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まるで光に包まれているようだ。
否、光を発している、の方が正確だろうか。
目の前で音楽を奏でる幼馴染と、尊敬するヴァイオリニストを前に律は思う。
かなでが弾く『愛の挨拶』を聞くのは何年ぶりだろう。
あの日、彼女の演奏が変わってしまった日。
あれを最後に、律は長い間この曲を聴いていなかった。
「ああ、もう。悔しくなるくらいに、いい音で弾くね」
ふと聞こえた声に、視線を隣にやる。
淡い微苦笑を浮かべた青年、王崎は眼鏡のつるを指先で押し上げると、じっと日野を見詰めていた。
その眼差しは鈍いと言われる律でも判るほど、複雑な色が混じっている。
「王崎さん?」
「ああ、ごめん。折角聞いていたのに邪魔をしてしまって」
「いえ・・・」
優しげな風貌で微笑む人に首を振る。
彼も星奏学院の出身だが、同じく世界を巡る相手として日野の技術に嫉妬でもしたのだろうか。
律からしたら二人の演奏はそれぞれ甲乙つけがたく、彼の演奏には彼のよさがあるように感じたのだけれど。
じっと見詰めていると、視線から意味を読み取ったのか、笑みを深めた王崎が声を顰めて聞いてきた。
「僕の言葉、気になるの?」
「少しだけ」
「ふふ、如月君は正直だな。でも、君にならわかるかと思ってたよ。小日向さんのあの演奏を聞いても、君は何も感じないの?」
柔らかく問いかけられ、瞳を丸くする。
改めてかなでに向き直り音を聞くが、素晴らしいの一言だ。
律は昔から、かなでの弾く伸びやかで活き活きとした音が大好きで、今回の優勝も彼女なしでは成し遂げられなかっただろうと考えている。
奏者として置いていかれるのは少しだけ悔しいが、かなでが羽を広げて飛び立つ様は見ていて気持ちがいい。
「・・・すみません。俺には判らないみたいです」
「そう」
律の言葉に気分を害すでもなく頷いた王崎は、すっと視線を舞台へ映した。
「ねえ、如月君」
「はい」
「鈍いのは罪だよ。後で気付いても、後悔してもしきれない。君にとって小日向さんは特別なんでしょう?」
「・・・・・・」
ぱちり、と一つ瞬きする。
確かにかなでは特別だが、突然何を言い出すのか。
訳がわからず戸惑っていると、再び王崎がこちらを向いた。
「星奏学院に伝わるヴァイオリンロマンス。君もここの学園の生徒なら一度くらいは聞いたことあるよね?」
「・・・はい」
「もし、もしも、だよ?あの話が噂じゃなく真実だったらどうする?この学校には音楽を愛する妖精が居て、彼らが想いを運ぶ手助けをしたとしたら、彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?」
いきなりの言葉に面食らう。
妖精など、御伽噺の中の生き物だ。
実際三年間この学校に通ったが律は一度も妖精なんてみたことない。
優しい音が響きを増し、かなでへと視線を戻す。
丁度佳境に入った曲は彼女達を中心に輝くマエストロフィールドを展開してた。
香穂子のそれが輝く太陽なら、かなでのそれは優しげな日向。
発する光の種類は違っても、それぞれが眩しく温かい。
技術面も情緒面でも日野の演奏の方が秀でていたが、どうしてか律はかなでの演奏を好んだ。
『彼らが想いを運ぶ手助けをしたとしたら、彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?』
脳裏に先ほどの王崎の言葉が繰り返される。
どういう意味だと眉間に皺を寄せ考え込んでいると、不躾にドアが開けられる音が響いた。
「・・・冥加?」
彼らしくなく息を乱し、呼吸を荒げたままで舞台の一点を食い入るように見詰めている。
身だしなみに気を使うくせに、くしゃくしゃになった髪も直す余裕はなさそうだった。
『彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?』
再び浮かんだ言葉に、じとりと眉を寄せる。
ざらりとしたいやな感情が胸の奥から溢れそうで、ぐっとベストを握った。
「ああ、やっぱり。君は来てしまうんだね───月森君」
哀切を含んだ声が聞こえた気がしたが、最早それを気にする余裕は律にはなかった。
否、光を発している、の方が正確だろうか。
目の前で音楽を奏でる幼馴染と、尊敬するヴァイオリニストを前に律は思う。
かなでが弾く『愛の挨拶』を聞くのは何年ぶりだろう。
あの日、彼女の演奏が変わってしまった日。
あれを最後に、律は長い間この曲を聴いていなかった。
「ああ、もう。悔しくなるくらいに、いい音で弾くね」
ふと聞こえた声に、視線を隣にやる。
淡い微苦笑を浮かべた青年、王崎は眼鏡のつるを指先で押し上げると、じっと日野を見詰めていた。
その眼差しは鈍いと言われる律でも判るほど、複雑な色が混じっている。
「王崎さん?」
「ああ、ごめん。折角聞いていたのに邪魔をしてしまって」
「いえ・・・」
優しげな風貌で微笑む人に首を振る。
彼も星奏学院の出身だが、同じく世界を巡る相手として日野の技術に嫉妬でもしたのだろうか。
律からしたら二人の演奏はそれぞれ甲乙つけがたく、彼の演奏には彼のよさがあるように感じたのだけれど。
じっと見詰めていると、視線から意味を読み取ったのか、笑みを深めた王崎が声を顰めて聞いてきた。
「僕の言葉、気になるの?」
「少しだけ」
「ふふ、如月君は正直だな。でも、君にならわかるかと思ってたよ。小日向さんのあの演奏を聞いても、君は何も感じないの?」
柔らかく問いかけられ、瞳を丸くする。
改めてかなでに向き直り音を聞くが、素晴らしいの一言だ。
