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心に空白があるのに気がついた。
否、おせっかいな知人に無理やり気づかされた。
けれど心にある隙間に気がついても、どうして隙間があるかまでは判らない。
そして───何が、隙間になっているのかも。
ただ判るのは何かが足りなくて、その何かが自分にとって大切だっただろうことだけだ。
仕事を纏める手を止めると、恋次は一つため息を落とす。
副隊長の仕事はもう随分と慣れて、纏め終わり積んである書類は隊長の承認を待つものだけになった。
気が進まなくとも仕事は待ってくれない。
一日の終わりに近づいた時間、報告も兼ねて書類を手にしたまま隊長室に向かう。
数度のノックの後声を掛け入った部屋は、相変わらず片付いている。
埃一つないんじゃないかと思える室内には、背筋をピンと伸ばし仕事を進める白皙の美貌の青年があり、彼に釣られるよう背筋を伸ばすと歩を進めた。
「お疲れ様です、隊長」
「───ああ」
「これ、今日の分の書類です。宜しくお願いします」
「判った」
淡々と返事をし、温度を感じさせない眼差しを向けた白哉は、そこに置けと指先で机の端を指す。
それに逆らわず黙って書類を置き、いつも通りに頭を下げて退出しようとすると、珍しくも白哉から声が掛かり動きを止める。
「明後日、確か出勤だったな」
「はい。通常勤務っすけどそれが?」
「悪いが急用が入った。私はその日午後から休みを取りたいと思うが、大丈夫か」
「・・・朽木隊長が休み?珍しいっすね」
「そうだな。それで、大丈夫なのか?」
「あ、はい。大丈夫っす」
重ねられた問いに慌てて頷けば、よしと言わんばかりに頷いた彼は書類へ視線を戻した。
そんな白哉を眺めながらも驚きで心が埋まる。
恋次が知る限り彼は滅多なことでは仕事を休まない。
私用だろうが、貴族の会合か何かだろうか。
きっとそうに違いない。
何しろ白哉はあの朽木家の当主だ。
四大貴族として役割もあるのだろう。
「貴族も大変っすね」
「・・・何がだ」
「隊長が仕事を休むってんなら大した用事なんでしょう?貴族同士の何かがあるんじゃないんすか?」
「いや、今回は私用だ。だが、貴族同士のものであるというのははずれではない」
「じゃあ、何するんすか?」
「義妹が」
「義妹さん?」
「義妹に、正式な手続きで縁談が申し込まれた」
「え・・・?」
一瞬意味が飲み込めず、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
白哉の義妹といったら、死神の中では有名な存在で、色々な噂が立つ人物だった。
目にしたのはただの一度だけ。
艶やかな黒髪に釣り上がり気味の紫紺の瞳。
透き通るような白い肌と、気品を感じさせる立ち振る舞いが印象的な美貌の少女。
朽木の飼い猫と一部の人間に揶揄され、流魂町出身のお仕着せ貴族と嘲笑される、孤高の少女。
彼女のことは良く知らないが、本人を見た恋次からしたら、そんな愚劣な噂が何一つ似合わない存在だった。
その少女が見合いをする。
どうしてここまで衝撃を受けるのか判らないが、息の仕方も忘れるほどに恋次はショックを受けていた。
死覇装の胸の部分を掴み、何とか笑みらしき表情を浮かべ口を開く。
「縁談って・・・確か、隊長の義妹さんは俺と同じくらいの年だったっすよね。まだ早くないですか?」
「何を言う。遅いくらいだ。だが、今までは本人の希望もあり、ほとんど断ってきたのだがな。今回は相手も本気のようだし、ルキアにも悪い話ではない」
「隊長が納得される相手なんですか?」
「ああ。家柄は我が朽木家には並ばぬが一応貴族であるし、人柄も良い。何よりあれのことを良く知った男だ。年は少々離れるが、その分想いも強い。ルキアを気に掛ける男としては申し分ないだろうな」
淡々としているが、白哉の口から零れるのは相手の男に対する賞賛に近かった。
目を見開いてそれを聞く恋次は、白哉は義妹を大事にしていると話も聞いていたので、相手は余程の人物なのだろうと察した。
身分が違っても良いと思われるほどの人格者であり実力者。
空回りする脳みそで誰かを搾り出そうとし、冷静な頭が何故それを知る必要があると突っ込む。
だが理性に反し心は落ち着かず忙しなく鼓動が撥ねた。
「相手は、どんな男なんすか?」
「お前も知っている。ルキアに縁談の申し込みをした男、それは」
「・・・・・・」
「十三番隊隊長、浮竹十四郎だ」
「っ」
その優しげな面立ちを思い出し、恋次はぐぅと喉の奥で悲鳴を殺した。
否、おせっかいな知人に無理やり気づかされた。
けれど心にある隙間に気がついても、どうして隙間があるかまでは判らない。
そして───何が、隙間になっているのかも。
ただ判るのは何かが足りなくて、その何かが自分にとって大切だっただろうことだけだ。
仕事を纏める手を止めると、恋次は一つため息を落とす。
副隊長の仕事はもう随分と慣れて、纏め終わり積んである書類は隊長の承認を待つものだけになった。
気が進まなくとも仕事は待ってくれない。
一日の終わりに近づいた時間、報告も兼ねて書類を手にしたまま隊長室に向かう。
数度のノックの後声を掛け入った部屋は、相変わらず片付いている。
埃一つないんじゃないかと思える室内には、背筋をピンと伸ばし仕事を進める白皙の美貌の青年があり、彼に釣られるよう背筋を伸ばすと歩を進めた。
「お疲れ様です、隊長」
「───ああ」
