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【7日目】
「今、何と仰りましたか・・・?」
ゆるゆると首を振りながら、掠れる声で問いかける。
今から幸せな睡眠タイムを貪ろうと、一緒に眠る子供に声を掛ければ、予想外の言葉で脳みそがショートした。
最近の獄寺の楽しみは疲れた仕事の後子供を腕に抱いて眠ることだった。
断じて言わせて貰うがそこに変態的な妄想はない。
小さな手が可愛いとか、頬を擽る髪が愛しいとか、腕の中に丸まる姿がたまらないとか、そんなのは当然の反応だからだ。
綱吉に重ねて変なことはしなかったし、この気持ちは子供を可愛がる感情に他ならないと断言できる。
もっとも、子供を可愛いと思ったこと自体が初めてなので、判断基準は少しだけあやふやだが。
とにかく、不埒なことは一切していないし、胸に抱きこみ香りを吸い込むだけで幸せだったのだ。
一日の疲れは癒えるし、睡眠時間が短くとも気力は補充できた。
そして更に言うなら子供に拒否をされたこともないし、嫌なことも何一つしていない・・・筈だ。
それなのに、ああそれなのに。
目の前の子供は何を言ったのだろうか。
「お別れだ、隼人」
「っ、どうしてですか!?毎日二時間の写真撮影が駄目でしたか!?それとも風呂場に設置した記録媒体ですか!?二十四時間状態で監視し続けたカメラですか!?着終わった後の衣装をコレクションしたことですか!?」
全力で己の罪状を吐き出し続ける彼は、今現在のこの状況すら監視カメラに捕らえられているのも忘れて必死だ。
だが獄寺の様子に僅かも心動かされないと緩く首を振った子供は、綱吉によく似た瞳でこちらを見た。
「違う。・・・隼人にはこの一週間良く尽くしてもらった。感謝している」
「なら、ずっとここに居てください!悪いところがあれば全部直しますし、お気に召すよう尽くしますからっ」
「・・・駄目なんだ、隼人。俺の中の十代目の炎が囁くんだ」
「っ、十代目の、炎が?」
「そうだ。先日摂取した彼の大空の炎が俺に言うんだ。『旅立ちの時が来た』と。俺は行かなければならない」
どうっと涙が溢れ出た。
涙腺は崩壊し視界がぶれる。
嗚咽すら上げられない勢いで滂沱の涙が溢れ、獄寺のパジャマは一気に水浸しだ。
子供の目は、綱吉のものとよく似ている。
彼が覚悟を決めたときの、凛として冷たく哀しい強い瞳をしている。
ならばもう曲げられないのだ。
誰よりも彼を知ると自認する獄寺は、問わなくても理解してしまう。
この子供は、行ってしまうのだ。
「俺は立派な『十代目』になるため、武者修行の旅に出る」
「・・・ぅ」
「今まで面倒を見てくれて、ありがとう隼人」
だくだくと涙を流す獄寺に向かい、額に炎を灯して見せた子供は、少しだけ笑った。
その笑顔は、獄寺が大好きな彼のものを写し取ったように美しく、そしてとても儚げだった。
「ウーノさぁぁぁぁぁん!!」
その日、一日獄寺の号泣が止むことはなかった。
「今、何と仰りましたか・・・?」
ゆるゆると首を振りながら、掠れる声で問いかける。
今から幸せな睡眠タイムを貪ろうと、一緒に眠る子供に声を掛ければ、予想外の言葉で脳みそがショートした。
最近の獄寺の楽しみは疲れた仕事の後子供を腕に抱いて眠ることだった。
断じて言わせて貰うがそこに変態的な妄想はない。
小さな手が可愛いとか、頬を擽る髪が愛しいとか、腕の中に丸まる姿がたまらないとか、そんなのは当然の反応だからだ。
綱吉に重ねて変なことはしなかったし、この気持ちは子供を可愛がる感情に他ならないと断言できる。
もっとも、子供を可愛いと思ったこと自体が初めてなので、判断基準は少しだけあやふやだが。
とにかく、不埒なことは一切していないし、胸に抱きこみ香りを吸い込むだけで幸せだったのだ。
一日の疲れは癒えるし、睡眠時間が短くとも気力は補充できた。
そして更に言うなら子供に拒否をされたこともないし、嫌なことも何一つしていない・・・筈だ。
それなのに、ああそれなのに。
目の前の子供は何を言ったのだろうか。
「お別れだ、隼人」
「っ、どうしてですか!?毎日二時間の写真撮影が駄目でしたか!?それとも風呂場に設置した記録媒体ですか!?二十四時間状態で監視し続けたカメラですか!?着終わった後の衣装をコレクションしたことですか!?」
全力で己の罪状を吐き出し続ける彼は、今現在のこの状況すら監視カメラに捕らえられているのも忘れて必死だ。
だが獄寺の様子に僅かも心動かされないと緩く首を振った子供は、綱吉によく似た瞳でこちらを見た。
「違う。・・・隼人にはこの一週間良く尽くしてもらった。感謝している」
「なら、ずっとここに居てください!悪いところがあれば全部直しますし、お気に召すよう尽くしますからっ」
「・・・駄目なんだ、隼人。俺の中の十代目の炎が囁くんだ」
「っ、十代目の、炎が?」
「そうだ。先日摂取した彼の大空の炎が俺に言うんだ。『旅立ちの時が来た』と。俺は行かなければならない」
どうっと涙が溢れ出た。
涙腺は崩壊し視界がぶれる。
嗚咽すら上げられない勢いで滂沱の涙が溢れ、獄寺のパジャマは一気に水浸しだ。
子供の目は、綱吉のものとよく似ている。
彼が覚悟を決めたときの、凛として冷たく哀しい強い瞳をしている。
ならばもう曲げられないのだ。
誰よりも彼を知ると自認する獄寺は、問わなくても理解してしまう。
この子供は、行ってしまうのだ。
「俺は立派な『十代目』になるため、武者修行の旅に出る」
「・・・ぅ」
「今まで面倒を見てくれて、ありがとう隼人」
だくだくと涙を流す獄寺に向かい、額に炎を灯して見せた子供は、少しだけ笑った。
その笑顔は、獄寺が大好きな彼のものを写し取ったように美しく、そしてとても儚げだった。
「ウーノさぁぁぁぁぁん!!」
その日、一日獄寺の号泣が止むことはなかった。
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いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■ど どんなまことをお持ちでも
「十代目」
きらきらと目を輝かせてこちらを伺う獄寺に、ふっと苦笑する。
他の誰に対してもつんけんしている(控えめな表現で)彼だが、綱吉の前ではとろとろに蕩けたチーズ並に柔らかく熱い。
釣り上がり気味の瞳は純粋な好意を湛え、『あなたが好きです!』と見えない尻尾を全力で振っている錯覚が見えた。
昔から彼は変わらない。体は成長し、肉体的にも精神的にも強くなった。綺麗な顔は昔よりも精悍さを増し、綺麗としか表現できないくせに男らしく格好いい。
切れ上がった二重の瞳の色は藍砥茶よりももう少し薄く、浅緑だろうか。昔彼の瞳と同じ色の宝石が欲しくて色事典なんてものを調べてみたけれど、ついぞ選別しきることが出来なかった。アッシュシルバーの髪を肩を超すくらいに伸ばした彼は、前髪こそ短くなったがその分大人の色気が凄まじい。細身でありながらよく鍛えられた体に、明晰すぎて色々な研究所からスカウトが来た頭脳。冷静沈着と評判でどんなピンチな局面でも表情一つ崩さない。
極めつけの美形であるか女性は放っておいても群がるし、『消えろ、ブス!』と暴言を吐いても、格好いいの一言で許される。蔑みを交えた強い視線がたまらなくイイらしいが、綱吉には判らない境地だ。
だが未だにその顔を直視すれば見惚れてしまう程度に影響力のある顔なのは認めるところだ。美人は三日で飽きると言うが、綱吉の周りに存在する美人にそれは適用されない言葉だった。
「美形は得だなぁ」
「はい?」
「何でもないよ、こっちの話。───それで、今日はどうしたの?俺の右腕は非番のはずだけど」
「はい、今日はお休みいただいてます」
「じゃあ、何で俺の部屋に?今日は仕事を頼んでないよ」
プライベートだというのに、いかにも只者じゃない雰囲気丸出しの濃い紺色のスーツを着た青年に問いかければ、にこり、と花も恥らう微笑みを浮かべて背中に隠していたらしい物体を綱吉に見せた。
イタリア語で『楽園』と書かれた箱は、綱吉も見知ったもので、ぱあ、と意識せず表情が明るくなる。学生時代、スクアーロを巻き込んで通った懐かしい店。ここ一年とんとご無沙汰だったのだけど、まだ潰れていなかったらしい。
「お疲れの十代目に差し入れです!ここのケーキ、お好きでしょう?」
「───良く知ってるねぇ。俺、君に教えた記憶ないんだけど?」
「十代目のことで俺が知らないことはありません!」
喜びもさることながら、若干ドン引きする発言を胸を張って訴える獄寺に、綱吉は苦笑した。
好意は空を包みどこまでも真っ直ぐに。嵐の銘を持つ彼の荒れ狂う天候は、空を護るために存在する。
自分を見守る大空が何者にも傷つけられぬよう、雷を落とし風を吹かせ雨を叩き付けるのだ。
厚く重たい雲の上で、荒れ果てた天候のその上で、変わらず大空が存在するよう、全身全霊で全てを懸ける。
「獄寺君はさ、俺に依存してるね。中学時代の刷り込みが未だに続いてるのは、君が誠実だから?」
思わず口を突いて出た疑問は無遠慮で不躾なものだった。昔からの疑問ではあるが、日本人らしく八橋に包むべきだったか。素っ気無いほど率直な疑問は、彼を傷つけたかもしれない。
中学時代、彼と知り合ったばかりなら、こんな質問恐ろしくて出来なかった。行動が読めない彼は出会いもインパクトがありすぎて、その後の行動もインパクトがありすぎた。いつだって彼の世界の中心は綱吉で、もういい年の今でも変わらない忠誠心は、褪せるどころか強まっている。
ミルフィオーレのボンゴレ狩りが表面化し、一人で出歩けば幹部ですら危ないというのに、その危険も考慮せず綱吉のためにとケーキを買いに走ってしまうほどに。
獄寺の忠誠心は、ボンゴレでも一・二を争うだろう。真っ直ぐな想いはぶれるずに綱吉へ捧げられている。だからこそ怖い。
「君は、もし俺が居なくなったらどうするつもり?」
「十代目が居なくなる?」
「そう。例えばこんな商売に嫌気が差しボンゴレを飛び出したり、例えばXANXUSが反逆して追い出されたり、例えば───そう、例えば俺がミルフィオーレの前に斃れたりして、君を置いていったらどうするの?」
問いかけは簡潔に。そうでないと回りすぎる彼の頭は変な誤回答を弾き出す場合がある。綱吉が絡まなければ優秀な参謀は、自分の介入により崩れることだって少なくない。
それを理解するからこその疑問で、知らねばならない問題であった。
綱吉の言葉を理解するように呟き、暫し黙り込んだ彼はにこりと微笑んだ。混じり気ない、好意百パーセントの笑顔で。
「大丈夫です、十代目!十代目が居なくなったら、俺はどこまでもついていきます。ボンゴレを飛び出しても、XANXUSの野郎に追い出されても、どこまでだって付いて行きます」
「なら、俺が死んだ時は?」
「勿論、付いて行きます!当然です」
胸を張った獄寺に、目を細める。迷いのない断言は危険極まりなく、彼の真実を晒していた。
実際綱吉が万が一命を絶った場合、彼は世界に絶望するだろう。手段はわからぬが、何が何でも綱吉を追おうとするだろう。他の何かに目をくれるはずがなく、居なくなった綱吉を追い求めるだろう。
獄寺の心は脆い。鋼で武装し、誰も近づけぬよう周りを威嚇し、悟られぬように攻撃を繰り返す。そのくせ心の内に入れた相手には甘く、悪態をつきながら全力で護る。野良犬みたいな警戒心に騙されがちだが、彼の心は純粋で繊細だ。そして救いようがないほど一途。
そして彼の存在は綱吉にとっても危険だった。
これほど純粋な好意を一途に注がれ嫌えるはずがない。彼はずるくて酷い。他の誰にも許さない心の柔らかな場所を、綱吉にだけ差し出してくる。握り潰しても壊しても微塵切りにしてもいいのだと、あなたになら何をされてもいいのだと。何をされても赦すのだと。
そうして全てを無条件に捧げるように見せながら、何をしてもいいから捨てないでくれと懇願するのだ。
「君は本当に厄介だよ、獄寺君」
「・・・十代目?」
きょとん、と瞬きを繰り返し首を傾げる彼は、無邪気な子供そのものだった。
だから綱吉は布石を投じる。彼が容易にその命を投げ出さないように、深く深く釘を刺す。
「ねぇ、獄寺君」
「はい、何でしょう?」
「その命、簡単に使わないでよ。俺が必要とする場面で、もっとも効果的に利用してあげるから」
