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アルバイトから家に帰った琥一は、疲れた体を引きずり疲れたため息を吐き出した。
腹が減り料理を作りたいのに、何故か冷蔵庫の前で火花を散らす二人組みに肩が落ちる。
それは稀に見る珍しい光景だが、体力値が減っている琥一の気力すらも奪った。

「・・・絶対に俺は譲らない」
「別に譲ってくれなくていいよ」

吐息すら触れそうなくらい顔を近づけた二人の顔は剣呑なもの。
だがその雰囲気は子供の喧嘩と同じで真剣にいがみ合っているのとは違う。
長年の兄としての目で判断すると、がしがしと頭を掻く。

彼女と琉夏が喧嘩する頻度は決して少なくない。
否、それは喧嘩と言えない位程度の低い言い合いだが、普段から互いが互いの傍に居るのを当たり前と思っている節がある彼らがいがみ合うのを見ると、毎度琥一は不思議な気持ちになった。
琥一では冬姫と喧嘩にならない。どころか、基本いがみ合いもない。
きっとそれは琥一が強く言えば冬姫が一歩引くからだろうし、冬姫が言い募れば琥一が引くからだろう。
遠慮しているつもりはないが、琥一は冬姫に強く出れない。
その理由を、深く考えたくはないけれど、きっと琉夏と同じように後くされない喧嘩は出来ないだろう。

ちらり、と視線をやれば、子犬みたいにきゃんきゃんと喚く二人組み。
眉間の皺を指先で揉み解すと対等に怒鳴りあう彼らの間に入った。

「うるせぇんだよ、お前らは。今度は一体なんだ?」
「聞いてよ、コウ。俺はチューペットは林檎味がいいのに、冬姫は葡萄が食べたいって言うんだ!」
「だからもういいって言ってるじゃない。半分にしてサランラップ掛ければ明日も食べれるもん」
「半分こにしたら一本食べれるし、買うときの約束だった!」
「約束したけど、喧嘩してまで半分こしたくない!」

下らない。
全くもって下らない。
普段のシュールな弟と、優等生な幼馴染はどこへ消えた。
どちらかと言えば淡々とした気質をしているくせに、こんな下らないことで言い争わないで欲しい。

とりあえず拳を固めてがつんと落とす。
もちろん、喧嘩両成敗。冬姫の音が軽いのは女性相手だからだ。

「痛い、コウ」
「酷いよ琥一君」
「痛いのも酷いのもお前らだ。俺は仕事帰りで疲れてんだよ。飯食いたいんだよ。んなくだらねぇことで一々言い争ってんな!」
『・・・ごめんなさい』

琥一の言葉に顔を見合わせた二人は、情けなく眉を下げ頭を下げる。
謝罪に心が篭っていたが、それを無視して冷凍庫へと手をかけた。

「ん」
「え?」
「食うんだろ?俺は暑いから一本分食う。林檎と葡萄、半分に折れ」
「・・・コウ」

ぱぁ、と顔を輝かせる琉夏と冬姫に、仕方ないと息を吐く。
彼らの仲裁に入れるのは、琥一だけなのだ。
今泣いたカラスがもう笑ったと言いたくなるくらい顔を綻ばせた二人は、器用に半分に折ると揃って尻尾が付いている方を琥一へと差し出した。

「お疲れ様、琥一君」
「晩飯、俺と冬姫で準備してあるから。温めるから、座って待ってて」

半分を口に咥えたまま冷蔵庫を開ける琉夏に、琥一の背中を押す冬姫。
促されるままに移動しながら、琥一は苦笑した。

昨日見た冷蔵庫の中身を考えると、きっと買いだしに行っていたのだろう。
琉夏はともかく、冬姫は料理の腕も中々のものだ。
琥一よりも繊細な料理は手が込んでおり腹にも溜まる。
きっとその時にアイスも買ってきたに違いない。

先ほどまで喧嘩してたのを忘れたように、息の合ったチームプレイで料理を旬部する二人は本当に仲がいい。
葡萄味のアイスに齧り付き、丁度いい酸味に目を細める。
本当はあの二人は尻尾付きを好んでいるのに、躊躇いなく琥一へ差し出す可愛らしさに小さく笑う。

