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例えば、世界中の誰もが自分を敵と認識したとする。
例えば、世界中の憎悪が自分ひとりに向けられたとする。
例えば、世界中の誰もが凶器を手に取り襲いかかろうとしたとする。

もし、そうなった場合、誰か一人でも信じることは出来るだろうか。



真っ暗な部屋で、不意にぱちりと目覚めたエースは、嫌な寝汗に濡れる体に一息吐いた。
何か夢を見ていた気がするが思い出せない。
だが嫌な感じに残る違和感があり、夢を覚えていないのは良かったのだろう。

すっかりと冴えてしまった頭に、ベッドに腕をつき上半身を起こす。
枕元にある目覚まし時計を見たら、時間は深夜三時。
カーテン越しに漏れる光はまだ夜を知らせ、妙な静けさが部屋を包んでいる。

課題と予習復習を済ませ、布団に入ったのが午前一時。
寝つきも考慮すると睡眠時間は二時間にも満たない。
しかしここまで眠気が飛んでしまえば、もう眠れないのは幼い頃からの経験で判っていた。
仕方なしにベッドから出て、寝汗を流すために風呂に向かう。
起きているにしてもべとべとした状態で過ごすのは何となく憚られ、手に下着とスウェットを持つとシャワーを浴びるために風呂場のドアを開けた。

頭から冷水よりも僅かに温かいだけの微温湯を被ると、少しだけ気分がすっきりとした。
夏を少しばかり過ぎた季節は、朝はもう割りと冷える。
体感温度として今は適当だが、風呂から上がれば髪が濡れたままだと寒いかもしれない。
それでも温かい湯を浴びる気にはならず、中途半端な温度のそれを心行くまで浴びた。

想像通りひと心地ついた後風呂場から出れば、外気に晒された肌が粟立った。
気分はすっきりしたが、早いとこ体を拭かねば風邪を引きそうだ。
電気もつけずに体を拭いて、頭を拭いながらリビングに向かえば、何故か併設するキッチンから明かりが漏れていた。
その原因は自分でないとしたらもう一人しか思いつかず、体から力が抜けた。
そこで初めて自分の気が張っていたことに気付き、自分自身に苦笑する。

「ルフィ」
「おう、エース!おはよっ!」

しししし、といつもどおり真夏の太陽を思い出させる笑顔に、朝からテンションが高ぇなと呟けば、おう、元気だぞと何処か空回りな会話が成り立つ。
この血の繋がらない妹は、血縁関係の居ないエースにとって唯一の家族で、気が許せる存在だった。
幼いエースに向かい、ただ一人ルフィだけ。
彼女に依存している自分を理解しているが、変わる気も変える気もないのが現状で、少しでも長く共にあるのがエースの夢だ。
その為の努力を惜しまず、だからこそ対外的に優等生の仮面を被る。

「エース、ほらこれ飲め」
「・・・何だよ、これ」
「ホットミルク。蜂蜜入りで美味いぞー」
「お前、こればっかじゃねぇか」

ライオンが描かれたマグカップを手渡され、ほんのりと温かいそれに笑う。
子供の頃からエースが真夜中に起きると、何故かルフィはこれを作る。
昔は台所を盛大に汚して作っていたホットミルクは、洗われない鍋以外の被害はなくなった。
その味は素朴でホッとするもので、何も言わないルフィの優しさが身に染みた。
もう子供じゃないと言うのに、眠れない夜にしか作らないルフィのホットミルクは、相変わらずエースの好物だ。

一口口に含めば、ほんのりとした甘さが口に広がる。
睡眠剤よりも即効で、安定剤よりも効き目がある、ルフィだけが作れる魔法の薬。

ホットミルクを飲みきり、リビングのソファに横になったエースに、ルフィが笑ったのが見えた。
だがそれはすぐに朧になる意識で薄れていく。

覚えているのは、頭を撫でる優しい感触。
宝物に触れるように、心を解す掌の温かさはエースの気持ちを柔らかくする。
ルフィの隣こそが、世界で唯一安らげる場所だった。



例えば、世界中の誰もが自分を敵と認識したとする。
例えば、世界中の憎悪が自分ひとりに向けられたとする。
例えば、世界中の誰もが凶器を手に取り襲いかかろうとしたとする。

それでも絶対に味方でいてくれるだろうただ一人が居れば、心は折れないとエースは知っている。

拍手[26回]

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*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。




「いやぁ、流石ですね!海賊王の船医だけあります」
「そんなに誉められても嬉しくねぇやい!」

デフォルメされたマスコットのような可愛らしい体をくねらせ、目を細めて照れる船医に周りの大人たちは微笑みを浮かべる。
海賊王の専属船医として有名なチョッパーに教えを請う医者は多い。
そして彼は誰にでも平等に知識を公開し、今では海賊と知りつつお忍びで国抱えの宮廷医すらサニー号へ足を伸ばすほど。
海賊王も彼の仲間も陽気で器が広く、教えへの門は開かれていた。

昔から変わらずに照れ屋なチョッパーを生暖かい目で見詰める海賊王とその相棒の剣士は、弟と可愛がる彼が誉められ密かにとても気分が良かった。
チョッパーがどれ程の努力をして技術を磨いているか、また心血を注いで編み出した技術を無償で広めているか、彼らは誰より知っている。
何せ、彼らは、チョッパーの作る薬を一番多く利用し、尚且つ彼の調合に協力してきた被検体でもあった。

