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どんなふうにわらっていたか、どんなふうにいきていたか
--お題サイト:afaikさまより--
「極限にめでたいな、沢田!」
「そうですね」
眉を下げ情けない顔で笑う彼の頭をがしがしとかき乱す。
最後に覚えているのは過去の綱吉であるから、つい彼と比較してしまう。
例えば変わっていないと思い込んでいた髪は、こんなに綺麗な金に近い色をしていたのだとか。
例えば大きな琥珀色の瞳が、昔よりも色が濃くなり底知れない迫力を有していたのだとか。
例えば小さいとばかりに思い込んでいた体だったが、華奢であっても随分と鍛えられ身長も伸びていたのだとか。
例えば男にしては甘ったるいテノールが、昔は本当に女の子みたいな可愛いものだったのだとか。
他にも色々と比べて出る相違点に、やはり彼も成長していたのかと思うと、なんだか胸の奥がぽっと暖かくなりとても楽しく愉快だ。
「すみませんでした、了平さん」
「ん?何がだ?」
「過去の俺たちをフォローして下さったと聞きました。俺は貴方に何も説明しなかったのに、最後まで残った貴方は『俺にとって』最良の選択をしてくれた。混乱し、動揺して当たり前の状況で、それでも導いてくれた。本当に、すみませんでした」
深々と頭を下げる綱吉に、了平は苦笑した。
何故彼は謝罪をするのだろう。自分は当たり前のことを当たり前にしただけだというのに。
それとも、これは何か意味を二重に含んだ遠まわしなものなのだろうか。
雲を除いた守護者全員を謀り、更にそれを謝罪する気がさらさらない上に、時間が巻き戻せても自分たちに協力を仰ごうとせず同じ手を使うと決めているのを言外に仄めかしているのだろうか。
晴の守護者を名乗る男として、了平の矜持が傷ついてるとでも思っているのだろうか。
だとした、随分と見縊られたものだ。
ゆるりと口角を持ち上げ、ひっそりと笑う。
了平とてマフィアの端くれ。自分を魅せる笑い方くらい知っている。
普段陽気な青年に見えるらしい自分が、雰囲気を変えると随分とギャップが酷いらしい。
それはもう、獄寺の叱責に慣れている彼の部下が顔を青褪めるほどに。山本のしごきに慣れている彼の部下が、怯えから身を竦ませるほどに。
「俺に作戦を話さないのは構わん。俺は馬鹿だから聞いたところで理解出来んかもしれぬし、そもそも長い話を延々と聞かされるの自体が苦痛だ。だからお前が俺に話をしていないのは気にしておらん」
「・・・はい」
「だがな、沢田。見縊ってくれるな。俺は、『お前自身』が選んだ晴の守護者だ。俺にだって誇りがある。お前に信頼されていないなどと、俺が欠片でも思っていると考えるな」
彼の話の端々から感じた感謝は、了平にとって侮辱に近い。
感謝される謂れはないのだ。了平は彼の守護者で大空を照らす日輪の銘を頂く者だ。
彼の行く道を照らすのは自分の役目であり、誇りなのだ。
「俺は確かに馬鹿だが、侮辱してくれるな。お前がどんな選択をしても、俺はお前の日輪でいる。お前がどんな道を選んでもお前の道を照らし続ける。それが俺の誇りだ。話を通さなくても構わない。だが俺の信頼を疑うな」
瞬きせずに琥珀色の瞳を一直線に見つめれば、ふっと情けなく眉を下げた彼が見慣れた淡い苦笑を浮かべた。
それはとても懐かしいもので、けれど時間としては最近まで見ていたもの。
彼の笑顔が好きだ。情けなく見えるが何もかもを包み込む暖かさを持っているから。
彼の生き方が好きだ。迷い、惑いながらも重たい荷物を下ろすのを選ばず、一歩ずつ前に進むから。
彼の覚悟が好きだ。いっそ潔いほどに守るものを区別して、家族のためなら悪魔になれる強さがあるから。
彼の姿が好きだ。幼く見える容姿であるのに、いざという時誰よりも覇王足らしめる凛とした美しさがあるから。
彼の強さが好きだ。悲壮な決意を胸に背負い、何かを成す恐ろしさを知りながら迷わず振るわれる拳は素晴らしい。
綱吉が綱吉らしく生きるために、了平は存在する。彼の手伝いをするためだけに、この場に立っているのだから。
「俺を疑うな、沢田。俺は何があってもお前を信じる。この拳を捧げる相手は他の誰でもなく、お前だけなのだから」
守るために強くなった綱吉を、護りたいからこの場所に居る。
彼の強さに秘められた壮絶な覚悟に惹かれたから、了平は彼の守護者で居るのだ。
「利用してくれていい。好きに使ってくれていい。だから、頼むから。自分で決めた選択肢で、俺に謝罪だけはするな」
泣きそうな笑顔で頷いた彼に、了平は笑った。
それは酷く暖かく優しい笑顔で、久し振りに浮かべる本物の笑顔だった。
「おかえり、沢田」
「ただいま、了平さん」
無条件に親愛と敬愛が籠められた笑顔が、綱吉が居なくなってから一度も浮かべられなかったなんて、彼は一生知らなくていい。
ただそこで、澄み渡った青空で居てくれれば、了平は満足だった。
--お題サイト:afaikさまより--
「極限にめでたいな、沢田!」
「そうですね」
眉を下げ情けない顔で笑う彼の頭をがしがしとかき乱す。
最後に覚えているのは過去の綱吉であるから、つい彼と比較してしまう。
例えば変わっていないと思い込んでいた髪は、こんなに綺麗な金に近い色をしていたのだとか。
例えば大きな琥珀色の瞳が、昔よりも色が濃くなり底知れない迫力を有していたのだとか。
例えば小さいとばかりに思い込んでいた体だったが、華奢であっても随分と鍛えられ身長も伸びていたのだとか。
例えば男にしては甘ったるいテノールが、昔は本当に女の子みたいな可愛いものだったのだとか。
他にも色々と比べて出る相違点に、やはり彼も成長していたのかと思うと、なんだか胸の奥がぽっと暖かくなりとても楽しく愉快だ。
「すみませんでした、了平さん」
「ん?何がだ?」
「過去の俺たちをフォローして下さったと聞きました。俺は貴方に何も説明しなかったのに、最後まで残った貴方は『俺にとって』最良の選択をしてくれた。混乱し、動揺して当たり前の状況で、それでも導いてくれた。本当に、すみませんでした」
深々と頭を下げる綱吉に、了平は苦笑した。
何故彼は謝罪をするのだろう。自分は当たり前のことを当たり前にしただけだというのに。
それとも、これは何か意味を二重に含んだ遠まわしなものなのだろうか。
雲を除いた守護者全員を謀り、更にそれを謝罪する気がさらさらない上に、時間が巻き戻せても自分たちに協力を仰ごうとせず同じ手を使うと決めているのを言外に仄めかしているのだろうか。
晴の守護者を名乗る男として、了平の矜持が傷ついてるとでも思っているのだろうか。
だとした、随分と見縊られたものだ。
ゆるりと口角を持ち上げ、ひっそりと笑う。
了平とてマフィアの端くれ。自分を魅せる笑い方くらい知っている。
普段陽気な青年に見えるらしい自分が、雰囲気を変えると随分とギャップが酷いらしい。
それはもう、獄寺の叱責に慣れている彼の部下が顔を青褪めるほどに。山本のしごきに慣れている彼の部下が、怯えから身を竦ませるほどに。
「俺に作戦を話さないのは構わん。俺は馬鹿だから聞いたところで理解出来んかもしれぬし、そもそも長い話を延々と聞かされるの自体が苦痛だ。だからお前が俺に話をしていないのは気にしておらん」
「・・・はい」
「だがな、沢田。見縊ってくれるな。俺は、『お前自身』が選んだ晴の守護者だ。俺にだって誇りがある。お前に信頼されていないなどと、俺が欠片でも思っていると考えるな」
彼の話の端々から感じた感謝は、了平にとって侮辱に近い。
感謝される謂れはないのだ。了平は彼の守護者で大空を照らす日輪の銘を頂く者だ。
彼の行く道を照らすのは自分の役目であり、誇りなのだ。
「俺は確かに馬鹿だが、侮辱してくれるな。お前がどんな選択をしても、俺はお前の日輪でいる。お前がどんな道を選んでもお前の道を照らし続ける。それが俺の誇りだ。話を通さなくても構わない。だが俺の信頼を疑うな」
瞬きせずに琥珀色の瞳を一直線に見つめれば、ふっと情けなく眉を下げた彼が見慣れた淡い苦笑を浮かべた。
それはとても懐かしいもので、けれど時間としては最近まで見ていたもの。
彼の笑顔が好きだ。情けなく見えるが何もかもを包み込む暖かさを持っているから。
彼の生き方が好きだ。迷い、惑いながらも重たい荷物を下ろすのを選ばず、一歩ずつ前に進むから。
彼の覚悟が好きだ。いっそ潔いほどに守るものを区別して、家族のためなら悪魔になれる強さがあるから。
彼の姿が好きだ。幼く見える容姿であるのに、いざという時誰よりも覇王足らしめる凛とした美しさがあるから。
彼の強さが好きだ。悲壮な決意を胸に背負い、何かを成す恐ろしさを知りながら迷わず振るわれる拳は素晴らしい。
綱吉が綱吉らしく生きるために、了平は存在する。彼の手伝いをするためだけに、この場に立っているのだから。
「俺を疑うな、沢田。俺は何があってもお前を信じる。この拳を捧げる相手は他の誰でもなく、お前だけなのだから」
守るために強くなった綱吉を、護りたいからこの場所に居る。
彼の強さに秘められた壮絶な覚悟に惹かれたから、了平は彼の守護者で居るのだ。
「利用してくれていい。好きに使ってくれていい。だから、頼むから。自分で決めた選択肢で、俺に謝罪だけはするな」
泣きそうな笑顔で頷いた彼に、了平は笑った。
それは酷く暖かく優しい笑顔で、久し振りに浮かべる本物の笑顔だった。
「おかえり、沢田」
「ただいま、了平さん」
無条件に親愛と敬愛が籠められた笑顔が、綱吉が居なくなってから一度も浮かべられなかったなんて、彼は一生知らなくていい。
ただそこで、澄み渡った青空で居てくれれば、了平は満足だった。
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別れることはあるでしょう、失うことはありません
--お題サイト:afaikさまより--
「おかえり、綱吉」
「ただいま、雲雀さん」
つい先日まで見ていた薄茶色ではなく、限りなく金色に近くなった癖の強い髪を揺らし、琥珀の瞳を濃くした綱吉は情けなく眉を下げて笑う。
緊張感のない笑顔は覚えているそのままで、彼が帰ってきたのだと漸く実感が沸いた。
最後に判れた時と同じ、白のクラシコイタリアのスーツに緋色のシャツと紺色のネクタイ。ボンゴレの意匠の刻まれたカフスをつけた彼は、ドン・ボンゴレに相応しい見目をしている。
自分自身を過小評価している彼は、守護者たちの上に立つ自分がこんなに冴えなくていいのかと言っているが、守護者の一人として、そしてボンゴレファミリーの幹部として言わせて貰えば、彼の見た目は十分に鑑賞に堪えるもので、むしろボンゴレ十世として振舞っている姿は綺麗だとさえ思う。
普段の情けなく下げられた眉と、怯えたような眼差しも小動物のようで嫌いじゃないが、傲慢な笑みにふてぶてしい態度に図々しい命令に慣れた口調と強者であるのを前面に押し出した肉食動物然とした態度も嫌いじゃなかった。
嫌いじゃないだけで気に喰わなければ容赦なく牙を剥くが、それを飄々とかわす彼を気に入ってすらいた。
だから、だろうか。
群れるのは嫌いだと訴える心を宥めすかし、消えた彼を追いかけてしまった。
誰に繋がれるのも嫌だと本能が喚くのに、彼の守護者の証を捨てられなかった。
目の前でへらへら笑う馬鹿な男を見捨てれなかった。
それは心や本能を凌駕する、魂に刻まれた何かで、彼を助けろと雲雀の奥から『誰か』が訴える。
その『誰か』が誰だか雲雀は知らないし、これからも知る気はない。
訴えが誰のものであっても、結局判断し行動するのは雲雀だし、このもどかしくも鬱陶しい感情も雲雀のものだ。
死の瀬戸際から帰った彼の手には、大空のリングが嵌められている。
守護者の自分たちのものと合わせて『ボンゴレリング』と称されるそれは、本来の持ち主の元で鈍く輝いていた。
「何者にもとらわれず我が道をいく浮雲」
「急に何?」
「いいえ、貴方を見ていて不意に思い出したんです。雲の守護者のリングを貴方がつけてくれる未来なんて、昔は想像してなかったと言ったら呆れます?」
