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目の前に聳え立つ───まさしくそんな形容が似合う───男の姿に、旬平は年甲斐もなく泣きたくなった。
平均身長はきっちりとある旬平よりも頭一つ分は優に高い男は、名前につく獣のように鋭い眼光を向けてくる。
己の運の無さを嘆きたいが、その隙も与えてくれない彼はなんと無慈悲であるか。
思えば今日は朝からツキが良すぎたのだ。
絶対遅刻だとチャイムと同時に教室に駆け込めば、担任は職員会議で遅れてきた。
課題のプリントをやり忘れた授業は自習になり、昼ごはんは購買限定の人気パン。
人生ってプラスマイナスゼロと言うけど、あれは本当なんだ。
真っ白になった頭のどこか冷静な部分で下らない思考が渦巻く。
どこぞのボクシング漫画の主人公のように真っ白な灰になり燃え尽きそうな心持ちで居る彼は、間違いなく今日最高の不幸に見舞われていた。
どうして今日に限ってHR終了と同時に走って部室に来てしまったのか。
どうして今日に限ってあの先輩二人組みはまだ来てないのか。
どうして鍵が閉まってるはずの部室に人がいるのか。
どうしてその相手が、よりにもよって桜井兄弟の、兄なのか。
回転の速い頭をフル稼働させているのに、どうすればいいのか全く判らない。
いっそ灰になってしまいたい。
そんな支離滅裂な考えで居ると、ついに目の前の巨体が動いた。
「おい」
「・・・ははははいぃっ!?」
声が裏返った。
ありえない返答だが気にする余地もなく背筋を伸ばし、指先までピンと張り体の横にびたりとつける。
もしかしたら寝起きなのだろうか。
低音が掠れ色っぽかった。
「テメェ、誰だ」
「一年の新名旬平です!」
答えたらやばいと思う心と裏腹に口は勝手に自己申告。
どうか覚えないで下さいと心から祈りつつ、平伏しそうな勢いで九十度にお辞儀する。
ここまでの最敬礼、今までの人生で早々したことがない。
先日、かの有名な桜井兄弟の幼馴染が冬姫であるのを発見したが、それは旬平にとって嬉しい事実ではなかった。
部室の掃除を手伝ってもらえても、気になる彼女にアタックを掛ける前の弊害として大きすぎる壁である。
そう言えばあの日弟の琉夏は部室の掃除をしていたので旬平の顔を覚えてるかもしれないが、兄の琥一はゴミ捨てへとさっさと踵を返していたので覚えていないのかもしれない。
それならそれで一生擦れ違いたかった。
零れ落ちそうになる涙を噛み殺し旬平はひっそりと息を吐き出した。
「お前、ここで何してる」
「お、俺は」
じとり、と低くなった声に折ったままの体から冷や汗が噴出す。
警戒心露な様子に突っ込みたい。
俺は柔道部員で、あんた部外者だろうと。
だが自分に正直な唇はぴったりとくっつき開く様子を見せない。
どれ位時間が経ったのだろうか。
不意に、空気が揺れ威圧感が霧散した。
何が起こったのかと首を上げると、先ほどまでの威嚇する獣さながら恐ろしい表情をしていた男は、眉を下げ決まり悪そうに首筋を掻いていた。
旬平からすると背後、男からすると正面を極力見ないようにしている姿に、背後に誰かいるのかと考え、直感でそれが誰か判った。
ぱぁ、と思考が明るくなる。
きらきらと目を輝かせ振り返れば、そこには想像通りの人物が居て。
今の旬平には勇者にも等しいその人は、細い腰に手を当ててむんと胸を張っていた。
「冬樹ちゃん!」
「───冬姫『ちゃん』?」
警告するように発せられた低い声。
けれど最早恐れぬに足らずだ。
脱兎の勢いで踵を返すと、冬姫の後ろに回りこみ少女をきゅっと抱きしめた。
正面に居る男を見ないために、瞼は閉じる。
ほうと深く息を吐き出せば、柔らかな掌が宥めるように頭に降って来て、深くにもじわりと目元が潤む。
だが泣かない、だって男の子だもん。
「琥一君。柔道部の部室で何してるの?」
「何って」
「さっき、大迫先生に聞いたんだけど、授業サボったんだってね。まさか、ここで時間を潰したとか言わないよね?」
「あー・・・」
先ほどまで虎か狼かというくらいに物騒な気配を放っていたはずの彼は、牙を抜かれた獣のようだ。
眉を下げ弱りきった様子で視線を彷徨わせている。
華奢でいかにも女の子な冬姫が巨漢で強面な桜井兄弟の兄を黙らせる様子は、冗談みたいな光景だ。
力関係が如実で、嘘みたいな本当だった。
「旬平君は柔道部の貴重な戦力なんだよ」
「・・・何だ。新入生、入部してたのか?」
「この間も居たじゃない。琉夏君と一緒に部室の掃除手伝ってくれたとき」
「あー・・・、そう、だっけか?」
「そうだよ。だから、変に怯えさせないで。───もう、琉夏君といい琥一君といい、ちょっと過保護だよ」
