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幸せというのは、割合と何処にでも転がっている。
例えば。
道に咲いた花を見て、幸せだと思う人。
例えば。
朝起きて、一番初めに好きな人の声を聞いたとき。
例えば。
夜空に光る一番星を見つけたとき。
気がつくかきがつかないかの差で、幸せというのは何処にでも転がっているのものだ。
うんっと声を上げながら、景時は伸びをした。
麗らかな日差しの中、先程ベランダに干した布団を見る。
心地よい光を浴びて、布団もさぞかし気持ちがいいだろう。
景時が望美の世界に来てから早一年。
もう、こちらの暮らしにはすっかりと慣れた。
今でも洗濯機には馴染めずに手洗いで洗濯は済ませるが、それ以外は割りと現代の利器にも手軽に扱える。
掃除も好きだし、料理も大好き。
細々とした事が全く苦にならない性格の景時は、毎日が幸せだった。
──否、幸せを感じる余裕が出てきた。
この国には、死という概念が程遠い。
毎日のように自分の手を赤く汚していた景時には、まずそれが驚きだった。
死は常に自分と隣り合わせにあり、自分は守れるものさえ守れれば何時消えてもいいと思っていた。
それが、今ではどうだろう。
穏やかで、暖かい日々。
それはまるで、この春の木漏れ日のように柔らかく景時を幸せにしてくれる。
(──ああ・・・ホント、幸せだな)
景時は頬をほころばした。
ベランダの下、駆けてくる人影は、自分には見間違えようもないもので。
見つめるたびに、景時の胸を熱くする。
不意に足を止めた少女は、景時の視線に気がついたかのように顔を上げた。
真っ直ぐな瞳と視線が絡む。
目を丸くした少女は、次の瞬間には嬉しそうに破顔して、両手を大きく振ってくれた。
叫べば届きそうな距離で、嬉しそうに手を振る彼女の姿に、景時も手を振り返す。
ニパッと笑った彼女が、また駆け出して、自分の住んでるマンションの影に消えていくのを見送ってから、景時は嬉しそうに眉根を寄せた。
それは、とても複雑な表情。
幸せそうで、困ったようで、笑い出しそうで、切ないような。
色々な感情が混ざった表情。
「ああ、もう。本当にどうしよう」
大の大人がするには情けない格好だが、顔を覆ってベランダに背を預ける。
隠し切れない隙間から、赤くなった頬が見えた。
「どうしよう。君を見かけただけなのに。オレはこんなにも幸せになれるんだ」
心底困ったような声。
けれど、嬉しさを隠し切れないそれは正直に景時の心情を伝えていた。
ピンポーンと、軽快な音が響く。
「ああ・・・もう、かっこ悪いな」
赤い頬を少しでも覚まそうと、景時は片手で頬を扇いだ。
それ位で冷えるとは思わないけれど、やらないよりはマシだと思う。
サンダルを脱ぎベランダから部屋に上がる。
しばらく歩いて、部屋の半ばで振り返った。
風に吹かれた布団は、シーツの表面が少しだけ揺れている。
真白なそれは、今の景時の心境のようだ。
何もかもが現れて、暖かい陽の光を浴びて。
優しい何もかもを、どんどんと詰め込まれている感じ。
ふっと、嬉しそうに景時は微笑む。
そして、布団に背を向けそのまま自分を待っている相手の下に向かった。
「おはようございます、景時さん」
その一言だけでも、この上なく彼を幸せにする事が出来る優しい少女を出迎えるために。
穏やかな日常は、夢かと疑いたくなるほどに、優しく景時を包んで放さない。
小さな幸せが一つ一つ積み重なって、大きな大きな幸せになる。
──君と過ごせる日常は、幸せばかりが溢れている。
例えば。
道に咲いた花を見て、幸せだと思う人。
例えば。
朝起きて、一番初めに好きな人の声を聞いたとき。
例えば。
夜空に光る一番星を見つけたとき。
気がつくかきがつかないかの差で、幸せというのは何処にでも転がっているのものだ。
うんっと声を上げながら、景時は伸びをした。
麗らかな日差しの中、先程ベランダに干した布団を見る。
心地よい光を浴びて、布団もさぞかし気持ちがいいだろう。
景時が望美の世界に来てから早一年。
もう、こちらの暮らしにはすっかりと慣れた。
