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琥一は心底困っていた。
普段はきりりと上げられている眉は情けなく下がり、年にしては大柄な体も小さくなっている。
素足で草の上に座っているので肌がちくちくと痒かった。
助けを求めるように視線を巡らせれば、笑いを堪えている弟と目が合う。
後で絶対に殴ってやると拳を固めると、すぐさま叱責が飛んできた。

「もう、コウくん聞いてる!?」
「───聞いてるよ」

むしろ聞きすぎて頭が痛い。
可愛い顔を怒りで赤くした冬姫は、見ていて微笑ましくなるくらい可愛らしい。
肩を僅かに越す髪がさらさら揺れて、頬は淡い桜色。
黒目がちの瞳は僅かに潤み、琥一が知る学校のクラスメイトとは比べ物にならない。
琉夏曰く『お姫様』みたいなレースのワンピースも良く似合っているが、その剣幕には辟易していた。


そもそもことの始まりは、琥一が怪我の手当てをせぬまま約束の場所に遊びに行ったのが発端である。
ガキ大将の本分を発揮し、琉夏を苛めていた奴ら相手に暴れたのは良かったが、大した怪我じゃないと血が滴るそれを舐めたまま放置したのが拙かった。
あの時琉夏が云うとおりに手当てをしていれば、現在これほど面倒な状況にならなかっただろうと思うと後悔してならない。

今日は習い事もなかったのか先に来ていて笑顔で二人を迎えた冬姫は、琥一の腕から流れる血を見た瞬間固まった。
よくよく考えれば彼女との遊びはいつもかくれんぼで、血を流すような激しいものはしたことがない。
ならば見た目通り大人しく卒倒してくれれば良かったのに。
実際そうなれば慌てるどころじゃ済まないだろうに、琥一はそこまで頭が回らない。

実のところ、不機嫌そうな顔のまま彼は混乱していた。
琥一が怪我をするのは日常茶飯事だし、それに一々目くじらを立てる相手は居ない。
クラスメイトは怯えて近寄ってこないし、親になれば慣れたもので救急箱を差し出される程度。
ここまで心配され、怒られるなんて久しぶりだった。

しかも相手は他の誰かではなく冬姫。
学校のクラスメイトや両親ともちょっと違う位置に居る、琉夏と琥一の特別な女の子だ。
その特別の意味を突き詰める気はなかったけれど、他の誰とも違う存在だとは認めている。
だからこそ、琥一は不機嫌そうな顔になる。
そうしないとどうしようもなく照れくさくて、変になった顔を二人に見られてしまいそうだった。

「コウくん」
「・・・おう」
「手、出して」

説教を続けていたはずの冬姫は、スイッチが切れたように大人しくなる。
それに些か慌てながら言われたとおりに手を出した。
すると琥一と同じ年であるはずなのに、小さくて白く柔らかな手がそっと掌を包み込み、胸がどくどくと脈打ち始める。

全く違う生き物みたいだ。

クラスメイトの女には感じたことがない胸の高鳴り。
急に頭がくらくらし始めて、そんなに今日は暑かっただろうかと首を捻る。
借りてきた猫のようにされるがままになっていた琥一の手の甲には、ピンクの熊がプリントされた愛らしい絆創膏がぺたりと張られた。

「!!?」

自分には似合わないそれに、琥一は息を呑む。
冬姫の後ろでついに限界を超えたらしい琉夏が、口元を押さえて蹲った。
この野郎。
額に一つ青筋が浮かぶ。
似合わないのなんて言われるまでもなく判っているが、笑われるのは腹立たしい。
取ってやろうと腕を伸ばせば、白い掌に阻止された。

何のつもりか問い詰めようと冬姫を見れば、少女はまるで宝物を握り締めるように琥一の手を両手で握り胸の前に持っていく。

「早くコウくんの傷が治りますように」

祈るような囁きは、琥一の胸の奥深く、どこか大事な場所を抉った。
琉夏の『お姫様』発言を常々馬鹿にしてきたが、少し撤回してもいいかもしれない。
剥がすタイミングを失った手の甲の絆創膏を眺め、琥一は思った。

