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「はい、琉夏君」

笑顔で手渡されたそれに、琉夏はへにゃりと表情を崩す。
今にも泣きそうに歪められた目元に、嬉しそうに緩んだ唇。
泣きたいのか笑いたいのか、きっと本人にも判らないに違いないと冬姫は思う。
彼は器用なくせに、とんでもなく不器用な子供であったから。



六月に開かれる運動会は、地味に暑い中体力を使う。
じりじりと迫る太陽に、湿気を含んだ温い風。
それでも全力で青春を謳歌する学生達は些細な点の遣り取りに熱くなる人物が大半で、その分昼休憩に補給は必須だ。

高校生にもなると親が同伴なんてなく、弁当持参で仲良しグループで固まって食事を摂るのが恒例になる。
冬姫もご多分に漏れず親友二人から昼食に誘われていたが、先に約束を交わした相手が居たので断った。
一年生の時に騙まし討ちのような形でリレー出場した彼らは、今年は正当な報酬を先に寄越さないと出場しないと冬姫を脅し、多少ながらも罪悪感が痛む部分を持ちえた冬姫は彼らの言い分を飲んだ。
故に今朝は五時起きで弁当を作る嵌めになったが、元々料理は苦手でも嫌いでもない彼女にとってそれは苦労でもなんでもない。
むしろ多彩な料理を作る内に段々と楽しくなり、気がつけばタコさんウィンナーやウサギ林檎なども弁当に取り入れられていた。
キャラ弁にまで到らなかったのは準備不足と、兄弟の一方が激しく嫌がるだろうと想像したからだが、来年は取り掛かるかもしれない。

何はともあれ、六人分(三人分だと足らないかもしれないので)の弁当を拵えた冬姫は、待ち合わせの場所で腹を空かせる幼馴染の待つ場所にまで行ったのだが、その場には一人しか来てなかった。
理由はじゃんけんで負けた琥一が飲み物を自販機まで買いに行っているからだそうだが、ちゃんとお茶を持っていくと言っておいた筈だと考えれば、目の前のにこにこと機嫌良さそうにしている弟が兄を追い払い先に弁当に手をつけたかったからだろうと容易に察せれた。
そこまで弁当が楽しみなのかと思うと少しばかりくすぐったい。
眉を下げて笑った冬姫は、琉夏専用のイルカが描かれたハンカチで包んである弁当箱をバスケットから取り出すと差し出した。
そして冒頭へと到る。

「これ、おにぎりだ」
「そう。琉夏君好きでしょ?沢山作ってきたから一杯食べてね。余ったら家に持って帰ってもらうから」
「うん。俺、残しても全部一人で食べる」

嬉しそうな顔で三角おにぎりを握り締めた琉夏は、頂きますと一言呟くとかぷりと噛り付く。
暫し咀嚼し、ぱっと顔を明るくした彼はきらきらした眼差しを向けてきた。

「たらこ?」
「うん。他にも昆布、梅、オカカ、鮭、梅昆布、変り種だとウィンナーもあるよ」
「凄い、一杯だ。全部、俺の?」
「そう。全部琉夏君の。二段目はおかずになってるけど、足りなかったらおかわりあるから」

言いながらバスケットを指差すと、頷いた彼は猛烈な勢いで食いつき始めた。
箸も使わずに唐揚を手に取る彼を注意していると、漸く琥一が戻ってきて、呆れたように琉夏の頭を叩く。

「箸くらい使え」
「いいじゃん。手は洗ったんだから」
「んだ?今日の弁当はおにぎりか?」
「あれは琉夏君スペシャル」
「琉夏スペシャル?」
「そう。琉夏君はおにぎりが大好きだから。───琥一君のはこっち」

冬姫の言葉に複雑そうな顔をした彼に、ひょいと狼が描かれたハンカチで結んである弁当箱を差し出す。
中身はサンドイッチとハンバーガーだ。
ハンバーグは手作りの牛肉100%だし、サンドイッチの中に入っているヒレカツとタレも全て手作り。
一応シーチキンや卵も入れてあるが、彼は肉から手をつけるだろう。
それも見越しておかわりは、ハンバーガーとヒレカツサンドにしてある。

「おかずはそこに詰めてあるの以外は共用だから早い者勝ちね。余ったら持って帰って。ちゃんと保冷剤もあるから」
「サンキュー」

礼を言うのとほぼ同じタイミングで食べ始めた琥一に苦笑する。
買って来てくれた紅茶を礼を言って受け取ると、冬姫もお弁当の蓋を開けた。
ちなみに冬姫の弁当はおにぎりとサンドイッチが半々に入っている。
微妙な食べ合わせと判っていたが、何となくこうしなければいけない気がした。

次から次へと夢中に平らげていく琉夏に、満足気にゆったりとけれど相当なスピードで咀嚼する琥一。
それを横目で眺めていると、不意に琉夏と目が合った。

照れくさそうに目元を染めて頬を赤くした彼は、ありがと、とどこかぎこちなく呟く。
その仕草に、冬姫は思わず破顔した。


今年の運動会も、思い出にするには十分なものになりそうだった。


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