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目の前に聳え立つ───まさしくそんな形容が似合う───男の姿に、旬平は年甲斐もなく泣きたくなった。
平均身長はきっちりとある旬平よりも頭一つ分は優に高い男は、名前につく獣のように鋭い眼光を向けてくる。
己の運の無さを嘆きたいが、その隙も与えてくれない彼はなんと無慈悲であるか。
思えば今日は朝からツキが良すぎたのだ。
絶対遅刻だとチャイムと同時に教室に駆け込めば、担任は職員会議で遅れてきた。
課題のプリントをやり忘れた授業は自習になり、昼ごはんは購買限定の人気パン。
人生ってプラスマイナスゼロと言うけど、あれは本当なんだ。
真っ白になった頭のどこか冷静な部分で下らない思考が渦巻く。
どこぞのボクシング漫画の主人公のように真っ白な灰になり燃え尽きそうな心持ちで居る彼は、間違いなく今日最高の不幸に見舞われていた。
どうして今日に限ってHR終了と同時に走って部室に来てしまったのか。
どうして今日に限ってあの先輩二人組みはまだ来てないのか。
どうして鍵が閉まってるはずの部室に人がいるのか。
どうしてその相手が、よりにもよって桜井兄弟の、兄なのか。
回転の速い頭をフル稼働させているのに、どうすればいいのか全く判らない。
いっそ灰になってしまいたい。
そんな支離滅裂な考えで居ると、ついに目の前の巨体が動いた。
「おい」
「・・・ははははいぃっ!?」
声が裏返った。
ありえない返答だが気にする余地もなく背筋を伸ばし、指先までピンと張り体の横にびたりとつける。
もしかしたら寝起きなのだろうか。
低音が掠れ色っぽかった。
「テメェ、誰だ」
「一年の新名旬平です!」
答えたらやばいと思う心と裏腹に口は勝手に自己申告。
どうか覚えないで下さいと心から祈りつつ、平伏しそうな勢いで九十度にお辞儀する。
ここまでの最敬礼、今までの人生で早々したことがない。
先日、かの有名な桜井兄弟の幼馴染が冬姫であるのを発見したが、それは旬平にとって嬉しい事実ではなかった。
部室の掃除を手伝ってもらえても、気になる彼女にアタックを掛ける前の弊害として大きすぎる壁である。
そう言えばあの日弟の琉夏は部室の掃除をしていたので旬平の顔を覚えてるかもしれないが、兄の琥一はゴミ捨てへとさっさと踵を返していたので覚えていないのかもしれない。
それならそれで一生擦れ違いたかった。
零れ落ちそうになる涙を噛み殺し旬平はひっそりと息を吐き出した。
「お前、ここで何してる」
「お、俺は」
じとり、と低くなった声に折ったままの体から冷や汗が噴出す。
警戒心露な様子に突っ込みたい。
俺は柔道部員で、あんた部外者だろうと。
だが自分に正直な唇はぴったりとくっつき開く様子を見せない。
どれ位時間が経ったのだろうか。
不意に、空気が揺れ威圧感が霧散した。
何が起こったのかと首を上げると、先ほどまでの威嚇する獣さながら恐ろしい表情をしていた男は、眉を下げ決まり悪そうに首筋を掻いていた。
旬平からすると背後、男からすると正面を極力見ないようにしている姿に、背後に誰かいるのかと考え、直感でそれが誰か判った。
ぱぁ、と思考が明るくなる。
きらきらと目を輝かせ振り返れば、そこには想像通りの人物が居て。
今の旬平には勇者にも等しいその人は、細い腰に手を当ててむんと胸を張っていた。
「冬樹ちゃん!」
「───冬姫『ちゃん』?」
警告するように発せられた低い声。
けれど最早恐れぬに足らずだ。
脱兎の勢いで踵を返すと、冬姫の後ろに回りこみ少女をきゅっと抱きしめた。
正面に居る男を見ないために、瞼は閉じる。
ほうと深く息を吐き出せば、柔らかな掌が宥めるように頭に降って来て、深くにもじわりと目元が潤む。
だが泣かない、だって男の子だもん。
「琥一君。柔道部の部室で何してるの?」
「何って」
「さっき、大迫先生に聞いたんだけど、授業サボったんだってね。まさか、ここで時間を潰したとか言わないよね?」
「あー・・・」
先ほどまで虎か狼かというくらいに物騒な気配を放っていたはずの彼は、牙を抜かれた獣のようだ。
眉を下げ弱りきった様子で視線を彷徨わせている。
華奢でいかにも女の子な冬姫が巨漢で強面な桜井兄弟の兄を黙らせる様子は、冗談みたいな光景だ。
力関係が如実で、嘘みたいな本当だった。
「旬平君は柔道部の貴重な戦力なんだよ」
「・・・何だ。新入生、入部してたのか?」
「この間も居たじゃない。琉夏君と一緒に部室の掃除手伝ってくれたとき」
「あー・・・、そう、だっけか?」
「そうだよ。だから、変に怯えさせないで。───もう、琉夏君といい琥一君といい、ちょっと過保護だよ」
「お前が警戒心皆無なんだよ。俺らの隙を縫おうとする馬鹿どもは多いんだからな」
「そこが過保護なんだってば。私なんかに目を留める人は居ないってば」
「・・・・・・」
何かを言い返す代わりに、琥一は深く深く息を吐き出した。
眉間に刻まれた皺が彼の苦悩を物語っており、能天気な反応が彼女の自分を知らなさ具合を物語っていた。
重々しいそれに思わず同情する。
実際旬平が知る限りでも彼女目当てで部活に顔を出す男は、二桁は下らないのだから。
だが男たちの苦悶を気づこうともしない罪な少女は、鞄を漁ると出した紙の束を琥一へと差し出した。
眉を跳ね上げた男に向かい、にこりと微笑む。
「大迫先生からのプレゼントだよ。明日までに提出だって。出来なければ一週間補習。じゃなきゃ出席誤魔化してくれないってさ」
「げぇ、マジかよ。これ、何教科あるんだ?」
「主要三教科分。───今日、嵐くんの相手してくれるなら、手伝いに行ってあげてもいいよ」
「・・・夕食もつけろ」
「図々しくない?でも、いいか。じゃ、契約締結」
にこり、と微笑んだ冬姫は凄い。
あの桜井兄弟相手に怯むどころか優位に立っている。
頭の上に置かれた手に気持ち良さそうに目を細める姿は、飼い主に可愛がられる猫みたいで可愛らしい。
