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彼女は綺麗だと思う。
学校内でも有名な少女達とつるんで自称キューティー3を名乗っているが(それは主に一人の主張で冬姫の意思ではないと彼は知らない)、それに異論を唱える人間が居ないくらいに可愛らしい。

小柄で小動物のようなくりくりしたどんぐり眼の宇賀神みよ。
長身で宝塚の男役のように涼やかな容姿を誇る花椿カレン。
その中間に位置する華奢でありながらもスタイル抜群な茅田冬姫。
一年生の中でも話題の上級生三人は、けれど意外と隙がなく接点も見つけにくい。
所謂高嶺の華と呼ばれる相手だったが、幸か不幸か旬平はその中の二人と割と親しい間柄であった。



「・・・冬姫ちゃん、きつい」

全身を汗まみれにして、ぐでりと畳の上に倒れこむ。
腕立て伏せのセットを漸く終わらしたばかりだが、基礎体力がまだまだ未熟な旬平にとってこの後のスクワットや腹筋は恐ろしい。
知らず知らず嵐との追いかけっこで体力はついていたらしいが、やはり
彼との差はまだ大きい。
事実旬平と同じ量をこなし終えたばかりの嵐は、汗は掻いているがそれほど呼吸に乱れもなく、余裕の表情で差し出されたタオルで顔を拭っている。
化け物と呟いたら、お前がなまってるんだと淡々と突っ込まれた。
へにょりと眉を下げた旬平を哀れに思ったのか、苦笑した冬姫がドリンクを差し出してくれた。
常温より少し冷たいそれは、暑さの篭る部室で飲むには絶好のものだ。
以前この美味しさは風呂上りの牛乳に共通するものがあると訴えたら、先輩二人は顔を見合わせて首を傾げた。
何言ってると声に出さずに問う彼らに、僅かに肩身が狭くなった気がしたものだ。

「・・・あ。また見学者が来てる」

ぽつり、と呟かれた声に視線をやれば、クラスメイトでよく馬鹿をやる友達が、開け放たれたドアの外から中の様子を伺っていた。
ひそひそと話しながら好奇心で目を輝かせる彼らに、暢気なもんだぜと内心で唸る。

彼らの目的が柔道でないのは知っている。
彼らは柔道部の紅一点であり、学校でも上位に入る美少女の冬姫を見に来てるのだ。
普段は桜井兄弟の監視の目が強く中々近寄れない彼女に、接近できるチャンスはとても少ない。
何しろ勇気を持って話しかければ、暫くして必ず兄弟のどちらかが現れるという過保護ぶり。
何処かからか監視してるんじゃないかと思わせるタイミングに、冷や汗を流した男子生徒は一人や二人じゃないだろう。
鉄壁を誇る双璧のお陰で冬姫へ近寄る男は基本皆無だ。
むしろ一年男子からすれば、廊下で擦れ違い様挨拶が出来ればその日一日ラッキーと臆面なくクラスメイトに自慢できるレベルになる。

そんな桜井兄弟の監視の目が唯一緩むのは兄弟がバイトで居ない放課後で、嵐と部活に勤しむ時間だった。
嵐自身最初は近寄り難い人物だが話してみれば気のいい先輩だし、部活の見学に来てくれていると思い込んでる冬姫も、柔道部を除く後輩には優しい。
きっと桜井兄弟からしてみれば、嵐を信頼して冬姫を置いていっているのだろうけど、恋愛面では彼の防御は余り当てにならない。
本人無意識で独占宣言をかます瞬間はあるが、柔道部の見学という建前があれば嵐も自然と甘くなる。
鉄壁を誇る彼らの唯一の盲点が、この柔道部で過ごす時間だといえた。

