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今日も今日とて絶好のサボり日和。
心地よい太陽の元、腕枕をしてまどろんでいたら目を見開いた先には可愛らしいパンダのワンポイントパンツがあった。
思わず瞬きを繰り返し、目を眇めて注視する。
「・・・お前、何やってんだよぃ」
「何って、マルコの観察?」
「何で疑問系?」
「いやぁ、何となく」
しししっと独特の笑みを浮かべた少女は、丸見えのパンツを隠すことなく、堂々とした態度でそこに居た。
別に見たかったわけでもないが、見続けるのもあれな気がして、ため息混じりに瞼を閉じる。
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよぃ。お前、パンツが丸見えだ」
「パンツ?何だ、悩殺されちまったか?」
「・・・パンダパンツが厚かましいこと言ってんじゃねぇよぃ。俺を悩殺したきゃ、赤の紐パンスケスケレースでも穿いて来い」
「具体的だな。しかも、親父入ってる」
「お前よりは親父だ」
丸見えだと忠告したにも関わらず、ぶらぶらと足を振る子供に深く息を吐く。
見てしまったことが知れたらこっちが命の危険を伴うのに、それを知ってか知らずか随分と無邪気な様子だ。
年頃の女ならもう少し恥じらいを覚えた方がいいだろうが、年よりも精神年齢が低いのだから仕方ない。
注意するのも面倒だが、ここで放置しておくのも出来ず仕方なしに瞼を閉じたまま口を開く。
「降りて来い。そんなとこに居たらエースが心配する」
「えー?でも、今この場にエース居ねぇぞ」
「俺がチクるって言ってんだよぃ」
「そりゃ卑怯だぞ、マルコ」
文句を言いながらも、給水塔から飛び降りた気配に、マルコは再び瞼を開けた。
本当なら飛び降りるのもどうかと思うが、少しは妥協しないと本格的に臍を曲げるので無言を通す。
代わりに眉根を寄せ渋い顔をして見せたが、太陽のように笑う彼女に意思は伝わらなかった。
「お前、こんなとこで何やってんだ?」
「しししッ、マルコと同じだ。今の授業は数学だからな、サボり!」
「数学。お前、確か数学は担任のスモーカーじゃねぇのかよぃ?」
「おう!ケムリン、細かくてうるせぇからな。宿題忘れたし、授業出るの止めた」
「・・・そりゃお前が悪いだろうが。宿題くらいちゃんとやれ」
「ええー?こんなとこでサボってるマルコに言われたくねぇな」
エースにならわかるけどな。
そう言って笑ったルフィに、納得だな、とマルコも頷く。
確かにこんなところでサボりを決め込んでいるマルコが言っても説得力はないだろう。
しかしながら。
「おれはお前ほど馬鹿じゃねぇからいいんだよぃ。お前は下から数えた方が早いが、おれは上からの方が早い」
「ま、確かにそうだなー」
さりげなく貶されたのにケラケラと笑って流すルフィに肩を竦める。
こんなところが彼女のいいところだと知っているが、同時に短所だと知っている。
良くも悪くもザルの目が粗いのがルフィだった。
「それで?おれに何か用か?」
「用はねぇ!」
「・・・ああ、そうかぃ」
「でも、エースの最近の様子が聞きてぇ」
「そりゃ結局用があるんじゃねぇかぃ」
「そうだな。で、エースはどうだ?最近、不安定になったりしてねぇか?」
黒々とした瞳で自分を覗き込む少女に、マルコは幾度かになるため息を落とす。
ザルの目が粗いくせに直観力があるルフィは、やはりエースの妹だった。
心地よい太陽の元、腕枕をしてまどろんでいたら目を見開いた先には可愛らしいパンダのワンポイントパンツがあった。
思わず瞬きを繰り返し、目を眇めて注視する。
「・・・お前、何やってんだよぃ」
「何って、マルコの観察?」
「何で疑問系?」
「いやぁ、何となく」
しししっと独特の笑みを浮かべた少女は、丸見えのパンツを隠すことなく、堂々とした態度でそこに居た。
別に見たかったわけでもないが、見続けるのもあれな気がして、ため息混じりに瞼を閉じる。
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよぃ。お前、パンツが丸見えだ」
「パンツ?何だ、悩殺されちまったか?」
「・・・パンダパンツが厚かましいこと言ってんじゃねぇよぃ。俺を悩殺したきゃ、赤の紐パンスケスケレースでも穿いて来い」
「具体的だな。しかも、親父入ってる」
「お前よりは親父だ」
丸見えだと忠告したにも関わらず、ぶらぶらと足を振る子供に深く息を吐く。
見てしまったことが知れたらこっちが命の危険を伴うのに、それを知ってか知らずか随分と無邪気な様子だ。
年頃の女ならもう少し恥じらいを覚えた方がいいだろうが、年よりも精神年齢が低いのだから仕方ない。
注意するのも面倒だが、ここで放置しておくのも出来ず仕方なしに瞼を閉じたまま口を開く。
「降りて来い。そんなとこに居たらエースが心配する」
「えー?でも、今この場にエース居ねぇぞ」
「俺がチクるって言ってんだよぃ」
「そりゃ卑怯だぞ、マルコ」
文句を言いながらも、給水塔から飛び降りた気配に、マルコは再び瞼を開けた。
本当なら飛び降りるのもどうかと思うが、少しは妥協しないと本格的に臍を曲げるので無言を通す。
代わりに眉根を寄せ渋い顔をして見せたが、太陽のように笑う彼女に意思は伝わらなかった。
「お前、こんなとこで何やってんだ?」
「しししッ、マルコと同じだ。今の授業は数学だからな、サボり!」
「数学。お前、確か数学は担任のスモーカーじゃねぇのかよぃ?」
「おう!ケムリン、細かくてうるせぇからな。宿題忘れたし、授業出るの止めた」
「・・・そりゃお前が悪いだろうが。宿題くらいちゃんとやれ」
「ええー?こんなとこでサボってるマルコに言われたくねぇな」
エースにならわかるけどな。
そう言って笑ったルフィに、納得だな、とマルコも頷く。
確かにこんなところでサボりを決め込んでいるマルコが言っても説得力はないだろう。
しかしながら。
「おれはお前ほど馬鹿じゃねぇからいいんだよぃ。お前は下から数えた方が早いが、おれは上からの方が早い」
「ま、確かにそうだなー」
さりげなく貶されたのにケラケラと笑って流すルフィに肩を竦める。
こんなところが彼女のいいところだと知っているが、同時に短所だと知っている。
良くも悪くもザルの目が粗いのがルフィだった。
「それで?おれに何か用か?」
「用はねぇ!」
「・・・ああ、そうかぃ」
「でも、エースの最近の様子が聞きてぇ」
「そりゃ結局用があるんじゃねぇかぃ」
「そうだな。で、エースはどうだ?最近、不安定になったりしてねぇか?」
黒々とした瞳で自分を覗き込む少女に、マルコは幾度かになるため息を落とす。
ザルの目が粗いくせに直観力があるルフィは、やはりエースの妹だった。
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「皆来て!大変ッ!ナミさんが、酷い熱を・・・!」
船に響いた叫びに、クルーたちは慌てて集まった。
ナミの体に手を添えて真剣な顔をするビビに、ぐったりとした体で倒れこんでいるナミ。
どう見ても尋常じゃない姿にルフィは目を細める。
「ゾロ!」
「・・・おう」
一声で何が言いたいか理解したゾロがナミの体を持ち上げる。
「サンジ、ベッドの用意を」
「ッ、ナミさんに不埒なことしたら蹴り殺すからな、クソ野郎!」
叫びながらも体を翻したサンジは、ルフィの言葉に従い寝室へ消える。
その様子を確認してから、ルフィはゾロの腕の中に入るナミを見た。
頬は真っ赤に紅潮し、呼吸は荒い。汗を掻いているが酷く寒そうだ。
一瞥しただけで状態が最悪なのを見てとり小さく舌打ちした。
「どうだ」
「・・・最悪だな。こうなることは考えておくべきだった。お前ら、”偉大なる航路”初めてだもんな」
「それが何か関係あるのか?」
「多分気候の変化による体調異常だと思うが、判断しがたい。お前はどう思う、ビビ?」
「私もそう思う。”偉大なる航路”に入った船乗りが必ずぶつかるという壁の一つ。それが異常気候による熱病よ。名を上げた海賊ですらこれにあい突然死亡するなんてざらにある話よ」
「まぁ、これも素人判断だな。ちょっとした油断が死を招く。それが”偉大なる航路”だ。この間入り口付近にある支部に来たじいちゃんに薬貰っとくんだったな」
麦藁帽子を落として眉根を寄せたルフィは、深くため息を吐き出した。
ルフィ自身は海軍に入ってから幾度も足を踏み入れていたため、仲間への気遣いが甘くなっていた。
ゾロを促し前を歩かせながらビビに視線をやると、僅かな希望を込めて口を開く。
「お前、医療の知識は?」
「少し齧ったくらいで専門は・・・。ルフィさんは?」
「おれも応急手当くらいしか判んねえ。医者を引き摺ってでも連れてくるんだったな。素人のあさはかな判断ほどやばいもんはねぇってのに」
前を歩く背中を眺め、黒髪を掻き毟った。
しっかりとした船医がいる船ですら人死には耐えない。
それなのに、仲間を預かる立場に居ながら、自分は一体何をしていたのか。
「取り敢えずは、寝かせて置くしかねぇな。その間に船を進めて島を探す。それが一番確実だろう」
「そうね。私もそれが一番良いと思う」
「すまねぇな、お前も焦ってんのに」
「ううん。まずはナミさんの体調が先決よ。アラバスタもここのところは均衡状態が続いているみたいだし───大丈夫」
僅かに俯き自身に言い聞かせるように呟く少女に、ルフィは目を細めた。
こぼれそうになったため息は、息を吸い込んで深呼吸に変えた。
船に響いた叫びに、クルーたちは慌てて集まった。
ナミの体に手を添えて真剣な顔をするビビに、ぐったりとした体で倒れこんでいるナミ。
どう見ても尋常じゃない姿にルフィは目を細める。
「ゾロ!」
「・・・おう」