よく笑う冬姫だが、気の緩んだこの笑顔は初めてな気がした。
「あれ?二人とももう来てたのか。───ん?桜井琥一?」
「おう」
「今日は参加してくれるのか?」
「まぁな」
「助かる。───ああ、そうだ。正式な紹介はまだだったな。こいつは新名旬平。柔道部期待のホープだ」
「ああ、さっき聞いた」
「新名。こっちは桜井琥一。たまに練習に混じるけど仲良くしろ」
「・・・・・・誠心誠意努力します」
淡々と紹介する嵐を、やっぱり凄いと尊敬する。
彼もあの桜井兄弟の片割れを前に、少しも気負わず自然体だった。
そして何となく馴染んでいる様子の琥一にも驚きを隠せない。どうやら飛び入り参加は初めてではないらしい。
油断しているところで、ぎろり、と視線を向けられびっと体が固まる。
唇の端だけを持ち上げるにたりとしたニヒルな笑い方は、とてもよく似合ったが残念にも悪役そのものにしか見えなかった。
「宜しくな?」
聞くだけだと友好的なのに、何故か険が込められている気がして。
格好悪いと判りながらも、冬姫の後ろでふるりと体を震わせた。
平均身長はきっちりとある旬平よりも頭一つ分は優に高い男は、名前につく獣のように鋭い眼光を向けてくる。
己の運の無さを嘆きたいが、その隙も与えてくれない彼はなんと無慈悲であるか。
思えば今日は朝からツキが良すぎたのだ。
絶対遅刻だとチャイムと同時に教室に駆け込めば、担任は職員会議で遅れてきた。
課題のプリントをやり忘れた授業は自習になり、昼ごはんは購買限定の人気パン。
人生ってプラスマイナスゼロと言うけど、あれは本当なんだ。
真っ白になった頭のどこか冷静な部分で下らない思考が渦巻く。
どこぞのボクシング漫画の主人公のように真っ白な灰になり燃え尽きそうな心持ちで居る彼は、間違いなく今日最高の不幸に見舞われていた。
どうして今日に限ってHR終了と同時に走って部室に来てしまったのか。
どうして今日に限ってあの先輩二人組みはまだ来てないのか。
どうして鍵が閉まってるはずの部室に人がいるのか。
どうしてその相手が、よりにもよって桜井兄弟の、兄なのか。
回転の速い頭をフル稼働させているのに、どうすればいいのか全く判らない。
いっそ灰になってしまいたい。
そんな支離滅裂な考えで居ると、ついに目の前の巨体が動いた。
「おい」
「・・・ははははいぃっ!?」
声が裏返った。
ありえない返答だが気にする余地もなく背筋を伸ばし、指先までピンと張り体の横にびたりとつける。
もしかしたら寝起きなのだろうか。
低音が掠れ色っぽかった。
「テメェ、誰だ」
「一年の新名旬平です!」
答えたらやばいと思う心と裏腹に口は勝手に自己申告。
どうか覚えないで下さいと心から祈りつつ、平伏しそうな勢いで九十度にお辞儀する。
ここまでの最敬礼、今までの人生で早々したことがない。
先日、かの有名な桜井兄弟の幼馴染が冬姫であるのを発見したが、それは旬平にとって嬉しい事実ではなかった。
部室の掃除を手伝ってもらえても、気になる彼女にアタックを掛ける前の弊害として大きすぎる壁である。
そう言えばあの日弟の琉夏は部室の掃除をしていたので旬平の顔を覚えてるかもしれないが、兄の琥一はゴミ捨てへとさっさと踵を返していたので覚えていないのかもしれない。
それならそれで一生擦れ違いたかった。
零れ落ちそうになる涙を噛み殺し旬平はひっそりと息を吐き出した。
「お前、ここで何してる」
「お、俺は」
じとり、と低くなった声に折ったままの体から冷や汗が噴出す。
警戒心露な様子に突っ込みたい。
俺は柔道部員で、あんた部外者だろうと。
だが自分に正直な唇はぴったりとくっつき開く様子を見せない。
どれ位時間が経ったのだろうか。
不意に、空気が揺れ威圧感が霧散した。
何が起こったのかと首を上げると、先ほどまでの威嚇する獣さながら恐ろしい表情をしていた男は、眉を下げ決まり悪そうに首筋を掻いていた。
旬平からすると背後、男からすると正面を極力見ないようにしている姿に、背後に誰かいるのかと考え、直感でそれが誰か判った。
ぱぁ、と思考が明るくなる。
きらきらと目を輝かせ振り返れば、そこには想像通りの人物が居て。
今の旬平には勇者にも等しいその人は、細い腰に手を当ててむんと胸を張っていた。
「冬樹ちゃん!」
「───冬姫『ちゃん』?」
警告するように発せられた低い声。
けれど最早恐れぬに足らずだ。
脱兎の勢いで踵を返すと、冬姫の後ろに回りこみ少女をきゅっと抱きしめた。
正面に居る男を見ないために、瞼は閉じる。
ほうと深く息を吐き出せば、柔らかな掌が宥めるように頭に降って来て、深くにもじわりと目元が潤む。
だが泣かない、だって男の子だもん。
「琥一君。柔道部の部室で何してるの?」
「何って」
「さっき、大迫先生に聞いたんだけど、授業サボったんだってね。まさか、ここで時間を潰したとか言わないよね?」
「あー・・・」
先ほどまで虎か狼かというくらいに物騒な気配を放っていたはずの彼は、牙を抜かれた獣のようだ。
眉を下げ弱りきった様子で視線を彷徨わせている。
華奢でいかにも女の子な冬姫が巨漢で強面な桜井兄弟の兄を黙らせる様子は、冗談みたいな光景だ。
力関係が如実で、嘘みたいな本当だった。
「旬平君は柔道部の貴重な戦力なんだよ」
「・・・何だ。新入生、入部してたのか?」
「この間も居たじゃない。琉夏君と一緒に部室の掃除手伝ってくれたとき」
「あー・・・、そう、だっけか?」
「そうだよ。だから、変に怯えさせないで。───もう、琉夏君といい琥一君といい、ちょっと過保護だよ」
「お前が警戒心皆無なんだよ。俺らの隙を縫おうとする馬鹿どもは多いんだからな」
「そこが過保護なんだってば。私なんかに目を留める人は居ないってば」
「・・・・・・」
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眉間に刻まれた皺が彼の苦悩を物語っており、能天気な反応が彼女の自分を知らなさ具合を物語っていた。