「これ、今日の分の書類です。宜しくお願いします」
「判った」
淡々と返事をし、温度を感じさせない眼差しを向けた白哉は、そこに置けと指先で机の端を指す。
それに逆らわず黙って書類を置き、いつも通りに頭を下げて退出しようとすると、珍しくも白哉から声が掛かり動きを止める。
「明後日、確か出勤だったな」
「はい。通常勤務っすけどそれが?」
「悪いが急用が入った。私はその日午後から休みを取りたいと思うが、大丈夫か」
「・・・朽木隊長が休み?珍しいっすね」
「そうだな。それで、大丈夫なのか?」
「あ、はい。大丈夫っす」
重ねられた問いに慌てて頷けば、よしと言わんばかりに頷いた彼は書類へ視線を戻した。
そんな白哉を眺めながらも驚きで心が埋まる。
恋次が知る限り彼は滅多なことでは仕事を休まない。
私用だろうが、貴族の会合か何かだろうか。
きっとそうに違いない。
何しろ白哉はあの朽木家の当主だ。
四大貴族として役割もあるのだろう。
「貴族も大変っすね」
「・・・何がだ」
「隊長が仕事を休むってんなら大した用事なんでしょう?貴族同士の何かがあるんじゃないんすか?」
「いや、今回は私用だ。だが、貴族同士のものであるというのははずれではない」
「じゃあ、何するんすか?」
「義妹が」
「義妹さん?」
「義妹に、正式な手続きで縁談が申し込まれた」
「え・・・?」
一瞬意味が飲み込めず、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
白哉の義妹といったら、死神の中では有名な存在で、色々な噂が立つ人物だった。
目にしたのはただの一度だけ。
艶やかな黒髪に釣り上がり気味の紫紺の瞳。
透き通るような白い肌と、気品を感じさせる立ち振る舞いが印象的な美貌の少女。
朽木の飼い猫と一部の人間に揶揄され、流魂町出身のお仕着せ貴族と嘲笑される、孤高の少女。
彼女のことは良く知らないが、本人を見た恋次からしたら、そんな愚劣な噂が何一つ似合わない存在だった。
その少女が見合いをする。
どうしてここまで衝撃を受けるのか判らないが、息の仕方も忘れるほどに恋次はショックを受けていた。
死覇装の胸の部分を掴み、何とか笑みらしき表情を浮かべ口を開く。
「縁談って・・・確か、隊長の義妹さんは俺と同じくらいの年だったっすよね。まだ早くないですか?」
「何を言う。遅いくらいだ。だが、今までは本人の希望もあり、ほとんど断ってきたのだがな。今回は相手も本気のようだし、ルキアにも悪い話ではない」
「隊長が納得される相手なんですか?」
「ああ。家柄は我が朽木家には並ばぬが一応貴族であるし、人柄も良い。何よりあれのことを良く知った男だ。年は少々離れるが、その分想いも強い。ルキアを気に掛ける男としては申し分ないだろうな」
淡々としているが、白哉の口から零れるのは相手の男に対する賞賛に近かった。
目を見開いてそれを聞く恋次は、白哉は義妹を大事にしていると話も聞いていたので、相手は余程の人物なのだろうと察した。
身分が違っても良いと思われるほどの人格者であり実力者。
空回りする脳みそで誰かを搾り出そうとし、冷静な頭が何故それを知る必要があると突っ込む。
だが理性に反し心は落ち着かず忙しなく鼓動が撥ねた。
「相手は、どんな男なんすか?」
「お前も知っている。ルキアに縁談の申し込みをした男、それは」
「・・・・・・」
「十三番隊隊長、浮竹十四郎だ」
「っ」
その優しげな面立ちを思い出し、恋次はぐぅと喉の奥で悲鳴を殺した。
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先ほどから恋次は居た堪れない思いをしていた。
その原因は四掛けの席であるのに何故か前方右斜めに座る親しい相手からの視線である。
針のむしろと言うにはおかしいかもしれないが、多数に見られるよりこの研ぎ澄まされた殺気すら篭る一つの視線の方が堪える。
剣の師でもあったこの人からの覚めた眼差しは精神的にクるものがあり、先ほどから背筋をゾクゾクと駆け上るものがある。
温かかったしょうが焼き御膳もすっかり冷え、ついでに目の前の人の視線もお冷より冷えた。
「───あの。いい加減にしてもらえませんか」
「・・・・・・」
「一角さん!」
手酌できんきんに冷えた酒を口にする男の視線に我慢ならず、ついに大声が出る。
しかし恋次の言葉にたいして感慨も沸かないとばかりに表情一つ変えぬ男は、苛立つ彼を鼻で笑うとくいっと喉を鳴らして酒を呷った。
「一体何なんすか、この間から!俺の何が気に入らないっていうんです!?弓親さんも一角さんも、ずっと苛ついてんのは隠さねぇくせに何で何も言わないんすか!!」
ここ一週間で溜まっていた鬱憤を晴らせとばかりに声を大に張り上げる。
思えば彼らの態度だけじゃなく、他の面々も僅かに変わった気がする。
白哉は普段より一層寒々しい空気を醸し出し、理吉はおずおずと伺うように恋次を見る。
仕事で会った浮竹には笑顔の奥で鋭く睨まれ、書類を届けた京楽にはぽんと肩を叩かれた。
誰も彼も恋次に何か言いたそうなのに、誰一人として肝心な『何か』を口にしない。
腫れ物に触れるような一週間は、検査入院した一日を除き最悪だ。
「うるせぇよ」
「あんたが理由を言わないからでしょう!?」
しかし恋次が熱くなればなるほど一角は冷めていくようで、そこで漸く彼が怒っているのかもしれないと思い当たり瞠目した。
