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いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■ど どんなまことをお持ちでも
「十代目」
きらきらと目を輝かせてこちらを伺う獄寺に、ふっと苦笑する。
他の誰に対してもつんけんしている(控えめな表現で)彼だが、綱吉の前ではとろとろに蕩けたチーズ並に柔らかく熱い。
釣り上がり気味の瞳は純粋な好意を湛え、『あなたが好きです!』と見えない尻尾を全力で振っている錯覚が見えた。
昔から彼は変わらない。体は成長し、肉体的にも精神的にも強くなった。綺麗な顔は昔よりも精悍さを増し、綺麗としか表現できないくせに男らしく格好いい。
切れ上がった二重の瞳の色は藍砥茶よりももう少し薄く、浅緑だろうか。昔彼の瞳と同じ色の宝石が欲しくて色事典なんてものを調べてみたけれど、ついぞ選別しきることが出来なかった。アッシュシルバーの髪を肩を超すくらいに伸ばした彼は、前髪こそ短くなったがその分大人の色気が凄まじい。細身でありながらよく鍛えられた体に、明晰すぎて色々な研究所からスカウトが来た頭脳。冷静沈着と評判でどんなピンチな局面でも表情一つ崩さない。
極めつけの美形であるか女性は放っておいても群がるし、『消えろ、ブス!』と暴言を吐いても、格好いいの一言で許される。蔑みを交えた強い視線がたまらなくイイらしいが、綱吉には判らない境地だ。
だが未だにその顔を直視すれば見惚れてしまう程度に影響力のある顔なのは認めるところだ。美人は三日で飽きると言うが、綱吉の周りに存在する美人にそれは適用されない言葉だった。
「美形は得だなぁ」
「はい?」
「何でもないよ、こっちの話。───それで、今日はどうしたの?俺の右腕は非番のはずだけど」
「はい、今日はお休みいただいてます」
「じゃあ、何で俺の部屋に?今日は仕事を頼んでないよ」
プライベートだというのに、いかにも只者じゃない雰囲気丸出しの濃い紺色のスーツを着た青年に問いかければ、にこり、と花も恥らう微笑みを浮かべて背中に隠していたらしい物体を綱吉に見せた。
イタリア語で『楽園』と書かれた箱は、綱吉も見知ったもので、ぱあ、と意識せず表情が明るくなる。学生時代、スクアーロを巻き込んで通った懐かしい店。ここ一年とんとご無沙汰だったのだけど、まだ潰れていなかったらしい。
「お疲れの十代目に差し入れです!ここのケーキ、お好きでしょう?」
「───良く知ってるねぇ。俺、君に教えた記憶ないんだけど?」
「十代目のことで俺が知らないことはありません!」
喜びもさることながら、若干ドン引きする発言を胸を張って訴える獄寺に、綱吉は苦笑した。
好意は空を包みどこまでも真っ直ぐに。嵐の銘を持つ彼の荒れ狂う天候は、空を護るために存在する。
自分を見守る大空が何者にも傷つけられぬよう、雷を落とし風を吹かせ雨を叩き付けるのだ。
厚く重たい雲の上で、荒れ果てた天候のその上で、変わらず大空が存在するよう、全身全霊で全てを懸ける。
「獄寺君はさ、俺に依存してるね。中学時代の刷り込みが未だに続いてるのは、君が誠実だから?」
思わず口を突いて出た疑問は無遠慮で不躾なものだった。昔からの疑問ではあるが、日本人らしく八橋に包むべきだったか。素っ気無いほど率直な疑問は、彼を傷つけたかもしれない。
中学時代、彼と知り合ったばかりなら、こんな質問恐ろしくて出来なかった。行動が読めない彼は出会いもインパクトがありすぎて、その後の行動もインパクトがありすぎた。いつだって彼の世界の中心は綱吉で、もういい年の今でも変わらない忠誠心は、褪せるどころか強まっている。
ミルフィオーレのボンゴレ狩りが表面化し、一人で出歩けば幹部ですら危ないというのに、その危険も考慮せず綱吉のためにとケーキを買いに走ってしまうほどに。
獄寺の忠誠心は、ボンゴレでも一・二を争うだろう。真っ直ぐな想いはぶれるずに綱吉へ捧げられている。だからこそ怖い。
「君は、もし俺が居なくなったらどうするつもり?」
「十代目が居なくなる?」
「そう。例えばこんな商売に嫌気が差しボンゴレを飛び出したり、例えばXANXUSが反逆して追い出されたり、例えば───そう、例えば俺がミルフィオーレの前に斃れたりして、君を置いていったらどうするの?」
問いかけは簡潔に。そうでないと回りすぎる彼の頭は変な誤回答を弾き出す場合がある。綱吉が絡まなければ優秀な参謀は、自分の介入により崩れることだって少なくない。
それを理解するからこその疑問で、知らねばならない問題であった。
綱吉の言葉を理解するように呟き、暫し黙り込んだ彼はにこりと微笑んだ。混じり気ない、好意百パーセントの笑顔で。
「大丈夫です、十代目!十代目が居なくなったら、俺はどこまでもついていきます。ボンゴレを飛び出しても、XANXUSの野郎に追い出されても、どこまでだって付いて行きます」
「なら、俺が死んだ時は?」
「勿論、付いて行きます!当然です」
胸を張った獄寺に、目を細める。迷いのない断言は危険極まりなく、彼の真実を晒していた。
実際綱吉が万が一命を絶った場合、彼は世界に絶望するだろう。手段はわからぬが、何が何でも綱吉を追おうとするだろう。他の何かに目をくれるはずがなく、居なくなった綱吉を追い求めるだろう。
獄寺の心は脆い。鋼で武装し、誰も近づけぬよう周りを威嚇し、悟られぬように攻撃を繰り返す。そのくせ心の内に入れた相手には甘く、悪態をつきながら全力で護る。野良犬みたいな警戒心に騙されがちだが、彼の心は純粋で繊細だ。そして救いようがないほど一途。
そして彼の存在は綱吉にとっても危険だった。
これほど純粋な好意を一途に注がれ嫌えるはずがない。彼はずるくて酷い。他の誰にも許さない心の柔らかな場所を、綱吉にだけ差し出してくる。握り潰しても壊しても微塵切りにしてもいいのだと、あなたになら何をされてもいいのだと。何をされても赦すのだと。
そうして全てを無条件に捧げるように見せながら、何をしてもいいから捨てないでくれと懇願するのだ。
「君は本当に厄介だよ、獄寺君」
「・・・十代目?」
きょとん、と瞬きを繰り返し首を傾げる彼は、無邪気な子供そのものだった。
