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無欲な君 欲張りな僕より
--お題サイト:恋のお墓さまより--



「俺は、貴様の存在に慣れたくない」


言葉こそ常どおりに尖っているのに、そう言い放った彼は、まるで傷つくことに怯える小さな子供のようだった。


「俺はお前を憎んでいる」


憎んでいるといいながら、その瞳はどうしようもない切望を篭めている。
喉から手が出るほど欲していると、その目が訴えている。
あんな目で望まれて、心を動かさない者が居るだろうか。
言葉より有言に必要だと望まれて、否定的な態度と裏腹に熱の篭った眼差しは褪せない炎が燃えている。
傍に来るなと拒絶しながら、それ以上に離れるなと、離れてくれるなと言外に訴える。
あんな目で見ときながら、何故この手を放そうとするのだろう。


「他を望んでいない。望んでなどいない」


自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返す。
暗示を掛けるように繰り返し、警戒心旺盛な獣のように毛を逆立てる。
何をそんなに怯えるのか。
何故、伸ばした手を取ってくれないのか。

自分はそこまで彼を突き落としてしまったのだろうか。
良かれと思った行動は、確かに間違った優しさだったかもしれない。
結果として彼にとってはいい方向に進んだはずなのに、彼の目から渇望は消えない。
飢え渇き苦しんでいる。


「俺は、貴様が憎い」


繰り返し、繰り返し。
心の奥底まで届けとばかりに、彼は囁く。
その怨嗟は、なまじの愛の言葉より甘ったるいというのに。

拍手[6回]

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無欲な君 欲張りな僕より
--お題サイト:恋のお墓さまより--


掴んだ腕は掌で軽く回るほど細く華奢だ。
その事実に改めて気がつき、力いっぱい握ったことを後悔した。
だが後悔はしても腕は掴んだまま放せない。

大きな瞳をめいっぱい見開いている様は小動物めいて可愛らしい。
常であれば瞳を和ませ笑うのだろうが、今はとてもそんな気になれない。
この瞳が零れ落ちてしまえば、誰も映さなくなるんだろうか、なんて、そんな危険思想が頭を巡る。

かなでが誰にでも愛想がいいのは知っている。
人懐っこく可愛がられるのがかなでの特徴だ。
小動物めいた仕草そのままで、つい構ってやりたい気持ちになる。
ペットを構うのと同じ感覚で手を伸ばし弄りたくなる。
───確かに、始めはそんなものだったのに。


「東金。小日向の手を放せ」
「・・・何でお前が俺に命令する。如月」


以前はただのライバルだった。
切磋琢磨し、自身を研磨するためのよき相手だった。
濁りなく対等で、競うのは楽しかった。
なのに。


「お前にその権利があるのか?小日向はただの幼馴染だろう」
「・・・そうだ。小日向は俺の幼馴染だ。だが、ただの幼馴染じゃない。大事な、特別な幼馴染だ」
「はッ」


腹の底から嘲笑してやる。
この男は自身に根付く感情に気付いてない。
気づいてないくせに、無意識で権利を主張する。
ただ幼馴染というだけで、隣に在れると信じている。
それがこの上なく、臓腑が沸き立つほどに不愉快だ。

かなでにだけ向けられる微笑みが気に入らない。
その笑顔が浮かぶときは、かなでが笑みを向けたときだと気付いたから。
かなでを呼ぶ甘い声が気に入らない。
その声で呼びかければ、かなでが他の何より優先して行ってしまうと気付いたから。
かなでとともに奏でる音楽が気に入らない。
二人の音が寄り添えば、普段より数倍聞いていて心地よい音楽が流れるから。

特別だと、言外に訴える態度が、その全てが苛立ちを覚えさせられ我慢ならない。


「言っておくが、お前は所詮幼馴染だ」
「何を」
「俺はお前の地位が欲しいんじゃない。その上が欲しい。行くぞ、小日向」
「え?でも、律くんが」
「───偶には俺を優先させろ」
「・・・?東金、さん?」
「幼馴染は夕方までには返す。息抜きくらい必要だろ」


