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日を暮らす
--お題サイト:afaikさまより--



■ひ  筆跡のせいでなんとなく、ただの紙切れが捨てられない

アップに纏めた髪に解れが無いのを確認し、鏡の前で瞬きを繰り返す。
上品且つ色気を漂わせ、コンセプトは媚びないセクシーさ。
これに拘ったの髑髏ではなく、むしろ彼女の主である骸だったが、選ばれたそれは彼のセンスの良さを繁栄していて彼女に良く似合った。
カクテルドレスではなくイブニングドレスにしたのは、単純に髑髏の好みだ。それに、彼女のボスである彼も華美な装いよりシックな美しさを好む。
スレンダールックのロングドレスは体に纏わりつくようなシフォンシルクを素材にしており、肌触りは勿論見た目も美しく最高の一品だ。
足元は前身ごろが後ろよりも短くなっており、蝶の羽のような繊細なレースが幾重にも重なっている。
背中は大胆に開けられ、滑らかな肌が露出していた。
敢えて選ばれた白いドレスは、マフィアに対する骸なりのブラックジョークらしいが、犬と千種に言わせれば単純に髑髏に一番似合う装いだからそうだ。


「完璧です、クローム。会場の視線は君に釘付けですね」


満足そうに腕を組んだ骸が、髑髏を見て笑顔になった。
それが嬉しくて着飾った髑髏も少し微笑む。
イブニングドレスは着こなすのが難しい大人の女性の衣装だ。フェミニンでガーリッシュなものもあるが、髑髏が着たいのはあくまで優雅で繊細なもの。
可愛さではなく威厳のある美しさを強調したかった。
華奢な体のラインをくっきりと強調するイブニングドレスは少し気恥ずかしいが、その分背筋が伸びる気分だ。


「これでエスコートが彼ではなく、もっと君につりあう男なら良かったのですが」


苦々しく骸は呟くが、髑髏は欠片もそんな不満は抱いていない。
この姿を見て欲しいのも、多少無理して大人びた格好をしたのも、一重に彼のためであったから。

机の上に乗せておいた真珠のネックレスと揃いのイヤリングを丁寧につける。
誂えたようにぴったりとドレスに似合い、鏡の前でにこりと笑った。


「私は、ボスがエスコートしてくれるの、嬉しい」


ぽつりと呟くと、鏡に映った骸は難しい表情を浮かべ、千種は一つため息を落とし、犬は暢気に相槌を打った。
この姿を見た綱吉は、何と言ってくれるだろうか。
叶うなら。
骸が好み、髑髏が愛して止まない、眉を下げた情けなくも見える瞳を細めた優しい笑顔が嬉しいと思う。
手製のカードに書かれた右肩上がりのイタリア語が、少しばかり擽ったかった。



■を  おいしくもないコーヒーを、なぜかおかわりした日のこと

「んー、幸せ」
「うん」


共もつけずに出向いた街中。大学に行く道から僅かにそれた場所に、綱吉お勧めの店はあった。
ごちんまりとしたその店は、細い路地に挟まれるようにひっそりとあり、看板すら出ていない。
だが髑髏の手を引いた綱吉に迷いはなく、少し早足になりながら彼の後についていく。
少しの躊躇いも見せずにドアを開けると、にぱっと子供みたいに笑顔になった。


「こんにちは、おじさん居る?」
「なんじゃい、小僧。また来たんかい」
「来た来た。俺、おじさんのケーキの大ファンだもん」
「・・・珍しいな。連れがおるのか」
「うん。可愛いでしょ?クロームって言うんだ」
「お前さんのこれか?」
「違うよ。クロームはそういう子じゃないから、下ネタはやめてね」


