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*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。





青一色の空の何処かから海鳥の鳴き声が聞こえる。
子供時代、雄大な草原に寝転んで夢想した。空の上には何があるのか。雲の上で走れるのだろうか、と。
それも今ではいい思い出だ。
何しろ、今のウソップは知っている。
空の上にも海があり、そこで暮らす人の生活があると。陸とは違った文化があり、陸とは違う人が居る。
幼い時分には夢物語だったものは現実として触れて、有耶無耶だった夢想はきっちりと形を成した。
つかめないと信じていた雲は、はっきりと握りこめた。
とても不思議でありながら、当たり前となった日常は、どうしようもなく愉快で痛快。

船の縁で海へ釣り針を垂らしていたウソップは、隣で船をこぐ影に目を細める。
春島が近いのか心地よい風や日差しにうとうとするのは理解できたが、二人きりで釣りをする羽目になった原因の暢気な姿に、ぴしりと額に青筋が浮いた。


「おい、ルフィ!お前、寝てんじゃねえ!」
「あ?」
「『あ?』じゃねえよ!誰の所為で飯の材料を釣ってると思ってるんだ!何もかもお前がサンジが作りかけた魚料理を貪り尽くしたからだろうが!!」


昔より精悍な顔をだらしなく緩めた男に怒鳴りつける。
出会った頃より少しだけ色あせた麦藁帽子に、赤いベストとデニムのパンツ。開けられた胸から覗く大きな傷跡だけがあの日にはなかった目立つ違いだ。
それ以外は何も変わらない。ハチャメチャで無茶苦茶で破天荒で飛びぬけた馬鹿で、どこまでも自分勝手で傲慢なウソップの親友であり王様。
夢が叶う間近の今でも緊張感なくいつもどおりで、彼の夢に近づいたと仲間である自分の方が余程緊張している。


「でもよー、ウソップもつまみ食いしたじゃん。だから連帯責任なんだろ?」
「絶対量が違うわ!お前がほぼ全部食っておれは一口だけだろうが!」
「それでもサンジからしたら同じだろ。だから一緒に釣りしてるじゃん」
「いやいや、お前寝てただろ!釣ってたのおれだけだから!」


びしりと胸に突っ込むと、けたけたと楽しそうにルフィは笑った。
長閑な日常。海賊だが略奪行為や侵略に興味がない船長を筆頭に、船員たちは誰かを支配したいと思わない。
ルフィの冒険心に引きずり回される毎日で、気がつけば騒動に巻き込まれて、いつの間にか名のある賞金首。
勇敢な海の戦士になりたいと夢見た過去が懐かしい。
村でほらを吹いて走り回ったのは、いい思い出だ。
可愛いウソップ海賊団の仲間たち。懐かしい初恋の相手。穏やかな空気に清々しい風。人のいい村人たち。
瞼を閉じれば全て色鮮やかに思い出せる心の深い場所にあるが、それらを置いてでも叶えたい夢があった。

海に出て毎日が目まぐるしく過ぎる中、一日は瞬きより早く過ぎていく。
ルフィの行動にうんざりするのは毎日でも、彼についてきて後悔はない。
真っ直ぐな強い意志に、諦めの悪い性格に、輝きを失わない瞳に、折れないしなやかな心に、仲間を想う強さに。
ああ、こいつの仲間になってよかったと、日々感謝する。

島を出た頃には遠いと思っていたのに、変わらない日常を過ごす内にいつの間にか目の前に『夢』がある。
ルフィはもうす自身の夢を掴み取る。
そう考えるといてもたっても居られなくなり、ウソップの口は主を裏切り動いていた。


「なあ、ルフィ」
「ん?」
「もうすぐ最果ての島だな」
「おう!楽しみだな~!ワンピースってどんなんだろうな!」
「・・・お前はワンピースを手に入れる。そして海賊王になる。旅した時間が長かったのか短かったのかわかんねえな」
「しししっ、おれはあっという間だったぞ。いろいろあったからな」
「そのいろいろの主な原因はお前だけどな」


胡乱な眼差しで睨めば、しししっと彼らしい笑顔を浮かべて首を竦めた。
夏島付近の太陽のように明るく輝かしい表情に苦笑する。
ルフィは強くなった。けれど一番いいところは何も変わらない。
無邪気で傲慢で我侭で馬鹿で、大切な親友で、そしてウソップの王様のまま。
彼の所為で死に掛けた回数は両手じゃ収まらないし喧嘩もしたし一味を抜けようとしたときもあった。
けれど今では全てがいい思い出だ。
もっとも破天荒な部分も欠片も変わっていないので、現在進行形で思い出も苦労も増えている。
それでも心底憎めないのが、このモンキー・D・ルフィのずるいとこだろう。
懲りない彼に苦く笑うともう一度空を見上げる。
雲ひとつない空はどこまでも澄んでいて、雲がない空ですらいつか航海する日が来るかもしれないと笑った。


「今だから言えるんだけどさ、おれ、心のどこかでお前は見てるだけで勝手に海賊王になっちまうんだと思ってた」


胸の痞えを吐き出すために、ゆっくりゆっくりと心の奥を暴いていく。
まだルーキーと呼ばれていた頃、確かにウソップはそんな思いを心の片隅に抱いていた。
それはとても傲慢な考え。
仲間と言いながら、自分はルフィの大きさに胡坐を掻いていた。
信頼している、と言えば聞こえがいいが、実際はそんなものじゃない。
何かあっても手を貸す必要がないと、思い込んでいたのと同意だったのだから。