まるで物に対するような発言だ。自分でも何様と聞きたくなるほど傲慢で、呆れるほどに図々しい。浮かべる笑みはふてぶてしく、告げた声は温度がない。
それなのに、その宣言に対し、嬉しげに目元を染めた彼は元気よく『是』と返事をした。
獄寺を置いていくのはとても怖い。彼が綱吉を重要視するのと比例して自分の価値を決めているのを知っているから。
一人になれば、彼は簡単に自分の命を捨てられる。価値を見出せなくなるだろう。
だから。
「俺と約束して、獄寺君。俺が必要とした時にその命を使うと。俺が判断を下さない限り、自分で自分を殺さないと」
約束して、ともう一度告げれば、はいっと空気より軽い返事がきた。
君の世界が闇一色になったとしても、俺は俺の計画を止めない。
彼の真実がどこにあっても、俺の世界を覆せない。
■う うつくしいひとはひとりでうつくしい
「それで君は僕にどうして欲しいの?」
休日に突然訪問した綱吉に驚きもなく出迎えた彼は、手土産のナッツ人形とヒバード人形を弄びながら綱吉へ視線を向けた。黒髪の麗人である雲雀には藍染の浴衣がとてもよく似合い、シンプルな露芝の柄が彼の美貌を引き立てている。
建設途中の日本支部に腰を据える綱吉の守護者の一人で、群れるのを嫌う孤高の風紀委員長は、ボンゴレの支部に自室を作りそこから見える日本庭園を横目に優雅にお茶を啜る。
彼の正面で用意された座布団にきっちりと正座する綱吉は、若干痺れた足を強固な意志で誤魔化しつつ彼と同じようにお茶を啜った。
口に広がる苦味は甘さが混じり渋みも程よくとても美味しい。茶葉もさることながらきっと淹れての手腕もあるだろう。雲雀の補佐を続ける男を思い出すと、少しだけ笑った。
一人でいきなり笑い出した綱吉に、訝しげな眼差しを向けた雲雀は膝の上に置いていた人形を脇へ退ける。熱の篭らない視線は呆れているようにも、関心がないようにも見え判断し難い。
へらり、と笑い返せば、見せ付けるようにため息を吐いた雲雀は、肩に乗るヒバードを指先で撫でるともう一度同じ台詞を繰り返した。
「貴方の好きに振舞ってくれればいいですよ」
嘘偽りない笑顔を向ければ、きゅっと柳眉が寄った。純和風の美貌を持つ雲雀のご尊顔は今日も変わらず美しい。イタリア人の血が遙か彼方に流れている綱吉としては、彼のさらさらの黒髪が羨ましくて仕方ない。だが万が一彼と同じ髪色になったとしてもその美貌に追いつくはずがないので、髪を染めるのは止めている。同じ和服が似合う人種でも、精悍という言葉が似合う山本と違い、麗人という言葉が似合う男だった。
いつも渋い表情をしているが、その美貌が損なわれるものではない。暢気に鑑賞していると、苛立ちを篭めた眼差しが殺気を含んで向けられたので慌てて言い足す。
「本当に、俺がお願いしたのはこの間の一つだけなんで、他は貴方が好きに動いてくれていいんです」
「それがどんな結果をもたらすものであったとしても?」
「はい」
「───君が斃れたと知れたら、ボンゴレは荒れるよ。守護者達は錯乱し、最悪後を追おうとするかもしれない。今は爪を研いでるだけの独立暗殺部隊は牙を剥くかもしれない。同盟ファミリーの長達は自分の家族を護るために敵方に付くかもしれない。僕だって君を裏切って、この町を拠点に生きるかもしれない。それでも君は僕の好きにしていいと?」
「ええ」
瞳に力を篭め頷けば、彼の眉間の皺が益々深くなった。折角綺麗なのに勿体無いと言えば、どこに隠してあるか判らないギミック付きのトンファーで殴られるだろうか。随分と丸くなったけれど、相変わらず彼の凶暴性は衰えて居ないから、きっと殴られるだけじゃなく半死半生の憂き目にあうのだろう。
リアルに出来る想像に身を竦ませると、黒々とした瞳でこちらを伺う彼に微笑む。それは『沢田綱吉』としてでなく『ボンゴレ十世』として利用する微笑みだ。リボーンにお墨付きを頂いた数少ない綱吉の武器の一つは、強い者を好む彼もお気に入りだと知っている。意識して口角を持ち上げると、声を低くして気分を切り替えた。
「俺は俺の作った組織を信用している。確かに守護者は荒れるだろう。だが俺の意思に背く守護者は存在しない。独立部隊は爪も牙も晒すだろう。それでも最強を欲する男が『俺』を諦めると思えない。最後にお前だ、雲雀恭弥。自由を好むお前は束縛を嫌う。浮雲のお前を束縛しようなんて俺は思ってない。それくらい、聡いお前なら気付いてるだろう?」
「・・・当然だよ。この僕を束縛しようなんて百年早い。僕は群れるのは嫌いだ」
「知ってるよ。───だからただ信じよう、俺の雲の守護者を。何だかんだと文句を言いながら、その指輪を捨てないお前を。ボンゴレ十世として、そして沢田綱吉として、信用してる」
纏っていた覇気を笑顔と共に散らす。今度は先ほどまでの空気が重くなる気を纏わず、あくまで綱吉としての笑顔。情けなく眉を下げ、お願いしますと苦笑する。
すると益々不機嫌そうに目を細めた雲雀に睨みつけられ、思わずびびりながら身を引いた。
「飴と鞭のつもりなわけ?」
「俺が、雲雀さんに?そんな高度なプレイが出来たら、貴方を束縛してますよ」
「ふぅん」
もう興味を失ったとばかりに、再び脇に置いていた人形を膝に乗せた美青年に綱吉は苦笑した。
彼は一人だ。それでも綱吉を助ける守護者だ。彼は一人じゃない。彼自身の組織があり、彼自身守護者で居る。
「貴方は自由にしてください、雲雀さん。ああ、でも『過去』の俺を殺さないでくれるとありがたいです。未来を変えても過去がなくなれば終わりですから」
さりげなくお願いすると、人形から視線を上げた彼は詰まらなそうに返事をした。
「僕は僕の好きにする。引き受けたのは教育係だけだ。草食動物がどうなろうと、僕が知ったことじゃない」
「そう言うと思いました」
一瞬脳裏を『選択ミス』とアラームが鳴り響いたが、それでいいのだと本能を捩じ伏せる。
手加減抜きに自分を教育して絶対に裏切らない人間。その為の選別は守護者が適切で、誰より第三者の目を持つ雲雀が良いと直感も告げたはずだ。強く凛々しく厳しい彼は、手加減抜きで綱吉を鍛えてくれるに違いない。短期間で実力を伸ばすには、リボーンが居ない現在彼しか適任は居ないはずだ。
近い内に来る未来───ああ、でもある意味過去であるが───で、『綱吉』が見るのは天国か地獄か。少なくとも人格崩壊だけは起こしてくれるなと祈るしかない。
そんな綱吉の心中を察してか、綺麗な人は、珍しくもその綺麗な面に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰ってきたら、僕と手合わせしなよ。・・・勿論、僕が飽きるまで」
「───善処します」
綺麗だが底知れない恐怖を感じさせる凶悪面から発された台詞を笑顔で躱す。図太くなったと自分自身感心した。
俺の最強の守護者は綺麗な人だ。
群れるのが嫌いだと言うくせに、強烈なカリスマ性で周囲を巻き込む。
容赦なく敵をぶちのめし、気に入らなければ味方もぶちのめす。
孤高になりきれないその人は、それでも一人で立っている。
凛と背筋を伸ばし、誰の色にも染まらない。そんな彼を、とても美しいと思った。
■し 心臓と心はこの場合同じことなのです
「大丈夫か、沢田」
書類仕事の最中であっても、あっけらかんとした存在に、綱吉は淡い苦笑を浮かべる。
仕事の報告に上がった青年は、綱吉の机の上にある書類の山を見て手伝いを申し出てくれたはいいが、全く量が減っている気がしない。
いや、絶対に減ってない。
にこにこと輝く笑みを浮かべた彼───綱吉の守護者の一人であり、日輪の銘を持つ笹川了平は、好意という名の暴挙に及んでいた。
とりあえず言葉に甘えて最近守護者から上がってきた報告を纏めた書類の分別を頼んだのだが、力が強すぎるのかビリっという嫌な音が聞こえたり、うをっ!?という悲鳴の後何かが零れる音が聞こえたり、・・・すまん、と時々懺悔するような声が聞こえてきたりと、とにかく綱吉の心をはらはらとさせる。
確かに書類の束は一つ失せたが、それは決して片付いたとは同意ではなかった。
涙が出そうな現状に、けれど生来小心者の綱吉に、『勘弁してください。部屋で大人しくしてください』などとは言えない。
これが相手が獄寺や山本なら別だろうが、輝かしい笑顔の持ち主である了平に、否定的な言葉を吐く勇気は持てなかった。
「・・・大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
眉を下げて笑えば、まるで大好きな飼い主に誉められた大型犬のように喜色を露にした青年は、益々笑みを深めて胸を張る。
どうにも憎めない態度に、綱吉も釣られて微笑んだ。
「俺は、役に立ったか?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
長い逡巡の後、それでも肯定した自分を誉めて欲しい。
獄寺とは違った意味できらきらしい瞳をぶつけてきた了平は、嬉しそうに頷く。
「それは良かった。最近は忙しく働いてるようだったから、少しでも手伝いたかったのだ。俺は書類仕事には向かんが、努力した甲斐がある」
「ありがとうございます」
そこに異論はなかったので、礼はするりと口から零れた。
どこまでも不器用なこの人は、常に何に対しても一直線だ。
今の位置に立つために自分が捨てたものを持ち続けるこの人を、綱吉は密かにかなり気に入っていた。
心を許す数少ない存在、と言っても過言ではないかもしれない。
「あまり無理はしてくれるなよ。お前が倒れては元も子もない」
「そうですね」
微笑みで肯定しながらも、心は強く反論する。
今ここで無理しなくていつすると言うのだ。
自分の知る限り最強であるはずのリボーンは帰らず、愛しい家族は次々と倒れていく。
打つべき手は全て後手に回り、対策を立てても全て見透かしたように裏を掻かれる。
焦りは常に心を焼いて、状況は最悪のさらに下の下といったところだろうか。
打つべき手は打っている。けれど全てが空回りだ。
一つ一つ道を潰された綱吉は、最早手段を選択していた。
雲雀に打診し協力を仰いだのもそのためで、迷いもぶれももうなくなっている。
「お前こそが俺達の心臓だ。体を動かすための要になる。───頼むから、無理はしてくれるな」
真摯な訴えに、にこり、と微笑む。
ほっと息を吐き出した彼は、二心を持たずして裏表もない。
優しい彼には何も伝えず、ただひっそりと頷いて。
■て 手伝ってください、さよならを始めます
入江正一。
中学時代からの古き知人がコンタクトを取ってきたのは、僅か一週間前。
リボーンがこの場にいれば決断が遅いと頭を殴られるかもしれないくらいの逡巡を経て、綱吉は再び会談の場を設けていた。
二人きりの空間。
誰も居ないその場所で、ボンゴレファミリーの長である綱吉を前に、彼は緊張で体を強張らせていた。
きっちりとスーツを着込んだ綱吉は、目の前で萎縮し怯える青年を見詰める。
眼鏡の奥の瞳は縋るようにこちらに向いており、顔色は青を通り越して土気色。
はっきりと恐怖を面に刻みながら、それでも我慢して留まる姿に目を伏せる。
「───提案を受け入れよう」
「え?」
「協力しようと、言っているんだ」
大きくはない、けれど通りがいい声で告げれば、目を丸くした正一は次の瞬間長く息を吐き出した。
脱力したのかソファの上で体が崩れ、今にも涙が零れそうに瞳は潤んでいる。
その姿を見た綱吉は、淡く苦笑した。
「大丈夫?正一君」
「・・・何とか。君、ギャップがありすぎて怖いよ」
「ははは。そうでもなきゃボンゴレの頭なんて張ってられないよ。普段の俺だとあっという間に殺されちゃうし」
「そうだね。──ドン・ボンゴレの君は簡単に死ななさそうだ。儚げであるのに強く悲愴な覚悟を胸に抱く、黒衣の死神、黄のアルコバレーノの秘蔵の弟子。最強と名高いボンゴレの長の君だからこそ、僕は君に協力を仰いだんだ」
「買い被りすぎだよ、正一君。俺は君たちと何も変わらない。守りたいものを護るために、ただ足掻いてるだけの存在だ」
「それをさらりと口に出す覚悟を持ってるから、強いというんだよ」
先ほどまでの緊張感溢れる姿ではなく、昔、一緒に遊んでいたときのような気安さで持って笑う正一に、綱吉も笑い返した。
彼が綱吉に運んだ情報は信じたくないが信じざるを得ない信憑性を持っており、協力してくれと仰いだ手段はとんでもない奇策だった。
