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無欲な君 欲張りな僕より
--お題サイト:恋のお墓さまより--
認め難い屈辱感に、それを上回る飢餓感。
何故、と思うより先に、本能がそれを欲する。
伸びそうになる腕を堪えるために、空いている手で力を篭めて掴んだが、それでも尚持ち主の意思を無視して腕が疼いた。
その存在が苛立たしい。
その才能が嫉ましい。
その輝きが息苦しい。
その微笑みが鬱陶しい。
憎んで憎んで憎んでも憎みきれない、冥加の根本を叩き折った女。
それなのにどうしても欲し望み、輝きを取り戻して欲しいと心のどこかで願っていた。
自分より一回り以上小さい体。
柔らかな表情で気持ち良さそうに演奏を奏でる姿は、体の内から輝いている。
眩しくて直視できないのに、それでも瞳に収めねば気がすまない。
ゆるく弧を描く唇は、嬉しそうに緩んだまま、冥加とは正反対の音を奏でた。
涙が頬を伝う。
どうして、自分は彼女を捨てられないのか。
どうして、砕かれた心の欠片を彼女は手放してくれないのか。
どうして、いっそ全てを奪ってくれなかったのか。
どうして、対等に見てくれなかったのか。
どうして、繋がれたままで居たいと望むのか。
どうして、萎れた姿を見て心が痛むのか。
どうして、───彼女じゃなければいけないのか。
砕かれたのは、初めて持った異性への好意。
踏み躙られたのは、高い矜持を有していた自分の音楽性。
握り潰されたのは、芽生え始めていた恋心。
膨れ上がったのは、哀れみと同情をふんだんに含んだ相手への憎悪。
一度も忘れたことはない。
毎日毎日思い返し、面影が薄れたことはない。
憎んで憎んで憎んで憎んで、あまりに想い過ぎたために、想いは原型を留めなくなった。
舞台の上で演奏は佳境へ入る。
益々輝きを増すかなでに、悔しくて仕方がないのに、どうしてこんなに安堵しているのだ。
彼女を踏み越えて決別する気だったのに、輝きを取り戻した姿に、何故こんなに喜んでいるのだ。
技術的な面でなく、内から発する彼女の音楽性に激しく嫉妬しているのに、どうして届かないままでいてくれと望んでしまうのだ。
唇を噛み締めれば、鉄錆び臭い匂いが口内へ広がる。
だがそれを気にする余裕もなく、瞬きすら惜しんでただ一人を見詰めた。
「・・・小日向、かなで」
何度も何度も口にした、冥加のただ一人の特別。
心の奥深くに居場所を作り、追い出したくても追い出せなかった、ただ一人の女。
「どうして・・・」
胸が焼けそうだ。
想いは強すぎてぶつけるのを躊躇うほどで、それでも欲する心を留められない。
「どうして、お前はそんなに」
冥加が冬を象徴する怜悧な音を出すのなら、かなではこばる日和の午睡のような音を出す。
冥王との呼び名が相応しい自分と違い、暖かな日差しが似合う優しい音色。
心を包み込むその音は、いつだって冥加を惹きつけて止まない。
ああ、そうだ。
本当は、答えなんか判っていた。
本当に望んでいたのは、開放ではなく束縛。
今度こそ、抗いようがないほど、しっかりと掴んで欲しかった。
本当は、ずっと。ずっと、彼女の音に沿いたかった。
一心に見詰めていれば、視線に気付いたように瞼を開けた彼女がこちらを見る。
絡む視線に心臓が跳ね、ふわりと浮かべられた笑みに、心がぎゅうと握りこまれた。
この想いは、理性では押さえ込めない。
冥加玲士の、魂が欲しているのだ。
小日向かなでという存在を。
憎悪や嫌悪で押さえ込んでいた蓋を開ければ、溢れるのは恋心。
表裏一体の感情は、どちらも真実として存在していた。
「・・・どうして、お前は俺に笑いかけるんだ。あれほど、憎んでいると教えたのに」
もう、どうしようもない。
お手上げだ。
冥加玲士ともあろう男が、ただ一人の少女に踊らされている。
七年前を思わせる、否、七年前以上に輝く姿に、心を奪われないはずがないのだ。
負の感情を剥いでしまえば、残るのはヴェールに隠されていた柔らかい感情。
微笑む姿に釣られて、小さな笑みを浮かべる。
彼女は、昔と同じで、とても、とても美しい。
「どうするんだお前は」
無邪気に存在するかなでに、淡い苦笑を浮かべる。
負けを悟れば心は清々しいまでに晴れ渡った。
きっと自分は最初から───もう一度、この音楽が聞きたかっただけなのだろう。
捩れて曲がって真実が見えなくなっていたが、単純な望みはそれだけだったのかもしれない。
光り輝くかなでは、冥加にとって唯一だった。
特別で、大切な、ファム・ファタル。
もし、腕を伸ばしたなら、彼女は掴んでくれるだろうか。
握り返してくれるだろうか。
限りなく低い可能性だが、もし、それを叶えてくれるなら。
───今度こそ、その手を放しはしないと、誰にだって誓って見せるのに。
--お題サイト:恋のお墓さまより--
認め難い屈辱感に、それを上回る飢餓感。
何故、と思うより先に、本能がそれを欲する。
伸びそうになる腕を堪えるために、空いている手で力を篭めて掴んだが、それでも尚持ち主の意思を無視して腕が疼いた。
その存在が苛立たしい。
その才能が嫉ましい。
その輝きが息苦しい。
その微笑みが鬱陶しい。
憎んで憎んで憎んでも憎みきれない、冥加の根本を叩き折った女。
それなのにどうしても欲し望み、輝きを取り戻して欲しいと心のどこかで願っていた。
自分より一回り以上小さい体。
柔らかな表情で気持ち良さそうに演奏を奏でる姿は、体の内から輝いている。
眩しくて直視できないのに、それでも瞳に収めねば気がすまない。
ゆるく弧を描く唇は、嬉しそうに緩んだまま、冥加とは正反対の音を奏でた。
涙が頬を伝う。
どうして、自分は彼女を捨てられないのか。
どうして、砕かれた心の欠片を彼女は手放してくれないのか。
どうして、いっそ全てを奪ってくれなかったのか。
どうして、対等に見てくれなかったのか。
どうして、繋がれたままで居たいと望むのか。
どうして、萎れた姿を見て心が痛むのか。
どうして、───彼女じゃなければいけないのか。
砕かれたのは、初めて持った異性への好意。
踏み躙られたのは、高い矜持を有していた自分の音楽性。
握り潰されたのは、芽生え始めていた恋心。
膨れ上がったのは、哀れみと同情をふんだんに含んだ相手への憎悪。
一度も忘れたことはない。
毎日毎日思い返し、面影が薄れたことはない。
憎んで憎んで憎んで憎んで、あまりに想い過ぎたために、想いは原型を留めなくなった。
舞台の上で演奏は佳境へ入る。
益々輝きを増すかなでに、悔しくて仕方がないのに、どうしてこんなに安堵しているのだ。
彼女を踏み越えて決別する気だったのに、輝きを取り戻した姿に、何故こんなに喜んでいるのだ。
技術的な面でなく、内から発する彼女の音楽性に激しく嫉妬しているのに、どうして届かないままでいてくれと望んでしまうのだ。
唇を噛み締めれば、鉄錆び臭い匂いが口内へ広がる。
だがそれを気にする余裕もなく、瞬きすら惜しんでただ一人を見詰めた。
「・・・小日向、かなで」
何度も何度も口にした、冥加のただ一人の特別。
心の奥深くに居場所を作り、追い出したくても追い出せなかった、ただ一人の女。
「どうして・・・」
胸が焼けそうだ。
想いは強すぎてぶつけるのを躊躇うほどで、それでも欲する心を留められない。
「どうして、お前はそんなに」
冥加が冬を象徴する怜悧な音を出すのなら、かなではこばる日和の午睡のような音を出す。
冥王との呼び名が相応しい自分と違い、暖かな日差しが似合う優しい音色。
心を包み込むその音は、いつだって冥加を惹きつけて止まない。
ああ、そうだ。
本当は、答えなんか判っていた。
本当に望んでいたのは、開放ではなく束縛。
今度こそ、抗いようがないほど、しっかりと掴んで欲しかった。
本当は、ずっと。ずっと、彼女の音に沿いたかった。
一心に見詰めていれば、視線に気付いたように瞼を開けた彼女がこちらを見る。
絡む視線に心臓が跳ね、ふわりと浮かべられた笑みに、心がぎゅうと握りこまれた。
この想いは、理性では押さえ込めない。
冥加玲士の、魂が欲しているのだ。
小日向かなでという存在を。
憎悪や嫌悪で押さえ込んでいた蓋を開ければ、溢れるのは恋心。
表裏一体の感情は、どちらも真実として存在していた。
「・・・どうして、お前は俺に笑いかけるんだ。あれほど、憎んでいると教えたのに」
もう、どうしようもない。
お手上げだ。
冥加玲士ともあろう男が、ただ一人の少女に踊らされている。
七年前を思わせる、否、七年前以上に輝く姿に、心を奪われないはずがないのだ。
負の感情を剥いでしまえば、残るのはヴェールに隠されていた柔らかい感情。
微笑む姿に釣られて、小さな笑みを浮かべる。
彼女は、昔と同じで、とても、とても美しい。
「どうするんだお前は」
無邪気に存在するかなでに、淡い苦笑を浮かべる。
負けを悟れば心は清々しいまでに晴れ渡った。
きっと自分は最初から───もう一度、この音楽が聞きたかっただけなのだろう。
捩れて曲がって真実が見えなくなっていたが、単純な望みはそれだけだったのかもしれない。
光り輝くかなでは、冥加にとって唯一だった。
特別で、大切な、ファム・ファタル。
もし、腕を伸ばしたなら、彼女は掴んでくれるだろうか。
握り返してくれるだろうか。
限りなく低い可能性だが、もし、それを叶えてくれるなら。
───今度こそ、その手を放しはしないと、誰にだって誓って見せるのに。
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いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■ど どんなまことをお持ちでも
「十代目」
きらきらと目を輝かせてこちらを伺う獄寺に、ふっと苦笑する。
他の誰に対してもつんけんしている(控えめな表現で)彼だが、綱吉の前ではとろとろに蕩けたチーズ並に柔らかく熱い。
釣り上がり気味の瞳は純粋な好意を湛え、『あなたが好きです!』と見えない尻尾を全力で振っている錯覚が見えた。
昔から彼は変わらない。体は成長し、肉体的にも精神的にも強くなった。綺麗な顔は昔よりも精悍さを増し、綺麗としか表現できないくせに男らしく格好いい。
切れ上がった二重の瞳の色は藍砥茶よりももう少し薄く、浅緑だろうか。昔彼の瞳と同じ色の宝石が欲しくて色事典なんてものを調べてみたけれど、ついぞ選別しきることが出来なかった。アッシュシルバーの髪を肩を超すくらいに伸ばした彼は、前髪こそ短くなったがその分大人の色気が凄まじい。細身でありながらよく鍛えられた体に、明晰すぎて色々な研究所からスカウトが来た頭脳。冷静沈着と評判でどんなピンチな局面でも表情一つ崩さない。
極めつけの美形であるか女性は放っておいても群がるし、『消えろ、ブス!』と暴言を吐いても、格好いいの一言で許される。蔑みを交えた強い視線がたまらなくイイらしいが、綱吉には判らない境地だ。
だが未だにその顔を直視すれば見惚れてしまう程度に影響力のある顔なのは認めるところだ。美人は三日で飽きると言うが、綱吉の周りに存在する美人にそれは適用されない言葉だった。
「美形は得だなぁ」
「はい?」
「何でもないよ、こっちの話。───それで、今日はどうしたの?俺の右腕は非番のはずだけど」
「はい、今日はお休みいただいてます」
「じゃあ、何で俺の部屋に?今日は仕事を頼んでないよ」
プライベートだというのに、いかにも只者じゃない雰囲気丸出しの濃い紺色のスーツを着た青年に問いかければ、にこり、と花も恥らう微笑みを浮かべて背中に隠していたらしい物体を綱吉に見せた。
イタリア語で『楽園』と書かれた箱は、綱吉も見知ったもので、ぱあ、と意識せず表情が明るくなる。学生時代、スクアーロを巻き込んで通った懐かしい店。ここ一年とんとご無沙汰だったのだけど、まだ潰れていなかったらしい。
「お疲れの十代目に差し入れです!ここのケーキ、お好きでしょう?」
「───良く知ってるねぇ。俺、君に教えた記憶ないんだけど?」
「十代目のことで俺が知らないことはありません!」
喜びもさることながら、若干ドン引きする発言を胸を張って訴える獄寺に、綱吉は苦笑した。
好意は空を包みどこまでも真っ直ぐに。嵐の銘を持つ彼の荒れ狂う天候は、空を護るために存在する。
自分を見守る大空が何者にも傷つけられぬよう、雷を落とし風を吹かせ雨を叩き付けるのだ。
厚く重たい雲の上で、荒れ果てた天候のその上で、変わらず大空が存在するよう、全身全霊で全てを懸ける。
「獄寺君はさ、俺に依存してるね。中学時代の刷り込みが未だに続いてるのは、君が誠実だから?」
思わず口を突いて出た疑問は無遠慮で不躾なものだった。昔からの疑問ではあるが、日本人らしく八橋に包むべきだったか。素っ気無いほど率直な疑問は、彼を傷つけたかもしれない。