一声で何が言いたいか理解したゾロがナミの体を持ち上げる。
「サンジ、ベッドの用意を」
「ッ、ナミさんに不埒なことしたら蹴り殺すからな、クソ野郎!」
叫びながらも体を翻したサンジは、ルフィの言葉に従い寝室へ消える。
その様子を確認してから、ルフィはゾロの腕の中に入るナミを見た。
頬は真っ赤に紅潮し、呼吸は荒い。汗を掻いているが酷く寒そうだ。
一瞥しただけで状態が最悪なのを見てとり小さく舌打ちした。
「どうだ」
「・・・最悪だな。こうなることは考えておくべきだった。お前ら、”偉大なる航路”初めてだもんな」
「それが何か関係あるのか?」
「多分気候の変化による体調異常だと思うが、判断しがたい。お前はどう思う、ビビ?」
「私もそう思う。”偉大なる航路”に入った船乗りが必ずぶつかるという壁の一つ。それが異常気候による熱病よ。名を上げた海賊ですらこれにあい突然死亡するなんてざらにある話よ」
「まぁ、これも素人判断だな。ちょっとした油断が死を招く。それが”偉大なる航路”だ。この間入り口付近にある支部に来たじいちゃんに薬貰っとくんだったな」
麦藁帽子を落として眉根を寄せたルフィは、深くため息を吐き出した。
ルフィ自身は海軍に入ってから幾度も足を踏み入れていたため、仲間への気遣いが甘くなっていた。
ゾロを促し前を歩かせながらビビに視線をやると、僅かな希望を込めて口を開く。
「お前、医療の知識は?」
「少し齧ったくらいで専門は・・・。ルフィさんは?」
「おれも応急手当くらいしか判んねえ。医者を引き摺ってでも連れてくるんだったな。素人のあさはかな判断ほどやばいもんはねぇってのに」
前を歩く背中を眺め、黒髪を掻き毟った。
しっかりとした船医がいる船ですら人死には耐えない。
それなのに、仲間を預かる立場に居ながら、自分は一体何をしていたのか。
「取り敢えずは、寝かせて置くしかねぇな。その間に船を進めて島を探す。それが一番確実だろう」
「そうね。私もそれが一番良いと思う」
「すまねぇな、お前も焦ってんのに」
「ううん。まずはナミさんの体調が先決よ。アラバスタもここのところは均衡状態が続いているみたいだし───大丈夫」
僅かに俯き自身に言い聞かせるように呟く少女に、ルフィは目を細めた。
こぼれそうになったため息は、息を吸い込んで深呼吸に変えた。
相変わらずメリー号の船首で大の字になって昼寝する船長に、ゾロは呆れを多大に含んだため息を漏らす。
体のいたるところに包帯を巻きながらも、心地良さそうに風に吹かれる姿はとてもらしいが馬鹿だと思う。
ゴムゴムの実を食べたルフィは海に嫌われているのに、その本人は海が好きで仕方ない。
落ちれば怪我もあるしいつもより早く沈むだろうに、あれだけ注意しても回りに誰も居ない状態で転がるルフィに、怒りすら沈む。
それでも放っておいて溺れられたらことなので、つい先日の戦いで負傷した足首をやや引き摺りながら彼女に近づく。
規則正しく上下する胸を見て、頭を掻いてもう一度ため息を吐いた。
「狸寝入りか?」
「んにゃ、休憩してただけだ。お前が寝てるって勝手に勘違いしたんだろ」
器用に首だけこちらに向けたルフィは、しししっと彼女独特の笑みを見せる。
顔にも貼られた絆創膏に眉根を寄せ、その程度に傷が気になる自分に舌打する。
戦うものであればこれからも怪我は負うし、顔に傷を作るのも珍しくない。
しかし彼女の顔に傷が残ると考えるとどうしようもなく腹の収まりが悪い。
苛立つ心を宥めていると、能天気な声に邪魔された。
「なんか悩んでんのか?」
「───なんでそう思う」
「普段よりも眉間の皺が五割増しだ。癖になるぞ、それ」
「ほうっておけ」
見透かされていた事実を隠すために殊更強い口調で訴える。
だがそんなゾロの心境も見透かしたようにルフィは肩を竦めた。
「おれがビビを助けるのが気になるか?」
直球な言葉に声が詰まる。
返事が出来ないのが返事だと、気付いた時には遅かった。
してやられたと睨みつければ、一応の上司は愉快そうに肩を揺らす。
そう。ゾロはルフィがビビを手助けするのを気にしていた。
別にビビを手助けすること事態に異論はない。
ルフィが決めたなら好きにすれば良いと思うし、彼女を補佐するのが自分の役目だと思っている。
しかし先日の巨人がいた島での体験は、少しばかりゾロの心を揺らした。
ルフィの夢は海軍元帥になることだ。
年齢の割りに優秀なルフィは『大佐』という身分にあり、口先だけでなく実力もある。
こいつなら、と思わせる気概もあり、だからゾロはルフィについている。
成り行きで海軍に入ってしまったが後悔していない。
この女の傍にいるのに、後悔なんてするわけない。
だからこそ、ゾロは気になるのだ。
ビビを助けることで出る、ルフィの夢への影響が。
島を出てからの悩みは、どうやら鈍いくせに鋭いルフィに気付かれていたらしい。
いつも飄々としているため騙されがちだが、彼女は決して鈍くない。
鈍いだけだと出世できないだろ、と笑っていたが、確かにその通りなのだろう。
ナミやウソップの前では見せない顔を、ルフィは確かに持っている。
「・・・お前は一応海軍大佐だ」
「おう。一応じゃなく、大佐だな」
「話を聞いただけじゃ実感は沸かなかったが、相手は王下七武海だ」
「そうだな。海賊でありながら海軍に表立っての伝手がある奴らだな」
「───お前、判ってんのか?そいつらを敵に回すって言う意味」
「ししししっ、今更気がついたゾロに言われたくねぇな。お前鈍すぎ」
「何だと!」
本気で心配しているのに、軽く流され憤る。
確かに今更かもしれないが、気がついただけましだろう。
怒りを瞳に宿して睨み付けるものらりくらりと躱された。
「ばっかだなぁ、ゾロ。心配すんな。おれは海軍元帥になる女だ」
「・・・だから心配してんだろうが」
「大丈夫だ。おれはビビに手を貸す。が、海軍大佐としてじゃなく、あくまでモンキー・D・ルフィ個人としてだ」
「海軍を利用して永久指針を取ってきたのにか?」
「あれは正当な報酬だからいいんだよ。それにお前は知らないだろうけどな、鰐が尻尾を出すのは珍しいんだ。焦っているのか油断してるのか、それとも第三者の介入があったか。どれでもいいが、チャンスには違いない」
「相手は王下七武海だぞ?」
「そうだな。そんでもって海賊だ」
しししっと笑ったルフィの目は、決して笑っていなかった。
ぞくり、と背筋を震わせる。
彼女は判っていないから突っ走るのではない。
全てを理解した上で、突っ走ると言っているのだ。
「おれはビビを助けるぞ。もうそう決めた。ビビを助けて、ついでにクロコダイルをしょっ引く」
「・・・ついでかよ」
「おう、ついでだよ。第一は仲間。おれ、ビビが大事だ」
そうして笑う姿は、先ほどまでとは違い年相応の娘のようだった。
ルフィの言葉にゆるゆると息を吐き出し覚悟を決める。
どうせルフィの決めた事に逆らう気はない。
「負ける気は?」
「ないな」
頭の後ろで腕を組んだルフィは、一言告げると視線を前に向けた。
「真っ直ぐ進むぞ、ゾロ。後ろを振り返らずに、まっすぐ、真っ直ぐにだ」
いつものように五月蝿く思えるほど騒がしい声ではなく、何処か淡々とした響きでルフィが言った。
海の先を見詰めるルフィの後ろに立ちながら、見えないと承知しながらゾロも一つ頷いた。
体のいたるところに包帯を巻きながらも、心地良さそうに風に吹かれる姿はとてもらしいが馬鹿だと思う。
ゴムゴムの実を食べたルフィは海に嫌われているのに、その本人は海が好きで仕方ない。
落ちれば怪我もあるしいつもより早く沈むだろうに、あれだけ注意しても回りに誰も居ない状態で転がるルフィに、怒りすら沈む。
それでも放っておいて溺れられたらことなので、つい先日の戦いで負傷した足首をやや引き摺りながら彼女に近づく。
規則正しく上下する胸を見て、頭を掻いてもう一度ため息を吐いた。
「狸寝入りか?」
「んにゃ、休憩してただけだ。お前が寝てるって勝手に勘違いしたんだろ」
器用に首だけこちらに向けたルフィは、しししっと彼女独特の笑みを見せる。
顔にも貼られた絆創膏に眉根を寄せ、その程度に傷が気になる自分に舌打する。
戦うものであればこれからも怪我は負うし、顔に傷を作るのも珍しくない。
しかし彼女の顔に傷が残ると考えるとどうしようもなく腹の収まりが悪い。
苛立つ心を宥めていると、能天気な声に邪魔された。
「なんか悩んでんのか?」
「───なんでそう思う」
「普段よりも眉間の皺が五割増しだ。癖になるぞ、それ」
「ほうっておけ」
見透かされていた事実を隠すために殊更強い口調で訴える。
だがそんなゾロの心境も見透かしたようにルフィは肩を竦めた。
「おれがビビを助けるのが気になるか?」
直球な言葉に声が詰まる。
返事が出来ないのが返事だと、気付いた時には遅かった。
してやられたと睨みつければ、一応の上司は愉快そうに肩を揺らす。
そう。ゾロはルフィがビビを手助けするのを気にしていた。
別にビビを手助けすること事態に異論はない。
ルフィが決めたなら好きにすれば良いと思うし、彼女を補佐するのが自分の役目だと思っている。
しかし先日の巨人がいた島での体験は、少しばかりゾロの心を揺らした。
ルフィの夢は海軍元帥になることだ。
年齢の割りに優秀なルフィは『大佐』という身分にあり、口先だけでなく実力もある。
こいつなら、と思わせる気概もあり、だからゾロはルフィについている。
成り行きで海軍に入ってしまったが後悔していない。
この女の傍にいるのに、後悔なんてするわけない。
だからこそ、ゾロは気になるのだ。
ビビを助けることで出る、ルフィの夢への影響が。
島を出てからの悩みは、どうやら鈍いくせに鋭いルフィに気付かれていたらしい。
いつも飄々としているため騙されがちだが、彼女は決して鈍くない。
