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真夏の太陽の暑さに負けて、琉夏はぐったりと体を傾ける。
三人で遊びに来たボーリングはとても楽しかったが、それ以上に体力を消費した。
別に琉夏は体力値が少ないわけではないが、暑さが苦手だった。
生まれた環境が影響しているのかもしれない。
外に出た瞬間どっと吹き出る汗をぐいっと拭う。
少し長めの髪が鬱陶しく、小さく舌打ちをした。
三人分のお金を託された琥一が会計を担っているが、まだ暫く出て来そうにない。
やはりもう少し待てばよかったと、早計に外に出た自分の浅知恵を怨んだが今更戻るのも億劫だった。
隣にいる冬姫が、眩しい日差しを避けるように手を翳して太陽を見る。
大きな瞳が眇められ、ぷくりと美味しそうな唇から『あつい』と漏れた。
その言葉に少し笑う。
一切汗を掻いてなく涼しげに見えても、やはり冬姫も暑いらしい。
今日はプリントTシャツにショートパンツと涼しげな格好だが、風も吹いていなければむしろ肌を露出させた分だけ暑いのかもしれない。
すらりと伸びる白く長い足と存在を主張する胸に視線を留める男を睨み払ってから、所有を主張するように腕を伸ばして背中に覆い被さった。
「暑い」
「・・・私も暑い。琉夏君が抱きつくから余計に暑くなった」
「でも、髪を結んでるから俺よりも涼しそうに見える」
「髪?・・・ああ、そうか。琉夏君結構長いもんねえ」
腕の中に素直に納まったままの冬姫は、首を上げて下から琉夏の顔を覗きこむと眉を寄せた。
唇に手を当て思案すると、にこり、と徐に微笑む。
無防備な笑顔に内心で怯んでいると、するりと腕の中から逃げられ唇を尖らせた。
だがそんな琉夏の気持ちなど気にせず近くにあったベンチに向かった彼女は、ここに座ってと指を指す。
そして鞄を探るとワンポイントの小花がついたゴムと櫛を手にとってにこりと微笑んだ。
それを見て冬姫が何をしたいか察した琉夏は、促されるままにベンチに座る。
待ち構えていた小さな手が、するりと自分の髪へと手を通し擽ったさに首を竦めた。
「動かないの」
「はーい」
器用に動く手は手早く琉夏の髪を纏めていく。
「・・・おい。何してんだ」
「あ、琥一くん。おかえりー」
「おう。んで?人に会計を任せたお前らは往来の中何してんだ?」
「琉夏君が暑い暑いって言うから髪を結んでるの。・・・ほら、出来た」
「・・・・・」
背後の会話の後、琥一が無言になった。
首筋は先程より随分と涼しくなり、首だけ向けておかえりと笑うと、何処か複雑な表情で眉を寄せる。
「お前、それはねぇだろう」
「え?そう?可愛くない?」
「コイツ、一応男子高校生だぞ?それなのに小花のついたヘアゴムって」
「えー?いいじゃん。俺には似合ってるでしょ」
「似合ってるから微妙なんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔でうんざりと呟く琥一に、冬姫と顔を見合わせるとくすくすと笑う。
「でもこれ冬姫とおそろいだし」
「あぁん?」
低い声で唸った琥一が冬姫を見る。
きっと視線の先にはこれと色違いの花柄のゴムが映っているだろう。
琥一は人の外見には些か鈍い部分があるので、きっと気づかなかったに違いない。
「サンキュ、冬姫」
「どういたしまして」
涼しくなったのとお揃いの品で自分を飾っているのとが合わさり上機嫌になった琉夏は、元気良くベンチから立ち上がった。
こちらを鋭い眼差しで見詰める琥一にも、へらりと笑いかける。
帰るまでに、この存外に独占欲が強い兄の言をかわし、ヘアゴムを手に入れる理由を作らなきゃと脳をフル回転させた。
三人で遊びに来たボーリングはとても楽しかったが、それ以上に体力を消費した。
別に琉夏は体力値が少ないわけではないが、暑さが苦手だった。
