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*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
「よう、フランキー!せいが出るな!」
「おお、まぁな。なんたって、もうすぐおれの夢が叶うんだからな」
「しししし!おれの夢もだ」
そう言って子供みたいに無邪気に笑うルフィは、随分と精悍になったが未だに幼く見える。
子供みたいに残酷で強欲、そして傲慢で真っ直ぐ。それがフランキーが愛する麦わら海賊団の長で、大黒柱だった。
今日のような青空が良く似合い、夏の日差しが絵になる男。
かといって暑苦しいわけではなく、しなやかに鍛えられた体は痩身とも言える。
ゾロやサンジと並んで大人しくしてれば女にももてるだろうに、未だにウソップとチョッパーとつるんで面白いことばかりに目が行く。
何も経験していない、などとは思わないが、あまりに変わらないので時折将来が心配になってしまう。
もっとも彼が変わってしまったら、それはそれで心配どころではすまないと判っているのだけれど。
麦藁帽子を首からぶら下げている、いつまでも子供みたいな男の頭をくしゃりと撫でる。
潮に噴かれて随分とぱさついていたが、その感触はもう慣れていた。
縁とは不思議なものだ。
初めは敵対する立場だったのに、いつの間にかどうしようもないほど引き込まれている。
まるで蟻地獄に嵌められた蟻のようだ。
違うのは吸い込まれても何ら後悔なく、最終的に彼が綺麗なウスバカゲロウに羽化してくれればそれで良いと思えるとこだろう。
ルフィのためになるのなら、この船で自分を構う人間はいない。
きっと、それは船長である彼が思うより絶対の想いで、そして誰もが彼に知られたいと思っているわけでもない感情だ。
別に自分たちの感情を背負わせたいわけではなく、彼は自然体のままでいてくれるのが一番いい。
この笑顔が曇らぬように、強くなる決意をした自分のためにも。
ぐしゃぐしゃになった髪を直すでもなくそのままにして笑い続けるルフィの額を弾くと、フランキーはまた船の整備を始める。
騒がしく大人しく出来ないルフィだが、フランキーが船を弄っているときは比較的静かにしている。
今回もじっと黒い瞳を好奇心旺盛に輝かせ、素早く動く手を見詰めていた。
その様子を横目で眺め小さく笑うと、何気ない風を装い口を開く。
「なぁ、麦わら」
「んー?」
「あん時、強引におれを連れ出してくれて、ありがとうな」
さりげなく口にした台詞は、こんなときでもなければ口に出来ない内容だった。
何か切欠がなければ改めて言葉に出来る話ではなく、天邪鬼な自分が簡単に言える言葉でもない。
だから、今このタイミングでフランキーは口を開いた。
ずっと、伝えたいと思っていた想いを告げるために。
夢が叶う、その前に。
「おれはさ、ずっと子供の頃から夢があった。凄く憧れてる人がいて、その人に追いつきたかった。子供の頃からの夢で、野望だったんだ」
「野望か。そりゃかっこいいな!」
「だろ?スーパーなおれさまにぴったりだ」
くくくくっと笑うと、機嫌よさげに目を細めたルフィはフランキーを覗き込む。
「おれさまは夢の船をずっと作りたかった。ずっと、ずっとだ。もうずっと、たった一人の背中を追ってきた」
「へぇ」
「隣に立てるくらい、凄い男になりたかったんだ」
万端の想いを篭めた言葉の意味は、フランキーの他にその想いを理解できるのはきっと兄弟子くらいだろう。
誰よりも憧れていた、でかい男。
『造った船に!!!男はドンと胸をはれ!!!!』
誰よりも憧れ、誰よりも目指した人。
そして今尚追い続け、未だに並び立つことが出来なかった人。
先走るばかりだったフランキーを、あっさりと包める度量を持った、最高に格好いい漢だった。
胸をはれと言って貰えたから、その言葉を思い出したからこそ今のフランキーはあり、サニー号も存在する。
フランキーにとって夢であり望みであり願いであり野望であるそれは、彼が居たからこそ形を作った。
でも本当は嘘だ。
隣に並びたかったんじゃない。
フランキーは、ずっと、子供の頃から。
「本当は、違う。並びたかったんじゃない。おれは、憧れたあの人を追い越したかったんだ」
リズム良くかなづちを振るっていた手が止まる。
顔を上げれば思ったよりも近い場所にルフィの顔があり、サングラスの奥で瞳を見開いた。
だがこの船で最年長の彼は、それを素直に表情に出さずに僅かに口角を上げると言葉を続けた。
「おれの夢は海賊王の乗る船を作ることだった。世界一を果たすその船に乗り、世界を回りきったその船こそがおれの夢の船になる瞬間だった」
「過去形か?」
「おう。今は違うぜ」
きょとり、とフランキーを見詰める瞳は相変わらず一点の曇りもなく真っ直ぐだ。
それが好ましくくすぐったく嬉しくもある。
我侭で馬鹿でどうしようもなく自分勝手だが、真っ直ぐで強い。
そして何があっても潰れない。
きっと理由を聞けばゴムだから、とどんと効果音を背負って言うことだろう。
そんな馬鹿な船長が、フランキーは嫌いじゃない。
だから望む。もっともっと、もっと上へと。
彼自身が上を目指し続けるから、フランキーも上を願っている。
随分と欲張りになってしまったものだ。
ウォーターセブンで過ごした頃には考えられないくらい、自分の夢へ貪欲になっている。
そしてそんな自分も嫌いじゃなかった。
「おれはもっと上を目指すぜ、『海賊王』」
「ししし、もっとか。次はどんな野望を持つんだ?」
「世界一周した夢の船で、『海賊王』と一緒に冒険する。我侭で強引で馬鹿な船長の願いを全部聞き遂げられるスーパーな船を維持し続ける。そんなスーパーな偉業、おれ以外に出来っこないだろ?」
にい、と笑い格好つけてポーズをつければ、ししししと上機嫌にルフィは笑った。
首を竦め、頭の後ろで腕を組んだ彼は、太陽のように明るい笑顔を浮かべる。
面白そうに楽しそうに悪戯を思いついた子供のように。
「いいな、それ!おれが『海賊王』になっても進む最高の船!海の底も空の上も行ける船。素敵機能が一杯あって、どひゃあ!ってなるお前の船!最高だな、フランキー!」
「だろう!」
顔を見合わせ豪快に笑う。
その声は青空に吸い込まれ、船中に響く声に仲間が段々と集まりだした。
きっと自分は彼のためにこの船を維持し続けるだろう。
世界で最高の木を使い造った、彼だけのための船を。
我侭なルフィが望むように、どこにでも行ける船にして、機能ももっと増やすのだろう。
何しろこの好奇心旺盛な子供は、新しいものと面白いものが大好きだ。
そして自分も改造するのが大好きだ。
「おれはお前が死ぬまでこの船を維持し続けてやるよ、ルフィ。だからお前はおれが夢を果たすために、とんでもなく長生きしやがれ」
冗談めかしたこの本音に、彼は気づかなくていい。
好きように生き、後悔なく死んでくれればそれでいい。
彼が進むための船を一生掛けて造ると決めた。
海賊王の船を最高の状態にし続ける。
それが夢の船を造った後の、フランキーの新しい野望だ。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
「よう、フランキー!せいが出るな!」
「おお、まぁな。なんたって、もうすぐおれの夢が叶うんだからな」
「しししし!おれの夢もだ」
そう言って子供みたいに無邪気に笑うルフィは、随分と精悍になったが未だに幼く見える。
子供みたいに残酷で強欲、そして傲慢で真っ直ぐ。それがフランキーが愛する麦わら海賊団の長で、大黒柱だった。
今日のような青空が良く似合い、夏の日差しが絵になる男。
かといって暑苦しいわけではなく、しなやかに鍛えられた体は痩身とも言える。
ゾロやサンジと並んで大人しくしてれば女にももてるだろうに、未だにウソップとチョッパーとつるんで面白いことばかりに目が行く。
何も経験していない、などとは思わないが、あまりに変わらないので時折将来が心配になってしまう。
もっとも彼が変わってしまったら、それはそれで心配どころではすまないと判っているのだけれど。
麦藁帽子を首からぶら下げている、いつまでも子供みたいな男の頭をくしゃりと撫でる。
潮に噴かれて随分とぱさついていたが、その感触はもう慣れていた。
縁とは不思議なものだ。
初めは敵対する立場だったのに、いつの間にかどうしようもないほど引き込まれている。
まるで蟻地獄に嵌められた蟻のようだ。
違うのは吸い込まれても何ら後悔なく、最終的に彼が綺麗なウスバカゲロウに羽化してくれればそれで良いと思えるとこだろう。
ルフィのためになるのなら、この船で自分を構う人間はいない。
きっと、それは船長である彼が思うより絶対の想いで、そして誰もが彼に知られたいと思っているわけでもない感情だ。
別に自分たちの感情を背負わせたいわけではなく、彼は自然体のままでいてくれるのが一番いい。
この笑顔が曇らぬように、強くなる決意をした自分のためにも。
ぐしゃぐしゃになった髪を直すでもなくそのままにして笑い続けるルフィの額を弾くと、フランキーはまた船の整備を始める。
騒がしく大人しく出来ないルフィだが、フランキーが船を弄っているときは比較的静かにしている。
今回もじっと黒い瞳を好奇心旺盛に輝かせ、素早く動く手を見詰めていた。
その様子を横目で眺め小さく笑うと、何気ない風を装い口を開く。
「なぁ、麦わら」
「んー?」
「あん時、強引におれを連れ出してくれて、ありがとうな」
さりげなく口にした台詞は、こんなときでもなければ口に出来ない内容だった。
何か切欠がなければ改めて言葉に出来る話ではなく、天邪鬼な自分が簡単に言える言葉でもない。
だから、今このタイミングでフランキーは口を開いた。
ずっと、伝えたいと思っていた想いを告げるために。
夢が叶う、その前に。