「中に入ってもらうように言う?嵐くん」
「そうだな。もし興味があるなら嬉しいしな」

暢気に笑顔を交わす彼らに一言忠告してやりたい。
あいつらの目的は柔道ではなく、そこの鈍いお姫様だと。

クラスメイトは気のいい奴が多いが、最近は僅かに鬱陶しくなっていた。
口を開けば冬姫を紹介しろだの、冬姫との合コンをセッティングしろだの不健全極まりない。
去年までナンパ三昧だった自分を棚に挙げ、旬平は上級生二人に見えないように頬を膨らます。

冬姫を誘おうとする輩に腹を立ててるのも事実だが、それと同じくらい柔道を口実に使おうとする彼らに腹が立った。
二人にとってこの柔道部には特別な思い入れがあり、たった二人で部室がないところからスタートさせたものだったから。
それを汚されるのは、とてもとても腹立たしい。

少しずつ息が納まる中で、冬姫に声をかけられ狂喜するクラスメイトを睥睨する。
そして不意に思いついた口実に、にっと口角を持ち上げた。

「嵐さん、嵐さん」
「ん?何だ?」
「あいつら、一回乱取りをやってみたいっていってました。今日は胴着に予備があったスよね?あれ貸してやって、部活動に参加させてやったらどうっスか?」
「そうなのか?・・・そうだな、折角興味を持ってくれたんだし、そうしよう。おーい、マネージャー」
「ん?何?」

くるりと振り返った冬姫の髪が扇状にふわりと広がり、また元の位置へと落ち着く。
その姿にうっとりと見惚れる馬鹿な輩に、旬平は内心で高らかと哂った。



後日、筋肉痛と出来立ての痣に唸るクラスメイトに、一人ぴんぴんした旬平は、無邪気を装いスキンシップしまくった。
触れるたびに奇声を上げた姿に、その先まさか彼らが柔道に味をしめるなんてこの時はまだ想像もしていなかった。

拍手[9回]

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ぱっちりとした二重の大きな黒目がちの瞳。
綺麗な曲線を描いた頬はマシュマロのように柔らかくいつも淡く色づいている。
琉夏よりも真っ直ぐなさらさらの髪を肩口で切りそろえ、小首を傾げるたびに揺れるそれを眺めるのが大好きだった。

一人きりで泣いてるところを見つけた少女は、まるで自分のために存在するただ一人のお姫様。
寂しくて悲しくて、けど新しく家族になった人には何も言えなくて、学校には友達一人居なくって、誰にも胸の内を曝け出せなかったから神様がこの子をくれたのだと思った。

教会の端にあるサクラソウの絨毯の上で、ほろほろと涙を零していた少女が、琉夏を見てふわりと嬉しそうに涙を止めて微笑んだ瞬間から。
───この子は自分のものだと、自分を判ってくれる存在だと、自分を好きになってくれると、奇妙なまでに確信した。




「冬姫」
「ルカくん」

息を切らして走って行けば、嬉しそうに少女は瞳を細める。
琉夏が近寄っても学校の皆みたいに嫌がらないし、嫌な言葉を吐いたりしない。
冬姫は琉夏を何も知らない。
ただ会いに来るたびに嬉しそうに花が綻ぶように綺麗に笑うから、その度に琉夏の胸はドキドキして、その喜びに息が詰まった。

一週間前に知り合ったばかりの少女は、とても可愛い女の子だった。
レースが幾重にも重ねられた白いワンピースを着た冬姫は絵本から飛び出たお姫様そのもので、初めて見つけた時に琉夏は鼓動が早くなった。
何故って言えばお姫様が待っているのは何時だって王子様と決まっていて、もしかしたら自分が彼女の王子様なのかもしれないと思ったから。
緊張しながら眺めていたら、琉夏を見つけただけで少女はゆっくりと嬉しそうに微笑んだ。
いつの間にか握っていた拳を開いて手を差し伸べれば、彼女は躊躇なく手を握ってくれた。
転校してから無条件に手を握ってくれる相手なんて新しい家族以外居なかったから、琉夏は飛び跳ねそうなくらいに嬉しかった。

