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夕日影
--お題サイト:afaikさまより--


■ゆ  夕飯は待てなくても、帰りは待ってるから


夕日も沈みかけ、空は茜色に染まる。
部屋にある唯一の窓から入り込む日差しは、かの人までは届かぬが闇に強い瞳には彼がどんな表情でいるかはっきりと映し出した。
執務机の上に肘を付き、組んだ掌に顎を乗せた彼は、この夕日が似合う過去を彷彿とさせた。
優しく穏やかで、懐かしく忘れえぬ、ランボの芯を作った過去を。

戻れない日常に思いを馳せるのは郷愁の為せる業。
きっと今回の任務が日本だったからに違いない。

垂れ目がちな瞳を細め笑みを作ると、伊達男然としたそれに眉を下げた彼は淡い苦笑を浮かべた。
その眼差しは部下を見るものではなく、年の離れた弟を仕方ないと見守る兄のようで、それが少しばかり擽ったい。
きっと、彼にとっては自分はいつまでもそんなポジションなんだろうと、それが少しだけ不満だけれど、守護者の中でも最年少で、子供の頃を知られているから覆すのはとても難しい。

「今回の任務の報告書です、ボンゴレ」
「ご苦労様、ランボ」

変わったものは幾つもある。
例えば自分と彼の立場。
例えば自分と彼の居場所。
例えば彼を指すための名称。
例えば彼の持つ権力。
例えば───自分と彼の距離。

守護者といえども、所詮ランボは弱小マフィアの部外者に過ぎず、ボンゴレ内で自分の存在は賛否両論に分かれている。
それでも今いるファミリーから動かないのは、自分の甘さで、それを甘受してくれる彼の甘さ。

ランボが帰るべきは、もう彼の隣ではない。
彼の隣は、ずっと昔に自分の居場所を定めた際に、別たれてしまっている。
その現状を維持するか、それとも別の道を歩むか。
彼はきっと強制せずに、ランボの意見を受け入れるのだろう。
それがとてももどかしく、切ないのだと訴えれば、きっと嵐の守護者に殺されてしまうに違いない。
何しろ彼は昔以上に十代目至上主義になっているし、子供の時分から常に迷惑をかけ続けるランボに厳しい眼差しを向けているから。
それでもいざという時に真っ先に手を貸してくれるのも嵐の守護者で、甘ったれた気質は中々治らない。
情けないと判ってるけれど、手放さないでいてくれる彼らを知っているから。

「おかえり、ランボ」
「───ただいま戻りました、ボンゴレ」

夕日の中、微笑む彼にはにかみながら、やっぱり甘えてしまう。

居場所が違っても出迎えてくれる、この人が誰より好きだった。



■う  受け流したふりをして、こっそり拾った


「ランボさんは絶対に嫌だもんねー!!!」

涙を流し、綱吉のズボンの裾を握る。
彼の影の隠れるようにして前を睨めば、全くの無表情の赤ん坊がこちらに向けて冷めた眼差しを送る。
それにびくりと震え、益々綱吉のズボンを掴んだ。

「こら、ランボ!いい加減にしろ!」
「やだもんねー!」

びーびーと声を上げて泣きながら地団太を踏む。
ぼろぼろになったアフロヘアに、薄汚れた牛柄の服。
鼻水と涙でぼろぼろになった顔を、綱吉のズボンで拭いてやれば『ランボ!?』と悲鳴交じりの声が上がる。
だが何も聞こえない、何も聞きたくない。
ランボは悲しいのだ。
そして怒っているのだ。

「何でランボさんだけ置いてくんだ!ランボさんもツナと一緒に行くー!!」
「だから、これはずっと前から約束してたんだって」
「嫌だー!ランボさんが駄目なら、ツナも行ったら駄目だもんね!」

叫び掴んだズボンを引っ張れば、お出かけ用のそれは皺だらけになり汚れ、外出など出来ないくらいにみすぼらしくなる。
それを狙ったわけではないが、しがみ付いて離れないようひしりと腕の力を強くした。

朝一からリボーンに喧嘩を売り、負けて泣きながら助けを求めた綱吉は、獄寺と山本と一緒に出かけてしまう。
いつもなら見送ったかもしれないが、泣いている今自分を宥めずに出かける綱吉が嫌だった。
ランボの世界はいつだってランボを中心に回り、綱吉だってランボを放っておいてはいけないのに。
いつもなら呆れながらも抱き上げて宥めてくれるはずの彼は、ため息一つで『母さんのとこに行け』と部屋の外を指差しランボを追い払おうとした。
絶対に嫌だと意地を張ったランボとの攻防はすでに長い間続いている気がするが、もしかしたらまだそれほど時間は経ってないのかもしれない。

腕時計を眺めた綱吉が、一つため息を吐く。
深いそれにびくりと体を震わせ、ぎゅうっと掌が白くなるほど力を篭めた。
待ち合わせに間に合わないからと、無理やりに引き離されるのだろうか。
伸ばされた腕をぐずるように避けながら顔を上げると、情けなく眉を下げながらも仕方ないと微笑した彼と目が合った。

ぼろり、と溜まっていた涙が零れ落ちると、指先でそれを拭った彼はいつもどおりにランボを抱き上げると、ぽんぽんと背中をあやすように叩く。
優しいリズムに安堵して、また涙が零れた。

「本当にランボは仕方ないな」
「連れてくのか?」
「だってしょうがないだろ、離れないんだから。獄寺君たちには少し遅れるってメールしとく。どっちにしろ今の時間からだと間に合わないし、服も着替えないといけないしね」
「・・・ツナ?」
「お前はシャワーだ、ランボ。その後、服を着替えてすぐに行くぞ」
「ランボさんも、行っていいの?」
「連れてかないと収まらないだろう?ほら、早く準備しろ」
「───はぁ。本当に甘いなお前は」
「はいはい。どうせ俺は甘いですよー」

