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夏だ。海だ。海ときたら水着だ。
短絡的思考でありながらも、年頃の男として健全だと琉夏は絶対的に主張したい。
その主張相手は兄であったり幼馴染であったりと様々だが、呆れを含む彼らを宥めすかし漸く目的を達成した琉夏は、至極満足気な笑みを浮かべる。
周りには布面積の少ない過激な衣装の美女の軍団。
彼女達が着ている布と、ひんやりとした白い肌の間に指先を入れ、胸を覆う布を取り払う。
手にした布を握り締め、その薄さに唇が持ち上がる。
艶やかな微笑みに見惚れる周囲を無視し、彼女から取り上げたばかりの布を手に琉夏は呟いた。
「これ、君よりも俺の女の方が似合うよ」
ぱちり、とウィンクを決め、儚げな見た目と裏腹に大層シュールな性格をした琉夏は、陽気にその場を後にした。
「この、馬鹿!!」
ごつんと後頭部に酷い衝撃が走り、首が揺れる。
加減抜きの拳骨はとても痛く、頭を抱えしゃがみ込んだ。
涙目になりながら、ぶれる視界に映る黒のスニーカーは見慣れたものだ。
持ち主など聞こえた声で判っていたが、今は声すら出せない状態なのでだんまりを決め込んだ。
「何恥ずかしいことやってんだ!?ああ?」
低い唸り声は、苛立ちと怒りを露にしている。
琉夏の方こそいきなり何するんだと怒りたいが、あまりの痛みに反撃の気力すら萎えた。
「・・・本当に、マネキン相手に何してるの。危うく琥一君と一緒に他人のふりして帰ろうかと思っちゃったよ」
心底呆れたとばかりの声は、涼やかに鼓膜を揺らす。
黒のスニーカーの隣に並ぶ白のミュールは、顔を上げてにぱっと笑う。
先ほどのシュールな笑みではなく、子供みたいな無邪気な顔は、彼が相手を選び披露するものだ。
右手に握った戦利品を掲げると、幼馴染へと差し出す。
「これ、絶対に冬姫に似合う」
「似合う、じゃねえよ!何、展示のマネキンから抜き取ってんだ!」
「だって、同じのがなかったし。冬姫は絶対にこの色が似合う」
「・・・琉夏君。これ、フェミニンなイメージだけど、極端に布面積少なくない?」
「いいでしょ?下は流石に取れなかったけど、際どいハイレグ」
「───・・・ため息しか出ないよ、本当に。ねぇ、琥一君」
「っ、ああ。そうだな」
「コウのむっつり。今、絶対に冬姫のハイレグ想像しただろ」
「!?うるせぇ!」
顔を赤らめる兄は正直だ。
そして隣に立っている幼馴染が彼へと向ける視線も生温いものに変わり、慌てていいわけを始める琥一に、琉夏はにんまりと笑う。
「ね、冬姫。試着だけでいいから、これ着て?」
「いや」
「お願い。コウも見たいってさ」
「言ってねぇだろ、そんなこと!!」
唾を飛ばしながら否定すればするほど嘘臭い。
普段の冷静な彼に判るだろうことも、動揺し崩れている彼には判らない。
冬姫の視線もだんだんと冷たいものに変わってくのも、彼の焦りに拍車をかける一端だろう。
大体言わせてもらうが、琥一がむっつりなのは嘘じゃない。
可愛い格好が好きな琉夏と対照的に、ワイルドな格好を好む琥一は、水着もそれなりのものを好む。
兄弟だから知り尽くしている互いの好み。
それを省みるに、琉夏が手にしているこの水着は、兄弟の欲求を満たすものだと自信をもって宣言できる。
「・・・とにかく。そんな水着、絶対に着ないから」
「どうしても?」
「どうしても!」
怒りと羞恥で頬を赤らめる冬姫は、腕に抱きしめてずっと閉じ込めていたいくらいに愛らしい。
しかし今それをすれば、絶対に兄である琥一からもれなく拳骨をもらうので、代わりに微笑みながら左手に握っていたものを差し出した。
「・・・何これ」
警戒心を解かない刺々しい声。
それすら胸をときめかすなんて、自分は相当末期だと思う。
胸を焼く慕わしい想いを笑顔で隠し、こてり、と小首を傾げる。
「水着」
「まだ持ってたの?」
「うん。でも、こっちはワンピース。駄目?」
「ワンピース?」
「そう。白と薄桃が混じった奴。ワンポイントのハイビスカスが夏っぽいよ。これも駄目?」
「・・・さっきのに比べると、随分まともだね。露出も少ないし」
「可愛いでしょ?」
「まぁ、確かに」
先ほど差し出した水着より、余程大人しい見目のそれは冬姫のお気に召したらしい。
『元々』、そちらを望んでいた琉夏は、予定通りの展開に笑みを深くする。
琉夏の表情を見て琥一が渋い顔をした。
きっと、兄である彼は、琉夏の目的を正確に理解したのだろう。
一つ舌打すると、髪を掻き盛大なため息を落とした。
「ね、試着してきて?で、気に入ったらそれにして?」
命令ではなく、お願いをする。
それに冬姫が弱いのは承知している。
実際に冬姫は頷き、琉夏の差し出した水着を受け取ってくれた。
試着室に向かう冬姫を見送りながら上機嫌でいると、琥一が呆れを含んだ声をかける。
「お前の思惑通りで満足か?」
「まあね。コウには出来ない芸当でしょ?」
「したくもねぇよ」
苦々しげに呟かれる言葉に、冬姫を騙まし討ちした事に関する以外のものが含められているのに気づくが、知らない素振りでにこりと微笑む。
今度のため息は苦々しいものではなく、我侭な弟を窘めるようなものだった。
輝かしい笑みを浮かべたまま、琉夏は右手を差し出し彼の手を握る。
違和感に眉を上げる兄に、弟としてお願いした。
「それ、マネキンに返してきて」
「嫌なこった!」
落とされた拳は、やはり遠慮なく痛かった。
短絡的思考でありながらも、年頃の男として健全だと琉夏は絶対的に主張したい。