今でも洗濯機には馴染めずに手洗いで洗濯は済ませるが、それ以外は割りと現代の利器にも手軽に扱える。
掃除も好きだし、料理も大好き。
細々とした事が全く苦にならない性格の景時は、毎日が幸せだった。
──否、幸せを感じる余裕が出てきた。
この国には、死という概念が程遠い。
毎日のように自分の手を赤く汚していた景時には、まずそれが驚きだった。
死は常に自分と隣り合わせにあり、自分は守れるものさえ守れれば何時消えてもいいと思っていた。
それが、今ではどうだろう。
穏やかで、暖かい日々。
それはまるで、この春の木漏れ日のように柔らかく景時を幸せにしてくれる。
(──ああ・・・ホント、幸せだな)
景時は頬をほころばした。
ベランダの下、駆けてくる人影は、自分には見間違えようもないもので。
見つめるたびに、景時の胸を熱くする。
不意に足を止めた少女は、景時の視線に気がついたかのように顔を上げた。
真っ直ぐな瞳と視線が絡む。
目を丸くした少女は、次の瞬間には嬉しそうに破顔して、両手を大きく振ってくれた。
叫べば届きそうな距離で、嬉しそうに手を振る彼女の姿に、景時も手を振り返す。
ニパッと笑った彼女が、また駆け出して、自分の住んでるマンションの影に消えていくのを見送ってから、景時は嬉しそうに眉根を寄せた。
それは、とても複雑な表情。
幸せそうで、困ったようで、笑い出しそうで、切ないような。
色々な感情が混ざった表情。
「ああ、もう。本当にどうしよう」
大の大人がするには情けない格好だが、顔を覆ってベランダに背を預ける。
隠し切れない隙間から、赤くなった頬が見えた。
「どうしよう。君を見かけただけなのに。オレはこんなにも幸せになれるんだ」
心底困ったような声。
けれど、嬉しさを隠し切れないそれは正直に景時の心情を伝えていた。
ピンポーンと、軽快な音が響く。
「ああ・・・もう、かっこ悪いな」
赤い頬を少しでも覚まそうと、景時は片手で頬を扇いだ。
それ位で冷えるとは思わないけれど、やらないよりはマシだと思う。
サンダルを脱ぎベランダから部屋に上がる。
しばらく歩いて、部屋の半ばで振り返った。
風に吹かれた布団は、シーツの表面が少しだけ揺れている。
真白なそれは、今の景時の心境のようだ。
何もかもが現れて、暖かい陽の光を浴びて。
優しい何もかもを、どんどんと詰め込まれている感じ。
ふっと、嬉しそうに景時は微笑む。
そして、布団に背を向けそのまま自分を待っている相手の下に向かった。
「おはようございます、景時さん」
その一言だけでも、この上なく彼を幸せにする事が出来る優しい少女を出迎えるために。
穏やかな日常は、夢かと疑いたくなるほどに、優しく景時を包んで放さない。
小さな幸せが一つ一つ積み重なって、大きな大きな幸せになる。
──君と過ごせる日常は、幸せばかりが溢れている。
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昔々、あるところに。
世界で有数のお金持ちと、そのお邸で働く世界有数の優秀なメイドさんがおりました。
今から語るお話は、そんな彼らの日常の一部。
「ご主人様、起きて下さいまし」
柔らかい声が振る。
優しくて甘くて、何より特別な──。
「ご主人様」
愛しい、人の。
髪に触れるのはメイドとしては越権行為だと注意すべきなのだろうが、許可したのはずっと以前。
触れれば壊れてしまう繊細なガラス器を扱うように、景時に触れるのは世界でただ一人だけ。
泣きたくなるくらいに優しい時間に、瞼を上げるのがもったいなくて。
今日も今日とて邸の主人は、朝の惰眠を少しでも長く貪ろうと努力する。
白魚のような手は、美しいだけじゃない。
働き者の手をしていて、上流階級の娘からは考えられないほど荒れている。
けれど、この掌以上に優しい掌を景時は知らない。
「起きて下さい、ご主人様。今日は朝から会議が入っていらっしゃるのですよね?ご主人様」
彼女の声は、ヒーリング効果があるんだろう。
心地よくて、暖かい。
声に色があるなら、きっと柔らかい暖色系のはず。
「──景時様」
「!!」
呼ばれた名に、思わず身を起こす。
