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その女の子を初めて見たとき、これ以上ないほど胸がドキドキした。
紫がかった長い黒髪。大きな緑色の印象的な瞳に、ぷくっとした唇。
桃色の頬は愛らしくて、思わず手を伸ばしたくなるほど。
入園式の日隣に座った女の子を、ヒノエはすぐに好きになった。
「のん!いっしょにあそぼ」
「うん!」
幼稚園に入園して一週間。
ヒノエは同じクラスの望美という少女と常に一緒に過ごしていた。
可愛くて優しくて素直な望美。
ヒノエを好きという女の子は沢山居たけれど、ヒノエが大好きと断言する女の子は望美一人だ。
いつだって手を伸ばせば当たり前に重ねられ、きらきらした瞳で見詰めてくる。
かくれんぼも鬼ごっこも探検も何だって付き合ってくれて、誰よりも気が合う友達だった。
昨日初めて家に連れて帰ったら、父親は『随分と可愛いガールフレンドだな』と笑い、母親は『良かったわね、ヒノエ。素直なガールフレンドでお母さん嬉しいわ』と喜んでくれた。
言っている意味は良く判らなかったが、喜ぶ両親にヒノエも喜んだ。
少なくとも望美が歓迎されてるのが判ったから。
「なぁ、のん」
「なに、ヒノエくん?」
「おれたち、ずーっといっしょだよな?」
「うん。ずーっといっしょだよ」
「ずーっとずーっとともだちだよな?」
「うん!ずーっとずーっとともだちだよ!」
望美の言葉にヒノエは嬉しくて首を竦めてくすくす笑う。
飾り気ない言葉が擽ったくて、心の中があったかい。
「おれ、のんがだーいすき」
「わたしもヒノエくんだーいすき」
秀でた額をつき合わし、秘密を打ち明けるように囁きあう。
きっとこの関係は永遠に違いない。
それはまだ、彼らが仲良しだった頃の、甘くて優しい記憶の欠片。
紫がかった長い黒髪。大きな緑色の印象的な瞳に、ぷくっとした唇。
桃色の頬は愛らしくて、思わず手を伸ばしたくなるほど。
入園式の日隣に座った女の子を、ヒノエはすぐに好きになった。
「のん!いっしょにあそぼ」
「うん!」
幼稚園に入園して一週間。
ヒノエは同じクラスの望美という少女と常に一緒に過ごしていた。
可愛くて優しくて素直な望美。
ヒノエを好きという女の子は沢山居たけれど、ヒノエが大好きと断言する女の子は望美一人だ。
いつだって手を伸ばせば当たり前に重ねられ、きらきらした瞳で見詰めてくる。
かくれんぼも鬼ごっこも探検も何だって付き合ってくれて、誰よりも気が合う友達だった。
昨日初めて家に連れて帰ったら、父親は『随分と可愛いガールフレンドだな』と笑い、母親は『良かったわね、ヒノエ。素直なガールフレンドでお母さん嬉しいわ』と喜んでくれた。
言っている意味は良く判らなかったが、喜ぶ両親にヒノエも喜んだ。
少なくとも望美が歓迎されてるのが判ったから。
「なぁ、のん」
「なに、ヒノエくん?」
「おれたち、ずーっといっしょだよな?」
「うん。ずーっといっしょだよ」
「ずーっとずーっとともだちだよな?」
「うん!ずーっとずーっとともだちだよ!」
望美の言葉にヒノエは嬉しくて首を竦めてくすくす笑う。
飾り気ない言葉が擽ったくて、心の中があったかい。
「おれ、のんがだーいすき」
「わたしもヒノエくんだーいすき」
秀でた額をつき合わし、秘密を打ち明けるように囁きあう。
きっとこの関係は永遠に違いない。
それはまだ、彼らが仲良しだった頃の、甘くて優しい記憶の欠片。
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ただいま、と響いた声に、将臣は敏感に反応した。
少し前まではお昼寝の時間に目が覚める、なんてなかったのに。
「・・・・・・」
目を擦りつつむっと唇を尖らす。
隣を見れば、寝つきがよく寝起きが悪い望美がすうすうと気持ち良さそうに眠っている。
無邪気で可愛らしい寝顔を晒す彼女の隣には、いつも通り望美の居る方向へ体を向けてしっかりと彼女の手を握り寝息を立てる弟の姿。