鈍いだけだと出世できないだろ、と笑っていたが、確かにその通りなのだろう。
ナミやウソップの前では見せない顔を、ルフィは確かに持っている。
「・・・お前は一応海軍大佐だ」
「おう。一応じゃなく、大佐だな」
「話を聞いただけじゃ実感は沸かなかったが、相手は王下七武海だ」
「そうだな。海賊でありながら海軍に表立っての伝手がある奴らだな」
「───お前、判ってんのか?そいつらを敵に回すって言う意味」
「ししししっ、今更気がついたゾロに言われたくねぇな。お前鈍すぎ」
「何だと!」
本気で心配しているのに、軽く流され憤る。
確かに今更かもしれないが、気がついただけましだろう。
怒りを瞳に宿して睨み付けるものらりくらりと躱された。
「ばっかだなぁ、ゾロ。心配すんな。おれは海軍元帥になる女だ」
「・・・だから心配してんだろうが」
「大丈夫だ。おれはビビに手を貸す。が、海軍大佐としてじゃなく、あくまでモンキー・D・ルフィ個人としてだ」
「海軍を利用して永久指針を取ってきたのにか?」
「あれは正当な報酬だからいいんだよ。それにお前は知らないだろうけどな、鰐が尻尾を出すのは珍しいんだ。焦っているのか油断してるのか、それとも第三者の介入があったか。どれでもいいが、チャンスには違いない」
「相手は王下七武海だぞ?」
「そうだな。そんでもって海賊だ」
しししっと笑ったルフィの目は、決して笑っていなかった。
ぞくり、と背筋を震わせる。
彼女は判っていないから突っ走るのではない。
全てを理解した上で、突っ走ると言っているのだ。
「おれはビビを助けるぞ。もうそう決めた。ビビを助けて、ついでにクロコダイルをしょっ引く」
「・・・ついでかよ」
「おう、ついでだよ。第一は仲間。おれ、ビビが大事だ」
そうして笑う姿は、先ほどまでとは違い年相応の娘のようだった。
ルフィの言葉にゆるゆると息を吐き出し覚悟を決める。
どうせルフィの決めた事に逆らう気はない。
「負ける気は?」
「ないな」
頭の後ろで腕を組んだルフィは、一言告げると視線を前に向けた。
「真っ直ぐ進むぞ、ゾロ。後ろを振り返らずに、まっすぐ、真っ直ぐにだ」
いつものように五月蝿く思えるほど騒がしい声ではなく、何処か淡々とした響きでルフィが言った。
海の先を見詰めるルフィの後ろに立ちながら、見えないと承知しながらゾロも一つ頷いた。
大海賊な彼ら-ある船長の場合- のオマケです。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
覚えているのは、真っ暗な場所。
外から聞こえる悲鳴に耳を両手で塞ぎ、必死に小さくなって、嗚咽が漏れれば居場所がばれると声を堪えて泣いていた。
何故そうなったか判らなかった。
昼間ではいつもと変わらない日常が流れていて、今日も一日が終わって明日が始まるはずだった。
唐突に始まった海賊の侵略行為は、平和な村では防戦どころかなす術もないまま一方的に陵辱されていった。
両親に無理やり地下の収納庫に押し入れられると、すぐさま家のドアが開く音がした。
叫ぶ母の声に、詰る父の声。
家の入り口が開けられたおかげで外の世界の音が先程よりも明確になり、誰のものか判らぬ悲鳴が塞いだ耳の奥まで刺さる。
気絶してしまいたかった。
意識を失って、目を覚ましたら何もかも夢だったと思いたかった。
けれどそう簡単に意識など失えず、震える体とひくつく呼吸を必死に宥め、息を殺して両親の帰りを待った。
どれくらい時間が過ぎたのだろう。
まだ一分ほどしか経っていない気がするし、何日も閉じこめられている気がする。
暗闇は感覚を狂わし、心すら麻痺してきた。
段々と悲鳴にも心が動かなくなり、早く時間が過ぎて欲しいとだけ祈る。
体を抱え込み胎児のように丸くなって怯えていると、不意に光が世界に射した。
始めに認識したのは赤。
彼の纏う色に目を見張り、恐怖で息が喉に張り付く。
早まる鼓動を必死に宥めながら、同時に酷く安堵した。
この男が賊の一人であるならば、悪夢は終わるかもしれないと。
自分のような抵抗する力も持たない子供は、彼にとって簡単に殺せるだろう。
収束する世界を享受すれば、地獄のような今から逃げ出せる。
従順に自分を差し出すべく瞼を閉じかけ───彼の後ろから見えた姿に息を飲み込んだ。
彼の肩に圧し掛かるようにしている男、それは先ほど自分をこの場所に押し込めた父親だった。
体中血だらけで、口から吐血までしている父は、麦藁帽子を被った男の無造作な行為で自分の前に差し出される。
血濡れの父の瞳がこちらを見て、驚きで丸くなったかと思うと、透明な雫を静かに流し、そのままことりと顔を伏せた。
「あ・・・あぁ・・・あぁぁぁあああああぁぁあああ!!!」
ギリギリで繋がっていた精神が崩壊する。
血が沸騰したように熱く、目の前で倒れた父に縋り付く。
胸に刺さるナイフから血が滴り、手を汚したが気にならない。
まだ温かさが残る体から魂が抜けていくのに涙が零れた。
短い腕で必死にその体を抱きしめ、ただただ悲鳴を上げて泣く。
口が自然に動いて何かを叫んでいるが、自分でも何を言ってるか判らない。
それは目の前の彼に生き返って欲しいと望む願いであり、置いていった彼に向かっての怨嗟であり、彼が自分を守ろうとしての結果を呪う叫びだった。
喉も涸れよと叫び続け、全ての意識が染まっていく。
先ほどまで死んでも良いと思っていたのに、もうそんな想いは欠片も残って居ない。
「お前が殺したのか!!?」
問いかけると、黒々とした瞳を僅かに丸くした男はこてりと首を傾げた。
地獄と称するに相応しいこの地においてその仕草は酷く浮いていて、益々怒りを煽る要素となった。
男の第一印象を赤だと思った。
何故だったか、今はわかる。
目の前の彼は赤いベストを着ているが、それ以上に真っ赤な血に濡れていた。
彼には見える部分には傷はなく、そうすると結論は一つしか思いつかない。
あれは、胸元にべたりと付着するあの色は、父の生きた証に違いないと。
怒りで恐怖は吹き飛び、収納庫に隠される前に渡された唯一の武器を手に忍ばせる。
「お前なんか・・・お前なんか、死ねばいい!!」
ぐさり、と手に感触が伝わる。
驚いて目を丸めた男は、ナイフを体に埋め込みながら何も抵抗してこない。
その様に馬鹿にされているのかと更に力を篭めてナイフを抉るように動かすと、漸く動いた男がナイフを握る手の上に掌を重ねた。
苛立ち睨みあげると、何が面白いのか男は緩く口角を上げる。
人を刺したのは初めてだが、罪悪感は一切沸かなかった。
涙を零しながら睨み続けると、不意に体がぞくりとして身動きが取れなくなる。
いつの間に居たのか、男の背後に緑色の髪をした隻眼の男が立っており、きつい瞳をこちらに向けていた。
睨み付ける視線に篭められたのは、きっと殺気というものだろう。
先ほどまで忘れていた恐怖が体を這い上がり、ナイフを掴んだままの手が震え始める。
私は、一体何をしているのだろう。
震え怯えながら、それでもナイフを掴んだ手は離せない。
まるで自分を繋ぎとめるものがそれしかないように縋り付く自分の前で、彼らは暢気に会話をしている。
麦藁帽子の男の言葉に嫌な顔をした隻眼の男は、すいっと視線を外した。
お前など視界に入れる価値すらないと言外に言われた気分だが、体の重圧がなくなり恐怖から開放された。
呼吸も忘れていたために息が苦しく、深呼吸を繰り返していると、麦藁帽子の男がこちらを覗き込んでくる。
唾でも飛ばしてやりたいが、生憎喉はからからに渇いていて無理そうだった。
黙って睨んでいると、男は不意に破顔した。
つい今しがたまで纏っていた、何処か無邪気な雰囲気を一新し、危険な香り漂う男臭い笑い方。
優しさを一切感じさせぬ、嘲りを含んだ嫌な笑顔。
歯軋りすると唇まで噛んでしまったのか、鉄錆び臭い味が口内に広がる。
苛立つ様子は伝わっているだろうに、益々笑みを深めた男は初めてこちらに向けて言葉を発した。
「おれの名はモンキー・D・ルフィ。海賊王だ」
その言葉に、息を呑む。
世界中でその顔を知らずとも、その名を知らぬものはない。
海賊の中の海賊と歌われる最強の男。
世界の海を股にかけ、誰よりも海を自由に進む男。
それがこの目の前の男だと言うのか。
目の前が絶望で暗くなる。
父親の敵はとんでもなく雲の上の存在で、それでも諦めるなど出来ない。
向けられる視線を正面から受け止め、殺してやると泣き喚く。
「そうか。・・・なら、ここまで昇って来い。お前がおれを殺しに来るまで、おれはここで待っててやるよ」
子供の戯言と一笑に帰すことも出来るくせに、嘲りを篭めた笑みのまま男は言った。
そうしてそれが、生きる指針となった。
刻まれたのは鮮やかな嘲笑。
忘れ得ぬのは緋色の体。
そして───そして、抱き上げられた腕の温もり。
「本当に、行くのかい?」
心配そうに顔を歪めてこちらを見るのは、あの日親を失った子供達を集めた孤児院のシスターだ。
ふっくらとした体つきと溢れんばかりの愛情を子供に与えてくれた。
親が居ない寂しさを感じさせないくらいに毎日が笑いに満ちていて、共に育った兄弟は血が繋がらないが血よりも濃い絆がある。
いつも太陽のように笑っているシスターが顔を曇らせるのに胸が痛まないではないが、もうずっと前から決めていた。
「うん。私は海軍に入る。そして───そうして、この手で海賊王を捕まえる。海賊の中の海賊と呼ばれ蛮行を繰り返し私の村のような存在を増やしてる。そんなの絶対に赦せない」
「でも、海賊王は噂ほど悪いお人じゃ」
「何言ってるの!?村を荒らしたのが誰か忘れたの!?私の父さんも母さんも海賊に殺された!私は、私の手で海賊王を絶対に殺す。一生かかってもいい。そのためなら何だって犠牲にする。あの日の宣言どおり、あいつは未だにあの高みに存在するわ。少しの犠牲も失くすために、私が必ず殺してやる。そうして父さんと母さんの敵をとるんだ!!」
