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青嵐
--お題サイト:afaikさまより--



往来できゅっと後ろから抱きしめると、小さな体で無駄な抵抗を試みる少女に喉を震わす。
人に慣れない子猫を腕にした感覚と似ている。
こちらからしたら抵抗など些細なものでむしろ擽ったいくらいなのに、本人は必死で、その様子がとても可愛らしい。
癖のある艶やかな黒髪が喉を掠め、心臓を鷲掴みされたように痛みが走り呼吸が辛くなる。

何故、と自分でも思わないでもない。
自分の好みは乱菊のようにメリハリのついた体つきの色っぽい女性で、余裕を持った大人の女だ。
反してルキアは細すぎる体どおりに胸も掌に収まる程度だし、腰など力を篭めれば簡単に折れるだろう。
好みとは正反対にいる華奢すぎる彼女なのに、それでもどうしたってルキアがいい。


今更だけれど、もしかしたらあれも一目惚れになるのだろうか。
別の男と一緒にいた笑顔に惚れるなどシチュエーションは最悪だが、あけすけに浮かんだ喜怒哀楽に瞳が吸い寄せられた。
白皙の美貌や流れる雰囲気じゃなく、恋次の前で見せた素直なルキアに落ちたのだ。


「檜佐木副隊長殿!離して下さい!」
「───駄目だな。お前、言ってるだろ?『修兵』って呼んでみろって」


後ろから抱きついたまま耳元で囁くと、首筋が一気に赤くなった。
肌が白いと照れているときがわかりやすくてとてもいい。

ほんの一年前のルキアならこれくらいで反応しなかったのに、今の彼女は随分と感情表現が豊かになった。
きっかけは死神代行の少年で、膨らませたのは縁を取り戻した幼馴染と誤解がとけた義兄との関係だろう。
悔しいが修兵では駄目だった。
何十年掛けても、体を抱きしめたとしても、心を抱くことは出来なかった。
それでも諦めきれず、体だけの関係にしがみ付き、最後は全てを壊してしまおうとしたけれど。


「なあ、『ルキア』。呼んでみな」


恥ずかしさに声すら殺して悶えるルキアを子供にするよう脇に手を入れて抱き上げる。
反転させて正面を向いた少女は、紫紺色の瞳を潤ませかわいそうなくらい紅潮していた。
可愛いと思わず漏らせば、変なことは言わないでくださいと叱られた。
きらきらと光る瞳や、ころころ変わる表情はあの日の彼女を思わせて、くつり、と喉を震わせ小さく笑った。




猫、猫、子猫。

小さな黒猫。

君は知らないだろうけど、始まりはもう遥かな昔。

綺麗な空気を纏わせて、凛と佇む姿より。

子供みたいに無邪気な笑顔、ずっとずっと憧れた。

長い年月と引き換えの、その表情こそ欲しかったもの。

拍手[7回]

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食堂から漂ういい香りに釣られて顔を出すと、そこにはお揃いのエプロンを掛けた同級生二人が仲良く並んで立っていた。
どうやら何らかの調理の最中らしく、ボールに入れた粉を混ぜる円堂に指示を仰いで綱海が何かを切っている。
この二人が一緒に居るのはイナズマキャラバンで共に過ごしたときから見慣れているが、やはり複雑な想いが立向居の胸に巣食う。

テレビで見た瞬間に憧れ、その背中を追い続けてきた『円堂守』。
いつだって立向居が行き詰っていると背中を押してくれる『綱海条介』。
違う意味で好きな二人だが、並ぶ姿がお似合いだと感じると、とても悔しくなる。

ずっと見てきたから判る。
円堂には弟である鬼道ではなく彼にしか見せない表情があり、そんな彼女を知りながらそれすら気にしないで丸ごと受け入れている綱海。
阿吽の呼吸、とでも言うべきか。
感覚がとでも近いらしい彼らは、顔を寄せ合い無邪気に笑いながら料理をしていた。

他に誰もいない食堂の入り口で、最初の一歩が踏み出せずにきゅっと服の胸の部分を掴む。
何とも言えない複雑な心境で俯いていると、厨房からこちらに気づいたらしい綱海が声を掛けてきた。