それは綱吉自身にもリスクが高く、出来るならもっとリスクが低く成功率の高い策を得たかったが、一週間死ぬ気で努力してもそれ以上の策はなかった。
一歩間違えば気狂いと言われても仕方ない提案は、それでも信じるに値する根拠と数値を証明された。
目の前に置かれた資料は幾度検分しても納得できるもので、一人だけ得た協力者に意見を聞いたが彼も同じ答えを返した。
だから、踏み切ることにした。
過去も現在も何もかもを巻き込むだろう提案に、たった二人の協力者と手を組み挑む。
それはドン・ボンゴレとして、沢田綱吉として、最良となした選択肢だ。
「・・・成功、するかな」
「成功させるんだよ」
弱気な発言を打ち消すよう、にこりと微笑んで断言する。
死ぬ気になれば何だって出来る。
それを嫌になるほど証明させた男は傍に居ないけれど、骨身に染みて叩き込まれていた。
だから。
「俺は、ドン・ボンゴレとして選択した。後は突き進むだけだ」
最高の友人たちへのさよならの、カウントダウンを始めよう。
■も もしかして永遠とか言うつもりですか
「・・・甘いですよ綱吉君。それで僕の妨害をしたつもりですか」
クーフーフーと地の底から聞こえてくる深いな声に、睡眠に入ろうとしていた意識をたたき起こすとじとりと眉を寄せた。
はっきり言おう。綱吉は不機嫌だ。
毎度毎度何故か寝入りばなを強襲する襲撃者に、じとりと眉を寄せれば、視線が向いたのに気を良くしたらしい男はにこりと微笑んだ。
雲雀と並べても遜色ないくらいオリエンタルな美貌が際立つ男だが、性格の悪さが全てを台無しにしている。
そんな難あり男───六道骸は許可なく綱吉のベッドに足をかけると、子供のようにダイビングしてきた。
「ぐえっ」
「・・・品がないですね。ドン・ボンゴレともあろう男が」
「うめき声に品を求めるな!お前ならどうするって言うんだよ!」
「それは当然微かに眉を顰めて『・・・っ』でしょうね。これくらいですとあざとさがないですし、品も保ててその上色気も醸し出せる。ああ、そうなると君には無理ですよねぇ。何しろ色彩こそ西洋人の血が混じってますが、顔つきは東洋人ののっぺり顔ですもんねぇ」
「悪かったな!のっぺり顔がいいっていう奴もいるんだよ!鼻が低くて可愛いと惚れる奴もいるんだよ!いつまでも若々しくて羨ましいと嫉まれることもあるんだよ!」
「・・・まぁ、君の顔など褒める部分は若さくらいしかありませんもんね。すみません」
「何だよ、その腹が立つ謝罪!謝ってるのか貶してるのかはっきりしろ!」
「馬鹿にしてるだけですので、あしからず」
「~っ」
ベッドの、正確に言えば、ベッドの上で寝ている綱吉の上でごろごろと転がる骸は、全く裏表ありませんとばかりの胡散臭い笑顔を向けてきた。
折角侵入防止のために暗証番号を変えておいたのに、全く問題なく進入した挙句、部屋の主をローラー張りに引くのはどんな了見だろう。
否、どんな了見であっても許せるはずがない暴挙に、びしりと額に青筋を浮かべ首根っこを捕まえる。
本当なら頭に生えているつんつんをむしりとって遣りたいが、武士の情けで我慢してやった。
代わりに男にしては肌理細かくさわり心地の良い頬を思い切り捻りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「・・・もっと品がある悲鳴は出せないわけ?」
「あに馬鹿なほといっへるんでふは!さっさとへをはなひなはい!」
「へを放すー?へを放すってどういう意味?低脳な俺の頭じゃ理解できないよ。ごめんな!」
「わらとらひいしゃらいはいりまへん!しゃっしゃとへをはなひなはい!!」
「あー・・・聞こえない、聞こえない。判別不能な言葉しか聞こえない」
首を振りつつ遠慮なく力を篭めれば、徐々に涙目になってきた男に意地悪く笑いかける。
不愉快そうに眉を吊り上げ、それでもなすがままの彼に、最後に強く力を篭めてから解放してやると、すぐさま手が伸びてきた。
予想通りの行動に目を細めつつ、端を握った布団で骸の体をぐるぐる巻きにする。
卑怯ですよ!と叫び声をあげるのを無視して棒状のそれを抱いてやれば、唇を尖らせて視線を逸らしながら、それでも抵抗は収まった。
「───お前さ、睡眠不足になるたび俺のとこに来る癖、どうにかしろ。女でも作ってしけこめばいい」
「何ですか、その下品な発想。これだからマフィアは嫌なんです。大体僕が眠れないのに君が眠る意味が判りません」
「俺もお前のそのジャイアニズム溢れる発想の意味が判らないよ」
息を吐き出し素直じゃない甘え方の男を、仕方なしに宥めにかかる。
いい年して何をしてるんだと思わなくもないが、そのまま放って置くことも出来ないので毎回有耶無耶で流されていた。
だから骸が図に乗るのだと知っているが、それでも彼の孤独を知っているので甘やかしてしまう。
こんなところ、守護者の面々に見られたら冗談でなく血の雨が降るだろう。
骸が綱吉の元へ通っているのは、彼の分身である髑髏でさえ知らないのだ。
自分が入れば術を使ってさっさと綱吉の部屋に警戒態勢を敷く彼は、二人きりであると漸く肩の力が抜けるらしい。
いつか体を奪う。
いつか滅ぼしてみせる。
いつか根絶やしにしてやる。
そう言いながら、彼が甘えられる場所は綱吉の傍だけで、それを哀れに思わなくもない。
指輪の持つ銘のごとく、実態を掴ませない青年が、唯一心を解ける場所をここと定めたなら、拒絶など出来ようはずもなかった。
「お前さ、もうちょっと不眠症何とかしろよ」
「何とかなるならしています。これは慢性的なものでどうしようもないです」
「医者に───」
「医者を呼んだら医者ごと殺します」
紛れもない本気の殺気を交えた発言に、はぁ、と重たいため息を吐く。
「せめて、俺以外にも抱き枕を作れ」
「クフフフフ。僕は君の睡眠を邪魔するのが好きなんです。寝不足が解消しても、気が済むまで邪魔し続けますよ」
楽しそうに笑う姿は子供みたいで、情けなく眉を下げて笑って見せた。
自分がいなくなった後の骸が少しだけ心配で、それでも迷えない自分が少し嫌だった。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■ど どんなまことをお持ちでも
「十代目」
きらきらと目を輝かせてこちらを伺う獄寺に、ふっと苦笑する。
他の誰に対してもつんけんしている(控えめな表現で)彼だが、綱吉の前ではとろとろに蕩けたチーズ並に柔らかく熱い。
釣り上がり気味の瞳は純粋な好意を湛え、『あなたが好きです!』と見えない尻尾を全力で振っている錯覚が見えた。
昔から彼は変わらない。体は成長し、肉体的にも精神的にも強くなった。綺麗な顔は昔よりも精悍さを増し、綺麗としか表現できないくせに男らしく格好いい。
切れ上がった二重の瞳の色は藍砥茶よりももう少し薄く、浅緑だろうか。昔彼の瞳と同じ色の宝石が欲しくて色事典なんてものを調べてみたけれど、ついぞ選別しきることが出来なかった。アッシュシルバーの髪を肩を超すくらいに伸ばした彼は、前髪こそ短くなったがその分大人の色気が凄まじい。細身でありながらよく鍛えられた体に、明晰すぎて色々な研究所からスカウトが来た頭脳。冷静沈着と評判でどんなピンチな局面でも表情一つ崩さない。
極めつけの美形であるか女性は放っておいても群がるし、『消えろ、ブス!』と暴言を吐いても、格好いいの一言で許される。蔑みを交えた強い視線がたまらなくイイらしいが、綱吉には判らない境地だ。
だが未だにその顔を直視すれば見惚れてしまう程度に影響力のある顔なのは認めるところだ。美人は三日で飽きると言うが、綱吉の周りに存在する美人にそれは適用されない言葉だった。
「美形は得だなぁ」
「はい?」
「何でもないよ、こっちの話。───それで、今日はどうしたの?俺の右腕は非番のはずだけど」
「はい、今日はお休みいただいてます」
「じゃあ、何で俺の部屋に?今日は仕事を頼んでないよ」
プライベートだというのに、いかにも只者じゃない雰囲気丸出しの濃い紺色のスーツを着た青年に問いかければ、にこり、と花も恥らう微笑みを浮かべて背中に隠していたらしい物体を綱吉に見せた。
イタリア語で『楽園』と書かれた箱は、綱吉も見知ったもので、ぱあ、と意識せず表情が明るくなる。学生時代、スクアーロを巻き込んで通った懐かしい店。ここ一年とんとご無沙汰だったのだけど、まだ潰れていなかったらしい。
「お疲れの十代目に差し入れです!ここのケーキ、お好きでしょう?」
「───良く知ってるねぇ。俺、君に教えた記憶ないんだけど?」
「十代目のことで俺が知らないことはありません!」
喜びもさることながら、若干ドン引きする発言を胸を張って訴える獄寺に、綱吉は苦笑した。
好意は空を包みどこまでも真っ直ぐに。嵐の銘を持つ彼の荒れ狂う天候は、空を護るために存在する。
自分を見守る大空が何者にも傷つけられぬよう、雷を落とし風を吹かせ雨を叩き付けるのだ。
厚く重たい雲の上で、荒れ果てた天候のその上で、変わらず大空が存在するよう、全身全霊で全てを懸ける。
「獄寺君はさ、俺に依存してるね。中学時代の刷り込みが未だに続いてるのは、君が誠実だから?」
思わず口を突いて出た疑問は無遠慮で不躾なものだった。昔からの疑問ではあるが、日本人らしく八橋に包むべきだったか。素っ気無いほど率直な疑問は、彼を傷つけたかもしれない。
中学時代、彼と知り合ったばかりなら、こんな質問恐ろしくて出来なかった。行動が読めない彼は出会いもインパクトがありすぎて、その後の行動もインパクトがありすぎた。いつだって彼の世界の中心は綱吉で、もういい年の今でも変わらない忠誠心は、褪せるどころか強まっている。
ミルフィオーレのボンゴレ狩りが表面化し、一人で出歩けば幹部ですら危ないというのに、その危険も考慮せず綱吉のためにとケーキを買いに走ってしまうほどに。
獄寺の忠誠心は、ボンゴレでも一・二を争うだろう。真っ直ぐな想いはぶれるずに綱吉へ捧げられている。だからこそ怖い。
「君は、もし俺が居なくなったらどうするつもり?」
「十代目が居なくなる?」
「そう。例えばこんな商売に嫌気が差しボンゴレを飛び出したり、例えばXANXUSが反逆して追い出されたり、例えば───そう、例えば俺がミルフィオーレの前に斃れたりして、君を置いていったらどうするの?」
問いかけは簡潔に。そうでないと回りすぎる彼の頭は変な誤回答を弾き出す場合がある。綱吉が絡まなければ優秀な参謀は、自分の介入により崩れることだって少なくない。
それを理解するからこその疑問で、知らねばならない問題であった。
綱吉の言葉を理解するように呟き、暫し黙り込んだ彼はにこりと微笑んだ。混じり気ない、好意百パーセントの笑顔で。
「大丈夫です、十代目!十代目が居なくなったら、俺はどこまでもついていきます。ボンゴレを飛び出しても、XANXUSの野郎に追い出されても、どこまでだって付いて行きます」
「なら、俺が死んだ時は?」
「勿論、付いて行きます!当然です」
胸を張った獄寺に、目を細める。迷いのない断言は危険極まりなく、彼の真実を晒していた。
実際綱吉が万が一命を絶った場合、彼は世界に絶望するだろう。手段はわからぬが、何が何でも綱吉を追おうとするだろう。他の何かに目をくれるはずがなく、居なくなった綱吉を追い求めるだろう。
獄寺の心は脆い。鋼で武装し、誰も近づけぬよう周りを威嚇し、悟られぬように攻撃を繰り返す。そのくせ心の内に入れた相手には甘く、悪態をつきながら全力で護る。野良犬みたいな警戒心に騙されがちだが、彼の心は純粋で繊細だ。そして救いようがないほど一途。
そして彼の存在は綱吉にとっても危険だった。
これほど純粋な好意を一途に注がれ嫌えるはずがない。彼はずるくて酷い。他の誰にも許さない心の柔らかな場所を、綱吉にだけ差し出してくる。握り潰しても壊しても微塵切りにしてもいいのだと、あなたになら何をされてもいいのだと。何をされても赦すのだと。
そうして全てを無条件に捧げるように見せながら、何をしてもいいから捨てないでくれと懇願するのだ。
「君は本当に厄介だよ、獄寺君」
「・・・十代目?」
きょとん、と瞬きを繰り返し首を傾げる彼は、無邪気な子供そのものだった。
だから綱吉は布石を投じる。彼が容易にその命を投げ出さないように、深く深く釘を刺す。