だから綱吉は布石を投じる。彼が容易にその命を投げ出さないように、深く深く釘を刺す。
「ねぇ、獄寺君」
「はい、何でしょう?」
「その命、簡単に使わないでよ。俺が必要とする場面で、もっとも効果的に利用してあげるから」
まるで物に対するような発言だ。自分でも何様と聞きたくなるほど傲慢で、呆れるほどに図々しい。浮かべる笑みはふてぶてしく、告げた声は温度がない。
それなのに、その宣言に対し、嬉しげに目元を染めた彼は元気よく『是』と返事をした。
獄寺を置いていくのはとても怖い。彼が綱吉を重要視するのと比例して自分の価値を決めているのを知っているから。
一人になれば、彼は簡単に自分の命を捨てられる。価値を見出せなくなるだろう。
だから。
「俺と約束して、獄寺君。俺が必要とした時にその命を使うと。俺が判断を下さない限り、自分で自分を殺さないと」
約束して、ともう一度告げれば、はいっと空気より軽い返事がきた。
君の世界が闇一色になったとしても、俺は俺の計画を止めない。
彼の真実がどこにあっても、俺の世界を覆せない。
■う うつくしいひとはひとりでうつくしい
「それで君は僕にどうして欲しいの?」
休日に突然訪問した綱吉に驚きもなく出迎えた彼は、手土産のナッツ人形とヒバード人形を弄びながら綱吉へ視線を向けた。黒髪の麗人である雲雀には藍染の浴衣がとてもよく似合い、シンプルな露芝の柄が彼の美貌を引き立てている。
建設途中の日本支部に腰を据える綱吉の守護者の一人で、群れるのを嫌う孤高の風紀委員長は、ボンゴレの支部に自室を作りそこから見える日本庭園を横目に優雅にお茶を啜る。
彼の正面で用意された座布団にきっちりと正座する綱吉は、若干痺れた足を強固な意志で誤魔化しつつ彼と同じようにお茶を啜った。
口に広がる苦味は甘さが混じり渋みも程よくとても美味しい。茶葉もさることながらきっと淹れての手腕もあるだろう。雲雀の補佐を続ける男を思い出すと、少しだけ笑った。
一人でいきなり笑い出した綱吉に、訝しげな眼差しを向けた雲雀は膝の上に置いていた人形を脇へ退ける。熱の篭らない視線は呆れているようにも、関心がないようにも見え判断し難い。
へらり、と笑い返せば、見せ付けるようにため息を吐いた雲雀は、肩に乗るヒバードを指先で撫でるともう一度同じ台詞を繰り返した。
「貴方の好きに振舞ってくれればいいですよ」
嘘偽りない笑顔を向ければ、きゅっと柳眉が寄った。純和風の美貌を持つ雲雀のご尊顔は今日も変わらず美しい。イタリア人の血が遙か彼方に流れている綱吉としては、彼のさらさらの黒髪が羨ましくて仕方ない。だが万が一彼と同じ髪色になったとしてもその美貌に追いつくはずがないので、髪を染めるのは止めている。同じ和服が似合う人種でも、精悍という言葉が似合う山本と違い、麗人という言葉が似合う男だった。
いつも渋い表情をしているが、その美貌が損なわれるものではない。暢気に鑑賞していると、苛立ちを篭めた眼差しが殺気を含んで向けられたので慌てて言い足す。
「本当に、俺がお願いしたのはこの間の一つだけなんで、他は貴方が好きに動いてくれていいんです」
「それがどんな結果をもたらすものであったとしても?」
「はい」
「───君が斃れたと知れたら、ボンゴレは荒れるよ。守護者達は錯乱し、最悪後を追おうとするかもしれない。今は爪を研いでるだけの独立暗殺部隊は牙を剥くかもしれない。同盟ファミリーの長達は自分の家族を護るために敵方に付くかもしれない。僕だって君を裏切って、この町を拠点に生きるかもしれない。それでも君は僕の好きにしていいと?」
「ええ」
瞳に力を篭め頷けば、彼の眉間の皺が益々深くなった。折角綺麗なのに勿体無いと言えば、どこに隠してあるか判らないギミック付きのトンファーで殴られるだろうか。随分と丸くなったけれど、相変わらず彼の凶暴性は衰えて居ないから、きっと殴られるだけじゃなく半死半生の憂き目にあうのだろう。
リアルに出来る想像に身を竦ませると、黒々とした瞳でこちらを伺う彼に微笑む。それは『沢田綱吉』としてでなく『ボンゴレ十世』として利用する微笑みだ。リボーンにお墨付きを頂いた数少ない綱吉の武器の一つは、強い者を好む彼もお気に入りだと知っている。意識して口角を持ち上げると、声を低くして気分を切り替えた。
「俺は俺の作った組織を信用している。確かに守護者は荒れるだろう。だが俺の意思に背く守護者は存在しない。独立部隊は爪も牙も晒すだろう。それでも最強を欲する男が『俺』を諦めると思えない。最後にお前だ、雲雀恭弥。自由を好むお前は束縛を嫌う。浮雲のお前を束縛しようなんて俺は思ってない。それくらい、聡いお前なら気付いてるだろう?」
「・・・当然だよ。この僕を束縛しようなんて百年早い。僕は群れるのは嫌いだ」
「知ってるよ。───だからただ信じよう、俺の雲の守護者を。何だかんだと文句を言いながら、その指輪を捨てないお前を。ボンゴレ十世として、そして沢田綱吉として、信用してる」
纏っていた覇気を笑顔と共に散らす。今度は先ほどまでの空気が重くなる気を纏わず、あくまで綱吉としての笑顔。情けなく眉を下げ、お願いしますと苦笑する。
すると益々不機嫌そうに目を細めた雲雀に睨みつけられ、思わずびびりながら身を引いた。
「飴と鞭のつもりなわけ?」
「俺が、雲雀さんに?そんな高度なプレイが出来たら、貴方を束縛してますよ」
「ふぅん」
もう興味を失ったとばかりに、再び脇に置いていた人形を膝に乗せた美青年に綱吉は苦笑した。
彼は一人だ。それでも綱吉を助ける守護者だ。彼は一人じゃない。彼自身の組織があり、彼自身守護者で居る。
「貴方は自由にしてください、雲雀さん。ああ、でも『過去』の俺を殺さないでくれるとありがたいです。未来を変えても過去がなくなれば終わりですから」
さりげなくお願いすると、人形から視線を上げた彼は詰まらなそうに返事をした。
「僕は僕の好きにする。引き受けたのは教育係だけだ。草食動物がどうなろうと、僕が知ったことじゃない」
「そう言うと思いました」
一瞬脳裏を『選択ミス』とアラームが鳴り響いたが、それでいいのだと本能を捩じ伏せる。