苛立ちに燃える恋次の怒りを赤い炎としたら、一角のそれはより酸素を含み温度を増した青い炎。
恋次の怒りなどとうに超えてしまう怒りがそこに存在し、一気に熱が冷めて首を振る。
どちらにせよ理由は何一つ判らず、八つ当たりされているとしか思えない。
何故って、彼の態度が変わったのは大体一週間ほど前からだが、その後に彼に対し粗相を働いた記憶はなく、入院する前、つまり任務前にも何かした記憶はない。
ならば彼の今の苛立ちは自分と離れた場所にあり、偶々ご飯に誘ったタイミングが悪かったと判断するしかないだろう。
一つため息を落とし、湯飲みから冷めた緑茶を啜る。
渋みばかりが強いそれに眉を顰め、その味にもう一度ため息を吐いた。
「何をそんなに苛立ってるのか知りませんがね。八つ当たりはやめてくださいよ」
「・・・八つ当たり?」
「そうでしょ?俺は、あんたに何かした記憶はないんだから。さっさといつもの一角さんに戻ってください」
「八つ当たり、ねぇ」
冷ややかな眼差しの奥に篭る熱をそのままに、一角はゆるりと口角を上げた。
手に持っていた酒の入った枡が一瞬で砕け、飛び散る雫に眉を寄せる。
ぴりぴりと肌をさす霊圧に、彼の怒りが自分に向けられていたのを嫌でも理解させられた。
「お前、何のために俺に刀を習った。戦い方を師事したんだ」
「え・・・?」
「答えろ、阿散井。何故、お前は俺に師事した」
「───強く、・・・強くなりたかったからです」
「何故だ?」
「朽木隊長に、追いつきたかったからです。けど、それが・・・」
どうしたんですか、との問いは喉奥で消える。
そんな質問を許してくれそうな顔をしていない。
唾を飲み、落ち着けと自分に言い聞かせると背筋を伸ばす。
一瞬でも気を抜いたら、全てを持っていかれそうだった。
今の一角は、悪友であり先輩でもある顔じゃなく、昔彼が師事した男の顔をしている。
「お前は」
「はい」
「何で朽木隊長に追いつきたかった?」
「それは隊長が隊長だからで・・・」
「お前は馬鹿か?俺んとこの更木隊長だって隊長だろうが。隊長なら十三人いる。その中で、『何で』朽木隊長だったかと聞いてるんだ」
「何でって、それは朽木隊長を超えなきゃいけないからで」
「超えなきゃいけない理由を聞いてんだよ、俺は」
苛立たしげに舌打され、恋次は酷く混乱する。
急に胸の奥が落ち着かなくなり、酷く気持ちが急いて来るのに、何故そうなるかが判らない。
心の奥の何かが足りない。
けれど足りない何かがわからず、その欠片すら見つけれない。
仕事帰りの死覇装の胸を部分をぎゅっと握る。
それでも何も思い出せず、もどかしく息苦しく、涙が零れそうになり慌てて瞬きを繰り返した。
判らない。判らないのに胸が疼くのだ。
足りない、思い出せ、欲しろ、と。
思い当たる節のない欲求は抑えられないほど強く、気がつけば想いは油断した瞬間に目尻から零れ落ちた。
「どうやら、全部を忘れてるわけじゃなさそうだな」
「一角さん、俺・・・」
「お前の求めるものは、お前以外も求めてるってのを忘れるな。タイムリミットは着々と近づいている。失くすも取り戻すもお前次第だ」
「何を」
「───いいか、阿散井。お前がぼやぼやしてんなら、俺が横から掻っ攫うぞ」
そうして、この日漸く笑みを見せた一角は、いつもよりも子供っぽく悪戯したばかりの子供みたいだった。
その原因は四掛けの席であるのに何故か前方右斜めに座る親しい相手からの視線である。
針のむしろと言うにはおかしいかもしれないが、多数に見られるよりこの研ぎ澄まされた殺気すら篭る一つの視線の方が堪える。
剣の師でもあったこの人からの覚めた眼差しは精神的にクるものがあり、先ほどから背筋をゾクゾクと駆け上るものがある。
温かかったしょうが焼き御膳もすっかり冷え、ついでに目の前の人の視線もお冷より冷えた。
「───あの。いい加減にしてもらえませんか」
「・・・・・・」
「一角さん!」
手酌できんきんに冷えた酒を口にする男の視線に我慢ならず、ついに大声が出る。
しかし恋次の言葉にたいして感慨も沸かないとばかりに表情一つ変えぬ男は、苛立つ彼を鼻で笑うとくいっと喉を鳴らして酒を呷った。
「一体何なんすか、この間から!俺の何が気に入らないっていうんです!?弓親さんも一角さんも、ずっと苛ついてんのは隠さねぇくせに何で何も言わないんすか!!」
ここ一週間で溜まっていた鬱憤を晴らせとばかりに声を大に張り上げる。
思えば彼らの態度だけじゃなく、他の面々も僅かに変わった気がする。
白哉は普段より一層寒々しい空気を醸し出し、理吉はおずおずと伺うように恋次を見る。
仕事で会った浮竹には笑顔の奥で鋭く睨まれ、書類を届けた京楽にはぽんと肩を叩かれた。
誰も彼も恋次に何か言いたそうなのに、誰一人として肝心な『何か』を口にしない。
腫れ物に触れるような一週間は、検査入院した一日を除き最悪だ。
「うるせぇよ」
「あんたが理由を言わないからでしょう!?」
しかし恋次が熱くなればなるほど一角は冷めていくようで、そこで漸く彼が怒っているのかもしれないと思い当たり瞠目した。
苛立ちに燃える恋次の怒りを赤い炎としたら、一角のそれはより酸素を含み温度を増した青い炎。
恋次の怒りなどとうに超えてしまう怒りがそこに存在し、一気に熱が冷めて首を振る。
どちらにせよ理由は何一つ判らず、八つ当たりされているとしか思えない。
何故って、彼の態度が変わったのは大体一週間ほど前からだが、その後に彼に対し粗相を働いた記憶はなく、入院する前、つまり任務前にも何かした記憶はない。