「ねぇ、獄寺君」
「はい、何でしょう?」
「その命、簡単に使わないでよ。俺が必要とする場面で、もっとも効果的に利用してあげるから」
まるで物に対するような発言だ。自分でも何様と聞きたくなるほど傲慢で、呆れるほどに図々しい。浮かべる笑みはふてぶてしく、告げた声は温度がない。
それなのに、その宣言に対し、嬉しげに目元を染めた彼は元気よく『是』と返事をした。
獄寺を置いていくのはとても怖い。彼が綱吉を重要視するのと比例して自分の価値を決めているのを知っているから。
一人になれば、彼は簡単に自分の命を捨てられる。価値を見出せなくなるだろう。
だから。
「俺と約束して、獄寺君。俺が必要とした時にその命を使うと。俺が判断を下さない限り、自分で自分を殺さないと」
約束して、ともう一度告げれば、はいっと空気より軽い返事がきた。
君の世界が闇一色になったとしても、俺は俺の計画を止めない。
彼の真実がどこにあっても、俺の世界を覆せない。
■う うつくしいひとはひとりでうつくしい
「それで君は僕にどうして欲しいの?」
休日に突然訪問した綱吉に驚きもなく出迎えた彼は、手土産のナッツ人形とヒバード人形を弄びながら綱吉へ視線を向けた。黒髪の麗人である雲雀には藍染の浴衣がとてもよく似合い、シンプルな露芝の柄が彼の美貌を引き立てている。
建設途中の日本支部に腰を据える綱吉の守護者の一人で、群れるのを嫌う孤高の風紀委員長は、ボンゴレの支部に自室を作りそこから見える日本庭園を横目に優雅にお茶を啜る。
彼の正面で用意された座布団にきっちりと正座する綱吉は、若干痺れた足を強固な意志で誤魔化しつつ彼と同じようにお茶を啜った。
口に広がる苦味は甘さが混じり渋みも程よくとても美味しい。茶葉もさることながらきっと淹れての手腕もあるだろう。雲雀の補佐を続ける男を思い出すと、少しだけ笑った。
一人でいきなり笑い出した綱吉に、訝しげな眼差しを向けた雲雀は膝の上に置いていた人形を脇へ退ける。熱の篭らない視線は呆れているようにも、関心がないようにも見え判断し難い。
へらり、と笑い返せば、見せ付けるようにため息を吐いた雲雀は、肩に乗るヒバードを指先で撫でるともう一度同じ台詞を繰り返した。
「貴方の好きに振舞ってくれればいいですよ」
嘘偽りない笑顔を向ければ、きゅっと柳眉が寄った。純和風の美貌を持つ雲雀のご尊顔は今日も変わらず美しい。イタリア人の血が遙か彼方に流れている綱吉としては、彼のさらさらの黒髪が羨ましくて仕方ない。だが万が一彼と同じ髪色になったとしてもその美貌に追いつくはずがないので、髪を染めるのは止めている。同じ和服が似合う人種でも、精悍という言葉が似合う山本と違い、麗人という言葉が似合う男だった。
いつも渋い表情をしているが、その美貌が損なわれるものではない。暢気に鑑賞していると、苛立ちを篭めた眼差しが殺気を含んで向けられたので慌てて言い足す。
「本当に、俺がお願いしたのはこの間の一つだけなんで、他は貴方が好きに動いてくれていいんです」
「それがどんな結果をもたらすものであったとしても?」
「はい」
「───君が斃れたと知れたら、ボンゴレは荒れるよ。守護者達は錯乱し、最悪後を追おうとするかもしれない。今は爪を研いでるだけの独立暗殺部隊は牙を剥くかもしれない。同盟ファミリーの長達は自分の家族を護るために敵方に付くかもしれない。僕だって君を裏切って、この町を拠点に生きるかもしれない。それでも君は僕の好きにしていいと?」
「ええ」
瞳に力を篭め頷けば、彼の眉間の皺が益々深くなった。折角綺麗なのに勿体無いと言えば、どこに隠してあるか判らないギミック付きのトンファーで殴られるだろうか。随分と丸くなったけれど、相変わらず彼の凶暴性は衰えて居ないから、きっと殴られるだけじゃなく半死半生の憂き目にあうのだろう。
リアルに出来る想像に身を竦ませると、黒々とした瞳でこちらを伺う彼に微笑む。それは『沢田綱吉』としてでなく『ボンゴレ十世』として利用する微笑みだ。リボーンにお墨付きを頂いた数少ない綱吉の武器の一つは、強い者を好む彼もお気に入りだと知っている。意識して口角を持ち上げると、声を低くして気分を切り替えた。
「俺は俺の作った組織を信用している。確かに守護者は荒れるだろう。だが俺の意思に背く守護者は存在しない。独立部隊は爪も牙も晒すだろう。それでも最強を欲する男が『俺』を諦めると思えない。最後にお前だ、雲雀恭弥。自由を好むお前は束縛を嫌う。浮雲のお前を束縛しようなんて俺は思ってない。それくらい、聡いお前なら気付いてるだろう?」
「・・・当然だよ。この僕を束縛しようなんて百年早い。僕は群れるのは嫌いだ」
「知ってるよ。───だからただ信じよう、俺の雲の守護者を。何だかんだと文句を言いながら、その指輪を捨てないお前を。ボンゴレ十世として、そして沢田綱吉として、信用してる」
纏っていた覇気を笑顔と共に散らす。今度は先ほどまでの空気が重くなる気を纏わず、あくまで綱吉としての笑顔。情けなく眉を下げ、お願いしますと苦笑する。
すると益々不機嫌そうに目を細めた雲雀に睨みつけられ、思わずびびりながら身を引いた。
「飴と鞭のつもりなわけ?」
「俺が、雲雀さんに?そんな高度なプレイが出来たら、貴方を束縛してますよ」
「ふぅん」
もう興味を失ったとばかりに、再び脇に置いていた人形を膝に乗せた美青年に綱吉は苦笑した。
彼は一人だ。それでも綱吉を助ける守護者だ。彼は一人じゃない。彼自身の組織があり、彼自身守護者で居る。
「貴方は自由にしてください、雲雀さん。ああ、でも『過去』の俺を殺さないでくれるとありがたいです。未来を変えても過去がなくなれば終わりですから」
さりげなくお願いすると、人形から視線を上げた彼は詰まらなそうに返事をした。
「僕は僕の好きにする。引き受けたのは教育係だけだ。草食動物がどうなろうと、僕が知ったことじゃない」
「そう言うと思いました」
一瞬脳裏を『選択ミス』とアラームが鳴り響いたが、それでいいのだと本能を捩じ伏せる。
手加減抜きに自分を教育して絶対に裏切らない人間。その為の選別は守護者が適切で、誰より第三者の目を持つ雲雀が良いと直感も告げたはずだ。強く凛々しく厳しい彼は、手加減抜きで綱吉を鍛えてくれるに違いない。短期間で実力を伸ばすには、リボーンが居ない現在彼しか適任は居ないはずだ。
近い内に来る未来───ああ、でもある意味過去であるが───で、『綱吉』が見るのは天国か地獄か。少なくとも人格崩壊だけは起こしてくれるなと祈るしかない。
そんな綱吉の心中を察してか、綺麗な人は、珍しくもその綺麗な面に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰ってきたら、僕と手合わせしなよ。・・・勿論、僕が飽きるまで」
「───善処します」
綺麗だが底知れない恐怖を感じさせる凶悪面から発された台詞を笑顔で躱す。図太くなったと自分自身感心した。
俺の最強の守護者は綺麗な人だ。
群れるのが嫌いだと言うくせに、強烈なカリスマ性で周囲を巻き込む。
容赦なく敵をぶちのめし、気に入らなければ味方もぶちのめす。
孤高になりきれないその人は、それでも一人で立っている。
凛と背筋を伸ばし、誰の色にも染まらない。そんな彼を、とても美しいと思った。
■し 心臓と心はこの場合同じことなのです
「大丈夫か、沢田」
書類仕事の最中であっても、あっけらかんとした存在に、綱吉は淡い苦笑を浮かべる。
仕事の報告に上がった青年は、綱吉の机の上にある書類の山を見て手伝いを申し出てくれたはいいが、全く量が減っている気がしない。
いや、絶対に減ってない。
にこにこと輝く笑みを浮かべた彼───綱吉の守護者の一人であり、日輪の銘を持つ笹川了平は、好意という名の暴挙に及んでいた。
とりあえず言葉に甘えて最近守護者から上がってきた報告を纏めた書類の分別を頼んだのだが、力が強すぎるのかビリっという嫌な音が聞こえたり、うをっ!?という悲鳴の後何かが零れる音が聞こえたり、・・・すまん、と時々懺悔するような声が聞こえてきたりと、とにかく綱吉の心をはらはらとさせる。
確かに書類の束は一つ失せたが、それは決して片付いたとは同意ではなかった。
涙が出そうな現状に、けれど生来小心者の綱吉に、『勘弁してください。部屋で大人しくしてください』などとは言えない。
これが相手が獄寺や山本なら別だろうが、輝かしい笑顔の持ち主である了平に、否定的な言葉を吐く勇気は持てなかった。
「・・・大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
眉を下げて笑えば、まるで大好きな飼い主に誉められた大型犬のように喜色を露にした青年は、益々笑みを深めて胸を張る。
どうにも憎めない態度に、綱吉も釣られて微笑んだ。
「俺は、役に立ったか?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
長い逡巡の後、それでも肯定した自分を誉めて欲しい。
獄寺とは違った意味できらきらしい瞳をぶつけてきた了平は、嬉しそうに頷く。
「それは良かった。最近は忙しく働いてるようだったから、少しでも手伝いたかったのだ。俺は書類仕事には向かんが、努力した甲斐がある」
「ありがとうございます」
そこに異論はなかったので、礼はするりと口から零れた。
どこまでも不器用なこの人は、常に何に対しても一直線だ。
今の位置に立つために自分が捨てたものを持ち続けるこの人を、綱吉は密かにかなり気に入っていた。
心を許す数少ない存在、と言っても過言ではないかもしれない。
「あまり無理はしてくれるなよ。お前が倒れては元も子もない」
「そうですね」
微笑みで肯定しながらも、心は強く反論する。
今ここで無理しなくていつすると言うのだ。
自分の知る限り最強であるはずのリボーンは帰らず、愛しい家族は次々と倒れていく。
打つべき手は全て後手に回り、対策を立てても全て見透かしたように裏を掻かれる。
焦りは常に心を焼いて、状況は最悪のさらに下の下といったところだろうか。
打つべき手は打っている。けれど全てが空回りだ。
一つ一つ道を潰された綱吉は、最早手段を選択していた。
雲雀に打診し協力を仰いだのもそのためで、迷いもぶれももうなくなっている。
「お前こそが俺達の心臓だ。体を動かすための要になる。───頼むから、無理はしてくれるな」
真摯な訴えに、にこり、と微笑む。
ほっと息を吐き出した彼は、二心を持たずして裏表もない。
優しい彼には何も伝えず、ただひっそりと頷いて。
■て 手伝ってください、さよならを始めます
入江正一。
中学時代からの古き知人がコンタクトを取ってきたのは、僅か一週間前。
リボーンがこの場にいれば決断が遅いと頭を殴られるかもしれないくらいの逡巡を経て、綱吉は再び会談の場を設けていた。
二人きりの空間。
誰も居ないその場所で、ボンゴレファミリーの長である綱吉を前に、彼は緊張で体を強張らせていた。
きっちりとスーツを着込んだ綱吉は、目の前で萎縮し怯える青年を見詰める。
眼鏡の奥の瞳は縋るようにこちらに向いており、顔色は青を通り越して土気色。
はっきりと恐怖を面に刻みながら、それでも我慢して留まる姿に目を伏せる。
「───提案を受け入れよう」
「え?」
「協力しようと、言っているんだ」
大きくはない、けれど通りがいい声で告げれば、目を丸くした正一は次の瞬間長く息を吐き出した。
脱力したのかソファの上で体が崩れ、今にも涙が零れそうに瞳は潤んでいる。
その姿を見た綱吉は、淡く苦笑した。
「大丈夫?正一君」
「・・・何とか。君、ギャップがありすぎて怖いよ」
「ははは。そうでもなきゃボンゴレの頭なんて張ってられないよ。普段の俺だとあっという間に殺されちゃうし」
「そうだね。──ドン・ボンゴレの君は簡単に死ななさそうだ。儚げであるのに強く悲愴な覚悟を胸に抱く、黒衣の死神、黄のアルコバレーノの秘蔵の弟子。最強と名高いボンゴレの長の君だからこそ、僕は君に協力を仰いだんだ」
「買い被りすぎだよ、正一君。俺は君たちと何も変わらない。守りたいものを護るために、ただ足掻いてるだけの存在だ」
「それをさらりと口に出す覚悟を持ってるから、強いというんだよ」
先ほどまでの緊張感溢れる姿ではなく、昔、一緒に遊んでいたときのような気安さで持って笑う正一に、綱吉も笑い返した。