手加減抜きに自分を教育して絶対に裏切らない人間。その為の選別は守護者が適切で、誰より第三者の目を持つ雲雀が良いと直感も告げたはずだ。強く凛々しく厳しい彼は、手加減抜きで綱吉を鍛えてくれるに違いない。短期間で実力を伸ばすには、リボーンが居ない現在彼しか適任は居ないはずだ。
近い内に来る未来───ああ、でもある意味過去であるが───で、『綱吉』が見るのは天国か地獄か。少なくとも人格崩壊だけは起こしてくれるなと祈るしかない。
そんな綱吉の心中を察してか、綺麗な人は、珍しくもその綺麗な面に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰ってきたら、僕と手合わせしなよ。・・・勿論、僕が飽きるまで」
「───善処します」
綺麗だが底知れない恐怖を感じさせる凶悪面から発された台詞を笑顔で躱す。図太くなったと自分自身感心した。
俺の最強の守護者は綺麗な人だ。
群れるのが嫌いだと言うくせに、強烈なカリスマ性で周囲を巻き込む。
容赦なく敵をぶちのめし、気に入らなければ味方もぶちのめす。
孤高になりきれないその人は、それでも一人で立っている。
凛と背筋を伸ばし、誰の色にも染まらない。そんな彼を、とても美しいと思った。
■し 心臓と心はこの場合同じことなのです
「大丈夫か、沢田」
書類仕事の最中であっても、あっけらかんとした存在に、綱吉は淡い苦笑を浮かべる。
仕事の報告に上がった青年は、綱吉の机の上にある書類の山を見て手伝いを申し出てくれたはいいが、全く量が減っている気がしない。
いや、絶対に減ってない。
にこにこと輝く笑みを浮かべた彼───綱吉の守護者の一人であり、日輪の銘を持つ笹川了平は、好意という名の暴挙に及んでいた。
とりあえず言葉に甘えて最近守護者から上がってきた報告を纏めた書類の分別を頼んだのだが、力が強すぎるのかビリっという嫌な音が聞こえたり、うをっ!?という悲鳴の後何かが零れる音が聞こえたり、・・・すまん、と時々懺悔するような声が聞こえてきたりと、とにかく綱吉の心をはらはらとさせる。
確かに書類の束は一つ失せたが、それは決して片付いたとは同意ではなかった。
涙が出そうな現状に、けれど生来小心者の綱吉に、『勘弁してください。部屋で大人しくしてください』などとは言えない。
これが相手が獄寺や山本なら別だろうが、輝かしい笑顔の持ち主である了平に、否定的な言葉を吐く勇気は持てなかった。
「・・・大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
眉を下げて笑えば、まるで大好きな飼い主に誉められた大型犬のように喜色を露にした青年は、益々笑みを深めて胸を張る。
どうにも憎めない態度に、綱吉も釣られて微笑んだ。
「俺は、役に立ったか?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
長い逡巡の後、それでも肯定した自分を誉めて欲しい。
獄寺とは違った意味できらきらしい瞳をぶつけてきた了平は、嬉しそうに頷く。
「それは良かった。最近は忙しく働いてるようだったから、少しでも手伝いたかったのだ。俺は書類仕事には向かんが、努力した甲斐がある」
「ありがとうございます」
そこに異論はなかったので、礼はするりと口から零れた。
どこまでも不器用なこの人は、常に何に対しても一直線だ。
今の位置に立つために自分が捨てたものを持ち続けるこの人を、綱吉は密かにかなり気に入っていた。
心を許す数少ない存在、と言っても過言ではないかもしれない。
「あまり無理はしてくれるなよ。お前が倒れては元も子もない」
「そうですね」
微笑みで肯定しながらも、心は強く反論する。
今ここで無理しなくていつすると言うのだ。
自分の知る限り最強であるはずのリボーンは帰らず、愛しい家族は次々と倒れていく。
打つべき手は全て後手に回り、対策を立てても全て見透かしたように裏を掻かれる。
焦りは常に心を焼いて、状況は最悪のさらに下の下といったところだろうか。
打つべき手は打っている。けれど全てが空回りだ。
一つ一つ道を潰された綱吉は、最早手段を選択していた。
雲雀に打診し協力を仰いだのもそのためで、迷いもぶれももうなくなっている。
「お前こそが俺達の心臓だ。体を動かすための要になる。───頼むから、無理はしてくれるな」
真摯な訴えに、にこり、と微笑む。
ほっと息を吐き出した彼は、二心を持たずして裏表もない。
優しい彼には何も伝えず、ただひっそりと頷いて。
■て 手伝ってください、さよならを始めます
入江正一。
中学時代からの古き知人がコンタクトを取ってきたのは、僅か一週間前。
リボーンがこの場にいれば決断が遅いと頭を殴られるかもしれないくらいの逡巡を経て、綱吉は再び会談の場を設けていた。
二人きりの空間。
誰も居ないその場所で、ボンゴレファミリーの長である綱吉を前に、彼は緊張で体を強張らせていた。
きっちりとスーツを着込んだ綱吉は、目の前で萎縮し怯える青年を見詰める。
眼鏡の奥の瞳は縋るようにこちらに向いており、顔色は青を通り越して土気色。
はっきりと恐怖を面に刻みながら、それでも我慢して留まる姿に目を伏せる。
「───提案を受け入れよう」
「え?」
「協力しようと、言っているんだ」
大きくはない、けれど通りがいい声で告げれば、目を丸くした正一は次の瞬間長く息を吐き出した。
脱力したのかソファの上で体が崩れ、今にも涙が零れそうに瞳は潤んでいる。
その姿を見た綱吉は、淡く苦笑した。
「大丈夫?正一君」
「・・・何とか。君、ギャップがありすぎて怖いよ」
「ははは。そうでもなきゃボンゴレの頭なんて張ってられないよ。普段の俺だとあっという間に殺されちゃうし」
「そうだね。──ドン・ボンゴレの君は簡単に死ななさそうだ。儚げであるのに強く悲愴な覚悟を胸に抱く、黒衣の死神、黄のアルコバレーノの秘蔵の弟子。最強と名高いボンゴレの長の君だからこそ、僕は君に協力を仰いだんだ」
「買い被りすぎだよ、正一君。俺は君たちと何も変わらない。守りたいものを護るために、ただ足掻いてるだけの存在だ」
「それをさらりと口に出す覚悟を持ってるから、強いというんだよ」
先ほどまでの緊張感溢れる姿ではなく、昔、一緒に遊んでいたときのような気安さで持って笑う正一に、綱吉も笑い返した。