「嬉しそうだな~、チョッパー」
「ああ」
「さすがおれの船医だと思わねぇか?」
「お前の船医じゃなくたってチョッパーは凄ぇよ」
「そりゃそうか」

しししっと笑うルフィに、小さく笑い返したゾロは肩を竦めて上機嫌な船長に突っ込む。
純粋にチョッパーの笑顔が嬉しく、可愛いと思ってしまっている自分も、目の前の男と変わらず相当に身内贔屓だが、贔屓したくなるくらい凄い奴なのだ。
世界で名を馳せた医者も、無医村に行こうとする名もなき医者も、チョッパーにとっては変わらない。
王だろうが貧民だろうが患者であるのと変わらない程度に、チョッパーの誇りは高く志はさらに高い。
可愛いだけの弟分ではないのだ、チョッパーは。

新世界に入って暫くしてから、チョッパーは何かに悩むようになった。
覚えた医術は素晴らしく、応用する方法も判っているのに、用量や用法に確信がもてないと。
何かあれば必ず船長に相談しに行くのが麦わら海賊団の特徴で、彼もやはりご多分に漏れずそうした。
偶々その場に居合わせたゾロは、悲痛なまでに顔を歪めたチョッパーを覚えている。
彼にとって救う為の術を知りながら、活かせないのはもどかしくて仕方なかったのだろう。
今までは自分や魚などを被検体にしてきたが、それだけだと不安だと訴えたチョッパーに、船長であるルフィが出した答えは簡潔だった。



『なんだ。そんならおれを使えばいい』
『え?』
『この船で一番怪我をするのは誰だ?そりゃおれだろ?傷を作るたびに新しい薬を試せ。大丈夫。お前の薬でおれは死んだりしねぇよ』

しししと笑いながら何故か自信満々に言い放ったルフィに、迷いや惑いは欠片もなかった。
胸を張り腰に手を当てて、ゾロから見たら偉そうな態度で言い放ったルフィなのに、そんな彼を見て眼を丸くしたチョッパーは大きな瞳を涙で潤ます。

『でも、確信なんかねぇんだぞ!おれだって初めての薬なんだぞ!副作用だって出るかもしれねぇし、それを治せるかわかんねぇんだぞ!』
『大丈夫だ。おれは滅茶苦茶頑丈だぞ!そんな簡単にくたばったりしねぇ。それにな、チョッパー。お前はおれの船の船医だ。船長であるおれが信用しないでどうするよ』
『でも・・・っ』
『───チョッパー、良く聞け。お前の夢は何だ?』
『おれの、夢?』
『そうだ。お前がずっと胸に抱いてる夢だ』
『・・・万能薬に、なること』
『ならやれ。お前の夢を叶えるために。大丈夫だ。おれは海賊王になるまで死んだりしねぇよ』
『ルフィ』
『ついでにゾロも使えばいい。実験台は多いほうがいいだろ?』
『はぁ?何勝手に言ってんだ、お前は!!』
『いいじゃねぇか。どうせお前だってよく怪我すんだし、治りが早くなったり痛みを麻痺させる薬があれば戦いには役に立つ。違うか?』
『・・・確かに、そうだが』
『なら決まりな。ししし、おれもゾロも丈夫だから安心しろ。女にしか試せねぇ薬は、ナミとロビンと良く相談してから決めろ。おれは、あいつらに命令する気はねぇ。お前がどうしても必要だと思ったなら、頼んでみろ』
『・・・うん』
『あいつらはおれより頭いいから、自分たちで判断してお前に協力するか決めると思う。本当に夢を叶えたいなら、どうすればいいか自分で考えろ』
『うん、判ったルフィ』
『・・・お前はいい医者だよ、チョッパー。きっともっと凄い医者になれる。がんばれ』
『うん・・・うんっ』

涙を流し鼻水も流しながら、情けない顔で頷いたチョッパーを忘れない。
ルフィにより強制的に協力者にさせられたが、別にゾロに異論はなかった。
ルフィが言うまでもなくチョッパーを信じていたし、チョッパーの薬で自分が死ぬところなど想像も出来ない。
何が心の琴線に触れたのか知れないが、ルフィに抱きつき大声で泣き続ける彼は、『絶対に、おれの薬で死なせねぇから』と誓いを立てるように何度も繰り返した。
きっと彼は何年経っても変わらない。
そう確信できるからこそ、不器用で要領が悪い弟分にゾロはそっと苦笑した。



「なんつーか、あれから色々あったよなぁ」
「・・・ああ」

許可を得たチョッパーは、本当に色々な薬を試してきた。
成長を早める薬、退化させる薬、感覚を麻痺させる薬、傷口を広げないための薬、印象的なところでいくと駄目を治す薬だが、それはまだ完成には至っていない。
とにかくありとあらゆる薬を試し、彼の医術に貢献してきた。
ルフィが言ったとおり、ゾロもルフィも傷を負うことが多く実践も含め彼の技術はどんどんと伸び、チョッパー自身はそれに複雑な思いを抱えているようだったが兄貴分としては喜ばしい限りだった。

嬉しそうにしていたチョッパーが、ゾロとルフィを見つけると駆け寄ってきた。
目元を興奮で赤らめ、大きな瞳で見上げる仕草は昔からちっとも変わらない。
変わったものはたくさんあるが、この船には変わらないものもたくさんある。
それが少しだけ嬉しくて、手を伸ばして頭を撫でれば『やめろよ~』と目尻を下げて訴えた。
口先だけは天邪鬼だが、態度が全て裏切っている。
子供っぽいままだが、チョッパーはこれで良い。