「おう、立向居じゃねえか!何してんだ、そんなとこで」
「ん?立向居?こっちにおいで」


二対の目がこちらを認めると、同時ににっと笑顔を浮かべる。
男女の差があれ不思議と似た笑顔に立向居もやっとの思いで笑みを返す。


「その・・・廊下を歩いていたら、いい匂いがしたので。それで覗いてみたらお二人が」
「んー?早速匂いに釣られた第一人者が!」
「な?言ったろ?絶対最初は年少組みの誰かだと思ったんだよな。成長期だから常に飢えてるし」
「いやいやいや、俺たちだって相当飢えてるけどな。ってか俺はいつまで白菜切ってりゃいいんだ?」
「そりゃそこにある分全部だろ」
「・・・一玉切り終えて後一玉だぞ?多くないか?」
「多くない、多くない。どうせすぐなくなるさ」


いつの間にかまた二人の世界を作り上げた彼らに招き寄せられるままに近づくと、綱海の手元のボールには白菜の山が築かれていた。
少し離れた場所で小首を傾げると、調理場からは後ろになるこちらを振り返った円堂がもう一度手招く。
おずおずと近づけば、和風だしの入った寸胴からいい香りが漂ってきた。


「何を作ってるんですか?」
「何だと思う?」
「ヒントはこの材料だぜ。出汁に小麦粉、卵、てんかす、桜海老、青海苔、豚肉、鰹節、サキイカ、白菜エトセトラ」
「エトセトラかよ」


以下省略とした綱海に、びしりと円堂の突込みが入る。
からからと笑う二人を横目にひっそりと眉を顰めた。
普通に考えれば並んだ食材を見て思い浮かぶのは粉ものと呼ばれる料理で、むしろ立向居には一つの答えしか出てこない。
けれど最後の一押しが足りないのは、告げられた食材が立向居の知るそれと似て非なるものだからだ。

ボールに次々と食材を入れて混ぜ合わせる円堂は、白菜を切り終えた綱海に頷く。
すると心得たように頷き返した綱海は、厨房の奥へ姿を消し、大き目の箱を手にとって厨房から出ると、普段食事を取る机の上にどんと降ろした。


「ほらほら早くしないと答えが先に出ちまうぞー」
「当てたら俺が特製で立向居用をてづから作ってやるぞー」
「え!?俺の分を円堂さんが!?」
「出血大サービスでハートも描いてやる」


冗談めかした台詞だが、俄然やる気が出る。
顎に当てていた手を体の横に置くと、ピンと背筋を伸ばして直立不動の体勢に入った。
大きなボールを抱えるようにして混ぜる円堂を真っ直ぐに見て恐る恐る口を開く。


「もしかして、ですけど。いいですか?」
「おう、いいぞ」
「お好み焼き・・・でしょうか?俺が知ってるのはキャベツで、円堂さんたちが使ってるのは白菜ですけど、材料を見るとそれしか浮かばなくて」


ボールの中身を練り合わせていた円堂は、一瞬だけその手を止めると立向居を見詰める。
黒縁眼鏡の奥から栗色の大きな瞳がきょろりと覗き、誘蛾灯に誘われる虫のように引き寄せられそうになった瞬間、眼前に唐突に現れた掌がぱちんと打ち鳴らされ意識が現実へ返った。


「正解だ、立向居」
「・・・綱海、さん?」


呼びかけに応えずにっと笑った彼の雰囲気が、普段の兄貴分然としたものと違った気がしてこてりと首を傾げる。
まるで主を奪われまいとする獰猛な獣のような剣呑な瞳を見せた気がしたのだが、笑っている彼からそんな素振りは僅かも見受けられない。
小首を傾げると、気にするなとばかりに頭を思い切り撫でまわされた。
ぐいぐいと勢い良く力強く撫でられるので視界もぐらぐらと揺れる。
乗り物酔いと似た症状に陥りそうになり、足元が千鳥足になる頃漸く衝撃は過ぎた。


「ほーれ、やめろ綱海。立向居がいろんな意味で昇天しちゃうから。お前と違ってもうちょい繊細に出来てんのよ、立向居は。中身振ってもカラカラ音がしないだろ」
「───何気なく辛辣だな、お前。ま、確かに立向居のが俺より利口だろうけどよ」
「まあ、頭の良し悪しにも種類はあるから、綱海は馬鹿じゃないと思うけどな」
「言ってろ」


額をつき合わせてくしゃりと笑顔を向け合う二人に、今度こそ我慢できずに割り込んだ。
おっ、と小さな声を出して瞳を丸くした二人は、顔を合わせてきょとりと瞬きを繰り返す。
唇を尖らせて彼らの間に入り込んだ立向居は、珍しく空気を読まずに目の前のボールを手に取った。