彼が綱吉に運んだ情報は信じたくないが信じざるを得ない信憑性を持っており、協力してくれと仰いだ手段はとんでもない奇策だった。
それは綱吉自身にもリスクが高く、出来るならもっとリスクが低く成功率の高い策を得たかったが、一週間死ぬ気で努力してもそれ以上の策はなかった。
一歩間違えば気狂いと言われても仕方ない提案は、それでも信じるに値する根拠と数値を証明された。
目の前に置かれた資料は幾度検分しても納得できるもので、一人だけ得た協力者に意見を聞いたが彼も同じ答えを返した。
だから、踏み切ることにした。
過去も現在も何もかもを巻き込むだろう提案に、たった二人の協力者と手を組み挑む。
それはドン・ボンゴレとして、沢田綱吉として、最良となした選択肢だ。
「・・・成功、するかな」
「成功させるんだよ」
弱気な発言を打ち消すよう、にこりと微笑んで断言する。
死ぬ気になれば何だって出来る。
それを嫌になるほど証明させた男は傍に居ないけれど、骨身に染みて叩き込まれていた。
だから。
「俺は、ドン・ボンゴレとして選択した。後は突き進むだけだ」
最高の友人たちへのさよならの、カウントダウンを始めよう。
■も もしかして永遠とか言うつもりですか
「・・・甘いですよ綱吉君。それで僕の妨害をしたつもりですか」
クーフーフーと地の底から聞こえてくる深いな声に、睡眠に入ろうとしていた意識をたたき起こすとじとりと眉を寄せた。
はっきり言おう。綱吉は不機嫌だ。
毎度毎度何故か寝入りばなを強襲する襲撃者に、じとりと眉を寄せれば、視線が向いたのに気を良くしたらしい男はにこりと微笑んだ。
雲雀と並べても遜色ないくらいオリエンタルな美貌が際立つ男だが、性格の悪さが全てを台無しにしている。
そんな難あり男───六道骸は許可なく綱吉のベッドに足をかけると、子供のようにダイビングしてきた。
「ぐえっ」
「・・・品がないですね。ドン・ボンゴレともあろう男が」
「うめき声に品を求めるな!お前ならどうするって言うんだよ!」
「それは当然微かに眉を顰めて『・・・っ』でしょうね。これくらいですとあざとさがないですし、品も保ててその上色気も醸し出せる。ああ、そうなると君には無理ですよねぇ。何しろ色彩こそ西洋人の血が混じってますが、顔つきは東洋人ののっぺり顔ですもんねぇ」
「悪かったな!のっぺり顔がいいっていう奴もいるんだよ!鼻が低くて可愛いと惚れる奴もいるんだよ!いつまでも若々しくて羨ましいと嫉まれることもあるんだよ!」
「・・・まぁ、君の顔など褒める部分は若さくらいしかありませんもんね。すみません」
「何だよ、その腹が立つ謝罪!謝ってるのか貶してるのかはっきりしろ!」
「馬鹿にしてるだけですので、あしからず」
「~っ」
ベッドの、正確に言えば、ベッドの上で寝ている綱吉の上でごろごろと転がる骸は、全く裏表ありませんとばかりの胡散臭い笑顔を向けてきた。
折角侵入防止のために暗証番号を変えておいたのに、全く問題なく進入した挙句、部屋の主をローラー張りに引くのはどんな了見だろう。
否、どんな了見であっても許せるはずがない暴挙に、びしりと額に青筋を浮かべ首根っこを捕まえる。
本当なら頭に生えているつんつんをむしりとって遣りたいが、武士の情けで我慢してやった。
代わりに男にしては肌理細かくさわり心地の良い頬を思い切り捻りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「・・・もっと品がある悲鳴は出せないわけ?」
「あに馬鹿なほといっへるんでふは!さっさとへをはなひなはい!」
「へを放すー?へを放すってどういう意味?低脳な俺の頭じゃ理解できないよ。ごめんな!」
「わらとらひいしゃらいはいりまへん!しゃっしゃとへをはなひなはい!!」
「あー・・・聞こえない、聞こえない。判別不能な言葉しか聞こえない」
首を振りつつ遠慮なく力を篭めれば、徐々に涙目になってきた男に意地悪く笑いかける。
不愉快そうに眉を吊り上げ、それでもなすがままの彼に、最後に強く力を篭めてから解放してやると、すぐさま手が伸びてきた。
予想通りの行動に目を細めつつ、端を握った布団で骸の体をぐるぐる巻きにする。
卑怯ですよ!と叫び声をあげるのを無視して棒状のそれを抱いてやれば、唇を尖らせて視線を逸らしながら、それでも抵抗は収まった。
「───お前さ、睡眠不足になるたび俺のとこに来る癖、どうにかしろ。女でも作ってしけこめばいい」
「何ですか、その下品な発想。これだからマフィアは嫌なんです。大体僕が眠れないのに君が眠る意味が判りません」
「俺もお前のそのジャイアニズム溢れる発想の意味が判らないよ」
息を吐き出し素直じゃない甘え方の男を、仕方なしに宥めにかかる。
いい年して何をしてるんだと思わなくもないが、そのまま放って置くことも出来ないので毎回有耶無耶で流されていた。
だから骸が図に乗るのだと知っているが、それでも彼の孤独を知っているので甘やかしてしまう。
こんなところ、守護者の面々に見られたら冗談でなく血の雨が降るだろう。
骸が綱吉の元へ通っているのは、彼の分身である髑髏でさえ知らないのだ。
自分が入れば術を使ってさっさと綱吉の部屋に警戒態勢を敷く彼は、二人きりであると漸く肩の力が抜けるらしい。
いつか体を奪う。
いつか滅ぼしてみせる。
いつか根絶やしにしてやる。
そう言いながら、彼が甘えられる場所は綱吉の傍だけで、それを哀れに思わなくもない。
指輪の持つ銘のごとく、実態を掴ませない青年が、唯一心を解ける場所をここと定めたなら、拒絶など出来ようはずもなかった。
「お前さ、もうちょっと不眠症何とかしろよ」
「何とかなるならしています。これは慢性的なものでどうしようもないです」
「医者に───」
「医者を呼んだら医者ごと殺します」
紛れもない本気の殺気を交えた発言に、はぁ、と重たいため息を吐く。
「せめて、俺以外にも抱き枕を作れ」
「クフフフフ。僕は君の睡眠を邪魔するのが好きなんです。寝不足が解消しても、気が済むまで邪魔し続けますよ」
楽しそうに笑う姿は子供みたいで、情けなく眉を下げて笑って見せた。