その主張相手は兄であったり幼馴染であったりと様々だが、呆れを含む彼らを宥めすかし漸く目的を達成した琉夏は、至極満足気な笑みを浮かべる。
周りには布面積の少ない過激な衣装の美女の軍団。
彼女達が着ている布と、ひんやりとした白い肌の間に指先を入れ、胸を覆う布を取り払う。
手にした布を握り締め、その薄さに唇が持ち上がる。
艶やかな微笑みに見惚れる周囲を無視し、彼女から取り上げたばかりの布を手に琉夏は呟いた。
「これ、君よりも俺の女の方が似合うよ」
ぱちり、とウィンクを決め、儚げな見た目と裏腹に大層シュールな性格をした琉夏は、陽気にその場を後にした。
「この、馬鹿!!」
ごつんと後頭部に酷い衝撃が走り、首が揺れる。
加減抜きの拳骨はとても痛く、頭を抱えしゃがみ込んだ。
涙目になりながら、ぶれる視界に映る黒のスニーカーは見慣れたものだ。
持ち主など聞こえた声で判っていたが、今は声すら出せない状態なのでだんまりを決め込んだ。
「何恥ずかしいことやってんだ!?ああ?」
低い唸り声は、苛立ちと怒りを露にしている。
琉夏の方こそいきなり何するんだと怒りたいが、あまりの痛みに反撃の気力すら萎えた。
「・・・本当に、マネキン相手に何してるの。危うく琥一君と一緒に他人のふりして帰ろうかと思っちゃったよ」
心底呆れたとばかりの声は、涼やかに鼓膜を揺らす。
黒のスニーカーの隣に並ぶ白のミュールは、顔を上げてにぱっと笑う。
先ほどのシュールな笑みではなく、子供みたいな無邪気な顔は、彼が相手を選び披露するものだ。
右手に握った戦利品を掲げると、幼馴染へと差し出す。
「これ、絶対に冬姫に似合う」
「似合う、じゃねえよ!何、展示のマネキンから抜き取ってんだ!」
「だって、同じのがなかったし。冬姫は絶対にこの色が似合う」
「・・・琉夏君。これ、フェミニンなイメージだけど、極端に布面積少なくない?」
「いいでしょ?下は流石に取れなかったけど、際どいハイレグ」
「───・・・ため息しか出ないよ、本当に。ねぇ、琥一君」
「っ、ああ。そうだな」
「コウのむっつり。今、絶対に冬姫のハイレグ想像しただろ」
「!?うるせぇ!」
顔を赤らめる兄は正直だ。
そして隣に立っている幼馴染が彼へと向ける視線も生温いものに変わり、慌てていいわけを始める琥一に、琉夏はにんまりと笑う。
「ね、冬姫。試着だけでいいから、これ着て?」
「いや」
「お願い。コウも見たいってさ」
「言ってねぇだろ、そんなこと!!」
唾を飛ばしながら否定すればするほど嘘臭い。
普段の冷静な彼に判るだろうことも、動揺し崩れている彼には判らない。
冬姫の視線もだんだんと冷たいものに変わってくのも、彼の焦りに拍車をかける一端だろう。
大体言わせてもらうが、琥一がむっつりなのは嘘じゃない。
可愛い格好が好きな琉夏と対照的に、ワイルドな格好を好む琥一は、水着もそれなりのものを好む。
兄弟だから知り尽くしている互いの好み。
それを省みるに、琉夏が手にしているこの水着は、兄弟の欲求を満たすものだと自信をもって宣言できる。
「・・・とにかく。そんな水着、絶対に着ないから」
「どうしても?」
「どうしても!」
怒りと羞恥で頬を赤らめる冬姫は、腕に抱きしめてずっと閉じ込めていたいくらいに愛らしい。
しかし今それをすれば、絶対に兄である琥一からもれなく拳骨をもらうので、代わりに微笑みながら左手に握っていたものを差し出した。
「・・・何これ」
警戒心を解かない刺々しい声。
それすら胸をときめかすなんて、自分は相当末期だと思う。
胸を焼く慕わしい想いを笑顔で隠し、こてり、と小首を傾げる。
「水着」
「まだ持ってたの?」
「うん。でも、こっちはワンピース。駄目?」
「ワンピース?」
「そう。白と薄桃が混じった奴。ワンポイントのハイビスカスが夏っぽいよ。これも駄目?」
「・・・さっきのに比べると、随分まともだね。露出も少ないし」
「可愛いでしょ?」
「まぁ、確かに」
先ほど差し出した水着より、余程大人しい見目のそれは冬姫のお気に召したらしい。
『元々』、そちらを望んでいた琉夏は、予定通りの展開に笑みを深くする。
琉夏の表情を見て琥一が渋い顔をした。
きっと、兄である彼は、琉夏の目的を正確に理解したのだろう。
一つ舌打すると、髪を掻き盛大なため息を落とした。
「ね、試着してきて?で、気に入ったらそれにして?」
命令ではなく、お願いをする。
それに冬姫が弱いのは承知している。
実際に冬姫は頷き、琉夏の差し出した水着を受け取ってくれた。
試着室に向かう冬姫を見送りながら上機嫌でいると、琥一が呆れを含んだ声をかける。
「お前の思惑通りで満足か?」
「まあね。コウには出来ない芸当でしょ?」
「したくもねぇよ」
苦々しげに呟かれる言葉に、冬姫を騙まし討ちした事に関する以外のものが含められているのに気づくが、知らない素振りでにこりと微笑む。
今度のため息は苦々しいものではなく、我侭な弟を窘めるようなものだった。
輝かしい笑みを浮かべたまま、琉夏は右手を差し出し彼の手を握る。
違和感に眉を上げる兄に、弟としてお願いした。
「それ、マネキンに返してきて」
「嫌なこった!」
落とされた拳は、やはり遠慮なく痛かった。
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あいつと初めて会ったのは、オレが7歳の時。
たまたま、親戚の兄ちゃんの高校の学園祭に呼ばれた日だった。
学園祭なんて、生まれて初めてで、興奮したオレは、走り回って即効で迷子になって。
怒りながら両親を探している間に、小さな協会のを見つけた。
『っく、ひっく』
な、なんだ?