「綱海さんはホットプレートを暖めてください。俺が円堂さんのサポートをしますから」
「・・・ククっ、何だ随分とあからさまじゃねえか立向居」
「俺だって、綱海さんでも負けたくないことくらいありますから。年下だと思って油断してると、痛い目見ますよ」
「そりゃ、気をつけなきゃな。大丈夫だ、立向居。俺は油断したりなんかしねぇよ。何しろお前がどれだけ凄い奴か、よーく判ってるからな」


嫌味交じりの言葉にも、余裕で返した綱海に益々眉根を寄せる。
こんなときたった二年しか違わない年齢差を感じ、酷く悔しくもどかしい。
だが苛立った感情も、隣から伸ばされた掌に解かされた。

柔らかく頭を撫でる感触に視線をやれば、淡く微笑む憧れの人が居て、かっと頬が熱くなる。
格好悪いとこなんて見せたくないのに、いつだって余裕がない自分が恥ずかしい。
先ほどまでの子供っぽい行動を思い返し俯くと、ぽんぽんと軽く頭を叩かれた。


「立向居、もう準備はおしまい。材料はしこたま準備したし、お前のお好み焼き焼いてやるよ。だから、皿を用意してくれるか?」
「っ、はい!!」
「じゃあ、俺は円堂の分を焼いていやる。こっからここまでは俺の陣地な」
「・・・陣地って何だよ綱海。ったくお前はしょうがねえな。んじゃ立向居は綱海の分焼いてやってくれる?」
「はい!任せてください」


運んだ皿を机に並べどんと胸を叩くと、サンキュと笑顔が贈られた。
それだけで胸がいっぱいになり息が詰まって呼吸が上手くできなくなる。
こんな気持ち初めてで、苦しいし幸せばかりじゃないのに、それでも絶対に手放せなかった。

お玉を使い器用に生地を伸ばしていく円堂を見て、そのまま視線を綱海へと移す。
円堂が彼をどう想っているか知らないが、彼は確実に立向居と同じ気持ちを持っているはずだ。
熱の篭った眼差しや、綻ぶ目元、そして緩んだ口が言葉よりも鮮明にそれを伝え、彼女と一緒に居るときだけ雰囲気だって柔らかくなっている。
立向居の視線に気がついたのか不意に綱海が顔を上げ、好戦的に瞳を細めた。
陽気で明るいだけじゃない厄介な人に、何でよりによってこの人がライバルなんだと己の不運を嘆きつつ、もてる想い人に苦笑した。

初めて好きになった人を諦めるほど、立向居の心は弱くなかった。
戦わないと得れないのなら、綱海相手でも真っ向勝負を挑むつもりだ。
恋に年齢は関係ないし、年下だからと言って不便をさせる気だってない。
諦めれる段階など当に過ぎている。心どころか下手したら魂まで握られてしまっているのだから。


「絶対に負けませんから」


小さな声でした宣戦布告。
にいっと持ち上げられた彼の唇だけが、立向居の決意を目に見える形にしていた。

拍手[10回]

青嵐
--お題サイト:afaikさまより--



些細な悪戯で剥れたままの少女の後ろをついて歩きながら、へらりと笑う。
ほんの一年前まで想像もしなかった距離は、意外と楽しく飽きないものだ。

浅黄色の小袖の裾が翻り、まるで蝶のようだとひらひら動くのに見惚れる。
癖の強い黒髪が揺れ動き天辺に覗く渦を指先で突きたくなる衝動に駆られたが、怒り狂うさまが目に浮かんでくつくつと喉を奮わせた。
本当は怒った顔も好きなのだけれど、こちらを見てくれないのは少しばかり寂しすぎる。

去年の今頃は、こうして日中から共に歩くなどと考えてもなかった。
短くない付き合いだが、顔を合わせるのは仕事以外では夜の帳が落ちてからで、月夜に照らされた無感情で綺麗な顔はいつだって修兵の心を波立たせた。
放っておけなくて、腕に抱きしめて閉じ込めたくて、守ってやりたくて、恋しくて仕方ない。
不思議な魅力を持つ儚げな麗人を独占する時間は幸せだったけれど、今のほうが好きだ。
日のあたる道でころころと無邪気に表情を変える少女こそ、始めに見惚れた姿だったのだから。