自分がいなくなった後の骸が少しだけ心配で、それでも迷えない自分が少し嫌だった。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■ど どんなまことをお持ちでも
「十代目」
きらきらと目を輝かせてこちらを伺う獄寺に、ふっと苦笑する。
他の誰に対してもつんけんしている(控えめな表現で)彼だが、綱吉の前ではとろとろに蕩けたチーズ並に柔らかく熱い。
釣り上がり気味の瞳は純粋な好意を湛え、『あなたが好きです!』と見えない尻尾を全力で振っている錯覚が見えた。
昔から彼は変わらない。体は成長し、肉体的にも精神的にも強くなった。綺麗な顔は昔よりも精悍さを増し、綺麗としか表現できないくせに男らしく格好いい。
切れ上がった二重の瞳の色は藍砥茶よりももう少し薄く、浅緑だろうか。昔彼の瞳と同じ色の宝石が欲しくて色事典なんてものを調べてみたけれど、ついぞ選別しきることが出来なかった。アッシュシルバーの髪を肩を超すくらいに伸ばした彼は、前髪こそ短くなったがその分大人の色気が凄まじい。細身でありながらよく鍛えられた体に、明晰すぎて色々な研究所からスカウトが来た頭脳。冷静沈着と評判でどんなピンチな局面でも表情一つ崩さない。
極めつけの美形であるか女性は放っておいても群がるし、『消えろ、ブス!』と暴言を吐いても、格好いいの一言で許される。蔑みを交えた強い視線がたまらなくイイらしいが、綱吉には判らない境地だ。
だが未だにその顔を直視すれば見惚れてしまう程度に影響力のある顔なのは認めるところだ。美人は三日で飽きると言うが、綱吉の周りに存在する美人にそれは適用されない言葉だった。
「美形は得だなぁ」
「はい?」
「何でもないよ、こっちの話。───それで、今日はどうしたの?俺の右腕は非番のはずだけど」
「はい、今日はお休みいただいてます」
「じゃあ、何で俺の部屋に?今日は仕事を頼んでないよ」
プライベートだというのに、いかにも只者じゃない雰囲気丸出しの濃い紺色のスーツを着た青年に問いかければ、にこり、と花も恥らう微笑みを浮かべて背中に隠していたらしい物体を綱吉に見せた。
イタリア語で『楽園』と書かれた箱は、綱吉も見知ったもので、ぱあ、と意識せず表情が明るくなる。学生時代、スクアーロを巻き込んで通った懐かしい店。ここ一年とんとご無沙汰だったのだけど、まだ潰れていなかったらしい。
「お疲れの十代目に差し入れです!ここのケーキ、お好きでしょう?」
「───良く知ってるねぇ。俺、君に教えた記憶ないんだけど?」
「十代目のことで俺が知らないことはありません!」
喜びもさることながら、若干ドン引きする発言を胸を張って訴える獄寺に、綱吉は苦笑した。
好意は空を包みどこまでも真っ直ぐに。嵐の銘を持つ彼の荒れ狂う天候は、空を護るために存在する。
自分を見守る大空が何者にも傷つけられぬよう、雷を落とし風を吹かせ雨を叩き付けるのだ。
厚く重たい雲の上で、荒れ果てた天候のその上で、変わらず大空が存在するよう、全身全霊で全てを懸ける。
「獄寺君はさ、俺に依存してるね。中学時代の刷り込みが未だに続いてるのは、君が誠実だから?」
思わず口を突いて出た疑問は無遠慮で不躾なものだった。昔からの疑問ではあるが、日本人らしく八橋に包むべきだったか。素っ気無いほど率直な疑問は、彼を傷つけたかもしれない。
中学時代、彼と知り合ったばかりなら、こんな質問恐ろしくて出来なかった。行動が読めない彼は出会いもインパクトがありすぎて、その後の行動もインパクトがありすぎた。いつだって彼の世界の中心は綱吉で、もういい年の今でも変わらない忠誠心は、褪せるどころか強まっている。
ミルフィオーレのボンゴレ狩りが表面化し、一人で出歩けば幹部ですら危ないというのに、その危険も考慮せず綱吉のためにとケーキを買いに走ってしまうほどに。
獄寺の忠誠心は、ボンゴレでも一・二を争うだろう。真っ直ぐな想いはぶれるずに綱吉へ捧げられている。だからこそ怖い。
「君は、もし俺が居なくなったらどうするつもり?」
「十代目が居なくなる?」
「そう。例えばこんな商売に嫌気が差しボンゴレを飛び出したり、例えばXANXUSが反逆して追い出されたり、例えば───そう、例えば俺がミルフィオーレの前に斃れたりして、君を置いていったらどうするの?」
問いかけは簡潔に。そうでないと回りすぎる彼の頭は変な誤回答を弾き出す場合がある。綱吉が絡まなければ優秀な参謀は、自分の介入により崩れることだって少なくない。
それを理解するからこその疑問で、知らねばならない問題であった。
綱吉の言葉を理解するように呟き、暫し黙り込んだ彼はにこりと微笑んだ。混じり気ない、好意百パーセントの笑顔で。
「大丈夫です、十代目!十代目が居なくなったら、俺はどこまでもついていきます。ボンゴレを飛び出しても、XANXUSの野郎に追い出されても、どこまでだって付いて行きます」
「なら、俺が死んだ時は?」
「勿論、付いて行きます!当然です」
胸を張った獄寺に、目を細める。迷いのない断言は危険極まりなく、彼の真実を晒していた。
実際綱吉が万が一命を絶った場合、彼は世界に絶望するだろう。手段はわからぬが、何が何でも綱吉を追おうとするだろう。他の何かに目をくれるはずがなく、居なくなった綱吉を追い求めるだろう。
獄寺の心は脆い。鋼で武装し、誰も近づけぬよう周りを威嚇し、悟られぬように攻撃を繰り返す。そのくせ心の内に入れた相手には甘く、悪態をつきながら全力で護る。野良犬みたいな警戒心に騙されがちだが、彼の心は純粋で繊細だ。そして救いようがないほど一途。
そして彼の存在は綱吉にとっても危険だった。
これほど純粋な好意を一途に注がれ嫌えるはずがない。彼はずるくて酷い。他の誰にも許さない心の柔らかな場所を、綱吉にだけ差し出してくる。握り潰しても壊しても微塵切りにしてもいいのだと、あなたになら何をされてもいいのだと。何をされても赦すのだと。
そうして全てを無条件に捧げるように見せながら、何をしてもいいから捨てないでくれと懇願するのだ。
「君は本当に厄介だよ、獄寺君」
「・・・十代目?」
きょとん、と瞬きを繰り返し首を傾げる彼は、無邪気な子供そのものだった。
だから綱吉は布石を投じる。彼が容易にその命を投げ出さないように、深く深く釘を刺す。
「ねぇ、獄寺君」
