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■妙→神楽


「ダメアルヨ、姉御。私を止めたいなら、本気でくるヨロシ」
「・・・・・・」

 目の前で、傘を差した少女はこともなげにそう言った。
 真っ黒なチャイナドレスに対照的なほど白い肌。青の瞳はどこまでも澄んでいて、何も変わってないように見えるのに、妙の背筋を何かがゾクリと駆け昇る。

(──強い)


 今までも、強いのは知っていた。だが、それは自分と同等のものだと思いこんでいた。本気になれば押さえ込めると、そう信じていたのだ。
 とんだ、思いあがりだ。 彼女は、いつだって手加減してくれていたのに。
 彼女の後ろに立つ男は、楽しそうにこちらを見ている。細められた片目の奥が、剣呑にきらりと光った。

(怖い人だわ)

 直感で悟る。荒んだ空気と空虚な眼差しを持つ男の瞳は昏い何かが巣食っている、
 だが、怖いのは彼だけじゃない。
 目の前で、何の気なく存在する彼女も、彼に劣らず恐ろしい。今まで何故気づかなかったのかと、迂闊な自分を責めるくらいに。

「どうしたアルか?姉御も私に手を出せないアルか?」
「・・・・・・」

 自分の妹のように可愛がっていた存在。大切だった。いや──今でも、大切だ。
 だからこそ、自分の手で止めなくてはならない。きっと、今自分の後ろにいる男どもは彼女に手を出せないだろうから。銀時も新八も、獲物を手に持ったまま動けないでいる。
 突然の志村家の襲撃は、前もって予定されていたのだろうか。銀時までこの場にいることは滅多にないのに、その滅多にない時を選んで、この目の前の片目の男は現れた。偶然で片付けるには出来すぎている。
 珍しく真剣を抜いた銀時に違和感を感じる前に、『高杉』という男に向かって放たれた銀時の一閃は、こともなく目の前の少女に弾かれた。
 固まったように動けなる銀時に。悲痛な叫びを上げる新八に。
 この場で動けるのは、自分だけだと確信した。

「私を、そこの男達と一緒にしないで頂戴、神楽ちゃん。耳から練りがらし入れるわよ」
「・・・それでこそ、姐御アル」
「私は、あなたを斬れるわ」

 宣言し、彼女になぎなたの先を向けた。気づかれないようにチラリと一瞬だけ銀時に視線を送る。彼が、自分の意図に気づいてくれますようにと祈りながら。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 本気の一閃。
 多少怪我をさせても仕方ないと思っての手加減なしの突き。突きは、最も避けにくい攻撃の一つだ。下がることを予想して、遠慮なく力をぶつけた。
 だが。

「・・・甘いアルよ」

声が聞こえた、と思ったときには、もう懐に潜り込まれていた。

「!?」
「姉上!!」

 新八の悲鳴が聞こえたと思ったときには、体は宙に浮いていた。体が浮くほどの力を受けたのに、恐ろしい事に衝撃はない。圧倒的な技量の差があるからこその芸当は、神楽と妙の力の差を明確にあらわしていた。
 すさまじい勢いで壁に向かって吹っ飛ぶ。

「お妙さん!!」

 観念して瞼を硬く瞑ったその瞬間、何処からともなく声が聞こえて、衝撃が体に走る。背中に走るそれは、蹴られた時よりも、むしろ痛かった。

「っ」

 息を詰め、それでも目を開いた。薄れそうになる意識を必死に繋ぎ止め視線を巡らせれば、そこには、自分の願いどおりに高杉に向かう銀時の姿。
 よかった、これで終わる。そう思った。
 いくら夜兎とは言え、あの場所から高杉を庇うのは無理だ。
だが、次の瞬間、起こった出来事に妙は目を見開いた。自分を抱きしめる腕が硬直したのを感じるに、彼も驚いたのだろう。