瞼を閉じれば今も鮮やかに思い出せる。
赤髪の後輩の前でだけ喜怒哀楽を露にする、普段は物静かな少女。
孤立しながらも独特の雰囲気を纏い、凛と背筋を伸ばして佇んでいた。
とって代わりたいと願ったのは、鎧を脱いでじゃれる子猫と笑い合えるあの近しい距離。
けれど腕を伸ばせる距離になって初めて気がついた。
言葉を交わすより、手に抱くよりも、ただその心を得たかったのだと。
きっと、興味とか関心とかそんな容易な部分はとうに通り越していて、気がついたらもう落ちていた。
独占欲だけではなく想いを認めたのはリョカ騒ぎがあってからで、違う立場に惑ううちに、欲したい場所は取り戻された。
星に向かって吼えるだけだった野良犬は、地べたを這いずりながらも駆けていた。
悔しくて、苦しくて、妬ましくて、羨ましくて。
例え心が得れずとも、奪われるくらいなら消えてしまえばいいと狂気の狭間で漂ったものだ。

今でもその欲望がなくなったとは決して言えない。
大切に慈しみたい気持ちと、独占できないなら壊したい気持ち。貨幣の裏と表のように、相反して存在する。


「なあ、朽木」
「───なんです?」
「膨れた面も、可愛いだけだぞ」
「!!?」


訝しげにこちらを振り返った顔が、たった一言でみるみる赤らむのを見て、修兵は幸せな気持ちに浸った。
いつか独占した夜よりも、日の当たる場所での些細なやり取りは、ずっと心の奥を奮わせた。




猫、猫、子猫。

小さな黒猫。

愛しさを孕む消えない狂気。どうか隠したままで居させて。

拍手[5回]

激しく切られるシャッターに、鬼道は瞳を眇める。
元から目立つのはそれほど好きではないし、無遠慮に向けられるマイクや質問は鬱陶しいの一言に尽きた。
鬼道の場合は帝国キャプテンでありながら雷門に移籍した履歴の持ち主だ。
初めから覚悟の上とは言え、向けられるのは賞賛以外の感情だって多い。
姉である円堂の言葉通りに本来なら許されない手を使った鬼道が受けるべき責だが、遠慮がない彼らに何も思わぬでもない。
驚いたのは雷門の面々の反応で、始めは拒絶していたはずの半田や、染岡、後輩たちが揃ってかばってくれたのは嬉しかった。
上辺だけのプライドの代わりに得たものは大きくて、そこは五月蝿かったマスコミにも感謝すべきなのかもしれない。

帰りのバスの中で、嘆息しながら窓の外を見ると、隣に座る妹が不思議そうに小首を傾げた。
未だ優勝の興奮冷めやらぬ仲間たちと違い、一人空気が違うのが気になったのだろう。
心配げに眉根を寄せる春奈の頭を緩く撫でると、なんでもないと微笑んだ。


「───雷門に戻ったら、俺はそのまま病院へ行く。帝国の仲間たちに、優勝の報告がしたいからな」
「うん、それがいいよ。お兄ちゃん、頑張ったもんね」
「ああ。だが、俺だけでは勝てなかった。雷門のみんなのお陰だ。あいつらとプレイ出来てよかった。俺がどんなサッカーを目指していたか思い出した。自分の力を、仲間を信じる強さを得れた。そして───一緒に暮らせなくとも、お前と家族として話せる距離に戻れた。俺にとってはそれが何より嬉しい」
「お兄ちゃん」


ふわり、と嬉しそうに目尻を染めて微笑んだ妹の頭を撫でる。
子供みたいに首を竦めて享受する仕草は覚えている頃と変わらない。
不意に自身も微笑んでいるのに気づいて、もしかして鬼道の頭を嬉しげに撫でる円堂も同じような気持ちなのかと擽ったくなった。

マスコミの前に姿を出したくないと考える円堂の気持ちは判るが、せめて一緒に帰りたかった。
豪炎寺と染岡の背中の張り紙だけじゃ納得しきれない仲間を説き伏せたのは元・雷門サッカー部のキャプテンの風丸だ。
彼宛の手紙にはきっちりと『マスコミの前には立場上安易に出れない』と理由が書かれており、ぐしゃぐしゃに丸めた紙を投げ捨てた染岡はそれがあれば十分だろと顔を真っ赤にして地団太踏んだ。
張り紙された事実より、全く気づかずに居た現実が恥ずかしいのだろう。怒っているというより、拗ねていた。

いつの間にか消えていた一之瀬や土門とは違い、ある程度の撮影が終ったところで豪炎寺も先に帰った。
妹へ優勝の報告をしたいんだと笑った姿は普段の大人びたものとは違い、溢れる嬉しさを堪えられない年相応のものだった。
同じく妹を持つ身として彼の気持ちは痛いほど判るので、肩を叩いて送り出した。
言葉はなくとも想いは伝わると、もう今は知っている。
掛け替えのない仲間は、見送る自分たちに一つ頷くと背を向けて走っていった。