「はい、何でしょう?」
「その命、簡単に使わないでよ。俺が必要とする場面で、もっとも効果的に利用してあげるから」
まるで物に対するような発言だ。自分でも何様と聞きたくなるほど傲慢で、呆れるほどに図々しい。浮かべる笑みはふてぶてしく、告げた声は温度がない。
それなのに、その宣言に対し、嬉しげに目元を染めた彼は元気よく『是』と返事をした。
獄寺を置いていくのはとても怖い。彼が綱吉を重要視するのと比例して自分の価値を決めているのを知っているから。
一人になれば、彼は簡単に自分の命を捨てられる。価値を見出せなくなるだろう。
だから。
「俺と約束して、獄寺君。俺が必要とした時にその命を使うと。俺が判断を下さない限り、自分で自分を殺さないと」
約束して、ともう一度告げれば、はいっと空気より軽い返事がきた。
君の世界が闇一色になったとしても、俺は俺の計画を止めない。
彼の真実がどこにあっても、俺の世界を覆せない。
■う うつくしいひとはひとりでうつくしい
「それで君は僕にどうして欲しいの?」
休日に突然訪問した綱吉に驚きもなく出迎えた彼は、手土産のナッツ人形とヒバード人形を弄びながら綱吉へ視線を向けた。黒髪の麗人である雲雀には藍染の浴衣がとてもよく似合い、シンプルな露芝の柄が彼の美貌を引き立てている。
建設途中の日本支部に腰を据える綱吉の守護者の一人で、群れるのを嫌う孤高の風紀委員長は、ボンゴレの支部に自室を作りそこから見える日本庭園を横目に優雅にお茶を啜る。
彼の正面で用意された座布団にきっちりと正座する綱吉は、若干痺れた足を強固な意志で誤魔化しつつ彼と同じようにお茶を啜った。
口に広がる苦味は甘さが混じり渋みも程よくとても美味しい。茶葉もさることながらきっと淹れての手腕もあるだろう。雲雀の補佐を続ける男を思い出すと、少しだけ笑った。
一人でいきなり笑い出した綱吉に、訝しげな眼差しを向けた雲雀は膝の上に置いていた人形を脇へ退ける。熱の篭らない視線は呆れているようにも、関心がないようにも見え判断し難い。
へらり、と笑い返せば、見せ付けるようにため息を吐いた雲雀は、肩に乗るヒバードを指先で撫でるともう一度同じ台詞を繰り返した。
「貴方の好きに振舞ってくれればいいですよ」
嘘偽りない笑顔を向ければ、きゅっと柳眉が寄った。純和風の美貌を持つ雲雀のご尊顔は今日も変わらず美しい。イタリア人の血が遙か彼方に流れている綱吉としては、彼のさらさらの黒髪が羨ましくて仕方ない。だが万が一彼と同じ髪色になったとしてもその美貌に追いつくはずがないので、髪を染めるのは止めている。同じ和服が似合う人種でも、精悍という言葉が似合う山本と違い、麗人という言葉が似合う男だった。
いつも渋い表情をしているが、その美貌が損なわれるものではない。暢気に鑑賞していると、苛立ちを篭めた眼差しが殺気を含んで向けられたので慌てて言い足す。
「本当に、俺がお願いしたのはこの間の一つだけなんで、他は貴方が好きに動いてくれていいんです」
「それがどんな結果をもたらすものであったとしても?」
「はい」
「───君が斃れたと知れたら、ボンゴレは荒れるよ。守護者達は錯乱し、最悪後を追おうとするかもしれない。今は爪を研いでるだけの独立暗殺部隊は牙を剥くかもしれない。同盟ファミリーの長達は自分の家族を護るために敵方に付くかもしれない。僕だって君を裏切って、この町を拠点に生きるかもしれない。それでも君は僕の好きにしていいと?」
「ええ」
瞳に力を篭め頷けば、彼の眉間の皺が益々深くなった。折角綺麗なのに勿体無いと言えば、どこに隠してあるか判らないギミック付きのトンファーで殴られるだろうか。随分と丸くなったけれど、相変わらず彼の凶暴性は衰えて居ないから、きっと殴られるだけじゃなく半死半生の憂き目にあうのだろう。
リアルに出来る想像に身を竦ませると、黒々とした瞳でこちらを伺う彼に微笑む。それは『沢田綱吉』としてでなく『ボンゴレ十世』として利用する微笑みだ。リボーンにお墨付きを頂いた数少ない綱吉の武器の一つは、強い者を好む彼もお気に入りだと知っている。意識して口角を持ち上げると、声を低くして気分を切り替えた。
「俺は俺の作った組織を信用している。確かに守護者は荒れるだろう。だが俺の意思に背く守護者は存在しない。独立部隊は爪も牙も晒すだろう。それでも最強を欲する男が『俺』を諦めると思えない。最後にお前だ、雲雀恭弥。自由を好むお前は束縛を嫌う。浮雲のお前を束縛しようなんて俺は思ってない。それくらい、聡いお前なら気付いてるだろう?」
「・・・当然だよ。この僕を束縛しようなんて百年早い。僕は群れるのは嫌いだ」
「知ってるよ。───だからただ信じよう、俺の雲の守護者を。何だかんだと文句を言いながら、その指輪を捨てないお前を。ボンゴレ十世として、そして沢田綱吉として、信用してる」
纏っていた覇気を笑顔と共に散らす。今度は先ほどまでの空気が重くなる気を纏わず、あくまで綱吉としての笑顔。情けなく眉を下げ、お願いしますと苦笑する。
すると益々不機嫌そうに目を細めた雲雀に睨みつけられ、思わずびびりながら身を引いた。
「飴と鞭のつもりなわけ?」
「俺が、雲雀さんに?そんな高度なプレイが出来たら、貴方を束縛してますよ」
「ふぅん」
もう興味を失ったとばかりに、再び脇に置いていた人形を膝に乗せた美青年に綱吉は苦笑した。
彼は一人だ。それでも綱吉を助ける守護者だ。彼は一人じゃない。彼自身の組織があり、彼自身守護者で居る。
「貴方は自由にしてください、雲雀さん。ああ、でも『過去』の俺を殺さないでくれるとありがたいです。未来を変えても過去がなくなれば終わりですから」
さりげなくお願いすると、人形から視線を上げた彼は詰まらなそうに返事をした。
「僕は僕の好きにする。引き受けたのは教育係だけだ。草食動物がどうなろうと、僕が知ったことじゃない」
「そう言うと思いました」
一瞬脳裏を『選択ミス』とアラームが鳴り響いたが、それでいいのだと本能を捩じ伏せる。
手加減抜きに自分を教育して絶対に裏切らない人間。その為の選別は守護者が適切で、誰より第三者の目を持つ雲雀が良いと直感も告げたはずだ。強く凛々しく厳しい彼は、手加減抜きで綱吉を鍛えてくれるに違いない。短期間で実力を伸ばすには、リボーンが居ない現在彼しか適任は居ないはずだ。