背後では琉夏が怪我をしていないのに冬姫に絆創膏を求め、羨ましそうに琥一を眺める。
怪我してないから駄目だと断られた彼に、絆創膏を奪われないよう奮闘するのは仕方ないことだろう。

ちなみに後日冬姫に絆創膏をしてもらうために怪我をした琉夏は、その目論見があっさりと露見し冬姫に一週間口を聞いてもらえなかったのでその作戦は二度と繰り返さなかった。

拍手[6回]

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「はい、琉夏君」

笑顔で手渡されたそれに、琉夏はへにゃりと表情を崩す。
今にも泣きそうに歪められた目元に、嬉しそうに緩んだ唇。
泣きたいのか笑いたいのか、きっと本人にも判らないに違いないと冬姫は思う。
彼は器用なくせに、とんでもなく不器用な子供であったから。



六月に開かれる運動会は、地味に暑い中体力を使う。
じりじりと迫る太陽に、湿気を含んだ温い風。
それでも全力で青春を謳歌する学生達は些細な点の遣り取りに熱くなる人物が大半で、その分昼休憩に補給は必須だ。

高校生にもなると親が同伴なんてなく、弁当持参で仲良しグループで固まって食事を摂るのが恒例になる。
冬姫もご多分に漏れず親友二人から昼食に誘われていたが、先に約束を交わした相手が居たので断った。
一年生の時に騙まし討ちのような形でリレー出場した彼らは、今年は正当な報酬を先に寄越さないと出場しないと冬姫を脅し、多少ながらも罪悪感が痛む部分を持ちえた冬姫は彼らの言い分を飲んだ。
故に今朝は五時起きで弁当を作る嵌めになったが、元々料理は苦手でも嫌いでもない彼女にとってそれは苦労でもなんでもない。
むしろ多彩な料理を作る内に段々と楽しくなり、気がつけばタコさんウィンナーやウサギ林檎なども弁当に取り入れられていた。
キャラ弁にまで到らなかったのは準備不足と、兄弟の一方が激しく嫌がるだろうと想像したからだが、来年は取り掛かるかもしれない。

何はともあれ、六人分(三人分だと足らないかもしれないので)の弁当を拵えた冬姫は、待ち合わせの場所で腹を空かせる幼馴染の待つ場所にまで行ったのだが、その場には一人しか来てなかった。
理由はじゃんけんで負けた琥一が飲み物を自販機まで買いに行っているからだそうだが、ちゃんとお茶を持っていくと言っておいた筈だと考えれば、目の前のにこにこと機嫌良さそうにしている弟が兄を追い払い先に弁当に手をつけたかったからだろうと容易に察せれた。
そこまで弁当が楽しみなのかと思うと少しばかりくすぐったい。
眉を下げて笑った冬姫は、琉夏専用のイルカが描かれたハンカチで包んである弁当箱をバスケットから取り出すと差し出した。
そして冒頭へと到る。

「これ、おにぎりだ」
「そう。琉夏君好きでしょ?沢山作ってきたから一杯食べてね。余ったら家に持って帰ってもらうから」
「うん。俺、残しても全部一人で食べる」

嬉しそうな顔で三角おにぎりを握り締めた琉夏は、頂きますと一言呟くとかぷりと噛り付く。
暫し咀嚼し、ぱっと顔を明るくした彼はきらきらした眼差しを向けてきた。

「たらこ?」
「うん。他にも昆布、梅、オカカ、鮭、梅昆布、変り種だとウィンナーもあるよ」
「凄い、一杯だ。全部、俺の?」
「そう。全部琉夏君の。二段目はおかずになってるけど、足りなかったらおかわりあるから」

言いながらバスケットを指差すと、頷いた彼は猛烈な勢いで食いつき始めた。
箸も使わずに唐揚を手に取る彼を注意していると、漸く琥一が戻ってきて、呆れたように琉夏の頭を叩く。

「箸くらい使え」
「いいじゃん。手は洗ったんだから」
「んだ?今日の弁当はおにぎりか?」
「あれは琉夏君スペシャル」
「琉夏スペシャル?」
「そう。琉夏君はおにぎりが大好きだから。───琥一君のはこっち」