「馬鹿だよな。そんなわけ、ないのに」


自嘲は一生消えない傷を含んでいた。
ウソップはルフィが一番助けを必要としている場面で彼の傍に居られなかった。
仲間散り散りに分かれて誰の助けもない状態で、それでもルフィは兄のために命を掛けた。
『頂上決戦』と呼ばれる世紀の分け目の決戦で彼は兄を失った。
それも目の前で、ルフィを助けて死んだというのだから報われない。
彼の心を思えば苦しくて悔しくて、今でも泣きたくなる。
きっとこの悔しさを持つのは自分だけじゃなくて、仲間たちも同じだろう。
だからたった二年の間に死に物狂いで特訓して自分を高めて集ったのだ。
今度こそ、ルフィが必要とする瞬間に助けるために。


「本当に馬鹿だ。お前はちゃんと言ってたのに。『助けてもらわねえと生きていけねえ自信がある!』って」


ウソップはルフィに救われた。
彼が居なかったら『海賊なんて来ていない』という嘘を村人に信用させられなかった。
きっと今頃暢気な島は蹂躙されつくし、海賊たちに支配されていたか、もしくは最悪生き残りは誰一人居ない状態で潰されていただろう。
ウソップの嘘は島の平穏を守った。守らせてくれたのは、ルフィが助けてくれたから。
それなのに、と己の弱さを悔やむ。
あの日、もっと自分が強ければ。もっと特訓していれば。もっと死に物狂いで戦えば。
もっと、もっと、もっと、もっと。
───望みは尽きず、悔恨は消えない。


「お前は一人じゃ生きていけねえ。剣術も使えねえ、航海術もねえし料理も作れねえ。医術だって持ってねえし、考古学だってわからねえ。船も作れねえし楽器だって弾けねえ───そんでもって、嘘だってつけねえ」
「・・・・・・」
「だからおれたちが必要なんだ。お前が好きに生きてけるように。今度こそ、お前を助けるために」


ずっとずっと願っていた。
そのための力を努力して手に入れた。
守られるだけじゃなく、今度こそ、彼の心を守るために。

釣竿を握る掌が白くなるほど握り締める。
みしみしと音を立てて悲鳴を上げるそれに気づかずに、ウソップは地平線の彼方を見詰めた。
果てがないあの先に、『最果ての島』がある。
そこにはルフィの夢があり、ワンピースを手に入れた彼は『海賊王』として世界に名を馳せるだろう。
これまで以上に命を狙われ、海軍からの賞金も上がるに違いない。

もう二度と後悔したくない。
自分が居ない間に彼の心を砕かれたくない。
ルフィは一言だって仲間を責めないし、何も言わない。
だがあの『頂上決戦』について貝のように沈黙を通す姿こそ、現実だった。
話さないのではない。話せないのだ。
あっけらかんとして後を引かないルフィが、もう何年も前の出来事を未だに話せないでいる。
それくらい負った傷は大きかった。

悔しさに滲んだ涙を飲み込み、不意に思う。
親父が自分たちではなく赤髪の傍で船に乗り続けるのは、同じような気持ちを持っているからかもしれないと。
子供や妻が大切じゃないのではない。
そうではなく、自分の王様を守りたいと願う気持ちが強すぎたのだ。


「おれはお前の傍に居る」
「ウソップ」
「だってそうだろ?お前には、おれ様の力が必要なんだから」


にいっと口の端を持ち上げると、きょとんと黒い瞳を丸めたルフィは次い顔をくしゃくしゃにして笑った。
心底嬉しそうな姿に、ウソップにも嬉しさが伝染する。
彼はあの日のことを責めたりしない。
ただ勝手にウソップたちが悔やんでいるだけだ。
理解していてもずっと赦されたいと願っていた自分は、ルフィと違ってずるい。
それでもけじめをつけたかった。
彼が己の夢を叶える前に懺悔に等しい思いを吐露したのは、けりをつけたかったからだ。
彼が笑い飛ばしてくれると知っているから、ウソップは後悔を口にした。
ルフィと、新しい一歩を歩きたいから、過去に踏ん切りをつけるために。


「お前が海賊王になってもおれたちは何も変わらねえ。お前はおれたちの船長で、おれたちは何があってもお前の味方だ。お前のことだ。海賊王になりました、夢が叶ったからさあお終い、じゃねえだろ?」
「しししっ、当然だ!おれはまだまだ冒険したりねえ。海賊王になったって、何も変わったりしなねえよ。世界にはもっとおれたちが知らないもんがいっぱいある。海賊王になったからって、何も終ったりしねぇよ」
「だろうな。おれもまだまだ足りてねえ。もっとお前と冒険してえ。おれたちには可能性がある。もっともっと強くなれるし、もっともっと前に進める」
「ああ!楽しみだな、ウソップ!早く海賊王になって、お前らと色んなとこに行きてえな」


釣竿を握ったまま笑う彼は、初めての頃と何も変わらない。
少しだけ色褪せた麦藁帽子に、精悍になった顔つきに、しなやかに筋肉のついた体に、伸びた身長。
見た目は変わっても中身は何一つ変わらない船長に悩まされる今は未来へと続く。
ちっとも成長しない船長の突拍子ない行動に叫んで怒って泣いて笑って、そうして日常は過ごされる。