それから毎日この場所に通った。
毎日会えるわけではなかったけれど、それでも琉夏は毎日通った。
訝しげにこちらを見る琥一を宥め、一人でこの場所まで走った。
新しい家に移ってから一人で行動するのは初めてで、それもまたとても新鮮だった。

「ねぇ、今日は何をして遊ぶ?」
「そうだな・・・花が一杯咲いてるし、花冠を作ろうか?冬姫にきっと似合うよ」
「ルカくんにも絶対に似合うよ。ルカくん、可愛いもん」
「・・・男に可愛いはないだろ」
「でも可愛い。私よりずっと綺麗」
「そんなことない。冬姫の方がずっと可愛い。冬姫はお姫様だもん」
「・・・お姫様?」
「うん。サクラソウの花園の中で見つけた、俺の大事なお姫様。俺が願ったから冬姫は来てくれたんだ」

へらり、と微笑みかければ、戸惑うように眉を寄せる。
そんな様子すら可愛くて、出来上がった花冠をふわりとかぶせた。
白い肌と対比して色とりどりの花が栄える。
やっぱり可愛いと呟けば照れて視線を外し、むっと唇を尖らせた。

「俺、冬姫が居てくれて嬉しい」
「・・・私も。ルカくんが居てくれて嬉しいよ」

眉尻を下げ微笑んでくれる姿がとても大事だ。
彼女は琉夏の宝物。
いそいそと花を摘み、どんどんと連ねていく。
二人きりの遊びに刺激はないが、とても優しく穏やかだ。

「今度さ」
「ん?」
「コウを紹介するね」
「コウ?」
「うん。コウは俺の特別。きっと、冬姫も気に入る」
「そっか。ルカくんに似てる?」
「全然。いっつもこーんな顔してる。コウはガキ大将だから」

目を指で吊り上げれば、ぷっと小さく冬姫が笑った。
その可愛らしい声に琉夏も笑う。

「コウは心配性だから、ガキ大将だけど凄く優しい」
「ふーん。じゃ、やっぱりルカくんに似てるね」
「どうして?俺はコウみたいに強くないよ」
「ふふふ。ルカくんはとっても優しいもの」

くすくすと微笑んだ少女は出来上がった花冠を琉夏の頭にひょいと乗せる。
やっぱり、ルカくんも可愛い。
嬉しげに告げる冬姫に、眩いものを見たみたいに目を細めた。

「コウには俺たちが知り合いなのは内緒な」
「どうして?」
「仲間はずれみたいに感じるかもしれないから。言ったろ、コウは心配性なんだ」
「ふーん。判った」

本当はまだ少し迷っている。
琥一であれ、琉夏の特別を取られるかもしれないのは怖い。
でも冬姫なら大丈夫だろうと、琉夏は信じてみる事にした。
きっと少女なら自分と琥一を比較し、どちらかを選ぶなんてしないと。

こくり、と頷いた冬姫に、最高の兄で親友の琥一を紹介するのは数日後。
初めて見た少女の姿に、風邪薬を飲むときと同様に渋い顔をした琥一の姿は、予想通り過ぎて笑えた。

三人の遊びが『かくれんぼ』に固定され、難しい顔をした鬼がむすっと唇を尖らせて隠れた子を探しに来る日はもうすぐそこだった。

拍手[8回]

「君が琉夏ちゃん?」
「は?」


いきなり話かけて来た見知らぬ青年に、冬姫は眉を顰める。
親しげな笑みを浮かべる彼は怪しい人物には見えないが、唐突な言葉の意味は理解しかねた。
スタリオン石油の制服をこんなに間近で確認するのも初めてなら、ここまで馴れ馴れしい会話をしたのも初めてだ。