「・・・何のつもりだ神楽」
「見てわからないアルか?」
「ああ、わかんねえなぁ!!」

 刀を下げる事無く、銀時は叫んだ。その切っ先には、神楽の姿。月光に照らされた彼女は、傘を広げて銀時の刀を阻んだ。
その後ろには余裕の笑みの高杉の姿。

「何だ、神楽。オレのお楽しみの邪魔か?」

 隻眼の男の声に、神楽は口を開いた。

「私、銀ちゃんを斬る晋助、見たくないアル」

 そして、傘を閉じると銀時の目を真っ直ぐと見た。

「晋助に殺される銀ちゃん、見たくないアル」

 きっぱりとした物言いに銀時の唇が歪む。

「オイオイオイ、神楽ちゃん。そりゃ、ないんじゃないの?お前、銀さんがどれだけ強いか知ってるだろ?」

 冗談めかした言い方だが、銀時の怒りはひしひしと伝わった。その証拠に、神楽に突きつけられた刀は未だに下ろされていない。静かな目でそれを見て、神楽は再び口を開いた。

「無理ネ。銀ちゃんに、晋助を殺すこと出来ないヨ」
「──何でだよ」
「だって、晋助は私が護るヨ」
「・・・・・・」

 その言葉に。銀時の口元が歪んだ。泣きそうな、怒りそうな、叫びだしそうな、笑い出しそうな複雑な表情。

「銀ちゃんじゃ、私を倒せないネ」

 言うと神楽は抜き身の刀身を握り締めた。遠慮なく力を篭めているのだろう。血が刀身を伝い、地面へと滴り落ちる。

「おいっ、神楽、やめろ!指が落ちるぞ!」
「嫌ネ」

 掴んだままの刀身は、勢いよく神楽を貫いた。離れた位置からでも少女の体が強張るのが見て取れる。あれは銀時の意思ではない。その証拠に、神楽を刺した銀時の顔は今にも倒れそうなほど青白いものであった。
 血が、零れ落ちる。刀身を伝って銀時の手も赤くなる。

「──これが、私を斬るって言うことヨ」

 無表情な神楽は、己の体を貫かせたまま続ける。

「おい、よせ、神楽。放せ!!」

 叫びは悲痛だ。だが、神楽の力が緩むことがないのか、刀を引くことも出来ない。見る見るうちに、血だまりが出来た。
その様子を見ていた高杉が、興ざめしたような声を出す。

「おいおい、じゃじゃ馬。それ、態々オレが見立ててやった服だろ?何、破いてんだよ」
「けちけちするなヨ。これくらい、また買ってくればいいヨロシ。私、お前が箪笥の裏に小銭貯めてんの知ってるアルヨ」
「そりゃ、オレじゃねぇよ。そう言うせこい事すんのは武市だろ」
「何!?お前かと思って遠慮して4分の3しか使わなかったのに!もったいないことしたアル」

 酷く場違いな会話。
聞いているだけでほのぼのしているが、聞くだけで傷を負う。それは。その会話は。
 少し前までは、自分達がしていたもの。

「──ゴリラ」
「っ!?」

 唐突に呼びかけられ、自分を抱いた腕に力が入るのを感じた。顔を見なくても自分を受け止めた人はわかる。こんな風に自分を扱うのは一人だけだ。

「出てくるのが遅いんだヨ。もう少しで姐御に傷がつくとこだったダロ。惚れた女くらい護りぬけ、ゴリラ」

 その言葉に、不意に涙がこぼれそうになった。
 やはり、加減をされたのだ。傷をつけないように。傷がつかないように。まだ、彼女の中の自分は死んでいない。安堵が襲う。
 しかし、そんな妙を見ないまま、神楽はようやく刀から手を放した。銀時がそれを引き抜くと、勢い良く血飛沫があがる。己の返り血で赤く染まった彼を見て、神楽は苦笑した。

「・・・やっぱり、銀ちゃんには赤は似合わないネ」

 寂しそうな声は、変わらないのに。

「・・・・・・何、つまんねえ事言ってやがる。行くぞ、神楽」
「庇ってもらったくせに、威張るな片目」
「お前、明日から酢昆布1枚な」
「横暴アル!いたいけな少女に対する虐待ネ」
「──働かざるもの喰うべからず。オレの前で、加減したな?」
「・・・・・・私には私の正義があるねネ。お前の隣にいても、譲る気はないアル」
「・・・・・・」