中学時代、彼と知り合ったばかりなら、こんな質問恐ろしくて出来なかった。行動が読めない彼は出会いもインパクトがありすぎて、その後の行動もインパクトがありすぎた。いつだって彼の世界の中心は綱吉で、もういい年の今でも変わらない忠誠心は、褪せるどころか強まっている。
ミルフィオーレのボンゴレ狩りが表面化し、一人で出歩けば幹部ですら危ないというのに、その危険も考慮せず綱吉のためにとケーキを買いに走ってしまうほどに。
獄寺の忠誠心は、ボンゴレでも一・二を争うだろう。真っ直ぐな想いはぶれるずに綱吉へ捧げられている。だからこそ怖い。
「君は、もし俺が居なくなったらどうするつもり?」
「十代目が居なくなる?」
「そう。例えばこんな商売に嫌気が差しボンゴレを飛び出したり、例えばXANXUSが反逆して追い出されたり、例えば───そう、例えば俺がミルフィオーレの前に斃れたりして、君を置いていったらどうするの?」
問いかけは簡潔に。そうでないと回りすぎる彼の頭は変な誤回答を弾き出す場合がある。綱吉が絡まなければ優秀な参謀は、自分の介入により崩れることだって少なくない。
それを理解するからこその疑問で、知らねばならない問題であった。
綱吉の言葉を理解するように呟き、暫し黙り込んだ彼はにこりと微笑んだ。混じり気ない、好意百パーセントの笑顔で。
「大丈夫です、十代目!十代目が居なくなったら、俺はどこまでもついていきます。ボンゴレを飛び出しても、XANXUSの野郎に追い出されても、どこまでだって付いて行きます」
「なら、俺が死んだ時は?」
「勿論、付いて行きます!当然です」
胸を張った獄寺に、目を細める。迷いのない断言は危険極まりなく、彼の真実を晒していた。
実際綱吉が万が一命を絶った場合、彼は世界に絶望するだろう。手段はわからぬが、何が何でも綱吉を追おうとするだろう。他の何かに目をくれるはずがなく、居なくなった綱吉を追い求めるだろう。
獄寺の心は脆い。鋼で武装し、誰も近づけぬよう周りを威嚇し、悟られぬように攻撃を繰り返す。そのくせ心の内に入れた相手には甘く、悪態をつきながら全力で護る。野良犬みたいな警戒心に騙されがちだが、彼の心は純粋で繊細だ。そして救いようがないほど一途。
そして彼の存在は綱吉にとっても危険だった。
これほど純粋な好意を一途に注がれ嫌えるはずがない。彼はずるくて酷い。他の誰にも許さない心の柔らかな場所を、綱吉にだけ差し出してくる。握り潰しても壊しても微塵切りにしてもいいのだと、あなたになら何をされてもいいのだと。何をされても赦すのだと。
そうして全てを無条件に捧げるように見せながら、何をしてもいいから捨てないでくれと懇願するのだ。
「君は本当に厄介だよ、獄寺君」
「・・・十代目?」
きょとん、と瞬きを繰り返し首を傾げる彼は、無邪気な子供そのものだった。
だから綱吉は布石を投じる。彼が容易にその命を投げ出さないように、深く深く釘を刺す。
「ねぇ、獄寺君」
「はい、何でしょう?」
「その命、簡単に使わないでよ。俺が必要とする場面で、もっとも効果的に利用してあげるから」
まるで物に対するような発言だ。自分でも何様と聞きたくなるほど傲慢で、呆れるほどに図々しい。浮かべる笑みはふてぶてしく、告げた声は温度がない。
それなのに、その宣言に対し、嬉しげに目元を染めた彼は元気よく『是』と返事をした。
獄寺を置いていくのはとても怖い。彼が綱吉を重要視するのと比例して自分の価値を決めているのを知っているから。
一人になれば、彼は簡単に自分の命を捨てられる。価値を見出せなくなるだろう。
だから。
「俺と約束して、獄寺君。俺が必要とした時にその命を使うと。俺が判断を下さない限り、自分で自分を殺さないと」
約束して、ともう一度告げれば、はいっと空気より軽い返事がきた。
君の世界が闇一色になったとしても、俺は俺の計画を止めない。
彼の真実がどこにあっても、俺の世界を覆せない。
■う うつくしいひとはひとりでうつくしい
「それで君は僕にどうして欲しいの?」
休日に突然訪問した綱吉に驚きもなく出迎えた彼は、手土産のナッツ人形とヒバード人形を弄びながら綱吉へ視線を向けた。黒髪の麗人である雲雀には藍染の浴衣がとてもよく似合い、シンプルな露芝の柄が彼の美貌を引き立てている。
建設途中の日本支部に腰を据える綱吉の守護者の一人で、群れるのを嫌う孤高の風紀委員長は、ボンゴレの支部に自室を作りそこから見える日本庭園を横目に優雅にお茶を啜る。
彼の正面で用意された座布団にきっちりと正座する綱吉は、若干痺れた足を強固な意志で誤魔化しつつ彼と同じようにお茶を啜った。
口に広がる苦味は甘さが混じり渋みも程よくとても美味しい。茶葉もさることながらきっと淹れての手腕もあるだろう。雲雀の補佐を続ける男を思い出すと、少しだけ笑った。
一人でいきなり笑い出した綱吉に、訝しげな眼差しを向けた雲雀は膝の上に置いていた人形を脇へ退ける。熱の篭らない視線は呆れているようにも、関心がないようにも見え判断し難い。
へらり、と笑い返せば、見せ付けるようにため息を吐いた雲雀は、肩に乗るヒバードを指先で撫でるともう一度同じ台詞を繰り返した。
「貴方の好きに振舞ってくれればいいですよ」
嘘偽りない笑顔を向ければ、きゅっと柳眉が寄った。純和風の美貌を持つ雲雀のご尊顔は今日も変わらず美しい。イタリア人の血が遙か彼方に流れている綱吉としては、彼のさらさらの黒髪が羨ましくて仕方ない。だが万が一彼と同じ髪色になったとしてもその美貌に追いつくはずがないので、髪を染めるのは止めている。同じ和服が似合う人種でも、精悍という言葉が似合う山本と違い、麗人という言葉が似合う男だった。
いつも渋い表情をしているが、その美貌が損なわれるものではない。暢気に鑑賞していると、苛立ちを篭めた眼差しが殺気を含んで向けられたので慌てて言い足す。
「本当に、俺がお願いしたのはこの間の一つだけなんで、他は貴方が好きに動いてくれていいんです」
「それがどんな結果をもたらすものであったとしても?」
「はい」
「───君が斃れたと知れたら、ボンゴレは荒れるよ。守護者達は錯乱し、最悪後を追おうとするかもしれない。今は爪を研いでるだけの独立暗殺部隊は牙を剥くかもしれない。同盟ファミリーの長達は自分の家族を護るために敵方に付くかもしれない。僕だって君を裏切って、この町を拠点に生きるかもしれない。それでも君は僕の好きにしていいと?」
「ええ」
瞳に力を篭め頷けば、彼の眉間の皺が益々深くなった。折角綺麗なのに勿体無いと言えば、どこに隠してあるか判らないギミック付きのトンファーで殴られるだろうか。随分と丸くなったけれど、相変わらず彼の凶暴性は衰えて居ないから、きっと殴られるだけじゃなく半死半生の憂き目にあうのだろう。
リアルに出来る想像に身を竦ませると、黒々とした瞳でこちらを伺う彼に微笑む。それは『沢田綱吉』としてでなく『ボンゴレ十世』として利用する微笑みだ。リボーンにお墨付きを頂いた数少ない綱吉の武器の一つは、強い者を好む彼もお気に入りだと知っている。意識して口角を持ち上げると、声を低くして気分を切り替えた。
「俺は俺の作った組織を信用している。確かに守護者は荒れるだろう。だが俺の意思に背く守護者は存在しない。独立部隊は爪も牙も晒すだろう。それでも最強を欲する男が『俺』を諦めると思えない。最後にお前だ、雲雀恭弥。自由を好むお前は束縛を嫌う。浮雲のお前を束縛しようなんて俺は思ってない。それくらい、聡いお前なら気付いてるだろう?」
「・・・当然だよ。この僕を束縛しようなんて百年早い。僕は群れるのは嫌いだ」
「知ってるよ。───だからただ信じよう、俺の雲の守護者を。何だかんだと文句を言いながら、その指輪を捨てないお前を。ボンゴレ十世として、そして沢田綱吉として、信用してる」
纏っていた覇気を笑顔と共に散らす。今度は先ほどまでの空気が重くなる気を纏わず、あくまで綱吉としての笑顔。情けなく眉を下げ、お願いしますと苦笑する。
すると益々不機嫌そうに目を細めた雲雀に睨みつけられ、思わずびびりながら身を引いた。
「飴と鞭のつもりなわけ?」
「俺が、雲雀さんに?そんな高度なプレイが出来たら、貴方を束縛してますよ」
「ふぅん」
もう興味を失ったとばかりに、再び脇に置いていた人形を膝に乗せた美青年に綱吉は苦笑した。
彼は一人だ。それでも綱吉を助ける守護者だ。彼は一人じゃない。彼自身の組織があり、彼自身守護者で居る。
「貴方は自由にしてください、雲雀さん。ああ、でも『過去』の俺を殺さないでくれるとありがたいです。未来を変えても過去がなくなれば終わりですから」
さりげなくお願いすると、人形から視線を上げた彼は詰まらなそうに返事をした。
「僕は僕の好きにする。引き受けたのは教育係だけだ。草食動物がどうなろうと、僕が知ったことじゃない」
「そう言うと思いました」
一瞬脳裏を『選択ミス』とアラームが鳴り響いたが、それでいいのだと本能を捩じ伏せる。
手加減抜きに自分を教育して絶対に裏切らない人間。その為の選別は守護者が適切で、誰より第三者の目を持つ雲雀が良いと直感も告げたはずだ。強く凛々しく厳しい彼は、手加減抜きで綱吉を鍛えてくれるに違いない。短期間で実力を伸ばすには、リボーンが居ない現在彼しか適任は居ないはずだ。
近い内に来る未来───ああ、でもある意味過去であるが───で、『綱吉』が見るのは天国か地獄か。少なくとも人格崩壊だけは起こしてくれるなと祈るしかない。
そんな綱吉の心中を察してか、綺麗な人は、珍しくもその綺麗な面に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰ってきたら、僕と手合わせしなよ。・・・勿論、僕が飽きるまで」
「───善処します」
綺麗だが底知れない恐怖を感じさせる凶悪面から発された台詞を笑顔で躱す。図太くなったと自分自身感心した。
俺の最強の守護者は綺麗な人だ。
群れるのが嫌いだと言うくせに、強烈なカリスマ性で周囲を巻き込む。
容赦なく敵をぶちのめし、気に入らなければ味方もぶちのめす。
孤高になりきれないその人は、それでも一人で立っている。
凛と背筋を伸ばし、誰の色にも染まらない。そんな彼を、とても美しいと思った。
■し 心臓と心はこの場合同じことなのです
「大丈夫か、沢田」
書類仕事の最中であっても、あっけらかんとした存在に、綱吉は淡い苦笑を浮かべる。
仕事の報告に上がった青年は、綱吉の机の上にある書類の山を見て手伝いを申し出てくれたはいいが、全く量が減っている気がしない。
いや、絶対に減ってない。
にこにこと輝く笑みを浮かべた彼───綱吉の守護者の一人であり、日輪の銘を持つ笹川了平は、好意という名の暴挙に及んでいた。
とりあえず言葉に甘えて最近守護者から上がってきた報告を纏めた書類の分別を頼んだのだが、力が強すぎるのかビリっという嫌な音が聞こえたり、うをっ!?という悲鳴の後何かが零れる音が聞こえたり、・・・すまん、と時々懺悔するような声が聞こえてきたりと、とにかく綱吉の心をはらはらとさせる。
確かに書類の束は一つ失せたが、それは決して片付いたとは同意ではなかった。
涙が出そうな現状に、けれど生来小心者の綱吉に、『勘弁してください。部屋で大人しくしてください』などとは言えない。
これが相手が獄寺や山本なら別だろうが、輝かしい笑顔の持ち主である了平に、否定的な言葉を吐く勇気は持てなかった。
「・・・大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
眉を下げて笑えば、まるで大好きな飼い主に誉められた大型犬のように喜色を露にした青年は、益々笑みを深めて胸を張る。
どうにも憎めない態度に、綱吉も釣られて微笑んだ。
「俺は、役に立ったか?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
長い逡巡の後、それでも肯定した自分を誉めて欲しい。
獄寺とは違った意味できらきらしい瞳をぶつけてきた了平は、嬉しそうに頷く。
「それは良かった。最近は忙しく働いてるようだったから、少しでも手伝いたかったのだ。俺は書類仕事には向かんが、努力した甲斐がある」
「ありがとうございます」
そこに異論はなかったので、礼はするりと口から零れた。
どこまでも不器用なこの人は、常に何に対しても一直線だ。
今の位置に立つために自分が捨てたものを持ち続けるこの人を、綱吉は密かにかなり気に入っていた。
心を許す数少ない存在、と言っても過言ではないかもしれない。
「あまり無理はしてくれるなよ。お前が倒れては元も子もない」
「そうですね」
微笑みで肯定しながらも、心は強く反論する。
今ここで無理しなくていつすると言うのだ。
自分の知る限り最強であるはずのリボーンは帰らず、愛しい家族は次々と倒れていく。
打つべき手は全て後手に回り、対策を立てても全て見透かしたように裏を掻かれる。