乱れた髪を直す余裕すらなく、済ました顔で佇むメイド服の少女を見る。
黒を基調としたメイド服は、レースを多用したものではなく少女の雰囲気に似合うシックなデザイン。
長い袖の襟には、梶原家の印が入ったボタンが縫い付けられて、巻きスカートのような独特の黒い布は前と後ろで微妙に長さが違う。
アクセントとして所々に白い布をあしらった衣装は、細身の彼女に良く似合う。
年齢以上の落ち着きを感じさせる衣装だ。
「望美ちゃん?」
「どうぞ、呼び捨てになさってくださいご主人様。貴方様は私の仕えるべき唯一の主なのですから」
彼女──望美は、陽射しのような微笑を顔に浮かべた。
美しいと称して何の異論も得ないであろう容貌に、優雅な身のこなし。
料理以外の全ての家事を完璧にこなし、さらに護衛としての働きすら見せる万能のメイド。
そして。
「ねぇ、今──」
景時の、恋する相手。
「オレの名前、呼んでくれた?」
年の離れた相手だということは知っている。
自身の妹よりも年が下で、罪悪感を覚えなかったかと言えば嘘になる。
悩んで悩んで悩みぬいて、けれど捨て切れなかった感情は今でも景時の中でくすぶっている。
朝日の下、綺麗な姿勢で立つ望美は、優美に小首を傾げた。
何をおっしゃっているのですか?と問いかけるように。
有能すぎる彼女の考えを読むのは、いかな世界でも有数の大企業を束ねる景時でも難しい。
何を考えているか判らないとよく言われる、景時の考えはお見通しのようなのに。
悔しい──と言うよりも、面映い。
こんな年下の女の子に、大人であるはずの自分の考えが全て見抜かれてしまっていることが。
惚れたが負けとは良く言ったもの。
「ねぇ、望美ちゃん?」
自然と声が柔らかくなる。
暖かい感情で胸が満たされる。
好きという気持ちをとどめて置けない。
「水のご用意は出来ております。どうぞ、お顔を洗ってください。お茶と、朝食もお運びします」
絶えず笑みを浮かべながらも、言葉はそっけなく。
苦笑を浮かべると、頭をかく。
「あんまり冷たくされると、オレぐれちゃうかも知れないよ?」
「──大丈夫です。私は、私がお仕えするご主人様を。景時様を信じておりますもの」
先ほどまで浮かべていた笑みと違う彩を持つ微笑を浮かべた彼女は、一礼して部屋を出る。
残された景時は、大きな掌で顔を覆うと膝を抱えて蹲った。
体の間に挟んだ掛け布団に顔を埋めると、一人になれてよかったと心から思う。
きっと今の自分は耳まで赤くなっていることだろう。
「不意打ちだよ、望美ちゃん」
名前を呼ばれる。
それだけでなく、信頼していると無条件に、しかも極上の笑みまでつけて言うなんて。
「もう、本当に勝てないなぁ」
情けない笑みを浮かべた彼は、幸せにくすりと笑った。
世界で有数のお金持ちと、そのお邸で働く世界有数の優秀なメイドさんがおりました。
今から語るお話は、そんな彼らの日常の一部。
「ご主人様、起きて下さいまし」
柔らかい声が振る。
優しくて甘くて、何より特別な──。
「ご主人様」
愛しい、人の。
髪に触れるのはメイドとしては越権行為だと注意すべきなのだろうが、許可したのはずっと以前。
触れれば壊れてしまう繊細なガラス器を扱うように、景時に触れるのは世界でただ一人だけ。
泣きたくなるくらいに優しい時間に、瞼を上げるのがもったいなくて。
今日も今日とて邸の主人は、朝の惰眠を少しでも長く貪ろうと努力する。
白魚のような手は、美しいだけじゃない。
働き者の手をしていて、上流階級の娘からは考えられないほど荒れている。
けれど、この掌以上に優しい掌を景時は知らない。
「起きて下さい、ご主人様。今日は朝から会議が入っていらっしゃるのですよね?ご主人様」
彼女の声は、ヒーリング効果があるんだろう。
心地よくて、暖かい。
声に色があるなら、きっと柔らかい暖色系のはず。
「──景時様」
「!!」
呼ばれた名に、思わず身を起こす。
乱れた髪を直す余裕すらなく、済ました顔で佇むメイド服の少女を見る。
黒を基調としたメイド服は、レースを多用したものではなく少女の雰囲気に似合うシックなデザイン。