生まれた環境が影響しているのかもしれない。
外に出た瞬間どっと吹き出る汗をぐいっと拭う。
少し長めの髪が鬱陶しく、小さく舌打ちをした。
三人分のお金を託された琥一が会計を担っているが、まだ暫く出て来そうにない。
やはりもう少し待てばよかったと、早計に外に出た自分の浅知恵を怨んだが今更戻るのも億劫だった。
隣にいる冬姫が、眩しい日差しを避けるように手を翳して太陽を見る。
大きな瞳が眇められ、ぷくりと美味しそうな唇から『あつい』と漏れた。
その言葉に少し笑う。
一切汗を掻いてなく涼しげに見えても、やはり冬姫も暑いらしい。
今日はプリントTシャツにショートパンツと涼しげな格好だが、風も吹いていなければむしろ肌を露出させた分だけ暑いのかもしれない。
すらりと伸びる白く長い足と存在を主張する胸に視線を留める男を睨み払ってから、所有を主張するように腕を伸ばして背中に覆い被さった。
「暑い」
「・・・私も暑い。琉夏君が抱きつくから余計に暑くなった」
「でも、髪を結んでるから俺よりも涼しそうに見える」
「髪?・・・ああ、そうか。琉夏君結構長いもんねえ」
腕の中に素直に納まったままの冬姫は、首を上げて下から琉夏の顔を覗きこむと眉を寄せた。
唇に手を当て思案すると、にこり、と徐に微笑む。
無防備な笑顔に内心で怯んでいると、するりと腕の中から逃げられ唇を尖らせた。
だがそんな琉夏の気持ちなど気にせず近くにあったベンチに向かった彼女は、ここに座ってと指を指す。
そして鞄を探るとワンポイントの小花がついたゴムと櫛を手にとってにこりと微笑んだ。
それを見て冬姫が何をしたいか察した琉夏は、促されるままにベンチに座る。
待ち構えていた小さな手が、するりと自分の髪へと手を通し擽ったさに首を竦めた。
「動かないの」
「はーい」
器用に動く手は手早く琉夏の髪を纏めていく。
「・・・おい。何してんだ」
「あ、琥一くん。おかえりー」
「おう。んで?人に会計を任せたお前らは往来の中何してんだ?」
「琉夏君が暑い暑いって言うから髪を結んでるの。・・・ほら、出来た」
「・・・・・」
背後の会話の後、琥一が無言になった。
首筋は先程より随分と涼しくなり、首だけ向けておかえりと笑うと、何処か複雑な表情で眉を寄せる。
「お前、それはねぇだろう」
「え?そう?可愛くない?」
「コイツ、一応男子高校生だぞ?それなのに小花のついたヘアゴムって」
「えー?いいじゃん。俺には似合ってるでしょ」
「似合ってるから微妙なんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔でうんざりと呟く琥一に、冬姫と顔を見合わせるとくすくすと笑う。
「でもこれ冬姫とおそろいだし」
「あぁん?」
低い声で唸った琥一が冬姫を見る。
きっと視線の先にはこれと色違いの花柄のゴムが映っているだろう。
琥一は人の外見には些か鈍い部分があるので、きっと気づかなかったに違いない。
「サンキュ、冬姫」
「どういたしまして」
涼しくなったのとお揃いの品で自分を飾っているのとが合わさり上機嫌になった琉夏は、元気良くベンチから立ち上がった。
こちらを鋭い眼差しで見詰める琥一にも、へらりと笑いかける。
帰るまでに、この存外に独占欲が強い兄の言をかわし、ヘアゴムを手に入れる理由を作らなきゃと脳をフル回転させた。
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天気のいい日曜日。
冬姫と二人でゲームセンターで思い切り遊ぶ琉夏は、五勝四引き分け一敗の好成績に満足していた。
もっとも冬姫は琉夏に連れられて来たゲームセンターで初めてコンシューマーの格闘ゲームをプレイしてから、数回通うだけで腕を上げているので油断は出来ない。