「おれはさ、ずっと子供の頃から夢があった。凄く憧れてる人がいて、その人に追いつきたかった。子供の頃からの夢で、野望だったんだ」
「野望か。そりゃかっこいいな!」
「だろ?スーパーなおれさまにぴったりだ」
くくくくっと笑うと、機嫌よさげに目を細めたルフィはフランキーを覗き込む。
「おれさまは夢の船をずっと作りたかった。ずっと、ずっとだ。もうずっと、たった一人の背中を追ってきた」
「へぇ」
「隣に立てるくらい、凄い男になりたかったんだ」
万端の想いを篭めた言葉の意味は、フランキーの他にその想いを理解できるのはきっと兄弟子くらいだろう。
誰よりも憧れていた、でかい男。
『造った船に!!!男はドンと胸をはれ!!!!』
誰よりも憧れ、誰よりも目指した人。
そして今尚追い続け、未だに並び立つことが出来なかった人。
先走るばかりだったフランキーを、あっさりと包める度量を持った、最高に格好いい漢だった。
胸をはれと言って貰えたから、その言葉を思い出したからこそ今のフランキーはあり、サニー号も存在する。
フランキーにとって夢であり望みであり願いであり野望であるそれは、彼が居たからこそ形を作った。
でも本当は嘘だ。
隣に並びたかったんじゃない。
フランキーは、ずっと、子供の頃から。
「本当は、違う。並びたかったんじゃない。おれは、憧れたあの人を追い越したかったんだ」
リズム良くかなづちを振るっていた手が止まる。
顔を上げれば思ったよりも近い場所にルフィの顔があり、サングラスの奥で瞳を見開いた。
だがこの船で最年長の彼は、それを素直に表情に出さずに僅かに口角を上げると言葉を続けた。
「おれの夢は海賊王の乗る船を作ることだった。世界一を果たすその船に乗り、世界を回りきったその船こそがおれの夢の船になる瞬間だった」
「過去形か?」
「おう。今は違うぜ」
きょとり、とフランキーを見詰める瞳は相変わらず一点の曇りもなく真っ直ぐだ。
それが好ましくくすぐったく嬉しくもある。
我侭で馬鹿でどうしようもなく自分勝手だが、真っ直ぐで強い。
そして何があっても潰れない。
きっと理由を聞けばゴムだから、とどんと効果音を背負って言うことだろう。
そんな馬鹿な船長が、フランキーは嫌いじゃない。
だから望む。もっともっと、もっと上へと。
彼自身が上を目指し続けるから、フランキーも上を願っている。
随分と欲張りになってしまったものだ。
ウォーターセブンで過ごした頃には考えられないくらい、自分の夢へ貪欲になっている。
そしてそんな自分も嫌いじゃなかった。
「おれはもっと上を目指すぜ、『海賊王』」
「ししし、もっとか。次はどんな野望を持つんだ?」
「世界一周した夢の船で、『海賊王』と一緒に冒険する。我侭で強引で馬鹿な船長の願いを全部聞き遂げられるスーパーな船を維持し続ける。そんなスーパーな偉業、おれ以外に出来っこないだろ?」
にい、と笑い格好つけてポーズをつければ、ししししと上機嫌にルフィは笑った。
首を竦め、頭の後ろで腕を組んだ彼は、太陽のように明るい笑顔を浮かべる。
面白そうに楽しそうに悪戯を思いついた子供のように。
「いいな、それ!おれが『海賊王』になっても進む最高の船!海の底も空の上も行ける船。素敵機能が一杯あって、どひゃあ!ってなるお前の船!最高だな、フランキー!」
「だろう!」
顔を見合わせ豪快に笑う。
その声は青空に吸い込まれ、船中に響く声に仲間が段々と集まりだした。
きっと自分は彼のためにこの船を維持し続けるだろう。
世界で最高の木を使い造った、彼だけのための船を。
我侭なルフィが望むように、どこにでも行ける船にして、機能ももっと増やすのだろう。
何しろこの好奇心旺盛な子供は、新しいものと面白いものが大好きだ。
そして自分も改造するのが大好きだ。
「おれはお前が死ぬまでこの船を維持し続けてやるよ、ルフィ。だからお前はおれが夢を果たすために、とんでもなく長生きしやがれ」
冗談めかしたこの本音に、彼は気づかなくていい。
好きように生き、後悔なく死んでくれればそれでいい。
彼が進むための船を一生掛けて造ると決めた。
海賊王の船を最高の状態にし続ける。
それが夢の船を造った後の、フランキーの新しい野望だ。
PR
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
「馬鹿な子達」
どん、と音が聞こえそうなくらいに色濃い覇気を纏ったルフィを見てロビンは呟く。
彼の強すぎる覇気に呷られ、長く艶やかな黒髪がふわりと揺れた。
それを片手でかきあげて耳の後ろに掛けると、瞬きせずに目の前の馬鹿な人間の末路を見届けるべく腕を組み楽な体勢になった。
先ほどまでにやにやとだらしない顔をしていた男たちは、心なしか青ざめ体を震わせ始める。
だが今更遅い。彼らは眠れる獅子の尾を踏んだ。
目を覚ました獣は自身が納得するまで動きを止めはしない。
普段は明るく陽気な彼だが忘れてはいけない。
どんなに間が抜けて見えようと、子供っぽく振舞おうと、馬鹿で騙されやすかろうと、彼は、モンキー・D・ルフィは海賊王だ。
海賊の中の海賊であり、他の何物にもなりえない。
我侭でどこまでも自分の意思に忠実な、海賊王。
「───何でナミが泣いてんだ」
「・・・っヒ」
静かな声。
それは普段の彼から考えられない位に、低く怒りを抑えた声。
彼の怒りが自分に向かわないのを理解していても、ロビンの背筋を寒いものが過ぎった。
敵対していた男たちの意識は今にも途切れそうで、ナミを拘束している男も首筋に当てた刃が定まらないほど震えている。
いけないと察し、能力を使うとナイフを叩き落した。
囚われていたナミが顔を上げロビンと瞳が合う。
頬に濡れた痕があり、体に出来た傷に目を眇める。
服は破れ抵抗の跡が生々しい。
海賊であってもナミは女だ。女だからこそされる辱めもある。
「・・・ルフィ」
「大丈夫だ、ナミ。もう大丈夫だ。おれが助けに来たからな」
「ルフィ」
走り寄ったナミがルフィの首筋に抱きついた。
白く細い腕にも傷があり、紐で縛られたのかくっきりとした赤が残っていた。
それを見て舌打したルフィは、ナミの背を宥めるように撫でるとオレンジ色の頭を自分の肩口へと押し付ける。
「大丈夫だ。おれたちの船へ帰ろう」
「ん・・・ルフィ」
暗示を掛けられたようにルフィの言葉を聞いたナミから力が抜ける。
その体を抱き上げると、ルフィはロビンへと歩いてきた。
未だに彼の怒りは収まっていないらしく、ゆらゆらと怒りで背景が霞む。
しかしながら仲間に手を出されたロビンも彼の気持ちは良く理解できたので、手を伸ばして彼女を受け取った。
「ロビン」
「何?」
「ナミは、大丈夫か?」
「・・・大丈夫よ。必死に抵抗したんでしょうね。体の表面に傷はあるけど、下着はつけたままし変な痕跡はないわ。後で一応チョッパーに確認してもらうけど、何かされていたら多分貴方でも拒絶されていると思う」
「そうか。体に残りそうな傷は?」
「それも大丈夫だと思う。見た限りではチョッパーが治せる範囲だわ」
「そっか」
ルフィが安堵を息を吐き、肩の力を抜く。
ロビンを見詰める瞳も普段の落ち着きを取り戻し、怒りは鎮火していないものの、それでも制御できる程度に戻ってくれたらしい。
判りやすい激高と、その制御までの過程に苦笑が漏れる。
ルフィは、ナミが泣くのを極端に厭うた。
まるで彼女の笑顔を護るために行動しているのではないかと思えるときもある。
彼がどうしてそうするのかロビンは知らないが、それが恋愛感情からでないのは理解していた。
恋をしているには瞳に熱が足りない。
想い焦がれる相手を見詰める色を、彼は宿していないし、そんな姿は彼女だけではなく他の誰に対しても向けていない。
彼に焦がれる女は多く、男ですら惚れるのに、それでも彼が同じ色を宿して誰かを見詰めたのは見たことがなかった。
否、一度だけ、あった。
その時は、ルフィの瞳を向けられる相手に酷く胸を妬かれ、苦しく悔しい想いをさせられた。
ルフィは、自分たちのものなのに、と。
物思いに耽っていると、もう一度ルフィに呼びかけられ慌てて意識を戻す。
「何?」
「これ、持っててくれ」
頭に乗せられたのは、彼が宝物にしている麦藁帽子。
彼の象徴とも言える、彼の特別。
それを頭にかぶせられ、見えなくなった視界でも離れる気配にホッとした。
きっと暗闇で見えなかっただろうが、今の自分の顔は出来れば誰にも見せたくない。
顔が熱く、体中が熱を発しているようだ。
ナミの体を支えているために使えない両腕の変わりに、能力を利用し麦藁帽子が落ちないように目深に被る。
ロビンはナミほど感情のふり幅が大きくない。
それは決して感情がないのではなく、彼女ほど感情表現が豊かではないだけの話で、昔に比べれば今は十分に豊かになっている。
だが、それでも。
ロビンを赤面させるなんて荒業、海賊王である彼にしか為し得ない偉業だろう。
かさり、とちくちくした感触をしたそれに手を添える。
僅かな温もりは先ほどまでこれをしていたルフィの体温の残りだろう。
お日様の香を存分にしみこませたそれは、ルフィと同じ香がした。
「───ずるいわ」
こちらを振り返らずに戦闘しているだろう彼に、ぽそりと呟く。
ルフィはナミを特別に扱う。
ナミが泣かされるのを嫌い、弱い彼女を護ろうと動く。
ロビンはナミほど弱くないので、彼女よりも彼に護られる回数は極端に少ない。
それを不満に思った事はないしこれからもそうだと思う。
この強さがあるからこそある程度彼についていけるのを誇りに思っているし、味わうスリルはとても楽しい。
ロビンはナミが好きだ。
つんとした態度を取りながらも、ルフィを心配し信じ慕う彼女を可愛いと思っている。
素直じゃない態度でも好意は漏れ、天邪鬼な猫のようにじゃれる姿は面白い。
いざという時泣き喚くだけでなく凛と背を伸ばし立ち向かう姿は格好いいし、同じ女として尊敬する。
彼女はルフィを護るためには、何よりも強い盾であろうとするから。