長い袖の襟には、梶原家の印が入ったボタンが縫い付けられて、巻きスカートのような独特の黒い布は前と後ろで微妙に長さが違う。
アクセントとして所々に白い布をあしらった衣装は、細身の彼女に良く似合う。
年齢以上の落ち着きを感じさせる衣装だ。
「望美ちゃん?」
「どうぞ、呼び捨てになさってくださいご主人様。貴方様は私の仕えるべき唯一の主なのですから」
彼女──望美は、陽射しのような微笑を顔に浮かべた。
美しいと称して何の異論も得ないであろう容貌に、優雅な身のこなし。
料理以外の全ての家事を完璧にこなし、さらに護衛としての働きすら見せる万能のメイド。
そして。
「ねぇ、今──」
景時の、恋する相手。
「オレの名前、呼んでくれた?」
年の離れた相手だということは知っている。
自身の妹よりも年が下で、罪悪感を覚えなかったかと言えば嘘になる。
悩んで悩んで悩みぬいて、けれど捨て切れなかった感情は今でも景時の中でくすぶっている。
朝日の下、綺麗な姿勢で立つ望美は、優美に小首を傾げた。
何をおっしゃっているのですか?と問いかけるように。
有能すぎる彼女の考えを読むのは、いかな世界でも有数の大企業を束ねる景時でも難しい。
何を考えているか判らないとよく言われる、景時の考えはお見通しのようなのに。
悔しい──と言うよりも、面映い。
こんな年下の女の子に、大人であるはずの自分の考えが全て見抜かれてしまっていることが。
惚れたが負けとは良く言ったもの。
「ねぇ、望美ちゃん?」
自然と声が柔らかくなる。
暖かい感情で胸が満たされる。
好きという気持ちをとどめて置けない。
「水のご用意は出来ております。どうぞ、お顔を洗ってください。お茶と、朝食もお運びします」
絶えず笑みを浮かべながらも、言葉はそっけなく。
苦笑を浮かべると、頭をかく。
「あんまり冷たくされると、オレぐれちゃうかも知れないよ?」
「──大丈夫です。私は、私がお仕えするご主人様を。景時様を信じておりますもの」
先ほどまで浮かべていた笑みと違う彩を持つ微笑を浮かべた彼女は、一礼して部屋を出る。
残された景時は、大きな掌で顔を覆うと膝を抱えて蹲った。
体の間に挟んだ掛け布団に顔を埋めると、一人になれてよかったと心から思う。
きっと今の自分は耳まで赤くなっていることだろう。
「不意打ちだよ、望美ちゃん」
名前を呼ばれる。
それだけでなく、信頼していると無条件に、しかも極上の笑みまでつけて言うなんて。
「もう、本当に勝てないなぁ」
情けない笑みを浮かべた彼は、幸せにくすりと笑った。
大きな瞳はキラキラ光る。
ふくふくの白い頬は淡く染まり、唇が柔らかく弧を描いたのを見て、自然と譲も笑顔になった。
「おばあちゃん、おいしい!」
彼の祖母、菫の作る蜂蜜プリン。
それはどんな時でも望美に笑顔を与える魔法だと、譲は早くから知っていた。
だから望美が悲しそうなとき、怒ってるとき、拗ねてるとき、些細な変化を見つけると譲はいつでも祖母に頼む。
どんなに涙で目を赤くしても、口に含んだ瞬間ほわりと表情が緩み、嬉しげに笑う望美の顔が見れるから。
だから譲はある日こっそりお願いしたのだ。
望美には只管甘いけれど、本当の孫である将臣と譲に少しばかり厳しい部分のある、大好きな祖母に。
「ねえ、おばあちゃん。ぼくにもはちみつぷりんのまほう、おしえて!」
すると、笑顔で祖母は了承し、譲は嬉しくて飛び跳ねた。
それから毎日毎日練習し、ある日ついに祖母から美味しいの一言をもらえた譲は。
「のんちゃん!ぷりん、できたよ!」
「はーい」
最終奥義として、兄と遊んでいる最中の望美を振り向かせる魔法を手に入れた。
けれども望美を取り上げても不貞腐れるどころか、一緒に嬉しげにプリンを食べに来る彼には、譲の幼いながらも精一杯の抵抗は少しも伝わっていないらしい。
どうやったら最大のライバルである将臣から完璧に望美を奪えるか。
幼い策士は今日も頭を悩ませている。
ふくふくの白い頬は淡く染まり、唇が柔らかく弧を描いたのを見て、自然と譲も笑顔になった。
「おばあちゃん、おいしい!」
彼の祖母、菫の作る蜂蜜プリン。
それはどんな時でも望美に笑顔を与える魔法だと、譲は早くから知っていた。
