率も高かった。
新興勢力ミルフィオーレ。
その中の幹部の一人に目をつけられた髑髏に、一人では絶対に出歩かないようにと眉を顰めて心配性の父兄さながら訴えたのは綱吉の方であったのに。
何があっても守るからと笑っていたのはつい先日だったのに。
「ボス」
指輪の痕が残る根元へ指を滑らす。
嘗ては存在し、肌身離さず身につけていた指輪は彼の命令で破壊された。
もっとも深く判り易かった絆の証。
失った時には気にしなかったのは、それがなくとも自分たちは大丈夫だと信じたからだ。
何故こうなったのか髑髏には判らない。
どうしてボンゴレ狩りが始まったのか、自分たちが狙われなくてはいけないのか、綱吉がいないのかも判らない。
胸に手を当ててもう一度骸に呼びかけるが、やはり返事は無くてじわりと視界が歪んだ。
涙などどれくらいぶりだろう。
客観的に自分を眺めるもう一人の自分に不意に笑いたくなった。
「寂しいよ、ボス」
居てくれるだけで幸せになれる。
そんな彼は消えてしまった。
残ったのは、崩壊寸前に追い篭められた心と、離れ離れになる守護者の存在。
■日を暮らす
自分の前に立つ敵を憎しみを込めて睨み付けた。
何故か執拗に髑髏を追い回す彼は、ミルフィオーレの幹部の一人と名乗っていた。
ならば仇討ちとして妥当な相手に違いない。
三叉槍を手に力を溜める。
霧のボンゴレリングはなくなっても、刺し違えてでもこの男を倒す気でいた。
髑髏にとってミルフィオーレは、破壊の象徴。
愛した日常を壊した相手でしかない。
彼女とてマフィアの一員だ。いつ何が起こっても仕方ないと理解している。
実際自分も誰かにとってはミルフィオーレと同じ存在で、憎まれているだろうと知っている。
だがそれでもマフィアだからこそ赦せない。
血の繋がらない家族は誰よりも大事にすべきものだと、彼女のボスは言っていた。
そして宣言どおりに動いていたし、彼を慕う家族は限りなく多い。
奪われた存在は、自分たちにとってボスであり、家族であり、父である人だった。
誰よりも慕い、彼を中心に生きていた。
大空が見えなくなってから、天候はいつだって定まらない。
嵐は狂う前の静けさに沈み込み、雨は絶えず赤い色で降り注ぐ。
晴は全てを乾かさんと活性し、雷は轟を響かせるばかり。
そして自分たち霧は別たれ意思の疎通も叶わない。
唯一雲だけが何かの目的があるらしく独自に活動していたが、誰とも群れない彼の胸中を知るものは幹部の中にすら居ない。
足並みは揃わず誰が何をしているのかすら捕らえきれないのが現状だ。
綱吉が居るときは、違ったのに。
眉を下げ限りなく金に近くなった薄茶色の髪を揺らし、琥珀色の瞳を濃く染めた彼の情けなくも見える笑顔が懐かしい。
泣きたくなる気持ちを抑え、敵対する人物に三叉槍を向ける。
「私は、あなたたちを絶対に赦さない」
彼を倒しても失われた存在は戻ってこないと知っている。
それでも何もしないで居るなんて無理だった。
人間一人がいなくなっても、世界は滞りなく進む。
それが髑髏にはとても悲しい。
いっそ世界が止まればいいのにと願うのに、それでも時間は過ぎていく。
ああ、今日も。無為な一日は終わりに近づき、きっと日は暮れていく。
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