冬姫の言葉に複雑そうな顔をした彼に、ひょいと狼が描かれたハンカチで結んである弁当箱を差し出す。
中身はサンドイッチとハンバーガーだ。
ハンバーグは手作りの牛肉100%だし、サンドイッチの中に入っているヒレカツとタレも全て手作り。
一応シーチキンや卵も入れてあるが、彼は肉から手をつけるだろう。
それも見越しておかわりは、ハンバーガーとヒレカツサンドにしてある。

「おかずはそこに詰めてあるの以外は共用だから早い者勝ちね。余ったら持って帰って。ちゃんと保冷剤もあるから」
「サンキュー」

礼を言うのとほぼ同じタイミングで食べ始めた琥一に苦笑する。
買って来てくれた紅茶を礼を言って受け取ると、冬姫もお弁当の蓋を開けた。
ちなみに冬姫の弁当はおにぎりとサンドイッチが半々に入っている。
微妙な食べ合わせと判っていたが、何となくこうしなければいけない気がした。

次から次へと夢中に平らげていく琉夏に、満足気にゆったりとけれど相当なスピードで咀嚼する琥一。
それを横目で眺めていると、不意に琉夏と目が合った。

照れくさそうに目元を染めて頬を赤くした彼は、ありがと、とどこかぎこちなく呟く。
その仕草に、冬姫は思わず破顔した。


今年の運動会も、思い出にするには十分なものになりそうだった。


拍手[10回]

「・・・・・・冬姫ちゃん?そういう名前やろ、自分」


背後からかけられた声に、冬姫は思わず振り向きそして全力で後悔した。
そこに居たのは、浅黒い肌をし精悍な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた、年上の男の人。
自慢じゃないがこの手のタイプに絡まれた経験は幾度も持つ冬姫は、またナンパかと渋い顔をし、しかしある一点に気がつくと表情を訝しげに歪めた。

琥一のバイト先のスタリオン石油に再び弁当を届けに来ていたのだが、そう言えば前にも似たような展開があったと思い出す。
あの時は冬姫一人ではなく、琉夏と一緒に連れ立っていたのだが、琥一のバイト仲間から琉夏と勘違いされて声をかけられた。
すると自分の名を知っている目の前の男も、琥一の知り合いかもしれない。
眉を顰めながら目の前の男を観察すると、にへら、と気の抜けた笑みが返って来た。
見れば見るほど端整な顔立ちをしてる彼は、いかにも女の子にもてそうで、ついでに女の扱いが上手そうなタイプに見える。
肩を超える髪を一本で結び、耳にはピアスが光っていた。
Tシャツにチノパンというシンプルないでだちだが、それ故に素材の良さが引き立っている。
袖から伸びる腕は引き締まり、鍛えているのが容易に見て取れた。

「・・・どちら様でしょうか」

警戒心を解かぬまま問いかける。
幼馴染に常日頃から警戒心が薄すぎると言われているが、冬姫とて常識は持っている。
警戒すべき相手を見誤るつもりはない。
例え目の前の彼が、悪い人には見えなくても、だ。

「あれ?もしかして俺警戒されてる?」
「・・・・・・」
「大丈夫、大丈夫。俺、怪しいもんやないで」

軽快な関西弁らしきものを操る男は、益々妖しく見えた。
大体怪しい人間が自ら怪しいと認めるだろうか。否、だ。
眉間の皺を深くした冬姫を見て取り、困ったように男は眉尻を下げて笑う。

「嫌やな。俺、そないに怪しい?」
「・・・少し」
「ははっ、正直な子や。琥一に用なんやろ?」
「琥一君を知ってるんですか?」
「もちろんや。ここでバイトしとるからな」

からからと笑う相手に一気に親しみを持つ。
琥一の名を出されただけで油断しすぎかもしれないが、冬姫にとって彼の名前はそれだけ価値があった。

「俺は姫条まどか。女みたいな名前やけど、実はこう見えても女やねん」
「・・・は?」
「アカン・・・外してもうた。普通の子は受けてくれんのに、秋姫といいなんで駄目なんやろな」