焦りは常に心を焼いて、状況は最悪のさらに下の下といったところだろうか。
打つべき手は打っている。けれど全てが空回りだ。
一つ一つ道を潰された綱吉は、最早手段を選択していた。
雲雀に打診し協力を仰いだのもそのためで、迷いもぶれももうなくなっている。
「お前こそが俺達の心臓だ。体を動かすための要になる。───頼むから、無理はしてくれるな」
真摯な訴えに、にこり、と微笑む。
ほっと息を吐き出した彼は、二心を持たずして裏表もない。
優しい彼には何も伝えず、ただひっそりと頷いて。
■て 手伝ってください、さよならを始めます
入江正一。
中学時代からの古き知人がコンタクトを取ってきたのは、僅か一週間前。
リボーンがこの場にいれば決断が遅いと頭を殴られるかもしれないくらいの逡巡を経て、綱吉は再び会談の場を設けていた。
二人きりの空間。
誰も居ないその場所で、ボンゴレファミリーの長である綱吉を前に、彼は緊張で体を強張らせていた。
きっちりとスーツを着込んだ綱吉は、目の前で萎縮し怯える青年を見詰める。
眼鏡の奥の瞳は縋るようにこちらに向いており、顔色は青を通り越して土気色。
はっきりと恐怖を面に刻みながら、それでも我慢して留まる姿に目を伏せる。
「───提案を受け入れよう」
「え?」
「協力しようと、言っているんだ」
大きくはない、けれど通りがいい声で告げれば、目を丸くした正一は次の瞬間長く息を吐き出した。
脱力したのかソファの上で体が崩れ、今にも涙が零れそうに瞳は潤んでいる。
その姿を見た綱吉は、淡く苦笑した。
「大丈夫?正一君」
「・・・何とか。君、ギャップがありすぎて怖いよ」
「ははは。そうでもなきゃボンゴレの頭なんて張ってられないよ。普段の俺だとあっという間に殺されちゃうし」
「そうだね。──ドン・ボンゴレの君は簡単に死ななさそうだ。儚げであるのに強く悲愴な覚悟を胸に抱く、黒衣の死神、黄のアルコバレーノの秘蔵の弟子。最強と名高いボンゴレの長の君だからこそ、僕は君に協力を仰いだんだ」
「買い被りすぎだよ、正一君。俺は君たちと何も変わらない。守りたいものを護るために、ただ足掻いてるだけの存在だ」
「それをさらりと口に出す覚悟を持ってるから、強いというんだよ」
先ほどまでの緊張感溢れる姿ではなく、昔、一緒に遊んでいたときのような気安さで持って笑う正一に、綱吉も笑い返した。
彼が綱吉に運んだ情報は信じたくないが信じざるを得ない信憑性を持っており、協力してくれと仰いだ手段はとんでもない奇策だった。
それは綱吉自身にもリスクが高く、出来るならもっとリスクが低く成功率の高い策を得たかったが、一週間死ぬ気で努力してもそれ以上の策はなかった。
一歩間違えば気狂いと言われても仕方ない提案は、それでも信じるに値する根拠と数値を証明された。
目の前に置かれた資料は幾度検分しても納得できるもので、一人だけ得た協力者に意見を聞いたが彼も同じ答えを返した。
だから、踏み切ることにした。
過去も現在も何もかもを巻き込むだろう提案に、たった二人の協力者と手を組み挑む。
それはドン・ボンゴレとして、沢田綱吉として、最良となした選択肢だ。
「・・・成功、するかな」
「成功させるんだよ」
弱気な発言を打ち消すよう、にこりと微笑んで断言する。
死ぬ気になれば何だって出来る。
それを嫌になるほど証明させた男は傍に居ないけれど、骨身に染みて叩き込まれていた。
だから。
「俺は、ドン・ボンゴレとして選択した。後は突き進むだけだ」
最高の友人たちへのさよならの、カウントダウンを始めよう。
■も もしかして永遠とか言うつもりですか
「・・・甘いですよ綱吉君。それで僕の妨害をしたつもりですか」
クーフーフーと地の底から聞こえてくる深いな声に、睡眠に入ろうとしていた意識をたたき起こすとじとりと眉を寄せた。
はっきり言おう。綱吉は不機嫌だ。
毎度毎度何故か寝入りばなを強襲する襲撃者に、じとりと眉を寄せれば、視線が向いたのに気を良くしたらしい男はにこりと微笑んだ。
雲雀と並べても遜色ないくらいオリエンタルな美貌が際立つ男だが、性格の悪さが全てを台無しにしている。
そんな難あり男───六道骸は許可なく綱吉のベッドに足をかけると、子供のようにダイビングしてきた。
「ぐえっ」
「・・・品がないですね。ドン・ボンゴレともあろう男が」
「うめき声に品を求めるな!お前ならどうするって言うんだよ!」
「それは当然微かに眉を顰めて『・・・っ』でしょうね。これくらいですとあざとさがないですし、品も保ててその上色気も醸し出せる。ああ、そうなると君には無理ですよねぇ。何しろ色彩こそ西洋人の血が混じってますが、顔つきは東洋人ののっぺり顔ですもんねぇ」
「悪かったな!のっぺり顔がいいっていう奴もいるんだよ!鼻が低くて可愛いと惚れる奴もいるんだよ!いつまでも若々しくて羨ましいと嫉まれることもあるんだよ!」
「・・・まぁ、君の顔など褒める部分は若さくらいしかありませんもんね。すみません」
「何だよ、その腹が立つ謝罪!謝ってるのか貶してるのかはっきりしろ!」
「馬鹿にしてるだけですので、あしからず」
「~っ」
ベッドの、正確に言えば、ベッドの上で寝ている綱吉の上でごろごろと転がる骸は、全く裏表ありませんとばかりの胡散臭い笑顔を向けてきた。
折角侵入防止のために暗証番号を変えておいたのに、全く問題なく進入した挙句、部屋の主をローラー張りに引くのはどんな了見だろう。
否、どんな了見であっても許せるはずがない暴挙に、びしりと額に青筋を浮かべ首根っこを捕まえる。
本当なら頭に生えているつんつんをむしりとって遣りたいが、武士の情けで我慢してやった。
代わりに男にしては肌理細かくさわり心地の良い頬を思い切り捻りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「・・・もっと品がある悲鳴は出せないわけ?」
「あに馬鹿なほといっへるんでふは!さっさとへをはなひなはい!」
「へを放すー?へを放すってどういう意味?低脳な俺の頭じゃ理解できないよ。ごめんな!」
「わらとらひいしゃらいはいりまへん!しゃっしゃとへをはなひなはい!!」
「あー・・・聞こえない、聞こえない。判別不能な言葉しか聞こえない」
首を振りつつ遠慮なく力を篭めれば、徐々に涙目になってきた男に意地悪く笑いかける。
不愉快そうに眉を吊り上げ、それでもなすがままの彼に、最後に強く力を篭めてから解放してやると、すぐさま手が伸びてきた。
予想通りの行動に目を細めつつ、端を握った布団で骸の体をぐるぐる巻きにする。
卑怯ですよ!と叫び声をあげるのを無視して棒状のそれを抱いてやれば、唇を尖らせて視線を逸らしながら、それでも抵抗は収まった。
「───お前さ、睡眠不足になるたび俺のとこに来る癖、どうにかしろ。女でも作ってしけこめばいい」
「何ですか、その下品な発想。これだからマフィアは嫌なんです。大体僕が眠れないのに君が眠る意味が判りません」
「俺もお前のそのジャイアニズム溢れる発想の意味が判らないよ」
息を吐き出し素直じゃない甘え方の男を、仕方なしに宥めにかかる。
いい年して何をしてるんだと思わなくもないが、そのまま放って置くことも出来ないので毎回有耶無耶で流されていた。
だから骸が図に乗るのだと知っているが、それでも彼の孤独を知っているので甘やかしてしまう。
こんなところ、守護者の面々に見られたら冗談でなく血の雨が降るだろう。
骸が綱吉の元へ通っているのは、彼の分身である髑髏でさえ知らないのだ。
自分が入れば術を使ってさっさと綱吉の部屋に警戒態勢を敷く彼は、二人きりであると漸く肩の力が抜けるらしい。
いつか体を奪う。
いつか滅ぼしてみせる。
いつか根絶やしにしてやる。
そう言いながら、彼が甘えられる場所は綱吉の傍だけで、それを哀れに思わなくもない。
指輪の持つ銘のごとく、実態を掴ませない青年が、唯一心を解ける場所をここと定めたなら、拒絶など出来ようはずもなかった。
「お前さ、もうちょっと不眠症何とかしろよ」
「何とかなるならしています。これは慢性的なものでどうしようもないです」
「医者に───」
「医者を呼んだら医者ごと殺します」
紛れもない本気の殺気を交えた発言に、はぁ、と重たいため息を吐く。
「せめて、俺以外にも抱き枕を作れ」
「クフフフフ。僕は君の睡眠を邪魔するのが好きなんです。寝不足が解消しても、気が済むまで邪魔し続けますよ」
楽しそうに笑う姿は子供みたいで、情けなく眉を下げて笑って見せた。
自分がいなくなった後の骸が少しだけ心配で、それでも迷えない自分が少し嫌だった。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■ど どんなまことをお持ちでも
「十代目」
きらきらと目を輝かせてこちらを伺う獄寺に、ふっと苦笑する。
他の誰に対してもつんけんしている(控えめな表現で)彼だが、綱吉の前ではとろとろに蕩けたチーズ並に柔らかく熱い。
釣り上がり気味の瞳は純粋な好意を湛え、『あなたが好きです!』と見えない尻尾を全力で振っている錯覚が見えた。
昔から彼は変わらない。体は成長し、肉体的にも精神的にも強くなった。綺麗な顔は昔よりも精悍さを増し、綺麗としか表現できないくせに男らしく格好いい。
切れ上がった二重の瞳の色は藍砥茶よりももう少し薄く、浅緑だろうか。昔彼の瞳と同じ色の宝石が欲しくて色事典なんてものを調べてみたけれど、ついぞ選別しきることが出来なかった。アッシュシルバーの髪を肩を超すくらいに伸ばした彼は、前髪こそ短くなったがその分大人の色気が凄まじい。細身でありながらよく鍛えられた体に、明晰すぎて色々な研究所からスカウトが来た頭脳。冷静沈着と評判でどんなピンチな局面でも表情一つ崩さない。
極めつけの美形であるか女性は放っておいても群がるし、『消えろ、ブス!』と暴言を吐いても、格好いいの一言で許される。蔑みを交えた強い視線がたまらなくイイらしいが、綱吉には判らない境地だ。
だが未だにその顔を直視すれば見惚れてしまう程度に影響力のある顔なのは認めるところだ。美人は三日で飽きると言うが、綱吉の周りに存在する美人にそれは適用されない言葉だった。
「美形は得だなぁ」
「はい?」
「何でもないよ、こっちの話。───それで、今日はどうしたの?俺の右腕は非番のはずだけど」
「はい、今日はお休みいただいてます」
「じゃあ、何で俺の部屋に?今日は仕事を頼んでないよ」
プライベートだというのに、いかにも只者じゃない雰囲気丸出しの濃い紺色のスーツを着た青年に問いかければ、にこり、と花も恥らう微笑みを浮かべて背中に隠していたらしい物体を綱吉に見せた。
イタリア語で『楽園』と書かれた箱は、綱吉も見知ったもので、ぱあ、と意識せず表情が明るくなる。学生時代、スクアーロを巻き込んで通った懐かしい店。ここ一年とんとご無沙汰だったのだけど、まだ潰れていなかったらしい。
「お疲れの十代目に差し入れです!ここのケーキ、お好きでしょう?」
「───良く知ってるねぇ。俺、君に教えた記憶ないんだけど?」
「十代目のことで俺が知らないことはありません!」
喜びもさることながら、若干ドン引きする発言を胸を張って訴える獄寺に、綱吉は苦笑した。
好意は空を包みどこまでも真っ直ぐに。嵐の銘を持つ彼の荒れ狂う天候は、空を護るために存在する。
自分を見守る大空が何者にも傷つけられぬよう、雷を落とし風を吹かせ雨を叩き付けるのだ。
厚く重たい雲の上で、荒れ果てた天候のその上で、変わらず大空が存在するよう、全身全霊で全てを懸ける。
「獄寺君はさ、俺に依存してるね。中学時代の刷り込みが未だに続いてるのは、君が誠実だから?」
思わず口を突いて出た疑問は無遠慮で不躾なものだった。昔からの疑問ではあるが、日本人らしく八橋に包むべきだったか。素っ気無いほど率直な疑問は、彼を傷つけたかもしれない。
中学時代、彼と知り合ったばかりなら、こんな質問恐ろしくて出来なかった。行動が読めない彼は出会いもインパクトがありすぎて、その後の行動もインパクトがありすぎた。いつだって彼の世界の中心は綱吉で、もういい年の今でも変わらない忠誠心は、褪せるどころか強まっている。
ミルフィオーレのボンゴレ狩りが表面化し、一人で出歩けば幹部ですら危ないというのに、その危険も考慮せず綱吉のためにとケーキを買いに走ってしまうほどに。
獄寺の忠誠心は、ボンゴレでも一・二を争うだろう。真っ直ぐな想いはぶれるずに綱吉へ捧げられている。だからこそ怖い。
「君は、もし俺が居なくなったらどうするつもり?」
「十代目が居なくなる?」
「そう。例えばこんな商売に嫌気が差しボンゴレを飛び出したり、例えばXANXUSが反逆して追い出されたり、例えば───そう、例えば俺がミルフィオーレの前に斃れたりして、君を置いていったらどうするの?」