きっとこれを食べ終わるまでに料理は並んでいるのだろう。
腹時計がぐうぐうと主張し、もうちょっとだけ待ってろと言い聞かせるように呟いた。

拍手[14回]

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初めて女を家に連れて帰った。
少なくとも琥一が物心ついてから自発的に連れてきたのは初めてのはずだ。

「あらあらあらあら、まあまあまあまあ」

両頬に手を当て微かに頬を紅潮させた母親に、苦虫を噛み潰す。
琉夏と琥一の間に挟まれた冬姫は、大きな黒目がちの瞳をきょとりと彼女に向けた。
ちなみに今日の彼女の服装は白いワンピースに麦藁帽子。細い肩紐の右側に黒のリボンが縫い付けられたその装いは、以前母親に見せられた名作らしいアニメに登場した高原の少女。
琉夏は母親の変貌にこてりと首を傾げ不思議そうにしているが、彼より長い付き合いがある琥一は彼女の心が手に取るように見えた。

「何て可愛いのかしら」

ほう、と吐息混じりに呟くと冬姫の手を取り家の中へと招く。
戸惑うように二人を見た彼女に、食われないから大丈夫だと嘯けば頭を一つ殴られた。
痛む箇所を押さえ蹲っている間にとっとと彼女は拉致される。

「・・・母さんどうしたの?」

普段と些か様子の違う母親の姿に首を傾げたままの琉夏に、琥一は教えてやった。

「母さんはな、女の子が欲しいんだ」

それも、冬姫みたいないかにも可愛らしい女の子が。
うんざりと呟けば、琉夏もそう言えばと相槌を打った。

「母さん、可愛い子が好きだもんね」
「・・・ああ」

言葉を交わしながら慣れた様子で靴を脱ぐとそのままリビングへと入る。
絨毯の敷かれた床の上でクッションに座る冬姫は、行儀良く姿勢を正し正座していた。
その姿に蕩けるような微笑みを浮かべた母親は、お盆片手にすぐさま奥続きになっているキッチンから顔を覗かす。

今日友人を連れて行くのは告げていたので、きっちりと三人分用意されたケーキと四人分のコップにオレンジジュース。
勘のいい琥一は気づいてしまった。
この母親が自分たちに混じる気満々であるのに。

嫌そうな顔をしている琥一に気づかないはずないのに、さっさと冬姫の隣にと腰掛けた彼女は琉夏と琥一も座らせた。
そしていただきますと手を合わせケーキを口に運んだ冬姫に、爆弾を投下した。

「それで冬姫ちゃんはどっちが好きなの?」

飲んでいたオレンジジュースを思い切りよく噴出すと、隣にいた琉夏が嫌そうに眉を顰める。
それでも差し出されたティッシュで口元を拭うと、布巾で机を拭いた。

「どっちが?」
「そうよ。琥一と琉夏、どっちが好き?」
「・・・二人とも大好きです」

幾度か目を瞬きした冬姫は、当然の如くそう告げる。
それに内心で盛大に胸を撫で下ろした琥一は、隣に座る弟が少しも取り乱していないのに驚いた。
彼女に対し人並みはずれた独占欲を有する彼なら、絶対に自分を好きだろうと主張するかと思ったのに。

困ったように眉を下げた母親は、さらに追撃の手を進めた。

「んー・・・そういう意味じゃなくてね。どちらのお嫁さんになりたいの?っていう意味よ」

先程より噛み砕いたつもりらしい母親の言葉に、琥一は顔を赤く染めた。
怒りと羞恥が理由だが、口を挟むことも出来ないのは、彼女がどう応えるか気になったからだ。
息を詰めて待っていると、琉夏を見て、それから琥一を見た冬姫は、ふわりと満面の笑みを浮かべる。
愛くるしい笑顔にぼうっと見惚れると、母親が笑ったのが視界の端に映り慌てて顔を逸らした。