寒いギャグらしきものを放った相手を呆然と見れば、渋い顔でぶつぶつと呟き始める。
やはり悪い人ではなさそうだが、変わった人ではあるようだ。

「おい、冬姫。何してんだ?」
「あ、琥一君。琉夏君に頼まれてお弁当届けに来たんだけど・・・この人、姫条さん?に話しかけられて。・・・この人本当に琥一君の知り合い?」
「姫条さん?」

眉を跳ね上げた琥一は、冬姫の奥に居る人物を見て目を丸くした。

「何してんすか、姫条さん!?」
「いやぁ、琥一のいい子を見ておこうと思うてな。───何や中々可愛い子やないか。琥一も隅に置けんな」
「なぁっ!?何、言ってんすか!こいつは、別に・・・っ」
「何でもない?嘘やな。そんならこの子を紹介してっていっとる奴ら相手にあんなに威嚇せんやろ」
「姫条さん!」
「はいはい、判ったって。これ以上苛めんのは止めといたるわ」

ひょい、と肩を竦めた姫条を、琥一は頬を紅潮させ睨みつける。
まるで年相応な少年のような素直な反応に、冬姫の方が驚いてしまう。
学校で気を許している大迫相手ですら、こんなにからかわれる琥一は見たことがない。
普段の琥一は冬姫と琉夏相手に兄貴分であるから、珍しい一面だった。

ぽかん、と口を開けて眺めていた冬姫に気づいた琥一が、咳払いして慌てて体裁を整える。
そんな琥一を面白そうに姫条がにやにやと見ていた。

「弁当」
「え?」
「寄越せ。んで、もういいから帰れ」
「・・・・・・他には」
「あ?」
「他に言うことないの?」
「───届けてくれて、サンキュ」

視線を逸らし、頬を指先でかきながらぼそぼそと言う琥一に微笑みかける。
不機嫌そうな顔は作られたものだと知っているから少しも怖くない。
見た目こそ昔より強面になったけど、琥一の内面はぶっきらぼうでけれど優しいままだったから。
素直じゃない態度にくすくす笑うと、視線だけで睨まれた。

「おー、いいなぁ、若いもんは。俺も秋姫に会いとうなったわ」
「秋姫?」
「姫条さんの片思い相手だ。───姫条さん曰く、どえらい別嬪さんらしい」
「へぇ」
「信じとらんな、琥一。ほんまに秋姫は三国一の別嬪さんやで。世界一のいい女や」

そう言って笑った姫条は少し照れくさそうに、でもそれ以上にその人のことを話せるのが嬉しくて仕方ないとばかりに頬を紅潮させて桃色のオーラを垂れ流しにしていた。

「本当に『秋姫さん』が好きなんだねぇ」
「みたいだな。見てるこっちが恥ずかしい」

呆れを含んだ声音で呟く琥一をじっと見上げる。
視線に気づいた彼が見下ろしてきて視線が絡んだ。

「どうかしたか?」
「・・・私も」
「ん?」
「私も、姫条さんみたいな恋がしたいな」

大事で大切で特別で仕方ない宝物を見せびらかす子供みたいに、幸せそうで擽ったそうに微笑んで。
柔らかで優しい眼差しはここに居ない誰かを見ていて、愛しくて恋しくて仕方ないと感情を目一杯溢れさせる。

度肝を抜かれたように目をまん丸にした琥一に、冬姫は白百合のような艶やかで繊細な微笑みを見せた。

「私、姫条さんみたいな恋がしたい」

今にも呼吸を止めてしまいそうになっている琥一の、この時抱いた感情は一生冬姫には理解し得ないだろう。
罪のない笑顔を浮かべる恋に恋する年頃の少女は、恋に悩める年頃の少年には罪深い存在だった。

拍手[7回]