くしゃりと頭を撫でられると、次には床の上に下ろされる。
リボーンと軽口の遣り合いをしてる綱吉を見上げ、ランボは嬉しくて笑った。

「泣いた烏がもう笑った」

ぴん、と指先で額を弾かれむっと唇を尖らせる。
リボーンからの絶対零度の眼差しも、もう痛くなんかなかった。


■ひ  陽がどちらから昇るのか確かめに行こうか


夕闇の明かりに紛れ、ランボは彼が居る場所を目指した。
森の奥にあるその場所は、人目につかぬ筈であるのに、白い献花が絶えず添えられている。
緑に囲まれ穏やかなそこは、街中と随分様子が違い、彼にとても似合うと泣きたい気持ちで笑った。

「お久しぶりです、ボンゴレ」

十字架が建てられたそこは墓碑だ。
白く穢れないその色はまさしく彼に相応しく、そんな彼を護るように五つの墓が並んでいる。
嘗て最強と呼ばれていたボンゴレの、ボスと守護者の墓だった。

ランボがここに足を踏み入れたのは、二、三年ぶりだ。
忘れた日は一日たりともなかったが、返事をしない彼の前に立つのは今でも勇気がいることで、溢れる涙はとめどなく流れる。
持ってきた白い薔薇を飾ると、そこから一輪ずつ抜き取り周囲の墓にも沿えた。

最強と呼ばれたボンゴレが崩壊してから早十年。
その時の流れが速いのか遅いのか、ランボは良く判らない。
気づけばいつの間にか彼の年を抜いており、それが悲しくて仕方ない。

貴婦人にするように跪き、そっと墓標を見上げる。
ただ一人生き残ってしまったランボに、彼らは何を望んだのだろう。
生きたいと確かに願ったけど、置いていかれたくなかった。
昔からランボが駄々を捏ねれば大概の場合は折れてくれたのに、ついていきたいと望んだランボの手を払った人。
五人の守護者を連れた彼は、ミルフィオーレの手により斃れた。
遺体を発見したのはランボだ。
それだけは絶対に譲れなくて、自身の命を賭してなした。
けれどそこに満足感はなく、むしろ後悔と罪悪感の中で生きている。
何故、と聞きたい。
何故、置いていったのかと。

「俺、久しぶりにあなたに会ったんです。過去の俺が、十年バズーカーを乱発したみたいで、指輪戦の真っ只中でした。若いボンゴレは俺よりもずっと小さくて、でも覚えているままだった。とても、・・・とても懐かしい人でした」

死んだ相手の中で、まず最初に思い出せなくなるのは声だ。
それを自覚した瞬間、ランボは恐ろしさで発狂しそうだった。
賑やかだったボンゴレ幹部。
鬱陶しいと発砲してきた漆黒の死神。
いつだって百面相しながらそれを諌めていた、ドン・ボンゴレ。
騒々しかった日常の、映像は思い出せるのに、
言っていた台詞も、その時の仕草も思い出せるのに。
声だけは、もう、思い出せない。
だから、今回過去に行けて良かった。
昔の、本当に覚えているより随分と幼い彼らだったけれど、声を聞く事が出来た。
あの頃あんなに大きく感じた人たちが、本当は子供だったのだと、ランボは知ることが出来た。
それが、涙が零れるほど嬉しい。

「俺がもしあなたを追いかけたなら、きっと怒るのでしょうね」

思い出すのはいつだって彼の笑顔。
困ったように眉を下げ、情けなくも見える優しげな微笑み。
包み込むように愛してくれた、彼こそがランボの原点だった。


■か  駆け落ちは老後の楽しみに取っておこう


「ボンゴレ!?」
「お、ヤッホー。ランボ」

目を見開くランボに向かい、ひらひらと手を振った彼は明らかにドン・ボンゴレ。
マフィア界最強のボンゴレファミリーを纏めるゴッドファーザーである筈の彼だが、しかし明らかに違っていた。

「何してるんですか!?あなたは!」

悲鳴を押し殺しつつ、慌てて駆け寄る。
彼の姿はいつもの白いスーツではなく、普通の若者が着るようなプリント柄のパーカーにTシャツ、そして黒のチノパンに同色のスニーカー。
変装は黒ぶちめがねと青のキャップ、さらに染められた髪色できっちりと完了している。
目の前の彼を嵐の守護者により呼んで来るよう頼まれたランボからすれば、今にも逃亡してしまいそうな彼の姿は十分に焦りを煽るもので平常心は呆気なく飛ぶ。

「ツナー?準備は出来たか?」

そこに現れた存在により、ランボは己の使命が全うされないのを理解し、涙目になった。
綱吉と同じように変装した姿で現れたのは、雨の守護者の山本武。
一見好青年に見える彼だが、その実獄寺より遙かに恐ろしい本性をしてると、気づきたくもない事実に気づいてしまったのはいつだったか。
綱吉を見詰めるあの穏やかな眼差しが、リボーン同様冴える瞬間をランボは知っている。
現に、今だって一見爽やかな笑顔なのに、瞳の奥は冷たく凍り付いていて、泣き出したいほどの恐怖心に身を震わせるしか出来ない。

「うん、ばっちり!今日はどこに行こうか?」
「そうだなー・・・市場とかはどうだ?魚の新鮮なのあったら捌いて寿司に出来るし、果物とかお菓子も売ってるしな」
「そうだね」
「・・・あ、あの、ボンゴレ・・・」
「ん?」

今や歯の根も会わないほど震えているが、それでも戻った時に何もしませんでしたと獄寺に報告出来よう筈もなく、体中の勇気をかき集め唇を開く。
しかし折角振り絞った勇気も、黒い瞳のひと睨みで喉奥へと消えていった。
その様子を見て何を思ったのか、へらりと緊張感のない笑みを浮かべた綱吉は、つかつかとランボの傍まで来ると癖の強い黒髪を掻き混ぜる。
彼の仕草は呆れるほどに昔から変わらなくて、やっぱり泣きたくなった。

「いい子で待ってろよ、ランボ。葡萄の飴玉買って来てやる」
「俺は、もうそんなに子供じゃありません、ボンゴレ」
「ははっ、子供じゃないって言ってる内はまだまだ子供だよ。お前がもうちょっと大きくなったら一緒に遊びに行こうな」