「冬姫は俺のお嫁さんになるんだ。ね、冬姫」
「うん」
「あら。琥一の負けか。やっぱりね」

断言した琉夏と冬姫、そして母親の言葉に密かに傷つきながら唇を噛み締める。
だがそれも長く続かなかった。

「それでコウくんとも結婚するの」
「俺たち三人でずっと一緒なんだ」
「・・・・・・あらあら」

驚きと喜びで息が詰まり思わず顔を上げるとこちらを見ていた二人と目が合う。
嬉しそうに笑う彼らに嘘はなく、胸に暖かな想いがこみ上げた。
だから。

「ね、コウくん」
「ずっと一緒だよな」
「・・・ああ」

照れくささを押さえ込み、何とかかんとか返事をする。
また顔が熱くなり赤面してるのが判るが、止められないから仕方ない。




思わず微笑んでしまいたくなる可愛らしい風景を見ながら、彼らの母親は苦笑した。

「これは将来苦労するわね」

息子は二人。彼女は一人。
子供である今は折り合いがつけれても、大人になれば違うだろう。
だがそれでも、今はこのままでいいのかもしれない。

初めて見せる穏やかで優しげな表情を少女に向ける息子達に、こうして大人になっていくのねと彼女は少しだけ感傷的に思った。

拍手[9回]

うはうはとだらしない笑い声が漏れそうになり慌てて両手で口を塞ぐ。
だが噛んでも殺してもだらしない笑みは絶え間なくあがり、結局制御するのを諦め欲望のままに手を伸ばした。

「もっふもふー」
「あー・・・天国だよな。マジパねぇ」
「全くだ」

そう、ここは天国だった。
肉球と毛皮で装備した彼らをハーレム状に囲うことが出来る、『わんにゃん動物園』。
そこは犬猫大好き人間には限りなく天国に近い場所だ。
柔らかな毛皮を持つゴールデンレトリバーに顔を埋めて息を吐く。
近くに居る二人も同じように陶酔に浸っているのだろう。
声が普段よりゆったりとして何処か浮ついていた。

「幸せだねぇ」
「ああ、幸せだ」
「本当に幸せー」

今回一緒に動物園へと足を伸ばした二人、嵐と旬平は冬姫と同類の人間であった。
すなわちとんでもなく動物好き。
ゆるゆるに緩んだ頬と、よーしよしよしとわしゃわしゃ犬の頭を掻き混ぜる仕草は酷似してるに違いない。
嵐はカーリーコーテッド・レトリーバーのくるくるに巻いた黒毛に顔を摺り寄せているし、旬平はにやけた顔で膝の上のパピヨンの耳元をくりくりと掻いている。

和む。この場所は本当に天国だ。

「やっぱり、動物園はいいよね」
「うんうん。俺、動物園大好き」
「アルパカも面白いしな。不思議動物、ぶさ可愛い」

部活中はきびきびと掛けられる声も、場の雰囲気でゆったりとしている。
獣が休憩中に手足を伸ばしだらりと体を崩しているのと似ているかもしれない。
否、大分違うか。
纏まらない思考は目の前の可愛すぎる天使の所為だ。

普段休日に三人で出かける時は大体幼馴染二人が多いが、極稀に目の前で寛いでいる二人とも出かける。
部活が終わった後に世間話から流れる時もあれば、三人の内の誰かが態々言い出すこともあった。
二年続けて同じクラスの嵐と冬姫が教室で柔道雑誌を読みながら約束する場合もあれば、二人で遊んでいた嵐と旬平が冬姫を呼び出す場合もあるし、廊下で声を掛けられた旬平と冬姫が盛り上がり嵐を誘うときもある。
今回は部活前に三人で話していたところで、旬平から動物園の新しい施設の話が上がり、じゃあ三人で行ってみようと相成った。

動物園に初めて三人で来たときの感動は忘れない。
それより前に幼馴染と来たときのクールな反応があったので、余計にそうかもしれない。
嵐は淡々とした表情でありながら目を輝かせていたし、旬平はくるくるよく変わる表情で百面相に忙しかった。
動物好きの人間は動物好きに気を許しやすい。
故に動物園へは以来必ずこの二人と来るようにしている。

「今度の柔道の試合で勝てたらさ、奮発して撮影会しない?」
「あの子犬たちとも写真が取れるっていう奴?」
「そうそう。んで動物園の象やキリンとも写真を撮ろう」
「それ、いいな。今日はカメラないし、ご褒美方式だと一層やる気が出る」
「でしょ?」