軽快な遣り取りの後、案内もされないのに勝手に机を選んだ彼は、一つ椅子を引くと髑髏を促した。
エスコートに慣れた仕草は出会った頃と違うけど、浮かんだ笑顔は変わらないから微笑み返して席に掛ける。
何食わぬ顔でいそいそと髑髏の前に腰掛けた彼は、何が食べたい?と小首を傾げた。
小動物を髣髴とさせる仕草が可愛くて、くすりと笑う。
彼は髑髏の感情を引き出すのがとても上手い。
それは決して大きなふり幅ではないけど、ぽこりぽこりと起こる温かい感情は柔らかく愛しい。


「でもボス。この店にメニューが無いわ」
「あ、そっか。クローム初めてだもんね。ここの店はね、ケーキを扱う専門店なんだけど適当に食べたいケーキを言えばいいんだ。俺の今日の気分はイチゴタルト。で頼むと、それがあれば出してくれるの」
「なければ」
「店長お勧め」


あははは、と頭を掻いた彼は、本当に甘味大王だ。
並盛に居た頃はそうでもなかったはずだが、イタリアに来てストレスが溜まりすぎたのだろうか。
密かに疑問に思っているが、賢明な髑髏がそれを口にすることはない。
イタリアへ行きは彼にとって良くも悪くも変化を齎したらしい。
少なくとも、並盛に住んでいた綱吉は、一人でこんな店を見つけなかっただろうし、ロシアンルーレットみたいなケーキの選び方はしなかった。


「なら、私はチョコレートケーキ」
「ん、了解。あ、飲み物は」
「何があるの?」


飲み物のくだりで渋く眉を寄せた綱吉は、顔に手をあてないしょ話するときと同じに声を潜めた。


「ここ、コーヒーしか出さないんだ。激マズだけど我慢できる?」
「・・・うん。頑張る」
「おかわり自由だけど、おかわりする人なんかきっといないよ」


くすくす笑う彼の頭に、ごんと拳が落とされた。
いつの間に近寄ってきていたのか、デミタス二つとケーキを乗せた店主が苦い顔で綱吉を睨む。


「おじさん、俺たちまだ注文してない」
「うるさい。黙ってこれを食え」


どん、と勢いよく机に並べられたのは濃厚なチョコレートが美しいケーキ。


「オペラ?」
「正解じゃ。今日のお勧めのサービスじゃよ」
「俺の時には無かったくせに」
「サービスする間もなく食ってるだろうが」


気の置けない遣り取りは、彼らの親しさを現している。
それが面白くて、やはり髑髏は笑った。
学校帰りの寄り道は初めてだった。


■く  くたびれてるのを見破って無理やり労うっていう嫌がらせ

「ボス」


執務室の机で仕事をこなす彼を見て、髑髏はひっそりと眉を寄せる。
積み上げられた書類の数は普段と変わらず、彼の右腕が嘆く姿が眼に浮かぶ。
だからこそ髑髏が召集されたのだろう。
一度名を呼んだくらいでは顔を上げない彼の執務机の前まで近寄ると、頬を両手で挟みこんで無理やりに持ち上げた。
くえっと変な声を上げたけれど気にしない。
手に入れた力に加減はなく、首筋を違えようとも気にしない。

髑髏は今、怒っているのだ。


「ボス」
「・・・やぁ、クローム」


もう一度、今度は目を見詰めて強い声で呼びかければ、へらり、と情けなく眉を下げ目を細めて彼は笑った。
普段であれば好む笑顔も今日は苛立ちに一役買うだけだ。
目元にくっきりと隈を刻み、顔は生気が無い土気色。さらに頬はこけて、ぱっと見ても病人にしか見えない彼は、それでも机に噛り付く。
その様は欲しいゲームが手に入り、三日三晩徹夜した千種と似通ったものがある。
化粧でも誤魔化せないのではないかと危ぶまれる彼には、今夜も夜会の日程が入っていた。


「どうして仕事をしてるの?」
「どうしてって・・・そりゃ、これが俺の仕事だからだよ」
「今日は夜会があるから、仕事は切り上げるように嵐の守護者に言われたはずよ」
「そうだけどさ。でも、これだけ終わらせたいんだ」