返事を待たずしてその場を後にする。
おろおろと律と東金を交互に見やるかなでを、無理やりに引きずって歩いていれば、暫くして諦めたように従った。

未だ持ち得ぬ権利なら、取られる前に奪うまで。

拍手[6回]

「あれ?阿伏兎じゃない。何してるの、こんなところで」
「・・・・・・」


背後からの呼びかけに、びくりと体を竦ませた阿伏兎は、厄介な相手に見つかったもんだと髪を掻き混ぜる。
普通に聞くと穏やかな口調に聞こえるが、紛れもなく羊の皮を被った魔王だと知っている阿伏兎には、うんざりとする気持ちしか沸かない。
暫く逡巡していたが、無視するには相手が悪いので、仕方なしに振り返る。
いつもどおりにとってつけたようなにこにこ笑顔を秀麗な顔に浮かべた男は見慣れた学ランに身を包み、こてり、と幼く見える容姿に似合いの仕草で首を傾げた。


「どうしたのさ。君がこっちの地域に来るなんて珍しい」
「俺だって、偶には足を伸ばすことだってある。・・・あんたの目が光らない場所でゆっくりしたいんでね」
「ゆっくり?それにしては、雰囲気が毛羽立っていたように見えたけど?───まるで、喧嘩の後みたいに満足そうな顔で」
「・・・チッ」


優男風に見えるくせに、雰囲気が裏切っている。
笑っているくせに、牙を剥き出しにして唸る獣の幻影が見えた。
年下の癖に、などと侮る気持ちは欠片もわかない。
あるのは純粋な才能に対する恐怖であり、畏怖である。
腹が立つことも多いが、何だかんだで付き合うのは、この男の強さに憧れているからかもしれない。


「どうせ、判ってんだろう?」
「何が?」
「俺が、どこで何をしてたか、だよ」


呻くように吐き出せば、男は益々笑みを深めた。


「判るわけないじゃない。俺はエスパーでもないし、心なんて読めないよ」
「・・・だが動物的本能を持ってるだろう?勘の冴え方が半端ねぇ」
「僕は、君に聞いてるんだよ。阿伏兎」


背筋を駆けたのは紛れもない恐怖だ。
同族でありながら、力はあちらが上。
そして残虐性も嗜虐性もあちらが遙かに上だ。
抵抗する虚しさに肩を竦めると、さっさと白旗を上げる。


「お前さんの妹んとこだよ」
「何?気に入ったの?」
「同族だからな。放っておけねぇ」


阿伏兎の言葉に嘘はない。
中国の奥地に住む阿伏兎の一族は、年々弱小の一途を辿っている。
数少ない血族を大事にしたいと願うのは、目の前の男からすると甘いのだろう。
実際血の繋がりがあろうとも、昔は親を超えてこそと嫌な習性があった集落だ。
身内と気にかける阿伏兎がイレギュラーなのだろう。
甘さを嫌う男に真実を告げれば、意外にもあっさりと頷いただけだった。
肩透かしな仕草に目を瞬かせると、アルカイックスマイルを浮かべたままの男は踵を返す。


「欲しいならあげるよ」
「はぁ?」
「あいつ、弱いけど、女だからね。強い子を産むかもしれない。試してみるのもいいんじゃない?」


さらりと嫌な発言をした彼に、阿伏兎は眉を顰めた。
兄弟の情をこの男に期待するのは無意味かもしれないが、この発言を聞いたら妹は悲しむだろう。
兄貴など居ないと突っ張る割りに、彼女は彼への想いを断ち切れて居ないようだから。

目の前の男が妹をどう思ってるのか、阿伏兎はさっぱり読み取れない。
実際に阿伏兎がことを起こしたら、この男はどう反応するのだろうか。
笑ってみているだけだろうか。
それとも阿伏兎を殺すだろうか。

読みきれない反応に、考えるだけ無駄だと断じ、さっさとその背中を追った、

拍手[8回]