律は昔から、かなでの弾く伸びやかで活き活きとした音が大好きで、今回の優勝も彼女なしでは成し遂げられなかっただろうと考えている。
奏者として置いていかれるのは少しだけ悔しいが、かなでが羽を広げて飛び立つ様は見ていて気持ちがいい。
「・・・すみません。俺には判らないみたいです」
「そう」
律の言葉に気分を害すでもなく頷いた王崎は、すっと視線を舞台へ映した。
「ねえ、如月君」
「はい」
「鈍いのは罪だよ。後で気付いても、後悔してもしきれない。君にとって小日向さんは特別なんでしょう?」
「・・・・・・」
ぱちり、と一つ瞬きする。
確かにかなでは特別だが、突然何を言い出すのか。
訳がわからず戸惑っていると、再び王崎がこちらを向いた。
「星奏学院に伝わるヴァイオリンロマンス。君もここの学園の生徒なら一度くらいは聞いたことあるよね?」
「・・・はい」
「もし、もしも、だよ?あの話が噂じゃなく真実だったらどうする?この学校には音楽を愛する妖精が居て、彼らが想いを運ぶ手助けをしたとしたら、彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?」
いきなりの言葉に面食らう。
妖精など、御伽噺の中の生き物だ。
実際三年間この学校に通ったが律は一度も妖精なんてみたことない。
優しい音が響きを増し、かなでへと視線を戻す。
丁度佳境に入った曲は彼女達を中心に輝くマエストロフィールドを展開してた。
香穂子のそれが輝く太陽なら、かなでのそれは優しげな日向。
発する光の種類は違っても、それぞれが眩しく温かい。
技術面も情緒面でも日野の演奏の方が秀でていたが、どうしてか律はかなでの演奏を好んだ。
『彼らが想いを運ぶ手助けをしたとしたら、彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?』
脳裏に先ほどの王崎の言葉が繰り返される。
どういう意味だと眉間に皺を寄せ考え込んでいると、不躾にドアが開けられる音が響いた。
「・・・冥加?」
彼らしくなく息を乱し、呼吸を荒げたままで舞台の一点を食い入るように見詰めている。
身だしなみに気を使うくせに、くしゃくしゃになった髪も直す余裕はなさそうだった。
『彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?』
再び浮かんだ言葉に、じとりと眉を寄せる。
ざらりとしたいやな感情が胸の奥から溢れそうで、ぐっとベストを握った。
「ああ、やっぱり。君は来てしまうんだね───月森君」
哀切を含んだ声が聞こえた気がしたが、最早それを気にする余裕は律にはなかった。
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--お題サイト:afaikさまより--
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【響也】
深い眠りに落ちていたはずなのに、ぱちりといきなり目が覚めて、上半身を起こしつつ頭を掻く。
何かとてもいい夢を見ていた気がしたが、生憎と思い出せなかった。
夏の終わりを告げるヒグラシの声が開けられた窓から聞こえてくる。
くあっと一つ欠伸をすると、響也は立ち上がって窓辺まで歩いていった。
しゃっと軽快な音を立てカーテンが引かれる。
薄っすらと感じていた紅色に近い光が室内を照らし、思わず目を眇めた。
寝起きの瞳には痛いくらいに眩しい太陽は、心に秘めた想い人を何故か髣髴とさせ、あんなに静かなもんじゃねえな、と苦笑しながら呟く。
一度思い出してしまうとどんどんと思考が少女に締められ、重傷だなと首を振った。
会いたい、と思ったところで、ねぼすけな幼馴染が目を覚ましているはずがない。
大体夏の日の出は早いので、この時間に起きだしているほうが不思議だろう。
早起きな至誠館の面々の声だってまだ聞こえないし、絶対に起きているはずがない。
そう考える思考と裏腹に、主の意思を無視した腕が携帯電話に伸びる。
「あー・・・絶対、怒るよな」
判っていながら止まらない。
静かな部屋に響く呼び出し音に、第一声はどうしようかと首を捻った。
■い 椅子に残った温もりは【律】
食堂に入り、ぷりぷりと頬を膨らませている幼馴染と、頭を掻きながら必死に何か言い訳している弟を見つけ、律は首を傾げた。
普段から何かと仲がいい二人のじゃれ合いと少しだけ空気が違っている。
珍しく唇を尖らせながらも一方的に謝罪している様子の響也は、キッチンへかなでが姿を消すと同じようについていった。
「おはよう、如月」
「おはよう。・・・東金、あれはどうかしたのか?」
「ああ。何でもお前の弟が常識はずれの時間に小日向の携帯へモーニングコールをしたらしい。おかげで睡眠を邪魔された小日向がご立腹ってわけだ」
「そうか」
確かに、若干寝起きの悪いかなでなら睡眠を邪魔されるとむくれるくらいはするだろう。
本気で怒っているようには見えなかったし、どうせ何か手伝いをさせてチャラにするのだろう。
放っておいても大丈夫だ。
そう結論付けたのに勝手に体が動いた。
「何処に行く気だ?」
「───仲裁をしてくる」
「ふうん?」
物言いたげに腕を組んで鼻を鳴らした東金を無視すると、徐々に大きくなる遣り取りに耳を済ませた。
下手な言い訳だと自分でも判っているので、自然と浮かぶ苦笑は堪え切れなかった。
■し 神域でないかと思えるような【東金】
学生寮の庭でヴァイオリンを取り出したかなでに、たまたま通りかかった東金は足を止めた。