近い内に来る未来───ああ、でもある意味過去であるが───で、『綱吉』が見るのは天国か地獄か。少なくとも人格崩壊だけは起こしてくれるなと祈るしかない。
そんな綱吉の心中を察してか、綺麗な人は、珍しくもその綺麗な面に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰ってきたら、僕と手合わせしなよ。・・・勿論、僕が飽きるまで」
「───善処します」
綺麗だが底知れない恐怖を感じさせる凶悪面から発された台詞を笑顔で躱す。図太くなったと自分自身感心した。
俺の最強の守護者は綺麗な人だ。
群れるのが嫌いだと言うくせに、強烈なカリスマ性で周囲を巻き込む。
容赦なく敵をぶちのめし、気に入らなければ味方もぶちのめす。
孤高になりきれないその人は、それでも一人で立っている。
凛と背筋を伸ばし、誰の色にも染まらない。そんな彼を、とても美しいと思った。
■し 心臓と心はこの場合同じことなのです
「大丈夫か、沢田」
書類仕事の最中であっても、あっけらかんとした存在に、綱吉は淡い苦笑を浮かべる。
仕事の報告に上がった青年は、綱吉の机の上にある書類の山を見て手伝いを申し出てくれたはいいが、全く量が減っている気がしない。
いや、絶対に減ってない。
にこにこと輝く笑みを浮かべた彼───綱吉の守護者の一人であり、日輪の銘を持つ笹川了平は、好意という名の暴挙に及んでいた。
とりあえず言葉に甘えて最近守護者から上がってきた報告を纏めた書類の分別を頼んだのだが、力が強すぎるのかビリっという嫌な音が聞こえたり、うをっ!?という悲鳴の後何かが零れる音が聞こえたり、・・・すまん、と時々懺悔するような声が聞こえてきたりと、とにかく綱吉の心をはらはらとさせる。
確かに書類の束は一つ失せたが、それは決して片付いたとは同意ではなかった。
涙が出そうな現状に、けれど生来小心者の綱吉に、『勘弁してください。部屋で大人しくしてください』などとは言えない。
これが相手が獄寺や山本なら別だろうが、輝かしい笑顔の持ち主である了平に、否定的な言葉を吐く勇気は持てなかった。
「・・・大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
眉を下げて笑えば、まるで大好きな飼い主に誉められた大型犬のように喜色を露にした青年は、益々笑みを深めて胸を張る。
どうにも憎めない態度に、綱吉も釣られて微笑んだ。
「俺は、役に立ったか?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
長い逡巡の後、それでも肯定した自分を誉めて欲しい。
獄寺とは違った意味できらきらしい瞳をぶつけてきた了平は、嬉しそうに頷く。
「それは良かった。最近は忙しく働いてるようだったから、少しでも手伝いたかったのだ。俺は書類仕事には向かんが、努力した甲斐がある」
「ありがとうございます」
そこに異論はなかったので、礼はするりと口から零れた。
どこまでも不器用なこの人は、常に何に対しても一直線だ。
今の位置に立つために自分が捨てたものを持ち続けるこの人を、綱吉は密かにかなり気に入っていた。
心を許す数少ない存在、と言っても過言ではないかもしれない。
「あまり無理はしてくれるなよ。お前が倒れては元も子もない」
「そうですね」
微笑みで肯定しながらも、心は強く反論する。
今ここで無理しなくていつすると言うのだ。
自分の知る限り最強であるはずのリボーンは帰らず、愛しい家族は次々と倒れていく。
打つべき手は全て後手に回り、対策を立てても全て見透かしたように裏を掻かれる。
焦りは常に心を焼いて、状況は最悪のさらに下の下といったところだろうか。
打つべき手は打っている。けれど全てが空回りだ。
一つ一つ道を潰された綱吉は、最早手段を選択していた。
雲雀に打診し協力を仰いだのもそのためで、迷いもぶれももうなくなっている。
「お前こそが俺達の心臓だ。体を動かすための要になる。───頼むから、無理はしてくれるな」
真摯な訴えに、にこり、と微笑む。
ほっと息を吐き出した彼は、二心を持たずして裏表もない。
優しい彼には何も伝えず、ただひっそりと頷いて。
■て 手伝ってください、さよならを始めます
入江正一。
中学時代からの古き知人がコンタクトを取ってきたのは、僅か一週間前。
リボーンがこの場にいれば決断が遅いと頭を殴られるかもしれないくらいの逡巡を経て、綱吉は再び会談の場を設けていた。
二人きりの空間。
誰も居ないその場所で、ボンゴレファミリーの長である綱吉を前に、彼は緊張で体を強張らせていた。
きっちりとスーツを着込んだ綱吉は、目の前で萎縮し怯える青年を見詰める。
眼鏡の奥の瞳は縋るようにこちらに向いており、顔色は青を通り越して土気色。
はっきりと恐怖を面に刻みながら、それでも我慢して留まる姿に目を伏せる。
「───提案を受け入れよう」
「え?」
「協力しようと、言っているんだ」
大きくはない、けれど通りがいい声で告げれば、目を丸くした正一は次の瞬間長く息を吐き出した。
脱力したのかソファの上で体が崩れ、今にも涙が零れそうに瞳は潤んでいる。
その姿を見た綱吉は、淡く苦笑した。
「大丈夫?正一君」
「・・・何とか。君、ギャップがありすぎて怖いよ」
「ははは。そうでもなきゃボンゴレの頭なんて張ってられないよ。普段の俺だとあっという間に殺されちゃうし」
「そうだね。──ドン・ボンゴレの君は簡単に死ななさそうだ。儚げであるのに強く悲愴な覚悟を胸に抱く、黒衣の死神、黄のアルコバレーノの秘蔵の弟子。最強と名高いボンゴレの長の君だからこそ、僕は君に協力を仰いだんだ」
「買い被りすぎだよ、正一君。俺は君たちと何も変わらない。守りたいものを護るために、ただ足掻いてるだけの存在だ」
「それをさらりと口に出す覚悟を持ってるから、強いというんだよ」
先ほどまでの緊張感溢れる姿ではなく、昔、一緒に遊んでいたときのような気安さで持って笑う正一に、綱吉も笑い返した。
彼が綱吉に運んだ情報は信じたくないが信じざるを得ない信憑性を持っており、協力してくれと仰いだ手段はとんでもない奇策だった。