彼が綱吉に運んだ情報は信じたくないが信じざるを得ない信憑性を持っており、協力してくれと仰いだ手段はとんでもない奇策だった。
それは綱吉自身にもリスクが高く、出来るならもっとリスクが低く成功率の高い策を得たかったが、一週間死ぬ気で努力してもそれ以上の策はなかった。
一歩間違えば気狂いと言われても仕方ない提案は、それでも信じるに値する根拠と数値を証明された。
目の前に置かれた資料は幾度検分しても納得できるもので、一人だけ得た協力者に意見を聞いたが彼も同じ答えを返した。
だから、踏み切ることにした。
過去も現在も何もかもを巻き込むだろう提案に、たった二人の協力者と手を組み挑む。
それはドン・ボンゴレとして、沢田綱吉として、最良となした選択肢だ。
「・・・成功、するかな」
「成功させるんだよ」
弱気な発言を打ち消すよう、にこりと微笑んで断言する。
死ぬ気になれば何だって出来る。
それを嫌になるほど証明させた男は傍に居ないけれど、骨身に染みて叩き込まれていた。
だから。
「俺は、ドン・ボンゴレとして選択した。後は突き進むだけだ」
最高の友人たちへのさよならの、カウントダウンを始めよう。
■も もしかして永遠とか言うつもりですか
「・・・甘いですよ綱吉君。それで僕の妨害をしたつもりですか」
クーフーフーと地の底から聞こえてくる深いな声に、睡眠に入ろうとしていた意識をたたき起こすとじとりと眉を寄せた。
はっきり言おう。綱吉は不機嫌だ。
毎度毎度何故か寝入りばなを強襲する襲撃者に、じとりと眉を寄せれば、視線が向いたのに気を良くしたらしい男はにこりと微笑んだ。
雲雀と並べても遜色ないくらいオリエンタルな美貌が際立つ男だが、性格の悪さが全てを台無しにしている。
そんな難あり男───六道骸は許可なく綱吉のベッドに足をかけると、子供のようにダイビングしてきた。
「ぐえっ」
「・・・品がないですね。ドン・ボンゴレともあろう男が」
「うめき声に品を求めるな!お前ならどうするって言うんだよ!」
「それは当然微かに眉を顰めて『・・・っ』でしょうね。これくらいですとあざとさがないですし、品も保ててその上色気も醸し出せる。ああ、そうなると君には無理ですよねぇ。何しろ色彩こそ西洋人の血が混じってますが、顔つきは東洋人ののっぺり顔ですもんねぇ」
「悪かったな!のっぺり顔がいいっていう奴もいるんだよ!鼻が低くて可愛いと惚れる奴もいるんだよ!いつまでも若々しくて羨ましいと嫉まれることもあるんだよ!」
「・・・まぁ、君の顔など褒める部分は若さくらいしかありませんもんね。すみません」
「何だよ、その腹が立つ謝罪!謝ってるのか貶してるのかはっきりしろ!」
「馬鹿にしてるだけですので、あしからず」
「~っ」
ベッドの、正確に言えば、ベッドの上で寝ている綱吉の上でごろごろと転がる骸は、全く裏表ありませんとばかりの胡散臭い笑顔を向けてきた。
折角侵入防止のために暗証番号を変えておいたのに、全く問題なく進入した挙句、部屋の主をローラー張りに引くのはどんな了見だろう。
否、どんな了見であっても許せるはずがない暴挙に、びしりと額に青筋を浮かべ首根っこを捕まえる。
本当なら頭に生えているつんつんをむしりとって遣りたいが、武士の情けで我慢してやった。
代わりに男にしては肌理細かくさわり心地の良い頬を思い切り捻りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「・・・もっと品がある悲鳴は出せないわけ?」
「あに馬鹿なほといっへるんでふは!さっさとへをはなひなはい!」
「へを放すー?へを放すってどういう意味?低脳な俺の頭じゃ理解できないよ。ごめんな!」
「わらとらひいしゃらいはいりまへん!しゃっしゃとへをはなひなはい!!」
「あー・・・聞こえない、聞こえない。判別不能な言葉しか聞こえない」
首を振りつつ遠慮なく力を篭めれば、徐々に涙目になってきた男に意地悪く笑いかける。
不愉快そうに眉を吊り上げ、それでもなすがままの彼に、最後に強く力を篭めてから解放してやると、すぐさま手が伸びてきた。
予想通りの行動に目を細めつつ、端を握った布団で骸の体をぐるぐる巻きにする。
卑怯ですよ!と叫び声をあげるのを無視して棒状のそれを抱いてやれば、唇を尖らせて視線を逸らしながら、それでも抵抗は収まった。
「───お前さ、睡眠不足になるたび俺のとこに来る癖、どうにかしろ。女でも作ってしけこめばいい」
「何ですか、その下品な発想。これだからマフィアは嫌なんです。大体僕が眠れないのに君が眠る意味が判りません」
「俺もお前のそのジャイアニズム溢れる発想の意味が判らないよ」
息を吐き出し素直じゃない甘え方の男を、仕方なしに宥めにかかる。
いい年して何をしてるんだと思わなくもないが、そのまま放って置くことも出来ないので毎回有耶無耶で流されていた。
だから骸が図に乗るのだと知っているが、それでも彼の孤独を知っているので甘やかしてしまう。
こんなところ、守護者の面々に見られたら冗談でなく血の雨が降るだろう。
骸が綱吉の元へ通っているのは、彼の分身である髑髏でさえ知らないのだ。
自分が入れば術を使ってさっさと綱吉の部屋に警戒態勢を敷く彼は、二人きりであると漸く肩の力が抜けるらしい。
いつか体を奪う。
いつか滅ぼしてみせる。
いつか根絶やしにしてやる。
そう言いながら、彼が甘えられる場所は綱吉の傍だけで、それを哀れに思わなくもない。
指輪の持つ銘のごとく、実態を掴ませない青年が、唯一心を解ける場所をここと定めたなら、拒絶など出来ようはずもなかった。
「お前さ、もうちょっと不眠症何とかしろよ」
「何とかなるならしています。これは慢性的なものでどうしようもないです」
「医者に───」
「医者を呼んだら医者ごと殺します」
紛れもない本気の殺気を交えた発言に、はぁ、と重たいため息を吐く。
「せめて、俺以外にも抱き枕を作れ」
「クフフフフ。僕は君の睡眠を邪魔するのが好きなんです。寝不足が解消しても、気が済むまで邪魔し続けますよ」
楽しそうに笑う姿は子供みたいで、情けなく眉を下げて笑って見せた。
自分がいなくなった後の骸が少しだけ心配で、それでも迷えない自分が少し嫌だった。
いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■い 一番近くが無理だったときは
「行くの、リボーン?」
黒衣の死神との呼び名通りに全身を黒で決めた元・家庭教師に声をかける。
ボルサリーノにクラシコイタリアのスーツ。
均整の取れたスタイルに、一瞬で目が奪われる絶世の美貌。将来どころか赤ん坊の時分から女泣かせな彼は、自身の魅力をきっちりと理解している。
自分よりも身長は低いくせに、身に纏う雰囲気は老獪で油断ならぬもの。
黄のアルコバレーノ──殺し屋リボーンは、子供らしくはないが反面とても彼らしいニヒルな笑みを口元に刷いた。
「何だツナ。寂しいのか?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。そうじゃなく、俺が言いたいのは───」
「一丁前に俺の心配か?お前が?この俺を?」
器用にも綱吉より背が低いはずのリボーンは、下から綱吉を見下した。
小馬鹿にした様子は余裕たっぷりで、何の心配も必要ないと、どころかそれは侮辱にしかならないと言外に告げている。
しかしそれは上辺だけのものでしかないと綱吉は知っているし、誰よりリボーンが理解しているだろう。
徐々に横行し始めたミルフィオーレによるマフィア狩り。
規模は段々と大きくなり、新興勢力であったはずのそれは、ついに大御所のボンゴレにまで手を出すようになっていた。
始めはこちらが有利に進んでいたはずの戦いの、異変に気づいたのはいつだったか。
目の前の少年に鍛えられた超直感が絶えずアラームを鳴らし、迫る危機の大きさに油断ならないと本能が叫ぶ。
綱吉と違い目の前の少年には超直感はないが、彼とてその長年の経験で悟っているはずだ。
今回の敵は、今までに類を見ない凶悪で凶暴なものだと。
気を抜けば喉元を食い破られるのは綱吉率いるボンゴレで、マフィア界一のファミリーすら存亡は危ういと。
アルコバレーノの強さは綱吉自身よく知っている。
リボーンを筆頭に彼ら虹色の冠がつく赤ん坊を十年近く見てきたのだ。突出した強さは自分が敵うものではなく、歴然とした差があった。
それは一生を懸けても埋まらない溝で、だからこそ綱吉は誰よりアルコバレーノを恐怖する。
赤子の首を捻る容易さで彼らは自分を殺す事が出来る。それくらい、個々の能力は秀でていた。
けど、それでも。
彼らの強さを知っているはずの綱吉なのに、頭の中の警報が鳴り止まないのだ。
赤い点滅を繰り返し、彼を止めろと全力で訴える。
綱吉の直感はまず外れない。
これを鍛えたのがリボーンである限り、外れないのだ。
「リボーン」
「・・・俺を心配だなんてふざけた言葉を吐くなよ、ツナ。お前が心配するのは俺のことじゃねぇ。お前のファミリー、守ってやる家族のことだけだ」
「けど」
「俺を失望させるな、ツナ。俺はお前を何処に出しても恥ずかしくない十代目に育てたはずだ。お前を育てた俺を信用出来ないか」
「───その聞き方は卑怯だリボーン。俺には一つしか答えが用意されてない」
「当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
「黒衣の死神、黄のアルコバレーノ。最強の殺し屋で、俺の最高の家庭教師だ」
迷わず告げれば満足げに頷いたリボーンは、綱吉の制止も聞かずにさっさと背を向けた。
もうリボーンは決めてしまったのだ。
ならば綱吉が何を言っても止まらない。止められない。
体の脇で拳を握ると、深く深呼吸を繰り返す。
どうにかして心を静め、随分と距離が開いた元・家庭教師に向けて声を張り上げた。
「リボーン!」
「・・・・・・」
「絶対帰って来い!家族と一緒に待ってる!」
精一杯心を込めて叫べば、振り返りはしなかったが応えるように片手を上げた。
自分よりも小さくて、遥かに大きい背中を見詰め綱吉は唇をかみ締めた。
■つ 月はめぐる、星もめぐる、君だってきっと
「・・・協力しよう、綱吉君」
中学時代に知り合った懐かしい男の言葉に、綱吉は瞼を閉じた。
相手は今尚勢力を拡充し続けるミルフィオーレの幹部の一人。
信じるには危険で、リスクが高い男だった。
ドン・ボンゴレである自分の領域で、供も付けずに居座る彼を目を細めて観察する。
確かに嘗ては交流があった男だが、彼を信じても良いか、情に流され判断できる立場にない。
綱吉の肩にはボンゴレに所属する家族全ての命が乗っており、自己の甘い判断により彼らを危険に晒す真似は絶対に出来なかった。
それは己の信条に反するし、自分を育ててくれた元・家庭教師の教えにも背いたものだ。
閉じた瞼の裏で間黒衣の死神を思い描き、振り切るように息を吐く。
先日出て行ったリボーンは、一週間経った今でも帰ってこない。
嫌な噂ばかりが出回り、綱吉自身その噂を否定する要素を何一つ持ってなかった。
曰く、黒衣の死神リボーンは、ミルフィオーレにより斃れた、と。
信じたくなくて信じないための証拠を集めるために情報を探した。
しかしながら手元に来るのは全て噂を真実と知らしめるためのものばかりで、状況的証拠だけの情報だけだったとはいえ彼の生存を確認できるものは何もない。
それがまた綱吉を苛立たせ焦りを募らせたが、本当は判っていた。
数日前、突如脳裏で超直感のアラームが強く鳴ったと思った瞬間、胸の奥深く、心の一部が削げ落ちたような空虚な感覚が身を襲った。
自分自身が欠けてしまったように空ろな部分は埋まらず、日々焦燥で心が焼け落ちそうだ。
苦しくて切なくてもどかしくて仕方ない。それなのに失ったピースを求めても、世界の何処にもないのだと直感が知らしめる。
何より信じられる自分の超直感を鍛えたのは、何より信用していた家庭教師だった。
それはつまりそういう意味だと、綱吉は悟るしかなかった。
「僕は世界を破滅に導く彼らを止めたい。その為の方法もずっと考えてきたし、未来を変える手段を開発した。こうなったのは僕の所為だ。───身勝手な頼みだと知っている。それでも、君にしか出来ないんだ!お願いだ、協力してくれ綱吉君!!」