望美が大好きな譲は、望美と一緒に出来るお昼寝タイムも大好きだ。
共に過ごせない時には泣き叫び、ちょっとした騒動になるが、代わりにこの時間さえ過ごせば機嫌よくいる。
単純だと思うけれど、そんな単純さは嫌いじゃなかった。
望美を共有するのは好きじゃないが弟だけは許せる。
───だが、言い換えれば。弟以外は許せない。
こちらに近づいてくる足音に敏感に反応すると、布団を巻くり立ち上がる。
そして部屋唯一の入り口へと足を向けると、ひょいとジャンプしてノブを捻った。
廊下へ顔を出しきょろきょろと当たりを見渡し、見つけた人物に眉をきりきり吊り上げると、素早く部屋の外へ出てドアを閉めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
向かって来た人物を睨み上げれば、相手は情けなく眉を下げた。
「・・・どいてくれないか、将臣」
「やだ」
「何故だ」
「おれが、のんにリズにいちゃんをあわせたくないから」
「どうして」
「のん、リズにいちゃんがいると、すぐそっちにいっちまうもん。いつもはおれとずっといっしょなのに」
「・・・」
「のんはおれのだぞ!にいちゃんのじゃねえ!」
肩を怒らせ威嚇する。
傍から見れば子猫が毛を逆立てるのに等しい光景だが、本人は到って本気だ。
本気だからこそ困り果て、リズヴァーンは眉尻を下げる。
「私は、将臣から望美を奪うつもりはない」
「そんなのしってる。・・・しってるから、いやなんだろ!」
それは子供じみた執着欲。
自分のものを取られたくないと、単純に訴えている。
「のんは、おれとゆずるのだ」
こんなに本気で訴えているのに、何も言い返さないリズヴァーンが嫌いだ。
彼だって望美を必要としてるのに、将臣は気がついていた。
リズヴァーンはいい人だ。
優しく丁寧で嘘を吐かない誠実な人。
そんなの判ってる。
でも将臣の中の嫌な感情が納まらないのだ。
本当は、こんなの嫌なのに。
視界がぼやけ始め、唇を噛んで俯いた。
慰めるように頭に大きな手が置かれ、ゆっくりと頭が撫でられる。
それを黙って享受するのが将臣にとって精一杯だった。
本当は、将臣だってリズヴァーンが好きだった。
少し前まではお昼寝の時間に目が覚める、なんてなかったのに。
「・・・・・・」
目を擦りつつむっと唇を尖らす。
隣を見れば、寝つきがよく寝起きが悪い望美がすうすうと気持ち良さそうに眠っている。
無邪気で可愛らしい寝顔を晒す彼女の隣には、いつも通り望美の居る方向へ体を向けてしっかりと彼女の手を握り寝息を立てる弟の姿。
望美が大好きな譲は、望美と一緒に出来るお昼寝タイムも大好きだ。
共に過ごせない時には泣き叫び、ちょっとした騒動になるが、代わりにこの時間さえ過ごせば機嫌よくいる。
単純だと思うけれど、そんな単純さは嫌いじゃなかった。
望美を共有するのは好きじゃないが弟だけは許せる。
───だが、言い換えれば。弟以外は許せない。
こちらに近づいてくる足音に敏感に反応すると、布団を巻くり立ち上がる。
そして部屋唯一の入り口へと足を向けると、ひょいとジャンプしてノブを捻った。
廊下へ顔を出しきょろきょろと当たりを見渡し、見つけた人物に眉をきりきり吊り上げると、素早く部屋の外へ出てドアを閉めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
向かって来た人物を睨み上げれば、相手は情けなく眉を下げた。
「・・・どいてくれないか、将臣」
「やだ」
「何故だ」
「おれが、のんにリズにいちゃんをあわせたくないから」
「どうして」
「のん、リズにいちゃんがいると、すぐそっちにいっちまうもん。いつもはおれとずっといっしょなのに」
「・・・」
「のんはおれのだぞ!にいちゃんのじゃねえ!」
肩を怒らせ威嚇する。
傍から見れば子猫が毛を逆立てるのに等しい光景だが、本人は到って本気だ。
本気だからこそ困り果て、リズヴァーンは眉尻を下げる。
「私は、将臣から望美を奪うつもりはない」
