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「あなた、バンビが好きね」

全くの初対面に近しい少女の唐突な発言に、廊下の真ん中に突っ立った琉夏はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
授業の間に教室移動をしている生徒も少なくなく、目の前の少女も両手に抱える生物の教科書から判断するにその内の一人だろう。
ちなみに琉夏は真面目な彼女と違い、今から自主休講の予定だ。
次の時間は苦手な現国。先生には悪いがどうせ教室にいても寝るだけなので、もっと居心地のいい場所へと移動中だった。
その途中、擦れ違うだけのものと思い込んでいた少女の瞳が琉夏を映し、そして冒頭の発言へと到ったのだが。

「・・・誰?」
「バンビの友達よ」
「だから、そのバンビって誰?」
「・・・呆れた。あなた思った以上に他人に興味がないのね」
「そう見える?」
「ええ。バンビと幼馴染って言うなら、私の名前くらい聞いたことがあるはずよ」
「幼馴染」

その一言に琉夏の頭が猛回転する。
間もなく回答が見つかり、にへらと表情を崩した。

「判った。冬姫の『ミーちゃん』だ」
「ちゃん付けで呼ばないで」
「じゃあ、ミーさん?」
「あなた私を馬鹿にしてるの?」

可愛い顔を渋く歪めた少女にこてりと首を傾げて見せた。
琉夏としては一切馬鹿にしたつもりはなく、普段冬姫が呼んでいる名前を挙げただけなのだが、どうやら全くお気に召さなかったらしい。
苛立ちを篭めた眼差しを向けていた少女は、だがやおらため息を一つ吐くと表情を戻す。

「バンビが言った通りね」
「冬姫?俺のこと話してるの?」
「ええ。───聞きたい?」
「うん」

小悪魔的なアルカイックスマイル。
初めて少女の顔をまじまじと見たが、予想以上に整った顔立ちだった。
身長は冬姫よりも頭半分ほど低く、小さく華奢な体つき。
同じ痩身でも運動が好きな冬姫はしなやかな体躯をしてメリハリが利いている。
些か失礼な比較をしているが、幸いにして目の前の少女は読心術までは持ち合わせていなかったらしい。
口の端を僅かに持ち上げて、唇に指を当てる。

「あのね」
「うんうん」
「チャイムが鳴るからまたいつかね」

肩透かしに目を丸くする琉夏を見て、満足した猫みたいに少女は笑った。
近くにある教室の窓から中を覗けば、確かにもうあと数分ほどでチャイムは鳴るかもしれない時間帯だったが、目の前に理科室があるのにそれは些か酷いのではないか。
むっと唇を尖らせると、今まさにドアを潜ろうとしていた少女が振り返った。

「寂しがりで構われたがりな人見知り。───バンビの言葉は当たってるわ」
「え?」
「カレンは私と違って手強いわよ。バンビに持つ感情が違うもの。───あなたのお兄さん、落ち込んでないといいわね」

くすくすと可愛らしく笑った少女は、今度こそ躊躇いなく教室内へ行ってしまった。
それを見送りながら、鳴り響くチャイムを聞くとはなしに耳にする。

「何だったんだ、一体」
「お前こそ、何なんだ。今、授業中だぞ」

疑問符を一杯に飛ばした琉夏の問いかけに応えたのは、背後からの不機嫌な声。
音がしそうなぎこちない動きで振り返れば、そこには良く見知った顔があった。

「大迫ちゃん?」
「よぉ、桜井。ここで何してるか、俺に教えてもらえるか」

笑顔で器用に青筋を浮かべた相手に、琉夏は引きつった笑顔を浮かべる。
おかげで何を考えていたかをすっかりと忘れてしまい、微妙な違和感と放課後の補習だけが残り、琉夏はがくりと肩を落とした。

拍手[10回]

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「言っておくけど」
「あん?」
「貸してあげてるだけだから」