 その言葉に目を眇めた高杉は、詰まらなそうに銀時を見た。未だ、神楽の赤にまみれたまま呆然と突っ立っている彼を。
 動かぬ銀時に目を細めやおら口端を持ち上げる。その表情は酷薄で酷く愉しそうだった。

「あばよ、銀時。あんま弱くなりすぎるなよ?でないと・・・」

 近寄ってきた神楽を腕に抱き、壮絶な笑みを見せた。

「コイツが護る前に、オレが手前を殺しちまうぜ?」

 醜悪なまでのその笑みに、震えを超え吐き気を催すほどの恐ろしさがこみ上げた。
 

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■土方→神楽


「おや?大串君じゃないアルか」

 ポンと肩を叩かれ、土方は眉間に皺を寄せた。
こんな呼び方をするのは、死んだ目をしたような男と。

「・・・お前か。オレは大串じゃなくて土方だ」

目の前の、チャイナ娘しかいない。
 少しの警戒心をこめて睨むと、ひょいと肩を竦めた神楽は。

「機嫌悪そうアルな、大串君。もしかして、女の子の日アルか?」
「違うぅぅぅぅ!オレは、男!男だから!そしてお前は人の話を聞けぇ!」

 思わず声を大にして否定する。
 目の前の少女は可憐な見た目と正反対で、中身は中年の親父よりも酷い。

「でもイライラが取れないんダロ?隠すことないアル」
「だから、違うってぇぇぇ!!」

 叫んで、いかんいかんと首を振った。
 この目の前の少女は総悟と同じくらいに口が悪い。少しでもペースを乱したら、後は下に落ちるだけ。聞きたいことがあるのに、それでは前に進めない。
 ポケットからタバコを出し、ライターで火をつける。その仕草が珍しかったのか、じっと神楽は黙って見つめていた。大人しくなった神楽に、ようやく土方も心を落ち着ける。

「──お前に、聞きたいことがある」

 タバコの煙を一度肺まで吸い込んで、苦い気持ちと一緒に吐き出しながら口にした。

「先日、幕府の重要人物が殺された」

 極秘事項となっているそれを、躊躇いもなく口にする。
 目の前の少女は、トレードマークの傘をくるりと回してそれに相槌を打った。見た限りでは、少しの動揺もない。

「・・・その場にいたヤツは、どいつもこいつも頭を粉砕されて死んでた。そんなこと、人間には出来るわけがねぇ。天人でも中々見ることが出来ないだろうな」

 じっと澄んだ青を見つめる。

「最近は、高杉の野郎が派手に動き回ってるらしい。──何でも、めっぽう強い兎を手に入れたって噂だ」
「ふぅん」

 土方の言葉に、対して感慨を受けたでもなくいつものポーカーフェイスで神楽は頷いた。興味なさそうなその姿は、いつもと全く変わりがない。

「──お前がやったのか?」

 ストレートな問に、神楽の目が丸くなった。

「随分率直に聞いてくるアルな」
「回りくどく言っても仕方ねぇだろ」
「──私、お前のそう言うところ意外に嫌いじゃないネ」
「そりゃ、どうも」

 で、どうなんだ。
 目を逸らす事無く彼女を見つめ、そして、ようやく気づく。
 彼女の服の色が、いつもの暖色系のチャイナ服ではなく、黒一色で統一されていたものだということに。今までの神楽なら着なかっただろうシックな装いは、それでも彼女の白い肌によく映えた。