中から聞こえてくる、泣き声のようなものに怯えつつ、好奇心で協会の扉に近づいた。
大きくて、とても開きそうにないと思っていた扉は、少しの力であっけなく開いた。
「ひっ、ううぇ」
扉を少し開けると、その泣き声は余計にはっきりと聞こえて、幽霊かと思ったけど、俺と同じ年くらいに聞こえるその声に引かれて扉をあけた。
力を入れて押してしまったせいで、思ったよりも大きな音をたてたそれに、怯えたようにこちらに問いかける声が響いた。
「誰・・・?」
声の主は、協会のステンドグラスの下に座っていた。
光を浴びて、長い髪をきらめかせるその少女は、らしくねえけどオレには天使に見えた。
ステンドグラスから零れ落ちる光は、淡い光でもって彼女の周りを包み、なんとも言えない幻想感をかもし出していたし、何よりもその少女は今まで見た誰よりも愛くるしく、実際の人間とは思えなかった。
淡い桃色の髪は薄く光をまとい、大きな瞳をこぼれんばかりに見開いている。
唇は淡く色づき、ないていた所為か赤くなった頬と鼻の頭は、彼女をとてもかわいらしく見せていた。
「誰・・・?」
もう一度、問いかけられてあわててオレは返事をした。
「オ、オレは、鈴鹿和馬!!お前は?」
「白川・・・白川、秋姫」
目に涙をためたまま、それでも彼女は律義に返事をしてきた。
彼女が泣いている理由はわからなかったけど、今にもこぼれそうなその涙を止めたくて、オレは彼女の手をひっぱった。
その日一日、オレと秋姫は遊びまくった。
夕方になって、学園祭が終わる頃、俺の両親は見つかり俺はこっぴどく怒られた。
怒られる俺を懸命にかばう秋姫を見て、照れくささと同時にどこかうれしい気持ちもあった。
そうして、家族でもめていると、その学校の生徒らしい男がやってきて、秋姫をしかりだした。
難しい言葉で秋姫をしかるその男の言っている事はほとんどわからなかったが、秋姫に対して酷い事を言っていることだけはわかったので、一発思い切りけりを入れてやった。
「零ちゃん!?」
驚いたように、オレを見る秋姫の手を引いて、両親の静止も聞かずオレは走り出した。
走りながら、オレは秋姫に問いかけた。
「なあ、秋姫。また、会えるよな?」
「うん」
少し驚いたようにオレを見た後、秋姫は満面の笑顔で答えた。
「学校で、また会おうね!!」
意味深な言葉の意味を確かめる前に、『零ちゃん』とやらに追いつかれたオレたちは引き離されて、連絡先を聞く前に引き離された。
秋姫と引き離されて、うちに帰るまで、情けないことにオレは大泣きした。
連絡先も聞かずに分かれた少女とは、もう会うことはないと思っていたから。
次の日、しぶしぶと学校に言ったオレは、驚愕のあまり言葉を失うことになった。
「秋姫!?」
「おはよう、カズ君」
笑顔で挨拶してくる少女は、隣のクラスの有名人で。
後に悪友から聞いたところによると、老若男女に大人気の彼女を知らなかったのはオレくらいのものらしい。
それから、秋姫が引っ越す12歳のときまで、オレたちはずっと親友同士だった。
好きという言葉の意味は、オレの中で形を変えたけど、それでも、これはオレのたった一つの大切な出会い。
たまたま、親戚の兄ちゃんの高校の学園祭に呼ばれた日だった。
学園祭なんて、生まれて初めてで、興奮したオレは、走り回って即効で迷子になって。
怒りながら両親を探している間に、小さな協会のを見つけた。
『っく、ひっく』
な、なんだ?