朝一から幼馴染と喧嘩をしその兄に仲裁されたかなでの機嫌はもうすっかり元通りらしく、愛器を手に取り微笑んでいる。
まろい頬に浮かぶ無邪気な笑みに、こちらまで釣られて微笑んでしまう。
小さくて華奢なかなではどちらかと言わなくとも童顔で、つい構いたくなる雰囲気を発していた。
だがその衝動を何とか堪えると、柱に背を凭れさせて傍観する。
すると予想通り、そのままヴァイオリンを構えたかなでは、手早く調律を済ますとすっと姿勢を正した。
「───やはり、いい音だな」
うっとりと鳴り響く音に酔いしれながら誰ともなしに囁く。
見た目は子供子供した雰囲気なのに、演奏するとがらりと印象は変わった。
金色に輝くオーラを放ちながら、滑らかに柔らかに、柔軟な少女そのものの演奏をするかなでは美しい。
内面から放たれる美、とても言うのだろうか。
地味だ地味だといい続けていた過去が嘘のような輝きは眩しく、そして少しだけ悔しい。
彼女を繋いでいた鎖は、今回の大会で完全に断ち切れたのだろう。
演奏するのを怖がっているように見えたのに、伸び伸びと気持ち良さそうに奏でられるヴァイオリンは耳に心地よくいつまでも聞いていたいと思わせる。
いつの間にか一曲が引き終わり、夢幻の世界が断ち切られた。
かなでのマエストロフィールドは圧倒的な世界観を持っている。
本人が無意識なところが怖いが、それも含めて東金はかなでを欲していた。
「───全く。演奏するごとにライバルを惹き付けるなんて性質が悪い相手に惚れたものだ」
自嘲気味に囁くと、先に惚れた方が負けかと嘯き柱から体を離した。
■て 低気圧が残していったもの【土岐】
柔らかな調べが止まり、自然と瞼が持ち上がる。
あちらからは死角になっていたのか、寮の木陰でチェアに寝転んでいた土岐はのっそりと身を起こした。
きょろきょろと視線を動かすが、もうヴァイオリンを奏でていた主の姿はなく、一つ嘆息する。
どうやら思ったよりも長い時間まどろんでいたらしい。
緩く首を振りながら一つ欠伸を漏らす。
随分と贅沢な時間を過ごしたな、ともう一度瞼を閉じながら夏の温い風を頬に感じる。
気持ち悪いばかりだった夏の暑さも終わりだと思えばなんとなく物悲しい。
ヒグラシの鳴く声に耳を顰めつつ、緩く呼吸を繰り返す。
輝かしい夏は時期に終わりを向かえ、夢のような時間は幕を下ろす。
「こんなに嵌まるつもりはなかったんやけどねぇ」
出来てしまった執着は自分でも驚くほど強く、本音で言えば想いの強さが少しだけ怖い。
本気で誰かを好きになるのも、これほど求めるのも初めてで、変化する自分に戸惑いを覚えた。
けれど。
「小日向ちゃんを特別に想わない自分を思い出せないなんて、どうかしとるわ」
苦笑しながら零れた本音に、自分自身で納得する。
恋はするものじゃなく落ちるものだと名言を残した誰かに、拍手したい気分だった。
■る 流転する万物の中の一片【火積】
ひょこひょこと門を出て行く山吹色の髪に、火積は目を瞬かせた。
買い物袋を確認しながらちょろちょろと歩く姿はまるで小動物そのものだ。
小さくて華奢で、守りたくなる存在は、財布を片手に楽しげに笑っている。
何が楽しいのか知らないが、常に笑顔が絶えない少女に、うっかりといつの間にか伝染していたのに気がついて火積は苦笑した。
どうにもペースを乱される相手だが、もう慣れた。
抗おうにもかなでは独特のペースでこちらを巻き込んでくるので、逆らいようがないと言うのが本音だ。
怖くはないのか、と問うてもどうしてだと問い返されるくらいだ。
見た目以上に強心臓で、肝が据わっている。
普通、かなでみたいに小さくてかわいい少女は火積の外見を見て怯えたり怯んだりするものだが、彼女にはそれが理解できないらしい。
思えば最初から今と同じ態度で、見た目で判断しない彼女のだからこそここまで入れ込んだのだろうと自分を分析する。
のっぴきならないところまで落とされてから自覚した想いは、鎖のように火積を束縛した。
今ではかなでを心配するのは日常になってしまっていて、これからどうするんだ俺は、と自嘲する毎日を送っている。
何しろずっと一緒にいられる星奏の面々とは違い、火積はもうすぐ自分の故郷に帰る。
そうすれば会うのは難しく、もしかしたらひと夏過ごしただけの自分は忘れられてしまうかもしれない。
けどそうなったとしてもずっと彼女を想い続ける自信があり、強すぎる想いの行き場に困っていた。
「・・・ああ、もう本当に」
少しばかし距離を置こうと考えていたのに、目の前で小石に躓いた姿に思わず駆け出す。
どうにも放っておけない。
無意識に火積の庇護欲を煽る少女の元まで辿り着かねば、この不安な気持ちは消えないのだ。
離れてからのことは離れてから考えればいい。
無限ループに陥りがちな思考を無理やりに留めると、座り込むかなでを助けるべく全力を出した。
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【響也】
深い眠りに落ちていたはずなのに、ぱちりといきなり目が覚めて、上半身を起こしつつ頭を掻く。
何かとてもいい夢を見ていた気がしたが、生憎と思い出せなかった。
夏の終わりを告げるヒグラシの声が開けられた窓から聞こえてくる。
くあっと一つ欠伸をすると、響也は立ち上がって窓辺まで歩いていった。
しゃっと軽快な音を立てカーテンが引かれる。
薄っすらと感じていた紅色に近い光が室内を照らし、思わず目を眇めた。
寝起きの瞳には痛いくらいに眩しい太陽は、心に秘めた想い人を何故か髣髴とさせ、あんなに静かなもんじゃねえな、と苦笑しながら呟く。