*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。





「お前を絶対に許さない!!」


喉も嗄れよとばかりに吐き出される怨嗟の言葉に、ルフィは静かに瞬きをした。
涙腺が崩壊したようにぼろぼろと涙を零し続ける子供(性別はよく判らない)は、血走った目でルフィを睨みあげる。
ルフィの腰元位までしかない子供は、その小さな両腕に男の亡き骸を腕に抱いていた。
顔立ちや年齢を考慮すると、多分肉親、それも父親か兄のごく親しい関係だろう。
憎しみで歪んだその顔は、周りの状況を理解していないと判断させる。

今、ルフィが居る場所は死の気配に満ち溢れていた。
寄航したばかりの島は、嫌な雰囲気にが漂っていた。
修羅場慣れしているルフィたちは、自分たちの直感を信用している。
それぞれ自分の武器を手にして人の気配の在る方へ向かったのだが、時は遅かった。

荒くれの海賊の侵略を受けたらしい村は、あちこちで火の手が上がっている。
阿鼻叫喚、地獄絵図。
体験者にとって忘れ難い日となるだろう光景は、幾度経験しても気持ちよいものではない。
時折聞こえる叫び声に、ばらばらになって生還者を探していたのだが、どうやら目の前の子供は、ルフィが肉親を殺したと思い込んでいるようだった。

ちらり、と視線を向け、体についている血を眺める。
体についているこの血は確かに子供が抱いている男のもので、それは否定しようがない。
死に掛けの体で尚床下に隠した家族の無事を確かめたいと願ったから、担いで手伝っていたのだが、それが誤解を呼んだようだ。
男の案内のまま家の跡地と思しき場所で、床板をずらして子供を見つけた瞬間に瞳を丸めた男は静かに涙を零した。
そうして震える手を伸ばしたから、体から下ろして子供と対面させ、ひとしきり涙を零して絶叫した子供は、冒頭の言葉を放った。

ぱちぱちと生肉が焼け焦げる臭いがそこらから充満している。
木で作られた村の建築物は燃えやすく、今も火の手が収まらない。
ナミが天候を操り雨を降らしているがどうにも勢いが足りないらしい。
ぽつぽつと頬を打ち出した雫を眺めてぼんやりと考えていると、不意に衝撃が体を貫いた。


「お前なんか・・・お前なんか、死ねばいい!!」


悲痛な叫びを上げた子供は、どこから持ち出したのか血塗れたナイフでルフィの刺していた。
ゴムであるルフィは打撃には強いが刃物には抵抗がない。
体に埋め込まれた異物感に眉を寄せ、血を流さないためにそのままナイフを留める。
すると自然と子供の掌から抑える事になり、ぎらぎらした目を向けた子供はルフィに向かって唇を持ち上げた。
刺されたことは別に構わないが、後に船医が泣くだろうと考えると少しだけ憂鬱だ。
感染症の心配もあるが、先日チョッパーが作った予防注射を受けたので大丈夫だろう。
突き刺したナイフを抉るように回転させた子供は、中々の殺気を漂わせていた。
どうしたものかと思案していると、背後に慣れた気配が生まれる。


「やめろ、ゾロ」
「・・・ルフィ」
「いい。こいつには発散させてやるものが必要だろ」
「阿呆。ことあるごとにサンドバックにでもなるつもりか」
「んな訳ねぇだろ。ちょっとぼーっとしてたら刺されただけだ」
「油断しすぎだ。お前は刃物には耐性がないんだからちっとは気にしろ」


軽い声掛けで溜め始めていた殺気を霧散させた相棒は、ルフィの隣に並ぶと子供を見下ろした。
目に傷があるゾロは元々強面だ。
ここにきて初めて恐怖を思い出したらしい子供に、ルフィは笑った。

恐怖は防衛本能を働かせる。
この子供は、どうやらまだ死を選んでいるのではないらしい。

小さな掌をナイフから剥がすとゆるりと口角を持ち上げる。
自分のものではないが、血に濡れたルフィの姿はさぞかし恐怖を煽る素材になるだろう。
目論見どおり引きつった顔で、それでも憎悪を失わないで子供はこちらを睨み付けた。