海風を体に感じてウソップは目を細めた。
地平線の彼方に眠る宝など、まだ夢の一部に過ぎない。


「進めサニー号!真っ直ぐ、真っ直ぐだ!!」


立ち上がったルフィが海に向かって叫んだ。
その拍子に釣竿が落ちて、思わず立ち上がり彼の頭を叩く。
騒いでいると騒動を聞きつけて仲間たちが甲板に集まり始めた。

呵呵大笑が蒼穹へ吸い込まれる。
ウソップにとって特別な日常は、彼が海賊王になっても変わらないに違いない。
その時を思い楽しみだとくつくつと喉を震わせて笑った。

拍手[33回]

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*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。



■優しくて残酷な人


彼は最高に優しくてユニークだ。
光りを紡いだような金色の髪に、端正な顔立ちを彩るワイルドな髭。
徹底したフェミニストで、強い上に料理も上手い。


「お待たせしました、レディ」
「ありがとう」


恭しく手の甲に唇を落とす真似をした彼は、ひざまづいた格好で瞳だけを上げる。
村にある広場を貸切にした海賊王の一行のコックであるサンジに振舞われる料理もさることながら、彼の対応も人気があり簡易レストランは混んでいた。
村に巣食っていた海賊を一掃した上に、歓迎会でも尚且つ料理を振舞うなどとは不思議だが、サンジに言わせると置いてある食材を自由にしていいというだけで十分に礼になっているらしい。
レディに奉仕するのを好むと口にして憚らない彼は、言葉どおりに一人一人に丁寧に料理を盛り付ける。
そして甘く優しい言葉を囁いて、うっとりとした空間を作り上げた。


「もう行ってしまうの?」
「ええ。まだ料理の続きが残ってますから」


黒縁眼鏡の奥から苦笑したサンジは、指先だけで簡易キッチンを示すと肩を竦めた。
山のような食材はまだまだ残っており、超人的な速度で繰り出される彼の料理すら追いつかないスピードで消費されてる。
村からも何人か手伝いが出ているのだが、それでは全然追いつかない。

原因は、サンジ目当てに集まった村の女たちではなかった。


「おーい、サンジ。飯まだかー?」
「まだだよ!そこ!食材をそのまま食うな!」
「って言ってもよ~、おれ腹が減っちまって。お、お前!その料理美味そうだな!!?」
「こらルフィ、まだおれの料理が残ってんだろうが!!そっちから先に食え!!」


暢気な声に先ほどまでの端整な顔を盛大に崩した彼は、黒足の名に相応しく右足を主であるはずの海賊王へと奮った。
ゴムで出来てる海賊王がなすすべもなく吹っ飛ぶのを見送ると、舌打ちしながらものすごい勢いで肉を引っつかんで料理を始める。
それは自分たちに出されたような繊細さには掛けているが、十分に美味しそうなシンプルな料理を大皿に盛ると吹っ飛んだ方向へ声を掛けた。


「ほれ、お前はそれ食って暫く待ってろ!もうすぐ激ウマ料理が出来るから、あんまナミさんたちに迷惑掛けるんじゃねぇぞ」


どんと机に乗せられた料理に、瓦礫を頭に乗せながら飛びついた海賊王を見て、サンジは呆れたとため息を吐き出して苦笑した。
その笑顔は自分たちに向けられるほど甘いものじゃない。
優しくムードに溢れたものとは百八十度反対で、作り物じゃないふとした瞬間に零れた本物の笑みだった。


「すみません、レディたち。うちの船長が迷惑掛けます」


金色の髪に手を潜らせて謝罪したサンジは、相変わらず綺麗な顔をしていた。
その事実はとても切なく胸を締め付け、酷い人ね、と知らず言葉が唇から漏れた。

彼の特別がどちらかなんて、子供にだって判ってしまう。
せめて上手に騙して欲しいと望むほどに本気なのに。



■アルカイック・スマイル



ニコ・ロビンはどんな人かと聞かれて、自分ならきっと『笑顔の絶えない人』だと答えるだろう。
絶世の美人で、スリルが好きで、見た名以上に冷静で、世界で知らぬ者は居ない考古学者で、オハラ唯一の生き残りと言われていた人。
子供の時分にバスターコールで家族や住処を奪われた彼女の人生は綺麗なものばかりじゃない。
本人の口から直に語られることはないけれど、少し世の中を見れば生き辛い世界を歩いていた人だとわかる。

例えば彼女は仲間が居ない船の上では、絶対に船室に入ろうとしない。
ごめんなさいね、と微笑みながら、癖なのと告げながら、柔らかい当たりと反してその信条を曲げたりしない。
結局彼女が本当に信頼し無防備になれるのは麦わら海賊団の誰かが居るときで、彼らが心の核なのだろう。

当然と言えば、当然だ。
何しろ麦わらの一味と言えば仲間を大切にし、第一に考える。
長い付き合いの中対立だってあったろうが、自分よりは仲間を取る部分だけは個性豊かな麦わら海賊団の船員でも共通する事項だった。

まだ彼らがルーキーと呼ばれる時分、ニコ・ロビンは政府に捉えられたことがある。
世界中に『麦わらのルフィ』の名が知れ渡る切欠になった大事件だ。
たった一人の仲間を救うために、生きて帰れない確率が高いエニエス・ロビーに彼らは全員で乗り込んだ。
海兵たちの前で世界政府の象徴を打ち抜き、堂々と彼女を救い出した。

彼らは生きる伝説だ。
無理だと言われたことを現実にし、尚且つそれぞれが我侭に自分の望む道を歩いている。
一人として欠けることなく、自分という軸の上に立った彼らは、麦わらの一味との誇りを胸に抱いて立っていた。