言葉は悲鳴に近い。
何も聞きたくないと両手で耳を押さえ、哀しそうに目を伏せるシスターを睨む。
他の誰にも邪魔されたくなかった。
これは自分で立てた生きるための楔。
あの日を最後に姿を見ていない海賊王、『モンキー・D・ルフィ』。
黒髪黒目の細身の青年でどこか飄々とした雰囲気を纏う人。
涙を零す自分に向かい、嘲りを隠さず追って来いと誘った男。
何度も何度も夢に見た。
赤に塗れたあの日の夢を。
血濡れの父に、見つからなかった母。
家は燃え焦げ臭さが漂い耳を塞いでも消えない叫び声。
そんな悪夢の中でも笑う男は、麦藁帽子を指先で持ち上げにいと口角を持ち上げる。
目が覚める度に心臓が早鐘を打ち、夢の中でも笑う男に憎しみが沸く。
頬を伝う涙は止めどなく溢れ、震える手を握り復讐の日を待った。
「私はあいつを殺すために生きてきた。そうしてあいつを殺すために生きていく」
「───そんなの、誰も望んじゃいないよ。この村で普通に暮らせばいい。恋人を作って結婚して子供生んで・・・そうして暮らすのがあんたの両親も望む未来じゃないのかい?」
「・・・ごめんなさい、シスター」
緩く首を振り謝ると、今にも泣きそうな顔になった。
そんな顔をさせたいわけじゃない。何年も母と愛した人なのだ。
それでもこれだけは譲れない。
黙り込んだシスターから一歩離れると、ゆっくりと顔を上げる。
あの地獄の日から彼女の新しい家になった建築物は、素朴でありながら村の何より頑丈な造りをしていた。
いつの間にか出来ていた建築物は初めは避難場所として使われていたが、村が復興してくると徐々に村人達は自身の家へと帰っていった。
それでも何か有事の際にはこの孤児院は避難場所になっている。
村ではついぞ見かけない技法で建てられたここは、村でも特別な場所だった。
「私は行くよ、お母さん」
「・・・・・」
「また生きて会えるよう、頑張るから」
「───いつか」
「え?」
「いつかあんたが真実を受け止められるようになるのを、私は心から祈ってるよ。・・・いってらっしゃい、私の娘」
きゅうっと抱き込まれ、今から捨てる未来に、一粒だけ涙を零した。
「・・・久しぶりだね、海賊王」
「んー?」
十年ぶりに顔を見た男は、間抜けな顔でこてりと首を傾げる。
覚えているよりも少しだけ年を経ているが、相変わらず何処か飄々とした雰囲気の男だ。
海軍の軍艦に囲まれながらも余裕を失わない男に、ぎりりと歯軋りする。
世界の海を自由に駆ける彼自身の船の船首に胡坐を掻いてこちらを眺める男に焦りは欠片もなく、むしろ余裕たっぷりだ。
少し離れた場所にはあの日恐怖した緑頭。そして海賊王を挟んで反対側には煙草を咥える金髪の男。
麦わら海賊団の双璧の、海賊狩りのロロノア・ゾロと、黒足のサンジの登場に海軍の兵がざわめく。
世界で最弱と名高い東の海で遭遇したまさかの大敵に、同僚達は息を呑んで怯んでいる。
自分自身まだ大佐へ昇進したばかりで、まさかこんなに早く彼に見(まみ)えると思ってなかった。
この体が震えるのは恐怖のためではない。
漸く目にした宿敵への歓喜と、震えるほどの興奮によるものだ。
「私を覚えてる?それとも、数多く潰した内の村の生き残りなんて覚えてないかしら」
「あーん?ルフィ、何だ?あのお嬢さんと知り合いなのか?」
「知り合い?」
「・・・ルフィ。あいつ、あん時の餓鬼じゃねぇか?お前にナイフ埋め込んだ」
「おお!思い出した!いやぁ、懐かしいなお前!元気にしてたか?」
「っ・・・ふざけるな!!」
ひらひらとこちらに向かって手を振る男に絶叫する。
無邪気にも見える笑顔が憎い。
全てを黒く塗りつぶして壊してしまいたいほどに。
「海賊王『モンキー・D・ルフィ』!私はお前に一騎打ちを申し込む!」
「・・・ヒュー。ルフィに一騎打ちを申し込むなんて、あのお嬢さん何もんだ?」
「さてな。被害者になるんだろうよ、あの馬鹿に踊らされる」
「何知ってやがる、ミドリ頭」
「お前に言う義理はねぇよ。・・・ともあれ一騎打ちだ。なら、おれらの出番はねぇな」
「だな。おーい、海兵さんたちよ!そっちも聞いただろ?これは一騎打ちだ。うちの船長そっちにやるからよ、手を出すなんてダセェ真似、してくれんなよ」
怯えもないゆったりとした口調で声を掛けてきた黒足は、その言葉どおりに海賊王を寄越した。
一人で甲板に降り立つ海賊王の姿に、部下達は立ち竦む。
この場で一番階位が高いのは自分だ。ならば、彼らを護るのも自分の仕事。
そして目の前の男を殺すチャンスに手は出されたくない。
「一騎打ちかぁ。何かすげぇ久しぶりだな。まさか東の海で申し込まれると思わなかったぞ」
「・・・五月蝿い。確かに東の海は最弱の海と呼ばれている。でも、最弱の海に強い者が居ないわけじゃない」
「しししっ、確かにその通りだ。よし、じゃ一騎打ちは受ける。おれが勝ってもお前の仲間には手をださねぇよ」
「なら、私が勝ってもお前の仲間には手を出さないと誓おう。私が殺したいのは、お前だけだ」
「はぁ、お前おれに勝つつもりでいんのか。すげぇな。ちっとは強くなったのか?」
「馬鹿にするな!お前を殺すために鍛錬は欠かしたことはない!」
「捕らえる、じゃなく殺すか。どうやら、何も変わってねぇみたいだな」
のんびりと彼自身の呼び名に由来する麦藁帽子を被りなおすと、体を正面に向ける。
あの日と同じ緋色のベスト。目に焼きつく記憶に、血が沸騰した。
両手に腰に差していた大振りのナイフを持つと片方は順手、片方は逆手に構える。
独特の構えは自力で開発したもので、選んだ武器はあの日を忘れないためのもの。
憎しみに心を染めながら、冷静になれと何度も呟く。
「あの日から一日たりともお前の顔を忘れた日はなかったわ。今日こそこの恨み晴らしてみせる」
「しししっ。御託はいいからさっさと来いよ」
「っ、死ねぇ!!」
叫びは祈り。
心からの願い。
二振りのナイフを握り、一気に距離を詰める。
余裕の笑みを崩さない海賊王は、凶器を前に笑ったまま。
その笑顔すら憎々しく、ナイフを握る手に力を篭める。
まずは一撃。
喉笛を狙い左手のナイフを振る、しかしあっさりと避けられ、右手のナイフで進行方向を突いたがそれも躱された。
右、左、左、右、右、左。
息をつかせぬ猛攻を掛けながらも、一撃も掠らずのらりくらりと避けられる。
「余裕ぶってるつもりか!!」
「ぶってんじゃねえ。実際、余裕なんだよ。何だ、思ったより成長してねぇな。相変わらず弱いままだ」
「っ、舐めるな!」
避けられたナイフを瞬時に逆手に持ち代えると眼球を狙う。
笑顔でそれを眺める男へあと少しで届くと思った瞬間、信じられない重圧が体に掛かった。
「これしきの覇気も跳ね返せねぇのか?この十年、何してたんだお前」
「・・・・・・」
「本気でおれを追う気があるのか?この程度でおれを殺せると?」
「・・・ぅ・・・」
「甘いな。サンジがナミたちに作る手作りスイーツより甘ぇ」
訳がわからない比較をした男は、倒れこんだままの自分の前でしゃがみ込む。
玩具を見つけた子供みたいな笑顔で、手から離れたナイフを拾った。
そのまま鮮やかな手つきで弄ぶと、刀身に手を触れ刃を砕く。
海兵になってからずっと愛用していた武器の末路に目を見開いたままでいると、折れた刀身を握った彼は硬い木で出来てるはずの甲板がバターか何かじゃないかと思えるほどあっさりとそれを根元まで突き刺した。
首筋すれすれの部分にささるそれに、息を呑む。
体中の毛穴が開いて一気に汗が吹き出た。
「勝負あり、だな。景品はこいつでいいよ」
彼を殺すと決めた日から伸ばし続けた髪が、無骨な掌の上で弄ばれる。
まるで、自分の気持ちを軽く扱われるようで屈辱に涙が歪んだ。
「泣いてたっておれは死にゃしねぇよ」
「・・・ぅ、っぇ・・・」
「じゃーな、クソガキ。次会うときにはもう少しマシな成長しとけよ」
無防備に晒されたその背中は、こんなに近いのに全く手が届かない。
久方ぶりに踏んだ故郷の土は、あれほどの悪夢が染み付いているにも拘らずやはり懐かしい。
親友の結婚式に出るためにドレスアップし、慣れない女の格好で居ると、最高に綺麗な笑顔を浮かべた親友が嬉しそうに近寄ってくる。
「来てくれないかと思ったわ!」
「あはは、そんな薄情な真似する訳ないじゃない!家族の結婚式よ?」
彼女もあの悪夢の日に両親を失くした子供の一人だ。
海兵になり敵討ちをすべく進んだ私と違い、彼女は村に残って幸せを掴んだ。
彼女の隣に並ぶのは顔立ちこそ冴えないが心優しい青年で、昔から彼女に何かあると飛んできて慰めるような人だった。
初恋がそのまま結婚になった幸せなカップルに、心が揺れないとは正直言えない。
鍛えられた私のものより華奢な体を腕に抱き込む。
細く柔らかい感触は、自分が持ち得ぬものだった。
同じようにハグを返してくれた彼女は、瞳を潤ませてこちらを見上げる。
男みたいに身長があるこちらと違い、彼女はとても小さい。
「ねぇ。貴女も村に戻ってきなさいよ。シスターだって寂しがってるわ」
「・・・それは無理よ。私は海賊王を」
「もう、いい加減に目を覚ましなさい!」
滅多に声を荒げぬ親友の叫びに目を見開く。
怒りに頬を紅潮させ、悔しげに唇を噛んで。細い手に腕を掴まれるとがくがくと体を揺さぶられた。
「海賊王様は何も悪くないわ!」
「何を」
「彼らは襲われていた私達を助けてくださった!私達の家である孤児院を建ててくださったのも彼らよ!飢えないよう当面の食料を下さったのも、病気が蔓延しないよう薬を下さったのも、自分たちの危険を顧みずに海軍へ救難信号を送って下さったのも、私達の家族の墓を作って下さったのも、生き残りの皆が生きていけるよう手配して下さったのも、全部、全部海賊王様たちがして下さったことよ!貴女にナイフで刺されながらも、貴女を安全な場所まで連れてきて下さったのも、それを黙ってろと私達に言ったのも、全部全部海賊王様よ!それなのに貴女は───っ」