困ったように、まるで我侭を言う小さな子供を見る瞳で綱吉は言った。
これは獄寺が髑髏を召集するはずだ。
柳みたいな柔軟性を持つ彼は、自身の考えを曲げることはあっても折ることはほぼない。
きっぱりと拒絶している間は押し切れる場合もあるが、話を流しつつ自分を押し通す場合はそのほとんどが意思を通した。
だから髑髏が呼ばれた。獄寺や、他の守護者に出来ない離れ業を披露するために。


「ボス」
「・・・何」
「その仕事は、嵐の守護者が代理で受け持てるものだと聞いたわ」
「獄寺君め。余計なことを」
「ボス」
「・・・うぅ・・・。だってさ、クローム。獄寺くんだって大量の仕事を抱えてるんだ。それに、俺は今やらなかったことで後悔したくない」
「ボスは自分の右腕を信用してないの?」
「まさか!俺以上に獄寺君を信用してる人間はいないさ」
「ならちゃんと休んで。この仕事は休めても夜会は休めないのよ」
「クローム」
「そんな顔しても駄目。・・・ボスがそのつもりなら、私にも考えがあるわ」
「え?・・・まさか」


髑髏の言葉に、綱吉が嫌そうに顔を顰める。
それに飛び切りの笑顔で応えた髑髏は、桃色の唇をゆっくりと持ち上げた。


「骸様にボスの代わりに言ってもらうわ。大丈夫、幻覚を使えばばれないわ」
「ちょちょちょちょっと、待って!あいつが俺の代わりなんてしたら、どうなると思ってるの」
「さあ?心配しないで、ボス」
「え?」
「骸様は、やる気よ」
「───っ!!!?」


琥珀色を瞳を見開いた彼は、がくり、と肩を項垂れた。


■ら  来客用カップはいつの間にか使われなくなって

「いらっしゃい、クローム」


おずおずと三叉槍を手にしたまま訪れた自分に、玄関のドアを開けた彼は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は飾り気ない無防備なもので、握っていた三叉槍を命綱とでもいわんばかりに手が白くなるまで握る。
友達の家どころか知り合いの家にも上がりこんだ経験がほとんどない髑髏にとって、沢田家の敷居は高かった。


「●△■◎★△」


戸惑っていると奥からイーピンが顔を出し、綱吉のズボンを握ると髑髏を見上げてにこりと笑う。
そんなイーピンを手馴れた仕草で抱き上げた綱吉は、まるで年の離れた兄弟みたいだった。
抱かれ慣れているのか綱吉の腕の中で器用に体勢を変えると髑髏に向かい手を伸ばす。
ぱちぱちと目を瞬いて見ていれば、小さな掌は髑髏の掌の上に重なるときゅっと握った。


「抱っこして欲しいってさ」
「でも」
「俺はもう一人相手にしなきゃいけない奴がいるからさ。良かったらお願いできる?」
「・・・・・・」


躊躇っていると、牛の着ぐるみを着た騒がしい子供が綱吉の頭の上に振ってきた。
何故か大泣きし鼻水を盛大に撒き散らす子供に、綱吉はため息を一つ吐くとやはり手馴れた様子で頭から彼を引き剥がす。


「ほら髑髏、頼むよ。ランボの鼻水がイーピンにまでついちゃう」
「う、うん」


綱吉の言葉に咄嗟に腕を伸ばすと、小さな子供を抱き止める。
想像したより少しだけ重くてずっと暖かな体温に驚いて目を瞬けば、照れたように笑ったイーピンと目が合った。


「イーピンからさ、髑髏にプレゼントがあるんだよ。ずっと髑髏が遊びに来てくれるの楽しみにしてたんだ」
「■△◎△★!」


大泣きする子供を飴玉一つで宥めた綱吉は、体でドアを押さえると髑髏とイーピンを促した。
片手を伸ばされ三叉槍を掴み取られる。
それは決して素早い動きでも強引な動きでもなかったのに、抵抗一つ出来なかった。
無くなってしまった支えの代わりに、暖かな子供を両手で抱きしめる。