中から聞こえてくる、泣き声のようなものに怯えつつ、好奇心で協会の扉に近づいた。
大きくて、とても開きそうにないと思っていた扉は、少しの力であっけなく開いた。
「ひっ、ううぇ」
扉を少し開けると、その泣き声は余計にはっきりと聞こえて、幽霊かと思ったけど、俺と同じ年くらいに聞こえるその声に引かれて扉をあけた。
力を入れて押してしまったせいで、思ったよりも大きな音をたてたそれに、怯えたようにこちらに問いかける声が響いた。
「誰・・・?」
声の主は、協会のステンドグラスの下に座っていた。
光を浴びて、長い髪をきらめかせるその少女は、らしくねえけどオレには天使に見えた。
ステンドグラスから零れ落ちる光は、淡い光でもって彼女の周りを包み、なんとも言えない幻想感をかもし出していたし、何よりもその少女は今まで見た誰よりも愛くるしく、実際の人間とは思えなかった。
淡い桃色の髪は薄く光をまとい、大きな瞳をこぼれんばかりに見開いている。
唇は淡く色づき、ないていた所為か赤くなった頬と鼻の頭は、彼女をとてもかわいらしく見せていた。
「誰・・・?」
もう一度、問いかけられてあわててオレは返事をした。
「オ、オレは、鈴鹿和馬!!お前は?」
「白川・・・白川、秋姫」
目に涙をためたまま、それでも彼女は律義に返事をしてきた。
彼女が泣いている理由はわからなかったけど、今にもこぼれそうなその涙を止めたくて、オレは彼女の手をひっぱった。
その日一日、オレと秋姫は遊びまくった。
夕方になって、学園祭が終わる頃、俺の両親は見つかり俺はこっぴどく怒られた。
怒られる俺を懸命にかばう秋姫を見て、照れくささと同時にどこかうれしい気持ちもあった。
そうして、家族でもめていると、その学校の生徒らしい男がやってきて、秋姫をしかりだした。
難しい言葉で秋姫をしかるその男の言っている事はほとんどわからなかったが、秋姫に対して酷い事を言っていることだけはわかったので、一発思い切りけりを入れてやった。
「零ちゃん!?」
驚いたように、オレを見る秋姫の手を引いて、両親の静止も聞かずオレは走り出した。
走りながら、オレは秋姫に問いかけた。
「なあ、秋姫。また、会えるよな?」
「うん」
少し驚いたようにオレを見た後、秋姫は満面の笑顔で答えた。
「学校で、また会おうね!!」
意味深な言葉の意味を確かめる前に、『零ちゃん』とやらに追いつかれたオレたちは引き離されて、連絡先を聞く前に引き離された。
秋姫と引き離されて、うちに帰るまで、情けないことにオレは大泣きした。
連絡先も聞かずに分かれた少女とは、もう会うことはないと思っていたから。
次の日、しぶしぶと学校に言ったオレは、驚愕のあまり言葉を失うことになった。
「秋姫!?」
「おはよう、カズ君」
笑顔で挨拶してくる少女は、隣のクラスの有名人で。
後に悪友から聞いたところによると、老若男女に大人気の彼女を知らなかったのはオレくらいのものらしい。
それから、秋姫が引っ越す12歳のときまで、オレたちはずっと親友同士だった。
好きという言葉の意味は、オレの中で形を変えたけど、それでも、これはオレのたった一つの大切な出会い。
男には絶対に譲れないものがある。
涼やかな瞳に熱い闘志を宿し、琉夏は不敵に微笑んだ。
目の前の男は自分が誰よりも信頼し尊敬する相手。
浅黒い肌に精悍な顔立ちの彼は、琉夏の挑発を受けるように口の端を持ち上げるとニヒルに笑う。
少し悪そうな笑顔がこの上なく似合い、今度は含みなく笑った。
「───俺は負けない、コウ」
囁いた瞬間、兄の瞳が悪戯っぽく煌いた気がした。
「──────てか、早くして欲しいんだけど」
ピンボールで対決している二人を後ろから眺め、冬姫は一つため息を吐く。
はっきり言って、何が彼らをここまで駆り立てるのかさっぱりと理解できない。
ついでに理解する気もない。
格闘ゲームやレーシングゲームならともかく、何故ピンボールでここまで熱くなるか。
あの桜井兄弟の異名を知る人間がまだいるらしく、ぼそぼそとしたささやきの中距離を微妙に置かれるのも居心地の悪さを倍増させる。
熱くなる兄弟から僅かに離れた場所で一人ぽつねんと佇む冬姫は、大してゲームが好きなわけでもないのでかなり浮いていた。
「まだ終わらないの、琥一君」
「まだだな。この負けず嫌いな弟に言ってやれよ」
「───琉夏君?」
「コウがしつこいんだ」
話す間も視線をボールから放さない兄弟に、呆れたと肩を竦める。
そもそも勝負の原因を作ったのは冬姫だったが、かれこれ一時間付き合っているのだからもう勘弁してくれてもいいのではないか。
鞄に手をやると原因となったそれを掴む。
「折角遊園地のチケットゲットしたんだけどなぁ」
商店街のくじ引きで引き当てたペアのチケット。
たまたま一緒に居た兄弟が、それを原因に勝負を始めたのは運命だったのだろうか。
どちらにせよこれを手に入れたときの輝かしい気持ちは今は随分と薄れ、もうどうでも良くなってきた。
きっと彼らも勝負の原因など空の彼方に飛んで行っているに違いない。
これは長い付き合いから出た経験による結論だ。
「コウ、俺の勝ちー」
「何!?もう一度だ、ルカ!!」
普段の兄らしい態度をかなぐり捨て大人気なく叫ぶ琥一に、余裕たっぷりにシュールな笑みを浮かべる琉夏。