そしてある意味、『麦わら海賊団』に一番執着しているのが、ニコ・ロビンその人だろう。


「・・・そろそろかしら?」
「そうですね、そろそろです」


今回、ニコ・ロビンは一人で属船の船に乗り込んでいた。
考古学の教えを乞うた自分の要望に彼女と、彼女の船長が応えてくれた形だが、幾度目かになる遣り取りでもやはりニコ・ロビンの心は解せなかったらしい。
日中だけと言う約束で甲板で教材を広げて授業をしてもらい知識を譲り受けたのだが、お茶やお菓子を出しても礼は言われても何一つ口にしてもらえなかった。
もう一年近い付き合いになるのに、微塵も緩まない警戒心が彼女の生きてきた人生を窺わせ、気づかれないようそっと息を吐き出す。


「ごめんなさいね」
「え?」
「いつも美味しそうなお茶やお菓子を用意してもらっているのに残してばかりで」


船の縁に腕を凭れさせて地平線の彼方を見ていた彼女は、振り返りもせずに告げた。
ため息が聞こえたのだろうかと泡を食っていると、ふふっと彼女独特の笑い声が聞こえる。
思わず顔を赤らめて小さくなると、もう一度謝られた。


「本当に癖なの。今は何があっても大丈夫って知っているのだけれど、駄目ね」
「い、いえ・・・」
「感謝しているのは本当よ。だから、ありがとう。あなたたちの知識を増やす手伝いが出来るなら光栄だわ」
「そんな!こちらこそ、高名なニコ・ロビンさんに直接教えを請う機会を得れるなんて、あなただけじゃなくあなたのお仲間にも感謝いたします」
「ふふふ、ありがとう。ルフィたちにもお礼は伝えておくわ。───そうね、そのお菓子お土産にしてもいいかしら?」
「お土産、ですか?」
「ええ。うちの船長が出されるお菓子の話をすると、いつも羨ましいって言うものだから。彼に持っていってあげたいの」


つい先ほどまでとはまるで違う、子供みたいな無邪気な笑みを浮かべた人に、思わず苦笑した。
いつだって笑っている印象のニコ・ロビンだが、この笑顔を彼女に浮かべさせられる人間はごく僅かだ。
悔しいけれど自分じゃ無理で、なのにこの笑顔が一番綺麗だと裏表なく思えた。
だから。


「なら、用意させて頂きます。うちの船自慢のお菓子なんですよ」


彼女の遥か後ろに見える船の姿に目を細め、船首に胡坐を掻いているだろう彼を脳裏に浮かべる。
太陽みたいに明るい海賊王だからこそ、彼女の暗い闇すら照らすのだろう。
男としてそれはとても悔しいけれど、笑顔が綺麗なこの人を好きになったのだから仕方ない。


「ルフィがきっと喜ぶわ」


自分こそ余程嬉しそうな顔をしていると教えてあげたかったが、それは言わぬが花だろう。

拍手[29回]

*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。



■迷わない視線



彼がふとした瞬間に見詰める先は、いつだって同じだ。
船の進行方向ではなく、お宝のある方向でもなく、振り返ることなく一直線に。


「ゾロさん」
「あ?」


気配で気がついていたのだろう。
全く驚きもなくこちらを向いた彼の瞳は、酷く静かで研ぎ澄まされていた。
彼に憧れる人間の一人として前に立つだけで震えるほど緊張する。
自分が目標とするのは海賊王であるモンキー・D・ルフィではなく、ロロノア・ゾロその人だった。

世界最強の剣士であり、海賊王の右腕として名高いその人は、普段は割りと凪いだ雰囲気を発している。
自身を強くすることにのみ心血を注ぎ、そのくせいざと言うときは柱の一つとしてきっちりと船員を取りまとめる。

孤高を漂わせる彼の強さに憧れた。
鬼神のように容赦ない剣技や、鋭く光る瞳、触れれば切れてしまいそうな殺気に憧れた。
ずっとずっと背中を追い続けている。
真っ直ぐに迷うことなく彼の背中を。
けど。


「おーい、ゾロ!」


勇気を振り絞って声を掛けても、暢気な一言に一生敵わない。
それが例え全く大したことない内容でも、ゾロはもうこちらの存在を忘れている。
彼の心に残る人物は実はとても少なく、興味があるものとないものへの線引きが激しい人だと気がついたのは最近だ。
誰にでも一歩引いて付き合う彼が対等に並ぶ相手はいつだってただ一人。


「どうしたんだ、ルフィ?」


首筋に手をやりながら、どうせまた下らないことだろと言うくせに、彼は迷いなく海賊王の隣へと歩く。
初めから決められた定位置と言外に回りに示し、誰はばかることなく信認の篤さを誇るでもなく。
ただ当たり前に、海賊王の横へと並ぶ。


「───、ずるいな、ルフィさん」


海賊王の属船の船員でありながら、海賊王その人ではなく彼の隣に並ぶ人間に憧れた自分の想いは報われることがないのだろう。
野獣と呼ばれた彼の心を支配するのはいつだって一人きりで、魂だけになっても変わらない執念を持って『世界一の剣豪』を名乗ったゾロだからこそ憧れたのに、後ろを振り返らない彼に不満を抱くのはおかしな話だった。