今日の冬姫は琉夏と一緒にWestBeachで過ごしていた。
実家に居た母親が、いつもお世話になっているのだからと、大量のバーベキュー用の肉と、親戚から送られてきた野菜を差し入れにと持たせたのが切欠だ。
野菜も入れるとダンボール箱一杯まで嵩張った荷物に、どうしたものかと兄弟にメールを入れたのは昨夜で、それならバイトが休みの琉夏がバイクで取りに行くから一緒に夜に焼肉をしようと誘われた。
琥一が一日バイトだから琉夏と二人で準備をし、彼が帰って来次第取り掛かれるように二人で朝から足りないものの買出しに出かけていたのだが。
琥一の昼ごはんを琉夏が冷蔵庫を開けて発見し、なら二人で冷やかしがてら届けようかとバイト先まで足を延ばしたのが先ほどまでの回想だ。

こてり、と首を傾げた冬姫は、少し警戒を滲ませた視線で青年を見上げる。
すると冬姫の心境を悟ったらしい青年は、笑って掌をひらひら振った。
まるで心配することないと言っているような仕草に、益々眉が寄る。

「どうして俺が君のことしてるか、不思議?」
「・・・・・・」

そもそも、自分は琉夏じゃない。
琉夏はバイクの給油場所に自分を残し、琥一が居る休憩所へ足を運んでいる。
冬姫はその間、ガソリンを入れている最中のバイクの見張り番を頼まれた。
給油のメーターを見ても後どれ位中に入るか冬姫には判断が付かない。
唇を窄め早く終わらないかとメーターを睨んでいると、そんな態度に苦笑した青年が話を続けた。

「たまに桜井が休憩中に電話とかメールするとさ。相手は弟か幼馴染なんだよね」
「・・・琥一君が?」
「そそ。メールはチラ見しただけだけど、電話はたまに折り返しで掛けてるから。そん時に出てくる名前が『冬姫』と『琉夏』だったんだ。んでどんな関係か聞いたら渋い顔で幼馴染と弟って言うからさ。そりゃ、こんなに可愛い幼馴染なら渋るよな」
「ありがとう、ございます」
「ははは!お世辞じゃないぜ?桜井が居なかったら俺がデートに誘いたいくらいだ」
「───それで、私が『琉夏』だと?」
「うん。君が桜井の大事な琉夏ちゃんだろう?」

勘違いも甚だしい彼の発言に、大きく息を吐き出した。
確かに自分は彼の幼馴染で、彼のバイト中に留守電にメッセージを残しているが、琥一の大事な『琉夏』は自分よりもっと彼に近い。
何処から誤解を解こうかと渋い表情で唇に指を当てて思案していれば、背中に何かが覆いかぶさった。

「何してんの?浮気中?」
「は?」
「あれ?彼氏居るの?」
「・・・あんたに何か関係ある?」
「いや俺には関係ないけどさ。桜井の大事な『琉夏』ちゃんに虫が付いてるなんて、桜井も残念だなって思って。ああ、それとも君が『冬姫』くん?」

青年の言葉に、背後から冬姫の肩に顎を乗せ体に腕を回していた琉夏が、なんとも微妙な表情をして顔を覗き込んできた。
その気持ちがよく判る冬姫は、同じように微妙な表情で肩を竦める。
それだけで琉夏は何となく状況が悟れたらしく、眉根をぎゅっと寄せた。

「確かに『琉夏』はコウにとって大事だろうけど」
「何とも言い難い感じでしょ?」
「うん。他人に面と向かって言われるとちょっと複雑」
「はは。もしかして照れてる?」
「そうとも言う」

赤くなった琉夏が、隠すように冬姫の肩口に顔を埋める。
だが色素が薄い琉夏の肌は紅潮を隠すのには向いてなく、耳まで真っ赤だった。

冬姫に甘えるように顔を摺り寄せる琉夏の頭に、ごんと拳が落とされる。
彼の体越しに衝撃が伝わり、思わずよろけた冬姫の腕を、第三者が掴んで支えた。
力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細な力で触れる相手に心当たりがあるので、驚かずに身を任す。
冬姫と琉夏の二人分の体重を受けてもビクともしなかった人物は、低い声で不機嫌に唸った。