隣でしゃがんだルフィがチョッパーを持ち上げると、頬を摺り寄せた。
唐突な仕草にチョッパーは一瞬目を丸くしたが、嬉しそうに奇声を上げる。
彼ら年少組のじゃれ合いは微笑ましいもので、無邪気で馬鹿馬鹿しい。
スキンシップ過多だと思うが、彼らはそれが楽しいらしい。
通常であればウソップも交えて三人で馬鹿をやっているが、狙撃手は今日はウソップ工房に篭りきりだ。
ウソップもチョッパーも忙しいからこそゾロの傍に来た船長は、腕の中に入る船医にご満悦らしい。

「どうだ、チョッパー。順調か?」
「おうッ!新しい医術書も手に入ったし、もっともっと頑張る!」
「そうか!なら今日はサンジに頼んで宴会だな!お前に教えを請いに来た奴らも明日には港に送る予定だし、盛大にやろうぜ!」
「うん!」

こくり、と頷いたチョッパーは、少し真面目な表情になってルフィを見上げた。

「本当に、ありがとうな。ルフィ、ゾロ。おれ、背中を押してもらえたからまだまだ頑張れるんだ」

真っ直ぐにルフィを見ていたチョッパーは、その真摯な眼差しをゾロにも向け、次いでぺこりと頭を下げた。
その仕草に、思わずルフィと目を見合す。
驚きに間抜けな顔をしていた男は、言葉の意味を理解すると顔をくしゃくしゃにして笑った。

「おれたちはお前が頑張ってるから協力したんだ。お前は本当によくやってる。さすが、海賊王の船医だ。凄ぇぞ、チョッパー!」

何気ない、けれどチョッパーにとっては紛れもない最大の賛辞だろうそれに、腕に抱かれたまま彼は泣きそうな顔になる。
がむしゃらに撫で回す船長のおかげで、がっくんがっくんと首が揺れるが、ルフィは欠片も気にしない。
今にも零れそうな涙に苦笑したゾロは、掌を伸ばし、その額を指先で弾いた。
驚き大きな目を益々大きくさせるチョッパーに、口の端だけ持ち上げ笑ってみせる。

「誉められてんだ。泣くんじゃなくて、笑っとけ」

一言告げれば、ぐぅと喉を鳴らし空を仰ぐ。
そして。

「うん!ありがとな、二人とも。えっえっえっ」

小さな蹄を口元にあて、心底幸せそうに独特な笑い声を漏らした。
自慢の弟分に、ルフィとゾロは笑みを深めた。

拍手[46回]

*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。





「もうすぐだな、ルフィ」

背後からかけられた声に首だけを回したルフィは、今空に輝く太陽と同じ魅力を持つ笑みを浮かべる。
心底楽しくて仕方ない、とワクワクドキドキと音が聞こえそうな笑顔で、ゾロは淡く苦笑した。
右手を船の縁に掛けると、彼のお気に入りの席へと無理やり割り込む。
バランスを崩し海に落ちそうになったルフィを片手で支え、その隣に腰掛けた。
男二人で並ぶには手狭だが、彼が座る特等席は今日も心地よい風が吹いている。
昼の心地よい日差しに眠気を誘われながら、ゾロはゆったりとした気分で口を開いた。

「次の島がお前の夢を叶える場所だ。気分はどうだ、海賊王?」
「ししししっ!おれはまだ海賊王じゃねぇよ。でも、そうだな、気分は上々だっ」
「そうか」

機嫌がいいルフィに頷くと、頬を擽る潮風に身を任せ瞼を閉じる。
そうすると波の音とルフィの声しか聞こえず、世界で二人きりになったような錯覚に、自分らしくないと自嘲の笑みを浮かべた。
だがらしくないのも仕方ないと思う。
先日己の夢を叶えたばかりのゾロは、傷だらけで痛む体と昂揚したままの精神を抱えている。
ルフィの隣にいれば少しは落ち着くかと思ったが、そうはならないらしく、むしろ彼の感情に伴ってもっとテンションが上がっていくようだ。
チョッパーに禁止されているが、今すぐにでもルフィと手合わせしたいと欲求が高まり、拳を握ることで辛うじてそれを堪える。
望んだものは今やほぼゾロの手の内にあり、最後の一つももうすぐ転がり込む。
それが酷く待ち遠しく、トレーニングもそこそこに見えた赤いベストに誘われ狭い場所に身を収めている。
もしかすると、自分で思うよりもずっと、ゾロはその瞬間を待ち望んでいるのかもしれない。

「───早く、島につかねえかな」
「んー?どうした、ゾロ?お前がそんなこと言うの、珍しいな」
「そうか?」
「そうだよ。おれが言うんだから間違いない」
「そうか」

しししっといつもどおりに楽しげに笑うルフィに頷く。
彼が言うのなら、きっとそうなのだろう。
ある意味彼はゾロ以上にゾロを判っている。
ゾロが、ルフィをルフィ以上に判っているのと同じで。
この伝染する高揚感は彼と心の奥で繋がってるかもしれないなんて、やっぱりらしくないことを考え渋面し頭をがしがしと掻いた。
幾らなんでも浮かれ過ぎだろう。

そんなゾロの百面相を見て何を考えたのか、唐突に腕を振り上げたルフィは、ゾロの頭を掴んだ。
じとり、と一瞬でゾロの目が据わるが、睨まれただけで今更どうこうする付き合いじゃないルフィは動じない。
がしがしと頭をかき乱され、ぴくりと額に青筋が浮いた。