■馬鹿なのよと呆れる瞳の美しさ


「結局あいつは馬鹿なのよ」


多大に呆れを含んだ声で訴えた人に、少女は苦笑した。
オレンジ色の癖のある髪を腰まで伸ばし、抜群のスタイルを誇らしげに晒す美女は、少女が憧れた『航海士』だ。
文字通り世界を股に掛ける海賊王の厚い信頼を一身に受ける彼女は、超一流の腕と最高の知識を持ち、様々な経験で己を磨いて世界一周を果たした航海士仲間では知らぬ者はいない雲上人だ。
綺麗なだけでなく賢く美しい。見た目だけでなく、中身も。
磨きぬいてきた自分に誇りを持ち、凛として背筋を伸ばして笑っているナミに憧れる人間は男女問わず多い。
少しお金にがめつい部分はあるけれど、強くて優しい人だった。

海賊王の属船の船員となり直接彼女に教えを請う立場を得た自分はとても光栄だろう。
勉強することはどれも目新しい知識ばかりで、偉大なる航路を航海して常識を捨てたと思い込んでいた自分の狭視野を思い知らされる。
深い知識を持ちながら、それでも現状に満足せずに努力し続ける人に憧れた。
憧れより少しだけ強く、恋よりはもう少し憧れが強く。

ナミはふとした瞬間に、海賊王の愚痴を漏らす。
また食料庫をあさったお陰で食糧難だとか、残高気にせずお金を使うから貯金がゼロだとか、相手見ずに喧嘩売るから海軍大将と鉢合わせたとか、道を選ばず進んだ所為で船が座礁しかけたとか。
事あるごとに増えていく愚痴は決して尽きることはないのに、うんざりとした表情は偽りはないのに、それでもどこか楽しそうだ。
海賊王を語るときのナミの瞳は普段より色濃くなり、作り物ではない笑顔で彩られる。
憎まれ口を叩いているくせに嬉しげで、呆れながらも幸せそうで。

───ああ、好きなんだなと、じんわりと心の中に暖かいものが広がってく。


「ルフィは馬鹿なのよ。どうしようもなく馬鹿で仕方ないから私がついてなきゃ駄目なの。じゃなきゃ、あいつら全員死んじゃうわ。ルフィが望むままの道を行けるのは私だけよ。彼の『航海士』である私だけなの」


世界地図を描くという夢を語るときと同じように、若しくはそれよりもずっと瞳を輝かせて微笑むナミはとても綺麗だ。

海賊の世界に入ってから、ずっとこの人の背中を追い続けている。
海を自由に進むために航海士になった。
誰より自由を望む海賊王のために、誰よりも一流の腕を磨いたナミは、『航海士』として『女』として憧れる。
文句を言いながら笑うナミは、最高に格好いい人だった。

拍手[28回]

*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。




ぼろり、と大粒の涙が零れる。
全身から力が抜け、自分が今まで生きてきた意味は何もなかったのかと絶望した。

少年の生まれは偉大なる海の片隅にある冴えない島。決して大きくはないが、大きな島と島の中継点にあるためにそこそこ栄えていた。
明るく活気のある表通りから一本奥に入り込んだ、日の差さない路地裏が少年の住処だった。
少年は気がつけばそこで暮らしていた。もっと小さい頃は母親と呼ばれる人が居たが、ある日目覚めると彼女の姿はなくなっていた。
父親は物心付く前になくなっている。毎日父親について話して聞かせてくれた母によると、彼は重罪人らしい。
町で大きな犯罪を犯したために母親も住む場所を追われ、自分という罪の証が生きているから幸せになれないと毎日泣いていたのを覚えている。

生きていることこそ罪だと毎日毎日心に刷り込むように言われ続けた。
それでも死ぬことはできなくて、必死になって働いてその日暮を続けてきた。
生きる意味なんてなかった。誰にも望まれなかった。
屑以下の人生を歩んでいるのに───どうしても死ぬことは出来なかった。

けれど、そんな人生もここまでらしい。

頬を涙が伝う。
自分が死んで、誰か一人でも悲しんでくれるのだろうか。
突然の海賊の襲来で火の手があがる町の中、逃げ遅れた子供を庇って負った傷はじくじくと脳まで響く。
無事だった子供を抱いた母親は、涙を流しながら子供を胸に抱いていた。


「よかった・・・あんな屑じゃなくて、あんたが生きていてよかった」


耳に聞こえた声に、反論すら出来ない。
彼女のいう言葉はきっと真実なのだろう。
振り返りもせずに去っていく背中を瞬きもせずに見送る。
暫くすれば人のざわめく声も徐々に聞こえなくなり、一人きりで死ぬ恐怖に震えた。

このまま失血死するのが早いか。それとも周りの火が燃え移り焼死するのだろうか。
取りとめもなく考えていると、不意に前方に気配が生まれた。

重たい瞼を開くと、最初に目に入ったのはあまり目にしない草履。
町の中でそれを穿く人物なんて最近知り合った一人しか思い浮かばなくて、少年は声を振り絞った。


「逃げて・・・下さい」
「ああ」


頷いたその人は、しゃがみ込むと少年の顔を覗きこむ。予想通りの真っ黒な瞳に、少年は微かに笑った。
赤いベストにデニムのハーフパンツ。さらさらとした黒髪と目元の傷が特徴的な彼は、ぱちりと目を瞬かせる。
しなやかな体つきに精悍な顔。それなのにどこか幼い仕草をする人は、つい二日前に行き倒れていたところを拾った彼だ。
名前はルフィ。

仲間とはぐれて道に迷った挙句に腹をすかせて倒れていた彼は、少年の日常に新しい風を吹き込んだ。
初めてだった。真っ直ぐに目を見て笑いかけてくれた人は。
裏通りで暮らしていても全く気にしない人の笑顔を失いたくなくて、卑怯にも生まれを口に出来なかった。
豪快で奔放な彼と暮らしたのは、今まで生きてきた16年の人生で一番楽しいひと時だったから。