思えばあっという間に時間が過ぎた。
ただ力だけを求めた二年間よりも、この数ヶ月のほうがずっと充実していて楽しかった。
サッカーをどう思っていたかすら忘れていた空虚な時間は、帰ってきた人により瞬きする間にぶち壊された。
愛するほどに憎んだ人は、今でも憧れの先に居る。
笑って先を歩く人は、マイペースにこちらを振り回すけれど、そこも含めて愛しいのだ。

彼女のファニーフェイスを思い出し、くつりと喉を震わせると、隣の妹が少しだけ寂しげに、けれどそれ以上に嬉しそうに笑った。


「お兄ちゃんは、一人じゃなかったんだね」
「・・・春奈」
「私ね、鬼道家に貰われていったお兄ちゃんが連絡をくれなくなって、凄く寂しくて哀しかった。私が邪魔だったんだって、嫌いだから連絡をくれないんだって思って、苦しかった。でもね、音無の家に貰われて、大事にしてもらう内に考えたの。もしかしてお兄ちゃんは、連絡をくれる術がないのかなって。お兄ちゃんには私みたいに甘えれる家族は居ないんじゃないかって」


泣きそうな顔で告げた妹に、鬼道はゆるりと首を振った。
いつかの姉の言葉が思い出される。

『いつか迎えに行くんだろう?いっぱいいっぱい土産話も準備して、いっぱいいっぱい話さなきゃな』

ピンボケした写真をいっぱい収めたアルバムは、今も部屋の片隅に残してある。
きちんと幸せに過ごしていたのだと、妹に胸を張って言える思い出を幾つも持っているのは、最高に強引な姉が居てくれたからだ。


「俺がお前に連絡をしなかったのは、願掛けと同じようなものだ。父さんに実力を示し、絶対に迎えに行くと誓った。甘えたくなかったんだ、お前に。いつだって会えるから大丈夫だと、余裕を持たせたくなかった。鬼道の家や、まして姉さんも関係ない。単なる俺の意地だった。───寂しがらせてすまない」
「いいの。お兄ちゃんが幸せだったならいいの。それに、今こうして昔みたいに話せるもの。これからはずっと、いつだって」
「・・・そうだな」
「こう見えて、キャプテンにも感謝してるんだよ。お兄ちゃんを見てれば判るもん。どれだけキャプテンがお兄ちゃんを大切にしてくれたか、お兄ちゃんがどれだけキャプテンを特別に思ってるか。きっと、お兄ちゃんは鬼道家に貰われて正解だったんだね」


春奈の笑顔には嘘や偽りは見つけれない。
心底から兄である鬼道の幸せを喜んでくれる優しい妹に、自然と顔が綻んだ。
近しい距離はずっと望み続けたもので、ああ、幸せだと暖かいものが胸に溢れた。

早く、帝国の仲間にもこの喜びを伝えたい。
世宇子中との対戦で負傷した仲間は、まだ酷い者は入院している。
この勝利を捧げたい彼らは、優勝を喜んでくれるだろうか。
そうだ、次に見舞いに行くときには、円堂も連れて行こう。
サッカーにおいて重きを置く彼らなら、きっと姉の登場は喜ばしいもののはず。
源田は姉の技術に興味を持っていたし、彼女に学ぶものは多い。何しろ円堂は、元々トップアスリートの一員なのだから。

胸を躍らせ少し先を夢見ていた鬼道たちの心は、しかしすぐに叩き潰された。


「・・・宇宙人、だと?」


自らの声が掠れている。
庇うように妹の前に立ち、目の前の人物たちを睨み付けた。

不可思議で珍妙な髪型の少年は、体にぴったりと沿うボディスーツのような衣服を着ている。
真っ黒なサッカーボールを軽々と操ると、見下すように高い位置に立った。
唐突な行動に意味が判らず、けれど眼前に広がる現実はいくら目を擦っても消えない。

今朝、試合前には確かにあったはずの学校が姿を消し、目の前にはイナズマイレブンと呼ばれた男たちが倒れ付していた。
瓦礫の中に腕を組む少年たちを前に首を振る。
信じられない。いいや、正確に言えば信じたくない、か。
いまや跡形もなく破壊された学校が『宇宙人』と名乗る少年たちの行為のなれはてならば、一体どのようにして破壊したのか。
唇を固く結んだ鬼道ではなく、隣に居る風丸が問いだ出そうとして吹っ飛ばされた。

