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「・・・・・・冬姫ちゃん?そういう名前やろ、自分」


背後からかけられた声に、冬姫は思わず振り向きそして全力で後悔した。
そこに居たのは、浅黒い肌をし精悍な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた、年上の男の人。
自慢じゃないがこの手のタイプに絡まれた経験は幾度も持つ冬姫は、またナンパかと渋い顔をし、しかしある一点に気がつくと表情を訝しげに歪めた。

琥一のバイト先のスタリオン石油に再び弁当を届けに来ていたのだが、そう言えば前にも似たような展開があったと思い出す。
あの時は冬姫一人ではなく、琉夏と一緒に連れ立っていたのだが、琥一のバイト仲間から琉夏と勘違いされて声をかけられた。
すると自分の名を知っている目の前の男も、琥一の知り合いかもしれない。
眉を顰めながら目の前の男を観察すると、にへら、と気の抜けた笑みが返って来た。
見れば見るほど端整な顔立ちをしてる彼は、いかにも女の子にもてそうで、ついでに女の扱いが上手そうなタイプに見える。
肩を超える髪を一本で結び、耳にはピアスが光っていた。
Tシャツにチノパンというシンプルないでだちだが、それ故に素材の良さが引き立っている。
袖から伸びる腕は引き締まり、鍛えているのが容易に見て取れた。

「・・・どちら様でしょうか」

警戒心を解かぬまま問いかける。
幼馴染に常日頃から警戒心が薄すぎると言われているが、冬姫とて常識は持っている。
警戒すべき相手を見誤るつもりはない。
例え目の前の彼が、悪い人には見えなくても、だ。

「あれ?もしかして俺警戒されてる?」
「・・・・・・」
「大丈夫、大丈夫。俺、怪しいもんやないで」

軽快な関西弁らしきものを操る男は、益々妖しく見えた。
大体怪しい人間が自ら怪しいと認めるだろうか。否、だ。
眉間の皺を深くした冬姫を見て取り、困ったように男は眉尻を下げて笑う。

「嫌やな。俺、そないに怪しい?」
「・・・少し」
「ははっ、正直な子や。琥一に用なんやろ?」
「琥一君を知ってるんですか?」
「もちろんや。ここでバイトしとるからな」

からからと笑う相手に一気に親しみを持つ。
琥一の名を出されただけで油断しすぎかもしれないが、冬姫にとって彼の名前はそれだけ価値があった。

「俺は姫条まどか。女みたいな名前やけど、実はこう見えても女やねん」
「・・・は?」
「アカン・・・外してもうた。普通の子は受けてくれんのに、秋姫といいなんで駄目なんやろな」

寒いギャグらしきものを放った相手を呆然と見れば、渋い顔でぶつぶつと呟き始める。
やはり悪い人ではなさそうだが、変わった人ではあるようだ。

「おい、冬姫。何してんだ?」
「あ、琥一君。琉夏君に頼まれてお弁当届けに来たんだけど・・・この人、姫条さん?に話しかけられて。・・・この人本当に琥一君の知り合い?」
「姫条さん?」

眉を跳ね上げた琥一は、冬姫の奥に居る人物を見て目を丸くした。

「何してんすか、姫条さん!?」
「いやぁ、琥一のいい子を見ておこうと思うてな。───何や中々可愛い子やないか。琥一も隅に置けんな」
「なぁっ!?何、言ってんすか!こいつは、別に・・・っ」
「何でもない?嘘やな。そんならこの子を紹介してっていっとる奴ら相手にあんなに威嚇せんやろ」
「姫条さん!」
「はいはい、判ったって。これ以上苛めんのは止めといたるわ」

ひょい、と肩を竦めた姫条を、琥一は頬を紅潮させ睨みつける。
まるで年相応な少年のような素直な反応に、冬姫の方が驚いてしまう。
学校で気を許している大迫相手ですら、こんなにからかわれる琥一は見たことがない。
普段の琥一は冬姫と琉夏相手に兄貴分であるから、珍しい一面だった。

ぽかん、と口を開けて眺めていた冬姫に気づいた琥一が、咳払いして慌てて体裁を整える。
そんな琥一を面白そうに姫条がにやにやと見ていた。

「弁当」
「え?」
「寄越せ。んで、もういいから帰れ」
「・・・・・・他には」
「あ?」
「他に言うことないの?」
「───届けてくれて、サンキュ」

視線を逸らし、頬を指先でかきながらぼそぼそと言う琥一に微笑みかける。
不機嫌そうな顔は作られたものだと知っているから少しも怖くない。
見た目こそ昔より強面になったけど、琥一の内面はぶっきらぼうでけれど優しいままだったから。
素直じゃない態度にくすくす笑うと、視線だけで睨まれた。

「おー、いいなぁ、若いもんは。俺も秋姫に会いとうなったわ」
「秋姫?」
「姫条さんの片思い相手だ。───姫条さん曰く、どえらい別嬪さんらしい」
「へぇ」
「信じとらんな、琥一。ほんまに秋姫は三国一の別嬪さんやで。世界一のいい女や」

そう言って笑った姫条は少し照れくさそうに、でもそれ以上にその人のことを話せるのが嬉しくて仕方ないとばかりに頬を紅潮させて桃色のオーラを垂れ流しにしていた。

「本当に『秋姫さん』が好きなんだねぇ」
「みたいだな。見てるこっちが恥ずかしい」

呆れを含んだ声音で呟く琥一をじっと見上げる。
視線に気づいた彼が見下ろしてきて視線が絡んだ。

「どうかしたか?」
「・・・私も」
「ん?」
「私も、姫条さんみたいな恋がしたいな」

大事で大切で特別で仕方ない宝物を見せびらかす子供みたいに、幸せそうで擽ったそうに微笑んで。
柔らかで優しい眼差しはここに居ない誰かを見ていて、愛しくて恋しくて仕方ないと感情を目一杯溢れさせる。

度肝を抜かれたように目をまん丸にした琥一に、冬姫は白百合のような艶やかで繊細な微笑みを見せた。

「私、姫条さんみたいな恋がしたい」

今にも呼吸を止めてしまいそうになっている琥一の、この時抱いた感情は一生冬姫には理解し得ないだろう。
罪のない笑顔を浮かべる恋に恋する年頃の少女は、恋に悩める年頃の少年には罪深い存在だった。

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