「そうアルよ」
 ニコリともしないで頷かれ、間髪入れず刀を抜き放った。抜く手も見せないほどの早業は、それでもあっさりと避けられる。

「いきなり、危ないアルな」

 傘を差した彼女は、コクンと首を傾げた。
 無邪気な様子は変わりがないのに、どうしようもない違和感が胸に巣食う。

「何故、殺した」
低く唸るような声に、神楽はこの日初めての笑顔を見せた。

「何で、殺しちゃダメアルか?」

 無垢な子供のような様子に一瞬言葉を失った。

「夜兎は戦闘種族アル。自分の親が殺されたのに、反撃をしないはずがないネ」
「・・・・・・」

 その言葉に、土方は黙り込んだ。
 神楽の父親が幕府に殺されたのは、土方も知っている。

「──あの男も、知ってんのか?」

 辛うじて出された言葉に、神楽は考え込むように首を傾げた。暫くの間を置くと、徐にポンと手を打つ。

「あの男って、銀ちゃんアルか?」
「ああ。あの男が、お前の行動を許したのか?」
「・・・・・・銀ちゃんは、関係ないアル。これ、私が勝手にやったこと。私が自分で考えた事ネ。万事屋の皆、関係ないアル」
「・・・・・・」
「私がもう、あそこにいない事お前も知ってるダロ。私は、もう、あそこに戻るつもりはないネ」
「お前は──」

 コクリと唾液を飲み下しながら土方は口を開いた。

「お前は、それでいいのか?今なら、まだ戻れる。戻れるんだ」

 真剣な土方の様子に、神楽は苦笑した。
 くるくると変わる神楽の表情に土方はうっそりと眉を寄せる。自分の所のS王子同様にポーカーフェイスが売りのはずなのに、今日は随分と色々な顔を見せてくれる。

「もう、戻れないアルよ。私の血が、止まれないネ。全部を殺すまで終わりはないヨ」
「・・・・・・」
「晋助が待ってるアル。行かなきゃ」

 くるりと踵を返すと、神楽は駆け出した。だが何かを思い出したらしく、途中で再び振り返る。

「──銀ちゃんのこと、よろしく頼むアルな!!」

 ぶんぶんと、まるで友達にするように手を振って満面の笑顔を向けると、今度こそそのまま走り去った。

「・・・何が、銀ちゃんのこと頼む、だ。オレはあいつの友達でも何でもねぇぞ。・・・それに」

 お前の代わりなんて、誰も出来るわけねぇだろうが。
内心の呟きは、口から出る前に紫煙にまぎれて消えた。

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■銀時→神楽


「ごめんヨ、銀ちゃん」

 月光に照らされて、神楽は立っていた。元々白い肌が、いっそう透ける様に白い。赤い血溜まりだまりの中、赤に濡れる事無く、トレードマークの傘を無造作に差して立っていた。
 そこには普段ある生き生きとした表情はない。絶対的な無表情。感情を凍りつかせたように冷めた眼差しを向けていた。
 足をすり足で動かし、ジャリ、と音を立てて、獲物が届くくらいの距離まで近づいてくる。
 だが、それでも。銀時は獲物に手を掛けることすら出来ないでいた。

(嘘だろ、オイ・・・)

悪夢のようだ。いっそ、夢ならどれほど救われるだろう。現実を否定する心がそれを望むが、それが夢でない事くらい理解していた。

「・・・私の中の、夜兎の血が騒ぐネ。抑える事が出来ないヨ」

 寂しそうに笑う姿は、確かに自分の知っているものなのに、凍りついたように、体が動かない。
 焦る意思とは裏腹のそれは、彼女をここまで駆り立てた理由を知っているからだろうか。

「パピーを殺した幕府を、許すことが出来ないネ。だから、私もう銀ちゃんと一緒にいられないネ」

 淡々と口に出す。
 感情を豊かに表現する彼女らしくもない顔で。

「──ここにいたのか、じゃじゃ馬姫」
「晋助・・・」

 神楽の声に応えるように、女物の着物を羽織った、眼帯の男が神楽の隣に立つ。
 そして、銀時を見てニヤリと笑った。

「よう、銀時。久しぶりだな」

 愉快だ、と言う感情を隠さぬままに、優越感丸だしの表情で晋助は哂う。死体の中で悠然と立つ二人には、赤がとてもよく似合った。
 作られた一対のように並び立つ姿を見て、湧き上がるのは黒い感情。