軽々と飛んでいく体に目を見張る。
あの速さを誇る風丸が、避ける間もなく受身すら取れずに地面に叩きつけられた。
名を呼び駆け寄る仲間を視界の端に捕らえ、マントを翻し自称宇宙人を睨み付ける。
これ以上の蛮行は許しておけなかった。
自分のために、仲間のために、妹のために。───そして、この学校を特別にしている姉のために。


「サッカーの試合を申し込む」


腕を組んで立ちふさがった彼らに、ゆるりと口の端を持ち上げた。
自分たちは全国一のサッカーチームだ。
それをつい先ほども証明したばかりだというのに、彼らは何も知らないのだろうか。
唯一つの不安としてキーパーをどうするかと思案していると、響木がのそりと動いた。


「俺が、キーパーをやろう」
「響木監督!でも、監督は」
「俺もイナズマイレブンの一員だ。仲間がやられて黙っているのもおかしな話だろう。それより、豪炎寺や円堂、一之瀬たちとは連絡は取れんのか」
「それが皆携帯を切っているらしくて、つながらないっす」
「───あいつらが抜けるとなると少々痛いが、仕方あるまい。今居るメンバーでいけるか?」


苦々しい表情で響木が呟くと同時に、彼の後ろに気配が生まれた。
切れ長の瞳を見開く彼は、肩を上下させながら唖然と破壊された学校を眺め───原因となる宇宙人たちを見定めると睨み付けた。
どうやら聡い彼は説明されずとも大体の状況を悟ったらしい。
彼だけでも来てくれたなら、戦力は大分変わってくる。
内心で安堵の息を吐き出しながら豪炎寺の傍に寄った。


「あいつらがやったのか?」
「そうだ。今から奴らとサッカーの試合をするが、行けそうか」
「ああ。・・・円堂や一之瀬たちは?」
「まだ帰ってきてない。大丈夫、俺たちは日本一のチームだ。姉さんたちが居なくても、学校を守ってみせる」
「そうだな。円堂たちが帰る場所、絶対に守ってみせる」


強い眼差しで頷いた豪炎寺に、微かに笑いかけた。
仲間の一人一人を見ても、彼らの士気はとても高い。

宇宙人たちを見定め、彼らの運のなさに鬼道は嗤った。
絶対に負けるはずがない。
根拠なく信じた未来を、打ち崩されるなんて考えていなかった。

拍手[4回]

「あれが、『鬼道守』」


遥か眼下のフィールドで笑う少女に目が奪われる。
圧倒的な実力差で仲間が次々と倒れていくのに、彼女の瞳からは輝きは失せない。
集中的に浴びせられるシュートを防ぎながら、体中傷だらけになりながら、それでも彼女は笑っていた。

ポジションはゴールキーパー。情報にずれはあるけれど、過去の呼び名を髣髴とさせるプレイは変わらない。
『不屈のポラリス』。
二年前、イタリアサッカー界から姿を消した天才ミッドフィルダー。
ジュニアユースチームで相棒のフィディオ・アルデナと共に最年少ながら将来を嘱望されていた鬼才。
フィールドの中を誰より自由に、誰より楽しげに駆け抜けて、性別の壁すら乗り越えたカリスマを持つ司令塔。


「そして、あそこに居るのは『円堂守』」


雷門の守護神と呼ばれる少女に、昔の精彩はない。
躍動感のある伸びやかなバネを活かして走らないし、盤上から操るように選手を動かした指令の声も聞こえないけれど、それでも彼女は『ポラリス』と呼ばれる人間だ。
絶対に大丈夫だと笑みを絶やさずゴールを守り、仲間に信頼を預け、そして仲間に信頼されている。
北極星が旅人の導になるように、彼女の存在自体が仲間にとっての導だった。


「例え苗字が変わっても、例えポジションが変わっても、君は君のままなんだね」


掌を天に掲げ、黄金色の魔人を操る少女に瞳を細め、少年は嬉しげに微笑んだ。
眼差しに篭められるのは狂気を含んだ憧れか。それとも単なる強すぎる思慕なのか。
もう少年本人にも判りはしない。

理解しているのは、あそこでプレイする少女だけが特別で、輝いているという事実。
そっと胸に手を当て淡く微笑む。
蕾が花開くようにゆっくりと艶やかに綻んだ笑みは、とても美しく哀しげだった。

拍手[7回]

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