もう少しで身長だって追い越すのに、琥珀色の瞳を細めた彼は残酷にもそう告げる。
いつだってランボは、彼らの背中を追い続けるままだ。


■げ  劇的な瞬間が、こんなにも穏やかにやってくる


「え・・・?」

信じられない言葉を聞いて、ランボは瞬きを繰り返した。
いつもどおり夕日に照らされた執務室。
陰になる場所に存在する彼は、普段とは違い背後に嵐と雨と晴の守護者を従えてランボを見詰めていた。
その三人は何かあった時に火急でも呼び寄せれる幹部だと、ランボは知っている。
自由に動く霧と雲。
ボンゴレで本邸では幹部と呼ばれ真っ先に浮かぶのは上の指輪を持つ彼ら以外の三人で、彼らが揃って招集された時は大抵の場合覆されぬ決定が済んだ時でもあった。

嫌な予感がして、ランボの額から汗が流れる。
常なら怒りに満ちた眼差しで自分を罵倒する獄寺も、楽しそうに笑いながらからかってくる山本も、暑苦しさ満点に叫んでいる了平もそこにはいなくて、冷静で冷徹なボンゴレの幹部だけがそこにいた。

彼らを背後に従え堂々と座る彼は、綱吉ではなくドン・ボンゴレの顔をしている。
ランボでは想像も出来ないほどの修羅場を潜った、ボンゴレの長がそこにいて、余りの恐怖に血の気が失せた。

机の上に肘を付き、いつもと同じようにくんだ掌に顎を乗せている。
しかし笑顔を取り払っただけで、もう彼は『彼』ではない。

ごくり、と喉を鳴らし唾を飲み込む。
耳にした事実が理解できなくて、首を振りながら問うた。

「今、何て───?」
「聞こえなかったのか?雷の守護者、ランボ。今日を限りにお前の任を解くと言ったんだ」

覇王として、逆らうものは許さないとばかりの傲慢な声。
だがそれを拒絶できる面々はこの中にはおらず、ランボ自身もその恐怖に圧倒され頷いてしまいそうになる。
しかしそれを何とか踏ん張ると、もう一度口を開いた。

「どうしてですか、ボンゴレ!今はボンゴレ狩りも多くなり、一人でも戦力が惜しい時期でしょう!?」
「そうだな。お前がボンゴレならば、俺はお前にそう言わなかった。だが残念ながらお前は純然なる俺の家族ではない。指輪を速やかに返却し、ボヴィーノへ帰るといい」
「っ!!?」

『家族ではない』との言葉に、頭を殴られるよりも強い衝撃が走り、視界がぶれた。
気がつけば涙が溢れ、出ない言葉の代わりに懸命に首を振る。
しかしその意思は彼の合図で動いた守護者達に阻まれ、長いこと指に嵌っていた指輪は奪われた。
何故、や、どうして、という言葉が幾度も脳裏に点滅する。
しかし幾ら考えても、ランボの中に答えは導き出せず、視界だけがただ揺れた。

いつもなら泣いているランボを目にすれば慰めてくれるはずの青年は、置物か何かを見ているように感情を揺らさず眺めているだけ。
その眼差しが怖くて、もっと傷つく言葉を言われるのではないかと思って、彼が誰かも忘れ無言で踵を返すと逃れるようにドアへと向かった。

「俺の可愛い泣き虫ランボ。ちゃんと家族の中に帰れよ」

聞こえた声に振り返ったが、やはり彼の表情は微塵も変わらず、気のせいだと首を振る。
ドアをあけて飛び出した先で、涙を零しても慰めを求めた人はどこにもいない。


■夕日影


訃報を聞いた瞬間、ランボは唇を噛み締めた。
あの日の意味を理解し、彼から離れた自分を悔やんだ。
どうして気づかなかったのだろう。
どうして理解しなかったのだろう。
どうして自分のことしか考えれなかったのだろう。
どうして言われるがままに行動してしまったのだろう。

眼下に置かれた棺を眺め、涙すら出せずに一人慟哭する。
白い花の中に埋もれるように、まるで眠ってるのではないかと思えるくらいに美しい人がそこにいた。
跪き頬を手の甲で撫でる。
久しぶりに触れたその人に温度はなく、ランボの瞳から涙が零れた。

「ボンゴレ・・・っ」

彼の手を取り、頬に当てる。
蝋のように詰めたい感触に、涙腺が決壊したように涙が止まらない。
温度のある雫が落ちても彼の掌すら温かくならず、その現実が恐ろしい。

彼は知っていたのだろうか、自分が死ぬ未来を。
知っていたのに変わらなかったのだろうか。
ランボをボヴィーノへと帰し、対策を練りながら当たり前にそこに居たのだろうか。
自分が死ぬその場所へ、向かって行ったのだろうか。

綱吉の死に、ボンゴレは混乱している。
嵐は乱れ、雨は苦しみ、晴は嘆き、霧は去って、雲は消えた。
統制が取れていない組織は彼が居た時分には想像出来ないほどに脆く、彼がどれ程の存在だったか今更ながらに身に染みる。
寂しい、悲しい、切ない。
魂の一部を捥がれたように、心が生きていられない。

「ツナ、ツナぁー!」

名を呼べば帰ってきてくれるんじゃないかと、ありえない望みを抱いて繰り返し叫ぶ。
この名を呼ぶのは実に何年ぶりで、なのに本人に届かないのが酷くもどかしい。
彼は、ランボの人生の半分以上を傍にいて過ごした人。
涙を流せば呆れながらも、慰め叱咤してくれた人。

どうして彼は、こんな棺の中に眠っているのだろう。
どうしていつもみたいに、呆れた苦笑を浮かべてくれないのだろう。
どうして『泣き虫ランボ』と揶揄してくれないのだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして。

「ヅナーぁ、つなぁ!」


幼い子供みたいな泣き声は、自分のものだろうか。
最近漸く格好つけれるようになったのに、昔の駄々っ子に逆戻りだ。
でも、いい。
そんなのはどうでもいい。
情けなくても格好悪くても馬鹿でも我侭でもいいから。

「お願い、起きて、ツナっ」

今までの人生で一番の我侭を。
どうか叶えて、俺の大事な人。
泣きすぎで頭が痛くなり、叫びすぎで声が掠れる。
それなのに、俺に甘いその人は、夕闇に影を作りただ眠るだけ。