微笑ましく思いながらも、痛む胸に気づかぬわけではない。
ロビンはルフィが好きだ。ナミが、彼を好きという意味と同じ意味で。
それを口にする気もないし今の関係を壊すつもりはないが、彼女を羨ましく思うのも事実だった。
ナミを泣かせた男たちにルフィは激怒する。
自分が泣いても同じように怒ってくれるか、それを時々知りたくなる。
残念ながらロビンが涙を流す機会は彼によりほぼ奪われている状態なので、未だに確かめるには到っていないけれど。
「ずるいわ」
怒りのままに敵とみなした雑魚どもを叩き伏せていく海賊王に、ぽつりと呟く。
いつも彼女が預かるはずの麦藁帽子を預けられた。
それだけで、胸が押さえきれないくらいに高鳴る。
十代の子供でもないのに、感情が抑えきれないくらいに気持ちが高ぶる。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
彼が、海賊王になった今でも、この帽子を自分の特別な人間にしか触れさせないのを知っているから、嬉しくて幸せで仕方ない。
「私はあなたの特別。───でも、特別じゃないのも知ってるのに」
ナミもそうだ。
サンジもウソップもチョッパーもフランキーもブルックも知ってる。
唯一自他共に認める相棒のゾロがどう考えているかは知らないが、『仲間』という特別を持っている自分たちは、『仲間』であるからこそ特別になりえないのを理解していた。
それなのに。
「たったこれだけの仕草で、期待したくなってしまうわ」
泣きたくなるくらい甘ったるい想い。
叶わないと知っていて、失えない気持ち。
次々と消えていく気配を前に、麦藁帽子で顔を隠しながらロビンは少しだけ泣いた。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
「馬鹿な子達」
どん、と音が聞こえそうなくらいに色濃い覇気を纏ったルフィを見てロビンは呟く。
彼の強すぎる覇気に呷られ、長く艶やかな黒髪がふわりと揺れた。
それを片手でかきあげて耳の後ろに掛けると、瞬きせずに目の前の馬鹿な人間の末路を見届けるべく腕を組み楽な体勢になった。
先ほどまでにやにやとだらしない顔をしていた男たちは、心なしか青ざめ体を震わせ始める。
だが今更遅い。彼らは眠れる獅子の尾を踏んだ。
目を覚ました獣は自身が納得するまで動きを止めはしない。
普段は明るく陽気な彼だが忘れてはいけない。
どんなに間が抜けて見えようと、子供っぽく振舞おうと、馬鹿で騙されやすかろうと、彼は、モンキー・D・ルフィは海賊王だ。
海賊の中の海賊であり、他の何物にもなりえない。
我侭でどこまでも自分の意思に忠実な、海賊王。
「───何でナミが泣いてんだ」
「・・・っヒ」
静かな声。
それは普段の彼から考えられない位に、低く怒りを抑えた声。
彼の怒りが自分に向かわないのを理解していても、ロビンの背筋を寒いものが過ぎった。
敵対していた男たちの意識は今にも途切れそうで、ナミを拘束している男も首筋に当てた刃が定まらないほど震えている。
いけないと察し、能力を使うとナイフを叩き落した。
囚われていたナミが顔を上げロビンと瞳が合う。
頬に濡れた痕があり、体に出来た傷に目を眇める。
服は破れ抵抗の跡が生々しい。
海賊であってもナミは女だ。女だからこそされる辱めもある。
「・・・ルフィ」
「大丈夫だ、ナミ。もう大丈夫だ。おれが助けに来たからな」
「ルフィ」
走り寄ったナミがルフィの首筋に抱きついた。
白く細い腕にも傷があり、紐で縛られたのかくっきりとした赤が残っていた。
それを見て舌打したルフィは、ナミの背を宥めるように撫でるとオレンジ色の頭を自分の肩口へと押し付ける。
「大丈夫だ。おれたちの船へ帰ろう」
「ん・・・ルフィ」
暗示を掛けられたようにルフィの言葉を聞いたナミから力が抜ける。
その体を抱き上げると、ルフィはロビンへと歩いてきた。
未だに彼の怒りは収まっていないらしく、ゆらゆらと怒りで背景が霞む。
しかしながら仲間に手を出されたロビンも彼の気持ちは良く理解できたので、手を伸ばして彼女を受け取った。
「ロビン」
「何?」
「ナミは、大丈夫か?」
「・・・大丈夫よ。必死に抵抗したんでしょうね。体の表面に傷はあるけど、下着はつけたままし変な痕跡はないわ。後で一応チョッパーに確認してもらうけど、何かされていたら多分貴方でも拒絶されていると思う」
「そうか。体に残りそうな傷は?」
「それも大丈夫だと思う。見た限りではチョッパーが治せる範囲だわ」
「そっか」
ルフィが安堵を息を吐き、肩の力を抜く。
ロビンを見詰める瞳も普段の落ち着きを取り戻し、怒りは鎮火していないものの、それでも制御できる程度に戻ってくれたらしい。
判りやすい激高と、その制御までの過程に苦笑が漏れる。
ルフィは、ナミが泣くのを極端に厭うた。
まるで彼女の笑顔を護るために行動しているのではないかと思えるときもある。
彼がどうしてそうするのかロビンは知らないが、それが恋愛感情からでないのは理解していた。
恋をしているには瞳に熱が足りない。
想い焦がれる相手を見詰める色を、彼は宿していないし、そんな姿は彼女だけではなく他の誰に対しても向けていない。
彼に焦がれる女は多く、男ですら惚れるのに、それでも彼が同じ色を宿して誰かを見詰めたのは見たことがなかった。
否、一度だけ、あった。
その時は、ルフィの瞳を向けられる相手に酷く胸を妬かれ、苦しく悔しい想いをさせられた。
ルフィは、自分たちのものなのに、と。
物思いに耽っていると、もう一度ルフィに呼びかけられ慌てて意識を戻す。
「何?」
「これ、持っててくれ」
頭に乗せられたのは、彼が宝物にしている麦藁帽子。
彼の象徴とも言える、彼の特別。
それを頭にかぶせられ、見えなくなった視界でも離れる気配にホッとした。
きっと暗闇で見えなかっただろうが、今の自分の顔は出来れば誰にも見せたくない。
顔が熱く、体中が熱を発しているようだ。
ナミの体を支えているために使えない両腕の変わりに、能力を利用し麦藁帽子が落ちないように目深に被る。
ロビンはナミほど感情のふり幅が大きくない。
それは決して感情がないのではなく、彼女ほど感情表現が豊かではないだけの話で、昔に比べれば今は十分に豊かになっている。
だが、それでも。
ロビンを赤面させるなんて荒業、海賊王である彼にしか為し得ない偉業だろう。
かさり、とちくちくした感触をしたそれに手を添える。
僅かな温もりは先ほどまでこれをしていたルフィの体温の残りだろう。
お日様の香を存分にしみこませたそれは、ルフィと同じ香がした。
「───ずるいわ」
こちらを振り返らずに戦闘しているだろう彼に、ぽそりと呟く。
ルフィはナミを特別に扱う。
ナミが泣かされるのを嫌い、弱い彼女を護ろうと動く。
ロビンはナミほど弱くないので、彼女よりも彼に護られる回数は極端に少ない。
それを不満に思った事はないしこれからもそうだと思う。
この強さがあるからこそある程度彼についていけるのを誇りに思っているし、味わうスリルはとても楽しい。
ロビンはナミが好きだ。
つんとした態度を取りながらも、ルフィを心配し信じ慕う彼女を可愛いと思っている。
素直じゃない態度でも好意は漏れ、天邪鬼な猫のようにじゃれる姿は面白い。
いざという時泣き喚くだけでなく凛と背を伸ばし立ち向かう姿は格好いいし、同じ女として尊敬する。
彼女はルフィを護るためには、何よりも強い盾であろうとするから。
微笑ましく思いながらも、痛む胸に気づかぬわけではない。
ロビンはルフィが好きだ。ナミが、彼を好きという意味と同じ意味で。
それを口にする気もないし今の関係を壊すつもりはないが、彼女を羨ましく思うのも事実だった。
ナミを泣かせた男たちにルフィは激怒する。
自分が泣いても同じように怒ってくれるか、それを時々知りたくなる。
残念ながらロビンが涙を流す機会は彼によりほぼ奪われている状態なので、未だに確かめるには到っていないけれど。
「ずるいわ」
怒りのままに敵とみなした雑魚どもを叩き伏せていく海賊王に、ぽつりと呟く。
いつも彼女が預かるはずの麦藁帽子を預けられた。
それだけで、胸が押さえきれないくらいに高鳴る。
十代の子供でもないのに、感情が抑えきれないくらいに気持ちが高ぶる。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
彼が、海賊王になった今でも、この帽子を自分の特別な人間にしか触れさせないのを知っているから、嬉しくて幸せで仕方ない。
「私はあなたの特別。───でも、特別じゃないのも知ってるのに」
ナミもそうだ。
サンジもウソップもチョッパーもフランキーもブルックも知ってる。
唯一自他共に認める相棒のゾロがどう考えているかは知らないが、『仲間』という特別を持っている自分たちは、『仲間』であるからこそ特別になりえないのを理解していた。
それなのに。
「たったこれだけの仕草で、期待したくなってしまうわ」
泣きたくなるくらい甘ったるい想い。
叶わないと知っていて、失えない気持ち。
次々と消えていく気配を前に、麦藁帽子で顔を隠しながらロビンは少しだけ泣いた。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
最弱の海と世界でも名高い東の海。
そこから偉大なる海に入る航路の一つに、彼らはひっそりと住んでいた。否、ひっそりというにはその存在はあまりに堂々としすぎていたが。
海に聳え立つ山と間違える巨体を揺らす鯨に、双子岬の灯台守であり医者の肩書きを持つ老人は瞳を細めた。鯨を見るその眼差しは慈しみに溢れており、気の合う友人を見詰めるそれだ。
彼らの付き合いは軽く五十年を超え、その長き時間を共有してきた。
だからこそ彼には判った。鯨が普段よりも浮き足立ち、偉大なる航路をじっと大きな瞳で見詰めていたのに。