「何してやがんだ、ルカ」
「痛いよコウ」
「年がら年中発情してんじゃねえぞ。───お前もしっかり抵抗しろ!ルカはこんなでも一応男だ」
「・・・そんなに怒らないでよ、琥一君」
「お前が何回注意しても理解しねぇから怒ってんだよ、俺は」
「───折角お弁当届けに来たのに怒られちゃったね、冬姫」
「うん。お腹を空かせた琥一君のために来たのにね、琉夏君」
「え!?」

きっと意識して名前を告げたのだろう琉夏に合わせ、冬姫もわざとらしく眉を寄せて彼に同調した。
すると先ほどの琥一の『ルカ』の呼びかけに、まさかと言わんばかりに顔を引きつらせていた青年は、震える指を持ち上げる。

「もしかして・・・『琉夏』ちゃん?」
「ソウデース」
「『冬姫』くん?」
「そうですね」

頷いた二人に、益々彼は顔を歪める。
これくらいで罪悪感を感じるなら、やはり彼は善良な青年なのだろう。
ただ一人話題について行けない琥一が、何で先輩がお前らの名前呼んでんだ?と首を傾げる。
そんな彼を傍目に、琉夏と目を合わせて小さく微笑みを交わした。



どうやら琥一は予想以上に琉夏と冬姫を気にかけていると気が付いた、ある夏の日の蝉が鳴く中での出来事だった。

拍手[13回]

「私がいき遅れたら絶対に二人の所為だ」


今は懐かしい体育座りで琥一のベッドを占拠する冬姫に、琉夏は目を瞬かせる。
困ったように頭を掻いて助けを求める兄の視線に、こてり、と首を傾げた。

高校卒業後三年間住処にしていたWestBeachを引き払ったのは今年の四月。
実家に戻った兄弟二人は、現在は各々の道を歩きつつもよくお互いの部屋を行き来する。
そして身内以外で唯一彼ら二人の部屋を自由に出入り出来る特権を持つ女性が、現在琉夏の唯一の兄を参らせているらしい。
基本的に琥一の眉を情けなく下げれるのは冬姫くらいなものだ。
両親公認で兄弟の片思いの相手と認識されてる冬姫は、ある意味桜井家の権力者で同時に父母のお気に入りだった。
どれ位気に入られているかというと、部屋の主が居ようが居まいが部屋の中に案内された挙句お茶菓子まで用意されるくらい気に入られている。
琉夏としては疲れて帰ってきた先で待ち受ける冬姫は誕生日に贈られるプレゼントに等しく、琥一にとってはお化け屋敷で受け取るびっくり箱と同じ感覚らしい。

だが勝手に部屋に入られたとしても、これほど琥一が困っている姿を見たのは初めてだ。
もしかしたら、健全な男なら必ず持っているバイブルでも見つかったのかもしれない。

「・・・何、ニヤニヤ笑ってやがんだ」
「べっつにー?」
「別にっつー顔じゃねぇだろ。お前、こいつなんとかしろ」
「へ?コウのバイブルが見つかったんじゃないの?」
「バイブル?」
「健全な男なら持ってるあれだよ」
「───っ!?アホ!こいつの言葉聞いてなかったのか!『二人の所為だ』っつってたろうが!!」

普段なら照れずにする遣り取りだが、間に冬姫が居るのを意識してか琥一の顔が赤くなる。
勢いよく頭を叩かれ、衝撃で視界がぶれた。
結構な痛みに頭を押さえてしゃがみ込んだ琉夏の背中を、さらに足蹴にしつつ琥一が口を開く。

「家に帰ったらこいつがベッドを占拠しててよ。もうかれこれ一時間ずっとこんな感じだ」
「ずるい、コウ。据え膳じゃん」
「お前の頭にはそれしかないのか!」

踏まれていた背中の圧力が増し、ぐえっと変な声が漏れた。
男として到って普通の思考だと思うが彼の気に召さなかったらしい。
散々踏みつけられた後しゃがみ込んだ琥一が、内緒話をするような距離で耳に囁きかける。