用意されていた自分専用のコップに、嬉しさで頬が熱かった。


■す  すべてのおわかれより、ひとつのであいのために

「骸様の気配が消えた」


自分の胸の中にいつも存在していた暖かな繋がりが感じられず、髑髏は悲しげに眉を下げる。
霧の守護者専用の執務室には、彼女以外の気配は何一つなかった。

ムクロウも犬も千種もいない。
本来なら異分子である彼らだが、ここは居場所と定めていたはずなのに。
置いていかれたと理解した瞬間泣きたくなった。


「骸様」


胸に手を当てて何度も声をかけるが、一切応答は無い。
なくならない内臓に見放されたわけではないと知るが、それでも寂しさは埋められなかった。
三人では少し広く、四人で丁度いいこの部屋は一人きりでは悲しすぎる。

だがこの部屋を出るのはもっと嫌だった。


「・・・ボス」


昨日、遺体として返却された特別な人。
骸はきっと髑髏より話を早く掴んでいたに違いない。
嫌な予感はずっとしていた。最近は外に出るときな臭い話ばかりで、ボンゴレ狩りに合う確率も高かった。
新興勢力ミルフィオーレ。
その中の幹部の一人に目をつけられた髑髏に、一人では絶対に出歩かないようにと眉を顰めて心配性の父兄さながら訴えたのは綱吉の方であったのに。
何があっても守るからと笑っていたのはつい先日だったのに。


「ボス」


指輪の痕が残る根元へ指を滑らす。
嘗ては存在し、肌身離さず身につけていた指輪は彼の命令で破壊された。
もっとも深く判り易かった絆の証。
失った時には気にしなかったのは、それがなくとも自分たちは大丈夫だと信じたからだ。

何故こうなったのか髑髏には判らない。
どうしてボンゴレ狩りが始まったのか、自分たちが狙われなくてはいけないのか、綱吉がいないのかも判らない。

胸に手を当ててもう一度骸に呼びかけるが、やはり返事は無くてじわりと視界が歪んだ。
涙などどれくらいぶりだろう。
客観的に自分を眺めるもう一人の自分に不意に笑いたくなった。


「寂しいよ、ボス」


居てくれるだけで幸せになれる。
そんな彼は消えてしまった。
残ったのは、崩壊寸前に追い篭められた心と、離れ離れになる守護者の存在。


■日を暮らす

自分の前に立つ敵を憎しみを込めて睨み付けた。
何故か執拗に髑髏を追い回す彼は、ミルフィオーレの幹部の一人と名乗っていた。
ならば仇討ちとして妥当な相手に違いない。

三叉槍を手に力を溜める。
霧のボンゴレリングはなくなっても、刺し違えてでもこの男を倒す気でいた。
髑髏にとってミルフィオーレは、破壊の象徴。
愛した日常を壊した相手でしかない。

彼女とてマフィアの一員だ。いつ何が起こっても仕方ないと理解している。
実際自分も誰かにとってはミルフィオーレと同じ存在で、憎まれているだろうと知っている。
だがそれでもマフィアだからこそ赦せない。
血の繋がらない家族は誰よりも大事にすべきものだと、彼女のボスは言っていた。
そして宣言どおりに動いていたし、彼を慕う家族は限りなく多い。

奪われた存在は、自分たちにとってボスであり、家族であり、父である人だった。
誰よりも慕い、彼を中心に生きていた。

大空が見えなくなってから、天候はいつだって定まらない。
嵐は狂う前の静けさに沈み込み、雨は絶えず赤い色で降り注ぐ。
晴は全てを乾かさんと活性し、雷は轟を響かせるばかり。
そして自分たち霧は別たれ意思の疎通も叶わない。
唯一雲だけが何かの目的があるらしく独自に活動していたが、誰とも群れない彼の胸中を知るものは幹部の中にすら居ない。
足並みは揃わず誰が何をしているのかすら捕らえきれないのが現状だ。