「そんなのしってる。・・・しってるから、いやなんだろ!」
それは子供じみた執着欲。
自分のものを取られたくないと、単純に訴えている。
「のんは、おれとゆずるのだ」
こんなに本気で訴えているのに、何も言い返さないリズヴァーンが嫌いだ。
彼だって望美を必要としてるのに、将臣は気がついていた。
リズヴァーンはいい人だ。
優しく丁寧で嘘を吐かない誠実な人。
そんなの判ってる。
でも将臣の中の嫌な感情が納まらないのだ。
本当は、こんなの嫌なのに。
視界がぼやけ始め、唇を噛んで俯いた。
慰めるように頭に大きな手が置かれ、ゆっくりと頭が撫でられる。
それを黙って享受するのが将臣にとって精一杯だった。
本当は、将臣だってリズヴァーンが好きだった。
通い慣れた道を、防具と竹刀を持って歩く。
小学校低学年の身でありながらすでに結構な上背のリズヴァーンは、夏も近づいてきたというのにストールを顔半分に巻いていた。
雨が降ると未だに痛むその場所には、家族を失った証がくっきりと残っている。
その証を知らぬものは学校にも道場にもいないが、見て気分がいいものではないだろうとずっとそうしていた。
幾人か通り過ぎる顔見知りに挨拶をしながら真っ直ぐに歩く。
角を曲がって見えてきた場所が、リズヴァーンが現在住んでいる家だった。
指をインターホンに伸ばそうとして、暫し躊躇う。
きっとこの家の玄関は今日も開いている。外部からの侵入者であるリズヴァーンのために、開放されている。
だからこそ、躊躇うのだ。この家は以前はきちんと鍵は閉められていたのを、知っているから。
この家はリズヴァーンの親戚の家だ。少し遠い場所にあったここには、数ヶ月に一度の単位で遊びに来ていた。家族みんながどこか暢気な気質を持ち、暖かで優しい。
そんな場所に異分子が紛れ込んでいいか、未だにリズヴァーンには判らない。
ドアノブに手を伸ばし、躊躇っていると。
「おかえり!リズおにいちゃん!」
勢い良く開いたドアを慌てて避ける。そして僅かな後に高い子供特有の声が響き、どんと腰元に衝撃が走る。
誰かなんて確かめなくても判った。
「望美」
「えへへー。きょうものんがいちばんにわかったんだよ!」
凄いでしょ。誉めて。とばかりに目を輝かせる、低い位置にある頭に手を載せる。
リズヴァーンが帰ってきた喜びを隠さず、もし尻尾があったなら千切れんばかりに振っているのが目に浮かぶ。
何故か理解し難いが、この小さな少女はリズヴァーンが好きらしい。それも、赤ん坊の頃から筋金入りだ。彼女の母親曰く、『一目惚れってやつかしら?』らしい。だが、赤ん坊にそんな機微がわかるとは思えないので、きっと単純に気に入ってくれているのだろう。
クラスメイトが忌避の眼差しで眺めるこの金色の髪も青い瞳も、彼女にとってはこの上なく美しいものらしいから。
腕を広げて待ち構えている望美は、自分が拒絶されると考えていない。
全幅の信頼で、リズヴァーンに抱き上げられるのを待っている。
愛されるのを当然とした少女に、リズヴァーンは小さく笑うと防具を肩に掛けなおした。
そして柔らかく小さな体を抱き上げると、顔の辺りまで持ち上げる。
「おかえりなさい、リズおにいちゃん」
もう一度。今度は近い距離に少し照れたように、望美は告げる。
両手を伸ばしリズヴァーンの頬に当てると、嬉しげに顔を摺り寄せてきた。
そうして自分は今日も安心する。
望美は自分を必要としていると。自分はここにいていいのだと。
きっといつかはなくなるかもしれないこの習慣は、リズヴァーンがこの家に馴染むまでは少なくとも続くのだろう。
子供らしい石鹸の香りに、目元が緩んだ。
「ただいま、望美」
柔らかな頬から離れ額をこつりと合わせる。
くすくすと笑い体を震わせた望美は、腕を伸ばしてリズヴァーンの首を引き寄せた。
落とさぬようにもう一度位置を変え、ぽんと背中を叩く。
「ただいま」
今度こそ躊躇なくドアノブを捻れば、家の奥からおかえりなさいの声が響いた。