もふもふに癒されながら提案するとすぐさま賛同の声が上がる。

のんびりと過ごした休日に、たまにはこんな日も良いと目を細めた。
服は毛だらけになったが、それ以上の充足感に三人の緩んだ頬は中々戻らなかった。

拍手[7回]

体の一点に篭った熱を発散したく、代わりに暑い息を吐く。
しかしながら新たに吸い込んだ冷たい空気も体内に取り込まれたと同時に熱に変わり、琥一はじとりと眉を寄せた。
楽しそうに笑って目元を赤く染め上げた冬姫が、琥一の上から顔を覗き込む。
今にも吐息が触れそうな距離に、頭の奥がくらくらした。

「大丈夫だよ、琥一君。私がしてあげるから」

甘ったるい、語尾にハートでもついてるんじゃないかと思える声。
鼓動を早めた心臓を押さえきれず、堪え切れなくてその白く細い腕を掴んだ。
琥一の手で掴むと一回りしても尚余る華奢な体つきは、それでもふわりと柔らかい。

「この、悪魔めがっ」

みっともないだろうが赤く染まった顔を隠す余裕もなく、琥一は目の前の可憐な女に吐き捨てた。




「いい加減観念しなよ」

琥一の部屋で我が物顔でベッドに横掛けになった冬姫が顔を覗きこんでくる。
肩を少し超える髪が琥一の顔に掛かり擽ったいのと、距離の近さに眉間にぎゅっと皺を寄せた。
今部屋に親が入ってきたら、喜び勇んで勘違いするだろう。
何もしていない自分に向かい、責任を取れと嬉々として命じるに違いない。
実際に襲われているように見えるのが琥一だとしても、責められるのは絶対に自分だ。

ここぞとばかりに輝かしい笑顔を見せる冬姫が憎たらしい。
それを可愛いと思ってしまう自分は色々な意味で末期だ。
ちくしょう、と小さく呟くと、何か言ったと鼻先をつままれた。

「この、不義理者が」
「何言ってるの。義理堅いからここにいるんじゃない」
「何処がだ。お前本当は俺が嫌いだろ。絶対そうに違いねぇ」
「どうしたの、琥一君。そんなわけないじゃない」

目を丸くして驚きを表現した冬姫をきりきりと睨み付けた。
力が入らない腕を気力で持ち上げ髪を指先だけで握る。
一層近くなった距離に緊張しないのは、もう色々と麻痺しているからだろう。

「なら、どうして。熱を出した俺の見舞い品が座薬なんつーとんでもないもんなんだよ!!」

低く掠れた声で精一杯の力で叫べば、当然に咳き込み涙目になった。
ひゅーひゅーと荒い呼吸を繰り返すこと、白い手が宥めるように髪をかき上げた。
うっすら瞳を開ければ心配そうに眉根を寄せた女の姿。
心動かされそうになったが忘れてはならない。
この女は見舞いの品に『座薬』をセレクトする女だ。

緩みがちな警戒心を必死で締めなおし、視線に力を篭めると心外そうに肩を竦めて額に浮いた汗を拭いだす。

「言っておくけど、これは琥一君のお母さんに頼まれたから買ってきたんだよ」
「おふくろが?」
「そう。病院もいや、薬もいや。なら最終手段に訴えるわよって」
「・・・おふくろが?」
「そう」

さらに低く掠れた声に、自分でもこんな声が出せるのかと驚きつつ、自身の母親への不信感が猛烈に高まる。
よりによって身内以外にそんなものを頼むものか。
しかしながらそれ以前に気になる事が出来た。

「どうしておふくろがお前に連絡するんだよ」
「この間携帯のメール覚えたいからってアドレス交換したの。毎日メールしてるよ」
「メル友かよ」
「うん」

苦々しく突っ込めばあっさり肯定された。
自分の母親と幼馴染が仲がいいのは知っていたが、ここまでとは知らなかった。
だがよくよく考えれば、フリーパスに近い状態で桜井家に出入りしている冬姫だ。
晩御飯を一緒に作っている姿も何度か見かけていたし、父親もでれでれとその姿を見ていた。
思い出せば、母は息子ではなく娘が欲しかったと言ってなかったか。
その内普通に二人で遊びに出かけそうだと今から頭が痛くなる。