問いかけは簡潔に。そうでないと回りすぎる彼の頭は変な誤回答を弾き出す場合がある。綱吉が絡まなければ優秀な参謀は、自分の介入により崩れることだって少なくない。
それを理解するからこその疑問で、知らねばならない問題であった。
綱吉の言葉を理解するように呟き、暫し黙り込んだ彼はにこりと微笑んだ。混じり気ない、好意百パーセントの笑顔で。
「大丈夫です、十代目!十代目が居なくなったら、俺はどこまでもついていきます。ボンゴレを飛び出しても、XANXUSの野郎に追い出されても、どこまでだって付いて行きます」
「なら、俺が死んだ時は?」
「勿論、付いて行きます!当然です」
胸を張った獄寺に、目を細める。迷いのない断言は危険極まりなく、彼の真実を晒していた。
実際綱吉が万が一命を絶った場合、彼は世界に絶望するだろう。手段はわからぬが、何が何でも綱吉を追おうとするだろう。他の何かに目をくれるはずがなく、居なくなった綱吉を追い求めるだろう。
獄寺の心は脆い。鋼で武装し、誰も近づけぬよう周りを威嚇し、悟られぬように攻撃を繰り返す。そのくせ心の内に入れた相手には甘く、悪態をつきながら全力で護る。野良犬みたいな警戒心に騙されがちだが、彼の心は純粋で繊細だ。そして救いようがないほど一途。
そして彼の存在は綱吉にとっても危険だった。
これほど純粋な好意を一途に注がれ嫌えるはずがない。彼はずるくて酷い。他の誰にも許さない心の柔らかな場所を、綱吉にだけ差し出してくる。握り潰しても壊しても微塵切りにしてもいいのだと、あなたになら何をされてもいいのだと。何をされても赦すのだと。
そうして全てを無条件に捧げるように見せながら、何をしてもいいから捨てないでくれと懇願するのだ。
「君は本当に厄介だよ、獄寺君」
「・・・十代目?」
きょとん、と瞬きを繰り返し首を傾げる彼は、無邪気な子供そのものだった。
だから綱吉は布石を投じる。彼が容易にその命を投げ出さないように、深く深く釘を刺す。
「ねぇ、獄寺君」
「はい、何でしょう?」
「その命、簡単に使わないでよ。俺が必要とする場面で、もっとも効果的に利用してあげるから」
まるで物に対するような発言だ。自分でも何様と聞きたくなるほど傲慢で、呆れるほどに図々しい。浮かべる笑みはふてぶてしく、告げた声は温度がない。
それなのに、その宣言に対し、嬉しげに目元を染めた彼は元気よく『是』と返事をした。
獄寺を置いていくのはとても怖い。彼が綱吉を重要視するのと比例して自分の価値を決めているのを知っているから。
一人になれば、彼は簡単に自分の命を捨てられる。価値を見出せなくなるだろう。
だから。
「俺と約束して、獄寺君。俺が必要とした時にその命を使うと。俺が判断を下さない限り、自分で自分を殺さないと」
約束して、ともう一度告げれば、はいっと空気より軽い返事がきた。
君の世界が闇一色になったとしても、俺は俺の計画を止めない。
彼の真実がどこにあっても、俺の世界を覆せない。
■う うつくしいひとはひとりでうつくしい
「それで君は僕にどうして欲しいの?」
休日に突然訪問した綱吉に驚きもなく出迎えた彼は、手土産のナッツ人形とヒバード人形を弄びながら綱吉へ視線を向けた。黒髪の麗人である雲雀には藍染の浴衣がとてもよく似合い、シンプルな露芝の柄が彼の美貌を引き立てている。
建設途中の日本支部に腰を据える綱吉の守護者の一人で、群れるのを嫌う孤高の風紀委員長は、ボンゴレの支部に自室を作りそこから見える日本庭園を横目に優雅にお茶を啜る。
彼の正面で用意された座布団にきっちりと正座する綱吉は、若干痺れた足を強固な意志で誤魔化しつつ彼と同じようにお茶を啜った。
口に広がる苦味は甘さが混じり渋みも程よくとても美味しい。茶葉もさることながらきっと淹れての手腕もあるだろう。雲雀の補佐を続ける男を思い出すと、少しだけ笑った。
一人でいきなり笑い出した綱吉に、訝しげな眼差しを向けた雲雀は膝の上に置いていた人形を脇へ退ける。熱の篭らない視線は呆れているようにも、関心がないようにも見え判断し難い。
へらり、と笑い返せば、見せ付けるようにため息を吐いた雲雀は、肩に乗るヒバードを指先で撫でるともう一度同じ台詞を繰り返した。
「貴方の好きに振舞ってくれればいいですよ」
嘘偽りない笑顔を向ければ、きゅっと柳眉が寄った。純和風の美貌を持つ雲雀のご尊顔は今日も変わらず美しい。イタリア人の血が遙か彼方に流れている綱吉としては、彼のさらさらの黒髪が羨ましくて仕方ない。だが万が一彼と同じ髪色になったとしてもその美貌に追いつくはずがないので、髪を染めるのは止めている。同じ和服が似合う人種でも、精悍という言葉が似合う山本と違い、麗人という言葉が似合う男だった。
いつも渋い表情をしているが、その美貌が損なわれるものではない。暢気に鑑賞していると、苛立ちを篭めた眼差しが殺気を含んで向けられたので慌てて言い足す。
「本当に、俺がお願いしたのはこの間の一つだけなんで、他は貴方が好きに動いてくれていいんです」
「それがどんな結果をもたらすものであったとしても?」
「はい」
「───君が斃れたと知れたら、ボンゴレは荒れるよ。守護者達は錯乱し、最悪後を追おうとするかもしれない。今は爪を研いでるだけの独立暗殺部隊は牙を剥くかもしれない。同盟ファミリーの長達は自分の家族を護るために敵方に付くかもしれない。僕だって君を裏切って、この町を拠点に生きるかもしれない。それでも君は僕の好きにしていいと?」
「ええ」
瞳に力を篭め頷けば、彼の眉間の皺が益々深くなった。折角綺麗なのに勿体無いと言えば、どこに隠してあるか判らないギミック付きのトンファーで殴られるだろうか。随分と丸くなったけれど、相変わらず彼の凶暴性は衰えて居ないから、きっと殴られるだけじゃなく半死半生の憂き目にあうのだろう。
リアルに出来る想像に身を竦ませると、黒々とした瞳でこちらを伺う彼に微笑む。それは『沢田綱吉』としてでなく『ボンゴレ十世』として利用する微笑みだ。リボーンにお墨付きを頂いた数少ない綱吉の武器の一つは、強い者を好む彼もお気に入りだと知っている。意識して口角を持ち上げると、声を低くして気分を切り替えた。
「俺は俺の作った組織を信用している。確かに守護者は荒れるだろう。だが俺の意思に背く守護者は存在しない。独立部隊は爪も牙も晒すだろう。それでも最強を欲する男が『俺』を諦めると思えない。最後にお前だ、雲雀恭弥。自由を好むお前は束縛を嫌う。浮雲のお前を束縛しようなんて俺は思ってない。それくらい、聡いお前なら気付いてるだろう?」
「・・・当然だよ。この僕を束縛しようなんて百年早い。僕は群れるのは嫌いだ」
「知ってるよ。───だからただ信じよう、俺の雲の守護者を。何だかんだと文句を言いながら、その指輪を捨てないお前を。ボンゴレ十世として、そして沢田綱吉として、信用してる」
纏っていた覇気を笑顔と共に散らす。今度は先ほどまでの空気が重くなる気を纏わず、あくまで綱吉としての笑顔。情けなく眉を下げ、お願いしますと苦笑する。
すると益々不機嫌そうに目を細めた雲雀に睨みつけられ、思わずびびりながら身を引いた。
「飴と鞭のつもりなわけ?」
「俺が、雲雀さんに?そんな高度なプレイが出来たら、貴方を束縛してますよ」
「ふぅん」
もう興味を失ったとばかりに、再び脇に置いていた人形を膝に乗せた美青年に綱吉は苦笑した。
彼は一人だ。それでも綱吉を助ける守護者だ。彼は一人じゃない。彼自身の組織があり、彼自身守護者で居る。
「貴方は自由にしてください、雲雀さん。ああ、でも『過去』の俺を殺さないでくれるとありがたいです。未来を変えても過去がなくなれば終わりですから」
さりげなくお願いすると、人形から視線を上げた彼は詰まらなそうに返事をした。
「僕は僕の好きにする。引き受けたのは教育係だけだ。草食動物がどうなろうと、僕が知ったことじゃない」
「そう言うと思いました」
一瞬脳裏を『選択ミス』とアラームが鳴り響いたが、それでいいのだと本能を捩じ伏せる。
手加減抜きに自分を教育して絶対に裏切らない人間。その為の選別は守護者が適切で、誰より第三者の目を持つ雲雀が良いと直感も告げたはずだ。強く凛々しく厳しい彼は、手加減抜きで綱吉を鍛えてくれるに違いない。短期間で実力を伸ばすには、リボーンが居ない現在彼しか適任は居ないはずだ。
近い内に来る未来───ああ、でもある意味過去であるが───で、『綱吉』が見るのは天国か地獄か。少なくとも人格崩壊だけは起こしてくれるなと祈るしかない。
そんな綱吉の心中を察してか、綺麗な人は、珍しくもその綺麗な面に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰ってきたら、僕と手合わせしなよ。・・・勿論、僕が飽きるまで」
「───善処します」
綺麗だが底知れない恐怖を感じさせる凶悪面から発された台詞を笑顔で躱す。図太くなったと自分自身感心した。
俺の最強の守護者は綺麗な人だ。
群れるのが嫌いだと言うくせに、強烈なカリスマ性で周囲を巻き込む。
容赦なく敵をぶちのめし、気に入らなければ味方もぶちのめす。
孤高になりきれないその人は、それでも一人で立っている。
凛と背筋を伸ばし、誰の色にも染まらない。そんな彼を、とても美しいと思った。
■し 心臓と心はこの場合同じことなのです
「大丈夫か、沢田」
書類仕事の最中であっても、あっけらかんとした存在に、綱吉は淡い苦笑を浮かべる。
仕事の報告に上がった青年は、綱吉の机の上にある書類の山を見て手伝いを申し出てくれたはいいが、全く量が減っている気がしない。
いや、絶対に減ってない。
にこにこと輝く笑みを浮かべた彼───綱吉の守護者の一人であり、日輪の銘を持つ笹川了平は、好意という名の暴挙に及んでいた。
とりあえず言葉に甘えて最近守護者から上がってきた報告を纏めた書類の分別を頼んだのだが、力が強すぎるのかビリっという嫌な音が聞こえたり、うをっ!?という悲鳴の後何かが零れる音が聞こえたり、・・・すまん、と時々懺悔するような声が聞こえてきたりと、とにかく綱吉の心をはらはらとさせる。
確かに書類の束は一つ失せたが、それは決して片付いたとは同意ではなかった。
涙が出そうな現状に、けれど生来小心者の綱吉に、『勘弁してください。部屋で大人しくしてください』などとは言えない。
これが相手が獄寺や山本なら別だろうが、輝かしい笑顔の持ち主である了平に、否定的な言葉を吐く勇気は持てなかった。
「・・・大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
眉を下げて笑えば、まるで大好きな飼い主に誉められた大型犬のように喜色を露にした青年は、益々笑みを深めて胸を張る。
どうにも憎めない態度に、綱吉も釣られて微笑んだ。
「俺は、役に立ったか?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
長い逡巡の後、それでも肯定した自分を誉めて欲しい。
獄寺とは違った意味できらきらしい瞳をぶつけてきた了平は、嬉しそうに頷く。
「それは良かった。最近は忙しく働いてるようだったから、少しでも手伝いたかったのだ。俺は書類仕事には向かんが、努力した甲斐がある」
「ありがとうございます」
そこに異論はなかったので、礼はするりと口から零れた。
どこまでも不器用なこの人は、常に何に対しても一直線だ。
今の位置に立つために自分が捨てたものを持ち続けるこの人を、綱吉は密かにかなり気に入っていた。
心を許す数少ない存在、と言っても過言ではないかもしれない。
「あまり無理はしてくれるなよ。お前が倒れては元も子もない」
「そうですね」
微笑みで肯定しながらも、心は強く反論する。
今ここで無理しなくていつすると言うのだ。
自分の知る限り最強であるはずのリボーンは帰らず、愛しい家族は次々と倒れていく。
打つべき手は全て後手に回り、対策を立てても全て見透かしたように裏を掻かれる。
焦りは常に心を焼いて、状況は最悪のさらに下の下といったところだろうか。
打つべき手は打っている。けれど全てが空回りだ。
一つ一つ道を潰された綱吉は、最早手段を選択していた。
雲雀に打診し協力を仰いだのもそのためで、迷いもぶれももうなくなっている。
「お前こそが俺達の心臓だ。体を動かすための要になる。───頼むから、無理はしてくれるな」
真摯な訴えに、にこり、と微笑む。
ほっと息を吐き出した彼は、二心を持たずして裏表もない。
優しい彼には何も伝えず、ただひっそりと頷いて。
■て 手伝ってください、さよならを始めます
入江正一。
中学時代からの古き知人がコンタクトを取ってきたのは、僅か一週間前。
リボーンがこの場にいれば決断が遅いと頭を殴られるかもしれないくらいの逡巡を経て、綱吉は再び会談の場を設けていた。
二人きりの空間。