「おれの名はモンキー・D・ルフィ。海賊王だ」
「・・・ッ、お前が、お前が海賊王・・・」
「肉親を奪ったおれが憎いか?」
「当然だ!私が・・・私が、絶対にお前を殺す!」
「そうか。・・・なら、ここまで昇って来い。お前がおれを殺しに来るまで、おれはここで待っててやるよ」


とん、と親指で心臓を指し、精々悪役らしく笑って見せた。
恐怖を怒りが凌駕したのか、雄叫びを上げながら向かってくる子供に、ほんの少しだけ覇気を向ける。
びくりと体を強張らせた子供は、目を見開いたまま崩れ落ちた。
得意な種類ではないが、どうやら上手く制御できたらしく、意識を失う寸前で繋ぎとめている子供を抱き上げる。


「今のままじゃ、お前はおれに遙か及ばねぇよ。おれを殺したきゃ、もっと強くなるんだな」
「・・・ふッ」


肉親を殺した(誤解だが)男の腕に抱かれ、子供は屈辱に耐えかねたか意識を失った。
その様子を腕を組んで眺めていたゾロは、呆れたと深いため息を零す。


「何の茶番だ、ルフィ。このままだと、そいつは本当にお前を殺しに来るかもしれねぇぞ」
「そうだな」
「お前はこの村の人間に怨まれる筋合いはねぇだろうが。実際お前の命令でおれたちはこの村の生き残りを集めて非難させたし、サンジとロビンが海賊達を捕まえた。ナミとウソップが海軍へ救難信号を送ってるし、ブルックとチョッパーは怪我人の手当てをしてる。フランキーは簡易だが雨風凌げる家を作ってやったし、感謝されこそすれ、怨まれる筋はねぇ。なのに、どうしてだ」
「・・・どうしてだろうなぁ」


子供を腕に抱き、ゾロの訴えをするりと躱す。
雨はいつの間にか勢いを増し、容赦なく体を打ち始めた。
少し迷ったが片手で子供を持つとベストを脱いで包んでやる。
上半身裸の上にナイフが刺さった姿は我ながら笑えるが、隣の相棒が益々不機嫌そうな顔をしたので笑うのは自重した。
刺さったままなので出血はそれほどでもないが、痛みはじくじくと体の中を疼いている。
子供の力でここまで刀身を埋め込むのは、恨みが深かったからだろう。


「きっと、エースを失った時のおれと、被っちまったからだろうな」


呆然とし、恐怖に見開かれた瞳。
そんな表情幾度も見てきたのに、子供の何かがルフィの心の琴線に触れた。
肉親を抱きしめながら泣き喚いた子供が、『私を助けなければ、死ななかったのに』と叫んでいたからかもしれない。
それはあくまで仮定でしかない。
この状況であれば男が生き延びた確率はそれほど高くないだろうし、せめて子供だけでもと願ったのは当然だったと思う。
だが、身を挺して救われた子供は、一生その重みを背負う。


「どっちにしろ、単なる気紛れだ。二度はねぇよ」
「そうしろ。おれも次は見逃さない」


不機嫌そうに顔を歪ませたゾロに、ルフィは素直に頷いた。
どうせ次があってもルフィに弱い相棒は、怒り狂いながら許してくれるだろう。
ある一線を越えなければ、基本的にゾロはルフィに甘い。
明確な一線はルフィですら理解できるよう噛み砕いて教えてくれるので、本気のラインは超えないで済むだろう。
元来女子供に無意味に刀を向けるような男ではない。
ルフィが許しているのだから、今回だって納得せずとも不問にしてくれるはずだ。


「馬鹿なことを考えるんじゃねぇぞ、ルフィ。お前が無茶すると、チョッパーとナミが泣く」
「判ってるよ」
「拳骨は覚悟しとくんだな。誰も庇っちゃくれねぇぞ」
「あー・・・ま、しょうがねぇな」
「飯抜きかもな」
「!!?それは困る!おれは権利を主張するぞ!」
「何のだよ。・・・ったく、本当に呆れる馬鹿だ」