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【3日目】


獄寺はとても幸せだった。
いつもはつり上がり気味の切れ長の瞳をこれ以上ないくらいに垂れさせ、盛大に表情を崩しながら器用にボールをかき混ぜる。
ちゃっちゃっちゃっちゃとリズム良く混ぜる獄寺の足元には、オレンジ色に天空ライオンのアップリケがついた手作りエプロンをして必死に彼を真似る子供がいた。
大人サイズのものでは遣りにくかろうと、もてる伝を駆使して手に入れた子供用クッキングの手が切れない包丁や小さいサイズのボールに泡だて器。
頬や頭に生クリームをつける彼の、何と可愛らしいことか。
必死に手を動かしているのにほとんどの中身が床に零れ落ち、角が立つ気配が全くないのにきゅんきゅんしてしまう。
残り僅かになった生クリームを見て、獄寺は笑顔でそれを継ぎ足した。
ちなみに彼は賽の河原的発想はなく、あくまで好意のつもりである。
誰かその場に理性的な第三者がいたなら、一生クリーム出来ねぇよと突っ込んだだろうが、普段は回転が良すぎる脳を持つはずの彼にはその考えは全くない。
彼はただ、可愛らしい子供を長く見詰めていたいだけなのだから。
固まらない生クリームを長時間混ぜ続ける子供は、確かに人間ではないだろう。
だがそれは獄寺にとって些細な話だった。
自分が泡立てていた生地をケーキの型に流し込むと、空気を抜き予め余熱で温めてあったオーブンに手早く入れる。
そして一息ついてから彼自慢のエプロンに汚れがないのを確認し、そっとそれを外して丁寧に畳んだ。

「ウーノさん、いらっしゃい」
「・・・うん」

気がつけば全身生クリームだらけになった子供に向かい腕を広げれば、こくりと頷いた彼はボールと泡だて器を持ったまま近づいた。
他の誰であろうとこの格好で近づけば果たしているが、目の前の彼と彼のオリジナルは例外だ。
固まっていない生クリームと同様に蕩けた表情の獄寺は、自身のブランド物のTシャツが汚れるのも気にせずに子供の体を拭う。
ちなみにその際床の汚れは放置だ。
簡易キッチンのあるこの部屋は、獄寺ではなく山本のものだった。
獄寺の部屋は十代目グッズを置く隠し部屋を拡大しすぎて十分なスペースがなくなったため、もう何年も前にキッチンは取り去ってあった。
そして山本の部屋を利用するもう一つの利点は、片づけをしなくていいことだ。
唯一作れるチーズケーキを激しく料理した後、彼は一切片付けはしない。
現在も手際よくクリームを混ぜ型に流し込んだ手つきと裏腹に、彼自身の顔やキッチンの惨状は凄まじかったりする。
しかしながら本人はその惨状に慣れたものなので全く気にしない。
そして部屋の惨状も全く気にしない。

大人しく顔を拭かれる子供に胸をときめかせた獄寺は、ついに辛抱堪らず腕に掻き抱く。
全身からクリームの香がしたが、それがまた彼を煽った。

「ウーノさん、汚れちゃったから俺と一緒にお風呂に入りましょうね」
「・・・うん」
「それで風呂から上がったら二人で十代目のところに行きましょう。俺の十代目は、冷えたケーキも好きだけれど温かいのも好きなんです」
「わかった、隼人」

こくり、と頷く彼を抱き上げると、自室へ向かうべく早足で進む。
一見ごく普通の好青年に見える彼の脳裏は、綱吉とウーノのハーレムで一杯だった。
今日も彼はとても幸せだ。

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ありがとう

--お題サイト:afaikさまより--


■あ 諦めは悪い方だけど

自分はそれほど察しがいい人間ではないと了平は知っている。
それは過去友人たちからも幾度も苦笑混じりに忠告され、家族からも仕方ないと笑われながら告げられた。
しかもただ察しが悪いだけでなく、間も悪い人種らしい。
自分では全く悪気はないが、空気が読めないとよく言われる。
自分が行動すると何故か曖昧な笑顔で遮られることは多いが、それも全く気にしない。
座右の銘は、なせばなるだろうか。

「つまり、なるようにしかならんということだな!」
「それ、もう意味違ってますよ!?」

もぐもぐと綱吉の前に置いてあるチーズケーキを咀嚼しつつ告げると、情けなく眉を下げた相手は見覚えのある笑顔を浮かべる。
出会った頃に比べると随分と金色に近くなった薄茶色の髪を揺らし、彼はココアを一口飲んだ。
ちなみに了平が飲むのはブラックコーヒー。甘いものは好きだが彼ほど極甘に染まれない。

ちなみに現在了平が寛いでいるこの部屋は、綱吉の執務室だ。
つまり、ドン・ボンゴレの仕事部屋。
何故そこで寛いでいるかというと、そこにケーキが置いてあり、部屋の主が今まさに休憩を取ろうとしていたからだ。
普段は使われない応対用のソファ(主に守護者やアルコバレーノ専用)に悠々と腰掛けてじっと見詰めていたら、苦笑した彼が執務机から移動してきてくれた。

「俺、笹川さんを時々本当に尊敬します」
「何だ、時々なのか?」
「突っ込みどころはそこなんですね」

仕方ない、とばかりに淡い苦笑を浮かべる彼は、昔の面影を濃く残している。
思わず手を伸ばして頭を撫でる。
柔らかな髪は触れると少しくすぐったく、もっともっと撫でていたくなるくらい心地よい。
困ったように眉を下げながらも拒絶されないのをいい事に、好きなだけ撫で回すと子供じゃないですから、と控えめに遮られた。

「やっぱり、笹川さんは大物ですよねぇ」
「ははは!極限誉め言葉として受け取っておこう!」
「───あの、その口元についてるチーズケーキ、きちんと綺麗にしないと獄寺君に暗殺されますよ」
「大丈夫だ。極限迎え撃つ!」
「・・・・・・屋敷が破壊されたらその分は給料から天引きですから」
「はははは!幹部なのに何故俺だけ貧乏なのだろうな?」
「理由はあなた自身が良く知っているでしょう?」