全身で訴えかける彼───正一に、嘘はないように見えた。
そして彼が告げる計画の内容は綱吉にとって魅力的で、自分が考えたどの手段よりも一番勝算が高い気がした。
『未来を変える』
そうすれば失われた何もかもを取り戻し、尚且つ彼の告げる正常な道へと時間軸を戻せるのだろうか。
瞼を閉じれば、自信に満ちたニヒルな笑顔。
誰よりも何よりも信じる、最強で最凶な人の姿。
もしも、未来が変えられるなら、それは綱吉にとって何よりも大きな誘惑である。
『俺を失望させるな、ツナ』
それでも楔になる言葉がある。
自分の欲求だけでなく、何を標とすべきか綱吉の根本に叩き込んだのも彼。
彼に失望されるのは、命を失うよりも恐ろしい。
だから。
「───考えさせてもらう。俺にとって、それが第一の手段ならば、俺はお前の手を取ろう」
ドン・ボンゴレとして最良の道を選択せねばならない。
例えそれが、もう二度と彼と見(まみ)えることがない人生だったとしても、彼に恥じない生き方をしたい。
ファミリーを守るのは綱吉の本能に近く、その為なら自分を売るのも容易だ。
だが落ちぶれても自分は『ドン・ボンゴレ』。
その命の価値を安売りしたりは決してしない。
もし、もう一度彼に見えた時に胸を張って笑えるように、自分の命すら駒の一つとして使おう。
最良の瞬間に、最高の使い方を。
家庭教師に教え込まれたボンゴレの帝王の笑みに、喉を鳴らした敵勢力の幹部の案が本当に良策か。
判別するために一番必要な人物を、脳裏に幾人かリストアップした。
■か かたっぱしから思い出して笑えるような
混じりけない綺麗な金色の髪を月夜に照らす青年に、綱吉はくすりと笑いかける。
ボンゴレにとって不利な状況になりつつあるのに、王子を自称する彼の余裕は崩れない。
彼がボスと仰ぐ男の裁量を信じているのか、それとも絶対の自信を持つ自分の実力故なのか。
少なくとも綱吉が『ドン・ボンゴレ』であるからなどと欠片も考えないだろう彼に、心が僅かに解れた。
「また、報告書は略式?」
「うししし、何か文句ある?」
「そりゃあるよ。どうせ此処まで来るんだから完璧なものを持ってきてくれれば手間が省けるのに」
「やだね。何で俺がそんな面倒なことしなきゃなんないの?」
「ベルがこの仕事の担当責任者だからねぇ。求めて当然じゃない?」
「俺は報告書なんて書かなくてもいいの。そんな地味な作業はスクアーロがやるっしょ。俺には事務仕事は似合わないし。だって俺、王子だもん」
いつもどおりの決まり文句に、思わず破顔してしまう。
彼は何処まで行ってもゴーイングマイウェイで、悪気がない行動は大層迷惑なものなのに、いっそ笑えるくらいに清々しい。
今も『俺、王子だし』の理論で書類を押し付けられたスクアーロの憤怒が目に浮かぶ。
ヴァリアー一苦労性の彼は、怒り叫び喚きながらも何だかんだで書類をきっちり片付けて提出してくれるだろう。
独立暗殺部隊のナンバー2とは思えない扱いだが、それがスクアーロなのだと今では言えてしまう。
人に仕事を押し付けたくせに、何故か毎度提出しなくてもいい『簡易報告書』はきっちりと自分の元へ持ってくるベルフェゴールも、可愛いと言えば言えなくない。
馬鹿と天才は紙一重だと良く聞くが、まさしく彼はそれを体現している。
自分の興味を擽る事に関しては欲求が深いくせに、関心がないことにはいっそ潔いほど無欲だ。
綱吉より年上のはずだが、子供みたいな無邪気な一面を知ってしまったから、綱吉は彼を心の底から拒否出来なくなってしまった。
昔は獄寺を瀕死の重傷まで追い込んだ彼に恐怖しか覚えなかったのに、随分と図太くなった神経に自分でも呆れる。
けれど彼と付き合おうと思えば普通の神経では絶対に無理なので、丁度いいのだろう。
「報告、ありがとう」
「ししっ、感謝してよ綱吉。この俺が態々持ってきてやったんだから」
「うん、感謝してるよ。さすがベル」
「うししし」
率直に誉めれば首を竦めた彼は嬉しそうに声を上げた。
ある種素直な彼は、自分の嵐の守護者と少しばかり似ている部分があり、年上なのに可愛いと思えた。
「さて、今日のお仕事は終わりです」
「じゃ、王子も部屋に帰ろーっと。明日はオフだから遊びに行くし」
「そうですか。じゃあ、お土産お願い。ドルチェセットで宜しく」
「王子に頼みごと?ま、いいけど」
機嫌よく踵を返す彼は、目立つ外見なのに徐々に闇に姿を潜らせる。
その姿が消え去る前に。
「XANXUSを頼むよ、ベル」
囁いた声が、届いていなければいい。
いつだって笑っているマイペースな彼は、きっと自分が居ない未来でも笑っているだろう。
自分の死程度で彼の笑顔は曇らぬと、信じているのか信じたいのか。
綱吉には、判断がつかなかった。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■い 一番近くが無理だったときは
「行くの、リボーン?」
黒衣の死神との呼び名通りに全身を黒で決めた元・家庭教師に声をかける。
ボルサリーノにクラシコイタリアのスーツ。
均整の取れたスタイルに、一瞬で目が奪われる絶世の美貌。将来どころか赤ん坊の時分から女泣かせな彼は、自身の魅力をきっちりと理解している。
自分よりも身長は低いくせに、身に纏う雰囲気は老獪で油断ならぬもの。
黄のアルコバレーノ──殺し屋リボーンは、子供らしくはないが反面とても彼らしいニヒルな笑みを口元に刷いた。
「何だツナ。寂しいのか?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。そうじゃなく、俺が言いたいのは───」
「一丁前に俺の心配か?お前が?この俺を?」
器用にも綱吉より背が低いはずのリボーンは、下から綱吉を見下した。
小馬鹿にした様子は余裕たっぷりで、何の心配も必要ないと、どころかそれは侮辱にしかならないと言外に告げている。
しかしそれは上辺だけのものでしかないと綱吉は知っているし、誰よりリボーンが理解しているだろう。
徐々に横行し始めたミルフィオーレによるマフィア狩り。
規模は段々と大きくなり、新興勢力であったはずのそれは、ついに大御所のボンゴレにまで手を出すようになっていた。
始めはこちらが有利に進んでいたはずの戦いの、異変に気づいたのはいつだったか。
目の前の少年に鍛えられた超直感が絶えずアラームを鳴らし、迫る危機の大きさに油断ならないと本能が叫ぶ。
綱吉と違い目の前の少年には超直感はないが、彼とてその長年の経験で悟っているはずだ。
今回の敵は、今までに類を見ない凶悪で凶暴なものだと。
気を抜けば喉元を食い破られるのは綱吉率いるボンゴレで、マフィア界一のファミリーすら存亡は危ういと。
アルコバレーノの強さは綱吉自身よく知っている。
リボーンを筆頭に彼ら虹色の冠がつく赤ん坊を十年近く見てきたのだ。突出した強さは自分が敵うものではなく、歴然とした差があった。
それは一生を懸けても埋まらない溝で、だからこそ綱吉は誰よりアルコバレーノを恐怖する。
赤子の首を捻る容易さで彼らは自分を殺す事が出来る。それくらい、個々の能力は秀でていた。
けど、それでも。
彼らの強さを知っているはずの綱吉なのに、頭の中の警報が鳴り止まないのだ。
赤い点滅を繰り返し、彼を止めろと全力で訴える。
綱吉の直感はまず外れない。
これを鍛えたのがリボーンである限り、外れないのだ。
「リボーン」
「・・・俺を心配だなんてふざけた言葉を吐くなよ、ツナ。お前が心配するのは俺のことじゃねぇ。お前のファミリー、守ってやる家族のことだけだ」
「けど」
「俺を失望させるな、ツナ。俺はお前を何処に出しても恥ずかしくない十代目に育てたはずだ。お前を育てた俺を信用出来ないか」
「───その聞き方は卑怯だリボーン。俺には一つしか答えが用意されてない」
「当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
「黒衣の死神、黄のアルコバレーノ。最強の殺し屋で、俺の最高の家庭教師だ」
迷わず告げれば満足げに頷いたリボーンは、綱吉の制止も聞かずにさっさと背を向けた。
もうリボーンは決めてしまったのだ。
ならば綱吉が何を言っても止まらない。止められない。
体の脇で拳を握ると、深く深呼吸を繰り返す。
どうにかして心を静め、随分と距離が開いた元・家庭教師に向けて声を張り上げた。
「リボーン!」
「・・・・・・」
「絶対帰って来い!家族と一緒に待ってる!」
精一杯心を込めて叫べば、振り返りはしなかったが応えるように片手を上げた。
自分よりも小さくて、遥かに大きい背中を見詰め綱吉は唇をかみ締めた。
■つ 月はめぐる、星もめぐる、君だってきっと
「・・・協力しよう、綱吉君」
中学時代に知り合った懐かしい男の言葉に、綱吉は瞼を閉じた。
相手は今尚勢力を拡充し続けるミルフィオーレの幹部の一人。
信じるには危険で、リスクが高い男だった。
ドン・ボンゴレである自分の領域で、供も付けずに居座る彼を目を細めて観察する。
確かに嘗ては交流があった男だが、彼を信じても良いか、情に流され判断できる立場にない。
綱吉の肩にはボンゴレに所属する家族全ての命が乗っており、自己の甘い判断により彼らを危険に晒す真似は絶対に出来なかった。
それは己の信条に反するし、自分を育ててくれた元・家庭教師の教えにも背いたものだ。
閉じた瞼の裏で間黒衣の死神を思い描き、振り切るように息を吐く。
先日出て行ったリボーンは、一週間経った今でも帰ってこない。
嫌な噂ばかりが出回り、綱吉自身その噂を否定する要素を何一つ持ってなかった。
曰く、黒衣の死神リボーンは、ミルフィオーレにより斃れた、と。
信じたくなくて信じないための証拠を集めるために情報を探した。
しかしながら手元に来るのは全て噂を真実と知らしめるためのものばかりで、状況的証拠だけの情報だけだったとはいえ彼の生存を確認できるものは何もない。
それがまた綱吉を苛立たせ焦りを募らせたが、本当は判っていた。
数日前、突如脳裏で超直感のアラームが強く鳴ったと思った瞬間、胸の奥深く、心の一部が削げ落ちたような空虚な感覚が身を襲った。
自分自身が欠けてしまったように空ろな部分は埋まらず、日々焦燥で心が焼け落ちそうだ。
苦しくて切なくてもどかしくて仕方ない。それなのに失ったピースを求めても、世界の何処にもないのだと直感が知らしめる。
何より信じられる自分の超直感を鍛えたのは、何より信用していた家庭教師だった。
それはつまりそういう意味だと、綱吉は悟るしかなかった。
「僕は世界を破滅に導く彼らを止めたい。その為の方法もずっと考えてきたし、未来を変える手段を開発した。こうなったのは僕の所為だ。───身勝手な頼みだと知っている。それでも、君にしか出来ないんだ!お願いだ、協力してくれ綱吉君!!」
全身で訴えかける彼───正一に、嘘はないように見えた。
そして彼が告げる計画の内容は綱吉にとって魅力的で、自分が考えたどの手段よりも一番勝算が高い気がした。
『未来を変える』
そうすれば失われた何もかもを取り戻し、尚且つ彼の告げる正常な道へと時間軸を戻せるのだろうか。
瞼を閉じれば、自信に満ちたニヒルな笑顔。
誰よりも何よりも信じる、最強で最凶な人の姿。
もしも、未来が変えられるなら、それは綱吉にとって何よりも大きな誘惑である。
『俺を失望させるな、ツナ』
それでも楔になる言葉がある。
自分の欲求だけでなく、何を標とすべきか綱吉の根本に叩き込んだのも彼。
彼に失望されるのは、命を失うよりも恐ろしい。
だから。
「───考えさせてもらう。俺にとって、それが第一の手段ならば、俺はお前の手を取ろう」
ドン・ボンゴレとして最良の道を選択せねばならない。
例えそれが、もう二度と彼と見(まみ)えることがない人生だったとしても、彼に恥じない生き方をしたい。
ファミリーを守るのは綱吉の本能に近く、その為なら自分を売るのも容易だ。
だが落ちぶれても自分は『ドン・ボンゴレ』。
その命の価値を安売りしたりは決してしない。
もし、もう一度彼に見えた時に胸を張って笑えるように、自分の命すら駒の一つとして使おう。
最良の瞬間に、最高の使い方を。
家庭教師に教え込まれたボンゴレの帝王の笑みに、喉を鳴らした敵勢力の幹部の案が本当に良策か。
判別するために一番必要な人物を、脳裏に幾人かリストアップした。