「止めて!!」
抱かれていた腕を振り払い、慌てて距離を取る。
もう、聞きたくなかった。
それなのに、親友は首を振ると詰め寄った。
「止めない!いい加減現実を見なさい!海賊王様が貴女のご両親を殺したはずがないわ!あの方はそんなことする人じゃない。もう二度と村が襲われないように自らの旗を掲げる許可をくれた。海賊も海軍も簡単に手出しできないよう、私達を庇護して下さった!いい加減海賊王様を敵と憎むのは止めなさい!本当は判ってるんでしょう!?」
彼女の叫びは容赦ない。
心の奥深くに閉ざして見ないようにしていた真実を暴き出す。
本当は、ずっと昔に気付いていた。
あの日、父親は自分を見て微笑んだ。
海賊王が敵ならば、あんな顔をするはずがないのだ。
命を懸けて守った娘を敵の前に残して笑って死ぬ人じゃない。
本当は、ずっと判っていた。
雨の中今にも自殺しようとしていた自分に、彼が生きる標をくれたこと。
向けられた憎悪も殺意も何もかも飲み込んで、彼は悠然と笑っていた。
おれを追いかけろと、生きる目的を残してくれた。
本当は、ずっと知っていた。
この村に立てられる海賊旗の意味を。
髑髏に麦わらのマークに自分の村が守られていたことを。
一夜の地獄の後に、残るのは苦しい生活のはずだった。
家も家族も失って、男も女も子供も怪我をして、それでも海軍が来るまで生き延びれたのは、何処からか手配された薬と保存食のおかげだった。
雨風凌げる家があった。先を工面する財宝があった。
そんなものが、何処からともなく沸いて出ることないくらい、そんなのとっくに判っていた。
でも、それを認めれば全てが崩れる。
今まで選んできた人生全てが、全部全部消えてしまう。
「だって、私にはもうそれしか手段がない!生きて、生きて生きて生きて、強くなった私を見てもらう手段が何もない!あの人を憎んでた!殺したいほど憎んでた!そうじゃなければ自分の足で立てなかった!あの人の優しさに甘えて憎む以外に私は生きる術をもてなかったの!」
「・・・っ」
「私は海賊王を追いかける。生涯かけて追い続ける。そのためなら、平穏な人生も幸せな家庭も全部全部要らないわ。私が追いつくまであの人はあそこで待っててくれる。何度だって私は向かってく。いつか───いつか、この手が届くまで、一生懸けて彼を追うわ」
涙が頬を伝って落ちる。
涙を流すのは、あの日海賊王に敗れて以来だ。
あんなに一方的に負けると思っていなかった。一太刀だけでも浴びせれるものと信じてた。
それは驕りに過ぎなくて、いつかと同じで彼はうんと高い場所で、こちらを見て笑うだけ。
『追いかけて来い』と誘ってそのまま背を向けるだけ。
「いくら恩があったとしても、彼は所詮海賊よ。そして私は海兵なの。───私はこの手で必ず彼を追い詰める」
そして───そうして、遙かな先で、もしこの手が届くことがあったなら、そんな未来を掴めたのなら。
「あの高みまで私は上る。彼に並ぶ存在に、私はかならずなってみせる」
「・・・それって」
「何?」
「それって、まるで熱烈な片想いみたいね」
泣きそうな顔で笑った親友は、もう一度私を抱きしめた。
腕の中の温もりは私の捨てた全てを持っている。
後悔なんてしない。
選んだのは、高みで笑う残酷な男。
生半可な努力じゃ辿り着かないその場所で、早く来いと手招く人。
必ず追いついてみせる。
待っていると笑ったあの人を捕まえる。
そうして、もし、奇跡が起こったなら。
この複雑な想いにも、名前をつけることが出来るのかもしれない。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
覚えているのは、真っ暗な場所。
外から聞こえる悲鳴に耳を両手で塞ぎ、必死に小さくなって、嗚咽が漏れれば居場所がばれると声を堪えて泣いていた。
何故そうなったか判らなかった。
昼間ではいつもと変わらない日常が流れていて、今日も一日が終わって明日が始まるはずだった。
唐突に始まった海賊の侵略行為は、平和な村では防戦どころかなす術もないまま一方的に陵辱されていった。
両親に無理やり地下の収納庫に押し入れられると、すぐさま家のドアが開く音がした。
叫ぶ母の声に、詰る父の声。
家の入り口が開けられたおかげで外の世界の音が先程よりも明確になり、誰のものか判らぬ悲鳴が塞いだ耳の奥まで刺さる。
気絶してしまいたかった。
意識を失って、目を覚ましたら何もかも夢だったと思いたかった。
けれどそう簡単に意識など失えず、震える体とひくつく呼吸を必死に宥め、息を殺して両親の帰りを待った。
どれくらい時間が過ぎたのだろう。
まだ一分ほどしか経っていない気がするし、何日も閉じこめられている気がする。
暗闇は感覚を狂わし、心すら麻痺してきた。
段々と悲鳴にも心が動かなくなり、早く時間が過ぎて欲しいとだけ祈る。
体を抱え込み胎児のように丸くなって怯えていると、不意に光が世界に射した。
始めに認識したのは赤。
彼の纏う色に目を見張り、恐怖で息が喉に張り付く。
早まる鼓動を必死に宥めながら、同時に酷く安堵した。
この男が賊の一人であるならば、悪夢は終わるかもしれないと。
自分のような抵抗する力も持たない子供は、彼にとって簡単に殺せるだろう。
収束する世界を享受すれば、地獄のような今から逃げ出せる。
従順に自分を差し出すべく瞼を閉じかけ───彼の後ろから見えた姿に息を飲み込んだ。
彼の肩に圧し掛かるようにしている男、それは先ほど自分をこの場所に押し込めた父親だった。
体中血だらけで、口から吐血までしている父は、麦藁帽子を被った男の無造作な行為で自分の前に差し出される。
血濡れの父の瞳がこちらを見て、驚きで丸くなったかと思うと、透明な雫を静かに流し、そのままことりと顔を伏せた。
「あ・・・あぁ・・・あぁぁぁあああああぁぁあああ!!!」
ギリギリで繋がっていた精神が崩壊する。
血が沸騰したように熱く、目の前で倒れた父に縋り付く。
胸に刺さるナイフから血が滴り、手を汚したが気にならない。
まだ温かさが残る体から魂が抜けていくのに涙が零れた。
短い腕で必死にその体を抱きしめ、ただただ悲鳴を上げて泣く。
口が自然に動いて何かを叫んでいるが、自分でも何を言ってるか判らない。
それは目の前の彼に生き返って欲しいと望む願いであり、置いていった彼に向かっての怨嗟であり、彼が自分を守ろうとしての結果を呪う叫びだった。
喉も涸れよと叫び続け、全ての意識が染まっていく。
先ほどまで死んでも良いと思っていたのに、もうそんな想いは欠片も残って居ない。
「お前が殺したのか!!?」
問いかけると、黒々とした瞳を僅かに丸くした男はこてりと首を傾げた。
地獄と称するに相応しいこの地においてその仕草は酷く浮いていて、益々怒りを煽る要素となった。
男の第一印象を赤だと思った。
何故だったか、今はわかる。
目の前の彼は赤いベストを着ているが、それ以上に真っ赤な血に濡れていた。
彼には見える部分には傷はなく、そうすると結論は一つしか思いつかない。
あれは、胸元にべたりと付着するあの色は、父の生きた証に違いないと。
怒りで恐怖は吹き飛び、収納庫に隠される前に渡された唯一の武器を手に忍ばせる。
「お前なんか・・・お前なんか、死ねばいい!!」
ぐさり、と手に感触が伝わる。
驚いて目を丸めた男は、ナイフを体に埋め込みながら何も抵抗してこない。
その様に馬鹿にされているのかと更に力を篭めてナイフを抉るように動かすと、漸く動いた男がナイフを握る手の上に掌を重ねた。
苛立ち睨みあげると、何が面白いのか男は緩く口角を上げる。
人を刺したのは初めてだが、罪悪感は一切沸かなかった。
涙を零しながら睨み続けると、不意に体がぞくりとして身動きが取れなくなる。
いつの間に居たのか、男の背後に緑色の髪をした隻眼の男が立っており、きつい瞳をこちらに向けていた。
睨み付ける視線に篭められたのは、きっと殺気というものだろう。
先ほどまで忘れていた恐怖が体を這い上がり、ナイフを掴んだままの手が震え始める。
私は、一体何をしているのだろう。
震え怯えながら、それでもナイフを掴んだ手は離せない。
まるで自分を繋ぎとめるものがそれしかないように縋り付く自分の前で、彼らは暢気に会話をしている。
麦藁帽子の男の言葉に嫌な顔をした隻眼の男は、すいっと視線を外した。
お前など視界に入れる価値すらないと言外に言われた気分だが、体の重圧がなくなり恐怖から開放された。
呼吸も忘れていたために息が苦しく、深呼吸を繰り返していると、麦藁帽子の男がこちらを覗き込んでくる。
唾でも飛ばしてやりたいが、生憎喉はからからに渇いていて無理そうだった。
黙って睨んでいると、男は不意に破顔した。
つい今しがたまで纏っていた、何処か無邪気な雰囲気を一新し、危険な香り漂う男臭い笑い方。
優しさを一切感じさせぬ、嘲りを含んだ嫌な笑顔。
歯軋りすると唇まで噛んでしまったのか、鉄錆び臭い味が口内に広がる。
苛立つ様子は伝わっているだろうに、益々笑みを深めた男は初めてこちらに向けて言葉を発した。
「おれの名はモンキー・D・ルフィ。海賊王だ」
その言葉に、息を呑む。
世界中でその顔を知らずとも、その名を知らぬものはない。
海賊の中の海賊と歌われる最強の男。
世界の海を股にかけ、誰よりも海を自由に進む男。
それがこの目の前の男だと言うのか。
目の前が絶望で暗くなる。
父親の敵はとんでもなく雲の上の存在で、それでも諦めるなど出来ない。
向けられる視線を正面から受け止め、殺してやると泣き喚く。
「そうか。・・・なら、ここまで昇って来い。お前がおれを殺しに来るまで、おれはここで待っててやるよ」