二人はどう考えても冬姫の存在を忘れている。
どうしたものかと遠い目をすると、不意に携帯電話が鳴った。
取り出してみると着信は大好きな親友からで、幼馴染の争いを横目にさくっと電話に出る。
「みよちゃん?」
『こんにちは、バンビ。今、暇かしら?映画を観に行きたいんだけどどう?』
誘いの言葉に迷ったのは一瞬で、すぐさま是と応える。
そして握っていたチケットを、近くに居たカップルに差し出した。
「これ、どうぞ」
にこり、と微笑み反論を許さずすかさず渡す。
そして未だに冬姫の行動に気づかない兄弟を一瞥すると、そのままゲームセンターから足早に去った。
兄弟が冬姫の不在に気づくのはそれからさらに一時間が経過した後で、携帯の電源を切っていた冬姫を日付が変わるまで慌てて捜索した彼らは自宅で睡眠中の冬姫をたたき起こす羽目になる。
そしてそれが原因で珍しくも喧嘩をした彼らが一週間は口を利かなくなるのだが───それはまた別の話。
涼やかな瞳に熱い闘志を宿し、琉夏は不敵に微笑んだ。
目の前の男は自分が誰よりも信頼し尊敬する相手。
浅黒い肌に精悍な顔立ちの彼は、琉夏の挑発を受けるように口の端を持ち上げるとニヒルに笑う。
少し悪そうな笑顔がこの上なく似合い、今度は含みなく笑った。
「───俺は負けない、コウ」
囁いた瞬間、兄の瞳が悪戯っぽく煌いた気がした。
「──────てか、早くして欲しいんだけど」
ピンボールで対決している二人を後ろから眺め、冬姫は一つため息を吐く。
はっきり言って、何が彼らをここまで駆り立てるのかさっぱりと理解できない。
ついでに理解する気もない。
格闘ゲームやレーシングゲームならともかく、何故ピンボールでここまで熱くなるか。
あの桜井兄弟の異名を知る人間がまだいるらしく、ぼそぼそとしたささやきの中距離を微妙に置かれるのも居心地の悪さを倍増させる。
熱くなる兄弟から僅かに離れた場所で一人ぽつねんと佇む冬姫は、大してゲームが好きなわけでもないのでかなり浮いていた。
「まだ終わらないの、琥一君」
「まだだな。この負けず嫌いな弟に言ってやれよ」
「───琉夏君?」
「コウがしつこいんだ」
話す間も視線をボールから放さない兄弟に、呆れたと肩を竦める。
そもそも勝負の原因を作ったのは冬姫だったが、かれこれ一時間付き合っているのだからもう勘弁してくれてもいいのではないか。
鞄に手をやると原因となったそれを掴む。
「折角遊園地のチケットゲットしたんだけどなぁ」
商店街のくじ引きで引き当てたペアのチケット。
たまたま一緒に居た兄弟が、それを原因に勝負を始めたのは運命だったのだろうか。
どちらにせよこれを手に入れたときの輝かしい気持ちは今は随分と薄れ、もうどうでも良くなってきた。
きっと彼らも勝負の原因など空の彼方に飛んで行っているに違いない。
これは長い付き合いから出た経験による結論だ。
「コウ、俺の勝ちー」
「何!?もう一度だ、ルカ!!」
普段の兄らしい態度をかなぐり捨て大人気なく叫ぶ琥一に、余裕たっぷりにシュールな笑みを浮かべる琉夏。
二人はどう考えても冬姫の存在を忘れている。
どうしたものかと遠い目をすると、不意に携帯電話が鳴った。
取り出してみると着信は大好きな親友からで、幼馴染の争いを横目にさくっと電話に出る。
「みよちゃん?」
『こんにちは、バンビ。今、暇かしら?映画を観に行きたいんだけどどう?』
誘いの言葉に迷ったのは一瞬で、すぐさま是と応える。
そして握っていたチケットを、近くに居たカップルに差し出した。
「これ、どうぞ」
にこり、と微笑み反論を許さずすかさず渡す。
そして未だに冬姫の行動に気づかない兄弟を一瞥すると、そのままゲームセンターから足早に去った。
兄弟が冬姫の不在に気づくのはそれからさらに一時間が経過した後で、携帯の電源を切っていた冬姫を日付が変わるまで慌てて捜索した彼らは自宅で睡眠中の冬姫をたたき起こす羽目になる。
そしてそれが原因で珍しくも喧嘩をした彼らが一週間は口を利かなくなるのだが───それはまた別の話。
目の前の人に作ったばかりの花束を渡す。
自分で言うのもなんだが中々の出来で、嬉しそうに顔を綻ばす女性に釣られ琉夏もふわりと微笑んだ。
無防備であり無邪気な様子の特上の笑みに、女性は頬を赤らめる。
そしてその笑顔を見た琉夏も、頬を赤く染めていた。
「ありがとうございました」
熱の篭る視線に、女性は手に持つ花も霞むほど赤くなる。
その様子に小首を傾げた琉夏は、急激に鼓動が早まるのを感じた。
───どうやら、限界が来たらしい。
「───限界が来たらしい、じゃないよ!!」
狭い室内に響く声に、琉夏はひっそりと眉を寄せた。
益々青白くなった顔色に気づいた冬姫は、一つため息を吐き出すと琉夏の額に冷却シートを貼り付けた。
後部座席の遣り取りをバックミラー越しに確認した琥一は、呆れて肩を竦める。
ちなみに今日は琥一も冬姫もバイトは休みで、二人で桜井家でまったりと洋楽を聴いていたのだが。
突然の電子音に二人きりの時間を邪魔され、結果購入したばかりの車を駆り立てて今に到っている。
「ルカ。もう少し体調管理くらいしろ」
「そうだよ琉夏君。私も琥一君もいきなりの電話にびっくりしたんだから」
バイト中であるはずの琉夏からの電話に首を傾げながら出た冬姫は、相手が琉夏ではなかったことに当然驚いた。