「どうしたラブーン?」
そわそわと体を揺らし、世界を別つ『赤い土の大陸』に一心に意識を集中する。何かを待つように静かに霧で途切れた先を見詰める彼に、クロッカスは眉を顰めた。
嘗てのラブーンはこの壁を憎むあまりに頭を打ち付けるという悪癖を有していた。幾度も幾度も自身の体を痛めつけながら体当たりする様は痛々しく、そして同時に腹立たしかった。
だがここ数年でその悪癖はなりを顰め、近くの海で遊ぶ術すら覚えたのに、一体何があるのだろうか。
訝しげに首を傾げると、ラブーンがゆっくりと口を開いた。
「ブオオオオオオオオオっ」
久しぶりに聞く雄たけび。彼の声に波は揺れ、灯台へと海水が押し寄せる。
激しいそれにまた発作が起こったのかと慌てて鎮痛剤を探しに走ろうとしたところでもう一度声が響く。
「クオオオオオオオオぅっ、クオオオっ」
彼は歌っていた。大きな体を左右に揺らし、喜びに瞳を輝かせ、鯨の歌を歌っていた。
嘗て聞いた悲痛な声ではなく、彼がまだ子鯨だった頃良く聞いた泣き声は、クロッカスに唐突に気づかせた。
「来たのか、ラブーン」
「クオオぅ、ブオオオオっ」
波が高くなり海水が灯台まで押し寄せる。建物に縄で自分の体を結ぶと、偉大な航路へと身を乗り出した。
波飛沫は掛かるし海に飲み込まれればひとたまりもない。それでもそうせずに居られなかった。
初めに見えたのは太陽みたいなマーク。よくよく見てみると顔があり、間の抜けた動物みたいに見えた。全体的な船のイメージも大きさも全く違ったが、クロッカスにはそれが誰の船か良く判った。
彼の掲げる海賊旗は髑髏に麦わら。
それは鯨の顔に描かれた歪なものと同じだった。
「おーいっ!ラブーン!!」
船のマストに腕をぐるぐる巻きにし、少し精悍になった顔を笑顔で染め上げた彼は新聞を賑わせる常連であり、クロッカスにも見覚えがあるものだ。
あの日と同じ真っ赤なベストにデニムのハーフパンツ。そして首に下げる麦藁帽子。よく通る声は波の音にも負けず、真っ直ぐに耳に入り込む。
「帰ってきたぞー!お前との約束、果たしに来たぞ!」
「ブオオオオオオゥ」
一層高い声でラブーンが鳴く。彼が歌うは喜びの歌、歓喜で掠れる幸せの歌。
麦藁帽子に髑髏の旗印。それは海賊の中の海賊、現・海賊王が掲げる海賊旗。
彼はラブーンとの約束を守り帰ってきた。数十年前に彼を捨てた海賊と違い、ラブーンとの約束を果たしたのだ。
喜ぶラブーンの上に飛び乗ると、あの日と欠片も変わらぬ太陽を具現化した笑顔で盛大に笑う。
胡坐を掻いた彼を落とさぬように、ラブーンは幾度も海を回った。
暫く遊んでいる彼らを置き、船が灯台へと寄せられる。
「よ、じいさん」
「久しぶりだな。まだ生きてたか」
「ちょっとゾロ!───元気そうで良かったわ、クロッカスさん」
「またエレファント・ホンマグロ調理してやるよ、じじい」
世界一周を成し遂げた無謀な若者たちは、苦難を乗り越えたものだけが持ちえる自信と力を身につけていた。その感覚が懐かしく瞳を細める。嘗てのクロッカスも、世界を旅した日があった。
鼻の長い青年はバンダナを巻いた髪を揺らし笑いかけ、不機嫌そうに見える剣士はぶっきらぼうに声を掛ける。その彼の頭を叩いたオレンジ髪のキュートな美女は取り成すように微笑み、彼女の後ろから現れた金髪は咥えタバコでにかりと笑う。
船から下りてきたのは見覚えのある彼らだけではなかった。
「これが前の海賊王の船医か?おれに医学書見せてくれるか?」
「ふふふ、チョッパー。頼んでみたら?」
「ふーん。この灯台、このおれさまがもっとスーパーに改造してやろうか?」
小さな鹿か狸か判らぬ生物は桜色の帽子とリュックを持っており、そんな彼を勇気付けるようになでたオリエンタルな美女はアルカイックスマイルと浮かべる。彼女の後ろから現れた男は何故か海パンポーズを決めた。
そして更にその後ろ。
怯えるように船の後ろに隠れていた長身の誰かが姿を見せる。
骸骨にアフロ。異色の取り合わせの彼は、シルクハットに燕尾服を着てクロッカスの心に違和感が浮かぶ。その姿はいつかどこかで見た誰かに似ている気がし、彼の持つステッキで彼が誰か判った。
震える声は見ている相手が誰か信じられないからだ。
「もしや、お前は・・・」
指を突きつければ表筋もないのに苦笑したように見えた表情豊かな骸骨は、シルクハットを取り紳士の礼をした。
気障で優雅なその仕草にクロッカスは確信する。
「ブルック、か?」
「ご無沙汰しております、クロッカスさん。恥ずかしながら、このような姿で失礼致します。何しろ冥府より戻ってから魂が迷子になりましてね。ヨホホホ」
「貴様、よくもおめおめと顔を出せたものだな」
彼の笑い声を遮るように口が開く。意識せず飛び出た言葉に誰より驚いたのはクロッカス本人だろう。
握った拳は震え睨みつける眼光は鋭くなる。
「ラブーンとの約束を破っておきながら、何を今更しに来たと言うのだ」
「おい、おっさん。その言い方はねえだろ。こいつにはこいつの事情ってもんが───」
「いえ、いいのですウソップさん。クロッカスさんの仰ることは正論です。私たちは彼との約束を護れなかったのですから」
間に入ろうとしたウソップを腕で制し、彼はクロッカスへと近寄る。
生前と同じ仕草は相変わらず余裕があり優雅だった。彼の出身を考えれば納得できるが崩れぬ余裕が苛立たしい。
歯噛みしさらに口を開こうとした瞬間。クロッカスの前に彼は膝をつき。
深々と、土下座をした。
「我々海賊団は五十年前偉大なる海で全滅いたしました。ヨミヨミの身で蘇りながら、私はずっと海を抜け出せず長い間漂っておりました。実際ルフィさんが来てくださらなかったら私は今でも一人で海を漂い続けたでしょう」
「・・・・・・」
「恥知らずと理解しながらこの岬へ訪れたのは、どうしても彼に届けたいものがあったからです。双子岬で再会を誓った我々の仲間に、どうしても届けなくてはならないものがあった。無念の中偉大なる海を後にした船長のために、そして戦いの後に命を落とした仲間のために。どうか、どうかお願いします。仲間の想いをラブーンへと届けさせてください」
地面に額を額づけるブルックに、クロッカスは無言になる。
五十年前に彼は全滅したと言った。五十年の長い時を一人で漂ったと。
ラブーンには自分が居たが、彼は正真正銘一人きりで海を彷徨い仲間の想いを届けようと努力したと言うのか。ラブーンとの約束を守ろうとしたと言うのか。
ゆっくりと息を吸い吐き出す。
荒れた感情は凪ぎ、土下座し続ける骸骨を静かに見下ろした。
「約束を」
「え?」
「約束を忘れた日が、一日でもあったか?」
「───いいえ。私がこんな姿でも生に執着したのは彼との約束があったからです。そうでなければとうに命を絶っていたでしょう」
「なら、いい」
顔を上げた彼と一瞬だけ目を合わし、くるりと背を向ける。
「ラブーンが忘れなかった約束を、お前が今果たすのなら。それは喜ばしいことなのだろう」
「クロッカスさん。・・・ありがとうございます」
深い謝意と感謝の込められた礼は、クロッカスに真っ直ぐ届いた。
ならばきっと、ラブーンに届かぬはずがない。
再会の約束は果たされた。
その日、もう無くなった仲間の声を聴いて、ラブーンは喜びに身を震わせた。
大きな瞳からぽろぽろと涙を零し、幾度も幾度も音楽を請う。
骸骨アフロは強請られるままにヴァイオリンを奏で陽気な海賊は昼夜を明かし宴会を繰り広げた。
空に吸い込まれる大音量の『ビンクスの酒』に、滲む視界を瞼を押さえることでなんとか堪える。
五十余年の長き約束は、確かに報われたものだった。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
最弱の海と世界でも名高い東の海。
そこから偉大なる海に入る航路の一つに、彼らはひっそりと住んでいた。否、ひっそりというにはその存在はあまりに堂々としすぎていたが。
海に聳え立つ山と間違える巨体を揺らす鯨に、双子岬の灯台守であり医者の肩書きを持つ老人は瞳を細めた。鯨を見るその眼差しは慈しみに溢れており、気の合う友人を見詰めるそれだ。
彼らの付き合いは軽く五十年を超え、その長き時間を共有してきた。
だからこそ彼には判った。鯨が普段よりも浮き足立ち、偉大なる航路をじっと大きな瞳で見詰めていたのに。
「どうしたラブーン?」
そわそわと体を揺らし、世界を別つ『赤い土の大陸』に一心に意識を集中する。何かを待つように静かに霧で途切れた先を見詰める彼に、クロッカスは眉を顰めた。
嘗てのラブーンはこの壁を憎むあまりに頭を打ち付けるという悪癖を有していた。幾度も幾度も自身の体を痛めつけながら体当たりする様は痛々しく、そして同時に腹立たしかった。
だがここ数年でその悪癖はなりを顰め、近くの海で遊ぶ術すら覚えたのに、一体何があるのだろうか。
訝しげに首を傾げると、ラブーンがゆっくりと口を開いた。
「ブオオオオオオオオオっ」
久しぶりに聞く雄たけび。彼の声に波は揺れ、灯台へと海水が押し寄せる。
激しいそれにまた発作が起こったのかと慌てて鎮痛剤を探しに走ろうとしたところでもう一度声が響く。
「クオオオオオオオオぅっ、クオオオっ」
彼は歌っていた。大きな体を左右に揺らし、喜びに瞳を輝かせ、鯨の歌を歌っていた。
嘗て聞いた悲痛な声ではなく、彼がまだ子鯨だった頃良く聞いた泣き声は、クロッカスに唐突に気づかせた。
「来たのか、ラブーン」
「クオオぅ、ブオオオオっ」
波が高くなり海水が灯台まで押し寄せる。建物に縄で自分の体を結ぶと、偉大な航路へと身を乗り出した。
波飛沫は掛かるし海に飲み込まれればひとたまりもない。それでもそうせずに居られなかった。
初めに見えたのは太陽みたいなマーク。よくよく見てみると顔があり、間の抜けた動物みたいに見えた。全体的な船のイメージも大きさも全く違ったが、クロッカスにはそれが誰の船か良く判った。
彼の掲げる海賊旗は髑髏に麦わら。