けれど夢の時間は終わりだ。
間もなく死ぬ自分の幸せより、彼に生きて欲しかった。
このままここに居ればいずれ破壊者たちがやってくる。殺戮や押収に躊躇しないならず者が彼を殺しにやってくる。
そんなのは、嫌だった。

ひゅっと息を吸い込んで掠れる声を絞り出す。
もう、十分だ。彼が自分を捜しに来たという事実だけで、自分は笑って死ねる。
誰か一人でも自分を助けに来ようとしてくれた。それで、十分だった。


「逃げて、下さい、ルフィさん」
「ああ。お前も一緒にな」
「無理です。ぼくはもう助かりません。ぼくを背負って逃げたら、あなたも海賊たちに追いつかれます。島に来たのは髑髏に麦藁帽子の海賊団───麦わらの海賊団です」
「そうか。それでもおれはお前を連れてく」
「っ、判ってくださいルフィさん!麦わらの海賊団ですよ!?彼らは海賊王の一味です!あなた一人じゃ死にます!それに・・・ぼくには助けてもらう価値なんてありません!!」
「何でだ?お前はおれを助けただろ?」
「ルフィさんとぼくは違います。ぼくは───ぼくの父は、町で重罪を犯した犯罪者です。だからぼくはずっとスラムで暮らしてきました。泥水をすするような生活でも死にたくなかったから。でも、もういいんです。どうせぼくは町の皆が言うとおり生きる価値なんてないんですから」


ぼろりと涙が零れる。
価値がないと誰もに言われた。
顔も知らぬ他人から。前日まで雇ってくれた知人から。昔から近所に住む人たちから。
誰しもが犯罪者の息子である自分に生きる価値はないといい、どうして死なないんだと言われ続けた。
ここまで生きてこれただけでも幸運なのだ。
自身に言い聞かせるように目を伏せると、ぐいっと体を引っ張られた。


「ルフィさん!?ぼくの話を聞いていたんですか?」
「うるさい、黙れ!」
「!!?」
「お前がなんて言おうとおれはお前を助ける!もう決めた!」
「決めたって・・・」


自分を背負うと走り出した彼に呆れた。
まるで子供の言い分だ。自分がやると決めたからと、こちらの意見は聞いてもくれない。
伝わる温もりに、驚きで収まっていた涙がまた零れ始めた。


「どうして助けようとするんです!ぼくは、犯罪者の子供なんですよ!」
「そんなのお前となんの関係もねえだろ!おれは、犯罪者の息子だろうと、お前を助けてえから助けるんだ!」
「・・・ルフィさん」
「だから、お前は黙って助けられてろ!そんで絶対に生きろ!」
「無茶苦茶だ」


あまりな言葉に笑ってしまった。
今まで自分が背負ってきた重荷など何も知らないくせに、一言で切り捨てるなんて酷すぎる。
どんな想いで生きてきたか、どうやって生きてきたか。何も知らないくせに。

心の奥に巣食っていた何かがすっと消えうせて、変わりに胸に新たな願いが芽生えた。


「ぼくは・・・生きていていいんですか?」
「当然だ!お前はどこの誰とも知れないおれを助けてくれた。お前はいい奴だ」


単純な理屈だ。助けたのだって偶然の産物なのに、それだけでいい奴と決めてもいいのだろうか。
長年積もっていた疑問への答えは簡単で、あっさりとしてるからこそ心に響いた。

『当然だ!』と答えてくれる人なんて初めてだ。

胸が詰まってもう何も話せなくなり、ルフィにしがみ付く手に力を篭める。
すると急に彼の足が止まった。


「ルフィ!あんたこんなとこで何やってんのよ!?」
「探したぞ、ルフィー!」
「ん?誰だそれ」


突然賑やかになり驚く。
ルフィの名前を連呼しているので、彼の知り合いなのだろう。
オレンジ色の波打つ髪を腰まで伸ばした美女と、小さな狸と、顎鬚の金髪男。
びくりと体を強張らせていると、不意に体が浮いた。


「チョッパー、こいつ怪我してんだ。診てやってくれ」
「怪我?って、うわあ!!?」
「っ!!?」


視界が回転し、体に鈍い衝撃が走る。
体を擽るふわふわの感触に驚いて目を見開くと、先ほどまで狸だった生物が巨大化していた。
驚きすぎると声が出ないというのは本当らしい。
オレンジ髪の美女に顔を覗きこまれ赤面して身を縮める。瞬間、全身に痛みが伝わり小さく悲鳴を上げた。


「これ刀傷じゃないか。もしかして、あの海賊にやられたのか?」
「多分な。大丈夫そうか?」
「ああ。これくらいなら大丈夫だ。けど安静にさせたいから、ここで応急手当して船に連れてってもいいか?」
「勿論だ、頼むチョッパー。そいつおれの恩人なんだ。行き倒れてたら飯食わせてくれた」
「ルフィにご飯を?それは迷惑をかけたでしょうね・・・ごめんなさいね」
「いいえ・・・ぼくもルフィさんと一緒に居られて楽しかったですから」


首を振り否定すると、美女は目を丸くして、次いで艶やかに微笑んだ。
ありがとうと礼を言われ、どうして彼女がお礼を言うのだろうと小首を傾げる。


「そんで、ルフィ。お前はあの『麦わらの一味』とやらをどうするつもりだ」
「ぶん殴る」
「そう来ると思った。敵は入江を拠点にして乗り込んできたわ。そっちにはフランキーとロビンとブルックが向かってる。ウソップはゾロと敵さんの船長を探しに行ったわ。多分、そろそろ合図があると思うんだけど」