「お前が警戒心皆無なんだよ。俺らの隙を縫おうとする馬鹿どもは多いんだからな」
「そこが過保護なんだってば。私なんかに目を留める人は居ないってば」
「・・・・・・」
何かを言い返す代わりに、琥一は深く深く息を吐き出した。
眉間に刻まれた皺が彼の苦悩を物語っており、能天気な反応が彼女の自分を知らなさ具合を物語っていた。
重々しいそれに思わず同情する。
実際旬平が知る限りでも彼女目当てで部活に顔を出す男は、二桁は下らないのだから。
だが男たちの苦悶を気づこうともしない罪な少女は、鞄を漁ると出した紙の束を琥一へと差し出した。
眉を跳ね上げた男に向かい、にこりと微笑む。
「大迫先生からのプレゼントだよ。明日までに提出だって。出来なければ一週間補習。じゃなきゃ出席誤魔化してくれないってさ」
「げぇ、マジかよ。これ、何教科あるんだ?」
「主要三教科分。───今日、嵐くんの相手してくれるなら、手伝いに行ってあげてもいいよ」
「・・・夕食もつけろ」
「図々しくない?でも、いいか。じゃ、契約締結」
にこり、と微笑んだ冬姫は凄い。
あの桜井兄弟相手に怯むどころか優位に立っている。
頭の上に置かれた手に気持ち良さそうに目を細める姿は、飼い主に可愛がられる猫みたいで可愛らしい。
よく笑う冬姫だが、気の緩んだこの笑顔は初めてな気がした。
「あれ?二人とももう来てたのか。───ん?桜井琥一?」
「おう」
「今日は参加してくれるのか?」
「まぁな」
「助かる。───ああ、そうだ。正式な紹介はまだだったな。こいつは新名旬平。柔道部期待のホープだ」
「ああ、さっき聞いた」
「新名。こっちは桜井琥一。たまに練習に混じるけど仲良くしろ」
「・・・・・・誠心誠意努力します」
淡々と紹介する嵐を、やっぱり凄いと尊敬する。
彼もあの桜井兄弟の片割れを前に、少しも気負わず自然体だった。
そして何となく馴染んでいる様子の琥一にも驚きを隠せない。どうやら飛び入り参加は初めてではないらしい。
油断しているところで、ぎろり、と視線を向けられびっと体が固まる。
唇の端だけを持ち上げるにたりとしたニヒルな笑い方は、とてもよく似合ったが残念にも悪役そのものにしか見えなかった。
「宜しくな?」
聞くだけだと友好的なのに、何故か険が込められている気がして。
格好悪いと判りながらも、冬姫の後ろでふるりと体を震わせた。
平均身長はきっちりとある旬平よりも頭一つ分は優に高い男は、名前につく獣のように鋭い眼光を向けてくる。
己の運の無さを嘆きたいが、その隙も与えてくれない彼はなんと無慈悲であるか。
思えば今日は朝からツキが良すぎたのだ。
絶対遅刻だとチャイムと同時に教室に駆け込めば、担任は職員会議で遅れてきた。
課題のプリントをやり忘れた授業は自習になり、昼ごはんは購買限定の人気パン。
人生ってプラスマイナスゼロと言うけど、あれは本当なんだ。
真っ白になった頭のどこか冷静な部分で下らない思考が渦巻く。
どこぞのボクシング漫画の主人公のように真っ白な灰になり燃え尽きそうな心持ちで居る彼は、間違いなく今日最高の不幸に見舞われていた。
どうして今日に限ってHR終了と同時に走って部室に来てしまったのか。
どうして今日に限ってあの先輩二人組みはまだ来てないのか。
どうして鍵が閉まってるはずの部室に人がいるのか。
どうしてその相手が、よりにもよって桜井兄弟の、兄なのか。
回転の速い頭をフル稼働させているのに、どうすればいいのか全く判らない。
いっそ灰になってしまいたい。
そんな支離滅裂な考えで居ると、ついに目の前の巨体が動いた。
「おい」
「・・・ははははいぃっ!?」
声が裏返った。
ありえない返答だが気にする余地もなく背筋を伸ばし、指先までピンと張り体の横にびたりとつける。
もしかしたら寝起きなのだろうか。
低音が掠れ色っぽかった。
「テメェ、誰だ」
「一年の新名旬平です!」
答えたらやばいと思う心と裏腹に口は勝手に自己申告。
どうか覚えないで下さいと心から祈りつつ、平伏しそうな勢いで九十度にお辞儀する。
ここまでの最敬礼、今までの人生で早々したことがない。
先日、かの有名な桜井兄弟の幼馴染が冬姫であるのを発見したが、それは旬平にとって嬉しい事実ではなかった。
部室の掃除を手伝ってもらえても、気になる彼女にアタックを掛ける前の弊害として大きすぎる壁である。
そう言えばあの日弟の琉夏は部室の掃除をしていたので旬平の顔を覚えてるかもしれないが、兄の琥一はゴミ捨てへとさっさと踵を返していたので覚えていないのかもしれない。
それならそれで一生擦れ違いたかった。
零れ落ちそうになる涙を噛み殺し旬平はひっそりと息を吐き出した。