(そこは、お前の場所じゃねぇ)

 人が殺されているのを見ても、何とも思わなかったのに、ただ、神楽の隣に立つ姿を見せられるだけで、一気に沸点近くまで感情が沸騰した。それがおかしいとの判断は銀時には出来なかった。

「ここは、終わったか。神楽」
「うん。早く次に行くネ。トロトロしてんじゃねぇぞ、眼帯」
「・・・くくっ。あいつはもういいのか?」
「・・・うん。お別れは、もうすんだネ。私の心は決まってるアル」
「だとよ、銀時。コイツは、お前じゃなくてオレの隣にいることを選ぶとさ」
「・・・・・・・・・・・・・」

 心底楽しそうに哂う晋助に、先程までは抜く事が出来なかった木刀に手を掛けた。
だが。

「──止めるネ、銀ちゃん。コイツに手を出すなら、私の傘が火を噴くネ」
「神楽・・・」

 澄んだ空のように綺麗な青が、一直線に銀時を射る。その目に迷いなど、欠片も見つけられなくて、信じたくない現実に動く事など出来なかった。

「あばよ、銀時。・・・次はもっと楽しい所で会いたいなぁ」
「バイバイ、銀ちゃん。・・・できればもう、会いたくないアルな」

 対照的なことを言い、同時に背を翻す二人に。
ピクリと動いた腕は、それでもとうとう静止をかけることはなかった。

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 目を閉ざすなどという選択肢は持っていない。それは今まさに処刑されんとする彼も同じらしく、首に刀を突きつけられた状況でも余裕を失わずふてぶてしい表情を浮かべている。さすが歴戦の戦士と言うべきなのだろう。
 唇に刷いた笑みは神楽が良く知るもので、とても死刑にされる虜囚が浮かべるものではない。今からでも『神楽ちゃん』と名を呼び駆け出してきそうな、そんな見慣れたものだった。
 神楽は何故こうなったのか判らなかった。父が今まさに処刑されようとするその理由も、彼が抵抗しない理由も。そして、彼に刀を突きつけている男や歌舞伎町では見ない豪勢な衣装を着た者達がその光景を歪な笑みで持って眺めているのかも。
 息を殺し、気配を殺し、瞬きすら惜しみその光景を眺める神楽には判らない。
 ただ、唯一理解できるのは自分の父が冤罪で殺され、そして彼がそれに抵抗していないという一点のみ。悲しみも限界を超えると涙も零れないらしい。飛んでいった父の首を眺め神楽は瞬きを繰り返す。首から上を失った体は、歪な噴水のように血を吹き出した。

 真っ赤に染まる。視界も、世界も、何もかもが。

 渦巻く感情は複雑で、どうすればいいか判らなかった。無意識の内に握っていた壁が、みしりと音を立てて砕け散る。

「どうだ、じゃじゃ馬」

 背後から声が聞こえた。それは以前にも数度聴いたことがあるもので、神楽をこの場に招いた持ち主のものでもある。傍らに置いていた傘に手をやると、振り返らずに一閃した。
 鈍い感触を伝えたそれに、笑う気配が空気を震動させる。何もかもが煩わしい。怒り、悲しみ、悔しさ、苦しみ。全てが混じり、何を発露させればいいか判らない。

「憎いだろ?親父を殺したあいつらが。お前の親父は何もしてない。ただこの国の役職の玩具になり見せしめに死んでいった。見ただろう、あいつらの笑顔を。あんなに醜悪なもの、お前は見たことあるか?なぁ、憎いだろう?殺したくて仕方ないはずだ。俺はそうだった。俺もあいつらに奪われた。俺ならお前の気持ちを理解できる。俺も目の前で殺されたからな」

 暗示を掛けるように繰り返されるそれは、沈んでいく神楽の心を縛った。優しくきつく、逃れようがない力で。

「俺と共に来い。お前の望みを果たしてやる」

 何よりも甘い誘惑に、逆らう術は見つけれなかった。

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