小学校低学年の身でありながらすでに結構な上背のリズヴァーンは、夏も近づいてきたというのにストールを顔半分に巻いていた。
雨が降ると未だに痛むその場所には、家族を失った証がくっきりと残っている。
その証を知らぬものは学校にも道場にもいないが、見て気分がいいものではないだろうとずっとそうしていた。
幾人か通り過ぎる顔見知りに挨拶をしながら真っ直ぐに歩く。
角を曲がって見えてきた場所が、リズヴァーンが現在住んでいる家だった。
指をインターホンに伸ばそうとして、暫し躊躇う。
きっとこの家の玄関は今日も開いている。外部からの侵入者であるリズヴァーンのために、開放されている。
だからこそ、躊躇うのだ。この家は以前はきちんと鍵は閉められていたのを、知っているから。
この家はリズヴァーンの親戚の家だ。少し遠い場所にあったここには、数ヶ月に一度の単位で遊びに来ていた。家族みんながどこか暢気な気質を持ち、暖かで優しい。
そんな場所に異分子が紛れ込んでいいか、未だにリズヴァーンには判らない。
ドアノブに手を伸ばし、躊躇っていると。
「おかえり!リズおにいちゃん!」
勢い良く開いたドアを慌てて避ける。そして僅かな後に高い子供特有の声が響き、どんと腰元に衝撃が走る。
誰かなんて確かめなくても判った。
「望美」
「えへへー。きょうものんがいちばんにわかったんだよ!」
凄いでしょ。誉めて。とばかりに目を輝かせる、低い位置にある頭に手を載せる。
リズヴァーンが帰ってきた喜びを隠さず、もし尻尾があったなら千切れんばかりに振っているのが目に浮かぶ。
何故か理解し難いが、この小さな少女はリズヴァーンが好きらしい。それも、赤ん坊の頃から筋金入りだ。彼女の母親曰く、『一目惚れってやつかしら?』らしい。だが、赤ん坊にそんな機微がわかるとは思えないので、きっと単純に気に入ってくれているのだろう。
クラスメイトが忌避の眼差しで眺めるこの金色の髪も青い瞳も、彼女にとってはこの上なく美しいものらしいから。
腕を広げて待ち構えている望美は、自分が拒絶されると考えていない。
全幅の信頼で、リズヴァーンに抱き上げられるのを待っている。
愛されるのを当然とした少女に、リズヴァーンは小さく笑うと防具を肩に掛けなおした。
そして柔らかく小さな体を抱き上げると、顔の辺りまで持ち上げる。
「おかえりなさい、リズおにいちゃん」
もう一度。今度は近い距離に少し照れたように、望美は告げる。
両手を伸ばしリズヴァーンの頬に当てると、嬉しげに顔を摺り寄せてきた。
そうして自分は今日も安心する。
望美は自分を必要としていると。自分はここにいていいのだと。
きっといつかはなくなるかもしれないこの習慣は、リズヴァーンがこの家に馴染むまでは少なくとも続くのだろう。
子供らしい石鹸の香りに、目元が緩んだ。
「ただいま、望美」
柔らかな頬から離れ額をこつりと合わせる。
くすくすと笑い体を震わせた望美は、腕を伸ばしてリズヴァーンの首を引き寄せた。
落とさぬようにもう一度位置を変え、ぽんと背中を叩く。
「ただいま」
今度こそ躊躇なくドアノブを捻れば、家の奥からおかえりなさいの声が響いた。
「ゆーずるくん」
教室の入り口から聞こえた声に、譲はぴくりと反応する。
そして頬を紅潮させ目をきらきらと輝かせてそちらを振り返った。
「のんちゃん!!」
嬉しくて嬉しくて堪らないとばかりに声を上げれば、呼びかけた相手はにこりと綺麗に微笑んだ。
『しつれいします』と律儀に頭を下げた望美は、先生のお話が終わったあとの室内にとことこと入ってくると小さな手を差し伸べる。
今まで遊んでいた友達そっちのけで駆け寄れば、フリルのついたキャミソールに見にスカート姿の幼馴染は、その長い髪をサラリと揺らした。
「のんちゃん、どうしたの?」
「あれ?まさおみくんからきいてない?」
「おにいちゃんから?なにを?」
「きょうね、ゆずるくんたちはわたしのいえにおとまりなんだよー」
「おとまり!ほんとう!?」
「うん、ほんとう」
こくり、と頷いた望美に、譲は益々輝かしい表情になった。