腕を組んだ美女が言い切るか切らないかくらいで、赤い発炎筒が打ち上げられた。
音と光に驚いていると、丁度のタイミングだなと金髪の男がタバコを燻らせ小さく呟く。


「見つかったみたいね。どうする?」
「ナミ。お前とチョッパーだけで船に戻れるか?」
「・・・まぁ、あの程度なら大丈夫でしょうね」
「何だ、もう当たったのか?」
「ええ。数だけ多い烏合の衆だったわ。だから、サンジ君がいなくても大丈夫よ」
「そうか、ありがとう。なら二人はそのまま船に戻れ。サンジ、お前はおれと一緒にあそこに行くぞ」
「だな。海賊王の一味を騙る奴らを拝んでみてえしな。特に黒足。美形じゃなければオロス。───いいか、チョッパー。心臓が止まってもナミさんを守れ」
「えー!?心臓止まってもぉ!?」


悲鳴を上げながらも律儀に頷いた元狸に、ルフィはしししと笑った。
そうして背を向けて駆け出そうとした彼に、美女が声を掛けると、自身の首にぶら下げていた何かを彼に向かって放った。


「ルフィ、修理終ったわよ」
「おー、さすがナミ!綺麗に縫えてる。ありがとな!」
「どういたしまして。お土産期待してるわ」
「ししし、了解」


美女から受け取ったそれを首に掛けると、ルフィは今度こそ振り返らずに走り去った。
心配げにその様子を見詰めていると、おれたちも行くぞと元狸に声を掛けられ頷く。
余程酷い表情をしていたのだろうか。美女が笑って手を伸ばすと、くしゃりと頭を撫でてくれた。


「大丈夫。ルフィはああ見えて滅茶苦茶強いのよ。それに、ルフィに狙われて無事だった奴なんて、今まで一人も居ないんだから」
「でも」
「信じなさい。彼は海賊の中の海賊よ」
「か、海賊!?」
「あら、何も知らずに助けたの?それとも知らないからこそ助けたのかしら。まあ、どっちでもいいわ。あなたが私たちの船長を助けてくれたことに変わりはないんだから」


軽い口調でウィンクした美女に、少年は忙しなく瞬きを繰り返した。
彼の所有する船へ辿り着きその旗印に気絶して、麦藁帽子を首から提げたルフィこそが海賊王と知るともう一度気絶した。

自分たちの名を騙った海賊を叩きのめした彼らは、船にあった財宝を根こそぎ巻き上げてきたらしく、ついでに食料も奪ったと宴会の準備をし始める。
気絶している間に出航したらしく、船の上で波に揺られて少年は空を見上げた。
島から出るのは初めてで、こんなに笑ったのも初めてだ。
何しろ彼らはお尋ね者とは思えないくらいに陽気で明るく面白い上に優しかった。


「ねえ、ルフィさん。ぼくは生まれてきてよかったんですよね?」
「当然だろ。お前がいなきゃ、おれはのたれ死んでたかも知れねえぞ」


しししっと首を竦めて楽しげに笑う海賊王に、少年は未来を決めた。

それから幾つか季節が流れ、海に新たな海賊団が増えることとなる。
自身の生を肯定してくれた海賊王と生きると誓った少年は、今はもう、生まれてきてよかったかなんて小さなことで悩んだりしない。
彼が憧れた海賊王を守るために、強くなろうと志高く進んでいた。


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*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。





ごほり、と咳をした瞬間に、口を押さえた手の隙間から赤い液体がだらだらと零れる。
ウソップ、と悲鳴のような声で叫んだ仲間の声をBGMに、自身の武器を片手に跪いた。

目の前に立つのは海軍大将の内一人、黄猿。
麦わらの一味にとって因縁深い相手は、悔しいが今でもウソップ一人では勝てない相手だ。
全力で戦い、いいところで相打ち。自分の実力を理解するからこそ、冷静に計算できた。


「・・・くそっ」
「しぶといねぇ、全く。これだから嫌だよ、麦わらの一味は。主戦力じゃないのに、ま~だ生き残ってる」


ゆったりと独特の口調で話す黄猿に眉を顰めた。
お前はいつまで現役気取ってんだチクショウ、と叫びたいが、今それをしたら確実に死ぬ。
ウソップの基本は『命を大事に』だ。経験から死んでしまったら何も意味がないのは、嫌になるほど見てきた。
それに今ここでウソップが倒れれば危険なのは自分だけじゃない。
海楼石をつけられて泣いているチョッパーや、何故か首に鎖をつけられたブルックも危うい。
彼らがウソップの人質であると同時に、ウソップは彼らの人質だった。
どうにも動けぬ状態に舌打する。
きな臭い状況だったのはわかっていたのに、と短慮な行動に後悔した。

そもそもよく考えてみれば、メンバーわけからしておかしい。

フランキー、ロビン、ゾロ。
ルフィ、ナミ、サンジ。
自然とあまりものとして残された自分たちが組んだが、戦力を公平に分けましょうと胸を張ったナミは、フランキーとロビンとゾロが纏まった瞬間に即効でルフィとサンジを連れて走り去った。
そもそもの始まりも彼女が海軍から手に入れた地図を見て宝の匂いがすると目をベリーへと変えたのが切欠なのに、一言全力で物申したい。
むしろ一言じゃすまない。
地べたについていた手を、ぐっと土ごと握り締めた。