だが競り合う楽しみを覚える相手との対戦は心踊るもので、その後もメダルゲームや音ゲーをプレイし、最終的にクレーンゲームへと足を向けた。
「琉夏君」
「ん?」
「あのストラップ欲しい」
服の裾をくいくいと引っ張った冬姫を見れば、白く細い指で何かを指差していた。
今日の冬姫の服装はガーリックなもので、ワンポイントのカチューシャがとても可愛らしい。
ワイルドな服装も難なく着こなすくせに、その時の艶やかな様子を微塵も感じさせず、どころか守ってあげたくなる庇護欲をそそる姿だ。
暫しじっと見詰め、それから指差す方向へ視線を向けた。
そこにはピンクと白と黒の兔のストラップ。
ピンクはリボンをして、白はスカーフ、黒はチェーンのネックレスと中々のお洒落さんだ。
「あの三匹?」
「そう。取れる?」
「当然」
一回では無理だろうが何回かに分ければ簡単だ。
ぺろりと唇を舌で舐め上げ、早速コインを投入する。
「あれ、三匹とも取れたらさ」
「ん」
「三人で携帯につけようね」
誰と言われなくとも冬姫の告げる三人目が誰か琉夏は知っていた。
脳裏を過ぎる男の影が、渋い顔でそれを受け取る姿を思い浮かべくくっと小さく笑う。
嫌そうに眉間に皺を刻んだ三人目である琥一は、迷惑だと言いながらも結局これを受け取ってしまうのだろう。
そして何だかんだ言って琉夏と冬姫に甘いあの男は、渋々妥協してくれると想像がつく。
きっと琉夏の発案なら呆気なく却下されるだろうが、自分で思っているより遥かに冬姫に甘い琥一は彼女の訴えを無碍に出来るはずがない。
硬派な琥一の携帯に、黒い兔のストラップ。
想像するだけでこみ上げる笑いを抑えるのに一苦労だ。
程なくして三つ取れたストラップに、冬姫が嬉しそうに微笑んだ。
それに釣られて琉夏も嬉しげに微笑み返すと、彼女をもっと喜ばせる案が一つ浮かんだ。
「なぁ、冬姫」
「ん?」
「今からガソリンスタンドに行って、それ押し付けてこないか?」
悪戯っぽく笑って告げれば、瞳を丸くした冬姫もすぐさま同じような笑みを返した。
公衆の面前で愛らしいストラップを手渡された琥一のリアクションを思い浮かべ、二人はバイクにまたがった。
冬姫と二人でゲームセンターで思い切り遊ぶ琉夏は、五勝四引き分け一敗の好成績に満足していた。
もっとも冬姫は琉夏に連れられて来たゲームセンターで初めてコンシューマーの格闘ゲームをプレイしてから、数回通うだけで腕を上げているので油断は出来ない。
だが競り合う楽しみを覚える相手との対戦は心踊るもので、その後もメダルゲームや音ゲーをプレイし、最終的にクレーンゲームへと足を向けた。
「琉夏君」
「ん?」
「あのストラップ欲しい」
服の裾をくいくいと引っ張った冬姫を見れば、白く細い指で何かを指差していた。
今日の冬姫の服装はガーリックなもので、ワンポイントのカチューシャがとても可愛らしい。
ワイルドな服装も難なく着こなすくせに、その時の艶やかな様子を微塵も感じさせず、どころか守ってあげたくなる庇護欲をそそる姿だ。
暫しじっと見詰め、それから指差す方向へ視線を向けた。
そこにはピンクと白と黒の兔のストラップ。
ピンクはリボンをして、白はスカーフ、黒はチェーンのネックレスと中々のお洒落さんだ。
「あの三匹?」
「そう。取れる?」
「当然」
一回では無理だろうが何回かに分ければ簡単だ。
ぺろりと唇を舌で舐め上げ、早速コインを投入する。
「あれ、三匹とも取れたらさ」
「ん」
「三人で携帯につけようね」
誰と言われなくとも冬姫の告げる三人目が誰か琉夏は知っていた。
脳裏を過ぎる男の影が、渋い顔でそれを受け取る姿を思い浮かべくくっと小さく笑う。
嫌そうに眉間に皺を刻んだ三人目である琥一は、迷惑だと言いながらも結局これを受け取ってしまうのだろう。
そして何だかんだ言って琉夏と冬姫に甘いあの男は、渋々妥協してくれると想像がつく。