「何のつもりだ?」
「んー?何が」
「この手だ。場合によっちゃ斬り落とす」
「ははっ、怖ぇなゾロ。んな不機嫌になるなよ、誉めてんだからさ」
「誉める?」
「そう。おれはお前を誉めてんだ」

満足気に人の頭を掻き混ぜるルフィに、段々と怒りが萎えていく。
見た目だけ成長したが、中身は少しも成長していない。
精悍な顔つきに伸びた身長。
強さだってルーキーだったあの頃より桁違いなのに、中身は欠片も変わらない。
今だって誉めていると口にしたなら、本当に誉めているつもりなのだろう。
いい年した年上の男にする態度じゃないなんて、欠片も考えないに違いないのだ。
この、空気の読めない年下の青年は。

だからため息一つで怒りを流したゾロは、仕方なしに好きなままにさせてやる。
スルースキルを身につけたのは、自分が疲れないためだ。
毎度全力で突っ込んでいたら、こちらの身が持たない。
案の定暫く好きにさせていたら満足したらしいルフィは、掌を置きにししと笑う。
何がそんなに楽しいんだと聞きたいくらいにご満悦な表情をしていて、つい釣られて口元が緩んだ。
自身は意識していないが、その表情はとても柔らかで優しげで、もしこの場にサンジがいたなら徹底的にからかわれるほど油断した笑顔だった。

「宴会は開いたけど、お前の祝福したけれど、おれはまだ言ってねぇもんな」
「だから、何をだ?」
「良くやったなって。おれはまだお前を誉めてなかっただろう?折角お前が世界一になったっていうのに」

自分自身が世界一になったように、自慢げに胸を反らしたルフィがゾロに告げる。
彼の表情は縁側で日向ぼっこしている猫のように緩み、幸せそうだった。
何を言われたのかとぽかんと口を開けるゾロを無視してルフィは続ける。
いつだって彼は他人がどうしてるかを気にしない。
自分がどうしたいかを第一に持ってくるルフィらしい態度だが、現状を飲み込めないゾロは楽しげな彼が告げる言葉を理解するので精一杯だ。

「凄いぞ、ゾロ。さすが、おれが選んだ剣士だ。お前が負けるなんて欠片も思っちゃいなかったが、それでもおれは嬉しい。お前を尊敬するし、格好良いと思う。さすが、おれの相棒だ」
「っ」
「お前を選んでよかったぞ、ゾロ。一目見たときからお前が欲しかった。お前は絶対に強いって判ってたしな」
「・・・・・・」
「お前が居てくれるからおれは迷わずに居られる。いつだって何かあったとき一番に頼りにするのはお前だ。何だかんだ言って面倒見もいいし、必要な時に必要なことをしてくれる。おれが真っ直ぐに進めるのは仲間のおかげだけど、お前に一番安心して背中を任せられる。ゾロ───そんなお前が、夢を叶えて世界一になったのが凄く誇らしい。最高だ!」

一息に告げるルフィに恥じらいはない。
だが聞かされたゾロは居た堪れなさに消えてしまいたくなった。
誉め殺しなんて高度なテクニックを、いつの間に身につけたのだ、この性質の悪い男は。
掌で顔を覆って隠したが、俯いても赤らんだ耳は丸見えだろう。
ゾロの服装は上半身は肌の色が覗きやすく、体を丸めたって隠せやしない。
まして妙に鋭い部分がある嫌な男相手では、きっと意味がない。
呻き声をあげてごろごろと転がりたくなる衝動を何とか押さえ込み、真っ赤になった顔を見られないようルフィから顔をそらす。
しかし、しししと笑い声が聞こえ、お見通しかよと眉間に皺が寄るのは押さえられなかった。

「・・・何なんだよ、お前は、本当にいきなり」
「ししししっ、照れたかゾロ。顔が真っ赤だ!」
「照れてねぇよ!」

勢い込んで反論したが、その声がそもそも掠れていては迫力は薄い。
そして最悪にもルフィの言葉は図星だったので、益々顔が赤らむ。
本当に何なんだと馬鹿の一つ覚えで呟けば、ゾロにこの上ない羞恥を与えた男は頭の後ろで腕を組むと愉快そうにゾロを眺めた。

「言ったろ。誉めてんだ。ゾロが世界最強の剣士になったのを、船長として、モンキー・D・ルフィとして誉めてんだよ」
「今更だろうが。───お前に誉めてもらうために世界最強になったんじゃねぇ」
「知ってるよ。でも、たまにはいいだろ?ゾロは中々おれに誉められてくれねぇからな。結構楽しい」
「おれで遊ぶな」
「遊んでねぇよ。至って真面目だ」
「尚更性質が悪い」
「───ゾロは照れ屋だなぁ」
「うるせぇ!」

あまりな言葉に顔を上げて睨みつければ、予想外に柔らかな笑顔を浮かべたルフィと目が合い言葉が詰まった。
呑まれて黙り込んだゾロに、普段の陽気ではじける笑顔ではなく、包み込むような包容力のある笑顔を浮かべたルフィが静かに訴える。

「覚えてるか、ゾロ?おれがお前に言った言葉」
「『海賊王の仲間になるなら、世界一の剣豪くらいにはなって貰わないとおれが困る』」
「ししし、さすがだ」

頷く彼こそ覚えていたのかとゾロは驚いた。
彼の脳みそは残念な出来をしているので、ずっと昔に交わした会話など覚えていないと思い込んでいた。
例えそれを、ゾロがどれ程重く受け止めていようとも、彼は気にしないと思い込んでいた。
だが違うのだろうか。
もしかしたら、自分が思っている以上に、この言葉に篭められた意味は重いのだろうか。
そうだとしたら、それを酷く喜ぶ自分が居るのをゾロは知ってる。

