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*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。



船は帆に風を受けて順風満帆に進んでいく。
ブルックが以前乗っていたそれに比べれば随分と小さいそれは、けれど意外性を驚くほど秘め、彼が知るどの船よりも魅力的なものだった。
快適に保たれた空間は、なにも船大工だけの力ではない。
花壇に咲く花は常にロビンが面倒を見ていたし、芝を刈るのは男のクルーの重要な仕事。船の上にある蜜柑はナミが大事に大事に育てているし、生簀の魚は常に皆で釣りをして補充している。コックが大事に扱うキッチンは常に清潔に保たれ、部屋は交代で掃除しているのでいつでも綺麗に整っていた。
そしてその船に乗る人間こそが、ブルックにとって居心地のいい空間を作り出す最大のスパイス。何があっても明るく陽気、そして途方もなく強固な絆を持ち互いを尊重しあう仲間は幸福の源。

暗く深い霧の中を彷徨った五十年。ブルックは死ぬ瞬間までその時を忘れることは無いだろう。
仲間は全員死に絶えた船の上。せめて彼らの歌声を、最後に残る仲間に残そうと一人生きた永い時間。
寂しかった。哀しかった。辛かった。いつだって死にたいと思っていた。
奇跡を信じるには独りで過ごす時は長すぎて、いつだって寂寥の中を彷徨っていた。
死に絶えた仲間の骸を抱き、夢を見ては絶望し、絶望しては夢を見て。
涙が流せぬ瞳の奥で、幾度涙を零しただろう。
縋る縁は過去の記憶。船員と過ごした楽しい日々と、仲間との約束唯一つ。
幾度も死のうとしたブルックを繋ぎ止めたのは、頭の中に隠した音貝の存在だった。
それを彼に聞かせるまで、全ての真実を話すまではと、微かな希望に縋りつき過ごした五十年は惨めだった。

見上げる空はあの頃と違い雲ひとつ無い星空で、その奇跡に深く深く感謝する。
常に船の何処彼処から聞こえる騒がしい声。寝静まってすら聞こえる鼾に、幸福だと思わぬ瞬間は無い。
死んで骨だけ、涙も流せぬ。
そんな骸骨のブルックを、自然体で受け止めてくれる仲間が今ここに居る。

「───ルフィさん」
「んあ?」

見張り台まで上ったブルックは、そこに居る人に声をかける。
普段なら寝ぼけ眼の彼は、ぱっちりと黒目を開きブルックを映した。
出会った頃よりスマートになった顎のライン。体つきも逞しくなり、少年らしい線の細さの変わりに、頼りがいある痩躯が形作られた。
ブルックの知る誰よりも海賊王に近い位置に居る彼は、ブルックが知る誰よりもいい男だった。見た目だけではなく、その中身が。

この船で一番星に近い場所に居た彼は、ブルックの存在を認めるとどうしたんだ、と昔から変わらぬ笑顔で問いかける。太陽みたいな明るく眩しいそれは、ブルックが一番大好きなもので大事だと思っていた。
ひょいと身軽な体を活かし見張り台に上がると、少し狭くなった場所に文句を言うでもなくルフィは身を寄せる。
僅かに出来た場所に身を押し込むと、男二人にはその場所はやはり狭く、真正面に向き合って小さく笑いあった。

「いえね、興奮で目が覚めてしまったんですよ」
「お前も?」
「ええ。───世界の最果ての島。そこに辿り着くのは昔の私の夢の一部でしたから」
「一部なのか?」
「そうです。その当時は最果ての島にあるワンピースを探す海賊は居ませんでした。それは私が没した後の伝説です。私達の時代は、ただ、世界一周を夢見た海賊達が船を駆る。そんな時代だったのですよ」
「ふーん・・・。誰よりも早く世界一周を成し遂げる。それって、すげえな!」
「ええ。私も憧れました。結局、志半ばで仲間を失い、私一人で漂流してたんですけどね。ヨホホホホ~」

笑い声が空にと消える。
誰かと会話する日が来るなど、あの日まで思っていなかった。
フランキーに言われるまでもなく、自分の存在がどんなものか自覚していたからだ。
誰もが怯え、惑い、恐怖する異端の存在。運良く影が取り戻せ航海に戻れたとしても、独りきりで渡るにはこの海は広すぎて、仲間を作るにはブルックが異質すぎた。爪弾きものになるのは想像できたし、覚悟もついた上で生きていた。
だから、ありえない奇跡だと、今でもそう思ってる。
ルフィとの出会いは運命の悪戯で、神でも悪魔でも誰でもなく、彼に感謝したい奇跡だった。

「私ね、本当は諦めかけていたのかもしれません」
「何をだ?」
「彼らの歌を、ラブーンに届ける夢をです」

ブルックの言葉にルフィは目を瞬く。
その表情は覚えている限り変わりなく、瞬く間に過ぎた年月を思い少し微笑む。きっとどれだけ時間が流れても彼は彼のままだろう。それが嬉しく幸せだった。

「私は異端の存在です。死んで骨だけ。アフロの骸骨。悪魔の実は奇跡を起こしたけれど、それは本当に呪いに近い。だってそうでしょう?独りで船を操り渡れるほどあの海は甘くない。運良く人が見つかっても私を仲間にする人間がいるとは思えない。取られた影は自分より強い相手に憑依したし、それ以前にログポースすらあの船にはないのですから。あのまま影を取り戻し、運良く出向できたとしてもきっとすぐに遭難してたでしょうねぇ」
「・・・そうかもしれねえな」
「ええ、ええ、そうでしょう。そして無謀な旅路だと誰よりも私は理解していた。仲間の骸と漂流した期間はね、考える時間だけは無駄にあったんです。幾度も幾度も想像するのに、私は一度としてラブーンと会えた奇跡を考えたことはなかったように思います。その癖彼との約束にしがみ付いた。・・・意味が、欲しかったのでしょう。仲間達が生きた意味が、そして私自身が生きる意味が」