屋敷に住んでいるから最低限の衣食住を保障されるだけありがたいと思ってください。

呆れたように訴える彼は、上司であり父であり弟である。
この居心地がいい場所は、了平が粘り強さで獲得した地位だった。


■り リタルダンドがいい

別に自分の所業を正当化する気はない。

敵対する相手を見ながら、了平は体に入っている無駄な力を抜く。
今回の仕事は交渉決裂した同業者の殲滅。それは綱吉からの勅命であり、了平の意思でもあった。
手に巻いたテーピング。この程度の的に匣の開口は必要なく、部下の育成と、もう一つの意味も込めて肉体戦術を選択した。
了平の部下は他の幹部の部下に比べると格闘術に優れるものが多く、またそれに由来した力を扱うものが多い。
雨の守護者と並びヴァリアーの同じ銘を頂く守護者と仲が良い彼は、合同演習も含め実戦形式で体を鍛えている。
自然と集まるのは頭脳労働より肉体労働が得意な体育会系ばかりになり、横の繋がりが深いのも雨の守護者の纏める部隊と似ているだろう。

「さて、俺たちが何故この場にいるか。理解してくれているのだろうか」
「───黙れ、ボンゴレの飼い犬が!幹部の中でももっともドン・ボンゴレと繋がりが薄いと言われる晴の守護者が何をしにきた!」
「ふむ。俺はそんな風に噂されているのか。極限に知らなかったな」

今回の敵の頭目が吼え、自身の部下が怒りでざわめくのを片手で制すると口の端を持ち上げた。
彼らを従え先頭に立つ了平と違い、キャンキャン吼える敵は守られるのを当然とするタイプらしい。
未だに口煩く吼えている彼を眺めながら、綱吉もああなら楽なのにと苦笑する。
自分たちのボスは必要と判断したら躊躇なく弾除けすら退けるので、あのタイプのボスなら自分から勝手に隠れるだろうから楽だろうと想像する。
まあ万が一綱吉があんなタイプであれば、きっと自分たちがここまで尽くすこともなかったのだろうけれど。
顔を真っ赤にして何事かを訴えていた男が口を閉じるのを見計らうと、組んでいた腕を解いた。

「それで終わりか?」
「?」
「最後の言葉をそんなものにするとは、極限変わり者だな」
「なっ!?」
「まあ、いい。俺の名は笹川了平。ドン・ボンゴレの晴の守護者で明るく大空を照らす日輪の銘を頂くものだ」
「・・・っ」
「俺の主からの命により、己が仕事を全うさせてもらう。───尾を踏まれた犬の怒り、身を持って理解するのだな」

了平が構えれば同様に背後の部下も構える。
息を呑み体を強張らせた男は、確かに了平の敵だった。

彼の部下を卑怯な手で落としいれ、そして無残にも殺した相手。
部下は彼にとって兄弟も同じ。
そしてボンゴレという家族の一員を殺された父である綱吉の怒りは、直属の部下を殺された了平へと委ねられた。

「弔い合戦を許される部隊は俺のところくらいだ。確かに、極限愚かなのかもしれぬな」

昔は戦いの前は高揚感で脈が速くなった。
だが現在は務めて冷静でいようとする意識から、段々と脈が落ち着いていく。
一つ呼気を吐き出すと、半身になり顎の下に拳を構えた。


■が 願を掛けた日

「───君、本当に鬱陶しいんだけど」

校舎に背を凭れ掛けぼんやりと空を見上げていたら、いつの間に傍に来ていたのか見覚えのある学欄姿の級友が柳眉を潜めてこちらを見ていた。
高校生になっても相変わらず中学と変わらない制服を着ている彼も不思議だと思うが、やはり変わらず年齢不詳で学校を取り仕切っているのも不思議に思う。
涼やかな眼差しをした彼は、やはり変わらず学校の頂点に立ち風紀委員長として校内を仕切っている。
気がつけば腐れ縁になった彼に僅かに笑いかけると益々渋い顔をされ、嫌そうに距離を置かれた。
肩の上にのるヒバードが『ヒバリー、ヒバリ』と鳴き声をあげる。
無邪気に独占するその場所が、どれほど特異なものか彼は気づいていないだろう。

「何だ雲雀。サボりか?」
「僕が?馬鹿にしないでくれる。校内の見回りだよ。君こそ何をしているの?もしかしてこの僕が居る学校でサボりとか言わないよね」
「ははは!極限に休憩中だ」

笑顔で告げれば何故か周りの温度が下がった気がした。
だが雲雀から向けられる絶対零度の視線も、怒りを滲ませた気配も慣れているので気にしない。
それに一応サボっているわけではない。
体の申し訳程度に置いてあった絵の具とパレット、そして画用紙を見せる。

「美術の授業中だ。今回は好きなものを描かなくてはいけないらしい」
「───何それ」
「空だ。どこまでも晴れ渡る青空」
「青しか使ってないじゃない」
「雲ひとつ無い晴れた空だからな」

むっと僅かに苛立ちを含んだ眼差しに了平は笑う。
彼を正面から見る人間が少ない所為か雲雀は感情の起伏がほぼないと思われがちだがそれは違う。
むしろ我侭な子供のように、独占欲が強く喜怒哀楽がはっきりとしていた。
だからこそ、雲ひとつ無い晴れ渡る青空の絵を見てとても苛立つ。

「ずっと空が晴れているといい」

雨に涙することなく、嵐で感情があれることもなく、雲で気持ちを隠すのでなく、霧で想いを惑わすでもなく、雷で怒りを露にするでもなく、晴れ渡る青空であればいい。
何に翳るでもなくこの場に居ない『彼』が笑ってくれれば良いと、了平はそう思うのだ。
それを悟るからこそ不機嫌な雲雀の様子に、やっぱり了平は笑った。