だから望美が悲しそうなとき、怒ってるとき、拗ねてるとき、些細な変化を見つけると譲はいつでも祖母に頼む。
どんなに涙で目を赤くしても、口に含んだ瞬間ほわりと表情が緩み、嬉しげに笑う望美の顔が見れるから。
だから譲はある日こっそりお願いしたのだ。
望美には只管甘いけれど、本当の孫である将臣と譲に少しばかり厳しい部分のある、大好きな祖母に。
「ねえ、おばあちゃん。ぼくにもはちみつぷりんのまほう、おしえて!」
すると、笑顔で祖母は了承し、譲は嬉しくて飛び跳ねた。
それから毎日毎日練習し、ある日ついに祖母から美味しいの一言をもらえた譲は。
「のんちゃん!ぷりん、できたよ!」
「はーい」
最終奥義として、兄と遊んでいる最中の望美を振り向かせる魔法を手に入れた。
けれども望美を取り上げても不貞腐れるどころか、一緒に嬉しげにプリンを食べに来る彼には、譲の幼いながらも精一杯の抵抗は少しも伝わっていないらしい。
どうやったら最大のライバルである将臣から完璧に望美を奪えるか。
幼い策士は今日も頭を悩ませている。
「行くつもりか、望美」
軽快なノックの後、主の返事も聞かずに部屋に入り込んだ男を、望美はじとりと睨む。
だが今更この程度の威嚇でどうこうなる関係ではない幼馴染兼従者であり護衛である将臣は、不満げな顔に鮮やかな笑みを返した。
揺れない地面の上は違和感がある。そんなこと数年前まで当たり前だったはずなのに。
締まる襟元を指先で広げ、久方ぶりのドレスアップに苦笑する。
船の上の楽な格好と違いきっちりと正装した将臣は、同じく白にクリーム色が混ざったマーメイドラインのドレス姿の望美に手を差し伸べる。
「愚問だな。お互いにこんな格好させられてるってのに」
「そうだね。まさかお父様から勅命が下ると思ってなかった。少なくとも、私の自由期間中に」
「だな。貴族としての勤めを前面に出されたら断れねぇな。───九郎も出るらしいぞ」
「へぇ、じゃあ知盛と銀は?」
「銀は出るんじゃねえの?お前が行くんだし。知盛は、今日はどうだろうな」
「気紛れな猫と同じだからね。面白そうなことがあれば出てくるんじゃない?」
「ま、あいつが好む面白みはない方がいいけどな」
「全くだよ」
髪をアップにまとめ所々に真珠のピンを止めた望美は一見すると非の打ち所ない令嬢だが、その顔に浮かぶ笑みはコケティッシュで貴族らしからぬもの。
春日家の護家として追従する運命を持つ有川の長男として、彼女を主と頂くのはこの上なく誇らしい。
何しろこの姫君らしくない姫は、将臣の好奇心と探究心を飽くなく刺激し常に向上心を持たせる。
彼女についていくには並大抵の努力では駄目だ。
何しろ将臣の主は型破りでありながら、破格の才能を持つ。
美しく頭も良く機転が利き剣も銃も腕前は確か。なまじの男では太刀打ちにならないどころか、それ以前に対等であらせてくれない。
今回の件にしても、単なる父親からの命令だけなら動かなかったに違いない。
人の一歩前を読むのが春日の当主として求められる資質なら、彼女はまさしく時期当主の格にある。
「ご当主からの手紙になんてあったんだ」
「何も。ただ今夜の舞踏会に出席しろとだけ。───でも、だからこそ調べる価値はあった」
「何が判った」
「今、花盛りを迎える橘と、当方より来るジェイドとの繋がり。そして彼らが抱える宝物の意味」
「───へぇ」
唇に白魚の指を当てた望美は、綺麗にウィンクを決める。
菫青石の飾りがついたイヤリングを耳に付け、差し伸べた将臣の手に優雅に掌を重ねると、座っていた椅子から立ち上がる。
優雅でいて優美。
手の甲に恭しく唇を送るフリをして、秀麗な顔を覗きこんだ。
「ミッションレベルは?」
「トリプルS。でも上手くいけば求める情報は手に入る」
「そうか」
くつくつと秘密を共有する笑みを交わし、額を付き合わせた。
これは主従としての関係ではなく、幼馴染としての二人の距離。
二人で夢を叶えると誓い、その為に努力し続ける相棒への信頼。
「行こうか、将臣君」
「了解、お姫様」
ドアを開ければ、二人はただの主従へと変じる。
彼女のために最大の努力を。
過去に誓った通りに、将臣は振舞うつもりだった。