唐突な言葉を心底嫌そうな顔で吐き出した長身のクラスメイトに、琥一はひっそりと眉根を寄せる。
学校でも有名な人間の一人である花椿カレン。
彼女は確かにクラスメイトであったが、話をするほど親しくはなかったはずだ。
疑問ゆえに元々不機嫌に見える顔を尚更歪めつつ琥一はカレンを眺める。

「貸してるだけよ」

渋い琥一の表情をどう読み取ったのか知らないが、カレンはもう一度丁寧に告げる。
それが親切心からではないくらい琥一だって理解できたが、何故彼女が自分に敵愾心を抱くかは理解できなかった。
少なくとも、琥一とカレンはそれほど接点があるとは言い難い。
二年生になって初めて同じクラスになったが、五月を過ぎる今日まで意識して会話したことはなかったし、これからも挨拶か世間話程度をする間柄だと信じていた。
それを態々授業時間の貴重な休憩の間に他のクラスメイトの視線も無視して声をかけてくるなど、正直驚き以外のなにものでもない。
カレンの人気は知っていたが、女の間で騒がれるそれに興味も感心もなかったし、これからもそうだから。
なので折角彼女が言い直してくれたのに、皮肉だということ以外は判らない琥一は、重たい唇を持ち上げた。

「・・・何のことだ」
「バンビのことよ」
「バ・・・?」

有名なネズミの国の住人の一人が頭に浮かび、そんなわけないだろうと首を振る。
少なくともその『バンビ』と琥一は縁がない。むしろ縁があったら絶対に何が何でも隠し通す。
ならば何を指しているのか。
考えに考え、漸く彼女と自分との共通点を見つけた。

「・・・冬姫のことか?」

バンビの愛称に若干引きつつ確認すれば、カレンの柳眉がきりりと上がる。
そう言えば冬姫の話題で彼女と、あともう一人の名前が良く上がるなと思っていたのだ。
下での呼び名に縁がないので、彼女が冬姫の『カレンさん』とはぴんと来なかったが、確かに彼女なのだろう。
女が憧れる女。強そうで案外脆くて繊細。
冬姫の観察によると大好きな親友はガラス細工のような柔な部分を持つらしいが、琥一にはとてもそうは見えない。
腰に手を当てて鋭い眼差しを向けてくる彼女は、まるで憎い恋敵を睨みつけているようだ。
男が相手だったら速攻で因縁をつけているが、カレンはこれでも女だ。更に言えば冬姫の親友で、琥一はどう対処していいか暫し迷う。

「冬姫なんて馴れ馴れしい。バンビと呼びなさい」
「いや、意味が判んねぇから」

琥一がいきなりバンビ呼びを始めたら、シュールな弟と真っ直ぐな幼馴染に頭の中身を心配されるだろう。
そんな屈辱絶対に嫌だ。
なまじ可哀想な何かを見る目がリアルに想像できるだけあって、じっとりと眉間に皺を刻む。

「つかお前何が言いてえんだよ?」

さっぱり要領が得ない遣り取りに、余り長くない堪忍袋にちりちりと灯がともる。
女相手にどうこうする気はないが、席を離れて授業をサボるくらいは簡単だ。
苛立った琥一の言葉を正面から受けたのに、カレンはいやに堂々としていた。
強面を顰める琥一を前にした女にしては、珍しいタイプかもしれない。
少なくとも冬姫の親友を務めるだけあって、度胸だけは据わっているらしい。
離れぬ相手に初めて関心を持ち、じっと見上げる。
すると、琥一の心境の変化を読み取ったのか、カレンは先ほどまでとは違う好戦的な笑みを浮かべた。

「つまり、簡単に言えば宣戦布告よ」
「はぁ?」
「私の可愛いバンビを狼の毒牙にかけさせるつもりはないから。覚えておいて」

唐突な発言に目を瞬かせる。
いいたいことを言って気が済んだらしいカレンは、授業開始のチャイムに悠々と席に戻っていった。
モデル張りの歩き方を呆然と見送り、彼女の言葉の意味を考える。
そして噛み砕いて意味を理解すると、今までで一番渋い顔をして見せた。