「お前はお前の夢を叶えた。今度はおれの番だ。───おれは、海賊王になる男だ」

声は大きくない。
普段のように怒鳴るように世界に向けて宣言するわけでもない。
けれど酷く静かな主張は、ゾロの心の奥深くにすとんと入り込んで、とぐろを描きそこに居座る。
ゾロの魂を縛ろうとする彼の声は、出会った頃から今でも健在。

「そうだ。お前は海賊王になる男だ。そしておれは、世界最強の剣豪だ」
「ああ。お前は世界一の剣豪だ。海賊狩りのロロノア・ゾロ。そしてお前はおれの相棒でもある」
「そうだ。おれはお前の相棒だ。お前を支え隣に並び立つのは他の誰でもなくこのおれ、ロロノア・ゾロだ」
「ああ。なぁ、ゾロ」
「何だ」
「おれは海賊王になる。だからお前、ずっとおれの隣に居ろ」
「・・・・・・」
「おれは今より高みに上る。生きてる内は一生上を目指す。その欲求に果てはない。強くなりたい。誰よりも自由に海を駆ける存在であり続けたい。心のままに生きていたい」
「ああ」
「お前も同じだろう、ゾロ?世界一の称号だけでお前が満足するはずねぇ。お前もおれと同じだ。もっともっと上に行きたいはずだ。おれたちはこの程度で終わるはずがねぇもんな」
「そうだな」
「きっと、最後までおれの隣に居られるのは、お前だけだ、ゾロ。だから強くあり続けろ。他の誰かのためじゃなく、おれ自身のために。おれが間違った方向に行こうとしたらお前が止めろ。それはきっと、お前以外の誰にも出来ない。お前が出来ないなら、他の誰にも出来ない」

ルフィの言葉は酷く魅力的にゾロの耳に響く。
誰よりも高みを目指す故に、何処かに孤独を抱える男。
誰よりも自由を望み、誰よりも強さを望む。
自分が自由で居るために、強さを求めるのがルフィだ。
そして彼が言うとおりに、彼に本当の意味でついていけるのはゾロだけで、最後の最後で彼の砦になれるのもゾロだけだ。
彼が心を砕く仲間の誰にも許されぬ、ゾロだけに与えられた特権は、彼の心を内から満たす。
無意識に口端が上がると、魔獣と称されるに相応しい剣呑な雰囲気で、獲物を前にした飢えた獣みたいに哂った。

「当たり前だ。お前の横に立てるのはおれだけだ。世界一の剣豪におれはなったんだ。海賊王にくらいお前がならないとおれが困る。そうじゃなきゃ、お前はおれに並べる存在じゃねぇからな」
「ししし、言うねぇ。さすがおれのゾロだ」

凪いだ海に揺れる船の上で、ゾロの傲慢な台詞にルフィは満足したようだった。
彼の笑顔は曇りなく、いつの間にか静かな雰囲気は消えている。
腹を割った話は、ゾロとルフィが対等だからこそなされたもので、一生この関係を維持すると決めていた。

早く、時が来ればいいと願う。
もう幾日か過ぎれば、目の前の男は海賊王になるだろう。
その日が待ち遠しくて仕方ない。

何故なら。
彼の夢が叶う瞬間こそ、ゾロの野望が叶う瞬間でもある。

『海賊王になったルフィの隣に、世界最強の剣豪として肩を並べる』

いつの間にか純粋だった夢に混じりこんだ野望は、ゾロの心の内に深く根付いていた。
海賊王に上り詰めた彼は、同時に心に孤独を飼うだろう。
他の誰も辿り着けない極みに立つなら、同じ立場の人間でなければ真の意味で分かり合えない。
それを知るからこそ、ゾロはその日を願った。

海賊王に彼がなる日。
それは真の意味でゾロが彼を独占できる日でもあった。

くつりと喉を震わせて哂った彼に、ルフィも小さく笑った。
無邪気に笑う彼も、きっと心の奥底でそれを理解しているのだろう。
だからこそゾロに手を伸ばすのだ。
そうして伸ばされた手を握り締めれば、きっと自分はもうそれを放さない。

刻一刻と近づくその日は、この上ない充足感をゾロに与えるに違いない。
世界に二人だけしか感じ取れない絆を得る日が、待ち遠しくて仕方ない。

この世界に住む誰よりも、最強の名を冠する剣士こそが、海賊王の誕生を望んでいるに違いない。
自分の考えがおかしくて、やっぱりゾロも笑った。

拍手[51回]

【完結:真選組編】




 血に濡れた掌が、酷く似合わないと感じた。怒りと悲しみが綯い交ぜになった無表情が、酷く心を痛めさせた。酷い目に合わされて、死にかけさえしたというのに、放っておけない、と。泣きそう顔を歪めた少女を想い、そう、感じた。