「おい、ルカ。理由を聞き出せ」
「え?一時間もあんな状態なのに、コウ何も聞いてないの?」
「・・・ウルセー。何か言ったら泣きそうで、下手に聞けなかったんだよ」
「・・・・・・」

ヘタレ、という文字が脳裏で点滅したが、兄の沽券に触るだろうと心の内に収める。
代わりに肩を竦めると、体育座りした膝に頭を埋める冬姫へと近づくと、ベッドに足を掛け隣に並んだ。

「おい、ルカ」

威嚇するように声を上げた琥一を無視すると、頭を冬姫に預ける。
ふわっと甘い香がして、癒されるなぁと口元が緩んだ。

「ね、冬姫。どうしたの?」
「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だ」

くぐもった声が聞こえる。
聞き取り辛いが泣いてるわけではなさそうなので、琉夏は話を続けることにした。

「どうしてそんなこと言うんだ?」
「───今日、大学で告白された」
「何!!」

話を促した琉夏より先に反応した琥一は、いきり立ってベッドまでの距離を詰めると琉夏とは反対隣に座る。
眉間に皺がくっきりと寄せられて、その表情は現役時代と何も変わらない。
一般人が見たら尻尾を巻いて逃げ出す顔だが、その余裕のなさを笑う気は琉夏にはなかった。

「誰?」
「え?」
「誰に告白されたんだ?」
「大学の、同級生。学科は別だけど、友達が私と同じゼミを取ってるんだって」
「どんな男だ?」
「───覚えてない」
「覚えてない?」
「あんまり、見た目は印象に残らない感じの人だった」

冬姫の言葉は残酷だ。
告白した相手からすれば、付き合いたいと思えるくらい好いていたのに、彼女の中には覚えておく価値がないと言ってるのと同然だった。
けれどその冷たさを滲ませる言葉に安堵する琉夏が居る。
そしてきっと、琥一も同じ気持ちだ。

先ほどまできりきりと釣り上がっていた眉は、気が緩んだとばかりに普段通りに戻っている。
琉夏の視線に気づくと気まずそうに頭を掻いて視線を逸らした。

「見た目が印象に残らなかったけど、言葉は印象に残った」
「・・・何て言ったの?」
「私、理想が高すぎるんだって。『お前みたいにお高くとまった女、絶対にいき遅れるね。見た目だけじゃん』って言われた」
「んだとぉ?」
「冬姫。そいつ、何処に居るんだ?俺がお前に土下座させてやる」
「俺が、じゃなく俺らが、だ」

冬姫の見た目しか見てなかったくせに、その男はなんて暴言を吐くのだろう。
一瞬で沸点を超えた怒りに、目の前が真っ白になる。
幼馴染を傷つけられた怒りで、琥一も犬歯を剥き出しにして物騒な顔で嗤った。
今にも盗んだバイクで駆け抜けそうだ。
そうなったら琉夏も便乗させてもらおう。
密かに決めて唇を噛むと、ついっと服の裾が引っ張られた。

「仕返し、しなくていいから」
「・・・・・・」
「琉夏君と琥一君が張り合うほど、いい男じゃなかったよ」
「・・・そうかよ」
「うん。だから、あんな男と対等にならないで」
「判った。冬姫がそう言うなら」

立ち掛けていた腰をもう一度ベッドへ据える。
掴まれた裾はそのままだ。
琥一も同じ状態らしく、無碍に振り払えないらしい。
居心地悪そうに腰を落ち着けた。

「私って見た目だけ?」
「ううん。俺は冬姫の見た目も好きだけど、中身がもっと好き」
「私ってお高くとまってる?」
「いいや。んなら俺たちと付き合いが続いてねぇだろ」
「───やっぱり、私がいき遅れるたら二人の所為だ」