綱吉が居るときは、違ったのに。

眉を下げ限りなく金に近くなった薄茶色の髪を揺らし、琥珀色の瞳を濃く染めた彼の情けなくも見える笑顔が懐かしい。
泣きたくなる気持ちを抑え、敵対する人物に三叉槍を向ける。


「私は、あなたたちを絶対に赦さない」


彼を倒しても失われた存在は戻ってこないと知っている。
それでも何もしないで居るなんて無理だった。
人間一人がいなくなっても、世界は滞りなく進む。
それが髑髏にはとても悲しい。

いっそ世界が止まればいいのにと願うのに、それでも時間は過ぎていく。
ああ、今日も。無為な一日は終わりに近づき、きっと日は暮れていく。

拍手[31回]

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塞き止めろ
--お題サイト:afaikさまより--


■せ  接触は駄目、心臓を盗られるに違いない

昔から、要領が良くない子だった。
白いスーツを着こなし、隙のない、けれど矛盾して穏やかにさえ見える笑顔を浮かべた彼を見て雲雀は腕を組む。
ボンゴレの日本基地の視察。
その名目で訪れた青年は、昔とは違い、限りなく金色に近くなった茶髪の髪をふわふわと揺らして歩く。
革靴が真新しい廊下に響き、こつこつと音を立てた。
珍しくも彼自身の腹心の部下であり忠臣の嵐や雨を引き連れずの行動に、雲雀はひっそりと柳眉を顰める。
そんな雲雀の不機嫌に気づいたらしく、情けなく眉を下げた青年は、困ったように微笑した。
マフィアのドンとは一見して判らない童顔の所為か、それとも彼自身が纏う穏やかな雰囲気の所為か。
まるで波乱万丈だった中学時代に戻ったかと錯覚させる無防備なそれに雲雀は一つため息を吐く。


「君は、相変わらず弱そうだね」
「ははっ。久しぶりに会って早々の言葉がそれだと、雲雀さんなんだなぁって思いますよ」
「何それ?僕を馬鹿にしてるの?」
「まさか!!俺如きが雲雀さんを馬鹿にするなんて、本当に命が幾つあっても足りません!」


慌てたように両手を顔の前で振る綱吉をじっと眺め、ふいっと顔を逸らす。
無視して歩き出せば、焦った足音がすかさずついて来た。
かつかつかつと廊下に響く自分の足音とは別に、もう少しだけアップテンポな足音が響く。


「君」
「はい?」
「足が短いんだね」
「んなっ!?」


びびくん、と体を揺らして声を上げた姿は、中学生の頃とほとんど変わりはないのに。
見えないように小さく笑い、早くおいでよと声をかけた。




■き  軌跡をなぞる応酬は、不意に未知の軌道へとる

この子は本当に馬鹿なんじゃないかよつくづく思う。
屋上のフェンス越しに赤ん坊姿のヒットマンがしている姿を眺めこくりと首を傾げる。
日が傾き茜色に染まるこの場所は、応接室と同じくらい居心地がいい場所で、風に靡く学ランがゆらゆらと陰になり映る。
肩に乗るヒバードを指先で撫でれば心地良さそうに頭を摺り寄せもっと撫でろと強要してきた。


「──君が小動物じゃなかったら噛み殺しているところだよ」


くりくりと指先に力を入れれば不満があったのか嘴で突付く様にして反撃された。
痛みなど全くないに等しいが、むっと唇を窄める。
ヒバードの噛みつきなど雲雀にとってささやかなダメージにもなりはしないが、反抗したこと自体が面白くない。
頭を撫でていた指先に力を篭めると、くぐもった変な声をヒバードが漏らし、それがおかしくて小さく笑う。


