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その音は酷く甘く優しいものなのに、どうしようもない違和感を感じて服の上から胸を掴む。

何故だろう。
包み込むような包容力に、暖かで柔らかな調べ。
慈しみを篭めた、まるで奏でる本人のように穏やかな音なのに、酷く───酷く、胸が苦しくなった。

壇上で曲を奏でるのは、学生時代にCDデビューを果たした実力者。
その癖それを鼻に掛けるでもなく、穏やかな笑顔を見せていたのに。
一体何が、こんなに怖いのだろう。

探れない原因に冷や汗が一筋流れる。
今にも弾けそうな何かを内包している音は、新の精神を針でつついた。


「相変わらず、怖い音を出すな」
「・・・え?」


ふと、隣を見れば何時の間にそこに居たのか、長い足を知らしめるように足を組んだ衛藤が淡い苦笑を浮かべていた。
他の誰もが聞き惚れている音楽に、渋面を浮かべて今にも耳を塞ぎそうだ。


「あの・・・」
「ん?」
「何で、そんな渋い顔してるんですか?」


包み隠さず疑問をぶつける。
舞台に立っているのは、隣に座る彼と同様世界に名を轟かすヴァイオリニスト。
優しく暖かな旋律が有名な、世界有数の腕を持つ人。

それなのに、同じ立場に立つ衛藤は、これ以上ないくらい顔を顰めて流れる音楽を聴いている。
隣で音を奏でる彼女は心地良さそうに弾いているのに、一体何が違うのだろう。
疑問符を浮かべると、衛藤は口の端を持ち上げた。
意地が悪く見えるのに、そんな表情がこの上なく似合う男だと、関係ないところで感心してしまった。


「言ったろ?俺にはあの人の音が怖い」
「───音が、怖い?」
「ああ。普通に聞いてると甘ったるくて優しく感じる音だが、本質は真逆。甘い音で惑わせて自分の下へ引きずり寄せる。手放さないとばかりに粘着質に絡みつく。上辺だけ優しげだが、酷く執着心が強い。・・・それが、俺には恐ろしい」


淡々と説明され、新にも恐怖の原因が何か判った。
口に出されて理解できた。
彼の、一見すると穏やかな表情で奏でられているその音は、恋に狂った男の出す音だった。


「俺は、あの人を尊敬してる。奏でる音楽は澄んでいて、あの人ならではの響きがある。優しくて暖かで柔らかく心地よい。けど、香穂子が絡むと別だ。酷く男らしい独占欲に満ちた音楽を、ごく稀に奏でる。俺は、その音が怖くて仕方ない」


口では怖いといいながら、それでも一切表情に恐怖を表さない衛藤に新は喉を鳴らした。
先ほどまで酷く渋い顔をしていたくせに、今の彼は奏でられる曲を聞きながら挑むように壇上の男を睨み付けていた。
唇は弧を描き、好戦的な笑みは彼にとても似合っている。


「忠告しといてやるよ、少年。普段からあからさまな男より、黙して語らぬ男の方が、恋敵として厄介な場合があるんだぜ」
「・・・はぁ」
「お前んとこの抜けてそうな部長なんかその典型だな。精々足元を掬われないようにしとけよ」


ちらり、と視線を向けた彼は、まるで少年のような無邪気な笑顔を浮かべた。
世界トップレベルの音楽家から受けた助言に、どう返せばいいか判らず、新は結局曖昧な笑みを浮かべて沈黙した。
肯定しても否定しそうも角が立ちそうなアドバイスだったが、とりあえず明日からもう少し視野を広げてみようと心の中で決めてみた。

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