服を掴んでいた手が離れ、二人の手をきゅっと握った。
男と比べると遥かに弱い力だが、縋りつくようなそれを振り払う気にはならない。
壊さないよう気をつけて握り返せば、漸く冬姫の顔が上がった。

少しだけ目元が赤く、その姿に胸が締め付けられる。
ここに来る前に泣いていたのかもしれない。
まだ見ぬ男に苛立ちを募らせると、同じ心境の琥一が苛立たしげに舌打した。

そんな琉夏と琥一を交互に見ると、冬姫は一つため息を吐く。
そしてゆっくりと、花が綻ぶように綺麗な微笑みを見せた。

「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だよ。───だって、私の理想って二人が基準だもの」



構える間もなく落とされた核爆弾に、意味を理解した男二人が、瞬く間に顔を赤らめたのは一拍置いてすぐだった。

拍手[26回]

「おーい。マネージャー」

廊下側にある開け放たれた窓から身を乗り出して呼びかける。
クラスメイトであり嵐が引き込んだ同士でもある少女は、机に向かっていた顔を上げると、きょろきょろと視線を彷徨わせてから嵐へと焦点を合わせた。
少し癖のある柔らかな髪が日に梳ける。
窓側から三列目、嵐の席の斜め後ろが彼女の座席だ。

長い睫毛に彩られた黒目がちの瞳を向ける彼女へと歩を進め、自分の椅子を引き寄せ座る。
通行人の邪魔かとも思ったが、それぞれ好きなことをしているクラスメイトは、まだグループでおしゃべり中だったので問題ないと判断した。
ちらり、と冬姫の机の上に置いてあったものに目を走らせ小さく微笑む。
『柔道入門』と書かれた本を手に持った冬姫の鞄の中に、他にも数冊図書館や嵐が貸した本が仕舞われているのを知っていた。
ドクログマの書かれたファイルに、それらの本の内容を自分なりにまとめてルーズリーフで止めている冬姫には本当に頭が下がる。
そして同時に、自分の目は節穴じゃなかったと口元が自然と緩む。
当たり前に努力できるこの少女を、嵐はとても気に入っていた。

「どうしたの嵐くん」
「今日の部活、体育館で筋トレにしようかと思ってさ。その相談」
「体育館か。晴れてるのに?」
「あれ?お前天気予報見てないのか?今日は午後から雨だぞ」
「嘘!?私傘持ってきてない」
「そうなのか?じゃあ置き傘は」
「・・・ない」

肩を落とす冬姫に嵐も眉を下げる。
部活の練習はしたいが濡れ鼠になって帰れとはとても言えない。
いざとなれば自分の傘を貸し出そうかと思案してると、何を思いついたのか、彼女はぽんと手を打った。

「今日って火曜だよね?」
「ああ」
「なら大丈夫かも」

にこにこと微笑んだ冬姫は、失礼と断ると携帯を取り出した。

「何してんだ?」
「幼馴染にメールしてるの。もしかしたら傘持ってるかもしれないから」
「ふーん?」
「あ、返信着た。やった、傘持ってるって!・・・嵐くん、今日の練習メンバー増えてもいい?」
「え?別にいいけど・・・でも、筋トレしかしないぞ?」
「大丈夫、大丈夫。筋トレで十分だよ」

ぱちり、と片手で携帯を閉じた冬姫に、嵐は首を傾げる。
彼女の幼馴染は一体部活中に何をするのだろうか。
そもそもこんな華奢な少女の幼馴染は、筋トレを見ていて楽しいのだろうか。
よく判らなかったが、それでも冬姫が良いと言っているなら良いのかと納得した嵐は、部活が始まる前に姿を現した『幼馴染』の正体に驚愕する羽目になる。

嵐が想像したよりもずっと大きく、がっしりとした体格と固い筋肉を持ち合わせた目つきの悪い色黒の『幼馴染』は、予想と違って男であった。

拍手[14回]

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