子供の戯言と一笑に帰すことも出来るくせに、嘲りを篭めた笑みのまま男は言った。
そうしてそれが、生きる指針となった。
刻まれたのは鮮やかな嘲笑。
忘れ得ぬのは緋色の体。
そして───そして、抱き上げられた腕の温もり。
「本当に、行くのかい?」
心配そうに顔を歪めてこちらを見るのは、あの日親を失った子供達を集めた孤児院のシスターだ。
ふっくらとした体つきと溢れんばかりの愛情を子供に与えてくれた。
親が居ない寂しさを感じさせないくらいに毎日が笑いに満ちていて、共に育った兄弟は血が繋がらないが血よりも濃い絆がある。
いつも太陽のように笑っているシスターが顔を曇らせるのに胸が痛まないではないが、もうずっと前から決めていた。
「うん。私は海軍に入る。そして───そうして、この手で海賊王を捕まえる。海賊の中の海賊と呼ばれ蛮行を繰り返し私の村のような存在を増やしてる。そんなの絶対に赦せない」
「でも、海賊王は噂ほど悪いお人じゃ」
「何言ってるの!?村を荒らしたのが誰か忘れたの!?私の父さんも母さんも海賊に殺された!私は、私の手で海賊王を絶対に殺す。一生かかってもいい。そのためなら何だって犠牲にする。あの日の宣言どおり、あいつは未だにあの高みに存在するわ。少しの犠牲も失くすために、私が必ず殺してやる。そうして父さんと母さんの敵をとるんだ!!」
言葉は悲鳴に近い。
何も聞きたくないと両手で耳を押さえ、哀しそうに目を伏せるシスターを睨む。
他の誰にも邪魔されたくなかった。
これは自分で立てた生きるための楔。
あの日を最後に姿を見ていない海賊王、『モンキー・D・ルフィ』。
黒髪黒目の細身の青年でどこか飄々とした雰囲気を纏う人。
涙を零す自分に向かい、嘲りを隠さず追って来いと誘った男。
何度も何度も夢に見た。
赤に塗れたあの日の夢を。
血濡れの父に、見つからなかった母。
家は燃え焦げ臭さが漂い耳を塞いでも消えない叫び声。
そんな悪夢の中でも笑う男は、麦藁帽子を指先で持ち上げにいと口角を持ち上げる。
目が覚める度に心臓が早鐘を打ち、夢の中でも笑う男に憎しみが沸く。
頬を伝う涙は止めどなく溢れ、震える手を握り復讐の日を待った。
「私はあいつを殺すために生きてきた。そうしてあいつを殺すために生きていく」
「───そんなの、誰も望んじゃいないよ。この村で普通に暮らせばいい。恋人を作って結婚して子供生んで・・・そうして暮らすのがあんたの両親も望む未来じゃないのかい?」
「・・・ごめんなさい、シスター」
緩く首を振り謝ると、今にも泣きそうな顔になった。
そんな顔をさせたいわけじゃない。何年も母と愛した人なのだ。
それでもこれだけは譲れない。
黙り込んだシスターから一歩離れると、ゆっくりと顔を上げる。
あの地獄の日から彼女の新しい家になった建築物は、素朴でありながら村の何より頑丈な造りをしていた。
いつの間にか出来ていた建築物は初めは避難場所として使われていたが、村が復興してくると徐々に村人達は自身の家へと帰っていった。
それでも何か有事の際にはこの孤児院は避難場所になっている。
村ではついぞ見かけない技法で建てられたここは、村でも特別な場所だった。
「私は行くよ、お母さん」
「・・・・・」
「また生きて会えるよう、頑張るから」
「───いつか」
「え?」
「いつかあんたが真実を受け止められるようになるのを、私は心から祈ってるよ。・・・いってらっしゃい、私の娘」
きゅうっと抱き込まれ、今から捨てる未来に、一粒だけ涙を零した。
「・・・久しぶりだね、海賊王」
「んー?」
十年ぶりに顔を見た男は、間抜けな顔でこてりと首を傾げる。
覚えているよりも少しだけ年を経ているが、相変わらず何処か飄々とした雰囲気の男だ。
海軍の軍艦に囲まれながらも余裕を失わない男に、ぎりりと歯軋りする。
世界の海を自由に駆ける彼自身の船の船首に胡坐を掻いてこちらを眺める男に焦りは欠片もなく、むしろ余裕たっぷりだ。
少し離れた場所にはあの日恐怖した緑頭。そして海賊王を挟んで反対側には煙草を咥える金髪の男。
麦わら海賊団の双璧の、海賊狩りのロロノア・ゾロと、黒足のサンジの登場に海軍の兵がざわめく。
世界で最弱と名高い東の海で遭遇したまさかの大敵に、同僚達は息を呑んで怯んでいる。
自分自身まだ大佐へ昇進したばかりで、まさかこんなに早く彼に見(まみ)えると思ってなかった。
この体が震えるのは恐怖のためではない。
漸く目にした宿敵への歓喜と、震えるほどの興奮によるものだ。
「私を覚えてる?それとも、数多く潰した内の村の生き残りなんて覚えてないかしら」
「あーん?ルフィ、何だ?あのお嬢さんと知り合いなのか?」
「知り合い?」
「・・・ルフィ。あいつ、あん時の餓鬼じゃねぇか?お前にナイフ埋め込んだ」
「おお!思い出した!いやぁ、懐かしいなお前!元気にしてたか?」
「っ・・・ふざけるな!!」
ひらひらとこちらに向かって手を振る男に絶叫する。
無邪気にも見える笑顔が憎い。
全てを黒く塗りつぶして壊してしまいたいほどに。
「海賊王『モンキー・D・ルフィ』!私はお前に一騎打ちを申し込む!」
「・・・ヒュー。ルフィに一騎打ちを申し込むなんて、あのお嬢さん何もんだ?」
「さてな。被害者になるんだろうよ、あの馬鹿に踊らされる」
「何知ってやがる、ミドリ頭」
「お前に言う義理はねぇよ。・・・ともあれ一騎打ちだ。なら、おれらの出番はねぇな」
「だな。おーい、海兵さんたちよ!そっちも聞いただろ?これは一騎打ちだ。うちの船長そっちにやるからよ、手を出すなんてダセェ真似、してくれんなよ」
怯えもないゆったりとした口調で声を掛けてきた黒足は、その言葉どおりに海賊王を寄越した。
一人で甲板に降り立つ海賊王の姿に、部下達は立ち竦む。
この場で一番階位が高いのは自分だ。ならば、彼らを護るのも自分の仕事。
そして目の前の男を殺すチャンスに手は出されたくない。
「一騎打ちかぁ。何かすげぇ久しぶりだな。まさか東の海で申し込まれると思わなかったぞ」
「・・・五月蝿い。確かに東の海は最弱の海と呼ばれている。でも、最弱の海に強い者が居ないわけじゃない」
「しししっ、確かにその通りだ。よし、じゃ一騎打ちは受ける。おれが勝ってもお前の仲間には手をださねぇよ」
「なら、私が勝ってもお前の仲間には手を出さないと誓おう。私が殺したいのは、お前だけだ」
「はぁ、お前おれに勝つつもりでいんのか。すげぇな。ちっとは強くなったのか?」
「馬鹿にするな!お前を殺すために鍛錬は欠かしたことはない!」
「捕らえる、じゃなく殺すか。どうやら、何も変わってねぇみたいだな」
のんびりと彼自身の呼び名に由来する麦藁帽子を被りなおすと、体を正面に向ける。
あの日と同じ緋色のベスト。目に焼きつく記憶に、血が沸騰した。
両手に腰に差していた大振りのナイフを持つと片方は順手、片方は逆手に構える。
独特の構えは自力で開発したもので、選んだ武器はあの日を忘れないためのもの。
憎しみに心を染めながら、冷静になれと何度も呟く。
「あの日から一日たりともお前の顔を忘れた日はなかったわ。今日こそこの恨み晴らしてみせる」
「しししっ。御託はいいからさっさと来いよ」
「っ、死ねぇ!!」
叫びは祈り。
心からの願い。
二振りのナイフを握り、一気に距離を詰める。
余裕の笑みを崩さない海賊王は、凶器を前に笑ったまま。
その笑顔すら憎々しく、ナイフを握る手に力を篭める。
まずは一撃。
喉笛を狙い左手のナイフを振る、しかしあっさりと避けられ、右手のナイフで進行方向を突いたがそれも躱された。
右、左、左、右、右、左。
息をつかせぬ猛攻を掛けながらも、一撃も掠らずのらりくらりと避けられる。
「余裕ぶってるつもりか!!」
「ぶってんじゃねえ。実際、余裕なんだよ。何だ、思ったより成長してねぇな。相変わらず弱いままだ」
「っ、舐めるな!」
避けられたナイフを瞬時に逆手に持ち代えると眼球を狙う。
笑顔でそれを眺める男へあと少しで届くと思った瞬間、信じられない重圧が体に掛かった。
「これしきの覇気も跳ね返せねぇのか?この十年、何してたんだお前」
「・・・・・・」
「本気でおれを追う気があるのか?この程度でおれを殺せると?」
「・・・ぅ・・・」
「甘いな。サンジがナミたちに作る手作りスイーツより甘ぇ」
訳がわからない比較をした男は、倒れこんだままの自分の前でしゃがみ込む。
玩具を見つけた子供みたいな笑顔で、手から離れたナイフを拾った。
そのまま鮮やかな手つきで弄ぶと、刀身に手を触れ刃を砕く。
海兵になってからずっと愛用していた武器の末路に目を見開いたままでいると、折れた刀身を握った彼は硬い木で出来てるはずの甲板がバターか何かじゃないかと思えるほどあっさりとそれを根元まで突き刺した。
首筋すれすれの部分にささるそれに、息を呑む。
体中の毛穴が開いて一気に汗が吹き出た。
「勝負あり、だな。景品はこいつでいいよ」
彼を殺すと決めた日から伸ばし続けた髪が、無骨な掌の上で弄ばれる。
まるで、自分の気持ちを軽く扱われるようで屈辱に涙が歪んだ。
「泣いてたっておれは死にゃしねぇよ」
「・・・ぅ、っぇ・・・」
「じゃーな、クソガキ。次会うときにはもう少しマシな成長しとけよ」
無防備に晒されたその背中は、こんなに近いのに全く手が届かない。
久方ぶりに踏んだ故郷の土は、あれほどの悪夢が染み付いているにも拘らずやはり懐かしい。
親友の結婚式に出るためにドレスアップし、慣れない女の格好で居ると、最高に綺麗な笑顔を浮かべた親友が嬉しそうに近寄ってくる。
「来てくれないかと思ったわ!」
「あはは、そんな薄情な真似する訳ないじゃない!家族の結婚式よ?」
彼女もあの悪夢の日に両親を失くした子供の一人だ。
海兵になり敵討ちをすべく進んだ私と違い、彼女は村に残って幸せを掴んだ。