「・・・・・・勘弁しろよ」

一方的に宣戦布告をされた琥一は、教師が入ってくるのを視界に入れながらも机に突っ伏す。
隠していたはずの感情は、どうやら女の勘とやらで見抜かれているらしい。

「・・・本当に、勘弁しろ」

誰にともなくぽつりと呟く。
顔を俯けているので誰にも見られないだろうが、浮かべた表情は複雑で年相応の少年のものだった。
言い当てられたくない、自覚したくない感情を無理やり引っ張り出され目の前に突きつけられるのは気分がいいものではない。
いっそ消してしまいたいと願っているから尚のこと。

『起立』と聞こえる号令に、体を渋々机から引き離す。
結局授業をサボるタイミングも逃したし、精神的ダメージは貯蓄されただけだった。

拍手[10回]

自分にだけ貞節を誓った穴に指を突っ込む。
しっくりとサイズの合うそこに指を絡め、琉夏は口の端を持ち上げた。
滑らかな曲線を描くボディが光に照らされ艶やかに輝く。
適度な重みにゆっくりと腕を曲げ、顔に近くまで持ってきた。

「琉夏、いっきまーす」

気の抜けた声と、それに反する気合で腕を振りかぶる。
時代はダーツからボウリングへと移行していた。



琉夏のイメージした通りの道筋を描いてマイボールが転がっていく。
高校を卒業してすぐに通っていたボーリング場でつい作ってしまったそれだったが、現在は割りと活用されていた。
手に馴染んだ重さに自分のサイズで開けられた穴。
別にマイボールでなくともそこそこ点数は稼げるのだが、やはり専用となると調子は上がる。
悔しげに唇を噛み締める冬姫と、不機嫌そうに眉間に皺を刻み込む琥一というギャラリーが居れば尚更だ。
ハンデありの対戦だが冬姫が首位を奪取する回数は少なく、琥一も僅かに及ばずという感じで勝負が続いていた。
ちなみに現在戦績は十一試合七勝一敗三分けだ。自分で言うのもなんだが、結構好調で愉しすぎる。
前回のダーツ対決は琥一が無残な敗北に喫して終えたので、もしかしたらボウリングも琉夏を派手に嵌める作戦で来るかと警戒していたが、今のところそれもなかった。
前回の琥一みたいなお色気攻撃ならいつでも来いと意気込んでいるのだが、ボウリング場では前方に立つのは無理だしついでにギャラリーも多すぎる。
そんな中で過保護な琥一が琉夏と同じ作戦に出るとは考えられなかった。
少しばかり残念だが、勝利に犠牲はつきものかと斜め上方向で納得する。
どうせ心の中の会話には誰も突っ込んだりしないだろう。

そうこうしている間に、あっという間に第八フレームへと突入する。
前回の優勝者が最後に投げる自分たちルールに乗っ取って、冬姫から最初にアプローチ場所へ立った。
最近めきめきと腕を上げている冬姫は、意外にもストライクとスペアで点を伸ばした。
琥一は一ピン残しでガーターだが、それでも十分に逆転の範囲内だ。
今のところ琉夏がトップだが油断は許されない状態だ。もっともこのギリギリのラインが楽しい。純粋に混じり気なく。
中学時代に愉しんだ危うさを含んだ享楽ではなく、子供っぽい無邪気な楽しさは数年前から琉夏のお気に入りだ。