きっと琉夏の発案なら呆気なく却下されるだろうが、自分で思っているより遥かに冬姫に甘い琥一は彼女の訴えを無碍に出来るはずがない。
硬派な琥一の携帯に、黒い兔のストラップ。
想像するだけでこみ上げる笑いを抑えるのに一苦労だ。
程なくして三つ取れたストラップに、冬姫が嬉しそうに微笑んだ。
それに釣られて琉夏も嬉しげに微笑み返すと、彼女をもっと喜ばせる案が一つ浮かんだ。
「なぁ、冬姫」
「ん?」
「今からガソリンスタンドに行って、それ押し付けてこないか?」
悪戯っぽく笑って告げれば、瞳を丸くした冬姫もすぐさま同じような笑みを返した。
公衆の面前で愛らしいストラップを手渡された琥一のリアクションを思い浮かべ、二人はバイクにまたがった。
「琉夏君」
「うん」
並んで歩く男女を一歩下がった場所で眺める。
思えば昔から少し控えたこの場所が琥一の居場所だった。
夕暮れの帰り道。
どこか物悲しさを感じさせる景色を眺め、話の尽きない二人の後をゆっくりと追いかける。
昼間の伝言を正確に伝えたらしい冬姫が帰り支度をしていた琥一に特攻してきたのは予想の範囲内だったが、その後に続いて彼女と同じように弟も特攻をかけて来た。
曰く『冬姫だけなんてずるい』だそうだ。
一見すると琥一に甘えたように見えるが、その瞳は明確に別の意思を持って光っていた。
弟が自覚しているかどうかは甚だ疑問だが、彼の瞳に込められた意味はきっと理解できている。
琉夏は昔から何物にも執着しなかった。
人であれ物であれ、いつかなくなると最初から諦めるように寂しげな瞳で笑っているのが常だった。
だがそんな琉夏の唯一の例外が彼の隣に居る少女の存在だ。
普通なら仲良くなるはずもない位置にあったのに、偶然知り合った冬姫に初めて執着らしきものを琉夏は見せた。
『・・・信じる?』
瞼を閉じればいつかの教会での会話が思い出される。
信じると問いかけたのは、彼女に向けたものだったのだろうか。
それとも自分自身への問いかけだったのだろうか。
今更聞いても琉夏は教えてくれないだろうが、時々ふと思い出す。
この茜色に染まった景色が郷愁を強めるのかもしれない。
「・・・コウ?」
気がつけば前を向いて歩いていた二人がこちらを振り返りじっと見ていた。
きょとり、と整った顔で疑問符を浮かべる姿は子供の頃から変わらない。
冬姫も琉夏も、まるで何も変わらなかった昔のようだ。
懐かしさに、つい目元を綻ばすと、二人は目を丸めて顔を見合わせた。
「冬姫」
「うん」
「コウが壊れた」
「うん」
ぼしょぼしょと聞こえるように内緒話を始めた二人に、先ほどまでの胸が詰まるくらいの寂寥感があっという間に去っていく。
ぎゅっと拳を握り締めると、意識して凄みのある笑顔を浮かべた。
「スポンサーを怒らせたらどうなるか。判ってねぇみてえだな、お前らは」
怒りに満ちた声に、もう一度顔を見合わせた二人は首を竦めて小さく笑った。
そして視線だけで会話をすると、二人同時に走り出す。
無駄に意思疎通が出来る二人に、待て!と態と声を上げて走り出した。
すぐには追いつかないように、ちゃんとスピードを加減して。
きゃあきゃあと子供みたいに走る二人の後を追いかける。
彼らの背中越しに見えた夕日が眩しくて、じっとり眉を寄せ目を眇めた。
一日が、もう終わる。
「うん」
並んで歩く男女を一歩下がった場所で眺める。
思えば昔から少し控えたこの場所が琥一の居場所だった。
夕暮れの帰り道。
どこか物悲しさを感じさせる景色を眺め、話の尽きない二人の後をゆっくりと追いかける。
昼間の伝言を正確に伝えたらしい冬姫が帰り支度をしていた琥一に特攻してきたのは予想の範囲内だったが、その後に続いて彼女と同じように弟も特攻をかけて来た。
曰く『冬姫だけなんてずるい』だそうだ。
一見すると琥一に甘えたように見えるが、その瞳は明確に別の意思を持って光っていた。
弟が自覚しているかどうかは甚だ疑問だが、彼の瞳に込められた意味はきっと理解できている。