重々しいそれに思わず同情する。
実際旬平が知る限りでも彼女目当てで部活に顔を出す男は、二桁は下らないのだから。
だが男たちの苦悶を気づこうともしない罪な少女は、鞄を漁ると出した紙の束を琥一へと差し出した。
眉を跳ね上げた男に向かい、にこりと微笑む。
「大迫先生からのプレゼントだよ。明日までに提出だって。出来なければ一週間補習。じゃなきゃ出席誤魔化してくれないってさ」
「げぇ、マジかよ。これ、何教科あるんだ?」
「主要三教科分。───今日、嵐くんの相手してくれるなら、手伝いに行ってあげてもいいよ」
「・・・夕食もつけろ」
「図々しくない?でも、いいか。じゃ、契約締結」
にこり、と微笑んだ冬姫は凄い。
あの桜井兄弟相手に怯むどころか優位に立っている。
頭の上に置かれた手に気持ち良さそうに目を細める姿は、飼い主に可愛がられる猫みたいで可愛らしい。
よく笑う冬姫だが、気の緩んだこの笑顔は初めてな気がした。
「あれ?二人とももう来てたのか。───ん?桜井琥一?」
「おう」
「今日は参加してくれるのか?」
「まぁな」
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「ああ、さっき聞いた」
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淡々と紹介する嵐を、やっぱり凄いと尊敬する。
彼もあの桜井兄弟の片割れを前に、少しも気負わず自然体だった。
そして何となく馴染んでいる様子の琥一にも驚きを隠せない。どうやら飛び入り参加は初めてではないらしい。
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唇の端だけを持ち上げるにたりとしたニヒルな笑い方は、とてもよく似合ったが残念にも悪役そのものにしか見えなかった。
「宜しくな?」
聞くだけだと友好的なのに、何故か険が込められている気がして。
格好悪いと判りながらも、冬姫の後ろでふるりと体を震わせた。
PR
>>原沙良葉様
初めまして、原様。
管理人をしております国高と申します。
未来捏造お題シリーズのヒバツナver.読んでくださってありがとうございますw
私のサイトのツナは総受け設定ですが、仰るとおり精神的な意味ではツナ攻めかもしれないです。
十年で彼には是非化けて欲しいです★
ていうか、嫌がおうにも化けざるを得ないですよね!絶対。
苦労に苦労を掛けられた結果、我がサイトのツナさんはちょっとやそっとではビクともしない猛者になりましたとも(笑)
幹部は彼のために存在しているので、その依存度はかなり高いです。
ツナのために守護者となり、それに誇りを持つ天候たち。
理想です。かなり夢が詰まってますw
なのでカリスマツナと、大好きと仰っていただけると凄く嬉しいですw
復活のコメントを頂いたのは久しぶりなので、テンションが凄く上がります。
次回更新も未来捏造お題シリーズの予定なので、頑張ります!
また是非遊びにいらして下さいw
Web拍手、ありがとうございました!!
初めまして、原様。
管理人をしております国高と申します。
未来捏造お題シリーズのヒバツナver.読んでくださってありがとうございますw
私のサイトのツナは総受け設定ですが、仰るとおり精神的な意味ではツナ攻めかもしれないです。
十年で彼には是非化けて欲しいです★
ていうか、嫌がおうにも化けざるを得ないですよね!絶対。
苦労に苦労を掛けられた結果、我がサイトのツナさんはちょっとやそっとではビクともしない猛者になりましたとも(笑)
幹部は彼のために存在しているので、その依存度はかなり高いです。
ツナのために守護者となり、それに誇りを持つ天候たち。
理想です。かなり夢が詰まってますw
なのでカリスマツナと、大好きと仰っていただけると凄く嬉しいですw
復活のコメントを頂いたのは久しぶりなので、テンションが凄く上がります。
次回更新も未来捏造お題シリーズの予定なので、頑張ります!
また是非遊びにいらして下さいw
Web拍手、ありがとうございました!!
張り出された紙を見て、知らず感嘆の息が零れる。
学年分全員の名前と点数が容赦なく張り出されたそれの、下から数えた方が早い位置に自分の名前はあり、対照的に幼馴染の名前は一番上にさんさんと輝いていた。
オール100点に近い点数を取った彼女の頭の中を一度覗いてみてみたい。
「凄いなぁ」
間抜けにも口を開けたまま呟いたら、だな、と控えめな同意が返る。
隣に並ぶ兄も、琉夏とほとんど変わらぬ位置に名前があって、毎回テストごとに上下が入れ替わったりするけれど、中の下なのは変わらない。
「てかよ、あいついつ勉強してんだ?」
「だよな。勉強してるの見たことない。授業で集中して全部頭に入れるタイプ?」
「いいえ。バンビはああ見えて予習復習を地道に続けるタイプよ」
割り込んだ声に視線を彷徨わせ、不意に気づいて顔を下に下げる。
普段よりも首を鋭角に曲げ、漸く視線が絡んだ。
「いつから居たの、みーちゃん」
「ちゃん付けは止めて。ついさっきよ」
不愉快そうに眉を顰めた少女は、冬姫よりも小柄で華奢だ。
肩を僅かに越す程度に伸ばされた髪がトレードマークのみよは、見かけよりも随分と肝が据わっていた。
少なくとも、桜井兄弟が揃っていても怯まずに声を掛けれる程度には、そこらに居る男よりも豪胆である。
ぎろり、と琉夏よりも頭一つ分以上高い場所から琥一がみよを見下ろす。
本人凄んでいる気はないのだろうが、顰められた顔は客観的に見て怖い。
だがそんな琥一の眼差しにも怯まずみよは口を開く。
「バイトに部活。あなたちとのデート。全部こなしても成績が下がらないのは努力してるからよ」
「ま、そうだろうな。冬姫は努力家だから」
「んなこた、俺も知ってる」