「妄想していたなら、むしろ呆れるね」
「そうですか」
くすくすと笑う彼は、やはり昔より図太くなった。
そして内も外も綺麗に、強くなった。
泣きながら逃げ出そうとしていた中学生は其処に居ない。彼は覚悟を決めて、沢山の命を背負う男だ。
『見てろ、雲雀。十年後のあいつは今とは比べ物にならないくらいに化けるぞ』
いつか自信満々に、赤ん坊の癖にニヒルな笑みを浮かべた男が雲雀に宣言した。
蛹が蝶に羽化するように、あるいは蕾が艶やかに花開くように、彼の予言は現実になった。
今の彼を見てダメツナと罵れる存在など、片手に満たないだろう。
それが面白くて、少しだけ自慢だ。
「僕はそろそろ行くよ。イタリアで片付ける仕事は終わった。日本支部の指揮を執らなきゃ」
「そうですか。こちらからも物資を送ります。必要事項はメールで知らせてください」
「判った」
頷き、ドン・ボンゴレの執務室から退出すべくドアの前まで歩いていく。
重厚な作りの扉のノブに手を置くと、思い出したように振り返った。
「綱吉」
「はい?」
「落ち着いたら借りを取り立てに行くから、ちゃんと体を鍛えておくんだよ。僕への謝礼は高くつくから」
「はははは・・・覚悟してます」
さらりと告げれば、幽霊にあったような顔で彼は手を振った。
「ありがとう、雲雀さん。俺を戦えるほどに鍛えてくれて」
「ただの仕事さ」
今度こそ振り返らずに扉を潜れば、もう一度『ありがとう』と聞こえた気がした。
誰も居ない廊下で小さく笑うと、己の本拠地へ戻るべく雲雀は前に進んだ。
僕たちの道は常に重なるものではない。
けれど有事の際には、誰よりも頼りになる味方になろう。
--お題サイト:afaikさまより--
「おかえり、綱吉」
「ただいま、雲雀さん」
つい先日まで見ていた薄茶色ではなく、限りなく金色に近くなった癖の強い髪を揺らし、琥珀の瞳を濃くした綱吉は情けなく眉を下げて笑う。
緊張感のない笑顔は覚えているそのままで、彼が帰ってきたのだと漸く実感が沸いた。
最後に判れた時と同じ、白のクラシコイタリアのスーツに緋色のシャツと紺色のネクタイ。ボンゴレの意匠の刻まれたカフスをつけた彼は、ドン・ボンゴレに相応しい見目をしている。
自分自身を過小評価している彼は、守護者たちの上に立つ自分がこんなに冴えなくていいのかと言っているが、守護者の一人として、そしてボンゴレファミリーの幹部として言わせて貰えば、彼の見た目は十分に鑑賞に堪えるもので、むしろボンゴレ十世として振舞っている姿は綺麗だとさえ思う。
普段の情けなく下げられた眉と、怯えたような眼差しも小動物のようで嫌いじゃないが、傲慢な笑みにふてぶてしい態度に図々しい命令に慣れた口調と強者であるのを前面に押し出した肉食動物然とした態度も嫌いじゃなかった。
嫌いじゃないだけで気に喰わなければ容赦なく牙を剥くが、それを飄々とかわす彼を気に入ってすらいた。
だから、だろうか。
群れるのは嫌いだと訴える心を宥めすかし、消えた彼を追いかけてしまった。
誰に繋がれるのも嫌だと本能が喚くのに、彼の守護者の証を捨てられなかった。
目の前でへらへら笑う馬鹿な男を見捨てれなかった。
それは心や本能を凌駕する、魂に刻まれた何かで、彼を助けろと雲雀の奥から『誰か』が訴える。
その『誰か』が誰だか雲雀は知らないし、これからも知る気はない。
訴えが誰のものであっても、結局判断し行動するのは雲雀だし、このもどかしくも鬱陶しい感情も雲雀のものだ。
死の瀬戸際から帰った彼の手には、大空のリングが嵌められている。
守護者の自分たちのものと合わせて『ボンゴレリング』と称されるそれは、本来の持ち主の元で鈍く輝いていた。
「何者にもとらわれず我が道をいく浮雲」
「急に何?」
「いいえ、貴方を見ていて不意に思い出したんです。雲の守護者のリングを貴方がつけてくれる未来なんて、昔は想像してなかったと言ったら呆れます?」
「妄想していたなら、むしろ呆れるね」
「そうですか」
くすくすと笑う彼は、やはり昔より図太くなった。
そして内も外も綺麗に、強くなった。
泣きながら逃げ出そうとしていた中学生は其処に居ない。彼は覚悟を決めて、沢山の命を背負う男だ。
『見てろ、雲雀。十年後のあいつは今とは比べ物にならないくらいに化けるぞ』
いつか自信満々に、赤ん坊の癖にニヒルな笑みを浮かべた男が雲雀に宣言した。
蛹が蝶に羽化するように、あるいは蕾が艶やかに花開くように、彼の予言は現実になった。
今の彼を見てダメツナと罵れる存在など、片手に満たないだろう。
それが面白くて、少しだけ自慢だ。
「僕はそろそろ行くよ。イタリアで片付ける仕事は終わった。日本支部の指揮を執らなきゃ」
「そうですか。こちらからも物資を送ります。必要事項はメールで知らせてください」
「判った」
頷き、ドン・ボンゴレの執務室から退出すべくドアの前まで歩いていく。
重厚な作りの扉のノブに手を置くと、思い出したように振り返った。
「綱吉」
「はい?」
「落ち着いたら借りを取り立てに行くから、ちゃんと体を鍛えておくんだよ。僕への謝礼は高くつくから」
「はははは・・・覚悟してます」
さらりと告げれば、幽霊にあったような顔で彼は手を振った。
「ありがとう、雲雀さん。俺を戦えるほどに鍛えてくれて」
「ただの仕事さ」
今度こそ振り返らずに扉を潜れば、もう一度『ありがとう』と聞こえた気がした。
誰も居ない廊下で小さく笑うと、己の本拠地へ戻るべく雲雀は前に進んだ。
僕たちの道は常に重なるものではない。
けれど有事の際には、誰よりも頼りになる味方になろう。
私なんかに一途では、君が濁ってしまうじゃないか
--お題サイト:afaikさまより--
「そんなに泣くと目が落ちちゃうよ」
ぼろぼろと声を失くして涙を零し続ける獄寺に、スーツの裾で目元を拭ってくれた綱吉が苦笑した。
最後に会ったのは中学生時代の彼だった。
薄茶色の髪に琥珀色の大きな瞳。疑問符を一杯に並べて驚きながら獄寺を見ていた彼は、あの後どうなったのだろう。
記憶が平行して存在していて、テレビを見るように過去が影像として浮かぶ。
これは自分が経験したものではない『過去』だが、確かに獄寺の中に根付くものだった。
白いスーツに緋色のワイシャツ、紺色のネクタイの彼は、過去の彼が着た黒のスーツよりも様になっている。
あの頃は、着るより着られる、といった愛らしさが前面に出ていたが、今の綱吉は着こなしていて、とても格好よく綺麗だった。
「・・・もう、貴方に会えないかと思いました」
涙が頬を伝う。
『過去』の自分は、やはり命がけで彼を守った。
十代目命でそれまで逆らったことはなかったのに、彼に反論し自分を押し通して、全てをかけて戦った。
それは自分の過去ではないのに、確かに獄寺の指には失ったはずの嵐の指輪があって、完成されたそれは当たり前に鈍い色で輝いている。
綱吉が生きていたと知り、彼の策を理解した。
これから徐々にミルフィオーレの惨劇の記憶は薄れ、いずれこの世界では存在しなくなるのだろう。
しかし自分は二つの記憶を両方とも失くすと思えない。彼を守って戦った中学生の自分も、彼を失ったと絶望を覚えこまされた自分も、両方とも獄寺の中で薄れないだろう。
戦った記憶は構わない。痛みはあったがそれは名誉の負傷で、自分が伸びる切欠になった。
あの過去があるから新しい武器を使いこなせるし、完成したリングの意味を知っている。
戦い方も身についているし、ありがたいとさえ思える。
だがもう一つの記憶。
彼が、綱吉が死んでしまった時の記憶は、一生掛かっても消せないトラウマとなるだろう。
棺の中で白い花に囲まれて眠る彼はとても綺麗で、今にも目を覚ましそうなのに、手を組んだまま動かなかった。
泣いて泣いて泣いて泣いて、生き返ってくれと叫んでも、苦く笑って窘めてくれる彼は居なかった。
握った掌の冷たさを忘れない。触れた肌の色を忘れない。こちらを見ない、声を発しない、動かない彼を忘れない。
ほろほろほろと涙が零れる。
眉を八の字に下げた綱吉が、困ったように涙を拭う。
触れた手は暖かくて、慰める声は懐かしくて、一瞬たりとも見逃したくないのに、涙で視界が滲んでしまう。
噛んでも殺しても嗚咽が止まらず、ぐるぐると回る思考は纏まらない。
ただ一つ言えるのは。
「あなたがっ」
「ん?」
「あなたがっ、死んでしまったかとっ思いっました」
震える声で訴える。
こんな情けない姿、一生見せたくなかったのに。
誰よりも格好つけたくて、誰よりも弱いと思われたくない人の前で、獄寺はただ涙を零す。
『綺麗な顔』と綱吉に褒められたこともあるのに、きっと今の自分は世界で一番みっともない顔をしているに違いない。
鼻を真っ赤にして目を泣き腫らす男なんて、獄寺も見たら速攻で果たす。
嫌われたくなくて、引かれたくなくて、何とか落ち着こうとするのに、努力すればするほど空回りした。
「・・・本当に、君は俺が好きだね」
「・・・は、いっ」
飽きれを含んだ綱吉に、けれど躊躇なく頷けば、彼は益々苦笑を含めた。
そして不意に真面目な表情になると、頬に掌を沿わせる。
指先で涙を拭った彼は、酷く真剣な目をしていた。
「ごめんね、獄寺君」
「じゅ、代目?」
「ごめんね。君がこうなるのを判ってて、俺は何も教えなかった。信用してなかったんじゃない、信頼してなかったんでもない。それでも俺は何も伝えなかった。だから、ごめんね。いっぱい泣かせて、ごめんね」
幾度もごめんと繰り返す彼を、癇癪を起こした後の子供のようにしゃくり上げながらじっと見詰める。
綱吉が自分に何も言わなかったのを、責める気持ちはないのに、それでも彼は謝罪を続けた。
だから頬に合わされた掌に擦り寄ると、瞼を閉じて彼の暖かさに集中する。
生きている。彼は生きている。それだけが重要で、それだけが全て。
「謝らないでください、十代目。俺っは、貴方が生きててくれれば、それでいいんですっ。それだけでっ、いいんです」
「───うん。そんな君だから謝るんだよ。俺なんかの為に綺麗な顔ぐしゃぐしゃにして泣いちゃう君だから、普段の冷静さやツンツンした態度をかなぐり捨てて身も世もなく泣いちゃう君だから、ごめんねって言うんだよ」
「・・・じゅうだいめ」
「君は本当に綺麗だね、獄寺君。・・・帰ってくるのが遅れてごめん。次はないから、もう泣かないで」
「約束して下さいますか・・・」
「うん。約束するよ。もう、君を置いていかないって。君が死ぬのを見届けてから、俺は死ぬよ。君を絶対に一人にしない」
「約束です、十代目。・・・俺はっ、信じますから」
「うん」
「だから、もうっ、二度と俺の前で、死なないで下さい」
しゃくり上げながら訴えれば、綱吉はこくりと頷いた。
両腕を広げた彼に抱かれて、壊れた涙腺を直す作業は放棄する。
綱吉のスーツに染みがじんわりと染みが出来て、クリーニングに出さなければと冷静な脳裏が囁いた。
「俺が死ぬのを、見届けてください」
「・・・うん」
困ったように笑った綱吉に、酷な願いをしていると理解している。
それでも俺は一生撤回しないし、するつもりもない。
俺なんかにどうして、と彼は言うけれど、もう理屈じゃなく彼が特別なのだ。
インプリティングと笑われたが、それでも傍に居られればそれが幸せ。
手に届く場所に戻った大空に、その暖かさにまた涙が零れた。
それはとても、幸せな涙だった。
--お題サイト:afaikさまより--
「そんなに泣くと目が落ちちゃうよ」
ぼろぼろと声を失くして涙を零し続ける獄寺に、スーツの裾で目元を拭ってくれた綱吉が苦笑した。
最後に会ったのは中学生時代の彼だった。
薄茶色の髪に琥珀色の大きな瞳。疑問符を一杯に並べて驚きながら獄寺を見ていた彼は、あの後どうなったのだろう。
記憶が平行して存在していて、テレビを見るように過去が影像として浮かぶ。
これは自分が経験したものではない『過去』だが、確かに獄寺の中に根付くものだった。
白いスーツに緋色のワイシャツ、紺色のネクタイの彼は、過去の彼が着た黒のスーツよりも様になっている。
あの頃は、着るより着られる、といった愛らしさが前面に出ていたが、今の綱吉は着こなしていて、とても格好よく綺麗だった。