それは鯨の顔に描かれた歪なものと同じだった。
「おーいっ!ラブーン!!」
船のマストに腕をぐるぐる巻きにし、少し精悍になった顔を笑顔で染め上げた彼は新聞を賑わせる常連であり、クロッカスにも見覚えがあるものだ。
あの日と同じ真っ赤なベストにデニムのハーフパンツ。そして首に下げる麦藁帽子。よく通る声は波の音にも負けず、真っ直ぐに耳に入り込む。
「帰ってきたぞー!お前との約束、果たしに来たぞ!」
「ブオオオオオオゥ」
一層高い声でラブーンが鳴く。彼が歌うは喜びの歌、歓喜で掠れる幸せの歌。
麦藁帽子に髑髏の旗印。それは海賊の中の海賊、現・海賊王が掲げる海賊旗。
彼はラブーンとの約束を守り帰ってきた。数十年前に彼を捨てた海賊と違い、ラブーンとの約束を果たしたのだ。
喜ぶラブーンの上に飛び乗ると、あの日と欠片も変わらぬ太陽を具現化した笑顔で盛大に笑う。
胡坐を掻いた彼を落とさぬように、ラブーンは幾度も海を回った。
暫く遊んでいる彼らを置き、船が灯台へと寄せられる。
「よ、じいさん」
「久しぶりだな。まだ生きてたか」
「ちょっとゾロ!───元気そうで良かったわ、クロッカスさん」
「またエレファント・ホンマグロ調理してやるよ、じじい」
世界一周を成し遂げた無謀な若者たちは、苦難を乗り越えたものだけが持ちえる自信と力を身につけていた。その感覚が懐かしく瞳を細める。嘗てのクロッカスも、世界を旅した日があった。
鼻の長い青年はバンダナを巻いた髪を揺らし笑いかけ、不機嫌そうに見える剣士はぶっきらぼうに声を掛ける。その彼の頭を叩いたオレンジ髪のキュートな美女は取り成すように微笑み、彼女の後ろから現れた金髪は咥えタバコでにかりと笑う。
船から下りてきたのは見覚えのある彼らだけではなかった。
「これが前の海賊王の船医か?おれに医学書見せてくれるか?」
「ふふふ、チョッパー。頼んでみたら?」
「ふーん。この灯台、このおれさまがもっとスーパーに改造してやろうか?」
小さな鹿か狸か判らぬ生物は桜色の帽子とリュックを持っており、そんな彼を勇気付けるようになでたオリエンタルな美女はアルカイックスマイルと浮かべる。彼女の後ろから現れた男は何故か海パンポーズを決めた。
そして更にその後ろ。
怯えるように船の後ろに隠れていた長身の誰かが姿を見せる。
骸骨にアフロ。異色の取り合わせの彼は、シルクハットに燕尾服を着てクロッカスの心に違和感が浮かぶ。その姿はいつかどこかで見た誰かに似ている気がし、彼の持つステッキで彼が誰か判った。
震える声は見ている相手が誰か信じられないからだ。
「もしや、お前は・・・」
指を突きつければ表筋もないのに苦笑したように見えた表情豊かな骸骨は、シルクハットを取り紳士の礼をした。
気障で優雅なその仕草にクロッカスは確信する。
「ブルック、か?」
「ご無沙汰しております、クロッカスさん。恥ずかしながら、このような姿で失礼致します。何しろ冥府より戻ってから魂が迷子になりましてね。ヨホホホ」
「貴様、よくもおめおめと顔を出せたものだな」
彼の笑い声を遮るように口が開く。意識せず飛び出た言葉に誰より驚いたのはクロッカス本人だろう。
握った拳は震え睨みつける眼光は鋭くなる。
「ラブーンとの約束を破っておきながら、何を今更しに来たと言うのだ」
「おい、おっさん。その言い方はねえだろ。こいつにはこいつの事情ってもんが───」
「いえ、いいのですウソップさん。クロッカスさんの仰ることは正論です。私たちは彼との約束を護れなかったのですから」
間に入ろうとしたウソップを腕で制し、彼はクロッカスへと近寄る。
生前と同じ仕草は相変わらず余裕があり優雅だった。彼の出身を考えれば納得できるが崩れぬ余裕が苛立たしい。
歯噛みしさらに口を開こうとした瞬間。クロッカスの前に彼は膝をつき。
深々と、土下座をした。
「我々海賊団は五十年前偉大なる海で全滅いたしました。ヨミヨミの身で蘇りながら、私はずっと海を抜け出せず長い間漂っておりました。実際ルフィさんが来てくださらなかったら私は今でも一人で海を漂い続けたでしょう」
「・・・・・・」
「恥知らずと理解しながらこの岬へ訪れたのは、どうしても彼に届けたいものがあったからです。双子岬で再会を誓った我々の仲間に、どうしても届けなくてはならないものがあった。無念の中偉大なる海を後にした船長のために、そして戦いの後に命を落とした仲間のために。どうか、どうかお願いします。仲間の想いをラブーンへと届けさせてください」
地面に額を額づけるブルックに、クロッカスは無言になる。
五十年前に彼は全滅したと言った。五十年の長い時を一人で漂ったと。
ラブーンには自分が居たが、彼は正真正銘一人きりで海を彷徨い仲間の想いを届けようと努力したと言うのか。ラブーンとの約束を守ろうとしたと言うのか。
ゆっくりと息を吸い吐き出す。
荒れた感情は凪ぎ、土下座し続ける骸骨を静かに見下ろした。
「約束を」
「え?」
「約束を忘れた日が、一日でもあったか?」
「───いいえ。私がこんな姿でも生に執着したのは彼との約束があったからです。そうでなければとうに命を絶っていたでしょう」
「なら、いい」
顔を上げた彼と一瞬だけ目を合わし、くるりと背を向ける。
「ラブーンが忘れなかった約束を、お前が今果たすのなら。それは喜ばしいことなのだろう」
「クロッカスさん。・・・ありがとうございます」
深い謝意と感謝の込められた礼は、クロッカスに真っ直ぐ届いた。
ならばきっと、ラブーンに届かぬはずがない。
再会の約束は果たされた。
その日、もう無くなった仲間の声を聴いて、ラブーンは喜びに身を震わせた。
大きな瞳からぽろぽろと涙を零し、幾度も幾度も音楽を請う。
骸骨アフロは強請られるままにヴァイオリンを奏で陽気な海賊は昼夜を明かし宴会を繰り広げた。
空に吸い込まれる大音量の『ビンクスの酒』に、滲む視界を瞼を押さえることでなんとか堪える。
五十余年の長き約束は、確かに報われたものだった。
*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
船は帆に風を受けて順風満帆に進んでいく。
ブルックが以前乗っていたそれに比べれば随分と小さいそれは、けれど意外性を驚くほど秘め、彼が知るどの船よりも魅力的なものだった。
快適に保たれた空間は、なにも船大工だけの力ではない。
花壇に咲く花は常にロビンが面倒を見ていたし、芝を刈るのは男のクルーの重要な仕事。船の上にある蜜柑はナミが大事に大事に育てているし、生簀の魚は常に皆で釣りをして補充している。コックが大事に扱うキッチンは常に清潔に保たれ、部屋は交代で掃除しているのでいつでも綺麗に整っていた。
そしてその船に乗る人間こそが、ブルックにとって居心地のいい空間を作り出す最大のスパイス。何があっても明るく陽気、そして途方もなく強固な絆を持ち互いを尊重しあう仲間は幸福の源。
暗く深い霧の中を彷徨った五十年。ブルックは死ぬ瞬間までその時を忘れることは無いだろう。
仲間は全員死に絶えた船の上。せめて彼らの歌声を、最後に残る仲間に残そうと一人生きた永い時間。
寂しかった。哀しかった。辛かった。いつだって死にたいと思っていた。
奇跡を信じるには独りで過ごす時は長すぎて、いつだって寂寥の中を彷徨っていた。
死に絶えた仲間の骸を抱き、夢を見ては絶望し、絶望しては夢を見て。
涙が流せぬ瞳の奥で、幾度涙を零しただろう。
縋る縁は過去の記憶。船員と過ごした楽しい日々と、仲間との約束唯一つ。
幾度も死のうとしたブルックを繋ぎ止めたのは、頭の中に隠した音貝の存在だった。
それを彼に聞かせるまで、全ての真実を話すまではと、微かな希望に縋りつき過ごした五十年は惨めだった。
見上げる空はあの頃と違い雲ひとつ無い星空で、その奇跡に深く深く感謝する。
常に船の何処彼処から聞こえる騒がしい声。寝静まってすら聞こえる鼾に、幸福だと思わぬ瞬間は無い。
死んで骨だけ、涙も流せぬ。
そんな骸骨のブルックを、自然体で受け止めてくれる仲間が今ここに居る。
「───ルフィさん」
「んあ?」
見張り台まで上ったブルックは、そこに居る人に声をかける。
普段なら寝ぼけ眼の彼は、ぱっちりと黒目を開きブルックを映した。
出会った頃よりスマートになった顎のライン。体つきも逞しくなり、少年らしい線の細さの変わりに、頼りがいある痩躯が形作られた。
ブルックの知る誰よりも海賊王に近い位置に居る彼は、ブルックが知る誰よりもいい男だった。見た目だけではなく、その中身が。
この船で一番星に近い場所に居た彼は、ブルックの存在を認めるとどうしたんだ、と昔から変わらぬ笑顔で問いかける。太陽みたいな明るく眩しいそれは、ブルックが一番大好きなもので大事だと思っていた。
ひょいと身軽な体を活かし見張り台に上がると、少し狭くなった場所に文句を言うでもなくルフィは身を寄せる。
僅かに出来た場所に身を押し込むと、男二人にはその場所はやはり狭く、真正面に向き合って小さく笑いあった。
「いえね、興奮で目が覚めてしまったんですよ」
「お前も?」
「ええ。───世界の最果ての島。そこに辿り着くのは昔の私の夢の一部でしたから」
「一部なのか?」
「そうです。その当時は最果ての島にあるワンピースを探す海賊は居ませんでした。それは私が没した後の伝説です。私達の時代は、ただ、世界一周を夢見た海賊達が船を駆る。そんな時代だったのですよ」
「ふーん・・・。誰よりも早く世界一周を成し遂げる。それって、すげえな!」
「ええ。私も憧れました。結局、志半ばで仲間を失い、私一人で漂流してたんですけどね。ヨホホホホ~」
笑い声が空にと消える。
誰かと会話する日が来るなど、あの日まで思っていなかった。
フランキーに言われるまでもなく、自分の存在がどんなものか自覚していたからだ。