「単純に凄いな。時間があっても俺たちは勉強しようってならない。精々試験前に一夜漬けくらいだ。な、コウ」
「ああ。赤を取らなきゃ上々だ」
「そこがバンビとあなたたちの違い。バンビは向上心が強い。まるで、誰かに頼るのを厭うように、全部を自分でやりたがる。動きが止まれば呼吸できない回遊魚みたい」
「───・・・は」
表情を変えないみよの言葉に琉夏は目を丸くする。
確かに冬姫は何でも自分でこなそうとする自尊心の強い部分があるが、全く甘えないわけではない。
自分に何が出来るかを的確に考え判断し、琥一や琉夏に頼ることも多々ある。
けれど、よくよく考えると、冬姫は確かに回遊魚のように動き回っていた。
勉強も部活もバイトも手を抜かず、どちらかと言わなくとも頼りにされる側だった。
「バンビが何かあって最初に頼るのはあなたち兄弟よ。私やカレンや、他にも頼って欲しいと願う人間は幾らでもいるのに。無防備に甘えるのはあなたたちだけ」
無表情に見えたみよは、眉間に皺を刻むと唇を噛み締める。
それは酷く詰まらなそうにしてる子供とそっくりな仕草で、感情の機微がなさそうに見える彼女も、やはりただの女子高生なんだと感じさせた。
ちらり、と視線を琥一に向けると、そっぽを向いた彼は指先で首筋を掻いている。
よく見ると浅黒い肌が僅かに赤く染まっていて、琉夏は思わず苦笑してしまった。
「あなたたちはバンビの止まり木。世間の評価がどうだろうと彼女には関係ないわ。───忘れないで」
言いたいことだけ告げて背を向けたみよは、紛れもなく冬姫の親友だった。
彼女を想い理解する、一生に数人しか出来ない特別な友達。
それが嬉しくて、琉夏はくすくすと微笑んだ。
「俺たち、冬姫の止まり木だって」
「───ああ」
「それってさ、何かいいな。回遊魚のように動き回らないと気がすまない冬姫が、俺たちのとこだけで休むのって特別な感じ」
「事実、特別なんだろ」
ぽそり、と呟かれた琥一の声は何処か誇らしげで、うんと頷く。
学校内外で悪名高い桜井兄弟でも、頑張りすぎる彼女の止まり木になれる。
それは酷く特別な気がして、とてもとても嬉しかった。
学年分全員の名前と点数が容赦なく張り出されたそれの、下から数えた方が早い位置に自分の名前はあり、対照的に幼馴染の名前は一番上にさんさんと輝いていた。
オール100点に近い点数を取った彼女の頭の中を一度覗いてみてみたい。
「凄いなぁ」
間抜けにも口を開けたまま呟いたら、だな、と控えめな同意が返る。
隣に並ぶ兄も、琉夏とほとんど変わらぬ位置に名前があって、毎回テストごとに上下が入れ替わったりするけれど、中の下なのは変わらない。
「てかよ、あいついつ勉強してんだ?」
「だよな。勉強してるの見たことない。授業で集中して全部頭に入れるタイプ?」
「いいえ。バンビはああ見えて予習復習を地道に続けるタイプよ」
割り込んだ声に視線を彷徨わせ、不意に気づいて顔を下に下げる。
普段よりも首を鋭角に曲げ、漸く視線が絡んだ。
「いつから居たの、みーちゃん」
「ちゃん付けは止めて。ついさっきよ」
不愉快そうに眉を顰めた少女は、冬姫よりも小柄で華奢だ。
肩を僅かに越す程度に伸ばされた髪がトレードマークのみよは、見かけよりも随分と肝が据わっていた。
少なくとも、桜井兄弟が揃っていても怯まずに声を掛けれる程度には、そこらに居る男よりも豪胆である。
ぎろり、と琉夏よりも頭一つ分以上高い場所から琥一がみよを見下ろす。
本人凄んでいる気はないのだろうが、顰められた顔は客観的に見て怖い。
だがそんな琥一の眼差しにも怯まずみよは口を開く。
「バイトに部活。あなたちとのデート。全部こなしても成績が下がらないのは努力してるからよ」
「ま、そうだろうな。冬姫は努力家だから」
「んなこた、俺も知ってる」
「単純に凄いな。時間があっても俺たちは勉強しようってならない。精々試験前に一夜漬けくらいだ。な、コウ」
「ああ。赤を取らなきゃ上々だ」
「そこがバンビとあなたたちの違い。バンビは向上心が強い。まるで、誰かに頼るのを厭うように、全部を自分でやりたがる。動きが止まれば呼吸できない回遊魚みたい」
「───・・・は」
表情を変えないみよの言葉に琉夏は目を丸くする。
確かに冬姫は何でも自分でこなそうとする自尊心の強い部分があるが、全く甘えないわけではない。
自分に何が出来るかを的確に考え判断し、琥一や琉夏に頼ることも多々ある。
けれど、よくよく考えると、冬姫は確かに回遊魚のように動き回っていた。
勉強も部活もバイトも手を抜かず、どちらかと言わなくとも頼りにされる側だった。
「バンビが何かあって最初に頼るのはあなたち兄弟よ。私やカレンや、他にも頼って欲しいと願う人間は幾らでもいるのに。無防備に甘えるのはあなたたちだけ」
無表情に見えたみよは、眉間に皺を刻むと唇を噛み締める。
それは酷く詰まらなそうにしてる子供とそっくりな仕草で、感情の機微がなさそうに見える彼女も、やはりただの女子高生なんだと感じさせた。
ちらり、と視線を琥一に向けると、そっぽを向いた彼は指先で首筋を掻いている。
よく見ると浅黒い肌が僅かに赤く染まっていて、琉夏は思わず苦笑してしまった。
「あなたたちはバンビの止まり木。世間の評価がどうだろうと彼女には関係ないわ。───忘れないで」
言いたいことだけ告げて背を向けたみよは、紛れもなく冬姫の親友だった。
彼女を想い理解する、一生に数人しか出来ない特別な友達。
それが嬉しくて、琉夏はくすくすと微笑んだ。
「俺たち、冬姫の止まり木だって」
「───ああ」
「それってさ、何かいいな。回遊魚のように動き回らないと気がすまない冬姫が、俺たちのとこだけで休むのって特別な感じ」
「事実、特別なんだろ」
ぽそり、と呟かれた琥一の声は何処か誇らしげで、うんと頷く。
学校内外で悪名高い桜井兄弟でも、頑張りすぎる彼女の止まり木になれる。
それは酷く特別な気がして、とてもとても嬉しかった。
大きな瞳はキラキラ光る。