譲はこの生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染のお姉さんが大好きだった。
優しくて強くて可愛くて綺麗な女の子。
譲のクラスにも可愛い子は沢山いるけれど、望美には及ばない。
少し意地っ張りなところはあるけれど、素直な望美が譲は大好きだ。
差し出された掌に躊躇なく手を重ねると、帰る準備をしようねと鞄を取って背負わせてくれた望美ににこりと微笑みかける。
そして今の今まで存在を忘れていた友人達を振り返ると。
「みんな、ばいばい!」
爽やかな笑顔で言い放った。
それに続いて望美もさようなら、と譲の友人に挨拶するとスキップしんばかりの彼に続く。
彼の脳裏にはこれから望美の家でしたいことがリストアップされていき、くすくすと幸せそうな声が零れた。
「のんちゃん、はやく!」
「うん」
ぐいぐいと大好きな望美の掌を握り、兄が現れるまでの短時間でも彼女を独占できる喜びににっこりと子供らしい満面の笑みを浮かべた。
教室の入り口から聞こえた声に、譲はぴくりと反応する。
そして頬を紅潮させ目をきらきらと輝かせてそちらを振り返った。
「のんちゃん!!」
嬉しくて嬉しくて堪らないとばかりに声を上げれば、呼びかけた相手はにこりと綺麗に微笑んだ。
『しつれいします』と律儀に頭を下げた望美は、先生のお話が終わったあとの室内にとことこと入ってくると小さな手を差し伸べる。
今まで遊んでいた友達そっちのけで駆け寄れば、フリルのついたキャミソールに見にスカート姿の幼馴染は、その長い髪をサラリと揺らした。
「のんちゃん、どうしたの?」
「あれ?まさおみくんからきいてない?」
「おにいちゃんから?なにを?」
「きょうね、ゆずるくんたちはわたしのいえにおとまりなんだよー」
「おとまり!ほんとう!?」
「うん、ほんとう」
こくり、と頷いた望美に、譲は益々輝かしい表情になった。
譲はこの生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染のお姉さんが大好きだった。
優しくて強くて可愛くて綺麗な女の子。
譲のクラスにも可愛い子は沢山いるけれど、望美には及ばない。
少し意地っ張りなところはあるけれど、素直な望美が譲は大好きだ。
差し出された掌に躊躇なく手を重ねると、帰る準備をしようねと鞄を取って背負わせてくれた望美ににこりと微笑みかける。
そして今の今まで存在を忘れていた友人達を振り返ると。
「みんな、ばいばい!」
爽やかな笑顔で言い放った。
それに続いて望美もさようなら、と譲の友人に挨拶するとスキップしんばかりの彼に続く。
彼の脳裏にはこれから望美の家でしたいことがリストアップされていき、くすくすと幸せそうな声が零れた。
「のんちゃん、はやく!」
「うん」
ぐいぐいと大好きな望美の掌を握り、兄が現れるまでの短時間でも彼女を独占できる喜びににっこりと子供らしい満面の笑みを浮かべた。
弁慶は年に似合わず早熟な子供だった。
それは生まれ持っての聡い感覚であったり、家庭環境だったりと色々と理由があるがともかく同世代の子供とは一線を画した存在だ。
彼の特異性は自分が特異と理解しつつ周囲に馴染みこんでいるところにある。
ずば抜けて知能の高い子供である我ゆえに出来ることだが、同時に彼は子供らしさがない子供であった。
それも当然だろう。
幼稚園の年長でありながら読み書きどころか三桁の掛け算までマスターしている彼にとって、ボタンが締めれないだのトイレに一人で行けないだの下らない理由で泣き喚く五月蝿い存在と同等に見られるのはこの上ない侮辱である。
普段笑顔で隠している分、その胸の内は計り知れないものがあった。
しかし幼稚園での受けはすこぶる良い。
常に穏やかに微笑んでいる手のかからない子供。
一人で食事も片付けも着替えもトイレも出来、泣くことも我侭を言うこともせず同じクラスの他の子の面倒も進んで見る。
呆気ないほどに簡単に掌で転がる。