■と 溶けてゆくのは

「山本も大概不器用ですけど、笹川さんもそうですよね」

淡く苦笑した綱吉の手が頭に触れ、了平は唇を噛み締めた。
彼の勅命に従い命令をこなしたばかりでスーツは僅かに汚れている。
だが傷は一つもなく、自身の部隊から死者は出さなかった。
小規模とは言え、一つのマフィアを殲滅したにしては手際が良かったと思う。
だが報告に訪れた先で待っていた彼が浮かべたのは、眉を下げ情けなくも見える顔で微笑した綱吉だった。
席を立ち上がった彼に招かれるままに近づけば、ぐいと遠慮ない力で頭を押さえ込まれ肩口に顔を埋める形になる。
ふわりと薫るのは百合のような上品なフレグランスで、くどくない香りに胸が落ち着いた。
甘味を好む彼だからこそバニラや蜂蜜の香がしそうなのに、休みの日以外で彼がそれを纏うことは無い。
公私を使い分けるためとつけているフレグランスは妹とその親友が連名で贈ったもので、無くなるたびに彼女達が新たに香を作っているのを了平は知っていた。
そこに女の独占欲が入っているのを、きっと彼は知らないだろう。
否、もしかしたら理解していてその香を纏っているのかもしれない。
ドン・ボンゴレである彼は男女共に誘惑が多く、それを躱す術も見事なものだった。

つらつらととりとめもないことを考えていると、背中をぽんぽんと叩かれる。
小さな子供をあやすような仕草に、段々と体の力が抜け、戦闘時とは違った意味でリラックス状態へと変わっていった。

「───すみません、笹川さん」
「何がだ」
「貴方に酷な仕事を押し付けました」

了平の直属の部下、側近の一人だった男が殺されたのはつい一週間前だった。
彼は了平が幹部として立った当初からの仲間であり、年上の落ち着いた先輩でもあった。
頼りになり信用できる相手で、先走りがちな了平を諌めてくれる、そんな落ち着いた大人だった。

この世界に足を踏み入れているのだ。
了平は馬鹿だが現実を理解しないわけじゃない。
いつ死んでもおかしくないのは知っているし、その覚悟も出来ている。
昨日笑っていた仲間が翌朝冷たくなっているのも幾度も経験してきたし、自分がいつそうなってもおかしくないのも判っている。
だが、それでも慣れないものだ。
そして慣れたくも無かった。

綱吉が謝っているのは、きっと因縁のある相手に了平をぶつけたことだろう。
感情のままに動くのではなく、それを制御し抑圧しろと言外に命じた綱吉を、けれど了平は怨んでいない。
自制を覚えなくてはいけないと判断される程度に了平は甘いのだと、彼に言われるでもなく知っているから。
殺したいほど憎い敵。それでも誰一人殺さなかった。
これからあの男のファミリーは解体され、社会的身分も含め富も権力も名声も全てを消されるが、本当は自分の手で片をつけたかった。
そんな了平を知ってるからこそ、綱吉は謝っている。
そして。

「ちゃんと、泣いて下さい。貴方も山本も受け皿が一杯になっても自分では捨てることが出来ないんですから、俺が壊してあげます」
「っ・・・ふ、ぅ」

了平の感情を無理やり崩すことに対し、謝っているのだろう。
頭を預けている肩口に目を押し付ける。
じわじわと染みになっているだろうその場所は、了平の感情の発露の表れ。
晴の守護者であろうとも、負の想いがないわけではない。
両足で立つために、全てを流さなくてはいけない。

「ねぇ、お兄さん。もし、俺に何かあったら」

私用の時と同じ口調で放し始めた彼の言葉に、涙を流しながら了平はしかと頷いた。


■う うんとたくさんの

『貴方は山本と似ている』

いつか言われた言葉を不意に思い出し、了平は足を止めた。
庭に面する廊下から眺める庭園は、在りし日に改装されたオリジナリティ溢れる一品だ。
了平もそれに一役買っており、彼も彼の部下と共に片隅に設置した了平お勧めの地域でトレーニングに励むこともある。
この庭園が面変わりしてから何年も経っていないはずなのに、それでも懐かしさを感じてしまい、それがとても寂しかった。

あの庭園を造った頃とは今は何もかもが変わってしまっている。
ボンゴレ狩りと証する狂人達の手により、部下や仲間に死傷者が増えた。
急激に力をつけた勢力の目的は未だにわからず、それどころか被害が拡大するばかりだ。
嫌になる、とため息を落とす。
体力的にも精神的にも疲弊していたが、了平はまだマシな方だった。

綱吉が斃れたと、数日前知らせが入った。
それから獄寺は生きているか死んでいるかわからない状態で仕事をしているし、雲雀と骸は姿を消し、ランボは綱吉の残された命令によりボヴィーノに下がった。
そして最後の一人、何でも笑顔で器用にこなす山本の下へと了平は向かっている最中だった。
彼は報告を聞いたはずだがそれを受け入れず、未だに自分の部屋から出ようとしない。
幾人か彼の部下が綱吉の訃報を報告に上がったが、昨日ついに瀕死の重傷を負うものが現れた。
彼は綱吉が居ないという事実を受け入れきれないのだろう。
いつでも笑って飄々としているが、山本は表と裏を使い分けるのがとても上手い男だ。
了平は馬鹿だが天性の勘でそれを理解していた。
そして彼の親友と自他共に認めていた綱吉は、もっと深くそれを知っていた。
ただ惜しむべくは綱吉が考えるよりもずっと、山本が綱吉に抱く感情は深くてどろどろとした依存度の高いものだったというところだろうか。
山本が綱吉に向ける感情は安易に親友に向けるものと一括りに出来ない。
獄寺ほど判りやすいものではないが、彼と大差ない想いだ。
そして表に出さないだけ、果てしなく厄介でもあった。
止めなければ今日こそ人死にが出るかもしれない。
他の幹部と同じく山本も自分の部下に絶対の信頼を得ているので彼へと報告するものは後を絶たない。
現実を見てもらおうと必死になる部下の気持ちも判らぬ出はないが、彼らでは山本を止めるのは荷が重過ぎるだろう。

「───大丈夫だ、沢田。約束は守る」

もしかしたら、綱吉はいつかこんな日が来るのを予想していたのかもしれない。
あの日、涙を流す了平に向かい、彼は告げた。

『ねぇ、お兄さん。もし、俺に何かあったら・・・山本のこと、頼みます。本気で落ちている時の山本相手なら、獄寺君じゃ殺し合いになる。雲雀さんや骸でも同じですし、クロームでも加減はしないでしょう。ランボなら一方的に刻まれて終わりです。スクアーロの言葉なら聞くかもしれないけれど、彼はヴァリアーの一員でXANXUSの部下だから頼めない。だからお兄さんにお願いします。貴方と山本はよく似てる。直情的に見えて、貴方は傍観者の眼もきちんと持っている。そしてきっと、俺の守護者の中で一番器が大きい。だから貴方にお願いします』