ふくふくの白い頬は淡く染まり、唇が柔らかく弧を描いたのを見て、自然と譲も笑顔になった。
「おばあちゃん、おいしい!」
彼の祖母、菫の作る蜂蜜プリン。
それはどんな時でも望美に笑顔を与える魔法だと、譲は早くから知っていた。
だから望美が悲しそうなとき、怒ってるとき、拗ねてるとき、些細な変化を見つけると譲はいつでも祖母に頼む。
どんなに涙で目を赤くしても、口に含んだ瞬間ほわりと表情が緩み、嬉しげに笑う望美の顔が見れるから。
だから譲はある日こっそりお願いしたのだ。
望美には只管甘いけれど、本当の孫である将臣と譲に少しばかり厳しい部分のある、大好きな祖母に。
「ねえ、おばあちゃん。ぼくにもはちみつぷりんのまほう、おしえて!」
すると、笑顔で祖母は了承し、譲は嬉しくて飛び跳ねた。
それから毎日毎日練習し、ある日ついに祖母から美味しいの一言をもらえた譲は。
「のんちゃん!ぷりん、できたよ!」
「はーい」
最終奥義として、兄と遊んでいる最中の望美を振り向かせる魔法を手に入れた。
けれども望美を取り上げても不貞腐れるどころか、一緒に嬉しげにプリンを食べに来る彼には、譲の幼いながらも精一杯の抵抗は少しも伝わっていないらしい。
どうやったら最大のライバルである将臣から完璧に望美を奪えるか。
幼い策士は今日も頭を悩ませている。
ふくふくの白い頬は淡く染まり、唇が柔らかく弧を描いたのを見て、自然と譲も笑顔になった。
「おばあちゃん、おいしい!」
彼の祖母、菫の作る蜂蜜プリン。
それはどんな時でも望美に笑顔を与える魔法だと、譲は早くから知っていた。
だから望美が悲しそうなとき、怒ってるとき、拗ねてるとき、些細な変化を見つけると譲はいつでも祖母に頼む。
どんなに涙で目を赤くしても、口に含んだ瞬間ほわりと表情が緩み、嬉しげに笑う望美の顔が見れるから。
だから譲はある日こっそりお願いしたのだ。
望美には只管甘いけれど、本当の孫である将臣と譲に少しばかり厳しい部分のある、大好きな祖母に。
「ねえ、おばあちゃん。ぼくにもはちみつぷりんのまほう、おしえて!」
すると、笑顔で祖母は了承し、譲は嬉しくて飛び跳ねた。
それから毎日毎日練習し、ある日ついに祖母から美味しいの一言をもらえた譲は。
「のんちゃん!ぷりん、できたよ!」
「はーい」
最終奥義として、兄と遊んでいる最中の望美を振り向かせる魔法を手に入れた。
けれども望美を取り上げても不貞腐れるどころか、一緒に嬉しげにプリンを食べに来る彼には、譲の幼いながらも精一杯の抵抗は少しも伝わっていないらしい。
どうやったら最大のライバルである将臣から完璧に望美を奪えるか。
幼い策士は今日も頭を悩ませている。
*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
船は帆に風を受けて順風満帆に進んでいく。
ブルックが以前乗っていたそれに比べれば随分と小さいそれは、けれど意外性を驚くほど秘め、彼が知るどの船よりも魅力的なものだった。
快適に保たれた空間は、なにも船大工だけの力ではない。
花壇に咲く花は常にロビンが面倒を見ていたし、芝を刈るのは男のクルーの重要な仕事。船の上にある蜜柑はナミが大事に大事に育てているし、生簀の魚は常に皆で釣りをして補充している。コックが大事に扱うキッチンは常に清潔に保たれ、部屋は交代で掃除しているのでいつでも綺麗に整っていた。
そしてその船に乗る人間こそが、ブルックにとって居心地のいい空間を作り出す最大のスパイス。何があっても明るく陽気、そして途方もなく強固な絆を持ち互いを尊重しあう仲間は幸福の源。
暗く深い霧の中を彷徨った五十年。ブルックは死ぬ瞬間までその時を忘れることは無いだろう。
仲間は全員死に絶えた船の上。せめて彼らの歌声を、最後に残る仲間に残そうと一人生きた永い時間。
寂しかった。哀しかった。辛かった。いつだって死にたいと思っていた。
奇跡を信じるには独りで過ごす時は長すぎて、いつだって寂寥の中を彷徨っていた。
死に絶えた仲間の骸を抱き、夢を見ては絶望し、絶望しては夢を見て。
涙が流せぬ瞳の奥で、幾度涙を零しただろう。
縋る縁は過去の記憶。船員と過ごした楽しい日々と、仲間との約束唯一つ。
幾度も死のうとしたブルックを繋ぎ止めたのは、頭の中に隠した音貝の存在だった。
それを彼に聞かせるまで、全ての真実を話すまではと、微かな希望に縋りつき過ごした五十年は惨めだった。
見上げる空はあの頃と違い雲ひとつ無い星空で、その奇跡に深く深く感謝する。
常に船の何処彼処から聞こえる騒がしい声。寝静まってすら聞こえる鼾に、幸福だと思わぬ瞬間は無い。
死んで骨だけ、涙も流せぬ。
そんな骸骨のブルックを、自然体で受け止めてくれる仲間が今ここに居る。
「───ルフィさん」
「んあ?」
見張り台まで上ったブルックは、そこに居る人に声をかける。
普段なら寝ぼけ眼の彼は、ぱっちりと黒目を開きブルックを映した。
出会った頃よりスマートになった顎のライン。体つきも逞しくなり、少年らしい線の細さの変わりに、頼りがいある痩躯が形作られた。
ブルックの知る誰よりも海賊王に近い位置に居る彼は、ブルックが知る誰よりもいい男だった。見た目だけではなく、その中身が。
この船で一番星に近い場所に居た彼は、ブルックの存在を認めるとどうしたんだ、と昔から変わらぬ笑顔で問いかける。太陽みたいな明るく眩しいそれは、ブルックが一番大好きなもので大事だと思っていた。
ひょいと身軽な体を活かし見張り台に上がると、少し狭くなった場所に文句を言うでもなくルフィは身を寄せる。
僅かに出来た場所に身を押し込むと、男二人にはその場所はやはり狭く、真正面に向き合って小さく笑いあった。
「いえね、興奮で目が覚めてしまったんですよ」
「お前も?」
「ええ。───世界の最果ての島。そこに辿り着くのは昔の私の夢の一部でしたから」
「一部なのか?」