「・・・もう、貴方に会えないかと思いました」
涙が頬を伝う。
『過去』の自分は、やはり命がけで彼を守った。
十代目命でそれまで逆らったことはなかったのに、彼に反論し自分を押し通して、全てをかけて戦った。
それは自分の過去ではないのに、確かに獄寺の指には失ったはずの嵐の指輪があって、完成されたそれは当たり前に鈍い色で輝いている。
綱吉が生きていたと知り、彼の策を理解した。
これから徐々にミルフィオーレの惨劇の記憶は薄れ、いずれこの世界では存在しなくなるのだろう。
しかし自分は二つの記憶を両方とも失くすと思えない。彼を守って戦った中学生の自分も、彼を失ったと絶望を覚えこまされた自分も、両方とも獄寺の中で薄れないだろう。
戦った記憶は構わない。痛みはあったがそれは名誉の負傷で、自分が伸びる切欠になった。
あの過去があるから新しい武器を使いこなせるし、完成したリングの意味を知っている。
戦い方も身についているし、ありがたいとさえ思える。
だがもう一つの記憶。
彼が、綱吉が死んでしまった時の記憶は、一生掛かっても消せないトラウマとなるだろう。
棺の中で白い花に囲まれて眠る彼はとても綺麗で、今にも目を覚ましそうなのに、手を組んだまま動かなかった。
泣いて泣いて泣いて泣いて、生き返ってくれと叫んでも、苦く笑って窘めてくれる彼は居なかった。
握った掌の冷たさを忘れない。触れた肌の色を忘れない。こちらを見ない、声を発しない、動かない彼を忘れない。
ほろほろほろと涙が零れる。
眉を八の字に下げた綱吉が、困ったように涙を拭う。
触れた手は暖かくて、慰める声は懐かしくて、一瞬たりとも見逃したくないのに、涙で視界が滲んでしまう。
噛んでも殺しても嗚咽が止まらず、ぐるぐると回る思考は纏まらない。
ただ一つ言えるのは。
「あなたがっ」
「ん?」
「あなたがっ、死んでしまったかとっ思いっました」
震える声で訴える。
こんな情けない姿、一生見せたくなかったのに。
誰よりも格好つけたくて、誰よりも弱いと思われたくない人の前で、獄寺はただ涙を零す。
『綺麗な顔』と綱吉に褒められたこともあるのに、きっと今の自分は世界で一番みっともない顔をしているに違いない。
鼻を真っ赤にして目を泣き腫らす男なんて、獄寺も見たら速攻で果たす。
嫌われたくなくて、引かれたくなくて、何とか落ち着こうとするのに、努力すればするほど空回りした。
「・・・本当に、君は俺が好きだね」
「・・・は、いっ」
飽きれを含んだ綱吉に、けれど躊躇なく頷けば、彼は益々苦笑を含めた。
そして不意に真面目な表情になると、頬に掌を沿わせる。
指先で涙を拭った彼は、酷く真剣な目をしていた。
「ごめんね、獄寺君」
「じゅ、代目?」
「ごめんね。君がこうなるのを判ってて、俺は何も教えなかった。信用してなかったんじゃない、信頼してなかったんでもない。それでも俺は何も伝えなかった。だから、ごめんね。いっぱい泣かせて、ごめんね」
幾度もごめんと繰り返す彼を、癇癪を起こした後の子供のようにしゃくり上げながらじっと見詰める。
綱吉が自分に何も言わなかったのを、責める気持ちはないのに、それでも彼は謝罪を続けた。
だから頬に合わされた掌に擦り寄ると、瞼を閉じて彼の暖かさに集中する。
生きている。彼は生きている。それだけが重要で、それだけが全て。
「謝らないでください、十代目。俺っは、貴方が生きててくれれば、それでいいんですっ。それだけでっ、いいんです」
「───うん。そんな君だから謝るんだよ。俺なんかの為に綺麗な顔ぐしゃぐしゃにして泣いちゃう君だから、普段の冷静さやツンツンした態度をかなぐり捨てて身も世もなく泣いちゃう君だから、ごめんねって言うんだよ」
「・・・じゅうだいめ」
「君は本当に綺麗だね、獄寺君。・・・帰ってくるのが遅れてごめん。次はないから、もう泣かないで」
「約束して下さいますか・・・」
「うん。約束するよ。もう、君を置いていかないって。君が死ぬのを見届けてから、俺は死ぬよ。君を絶対に一人にしない」
「約束です、十代目。・・・俺はっ、信じますから」
「うん」
「だから、もうっ、二度と俺の前で、死なないで下さい」
しゃくり上げながら訴えれば、綱吉はこくりと頷いた。
両腕を広げた彼に抱かれて、壊れた涙腺を直す作業は放棄する。
綱吉のスーツに染みがじんわりと染みが出来て、クリーニングに出さなければと冷静な脳裏が囁いた。
「俺が死ぬのを、見届けてください」
「・・・うん」
困ったように笑った綱吉に、酷な願いをしていると理解している。
それでも俺は一生撤回しないし、するつもりもない。
俺なんかにどうして、と彼は言うけれど、もう理屈じゃなく彼が特別なのだ。
インプリティングと笑われたが、それでも傍に居られればそれが幸せ。
手に届く場所に戻った大空に、その暖かさにまた涙が零れた。
それはとても、幸せな涙だった。
いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■と 吐息に全部を溶かすから、言葉は信じないでくれ
「跳ね馬ディーノ。あなたには日本へ渡ってもらう」
顔色一つ変えずに告げれば、珍しいことにマフィアのボスとして綱吉の前に立つ彼はぴくりと眉を動かした。
兄貴分としてなら表情豊かな人だが、今の彼はただのディーノとしているのではない。
ボンゴレの同盟ファミリーの一員として存在するはずなのに、誰よりそれを理解している彼らしくない表情の変化だった。
自身の机の上に両肘をつき、汲んだ掌の上に顎を乗せた綱吉はそれを下から見上げるように観察しながら目を細める。
今の自分は彼の弟分ではなくディーノの上に立つ人間として指示を出しているのだ。
これしきで動揺されてはとても先に進めない。
何しろ彼は重要な駒の一つとして組み込まれている。
綱吉の僅かな表情の変化に気がついたのか、ディーノはまた表情を消した。
黒のスーツといういでだちも含め、今の彼を普段の陽気な兄貴と捉えるものは居ないだろう。
それくらいぴりぴりとした雰囲気を纏った彼は、薄い唇をゆっくりと持ち上げた。
「お言葉ですが、ドン・ボンゴレ。それではイタリア本部の守りが手薄になります。それとも───強固なボンゴレの守りには私のような中堅マフィアなど必要ないということでしょうか?」
「・・・本当に言葉が過ぎるな、跳ね馬。だがその疑問も最もだ」
「なら」
「しかし君に質問権はない。『Si o No?』と聞いている」
猛獣が獲物を狙うよう、じりじりとディーノを追い詰める。
普段の穏やかとも言える気性を知る人間からすればこの変化は劇的らしい。
兄弟子である彼も優秀だったろうが、綱吉はリボーンに最高傑作と言わしめた『作品』だ。
瞬き一つで雰囲気を一変させる術も、相手を精神的に追い詰める術も心得ている。
露にした苛立ちは作り出したもので本気ではないが関係ない。
見せるための怒りがあると、この立場になり始めて知った。
権力を最大限に利用しなくてはいけない場面が時としてあり、綱吉にとっては今この瞬間がまさしくそれだった。
「俺はお願いしてるんじゃない」
「・・・・・・」
「キャバッローネファミリーの長、跳ね馬ディーノ。同盟ファミリーの中でも一際篤い忠心を捧げる君を俺は信頼している。その信頼に応えて欲しいと、そう望んでいるだけだ」
言葉は全くの嘘じゃない。
ドン・キャバッローネとして彼の耳にも様々な情報が入ってきているはずだ。
イタリアはボンゴレだけでなくキャバッローネの本拠地もある。
それを含めてこの地を離れ難いのだろうが、彼の気持ちを理解した上で、それでも綱吉はディーノに動いてもらわなくてはならなかった。
彼自身が育てたと言っても過言ではない、過去の雲雀のサポート役として。
現代のリボーンが居ない今、雲雀を扱えるのはディーノくらいだ。
ぎりぎりまでイタリアに残ってもらって構わないが、最悪過去と現在が入れ替わる頃には日本に居て欲しい。
「出発時期は再来週の俺が奴らと対談する当日。一番奴らの監視が薄くなる時間帯に立ってくれ」
「っ!?それじゃ俺はドン・ボンゴレの護衛にすら加わるなと言うことですか?」
「そうなるな。話はそれだけだ」
行っていいと手を振れば、ぎりりと奥歯を噛み締める音がここまで聞こえた。
だが、前言を撤回する気はない。
信頼しているファミリーだと告げながら、その実一番重要に見えるミルフィオーレとの会談には連れて行かないと言われればこの反応も妥当だろう。
場には綱吉だけでなく幾人かの同盟ファミリーのボスも同席する手筈になっている。
大よそ処刑を見届けるメンバーとして連れて来いという意味だろうから、誰にするかも選び終えていた。
少なくとも───綱吉の盾になろうとする忠臣は、そこに居てはいけない。
筋書きが狂うし、役立つ人物は書いた筋書きに登場してもらいたかった。
一礼すると背を向けたディーノは真っ直ぐに出口へ向かう。
ドアノブに手を掛けたところで動きを止めると、溜まらずに口に出したとばかりに迸る感情を露にした。
「これは独り言です」
「・・・・・・」
「頼むから、死なないでくれツナ。お前まで居なくなれば、俺は───本気で死にたくなる」
苦渋を滲ませた声は、ファミリーの長として綱吉の前で出すには不適切だ。
だが信頼する師を失った弟を心配する兄としては妥当なもので、だからこそ何も言わず綱吉はそれを許容した。
静かに姿を消した彼の残像を追うように瞳を細め、うっそりと溜め込んだ気持ちを吐き出す。
「それは俺の台詞です、ディーノさん。どうか、ご武運を」
今からバトンタッチする綱吉ではなく、きっと彼にこそ必要な祈りであろうから。
■き 君を愛するのはあまりにも簡単すぎた
背後をちょろちょろとする気配に綱吉は嘆息した。
運よく今日は連れてる護衛が笹川で、ちらりと視線を上げると心得たように頷く。
一言と断ってから業とらしく離れた彼の背を見送ると、そのまま路地へ足を向けた。
本来、ドン・ボンゴレである綱吉が護衛もつけず一人歩きなど考えられない。
実際今も距離を置いて気配を隠してもらっただけで、何かあったときすぐに駆けつけれる距離に笹川はいる。
それ以外にも数人のSPが居たが、笹川一人で十分、むしろ足手まといだと告げたお陰で彼らは今日は留守番だ。
知っているとは思わないが、運がいい子だったなと思い返しながらまた一つ路地を曲がる。
初めて足を踏み入れる場所だが何処が安全か、何処に向かえば都合がいいかは優秀な血が教えてくれた。
足早に連続して角を曲がり、空いていた隙間に身を隠す。
すると目的の人物は焦ったように走りこみ、そこが行き止まりと知ると息を呑んだ。
「一体何処へ・・・」
「ここだよ」
「っ!!?」
背後から判りやすく気配を出現させて近寄れば、びくりと体を竦ませた子供はこちらを振り返った。
特徴的な癖毛に、端整でありながらも垂れ目のお陰で締まらない顔。優男の雰囲気を全身から発する弟分に、綱吉は息を吐き出した。
昔は無駄に自信満々で威勢が良かった弟分は、何処でどうしてこうなったのかわからないヘタレた空気を醸し出している。
壁に体を凭れ掛けさせ腕を組んで呆れを露にすれば、今にも泣きそうな顔でこちらを見てきた。
「・・・ボンゴレ」
「どういうつもりだ、ランボ。今日の仕事はお前に頼んでなかったと思ったけど?」
「・・・・・・」
「故意に俺の後をつけてきたな。ヒットマンとして俺に何か用事でも?」
「違います!俺がボンゴレを狙うなんて、そんなっ」
じとりと眉間に皺を寄せれば、びくりと面白いくらいに震えた子供は涙目になった。
涙腺の緩さは昔と少しも変わらない。
幹部の中でも一番幼い泣き虫ランボ。
その異質さゆえに本来はもっと厳しく当たらなくてはいけないのだが、どうにも彼を前にすると兄としての面が強く出てしまう。
嘆息して瞬きの内に気分を切り替えると、兄としての表情からドン・ボンゴレへと変貌する。
このままではいけないと、誰より綱吉が理解していた。
「自分の立場を理解してるのか、ランボ」
「でも・・・俺だって、ボンゴレを護りたいです!!ただでさえファミリーが違って予定から外されがちですし、せめてプライベートの時間だけでもあなたのために働きたいんです!」