一度思い出してしまうとどんどんと思考が少女に締められ、重傷だなと首を振った。
会いたい、と思ったところで、ねぼすけな幼馴染が目を覚ましているはずがない。
大体夏の日の出は早いので、この時間に起きだしているほうが不思議だろう。
早起きな至誠館の面々の声だってまだ聞こえないし、絶対に起きているはずがない。
そう考える思考と裏腹に、主の意思を無視した腕が携帯電話に伸びる。
「あー・・・絶対、怒るよな」
判っていながら止まらない。
静かな部屋に響く呼び出し音に、第一声はどうしようかと首を捻った。
■い 椅子に残った温もりは【律】
食堂に入り、ぷりぷりと頬を膨らませている幼馴染と、頭を掻きながら必死に何か言い訳している弟を見つけ、律は首を傾げた。
普段から何かと仲がいい二人のじゃれ合いと少しだけ空気が違っている。
珍しく唇を尖らせながらも一方的に謝罪している様子の響也は、キッチンへかなでが姿を消すと同じようについていった。
「おはよう、如月」
「おはよう。・・・東金、あれはどうかしたのか?」
「ああ。何でもお前の弟が常識はずれの時間に小日向の携帯へモーニングコールをしたらしい。おかげで睡眠を邪魔された小日向がご立腹ってわけだ」
「そうか」
確かに、若干寝起きの悪いかなでなら睡眠を邪魔されるとむくれるくらいはするだろう。
本気で怒っているようには見えなかったし、どうせ何か手伝いをさせてチャラにするのだろう。
放っておいても大丈夫だ。
そう結論付けたのに勝手に体が動いた。
「何処に行く気だ?」
「───仲裁をしてくる」
「ふうん?」
物言いたげに腕を組んで鼻を鳴らした東金を無視すると、徐々に大きくなる遣り取りに耳を済ませた。
下手な言い訳だと自分でも判っているので、自然と浮かぶ苦笑は堪え切れなかった。
■し 神域でないかと思えるような【東金】
学生寮の庭でヴァイオリンを取り出したかなでに、たまたま通りかかった東金は足を止めた。
朝一から幼馴染と喧嘩をしその兄に仲裁されたかなでの機嫌はもうすっかり元通りらしく、愛器を手に取り微笑んでいる。
まろい頬に浮かぶ無邪気な笑みに、こちらまで釣られて微笑んでしまう。
小さくて華奢なかなではどちらかと言わなくとも童顔で、つい構いたくなる雰囲気を発していた。
だがその衝動を何とか堪えると、柱に背を凭れさせて傍観する。
すると予想通り、そのままヴァイオリンを構えたかなでは、手早く調律を済ますとすっと姿勢を正した。
「───やはり、いい音だな」
うっとりと鳴り響く音に酔いしれながら誰ともなしに囁く。
見た目は子供子供した雰囲気なのに、演奏するとがらりと印象は変わった。
金色に輝くオーラを放ちながら、滑らかに柔らかに、柔軟な少女そのものの演奏をするかなでは美しい。
内面から放たれる美、とても言うのだろうか。
地味だ地味だといい続けていた過去が嘘のような輝きは眩しく、そして少しだけ悔しい。
彼女を繋いでいた鎖は、今回の大会で完全に断ち切れたのだろう。
演奏するのを怖がっているように見えたのに、伸び伸びと気持ち良さそうに奏でられるヴァイオリンは耳に心地よくいつまでも聞いていたいと思わせる。
いつの間にか一曲が引き終わり、夢幻の世界が断ち切られた。
かなでのマエストロフィールドは圧倒的な世界観を持っている。
本人が無意識なところが怖いが、それも含めて東金はかなでを欲していた。
「───全く。演奏するごとにライバルを惹き付けるなんて性質が悪い相手に惚れたものだ」
自嘲気味に囁くと、先に惚れた方が負けかと嘯き柱から体を離した。
■て 低気圧が残していったもの【土岐】
柔らかな調べが止まり、自然と瞼が持ち上がる。
あちらからは死角になっていたのか、寮の木陰でチェアに寝転んでいた土岐はのっそりと身を起こした。
きょろきょろと視線を動かすが、もうヴァイオリンを奏でていた主の姿はなく、一つ嘆息する。
どうやら思ったよりも長い時間まどろんでいたらしい。
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随分と贅沢な時間を過ごしたな、ともう一度瞼を閉じながら夏の温い風を頬に感じる。
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ヒグラシの鳴く声に耳を顰めつつ、緩く呼吸を繰り返す。
輝かしい夏は時期に終わりを向かえ、夢のような時間は幕を下ろす。
「こんなに嵌まるつもりはなかったんやけどねぇ」
出来てしまった執着は自分でも驚くほど強く、本音で言えば想いの強さが少しだけ怖い。
本気で誰かを好きになるのも、これほど求めるのも初めてで、変化する自分に戸惑いを覚えた。
けれど。
「小日向ちゃんを特別に想わない自分を思い出せないなんて、どうかしとるわ」
苦笑しながら零れた本音に、自分自身で納得する。
恋はするものじゃなく落ちるものだと名言を残した誰かに、拍手したい気分だった。
■る 流転する万物の中の一片【火積】
ひょこひょこと門を出て行く山吹色の髪に、火積は目を瞬かせた。
買い物袋を確認しながらちょろちょろと歩く姿はまるで小動物そのものだ。
小さくて華奢で、守りたくなる存在は、財布を片手に楽しげに笑っている。
何が楽しいのか知らないが、常に笑顔が絶えない少女に、うっかりといつの間にか伝染していたのに気がついて火積は苦笑した。
どうにもペースを乱される相手だが、もう慣れた。
抗おうにもかなでは独特のペースでこちらを巻き込んでくるので、逆らいようがないと言うのが本音だ。
怖くはないのか、と問うてもどうしてだと問い返されるくらいだ。