「そうです。その当時は最果ての島にあるワンピースを探す海賊は居ませんでした。それは私が没した後の伝説です。私達の時代は、ただ、世界一周を夢見た海賊達が船を駆る。そんな時代だったのですよ」
「ふーん・・・。誰よりも早く世界一周を成し遂げる。それって、すげえな!」
「ええ。私も憧れました。結局、志半ばで仲間を失い、私一人で漂流してたんですけどね。ヨホホホホ~」
笑い声が空にと消える。
誰かと会話する日が来るなど、あの日まで思っていなかった。
フランキーに言われるまでもなく、自分の存在がどんなものか自覚していたからだ。
誰もが怯え、惑い、恐怖する異端の存在。運良く影が取り戻せ航海に戻れたとしても、独りきりで渡るにはこの海は広すぎて、仲間を作るにはブルックが異質すぎた。爪弾きものになるのは想像できたし、覚悟もついた上で生きていた。
だから、ありえない奇跡だと、今でもそう思ってる。
ルフィとの出会いは運命の悪戯で、神でも悪魔でも誰でもなく、彼に感謝したい奇跡だった。
「私ね、本当は諦めかけていたのかもしれません」
「何をだ?」
「彼らの歌を、ラブーンに届ける夢をです」
ブルックの言葉にルフィは目を瞬く。
その表情は覚えている限り変わりなく、瞬く間に過ぎた年月を思い少し微笑む。きっとどれだけ時間が流れても彼は彼のままだろう。それが嬉しく幸せだった。
「私は異端の存在です。死んで骨だけ。アフロの骸骨。悪魔の実は奇跡を起こしたけれど、それは本当に呪いに近い。だってそうでしょう?独りで船を操り渡れるほどあの海は甘くない。運良く人が見つかっても私を仲間にする人間がいるとは思えない。取られた影は自分より強い相手に憑依したし、それ以前にログポースすらあの船にはないのですから。あのまま影を取り戻し、運良く出向できたとしてもきっとすぐに遭難してたでしょうねぇ」
「・・・そうかもしれねえな」
「ええ、ええ、そうでしょう。そして無謀な旅路だと誰よりも私は理解していた。仲間の骸と漂流した期間はね、考える時間だけは無駄にあったんです。幾度も幾度も想像するのに、私は一度としてラブーンと会えた奇跡を考えたことはなかったように思います。その癖彼との約束にしがみ付いた。・・・意味が、欲しかったのでしょう。仲間達が生きた意味が、そして私自身が生きる意味が」
ぽつり、ぽつりと語って聞かせる。
見上げる空が美しすぎるのがいけない。人の心を感傷的にさせ、昔話を思い出させる。
温い風が頬を撫でるとそのまま彼方へ過ぎ去った。潮騒の音は心地よく響き、慣れた震動に身を任せる。進む海域は波が穏やかで心地よいゆりかごのようだった。
閉じる瞼を持たないブルックは、心の瞼を静かに閉じる。
そうするといつだって仲間達の笑顔を思い出せた。誰一人残らず、今となっては懐かしい彼らの笑顔を。
視線を空から戻すと、静かな光を湛える黒目に移す。黙り込んだ船長は渋い顔をしていて、話をしすぎたかもしれないと漸く悟った。
過去最果ての島まで到達したのは伝説の海賊王、ただ一人。世界一周を夢見た男たちを差し置いて、それを成し遂げた彼の偉業にルフィは続く。夢見たワンピースを手にして、誰よりも自由で強い海賊王となる。
その偉業の前にする話ではなかったか、と僅かに苦笑すると、ルフィはむすっとした表情で唇を開いた。
「お前、何馬鹿なこと言ってんだ」
「え?」
「お前はおれたちが居なくても、お前の夢を果たしたに決まってんだろうが。もしおれたちが居なくても、おまえは影を取り戻したし、何があってもラブーンに会いに行ったはずだ。お前の持ってる信念は、夢は、そんなあっさりと無理でしたでしょうと語れるようなもんじゃねえだろ」
「・・・・・・」
「そのお前が、諦めかけてた訳がねぇ。馬鹿なことを言うな」
怒りできらきらと光るルフィの目を見て、彼の怒りの理由に気づいた。ルフィは、自身の夢を貶めたブルックに憤っている。自身の信念を甘く見ているブルックに対して怒っているのだ。
肺も気管も声帯も声道も存在しないのに、確かにそのどれかに空気が使えなくなった喉がぐうと鳴る。それは嗚咽に近い声で、涙を堪えて漏らすそれに至極近い音だった。
それでも涙を流せないブルックは、代わりに満面の笑みを敷くと何処からともなくヴァイオリンを取り出す。
「ヨホホホホ~。こりゃまた、すみません!馬鹿なことを言いました」
「全くだ。おれは憤慨したぞ」
「おや、ルフィさん。随分難しい言葉をご存知ですね」
「この間ロビンに習ったんだ。すげぇだろ」
「ええ、素晴らしいです」
狭い場所で器用にバイオリンの音を調整した彼は、尊敬し敬愛する船長に向かい一曲如何ですと問いかけた。
すると先ほどの怒りは忘れたらしいルフィは、笑顔でリクエストをかける。曲は彼のお気に入り、『ビンクスの酒』だ。
その旋律を奏でながら、ブルックは涙を零せない目をありがたく思った。そうでなければ今頃目が融けてなくなってしまうのではないかと思うほどに涙を零していたに違いない。それくらいルフィの言葉に感動し、感謝した。
いつもと違い陽気な雰囲気ではなく、しっとりとした曲調にアレンジしたそれは、夜空に吸い込まれるように音を響かす。
賑やかしいのを好む船長は、ブルックのアレンジに文句も言わず心地良さそうに瞼を閉じた。無防備な様子はそのまま信頼を表し、小さな事にまた感謝する。
「ねぇ、ルフィさん」
「ん?」
「私、あなたに会えてよかった」
ヴァイオリンの音色に紛れる小さな声。囁きは届かなくとも構わなかったのに、それをしっかりと聞き遂げたらしい彼は、にいっと楽しげに笑った。
「おれもだ。お前に会えて良かった。考えても見ろよ。アフロで骸骨でヨホホの音楽家なんて、世界中探してもおれの船にしか乗ってないぞ。お前みたいな最高の音楽家、世界に一人だけだ」
ししししっと子供みたいな顔で笑ったルフィに、ブルックの旋律が少しだけぶれた。
慌てて曲調を立て直すと、何も無かったように無言で続ける。