「・・・はぁ」
意気込みは買ってやりたい。
けれど全てが空回りだ。
確かに年齢の割りにランボは経験豊富で強い。だが、それはあくまで年齢の割りに、だ。
綱吉や他の守護者の面々に比べるとどうしても未熟さが前面に来てしまう彼に足りないのは落ち着きと自信、そしていざと言うときの判断力。
若さゆえの未熟さ結構。後先考えず行動する情熱も時には必要だろう。
だが、それはあくまでフォローできる余裕がこちらにあれば許容できる話だ。
今の綱吉にその余裕も余力もなく、先走られれば自分だけでなく彼の命すら危うい。
甘いと罵られても仕方ないが、この年下の仲間を死なせたくなかった。
彼が子供の時分から面倒を見ているのだ、思い入れも一際強い。
贔屓するのではないが、他の守護者は共に死んでも、万が一でもこの子供には生き延びて欲しかった。
「今日はもう俺も屋敷に帰る。だからお前も自分のファミリーへ帰れ」
「ですがっ」
「このままじゃ俺も仕事にならないんだ。今日の同行者が笹川さんだから良かったものの、雲雀さんや獄寺君ならお前五体満足で帰れなかったぞ」
「・・・・・・」
「俺に俺の仕事があるように、お前にはお前の仕事があるはずだ。行け。お前が帰るべき場所へ」
唇を噛み締めて俯いた子は、身長こそ高くなってもいつまで経っても泣き虫ランボでしかなくて、だからこそこの手を放さなくてはと強く感じる。
子供の頃から成長を見守ってきた未熟で生意気でませたヒットマン。
だからこそ容易に手放せる彼に、昔と同じ微笑を向けた。
顔を歪めるランボは、葡萄飴が欲しいとダダを捏ねていた頃と全く変わっていない。
並ぼうと足掻く彼には申し訳ないけれど、将来を見て欲しい子供でしかなかった。
■に 二番目で幸せと言ったら怒るのでしょうね
「ついに明日か・・・」
正一と雲雀と三人で綿密に立てた計画を実行する日を目前に、自室のベッドの上で綱吉は苦笑した。
部屋に明かりは灯されてないが、闇に強い瞳は部屋の隅々まで見渡せる。
眠るときでも肌身離さず持っている銃を取り出し、片手で弄んだ。
武器の一つとして扱いを覚えこまされたそれを慣れた仕草で回して両手の間を行き来させる。
最大の武器であるXグローブはポケットの中に入れてあり、最近では眠る前には付けるようにしていた。
ボンゴレの最奥部にある綱吉の自室だが、ここも今では安全とは言い難い。
いつ敵の襲来に合うか判らず、ボンゴレの長として死ぬわけにいかない綱吉は日々用心を深めている。
ごろり、とベッドに寝転んで大の字になった。
耳が痛くなるくらいの静寂の中、壁に掛けられた時計の音だけが響く。
規則的な音を聞きながら思い出すのはただ一人の面影。
綱吉をドン・ボンゴレとして作り上げ、ニヒルな笑顔で去っていった最強のヒットマン。
「リボーン」
その名を呼んだのは、彼が死んだと報告を受けて以来だ。
口にするだけで複雑な想いがこみ上げるが、何故か悲しみは感じない。
未だに諦め悪く心の奥深くで彼の死を信じきれない自分がいるからで、その勘を綱吉は信じていた。
何しろ綱吉の磨きぬかれた直感は、リボーンにより成長させられたものだ。
ブラッド・オブ・ボンゴレ。
リボーンのしごきにより研ぎ澄まされた感覚を、他の何より信頼している。
これは経験による直感と違い、本当に山勘だ。だが外れることはない。
「お前はまだ生きている。そして、俺も」
心臓の上に手を置いてその鼓動を確かめる。
ドクリ、ドクリと鳴り響く音こそ綱吉の命そのもので、これが動き続ける限り諦めないと決めていた。
綱吉は一人じゃない。
沢山の仲間がいて護るべきファミリーがいる。
綱吉の命は綱吉だけのものじゃない。
絶対に天国には行けない穢れた魂だったとしても、ミルフィオーレにくれてやれるほど安価じゃないのだ。
「打てる手は全て打った。お前がいれば酷評するだろう作戦だけど、俺はそれを決行するよ。何しろお前のお陰で無駄に度胸だけはついた。俺には背負う者がいる。護るべき未来がある。だから一世一代の賭けに出るよ」
くつくつと喉を震わせて笑う。
賭けに負ければ綱吉は二度と目覚めない。
初めからイカサマと知っているレースで、勝負は一体どうつくのか。
今綱吉が生きている未来は他に例のない手段をとる。
様々な因果が交差して、新たな道を切り開ける幸運を持っている。
だから。
「眠ってるとこ悪いがお前にも協力してもらうよ、リボーン。過去の俺には過去のお前が必要だ。何しろ、お前は俺の家庭教師だからな」
悪戯を思いついたような子供の顔で楽しげに囁く。
声は闇に紛れて消えてしまったが、それでも高揚した気分は消えない。
何しろ綱吉は自分の勝利を疑ってない。
自分が呼ぶのは一番可能性があった頃の自分だ。
今よりも覚悟もなくて未熟で弱く頭も悪いが、それでもあの頃の成長は目を見張るものがあった。
まだ何色にも染まりきってないからこそ彼らには道がある。
そしてありがたいことに、自分は一人ではなかった。
「守護者の皆、何も言わずに巻き込んでごめん。それでも君たちが俺には必要だ。ヴァリアーの皆、俺が居ない間ここの守りを頼んだ。ディーノさん、雲雀さんのフォローよろしく。そして俺の最凶の先生、俺たちのこと頼んだよ」
明日の今頃には綱吉は死んでいる。
否、正確には仮死状態に陥ってるだろう。
医者ですら判別つかない状態まで深く意識を落とし、過去の人間に自分の未来を全て委ねる。
負ければ綱吉は存在から消える。
過去が死んだら『今』の自分は存在しないからだ。
眠ったまま『なかったこと』にされるのだろう。
「それでも俺は後悔しない。俺は俺自身を信じてる。お前が教育した俺を、俺を助けてくれる仲間を、そして───最悪な家庭教師を信じてる」
瞼を閉じれば小ばかにしたような独特の笑みが脳裏に浮かぶ。
この場に居ない彼に背中を押された気がして、あの日から初めて一粒だけ涙を零した。
■いつか どうしても 悲しいときに
「君なら僕に協力してくれるかなって思ってたんだけどな」
食えない笑顔を浮かべる真っ白な青年に、綱吉は艶やかな視線を送る。
余裕たっぷりな態度は圧倒的劣勢に立つ人間とは思えないほどふてぶてしい。
机の上に肘をつき両手を組んでその上に顎を乗せると、目元を綻ばして微笑みと酷似した表情を浮かべた。
軍服のような服を纏う白蘭と違い、同色であるがきっちりとしたクラシコスーツを着た綱吉は、ファニーフェイスで小首を傾げる。
「俺がお前に協力する?寝言は寝てから言った方がいい。そうじゃなければ今すぐ病院へ行くんだな。そうだな・・・お前なら、脳外科か精神科か、それとも小児科になるのかな?」
魅力的な笑顔と反して放たれる毒舌に、白蘭ではなく周りの幹部がざわめいた。
今綱吉がいるのは味方に囲まれた安全地ではなく、ミルフィオーレしかいない彼らの本拠地の一室だ。
そこにたった一人で招待され白蘭と対峙し、それでも一切態度は変えない。
座った度胸を気に入ったのか、面白い玩具を見つけた子供みたいな顔で白蘭が頷いた。
「さすが綱吉君。いい度胸をしてるよね。ミルフィオーレの本拠地でそのボスを前にして、さらに幹部に囲われながらも全く態度に怯みがない。どころか普段通りの冷静さ、恐れ入るよ」
「俺にもお前に感心される部分があったのか。それは驚きだな」
「あれ?勘違いしないでよ、綱吉君。僕は君が結構好きだし尊敬してる。何しろ、君は何処の世界にいても『沢田綱吉』だ。それはいっそ、不思議なくらいにね」
「お前の言葉だと褒められてる気がしないな。それに俺は俺で比較の対象はない」
「・・・残念だな。君はいつだって僕と友達になってくれない。僕は毎回こうして場を設けているのに、『僕の欲しい君』は、『ドン・ボンゴレ』は、絶対に僕のものになってくれない。どうしてだろうね?」
「真っ当な価値観があるからだろうよ。───とにかく交渉は決裂だ。俺たちのリングはお前に渡さない」
「その結果残された君の仲間が烏合の集と化したとしても?抵抗の術なく死ねと彼らに言うの?」
「俺の部下はそんなに弱くない。俺よりずっと心が強い奴らばかりだ」
「そう」
笑みを深めた白蘭が、机の上のマシュマロを一つ摘んで口に入れた。
美味しそうに租借しながら、すっと片手を上げて合図をする。
斜め後ろに立って控えていた正一がそれに頷くと、懐から銃を出してスライドをずらした。
弾が装填された音が響き、瞳をすっと細める。
「俺を殺すか?」
「うん。どうやったって君は友達になってくれなさそうだし、また次の世界で誘ってみるよ」
「・・・次があるかな?」
「あるよ。僕、君より強いから」
ふふふと邪気なく笑う男の瞳は暗く濁っていた。
名前負けした奴だ、と緩く口端を持ち上げる。
ちらりと視線を正一へ向ければ、一切感情をそぎ落とした表情で、けれど僅かに銃口を震わせていた。
頭脳派の正一には暴力沙汰は似合わない。思わず素で苦笑した。
「おいおい、どうせなら一発でやってくれよ。無駄に苦しみたくない」
「それもそうだね。正ちゃん、それ僕に貸して」
「え?でも」
「いいな。俺も一幹部に命を取られるより、ボスにやられた方が箔がつく」
正一から銃を無理やりに奪った白蘭が、今度は震えなく真っ直ぐな銃口を向けてきた。
笑顔の奥に狂気を宿す彼の瞳を覗きこみ、精々同じように笑ってやる。
親指で心臓を叩くと、小首を傾げた。
「きっちりと狙ってくれよ。この距離で外されたら俺も浮かばれない」
「まかせて、綱吉君。おやすみ。そして───また何処かの世界で遊ぼうね」
ぱん、と乾いた音が聞こえるか聞こえないかの間に意識が暗転する。
ついに動き出した歯車に、誰にも気づかれぬよううっそりと嗤った。
この別れは一時のもの。
どうか嘆かないで下さい。これは始まりに過ぎません。
どうか諦めないで下さい。これは終わりではありません。
勝つために選んだ布石の一つで、更なる可能性に賭けた結果です。
愛すべき我が家族よ、愛しき仲間たちよ。
ほんの暫しの別れです。
次に目覚めた時、笑顔で君たちに会いに行きます。
怒りも嘆きもその時に受け止めます。
だからどうか───俺が行くまで、死なずに生きていてください。
いつか、どうしても悲しい時は。
どうか俺の言葉を、俺の行動を、俺の全てを思い出して。
ほんの暫しの別れです。
どうか生き抜いて、また会いましょう。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■と 吐息に全部を溶かすから、言葉は信じないでくれ
「跳ね馬ディーノ。あなたには日本へ渡ってもらう」
顔色一つ変えずに告げれば、珍しいことにマフィアのボスとして綱吉の前に立つ彼はぴくりと眉を動かした。
兄貴分としてなら表情豊かな人だが、今の彼はただのディーノとしているのではない。
ボンゴレの同盟ファミリーの一員として存在するはずなのに、誰よりそれを理解している彼らしくない表情の変化だった。
自身の机の上に両肘をつき、汲んだ掌の上に顎を乗せた綱吉はそれを下から見上げるように観察しながら目を細める。
今の自分は彼の弟分ではなくディーノの上に立つ人間として指示を出しているのだ。
これしきで動揺されてはとても先に進めない。
何しろ彼は重要な駒の一つとして組み込まれている。
綱吉の僅かな表情の変化に気がついたのか、ディーノはまた表情を消した。
黒のスーツといういでだちも含め、今の彼を普段の陽気な兄貴と捉えるものは居ないだろう。
それくらいぴりぴりとした雰囲気を纏った彼は、薄い唇をゆっくりと持ち上げた。
「お言葉ですが、ドン・ボンゴレ。それではイタリア本部の守りが手薄になります。それとも───強固なボンゴレの守りには私のような中堅マフィアなど必要ないということでしょうか?」
「・・・本当に言葉が過ぎるな、跳ね馬。だがその疑問も最もだ」
「なら」
「しかし君に質問権はない。『Si o No?』と聞いている」
猛獣が獲物を狙うよう、じりじりとディーノを追い詰める。
普段の穏やかとも言える気性を知る人間からすればこの変化は劇的らしい。