そして琉夏の状態を聞くと、顔を一気に蒼くした。
鞄を引っつかみ状況を説明する冬姫に、薬と水、そして冷却シートを家から引っつかんだ琥一は慌てて愛車のキーを捻った。
家から車で十分程度の場所でバイトしている琉夏は、予想以上に参っていて、その癖駆けつけた冬姫を迷い無く抱きしめる辺りに要領のよさを感じる。
呆れよりもむしろ感心してしまった。彼の幼馴染に対する執着は天晴れなものだ。
ちなみにだれて意識を半分飛ばしているような今の状態でも、彼はしっかりと彼女の腰に手を回し肩に頭を置いている。
基本的に甘える人間を選ぶ男だが、冬姫に対しては飼い主に甘える猫と同じだ。
喉がごろごろと鳴っていないのが不思議だった。
ああ、だが駄猫らしく躾は出来ていないらしい。
調子に乗って顎を舐めた瞬間、高速で拳骨が落とされている。
年を考えれば色っぽい遣り取りになってもおかしくないはずなのに、どこか無邪気なじゃれ合いに肩を竦めると信号を右折した。
「ルカ」
「・・・ん?」
「点滴打ってもらうから覚悟しとけ」
「えー・・・」
嫌そうに眉を顰める弟は、琥一と違って先端恐怖症ではない。
しかし病気の時ですら動かず長時間じっとしているのを苦行とする彼は、注射はともかく点滴は嫌っていた。
「熱下げねえと辛いだろ。な、冬姫」
「うん。琥一君の言うとおりだよ。我慢しなさい」
冬姫に諭され渋々返事をする弟に、見えないように口の端を持ち上げる。
自分の手が届かない場所で彼女に手を出したにしては優しい罰だろう?と心の中でこっそりと呟いた。
自分で言うのもなんだが中々の出来で、嬉しそうに顔を綻ばす女性に釣られ琉夏もふわりと微笑んだ。
無防備であり無邪気な様子の特上の笑みに、女性は頬を赤らめる。
そしてその笑顔を見た琉夏も、頬を赤く染めていた。
「ありがとうございました」
熱の篭る視線に、女性は手に持つ花も霞むほど赤くなる。
その様子に小首を傾げた琉夏は、急激に鼓動が早まるのを感じた。
───どうやら、限界が来たらしい。
「───限界が来たらしい、じゃないよ!!」
狭い室内に響く声に、琉夏はひっそりと眉を寄せた。
益々青白くなった顔色に気づいた冬姫は、一つため息を吐き出すと琉夏の額に冷却シートを貼り付けた。
後部座席の遣り取りをバックミラー越しに確認した琥一は、呆れて肩を竦める。
ちなみに今日は琥一も冬姫もバイトは休みで、二人で桜井家でまったりと洋楽を聴いていたのだが。
突然の電子音に二人きりの時間を邪魔され、結果購入したばかりの車を駆り立てて今に到っている。
「ルカ。もう少し体調管理くらいしろ」
「そうだよ琉夏君。私も琥一君もいきなりの電話にびっくりしたんだから」
バイト中であるはずの琉夏からの電話に首を傾げながら出た冬姫は、相手が琉夏ではなかったことに当然驚いた。
そして琉夏の状態を聞くと、顔を一気に蒼くした。
鞄を引っつかみ状況を説明する冬姫に、薬と水、そして冷却シートを家から引っつかんだ琥一は慌てて愛車のキーを捻った。
家から車で十分程度の場所でバイトしている琉夏は、予想以上に参っていて、その癖駆けつけた冬姫を迷い無く抱きしめる辺りに要領のよさを感じる。
呆れよりもむしろ感心してしまった。彼の幼馴染に対する執着は天晴れなものだ。
ちなみにだれて意識を半分飛ばしているような今の状態でも、彼はしっかりと彼女の腰に手を回し肩に頭を置いている。
基本的に甘える人間を選ぶ男だが、冬姫に対しては飼い主に甘える猫と同じだ。
喉がごろごろと鳴っていないのが不思議だった。
ああ、だが駄猫らしく躾は出来ていないらしい。
調子に乗って顎を舐めた瞬間、高速で拳骨が落とされている。
年を考えれば色っぽい遣り取りになってもおかしくないはずなのに、どこか無邪気なじゃれ合いに肩を竦めると信号を右折した。
「ルカ」
「・・・ん?」
「点滴打ってもらうから覚悟しとけ」
「えー・・・」
嫌そうに眉を顰める弟は、琥一と違って先端恐怖症ではない。
しかし病気の時ですら動かず長時間じっとしているのを苦行とする彼は、注射はともかく点滴は嫌っていた。
「熱下げねえと辛いだろ。な、冬姫」
「うん。琥一君の言うとおりだよ。我慢しなさい」
冬姫に諭され渋々返事をする弟に、見えないように口の端を持ち上げる。
自分の手が届かない場所で彼女に手を出したにしては優しい罰だろう?と心の中でこっそりと呟いた。
「一本!」
道場に響いた声に胸が熱くなり、ついでに目頭も熱くなった。
嬉しくて嬉しくて仕方なく、彼が認められたのがとても誇らしく幸せだ。
胴着を直しつつ白線へと戻る彼と不意に視線が合い小さく笑いかける。
するとガッツポーズこそしなかったが、彼も瞳だけで微笑んでくれた。
その日は、柔道部の記念すべき初試合で、そして二人三脚で部を守り立てた嵐の初勝利の記念日になった。
「嵐くん」
嬉しそうに声を掛けて来た相手にこそりと首を傾げる。
始めた頃の二人きりではなく、今では人数が増えた部員達の人目を避けるようにこっそりと声を掛けて来たマネージャーに違和感を覚えた。
普段なら彼女は明るく誰にでも隔てなく接し、柔道部の紅一点として、そして何よりもマネージャーとして彼らを可愛がっている冬姫の行動にしては珍しい。
「どうかしたのか?」
眉を顰めながらも、釣られて小声で返す。