だがその胸中は複雑で、やはり泣ければよかったのにと思わずに居られない。
涙を流せれば、この複雑な感情も少しは流せたかも知れないのに。
ヴァイオリンを奏でる音楽家は、やっぱり笑うと掠れた声で囁いた。
「私も、あなたに会えてよかったです」
そっか、と呟き笑う彼は、ブルックの言葉に秘められた万端の想いなど気付くまい。彼は誰かを喜ばせるために何かを言うのではなく、自分が言いたいから何かを言うのだ。
ブルックが喜ぶのはブルックの事情であり、彼は全く関心を寄せない。その影響力は、海軍大将の攻撃よりも大きいと言うのに。
自身を異端だと認める骸骨に向かって、お前は最高だと彼は嬉しげに笑う。その事実こそ、ブルックには最高だった。
「ワンピースを見つけたらさ。そのまま一番に、ラブーンに会いに行こうな。おれとお前の約束を果たすんだ」
それが当たり前だと言ってくれる彼にこそブルックは救われる。
死んで骨だけ。仲間は全滅。一人で彷徨った五十年は生きた地獄でしかなかったけれど、それを補う幸せを今確かに受けている。
面倒ばかりでトラブルと喧騒に事欠かない日々だが、それを何より慈しんでいる。
賑やかな仲間の居る船で、音楽家として働く彼は、ヨホホホと声を響かせた。
優しい眠り歌が船を包んだ数日後に、ルフィは彼の夢を果たした。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
船は帆に風を受けて順風満帆に進んでいく。
ブルックが以前乗っていたそれに比べれば随分と小さいそれは、けれど意外性を驚くほど秘め、彼が知るどの船よりも魅力的なものだった。
快適に保たれた空間は、なにも船大工だけの力ではない。
花壇に咲く花は常にロビンが面倒を見ていたし、芝を刈るのは男のクルーの重要な仕事。船の上にある蜜柑はナミが大事に大事に育てているし、生簀の魚は常に皆で釣りをして補充している。コックが大事に扱うキッチンは常に清潔に保たれ、部屋は交代で掃除しているのでいつでも綺麗に整っていた。
そしてその船に乗る人間こそが、ブルックにとって居心地のいい空間を作り出す最大のスパイス。何があっても明るく陽気、そして途方もなく強固な絆を持ち互いを尊重しあう仲間は幸福の源。
暗く深い霧の中を彷徨った五十年。ブルックは死ぬ瞬間までその時を忘れることは無いだろう。
仲間は全員死に絶えた船の上。せめて彼らの歌声を、最後に残る仲間に残そうと一人生きた永い時間。
寂しかった。哀しかった。辛かった。いつだって死にたいと思っていた。
奇跡を信じるには独りで過ごす時は長すぎて、いつだって寂寥の中を彷徨っていた。
死に絶えた仲間の骸を抱き、夢を見ては絶望し、絶望しては夢を見て。
涙が流せぬ瞳の奥で、幾度涙を零しただろう。
縋る縁は過去の記憶。船員と過ごした楽しい日々と、仲間との約束唯一つ。
幾度も死のうとしたブルックを繋ぎ止めたのは、頭の中に隠した音貝の存在だった。
それを彼に聞かせるまで、全ての真実を話すまではと、微かな希望に縋りつき過ごした五十年は惨めだった。
見上げる空はあの頃と違い雲ひとつ無い星空で、その奇跡に深く深く感謝する。
常に船の何処彼処から聞こえる騒がしい声。寝静まってすら聞こえる鼾に、幸福だと思わぬ瞬間は無い。
死んで骨だけ、涙も流せぬ。
そんな骸骨のブルックを、自然体で受け止めてくれる仲間が今ここに居る。
「───ルフィさん」
「んあ?」
見張り台まで上ったブルックは、そこに居る人に声をかける。
普段なら寝ぼけ眼の彼は、ぱっちりと黒目を開きブルックを映した。
出会った頃よりスマートになった顎のライン。体つきも逞しくなり、少年らしい線の細さの変わりに、頼りがいある痩躯が形作られた。
ブルックの知る誰よりも海賊王に近い位置に居る彼は、ブルックが知る誰よりもいい男だった。見た目だけではなく、その中身が。
この船で一番星に近い場所に居た彼は、ブルックの存在を認めるとどうしたんだ、と昔から変わらぬ笑顔で問いかける。太陽みたいな明るく眩しいそれは、ブルックが一番大好きなもので大事だと思っていた。
ひょいと身軽な体を活かし見張り台に上がると、少し狭くなった場所に文句を言うでもなくルフィは身を寄せる。
僅かに出来た場所に身を押し込むと、男二人にはその場所はやはり狭く、真正面に向き合って小さく笑いあった。
「いえね、興奮で目が覚めてしまったんですよ」
「お前も?」
「ええ。───世界の最果ての島。そこに辿り着くのは昔の私の夢の一部でしたから」
「一部なのか?」
「そうです。その当時は最果ての島にあるワンピースを探す海賊は居ませんでした。それは私が没した後の伝説です。私達の時代は、ただ、世界一周を夢見た海賊達が船を駆る。そんな時代だったのですよ」
「ふーん・・・。誰よりも早く世界一周を成し遂げる。それって、すげえな!」
「ええ。私も憧れました。結局、志半ばで仲間を失い、私一人で漂流してたんですけどね。ヨホホホホ~」
笑い声が空にと消える。
誰かと会話する日が来るなど、あの日まで思っていなかった。
フランキーに言われるまでもなく、自分の存在がどんなものか自覚していたからだ。
誰もが怯え、惑い、恐怖する異端の存在。運良く影が取り戻せ航海に戻れたとしても、独りきりで渡るにはこの海は広すぎて、仲間を作るにはブルックが異質すぎた。爪弾きものになるのは想像できたし、覚悟もついた上で生きていた。
だから、ありえない奇跡だと、今でもそう思ってる。
ルフィとの出会いは運命の悪戯で、神でも悪魔でも誰でもなく、彼に感謝したい奇跡だった。
「私ね、本当は諦めかけていたのかもしれません」
「何をだ?」
「彼らの歌を、ラブーンに届ける夢をです」
ブルックの言葉にルフィは目を瞬く。
その表情は覚えている限り変わりなく、瞬く間に過ぎた年月を思い少し微笑む。きっとどれだけ時間が流れても彼は彼のままだろう。それが嬉しく幸せだった。