「雲雀」
「何、赤ん坊」
「お前、ツナをどう思う」


狙撃の手を一切緩めないまま、漆黒のスーツを纏う赤ん坊が問いかけた。
こちらを見ない視線は真っ直ぐに彼の不詳の弟子にだけ向けられる。
お気に入りの赤ん坊の仕草は面白くなかったが、彼に釣られるようにして半泣きで校庭を走り回ってる草食動物を見た。
ずっと一人で居ることが多かった彼の後ろには、銀髪を靡かせた問題児と、笑顔がうそ臭い野球少年。
群れが嫌いな雲雀は一瞬いらっとしたが、それを飲み下し頬に擦り寄るヒバードに触れた。


「咬み殺す価値もない草食動物」
「妥当な線だな」
「弱いくせに群れるから苛立つ」
「弱いから群れるんだ」


くつくつと喉を震わせて赤ん坊らしくはないが、とても彼らしい表情で笑ったリボーンに雲雀は僅かに目を見張る。
ポーカーフェイスは崩れてないが、瞳の奥は楽しそうに煌いていた。


「見てろ、雲雀。十年後のあいつは今とは比べ物にならないくらいに化けるぞ」
「・・・根拠は?」
「俺があいつの家庭教師だ。これ以上に何か必要か?」
「いいや。───楽しみだ」


自信たっぷりなリボーンの発言に、雲雀も少しだけ笑った。



■と  徒労感があなたの声で、低く囁きかけてくる

「これでおしまいなの?」

トンファーをクルリと回し腕を下ろす。
呼吸を荒げて床に寝そべる子供は目に薄い膜を張り、大きな瞳で雲雀を見上げてきた。
その表情は雲雀が知る今の彼とは違うもので、視線を逸らし舌打する。
雲雀の彼はもっと強かった。噛み殺し甲斐があり、甚振り甲斐のある獲物だった。
それがなんだ。
今目の前に居るのは紛うことなく草食動物で、牙を抜かれた獣以下。

雲雀を真っ直ぐに見詰めた琥珀色の瞳とよく似た瞳は怯えを湛え、むかつくくらいに余裕を湛えていた唇は見っとも無く震え、対等以上に渡り合った体技すら失われた。

自らの体の延長戦とばかりに銃を扱い、琥珀色の瞳の色を濃くして笑った彼が懐かしい。
強大な敵相手でも怯むことなく微笑んで、うざったいくらいに頭が回り、その癖気を許した相手の前で見せる百面相が嫌いじゃなかった。
自分の最強で最凶の武器、Xグローブを嵌めてオレンジ色の火を灯したか彼は、誰よりも一目を引き美しい生き物だったはずなのに。


「立ちなよ」
「・・・・・・」
「立たなくても止めないけどね」


ラル・ミルチが外野から何かを叫んでいる。
恐怖で見開かれた大きな目が雲雀を凝視していた。

目の前の草食動物は、雲雀が知る彼ではない。
それが酷く雲雀を苛立たせ、そして落胆させている。
彼の作戦を聞き、片棒を担ぐ役目を担ったが、これをあれ以上に叩き上げるなんて出来ないだろう。
だがそれは許されざる仮定だ。
雲雀は何があっても目の前の子供を彼以上にしなくてはならない。そうしなければ雲雀の望む彼は一生帰ってこない。

ぺろり、と舌で唇を舐める。
振り下ろしたトンファーは、寸でのところで避けられた。
悲鳴すら殺した子供は、青ざめた目でこちらを見詰める。
そんな子供に向け、雲雀は凄絶な笑みを向けた。

もっと、もっと、もっともっともっともっと。
もっと彼は強くならなければならない。
彼を託した『彼』に報いるために、『彼』を生かすために。

恐怖を誘い実力を引き出すために、雲雀はトンファーを振り回す。


■め  迷走する視線の最後、必ず在ったただひとつ

「君は死ぬつもりなの?」


初めてその作戦を聞いたとき、雲雀は琥珀色の瞳を見つめて問うた。
ふわふわの纏まりない金茶色の髪を揺らした綱吉は、目を丸くして雲雀を見詰める。
何を言われたか判らないとばかりに何度か目を瞬いた後、彼はふわりと微笑んだ。
情けなく眉を下げ目をすっと細めた彼独特の笑い方は、癪だが嫌いじゃなかった。