「・・・これ、決められちゃうと不味くない琥一君」
「だな。俺らこれで何連敗だ?」
「四連敗。・・・どうする?」
「仕方ねぇ、やるか」
「了解」

ぼそぼそと聞こえてくる会話に、自然と唇が緩む。
やはり彼らには腹芸は向いていない。そこが愛しくある二人だけれど。

さて、何をするのやらと考えながら、ゆっくりとフォームを整える。
一歩二歩と歩を進め、腕を後ろに振り上げる。
その瞬間。

「ルカくん、だいすき」

たどたどしい口調で告げられた台詞は、決して大きくなかったのにするりと耳に辿り着く。
まるで子供時代を髣髴とさせる普段より少し高めの声に、体は正直に反応した。

「あ!?」

ボールは指からすっぽ抜け、マナー違反も著しい音を立ててガーターへ。
だがそれを視線で見送りつつも、琉夏は固まった姿勢から動けない。

「おしっ、成功だな」
「さすが琥一君!琉夏くんのこと良く判ってるね」
「当たり前だ。あいつは正面切っての色仕掛けは喜ぶだけだからな。動揺させるなら気を衒わねぇと」
「琥一君はストレートに弱かったけどね」
「っ!うるせぇ!」

背後で流れる緊張感のない会話を一切振り返らず、琉夏はその場でしゃがみ込む。
顔を両手で覆ったがその熱さに自分でもびっくりだ。
髪から覗く耳まで真っ赤に違いない。下手をしたらタンクトップから覗く腕も首もかもしれない。
恥ずかしくて胸が苦しくて仕方ない。
何だろう、何ていえば良いのか・・・ああ、そうだ。
今なら照れくささに悶え死んでしまいそうだ。
胸がきゅっと締め付けられて、甘酸っぱい感情で走り出してしまいたい。

「───今日は、覚悟しなきゃ駄目かも」


ガーターを連発させる作戦を考えているらしい二人に、振り回されるのかと財布の中身を計算する。
今日のところはむず痒くなる幼馴染のささやきに振り回されてあげようと、彼らに見えないようにへにゃりと表情を崩した。
レコーダー代わりに携帯で代用できないかと、頭の中で算段をたてるところが琉夏らしい部分だろう。

拍手[7回]

細い腕、白い肌。
琉夏よりも更に小さい華奢な体に、反比例した大きな目。
その子は人形みたいな愛くるしい顔なのに、見た目よりも遙かに厳しい性格をしているらしい。
三人揃って初めて一緒に遊びに来た公園で、早々に絡まれた琉夏を勇ましく助けに入った冬姫に、琥一は頭を抱えたくなった。

「やめてっていってるでしょ!」

きりりと眉を吊り上げた冬姫は、ふわふわのワンピースの腰元に手を当てて怒りに頬を染める。
背後に庇われた琉夏はぽかんと口を開け、いきなり目の前に割り込まれた悪がきどもも似たり寄ったりの間抜け面。
それはそうだろう。
琉夏も大概な女顔だが、それ以前に冬姫はれっきとした女だ。
しかもかなり可愛い部類に入り、見た目だけなら大人しそうな儚い雰囲気すらある。
その美少女が生んだばかりの子を背に庇う母犬さながら(昔一度だけ見たが、それはもう怖かった)、歯をむき出さんばかりに怒っているのだ。
可愛い顔は怒ると妙な迫力があり何となく近寄り難い。
その迫力に、冬姫よりも上背のある男たちはたじたじだ。
そしてよくよく見てみれば、冬姫と琉夏に絡んでいる男たちは、クラスメイトだったりした。

はぁ、と一つため息を落とす。
冬姫に悪気がないのは判るが、あれは男の立場を理解していない。
どんな男だって、惚れた女に庇われるなんて真っ平御免だ。
付け加えるなら、琉夏は見た目以上にプライドが高い。
面倒ごとになる前に間に入った方がいいかと、琥一は苛立ちで目を細めながら険を篭める。
クラスメイトの馬鹿どもとやりあうのは慣れていたし、今更複数相手でも負ける気はなかった。
自分の可愛い弟と妹に手を出したのだ。覚悟くらいはして貰わないと割に合わない。
しかし。