見た目以上に強心臓で、肝が据わっている。
普通、かなでみたいに小さくてかわいい少女は火積の外見を見て怯えたり怯んだりするものだが、彼女にはそれが理解できないらしい。
思えば最初から今と同じ態度で、見た目で判断しない彼女のだからこそここまで入れ込んだのだろうと自分を分析する。
のっぴきならないところまで落とされてから自覚した想いは、鎖のように火積を束縛した。
今ではかなでを心配するのは日常になってしまっていて、これからどうするんだ俺は、と自嘲する毎日を送っている。
何しろずっと一緒にいられる星奏の面々とは違い、火積はもうすぐ自分の故郷に帰る。
そうすれば会うのは難しく、もしかしたらひと夏過ごしただけの自分は忘れられてしまうかもしれない。
けどそうなったとしてもずっと彼女を想い続ける自信があり、強すぎる想いの行き場に困っていた。
「・・・ああ、もう本当に」
少しばかし距離を置こうと考えていたのに、目の前で小石に躓いた姿に思わず駆け出す。
どうにも放っておけない。
無意識に火積の庇護欲を煽る少女の元まで辿り着かねば、この不安な気持ちは消えないのだ。
離れてからのことは離れてから考えればいい。
無限ループに陥りがちな思考を無理やりに留めると、座り込むかなでを助けるべく全力を出した。
漸く一日が終わり、冥加は一つ息を吐き出す。
今日は著名な音楽家である月森蓮を招いての講演があったのだが、予想以上に長引いた。
若手ながらも世界屈指の実力を持つ新進気鋭の青年へ、天音学園の生徒からの質問は次から次へと沸き起こり、それを一々真面目に答えてくれるおかげでいつの間にか夕方どころか時間は夜に差し掛かっている。
今日はこの後特に予定はないが、それでもスケジュール調整に疲れは覚えていた。
理事長室にある応接セットに腰掛け、紅茶を上品に啜る月森はとても端整な顔立ちをしている。
端整な指先はヴァイオリンを奏でるために存在していると、いつだったか雑誌で読んだのを思い出しひっそりと眉を寄せた。
すると隣に居た天宮が敏感に反応しこちらを見てきたので何でもないとジェスチャーで告げる。
理事長室には他にも七海の姿があり、先ほど今年のコンサートで奏でた楽曲の感想を聞いていたところだった。
的確なアドバイスはさすがに現役のヴァイオリニストだと感心させられるばかりで、自分の技術の高さを理解する冥加ですら純粋に凄いと思える。
焦がれる音を奏でるのはかなで一人だが、それでも目の前に座る男は、一人のヴァイオリニストとして尊敬していた。
「それで、月森さんのこの後のご予定は?もし何もなければ食事会を設けたいのですが」
そつなく誘えば、思いも至らなかったとばかりに月森が目を丸くした。
こんな誘いはしょっちゅうだろうに驚く姿に戸惑い、そして気がつく。
「何か、ご予定が入ってらっしゃるんですか?」
「・・・ああ。すまない。今日は古くからの友人達が母校に集まっているんだ。これから俺も向かおうと思っている」
「月森さんの母校って言ったら、星奏学院ですよね?」
「そうだ。そう言えば、今年のオケ部の決勝は星奏と天音だったか。営巣に知り合いでも?」
「はい。星奏学院のアンサンブルメンバーの一人と親しくさせて頂いてるんです。この間なんて、七海の家に一緒にサンマーメン食べに行きました」
「・・・何?俺は聞いてないぞ、天宮」
「そりゃ冥加なんて誘わないよ。楽しくなさそうだし」
「天宮さん!あ、あの、すみません、部長!俺も小日向さんも連絡しようとしたんですけど、通じなくて!」
「そうそう。代わりに妹の枝織ちゃんとご一緒したよ。小日向さんともども無邪気に喜んで可愛かったな」
ほくほくとした笑顔を浮かべる天宮に、ぎりりと歯軋りする。
確かに数日前仕事中に携帯に連絡があったのを留守番通知で確認したが、その後七海から謝罪のメールが入っていたので無視をしていた。
それがまさかかなでと妹を引き連れてサンマーメンを食べに行っていたとは知らなかった。
隣で笑顔の幼馴染だが、絶対に確信犯だった筈だ。
ここ数日いやに機嫌が良いとは思ってたのだ。
苛立ちを噛み殺していると、その様子を眺めていた月森が微かな笑みを顔に浮かべる。
あまり表情の変化がない男だけに、僅かに微笑むだけで随分と華がある。
何故いきなり笑顔を浮かべたのか判らずにいると、失敬、と謝罪された。
「小日向さん、とは星奏学院の1stを務めた子のことか?」
「・・・どうしてそれを?」
「いや、衛藤君からメールを貰ってね。将来有望なヴァイオリニストだと。そうだな───それなら、君たちも来るか?」
「何処にでしょうか?」
「星奏学院にだ。食事は少し遅くなるが、俺の旧友達が今そこでミニコンサートをしてるはずなんだ」
「ミニコンサート?そんな告知、聞いてませんが」
「内々のものだからな。プロとアマが入り混じっての、遊びみたいなものだ。格式はないが楽しんでもらえると思う」
誘いの言葉に七海と天宮は躊躇なく頷いた。
しかし冥加は少し躊躇う。
月森蓮と顔を合わせるのも会話をするもの初めてではない。
だがこんな誘いを受けるほど親しくなく、だからこそ急な誘いに戸惑っていた。
すると、そんな冥加のためらいに気付いたように月森がこちらに視線を向ける。
「俺が君を誘うのはおかしいか?」
「・・・それは」
「そうだな、昼の演奏を聞かなければ君を誘ってなかったかもしれない」
昼の演奏、と聞き眉間に皺を寄せた。
月森蓮を呼ぶにあたり、こちらからも数名選抜メンバーで舞台で演奏をした。
その際、実力から行くと絶対に外せない冥加自身も演奏したのだが、それのことを指しているのだろう。