兄弟子である彼も優秀だったろうが、綱吉はリボーンに最高傑作と言わしめた『作品』だ。
瞬き一つで雰囲気を一変させる術も、相手を精神的に追い詰める術も心得ている。
露にした苛立ちは作り出したもので本気ではないが関係ない。
見せるための怒りがあると、この立場になり始めて知った。
権力を最大限に利用しなくてはいけない場面が時としてあり、綱吉にとっては今この瞬間がまさしくそれだった。
「俺はお願いしてるんじゃない」
「・・・・・・」
「キャバッローネファミリーの長、跳ね馬ディーノ。同盟ファミリーの中でも一際篤い忠心を捧げる君を俺は信頼している。その信頼に応えて欲しいと、そう望んでいるだけだ」
言葉は全くの嘘じゃない。
ドン・キャバッローネとして彼の耳にも様々な情報が入ってきているはずだ。
イタリアはボンゴレだけでなくキャバッローネの本拠地もある。
それを含めてこの地を離れ難いのだろうが、彼の気持ちを理解した上で、それでも綱吉はディーノに動いてもらわなくてはならなかった。
彼自身が育てたと言っても過言ではない、過去の雲雀のサポート役として。
現代のリボーンが居ない今、雲雀を扱えるのはディーノくらいだ。
ぎりぎりまでイタリアに残ってもらって構わないが、最悪過去と現在が入れ替わる頃には日本に居て欲しい。
「出発時期は再来週の俺が奴らと対談する当日。一番奴らの監視が薄くなる時間帯に立ってくれ」
「っ!?それじゃ俺はドン・ボンゴレの護衛にすら加わるなと言うことですか?」
「そうなるな。話はそれだけだ」
行っていいと手を振れば、ぎりりと奥歯を噛み締める音がここまで聞こえた。
だが、前言を撤回する気はない。
信頼しているファミリーだと告げながら、その実一番重要に見えるミルフィオーレとの会談には連れて行かないと言われればこの反応も妥当だろう。
場には綱吉だけでなく幾人かの同盟ファミリーのボスも同席する手筈になっている。
大よそ処刑を見届けるメンバーとして連れて来いという意味だろうから、誰にするかも選び終えていた。
少なくとも───綱吉の盾になろうとする忠臣は、そこに居てはいけない。
筋書きが狂うし、役立つ人物は書いた筋書きに登場してもらいたかった。
一礼すると背を向けたディーノは真っ直ぐに出口へ向かう。
ドアノブに手を掛けたところで動きを止めると、溜まらずに口に出したとばかりに迸る感情を露にした。
「これは独り言です」
「・・・・・・」
「頼むから、死なないでくれツナ。お前まで居なくなれば、俺は───本気で死にたくなる」
苦渋を滲ませた声は、ファミリーの長として綱吉の前で出すには不適切だ。
だが信頼する師を失った弟を心配する兄としては妥当なもので、だからこそ何も言わず綱吉はそれを許容した。
静かに姿を消した彼の残像を追うように瞳を細め、うっそりと溜め込んだ気持ちを吐き出す。
「それは俺の台詞です、ディーノさん。どうか、ご武運を」
今からバトンタッチする綱吉ではなく、きっと彼にこそ必要な祈りであろうから。
■き 君を愛するのはあまりにも簡単すぎた
背後をちょろちょろとする気配に綱吉は嘆息した。
運よく今日は連れてる護衛が笹川で、ちらりと視線を上げると心得たように頷く。
一言と断ってから業とらしく離れた彼の背を見送ると、そのまま路地へ足を向けた。
本来、ドン・ボンゴレである綱吉が護衛もつけず一人歩きなど考えられない。
実際今も距離を置いて気配を隠してもらっただけで、何かあったときすぐに駆けつけれる距離に笹川はいる。
それ以外にも数人のSPが居たが、笹川一人で十分、むしろ足手まといだと告げたお陰で彼らは今日は留守番だ。
知っているとは思わないが、運がいい子だったなと思い返しながらまた一つ路地を曲がる。
初めて足を踏み入れる場所だが何処が安全か、何処に向かえば都合がいいかは優秀な血が教えてくれた。
足早に連続して角を曲がり、空いていた隙間に身を隠す。
すると目的の人物は焦ったように走りこみ、そこが行き止まりと知ると息を呑んだ。
「一体何処へ・・・」
「ここだよ」
「っ!!?」
背後から判りやすく気配を出現させて近寄れば、びくりと体を竦ませた子供はこちらを振り返った。
特徴的な癖毛に、端整でありながらも垂れ目のお陰で締まらない顔。優男の雰囲気を全身から発する弟分に、綱吉は息を吐き出した。
昔は無駄に自信満々で威勢が良かった弟分は、何処でどうしてこうなったのかわからないヘタレた空気を醸し出している。
壁に体を凭れ掛けさせ腕を組んで呆れを露にすれば、今にも泣きそうな顔でこちらを見てきた。
「・・・ボンゴレ」
「どういうつもりだ、ランボ。今日の仕事はお前に頼んでなかったと思ったけど?」
「・・・・・・」
「故意に俺の後をつけてきたな。ヒットマンとして俺に何か用事でも?」
「違います!俺がボンゴレを狙うなんて、そんなっ」
じとりと眉間に皺を寄せれば、びくりと面白いくらいに震えた子供は涙目になった。
涙腺の緩さは昔と少しも変わらない。
幹部の中でも一番幼い泣き虫ランボ。
その異質さゆえに本来はもっと厳しく当たらなくてはいけないのだが、どうにも彼を前にすると兄としての面が強く出てしまう。
嘆息して瞬きの内に気分を切り替えると、兄としての表情からドン・ボンゴレへと変貌する。
このままではいけないと、誰より綱吉が理解していた。
「自分の立場を理解してるのか、ランボ」
「でも・・・俺だって、ボンゴレを護りたいです!!ただでさえファミリーが違って予定から外されがちですし、せめてプライベートの時間だけでもあなたのために働きたいんです!」
「・・・はぁ」
意気込みは買ってやりたい。
けれど全てが空回りだ。
確かに年齢の割りにランボは経験豊富で強い。だが、それはあくまで年齢の割りに、だ。
綱吉や他の守護者の面々に比べるとどうしても未熟さが前面に来てしまう彼に足りないのは落ち着きと自信、そしていざと言うときの判断力。
若さゆえの未熟さ結構。後先考えず行動する情熱も時には必要だろう。
だが、それはあくまでフォローできる余裕がこちらにあれば許容できる話だ。
今の綱吉にその余裕も余力もなく、先走られれば自分だけでなく彼の命すら危うい。
甘いと罵られても仕方ないが、この年下の仲間を死なせたくなかった。
彼が子供の時分から面倒を見ているのだ、思い入れも一際強い。
贔屓するのではないが、他の守護者は共に死んでも、万が一でもこの子供には生き延びて欲しかった。
「今日はもう俺も屋敷に帰る。だからお前も自分のファミリーへ帰れ」
「ですがっ」
「このままじゃ俺も仕事にならないんだ。今日の同行者が笹川さんだから良かったものの、雲雀さんや獄寺君ならお前五体満足で帰れなかったぞ」
「・・・・・・」
「俺に俺の仕事があるように、お前にはお前の仕事があるはずだ。行け。お前が帰るべき場所へ」
唇を噛み締めて俯いた子は、身長こそ高くなってもいつまで経っても泣き虫ランボでしかなくて、だからこそこの手を放さなくてはと強く感じる。
子供の頃から成長を見守ってきた未熟で生意気でませたヒットマン。
だからこそ容易に手放せる彼に、昔と同じ微笑を向けた。
顔を歪めるランボは、葡萄飴が欲しいとダダを捏ねていた頃と全く変わっていない。
並ぼうと足掻く彼には申し訳ないけれど、将来を見て欲しい子供でしかなかった。
■に 二番目で幸せと言ったら怒るのでしょうね
「ついに明日か・・・」
正一と雲雀と三人で綿密に立てた計画を実行する日を目前に、自室のベッドの上で綱吉は苦笑した。
部屋に明かりは灯されてないが、闇に強い瞳は部屋の隅々まで見渡せる。
眠るときでも肌身離さず持っている銃を取り出し、片手で弄んだ。
武器の一つとして扱いを覚えこまされたそれを慣れた仕草で回して両手の間を行き来させる。
最大の武器であるXグローブはポケットの中に入れてあり、最近では眠る前には付けるようにしていた。
ボンゴレの最奥部にある綱吉の自室だが、ここも今では安全とは言い難い。
いつ敵の襲来に合うか判らず、ボンゴレの長として死ぬわけにいかない綱吉は日々用心を深めている。
ごろり、とベッドに寝転んで大の字になった。
耳が痛くなるくらいの静寂の中、壁に掛けられた時計の音だけが響く。
規則的な音を聞きながら思い出すのはただ一人の面影。
綱吉をドン・ボンゴレとして作り上げ、ニヒルな笑顔で去っていった最強のヒットマン。
「リボーン」
その名を呼んだのは、彼が死んだと報告を受けて以来だ。
口にするだけで複雑な想いがこみ上げるが、何故か悲しみは感じない。
未だに諦め悪く心の奥深くで彼の死を信じきれない自分がいるからで、その勘を綱吉は信じていた。
何しろ綱吉の磨きぬかれた直感は、リボーンにより成長させられたものだ。
ブラッド・オブ・ボンゴレ。
リボーンのしごきにより研ぎ澄まされた感覚を、他の何より信頼している。
これは経験による直感と違い、本当に山勘だ。だが外れることはない。
「お前はまだ生きている。そして、俺も」
心臓の上に手を置いてその鼓動を確かめる。
ドクリ、ドクリと鳴り響く音こそ綱吉の命そのもので、これが動き続ける限り諦めないと決めていた。
綱吉は一人じゃない。
沢山の仲間がいて護るべきファミリーがいる。
綱吉の命は綱吉だけのものじゃない。
絶対に天国には行けない穢れた魂だったとしても、ミルフィオーレにくれてやれるほど安価じゃないのだ。
「打てる手は全て打った。お前がいれば酷評するだろう作戦だけど、俺はそれを決行するよ。何しろお前のお陰で無駄に度胸だけはついた。俺には背負う者がいる。護るべき未来がある。だから一世一代の賭けに出るよ」
くつくつと喉を震わせて笑う。
賭けに負ければ綱吉は二度と目覚めない。
初めからイカサマと知っているレースで、勝負は一体どうつくのか。
今綱吉が生きている未来は他に例のない手段をとる。
様々な因果が交差して、新たな道を切り開ける幸運を持っている。
だから。
「眠ってるとこ悪いがお前にも協力してもらうよ、リボーン。過去の俺には過去のお前が必要だ。何しろ、お前は俺の家庭教師だからな」
悪戯を思いついたような子供の顔で楽しげに囁く。
声は闇に紛れて消えてしまったが、それでも高揚した気分は消えない。
何しろ綱吉は自分の勝利を疑ってない。
自分が呼ぶのは一番可能性があった頃の自分だ。
今よりも覚悟もなくて未熟で弱く頭も悪いが、それでもあの頃の成長は目を見張るものがあった。
まだ何色にも染まりきってないからこそ彼らには道がある。
そしてありがたいことに、自分は一人ではなかった。
「守護者の皆、何も言わずに巻き込んでごめん。それでも君たちが俺には必要だ。ヴァリアーの皆、俺が居ない間ここの守りを頼んだ。ディーノさん、雲雀さんのフォローよろしく。そして俺の最凶の先生、俺たちのこと頼んだよ」
明日の今頃には綱吉は死んでいる。
否、正確には仮死状態に陥ってるだろう。
医者ですら判別つかない状態まで深く意識を落とし、過去の人間に自分の未来を全て委ねる。
負ければ綱吉は存在から消える。
過去が死んだら『今』の自分は存在しないからだ。
眠ったまま『なかったこと』にされるのだろう。
「それでも俺は後悔しない。俺は俺自身を信じてる。お前が教育した俺を、俺を助けてくれる仲間を、そして───最悪な家庭教師を信じてる」
瞼を閉じれば小ばかにしたような独特の笑みが脳裏に浮かぶ。
この場に居ない彼に背中を押された気がして、あの日から初めて一粒だけ涙を零した。
■いつか どうしても 悲しいときに
「君なら僕に協力してくれるかなって思ってたんだけどな」
食えない笑顔を浮かべる真っ白な青年に、綱吉は艶やかな視線を送る。
余裕たっぷりな態度は圧倒的劣勢に立つ人間とは思えないほどふてぶてしい。
机の上に肘をつき両手を組んでその上に顎を乗せると、目元を綻ばして微笑みと酷似した表情を浮かべた。
軍服のような服を纏う白蘭と違い、同色であるがきっちりとしたクラシコスーツを着た綱吉は、ファニーフェイスで小首を傾げる。
「俺がお前に協力する?寝言は寝てから言った方がいい。そうじゃなければ今すぐ病院へ行くんだな。そうだな・・・お前なら、脳外科か精神科か、それとも小児科になるのかな?」