琉夏は昔から何物にも執着しなかった。
人であれ物であれ、いつかなくなると最初から諦めるように寂しげな瞳で笑っているのが常だった。
だがそんな琉夏の唯一の例外が彼の隣に居る少女の存在だ。
普通なら仲良くなるはずもない位置にあったのに、偶然知り合った冬姫に初めて執着らしきものを琉夏は見せた。
『・・・信じる?』
瞼を閉じればいつかの教会での会話が思い出される。
信じると問いかけたのは、彼女に向けたものだったのだろうか。
それとも自分自身への問いかけだったのだろうか。
今更聞いても琉夏は教えてくれないだろうが、時々ふと思い出す。
この茜色に染まった景色が郷愁を強めるのかもしれない。
「・・・コウ?」
気がつけば前を向いて歩いていた二人がこちらを振り返りじっと見ていた。
きょとり、と整った顔で疑問符を浮かべる姿は子供の頃から変わらない。
冬姫も琉夏も、まるで何も変わらなかった昔のようだ。
懐かしさに、つい目元を綻ばすと、二人は目を丸めて顔を見合わせた。
「冬姫」
「うん」
「コウが壊れた」
「うん」
ぼしょぼしょと聞こえるように内緒話を始めた二人に、先ほどまでの胸が詰まるくらいの寂寥感があっという間に去っていく。
ぎゅっと拳を握り締めると、意識して凄みのある笑顔を浮かべた。
「スポンサーを怒らせたらどうなるか。判ってねぇみてえだな、お前らは」
怒りに満ちた声に、もう一度顔を見合わせた二人は首を竦めて小さく笑った。
そして視線だけで会話をすると、二人同時に走り出す。
無駄に意思疎通が出来る二人に、待て!と態と声を上げて走り出した。
すぐには追いつかないように、ちゃんとスピードを加減して。
きゃあきゃあと子供みたいに走る二人の後を追いかける。
彼らの背中越しに見えた夕日が眩しくて、じっとり眉を寄せ目を眇めた。
一日が、もう終わる。
「あ」
「え?」
唐突に声を上げた友人に、みよは目を瞬かせる。
何か面白いものでも見つけたのだろうか。
悪戯っぽい笑みを浮かべた冬姫は、ちょっと行って来るとみよに声を掛け走り出した。
廊下を走るなど学年主任に見つかれば注意される内容だが、タイミングよく彼はいない。
突拍子なく何をするのかと見物していれば、間もなく彼女の目的が何か判った。
「───桜井琥一」
自分の持つ頭の中の情報ノートを捲らなくとも誰か判る有名人物だ。
むしろ桜井兄弟と言えばこの学校で知らない人物の方が少ないだろう。
物騒な噂が付きまとい本人達もそれを否定しない。
それでも弟の方は朗らかな性格で男女ともに人気が高いが、今見つけた兄はそうではなかった筈だ。
一体何をするのだろうと最近出来たばかりの友人の動向を見守っていれば。
「とう!」
「おわ!!?」
気の抜ける掛け声と同時に飛び上がった冬姫のチョップが脳天に決まり、突然の衝撃に琥一は呆気なくバランスを崩した。
まさか学校内で、それも廊下の真ん中で強襲を受けると思っていなかっただろうに、彼は無様にこけることなく何とか耐えた。
そして殺気立った眼差しでギロリと振り返り自分の視線の先に何もないのに気づくと一つため息を吐き視線を下げた。
(───あぶない)
桜井琥一は危険な人。
何故唐突に友人が彼に攻撃を仕掛けたのか判らないが、彼は無邪気な悪戯を笑って流すタイプではない。
むしろ見知らぬ人間にいきなりあれをやられたら余程心が広い人物でも眉を顰めるだろう。
心が広くない人物であれば、言わずもがなである。
出来たばかりの友人を想い、恐怖に震える体を動かす。
頭の何処かが違和感を訴えたがそれを強引にねじ伏せた。
「バン・・・」
「おい、お前」
「っ!?」
琥一の手が冬姫の頭を掴む。
そのまま握りつぶされてしまうのではないかと身を硬くした時、みよの想像外のことが起こった。
「いきなり何しやがるんだ!」
「きゃー!」
悲鳴が上がる。