ならば彼の今の苛立ちは自分と離れた場所にあり、偶々ご飯に誘ったタイミングが悪かったと判断するしかないだろう。
一つため息を落とし、湯飲みから冷めた緑茶を啜る。
渋みばかりが強いそれに眉を顰め、その味にもう一度ため息を吐いた。
「何をそんなに苛立ってるのか知りませんがね。八つ当たりはやめてくださいよ」
「・・・八つ当たり?」
「そうでしょ?俺は、あんたに何かした記憶はないんだから。さっさといつもの一角さんに戻ってください」
「八つ当たり、ねぇ」
冷ややかな眼差しの奥に篭る熱をそのままに、一角はゆるりと口角を上げた。
手に持っていた酒の入った枡が一瞬で砕け、飛び散る雫に眉を寄せる。
ぴりぴりと肌をさす霊圧に、彼の怒りが自分に向けられていたのを嫌でも理解させられた。
「お前、何のために俺に刀を習った。戦い方を師事したんだ」
「え・・・?」
「答えろ、阿散井。何故、お前は俺に師事した」
「───強く、・・・強くなりたかったからです」
「何故だ?」
「朽木隊長に、追いつきたかったからです。けど、それが・・・」
どうしたんですか、との問いは喉奥で消える。
そんな質問を許してくれそうな顔をしていない。
唾を飲み、落ち着けと自分に言い聞かせると背筋を伸ばす。
一瞬でも気を抜いたら、全てを持っていかれそうだった。
今の一角は、悪友であり先輩でもある顔じゃなく、昔彼が師事した男の顔をしている。
「お前は」
「はい」
「何で朽木隊長に追いつきたかった?」
「それは隊長が隊長だからで・・・」
「お前は馬鹿か?俺んとこの更木隊長だって隊長だろうが。隊長なら十三人いる。その中で、『何で』朽木隊長だったかと聞いてるんだ」
「何でって、それは朽木隊長を超えなきゃいけないからで」
「超えなきゃいけない理由を聞いてんだよ、俺は」
苛立たしげに舌打され、恋次は酷く混乱する。
急に胸の奥が落ち着かなくなり、酷く気持ちが急いて来るのに、何故そうなるかが判らない。
心の奥の何かが足りない。
けれど足りない何かがわからず、その欠片すら見つけれない。
仕事帰りの死覇装の胸を部分をぎゅっと握る。
それでも何も思い出せず、もどかしく息苦しく、涙が零れそうになり慌てて瞬きを繰り返した。
判らない。判らないのに胸が疼くのだ。
足りない、思い出せ、欲しろ、と。
思い当たる節のない欲求は抑えられないほど強く、気がつけば想いは油断した瞬間に目尻から零れ落ちた。
「どうやら、全部を忘れてるわけじゃなさそうだな」
「一角さん、俺・・・」
「お前の求めるものは、お前以外も求めてるってのを忘れるな。タイムリミットは着々と近づいている。失くすも取り戻すもお前次第だ」
「何を」
「───いいか、阿散井。お前がぼやぼやしてんなら、俺が横から掻っ攫うぞ」
そうして、この日漸く笑みを見せた一角は、いつもよりも子供っぽく悪戯したばかりの子供みたいだった。
目をまん丸に見開いたルキアは、怒り心頭とばかりに顔を赤らめたままの一護を横目で眺めながら味噌汁を一口啜った。
ちなみに本日の味噌汁の具はわかめと豆腐と油揚げ。
朽木家でも定番のそれは素材こそ差があるだろうが十分に美味で、ほんのりと表情を崩す。
テッサイの作る料理はとても美味で、家庭的な温かさがルキアの好みである。
だがルキアが料理に舌鼓を打ち喜んでいる間も、何が不機嫌なのか隣に座る少年は怒りを和らげることはない。
しかしながらその怒りの矛先である男は、一切気にした様子もなくへらへらと扇子の影で笑っている。
威嚇の声を上げる一護など、あの男にとっては子猫も同然なのだろう。
何しろ存在する長さも積んだ経験も違いすぎる。
一泡噴かせるのはルキアから見ても小童に過ぎない一護では難しい。
浦原の余裕もあってか、本来なら険悪になりかねない空気も、どこか和やかな雰囲気で納まっていた。
「っつうかさ、一体なんだったんだよ浦原さん」
怒りをどうにか押し込めた声で、唸るように一護が質問した。
その質問にひょいと片眉を上げた浦原は飄々と答えた。
「単なる実験すよ」
「実験?んなもんで、俺は記憶を変えられたのかよ!」
「ええ。───黒崎さん、以前も朽木さんの記憶を失った際に彼女を思い出しましたよね?それは何回試しても同じ結果かどうかを知りたかったんす」
「どうして?」
「さぁ?どうしてでしょうね」
一護の言葉に答えているフリをして、ルキアに言葉を聞かせている浦原に、唇を噛み締めた。
お椀を持つ手が震え、気を抜けば動揺しているのを一護に知られてしまいそうで、深呼吸して気を静める。
浦原は、一護の言を信じるなら、彼の記憶を消した。
それはルキアに関してだけなのか、それとも死神全てに関してなのか判らないが、少なくとも自分のことは消したのだろう。
しかしながら一護は記憶を取り戻した。
いつかと同じように、彼だけ。
違和感は感じていたのだ。
ここに来て手伝いを始めてから同級生も何人か顔をだしているのに、親しかったはずの浅野たちもルキアを知らない人間を見る眼で見ていた。
浦原が何かしたのだろうとは思っていたが、まさか一護の記憶まで弄ると思ってなかった。
どんな魂胆があるのかと思えば、全てルキアのためだったというのか。
「さて、黒崎さん。どうしてあなたは毎回朽木さんの記憶を取り戻せるんでしょうね?やはり、朽木さんの力を分けてもらったからだと思いますか?」
その問いは、一護に向けられているようで、ルキアに向けられたもの。