「俺が、死ぬ?」
「だってそうでしょ。君の作戦は穴がありすぎる。過去の自分を呼んで今の君の代わりにするなんて有り得ない」
「そう。有り得ないですよね。過去の俺が今の俺の話聞いたら卒倒しちゃいますよ」
「笑い事じゃないよ。───僕は草食動物は嫌いだ。群れて集まり役に立たない」
「・・・でも、一番可能性がある賭けなんです」


苛立つ雲雀を見て笑いながら、綱吉は静かに言った。

普段出入りしないボンゴレ本部ではなく、雲雀のあじとの一つに急に訪れた綱吉の話は突拍子もなかった。
最近ボンゴレ狩りは益々激化し、彼が慕った家庭教師も帰らなくなったと聞く。
黒い革張りのソファに身を沈めた彼も覚えているより随分と瘠せ、青白い肌と目元にこびり付いた隈が痛々しい。
眠れていないのかもしれない。
───彼自身が最強と信じた存在が帰ってこないのは、雲雀たちが思う以上に彼にダメージを与えているのだろう。
それでも今暢気な顔で笑ってられるのは、きっとその元・家庭教師の教育に違いなく、雲雀は苛立ちに紛れて舌打した。


「俺は死ぬつもりはありません。だから可能性に賭けると決めた」


玲瓏な声は静かに響く。
いつの間にか雰囲気は一変し、薄く立ち上るオーラが見えるようだ。
雲雀の愛する並盛の応接室を模した部屋の中で、彼の存在は異彩を放つ。
背筋を伸ばし僅かに口角を上げた男。
彼は草食動物にはなりえず、列記とした肉食動物で、普段との対比が激しい獰猛さを隠し持つ相手だった。
びりびりと気迫で肌が痺れ、自然と雲雀の唇も持ち上がる。


「打てる布石は全て投じたい。だから俺はあなたに話した。ボンゴレが───俺が勝つための布石の一つとして」
「僕を利用しようって言うの?」
「ええ、そうです。ボンゴレ十世の最強の守護者。十年前の『俺』の教育者に雲雀恭弥を俺は選んだ。返答は?」


手を組んだ彼は傲慢な表情をしている。
己の望みは叶って当然だと言わんばかりの支配者の笑み。
他の誰がしても間違いなく噛み殺したくなるのに、綱吉のその表情は雲雀を酷く興奮させた。
くつり、と喉を震わせる。答えなど本当は初めから一つしか用意されていないに違いない。
繊細な美貌を凄絶に冴え渡らせ、雲雀はゆるりと唇を持ち上げた。


■ろ  篭絡された心臓は、ひときわ熱く高鳴った

「君は後悔してないの?」


不意に口をついて出た言葉は、予てからの疑問でもあった。
爆音で耳がおかしくなりそうな中、普段と変わらぬ声量の声は届かないかもしれない。
嵐の守護者が操るダイナマイトが熱風を撒き散らす。
吹き起こる風と埃の間を縫い晴と雨の守護者が切り込む。
冴える剣技で静かに敵を屠る雨とは対照的に、晴は派手に敵を吹っ飛ばす。
霧は背後から襲う敵を夢幻へと誘い、哂いながら敵を狂わせる。
雷こそこの場に居ないが、ボンゴレに所属する守護者は全員綱吉へ従った。

ドン・ボンゴレに就任して初めて守護者全員を引き連れることになったこの戦いは、裏切り者の粛清を兼ねている。
綱吉は自身の甘さから就任後初めて身内で仲間殺しを起こした。

その手に彼自身の最強の武器、Xグローブをしっかりと嵌め額に揺らめく炎を宿す。
熱量を感じさせない瞳に宿るのは強い覚悟。
切り札として封印していた武器を開放した理由は単純明快。
裏切り者が逃げ出した先のファミリーも全て粛清すると決めたからだ。