自分の腕の中で、彼女は柔らかく形を変える。
スレンダーでしなやかな体つきだが、出るところは出ている体型の彼女はとても抱き心地がよく誂えたように琥一の腕に納まった。
胸に掌を押し付け距離を測ろうとする彼女に犬歯を剥き出しにして笑うと、微弱な抵抗を抑えるため更に強く腕に力を篭めた。
大型の動物が甘えるように鼻先を首へ擦り付ける。
首を竦めたのか、頬を掠めた髪からふわりと甘い香が立ち上る。

「・・・もっと、傍に来い」

我ながら嫌になるくらいに甘ったれた声。
だが、いいだろう。
どうせこれは、都合のいい夢なのだから。




「・・・おい」

地べたを這いずった低い声が知らず漏れる。
寝起きな所為で僅かに掠れているそれは、しかしながら彼の怒りを薄めるには至らない。
目の前に並ぶ二対の瞳をじとりと睨みつければ、へらり、と琥一の気分を逆なでするように二人は笑った。

「人の部屋で何してやがる」
「母さんに頼まれてコウを起こしに来たんだ。ね、冬姫」
「そうそう。私達っていい子だよね、琉夏君」

系統は違っても綺麗な顔立ちの二人が微笑めば場が華やぐ。
高校時代よりも少しばかり黒くなった髪を一つに纏めている繊細な美形の琉夏。
さらさらの肩を少し超える髪に小花のヘアピンを差し込んだ愛らしく整った顔立ちの冬姫。
だがその美貌にも見慣れた琥一は彼らの微笑みなんかに誤魔化されはしなかった。

「俺が聞いてんのは、お前らが部屋に居る理由じゃなくて」

「お前らが何で俺の部屋で携帯やデジカメ構えてんのかってことだ!」

苛立ちに逆らわず布団を跳ね上げると、手に持っていた何かを投げつけた。
それは狙い違わず琉夏の顔面にクリーンヒットし、ずるずると床に落ちる。
そんな琥一すらデジカメで激写していた冬姫をギロリと睨みつければ、えへへとごまかし笑いをしながらそそくさとデジカメを鞄に仕舞った。

「酷い、コウ。折角冬姫と二人でプレゼントしたのに」
「ああ?」
「これ。等身大抱き枕」
「名づけて『コウ君1号・兔だからって舐めんじゃねえぞ★』だよ」
「・・・・・・」

全く悪びれない二人に紹介されたそれは、随分とシュールな兔(?)だった。
琉夏が膝立ちで抱き上げてもまだ膝が伸びている大きなそれは、兔にしては少々目がニヒルすぎ、意地の悪い三日月形に口元が上がっており、何故か髪の毛があった。しかもリーゼント。
中学時代の制服を思わせる黒の学ランを身に纏い、短い眉がインパクトがある。
色は黒だが、可愛げがない。これが世間で流行のキモカワだろうか。
それ以前に何なんだそのネーミングセンス。ダサすぎる。
不細工な兔は琥一が持つ枕よりも随分と柔らかそうで、布も琉夏の手に沿ってよく伸びていた。

「素材はビーンズクッションと同じだよ。何と俺と冬姫の合作です」
「見てよこの学ラン。裏に『四露死苦』って刺繍頑張って入れたんだ」
「柔らかくて抱き心地がいいんだ。あ、手洗いOKだよ」
「一応着替えセットは琥一君とお揃いのパジャマと、ワイシャツにズボンのセットがあるよ。もしリクエストがあったら作るから言ってね」
「この眉がアクセントなんだ。コウそっくりだろ?」
「それは琉夏君がつけたんだよ。凄いよね」
「リーゼントは冬姫のアイディアだ。コウらしくて笑える」
「我ながら傑作だと思うよ。ね、琉夏君」
「ね、冬姫」

誰かこのきゃらきゃらと笑っている馬鹿二人を静かにさせてくれないだろうか。
この馬鹿どもの言葉を並べると、まるで琥一をモデルにこのへんてこ兔を作ったみたいではないか。
止めて欲しい。この阿呆どもには、琥一はこんな変に映っているのだろうか。
ならばイメチェンも辞さない覚悟だと唇を噛み締めると。