「以前、君の演奏を聞いたとき、確かにその技術の高さに驚かされた。高校生どころかプロでも通用しそうなほど美しい音色を奏でるのに、その音はただ寒々しいものだった。温かみの欠片も見つけれない、空洞に響く空虚な音」
「・・・手厳しいですね」
「プロだからな。しかし、今日の君の音を聞いて見識を変えた。技術力、表現力は以前と変わらない。けれど何かが決定的に違った。溢れる音楽はどこか優しく、暖かで柔らかい。表面だけであれば以前と変わらないのに、奥深くから湧き出るものが変わっていた」
思わず黙り込んだのは、その指摘に心当たりがあるからだ。
認め難いが冥加は変わったのだろう。
否、変わらざるを得なかった。
ずっと追いかけている人がいた。
ずっと魂の欠片を奪われていた。
ずっと焦がれ望んでいた。
その音を再び耳に出来、冥加は変えられてしまった。
抵抗する暇などない。抵抗を覚える間も与えられなかった。
悔しさを覚える隙間も貰えず、どうしようもなく諦めた。
あれは、あの女は、そういう生き物なのだから、と。
冥加が変わったなら原因はかなでで、変わったと見抜かれるのは、それでも嫌ではなかった。
「君の音が変わった原因が彼女なら、俺も彼女を見てみたい。そして、君と彼女の音を聞きたい」
「・・・酔狂な」
「そうだな。そうかもしれない。だが、失ってから後悔しても、全てが遅いんだ」
「何を───」
「何でもない。・・・ああ、ほら早くしろと急かされているな。君たちには聞こえないか?囁きに似た甘い音が」
微苦笑した月森に訝しげに顔を歪める。
耳を澄まして、そして何を言われたか理解した。
ささやかな音で聞こえてくるのは、懐かしく忘れられない曲。
冥加を地獄に突き落とし、すべてを束縛した思い出の曲。
「『愛の・・・挨拶』?」
この部屋は当たり前に防音処理が施され、音が入る隙間はない。
それ以前に聞き覚えがありすぎるこの音を奏でられる少女はこの場に居ない。
なのに何故音が聞こえるのだろう。
唯一冥加の心を放さない旋律は、一体何処から流れてくるのか。
驚き目を丸くする冥加に、嬉しそうに月森は笑った。
その顔はまるで自分と同年代の少年のようで、何を言っていいか判らず唇を噛んで俯いた。
今日は著名な音楽家である月森蓮を招いての講演があったのだが、予想以上に長引いた。
若手ながらも世界屈指の実力を持つ新進気鋭の青年へ、天音学園の生徒からの質問は次から次へと沸き起こり、それを一々真面目に答えてくれるおかげでいつの間にか夕方どころか時間は夜に差し掛かっている。
今日はこの後特に予定はないが、それでもスケジュール調整に疲れは覚えていた。
理事長室にある応接セットに腰掛け、紅茶を上品に啜る月森はとても端整な顔立ちをしている。
端整な指先はヴァイオリンを奏でるために存在していると、いつだったか雑誌で読んだのを思い出しひっそりと眉を寄せた。
すると隣に居た天宮が敏感に反応しこちらを見てきたので何でもないとジェスチャーで告げる。
理事長室には他にも七海の姿があり、先ほど今年のコンサートで奏でた楽曲の感想を聞いていたところだった。
的確なアドバイスはさすがに現役のヴァイオリニストだと感心させられるばかりで、自分の技術の高さを理解する冥加ですら純粋に凄いと思える。
焦がれる音を奏でるのはかなで一人だが、それでも目の前に座る男は、一人のヴァイオリニストとして尊敬していた。
「それで、月森さんのこの後のご予定は?もし何もなければ食事会を設けたいのですが」
そつなく誘えば、思いも至らなかったとばかりに月森が目を丸くした。
こんな誘いはしょっちゅうだろうに驚く姿に戸惑い、そして気がつく。
「何か、ご予定が入ってらっしゃるんですか?」
「・・・ああ。すまない。今日は古くからの友人達が母校に集まっているんだ。これから俺も向かおうと思っている」
「月森さんの母校って言ったら、星奏学院ですよね?」
「そうだ。そう言えば、今年のオケ部の決勝は星奏と天音だったか。営巣に知り合いでも?」
「はい。星奏学院のアンサンブルメンバーの一人と親しくさせて頂いてるんです。この間なんて、七海の家に一緒にサンマーメン食べに行きました」
「・・・何?俺は聞いてないぞ、天宮」
「そりゃ冥加なんて誘わないよ。楽しくなさそうだし」
「天宮さん!あ、あの、すみません、部長!俺も小日向さんも連絡しようとしたんですけど、通じなくて!」
「そうそう。代わりに妹の枝織ちゃんとご一緒したよ。小日向さんともども無邪気に喜んで可愛かったな」
ほくほくとした笑顔を浮かべる天宮に、ぎりりと歯軋りする。
確かに数日前仕事中に携帯に連絡があったのを留守番通知で確認したが、その後七海から謝罪のメールが入っていたので無視をしていた。
それがまさかかなでと妹を引き連れてサンマーメンを食べに行っていたとは知らなかった。
隣で笑顔の幼馴染だが、絶対に確信犯だった筈だ。
ここ数日いやに機嫌が良いとは思ってたのだ。
苛立ちを噛み殺していると、その様子を眺めていた月森が微かな笑みを顔に浮かべる。
あまり表情の変化がない男だけに、僅かに微笑むだけで随分と華がある。
何故いきなり笑顔を浮かべたのか判らずにいると、失敬、と謝罪された。
「小日向さん、とは星奏学院の1stを務めた子のことか?」
「・・・どうしてそれを?」
「いや、衛藤君からメールを貰ってね。将来有望なヴァイオリニストだと。そうだな───それなら、君たちも来るか?」
「何処にでしょうか?」
「星奏学院にだ。食事は少し遅くなるが、俺の旧友達が今そこでミニコンサートをしてるはずなんだ」
「ミニコンサート?そんな告知、聞いてませんが」