誰もが怯え、惑い、恐怖する異端の存在。運良く影が取り戻せ航海に戻れたとしても、独りきりで渡るにはこの海は広すぎて、仲間を作るにはブルックが異質すぎた。爪弾きものになるのは想像できたし、覚悟もついた上で生きていた。
だから、ありえない奇跡だと、今でもそう思ってる。
ルフィとの出会いは運命の悪戯で、神でも悪魔でも誰でもなく、彼に感謝したい奇跡だった。
「私ね、本当は諦めかけていたのかもしれません」
「何をだ?」
「彼らの歌を、ラブーンに届ける夢をです」
ブルックの言葉にルフィは目を瞬く。
その表情は覚えている限り変わりなく、瞬く間に過ぎた年月を思い少し微笑む。きっとどれだけ時間が流れても彼は彼のままだろう。それが嬉しく幸せだった。
「私は異端の存在です。死んで骨だけ。アフロの骸骨。悪魔の実は奇跡を起こしたけれど、それは本当に呪いに近い。だってそうでしょう?独りで船を操り渡れるほどあの海は甘くない。運良く人が見つかっても私を仲間にする人間がいるとは思えない。取られた影は自分より強い相手に憑依したし、それ以前にログポースすらあの船にはないのですから。あのまま影を取り戻し、運良く出向できたとしてもきっとすぐに遭難してたでしょうねぇ」
「・・・そうかもしれねえな」
「ええ、ええ、そうでしょう。そして無謀な旅路だと誰よりも私は理解していた。仲間の骸と漂流した期間はね、考える時間だけは無駄にあったんです。幾度も幾度も想像するのに、私は一度としてラブーンと会えた奇跡を考えたことはなかったように思います。その癖彼との約束にしがみ付いた。・・・意味が、欲しかったのでしょう。仲間達が生きた意味が、そして私自身が生きる意味が」
ぽつり、ぽつりと語って聞かせる。
見上げる空が美しすぎるのがいけない。人の心を感傷的にさせ、昔話を思い出させる。
温い風が頬を撫でるとそのまま彼方へ過ぎ去った。潮騒の音は心地よく響き、慣れた震動に身を任せる。進む海域は波が穏やかで心地よいゆりかごのようだった。
閉じる瞼を持たないブルックは、心の瞼を静かに閉じる。
そうするといつだって仲間達の笑顔を思い出せた。誰一人残らず、今となっては懐かしい彼らの笑顔を。
視線を空から戻すと、静かな光を湛える黒目に移す。黙り込んだ船長は渋い顔をしていて、話をしすぎたかもしれないと漸く悟った。
過去最果ての島まで到達したのは伝説の海賊王、ただ一人。世界一周を夢見た男たちを差し置いて、それを成し遂げた彼の偉業にルフィは続く。夢見たワンピースを手にして、誰よりも自由で強い海賊王となる。
その偉業の前にする話ではなかったか、と僅かに苦笑すると、ルフィはむすっとした表情で唇を開いた。
「お前、何馬鹿なこと言ってんだ」
「え?」
「お前はおれたちが居なくても、お前の夢を果たしたに決まってんだろうが。もしおれたちが居なくても、おまえは影を取り戻したし、何があってもラブーンに会いに行ったはずだ。お前の持ってる信念は、夢は、そんなあっさりと無理でしたでしょうと語れるようなもんじゃねえだろ」
「・・・・・・」
「そのお前が、諦めかけてた訳がねぇ。馬鹿なことを言うな」
怒りできらきらと光るルフィの目を見て、彼の怒りの理由に気づいた。ルフィは、自身の夢を貶めたブルックに憤っている。自身の信念を甘く見ているブルックに対して怒っているのだ。
肺も気管も声帯も声道も存在しないのに、確かにそのどれかに空気が使えなくなった喉がぐうと鳴る。それは嗚咽に近い声で、涙を堪えて漏らすそれに至極近い音だった。
それでも涙を流せないブルックは、代わりに満面の笑みを敷くと何処からともなくヴァイオリンを取り出す。
「ヨホホホホ~。こりゃまた、すみません!馬鹿なことを言いました」
「全くだ。おれは憤慨したぞ」
「おや、ルフィさん。随分難しい言葉をご存知ですね」
「この間ロビンに習ったんだ。すげぇだろ」
「ええ、素晴らしいです」
狭い場所で器用にバイオリンの音を調整した彼は、尊敬し敬愛する船長に向かい一曲如何ですと問いかけた。
すると先ほどの怒りは忘れたらしいルフィは、笑顔でリクエストをかける。曲は彼のお気に入り、『ビンクスの酒』だ。
その旋律を奏でながら、ブルックは涙を零せない目をありがたく思った。そうでなければ今頃目が融けてなくなってしまうのではないかと思うほどに涙を零していたに違いない。それくらいルフィの言葉に感動し、感謝した。
いつもと違い陽気な雰囲気ではなく、しっとりとした曲調にアレンジしたそれは、夜空に吸い込まれるように音を響かす。
賑やかしいのを好む船長は、ブルックのアレンジに文句も言わず心地良さそうに瞼を閉じた。無防備な様子はそのまま信頼を表し、小さな事にまた感謝する。
「ねぇ、ルフィさん」
「ん?」
「私、あなたに会えてよかった」
ヴァイオリンの音色に紛れる小さな声。囁きは届かなくとも構わなかったのに、それをしっかりと聞き遂げたらしい彼は、にいっと楽しげに笑った。
「おれもだ。お前に会えて良かった。考えても見ろよ。アフロで骸骨でヨホホの音楽家なんて、世界中探してもおれの船にしか乗ってないぞ。お前みたいな最高の音楽家、世界に一人だけだ」
ししししっと子供みたいな顔で笑ったルフィに、ブルックの旋律が少しだけぶれた。
慌てて曲調を立て直すと、何も無かったように無言で続ける。
だがその胸中は複雑で、やはり泣ければよかったのにと思わずに居られない。
涙を流せれば、この複雑な感情も少しは流せたかも知れないのに。
ヴァイオリンを奏でる音楽家は、やっぱり笑うと掠れた声で囁いた。
「私も、あなたに会えてよかったです」
そっか、と呟き笑う彼は、ブルックの言葉に秘められた万端の想いなど気付くまい。彼は誰かを喜ばせるために何かを言うのではなく、自分が言いたいから何かを言うのだ。
ブルックが喜ぶのはブルックの事情であり、彼は全く関心を寄せない。その影響力は、海軍大将の攻撃よりも大きいと言うのに。
自身を異端だと認める骸骨に向かって、お前は最高だと彼は嬉しげに笑う。その事実こそ、ブルックには最高だった。
「ワンピースを見つけたらさ。そのまま一番に、ラブーンに会いに行こうな。おれとお前の約束を果たすんだ」
それが当たり前だと言ってくれる彼にこそブルックは救われる。
死んで骨だけ。仲間は全滅。一人で彷徨った五十年は生きた地獄でしかなかったけれど、それを補う幸せを今確かに受けている。
面倒ばかりでトラブルと喧騒に事欠かない日々だが、それを何より慈しんでいる。
賑やかな仲間の居る船で、音楽家として働く彼は、ヨホホホと声を響かせた。
優しい眠り歌が船を包んだ数日後に、ルフィは彼の夢を果たした。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
船は帆に風を受けて順風満帆に進んでいく。
ブルックが以前乗っていたそれに比べれば随分と小さいそれは、けれど意外性を驚くほど秘め、彼が知るどの船よりも魅力的なものだった。
快適に保たれた空間は、なにも船大工だけの力ではない。
花壇に咲く花は常にロビンが面倒を見ていたし、芝を刈るのは男のクルーの重要な仕事。船の上にある蜜柑はナミが大事に大事に育てているし、生簀の魚は常に皆で釣りをして補充している。コックが大事に扱うキッチンは常に清潔に保たれ、部屋は交代で掃除しているのでいつでも綺麗に整っていた。
そしてその船に乗る人間こそが、ブルックにとって居心地のいい空間を作り出す最大のスパイス。何があっても明るく陽気、そして途方もなく強固な絆を持ち互いを尊重しあう仲間は幸福の源。
暗く深い霧の中を彷徨った五十年。ブルックは死ぬ瞬間までその時を忘れることは無いだろう。
仲間は全員死に絶えた船の上。せめて彼らの歌声を、最後に残る仲間に残そうと一人生きた永い時間。
寂しかった。哀しかった。辛かった。いつだって死にたいと思っていた。
奇跡を信じるには独りで過ごす時は長すぎて、いつだって寂寥の中を彷徨っていた。
死に絶えた仲間の骸を抱き、夢を見ては絶望し、絶望しては夢を見て。
涙が流せぬ瞳の奥で、幾度涙を零しただろう。
縋る縁は過去の記憶。船員と過ごした楽しい日々と、仲間との約束唯一つ。
幾度も死のうとしたブルックを繋ぎ止めたのは、頭の中に隠した音貝の存在だった。
それを彼に聞かせるまで、全ての真実を話すまではと、微かな希望に縋りつき過ごした五十年は惨めだった。
見上げる空はあの頃と違い雲ひとつ無い星空で、その奇跡に深く深く感謝する。
常に船の何処彼処から聞こえる騒がしい声。寝静まってすら聞こえる鼾に、幸福だと思わぬ瞬間は無い。
死んで骨だけ、涙も流せぬ。
そんな骸骨のブルックを、自然体で受け止めてくれる仲間が今ここに居る。
「───ルフィさん」
「んあ?」
見張り台まで上ったブルックは、そこに居る人に声をかける。
普段なら寝ぼけ眼の彼は、ぱっちりと黒目を開きブルックを映した。
出会った頃よりスマートになった顎のライン。体つきも逞しくなり、少年らしい線の細さの変わりに、頼りがいある痩躯が形作られた。
ブルックの知る誰よりも海賊王に近い位置に居る彼は、ブルックが知る誰よりもいい男だった。見た目だけではなく、その中身が。
この船で一番星に近い場所に居た彼は、ブルックの存在を認めるとどうしたんだ、と昔から変わらぬ笑顔で問いかける。太陽みたいな明るく眩しいそれは、ブルックが一番大好きなもので大事だと思っていた。
ひょいと身軽な体を活かし見張り台に上がると、少し狭くなった場所に文句を言うでもなくルフィは身を寄せる。
僅かに出来た場所に身を押し込むと、男二人にはその場所はやはり狭く、真正面に向き合って小さく笑いあった。
「いえね、興奮で目が覚めてしまったんですよ」
「お前も?」
「ええ。───世界の最果ての島。そこに辿り着くのは昔の私の夢の一部でしたから」
「一部なのか?」
「そうです。その当時は最果ての島にあるワンピースを探す海賊は居ませんでした。それは私が没した後の伝説です。私達の時代は、ただ、世界一周を夢見た海賊達が船を駆る。そんな時代だったのですよ」