「くそ、ナミの野郎、自分だけ生き延びる道を模索しやがって」
「・・・あれあれ~?まだ話す余裕があるんのかい?本当に大したものだねぇ」


ゆったりとした口調でいながらも容赦なく光を浴びせた黄猿の攻撃を避けきれず足が貫かれた。
痛みに冗談じゃなく転がると、すぐ耳元で砂利を踏みしめる音が聞こえる。
まずい、と顔を上げたらすぐそこに黄猿の顔があった。


「やれやれ、ルーキーの頃から面倒だったけど、無駄に力をつけちゃって。一思いに楽にしてやるから、そこで寝転がってなよ~」


仲間の悲鳴を聞きながら、無防備に顔を近づけた黄猿に血塗れの顔で笑いかけた。
訝しげに眉を顰めた彼が行動を起こす一瞬前に、握り締めた砂を投げつける。
光である彼の体を砂粒は通り過ぎたが、欲しかったのは一瞬の隙だ。
ウソップを弱者だと決め付けた黄猿を唯一相手に取れるとしたら、その油断を利用するしかない。
手についた赤い液体だって単なる血糊だし、実際は見た目ほど酷い傷は負っていなかった。

自分の武器は手にした巨大パチンコと、いざというとき高速回転して逃げ道を探す知恵。
備えあれば憂いなしとはこのことだ。
すうっと息を吸い込み、喉も張り裂けよと声を上げた。


「今だー!!」
「っ!?」


驚く黄猿の背後から拳と刀が同時に滑り込む。
頭を狙った拳と、胴体を狙った刀は吸い込まれるように黄猿へ向かい、ぎりぎりのところで光に転化した彼に避けられた。
眼前に突き出された刀身に息が止まる。


「こらぁ、ゾロ!おれを殺す気か!!」
「これくらい避けろ」
「無茶言うな!おれはお前らみたいな武闘派じゃねえんだよ!!」


とんとんと抜いた一刀で肩を軽く叩きながら呆れ混じりに訴える剣士を、唾を飛ばしながら睨み付ける。
だが全く効果なしで、くるりと背を向けたゾロは再び黄猿へと向かって行った。

代わりとばかりに残ったルフィが、ゾロの攻撃により腰の抜けたウソップに笑いかける。
差し伸ばされた手に掴まるとぐいと引っ張られ肩に半身を預けるような体制になった。


「よく頑張ったな、ウソップ。おかげでチョッパーやブルックも助けれた」
「・・・本気で死ぬかと思ったわ」
「ししし、生きててよかったな」
「無邪気に言うな!おれじゃ時間稼ぎが精一杯なんだ、頼むからもっと緊張感を持ってくれ~!」


至近距離で滂沱の涙を流して訴えるが、やはり彼は飄々と笑ったままだ。
この辺の無神経さはゾロも含めてルーキー時代から変わらない。
それこそが彼らの強さの基準かもしれないが、自分には本気で無理だ。

ちらり、と視線を囚われていた二人に向ければ、おお泣きしたチョッパーがロビンへ飛びつき、便乗しようとしたブルックがサンジとナミに蹴り飛ばされていた。
海兵を彼らが持っていたロープでふんじばっていたフランキーは、呆れを含んだ顔で窘め中心の一人のはずのロビンはころころと笑っている。
未だにゾロと黄猿が戦っている前で、度胸が良すぎる彼らを羨ましく思いながら蚤の心臓を跳ねさせていると、ずり落ちそうになる体を抱えなおされた。


「落ちるなよ、ウソップ。どうやら、面倒なのが増えた」
「へ?」
「あれ見ろ」


ルフィが指差した先には、戦桃丸がパシフィスタを幾体も連れて姿を見せた。
顎が外れるかもしれない勢いであんぐりと口を開け、事実を確認しようと瞬きを繰り返す。


「おい、ルフィ!あれ!あの戦桃丸が連れてるパシフィスタって、最新のじゃ」
「ししし、みたいだな。ゾロは手を放せねえし、数がちょっとばかし多すぎる」
「数が多いのは見りゃ判る!どうすんだ!?」
「おれは別に相手してもいいぞ」
「馬鹿言うなー!!相手してもいいけど、じゃなくてここは戦略的撤退だろうが!さっさと指示を出せぇ!!」


怪我も忘れてがっくんがっくんと首を揺さぶってやれば、目を回しながらもルフィが仲間に指示を出した。
あからさまにホッとした顔をしたグループと、チッと舌打するグループに別れたが、ウソップは勿論前者だ。
カブトを構えると、流れるような動きで照準を合わせた。


「必殺、超煙星!!」


名前どおりに白煙が辺りを包み、視界が奪われる。
全力で気配のない方向へ走り抜けると、隣から楽しそうな笑い声が聞こえ、手探りで探り当てた頭を『見つかるだろうが』と思い切りぶん殴った。


スーパーポジティブな船長の隣でスーパーネガティブな狙撃手は己の運を今日も悲観する。
未だにどうしようもない部分がある海賊王に付き合うのは、幾つ命があっても本気で足りない。

それでも選んだ道を後悔しないのだから、馬鹿だなあと自嘲しながらも生き延びるために走り続けるしかないのだろう。




ちなみに船に戻った後、陰険な術を使い自分たちを置いていった航海士と誰が一番弱いかという議論を交わしたが───結局、昔と同じで結論が出なかったのだけは蛇足しておく。

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