いや、それは悲鳴というより、奇声に近いかもしれない。
親に漸く構ってもらった子供が喜びで上げる声に近く、まさかと思いながら目を瞬かせた。
よくよく見てみれば琥一の掌は冬姫の頭を握っているのではなく、置いてあるだけで、わしゃわしゃと乱暴に振られる手の動きにあわせ華奢な少女の首は揺れているが痛めつけようとするものではなかった。
くしゃくしゃになる髪を押さえた冬姫の表情は見えないが、雰囲気はとても親しげで柔らかくすらある。
一体何が起こっているか判らない。
それはみよだけでなく、廊下で光景を眺めていた他の見物人にも共通する想いだろう。
「もう!酷いよ、琥一君!髪がぐしゃぐしゃ!」
「くくくっ・・・この俺にチョップしてこれだけで済んだんだ。ありがたく思え」
「レディーに対してする態度じゃないよ」
「そもそもチョップ自体がレディーのすることじゃねぇ」
テンポ良く繰り出される会話は、彼らの親密度を言外に語っている。
片や見た目も麗しく成績優秀な冬姫。
片や見た目は強面、近所の不良からも恐れられる琥一。
どうみても彼らに共通点はないのに、周りの視線すら気にしないでじゃれあう姿は仲の良い兄妹のようだ。
「んで、何か用だったのか?」
「あ、そうだ。さっきね、琉夏君からの伝言を受けたの」
「何て」
「今日の晩御飯、ホットケーキがいいって」
「───ふざけるなって伝えとけ」
「ええー」
「今日の帰り、サテンで奢るから」
「任せといて」
素早い変わり身だわ、と冬姫の単純さに内心で拍手を送る。
頷いた彼女の頭を最後にぽんぽんと撫でると、琥一は踵を返した。
「約束、忘れちゃだめだよ」
「リョーカイ」
ひらひらと手を振り去っていく琥一を見送ると、再びぱたぱたと駆け足でみよの元に戻ってきた冬姫は何もなかったようにお待たせと微笑んだ。
その笑顔はいつもと変わらず大変に魅力的であったが、今のみよにはそれ以上に魅力的なことがあった。
「ねぇ」
「ん?」
「桜井琥一とどういう関係なの?」
みよの情報ノートに新たな一ページが書き込まれるのは、もう確定していた。
「え?」
唐突に声を上げた友人に、みよは目を瞬かせる。
何か面白いものでも見つけたのだろうか。
悪戯っぽい笑みを浮かべた冬姫は、ちょっと行って来るとみよに声を掛け走り出した。
廊下を走るなど学年主任に見つかれば注意される内容だが、タイミングよく彼はいない。
突拍子なく何をするのかと見物していれば、間もなく彼女の目的が何か判った。
「───桜井琥一」
自分の持つ頭の中の情報ノートを捲らなくとも誰か判る有名人物だ。
むしろ桜井兄弟と言えばこの学校で知らない人物の方が少ないだろう。
物騒な噂が付きまとい本人達もそれを否定しない。
それでも弟の方は朗らかな性格で男女ともに人気が高いが、今見つけた兄はそうではなかった筈だ。
一体何をするのだろうと最近出来たばかりの友人の動向を見守っていれば。
「とう!」
「おわ!!?」
気の抜ける掛け声と同時に飛び上がった冬姫のチョップが脳天に決まり、突然の衝撃に琥一は呆気なくバランスを崩した。
まさか学校内で、それも廊下の真ん中で強襲を受けると思っていなかっただろうに、彼は無様にこけることなく何とか耐えた。
そして殺気立った眼差しでギロリと振り返り自分の視線の先に何もないのに気づくと一つため息を吐き視線を下げた。
(───あぶない)
桜井琥一は危険な人。
何故唐突に友人が彼に攻撃を仕掛けたのか判らないが、彼は無邪気な悪戯を笑って流すタイプではない。
むしろ見知らぬ人間にいきなりあれをやられたら余程心が広い人物でも眉を顰めるだろう。
心が広くない人物であれば、言わずもがなである。
出来たばかりの友人を想い、恐怖に震える体を動かす。
頭の何処かが違和感を訴えたがそれを強引にねじ伏せた。
「バン・・・」
「おい、お前」
「っ!?」
琥一の手が冬姫の頭を掴む。