馬鹿だ馬鹿だと訴えるゾロに笑いながら、生き残りを集めた場所へと向かう。
これから先、村の生き残りが以前同様の生活水準まで持っていくまで、何年も掛かるだろう。
少しばかりの資金を提供するつもりではいるが、それ以上は手を出す気はない。
海軍の助けを借り、地道に努力をするしかない。

腕の中の温もりにすっと目を細める。
これからこの子供がどんな選択をするか知らないが、ルフィを追うつもりなら並大抵の努力じゃ足りない。
幾度も挫折を味わい、幾度も辛酸を舐めるだろう。
だが、この子供なら、何となくその選択を選ぶのではないかと思う。


「・・・村の奴らに口止めしとかなきゃな」
「何をだ」
「この村を助けたのがおれたちだってのをだよ。じゃなきゃ、こいつの目標が消えちまうだろ?」
「───・・・底抜けに馬鹿だな、お前はよ。どこの世界に助けた人間に殺されるよう手引きさせる奴がいるんだ」
「ここだな。いいだろ、別に。どうせ怨まれるのは慣れてる」
「そりゃそうだ。・・・けど、ルフィ覚えとけよ。敵対するなら、おれは容赦しねぇぞ」
「判ってるよ」


ししししっと笑って頷くと、複雑な顔でゾロは頷いた。


この時助けた子供は、後に海軍将校まで昇り詰め宣言どおりに麦わらの海賊団を追う事になる。
女だてらに強豪に名を連ねた彼女が、立ち直った己の村の救い主を知っているか麦わら海賊団は知らない。
それでも彼女が追い求め続ける海賊が、麦わらのルフィただ一人であったのは歴史が知る真実である。

拍手[31回]

いろは順お題より
--お題サイト:afaikさまより--

■ろくな愛をしらない


雨のそぼ降る空の下、見つけた『猫』はぐったりとして岩に伸びていた。
真冬であるのに寒さを凌ぐ努力もせず、ただ首を伸ばして空を見上げる姿に見惚れた。

姿形は随分とみすぼらしいもので、がりがりに痩せ肋骨が浮き出た体に、薄汚れ元の色がわからぬ毛並み。
生気のない瞳に、今生きているのが不思議だった。
決して美しい生き物ではないが、それでもルキアはそれから目が離せなかった。

薄暗い中遠めに見ていたので判別し難かったが、どうやらそれは猫のような形をしていた。
へたりと寄せられた耳に、垂れ下がった長い尾っぽ。
どうして移動しないのかと思ったが、きっと移動する体力すらないのだろう。
辛うじて上がっていた顔も伏せた『猫』は、力尽きたように岩に体を横たえる。
今にも死んでしまいそうな姿に、ルキアは我慢できなかった。
その姿は、朽木家に拾われる前の自分によく似ていたから。





屋敷に連れて帰って驚いたのは、『猫』と思い込んでいたそれが魔獣だったことだった。
ルキアと血の契約をしている恋次の言葉に寄ると、どうやら突然変異の珍しい色彩を持つ豹系の魔獣らしい。
魔獣と呼ぶのもおこがましいほど痩せこけた姿に疑念はあるが、彼が言うのなら確かだろう。
死に掛けの二人で体に力を注ぎ、魔獣は翌朝に目を覚ました。


「・・・捨ててきなさい」


ルキアの腕に抱かれた存在を認めた瞬間、教育係も兼ねている執事はあっさりと残酷な言葉を吐いた。
恋次の力で乾かしたものの、未だに薄汚れたままの魔獣が腕の中でぴくりと跳ねる。
本当は抵抗したいのかもしれないが、別けた力が体に馴染んでいないらしく、くってりと身を預けていた。
そうしていると普通の子猫と変わらず、さてどうするかと頭を悩ませていたところに、この執事はやってきた。