誰も居ないその場所で、ボンゴレファミリーの長である綱吉を前に、彼は緊張で体を強張らせていた。
きっちりとスーツを着込んだ綱吉は、目の前で萎縮し怯える青年を見詰める。
眼鏡の奥の瞳は縋るようにこちらに向いており、顔色は青を通り越して土気色。
はっきりと恐怖を面に刻みながら、それでも我慢して留まる姿に目を伏せる。
「───提案を受け入れよう」
「え?」
「協力しようと、言っているんだ」
大きくはない、けれど通りがいい声で告げれば、目を丸くした正一は次の瞬間長く息を吐き出した。
脱力したのかソファの上で体が崩れ、今にも涙が零れそうに瞳は潤んでいる。
その姿を見た綱吉は、淡く苦笑した。
「大丈夫?正一君」
「・・・何とか。君、ギャップがありすぎて怖いよ」
「ははは。そうでもなきゃボンゴレの頭なんて張ってられないよ。普段の俺だとあっという間に殺されちゃうし」
「そうだね。──ドン・ボンゴレの君は簡単に死ななさそうだ。儚げであるのに強く悲愴な覚悟を胸に抱く、黒衣の死神、黄のアルコバレーノの秘蔵の弟子。最強と名高いボンゴレの長の君だからこそ、僕は君に協力を仰いだんだ」
「買い被りすぎだよ、正一君。俺は君たちと何も変わらない。守りたいものを護るために、ただ足掻いてるだけの存在だ」
「それをさらりと口に出す覚悟を持ってるから、強いというんだよ」
先ほどまでの緊張感溢れる姿ではなく、昔、一緒に遊んでいたときのような気安さで持って笑う正一に、綱吉も笑い返した。
彼が綱吉に運んだ情報は信じたくないが信じざるを得ない信憑性を持っており、協力してくれと仰いだ手段はとんでもない奇策だった。
それは綱吉自身にもリスクが高く、出来るならもっとリスクが低く成功率の高い策を得たかったが、一週間死ぬ気で努力してもそれ以上の策はなかった。
一歩間違えば気狂いと言われても仕方ない提案は、それでも信じるに値する根拠と数値を証明された。
目の前に置かれた資料は幾度検分しても納得できるもので、一人だけ得た協力者に意見を聞いたが彼も同じ答えを返した。
だから、踏み切ることにした。
過去も現在も何もかもを巻き込むだろう提案に、たった二人の協力者と手を組み挑む。
それはドン・ボンゴレとして、沢田綱吉として、最良となした選択肢だ。
「・・・成功、するかな」
「成功させるんだよ」
弱気な発言を打ち消すよう、にこりと微笑んで断言する。
死ぬ気になれば何だって出来る。
それを嫌になるほど証明させた男は傍に居ないけれど、骨身に染みて叩き込まれていた。
だから。
「俺は、ドン・ボンゴレとして選択した。後は突き進むだけだ」
最高の友人たちへのさよならの、カウントダウンを始めよう。
■も もしかして永遠とか言うつもりですか
「・・・甘いですよ綱吉君。それで僕の妨害をしたつもりですか」
クーフーフーと地の底から聞こえてくる深いな声に、睡眠に入ろうとしていた意識をたたき起こすとじとりと眉を寄せた。
はっきり言おう。綱吉は不機嫌だ。
毎度毎度何故か寝入りばなを強襲する襲撃者に、じとりと眉を寄せれば、視線が向いたのに気を良くしたらしい男はにこりと微笑んだ。
雲雀と並べても遜色ないくらいオリエンタルな美貌が際立つ男だが、性格の悪さが全てを台無しにしている。
そんな難あり男───六道骸は許可なく綱吉のベッドに足をかけると、子供のようにダイビングしてきた。
「ぐえっ」
「・・・品がないですね。ドン・ボンゴレともあろう男が」
「うめき声に品を求めるな!お前ならどうするって言うんだよ!」
「それは当然微かに眉を顰めて『・・・っ』でしょうね。これくらいですとあざとさがないですし、品も保ててその上色気も醸し出せる。ああ、そうなると君には無理ですよねぇ。何しろ色彩こそ西洋人の血が混じってますが、顔つきは東洋人ののっぺり顔ですもんねぇ」
「悪かったな!のっぺり顔がいいっていう奴もいるんだよ!鼻が低くて可愛いと惚れる奴もいるんだよ!いつまでも若々しくて羨ましいと嫉まれることもあるんだよ!」
「・・・まぁ、君の顔など褒める部分は若さくらいしかありませんもんね。すみません」
「何だよ、その腹が立つ謝罪!謝ってるのか貶してるのかはっきりしろ!」
「馬鹿にしてるだけですので、あしからず」
「~っ」
ベッドの、正確に言えば、ベッドの上で寝ている綱吉の上でごろごろと転がる骸は、全く裏表ありませんとばかりの胡散臭い笑顔を向けてきた。
折角侵入防止のために暗証番号を変えておいたのに、全く問題なく進入した挙句、部屋の主をローラー張りに引くのはどんな了見だろう。
否、どんな了見であっても許せるはずがない暴挙に、びしりと額に青筋を浮かべ首根っこを捕まえる。
本当なら頭に生えているつんつんをむしりとって遣りたいが、武士の情けで我慢してやった。
代わりに男にしては肌理細かくさわり心地の良い頬を思い切り捻りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「・・・もっと品がある悲鳴は出せないわけ?」
「あに馬鹿なほといっへるんでふは!さっさとへをはなひなはい!」
「へを放すー?へを放すってどういう意味?低脳な俺の頭じゃ理解できないよ。ごめんな!」
「わらとらひいしゃらいはいりまへん!しゃっしゃとへをはなひなはい!!」
「あー・・・聞こえない、聞こえない。判別不能な言葉しか聞こえない」
首を振りつつ遠慮なく力を篭めれば、徐々に涙目になってきた男に意地悪く笑いかける。
不愉快そうに眉を吊り上げ、それでもなすがままの彼に、最後に強く力を篭めてから解放してやると、すぐさま手が伸びてきた。
予想通りの行動に目を細めつつ、端を握った布団で骸の体をぐるぐる巻きにする。
卑怯ですよ!と叫び声をあげるのを無視して棒状のそれを抱いてやれば、唇を尖らせて視線を逸らしながら、それでも抵抗は収まった。
「───お前さ、睡眠不足になるたび俺のとこに来る癖、どうにかしろ。女でも作ってしけこめばいい」
「何ですか、その下品な発想。これだからマフィアは嫌なんです。大体僕が眠れないのに君が眠る意味が判りません」
「俺もお前のそのジャイアニズム溢れる発想の意味が判らないよ」
息を吐き出し素直じゃない甘え方の男を、仕方なしに宥めにかかる。
いい年して何をしてるんだと思わなくもないが、そのまま放って置くことも出来ないので毎回有耶無耶で流されていた。
だから骸が図に乗るのだと知っているが、それでも彼の孤独を知っているので甘やかしてしまう。
こんなところ、守護者の面々に見られたら冗談でなく血の雨が降るだろう。
骸が綱吉の元へ通っているのは、彼の分身である髑髏でさえ知らないのだ。
自分が入れば術を使ってさっさと綱吉の部屋に警戒態勢を敷く彼は、二人きりであると漸く肩の力が抜けるらしい。
いつか体を奪う。
いつか滅ぼしてみせる。
いつか根絶やしにしてやる。
そう言いながら、彼が甘えられる場所は綱吉の傍だけで、それを哀れに思わなくもない。
指輪の持つ銘のごとく、実態を掴ませない青年が、唯一心を解ける場所をここと定めたなら、拒絶など出来ようはずもなかった。
「お前さ、もうちょっと不眠症何とかしろよ」
「何とかなるならしています。これは慢性的なものでどうしようもないです」
「医者に───」
「医者を呼んだら医者ごと殺します」
紛れもない本気の殺気を交えた発言に、はぁ、と重たいため息を吐く。
「せめて、俺以外にも抱き枕を作れ」
「クフフフフ。僕は君の睡眠を邪魔するのが好きなんです。寝不足が解消しても、気が済むまで邪魔し続けますよ」
楽しそうに笑う姿は子供みたいで、情けなく眉を下げて笑って見せた。
自分がいなくなった後の骸が少しだけ心配で、それでも迷えない自分が少し嫌だった。
その音は酷く甘く優しいものなのに、どうしようもない違和感を感じて服の上から胸を掴む。
何故だろう。
包み込むような包容力に、暖かで柔らかな調べ。
慈しみを篭めた、まるで奏でる本人のように穏やかな音なのに、酷く───酷く、胸が苦しくなった。
壇上で曲を奏でるのは、学生時代にCDデビューを果たした実力者。
その癖それを鼻に掛けるでもなく、穏やかな笑顔を見せていたのに。
一体何が、こんなに怖いのだろう。
探れない原因に冷や汗が一筋流れる。
今にも弾けそうな何かを内包している音は、新の精神を針でつついた。
「相変わらず、怖い音を出すな」
「・・・え?」
ふと、隣を見れば何時の間にそこに居たのか、長い足を知らしめるように足を組んだ衛藤が淡い苦笑を浮かべていた。
他の誰もが聞き惚れている音楽に、渋面を浮かべて今にも耳を塞ぎそうだ。
「あの・・・」
「ん?」
「何で、そんな渋い顔してるんですか?」
包み隠さず疑問をぶつける。
舞台に立っているのは、隣に座る彼と同様世界に名を轟かすヴァイオリニスト。
優しく暖かな旋律が有名な、世界有数の腕を持つ人。
それなのに、同じ立場に立つ衛藤は、これ以上ないくらい顔を顰めて流れる音楽を聴いている。
隣で音を奏でる彼女は心地良さそうに弾いているのに、一体何が違うのだろう。
疑問符を浮かべると、衛藤は口の端を持ち上げた。
意地が悪く見えるのに、そんな表情がこの上なく似合う男だと、関係ないところで感心してしまった。
「言ったろ?俺にはあの人の音が怖い」
「───音が、怖い?」
「ああ。普通に聞いてると甘ったるくて優しく感じる音だが、本質は真逆。甘い音で惑わせて自分の下へ引きずり寄せる。手放さないとばかりに粘着質に絡みつく。上辺だけ優しげだが、酷く執着心が強い。・・・それが、俺には恐ろしい」
淡々と説明され、新にも恐怖の原因が何か判った。
口に出されて理解できた。
彼の、一見すると穏やかな表情で奏でられているその音は、恋に狂った男の出す音だった。
「俺は、あの人を尊敬してる。奏でる音楽は澄んでいて、あの人ならではの響きがある。優しくて暖かで柔らかく心地よい。けど、香穂子が絡むと別だ。酷く男らしい独占欲に満ちた音楽を、ごく稀に奏でる。俺は、その音が怖くて仕方ない」
口では怖いといいながら、それでも一切表情に恐怖を表さない衛藤に新は喉を鳴らした。
先ほどまで酷く渋い顔をしていたくせに、今の彼は奏でられる曲を聞きながら挑むように壇上の男を睨み付けていた。
唇は弧を描き、好戦的な笑みは彼にとても似合っている。
「忠告しといてやるよ、少年。普段からあからさまな男より、黙して語らぬ男の方が、恋敵として厄介な場合があるんだぜ」
「・・・はぁ」
「お前んとこの抜けてそうな部長なんかその典型だな。精々足元を掬われないようにしとけよ」
ちらり、と視線を向けた彼は、まるで少年のような無邪気な笑顔を浮かべた。
世界トップレベルの音楽家から受けた助言に、どう返せばいいか判らず、新は結局曖昧な笑みを浮かべて沈黙した。
肯定しても否定しそうも角が立ちそうなアドバイスだったが、とりあえず明日からもう少し視野を広げてみようと心の中で決めてみた。
何故だろう。
包み込むような包容力に、暖かで柔らかな調べ。
慈しみを篭めた、まるで奏でる本人のように穏やかな音なのに、酷く───酷く、胸が苦しくなった。
壇上で曲を奏でるのは、学生時代にCDデビューを果たした実力者。
その癖それを鼻に掛けるでもなく、穏やかな笑顔を見せていたのに。
一体何が、こんなに怖いのだろう。
探れない原因に冷や汗が一筋流れる。
今にも弾けそうな何かを内包している音は、新の精神を針でつついた。
「相変わらず、怖い音を出すな」
「・・・え?」
ふと、隣を見れば何時の間にそこに居たのか、長い足を知らしめるように足を組んだ衛藤が淡い苦笑を浮かべていた。
他の誰もが聞き惚れている音楽に、渋面を浮かべて今にも耳を塞ぎそうだ。
「あの・・・」
「ん?」
「何で、そんな渋い顔してるんですか?」
包み隠さず疑問をぶつける。
舞台に立っているのは、隣に座る彼と同様世界に名を轟かすヴァイオリニスト。
優しく暖かな旋律が有名な、世界有数の腕を持つ人。
それなのに、同じ立場に立つ衛藤は、これ以上ないくらい顔を顰めて流れる音楽を聴いている。
隣で音を奏でる彼女は心地良さそうに弾いているのに、一体何が違うのだろう。
疑問符を浮かべると、衛藤は口の端を持ち上げた。
意地が悪く見えるのに、そんな表情がこの上なく似合う男だと、関係ないところで感心してしまった。
「言ったろ?俺にはあの人の音が怖い」
「───音が、怖い?」
「ああ。普通に聞いてると甘ったるくて優しく感じる音だが、本質は真逆。甘い音で惑わせて自分の下へ引きずり寄せる。手放さないとばかりに粘着質に絡みつく。上辺だけ優しげだが、酷く執着心が強い。・・・それが、俺には恐ろしい」
淡々と説明され、新にも恐怖の原因が何か判った。
口に出されて理解できた。
彼の、一見すると穏やかな表情で奏でられているその音は、恋に狂った男の出す音だった。