軽快なノックの後、主の返事も聞かずに部屋に入り込んだ男を、望美はじとりと睨む。
だが今更この程度の威嚇でどうこうなる関係ではない幼馴染兼従者であり護衛である将臣は、不満げな顔に鮮やかな笑みを返した。
揺れない地面の上は違和感がある。そんなこと数年前まで当たり前だったはずなのに。
締まる襟元を指先で広げ、久方ぶりのドレスアップに苦笑する。
船の上の楽な格好と違いきっちりと正装した将臣は、同じく白にクリーム色が混ざったマーメイドラインのドレス姿の望美に手を差し伸べる。
「愚問だな。お互いにこんな格好させられてるってのに」
「そうだね。まさかお父様から勅命が下ると思ってなかった。少なくとも、私の自由期間中に」
「だな。貴族としての勤めを前面に出されたら断れねぇな。───九郎も出るらしいぞ」
「へぇ、じゃあ知盛と銀は?」
「銀は出るんじゃねえの?お前が行くんだし。知盛は、今日はどうだろうな」
「気紛れな猫と同じだからね。面白そうなことがあれば出てくるんじゃない?」
「ま、あいつが好む面白みはない方がいいけどな」
「全くだよ」
髪をアップにまとめ所々に真珠のピンを止めた望美は一見すると非の打ち所ない令嬢だが、その顔に浮かぶ笑みはコケティッシュで貴族らしからぬもの。
春日家の護家として追従する運命を持つ有川の長男として、彼女を主と頂くのはこの上なく誇らしい。
何しろこの姫君らしくない姫は、将臣の好奇心と探究心を飽くなく刺激し常に向上心を持たせる。
彼女についていくには並大抵の努力では駄目だ。
何しろ将臣の主は型破りでありながら、破格の才能を持つ。
美しく頭も良く機転が利き剣も銃も腕前は確か。なまじの男では太刀打ちにならないどころか、それ以前に対等であらせてくれない。
今回の件にしても、単なる父親からの命令だけなら動かなかったに違いない。
人の一歩前を読むのが春日の当主として求められる資質なら、彼女はまさしく時期当主の格にある。
「ご当主からの手紙になんてあったんだ」
「何も。ただ今夜の舞踏会に出席しろとだけ。───でも、だからこそ調べる価値はあった」
「何が判った」
「今、花盛りを迎える橘と、当方より来るジェイドとの繋がり。そして彼らが抱える宝物の意味」
「───へぇ」
唇に白魚の指を当てた望美は、綺麗にウィンクを決める。
菫青石の飾りがついたイヤリングを耳に付け、差し伸べた将臣の手に優雅に掌を重ねると、座っていた椅子から立ち上がる。
優雅でいて優美。
手の甲に恭しく唇を送るフリをして、秀麗な顔を覗きこんだ。
「ミッションレベルは?」
「トリプルS。でも上手くいけば求める情報は手に入る」
「そうか」
くつくつと秘密を共有する笑みを交わし、額を付き合わせた。
これは主従としての関係ではなく、幼馴染としての二人の距離。
二人で夢を叶えると誓い、その為に努力し続ける相棒への信頼。
「行こうか、将臣君」
「了解、お姫様」
ドアを開ければ、二人はただの主従へと変じる。
彼女のために最大の努力を。
過去に誓った通りに、将臣は振舞うつもりだった。
【私が私であるために】
*の元フリー創作【本気の恋をしています】、【そのとき世界の切っ先が見えた】の続編です。
*注:パラレル設定です。望美が年上で銀・重衡は別人格の双子です。
生まれる前から決まっていた。
あなたは、私のただ一人の人。
「望美」
名を呼ばれ振り返る。
圧倒的な存在感を誇示されなくとも、望美は声をかけて来た人物が誰か判った。
名門高校の制服を着崩した、ワイルドでありながらも端整な貴族的な顔立ちの男。
気だるげに持ち上げられた唇にうっとりとしたため息を漏らす女性との数は知れない。
掛けてい伊達眼鏡のつるを指の腹で持ち上げると、望美は僅かに頭を下げる。
彼の名は平知盛。
名門平家の御曹司であり、将来は平家一門の一端を担うのを定められた人でもある。
望美はその彼の腹心となるべく教育され、将来は右腕になることを約束されている。
それに疑問を抱いた記憶はないし、きっとこれからも疑問は抱かない。
「───どうかなさいましたか、知盛様」
一歩控えた有能な秘書のように淡々と返事をした。
