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無欲な君 欲張りな僕より
--お題サイト:恋のお墓さまより--


認め難い屈辱感に、それを上回る飢餓感。
何故、と思うより先に、本能がそれを欲する。

伸びそうになる腕を堪えるために、空いている手で力を篭めて掴んだが、それでも尚持ち主の意思を無視して腕が疼いた。

その存在が苛立たしい。
その才能が嫉ましい。
その輝きが息苦しい。
その微笑みが鬱陶しい。

憎んで憎んで憎んでも憎みきれない、冥加の根本を叩き折った女。
それなのにどうしても欲し望み、輝きを取り戻して欲しいと心のどこかで願っていた。

自分より一回り以上小さい体。
柔らかな表情で気持ち良さそうに演奏を奏でる姿は、体の内から輝いている。
眩しくて直視できないのに、それでも瞳に収めねば気がすまない。
ゆるく弧を描く唇は、嬉しそうに緩んだまま、冥加とは正反対の音を奏でた。

涙が頬を伝う。

どうして、自分は彼女を捨てられないのか。
どうして、砕かれた心の欠片を彼女は手放してくれないのか。
どうして、いっそ全てを奪ってくれなかったのか。
どうして、対等に見てくれなかったのか。
どうして、繋がれたままで居たいと望むのか。
どうして、萎れた姿を見て心が痛むのか。
どうして、───彼女じゃなければいけないのか。

砕かれたのは、初めて持った異性への好意。
踏み躙られたのは、高い矜持を有していた自分の音楽性。
握り潰されたのは、芽生え始めていた恋心。
膨れ上がったのは、哀れみと同情をふんだんに含んだ相手への憎悪。

一度も忘れたことはない。
毎日毎日思い返し、面影が薄れたことはない。
憎んで憎んで憎んで憎んで、あまりに想い過ぎたために、想いは原型を留めなくなった。

舞台の上で演奏は佳境へ入る。
益々輝きを増すかなでに、悔しくて仕方がないのに、どうしてこんなに安堵しているのだ。
彼女を踏み越えて決別する気だったのに、輝きを取り戻した姿に、何故こんなに喜んでいるのだ。
技術的な面でなく、内から発する彼女の音楽性に激しく嫉妬しているのに、どうして届かないままでいてくれと望んでしまうのだ。

唇を噛み締めれば、鉄錆び臭い匂いが口内へ広がる。
だがそれを気にする余裕もなく、瞬きすら惜しんでただ一人を見詰めた。


「・・・小日向、かなで」


何度も何度も口にした、冥加のただ一人の特別。
心の奥深くに居場所を作り、追い出したくても追い出せなかった、ただ一人の女。


「どうして・・・」


胸が焼けそうだ。
想いは強すぎてぶつけるのを躊躇うほどで、それでも欲する心を留められない。


「どうして、お前はそんなに」


冥加が冬を象徴する怜悧な音を出すのなら、かなではこばる日和の午睡のような音を出す。
冥王との呼び名が相応しい自分と違い、暖かな日差しが似合う優しい音色。
心を包み込むその音は、いつだって冥加を惹きつけて止まない。

ああ、そうだ。
本当は、答えなんか判っていた。

本当に望んでいたのは、開放ではなく束縛。
今度こそ、抗いようがないほど、しっかりと掴んで欲しかった。
本当は、ずっと。ずっと、彼女の音に沿いたかった。

一心に見詰めていれば、視線に気付いたように瞼を開けた彼女がこちらを見る。
絡む視線に心臓が跳ね、ふわりと浮かべられた笑みに、心がぎゅうと握りこまれた。

この想いは、理性では押さえ込めない。
冥加玲士の、魂が欲しているのだ。
小日向かなでという存在を。

憎悪や嫌悪で押さえ込んでいた蓋を開ければ、溢れるのは恋心。
表裏一体の感情は、どちらも真実として存在していた。


「・・・どうして、お前は俺に笑いかけるんだ。あれほど、憎んでいると教えたのに」


もう、どうしようもない。
お手上げだ。
冥加玲士ともあろう男が、ただ一人の少女に踊らされている。

七年前を思わせる、否、七年前以上に輝く姿に、心を奪われないはずがないのだ。
負の感情を剥いでしまえば、残るのはヴェールに隠されていた柔らかい感情。
微笑む姿に釣られて、小さな笑みを浮かべる。
彼女は、昔と同じで、とても、とても美しい。


「どうするんだお前は」


無邪気に存在するかなでに、淡い苦笑を浮かべる。
負けを悟れば心は清々しいまでに晴れ渡った。

きっと自分は最初から───もう一度、この音楽が聞きたかっただけなのだろう。

捩れて曲がって真実が見えなくなっていたが、単純な望みはそれだけだったのかもしれない。

光り輝くかなでは、冥加にとって唯一だった。
特別で、大切な、ファム・ファタル。

もし、腕を伸ばしたなら、彼女は掴んでくれるだろうか。
握り返してくれるだろうか。
限りなく低い可能性だが、もし、それを叶えてくれるなら。

───今度こそ、その手を放しはしないと、誰にだって誓って見せるのに。

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