「俺は、あの人を尊敬してる。奏でる音楽は澄んでいて、あの人ならではの響きがある。優しくて暖かで柔らかく心地よい。けど、香穂子が絡むと別だ。酷く男らしい独占欲に満ちた音楽を、ごく稀に奏でる。俺は、その音が怖くて仕方ない」
口では怖いといいながら、それでも一切表情に恐怖を表さない衛藤に新は喉を鳴らした。
先ほどまで酷く渋い顔をしていたくせに、今の彼は奏でられる曲を聞きながら挑むように壇上の男を睨み付けていた。
唇は弧を描き、好戦的な笑みは彼にとても似合っている。
「忠告しといてやるよ、少年。普段からあからさまな男より、黙して語らぬ男の方が、恋敵として厄介な場合があるんだぜ」
「・・・はぁ」
「お前んとこの抜けてそうな部長なんかその典型だな。精々足元を掬われないようにしとけよ」
ちらり、と視線を向けた彼は、まるで少年のような無邪気な笑顔を浮かべた。
世界トップレベルの音楽家から受けた助言に、どう返せばいいか判らず、新は結局曖昧な笑みを浮かべて沈黙した。
肯定しても否定しそうも角が立ちそうなアドバイスだったが、とりあえず明日からもう少し視野を広げてみようと心の中で決めてみた。
いつか どうしても 悲しいときに
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■い 一番近くが無理だったときは
「行くの、リボーン?」
黒衣の死神との呼び名通りに全身を黒で決めた元・家庭教師に声をかける。
ボルサリーノにクラシコイタリアのスーツ。
均整の取れたスタイルに、一瞬で目が奪われる絶世の美貌。将来どころか赤ん坊の時分から女泣かせな彼は、自身の魅力をきっちりと理解している。
自分よりも身長は低いくせに、身に纏う雰囲気は老獪で油断ならぬもの。
黄のアルコバレーノ──殺し屋リボーンは、子供らしくはないが反面とても彼らしいニヒルな笑みを口元に刷いた。
「何だツナ。寂しいのか?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。そうじゃなく、俺が言いたいのは───」
「一丁前に俺の心配か?お前が?この俺を?」
器用にも綱吉より背が低いはずのリボーンは、下から綱吉を見下した。
小馬鹿にした様子は余裕たっぷりで、何の心配も必要ないと、どころかそれは侮辱にしかならないと言外に告げている。
しかしそれは上辺だけのものでしかないと綱吉は知っているし、誰よりリボーンが理解しているだろう。
徐々に横行し始めたミルフィオーレによるマフィア狩り。
規模は段々と大きくなり、新興勢力であったはずのそれは、ついに大御所のボンゴレにまで手を出すようになっていた。
始めはこちらが有利に進んでいたはずの戦いの、異変に気づいたのはいつだったか。
目の前の少年に鍛えられた超直感が絶えずアラームを鳴らし、迫る危機の大きさに油断ならないと本能が叫ぶ。
綱吉と違い目の前の少年には超直感はないが、彼とてその長年の経験で悟っているはずだ。
今回の敵は、今までに類を見ない凶悪で凶暴なものだと。
気を抜けば喉元を食い破られるのは綱吉率いるボンゴレで、マフィア界一のファミリーすら存亡は危ういと。
アルコバレーノの強さは綱吉自身よく知っている。
リボーンを筆頭に彼ら虹色の冠がつく赤ん坊を十年近く見てきたのだ。突出した強さは自分が敵うものではなく、歴然とした差があった。
それは一生を懸けても埋まらない溝で、だからこそ綱吉は誰よりアルコバレーノを恐怖する。
赤子の首を捻る容易さで彼らは自分を殺す事が出来る。それくらい、個々の能力は秀でていた。
けど、それでも。
彼らの強さを知っているはずの綱吉なのに、頭の中の警報が鳴り止まないのだ。
赤い点滅を繰り返し、彼を止めろと全力で訴える。
綱吉の直感はまず外れない。
これを鍛えたのがリボーンである限り、外れないのだ。
「リボーン」
「・・・俺を心配だなんてふざけた言葉を吐くなよ、ツナ。お前が心配するのは俺のことじゃねぇ。お前のファミリー、守ってやる家族のことだけだ」
「けど」
「俺を失望させるな、ツナ。俺はお前を何処に出しても恥ずかしくない十代目に育てたはずだ。お前を育てた俺を信用出来ないか」
「───その聞き方は卑怯だリボーン。俺には一つしか答えが用意されてない」
「当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
「黒衣の死神、黄のアルコバレーノ。最強の殺し屋で、俺の最高の家庭教師だ」
迷わず告げれば満足げに頷いたリボーンは、綱吉の制止も聞かずにさっさと背を向けた。
もうリボーンは決めてしまったのだ。
ならば綱吉が何を言っても止まらない。止められない。
体の脇で拳を握ると、深く深呼吸を繰り返す。
どうにかして心を静め、随分と距離が開いた元・家庭教師に向けて声を張り上げた。
「リボーン!」
「・・・・・・」
「絶対帰って来い!家族と一緒に待ってる!」
精一杯心を込めて叫べば、振り返りはしなかったが応えるように片手を上げた。
自分よりも小さくて、遥かに大きい背中を見詰め綱吉は唇をかみ締めた。
■つ 月はめぐる、星もめぐる、君だってきっと
「・・・協力しよう、綱吉君」
中学時代に知り合った懐かしい男の言葉に、綱吉は瞼を閉じた。
相手は今尚勢力を拡充し続けるミルフィオーレの幹部の一人。
信じるには危険で、リスクが高い男だった。
ドン・ボンゴレである自分の領域で、供も付けずに居座る彼を目を細めて観察する。
確かに嘗ては交流があった男だが、彼を信じても良いか、情に流され判断できる立場にない。
綱吉の肩にはボンゴレに所属する家族全ての命が乗っており、自己の甘い判断により彼らを危険に晒す真似は絶対に出来なかった。
それは己の信条に反するし、自分を育ててくれた元・家庭教師の教えにも背いたものだ。
閉じた瞼の裏で間黒衣の死神を思い描き、振り切るように息を吐く。
先日出て行ったリボーンは、一週間経った今でも帰ってこない。
嫌な噂ばかりが出回り、綱吉自身その噂を否定する要素を何一つ持ってなかった。
曰く、黒衣の死神リボーンは、ミルフィオーレにより斃れた、と。
信じたくなくて信じないための証拠を集めるために情報を探した。
しかしながら手元に来るのは全て噂を真実と知らしめるためのものばかりで、状況的証拠だけの情報だけだったとはいえ彼の生存を確認できるものは何もない。
それがまた綱吉を苛立たせ焦りを募らせたが、本当は判っていた。
数日前、突如脳裏で超直感のアラームが強く鳴ったと思った瞬間、胸の奥深く、心の一部が削げ落ちたような空虚な感覚が身を襲った。
自分自身が欠けてしまったように空ろな部分は埋まらず、日々焦燥で心が焼け落ちそうだ。
苦しくて切なくてもどかしくて仕方ない。それなのに失ったピースを求めても、世界の何処にもないのだと直感が知らしめる。
何より信じられる自分の超直感を鍛えたのは、何より信用していた家庭教師だった。
それはつまりそういう意味だと、綱吉は悟るしかなかった。
「僕は世界を破滅に導く彼らを止めたい。その為の方法もずっと考えてきたし、未来を変える手段を開発した。こうなったのは僕の所為だ。───身勝手な頼みだと知っている。それでも、君にしか出来ないんだ!お願いだ、協力してくれ綱吉君!!」
全身で訴えかける彼───正一に、嘘はないように見えた。
そして彼が告げる計画の内容は綱吉にとって魅力的で、自分が考えたどの手段よりも一番勝算が高い気がした。
『未来を変える』
そうすれば失われた何もかもを取り戻し、尚且つ彼の告げる正常な道へと時間軸を戻せるのだろうか。
瞼を閉じれば、自信に満ちたニヒルな笑顔。
誰よりも何よりも信じる、最強で最凶な人の姿。
もしも、未来が変えられるなら、それは綱吉にとって何よりも大きな誘惑である。
『俺を失望させるな、ツナ』
それでも楔になる言葉がある。
自分の欲求だけでなく、何を標とすべきか綱吉の根本に叩き込んだのも彼。
彼に失望されるのは、命を失うよりも恐ろしい。
だから。
「───考えさせてもらう。俺にとって、それが第一の手段ならば、俺はお前の手を取ろう」
ドン・ボンゴレとして最良の道を選択せねばならない。
例えそれが、もう二度と彼と見(まみ)えることがない人生だったとしても、彼に恥じない生き方をしたい。
ファミリーを守るのは綱吉の本能に近く、その為なら自分を売るのも容易だ。
だが落ちぶれても自分は『ドン・ボンゴレ』。
その命の価値を安売りしたりは決してしない。
もし、もう一度彼に見えた時に胸を張って笑えるように、自分の命すら駒の一つとして使おう。
最良の瞬間に、最高の使い方を。
家庭教師に教え込まれたボンゴレの帝王の笑みに、喉を鳴らした敵勢力の幹部の案が本当に良策か。
判別するために一番必要な人物を、脳裏に幾人かリストアップした。
■か かたっぱしから思い出して笑えるような
混じりけない綺麗な金色の髪を月夜に照らす青年に、綱吉はくすりと笑いかける。
ボンゴレにとって不利な状況になりつつあるのに、王子を自称する彼の余裕は崩れない。
彼がボスと仰ぐ男の裁量を信じているのか、それとも絶対の自信を持つ自分の実力故なのか。
少なくとも綱吉が『ドン・ボンゴレ』であるからなどと欠片も考えないだろう彼に、心が僅かに解れた。
「また、報告書は略式?」
「うししし、何か文句ある?」
「そりゃあるよ。どうせ此処まで来るんだから完璧なものを持ってきてくれれば手間が省けるのに」
「やだね。何で俺がそんな面倒なことしなきゃなんないの?」
「ベルがこの仕事の担当責任者だからねぇ。求めて当然じゃない?」
「俺は報告書なんて書かなくてもいいの。そんな地味な作業はスクアーロがやるっしょ。俺には事務仕事は似合わないし。だって俺、王子だもん」
いつもどおりの決まり文句に、思わず破顔してしまう。
彼は何処まで行ってもゴーイングマイウェイで、悪気がない行動は大層迷惑なものなのに、いっそ笑えるくらいに清々しい。
今も『俺、王子だし』の理論で書類を押し付けられたスクアーロの憤怒が目に浮かぶ。
ヴァリアー一苦労性の彼は、怒り叫び喚きながらも何だかんだで書類をきっちり片付けて提出してくれるだろう。
独立暗殺部隊のナンバー2とは思えない扱いだが、それがスクアーロなのだと今では言えてしまう。
人に仕事を押し付けたくせに、何故か毎度提出しなくてもいい『簡易報告書』はきっちりと自分の元へ持ってくるベルフェゴールも、可愛いと言えば言えなくない。
馬鹿と天才は紙一重だと良く聞くが、まさしく彼はそれを体現している。
自分の興味を擽る事に関しては欲求が深いくせに、関心がないことにはいっそ潔いほど無欲だ。
綱吉より年上のはずだが、子供みたいな無邪気な一面を知ってしまったから、綱吉は彼を心の底から拒否出来なくなってしまった。
昔は獄寺を瀕死の重傷まで追い込んだ彼に恐怖しか覚えなかったのに、随分と図太くなった神経に自分でも呆れる。
けれど彼と付き合おうと思えば普通の神経では絶対に無理なので、丁度いいのだろう。
「報告、ありがとう」
「ししっ、感謝してよ綱吉。この俺が態々持ってきてやったんだから」
「うん、感謝してるよ。さすがベル」
「うししし」
率直に誉めれば首を竦めた彼は嬉しそうに声を上げた。
ある種素直な彼は、自分の嵐の守護者と少しばかり似ている部分があり、年上なのに可愛いと思えた。
「さて、今日のお仕事は終わりです」
「じゃ、王子も部屋に帰ろーっと。明日はオフだから遊びに行くし」
「そうですか。じゃあ、お土産お願い。ドルチェセットで宜しく」
「王子に頼みごと?ま、いいけど」
機嫌よく踵を返す彼は、目立つ外見なのに徐々に闇に姿を潜らせる。
その姿が消え去る前に。
「XANXUSを頼むよ、ベル」
囁いた声が、届いていなければいい。
いつだって笑っているマイペースな彼は、きっと自分が居ない未来でも笑っているだろう。
自分の死程度で彼の笑顔は曇らぬと、信じているのか信じたいのか。
綱吉には、判断がつかなかった。
--お題サイト:afaikさまより--
*4部作です。
■い 一番近くが無理だったときは
「行くの、リボーン?」
黒衣の死神との呼び名通りに全身を黒で決めた元・家庭教師に声をかける。
ボルサリーノにクラシコイタリアのスーツ。
均整の取れたスタイルに、一瞬で目が奪われる絶世の美貌。将来どころか赤ん坊の時分から女泣かせな彼は、自身の魅力をきっちりと理解している。
自分よりも身長は低いくせに、身に纏う雰囲気は老獪で油断ならぬもの。
黄のアルコバレーノ──殺し屋リボーンは、子供らしくはないが反面とても彼らしいニヒルな笑みを口元に刷いた。
「何だツナ。寂しいのか?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。そうじゃなく、俺が言いたいのは───」
「一丁前に俺の心配か?お前が?この俺を?」