『HAPPYBIRTHDAY!』

嬉しそうに、誉められるのを待つ子供のように馬鹿二人が微笑んでクラッカーを鳴らした。
何処から取り出したんだとか、寝起きにこれはないだろうとか、誰がこれを片付けるんだとか言いたいことは山ほどあるが。
にこにこしながら自分の反応を伺う琉夏と冬姫に、眉尻を下げると仕方ないと苦笑した。

「サンキュ」

どうしようもない馬鹿だが、二人は琥一にとって特別だった。
そしてきっと彼らにとっても琥一は特別だろう。
だから大学がある冬姫が朝一番で桜井家に足を伸ばしたのだろうし、バイトと受験勉強の合間に琉夏もプレゼントの用意をしたのだろう。
琥一の反応を想像しながら針と布を握る彼らを想像すると、何とも微笑ましく胸の奥が暖かくなる。

嬉しそうに表情を崩した琥一に、琉夏がにっと唇を上げ近づいた。
そして。

「ちなみに香は冬姫の香水と同じ。いい夢見れただろ?」

ぼそりと囁かれ、まさかと息を詰まらせた。
ぼんと勢い良く顔が赤く染まり、それを見ていた冬姫が目をまん丸にする。

「どうかしたの、琥一君?」
「っ、何でも、ねえよ!!」

伸ばされた腕を避け、布団にもぐった琥一は知らない。
彼が寝ている間に侵入を果たした二人組みが、『コウ君1号・兔だからって舐めんじゃねえぞ★』をそっと琥一のベッドへと潜り込ませ、尚且つ十数分を撮影タイムに費やしたことも、琥一の寝言ごと琉夏が携帯にきっちりと撮影していたことも、後日それが発覚し、発狂しそうなくらい羞恥に悶えることも、幸運にもまだ知らずにいられた。

三人の中で一番年上に当たる彼の受難はまだまだ続きそうだ。

拍手[3回]

握力の少ない細い腕が、そっと首にさしかけられる。
くっついていて欲しいのに、今にも離れそうなそれに小さく非難の声が上がる。
不満を訴える冬姫に、幼馴染が低い声で喉を震わせた。
上目遣いで睨み上げると宥めるように苦笑され頬を膨らませる。
離れてしまった体が恋しい。
冬姫は、彼が欲しかったのに。

「私のドクログマちゃん」

がくり、とUFOキャッチャーの操作盤に項垂れる。
時代は更に動いて、ゲームセンターが主流になっていた。



メダルゲームでカジノ王気分を満喫してきたらしい琉夏が笑顔で近寄ってくるのを不機嫌に眺める。
隣で立っていた琥一が再び苦笑する気配を感じ、河豚のように頬を膨らませた。
それだけで現状を理解したのだろう、琉夏が眉を八の字に下げ苦笑する。
血の繋がりより濃い絆を持つ彼らのそうした笑い方はそっくりで、益々冬姫の機嫌は下降した。

「コウ、お姫様はまた失敗しちゃったの?」
「おう。だから止めとけって言ったんだけどな」
「音ゲーも格ゲーも落ちゲーも上手くなったのに、これだけは下手なままだな」
「だな。俺の方がまだ上手い。金をどぶに捨てるっつーのはこんな状態を言うんだな」

怒りで肩を震わす冬姫に気づいてないはずがないのに、意地悪く彼らは放し続ける。
しかしながら口にしたそれらは全て外れていないので強く物申すことも出来ない。
悔しさに唇を噛み締めてケースの中からこちらを見詰めるぬいぐるみに視線をやる。
両手を伸ばした状態でこちらを向いている彼は、絶対に自分にゲットしてもらいたいはずだ。でなければあんなにガン見してないだろう。
幼馴染に言えば益々呆れられそうな考えで頭を一杯にした冬姫は、頭上で会話をしている彼らを無視すると財布からもうワンコイン取り出す。
ダーツやボウリングと違い現在は夕食をかけた戦いは滅多にしないのに、何故こんなにも財布の中身が寂しいのか。
否、答えは初めから判っている。諦めきれない自分が悲しい。