魅力的な笑顔と反して放たれる毒舌に、白蘭ではなく周りの幹部がざわめいた。
今綱吉がいるのは味方に囲まれた安全地ではなく、ミルフィオーレしかいない彼らの本拠地の一室だ。
そこにたった一人で招待され白蘭と対峙し、それでも一切態度は変えない。
座った度胸を気に入ったのか、面白い玩具を見つけた子供みたいな顔で白蘭が頷いた。
「さすが綱吉君。いい度胸をしてるよね。ミルフィオーレの本拠地でそのボスを前にして、さらに幹部に囲われながらも全く態度に怯みがない。どころか普段通りの冷静さ、恐れ入るよ」
「俺にもお前に感心される部分があったのか。それは驚きだな」
「あれ?勘違いしないでよ、綱吉君。僕は君が結構好きだし尊敬してる。何しろ、君は何処の世界にいても『沢田綱吉』だ。それはいっそ、不思議なくらいにね」
「お前の言葉だと褒められてる気がしないな。それに俺は俺で比較の対象はない」
「・・・残念だな。君はいつだって僕と友達になってくれない。僕は毎回こうして場を設けているのに、『僕の欲しい君』は、『ドン・ボンゴレ』は、絶対に僕のものになってくれない。どうしてだろうね?」
「真っ当な価値観があるからだろうよ。───とにかく交渉は決裂だ。俺たちのリングはお前に渡さない」
「その結果残された君の仲間が烏合の集と化したとしても?抵抗の術なく死ねと彼らに言うの?」
「俺の部下はそんなに弱くない。俺よりずっと心が強い奴らばかりだ」
「そう」
笑みを深めた白蘭が、机の上のマシュマロを一つ摘んで口に入れた。
美味しそうに租借しながら、すっと片手を上げて合図をする。
斜め後ろに立って控えていた正一がそれに頷くと、懐から銃を出してスライドをずらした。
弾が装填された音が響き、瞳をすっと細める。
「俺を殺すか?」
「うん。どうやったって君は友達になってくれなさそうだし、また次の世界で誘ってみるよ」
「・・・次があるかな?」
「あるよ。僕、君より強いから」
ふふふと邪気なく笑う男の瞳は暗く濁っていた。
名前負けした奴だ、と緩く口端を持ち上げる。
ちらりと視線を正一へ向ければ、一切感情をそぎ落とした表情で、けれど僅かに銃口を震わせていた。
頭脳派の正一には暴力沙汰は似合わない。思わず素で苦笑した。
「おいおい、どうせなら一発でやってくれよ。無駄に苦しみたくない」
「それもそうだね。正ちゃん、それ僕に貸して」
「え?でも」
「いいな。俺も一幹部に命を取られるより、ボスにやられた方が箔がつく」
正一から銃を無理やりに奪った白蘭が、今度は震えなく真っ直ぐな銃口を向けてきた。
笑顔の奥に狂気を宿す彼の瞳を覗きこみ、精々同じように笑ってやる。
親指で心臓を叩くと、小首を傾げた。
「きっちりと狙ってくれよ。この距離で外されたら俺も浮かばれない」
「まかせて、綱吉君。おやすみ。そして───また何処かの世界で遊ぼうね」
ぱん、と乾いた音が聞こえるか聞こえないかの間に意識が暗転する。
ついに動き出した歯車に、誰にも気づかれぬよううっそりと嗤った。
この別れは一時のもの。
どうか嘆かないで下さい。これは始まりに過ぎません。
どうか諦めないで下さい。これは終わりではありません。
勝つために選んだ布石の一つで、更なる可能性に賭けた結果です。
愛すべき我が家族よ、愛しき仲間たちよ。
ほんの暫しの別れです。
次に目覚めた時、笑顔で君たちに会いに行きます。
怒りも嘆きもその時に受け止めます。
だからどうか───俺が行くまで、死なずに生きていてください。
いつか、どうしても悲しい時は。
どうか俺の言葉を、俺の行動を、俺の全てを思い出して。
ほんの暫しの別れです。
どうか生き抜いて、また会いましょう。
いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■か 書かれなかったことを読む手紙
「・・・美味しい」
可愛らしい顔を嬉しげに綻ばした髑髏の姿に、綱吉もつられて笑顔になる。
こんなに穏やかな時間を持てたのは久しぶりで、彼女にとっても同じくらいに掛け替えのない気持ちになっていればいいと心から願う。
何しろこの可愛らしい顔とミステリアスな雰囲気のおかげで敵対勢力からストーカー行為にあっているのだ。
心配させるから骸には黙ってくれと言われたが、あの千里眼を持つような男のことだ。絶対に気がついているだろう。
綱吉と違い無口な性質でも髑髏は素直だから何でも表情に出てしまうし隠し事に向いていない。
いつしか裏と表を使い分けるのに慣れてしまった自分に比べると随分と綺麗なままの彼女を、綱吉は大切にしていた。
綱吉の執務室は大マフィアボンゴレの中でも一番の安全箇所だ。
屋敷内の配置的な意味でもそうだが、それ以上に戦力的な意味で。
ボンゴレの本部には各国に散らばる家族の中でもよりぬきの精鋭が詰めている。
末端の部下然り、構成員然り、そして綱吉の周りを固める守護者然り。
しかしその中でも最も最強の何相応しいのは、彼らの父である綱吉だ。
家族を守るためにその拳を振るう、ドン・ボンゴレ。
綱吉の力は背後に守るべき相手がいれば居るほど強くなる。
自分のために使える力などいいとこ八分。心で無意識にかけたリミッターが外れるのは、守りたい誰かが居るときだ。
そう、家庭教師に育てられた。
安全だと判る場所は、今の髑髏には必要なものだ。
敵を前に常に気を張るのは疲れるし、実際に最近は顔色が悪い。
運がないことに彼女のストーカーは同じ術師だ。
綱吉の知る術師は大半が粘着質で陰鬱な性格をしている。
骸然り、マーモン然り、そしてミルフィオーレの幹部然り。
例外は目の前でホットチョコレートを両手で抱える彼女くらいだ。
髑髏は術師の癖に驚くほど温かなものを持ったままだ。
それは骸が彼女を寵愛している証であり、だからこそ寵愛し続ける理由だろう。
女性としてではなく家族として、骸は髑髏を愛してる。
綱吉が髑髏を守る理由は彼女が大切だからという理由以外にも、その一点が心を占めていた。
「クローム」
「何、ボス?」
「君は、変わらないでいてくれよ」
「・・・ボス?」
不思議そうな顔をして首を傾げる、いつまでも少女のような人に綱吉は笑った。
髑髏の抱え込む闇を知って尚、自分自身で彼女に暗い闇を背負わせて尚望む傲慢さに、涙が毀れそうだった。
これは気づかれていけない想い。知られたくない願い。
独善的で身勝手な気持ちなど捨て置いて、彼女が彼女らしく在れるよう、自分が居なくとも変わらないでくれと、声ならぬ声で叫んだ。
■な なけなしのやさしさはこれで全部です
神妙な顔で自分の前に立つ青年を視線だけで見上げる。
苦労性のヴァリアーのNO.2は、綺麗な顔に痕が残りそうな勢いで眉間に皺を寄せていた。
深夜の報告には慣れているが、どうやらこの分だと彼は今日も苦労したのだろう。
不憫にも生真面目な性格のスクアーロは、なまじ器用貧乏なだけに色々と押し付けられてしまう。
今渡された報告書だって本来なら彼ではなく、ベルフェゴールから受け取るべきものだ。
それなのにその張本人は顔見せ程度に気軽な口頭での報告を済ますと、妙に上機嫌に月明かりに紛れて消えてしまった。
放っておけない性分のスクアーロは彼の遣り残しの仕事を盛大にため息を吐きつつ処理してくれたのだろう。
綺麗な銀髪を片手でかき乱しながら処理するさまが目に浮かび、つい苦笑してしまう。
すると敏感に感情の機微を悟った彼は、すっと眉を跳ね上げた。
「何だぁ?何か文句でもあるのかぁ?」
「いやいやいやいや、まさか」
「否定が多い。俺を馬鹿にしてんのかぁ?」
「まさか!こうして仕事の処理をしてくれるスクアーロに感謝こそすれ、馬鹿にするなんてとんでもない」
「・・・お前の場合、本心からに聞こえねぇんだよなぁ」
「何でさ?こんなに真心篭めてるのに」
「笑い方が嘘くせぇ」
びしりと人の顔をさしてあっさりと言い放った男に、綱吉は思わず破顔した。
そう言えばこの男との付き合いもそれなりになるのだ。
彼にとっては理不尽だろうが綱吉にとっては快適な付き合いは、何だかんだ言って優しいスクアーロにとってはまた違う意味を持つのかもしれない。
だが彼の感情を考慮する気はない。───例え、彼の思惑も心配を無視したとしても。
綱吉は個人的にスクアーロを信用している。
それは信頼と言ってもいいし、個人的になら命も懸けていい。
だがスクアーロはどこまで行っても綱吉のものにはならないし、綱吉はスクアーロのために個人的に命を懸ける甘さを持たせてもらえない。
彼はXANXUSの傍に居てこそ真価を発揮する生き物で、ボンゴレの一部だがそれ以前にヴァリアーの幹部だ。
追いかけても求めても決して手に入らず、故に安心して心を向けられる。
いざと言うとき、スクアーロが優先すべきは綱吉ではなく、彼が選ぶものはXANXUSただ一人。
ボンゴレの一人でありながら、ヴァリアーは独特のスタイルを保っていた。
何だかんだで文句を言いながらも付き合いの長いスクアーロは、綱吉をよく判っている。
だから僅かな違和感に揺れ、綱吉を観察するように見るのだ。
そうして心配そうに顔を歪めながら、引いた一線から踏み込まない。
綱吉は、そんなスクアーロに甘えている。
「大丈夫だよ、スクアーロ」
「・・・何がだぁ?」
「ふふふ、心配しないでってこと。俺を誰だと思ってるのさ」
「───偉大なる大家族ボンゴレの長、ドン・ボンゴレ」
「そう。俺はボンゴレ十世。最強の名を冠する男。お前の主の上に立つ男だ」
にぃ、と口角を上げれば雰囲気は一変する。
たったそれだけで幼い容貌の東洋の小僧ではなく、ミステリアスで読めないマフィアの長に変わる。
最強である。それを示し続けることが、綱吉が出来る最大の意思表示。
目の前の彼の主が欲し、だから彼も望むもの。
「ありがとう」
小さく、柔らかな笑みを浮かべる。
切れ長の瞳を丸くした彼は、仏頂面でいるときよりずっと可愛かった。
■し 知らないことばのなじんだひびき
「俺はさー、ツナ」
平時と同じ口調で、まるで遊びに来ているような気軽さで掛けられる声に綱吉は眉を寄せる。
彼自身の武器である時雨金時を手足のように扱い、取り囲む敵を容赦なく切り伏せながらへらりとした笑顔を浮かべた。
「こいつら、嫌いなのな。俺の部下に手を出して、へらへら笑ってやがったんだ」
「・・・山本」
「こんなによわっちいくせに数だけ揃えて俺の部下を殺しちまったんだぜ?同盟ファミリーでありながら、それって頂けないよな」
「山本」
へらり、へらり。
彼自身笑いながら、それでも底冷えするような意思を瞳に篭めて愛刀を振るっている。
敵が泣こうが喚こうが叫ぼうが関係ない。一刀で殺すなんて優しい真似はしない。
確実に意識を保ちつつ、それでいて必ず死ぬ場所を選び恐怖を存えさせる。
目が見える。耳は聞こえる。声も出せる。
それでも体は動かせず、徐々に向かう死に敵は恐怖する。
その姿は羅刹。家族を傷つけられた怒りに我を忘れ、冷静に激怒する悪魔がいる。
ボンゴレの長として判断すれば彼の戦力はすばらしい。
しかし友人として見れば、今の姿は痛々しい。
裏切り者には粛清を。血の掟に則って、彼は綱吉と行動している。
今回綱吉が動いたのは、裏切ったのが同盟ファミリーだからだ。
これ以上の揺らぎを見せぬ為には、徹底した見せしめが必要だと判断した。
彼らがしたのは家族殺し。裏切り、騙し、幾人ものボンゴレ狩りを行った。
ミルフィオーレの影に隠れていたために発覚が遅れたが、突き止めたのは一番被害が多かった部隊の指揮官である山本だ。
彼は元・同盟ファミリーの面々がミルフィオーレに自分を売り込むために記録していた、部下が殺されるまでの記録媒体を単独で手に入れた。
そして、かの同盟の粛清を申し出て、先陣を切った綱吉についてきた。
「俺も、俺の部下たちも怒り心頭に発する、て奴でさ。色々と限界なのなー」
「・・・」
笑いながら敵を切り刻む姿は仲間として見ても空恐ろしい。
冴え渡りすぎる剣技に、空気を伝う殺気。びりびりと首筋が痺れるくらい容赦ない強さに、視線が合うだけで敵は腰砕けになる。
山本の士気に合わせるように彼の部下も敵を屠っていく。