ぎりっと奥歯を噛み締め、聞きたくないと瞼を強く瞑った。
何も知らない一護は、自分の思うままを答えるに違いない。
ルキアが恐れ、懼れる言葉を。
「はぁ?確かに、俺はルキアとこいつがくれた力で繋がってるかもしんねぇけど、それが決定的な理由じゃないよ」
「ほう。それなら、あなたは何故彼女を思い出せたんですか?」
「俺と、こいつには絆がある。例え表面だけ削り取られようと、上辺だけ書き換えられようと、奥底にあるものはなくならない。だから、何があっても俺はルキアを忘れない」
一護の声は、ルキアには何処か遠く響いた。
喜ぶべきなのだろう、本来なら。
しかし今のルキアには、その言葉は決定的な傷として残った。
(なら、私を思い出せない恋次は、私を思い出そうと望まないあいつは、私との絆はないということなのか)
泣きたくなる想いを隠し、ルキアはしょっぱくなった味噌汁で喉を潤した。
ちなみに本日の味噌汁の具はわかめと豆腐と油揚げ。
朽木家でも定番のそれは素材こそ差があるだろうが十分に美味で、ほんのりと表情を崩す。
テッサイの作る料理はとても美味で、家庭的な温かさがルキアの好みである。
だがルキアが料理に舌鼓を打ち喜んでいる間も、何が不機嫌なのか隣に座る少年は怒りを和らげることはない。
しかしながらその怒りの矛先である男は、一切気にした様子もなくへらへらと扇子の影で笑っている。
威嚇の声を上げる一護など、あの男にとっては子猫も同然なのだろう。
何しろ存在する長さも積んだ経験も違いすぎる。
一泡噴かせるのはルキアから見ても小童に過ぎない一護では難しい。
浦原の余裕もあってか、本来なら険悪になりかねない空気も、どこか和やかな雰囲気で納まっていた。
「っつうかさ、一体なんだったんだよ浦原さん」
怒りをどうにか押し込めた声で、唸るように一護が質問した。
その質問にひょいと片眉を上げた浦原は飄々と答えた。
「単なる実験すよ」
「実験?んなもんで、俺は記憶を変えられたのかよ!」
「ええ。───黒崎さん、以前も朽木さんの記憶を失った際に彼女を思い出しましたよね?それは何回試しても同じ結果かどうかを知りたかったんす」
「どうして?」
「さぁ?どうしてでしょうね」
一護の言葉に答えているフリをして、ルキアに言葉を聞かせている浦原に、唇を噛み締めた。
お椀を持つ手が震え、気を抜けば動揺しているのを一護に知られてしまいそうで、深呼吸して気を静める。
浦原は、一護の言を信じるなら、彼の記憶を消した。
それはルキアに関してだけなのか、それとも死神全てに関してなのか判らないが、少なくとも自分のことは消したのだろう。
しかしながら一護は記憶を取り戻した。
いつかと同じように、彼だけ。
違和感は感じていたのだ。
ここに来て手伝いを始めてから同級生も何人か顔をだしているのに、親しかったはずの浅野たちもルキアを知らない人間を見る眼で見ていた。
浦原が何かしたのだろうとは思っていたが、まさか一護の記憶まで弄ると思ってなかった。
どんな魂胆があるのかと思えば、全てルキアのためだったというのか。
「さて、黒崎さん。どうしてあなたは毎回朽木さんの記憶を取り戻せるんでしょうね?やはり、朽木さんの力を分けてもらったからだと思いますか?」
その問いは、一護に向けられているようで、ルキアに向けられたもの。
ぎりっと奥歯を噛み締め、聞きたくないと瞼を強く瞑った。
何も知らない一護は、自分の思うままを答えるに違いない。
ルキアが恐れ、懼れる言葉を。
「はぁ?確かに、俺はルキアとこいつがくれた力で繋がってるかもしんねぇけど、それが決定的な理由じゃないよ」
「ほう。それなら、あなたは何故彼女を思い出せたんですか?」
「俺と、こいつには絆がある。例え表面だけ削り取られようと、上辺だけ書き換えられようと、奥底にあるものはなくならない。だから、何があっても俺はルキアを忘れない」
一護の声は、ルキアには何処か遠く響いた。
喜ぶべきなのだろう、本来なら。
しかし今のルキアには、その言葉は決定的な傷として残った。
(なら、私を思い出せない恋次は、私を思い出そうと望まないあいつは、私との絆はないということなのか)
泣きたくなる想いを隠し、ルキアはしょっぱくなった味噌汁で喉を潤した。
『家・・・を助け・・・か』
フラッシュバックする光景。
夜の道。電柱。見慣れぬ異形の存在。
そして目の前の華奢な女。
そこまで考え己に問う。
何故、女だと判るのか。
目の前に居る存在は、白い靄に覆われ辛うじて輪郭を現しているだけに過ぎない。
声にも酷くノイズが入り、何を言っているのかも判り難い。
だが一護には、目の前の袴を着た人が、女であると判っていた。
『貴様が、・・・になれ』
もやは徐々に晴れ、黒い袴に相反する白い肌が現れる。
少し癖のある黒髪に、高くも低くもない玲瓏な声。
今まさに死に掛けているのに、その声は酷く落ち着いていて、だから一護の焦りも静まる。
知らず知らず口角を持ち上げた。
彼女を信頼するのは当たり前で、信用するのも当たり前だ。
何故なら、彼女は───。
『刀を寄越せ、死神』
そう、死神。
一護に力を分け与え、小さな背を凛と伸ばし、いつだって紫紺色の瞳で前を見定める綺麗な女。
普段は冷静なくせに、一護の前では傲慢で意地っ張りで天邪鬼で、でも頼りになる強い女。
『死神ではない。朽木ルキアだ』
少しだけその相貌が綻ぶ。
瞳だけで笑うなんて、随分と器用なものだと思い、一護も笑い返した。
そう、彼女は『朽木ルキア』。