「『俺に何かあったら、山本をお願いします』か」

止めていた足を動かし、目的地へと距離を縮める。
頼まれごとを守るつもりだった。
普段の綱吉がおいそれと誰かを頼ることがないと知っていたから、彼の願いを叶える機会は失くしたくなかった。
けど、それでも。

『俺が居なくなっても貴方には京子ちゃんが居る』
「・・・確かにそうだがな、沢田。お前と京子は違うというのも理解して欲しかった」

今は居ない彼に対し、少しくらい文句を言っても構わないだろう。
苦笑して雲ひとつない青空を見上げれば、眉を下げて笑う彼が見えた気がした。


■ありがとう

ひょこひょこと揺れる薄茶色の髪を見て、それと知られぬように了平は瞳を和ませた。
銀色の髪の目つきの悪い端整な顔の少年と、短い黒髪に精悍な顔つきの少年に挟まれた彼の姿を見るのは、どれ位ぶりだろうか。
笑いながら邪気のない様子で綱吉の肩に手を回す山本に向かい、彼に対してだけ忠犬の獄寺が牙をむき出しに吠え掛かる。
苛立ち、嫉妬、羨み、それらの複雑な感情を隠さぬ様子は獄寺らしいが、今の獄寺はもう少し上手く押さえ込めると考え、彼も一応成長していたのかと笑った。
仲睦まじい姿は見ているだけで飽きず、その騒がしさこそ好ましかった。
何しろ笹川の傍に居る獄寺は比喩でなく生きた屍になっていたし、山本は冷血無情の殺人マシーンと化していた。
ただ一人が消えただけで暖かな間の抜けた空気は払拭され、纏まりなく殺伐としたものしか残らない。
自分で思ったよりもずっとそれは重く、苦しいものだったらしい。
了平には仲間も友人も妹も居たが、大空と定めた相手は一人きりだったから。
だから、睨まれるのを覚悟し間に挟まれている彼の腕を加減し引っ張る。
今の彼なら踏ん張れる力具合だが、まだ体も完成できていない子供はあっさりと了平の腕の中に納まった。

「へ?えええええ!?」

ぱちぱちと琥珀色の瞳を瞬きさせ、状況を理解すると同時に叫んだ彼の髪に顔を埋める。
中学生が放つにしては物騒すぎる殺気が体に当たるが、それはさらりと受け流した。
少しくらい独占したって許されるはずだ。
彼が一番に考えるのはいつだって彼ら二人のことなのだから、たまには了平が独占したっていいだろう。
彼らにとってもそうだが、自分にとっても綱吉は大空なのだから。

睨みつけて来る視線は鋭いが、所詮は中学生レベルだ。
幾度も修羅場を潜った了平にその脅しは通用せず、今の自分は簡単に彼らを退ける力を持っている。
その理由は獄寺と山本と変わらない。
だから、たまには権利を主張してもいいだろう。
息を吸い込むと、いいたかった一言を万端の思い出口にする。

「生きててくれて、ありがとう。───諦めていないと信じてた」

前半は腕の中の子供に向け、後半は今は居ない彼に向け。
鼻の奥がつんとして目頭が熱くなるが気のせいだと想いを飲み込む。

いつだって晴れたままで居て欲しい大空は、今確かに腕の中にあった。
雲ひとつない青空を望む気持ちは変わらない。
自分から涙を引き出せる相手は、ちゃんと存在していて、切り札もきちんと用意されていた。

「早く帰って来い」


その為の努力は惜しまないと断言するから。
お前の為に明るく大空を照らす日輪でいさせてくれと、強く願った。

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【2日目】


獄寺隼人は現在幸せの真っ只中にいる。
どれ位幸せかというと、大の甘党である偉大なるボンゴレ十世が、極上スイーツバイキングの店を貸切にして可愛い女の子と可愛い子供を侍らしつつ、極甘ココアと特製チーズケーキを頬張りながら麗らかな一日を気合で捥ぎ取ったときと同じくらいに幸せである。
天国の雲の上を裸足でスキップしている気分だ。ちなみ敬うべき天使は膝の上にいる。

ふわふわの癖毛を揺らしながら、獄寺制作の等身大ナッツ人形(獄寺が誇る十代目コレクションアニマル匣シリーズの一つ)を抱き静かにしているウーノはうっとり見惚れてしまうほど可愛い。
ちなみに今日の彼のスタイルは黒の死神モードだ。
リボーンが愛用しているスーツをイメージした一品で、室内だからしていないがきっちりとボルサリーノも用意してある。
ちゃんとリボーンの銃に似せた玩具も渡してあるし、写真会も行った。
獄寺のマル秘十代目シリーズ(これはコレクションの中でも特別)に新たに頁が追加され、ほくほくとしている。
敬愛する十代目のための仕事を、彼の分身とも言える炎で構成されたウーノを膝に抱きこなす幸せ。
綱吉を中心として生きている獄寺にしか理解できない領域だろうが、普段はしかめっ面で仕事をしているはずの彼の顔がゆるゆるに緩む程度に彼は幸せオーラを垂れ流していた。

「詰まらなくありませんか、ウーノさん」
「・・・・・・」

言葉を話す代わりにふるふると頭を振って否定を表した彼に、獄寺の可愛過ぎるだろうゲージ振り切れそうになる。
だが鼻血を噴いて引かれるのは遠慮したいので気力で血流を押さえ込んだ。
最早人とは思えない域に達しているが、ある意味獄寺らしいとも言えよう。

「お腹、空きませんか」
「・・・・・・」
「ご飯食べます?」
「・・・・・・」

こくり、と頷く姿にぱっと輝かしい笑みを浮かべる。
実は、朝方綱吉のために作ったチーズケーキを特別に一切れだけあげようとしたら拒絶され密かに落ち込んでいたのだ。
リボーンに言われた言葉を忘れたわけではなかったが、これだけ似ているのだから嗜好も同じではないかと思いついての安易な行動に密かにダメージを受けていた。
見た目は同じだがウーノの感情表現は綱吉よりも控えめだ。
出会った当初からくるくる表情が変わる綱吉とは違い、彼の炎で作られた子供は常に眉を下げこちらの表情を伺っている。
それは中学生の頃行き過ぎた獄寺の行動に怯えた綱吉を思い出し、少しだけ切なくなるけれど、でもそれ以上に守ってやらねばと決意を固くさせた。