すると大きな黒目がちの瞳を煌かせた彼女は、悪戯っぽく笑い人差し指を唇に当てた。
「今日、一緒に帰らない?」
「今日?別にいいけど」
「二人でだから、絶対に他の人を誘ったら駄目だよ」
「・・・判った」
普段なら旬平を誘うところだが、態々釘を刺されたのでこくりと頷く。
すると満足そうに微笑んだ彼女は残りの仕事を片付けにさっさと背を向けてしまった。
結局部室の鍵を閉めなくてはいけないと、最後まで仕事をこなす冬姫を待っていたら結果的に二人になった。
部長である嵐とマネージャーである冬姫が最後まで残るのは珍しいことでもないので、一緒に残ると訴える旬平を上手く追い払えば誰も不思議がらずに二人きりの時間は出来る。
ジャージから制服に着替え、荷物を持った冬姫はお待たせと笑うと、それに返事をしながら鍵をかける。
この鍵は面倒であるが毎回職員室へ行き大迫へと返却する。
顧問である彼には感謝しても仕切れない。
自身の仕事もあるだろうに文句を言わずに毎朝早くに出勤し、そして遅くまで残ってくれる。
部のスケジュールの調整も冬姫とあわせ行ってくれるので、本当に頭が上がらない存在だ。
裏庭を突っ切りながら顔を上げると、もう太陽は沈みかけていた。
藍色に染まり始めた紅葉の木を目にすると、もう秋なんだと実感する。
静かに舞う落ち葉がやがて来る冬を連想させ、季節が過ぎる早さに目を瞬かせた。
「今日を覚えてる?」
「ん?」
今まで静かだったくせに、いきなり声を発した冬姫に視線をやる。
だが彼女は真っ直ぐに前を向くだけでこちらを向いては居なかった。
それでも意識はこちらに集中しているのを感じ、眉を片方跳ね上げる。
「今日?」
「そう、今日」
「───別に、今日は何もなかったぞ」
「ふふふ、違うよ。今日じゃなくて、去年の今日」
「去年の今日・・・?」
「もう、薄情だな嵐くんは。去年の今日は柔道部初試合初勝利した日でしょ」
「・・・ああ。───そっか、一年経ったのか」
「経ったんだよ」
漸くこちらを見た冬姫が拗ねたように唇を窄める。
しかし不機嫌な様子は長く続かず、すぐにあわやかな苦笑に変わった。
「早いよねぇ、本当に」
「そうだな」
「びっくりしたよ。ある日家に帰ろうとしたら、いきなり柔道部のマネージャーにならないか、だもの」
「まあ普通は驚くだろうな」
「そうだよ。手作りのビラを持って、真っ直ぐな目をして。無視されても何人もに声をかけてたよね」
「見てたのか?」
「うん。悩んでいた間に観察させてもらった。───ね、どうして私だったの?」
黒い瞳は嵐をじっと見詰めている。
その眼差しを正面で受けながら、そうだな、と呟くと答えを口にした。
「勘」
「勘?」
「そうだ。こいつと一緒なら大丈夫、こいつなら任せられるって思った」
「断られるとか思わなかったの?」
「正直に言うと、考えてなかったかもしれない。自信過剰になってたわけじゃないのに、どうしてだろうな」
「───変な嵐くん。もし私が断ってたらどうしたの?」
「そん時はマネージャー不在で頑張る。俺は、お前しか考えられなかったし」
嵐の言葉は嘘ではない。
マネージャーにするなら冬姫が良かったし、彼女が駄目なら誰にも頼むつもりはなかった。
自分でも不思議だが、冬姫でないと駄目だと思ったのだ。
彼女がもし是と応えてくれたなら、きっと彼女以上に相棒足らしめる存在はいないと勘が告げた。
「断られても、一回で諦めるつもりはなかったしな」
「え?諦めるつもりなかったの?」
「当たり前だ。俺だって本気で仲間を探してたんだから、すぐに諦めれるならマネージャーになってくれって頼んでない」
「それは・・・そう、だろうね。ああ、きっとそうだね嵐くんなら」
誰も居なくても一人で始めるつもりだった。
部員が一人の部活にマネージャーがいるのもおかしいと判っている。
それでも彼女が欲しかった。
「私ね」
「ん?」
「嵐くんに誘ってもらってよかった。高校入学まで柔道のルールすらしっかり理解できてなかったけど、覚えるのは大変だったし、トレーニングを考えるのも難しかったけど、でも嵐くんに誘ってもらってよかった。嵐くんと二人で柔道を続けてきて、良かったと思ってるよ」
「───そっか。サンキュ、マネージャー。俺も、お前を選んでよかったと思う。俺についてきてくれてありがとな」
「うん」
嬉しそうに首を竦めた冬姫は、嵐へと手を伸ばす。
自分に触れる手を意識しながらも避けないでいると、小さな手に掌を握られた。
「今週の試合、勝とうね。初の団体戦だけど、皆随分と実力は上がってる」
「判ってる。───大丈夫だ、俺たちは勝つ」
握られた掌に力を篭めると、信じてるからと握り返された。
その後貰った必勝のお守りは、今でも嵐の鞄の中で眠っている。
風が冷たくなり始めた、秋の中頃の話であった。
道場に響いた声に胸が熱くなり、ついでに目頭も熱くなった。
嬉しくて嬉しくて仕方なく、彼が認められたのがとても誇らしく幸せだ。
胴着を直しつつ白線へと戻る彼と不意に視線が合い小さく笑いかける。
するとガッツポーズこそしなかったが、彼も瞳だけで微笑んでくれた。
その日は、柔道部の記念すべき初試合で、そして二人三脚で部を守り立てた嵐の初勝利の記念日になった。
「嵐くん」
嬉しそうに声を掛けて来た相手にこそりと首を傾げる。