「きゃっ!」

琥一が冬姫の勢いに押され行動を起こすのが遅れたために、運悪く手を上げた男の腕が冬姫の顔に当たった。
華奢な体では踏ん張りが利かず、為す術もなく砂場へ崩れ落ちる。
背中から落ちる前に慌てて間に入った琉夏が辛うじて抱きとめたが、白いまろやかな頬が真っ赤になっていた。
それを見た瞬間、琥一の頭の中が怒りで真っ白になる。
───あの馬鹿は、自分の目の前で、一体何をしてくれた?
拳を握り駆けだそうとした瞬間。

「あやまれ」
「・・・え?」
「冬姫に謝れって言ってるんだ!何、女に手を出してんだよ!殴りたいなら、俺を殴れば良いだろ!!ふざけるな!」

初めて聞いた怒声が、公園中を震わせた。
進もうとした足が思わず止まる。
その怒声の主は、あのいつもへらへらして怒りを流す琉夏が発したものだったから。
苛められても殴られても、抵抗一つしないで笑っていた琉夏のものだったから。

空気が凍ったようになり、弾けるように一人が踵を返せば、釣られて他の面々も転がるように走り出す。
冬姫を抱いているから追いかけこそしなかったが、彼らを追う琉夏の眼差しから怒気が拭われることはない。
始めて見る本気の怒りは、先ほどの冬姫の比でなく怖かった。

公園から駆け抜けた背中が消えるのを待って、心配そうに琉夏は冬姫を覗き込む。
その顔は自分が知るいつもの弟のもので、体から力が抜けそうになった。

「ごめん、冬姫。大丈夫?」
「こんなの掠り傷だよ。ルカくんこそ大丈夫だった?」
「うん。冬姫が、庇ってくれたから。・・・俺、格好悪いな」
「どうして?」
「だって、俺、女に庇ってもらった」
「・・・それ、『さべつはつげん』って言うんだよ」
「?」
「ルカくんだって私を助けてくれたじゃない」
「───それは、でも。お前、顔赤くなってるし。俺の所為だ」
「違うよ。ルカくんのおかげでこれだけで済んだんだよ。ルカくん、凄く格好よかったもん」
「俺が、格好いい?」
「うん。私を抱きしめて悪者に怒鳴ってくれたじゃない。王子様みたいだった」
「───王子様か。・・・どうせなら、ヒーローが良いな」
「正義の味方の?」
「そう。お前専用。どう?」
「ふふふ。じゃあ、コウくんより強くならないとね」
「どうして?」
「だって今はコウくんが私達のヒーローだもの」
「・・・そっか。そうだな。じゃあ、俺も強くなる」
「うん。ルカくんは強くなる」

へへへ、と頬を赤くしたままの冬姫が微笑めば、照れたように琉夏も笑った。
まるでテレビ画面の奥で放映されているヒーローと同じで、この場所から伸ばしても琥一の手は彼らに届かない気がした。

拍手[6回]

静かに集中し、ただ一点を見詰める。
狙うは中心。そこに固く尖った先端を突き刺せば琥一の勝利だ。
ちらり、と視線をやれば悔しそうに黒目がちの瞳を潤ませた冬姫が、琥一をじっと睨み上げていた。
恨めしそうな、拗ねたような眼差しを送るが、彼女に抵抗する術はない。
何と愉しい状況なのだろう。
知らず知らず口角がゆるりと持ち上がれば、小動物みたいにびくりと体を小さく震わせた。

「悪いな。俺の勝ちだ」

しかしながら勝利を確信し狙い定め投擲したダーツの矢は、狙いよりやや左にそれたがまずまずの場所に突き刺さった。

「よしっ!」
「やったね、琉夏君!」

琥一の狙いが僅かに甘かったことに、琉夏と冬姫は歓声を上げて手を打ち鳴らす。
随分な反応だと思ったが、まぁそれも仕方ないと余裕の表情で考えた。

三人の中で最近密かにブームのダーツ。
そのままするんじゃ面白くないと賭けを始めたのはいつからだったか。ああ、確か二ヶ月ほど前だ。
発端はいつも通り琉夏で、『今日勝った奴が夕食のメニューを決めて敗者二人は勝者にご飯を奢る』と提案したのだが、これがまた中々にいいアイディアだった。
元々冬姫も琉夏も琥一もダーツの腕はほぼ平行線なのだが、最近特についてるらしい琥一が今日で五連勝をかけていた。
先回は焼肉、前々回はステーキ、その前はアメリカンハンバーグと肉が一日おきくらいで続いている。
悔しそうに胸焼けを起こしながらも肉を平らげる二人を見るのは結構愉しい。
むきになった二人から勝負を挑まれるのにも慣れたし、その上で勝利するときの快感といったらない。