彼らの瞳には混じりけない怒気が浮かび、拳を握り締め唇をかみ締めた。
今回の騒動は綱吉がもっと早く気づけばまた別の結果を経ていただろう。
色々と平行していたがために優秀な直感の警報を聞き逃し、多くの同胞を失った。
山本の怒りはそのまま綱吉の怒り。家族を亡くした悔しさも悲しさも、全部綱吉も持っている。
しかしながら、綱吉はそれだけで済む立場にない。
彼らを守るべき立場でありながら、みすみす失った責め苦は綱吉も受けるべきだ。
それでも部下たちは大空と仰ぐ自分を一切責めることなく、憎しみで濁った瞳を敵に向け続ける。
純粋な怒りに染まった彼らを、静めるのもまた己の役目だった。
「───・・・山本、下がれ」
「ツナ?でも、こいつを殺ったら全部終わりなのな。きちんとケジメつけなきゃ、遊び半分で殺された部下たちに顔向けできねえよ。地獄で会ったときに何て言えばいいんだ?」
「お前らのボスが敵を粛清したとでも言えばいい」
「ツナ・・・?」
持っていた銃を腰にすえると、久しぶりに自分の最強の武器に炎を灯す。
額に浮かぶオレンジは覚悟の強さ。
切り札は最後まで取っておけと教えられた。
この拳は綱吉最強の武器であり、最高の戦道具。
普段は隠し玉として置いてある、ドン・ボンゴレが最強である証。
「家族の敵は俺が討つ。家族の命は俺が背負う。───だから、山本。自分だけで全てを背負えると思うな。俺はお前の何だ?」
「・・・お前は、俺のボスだ。いつだって悠然とし、誰よりも大きく誰よりも強い、俺のいただくべき大空」
「そう。俺はお前の大空だ。鎮魂の雨は流し終えた。大空が顔を見せる時間が来たんだ」
拳にオレンジの炎を灯す。
怯え震える敵に、綱吉こそが容赦してはいけない。
彼らの恨み辛み、悔しさ悲しさ、痛みも苦しみも全部背負うと決めている。
彼らの怒りを昇華するには、これこそが一番効果的。
「さよならの時間だ」
「ヒッ・・・」
「俺の家族を裏切った罰、その身でしかと受けてもらう」
首を振りながら後退する男に向かい、半身になった。
「機会があれば、地獄で会おう」
圧倒的熱量の炎が前後に噴射される。
人であった存在はその熱の前に消え、あったはずの壁も全て溶けた。
存在それそのものを欠片も残さず消えた男に、しばしの別れを告げる。
どうせ行き先は同じだ。死ねば綱吉も地獄に落ちる。そんな生き方を選んでいる。
「お前たちの怒りは俺が背負った。いい加減に前を向け」
「・・・ああ。ごめんな」
「謝るな。俺はお前らの大空だ」
「うん。ありがと、ツナ」
へらり、と。
先ほどとは違い、泣きそうな顔で笑った山本に、綱吉は瞳を伏せた。
部下が殺されてこの勢いなら、綱吉が居なくなれば彼はどうなってしまうのだろう。
「ツナ」
「・・・何だ」
「地獄に落ちるときは、俺も一緒だ」
肩に回された腕はもろく震えている。
獄寺と似通う危うさを見せる彼に、保険をかけなくてはと強く感じた。
「そうだな」
この魂が行く先が地獄なら、山本のそれも同じだろう。
綱吉のために、自分自身のために、山本は今の道を選んだ───選んで、くれた。
道連れにしたいと望まないが、きっと落ちる先は同じだ。
それでも、彼の魂だけでもと願うのは、きっと傲慢なのだろう。
■い いまのうちです、さあ早くお別れを
「久し振り、XANXUS」
「失せろ、ドカス」
「うわっ」
突然飛んできた置物に目を丸くしながらも、当たるすれすれで器用に避ける。
ご丁寧にも眉間を狙ったそれは、鈍い音を立てて重厚なドアに当たると砕けた。
石で作られら像の末路に一筋の汗を流すと、情けなく眉を下げて笑う。
乱れてもいないのに無意識にスーツの首の部分を指で直すと、一つため息を吐き出し改めて男と向き直った。
鋭すぎる眼光は微塵も甘さが見つからず、行儀悪く机の上で組まれた足も堂々としているので疑問に思うのが可笑しいんじゃないかと思うくらいだ。
絶妙のバランスで保たれてる椅子倒れろ、と念じて見るが上手くいかない。
超直感があっても霧の守護者のように念術は使えず、かわりにおどけて肩を竦める。
「XANXUS、今の当たってたら死んでるよ」
「当たり前だ。死ぬように力を篭めた」
「───うわー、白昼堂々と暗殺宣言?勘弁してくれる」
「うるせぇ。テメェの顔を見るとむしゃくしゃするんだ。さっさと消えろ、ドカス」
遠慮のない言葉。これだけの態度で綱吉に対峙する男など世界を探しても十を超えまい。
冗談でも何でもなく、綱吉はそんな立場の人間だ。
だからと言ってXANXUSの態度に腹が立つこともないし、どうこう思うこともない。
これがXANXUSという男であると知っているから。
「これ、新しい仕事の依頼。一応予備はスクアーロに渡しておいた。目を通しておいてくれ」
「・・・・・・」
「置いておくから頼んだよ」
へらり、と笑顔を向けると眉間の皺を益々深く刻み込んだ男は苛立たしげに舌打する。
最強を欲する彼は、軟弱な綱吉の態度を殊更嫌った。
それを知りつつわざと神経を逆撫でするような態度を取っているのだが、どうやら今日も彼の機嫌は悪そうだ。
「───な、XANXUS」
「何だ」
「俺が居なくなったらさ、それでもボンゴレは最強だと思う?」
「当然だ」
欠片の迷いもなく即答された。
それについ、堪え切れなくて笑ってしまう。
これではまるで、綱吉が無能のようだ。
いてもいなくても変わらないボスと断じられたも同然で、随分な言われようだ。
「ボンゴレは最強だ。最強で居続けねばならない。頭が代わってもそこは変えさせない」
「・・・そっか。そうだね。うん、お前が居ればそうなんだろうね」
「俺を馬鹿にしてるのか?カッ消すぞ、ドカスが」
「どうしてそうなるのさ?っていうか、馬鹿にしてるのはお前だろ。ドン・ボンゴレを前にしてその言い草って何だよ」
「馬鹿が下らないことを言ってるからだ。さっさと俺の前から失せろ」
「あははは!厳しいなぁ、XANXUSは」
今度こそ声を大きくして笑えば、苛立ちを深めたXANXUSは二挺の銃を取り出しこちらに向けた。
トリガーに指が掛かるのを見て、慌てて両手を挙げる。
「降参!降参だってば!来週にはミルフィオーレとの会談があるんだから、今死ぬわけには行かないんだ。本気で勘弁して」
「チッ・・・勝算は?」
「ない訳がないだろ。俺を誰だと思ってる?」
「ふん」
一瞬だけ雰囲気を変えて見せれば、漸く納得してくれたのか鼻を鳴らしながら銃を下ろした。
あのままだと本気で撃たれていただろうから引いてくれて助かった。
今余計な怪我をしては、折角正一と一緒に組んだ計画にひびが入るかもしれない。
敵対マフィアのボスの前に立つのに傷を負っていては話しにならない。
睨みつけていた綱吉から目を離し、ちらりと書類に視線を落としたXANXUSは面白くなさそうにそれを放った。
「依頼は本部の絶対的死守か」
「そ。構成員の割り振りも陣形の組み方もお前に一任する。ここはボンゴレ最大の砦。何があっても守りぬけ」
「───そうして俺がここに陣取る間、貴様はどこで何をする気だ」
「ちょっと守護者と里帰りだ」
ウィンク付きで教えれば盛大に嫌そうな顔をされた。
その上掌を振って無視でも追い払うようにしっしとやる。
上司に対する態度ではないが、とてもXANXUSらしいと苦笑した。
「日本に戻る前にもう一度書類を纏めてここへ寄る」
「・・・」
「イタリア本部はお前に任せる、XANXUS。俺が戻るまで頼んだよ」
「───貴様に頼まれるまでもねぇ」
大型の獣がするようにうっそりした動きで足を組んだXANXUSに頷く。
誰よりも自由にならない獣。
彼がこの場を守護するのなら、ボンゴレは簡単に落ちないだろう。
もしもの布石を一つ敷くと、くるりと彼に背を向ける。
「頼むよ、XANXUS」
聞こえないよう小さな声で呟くと、そのまま部屋を後にした。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■か 書かれなかったことを読む手紙
「・・・美味しい」
可愛らしい顔を嬉しげに綻ばした髑髏の姿に、綱吉もつられて笑顔になる。
こんなに穏やかな時間を持てたのは久しぶりで、彼女にとっても同じくらいに掛け替えのない気持ちになっていればいいと心から願う。
何しろこの可愛らしい顔とミステリアスな雰囲気のおかげで敵対勢力からストーカー行為にあっているのだ。
心配させるから骸には黙ってくれと言われたが、あの千里眼を持つような男のことだ。絶対に気がついているだろう。
綱吉と違い無口な性質でも髑髏は素直だから何でも表情に出てしまうし隠し事に向いていない。
いつしか裏と表を使い分けるのに慣れてしまった自分に比べると随分と綺麗なままの彼女を、綱吉は大切にしていた。
綱吉の執務室は大マフィアボンゴレの中でも一番の安全箇所だ。
屋敷内の配置的な意味でもそうだが、それ以上に戦力的な意味で。
ボンゴレの本部には各国に散らばる家族の中でもよりぬきの精鋭が詰めている。
末端の部下然り、構成員然り、そして綱吉の周りを固める守護者然り。
しかしその中でも最も最強の何相応しいのは、彼らの父である綱吉だ。
家族を守るためにその拳を振るう、ドン・ボンゴレ。
綱吉の力は背後に守るべき相手がいれば居るほど強くなる。
自分のために使える力などいいとこ八分。心で無意識にかけたリミッターが外れるのは、守りたい誰かが居るときだ。
そう、家庭教師に育てられた。
安全だと判る場所は、今の髑髏には必要なものだ。
敵を前に常に気を張るのは疲れるし、実際に最近は顔色が悪い。
運がないことに彼女のストーカーは同じ術師だ。
綱吉の知る術師は大半が粘着質で陰鬱な性格をしている。
骸然り、マーモン然り、そしてミルフィオーレの幹部然り。
例外は目の前でホットチョコレートを両手で抱える彼女くらいだ。
髑髏は術師の癖に驚くほど温かなものを持ったままだ。
それは骸が彼女を寵愛している証であり、だからこそ寵愛し続ける理由だろう。
女性としてではなく家族として、骸は髑髏を愛してる。
綱吉が髑髏を守る理由は彼女が大切だからという理由以外にも、その一点が心を占めていた。
「クローム」
「何、ボス?」
「君は、変わらないでいてくれよ」
「・・・ボス?」
不思議そうな顔をして首を傾げる、いつまでも少女のような人に綱吉は笑った。
髑髏の抱え込む闇を知って尚、自分自身で彼女に暗い闇を背負わせて尚望む傲慢さに、涙が毀れそうだった。
これは気づかれていけない想い。知られたくない願い。
独善的で身勝手な気持ちなど捨て置いて、彼女が彼女らしく在れるよう、自分が居なくとも変わらないでくれと、声ならぬ声で叫んだ。
■な なけなしのやさしさはこれで全部です
神妙な顔で自分の前に立つ青年を視線だけで見上げる。
苦労性のヴァリアーのNO.2は、綺麗な顔に痕が残りそうな勢いで眉間に皺を寄せていた。
深夜の報告には慣れているが、どうやらこの分だと彼は今日も苦労したのだろう。
不憫にも生真面目な性格のスクアーロは、なまじ器用貧乏なだけに色々と押し付けられてしまう。
今渡された報告書だって本来なら彼ではなく、ベルフェゴールから受け取るべきものだ。
それなのにその張本人は顔見せ程度に気軽な口頭での報告を済ますと、妙に上機嫌に月明かりに紛れて消えてしまった。
放っておけない性分のスクアーロは彼の遣り残しの仕事を盛大にため息を吐きつつ処理してくれたのだろう。
綺麗な銀髪を片手でかき乱しながら処理するさまが目に浮かび、つい苦笑してしまう。
すると敏感に感情の機微を悟った彼は、すっと眉を跳ね上げた。
「何だぁ?何か文句でもあるのかぁ?」
「いやいやいやいや、まさか」
「否定が多い。俺を馬鹿にしてんのかぁ?」
「まさか!こうして仕事の処理をしてくれるスクアーロに感謝こそすれ、馬鹿にするなんてとんでもない」
「・・・お前の場合、本心からに聞こえねぇんだよなぁ」
「何でさ?こんなに真心篭めてるのに」
「笑い方が嘘くせぇ」
びしりと人の顔をさしてあっさりと言い放った男に、綱吉は思わず破顔した。
そう言えばこの男との付き合いもそれなりになるのだ。