器用にも綱吉より背が低いはずのリボーンは、下から綱吉を見下した。
小馬鹿にした様子は余裕たっぷりで、何の心配も必要ないと、どころかそれは侮辱にしかならないと言外に告げている。
しかしそれは上辺だけのものでしかないと綱吉は知っているし、誰よりリボーンが理解しているだろう。
徐々に横行し始めたミルフィオーレによるマフィア狩り。
規模は段々と大きくなり、新興勢力であったはずのそれは、ついに大御所のボンゴレにまで手を出すようになっていた。
始めはこちらが有利に進んでいたはずの戦いの、異変に気づいたのはいつだったか。
目の前の少年に鍛えられた超直感が絶えずアラームを鳴らし、迫る危機の大きさに油断ならないと本能が叫ぶ。
綱吉と違い目の前の少年には超直感はないが、彼とてその長年の経験で悟っているはずだ。
今回の敵は、今までに類を見ない凶悪で凶暴なものだと。
気を抜けば喉元を食い破られるのは綱吉率いるボンゴレで、マフィア界一のファミリーすら存亡は危ういと。
アルコバレーノの強さは綱吉自身よく知っている。
リボーンを筆頭に彼ら虹色の冠がつく赤ん坊を十年近く見てきたのだ。突出した強さは自分が敵うものではなく、歴然とした差があった。
それは一生を懸けても埋まらない溝で、だからこそ綱吉は誰よりアルコバレーノを恐怖する。
赤子の首を捻る容易さで彼らは自分を殺す事が出来る。それくらい、個々の能力は秀でていた。
けど、それでも。
彼らの強さを知っているはずの綱吉なのに、頭の中の警報が鳴り止まないのだ。
赤い点滅を繰り返し、彼を止めろと全力で訴える。
綱吉の直感はまず外れない。
これを鍛えたのがリボーンである限り、外れないのだ。
「リボーン」
「・・・俺を心配だなんてふざけた言葉を吐くなよ、ツナ。お前が心配するのは俺のことじゃねぇ。お前のファミリー、守ってやる家族のことだけだ」
「けど」
「俺を失望させるな、ツナ。俺はお前を何処に出しても恥ずかしくない十代目に育てたはずだ。お前を育てた俺を信用出来ないか」
「───その聞き方は卑怯だリボーン。俺には一つしか答えが用意されてない」
「当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
「黒衣の死神、黄のアルコバレーノ。最強の殺し屋で、俺の最高の家庭教師だ」
迷わず告げれば満足げに頷いたリボーンは、綱吉の制止も聞かずにさっさと背を向けた。
もうリボーンは決めてしまったのだ。
ならば綱吉が何を言っても止まらない。止められない。
体の脇で拳を握ると、深く深呼吸を繰り返す。
どうにかして心を静め、随分と距離が開いた元・家庭教師に向けて声を張り上げた。
「リボーン!」
「・・・・・・」
「絶対帰って来い!家族と一緒に待ってる!」
精一杯心を込めて叫べば、振り返りはしなかったが応えるように片手を上げた。
自分よりも小さくて、遥かに大きい背中を見詰め綱吉は唇をかみ締めた。
■つ 月はめぐる、星もめぐる、君だってきっと
「・・・協力しよう、綱吉君」
中学時代に知り合った懐かしい男の言葉に、綱吉は瞼を閉じた。
相手は今尚勢力を拡充し続けるミルフィオーレの幹部の一人。
信じるには危険で、リスクが高い男だった。
ドン・ボンゴレである自分の領域で、供も付けずに居座る彼を目を細めて観察する。
確かに嘗ては交流があった男だが、彼を信じても良いか、情に流され判断できる立場にない。
綱吉の肩にはボンゴレに所属する家族全ての命が乗っており、自己の甘い判断により彼らを危険に晒す真似は絶対に出来なかった。
それは己の信条に反するし、自分を育ててくれた元・家庭教師の教えにも背いたものだ。
閉じた瞼の裏で間黒衣の死神を思い描き、振り切るように息を吐く。
先日出て行ったリボーンは、一週間経った今でも帰ってこない。
嫌な噂ばかりが出回り、綱吉自身その噂を否定する要素を何一つ持ってなかった。
曰く、黒衣の死神リボーンは、ミルフィオーレにより斃れた、と。
信じたくなくて信じないための証拠を集めるために情報を探した。
しかしながら手元に来るのは全て噂を真実と知らしめるためのものばかりで、状況的証拠だけの情報だけだったとはいえ彼の生存を確認できるものは何もない。
それがまた綱吉を苛立たせ焦りを募らせたが、本当は判っていた。
数日前、突如脳裏で超直感のアラームが強く鳴ったと思った瞬間、胸の奥深く、心の一部が削げ落ちたような空虚な感覚が身を襲った。
自分自身が欠けてしまったように空ろな部分は埋まらず、日々焦燥で心が焼け落ちそうだ。
苦しくて切なくてもどかしくて仕方ない。それなのに失ったピースを求めても、世界の何処にもないのだと直感が知らしめる。
何より信じられる自分の超直感を鍛えたのは、何より信用していた家庭教師だった。
それはつまりそういう意味だと、綱吉は悟るしかなかった。
「僕は世界を破滅に導く彼らを止めたい。その為の方法もずっと考えてきたし、未来を変える手段を開発した。こうなったのは僕の所為だ。───身勝手な頼みだと知っている。それでも、君にしか出来ないんだ!お願いだ、協力してくれ綱吉君!!」
全身で訴えかける彼───正一に、嘘はないように見えた。
そして彼が告げる計画の内容は綱吉にとって魅力的で、自分が考えたどの手段よりも一番勝算が高い気がした。
『未来を変える』
そうすれば失われた何もかもを取り戻し、尚且つ彼の告げる正常な道へと時間軸を戻せるのだろうか。
瞼を閉じれば、自信に満ちたニヒルな笑顔。
誰よりも何よりも信じる、最強で最凶な人の姿。
もしも、未来が変えられるなら、それは綱吉にとって何よりも大きな誘惑である。
『俺を失望させるな、ツナ』
それでも楔になる言葉がある。
自分の欲求だけでなく、何を標とすべきか綱吉の根本に叩き込んだのも彼。
彼に失望されるのは、命を失うよりも恐ろしい。
だから。
「───考えさせてもらう。俺にとって、それが第一の手段ならば、俺はお前の手を取ろう」
ドン・ボンゴレとして最良の道を選択せねばならない。
例えそれが、もう二度と彼と見(まみ)えることがない人生だったとしても、彼に恥じない生き方をしたい。
ファミリーを守るのは綱吉の本能に近く、その為なら自分を売るのも容易だ。
だが落ちぶれても自分は『ドン・ボンゴレ』。
その命の価値を安売りしたりは決してしない。
もし、もう一度彼に見えた時に胸を張って笑えるように、自分の命すら駒の一つとして使おう。
最良の瞬間に、最高の使い方を。
家庭教師に教え込まれたボンゴレの帝王の笑みに、喉を鳴らした敵勢力の幹部の案が本当に良策か。
判別するために一番必要な人物を、脳裏に幾人かリストアップした。
■か かたっぱしから思い出して笑えるような
混じりけない綺麗な金色の髪を月夜に照らす青年に、綱吉はくすりと笑いかける。
ボンゴレにとって不利な状況になりつつあるのに、王子を自称する彼の余裕は崩れない。
彼がボスと仰ぐ男の裁量を信じているのか、それとも絶対の自信を持つ自分の実力故なのか。
少なくとも綱吉が『ドン・ボンゴレ』であるからなどと欠片も考えないだろう彼に、心が僅かに解れた。
「また、報告書は略式?」
「うししし、何か文句ある?」
「そりゃあるよ。どうせ此処まで来るんだから完璧なものを持ってきてくれれば手間が省けるのに」
「やだね。何で俺がそんな面倒なことしなきゃなんないの?」
「ベルがこの仕事の担当責任者だからねぇ。求めて当然じゃない?」
「俺は報告書なんて書かなくてもいいの。そんな地味な作業はスクアーロがやるっしょ。俺には事務仕事は似合わないし。だって俺、王子だもん」
いつもどおりの決まり文句に、思わず破顔してしまう。
彼は何処まで行ってもゴーイングマイウェイで、悪気がない行動は大層迷惑なものなのに、いっそ笑えるくらいに清々しい。
今も『俺、王子だし』の理論で書類を押し付けられたスクアーロの憤怒が目に浮かぶ。
ヴァリアー一苦労性の彼は、怒り叫び喚きながらも何だかんだで書類をきっちり片付けて提出してくれるだろう。
独立暗殺部隊のナンバー2とは思えない扱いだが、それがスクアーロなのだと今では言えてしまう。
人に仕事を押し付けたくせに、何故か毎度提出しなくてもいい『簡易報告書』はきっちりと自分の元へ持ってくるベルフェゴールも、可愛いと言えば言えなくない。
馬鹿と天才は紙一重だと良く聞くが、まさしく彼はそれを体現している。
自分の興味を擽る事に関しては欲求が深いくせに、関心がないことにはいっそ潔いほど無欲だ。
綱吉より年上のはずだが、子供みたいな無邪気な一面を知ってしまったから、綱吉は彼を心の底から拒否出来なくなってしまった。
昔は獄寺を瀕死の重傷まで追い込んだ彼に恐怖しか覚えなかったのに、随分と図太くなった神経に自分でも呆れる。
けれど彼と付き合おうと思えば普通の神経では絶対に無理なので、丁度いいのだろう。
「報告、ありがとう」
「ししっ、感謝してよ綱吉。この俺が態々持ってきてやったんだから」
「うん、感謝してるよ。さすがベル」
「うししし」
率直に誉めれば首を竦めた彼は嬉しそうに声を上げた。
ある種素直な彼は、自分の嵐の守護者と少しばかり似ている部分があり、年上なのに可愛いと思えた。
「さて、今日のお仕事は終わりです」
「じゃ、王子も部屋に帰ろーっと。明日はオフだから遊びに行くし」
「そうですか。じゃあ、お土産お願い。ドルチェセットで宜しく」
「王子に頼みごと?ま、いいけど」
機嫌よく踵を返す彼は、目立つ外見なのに徐々に闇に姿を潜らせる。
その姿が消え去る前に。
「XANXUSを頼むよ、ベル」
囁いた声が、届いていなければいい。
いつだって笑っているマイペースな彼は、きっと自分が居ない未来でも笑っているだろう。
自分の死程度で彼の笑顔は曇らぬと、信じているのか信じたいのか。
綱吉には、判断がつかなかった。
愛してる
--お題サイト:afaikさまより--
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【エース→アリス←ユリウス】
時間は有限であり無限だ。
狂った時計が支配する国でもそれは同じで、矛盾しているのに破綻しない論理だ。
珍しく夜の次に来た朝の日の出に、エースはひっそりと眉を細める。
テントの布を少しだけ開ければ、僅かな隙間から豊かな光が溢れた。
「・・・ああ。もう、タイムリミットなのか」
ぽつり、と呟きテントの中に視線を戻す。
直射日光こそ当たってないものの、明るくなった室内に眉間に皺を寄せた少女が小さく唸って布団を顔まで持ち上げた。
その声が子犬の鳴き声に似ていて、エースは一つネタが出来たと嘘がない笑顔を浮かべる。
寝入った時に漏らす声が子犬のようだと、ここには居ない根暗な親友に教えたなら、彼はどんな反応をするだろうか。
引越しの前は彼の塔に住んでいたのだからそれくらいは知っているだろうが、きっとじっとりと眉を寄せて嫌な表情をするのだろう。
早くその顔が見たい。今からとても楽しみだった。
東の空が赤く染まる。
まるで、自分の服と同じ色に、エースはひっそりと息を漏らした。
■い 椅子に残った温もりは【ディー→アリス←ダム】
「寂しいね、兄弟」
「うん。寂しいね、兄弟」
温もりの残る椅子に凭れて、ディーとダムは詰まらなそうに呟く。
実際とても詰まらなかった。
門番の仕事は割が合わないので折角自主的に休暇を得て遊びに来たのに、部屋の主は入れ違いで仕事だと出て行ってしまった。
安い賃金なんだから休めば良いと勧めたのに、居候の身だからだめだと首を振った頑固な少女は、この部屋の滞在許可だけ与えてもういない。
寂しくて、詰まらなくて、なんだか悪い子になってしまいそうだ。
「暇だね、兄弟」
「うん、暇だね兄弟」
ハートの城に遊びに行こうか。追いかけっこは楽しいよ。
遊園地に遊びに行こうか。遊具は刺激的で面白いよ。
ひよこウサギを構おうか。渋柿がたくさん手に入ったし。
他愛もない会話をしながら、それでも二人は動かない。
部屋の主は居ないのに、仄かな温もりが酷い引力を持って二人をこの場に縛り付けた。
「何だかとっても寂しいね」
■し 神域でないかと思えるような【ブラッド→アリス←ビバルディ】
夕暮れ時の薔薇園はとても美しい。
全てが赤く染まった光景はビバルディの心を落ち着かせ凪いだ気分にさせてくれる。
取り分け血を別けた弟が手入れする秘密の花園は、ビバルディのお気に入りだった。
「なんじゃ。今日はお前だけか」
「・・・悪いか」
「いいや?ただ、もの足りぬとは思うがな」
口にしながらビバルディは自分の変化に驚いていた。
この場所は二人きりの世界だった。
誰も知らず、誰も立ち入らず、誰にも秘密の、特別な花園。
いつしか弟の案内でこの場所に姿を見せるようになった少女は、いつの間にか日常としてビバルディの心に食い込んでいた。