■か かたっぱしから思い出して笑えるような
混じりけない綺麗な金色の髪を月夜に照らす青年に、綱吉はくすりと笑いかける。
ボンゴレにとって不利な状況になりつつあるのに、王子を自称する彼の余裕は崩れない。
彼がボスと仰ぐ男の裁量を信じているのか、それとも絶対の自信を持つ自分の実力故なのか。
少なくとも綱吉が『ドン・ボンゴレ』であるからなどと欠片も考えないだろう彼に、心が僅かに解れた。
「また、報告書は略式?」
「うししし、何か文句ある?」
「そりゃあるよ。どうせ此処まで来るんだから完璧なものを持ってきてくれれば手間が省けるのに」
「やだね。何で俺がそんな面倒なことしなきゃなんないの?」
「ベルがこの仕事の担当責任者だからねぇ。求めて当然じゃない?」
「俺は報告書なんて書かなくてもいいの。そんな地味な作業はスクアーロがやるっしょ。俺には事務仕事は似合わないし。だって俺、王子だもん」
いつもどおりの決まり文句に、思わず破顔してしまう。
彼は何処まで行ってもゴーイングマイウェイで、悪気がない行動は大層迷惑なものなのに、いっそ笑えるくらいに清々しい。
今も『俺、王子だし』の理論で書類を押し付けられたスクアーロの憤怒が目に浮かぶ。
ヴァリアー一苦労性の彼は、怒り叫び喚きながらも何だかんだで書類をきっちり片付けて提出してくれるだろう。
独立暗殺部隊のナンバー2とは思えない扱いだが、それがスクアーロなのだと今では言えてしまう。
人に仕事を押し付けたくせに、何故か毎度提出しなくてもいい『簡易報告書』はきっちりと自分の元へ持ってくるベルフェゴールも、可愛いと言えば言えなくない。
馬鹿と天才は紙一重だと良く聞くが、まさしく彼はそれを体現している。
自分の興味を擽る事に関しては欲求が深いくせに、関心がないことにはいっそ潔いほど無欲だ。
綱吉より年上のはずだが、子供みたいな無邪気な一面を知ってしまったから、綱吉は彼を心の底から拒否出来なくなってしまった。
昔は獄寺を瀕死の重傷まで追い込んだ彼に恐怖しか覚えなかったのに、随分と図太くなった神経に自分でも呆れる。
けれど彼と付き合おうと思えば普通の神経では絶対に無理なので、丁度いいのだろう。
「報告、ありがとう」
「ししっ、感謝してよ綱吉。この俺が態々持ってきてやったんだから」
「うん、感謝してるよ。さすがベル」
「うししし」
率直に誉めれば首を竦めた彼は嬉しそうに声を上げた。
ある種素直な彼は、自分の嵐の守護者と少しばかり似ている部分があり、年上なのに可愛いと思えた。
「さて、今日のお仕事は終わりです」
「じゃ、王子も部屋に帰ろーっと。明日はオフだから遊びに行くし」
「そうですか。じゃあ、お土産お願い。ドルチェセットで宜しく」
「王子に頼みごと?ま、いいけど」
機嫌よく踵を返す彼は、目立つ外見なのに徐々に闇に姿を潜らせる。
その姿が消え去る前に。
「XANXUSを頼むよ、ベル」
囁いた声が、届いていなければいい。
いつだって笑っているマイペースな彼は、きっと自分が居ない未来でも笑っているだろう。
自分の死程度で彼の笑顔は曇らぬと、信じているのか信じたいのか。
綱吉には、判断がつかなかった。
いたいのいたいのとんでいけ
--お題サイト:afaikさまより--
彼は甘い人間ではない。
それは環境がそうさせるものであり、逃れられない経験が成長をそう促したとも言える。
彼の世界は甘さを持っていればすぐさま喉を食い破られ、その地位と土足で踏み躙られる。
血と硝煙と生と死。
目を閉ざしたくなるほど汚いものがある場所で、彼は背筋を伸ばして誰からも見えるように凛と存在していた。
銃声が鳴り響く中、自身も元・家庭教師から下賜された銃を持った綱吉は、死ぬ気の炎こそ出していないもののドン・ボンゴレとして相応しい覇気を纏っていた。
黒く靡く外套と、最終兵器として身につけられたXグローブ。
白いスーツは比喩でなく火花が散り埃が舞うこの場所でも少しの汚れもない。
視線の少し先では主であるボンゴレX世のために、銘の通り嵐となった同僚が敵を蹴散らしていた。
普段なら自分も彼と並ぶが、今回の了平の立場はそれではない。
立場上ドン・ボンゴレ自らが粛清に赴く回数は少ない。
ボンゴレほどの規模になると一々小競り合い程度で頭が顔を出すのは有り得ない事態で、だからこそ彼は余程大きな対立や彼自身の顔が潰れた場合にのみ姿を出すのが常である。
しかし何事にも例外は存在する。
裏切りを繰り返させないために見せしめが必要だと彼が判断した事態のみ、彼は敵方の規模に関係なく出撃に赴く場合がある。
裏切り者が出るたびに繰り返されるものではないが、周りが油断する寸前に効果的に自分を使うのがボンゴレX世沢田綱吉という男だった。
裏切りは極力なくしたい。
しかしながら強大なファミリーであればあるほど不穏分子を抱え込む隙も大きくなる。
ボンゴレファミリーは余所に比べれば結束は固い方だが、それでも末端まで目が行くわけではない。
仕方がないと言えば仕方がない。当然と言えば当然の結果だ。
だからせめても被害を抑えるために、昔の経験を手痛い学びとして彼は自分を使うのだ。
今回の裏切りは不名誉な事に了平の部隊から起こった。
一週間前新たに迎え入れた直属の部下の行動がおかしいのに気がついたのは、彼が部下になったその日だった。
配属は人事が行ったもので了平の指示が加わったものではないが、裏切りは裏切り。
せめても救いだったのは彼がまだ根を張る前で、ボンゴレが甚大な被害を受ける情報を渡していなかったことだろう。
だが不名誉を受ける羽目になった了平からすれば、それは何も救いではない。
裏切り者だと気付いた時に何らかの処理をしたのではなく、裏切られた挙句に敵に寝返られたとは、幹部として有り得ない失態だ。
今回も粛清のメンバーからは当たり前に外されたのを、何とか粘り連れてきてもらった。
汚名返上の機会は一度しか与えられない。
それをしくじれば彼の信頼は暴落し、名誉挽回には長く時間が掛かるだろう。
自身の武器である拳を固め、リングにいつでも炎を注入できるよう覚悟を定める。
戦いに挑む際の覚悟は千差万別。
今回の了平の覚悟は、『自分の部下だった男を手に掛ける』覚悟だ。
「沢田」
「・・・何だ」
「すまなかった」
謝罪は意味を成さない。
少なくとも謝れば全てが解決するなら警察は要らないし、そもそもマフィアは存在しないだろう。
この場で謝るのは了平のエゴ以外の何物でもなく、それを無言で流したのは綱吉の優しさだろう。
ダイナマイトをばら撒いている獄寺が居たら、今すぐにでも標的になったに違いない。
しかもより確実性を求めて形態変化した武器で赤竜巻の矢を放つだろう。
それくらい了平の言葉は無責任で、誰よりも綱吉に向けていけないものだ。
だが言わずにはいられなかった。
回避できるはずの展開は、了平の甘さで現実となった。
「・・・この展開は想定していた」
「沢田」
「人事に手を回し了平の部下にと選んだのは俺だ。彼が裏切るのは始めからわかっていた」
「・・・なら」
「手を下さなかったのは何故か。それは俺の甘さだ。お前の下なら可能性があると思ったんだ。俺が勝手に期待した、その結果がこれだった」
ぽつりと呟かれた言葉は、酷く重い響きを与える。
結果に期待したというなら、了平はそれを見事に裏切った。
綱吉の言葉は了平に衝撃を与え、一瞬呼吸も止まった。
ショックを受けた様子を隠さない了平を静かな眼差しで見詰めた彼は、僅かに表情を崩す。
「お前にではなく、裏切り者の良心に期待したんだ。お前の部隊は俺の幹部の中でも明るい。良心なんて形にならないものに期待したくなるほど、俺はお前の部隊を信じている。しっぺ返しを喰らったのは俺が甘かったからだ。戦いたくない、殺したくない。そうして逃げて今がある。大事の前の小事と考えてはいけないのにな」
沈痛な面持ちに否定しかけて拳を握る。
甘さを悔やむ彼は、どれだけ時間が経ってもただの優しい人だった。
優しさと甘さの区切りがどこにあるかなんて了平は知らない。
けれど彼のそれを、ただの甘さと切って捨てるには了平は彼を知りすぎた。
唇を噛み締め伝う血の鉄錆び臭い味が口内に広がる。
彼はドン・ボンゴレの仮面を被っているはずなのに、その背後に泣きそうな顔をした子供が見えた気がした。
涙を堪え他人の人生を奪うのに怯えた普通の子供。
綱吉の心の奥に眠る、守らなくてはいけない彼が。
「・・・っ」
喉元まで上がる言葉を無理やり嚥下する。
それは絶対に言ってはいけない。口にしてはいけない。
こんな顔をさせていいはずがないのだ。
彼の日輪であるべき自分が、大空を曇らせていいはずがない。
「俺に」
「・・・・・・」
「俺に命令してくれ、沢田。お前の晴の守護者である、この俺に。今回の失態のさきがけとなった、この俺に」
他の誰かではなく、了平が晴らさなくてはならない。
何故なら他の誰でもなく、この自分が大空を太陽で照らす存在なのだから。
空に雨を降らせてはいけない。
厚く重い雲をのさばらせていけない。
綱吉に似合うのは、綺麗な青空なのだから。
「お前が手を回そうと、これは俺自身の失態だ。名誉挽回のチャンスをくれ」
自分の家族のためだとしても、未だに命令に躊躇う彼を。
涙を流さず悲しむ彼の、背中を押すためそっと囁く。
「俺は死ぬつもりはない。だから俺に命令しろ」
了平は彼ほど優しくなれない。
空が曇れば許せない。雨が落ちれば拭いたい。
その望みを叶えるために、だからこそ彼に言わせたい。
「命令してくれ、ドン・ボンゴレ」
鎮痛に眉を寄せた彼が、ゆるりと唇を持ち上げる。
臆病な彼の言葉に、了平は哂った。
どうしたって何が一番大切かを忘れれない彼を、誰に生きて欲しいか選んでいる彼を、誰かを得るため誰かに命を奪えと命じる彼を。
───慰める術は今日も見つからない。
--お題サイト:afaikさまより--
彼は甘い人間ではない。
それは環境がそうさせるものであり、逃れられない経験が成長をそう促したとも言える。
彼の世界は甘さを持っていればすぐさま喉を食い破られ、その地位と土足で踏み躙られる。
血と硝煙と生と死。
目を閉ざしたくなるほど汚いものがある場所で、彼は背筋を伸ばして誰からも見えるように凛と存在していた。
銃声が鳴り響く中、自身も元・家庭教師から下賜された銃を持った綱吉は、死ぬ気の炎こそ出していないもののドン・ボンゴレとして相応しい覇気を纏っていた。
黒く靡く外套と、最終兵器として身につけられたXグローブ。
白いスーツは比喩でなく火花が散り埃が舞うこの場所でも少しの汚れもない。
視線の少し先では主であるボンゴレX世のために、銘の通り嵐となった同僚が敵を蹴散らしていた。
普段なら自分も彼と並ぶが、今回の了平の立場はそれではない。
立場上ドン・ボンゴレ自らが粛清に赴く回数は少ない。
ボンゴレほどの規模になると一々小競り合い程度で頭が顔を出すのは有り得ない事態で、だからこそ彼は余程大きな対立や彼自身の顔が潰れた場合にのみ姿を出すのが常である。
しかし何事にも例外は存在する。
裏切りを繰り返させないために見せしめが必要だと彼が判断した事態のみ、彼は敵方の規模に関係なく出撃に赴く場合がある。
裏切り者が出るたびに繰り返されるものではないが、周りが油断する寸前に効果的に自分を使うのがボンゴレX世沢田綱吉という男だった。
裏切りは極力なくしたい。
しかしながら強大なファミリーであればあるほど不穏分子を抱え込む隙も大きくなる。
ボンゴレファミリーは余所に比べれば結束は固い方だが、それでも末端まで目が行くわけではない。
仕方がないと言えば仕方がない。当然と言えば当然の結果だ。
だからせめても被害を抑えるために、昔の経験を手痛い学びとして彼は自分を使うのだ。
今回の裏切りは不名誉な事に了平の部隊から起こった。
一週間前新たに迎え入れた直属の部下の行動がおかしいのに気がついたのは、彼が部下になったその日だった。
配属は人事が行ったもので了平の指示が加わったものではないが、裏切りは裏切り。
せめても救いだったのは彼がまだ根を張る前で、ボンゴレが甚大な被害を受ける情報を渡していなかったことだろう。
だが不名誉を受ける羽目になった了平からすれば、それは何も救いではない。
裏切り者だと気付いた時に何らかの処理をしたのではなく、裏切られた挙句に敵に寝返られたとは、幹部として有り得ない失態だ。