「また、お前らアルか」

 厭きれたと告げる口調。あの日と同じ漆黒の衣装に身を包んだ少女は、珍しい事に髪の毛を下ろしていた。トレードマークだったお団子頭がないと、年齢よりも大人びて見えるものだと初めて知った。
 光を失った青い瞳。一年前の今頃とあまりに違うその色に、近藤は苦笑する。惚れた相手が気にするから、との理由以上に、どうしようもない程のお人よしの彼は、目の前の少女を放っておけなかった。
 真っ直ぐな瞳は戸惑いに揺れ、まるで親を見失った幼子のようだ。いや、実際彼女は親を失った。
 同情すべき点は多数ある。彼女が殺めてきた政治家達は、武装警察真選組ですら手が出せないほどの大物達だ。それぞれが黒であると知っていても、手をこまねいて見ているしかないような相手。神楽の父親を政治の駒に使うのも大した手間ではなかっただろう。目の前で父親の首をはねられた神楽の感情など、自分には想像もつかない。
 自分達の前では無表情だが、銀髪と自分の惚れた女の前でだけ輝くような笑みを見せる彼女は、本来は感受性が豊かな子供なのだろう。幼い頃、一人で過ごす時間が多かった故に、家族の絆を特別に求めていた。星海坊主の娘と聞いたときには、さぞかし寂しい思いをしたのだろうと考えたものだ。
 ぽつん、と佇む姿は駆け寄って大丈夫だと抱きしめてしまいたいくらいに頼りない。どれだけの力を秘めていたとしても、彼女はまだ子供なのだ。守られてしかるべき存在のはずなのに。彼女の父親が死んだのは、広い視野で見れば真選組も関わっている。悪を悪と知りながら、放置していた自分たちにも問題はあった。選んだものを、失くせない場所を優先させた、己の罪を近藤は知っている。
「死にたくなければ、どくヨロシ。たった三人で、私に勝てると思ってないダロ。それとも、まだ痛い目見なきゃわかんないアルか?」
 静かに傘を構え直す神楽に、自分も刀を構える。それだけの動作で体の節々が痛んだ。実のところ、先日彼女にやられた傷は完治しきれていない。後ろに控える自分の腹心たちもそうだろう。表情こそ変えてないが、額に浮かぶ汗がそれを照明している。
 口火を切ったのは沖田だった。淡々とした眼差しで、けれどこの中の誰よりも彼は神楽に執着している。

「何言ってンでさァ。あんたにオレが殺されるわけねぇだろィ、チャイナ」
「悪いが、3度目の遅れを取る気はないんでな。此処から先に、お前を通すわけにはいかねぇ」

 刀を構えた沖田と土方は不敵に笑う。

「大丈夫だ。オレたちがアンタを止めてやるよ、チャイナさん」

 この場を越えたら天守閣。そこにはまだ江戸の将軍が残っている。この騒動を知った上で、逃げないのは彼なりの矜持なのだろう。だとしたら、尚の事彼女を先に進ませるわけには行かなかった。
 もう、決めたのだ。自分達の命に代えたとしても──。

「これ以上、アンタの手を汚させねぇ」

 近藤も刀を正眼に構えた。痛みを排除するために息を吐き出し呼吸を整える。真剣な眼差しを向ければ、目の前の少女の気配が初めて揺れた。泣き笑いのような笑顔を見せた少女は。

「本当に、銀ちゃんといいお前らといい。エドの侍は馬鹿ばかりアル」

 傘を構えて突進してきた。
 自分の能力を最大限に活かした見事な動き。十代の前半とは信じられないほどの鋭さを秘めたそれに、近藤は目を細める。恐ろしいほどの天賦の才だ。夜兎という種族だからと言うだけでは語れないほどの才能。沖田よりも上の才能を持つ相手を、近藤は初めて目にした。そして、その経験も自分達に勝るとも劣らない。
 勝ち目が多い戦いではない。それでもゼロではないと信じていた。信じなければいけなかった。疑えば勝機はゼロになり、取り戻すチャンスは永遠に消える。
 傘を右手に下げたまま疾走した神楽に、土方の肩が撃ち抜かれた。反動で崩れる体勢を利用し繰り出した右足で首筋に踵を落とすと、そのままの勢いで沖田に飛び掛る。振り上げられた傘に咄嗟に刀を平行に持った沖田に笑いかけ、急角度をつけ傘を左手に持ち変える。目を見開く沖田の腹に傘が打ち込まれた体がくの字に曲がる。吹っ飛ばされた沖田に視界を塞がれた近藤の顔面に、何時の間に距離を詰めたのか、早い拳が打ち込まれた。脳髄を揺さぶる衝撃が体を貫く。落ちそうな意識を必死に保ち、刀をついて立ち上がった。
 数だけ見れば圧倒的に有利な存在。経験も、技術も半端ない手製を揃えているのに、神楽にはほとんど傷をつけれない。
それでも、何度殴られても、蹴られても、諦めず立ち上がる彼らに、神楽の肩が上下し始めた。
 舌打ちした神楽は、手近にいた人間を無造作に殴り意識を沈める。反動を利用しくるりとトンボを切った。

「ほんっと、しつこい、奴らネ。ストーカーされてる姐御の気持ちがよくわかるアル」
「もてねぇ男は工夫しなきゃいけねぇんだ。近藤さんばかりを責めないであげてくだせェ」
「そうだ。苦労せずもてる男なら、ストーカーになってねェ」
「え?ちょ、あの、オレだけの話?しつこいのって、オレだけの話なの?」
「他に誰がいるんでさァ」
「悪いな、近藤さん。オレたちはしつこくする必要がねぇ」
「!?」

 密かに傷ついていると、押し殺したような声が聞こえた。刀を構えたまま前を見れば、華奢な体が震えている。

「あはは!!ホント、お前ら馬鹿ばかりネ」

 久しぶりの笑い声。快活な声を上げた少女は、目に涙して笑っていた。楽しそうに、声を大きく張り上げて。久しぶりに見る光景に、驚いて固まっているのは自分だけではなかった。