「はい。俺の炎です」
「・・・・・・」
「美味しいですか?」

獄寺が指輪から灯した炎に口をつけるウーノは、とても可愛らしい。
一般的に見て特別に容姿が秀でた子供というわけではないが、獄寺にとっては何よりも特別な顔立ちをしていた。
はむはむと無言で炎を咀嚼する姿をビデオに納めたいが、ビデオを取るには席を立たねばならず、人を使おうにも部下は部屋から追い出してあった。
自業自得の結果に明日からは場所を移動させようと固く誓い、せめても目に焼き付けようと咀嚼する子供をじっと見詰める。
可愛い、愛しい、特別。
それはこの子供を見て別の人物を投影しているに他ならないと獄寺はきちんと自覚している。
だが彼の分身である以上、獄寺にとってこの子供は愛しい存在だった。
出していた炎から体を離したウーノが、不意に顔を上げる。

「もういいんですか?」

こくり、と頷いた子供は、獄寺の瞳を真っ直ぐと見つめてその桜色の唇を開いた。

「・・・ありがとう、隼人」

その声は、彼が良く知っているもので。
絶対に聞き違えることなどないと、断言できる相手のもので。

「え、ええええ!!?」

ぼん、と瞬時に顔を赤らめた獄寺は、呼ばれた名に暫く身動きが取れなかった。

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【一日目】


「はい、お小さい十代目。洋服の用意が出来ました」

蕩けるような笑顔を浮かべた獄寺は、仕事を即効で終わらす片手間で服屋を呼びつけた。
予め計っておいたサイズを電話で告げておいたため、持ってきた衣服はどれもミニ綱吉(名義上そう呼ぶことにした)にとてもよく似合っている。
若干サイズが合わないものはその場で全て手直しさせ、今では室内がちょっとした衣裳部屋状態になっていた。
普通に考えれば365日一枚ずつ着ても余る数を購入した彼はこの上なくご満悦だ。
揃えた衣装の中に女の子用のものも混じっているのは見てみぬ振りをするポイントの一つだろう。

琥珀色の瞳を震わせ、おどおどとした表情で自分を見上げるミニ綱吉を見て獄寺は鼻血を噴出しそうになったが気合で堪える。
そんなことをしたらただでさえ遠い距離が尚遠のくと、一度経験し理解した。

「どれがいいですか?どれもあなたに似合うので、どれを選んでも結構ですよ」
「・・・・・・」
「あ、申し遅れました。俺の名前は獄寺隼人。偉大なるドン・ボンゴレである沢田綱吉さんの右腕で守護者を勤めさせていただいております」
「・・・・・・」
「あなたのオリジナルの方ですが、強く麗しく格好よく頭が良く優しく柔らかで温かく穏やかで、───そして共にあるだけで俺を幸せにしてくれる最高のお方です」
「・・・・・・」
「あなたは十代目の炎を元に生まれたと伺いました。ならば俺をあなたの守護者と思い、どうぞ傍に置いてやってください」

にこにこと。普段の仏頂面が嘘であるかのように獄寺は幸せそうに怯える子供に告げる。
だが彼はずっと革張りのソファの後ろから顔を覗かせ、大きな琥珀色の瞳で獄寺を見上げる。
その瞳の色は現在の彼と同じで、過去の彼よりもずっと濃い。
小さな体を震わせ警戒するように見上げる姿に、獄寺は小さく微笑んだ。

それは、彼が綱吉だけに見せる甘く優しげな微笑み。
先ほどまで見せていたピンクのオーラ垂れ流しのものも綱吉専用だけれど、これは本当にプライベートな時にしか見せない、幸せだと嬉しいのだと全力で伝える崩れた笑顔。
綺麗な顔をほにゃりと崩し、あなたが好きですと全身で伝える獄寺に、彼の主はいつだって苦笑してこう告げる。
『美形台無しだね、獄寺君』と。
言葉だけ告げれば残念そうだが彼の表情は裏腹で、眉を下げた彼独特の情けなくも見える優しげな苦笑に変わるから、自分がどんな顔をしているか判らないがきっとそれはいいことなんだろうと判断している。

「俺は、あなたの味方です」
「・・・・・・」
「大丈夫です。俺は貴方を傷つける気はありません」

絨毯の上に膝を付くと、両手を広げる。
子供の相手など真っ平御免だ。昔大好きな人の周りにうろつく牛柄の餓鬼が最悪だったので今でも近くを通るだけで眉間に皺が寄る。
彼の命令がない限り絶対に近寄りたくないし、近寄る気もない。

「いらっしゃい」
「・・・・・・」

言葉こそ何も発さないが、おずおずとソファから身を乗り出した子供に一層笑みが深くなる。
彼がこんなにも愛しく感じられるのは、きっとその身から漏れる波動が、自分が一番と考える方と同じだからだ。
温かく優しく凛とした波動。
それは、まぎれもなく彼の主である沢田綱吉が持つもので、彼の分身と思えばこそ愛しさも募る。
ゆっくりと近づき様子を見ながら獄寺の腕に納まった子供の頭を撫でると、嬉しそうに瞳を細めた。
触り心地の良い髪に手を通し、幾度も幾度も梳く。

「あなたのお名前はどうしましょうか」
「・・・・・・」
「沢田さんは微妙だし、綱吉さんは恐れ多い。ツナなんてもっての他だし、十代目、はあの人をの呼称だし。───・・・十代目、十世、十代目の分身、影・・・Un'ombra」
「・・・・・・」
「Un'ombra。ウノンブラ(影)から取ってウーノで如何でしょうか?」

伺うように瞳を覗くと、こくり、と肯定の意が返った。

「ならばあなたは、ウーノさんです。宜しくお願いしますね、ウーノさん」

微笑めば控えめな笑みが返り、獄寺の胸はぽかぽかと暖かくなった。
これが彼との始まりの日だった。

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