始めた頃の二人きりではなく、今では人数が増えた部員達の人目を避けるようにこっそりと声を掛けて来たマネージャーに違和感を覚えた。
普段なら彼女は明るく誰にでも隔てなく接し、柔道部の紅一点として、そして何よりもマネージャーとして彼らを可愛がっている冬姫の行動にしては珍しい。
「どうかしたのか?」
眉を顰めながらも、釣られて小声で返す。
すると大きな黒目がちの瞳を煌かせた彼女は、悪戯っぽく笑い人差し指を唇に当てた。
「今日、一緒に帰らない?」
「今日?別にいいけど」
「二人でだから、絶対に他の人を誘ったら駄目だよ」
「・・・判った」
普段なら旬平を誘うところだが、態々釘を刺されたのでこくりと頷く。
すると満足そうに微笑んだ彼女は残りの仕事を片付けにさっさと背を向けてしまった。
結局部室の鍵を閉めなくてはいけないと、最後まで仕事をこなす冬姫を待っていたら結果的に二人になった。
部長である嵐とマネージャーである冬姫が最後まで残るのは珍しいことでもないので、一緒に残ると訴える旬平を上手く追い払えば誰も不思議がらずに二人きりの時間は出来る。
ジャージから制服に着替え、荷物を持った冬姫はお待たせと笑うと、それに返事をしながら鍵をかける。
この鍵は面倒であるが毎回職員室へ行き大迫へと返却する。
顧問である彼には感謝しても仕切れない。
自身の仕事もあるだろうに文句を言わずに毎朝早くに出勤し、そして遅くまで残ってくれる。
部のスケジュールの調整も冬姫とあわせ行ってくれるので、本当に頭が上がらない存在だ。
裏庭を突っ切りながら顔を上げると、もう太陽は沈みかけていた。
藍色に染まり始めた紅葉の木を目にすると、もう秋なんだと実感する。
静かに舞う落ち葉がやがて来る冬を連想させ、季節が過ぎる早さに目を瞬かせた。
「今日を覚えてる?」
「ん?」
今まで静かだったくせに、いきなり声を発した冬姫に視線をやる。
だが彼女は真っ直ぐに前を向くだけでこちらを向いては居なかった。
それでも意識はこちらに集中しているのを感じ、眉を片方跳ね上げる。
「今日?」
「そう、今日」
「───別に、今日は何もなかったぞ」
「ふふふ、違うよ。今日じゃなくて、去年の今日」
「去年の今日・・・?」
「もう、薄情だな嵐くんは。去年の今日は柔道部初試合初勝利した日でしょ」
「・・・ああ。───そっか、一年経ったのか」
「経ったんだよ」
漸くこちらを見た冬姫が拗ねたように唇を窄める。
しかし不機嫌な様子は長く続かず、すぐにあわやかな苦笑に変わった。
「早いよねぇ、本当に」
「そうだな」
「びっくりしたよ。ある日家に帰ろうとしたら、いきなり柔道部のマネージャーにならないか、だもの」
「まあ普通は驚くだろうな」
「そうだよ。手作りのビラを持って、真っ直ぐな目をして。無視されても何人もに声をかけてたよね」
「見てたのか?」
「うん。悩んでいた間に観察させてもらった。───ね、どうして私だったの?」
黒い瞳は嵐をじっと見詰めている。
その眼差しを正面で受けながら、そうだな、と呟くと答えを口にした。
「勘」
「勘?」
「そうだ。こいつと一緒なら大丈夫、こいつなら任せられるって思った」
「断られるとか思わなかったの?」
「正直に言うと、考えてなかったかもしれない。自信過剰になってたわけじゃないのに、どうしてだろうな」
「───変な嵐くん。もし私が断ってたらどうしたの?」
「そん時はマネージャー不在で頑張る。俺は、お前しか考えられなかったし」
嵐の言葉は嘘ではない。
マネージャーにするなら冬姫が良かったし、彼女が駄目なら誰にも頼むつもりはなかった。
自分でも不思議だが、冬姫でないと駄目だと思ったのだ。
彼女がもし是と応えてくれたなら、きっと彼女以上に相棒足らしめる存在はいないと勘が告げた。
「断られても、一回で諦めるつもりはなかったしな」
「え?諦めるつもりなかったの?」
「当たり前だ。俺だって本気で仲間を探してたんだから、すぐに諦めれるならマネージャーになってくれって頼んでない」
「それは・・・そう、だろうね。ああ、きっとそうだね嵐くんなら」
誰も居なくても一人で始めるつもりだった。
部員が一人の部活にマネージャーがいるのもおかしいと判っている。
それでも彼女が欲しかった。
「私ね」
「ん?」
「嵐くんに誘ってもらってよかった。高校入学まで柔道のルールすらしっかり理解できてなかったけど、覚えるのは大変だったし、トレーニングを考えるのも難しかったけど、でも嵐くんに誘ってもらってよかった。嵐くんと二人で柔道を続けてきて、良かったと思ってるよ」
「───そっか。サンキュ、マネージャー。俺も、お前を選んでよかったと思う。俺についてきてくれてありがとな」
「うん」
嬉しそうに首を竦めた冬姫は、嵐へと手を伸ばす。
自分に触れる手を意識しながらも避けないでいると、小さな手に掌を握られた。
「今週の試合、勝とうね。初の団体戦だけど、皆随分と実力は上がってる」
「判ってる。───大丈夫だ、俺たちは勝つ」
握られた掌に力を篭めると、信じてるからと握り返された。
その後貰った必勝のお守りは、今でも嵐の鞄の中で眠っている。
風が冷たくなり始めた、秋の中頃の話であった。
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