普段の望美は友人相手なら冗談も言うし朗らかな表情もする。
だが知盛の前では違う。
例え学校という同年代の友人が集う場所でも、彼と対等であると態度では示せない。
親しい友人が傍にいたとしても、だ。
先ほどまで望美と発売されたばかりの雑誌の内容を話していた親友は、またねと小さく声をかけ去って行った。
それは気を使ったのともう一つ別に理由があるのに気づいていたが、望美はそれを言及する気はなかった。
「仕事が入った。早退するぞ」
「はい」
廊下の真ん中で対面した主の一言に躊躇なく頷く。
まだ授業は二時間目までしか終わっていなかったし、学生の本分を妨げる結果になるのは理解しているが
それは優先順位が高いものではない。
望美は彼の補助をするために存在する。
高校に入学してから徐々に仕事を任されるようになった知盛は、現在支社を数社任されている。
学校側もそれを理解していて大体を多めに見てくれた。
当然だ。
二人の通う学校は文武両道の一貫教育で有名だったが、それ以前に平家の運営しているものでもある。
親族経営の強みで融通は利いた。
知盛の言葉に頷いた望美は、携帯電話を取り出すと徐に電話を掛ける。
お付の運転手に連絡を取ると、置いてあるスーツを取りに知盛名義で作った部室の部屋に入る。
後からゆっくり来るだろう主のために掛けてあった濃い色のスーツを取り出し、それに見合う
Yシャツとネクタイを準備する。
箱から革靴を取り出したところでがらりと部屋のドアが開いた。
「知盛様」
「今は二人だ。知盛でいい」
「そう。じゃあ知盛。着替えは置いておいたから早く着替えて」
先ほどまでの素っ気無いほど淡々とした態度を捨てるとカーテンを閉める。
準備しておいた服に手を掛けるのを確認してから、自身もツイードのスーツを取り出した。
部屋は閉まっているのでその場で服を脱ぐ。
今更知盛の前で恥じらいを感じる筈がなく、手早く下着になるとシャツを着る。
スカートのホックを締め上着を着れば大体の準備は完了だ。
つ、と振り返れば予想通り。
お坊ちゃま育ちの知盛はYシャツに手を通し始めたところだった。
暫し考え全身鏡の前に行くと近くに置いておいた鞄からブラシとバレッタを取り出し髪をアップに上げる。
さらにポーチを取り出しファンデーションから順にごく薄い化粧を施した。
口紅を塗った唇を合わせると全体の出来を確認する。
合格の判断を下し振り返れば、案の定ネクタイで詰まった知盛がいた。
「お願いだからネクタイくらい一人で結べるようになって」
「───お前が居るから必要ない」
「いつでも私が居られるわけじゃないでしょう?」
「くっ・・・俺がお前を手放すはずがないだろう?」
くつくつと喉を震わして上機嫌に瞳を細めた知盛が言う。
あっけらかんとした、当然だとでも言うような声音に望美は情けなく眉を下げた。
知盛の言葉は幼馴染としても育った自分たちの関係に相応しいかもしれないが、主従として
成り立つ自分たちには相応しくない。
だが泣きたくなる感情に気づかないふりをして望美は精一杯に微笑んだ。
「我侭なご主人様だね」
「仕え甲斐があるだろう?」
「ものは言いようだよ。───はい、出来た」
ぽん、と胸を叩き上着を着るように促すと彼は素直に従った。
彼の分の鞄も取り出口へと近づきドアを開け放つ。
このドアを開ければ二人は再び主従へ戻る。
「行きましょう、知盛様」
「ああ」
望美の手渡した黒ぶち眼鏡を掛けた知盛に微笑みかけると、進み出た彼の後に続く。
彼にどんな感情を抱こうと、彼は生まれる前から定められた望美の自慢の主であった。
*の元フリー創作【本気の恋をしています】、【そのとき世界の切っ先が見えた】の続編です。
*注:パラレル設定です。望美が年上で銀・重衡は別人格の双子です。
生まれる前から決まっていた。
あなたは、私のただ一人の人。
「望美」
名を呼ばれ振り返る。
圧倒的な存在感を誇示されなくとも、望美は声をかけて来た人物が誰か判った。
名門高校の制服を着崩した、ワイルドでありながらも端整な貴族的な顔立ちの男。
気だるげに持ち上げられた唇にうっとりとしたため息を漏らす女性との数は知れない。