そのまま握りつぶされてしまうのではないかと身を硬くした時、みよの想像外のことが起こった。
「いきなり何しやがるんだ!」
「きゃー!」
悲鳴が上がる。
いや、それは悲鳴というより、奇声に近いかもしれない。
親に漸く構ってもらった子供が喜びで上げる声に近く、まさかと思いながら目を瞬かせた。
よくよく見てみれば琥一の掌は冬姫の頭を握っているのではなく、置いてあるだけで、わしゃわしゃと乱暴に振られる手の動きにあわせ華奢な少女の首は揺れているが痛めつけようとするものではなかった。
くしゃくしゃになる髪を押さえた冬姫の表情は見えないが、雰囲気はとても親しげで柔らかくすらある。
一体何が起こっているか判らない。
それはみよだけでなく、廊下で光景を眺めていた他の見物人にも共通する想いだろう。
「もう!酷いよ、琥一君!髪がぐしゃぐしゃ!」
「くくくっ・・・この俺にチョップしてこれだけで済んだんだ。ありがたく思え」
「レディーに対してする態度じゃないよ」
「そもそもチョップ自体がレディーのすることじゃねぇ」
テンポ良く繰り出される会話は、彼らの親密度を言外に語っている。
片や見た目も麗しく成績優秀な冬姫。
片や見た目は強面、近所の不良からも恐れられる琥一。
どうみても彼らに共通点はないのに、周りの視線すら気にしないでじゃれあう姿は仲の良い兄妹のようだ。
「んで、何か用だったのか?」
「あ、そうだ。さっきね、琉夏君からの伝言を受けたの」
「何て」
「今日の晩御飯、ホットケーキがいいって」
「───ふざけるなって伝えとけ」
「ええー」
「今日の帰り、サテンで奢るから」
「任せといて」
素早い変わり身だわ、と冬姫の単純さに内心で拍手を送る。
頷いた彼女の頭を最後にぽんぽんと撫でると、琥一は踵を返した。
「約束、忘れちゃだめだよ」
「リョーカイ」
ひらひらと手を振り去っていく琥一を見送ると、再びぱたぱたと駆け足でみよの元に戻ってきた冬姫は何もなかったようにお待たせと微笑んだ。
その笑顔はいつもと変わらず大変に魅力的であったが、今のみよにはそれ以上に魅力的なことがあった。
「ねぇ」
「ん?」
「桜井琥一とどういう関係なの?」
みよの情報ノートに新たな一ページが書き込まれるのは、もう確定していた。
心底困ったと眉尻を下げる珍しい兄の表情に、琉夏はこてりと首を傾げる。
時間は昼放課を少し過ぎたばかりの麗らかな午後。
本来なら授業真っ只中の時間帯に、彼は屋上で佇んでいた。
「何してるんだ、コウ?」
琉夏の声に弾かれたように顔を上げた琥一は、決まり悪そうに視線を逸らす。
鋭く舌打ちされたが、残念ながら淡く染まった目元が剣呑さを台無しにしていた。
もっとも、他の輩ならともかく長年付き合っている琉夏は今更琥一のこうした態度にびびることはない。
無造作に歩いて距離を詰めるともう一度同じ問いを繰り返した。
すると渋々ながら顔を上げた琥一は、重い唇を漸く開く。
「見て判んねぇのか」
「───いや、寝てる冬姫に肩を貸してるのは判るんだけど」
「なら、聞く事はねぇだろうが」
照れ隠しで不機嫌そうな表情になった琥一は、眠る少女に気を使い小さな声で話している。
しかも律儀にも日よけの役目をしていて、顔に日差しが直にかからぬよう掌まで翳していた。
さすがお兄ちゃん気質。気が利くなと感心していると、かいがいしい母猫のような彼は、ぼそぼそと話し出した。
「こいつ、昨日寝てねぇんだと」
「夜更かししたの?何で?」
「そんなの俺が知るわけねぇだろう。そもそも理由を聞く前に勝手に寝やがった」
「嫌ならどければいいのに」
「俺が退いたらコンクリートに頭をぶつけるだろうが」
憮然として訴える琥一は本当にお人よしだ。
見た目は怖いが中身は優しい。
外見ではなく内面で人を見る人物は、自分でなく琥一へと流れる。
それは当たり前だが少し寂しい。