裏切りを許した果てに得た敵対ファミリー粛清のチャンス。
代替わりしたばかりのボンゴレを甘く見た敵に力を示すまたとない機会だが、それを喜ぶ綱吉ではない。
事実決断した瞬間の彼には辛酸を舐めた敗北者の表情しかなかった。
悔しげに唇を噛み固く瞼を閉じ組んだ掌に額を押しつけて黙り込んだ彼の姿を一生忘れない。
きっとその場で彼の判断を待った守護者は全員そうだろう。
女だからという理由で外されたもう一人の霧の守護者は、今頃屋敷で気を揉んでいるに違いない。

爆風に呷られた黒の外套がヒラリと揺れる。
その姿は悲しいくらい孤高を保ち、切ないくらい綺麗だった。


「俺は、後悔しない。後悔しないと、そう決めた」


風に乗りささやかな声が聞こえた気がした。
だから雲雀もトンファーを構え躍り出た。
大空を支える天候の一角として。
牙を抜かれた草食動物の群れへと、制裁を加えるために。

彼が後悔しないと決めたなら、雲雀はそれに付き合うだけだ。
群れに混じらないというポリシーも、たまになら曲げてやってもいい。


■塞き止めろ

「弱いばかりに群れをなし」

予定通りのタイミングで踏み込んできた敵に、ゆるりと口角を上げる。
純和風の美貌が敵を前にして冴え渡る。
くるり、と右手首を返しトンファーを回す。
少し早いが計画の内だ。
死ぬ気の炎を武器へと移し、匣にも炎を注入する。
呼ばれるのを待っていたように飛び出た相棒に小さく笑った。

足音を隠すことすらせぬ敵は、多くとも雑魚にしか過ぎない。
雲雀ならば彼らを一掃するのに苦労しない。
たった今、逃したばかりの彼らとは違って。

くつり、と喉を震わせる。
もうすぐ、待ち望んだ瞬間が来る。
雲雀は『彼』との約束を果たした。ならば今度は『彼』が雲雀との約束を果たす番だ。

小さな子供の戦闘力は、未だ彼には遙か及ばない。
知識量も経験値も判断力も何もかも。
それでも彼が信じると決め、自分自身が鍛えた子供に賭けると決めた。
トンファーが空を切る。
今日の雲雀はいつもより気分良く戦えそうだ。

雲雀の姿を認めた敵が、徐々に足を止める。
戸惑う表情を浮かべ止まるより先に武器を手にとれば、あるいは一手くらいは負わせれたかもしれないのに。
愚鈍な相手に嘲笑しか浮かばない。


「咬み殺される、袋の鼠」


そう、彼らは贄であり供物だ。
雲雀が育てた『彼』が迷わずに進めるように除外される存在。

子供はまだ『彼』ではなく、『彼』が帰る切欠にすらなっていない。
泣き言に塗れた怯えを纏わせる子供は、『可能性』だと彼は断じた。
雲雀はボスとしての『彼』を信じ、力を貸した。

他の誰にも明かさぬ秘密を雲雀にだけ共有させた、そんな『彼』を負けさせるわけに行かない。
子供が勝利しなければ、『彼』に文句を言うことも出来ないのだから。


「早く、帰っておいで綱吉。『他の君』が為しえないことでも、『僕の君』なら出来る筈だ」


一人、また一人と草食動物を咬み殺し、雲雀は今ここに居ない存在へと語りかける。


「早く帰っておいで。君の道は僕が切り開いてあげる」


『君』が目を覚ましたら、十年前の『君』がどれだけ酷かったか一番に教えてあげる。
日本に作ったこの基地の、雲雀の自室に上等の酒を謙譲させて、懇々と説教をしてあげる。
そうしたら、あの『彼』特有の情けなく眉を下げ目を細めた笑顔がきっと見れるだろう。

だからまずは。
目の前で子供を追うために躍起になるこの雑魚たちを、全て切り崩してしまおう。
雲雀が待ってる『彼』を得るために。

拍手[30回]

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