「内々のものだからな。プロとアマが入り混じっての、遊びみたいなものだ。格式はないが楽しんでもらえると思う」
誘いの言葉に七海と天宮は躊躇なく頷いた。
しかし冥加は少し躊躇う。
月森蓮と顔を合わせるのも会話をするもの初めてではない。
だがこんな誘いを受けるほど親しくなく、だからこそ急な誘いに戸惑っていた。
すると、そんな冥加のためらいに気付いたように月森がこちらに視線を向ける。
「俺が君を誘うのはおかしいか?」
「・・・それは」
「そうだな、昼の演奏を聞かなければ君を誘ってなかったかもしれない」
昼の演奏、と聞き眉間に皺を寄せた。
月森蓮を呼ぶにあたり、こちらからも数名選抜メンバーで舞台で演奏をした。
その際、実力から行くと絶対に外せない冥加自身も演奏したのだが、それのことを指しているのだろう。
「以前、君の演奏を聞いたとき、確かにその技術の高さに驚かされた。高校生どころかプロでも通用しそうなほど美しい音色を奏でるのに、その音はただ寒々しいものだった。温かみの欠片も見つけれない、空洞に響く空虚な音」
「・・・手厳しいですね」
「プロだからな。しかし、今日の君の音を聞いて見識を変えた。技術力、表現力は以前と変わらない。けれど何かが決定的に違った。溢れる音楽はどこか優しく、暖かで柔らかい。表面だけであれば以前と変わらないのに、奥深くから湧き出るものが変わっていた」
思わず黙り込んだのは、その指摘に心当たりがあるからだ。
認め難いが冥加は変わったのだろう。
否、変わらざるを得なかった。
ずっと追いかけている人がいた。
ずっと魂の欠片を奪われていた。
ずっと焦がれ望んでいた。
その音を再び耳に出来、冥加は変えられてしまった。
抵抗する暇などない。抵抗を覚える間も与えられなかった。
悔しさを覚える隙間も貰えず、どうしようもなく諦めた。
あれは、あの女は、そういう生き物なのだから、と。
冥加が変わったなら原因はかなでで、変わったと見抜かれるのは、それでも嫌ではなかった。
「君の音が変わった原因が彼女なら、俺も彼女を見てみたい。そして、君と彼女の音を聞きたい」
「・・・酔狂な」
「そうだな。そうかもしれない。だが、失ってから後悔しても、全てが遅いんだ」
「何を───」
「何でもない。・・・ああ、ほら早くしろと急かされているな。君たちには聞こえないか?囁きに似た甘い音が」
微苦笑した月森に訝しげに顔を歪める。
耳を澄まして、そして何を言われたか理解した。
ささやかな音で聞こえてくるのは、懐かしく忘れられない曲。
冥加を地獄に突き落とし、すべてを束縛した思い出の曲。
「『愛の・・・挨拶』?」
この部屋は当たり前に防音処理が施され、音が入る隙間はない。
それ以前に聞き覚えがありすぎるこの音を奏でられる少女はこの場に居ない。
なのに何故音が聞こえるのだろう。
唯一冥加の心を放さない旋律は、一体何処から流れてくるのか。
驚き目を丸くする冥加に、嬉しそうに月森は笑った。
その顔はまるで自分と同年代の少年のようで、何を言っていいか判らず唇を噛んで俯いた。
無欲な君 欲張りな僕より
--お題サイト:恋のお墓さまより--
「俺は、貴様の存在に慣れたくない」
言葉こそ常どおりに尖っているのに、そう言い放った彼は、まるで傷つくことに怯える小さな子供のようだった。
「俺はお前を憎んでいる」
憎んでいるといいながら、その瞳はどうしようもない切望を篭めている。
喉から手が出るほど欲していると、その目が訴えている。
あんな目で望まれて、心を動かさない者が居るだろうか。
言葉より有言に必要だと望まれて、否定的な態度と裏腹に熱の篭った眼差しは褪せない炎が燃えている。
傍に来るなと拒絶しながら、それ以上に離れるなと、離れてくれるなと言外に訴える。
あんな目で見ときながら、何故この手を放そうとするのだろう。
「他を望んでいない。望んでなどいない」
自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返す。
暗示を掛けるように繰り返し、警戒心旺盛な獣のように毛を逆立てる。
何をそんなに怯えるのか。
何故、伸ばした手を取ってくれないのか。
自分はそこまで彼を突き落としてしまったのだろうか。
良かれと思った行動は、確かに間違った優しさだったかもしれない。
結果として彼にとってはいい方向に進んだはずなのに、彼の目から渇望は消えない。
飢え渇き苦しんでいる。
「俺は、貴様が憎い」
繰り返し、繰り返し。
心の奥底まで届けとばかりに、彼は囁く。
その怨嗟は、なまじの愛の言葉より甘ったるいというのに。
--お題サイト:恋のお墓さまより--
「俺は、貴様の存在に慣れたくない」
言葉こそ常どおりに尖っているのに、そう言い放った彼は、まるで傷つくことに怯える小さな子供のようだった。
「俺はお前を憎んでいる」
憎んでいるといいながら、その瞳はどうしようもない切望を篭めている。
喉から手が出るほど欲していると、その目が訴えている。
あんな目で望まれて、心を動かさない者が居るだろうか。
言葉より有言に必要だと望まれて、否定的な態度と裏腹に熱の篭った眼差しは褪せない炎が燃えている。
傍に来るなと拒絶しながら、それ以上に離れるなと、離れてくれるなと言外に訴える。
あんな目で見ときながら、何故この手を放そうとするのだろう。
「他を望んでいない。望んでなどいない」
自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返す。
暗示を掛けるように繰り返し、警戒心旺盛な獣のように毛を逆立てる。