ぽつり、ぽつりと語って聞かせる。
見上げる空が美しすぎるのがいけない。人の心を感傷的にさせ、昔話を思い出させる。
温い風が頬を撫でるとそのまま彼方へ過ぎ去った。潮騒の音は心地よく響き、慣れた震動に身を任せる。進む海域は波が穏やかで心地よいゆりかごのようだった。
閉じる瞼を持たないブルックは、心の瞼を静かに閉じる。
そうするといつだって仲間達の笑顔を思い出せた。誰一人残らず、今となっては懐かしい彼らの笑顔を。

視線を空から戻すと、静かな光を湛える黒目に移す。黙り込んだ船長は渋い顔をしていて、話をしすぎたかもしれないと漸く悟った。
過去最果ての島まで到達したのは伝説の海賊王、ただ一人。世界一周を夢見た男たちを差し置いて、それを成し遂げた彼の偉業にルフィは続く。夢見たワンピースを手にして、誰よりも自由で強い海賊王となる。
その偉業の前にする話ではなかったか、と僅かに苦笑すると、ルフィはむすっとした表情で唇を開いた。

「お前、何馬鹿なこと言ってんだ」
「え?」
「お前はおれたちが居なくても、お前の夢を果たしたに決まってんだろうが。もしおれたちが居なくても、おまえは影を取り戻したし、何があってもラブーンに会いに行ったはずだ。お前の持ってる信念は、夢は、そんなあっさりと無理でしたでしょうと語れるようなもんじゃねえだろ」
「・・・・・・」
「そのお前が、諦めかけてた訳がねぇ。馬鹿なことを言うな」

怒りできらきらと光るルフィの目を見て、彼の怒りの理由に気づいた。ルフィは、自身の夢を貶めたブルックに憤っている。自身の信念を甘く見ているブルックに対して怒っているのだ。
肺も気管も声帯も声道も存在しないのに、確かにそのどれかに空気が使えなくなった喉がぐうと鳴る。それは嗚咽に近い声で、涙を堪えて漏らすそれに至極近い音だった。
それでも涙を流せないブルックは、代わりに満面の笑みを敷くと何処からともなくヴァイオリンを取り出す。

「ヨホホホホ~。こりゃまた、すみません!馬鹿なことを言いました」
「全くだ。おれは憤慨したぞ」
「おや、ルフィさん。随分難しい言葉をご存知ですね」
「この間ロビンに習ったんだ。すげぇだろ」
「ええ、素晴らしいです」

狭い場所で器用にバイオリンの音を調整した彼は、尊敬し敬愛する船長に向かい一曲如何ですと問いかけた。
すると先ほどの怒りは忘れたらしいルフィは、笑顔でリクエストをかける。曲は彼のお気に入り、『ビンクスの酒』だ。
その旋律を奏でながら、ブルックは涙を零せない目をありがたく思った。そうでなければ今頃目が融けてなくなってしまうのではないかと思うほどに涙を零していたに違いない。それくらいルフィの言葉に感動し、感謝した。

いつもと違い陽気な雰囲気ではなく、しっとりとした曲調にアレンジしたそれは、夜空に吸い込まれるように音を響かす。
賑やかしいのを好む船長は、ブルックのアレンジに文句も言わず心地良さそうに瞼を閉じた。無防備な様子はそのまま信頼を表し、小さな事にまた感謝する。

「ねぇ、ルフィさん」
「ん?」
「私、あなたに会えてよかった」

ヴァイオリンの音色に紛れる小さな声。囁きは届かなくとも構わなかったのに、それをしっかりと聞き遂げたらしい彼は、にいっと楽しげに笑った。

「おれもだ。お前に会えて良かった。考えても見ろよ。アフロで骸骨でヨホホの音楽家なんて、世界中探してもおれの船にしか乗ってないぞ。お前みたいな最高の音楽家、世界に一人だけだ」

ししししっと子供みたいな顔で笑ったルフィに、ブルックの旋律が少しだけぶれた。
慌てて曲調を立て直すと、何も無かったように無言で続ける。
だがその胸中は複雑で、やはり泣ければよかったのにと思わずに居られない。
涙を流せれば、この複雑な感情も少しは流せたかも知れないのに。
ヴァイオリンを奏でる音楽家は、やっぱり笑うと掠れた声で囁いた。

「私も、あなたに会えてよかったです」

そっか、と呟き笑う彼は、ブルックの言葉に秘められた万端の想いなど気付くまい。彼は誰かを喜ばせるために何かを言うのではなく、自分が言いたいから何かを言うのだ。
ブルックが喜ぶのはブルックの事情であり、彼は全く関心を寄せない。その影響力は、海軍大将の攻撃よりも大きいと言うのに。

自身を異端だと認める骸骨に向かって、お前は最高だと彼は嬉しげに笑う。その事実こそ、ブルックには最高だった。

「ワンピースを見つけたらさ。そのまま一番に、ラブーンに会いに行こうな。おれとお前の約束を果たすんだ」

それが当たり前だと言ってくれる彼にこそブルックは救われる。
死んで骨だけ。仲間は全滅。一人で彷徨った五十年は生きた地獄でしかなかったけれど、それを補う幸せを今確かに受けている。
面倒ばかりでトラブルと喧騒に事欠かない日々だが、それを何より慈しんでいる。
賑やかな仲間の居る船で、音楽家として働く彼は、ヨホホホと声を響かせた。

優しい眠り歌が船を包んだ数日後に、ルフィは彼の夢を果たした。


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