「あんまり心配かけたら駄目だよ」
「・・・・・・」
「幾ら薬の苦いのや注射の針が苦手でも、我慢しなきゃ」
「!?お前、それ誰に・・・っ」
「あ、やっぱそうなんだ。意外な弱点だね」

しまったと瞼をきつく閉じる。
頭痛が酷くて閉じた瞼の裏がちかちかと白く光った。

カマをかけられたのも癪だが、よりにもよって冬姫にばれるなどとは。
世界で誰よりも格好つけたい相手なのに、なんと情けない。
ちなみに世界で二番目に格好つけていたい相手は、シュールな弟だ。
弟も油断ならない勘の持ち主だが、彼女とて大差ないと忘れていた自分が迂闊だった。

「座薬なんていくらなんでもおかしすぎるしね。おば様も気づいてると思うよ」
「・・・そうかよ」

ならば変なヒントを冬姫に出さず、一生胸に閉まっていてくれればよかったのに。
逆恨みに近い感情が胸の奥から沸きあがる。
だが額に置かれた白い手に意識を戻し、瞼を開ければ苦笑した綺麗な顔が近くにあった。
先ほどまでより緊張しないのは、きっと色々と吹っ飛んでしまったからだろう。
何かする気力も薄く、ただ体の節々が痛み暑さに布団を蹴り上げたかった。

「粉薬が嫌ならオブラート買ってきたよ。これで飲めば苦くないから」
「喉に張り付くから嫌だ」
「座薬がいいの?」
「───・・・・・・飲めばいいんだろ、飲めば!」

力ない目で精一杯睨みつける。
だが悔しい事に相手の上位は変わらず、熱を出したままの体では抵抗もままならないのが現実だった。

「飲めばいいんだよ、飲めば。でもその前におかゆね。食べれそう?」
「いらない」
「判った。じゃあ、冷やして食べさせてあげるね」
「っ、自分で食える!」
「良かった。じゃあ、おば様から貰ってくるから大人しく待っててね。食べれる分だけでいいから、少しでもお腹に入れること。飲み物はスポーツ飲料とお茶どっちがいい?」
「茶」
「了解。いい子で待っててね」

ふわり、と先ほどまでの意地の悪さが何処かに残るものではなく、琥一の好きな無邪気な子供っぽい笑顔。
それに、眉を下げると琥一も苦笑した。

結局のところ、琥一が熱を出したと聞き、大学をサボってまで駆けつけてくれた彼女に喜びが沸かないのではないのだ。
琉夏がバイトで居ない今は彼女を独占できる滅多にないチャンスで、罪悪感を感じないでもないがそれがやっぱり嬉しい。
熱を出した琥一を甲斐甲斐しく甘やかす冬姫にくすぐったさを感じないわけではないが、たまにはそれもいいだろう。

「熱が下がったら」
「ん?」
「二人で、何処か出かけようぜ」

ドアノブに手を掛けた冬姫に言えば、くすくすと彼女は笑った。

「もちろん。だから早く元気になってね」

スカートを揺らして部屋を出て行った彼女を見送ると、布団を顔の上まで被る。
今更ながらに色々とこみ上げてきて、顔がかっかと熱かった。
布団の上を手で探り目的のものを掴むとベッドの隙間に挟み込む。
座薬の件を冗談だと言っていたが、万が一帰ってきた琉夏に知れたらことだ。
琥一を付きっ切りで看病していたと知ったら、あれでいて焼き餅妬きな弟に何をされるかわからない。

早く治って遊びに行きたい気持ちともう少し甘やかされたいと望む気持ち。
どちらが強いか、熱に湯だった頭では判断できなかった。

拍手[10回]

「ねえ、冬姫」
「何、ルカくん」
「大きくなったら、俺のお嫁さんになって」

唐突な弟の爆弾発言に、一緒に遊んでいた琥一はぽかんと口を開けた。
今日最後のかくれんぼが終わって、夕日が沈み始めた帰り道。
いつも通り少女を間に挟んで三人で歩いている最中だった。