「お前ら、言っとくが俺にはもう一回チャンスがあるんだぜ?」
「ふふん。大丈夫。今日は秘策があるんだよな、冬姫」
「うん。もう私達は負けないもんね。それで勝ったらデザートバイキングに繰り出すんだもんね」
「くくくっ・・・俺に勝ったらデザートバイキングだろうが、ケーキバイキングだろうが何処にでも付き合ってやるよ」
「言ったな?その台詞、覚えておけよ」
「そうそう。後で泣き事言っても遅いからね」

にたり、と性質の悪い顔で二人は笑みを交わす。
何か企んでいるのは丸判りだったが、敢えて無視を通すことにした。
所詮は負け犬の遠吠えだ。

HIGHSCOREのゲームを自分たちルールに改変したのだが、連続投擲は琥一に合っていたらしい。
集中力は持続しすいすいと的に当たる。
今日勝ったら肉屋のカレーにしようかと肉食獣らしいことを考えながら構えに入った。
するとその瞬間、すすす、と冬姫が進み出て琥一の視界に入る場所に移動する。
余程暴騰しなければ矢は当たらないだろうが、一体なんだ?と訝しげに眉を顰める。
だがそれでも何をするわけでもなかったので、当たるなよ、と一言忠告を設けてから再び構えに入った。
曲げた腕を伸ばすイメージで投擲フォームへと入ろうとしたその瞬間。


「お色気アタック」


気の抜けた声と共に、冬姫がスカートの裾をチラリと捲り上げた。


「!!!?」


声ならぬ声が悲鳴となって迸る。
今日の冬姫の格好は、琉夏好みのガーリックな女の子らしい衣装だ。
女の服の種類など判らぬ琥一から見ても、一見すると大人しそうな清楚なイメージが浮かぶ可愛らしい格好。
そのいかにも可愛らしいフレアスカートを、よりにもよって腿の辺りまでたくし上げたのだ。
目を僅かに伏せた妖艶な眼差しに、ちろりと唇を舐めた赤い舌。
白い肌が薄暗い照明に艶かしく写り、しらず喉がごくりと鳴った。
ダーツの矢がすっぽ抜けた瞬間に、やられたと悟る。

行く先を見守らずとも大した場所に飛んでいないだろう矢に、頭を抱えて蹲った。
そんな琥一を傍目に、暢気で馬鹿な二人が両手を合わせて勝利!と喜びの声を上げている。
そう言えば、彼らの点数は今日は同点だった。
と言う事は、食べたくもないバイキングに連れて行かれた挙句、琥一が二人分金を払わなければいけない。
最悪だ、と重いため息を吐き出せば、いつの間にか近寄ってきていたシュールな弟が嬉しそうににこりと笑った。

「やーい。コウのスケベ」
「・・・うるせぇ。お前だって同じ立場ならこうなってんだろうが」
「いや、俺はコウみたいに視線は外さない。ガン見する」
「最悪だな」
「健全な男ですから」
「───他の野郎に見られなかったか?」
「当然。見られたら減る」

こくこくと頷く弟に、はあと重いため息を吐き出す。
今日のゲーム代を笑顔で支払いに行った彼女が戻ってきたら、まず説教だ。
それによりどれだけの効果が得られるか判らないが、やらないよりはマシだろう。
否、マシだと信じたい。

疼く下半身を叱咤して立ち上がる。
目に焼きついた鮮烈な白は、当分忘れられそうになかった。

拍手[7回]

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