警戒心の塊のような自分の心にこれほどするりと入り込んできた存在は未だなく、そしてこれほど心許せる存在もいなかった。
それはきっと、隣に並ぶ弟も同じに違いない。
静かに夕日を眺めているが、その横顔は拗ねた子供と重なった。
きっと、またどうしようもなく下らない内容で喧嘩でもしたのだろう。
それならきっと、次は彼が居ない時間帯を狙って少女はこの場所に来てくれる。
弟ではなく、ビバルディに会いに。
それがとても楽しみで、それがとても面白い。
いつだってクールで気だるげな雰囲気を保とうとするブラッドの、余裕がない態度は酷く愉快だった。
「早く、会いにおいで」
弟ではなく、この自分に。
呟きが聞こえたのだろう。
酷く気難しい表情をしたブラッドは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
■て 低気圧が残していったもの【ゴーランド→アリス←ボリス】
遊園地の一角に低気圧が発生したのはつい先ほどのことだ。
低気圧はゴーランドとボリスに直撃すると、おどろおどろしい空気を発して去っていった。
「・・・行っちゃったね」
「ああ。行っちまったな」
姿が見えなくなっても未だ呆然とその場に立ち尽くしていた二人は、怒り狂った少女の背中を思い出しふるりと体を震わせる。
般若のように、と表現するのが的確な恐ろしさだった。
武器も持たない殺しをしたことがない少女が放つには怒りは迫力がありすぎて、結局何一つ反論できぬままに全てが終わった。
「こんな怪我、すぐ治るのにね」
「・・・ああ、本当にな」
少女の怒りは良く判らない。
持っている基準が違うのだから仕方ないのだが、変に現実主義なくせに割り切らないのが少女の特徴だ。
血だらけのボリスはいつも通りだし、彼の言うとおり怪我もすぐに治る。
覚悟があれば殺すのは簡単。
役持ちの自分たちが死ぬのは余程油断しないとないのだし、心配するなと軽口を叩いただけなのに。
「和ませようと思ったんだけどなぁ」
「おっさんの軽口が気に入らなかったんじゃないの?」
「いや、俺が来る前から怒ってただろうがお前に。むしろ巻き込まれたのは俺だろう」
「いーや。おっさんが来てから酷くなった」
どっちが悪いと擦り付け合いながら、二人は同時に歩き出す。
放っておけばネガティブな少女の思考が際限なく下降するのが目に見えていたし、何より泣きそうに顔を歪めた少女を放っておけなかった。
軽口を叩きながら思案する。
少女の心を傷つけず、和解する方法は果たして見つかるだろうか。
■る 流転する万物の中の一片【ナイトメア→アリス←グレイ】
「おや?彼女はどこに行ったんだ?」
珍しく真面目に書類仕事をしていた上司が顔を上げると、きょろきょろと周りを見て首を傾げた。
その表情は無防備に見えグレイはひょいと肩を竦める。
目の前の彼がどこまで自分を作っていて、どこからが本心なのか、読める人間は世界に存在しない。
だが母親を見失った子供のような表情は嘘に思えず、グレイは書類で口元を隠すとそっと苦笑した。
「彼女なら買い物に行きました。町で評判のケーキ屋で新作を入手すると張り切っていましたよ」
「何!!?一人で出掛けたのか!外は危険だ。私も一緒に───」
そうして今まさに書類を放り投げようとした上司の腕を、がっしりと掴む。
貼り付けた笑顔は鉄壁だ。
「確かに安全といい難いですが彼女なら平気です。俺の部下を護衛につけましたし、大丈夫です。何よりあなたが一緒に居れば、休憩なのに休めないでしょう」
「それはどういう意味だ!?」
「そのままの意味です」
血色の悪い顔を赤らめてまで怒りを訴えるナイトメアをさらりと流すと、笑顔を深めた。
ぐっと喉を詰まらせた彼は、渋々もう一度書類に手を伸ばす。
ここ最近では類を見ないほどの集中力だったのに、ついに飽きが来てしまったらしい。
普段の三倍は仕事をこなしたが、決裁待ちの書類はまだ束になって存在する。
これも日頃の行いの所為だと心から思うが、珍しく真剣に書類を処理している様を目にすれば、僅かばかりの仏心も芽生えよう。
「お土産は新作モンブランだそうです」
「え?」
「帰ってくるまでに仕事が済んでいたら、彼女からのご褒美としてプレゼントすると言ってましたよ」
さらり、と情報を与えると、先ほどまでの仏頂面をあっという間に消し去ったナイトメアは、再び書類へ向き直った。
ほくほくとした表情であの『ナイトメア』に仕事をさせる少女を思い浮かべ、グレイは淡い笑みを浮かべる。
上司にとって特別な少女は、自分にとっても同じ意味で特別で。
「俺にはコーヒーゼリーらしいです。楽しみですね」
だからついつい立場は平等だと言外にきっちりと念押ししてしまうのは、恋する男としては仕方ないだろう。
--お題サイト:afaikさまより--
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【エース→アリス←ユリウス】
時間は有限であり無限だ。
狂った時計が支配する国でもそれは同じで、矛盾しているのに破綻しない論理だ。
珍しく夜の次に来た朝の日の出に、エースはひっそりと眉を細める。
テントの布を少しだけ開ければ、僅かな隙間から豊かな光が溢れた。
「・・・ああ。もう、タイムリミットなのか」
ぽつり、と呟きテントの中に視線を戻す。
直射日光こそ当たってないものの、明るくなった室内に眉間に皺を寄せた少女が小さく唸って布団を顔まで持ち上げた。
その声が子犬の鳴き声に似ていて、エースは一つネタが出来たと嘘がない笑顔を浮かべる。
寝入った時に漏らす声が子犬のようだと、ここには居ない根暗な親友に教えたなら、彼はどんな反応をするだろうか。
引越しの前は彼の塔に住んでいたのだからそれくらいは知っているだろうが、きっとじっとりと眉を寄せて嫌な表情をするのだろう。
早くその顔が見たい。今からとても楽しみだった。
東の空が赤く染まる。
まるで、自分の服と同じ色に、エースはひっそりと息を漏らした。
■い 椅子に残った温もりは【ディー→アリス←ダム】
「寂しいね、兄弟」
「うん。寂しいね、兄弟」
温もりの残る椅子に凭れて、ディーとダムは詰まらなそうに呟く。
実際とても詰まらなかった。
門番の仕事は割が合わないので折角自主的に休暇を得て遊びに来たのに、部屋の主は入れ違いで仕事だと出て行ってしまった。
安い賃金なんだから休めば良いと勧めたのに、居候の身だからだめだと首を振った頑固な少女は、この部屋の滞在許可だけ与えてもういない。
寂しくて、詰まらなくて、なんだか悪い子になってしまいそうだ。
「暇だね、兄弟」
「うん、暇だね兄弟」
ハートの城に遊びに行こうか。追いかけっこは楽しいよ。
遊園地に遊びに行こうか。遊具は刺激的で面白いよ。
ひよこウサギを構おうか。渋柿がたくさん手に入ったし。
他愛もない会話をしながら、それでも二人は動かない。
部屋の主は居ないのに、仄かな温もりが酷い引力を持って二人をこの場に縛り付けた。
「何だかとっても寂しいね」
■し 神域でないかと思えるような【ブラッド→アリス←ビバルディ】
夕暮れ時の薔薇園はとても美しい。
全てが赤く染まった光景はビバルディの心を落ち着かせ凪いだ気分にさせてくれる。
取り分け血を別けた弟が手入れする秘密の花園は、ビバルディのお気に入りだった。
「なんじゃ。今日はお前だけか」
「・・・悪いか」
「いいや?ただ、もの足りぬとは思うがな」
口にしながらビバルディは自分の変化に驚いていた。
この場所は二人きりの世界だった。
誰も知らず、誰も立ち入らず、誰にも秘密の、特別な花園。
いつしか弟の案内でこの場所に姿を見せるようになった少女は、いつの間にか日常としてビバルディの心に食い込んでいた。
警戒心の塊のような自分の心にこれほどするりと入り込んできた存在は未だなく、そしてこれほど心許せる存在もいなかった。
それはきっと、隣に並ぶ弟も同じに違いない。
静かに夕日を眺めているが、その横顔は拗ねた子供と重なった。
きっと、またどうしようもなく下らない内容で喧嘩でもしたのだろう。
それならきっと、次は彼が居ない時間帯を狙って少女はこの場所に来てくれる。
弟ではなく、ビバルディに会いに。
それがとても楽しみで、それがとても面白い。
いつだってクールで気だるげな雰囲気を保とうとするブラッドの、余裕がない態度は酷く愉快だった。
「早く、会いにおいで」
弟ではなく、この自分に。
呟きが聞こえたのだろう。
酷く気難しい表情をしたブラッドは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
■て 低気圧が残していったもの【ゴーランド→アリス←ボリス】
遊園地の一角に低気圧が発生したのはつい先ほどのことだ。
低気圧はゴーランドとボリスに直撃すると、おどろおどろしい空気を発して去っていった。
「・・・行っちゃったね」
「ああ。行っちまったな」
姿が見えなくなっても未だ呆然とその場に立ち尽くしていた二人は、怒り狂った少女の背中を思い出しふるりと体を震わせる。
般若のように、と表現するのが的確な恐ろしさだった。
武器も持たない殺しをしたことがない少女が放つには怒りは迫力がありすぎて、結局何一つ反論できぬままに全てが終わった。
「こんな怪我、すぐ治るのにね」
「・・・ああ、本当にな」
少女の怒りは良く判らない。
持っている基準が違うのだから仕方ないのだが、変に現実主義なくせに割り切らないのが少女の特徴だ。
血だらけのボリスはいつも通りだし、彼の言うとおり怪我もすぐに治る。
覚悟があれば殺すのは簡単。
役持ちの自分たちが死ぬのは余程油断しないとないのだし、心配するなと軽口を叩いただけなのに。
「和ませようと思ったんだけどなぁ」
「おっさんの軽口が気に入らなかったんじゃないの?」
「いや、俺が来る前から怒ってただろうがお前に。むしろ巻き込まれたのは俺だろう」
「いーや。おっさんが来てから酷くなった」
どっちが悪いと擦り付け合いながら、二人は同時に歩き出す。
放っておけばネガティブな少女の思考が際限なく下降するのが目に見えていたし、何より泣きそうに顔を歪めた少女を放っておけなかった。
軽口を叩きながら思案する。
少女の心を傷つけず、和解する方法は果たして見つかるだろうか。
■る 流転する万物の中の一片【ナイトメア→アリス←グレイ】
「おや?彼女はどこに行ったんだ?」
珍しく真面目に書類仕事をしていた上司が顔を上げると、きょろきょろと周りを見て首を傾げた。
その表情は無防備に見えグレイはひょいと肩を竦める。
目の前の彼がどこまで自分を作っていて、どこからが本心なのか、読める人間は世界に存在しない。
だが母親を見失った子供のような表情は嘘に思えず、グレイは書類で口元を隠すとそっと苦笑した。
「彼女なら買い物に行きました。町で評判のケーキ屋で新作を入手すると張り切っていましたよ」
「何!!?一人で出掛けたのか!外は危険だ。私も一緒に───」
そうして今まさに書類を放り投げようとした上司の腕を、がっしりと掴む。
貼り付けた笑顔は鉄壁だ。
「確かに安全といい難いですが彼女なら平気です。俺の部下を護衛につけましたし、大丈夫です。何よりあなたが一緒に居れば、休憩なのに休めないでしょう」
「それはどういう意味だ!?」
「そのままの意味です」
血色の悪い顔を赤らめてまで怒りを訴えるナイトメアをさらりと流すと、笑顔を深めた。
ぐっと喉を詰まらせた彼は、渋々もう一度書類に手を伸ばす。
ここ最近では類を見ないほどの集中力だったのに、ついに飽きが来てしまったらしい。
普段の三倍は仕事をこなしたが、決裁待ちの書類はまだ束になって存在する。
これも日頃の行いの所為だと心から思うが、珍しく真剣に書類を処理している様を目にすれば、僅かばかりの仏心も芽生えよう。
「お土産は新作モンブランだそうです」
「え?」
「帰ってくるまでに仕事が済んでいたら、彼女からのご褒美としてプレゼントすると言ってましたよ」
さらり、と情報を与えると、先ほどまでの仏頂面をあっという間に消し去ったナイトメアは、再び書類へ向き直った。
ほくほくとした表情であの『ナイトメア』に仕事をさせる少女を思い浮かべ、グレイは淡い笑みを浮かべる。
上司にとって特別な少女は、自分にとっても同じ意味で特別で。
「俺にはコーヒーゼリーらしいです。楽しみですね」
だからついつい立場は平等だと言外にきっちりと念押ししてしまうのは、恋する男としては仕方ないだろう。
更新内容
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(03/24)
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(03/13)
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