「私、お前らの事そんなに嫌いじゃなかったアル。だから、一思いに終わらしてやるネ」

 暫く笑い続けていた少女は、先程までと雰囲気を一転させる。闇が似合うその笑みは、昏く静かなものだった。底知れない雰囲気にごくりと喉がなる。死闘に慣れた近藤たちですら寒気を感じる。
 クスクスと微笑み、そして緩やかな動作で傘を構えた。一分の隙も、迷いもない。その代わり、殺気も感じられない。

「勝負」

 静かな宣言に、彼らは全員獲物を構えた。

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*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。





「久しぶりだな。ニコ・ロビン」

背後から聞こえた声に、ロビンはぴたりと足を止めた。
その声は忘れたくとも忘れれない、ロビンにとって特別な響きを持つ声。

正義の名の下に己の親友を殺した人。
殺せるはずだった自分を敢えて逃がした人。
二十年も泳がせ監視していた人。
己の選択を見据え親友の想いを汲み取った人。

その人はロビンの敵でありながら、縁が深い存在。

額から汗が滲み出て、頬を伝い顎から地に落ちる。
本能的な恐怖はもうどうしようもない。
彼を見れば必ず過去を思い出す。
懐かしく悲しく切ない、苦々しい過去を。
それをなかった事にしたいと望まないけれど、それでも進んで関わりたいと思えるような容易な相手でもない。
昔も今も彼は敵でしかなく、それはロビンが生きている限り一生変わらない事実だった。

すっと息を吸い込むと、ブーツの踵に力を入れる。
右足を引きターンの要領で振り返れば、やはりそこに居たのは想像通りの男だった。
ロビンにしては珍しく、苦々しい表情を隠さないまま口を開く。
それは恐怖心を悟られないように作った精一杯の虚勢だったが、本当は相手に通用してないと判っていた。

「───久しぶりね、大将青キジ。いいえ、今は元帥だったかしら」
「どっちでもいい。好きなように呼べ。おれがおれであるのに変わりはないからな。久しぶりに会って話も尽きないところだが、まあおれたちはそんなものを語る間柄じゃない。本題から言わせてもらう。ニコ・ロビン。お前はここで何をしてる?」

海軍元帥の服を着た青キジ───クザンは腕を組み、同じく正義の衣装を纏いサングラスをかけたロビンにうっそりと笑う。
その表情は何も言わずとも答えを知っていると伝えるもので、目の前の男が飄々とした雰囲気に似合わず機微に聡いと教えてくれる。
海軍元帥まで上り詰めるほどなのだから頭の回転が速いのは判るが、こちらにとっては何とも不都合なことだ。
大体、彼がこの場に居るのは予定外だった。

今回海軍の要塞に忍び込んだのは、お宝の情報を相手にした海兵からナミが聞き出したからだ。
何でもその海兵たちの乗っていた軍艦は、とある国から寄付という名の献上品を運んだらしく、それを聞いた瞬間にナミの目がベリーに変わる。
ロビンとナミが乗る船は海賊王のものであるが、特別裕福な暮らしはしていない。
何しろお金に頓着しない船長が中心にいて、宴会好きの船員と並べば結果は一目瞭然。
そして我らが船長の食欲は旺盛で、海賊王の家計簿はいつだって火の車だ。
ロビンが仲間に入った当初から金品に対するナミの執着は中々のものだったが、年を経た現在もそれは変わっていない。
ファミリーの財布は彼女が握っており、その現状を誰より理解する彼女がお宝に飛びつくのも仕方ないだろう。

得た情報ではこの要塞の財宝庫に宝は隠され、それを狙った一味の皆は変装しつつ散らばっている。
一路財宝を目指す彼らとは別に、ロビンは帰路の確保ろ、ここでしか見つけれない海軍の情報を得るのために海兵に変装し必要な情報のある部屋まで忍び込んだというのに。

よりにもよって、海軍を取りまとめる男がこの場にいるなど、何て運が悪いのか。

「どうした?ニコ・ロビン。口が利けなくなったのか?」

淡々と問いかける男は戦闘態勢にすら入ってない。
それなのにこの背筋を駆け抜ける怖気は何なのか。
魂に刻まれた恐怖心。
目の前で自分の大切な人を殺された想いが湧き上がる。
無意識に後ずされば背中に壁が当たり、窓から外が見えてもそこが行き止まりだと理解した。

「ここには大した情報もない。それなのに、態々捕まりに来たか?」
「───どうして、あなたがここに?」
「何、偶々だ。雑務が面倒で自転車で旅をしててな。ここの管理者に会うついでに、休暇を取ってた」
「海軍のトップであるあなたが動くほどのものがここにあると思えないけど」
「そうか?現に目の前に、海賊王の仲間がいるだろう?」

どこから仕組まれていたのか。
自分たちがここに忍び込んだときか。
それともここの情報を知ったときか。
もしかしたら偶然を装った軍艦が自分たちの前を堂々と横行したときか。
それすら判断できないが、今がとてつもなくやばいことだけはわかる。
今すぐにでも逃げたいのに、崖の切り立つ場所に建てられたこの外は海。
海に嫌われる悪魔の実の能力者であるロビンには、窓から外に出ても助かる確率はとても低い。
せめて仲間にこの状況を伝え逃げて欲しいのに、それすら今はままならない。

「私をどうする気?」
「さて、どうするかねぇ」

面倒そうに呟いた彼は、気だるげに頭を掻く。
用がないなら去って欲しいが、自分と相手の関係を省みれば無理だろう。
時間稼ぎをするために話を続けているが、これすら見破られているはず。
面倒だが相手はロビンより一枚も二枚も上手だ。