「───そんなにあいつが欲しいの?」
「おい、ルカ」
「だってさ。冬姫、雨の中捨てられた子犬みたいな顔してる。コウはこんな冬姫放っておけるんだ?」
「・・・・・・」
「ほらみろ。コウだって放っておけないんじゃん。今更戦利品が増えたとこで気にしない気にしない」
「───気にせずにいられるか」

苦々しく呟いた琥一の言葉を無視した琉夏が、にこり、と微笑む。

「お願いして、冬姫」
「・・・そうしたら取ってくれる?」
「うんうん、任せて。はい、両手を胸の前で組んで」
「はい」
「顎を僅かに引いて視線は上目遣い。瞳は大きく瞬きを繰り返し、『お願いルカ君(ハァト)』と呟きましょう」
「お願いルカ君(はぁと)」
「よし、動画ゲット。今度からこれが冬姫の着信ボイス」
「え、これが?」
「うん。じゃあ、俺ドクログマとってあげる」
「出来そう?」
「任せて」

ウィンクをして余裕の表情で操作盤に向かったルカから携帯を受け取る。
ちょっと・・・ではなくかなり嫌だと思いながら、預かった携帯の動画を再生すると、そこにはかなり微妙な仕草の自分の姿。
恥ずかしい。穴がなくても掘って入りたいくらいに恥ずかしい。
少し冷静になった今、いい年をしてこんな仕草をしてまで強請るほどあのドクログマが欲しかったのだろうかと自分に問いかけていると、すいっと長い手が横から伸ばされ携帯を奪われた。

「琥一君?」
「え?・・・ああ」

冬姫のぶりっこシーンを再生しつつガン見する幼馴染に顔を赤くして問いかけると、何とも複雑な表情をした琥一はぎこちなく冬姫から視線を逸らす。
やっぱりあれはなかったかと内心で酷く落ち込むと、怒ったような声が上から降ってきた。

「おい」
「何?どうせ琥一君も痛い映像って思ってるんでしょ?私だって判ってるわよ」
「じゃなくてだな、その、これだけどよ」
「・・・何?」
「その・・・俺にも」
「ハイ、ストップ。取れたよ、冬姫」
「え?」

背後から寄りかかる気配に顔を上げると、目の前にドクログマを吊るされ思わず受け取る。
シュールなマスコットはすぽりと手に入り、思わずにこりと素直な笑顔が浮かぶ。

「コウは駄目だ」
「・・・何でだよ」
「だって冬姫に何もしてないだろ。俺は等価交換」
「・・・・・・」
「だからコウは駄目」

ふふんと自慢げに笑った琉夏に、琥一は悔しげに歯軋りする。
だが間に挟まれた冬姫は頭上で繰り広げられる火花散る戦いに一切の興味を見せない。
どころか喉元過ぎれば熱さ忘れるの典型で掌サイズのドクログマの頭を撫でた。

「琉夏君ありがとう」

ふわりと白百合を思わせる優雅で典雅、それでいて心を和ませる微笑みが向けられ、琉夏は照れたように頬を掻く。
それを見た琥一は、面白くなさそうに舌打した。

「こちらこそ。これで暫くおかずには困らない」
「え?」
「やめろっつーんだ、下ネタ男が!」

力いっぱい振り下ろされた琥一の拳が琉夏の頭上で激しく音を立てる。
ごつんとこちらが痛くなるような音に冬姫は眉を顰め琉夏は頭を押さえて蹲った。

「お兄ちゃん、冗談じゃん」
「お前のは絶対に冗談じゃ済まねえ」

いつになく不機嫌な琥一の額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
琉夏の下ネタ発言を敢えて言及しないで置こうと決めた冬姫は、琥一の手から素早く携帯を奪った。
ボタン操作に躊躇はなく、あっという間に目的の処置を施す。

「はい、琉夏君」
「ありがと、冬姫」
「ううん。気にしないで」

鮮やかな笑顔に琉夏も微笑みを返す。
そんな彼が携帯から目的の動画が消えていると気づくのは数秒後で、にたにたと性質の悪い笑みを浮かべた兄から、残念だったなとしたり顔で慰められるのはさらに数秒後。
口は災いの元とはよく言ったものだ。

拍手[7回]

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