それが弁慶の狭い世界の内情だった。
「さわらないで」
涙で瞳に膜を張った少女は、笑顔の弁慶を睨み付けた。
差し出された手は振り払われきりきりと釣りあがった目は射抜くように鋭い。
艶やかな長い黒髪に大きな翡翠の瞳。
人形のように整った顔立ちの少女は、頬を赤く染め上げ激怒していた。
無表情に赤くなった手を眺める。
これだから子供は嫌なのだ。
大人が聞けば渋い顔をしそうな感想を内心で抱き少女を見詰めた。
表情を消した弁慶を警戒するように、腕に抱いたものを護るように身を引く。
怪我をした小鳥は力なく少女の腕の中で声を上げているが、弁慶にはその先が判っていた。
猫にでもやられたのだろう。
殺される寸前まで追いやられ、それでも無残に生き延びた小鳥は小さな掌の中で必死に羽ばたく。
だが翼は折れ所々から血が出ている姿は間もなく来る死を予感させた。
緑の瞳を怒りに染め上げた少女は弁慶から目を離さぬまま後ろへ下がる。
まるで目を離した途端襲い掛かられるとでも思っているかのような警戒のしように唇が歪んだ。
弁慶がその少女を見かけたのは幼稚園の敷地の端だった。
砂場へと誘われ足を向ける最中にしゃがみ込む姿を見つけ、近づいたのは珍しく好奇心が過ぎったからだ。
何をしているのだろうと首を傾げ、誘ったクラスメイトを先に行かせると弁慶は少女へと近づいた。
そして泣きそうな目をした少女が抱えた厄介な存在に、眉を顰めて忠告した。
『それは、もうだめですよ』
弁慶からしたら親切心だった。
助かる見込みがない存在に心を砕いても仕方がないし、何より後になって傷つくのは少女であろう。
情が移るのは見て取れたし、小鳥にとっても延命処置をするより死なせてやった方が楽に決まっている。
だが教えてやった途端、延ばした掌は弾かれた。
子供を護る親のように、動物であれば全身の毛を逆立て怒り狂ってる様子で警戒し距離を取られた。
良かれと思って教えたのに、何故ここまでされなければいけないのか。
「あなたなんて、きらい」
怒りできらきらと輝く瞳が弁慶だけを映し、可愛らしいぷっくりとした赤い唇が開くと同時に罵倒が飛ぶ。
下らない、と眉を寄せる。
だから子供は嫌いだと、滅多に見せない渋い表情を浮かべた。
「べつにすかれなくともかまいません。ですが、そのこはおいていきなさい」
「いや」
「───へたにくるしみをあたえるだけです」
「なにもしないでしぬのをみるのなんていや!あなたなんて、きらい!!」
もう一度、今度は大きな声で叫ぶと少女は踵を返し去っていった。
その後姿を見て一つため息を落とす。
馬鹿な子供だ。
何故かきゅうきゅうと痛む胸を無視して、弁慶もその場を立ち去った。
数日後、泣きながら先日会った場所にしゃがみ込む少女を見つけた。
隣には癖毛がちの髪を持つ男の子の姿。
泣いている少女の髪を幾度も幾度も梳き、慰めるように何かを言っている。
(ほら、みなさい)
だから、忠告したのにと弁慶は苦く思う。
泣くと思ったから教えてあげたのに、やはり馬鹿な子供だ。
忠告に従っていれば、一時の罪悪感と引き換えに胸が張り裂けるような悲しみは得なかった。
ぼろぼろと大粒の涙を零す少女の瞳は兔のように真っ赤だ。
(ばかなこです)
苦く考える弁慶の脳裏には、何故か泣きじゃくる少女の姿が焼き付けられるように鮮やかに残った。
それは生まれ持っての聡い感覚であったり、家庭環境だったりと色々と理由があるがともかく同世代の子供とは一線を画した存在だ。
彼の特異性は自分が特異と理解しつつ周囲に馴染みこんでいるところにある。
ずば抜けて知能の高い子供である我ゆえに出来ることだが、同時に彼は子供らしさがない子供であった。
それも当然だろう。
幼稚園の年長でありながら読み書きどころか三桁の掛け算までマスターしている彼にとって、ボタンが締めれないだのトイレに一人で行けないだの下らない理由で泣き喚く五月蝿い存在と同等に見られるのはこの上ない侮辱である。
普段笑顔で隠している分、その胸の内は計り知れないものがあった。