一護に命を懸けて戦う力を分け与えた優しい死神。
一護は怒り狂っていた。
それこそ、嘗てないほどに。
頭から湯気が出るってこんな感じかもしれないと、頭の隅に居る自分が呟くが、そんなことはどうでもよかった。
頭には寝癖が残っているし、着てる服はパジャマ代わりのジャージの上下。
靴の代わりにサンダルを引っ掛けた姿は、年頃の男子高校生が外を爆走するには相応しくない格好であったが、一護にそれを気にする余裕はない。
入れ替わっていないがコンと同じくらいの健脚を発揮し、彼は目的地を目指した。
そしてついに目的地を発見すると、勢い良くジャンプする。
玄関を破壊した彼は、その騒々しさに顔を覗かせた住民の中から一人を選び出し、びしり、と指を突きつけた。
「何、いきなり人の記憶奪ってやがんだ、この野郎!!」
叫んだと同時に履いていたサンダルを引っつかみ、メジャーリーグの投手並のフォームで投げつけた。
「おやおやー?もう、記憶は戻ったんすねぇ」
しかしながら全力投球したサンダルは、へらりと曖昧な笑みをした男に橋で摘まれ。
チクショウ、とその無念さに、思わず床を殴ってしまった。
フラッシュバックする光景。
夜の道。電柱。見慣れぬ異形の存在。
そして目の前の華奢な女。
そこまで考え己に問う。
何故、女だと判るのか。
目の前に居る存在は、白い靄に覆われ辛うじて輪郭を現しているだけに過ぎない。
声にも酷くノイズが入り、何を言っているのかも判り難い。
だが一護には、目の前の袴を着た人が、女であると判っていた。
『貴様が、・・・になれ』
もやは徐々に晴れ、黒い袴に相反する白い肌が現れる。
少し癖のある黒髪に、高くも低くもない玲瓏な声。
今まさに死に掛けているのに、その声は酷く落ち着いていて、だから一護の焦りも静まる。
知らず知らず口角を持ち上げた。
彼女を信頼するのは当たり前で、信用するのも当たり前だ。
何故なら、彼女は───。
『刀を寄越せ、死神』
そう、死神。
一護に力を分け与え、小さな背を凛と伸ばし、いつだって紫紺色の瞳で前を見定める綺麗な女。
普段は冷静なくせに、一護の前では傲慢で意地っ張りで天邪鬼で、でも頼りになる強い女。
『死神ではない。朽木ルキアだ』
少しだけその相貌が綻ぶ。
瞳だけで笑うなんて、随分と器用なものだと思い、一護も笑い返した。
そう、彼女は『朽木ルキア』。
一護に命を懸けて戦う力を分け与えた優しい死神。
一護は怒り狂っていた。
それこそ、嘗てないほどに。
頭から湯気が出るってこんな感じかもしれないと、頭の隅に居る自分が呟くが、そんなことはどうでもよかった。
頭には寝癖が残っているし、着てる服はパジャマ代わりのジャージの上下。
靴の代わりにサンダルを引っ掛けた姿は、年頃の男子高校生が外を爆走するには相応しくない格好であったが、一護にそれを気にする余裕はない。
入れ替わっていないがコンと同じくらいの健脚を発揮し、彼は目的地を目指した。
そしてついに目的地を発見すると、勢い良くジャンプする。
玄関を破壊した彼は、その騒々しさに顔を覗かせた住民の中から一人を選び出し、びしり、と指を突きつけた。
「何、いきなり人の記憶奪ってやがんだ、この野郎!!」
叫んだと同時に履いていたサンダルを引っつかみ、メジャーリーグの投手並のフォームで投げつけた。
「おやおやー?もう、記憶は戻ったんすねぇ」
しかしながら全力投球したサンダルは、へらりと曖昧な笑みをした男に橋で摘まれ。
チクショウ、とその無念さに、思わず床を殴ってしまった。
リズムを取り体を揺らしながら音に耳を澄ませる。
陽気な音と冷静な音。左右から流れるツインギター。
空気を揺らす勢いで正確なリズムを刻むドラム。
煌びやかに全てをかっさらうような早引きのキーボード。
そして暴走しがちな音を鎮める動きを見せるベース。
それはルキアが一人で奏でることが出来ない音楽で、自分たちだからこそ世界に向けて発信できる音楽。
すう、と胸いっぱいに息を吸い込むと、ルキアが持つ楽器を鳴らす。
高く低く響く歌声。
小さく華奢な体からは考えられない重量感を持つ声は、浪々とコンサート会場の隅々まで行き渡る。
熱狂的な歓声に紛れない彼らの音は、確かに世界にファンを持つアーティストの一員だった。
「いやぁ、お疲れ様です」
細い目を益々細くしてスポーツドリンクを配る市丸に礼をいい受け取ると乾いた喉を潤す。
熱狂的な雰囲気に呑まれ気づかなかったが、体は限界に来ていて脱水症になりかけてるのか頭がくらくらした。
眩暈を堪えて常温の飲み物を飲む。
本当はキンキンに冷えた飲み物が欲しかったが、脱水症状が出かけてる場合は危険だと市丸に禁止されているので我慢した。
額を押さえぼうっと床を見ていると、いきなり視界が暗くなる。
何事かと慌てて顔を上げれば、強引に顔が拭われそれがタオルであると気がついた。
「大丈夫か、ルキア」
「・・・何とか。お前は、恋次?」
「俺は余裕。お前とは体力のつき方が違う」
「はっ・・・私も持久力はあるのは知ってるだろう?」
「ま、な。じゃなきゃ毎日ピアノの練習に取り組めないもんな」
「ああ。お前のヴァイオリンと同じでな」
こつり、と額を合わせた恋次は、くつくつと喉を震わせた。
黒のバンダナにタンクトップとジーパンという至ってシンプルなステージ衣装のままの彼の首には、ルキアと同じ銘柄のタオルが巻かれている。
そう言えばこのメーカーのCMをしてたな、と思い出し律儀に使用する彼に笑った。