彼の膝の上で眠る少女に、そんな打算はないと理解しているのに溢れる寂寥感はどうしようもない。
それに琥一の優しさは誰にでも発揮されるわけではない。
冬姫だからこそ下手に振り払うことも出来ず、強面の奥で混乱している内に好きにされてしまったのだろう。
マイペースな彼女は琥一のペースを乱すのが得意だから。
くすり、と小さく笑うと琉夏は二人へと近づく。
冬姫を挟んで反対側に座ると、眠る少女の肩に首を預けた。
少々無理のある体制だが、眠ろうとして眠れないほどでもない。
「おい、ルカ。冬姫が起きる」
「大丈夫だよ、コウ。冬姫は寝ると決めたら起きるときまで寝てるから」
不思議な言い回しだがこれは明確に少女の特色を現している。
冬姫は寝つきがよく、眠ると決めたら余程のことがない限り目を覚まさない。
かといって寝起きが悪いわけではなく、自分が起きると決めている次官になると自然に目を覚ました。
「俺も少し寝る。冬姫が起きたら起こして」
瞼を閉じれば段々と眠気が募ってきて、くあっと小さく欠伸をした。
頬を擽る風も麗らかな、五月のある日の出来事だった。
時間は昼放課を少し過ぎたばかりの麗らかな午後。
本来なら授業真っ只中の時間帯に、彼は屋上で佇んでいた。
「何してるんだ、コウ?」
琉夏の声に弾かれたように顔を上げた琥一は、決まり悪そうに視線を逸らす。
鋭く舌打ちされたが、残念ながら淡く染まった目元が剣呑さを台無しにしていた。
もっとも、他の輩ならともかく長年付き合っている琉夏は今更琥一のこうした態度にびびることはない。
無造作に歩いて距離を詰めるともう一度同じ問いを繰り返した。
すると渋々ながら顔を上げた琥一は、重い唇を漸く開く。
「見て判んねぇのか」
「───いや、寝てる冬姫に肩を貸してるのは判るんだけど」
「なら、聞く事はねぇだろうが」
照れ隠しで不機嫌そうな表情になった琥一は、眠る少女に気を使い小さな声で話している。
しかも律儀にも日よけの役目をしていて、顔に日差しが直にかからぬよう掌まで翳していた。
さすがお兄ちゃん気質。気が利くなと感心していると、かいがいしい母猫のような彼は、ぼそぼそと話し出した。
「こいつ、昨日寝てねぇんだと」
「夜更かししたの?何で?」
「そんなの俺が知るわけねぇだろう。そもそも理由を聞く前に勝手に寝やがった」
「嫌ならどければいいのに」
「俺が退いたらコンクリートに頭をぶつけるだろうが」
憮然として訴える琥一は本当にお人よしだ。
見た目は怖いが中身は優しい。
外見ではなく内面で人を見る人物は、自分でなく琥一へと流れる。
それは当たり前だが少し寂しい。
彼の膝の上で眠る少女に、そんな打算はないと理解しているのに溢れる寂寥感はどうしようもない。
それに琥一の優しさは誰にでも発揮されるわけではない。
冬姫だからこそ下手に振り払うことも出来ず、強面の奥で混乱している内に好きにされてしまったのだろう。
マイペースな彼女は琥一のペースを乱すのが得意だから。
くすり、と小さく笑うと琉夏は二人へと近づく。
冬姫を挟んで反対側に座ると、眠る少女の肩に首を預けた。
少々無理のある体制だが、眠ろうとして眠れないほどでもない。
「おい、ルカ。冬姫が起きる」
「大丈夫だよ、コウ。冬姫は寝ると決めたら起きるときまで寝てるから」
不思議な言い回しだがこれは明確に少女の特色を現している。
冬姫は寝つきがよく、眠ると決めたら余程のことがない限り目を覚まさない。
かといって寝起きが悪いわけではなく、自分が起きると決めている次官になると自然に目を覚ました。
「俺も少し寝る。冬姫が起きたら起こして」
瞼を閉じれば段々と眠気が募ってきて、くあっと小さく欠伸をした。
頬を擽る風も麗らかな、五月のある日の出来事だった。
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