彼女の隣に並ぶのは顔立ちこそ冴えないが心優しい青年で、昔から彼女に何かあると飛んできて慰めるような人だった。
初恋がそのまま結婚になった幸せなカップルに、心が揺れないとは正直言えない。
鍛えられた私のものより華奢な体を腕に抱き込む。
細く柔らかい感触は、自分が持ち得ぬものだった。
同じようにハグを返してくれた彼女は、瞳を潤ませてこちらを見上げる。
男みたいに身長があるこちらと違い、彼女はとても小さい。
「ねぇ。貴女も村に戻ってきなさいよ。シスターだって寂しがってるわ」
「・・・それは無理よ。私は海賊王を」
「もう、いい加減に目を覚ましなさい!」
滅多に声を荒げぬ親友の叫びに目を見開く。
怒りに頬を紅潮させ、悔しげに唇を噛んで。細い手に腕を掴まれるとがくがくと体を揺さぶられた。
「海賊王様は何も悪くないわ!」
「何を」
「彼らは襲われていた私達を助けてくださった!私達の家である孤児院を建ててくださったのも彼らよ!飢えないよう当面の食料を下さったのも、病気が蔓延しないよう薬を下さったのも、自分たちの危険を顧みずに海軍へ救難信号を送って下さったのも、私達の家族の墓を作って下さったのも、生き残りの皆が生きていけるよう手配して下さったのも、全部、全部海賊王様たちがして下さったことよ!貴女にナイフで刺されながらも、貴女を安全な場所まで連れてきて下さったのも、それを黙ってろと私達に言ったのも、全部全部海賊王様よ!それなのに貴女は───っ」
「止めて!!」
抱かれていた腕を振り払い、慌てて距離を取る。
もう、聞きたくなかった。
それなのに、親友は首を振ると詰め寄った。
「止めない!いい加減現実を見なさい!海賊王様が貴女のご両親を殺したはずがないわ!あの方はそんなことする人じゃない。もう二度と村が襲われないように自らの旗を掲げる許可をくれた。海賊も海軍も簡単に手出しできないよう、私達を庇護して下さった!いい加減海賊王様を敵と憎むのは止めなさい!本当は判ってるんでしょう!?」
彼女の叫びは容赦ない。
心の奥深くに閉ざして見ないようにしていた真実を暴き出す。
本当は、ずっと昔に気付いていた。
あの日、父親は自分を見て微笑んだ。
海賊王が敵ならば、あんな顔をするはずがないのだ。
命を懸けて守った娘を敵の前に残して笑って死ぬ人じゃない。
本当は、ずっと判っていた。
雨の中今にも自殺しようとしていた自分に、彼が生きる標をくれたこと。
向けられた憎悪も殺意も何もかも飲み込んで、彼は悠然と笑っていた。
おれを追いかけろと、生きる目的を残してくれた。
本当は、ずっと知っていた。
この村に立てられる海賊旗の意味を。
髑髏に麦わらのマークに自分の村が守られていたことを。
一夜の地獄の後に、残るのは苦しい生活のはずだった。
家も家族も失って、男も女も子供も怪我をして、それでも海軍が来るまで生き延びれたのは、何処からか手配された薬と保存食のおかげだった。
雨風凌げる家があった。先を工面する財宝があった。
そんなものが、何処からともなく沸いて出ることないくらい、そんなのとっくに判っていた。
でも、それを認めれば全てが崩れる。
今まで選んできた人生全てが、全部全部消えてしまう。
「だって、私にはもうそれしか手段がない!生きて、生きて生きて生きて、強くなった私を見てもらう手段が何もない!あの人を憎んでた!殺したいほど憎んでた!そうじゃなければ自分の足で立てなかった!あの人の優しさに甘えて憎む以外に私は生きる術をもてなかったの!」
「・・・っ」
「私は海賊王を追いかける。生涯かけて追い続ける。そのためなら、平穏な人生も幸せな家庭も全部全部要らないわ。私が追いつくまであの人はあそこで待っててくれる。何度だって私は向かってく。いつか───いつか、この手が届くまで、一生懸けて彼を追うわ」
涙が頬を伝って落ちる。
涙を流すのは、あの日海賊王に敗れて以来だ。
あんなに一方的に負けると思っていなかった。一太刀だけでも浴びせれるものと信じてた。
それは驕りに過ぎなくて、いつかと同じで彼はうんと高い場所で、こちらを見て笑うだけ。
『追いかけて来い』と誘ってそのまま背を向けるだけ。
「いくら恩があったとしても、彼は所詮海賊よ。そして私は海兵なの。───私はこの手で必ず彼を追い詰める」
そして───そうして、遙かな先で、もしこの手が届くことがあったなら、そんな未来を掴めたのなら。
「あの高みまで私は上る。彼に並ぶ存在に、私はかならずなってみせる」
「・・・それって」
「何?」
「それって、まるで熱烈な片想いみたいね」
泣きそうな顔で笑った親友は、もう一度私を抱きしめた。
腕の中の温もりは私の捨てた全てを持っている。
後悔なんてしない。
選んだのは、高みで笑う残酷な男。
生半可な努力じゃ辿り着かないその場所で、早く来いと手招く人。
必ず追いついてみせる。
待っていると笑ったあの人を捕まえる。
そうして、もし、奇跡が起こったなら。
この複雑な想いにも、名前をつけることが出来るのかもしれない。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
サニー号の甲板から岸を見下ろし、咥えている煙草に火をつける。
赤く灯った先端に、一度大きく息を吸い込んでゆっくり紫煙を吐き出した。
「頼むよ、助けてくれよ!!」
一瞬だけ白い煙で視界は邪魔をされたが、煙が晴れればやはり同じようにそこには人間が存在して、華奢な体を縮めて土下座する子供を無感動に眺める。
ちらり、と視線を横に向ければ、そこには船の縁の上で器用に胡坐を掻く船長が居て、ガラス玉のような瞳は何の感情も映していない。
もう一度煙を胸に吸い込むと、沈黙を続ける間を持たせるようにふうっと息を吐き出した。
「頼むよ、あんた海賊王なんだろ!?強いんだろ!?助けてくれよ!」
一方的に身勝手な願いを叫び続ける子供は、小さな顔を涙で歪めていた。
ここから村までは大人の足でも一時間は掛かる。
その距離を全力で走ってきたらしい子供の手足は擦り切れ血塗れだった。
狂ったように助けを求めるこの子供は、先日訪れた村の住人だろう。
確か、肉を買いに行った時に、道の端で擦れ違い様に石を投げられた。
いらっとしたが海賊である以上こんな経験も一度や二度じゃない。
大人の男なら遠慮なく蹴り倒したが、まさか自分の腰ほどの子供をぶっ飛ばすわけにも行かず見逃した。
この島は海軍と癒着があり、海賊への嫌悪感が強い。
必要物資の調達だけ済ましたらすぐに出立する予定だった。
それが地味に延期されているのは、目の前で土下座を続ける子供のせいであり、何も言わずに黙ってその光景を眺める船長が居るからだ。
海軍への癒着のある島は、それほどいい思い出がない。
大抵は島の権力者が海軍のカスと金でつてを作り、虎の威をかる狐状態で過ごしている場合が多いからだ。
かくいうこの島もその例外に漏れず、田舎であるくせに妙な権力意識があり、自分たちがに手が伸びなかったのは海賊王の一団だったからだろう。
それが何故、忌むべき海賊の前で土下座をしているかと言えば、欲をかいた人物がこの島に居たからだ。
海賊王の一味がこの島へ居ると連絡し、おかげで海軍が大挙して来た。
正義を背負う彼らは、必ずしも弱者の味方ではない。
むしろ上に昇れば昇るほど、大義の前の小事は仕方ないと嘯く輩ばかりだ。
この島に派遣された海軍も、そういう人物の指揮下にあったのだろう。
村から離れた場所に隠れるようにして船をつけた海賊王の一味に、まだ彼らは気付いていない。
だがこちらからは丁度彼らが村を攻める様子がよく見えた。
今こうしている間にも砲撃は続き、村は焼け家は破壊されている。
この子供が助けを請いに来たのも、海軍のあまりの酷さに耐えかねたからだろう。
しかし現状は理解できたが、子供の認識は甘すぎる。
「なぁ、お前」
「っ」
「何でおれたちがお前らを助けなきゃいけねぇんだ?お前ら、昨日おれたちに早く島を出てけって言ってたじゃねぇか。あの海軍だっておれらを捕まえに来た奴らだろ?どうしておれたちがそんな奴らの前にのこのこ出てかなきゃいけねぇんだ?」
「それはっ、確かにあいつらを呼んだのは村長だけど・・・でも、海軍があんな酷いことすると思わなかったんだ!このままじゃ皆海軍の奴らに殺されちまう!頼むよ、お前ら強いんだろ!?助けてくれよ!!」
一方的な押し付けをする子供に、サンジはじとりと眉を寄せた。
サンジだけではない。
この船に乗っているクルー達は、皆が皆大体同じ反応だ。
唯一おどおどしているのは心優しき船医くらいで、ナミとウソップは呆れを前面に出してるし、ゾロは嫌そうに顔を顰めている。
ロビンとブルック、フランキーは感情は顔に出していないが、助け舟を出す気はさらさらになさそうだった。
サンジとて彼らと同じ気持ちだ。
何故自分たちを排除しようとした奴らを好き好んで助けねばいけないのか。
あまりに図々しい願いに、うんざりとため息を吐く。
意味が判んねぇと呟いたルフィは、頭を掻きながら子供に問う。
「お前さ、自分を殺すために手引きした奴、進んで助けたいと思うか?」
「・・・でも、このままだと皆死んじゃうんだ!」
「それって自業自得って奴だろ?おれたちは海賊だ。正義の味方じゃねぇ」
「そんなのは知ってる!おれだってお前らなんかに懇願したくねぇ!でも、他に誰も居ないんだ!おれじゃ何も出来ずに死んじまう、だからっ」
「・・・都合がいいことばっか言うなぁ、お前。確かにおれらは強いけどさ、別に始めから勝ち続けてきたわけじゃないぞ?何度だって死に掛けた。それでも諦めないから生きて此処に居る。───お前さ、さっきから助けて助けてって言ってるけど、お前は村の奴らのために何したんだ?」
「おれは・・・っ」
「自分は何もしないで助けを求めるなんて、甘い考えだと思わないのか?