「ふーん・・・。誰よりも早く世界一周を成し遂げる。それって、すげえな!」
「ええ。私も憧れました。結局、志半ばで仲間を失い、私一人で漂流してたんですけどね。ヨホホホホ~」
笑い声が空にと消える。
誰かと会話する日が来るなど、あの日まで思っていなかった。
フランキーに言われるまでもなく、自分の存在がどんなものか自覚していたからだ。
誰もが怯え、惑い、恐怖する異端の存在。運良く影が取り戻せ航海に戻れたとしても、独りきりで渡るにはこの海は広すぎて、仲間を作るにはブルックが異質すぎた。爪弾きものになるのは想像できたし、覚悟もついた上で生きていた。
だから、ありえない奇跡だと、今でもそう思ってる。
ルフィとの出会いは運命の悪戯で、神でも悪魔でも誰でもなく、彼に感謝したい奇跡だった。
「私ね、本当は諦めかけていたのかもしれません」
「何をだ?」
「彼らの歌を、ラブーンに届ける夢をです」
ブルックの言葉にルフィは目を瞬く。
その表情は覚えている限り変わりなく、瞬く間に過ぎた年月を思い少し微笑む。きっとどれだけ時間が流れても彼は彼のままだろう。それが嬉しく幸せだった。
「私は異端の存在です。死んで骨だけ。アフロの骸骨。悪魔の実は奇跡を起こしたけれど、それは本当に呪いに近い。だってそうでしょう?独りで船を操り渡れるほどあの海は甘くない。運良く人が見つかっても私を仲間にする人間がいるとは思えない。取られた影は自分より強い相手に憑依したし、それ以前にログポースすらあの船にはないのですから。あのまま影を取り戻し、運良く出向できたとしてもきっとすぐに遭難してたでしょうねぇ」
「・・・そうかもしれねえな」
「ええ、ええ、そうでしょう。そして無謀な旅路だと誰よりも私は理解していた。仲間の骸と漂流した期間はね、考える時間だけは無駄にあったんです。幾度も幾度も想像するのに、私は一度としてラブーンと会えた奇跡を考えたことはなかったように思います。その癖彼との約束にしがみ付いた。・・・意味が、欲しかったのでしょう。仲間達が生きた意味が、そして私自身が生きる意味が」
ぽつり、ぽつりと語って聞かせる。
見上げる空が美しすぎるのがいけない。人の心を感傷的にさせ、昔話を思い出させる。
温い風が頬を撫でるとそのまま彼方へ過ぎ去った。潮騒の音は心地よく響き、慣れた震動に身を任せる。進む海域は波が穏やかで心地よいゆりかごのようだった。
閉じる瞼を持たないブルックは、心の瞼を静かに閉じる。
そうするといつだって仲間達の笑顔を思い出せた。誰一人残らず、今となっては懐かしい彼らの笑顔を。
視線を空から戻すと、静かな光を湛える黒目に移す。黙り込んだ船長は渋い顔をしていて、話をしすぎたかもしれないと漸く悟った。
過去最果ての島まで到達したのは伝説の海賊王、ただ一人。世界一周を夢見た男たちを差し置いて、それを成し遂げた彼の偉業にルフィは続く。夢見たワンピースを手にして、誰よりも自由で強い海賊王となる。
その偉業の前にする話ではなかったか、と僅かに苦笑すると、ルフィはむすっとした表情で唇を開いた。
「お前、何馬鹿なこと言ってんだ」
「え?」
「お前はおれたちが居なくても、お前の夢を果たしたに決まってんだろうが。もしおれたちが居なくても、おまえは影を取り戻したし、何があってもラブーンに会いに行ったはずだ。お前の持ってる信念は、夢は、そんなあっさりと無理でしたでしょうと語れるようなもんじゃねえだろ」
「・・・・・・」
「そのお前が、諦めかけてた訳がねぇ。馬鹿なことを言うな」
怒りできらきらと光るルフィの目を見て、彼の怒りの理由に気づいた。ルフィは、自身の夢を貶めたブルックに憤っている。自身の信念を甘く見ているブルックに対して怒っているのだ。
肺も気管も声帯も声道も存在しないのに、確かにそのどれかに空気が使えなくなった喉がぐうと鳴る。それは嗚咽に近い声で、涙を堪えて漏らすそれに至極近い音だった。
それでも涙を流せないブルックは、代わりに満面の笑みを敷くと何処からともなくヴァイオリンを取り出す。
「ヨホホホホ~。こりゃまた、すみません!馬鹿なことを言いました」
「全くだ。おれは憤慨したぞ」
「おや、ルフィさん。随分難しい言葉をご存知ですね」
「この間ロビンに習ったんだ。すげぇだろ」
「ええ、素晴らしいです」
狭い場所で器用にバイオリンの音を調整した彼は、尊敬し敬愛する船長に向かい一曲如何ですと問いかけた。
すると先ほどの怒りは忘れたらしいルフィは、笑顔でリクエストをかける。曲は彼のお気に入り、『ビンクスの酒』だ。
その旋律を奏でながら、ブルックは涙を零せない目をありがたく思った。そうでなければ今頃目が融けてなくなってしまうのではないかと思うほどに涙を零していたに違いない。それくらいルフィの言葉に感動し、感謝した。
いつもと違い陽気な雰囲気ではなく、しっとりとした曲調にアレンジしたそれは、夜空に吸い込まれるように音を響かす。
賑やかしいのを好む船長は、ブルックのアレンジに文句も言わず心地良さそうに瞼を閉じた。無防備な様子はそのまま信頼を表し、小さな事にまた感謝する。
「ねぇ、ルフィさん」
「ん?」
「私、あなたに会えてよかった」
ヴァイオリンの音色に紛れる小さな声。囁きは届かなくとも構わなかったのに、それをしっかりと聞き遂げたらしい彼は、にいっと楽しげに笑った。
「おれもだ。お前に会えて良かった。考えても見ろよ。アフロで骸骨でヨホホの音楽家なんて、世界中探してもおれの船にしか乗ってないぞ。お前みたいな最高の音楽家、世界に一人だけだ」
ししししっと子供みたいな顔で笑ったルフィに、ブルックの旋律が少しだけぶれた。
慌てて曲調を立て直すと、何も無かったように無言で続ける。
だがその胸中は複雑で、やはり泣ければよかったのにと思わずに居られない。
涙を流せれば、この複雑な感情も少しは流せたかも知れないのに。
ヴァイオリンを奏でる音楽家は、やっぱり笑うと掠れた声で囁いた。
「私も、あなたに会えてよかったです」
そっか、と呟き笑う彼は、ブルックの言葉に秘められた万端の想いなど気付くまい。彼は誰かを喜ばせるために何かを言うのではなく、自分が言いたいから何かを言うのだ。
ブルックが喜ぶのはブルックの事情であり、彼は全く関心を寄せない。その影響力は、海軍大将の攻撃よりも大きいと言うのに。
自身を異端だと認める骸骨に向かって、お前は最高だと彼は嬉しげに笑う。その事実こそ、ブルックには最高だった。
「ワンピースを見つけたらさ。そのまま一番に、ラブーンに会いに行こうな。おれとお前の約束を果たすんだ」
それが当たり前だと言ってくれる彼にこそブルックは救われる。
死んで骨だけ。仲間は全滅。一人で彷徨った五十年は生きた地獄でしかなかったけれど、それを補う幸せを今確かに受けている。
面倒ばかりでトラブルと喧騒に事欠かない日々だが、それを何より慈しんでいる。
賑やかな仲間の居る船で、音楽家として働く彼は、ヨホホホと声を響かせた。
優しい眠り歌が船を包んだ数日後に、ルフィは彼の夢を果たした。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
「お前って」
「?」
「ルフィのことが大概好きだよな」
「はぁ?」
珍しく二人きりで船の上で留守番している最中に、唐突に告げられた言葉にナミは嫌そうに顔を顰める。
久しぶりに寄った島で買出し中のメンバーにナミが混ざっていないのは、今日は海図を纏めると決めたからで、ゾロが残ったのは昼寝していて出遅れたからだ。
ちなみに勝手に船を降りようとしたゾロを全力でナミが止めたのは言うまでもない。
チョッパーか誰かが居ればいいのだが、そうでなければ方向音痴のゾロは今日中に船に帰ってこないだろう。
船舶予定は三日なので今日帰ってこなくてもいいが、彼の場合は三日過ぎても帰ってこないに決まっている。
そうしたらログが書き換えられてしまい、次の島へ進めない。
容易に想像できる未来だが、彼を説得するのは簡単じゃなかった。
自分が方向音痴だといい加減に認めればいい。
ルーキーと呼ばれる頃から酷いもんだったが、益々磨きのかかった現在、下手したら『海賊王の相棒、遭難し死亡』なんて記事が出るかもしれない。そんな恥ずかしい噂を背負って生きていくのは嫌だ。
拳を使った説得で何とか引き止めたのは良かったが、午前中寝すぎて眠気が襲ってこないらしい剣士は珍しくナミに話かけて来た。
それが前頭の台詞だったけれど。
「あんた、今更何言ってるわけ?」
「いや。今唐突にお前見てて思ったからよ」
「何で?」
「その海図。描く時の顔がルフィ見てるときとそっくりだった」
「・・・・・・あんたそんなに私を見てるの?うざっ」
「見てねえよ!視界に入ってくるだけだ!」
「ちょっと勘弁してよ。勝手に見るならお金取るわよ」
「大概守銭奴だよな、テメェはよ」
「仕方ないでしょう?海賊王の船だってのに、どうして貧乏生活を送ってるのよ私達。海賊王って海賊の中の海賊でしょ?それが赤貧生活って何?」
「んなことおれに聞くな」
勢い込んだナミに、うんざりと息を吐く。
確かに彼女が言うとおり、自分たちの旅は豪華絢爛とは行かない。むしろルーキー時代から何も変わってない気がする。
いや、だがルフィと二人で旅をしていた頃よりはマシだろう。
あの時は船の上で自分たちを餌に見立てて襲ってくる魚を食べていた。今はグル眉のコックが食糧管理及び朝昼晩プラスおやつを管理してくれている。しかもナミとは違って無料だ。
何かにつけて気に入らない男だが、料理の腕だけは認めているゾロとしては、また以前の食生活に戻るのは嫌だと思わないでもない。
自分から話しかけておいて思考の渦に嵌ったゾロに、ナミはふうと一つため息を落とす。
「あんただって」
「あ?」
「ルフィのこと大好きじゃない」
「はぁ?」