何をそんなに怯えるのか。
何故、伸ばした手を取ってくれないのか。
自分はそこまで彼を突き落としてしまったのだろうか。
良かれと思った行動は、確かに間違った優しさだったかもしれない。
結果として彼にとってはいい方向に進んだはずなのに、彼の目から渇望は消えない。
飢え渇き苦しんでいる。
「俺は、貴様が憎い」
繰り返し、繰り返し。
心の奥底まで届けとばかりに、彼は囁く。
その怨嗟は、なまじの愛の言葉より甘ったるいというのに。
無欲な君 欲張りな僕より
--お題サイト:恋のお墓さまより--
掴んだ腕は掌で軽く回るほど細く華奢だ。
その事実に改めて気がつき、力いっぱい握ったことを後悔した。
だが後悔はしても腕は掴んだまま放せない。
大きな瞳をめいっぱい見開いている様は小動物めいて可愛らしい。
常であれば瞳を和ませ笑うのだろうが、今はとてもそんな気になれない。
この瞳が零れ落ちてしまえば、誰も映さなくなるんだろうか、なんて、そんな危険思想が頭を巡る。
かなでが誰にでも愛想がいいのは知っている。
人懐っこく可愛がられるのがかなでの特徴だ。
小動物めいた仕草そのままで、つい構ってやりたい気持ちになる。
ペットを構うのと同じ感覚で手を伸ばし弄りたくなる。
───確かに、始めはそんなものだったのに。
「東金。小日向の手を放せ」
「・・・何でお前が俺に命令する。如月」
以前はただのライバルだった。
切磋琢磨し、自身を研磨するためのよき相手だった。
濁りなく対等で、競うのは楽しかった。
なのに。
「お前にその権利があるのか?小日向はただの幼馴染だろう」
「・・・そうだ。小日向は俺の幼馴染だ。だが、ただの幼馴染じゃない。大事な、特別な幼馴染だ」
「はッ」
腹の底から嘲笑してやる。
この男は自身に根付く感情に気付いてない。
気づいてないくせに、無意識で権利を主張する。
ただ幼馴染というだけで、隣に在れると信じている。
それがこの上なく、臓腑が沸き立つほどに不愉快だ。
かなでにだけ向けられる微笑みが気に入らない。
その笑顔が浮かぶときは、かなでが笑みを向けたときだと気付いたから。
かなでを呼ぶ甘い声が気に入らない。
その声で呼びかければ、かなでが他の何より優先して行ってしまうと気付いたから。
かなでとともに奏でる音楽が気に入らない。
二人の音が寄り添えば、普段より数倍聞いていて心地よい音楽が流れるから。
特別だと、言外に訴える態度が、その全てが苛立ちを覚えさせられ我慢ならない。
「言っておくが、お前は所詮幼馴染だ」
「何を」
「俺はお前の地位が欲しいんじゃない。その上が欲しい。行くぞ、小日向」
「え?でも、律くんが」
「───偶には俺を優先させろ」
「・・・?東金、さん?」
「幼馴染は夕方までには返す。息抜きくらい必要だろ」
返事を待たずしてその場を後にする。
おろおろと律と東金を交互に見やるかなでを、無理やりに引きずって歩いていれば、暫くして諦めたように従った。
未だ持ち得ぬ権利なら、取られる前に奪うまで。
--お題サイト:恋のお墓さまより--
掴んだ腕は掌で軽く回るほど細く華奢だ。
その事実に改めて気がつき、力いっぱい握ったことを後悔した。
だが後悔はしても腕は掴んだまま放せない。
大きな瞳をめいっぱい見開いている様は小動物めいて可愛らしい。
常であれば瞳を和ませ笑うのだろうが、今はとてもそんな気になれない。
この瞳が零れ落ちてしまえば、誰も映さなくなるんだろうか、なんて、そんな危険思想が頭を巡る。
かなでが誰にでも愛想がいいのは知っている。
人懐っこく可愛がられるのがかなでの特徴だ。
小動物めいた仕草そのままで、つい構ってやりたい気持ちになる。
ペットを構うのと同じ感覚で手を伸ばし弄りたくなる。
───確かに、始めはそんなものだったのに。
「東金。小日向の手を放せ」
「・・・何でお前が俺に命令する。如月」
以前はただのライバルだった。
切磋琢磨し、自身を研磨するためのよき相手だった。
濁りなく対等で、競うのは楽しかった。
なのに。
「お前にその権利があるのか?小日向はただの幼馴染だろう」
「・・・そうだ。小日向は俺の幼馴染だ。だが、ただの幼馴染じゃない。大事な、特別な幼馴染だ」
「はッ」
腹の底から嘲笑してやる。
この男は自身に根付く感情に気付いてない。
気づいてないくせに、無意識で権利を主張する。
ただ幼馴染というだけで、隣に在れると信じている。
それがこの上なく、臓腑が沸き立つほどに不愉快だ。
かなでにだけ向けられる微笑みが気に入らない。
その笑顔が浮かぶときは、かなでが笑みを向けたときだと気付いたから。
かなでを呼ぶ甘い声が気に入らない。
その声で呼びかければ、かなでが他の何より優先して行ってしまうと気付いたから。
かなでとともに奏でる音楽が気に入らない。
二人の音が寄り添えば、普段より数倍聞いていて心地よい音楽が流れるから。
特別だと、言外に訴える態度が、その全てが苛立ちを覚えさせられ我慢ならない。
「言っておくが、お前は所詮幼馴染だ」
「何を」
「俺はお前の地位が欲しいんじゃない。その上が欲しい。行くぞ、小日向」
「え?でも、律くんが」
「───偶には俺を優先させろ」
「・・・?東金、さん?」
「幼馴染は夕方までには返す。息抜きくらい必要だろ」
返事を待たずしてその場を後にする。
おろおろと律と東金を交互に見やるかなでを、無理やりに引きずって歩いていれば、暫くして諦めたように従った。
未だ持ち得ぬ権利なら、取られる前に奪うまで。
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