彼にとっては理不尽だろうが綱吉にとっては快適な付き合いは、何だかんだ言って優しいスクアーロにとってはまた違う意味を持つのかもしれない。
だが彼の感情を考慮する気はない。───例え、彼の思惑も心配を無視したとしても。
綱吉は個人的にスクアーロを信用している。
それは信頼と言ってもいいし、個人的になら命も懸けていい。
だがスクアーロはどこまで行っても綱吉のものにはならないし、綱吉はスクアーロのために個人的に命を懸ける甘さを持たせてもらえない。
彼はXANXUSの傍に居てこそ真価を発揮する生き物で、ボンゴレの一部だがそれ以前にヴァリアーの幹部だ。
追いかけても求めても決して手に入らず、故に安心して心を向けられる。
いざと言うとき、スクアーロが優先すべきは綱吉ではなく、彼が選ぶものはXANXUSただ一人。
ボンゴレの一人でありながら、ヴァリアーは独特のスタイルを保っていた。
何だかんだで文句を言いながらも付き合いの長いスクアーロは、綱吉をよく判っている。
だから僅かな違和感に揺れ、綱吉を観察するように見るのだ。
そうして心配そうに顔を歪めながら、引いた一線から踏み込まない。
綱吉は、そんなスクアーロに甘えている。
「大丈夫だよ、スクアーロ」
「・・・何がだぁ?」
「ふふふ、心配しないでってこと。俺を誰だと思ってるのさ」
「───偉大なる大家族ボンゴレの長、ドン・ボンゴレ」
「そう。俺はボンゴレ十世。最強の名を冠する男。お前の主の上に立つ男だ」
にぃ、と口角を上げれば雰囲気は一変する。
たったそれだけで幼い容貌の東洋の小僧ではなく、ミステリアスで読めないマフィアの長に変わる。
最強である。それを示し続けることが、綱吉が出来る最大の意思表示。
目の前の彼の主が欲し、だから彼も望むもの。
「ありがとう」
小さく、柔らかな笑みを浮かべる。
切れ長の瞳を丸くした彼は、仏頂面でいるときよりずっと可愛かった。
■し 知らないことばのなじんだひびき
「俺はさー、ツナ」
平時と同じ口調で、まるで遊びに来ているような気軽さで掛けられる声に綱吉は眉を寄せる。
彼自身の武器である時雨金時を手足のように扱い、取り囲む敵を容赦なく切り伏せながらへらりとした笑顔を浮かべた。
「こいつら、嫌いなのな。俺の部下に手を出して、へらへら笑ってやがったんだ」
「・・・山本」
「こんなによわっちいくせに数だけ揃えて俺の部下を殺しちまったんだぜ?同盟ファミリーでありながら、それって頂けないよな」
「山本」
へらり、へらり。
彼自身笑いながら、それでも底冷えするような意思を瞳に篭めて愛刀を振るっている。
敵が泣こうが喚こうが叫ぼうが関係ない。一刀で殺すなんて優しい真似はしない。
確実に意識を保ちつつ、それでいて必ず死ぬ場所を選び恐怖を存えさせる。
目が見える。耳は聞こえる。声も出せる。
それでも体は動かせず、徐々に向かう死に敵は恐怖する。
その姿は羅刹。家族を傷つけられた怒りに我を忘れ、冷静に激怒する悪魔がいる。
ボンゴレの長として判断すれば彼の戦力はすばらしい。
しかし友人として見れば、今の姿は痛々しい。
裏切り者には粛清を。血の掟に則って、彼は綱吉と行動している。
今回綱吉が動いたのは、裏切ったのが同盟ファミリーだからだ。
これ以上の揺らぎを見せぬ為には、徹底した見せしめが必要だと判断した。
彼らがしたのは家族殺し。裏切り、騙し、幾人ものボンゴレ狩りを行った。
ミルフィオーレの影に隠れていたために発覚が遅れたが、突き止めたのは一番被害が多かった部隊の指揮官である山本だ。
彼は元・同盟ファミリーの面々がミルフィオーレに自分を売り込むために記録していた、部下が殺されるまでの記録媒体を単独で手に入れた。
そして、かの同盟の粛清を申し出て、先陣を切った綱吉についてきた。
「俺も、俺の部下たちも怒り心頭に発する、て奴でさ。色々と限界なのなー」
「・・・」
笑いながら敵を切り刻む姿は仲間として見ても空恐ろしい。
冴え渡りすぎる剣技に、空気を伝う殺気。びりびりと首筋が痺れるくらい容赦ない強さに、視線が合うだけで敵は腰砕けになる。
山本の士気に合わせるように彼の部下も敵を屠っていく。
彼らの瞳には混じりけない怒気が浮かび、拳を握り締め唇をかみ締めた。
今回の騒動は綱吉がもっと早く気づけばまた別の結果を経ていただろう。
色々と平行していたがために優秀な直感の警報を聞き逃し、多くの同胞を失った。
山本の怒りはそのまま綱吉の怒り。家族を亡くした悔しさも悲しさも、全部綱吉も持っている。
しかしながら、綱吉はそれだけで済む立場にない。
彼らを守るべき立場でありながら、みすみす失った責め苦は綱吉も受けるべきだ。
それでも部下たちは大空と仰ぐ自分を一切責めることなく、憎しみで濁った瞳を敵に向け続ける。
純粋な怒りに染まった彼らを、静めるのもまた己の役目だった。
「───・・・山本、下がれ」
「ツナ?でも、こいつを殺ったら全部終わりなのな。きちんとケジメつけなきゃ、遊び半分で殺された部下たちに顔向けできねえよ。地獄で会ったときに何て言えばいいんだ?」
「お前らのボスが敵を粛清したとでも言えばいい」
「ツナ・・・?」
持っていた銃を腰にすえると、久しぶりに自分の最強の武器に炎を灯す。
額に浮かぶオレンジは覚悟の強さ。
切り札は最後まで取っておけと教えられた。
この拳は綱吉最強の武器であり、最高の戦道具。
普段は隠し玉として置いてある、ドン・ボンゴレが最強である証。
「家族の敵は俺が討つ。家族の命は俺が背負う。───だから、山本。自分だけで全てを背負えると思うな。俺はお前の何だ?」
「・・・お前は、俺のボスだ。いつだって悠然とし、誰よりも大きく誰よりも強い、俺のいただくべき大空」
「そう。俺はお前の大空だ。鎮魂の雨は流し終えた。大空が顔を見せる時間が来たんだ」
拳にオレンジの炎を灯す。
怯え震える敵に、綱吉こそが容赦してはいけない。
彼らの恨み辛み、悔しさ悲しさ、痛みも苦しみも全部背負うと決めている。
彼らの怒りを昇華するには、これこそが一番効果的。
「さよならの時間だ」
「ヒッ・・・」
「俺の家族を裏切った罰、その身でしかと受けてもらう」
首を振りながら後退する男に向かい、半身になった。
「機会があれば、地獄で会おう」
圧倒的熱量の炎が前後に噴射される。
人であった存在はその熱の前に消え、あったはずの壁も全て溶けた。
存在それそのものを欠片も残さず消えた男に、しばしの別れを告げる。
どうせ行き先は同じだ。死ねば綱吉も地獄に落ちる。そんな生き方を選んでいる。
「お前たちの怒りは俺が背負った。いい加減に前を向け」
「・・・ああ。ごめんな」
「謝るな。俺はお前らの大空だ」
「うん。ありがと、ツナ」
へらり、と。
先ほどとは違い、泣きそうな顔で笑った山本に、綱吉は瞳を伏せた。
部下が殺されてこの勢いなら、綱吉が居なくなれば彼はどうなってしまうのだろう。
「ツナ」
「・・・何だ」
「地獄に落ちるときは、俺も一緒だ」
肩に回された腕はもろく震えている。
獄寺と似通う危うさを見せる彼に、保険をかけなくてはと強く感じた。
「そうだな」
この魂が行く先が地獄なら、山本のそれも同じだろう。
綱吉のために、自分自身のために、山本は今の道を選んだ───選んで、くれた。
道連れにしたいと望まないが、きっと落ちる先は同じだ。
それでも、彼の魂だけでもと願うのは、きっと傲慢なのだろう。
■い いまのうちです、さあ早くお別れを
「久し振り、XANXUS」
「失せろ、ドカス」
「うわっ」
突然飛んできた置物に目を丸くしながらも、当たるすれすれで器用に避ける。
ご丁寧にも眉間を狙ったそれは、鈍い音を立てて重厚なドアに当たると砕けた。
石で作られら像の末路に一筋の汗を流すと、情けなく眉を下げて笑う。
乱れてもいないのに無意識にスーツの首の部分を指で直すと、一つため息を吐き出し改めて男と向き直った。
鋭すぎる眼光は微塵も甘さが見つからず、行儀悪く机の上で組まれた足も堂々としているので疑問に思うのが可笑しいんじゃないかと思うくらいだ。
絶妙のバランスで保たれてる椅子倒れろ、と念じて見るが上手くいかない。
超直感があっても霧の守護者のように念術は使えず、かわりにおどけて肩を竦める。
「XANXUS、今の当たってたら死んでるよ」
「当たり前だ。死ぬように力を篭めた」
「───うわー、白昼堂々と暗殺宣言?勘弁してくれる」
「うるせぇ。テメェの顔を見るとむしゃくしゃするんだ。さっさと消えろ、ドカス」
遠慮のない言葉。これだけの態度で綱吉に対峙する男など世界を探しても十を超えまい。
冗談でも何でもなく、綱吉はそんな立場の人間だ。
だからと言ってXANXUSの態度に腹が立つこともないし、どうこう思うこともない。
これがXANXUSという男であると知っているから。
「これ、新しい仕事の依頼。一応予備はスクアーロに渡しておいた。目を通しておいてくれ」
「・・・・・・」
「置いておくから頼んだよ」
へらり、と笑顔を向けると眉間の皺を益々深く刻み込んだ男は苛立たしげに舌打する。
最強を欲する彼は、軟弱な綱吉の態度を殊更嫌った。
それを知りつつわざと神経を逆撫でするような態度を取っているのだが、どうやら今日も彼の機嫌は悪そうだ。
「───な、XANXUS」
「何だ」
「俺が居なくなったらさ、それでもボンゴレは最強だと思う?」
「当然だ」
欠片の迷いもなく即答された。
それについ、堪え切れなくて笑ってしまう。
これではまるで、綱吉が無能のようだ。
いてもいなくても変わらないボスと断じられたも同然で、随分な言われようだ。
「ボンゴレは最強だ。最強で居続けねばならない。頭が代わってもそこは変えさせない」
「・・・そっか。そうだね。うん、お前が居ればそうなんだろうね」
「俺を馬鹿にしてるのか?カッ消すぞ、ドカスが」
「どうしてそうなるのさ?っていうか、馬鹿にしてるのはお前だろ。ドン・ボンゴレを前にしてその言い草って何だよ」
「馬鹿が下らないことを言ってるからだ。さっさと俺の前から失せろ」
「あははは!厳しいなぁ、XANXUSは」
今度こそ声を大きくして笑えば、苛立ちを深めたXANXUSは二挺の銃を取り出しこちらに向けた。
トリガーに指が掛かるのを見て、慌てて両手を挙げる。
「降参!降参だってば!来週にはミルフィオーレとの会談があるんだから、今死ぬわけには行かないんだ。本気で勘弁して」
「チッ・・・勝算は?」
「ない訳がないだろ。俺を誰だと思ってる?」
「ふん」
一瞬だけ雰囲気を変えて見せれば、漸く納得してくれたのか鼻を鳴らしながら銃を下ろした。
あのままだと本気で撃たれていただろうから引いてくれて助かった。
今余計な怪我をしては、折角正一と一緒に組んだ計画にひびが入るかもしれない。
敵対マフィアのボスの前に立つのに傷を負っていては話しにならない。
睨みつけていた綱吉から目を離し、ちらりと書類に視線を落としたXANXUSは面白くなさそうにそれを放った。
「依頼は本部の絶対的死守か」
「そ。構成員の割り振りも陣形の組み方もお前に一任する。ここはボンゴレ最大の砦。何があっても守りぬけ」
「───そうして俺がここに陣取る間、貴様はどこで何をする気だ」
「ちょっと守護者と里帰りだ」
ウィンク付きで教えれば盛大に嫌そうな顔をされた。
その上掌を振って無視でも追い払うようにしっしとやる。
上司に対する態度ではないが、とてもXANXUSらしいと苦笑した。
「日本に戻る前にもう一度書類を纏めてここへ寄る」
「・・・」
「イタリア本部はお前に任せる、XANXUS。俺が戻るまで頼んだよ」
「───貴様に頼まれるまでもねぇ」
大型の獣がするようにうっそりした動きで足を組んだXANXUSに頷く。
誰よりも自由にならない獣。
彼がこの場を守護するのなら、ボンゴレは簡単に落ちないだろう。
もしもの布石を一つ敷くと、くるりと彼に背を向ける。
「頼むよ、XANXUS」
聞こえないよう小さな声で呟くと、そのまま部屋を後にした。
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