今までも琉夏の突拍子が無い行動に幾度か驚かされてきたが、その中でも今日のこれが一番だ。
クラスメイトの中で好きな相手が出来ただの、初恋だのと耳にすることはあっても、まだ自分には関係ないと思っていた。
実際ガキ大将でありながら男に頼られる性質である琥一に何人か相談に来ることはあっても、話を聞いて適当に頷くだけで終わりである。
琥一自身色恋沙汰の話は苦手で、どうにも照れくさくむず痒い。
第一同じ学校の女子について可愛いと思うこともなければ、嫌いじゃないと思う以上の好意も持っていなかった。
そして気づかぬ内に、琉夏もそうだと勝手に思い込んでいた。

自分よりも僅かに低い冬姫の黒目がちの瞳を見つめる琉夏の目は、きらきらと輝いている。
夕日の所為じゃなく頬は僅かに赤く染まり、はにかんだ微笑みを浮かべていた。
そうしていると琉夏は本当に綺麗な男の子で、可愛らしく華奢な冬姫と並べると一対の人形のようだ。
唐突に自分の居場所がない気がして、琥一は顔を俯けた。

胸の中が酷くもやもやとし、今まで感じたことがない消化不良な感覚に戸惑う。
唇を噛み締め顔を俯けた。
ただ、嫌だ、と何に対してかわからない気持ちが心の中で叫んだが、それを言葉にするには少しばかりプライドが高すぎた。

「私が?」
「うん」
「ルカくんのお嫁さん?」
「そう。───いや?」

こくり、と首を傾げて琉夏が冬姫を伺う。
反射的に嫌だと答えそうになった自分を、拳を強く握り締めることで押さえつけた。

冬姫が再び口を開くまで酷く長い時間が経った気がしたが、実際はそうでもなかったらしい。
ふわり、と琥一が知るどの女の子よりも可愛らしく好きだと思える笑顔を浮かべると、琉夏の手をきゅっと握った。

「いいよ」

やはり、という思いと、どうしてだよ、という想いが交差する。
琉夏は冬姫を予てから特別扱いしており、冬姫も琉夏を特別扱いしている。
彼らの間には琥一に知れない絆があり、それすら理解していたのに。
それでも二人に置いていかれた気がして、むっと唇を尖らせた。

「でも」

「コウくんも一緒ね」

ふわり、と左の手が暖かくなる。
視線を向ければ自分よりも随分と白い小さな手がつながれており、一瞬で顔が赤くなった。
気恥ずかしくて仕方ないのに、振り払えないのは冬姫の手だからだろう。
何が起きたか判らなくて、ぱちぱちと瞬きしながら冬姫を見れば、先ほど琉夏に向かっていたのと同じ、愛らしい笑顔と正面からかち合った。
益々顔に熱が集まるのを感じ、金魚のようにぱくぱく口を動かすが、結局何も言葉は出ない。

「私、ルカくんのお嫁さんになる。それで、コウくんのお嫁さんにもなる」
「コウも?」
「そう。それで、三人でずっと一緒に暮らすの。ね、いい考えでしょ?」
「───うん。そうだね。冬姫を独り占めできないのは悔しいけど、それって凄くいいアイディアだ」

冬姫の突拍子も無い言葉に、眉を寄せ難しい顔で考え込んだ琉夏は、それでも結局頷いた。

「コウくんは?」
「あ?」
「コウくんは、私がお嫁さんだと嫌?」

肩を少し超える髪を揺らし、黒目がちの瞳を僅かに潤ませた冬姫が問いかける。
その顔は卑怯だと、心の中で呟いた。
眉を下げてじっと自分を見詰める冬姫のこの表情に琥一は酷く弱い。
それこそ、大抵の無理難題は是と答えてしまうくらいに。

視線をあちこちに彷徨わせ、額に汗を掻きながら琥一が導いた応えは、結局今回も『是』の一言。
耳まで赤くなった琥一と、満足気に頷く琉夏。そして間に冬姫を挟み、三人は手を繋いで家路に着いた。

夕日に照らされた三人の長い影だけが、彼らのやりとりを見守っていた。

拍手[6回]

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