今回も粛清のメンバーからは当たり前に外されたのを、何とか粘り連れてきてもらった。
汚名返上の機会は一度しか与えられない。
それをしくじれば彼の信頼は暴落し、名誉挽回には長く時間が掛かるだろう。
自身の武器である拳を固め、リングにいつでも炎を注入できるよう覚悟を定める。
戦いに挑む際の覚悟は千差万別。
今回の了平の覚悟は、『自分の部下だった男を手に掛ける』覚悟だ。
「沢田」
「・・・何だ」
「すまなかった」
謝罪は意味を成さない。
少なくとも謝れば全てが解決するなら警察は要らないし、そもそもマフィアは存在しないだろう。
この場で謝るのは了平のエゴ以外の何物でもなく、それを無言で流したのは綱吉の優しさだろう。
ダイナマイトをばら撒いている獄寺が居たら、今すぐにでも標的になったに違いない。
しかもより確実性を求めて形態変化した武器で赤竜巻の矢を放つだろう。
それくらい了平の言葉は無責任で、誰よりも綱吉に向けていけないものだ。
だが言わずにはいられなかった。
回避できるはずの展開は、了平の甘さで現実となった。
「・・・この展開は想定していた」
「沢田」
「人事に手を回し了平の部下にと選んだのは俺だ。彼が裏切るのは始めからわかっていた」
「・・・なら」
「手を下さなかったのは何故か。それは俺の甘さだ。お前の下なら可能性があると思ったんだ。俺が勝手に期待した、その結果がこれだった」
ぽつりと呟かれた言葉は、酷く重い響きを与える。
結果に期待したというなら、了平はそれを見事に裏切った。
綱吉の言葉は了平に衝撃を与え、一瞬呼吸も止まった。
ショックを受けた様子を隠さない了平を静かな眼差しで見詰めた彼は、僅かに表情を崩す。
「お前にではなく、裏切り者の良心に期待したんだ。お前の部隊は俺の幹部の中でも明るい。良心なんて形にならないものに期待したくなるほど、俺はお前の部隊を信じている。しっぺ返しを喰らったのは俺が甘かったからだ。戦いたくない、殺したくない。そうして逃げて今がある。大事の前の小事と考えてはいけないのにな」
沈痛な面持ちに否定しかけて拳を握る。
甘さを悔やむ彼は、どれだけ時間が経ってもただの優しい人だった。
優しさと甘さの区切りがどこにあるかなんて了平は知らない。
けれど彼のそれを、ただの甘さと切って捨てるには了平は彼を知りすぎた。
唇を噛み締め伝う血の鉄錆び臭い味が口内に広がる。
彼はドン・ボンゴレの仮面を被っているはずなのに、その背後に泣きそうな顔をした子供が見えた気がした。
涙を堪え他人の人生を奪うのに怯えた普通の子供。
綱吉の心の奥に眠る、守らなくてはいけない彼が。
「・・・っ」
喉元まで上がる言葉を無理やり嚥下する。
それは絶対に言ってはいけない。口にしてはいけない。
こんな顔をさせていいはずがないのだ。
彼の日輪であるべき自分が、大空を曇らせていいはずがない。
「俺に」
「・・・・・・」
「俺に命令してくれ、沢田。お前の晴の守護者である、この俺に。今回の失態のさきがけとなった、この俺に」
他の誰かではなく、了平が晴らさなくてはならない。
何故なら他の誰でもなく、この自分が大空を太陽で照らす存在なのだから。
空に雨を降らせてはいけない。
厚く重い雲をのさばらせていけない。
綱吉に似合うのは、綺麗な青空なのだから。
「お前が手を回そうと、これは俺自身の失態だ。名誉挽回のチャンスをくれ」
自分の家族のためだとしても、未だに命令に躊躇う彼を。
涙を流さず悲しむ彼の、背中を押すためそっと囁く。
「俺は死ぬつもりはない。だから俺に命令しろ」
了平は彼ほど優しくなれない。
空が曇れば許せない。雨が落ちれば拭いたい。
その望みを叶えるために、だからこそ彼に言わせたい。
「命令してくれ、ドン・ボンゴレ」
鎮痛に眉を寄せた彼が、ゆるりと唇を持ち上げる。
臆病な彼の言葉に、了平は哂った。
どうしたって何が一番大切かを忘れれない彼を、誰に生きて欲しいか選んでいる彼を、誰かを得るため誰かに命を奪えと命じる彼を。
───慰める術は今日も見つからない。
【6日目】
「・・・貴方が十代目」
ぽつりと呟かれた言葉に琥珀色の瞳を僅かに見開いたその人は、しゃがみ込むと淡い微笑を浮かべた。
八の字に眉を下げているが、雰囲気は酷く穏やかだ。
年齢は違うがそっくりな顔が二つ並び、獄寺はうっとりと手を組んでその様子を眺めた。
本当ならカメラとビデオを装備したかったが、その装備はドン・ボンゴレの執務室では許可されていない。
だから代わりに心のメモリーに刻み込むことにした。
例え体が死しても、魂は永久に忘れないだろう。
夢のような光景は幸せと陶酔を獄寺にもたらす。
「十代目?どうしてこの子が俺を十代目って呼ぶのさ、リボーン」
「そりゃ育て親が獄寺だからな。学習しちまったんだろ」
「あー・・・獄寺君が親。親ね」
どこか遠い目をした綱吉に、隣に居たリボーンが楽しそうに口角を上げる。
室内でも手放さないボルサリーノを指先で上げると、その秀麗な顔をさらししげしげと子供を覗き込んだ。
そんなリボーンの様子も無視した子供は、ただ一心に綱吉だけを見詰める。
リボーンは先ほどとは違う笑みを一瞬だけ浮かべると、ボルサリーノで表情を隠した。
「さすが獄寺が育てた餓鬼だな。お前しか見ねぇ」
「・・・あー・・・獄寺君が育てた子供だもんねぇ。いくら俺の炎が元でも獄寺君混じってるもんねぇ」
「そんなっ、俺と十代目が混じってるなんて、俺、俺」
「変な意味じゃないから。君が想像してる意味じゃないから」
何処か疲れた様子の綱吉に、ククッと喉を鳴らして笑ったリボーンが獄寺を見る。
隣に並ぶのが自然に見える彼らの関係は獄寺の憧れで、同時に目標であった。
自分が綱吉の右腕の自覚はある。
誰よりも崇拝する主がそれを宣言し、そして獄寺自身がそれを喜び勇んで享受していた。
それはとても光栄で幸せな現実だが、獄寺の目標は彼の全幅の信頼を得ることだ。
リボーンと綱吉の関係はまさしくそれを表しており、獄寺にとって二人の関係は理想だった。
リボーン以外の誰かがその地位にあるなら激しく嫉妬しただろうが、彼が相手なら今更嫉妬も沸かない。
それくらい綱吉のリボーンに対する信頼は絶大で、羨ましいほど絶対だった。
「それにしても・・・この匣アニマルは、死ぬ気の炎を宿してるときのツナだな。間抜け面が少しは引き締まって見える」
「失礼な」
「何だ?否定できるのか?」
「───否定できないから、失礼だって言ってるんだよ」
一つため息を吐いた綱吉は、片腕に乗せるようにして子供を抱き上げる。
そうして瓜二つな顔立ちの子供を覗き込むと複雑な顔で苦笑した。
「それで、獄寺君。何故君はこの子を俺に会わせたかったの?」
「え?それは、その、ウーノさんが十代目に会いたがったからで・・・」
「ウーノさん?」
「はい。Un'ombraからとって、ウーノさんです」
「Un'ombra・・・影、か。中々いいネーミングセンスだが、ミニツナじゃダメだったのか?お前ならそう呼ぶかと思ったが」
「そうですね。リボーンさんが仰る通りウーノさんは十代目にそっくりです。ですが、十代目ではない。だから、ウーノさんなんです」
「・・・大した忠誠心だ」
くつくつと哂ったリボーンに、獄寺も僅かに口角を上げて見せた。
そう、この子供はどこまで行ってもUn'ombraでしかない。
他の誰が認めようと、獄寺にとってその事実は変わらない。
静かな眼差しを向ける子供に胸も痛まない。
それが、獄寺が獄寺たる所以だから。
子供は獄寺の闇すらも見透かすように目を細め、そして自分を抱き上げるその人に顔を向けた。
大人しいが何処か老成した雰囲気もあり、確かに彼は死ぬ気の炎を纏った綱吉に似ているかもしれない。
喜怒哀楽を前面に出すでもなく、ただ静かに存在した。
「俺が、隼人に頼んだ。俺が、十代目に会いたかった」
「───それは何故?」
「俺の、最後の成長のために、貴方の炎を分けてください」
彼の言葉に、獄寺は大きく目を見張った。
「・・・貴方が十代目」
ぽつりと呟かれた言葉に琥珀色の瞳を僅かに見開いたその人は、しゃがみ込むと淡い微笑を浮かべた。
八の字に眉を下げているが、雰囲気は酷く穏やかだ。
年齢は違うがそっくりな顔が二つ並び、獄寺はうっとりと手を組んでその様子を眺めた。
本当ならカメラとビデオを装備したかったが、その装備はドン・ボンゴレの執務室では許可されていない。
だから代わりに心のメモリーに刻み込むことにした。
例え体が死しても、魂は永久に忘れないだろう。
夢のような光景は幸せと陶酔を獄寺にもたらす。
「十代目?どうしてこの子が俺を十代目って呼ぶのさ、リボーン」
「そりゃ育て親が獄寺だからな。学習しちまったんだろ」
「あー・・・獄寺君が親。親ね」
どこか遠い目をした綱吉に、隣に居たリボーンが楽しそうに口角を上げる。
室内でも手放さないボルサリーノを指先で上げると、その秀麗な顔をさらししげしげと子供を覗き込んだ。
そんなリボーンの様子も無視した子供は、ただ一心に綱吉だけを見詰める。
リボーンは先ほどとは違う笑みを一瞬だけ浮かべると、ボルサリーノで表情を隠した。
「さすが獄寺が育てた餓鬼だな。お前しか見ねぇ」
「・・・あー・・・獄寺君が育てた子供だもんねぇ。いくら俺の炎が元でも獄寺君混じってるもんねぇ」
「そんなっ、俺と十代目が混じってるなんて、俺、俺」
「変な意味じゃないから。君が想像してる意味じゃないから」
何処か疲れた様子の綱吉に、ククッと喉を鳴らして笑ったリボーンが獄寺を見る。
隣に並ぶのが自然に見える彼らの関係は獄寺の憧れで、同時に目標であった。
自分が綱吉の右腕の自覚はある。
誰よりも崇拝する主がそれを宣言し、そして獄寺自身がそれを喜び勇んで享受していた。
それはとても光栄で幸せな現実だが、獄寺の目標は彼の全幅の信頼を得ることだ。
リボーンと綱吉の関係はまさしくそれを表しており、獄寺にとって二人の関係は理想だった。
リボーン以外の誰かがその地位にあるなら激しく嫉妬しただろうが、彼が相手なら今更嫉妬も沸かない。
それくらい綱吉のリボーンに対する信頼は絶大で、羨ましいほど絶対だった。
「それにしても・・・この匣アニマルは、死ぬ気の炎を宿してるときのツナだな。間抜け面が少しは引き締まって見える」
「失礼な」
「何だ?否定できるのか?」
「───否定できないから、失礼だって言ってるんだよ」
一つため息を吐いた綱吉は、片腕に乗せるようにして子供を抱き上げる。
そうして瓜二つな顔立ちの子供を覗き込むと複雑な顔で苦笑した。
「それで、獄寺君。何故君はこの子を俺に会わせたかったの?」
「え?それは、その、ウーノさんが十代目に会いたがったからで・・・」
「ウーノさん?」
「はい。Un'ombraからとって、ウーノさんです」
「Un'ombra・・・影、か。中々いいネーミングセンスだが、ミニツナじゃダメだったのか?お前ならそう呼ぶかと思ったが」
「そうですね。リボーンさんが仰る通りウーノさんは十代目にそっくりです。ですが、十代目ではない。だから、ウーノさんなんです」
「・・・大した忠誠心だ」
くつくつと哂ったリボーンに、獄寺も僅かに口角を上げて見せた。
そう、この子供はどこまで行ってもUn'ombraでしかない。
他の誰が認めようと、獄寺にとってその事実は変わらない。
静かな眼差しを向ける子供に胸も痛まない。
それが、獄寺が獄寺たる所以だから。
子供は獄寺の闇すらも見透かすように目を細め、そして自分を抱き上げるその人に顔を向けた。
大人しいが何処か老成した雰囲気もあり、確かに彼は死ぬ気の炎を纏った綱吉に似ているかもしれない。
喜怒哀楽を前面に出すでもなく、ただ静かに存在した。
「俺が、隼人に頼んだ。俺が、十代目に会いたかった」
「───それは何故?」
「俺の、最後の成長のために、貴方の炎を分けてください」
彼の言葉に、獄寺は大きく目を見張った。
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(03/30)
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(03/25)
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