掛けてい伊達眼鏡のつるを指の腹で持ち上げると、望美は僅かに頭を下げる。
彼の名は平知盛。
名門平家の御曹司であり、将来は平家一門の一端を担うのを定められた人でもある。
望美はその彼の腹心となるべく教育され、将来は右腕になることを約束されている。
それに疑問を抱いた記憶はないし、きっとこれからも疑問は抱かない。
「───どうかなさいましたか、知盛様」
一歩控えた有能な秘書のように淡々と返事をした。
普段の望美は友人相手なら冗談も言うし朗らかな表情もする。
だが知盛の前では違う。
例え学校という同年代の友人が集う場所でも、彼と対等であると態度では示せない。
親しい友人が傍にいたとしても、だ。
先ほどまで望美と発売されたばかりの雑誌の内容を話していた親友は、またねと小さく声をかけ去って行った。
それは気を使ったのともう一つ別に理由があるのに気づいていたが、望美はそれを言及する気はなかった。
「仕事が入った。早退するぞ」
「はい」
廊下の真ん中で対面した主の一言に躊躇なく頷く。
まだ授業は二時間目までしか終わっていなかったし、学生の本分を妨げる結果になるのは理解しているが
それは優先順位が高いものではない。
望美は彼の補助をするために存在する。
高校に入学してから徐々に仕事を任されるようになった知盛は、現在支社を数社任されている。
学校側もそれを理解していて大体を多めに見てくれた。
当然だ。
二人の通う学校は文武両道の一貫教育で有名だったが、それ以前に平家の運営しているものでもある。
親族経営の強みで融通は利いた。
知盛の言葉に頷いた望美は、携帯電話を取り出すと徐に電話を掛ける。
お付の運転手に連絡を取ると、置いてあるスーツを取りに知盛名義で作った部室の部屋に入る。
後からゆっくり来るだろう主のために掛けてあった濃い色のスーツを取り出し、それに見合う
Yシャツとネクタイを準備する。
箱から革靴を取り出したところでがらりと部屋のドアが開いた。
「知盛様」
「今は二人だ。知盛でいい」
「そう。じゃあ知盛。着替えは置いておいたから早く着替えて」
先ほどまでの素っ気無いほど淡々とした態度を捨てるとカーテンを閉める。
準備しておいた服に手を掛けるのを確認してから、自身もツイードのスーツを取り出した。
部屋は閉まっているのでその場で服を脱ぐ。
今更知盛の前で恥じらいを感じる筈がなく、手早く下着になるとシャツを着る。
スカートのホックを締め上着を着れば大体の準備は完了だ。
つ、と振り返れば予想通り。
お坊ちゃま育ちの知盛はYシャツに手を通し始めたところだった。
暫し考え全身鏡の前に行くと近くに置いておいた鞄からブラシとバレッタを取り出し髪をアップに上げる。
さらにポーチを取り出しファンデーションから順にごく薄い化粧を施した。
口紅を塗った唇を合わせると全体の出来を確認する。
合格の判断を下し振り返れば、案の定ネクタイで詰まった知盛がいた。
「お願いだからネクタイくらい一人で結べるようになって」
「───お前が居るから必要ない」
「いつでも私が居られるわけじゃないでしょう?」
「くっ・・・俺がお前を手放すはずがないだろう?」
くつくつと喉を震わして上機嫌に瞳を細めた知盛が言う。
あっけらかんとした、当然だとでも言うような声音に望美は情けなく眉を下げた。
知盛の言葉は幼馴染としても育った自分たちの関係に相応しいかもしれないが、主従として
成り立つ自分たちには相応しくない。
だが泣きたくなる感情に気づかないふりをして望美は精一杯に微笑んだ。
「我侭なご主人様だね」
「仕え甲斐があるだろう?」
「ものは言いようだよ。───はい、出来た」
ぽん、と胸を叩き上着を着るように促すと彼は素直に従った。
彼の分の鞄も取り出口へと近づきドアを開け放つ。
このドアを開ければ二人は再び主従へ戻る。
「行きましょう、知盛様」
「ああ」
望美の手渡した黒ぶち眼鏡を掛けた知盛に微笑みかけると、進み出た彼の後に続く。
彼にどんな感情を抱こうと、彼は生まれる前から定められた望美の自慢の主であった。
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