「どうもしなくても構わないがな」
「・・・どういう、意味?」
「そのままだ。お前がここに居るだけで、お前の仲間は必ずおれの前に現れる。それが誰かは賭けになるが、誰だろうとお前を『見捨てない』。過去、世界政府の旗を打ち抜いた馬鹿どもが変わったとは思えないからな」
「っ!?」

しまった、と臍を噛む。
時間稼ぎをしていたのは相手も同じで、ロビンは初めから餌でしかなかった。
彼は確信している。
ロビンの仲間がロビンを助けに来ることを。
そしてそれは、十割の確率で果たされることを。

「ロビン!迎えに来たぞ!」

とんでもない破壊音と共に壁を崩した相手は、おそらく目の前の男がもっとも望んでいた賞金首。
世界を自由に駆ける海賊王、モンキー・D・ルフィ。
彼の姿を見た瞬間に、クザンの唇はゆるやかに弧を描き部屋の温度が徐々に下がる。
力の発動を前に、それでもロビンしか見ていない彼は、にかっと笑う。

「お宝はもうナミたちが船に積み込んだ。食料もかっぱらったし、今日は宴会だ!」
「───ルフィ」
「すげえんだぞ、ここ!何とみずみず肉があった!どうやって運んだのかしらねぇけど、あれ美味ぇ~んだ!ほっぺたがおっこちるぞ!」
「ルフィ」
「ゾロも上等の酒を手に入れて上機嫌だし、サンジが食材の下準備を始めてる!」
「ルフィ」
「───だから、とっとと帰るぞ、ロビン」

それからは一瞬だった。
こちらが怯むほどの覇気を放ったルフィは、腕を伸ばしてロビンの腰を掴むと壁に手を掛けにいと笑う。
その笑い方は先ほどまでの無邪気なものじゃなくて、随分と物騒な笑顔は実に海賊らしいものだった。

「久しぶりだな、青キジ」
「・・・・・・」
「んで、じゃあな!」

相手が反応する前に、己の拳を床に叩きつける。
突然の事に一瞬反応が遅れたクザンを尻目に、ルフィは壁の外───つまり海へと飛び出した。

「ちっ・・・アイス・ブロック パルチザン!」

叫び声と同時に顕現された力を覇気で弾いたルフィは、反転すると腕を伸ばす。
その先には集中砲火を浴びながらも、徐々に力を蓄えているサニー号の姿。
縁を掴んだルフィを追うように飛び出したクザンの姿に目を見張り、体を強張らせる。
そんなロビンを安心させるように、抱く腕に力を篭めたルフィはサニー号へと距離を縮めた。

「遅いぜ、麦わら!もう準備は出来てる!」
「よっしゃ、ナイス!フランキー!皆掴まれ!」
『了解!』
「行くぞ!風来バースト!!」

空気の圧が一気に掛かり、自分を抱き寄せるルフィへしがみ付く。
ロビンを抱きしめたまま視線を上げたルフィは、しししっと笑うと声を張り上げた。

「仲間と宝はもらってくぞ!青キジ!」
「っ───ならばその首置いていけ!」
「そりゃ無理だ!おれはまだ冒険したりねぇからな!」
「氷河時代!!」

ルフィの言葉に眉を跳ね上げた男が、海に着くと同時に力を発現し瞬く間に海が凍りだす。
だがサニー号を捕まえるには、そのタイミングは些か遅すぎた。

「ししししっ!お前にロビンはやんねぇよ!」

満足そうに笑い小さくなる姿に向け笑うルフィは、邪気がない子供みたいだ。
悪気ない言葉にクザンが苛立ち、その力を向けるも双頭と名高い彼らが呆気なく散らした。
クザンが本気であればもっと手間取っただろう脱出も、随分とあっさり決行された。
一人では分が悪いと、さすがの彼も判断せざるを得なかったのだろう。
ルフィだけならともかく、彼の副官たちとて大将クラスの実力を持つ。
三対一でクザンの勝ち目は薄い。

ルフィに釣られけたけたと笑う仲間達は、心底愉快だと満足気だ。
昔苦渋を舐めさせられただけあって、今回の件は爽快だったのだろう。
彼らは過去を引きずるタイプではないが、やられたことはきっちり返すから。

笑っていたルフィがロビンを見る。
その黒々とした瞳は出会った当初から変わらず好奇心で輝き、とても魅力的な力を放っていた。
魅入られるように見詰めていると、くしゃりと頭を撫でられる。
いつの間にか上空でも船は安定し、縁を掴んでいた手は放されていた。
幾度も幾度も掌で髪を掻き混ぜるルフィに、頬が段々と熱くなる。
ロビンの方がずっと年上なのに、彼はたまにほんの子供を扱うようにロビンに接し、それが恥ずかしいのに嫌いじゃない・・・どころか喜ぶ自分に恥じらいを覚えた。

「おかえり、ロビン」
「・・・ただいま」

幾度繰り返しても心が満ちる言葉に、ロビンは少女のように笑った。
はにかんだ笑みを浮かべたロビンに頷くと、ルフィは高らかに宣言する。

「よぉし、野郎ども!今夜は宴会だー!!」
『おう!』

西の海に太陽が隠れ始める時間。
優しい居場所に、ロビンは笑った。

ルーキーと呼ばれた時分から、ルフィの傍こそがロビンの居場所。
海賊王になった彼は何年経っても変わらず、やはりロビンの居場所を作り続ける特別な人だった。

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