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真っ直ぐな望美の質問を笑顔で受け止めた少女は、微かに首を傾ける。
無邪気であどけない仕草であるのに不思議と色気が漂い、同性でありながら見惚れてしまった。
格好は以前と同じメイド服。もしかしたら仕事の休憩時間に抜けてくれたのかもしれないと今更ながらに気がつく。
優雅な仕草でカップを手に取り一口お茶を飲むと、ゆっくりと息を吐き出した。


「・・・私は『鬼』の船の在り処など知りません」
「───隠し通しても意味はないよ。あなたが黙秘を通すなら、あなたの主である橘卿に問いただすだけ」
「友雅さんは何も知りませんよ」
「何も知らない?」
「ええ。何も聞かず、何も調べない。それが私があの人の傍に居る条件ですから」


ふわり、と微笑みを浮かべたあかねは新緑のような瞳を伏せる。
眉を下げて笑う姿は今にも泣き出しそうで、それでも気丈に顔を上げた。


「望美様が何処まで私を調べたのか存知かねますが、私を調べても無意味です。だって」


一拍置いて、声を震わせながら吐き出す息と共に、漸く言葉を告げた。


「───その昔、『紫の姫』と呼ばれる姫が極東の島に住んでいました」
「あかねさん?」
「ほんの『御伽噺』です。興味はありませんか?」


真っ直ぐに射抜く視線は強く、こくりと喉を鳴らす。
彼女が何故『御伽噺』をはじめようとしたかは理解できないが、それが譲歩だと敏感に悟った。


「いいえ。聞きたい」


瞳を見返し頷けば、柔らかく微笑んだ彼女は瞬き一つで態度を一変させた。


「今はもう昔のこと。東の国に『紫の姫』と呼ばれる少女がおりました。生まれながらに島を守る龍に神子として選ばれた少女は、社と呼ばれる住まいから毎日外を眺めて暮らしました。少女は神に愛された存在。島の住民には、少女も神に等しかったのです」


遠くを見るように瞳を細めて、揺れるカップの中心を見詰めるあかねは微笑みを絶やさない。


「少女には幼馴染が二人いました。部屋から出ることの叶わない少女の世界は、窓から眺める景色と彼らの話から想像する光景だけ。歴代で最高の力を持つと言われた『紫の姫』。彼女の毎日は島の住民の幸せを祈る、ただそれだけ。毎日毎日それを繰り返し十四年経ったとき、少女の日常に異変が起こりました」


一拍間を置くと、こくりとまた一口お茶を飲み込む。
カップに注がれた茶の表面が波立っていて、あかねが震えているのに気がついたが、止めようとしたら視線で制された。
深呼吸を繰り返して、また語りを始める。


「『鬼』と呼ばれる者たちの襲来です」
「・・・『鬼』の襲来!?でも、『鬼』が住む海域は東ではなくてこっちでしょう?」
「さあ、詳しいことは私も知りません。唯一つ言えるのは、『鬼』が一時期でも極東の島に住み、住民に迫害されて海へと逃げ延びたという真実だけ。歴史の闇に隠された話です。その見た目と異形の力ゆえに彼らはどの地でも迫害された伝承が残っています。勿論、望美様が住むこの国でも。───しかしながら歴史を語るのは勝者のみ。視点が変われば内容も変わります。『鬼』にとっては迫害でも、こちらの人間にとっては成敗。歴史とは、そんなものです」


淡々としたあかねの発言に感情は混じらない。
それだけに心に響く何かがあり、望美はきゅっと眉根を寄せる。
難しい顔をした望美にあかねは少しだけ口角を上げた。


「あまり深く考えないで下さいな。単なる『御伽噺』ですもの。そこからの話しは早いです。『紫の姫』は歴代で最高の力を持っていた。しかし同時に力を活かしきれぬ弱点も抱えていた」
「弱点?」
「ええ。通常神子が天元する場合、龍より授かりし玉が守護者を選びます。『八葉』と呼ばれる彼らの内、『紫の姫』の元にいたのはただ二人。力を活かしきれぬ神子は龍の力に縋ろうとしましたが、それも許されませんでした」
「何故?」
「『鬼』に幼馴染と、そして住民の命を盾に取られたからです。抵抗できぬ住民に対し、『鬼』達はもっとも効果的な罰を与えました。何か判りますか?」
「・・・まさか」
「そう、そのまさかです。『鬼』たちは、命を救う代わりに神とも崇める神子を差し出せと要求したのです」
「『紫の姫』はどうなったの?」
「ご想像の通りですよ」


ならば最悪だと眉根を寄せた望美は、紅茶を一息に飲み干した。
温くなっていたそれは十分な味ではないが、喉を潤すには足りる。
胸の中に渦巻く嫌な感情を制御しきれないでいると、ふふっと鈴を転がしたような笑い声が聞こえた。


「望美様はお優しいですね」
「・・・そうでもないよ。ただ自分の身の安全の代わりに他の誰かを差し出した彼らに納得できないだけ」
「反対してくれた人たちもいたらしいですよ?例えば、幼馴染の二人とか」
「どちらにせよ聞き入れられなかったなら同じだよ」
「ふふふふふ。では、この続きのお話は止めておきますか?」
「続き?」
「ええ。もう少しだけお話はあります。どうします?」


問いかけられ、渋い顔をしたまま聞かせてと強請ると、あかねは益々笑みを深めた。


「『鬼』の復讐はそれで終わりではありませんでした」
「終わりじゃない?でも、島の住民には尊厳を踏み躙るという罰を与え、さらに島から姫も奪ったんでしょう?」
「ええ。けれど、肝心の姫に対しての復讐が残っていたんです。『紫の姫』は始めこそ泣き暮らしてましたが、次第に『鬼』達に慣れていきました。一年経ち、二年経ち、世界を見て回る『鬼』の船こそが居場所だと勘違いした時に、それは起こりました」
「『紫の姫』は何をされたの?」
「捨てられたんです。見ず知らずの土地に、一人きりで。前日は少女の十六歳の誕生日でした。飲んで食べて祝福され───目覚めたときには砂浜に一人きり。地平線の何処を探しても船の影すら見つかりません。そうして『紫の姫』は長い夢から目を覚ましたのです」


おしまい、と手を打ったあかねは楽しげに望美の顔を窺った。


「どうですか、今の話」
「どうって・・・あまり後味がいいものじゃないね」
「お気に召しませんでしたか。残念です、折角作ったのに」
「作った?」
「ええ、勿論。始めにお伝えしたでしょう?ほんの『御伽噺』ですって」


上品な仕草で口元に手を当てて笑うあかねは、望美に向かって囁いた。


「嘘かもしれないし、本当かもしれない。『御伽噺』はそういうものです。───では、美味しいお茶をありがとうございました。次があるかわかりませんけど、またお会いできたらいいですね」


ぺこりとメイドらしく頭を下げたあかねは、止める間もなく去っていった。
あっという間に人ごみに紛れた姿に、柳眉を顰め嘆息する。


「将臣君」
「何だ?」
「今の話、本当だと思う?それとも嘘だと思う?」
「さあ、どっちだろうな」


背中合わせに座る幼馴染に問いかけると、素っ気無く返された。
元の髪色を茶色に染めた将臣の背中を軽く叩くと、結局大した収穫なしかと行儀悪く机に懐いた。

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