当たりは柔らかいが決して優しい人物ではない男───浦原は、いつもと変わりない笑顔でさらりと言う。
拒否するように腕の力を強めたら、益々胡散臭い笑みを深めた。


「いいですか、お嬢さま。あなたは朽木家の何です?」
「・・・養女だ」
「ならばあなたは朽木家の体面を護るために、下手な行動は許されません。世間に認められているとはいえ、あなたはあくまで養女でしかない。立場的に弱く、自分が保護の対象でしかないと理解してますか?あなた自身で金を稼いでるわけでもなく、生きていけるわけでもない。それなのにこれ以上抱え込むつもりですか」
「・・・・・・」
「この家の主はあくまで朽木白哉です。お嬢さま、あなたじゃありません。それなのに、不審な生物を勝手に屋敷に連れ込み、尚且つ自分の部屋に匿うなど、他の面々に知られたらどうなると思います。あなただけじゃなく、ご当主の立場にすら傷が付くかもしれないんですよ」


浅慮だと責める浦原に、反論の言葉は何一つ浮かばない。
唇を噛み締め俯く。
だが放っておけなかった。
何も望まぬようでいて、何かを渇望していたこの魔獣を、見捨てるなど出来なかった。

どうしようもない気持ちで俯いていると、腕の中の魔獣が身動ぎした。
ルキアの腕に爪を立てると、怯んだ瞬間腕の中から抜け出す。
よたよたとした調子で、出窓へと向かうと、置いてある花瓶の横へジャンプして飛び乗った。


「んなぁ」


がりりがりりと窓に爪を立て鳴く姿は、ここから出て行くと言っているようだった。
どうやらこの魔獣はまだ人語すら操れない子供らしく、ジェスチャーで必死に伝えようとしている。


「あの子供の方があなたより状況を判ってるようですね」
「っ」


心無い言葉に、理性より感情が先走った。
振り上げた手が吸い込まれるように浦原の頬へと向かう。
ぱちん、なんて可愛らしいものではなく、ばちん、と遠慮ない音が響いた。
小さな楓が出来上がった浦原に満足すると、口の端を持ち上げる。


「あやつは私と契約させる」
「・・・お嬢さま?あなた、何言ってるか判ってるんですか?」
「判っているとも。朽木の体面を考え、尚且つお兄様の顔を汚さず、あやつを傍に置く方法。契約すれば全てが満たせるだろう」
「ですが、三匹以上の契約魔獣を持つということは、あなたの将来が限定されるということです。お嬢さま生活を満喫するだけじゃダメなんですよ」
「判っておる。どうせ、恋次と花太郎がいるだけで普通は破綻したも同じだ。ならば、あれ一匹を引き込んだところでさして変わるまい」
「その場限りの感情に流されてるのならやめなさい。聞かなかったことにしてあげます」
「無理だな。私の心は定まった」


先ほどまでの胡散臭い笑顔を消し、真摯な瞳を向けた浦原を睨む。
窓際で唖然としてこちらを見ていた魔獣を抱き上げると、汚れたままの頭を撫でた。

オレンジ色の瞳がまん丸になって、縦長の瞳孔が開いている。
その様はやはりそこらの子猫と変わらず、ルキアは小さく笑った。
ぼさぼさの毛並みに頬を寄せると、痩せた体をゆっくりと撫でる。


「誰も迎えに来ぬなら、私と共に居ろ。碌な人生は歩まないだろうが、それでもお前を大事にすると誓おう」
「・・・んな?」
「一人は寂しいだろう。私もずっと一人だったから、お前の気持ちが良く判る。お前を欲するものが誰も居ないのなら、私がお前を望もう。───ずっと、私と一緒にいよう?」
「っ」


ひくり、と魔獣の喉がなる。
尻尾がびんと立ち上がり、ぶわっと毛並みを逆立てた。
驚きすぎた様子がおかしくて、ルキアは益々笑みを深めた。


「私と一緒に生きていこう」


きょときょとと瞬きを繰り返す魔獣は、おずおずした仕草でルキアを見上げると、こてり、と小首を傾げた。

拍手[10回]

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