CMに起用されていても、そのメーカーを使わない人間も居るのに、恋次は生真面目だ。
だがその見た目に反した生真面目さが恋次の長所だと知っているルキアは、それに対してどうこう言うつもりはなかった。
初めてのフランスでのコンサートは、現地のファンと日本のファンが入り混じってのもので、野太い歓声と黄色い悲鳴が凄まじかった。
脳にはアドレナリンが噴出し、普段からは考えられないくらいテンションが上がった。
コンサート中はいつもそうだが、初のフランス遠征でいつもより気分が昂揚してたらしい。
その分終わってからの疲労感は半端なく、腕一本動かすのすら億劫だ。
だがそれは自分だけではない。
「うわ、マジで、死にそう」
「・・・僕も。きっつ」
「・・・・・・」
「ルキアさん、俺にもドリンク下さい。その、飲みかけでいいですっ」
「お前は無駄に元気余らしてんじゃねぇよ、コン!」
椅子に体を預け天井に向けた顔の上に冷えたタオルを乗せた一角が呟けば、それを皮切りに他の面々からも声が上がった。
ドラムは一番体力を使うので、一角の筋肉は未だに血管がぴくぴく動いている。
彼の隣に居る弓親も、細身であるが鍛えているのに、今にも倒れそうな様子で、斜め前に座る一護にいたっては声すら出せない状態だった。
そして肩を上下させながらも自分を失わないらしいコンの軽口に、恋次がぱしりと頭を叩く。
それが頭に響いたのか、唸り声を上げてコンは蹲った。
コントみたいな遣り取りを笑って見ていた市丸は、スケジュール帳を開くと予定を確認し小首を傾げた。
「この後は一応打ち上げになってるんですけど、出れそうですか?」
「パスしたいが、無理だろ?」
「そうですねぇ。繋がりを作っておきたいから、出て欲しいとこですね」
一角の言葉に対し曖昧な言い方で市丸は返す。
すまなさそうな顔が演技かどうか見分けはつかないが、言ってることは納得できるので一つため息を吐くと身を起こした。
「どちらにせよ、私と恋次は出席は確定してるだろう?」
「そうですね。あなた方が居れば通訳の必要はありませんし助かります」
「言っとくが、もう今日は演奏しねぇぞ。俺もルキアも無理だ」
「判ってます。それに会場にピアノはありませんし、君のヴァイオリンも持ってきてないです。ちなみに同じホテルに部屋を取ってありますから、そのまま眠れますよ」
「マスコミは?」
「入れてないです。チェックも終わってます」
「ルキアさんは俺と相部屋?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ、このクソガキ。ルキアが君と相部屋なわけないでしょ。───ちゃんと部屋は人数分取ってあるの?」
「ええ。一応、警備員もつけてありますから、ファンも入れないようになってます」
「ああ、そりゃありがてぇな。いつぞやはファンに部屋まで押しかけられそうになって辟易した」
「一角さん、押し倒されそうになってましたもんね」
「うるせぇ!」
軽口まで叩ける程度に体が回復し、顔を見合わせて笑いあう。
昂揚していたテンションも先程よりは落ち着き、頭痛も治まってきた。
そうなると汗でべとつく体を早くなんとかしたくなり、回復を求めた体が食への欲求を募らせる。
重たい体を何とか起こせば、ルキアにつられ他の面々も懐いていた椅子から身を起こした。
「じゃ、そろそろ移動しましょうか。予め裏道は教えてもらってますし、そちらから出ましょう。SPの方も待ちくたびれているでしょうし」
「そうだね」
「あ、そうだ、ルキアさん、恋次君。車の中で学校のお話聞かせてくださいね。君達の学校、来月に文化祭があったでしょう」
何気ない市丸の発言に、ルキアと恋次は顔を見合わせる。
先週の頭にあった出来事を思い出し、二人して眉根を寄せれば訝しげに弓親が顔を覗きこんできた。
「厄介ごと?」
「・・・まぁ」
「ちょっとだけ」
流石に鋭い彼に、どうしたものかと困っていると、鮮やかに市丸が間に割り込んだ。
「まあまあ。積もる話は車の中で。さあ、行きましょう」
未だに何か言いたげにしている弓親の肩を一角が押せば、彼も渋々市丸に従った。
いつの間にか隣に来ていたコンが、ルキアの手を引き先導する。
繋がれた手に眉を跳ね上げた恋次が、チョップで二人の手を裂いた。
その所業に文句を言うコンの頭を一護が殴り、通路に騒々しい声が響く。
疲れ知らずな様子に、若いなあと苦笑すれば、君も十分に若いだろうと、即効で突っ込まれた。
陽気な音と冷静な音。左右から流れるツインギター。
空気を揺らす勢いで正確なリズムを刻むドラム。
煌びやかに全てをかっさらうような早引きのキーボード。
そして暴走しがちな音を鎮める動きを見せるベース。
それはルキアが一人で奏でることが出来ない音楽で、自分たちだからこそ世界に向けて発信できる音楽。
すう、と胸いっぱいに息を吸い込むと、ルキアが持つ楽器を鳴らす。
高く低く響く歌声。
小さく華奢な体からは考えられない重量感を持つ声は、浪々とコンサート会場の隅々まで行き渡る。
熱狂的な歓声に紛れない彼らの音は、確かに世界にファンを持つアーティストの一員だった。
「いやぁ、お疲れ様です」
細い目を益々細くしてスポーツドリンクを配る市丸に礼をいい受け取ると乾いた喉を潤す。
熱狂的な雰囲気に呑まれ気づかなかったが、体は限界に来ていて脱水症になりかけてるのか頭がくらくらした。
眩暈を堪えて常温の飲み物を飲む。