しかし幼稚園での受けはすこぶる良い。
常に穏やかに微笑んでいる手のかからない子供。
一人で食事も片付けも着替えもトイレも出来、泣くことも我侭を言うこともせず同じクラスの他の子の面倒も進んで見る。
呆気ないほどに簡単に掌で転がる。
それが弁慶の狭い世界の内情だった。
「さわらないで」
涙で瞳に膜を張った少女は、笑顔の弁慶を睨み付けた。
差し出された手は振り払われきりきりと釣りあがった目は射抜くように鋭い。
艶やかな長い黒髪に大きな翡翠の瞳。
人形のように整った顔立ちの少女は、頬を赤く染め上げ激怒していた。
無表情に赤くなった手を眺める。
これだから子供は嫌なのだ。
大人が聞けば渋い顔をしそうな感想を内心で抱き少女を見詰めた。
表情を消した弁慶を警戒するように、腕に抱いたものを護るように身を引く。
怪我をした小鳥は力なく少女の腕の中で声を上げているが、弁慶にはその先が判っていた。
猫にでもやられたのだろう。
殺される寸前まで追いやられ、それでも無残に生き延びた小鳥は小さな掌の中で必死に羽ばたく。
だが翼は折れ所々から血が出ている姿は間もなく来る死を予感させた。
緑の瞳を怒りに染め上げた少女は弁慶から目を離さぬまま後ろへ下がる。
まるで目を離した途端襲い掛かられるとでも思っているかのような警戒のしように唇が歪んだ。
弁慶がその少女を見かけたのは幼稚園の敷地の端だった。
砂場へと誘われ足を向ける最中にしゃがみ込む姿を見つけ、近づいたのは珍しく好奇心が過ぎったからだ。
何をしているのだろうと首を傾げ、誘ったクラスメイトを先に行かせると弁慶は少女へと近づいた。
そして泣きそうな目をした少女が抱えた厄介な存在に、眉を顰めて忠告した。
『それは、もうだめですよ』
弁慶からしたら親切心だった。
助かる見込みがない存在に心を砕いても仕方がないし、何より後になって傷つくのは少女であろう。
情が移るのは見て取れたし、小鳥にとっても延命処置をするより死なせてやった方が楽に決まっている。
だが教えてやった途端、延ばした掌は弾かれた。
子供を護る親のように、動物であれば全身の毛を逆立て怒り狂ってる様子で警戒し距離を取られた。
良かれと思って教えたのに、何故ここまでされなければいけないのか。
「あなたなんて、きらい」
怒りできらきらと輝く瞳が弁慶だけを映し、可愛らしいぷっくりとした赤い唇が開くと同時に罵倒が飛ぶ。
下らない、と眉を寄せる。
だから子供は嫌いだと、滅多に見せない渋い表情を浮かべた。
「べつにすかれなくともかまいません。ですが、そのこはおいていきなさい」
「いや」
「───へたにくるしみをあたえるだけです」
「なにもしないでしぬのをみるのなんていや!あなたなんて、きらい!!」
もう一度、今度は大きな声で叫ぶと少女は踵を返し去っていった。
その後姿を見て一つため息を落とす。
馬鹿な子供だ。
何故かきゅうきゅうと痛む胸を無視して、弁慶もその場を立ち去った。
数日後、泣きながら先日会った場所にしゃがみ込む少女を見つけた。
隣には癖毛がちの髪を持つ男の子の姿。
泣いている少女の髪を幾度も幾度も梳き、慰めるように何かを言っている。
(ほら、みなさい)
だから、忠告したのにと弁慶は苦く思う。
泣くと思ったから教えてあげたのに、やはり馬鹿な子供だ。
忠告に従っていれば、一時の罪悪感と引き換えに胸が張り裂けるような悲しみは得なかった。
ぼろぼろと大粒の涙を零す少女の瞳は兔のように真っ赤だ。
(ばかなこです)
苦く考える弁慶の脳裏には、何故か泣きじゃくる少女の姿が焼き付けられるように鮮やかに残った。
更新内容
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(04/07)
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(03/30)
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