「お前、ここで何してる」
「お、俺は」
じとり、と低くなった声に折ったままの体から冷や汗が噴出す。
警戒心露な様子に突っ込みたい。
俺は柔道部員で、あんた部外者だろうと。
だが自分に正直な唇はぴったりとくっつき開く様子を見せない。
どれ位時間が経ったのだろうか。
不意に、空気が揺れ威圧感が霧散した。
何が起こったのかと首を上げると、先ほどまでの威嚇する獣さながら恐ろしい表情をしていた男は、眉を下げ決まり悪そうに首筋を掻いていた。
旬平からすると背後、男からすると正面を極力見ないようにしている姿に、背後に誰かいるのかと考え、直感でそれが誰か判った。
ぱぁ、と思考が明るくなる。
きらきらと目を輝かせ振り返れば、そこには想像通りの人物が居て。
今の旬平には勇者にも等しいその人は、細い腰に手を当ててむんと胸を張っていた。
「冬樹ちゃん!」
「───冬姫『ちゃん』?」
警告するように発せられた低い声。
けれど最早恐れぬに足らずだ。
脱兎の勢いで踵を返すと、冬姫の後ろに回りこみ少女をきゅっと抱きしめた。
正面に居る男を見ないために、瞼は閉じる。
ほうと深く息を吐き出せば、柔らかな掌が宥めるように頭に降って来て、深くにもじわりと目元が潤む。
だが泣かない、だって男の子だもん。
「琥一君。柔道部の部室で何してるの?」
「何って」
「さっき、大迫先生に聞いたんだけど、授業サボったんだってね。まさか、ここで時間を潰したとか言わないよね?」
「あー・・・」
先ほどまで虎か狼かというくらいに物騒な気配を放っていたはずの彼は、牙を抜かれた獣のようだ。
眉を下げ弱りきった様子で視線を彷徨わせている。
華奢でいかにも女の子な冬姫が巨漢で強面な桜井兄弟の兄を黙らせる様子は、冗談みたいな光景だ。
力関係が如実で、嘘みたいな本当だった。
「旬平君は柔道部の貴重な戦力なんだよ」
「・・・何だ。新入生、入部してたのか?」
「この間も居たじゃない。琉夏君と一緒に部室の掃除手伝ってくれたとき」
「あー・・・、そう、だっけか?」
「そうだよ。だから、変に怯えさせないで。───もう、琉夏君といい琥一君といい、ちょっと過保護だよ」
「お前が警戒心皆無なんだよ。俺らの隙を縫おうとする馬鹿どもは多いんだからな」
「そこが過保護なんだってば。私なんかに目を留める人は居ないってば」
「・・・・・・」
何かを言い返す代わりに、琥一は深く深く息を吐き出した。
眉間に刻まれた皺が彼の苦悩を物語っており、能天気な反応が彼女の自分を知らなさ具合を物語っていた。
重々しいそれに思わず同情する。
実際旬平が知る限りでも彼女目当てで部活に顔を出す男は、二桁は下らないのだから。
だが男たちの苦悶を気づこうともしない罪な少女は、鞄を漁ると出した紙の束を琥一へと差し出した。
眉を跳ね上げた男に向かい、にこりと微笑む。
「大迫先生からのプレゼントだよ。明日までに提出だって。出来なければ一週間補習。じゃなきゃ出席誤魔化してくれないってさ」
「げぇ、マジかよ。これ、何教科あるんだ?」
「主要三教科分。───今日、嵐くんの相手してくれるなら、手伝いに行ってあげてもいいよ」
「・・・夕食もつけろ」
「図々しくない?でも、いいか。じゃ、契約締結」
にこり、と微笑んだ冬姫は凄い。
あの桜井兄弟相手に怯むどころか優位に立っている。
頭の上に置かれた手に気持ち良さそうに目を細める姿は、飼い主に可愛がられる猫みたいで可愛らしい。
よく笑う冬姫だが、気の緩んだこの笑顔は初めてな気がした。
「あれ?二人とももう来てたのか。───ん?桜井琥一?」
「おう」
「今日は参加してくれるのか?」
「まぁな」
「助かる。───ああ、そうだ。正式な紹介はまだだったな。こいつは新名旬平。柔道部期待のホープだ」
「ああ、さっき聞いた」
「新名。こっちは桜井琥一。たまに練習に混じるけど仲良くしろ」
「・・・・・・誠心誠意努力します」
淡々と紹介する嵐を、やっぱり凄いと尊敬する。
彼もあの桜井兄弟の片割れを前に、少しも気負わず自然体だった。
そして何となく馴染んでいる様子の琥一にも驚きを隠せない。どうやら飛び入り参加は初めてではないらしい。
油断しているところで、ぎろり、と視線を向けられびっと体が固まる。
唇の端だけを持ち上げるにたりとしたニヒルな笑い方は、とてもよく似合ったが残念にも悪役そのものにしか見えなかった。
「宜しくな?」
聞くだけだと友好的なのに、何故か険が込められている気がして。
格好悪いと判りながらも、冬姫の後ろでふるりと体を震わせた。
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