「私は異端の存在です。死んで骨だけ。アフロの骸骨。悪魔の実は奇跡を起こしたけれど、それは本当に呪いに近い。だってそうでしょう?独りで船を操り渡れるほどあの海は甘くない。運良く人が見つかっても私を仲間にする人間がいるとは思えない。取られた影は自分より強い相手に憑依したし、それ以前にログポースすらあの船にはないのですから。あのまま影を取り戻し、運良く出向できたとしてもきっとすぐに遭難してたでしょうねぇ」
「・・・そうかもしれねえな」
「ええ、ええ、そうでしょう。そして無謀な旅路だと誰よりも私は理解していた。仲間の骸と漂流した期間はね、考える時間だけは無駄にあったんです。幾度も幾度も想像するのに、私は一度としてラブーンと会えた奇跡を考えたことはなかったように思います。その癖彼との約束にしがみ付いた。・・・意味が、欲しかったのでしょう。仲間達が生きた意味が、そして私自身が生きる意味が」
ぽつり、ぽつりと語って聞かせる。
見上げる空が美しすぎるのがいけない。人の心を感傷的にさせ、昔話を思い出させる。
温い風が頬を撫でるとそのまま彼方へ過ぎ去った。潮騒の音は心地よく響き、慣れた震動に身を任せる。進む海域は波が穏やかで心地よいゆりかごのようだった。
閉じる瞼を持たないブルックは、心の瞼を静かに閉じる。
そうするといつだって仲間達の笑顔を思い出せた。誰一人残らず、今となっては懐かしい彼らの笑顔を。
視線を空から戻すと、静かな光を湛える黒目に移す。黙り込んだ船長は渋い顔をしていて、話をしすぎたかもしれないと漸く悟った。
過去最果ての島まで到達したのは伝説の海賊王、ただ一人。世界一周を夢見た男たちを差し置いて、それを成し遂げた彼の偉業にルフィは続く。夢見たワンピースを手にして、誰よりも自由で強い海賊王となる。
その偉業の前にする話ではなかったか、と僅かに苦笑すると、ルフィはむすっとした表情で唇を開いた。
「お前、何馬鹿なこと言ってんだ」
「え?」
「お前はおれたちが居なくても、お前の夢を果たしたに決まってんだろうが。もしおれたちが居なくても、おまえは影を取り戻したし、何があってもラブーンに会いに行ったはずだ。お前の持ってる信念は、夢は、そんなあっさりと無理でしたでしょうと語れるようなもんじゃねえだろ」
「・・・・・・」
「そのお前が、諦めかけてた訳がねぇ。馬鹿なことを言うな」
怒りできらきらと光るルフィの目を見て、彼の怒りの理由に気づいた。ルフィは、自身の夢を貶めたブルックに憤っている。自身の信念を甘く見ているブルックに対して怒っているのだ。
肺も気管も声帯も声道も存在しないのに、確かにそのどれかに空気が使えなくなった喉がぐうと鳴る。それは嗚咽に近い声で、涙を堪えて漏らすそれに至極近い音だった。
それでも涙を流せないブルックは、代わりに満面の笑みを敷くと何処からともなくヴァイオリンを取り出す。
「ヨホホホホ~。こりゃまた、すみません!馬鹿なことを言いました」
「全くだ。おれは憤慨したぞ」
「おや、ルフィさん。随分難しい言葉をご存知ですね」
「この間ロビンに習ったんだ。すげぇだろ」
「ええ、素晴らしいです」
狭い場所で器用にバイオリンの音を調整した彼は、尊敬し敬愛する船長に向かい一曲如何ですと問いかけた。
すると先ほどの怒りは忘れたらしいルフィは、笑顔でリクエストをかける。曲は彼のお気に入り、『ビンクスの酒』だ。
その旋律を奏でながら、ブルックは涙を零せない目をありがたく思った。そうでなければ今頃目が融けてなくなってしまうのではないかと思うほどに涙を零していたに違いない。それくらいルフィの言葉に感動し、感謝した。
いつもと違い陽気な雰囲気ではなく、しっとりとした曲調にアレンジしたそれは、夜空に吸い込まれるように音を響かす。
賑やかしいのを好む船長は、ブルックのアレンジに文句も言わず心地良さそうに瞼を閉じた。無防備な様子はそのまま信頼を表し、小さな事にまた感謝する。
「ねぇ、ルフィさん」
「ん?」
「私、あなたに会えてよかった」
ヴァイオリンの音色に紛れる小さな声。囁きは届かなくとも構わなかったのに、それをしっかりと聞き遂げたらしい彼は、にいっと楽しげに笑った。
「おれもだ。お前に会えて良かった。考えても見ろよ。アフロで骸骨でヨホホの音楽家なんて、世界中探してもおれの船にしか乗ってないぞ。お前みたいな最高の音楽家、世界に一人だけだ」
ししししっと子供みたいな顔で笑ったルフィに、ブルックの旋律が少しだけぶれた。
慌てて曲調を立て直すと、何も無かったように無言で続ける。
だがその胸中は複雑で、やはり泣ければよかったのにと思わずに居られない。
涙を流せれば、この複雑な感情も少しは流せたかも知れないのに。
ヴァイオリンを奏でる音楽家は、やっぱり笑うと掠れた声で囁いた。
「私も、あなたに会えてよかったです」
そっか、と呟き笑う彼は、ブルックの言葉に秘められた万端の想いなど気付くまい。彼は誰かを喜ばせるために何かを言うのではなく、自分が言いたいから何かを言うのだ。
ブルックが喜ぶのはブルックの事情であり、彼は全く関心を寄せない。その影響力は、海軍大将の攻撃よりも大きいと言うのに。
自身を異端だと認める骸骨に向かって、お前は最高だと彼は嬉しげに笑う。その事実こそ、ブルックには最高だった。
「ワンピースを見つけたらさ。そのまま一番に、ラブーンに会いに行こうな。おれとお前の約束を果たすんだ」
それが当たり前だと言ってくれる彼にこそブルックは救われる。
死んで骨だけ。仲間は全滅。一人で彷徨った五十年は生きた地獄でしかなかったけれど、それを補う幸せを今確かに受けている。
面倒ばかりでトラブルと喧騒に事欠かない日々だが、それを何より慈しんでいる。
賑やかな仲間の居る船で、音楽家として働く彼は、ヨホホホと声を響かせた。
優しい眠り歌が船を包んだ数日後に、ルフィは彼の夢を果たした。
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