どうなのとばかりに告げたナミは、どこか呆れを含んだ眼差しだった。
だがゾロからしてみればナミの言い分は気色が悪い、その一点に尽きる。
感情のままに渋い表情で眉を寄せれば、違うの?と可愛らしく泥棒猫は首を傾げた。彼女のファンから見ればさぞ魅力的だろうが、本性を知ってるゾロとしては今更何とも思わない。
「まあ、好きか嫌いかって言やぁ嫌いじゃねぇけどな。んな気色悪い感情を考えたこともねぇな」
「そうなの?」
「何だよ、その意外と言わんばかりの表情は」
「だって意外じゃない。あんたのルフィに対する執着心とか顕示欲とか忠誠心を考えると、そうとしか思えないわ」
「これだから女って言うのは・・・。世の中は好きと嫌いで分かれてるわけじゃねぇんだぞ」
「そりゃそうかもしれないけど。でもルフィはあんたが好きよ」
「───なんだ、焼き餅か?」
「誰が」
口調こそ涼やかだがナミの目元は赤く染まっている。
年よりも幼い少女めいた仕草は、ルフィに関連することばかりだ。
いつもこうなら可愛いと思わなくもないが、それはそれで気色悪いかもしれない。
にたり、と意地悪く笑ったゾロに、今度こそ眉を吊り上げたナミは、遠慮なく頭を拳で殴った。
がつんとした衝撃は脳髄を揺らし、相変わらず女の癖にいい拳を持っている。
「何よ、悪い!?」
「別に悪いなんて言ってねえよ」
がなりたてるナミをかわし、ゾロは肩を竦めた。
別に馬鹿にしている気はないのだ。これっぽちも。
ただ女だからこそ持ちえる感情を不思議に思い、もしかしたらそれを羨んでいるのかもしれない。
「なぁ、ナミ」
「何よ!!」
「おれはな、ルフィを『大好き』なんて気色悪い感情は持ち合わせちゃいないが」
「いないが?」
「あいつに惚れてるよ」
ぽかんと口を開けた間抜け面がおかしくて、ククッと喉を震わせた。
何故女はこんなに簡単なことが判らないのだろうか。
ゾロがルフィに持つ感情は、恋だの愛だの軽薄なものではない。
もっと深く、根本の部分から湧き出る執着と独占。船長としての彼への尊敬と、唯一自分の上に立つ男への畏敬。
それらがゾロを複雑に作り上げていて、薄い言葉で簡単にこの想いを言い表せない。
大好きなんて感情で括れないほど、ゾロはルフィを絶対としているのだ。
彼はある意味、ゾロの支配者でもある。
「男が男に惚れるときはな、女が男に惚れるよりも厄介かもしれねぇぞ」
「どういう意味よ、それ」
「それくらい自分で考えろ」
親友への誓いは、いつしか自分の認めた男への誓いにもなっていた。
隣に並び立つために常に努力し続け、最強であり続けると誓った。
誰かに敗れ、敗北を晒すくらいなら、彼への誓いを破るくらいなら死んだ方がマシだと心から思う。
意地とプライドにかけて、首だけになってでも彼の道を切り開くと決めたのは、もう随分と昔だった。
夢半ばでも自分自身より彼を選べる。
何故ならゾロが選んだルフィという男は、海賊王でいるべき男だから。
誰よりも自由で、誰よりも強い。
そんな彼の右腕でいるのがゾロの誇りで、そしてきっとそんな彼の船を進めるのがナミの誇りだ。
自分と似て非なる感情を持つこの女が、ゾロは嫌いではなかった。
「敢えて、一つだけ言うなら」
「何よ」
「おれの立ち位置は一生誰にも奪えねぇってとこだな」
自信満々に告げた台詞に一瞬目を丸めた泥棒猫は、悔しそうに唇を噛み締めた。
自他共に認める海賊王の右腕であり、世界最強の剣豪は、上機嫌な獣がそうするように瞳を細め満足気に息を吐き出した。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
「お前って」
「?」
「ルフィのことが大概好きだよな」
「はぁ?」
珍しく二人きりで船の上で留守番している最中に、唐突に告げられた言葉にナミは嫌そうに顔を顰める。
久しぶりに寄った島で買出し中のメンバーにナミが混ざっていないのは、今日は海図を纏めると決めたからで、ゾロが残ったのは昼寝していて出遅れたからだ。
ちなみに勝手に船を降りようとしたゾロを全力でナミが止めたのは言うまでもない。
チョッパーか誰かが居ればいいのだが、そうでなければ方向音痴のゾロは今日中に船に帰ってこないだろう。
船舶予定は三日なので今日帰ってこなくてもいいが、彼の場合は三日過ぎても帰ってこないに決まっている。
そうしたらログが書き換えられてしまい、次の島へ進めない。
容易に想像できる未来だが、彼を説得するのは簡単じゃなかった。
自分が方向音痴だといい加減に認めればいい。
ルーキーと呼ばれる頃から酷いもんだったが、益々磨きのかかった現在、下手したら『海賊王の相棒、遭難し死亡』なんて記事が出るかもしれない。そんな恥ずかしい噂を背負って生きていくのは嫌だ。
拳を使った説得で何とか引き止めたのは良かったが、午前中寝すぎて眠気が襲ってこないらしい剣士は珍しくナミに話かけて来た。
それが前頭の台詞だったけれど。
「あんた、今更何言ってるわけ?」
「いや。今唐突にお前見てて思ったからよ」
「何で?」
「その海図。描く時の顔がルフィ見てるときとそっくりだった」
「・・・・・・あんたそんなに私を見てるの?うざっ」
「見てねえよ!視界に入ってくるだけだ!」
「ちょっと勘弁してよ。勝手に見るならお金取るわよ」
「大概守銭奴だよな、テメェはよ」
「仕方ないでしょう?海賊王の船だってのに、どうして貧乏生活を送ってるのよ私達。海賊王って海賊の中の海賊でしょ?それが赤貧生活って何?」
「んなことおれに聞くな」
勢い込んだナミに、うんざりと息を吐く。
確かに彼女が言うとおり、自分たちの旅は豪華絢爛とは行かない。むしろルーキー時代から何も変わってない気がする。
いや、だがルフィと二人で旅をしていた頃よりはマシだろう。
あの時は船の上で自分たちを餌に見立てて襲ってくる魚を食べていた。今はグル眉のコックが食糧管理及び朝昼晩プラスおやつを管理してくれている。しかもナミとは違って無料だ。
何かにつけて気に入らない男だが、料理の腕だけは認めているゾロとしては、また以前の食生活に戻るのは嫌だと思わないでもない。
自分から話しかけておいて思考の渦に嵌ったゾロに、ナミはふうと一つため息を落とす。
「あんただって」
「あ?」
「ルフィのこと大好きじゃない」
「はぁ?」
どうなのとばかりに告げたナミは、どこか呆れを含んだ眼差しだった。
だがゾロからしてみればナミの言い分は気色が悪い、その一点に尽きる。
感情のままに渋い表情で眉を寄せれば、違うの?と可愛らしく泥棒猫は首を傾げた。彼女のファンから見ればさぞ魅力的だろうが、本性を知ってるゾロとしては今更何とも思わない。
「まあ、好きか嫌いかって言やぁ嫌いじゃねぇけどな。んな気色悪い感情を考えたこともねぇな」
「そうなの?」
「何だよ、その意外と言わんばかりの表情は」
「だって意外じゃない。あんたのルフィに対する執着心とか顕示欲とか忠誠心を考えると、そうとしか思えないわ」
「これだから女って言うのは・・・。世の中は好きと嫌いで分かれてるわけじゃねぇんだぞ」
「そりゃそうかもしれないけど。でもルフィはあんたが好きよ」
「───なんだ、焼き餅か?」
「誰が」
口調こそ涼やかだがナミの目元は赤く染まっている。
年よりも幼い少女めいた仕草は、ルフィに関連することばかりだ。
いつもこうなら可愛いと思わなくもないが、それはそれで気色悪いかもしれない。
にたり、と意地悪く笑ったゾロに、今度こそ眉を吊り上げたナミは、遠慮なく頭を拳で殴った。
がつんとした衝撃は脳髄を揺らし、相変わらず女の癖にいい拳を持っている。
「何よ、悪い!?」
「別に悪いなんて言ってねえよ」
がなりたてるナミをかわし、ゾロは肩を竦めた。
別に馬鹿にしている気はないのだ。これっぽちも。
ただ女だからこそ持ちえる感情を不思議に思い、もしかしたらそれを羨んでいるのかもしれない。
「なぁ、ナミ」
「何よ!!」
「おれはな、ルフィを『大好き』なんて気色悪い感情は持ち合わせちゃいないが」
「いないが?」
「あいつに惚れてるよ」
ぽかんと口を開けた間抜け面がおかしくて、ククッと喉を震わせた。
何故女はこんなに簡単なことが判らないのだろうか。
ゾロがルフィに持つ感情は、恋だの愛だの軽薄なものではない。
もっと深く、根本の部分から湧き出る執着と独占。船長としての彼への尊敬と、唯一自分の上に立つ男への畏敬。
それらがゾロを複雑に作り上げていて、薄い言葉で簡単にこの想いを言い表せない。
大好きなんて感情で括れないほど、ゾロはルフィを絶対としているのだ。
彼はある意味、ゾロの支配者でもある。
「男が男に惚れるときはな、女が男に惚れるよりも厄介かもしれねぇぞ」
「どういう意味よ、それ」
「それくらい自分で考えろ」
親友への誓いは、いつしか自分の認めた男への誓いにもなっていた。
隣に並び立つために常に努力し続け、最強であり続けると誓った。
誰かに敗れ、敗北を晒すくらいなら、彼への誓いを破るくらいなら死んだ方がマシだと心から思う。
意地とプライドにかけて、首だけになってでも彼の道を切り開くと決めたのは、もう随分と昔だった。
夢半ばでも自分自身より彼を選べる。
何故ならゾロが選んだルフィという男は、海賊王でいるべき男だから。
誰よりも自由で、誰よりも強い。
そんな彼の右腕でいるのがゾロの誇りで、そしてきっとそんな彼の船を進めるのがナミの誇りだ。
自分と似て非なる感情を持つこの女が、ゾロは嫌いではなかった。
「敢えて、一つだけ言うなら」
「何よ」
「おれの立ち位置は一生誰にも奪えねぇってとこだな」
自信満々に告げた台詞に一瞬目を丸めた泥棒猫は、悔しそうに唇を噛み締めた。
自他共に認める海賊王の右腕であり、世界最強の剣豪は、上機嫌な獣がそうするように瞳を細め満足気に息を吐き出した。
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