自分は何も危険を冒さないで、おれたちだけに命懸けろって?知り合い未満のお前のために、どうしておれたちがそんなことしなきゃなんねぇんだ?意味が判んねぇ」
緩く首を振ったルフィに、子供は拳を握って俯いた。
噛み締めた唇からは血が流れ、青白い顔色をして今にも倒れそうだ。
「早く行ったらどうだ?こうしてる内にもお前の村の奴らは危険の中に居るぞ。絶対正義を背負った海軍はな、正義のためならなんだってする奴もいるんだぜ」
ルフィの言葉に、弾かれたように踵を返した子供は、また森の中へと駆け出した。
一直線に村へ向かい走る姿に迷いはない。
その背中を見送って、ルフィはのんびりと口を開く。
「さて、皆どうしたい?」
「おれはどうでもいい」
「私もよ。ルフィの決めたことに従うわ」
「そうだなぁ。昨日スーパー石を投げられたしなぁ」
「ヨホホホホ!確かにあれは痛かった。骨身に染みました、骨だけにっ」
「うっせーよ、テメェは!黙れ!でも、おれはちょっと気になるぜ。やっぱおれらが来なきゃこんなことにはなんなかったろうしな」
「おれは、助けに行きたい。あれじゃ一方的な侵略だ!怪我人が出るかもしれねぇし、そしたら医者はいるだろ?」
「甘いわねぇ、チョッパーは。───そうね、私なら地獄の沙汰も金次第。無償奉仕なら嫌よ」
「んー・・・おれは肉が欲しいな、肉。サンジ、昨日食料の調達はどうだった?」
「バッチリ・・・て言いてぇが、少し微妙だな」
「んなら、ナミの案を取って報酬制にするか?」
「面倒だな。それだと終わった後も関わらなきゃいけねぇだろ。おれたちは海賊だ。どさくさに紛れて奪えばいい」
「あ、それいいかも!海軍からも村からもせしめて、一気に大金持ちよ!」
「お前そんなのばっかだなぁ」
ししし、と頭の後ろで腕を組み、ルフィは面白そうに笑った。
視線だけでフランキーに指示を出すと、船は岸から徐々に離れる。
目標とする場所はそれぞれ判っており、各々の武器を取り出し構えた。
「んじゃ、ナミとゾロの案を採用だ。海賊らしく野蛮にいこう」
にっと好戦的な笑顔を浮かべたルフィに、同じような笑みを浮かべて仲間は頷く。
ルフィの本心がどこにあるかは知らないが、彼が決めたら船の総意だ。
近づくサニー号に軍艦が気付いたのか、威嚇ではなく大袍が撃たれた。
甲板に落ちそうになったそれは蹴り返し、横目で笑う船長の顔を伺う。
一瞬だけ視線が重なったルフィは、無言で小さく微笑んだ。
それは、海賊らしくない、とても無邪気で柔らかな笑みだった。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
サニー号の甲板から岸を見下ろし、咥えている煙草に火をつける。
赤く灯った先端に、一度大きく息を吸い込んでゆっくり紫煙を吐き出した。
「頼むよ、助けてくれよ!!」
一瞬だけ白い煙で視界は邪魔をされたが、煙が晴れればやはり同じようにそこには人間が存在して、華奢な体を縮めて土下座する子供を無感動に眺める。
ちらり、と視線を横に向ければ、そこには船の縁の上で器用に胡坐を掻く船長が居て、ガラス玉のような瞳は何の感情も映していない。
もう一度煙を胸に吸い込むと、沈黙を続ける間を持たせるようにふうっと息を吐き出した。
「頼むよ、あんた海賊王なんだろ!?強いんだろ!?助けてくれよ!」
一方的に身勝手な願いを叫び続ける子供は、小さな顔を涙で歪めていた。
ここから村までは大人の足でも一時間は掛かる。
その距離を全力で走ってきたらしい子供の手足は擦り切れ血塗れだった。
狂ったように助けを求めるこの子供は、先日訪れた村の住人だろう。
確か、肉を買いに行った時に、道の端で擦れ違い様に石を投げられた。
いらっとしたが海賊である以上こんな経験も一度や二度じゃない。
大人の男なら遠慮なく蹴り倒したが、まさか自分の腰ほどの子供をぶっ飛ばすわけにも行かず見逃した。
この島は海軍と癒着があり、海賊への嫌悪感が強い。
必要物資の調達だけ済ましたらすぐに出立する予定だった。
それが地味に延期されているのは、目の前で土下座を続ける子供のせいであり、何も言わずに黙ってその光景を眺める船長が居るからだ。
海軍への癒着のある島は、それほどいい思い出がない。
大抵は島の権力者が海軍のカスと金でつてを作り、虎の威をかる狐状態で過ごしている場合が多いからだ。
かくいうこの島もその例外に漏れず、田舎であるくせに妙な権力意識があり、自分たちがに手が伸びなかったのは海賊王の一団だったからだろう。
それが何故、忌むべき海賊の前で土下座をしているかと言えば、欲をかいた人物がこの島に居たからだ。
海賊王の一味がこの島へ居ると連絡し、おかげで海軍が大挙して来た。
正義を背負う彼らは、必ずしも弱者の味方ではない。
むしろ上に昇れば昇るほど、大義の前の小事は仕方ないと嘯く輩ばかりだ。
この島に派遣された海軍も、そういう人物の指揮下にあったのだろう。
村から離れた場所に隠れるようにして船をつけた海賊王の一味に、まだ彼らは気付いていない。
だがこちらからは丁度彼らが村を攻める様子がよく見えた。
今こうしている間にも砲撃は続き、村は焼け家は破壊されている。
この子供が助けを請いに来たのも、海軍のあまりの酷さに耐えかねたからだろう。
しかし現状は理解できたが、子供の認識は甘すぎる。
「なぁ、お前」
「っ」
「何でおれたちがお前らを助けなきゃいけねぇんだ?お前ら、昨日おれたちに早く島を出てけって言ってたじゃねぇか。あの海軍だっておれらを捕まえに来た奴らだろ?どうしておれたちがそんな奴らの前にのこのこ出てかなきゃいけねぇんだ?」
「それはっ、確かにあいつらを呼んだのは村長だけど・・・でも、海軍があんな酷いことすると思わなかったんだ!このままじゃ皆海軍の奴らに殺されちまう!頼むよ、お前ら強いんだろ!?助けてくれよ!!」
一方的な押し付けをする子供に、サンジはじとりと眉を寄せた。
サンジだけではない。
この船に乗っているクルー達は、皆が皆大体同じ反応だ。
唯一おどおどしているのは心優しき船医くらいで、ナミとウソップは呆れを前面に出してるし、ゾロは嫌そうに顔を顰めている。
ロビンとブルック、フランキーは感情は顔に出していないが、助け舟を出す気はさらさらになさそうだった。
サンジとて彼らと同じ気持ちだ。
何故自分たちを排除しようとした奴らを好き好んで助けねばいけないのか。
あまりに図々しい願いに、うんざりとため息を吐く。
意味が判んねぇと呟いたルフィは、頭を掻きながら子供に問う。
「お前さ、自分を殺すために手引きした奴、進んで助けたいと思うか?」
「・・・でも、このままだと皆死んじゃうんだ!」
「それって自業自得って奴だろ?おれたちは海賊だ。正義の味方じゃねぇ」
「そんなのは知ってる!おれだってお前らなんかに懇願したくねぇ!でも、他に誰も居ないんだ!おれじゃ何も出来ずに死んじまう、だからっ」
「・・・都合がいいことばっか言うなぁ、お前。確かにおれらは強いけどさ、別に始めから勝ち続けてきたわけじゃないぞ?何度だって死に掛けた。それでも諦めないから生きて此処に居る。───お前さ、さっきから助けて助けてって言ってるけど、お前は村の奴らのために何したんだ?」
「おれは・・・っ」
「自分は何もしないで助けを求めるなんて、甘い考えだと思わないのか?
自分は何も危険を冒さないで、おれたちだけに命懸けろって?知り合い未満のお前のために、どうしておれたちがそんなことしなきゃなんねぇんだ?意味が判んねぇ」
緩く首を振ったルフィに、子供は拳を握って俯いた。
噛み締めた唇からは血が流れ、青白い顔色をして今にも倒れそうだ。
「早く行ったらどうだ?こうしてる内にもお前の村の奴らは危険の中に居るぞ。絶対正義を背負った海軍はな、正義のためならなんだってする奴もいるんだぜ」
ルフィの言葉に、弾かれたように踵を返した子供は、また森の中へと駆け出した。
一直線に村へ向かい走る姿に迷いはない。
その背中を見送って、ルフィはのんびりと口を開く。
「さて、皆どうしたい?」
「おれはどうでもいい」
「私もよ。ルフィの決めたことに従うわ」
「そうだなぁ。昨日スーパー石を投げられたしなぁ」
「ヨホホホホ!確かにあれは痛かった。骨身に染みました、骨だけにっ」
「うっせーよ、テメェは!黙れ!でも、おれはちょっと気になるぜ。やっぱおれらが来なきゃこんなことにはなんなかったろうしな」
「おれは、助けに行きたい。あれじゃ一方的な侵略だ!怪我人が出るかもしれねぇし、そしたら医者はいるだろ?」
「甘いわねぇ、チョッパーは。───そうね、私なら地獄の沙汰も金次第。無償奉仕なら嫌よ」
「んー・・・おれは肉が欲しいな、肉。サンジ、昨日食料の調達はどうだった?」
「バッチリ・・・て言いてぇが、少し微妙だな」
「んなら、ナミの案を取って報酬制にするか?」
「面倒だな。それだと終わった後も関わらなきゃいけねぇだろ。おれたちは海賊だ。どさくさに紛れて奪えばいい」
「あ、それいいかも!海軍からも村からもせしめて、一気に大金持ちよ!」
「お前そんなのばっかだなぁ」
ししし、と頭の後ろで腕を組み、ルフィは面白そうに笑った。
視線だけでフランキーに指示を出すと、船は岸から徐々に離れる。
目標とする場所はそれぞれ判っており、各々の武器を取り出し構えた。
「んじゃ、ナミとゾロの案を採用だ。海賊らしく野蛮にいこう」
にっと好戦的な笑顔を浮かべたルフィに、同じような笑みを浮かべて仲間は頷く。
ルフィの本心がどこにあるかは知らないが、彼が決めたら船の総意だ。
近づくサニー号に軍艦が気付いたのか、威嚇ではなく大袍が撃たれた。
甲板に落ちそうになったそれは蹴り返し、横目で笑う船長の顔を伺う。
一瞬だけ視線が重なったルフィは、無言で小さく微笑んだ。
それは、海賊らしくない、とても無邪気で柔らかな笑みだった。
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