それは綱吉自身にもリスクが高く、出来るならもっとリスクが低く成功率の高い策を得たかったが、一週間死ぬ気で努力してもそれ以上の策はなかった。
一歩間違えば気狂いと言われても仕方ない提案は、それでも信じるに値する根拠と数値を証明された。
目の前に置かれた資料は幾度検分しても納得できるもので、一人だけ得た協力者に意見を聞いたが彼も同じ答えを返した。
だから、踏み切ることにした。
過去も現在も何もかもを巻き込むだろう提案に、たった二人の協力者と手を組み挑む。
それはドン・ボンゴレとして、沢田綱吉として、最良となした選択肢だ。
「・・・成功、するかな」
「成功させるんだよ」
弱気な発言を打ち消すよう、にこりと微笑んで断言する。
死ぬ気になれば何だって出来る。
それを嫌になるほど証明させた男は傍に居ないけれど、骨身に染みて叩き込まれていた。
だから。
「俺は、ドン・ボンゴレとして選択した。後は突き進むだけだ」
最高の友人たちへのさよならの、カウントダウンを始めよう。
■も もしかして永遠とか言うつもりですか
「・・・甘いですよ綱吉君。それで僕の妨害をしたつもりですか」
クーフーフーと地の底から聞こえてくる深いな声に、睡眠に入ろうとしていた意識をたたき起こすとじとりと眉を寄せた。
はっきり言おう。綱吉は不機嫌だ。
毎度毎度何故か寝入りばなを強襲する襲撃者に、じとりと眉を寄せれば、視線が向いたのに気を良くしたらしい男はにこりと微笑んだ。
雲雀と並べても遜色ないくらいオリエンタルな美貌が際立つ男だが、性格の悪さが全てを台無しにしている。
そんな難あり男───六道骸は許可なく綱吉のベッドに足をかけると、子供のようにダイビングしてきた。
「ぐえっ」
「・・・品がないですね。ドン・ボンゴレともあろう男が」
「うめき声に品を求めるな!お前ならどうするって言うんだよ!」
「それは当然微かに眉を顰めて『・・・っ』でしょうね。これくらいですとあざとさがないですし、品も保ててその上色気も醸し出せる。ああ、そうなると君には無理ですよねぇ。何しろ色彩こそ西洋人の血が混じってますが、顔つきは東洋人ののっぺり顔ですもんねぇ」
「悪かったな!のっぺり顔がいいっていう奴もいるんだよ!鼻が低くて可愛いと惚れる奴もいるんだよ!いつまでも若々しくて羨ましいと嫉まれることもあるんだよ!」
「・・・まぁ、君の顔など褒める部分は若さくらいしかありませんもんね。すみません」
「何だよ、その腹が立つ謝罪!謝ってるのか貶してるのかはっきりしろ!」
「馬鹿にしてるだけですので、あしからず」
「~っ」
ベッドの、正確に言えば、ベッドの上で寝ている綱吉の上でごろごろと転がる骸は、全く裏表ありませんとばかりの胡散臭い笑顔を向けてきた。
折角侵入防止のために暗証番号を変えておいたのに、全く問題なく進入した挙句、部屋の主をローラー張りに引くのはどんな了見だろう。
否、どんな了見であっても許せるはずがない暴挙に、びしりと額に青筋を浮かべ首根っこを捕まえる。
本当なら頭に生えているつんつんをむしりとって遣りたいが、武士の情けで我慢してやった。
代わりに男にしては肌理細かくさわり心地の良い頬を思い切り捻りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「・・・もっと品がある悲鳴は出せないわけ?」
「あに馬鹿なほといっへるんでふは!さっさとへをはなひなはい!」
「へを放すー?へを放すってどういう意味?低脳な俺の頭じゃ理解できないよ。ごめんな!」
「わらとらひいしゃらいはいりまへん!しゃっしゃとへをはなひなはい!!」
「あー・・・聞こえない、聞こえない。判別不能な言葉しか聞こえない」
首を振りつつ遠慮なく力を篭めれば、徐々に涙目になってきた男に意地悪く笑いかける。
不愉快そうに眉を吊り上げ、それでもなすがままの彼に、最後に強く力を篭めてから解放してやると、すぐさま手が伸びてきた。
予想通りの行動に目を細めつつ、端を握った布団で骸の体をぐるぐる巻きにする。
卑怯ですよ!と叫び声をあげるのを無視して棒状のそれを抱いてやれば、唇を尖らせて視線を逸らしながら、それでも抵抗は収まった。
「───お前さ、睡眠不足になるたび俺のとこに来る癖、どうにかしろ。女でも作ってしけこめばいい」
「何ですか、その下品な発想。これだからマフィアは嫌なんです。大体僕が眠れないのに君が眠る意味が判りません」
「俺もお前のそのジャイアニズム溢れる発想の意味が判らないよ」
息を吐き出し素直じゃない甘え方の男を、仕方なしに宥めにかかる。
いい年して何をしてるんだと思わなくもないが、そのまま放って置くことも出来ないので毎回有耶無耶で流されていた。
だから骸が図に乗るのだと知っているが、それでも彼の孤独を知っているので甘やかしてしまう。
こんなところ、守護者の面々に見られたら冗談でなく血の雨が降るだろう。
骸が綱吉の元へ通っているのは、彼の分身である髑髏でさえ知らないのだ。
自分が入れば術を使ってさっさと綱吉の部屋に警戒態勢を敷く彼は、二人きりであると漸く肩の力が抜けるらしい。
いつか体を奪う。
いつか滅ぼしてみせる。
いつか根絶やしにしてやる。
そう言いながら、彼が甘えられる場所は綱吉の傍だけで、それを哀れに思わなくもない。
指輪の持つ銘のごとく、実態を掴ませない青年が、唯一心を解ける場所をここと定めたなら、拒絶など出来ようはずもなかった。
「お前さ、もうちょっと不眠症何とかしろよ」
「何とかなるならしています。これは慢性的なものでどうしようもないです」
「医者に───」
「医者を呼んだら医者ごと殺します」
紛れもない本気の殺気を交えた発言に、はぁ、と重たいため息を吐く。
「せめて、俺以外にも抱き枕を作れ」
「クフフフフ。僕は君の睡眠を邪魔するのが好きなんです。寝不足が解消しても、気が済むまで邪魔し続けますよ」
楽しそうに笑う姿は子供みたいで、情けなく眉を下げて笑って見せた。
自分がいなくなった後の骸が少しだけ心配で、それでも迷えない自分が少し嫌だった。
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