本当はキンキンに冷えた飲み物が欲しかったが、脱水症状が出かけてる場合は危険だと市丸に禁止されているので我慢した。
額を押さえぼうっと床を見ていると、いきなり視界が暗くなる。
何事かと慌てて顔を上げれば、強引に顔が拭われそれがタオルであると気がついた。
「大丈夫か、ルキア」
「・・・何とか。お前は、恋次?」
「俺は余裕。お前とは体力のつき方が違う」
「はっ・・・私も持久力はあるのは知ってるだろう?」
「ま、な。じゃなきゃ毎日ピアノの練習に取り組めないもんな」
「ああ。お前のヴァイオリンと同じでな」
こつり、と額を合わせた恋次は、くつくつと喉を震わせた。
黒のバンダナにタンクトップとジーパンという至ってシンプルなステージ衣装のままの彼の首には、ルキアと同じ銘柄のタオルが巻かれている。
そう言えばこのメーカーのCMをしてたな、と思い出し律儀に使用する彼に笑った。
CMに起用されていても、そのメーカーを使わない人間も居るのに、恋次は生真面目だ。
だがその見た目に反した生真面目さが恋次の長所だと知っているルキアは、それに対してどうこう言うつもりはなかった。
初めてのフランスでのコンサートは、現地のファンと日本のファンが入り混じってのもので、野太い歓声と黄色い悲鳴が凄まじかった。
脳にはアドレナリンが噴出し、普段からは考えられないくらいテンションが上がった。
コンサート中はいつもそうだが、初のフランス遠征でいつもより気分が昂揚してたらしい。
その分終わってからの疲労感は半端なく、腕一本動かすのすら億劫だ。
だがそれは自分だけではない。
「うわ、マジで、死にそう」
「・・・僕も。きっつ」
「・・・・・・」
「ルキアさん、俺にもドリンク下さい。その、飲みかけでいいですっ」
「お前は無駄に元気余らしてんじゃねぇよ、コン!」
椅子に体を預け天井に向けた顔の上に冷えたタオルを乗せた一角が呟けば、それを皮切りに他の面々からも声が上がった。
ドラムは一番体力を使うので、一角の筋肉は未だに血管がぴくぴく動いている。
彼の隣に居る弓親も、細身であるが鍛えているのに、今にも倒れそうな様子で、斜め前に座る一護にいたっては声すら出せない状態だった。
そして肩を上下させながらも自分を失わないらしいコンの軽口に、恋次がぱしりと頭を叩く。
それが頭に響いたのか、唸り声を上げてコンは蹲った。
コントみたいな遣り取りを笑って見ていた市丸は、スケジュール帳を開くと予定を確認し小首を傾げた。
「この後は一応打ち上げになってるんですけど、出れそうですか?」
「パスしたいが、無理だろ?」
「そうですねぇ。繋がりを作っておきたいから、出て欲しいとこですね」
一角の言葉に対し曖昧な言い方で市丸は返す。
すまなさそうな顔が演技かどうか見分けはつかないが、言ってることは納得できるので一つため息を吐くと身を起こした。
「どちらにせよ、私と恋次は出席は確定してるだろう?」
「そうですね。あなた方が居れば通訳の必要はありませんし助かります」
「言っとくが、もう今日は演奏しねぇぞ。俺もルキアも無理だ」
「判ってます。それに会場にピアノはありませんし、君のヴァイオリンも持ってきてないです。ちなみに同じホテルに部屋を取ってありますから、そのまま眠れますよ」
「マスコミは?」
「入れてないです。チェックも終わってます」
「ルキアさんは俺と相部屋?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ、このクソガキ。ルキアが君と相部屋なわけないでしょ。───ちゃんと部屋は人数分取ってあるの?」
「ええ。一応、警備員もつけてありますから、ファンも入れないようになってます」
「ああ、そりゃありがてぇな。いつぞやはファンに部屋まで押しかけられそうになって辟易した」
「一角さん、押し倒されそうになってましたもんね」
「うるせぇ!」
軽口まで叩ける程度に体が回復し、顔を見合わせて笑いあう。
昂揚していたテンションも先程よりは落ち着き、頭痛も治まってきた。
そうなると汗でべとつく体を早くなんとかしたくなり、回復を求めた体が食への欲求を募らせる。
重たい体を何とか起こせば、ルキアにつられ他の面々も懐いていた椅子から身を起こした。
「じゃ、そろそろ移動しましょうか。予め裏道は教えてもらってますし、そちらから出ましょう。SPの方も待ちくたびれているでしょうし」
「そうだね」
「あ、そうだ、ルキアさん、恋次君。車の中で学校のお話聞かせてくださいね。君達の学校、来月に文化祭があったでしょう」
何気ない市丸の発言に、ルキアと恋次は顔を見合わせる。
先週の頭にあった出来事を思い出し、二人して眉根を寄せれば訝しげに弓親が顔を覗きこんできた。
「厄介ごと?」
「・・・まぁ」
「ちょっとだけ」
流石に鋭い彼に、どうしたものかと困っていると、鮮やかに市丸が間に割り込んだ。
「まあまあ。積もる話は車の中で。さあ、行きましょう」
未だに何か言いたげにしている弓親の肩を一角が押せば、彼も渋々市丸に従った。
いつの間にか隣に来ていたコンが、ルキアの手を引き先導する。
繋がれた手に眉を跳ね上げた恋次が、チョップで二人の手を裂いた。
その所業に文句を言うコンの頭を一護が殴り、通路に騒々しい声が響く。
疲れ知らずな様子に、若いなあと苦笑すれば、君も十分に若いだろうと、即効で突っ込まれた。
更新内容
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