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月光に照らされたそれを見て、ぐっと唇を噛み締める。
昨日の朝までは確かに良く見知った建物だったはずだが、砂塵が飛ぶ中で聳えるそれは、最早記憶するものと違った。
崩れ落ちたコンクリート。むき出しの鉄骨。荒れたグランドに折れた木々。
つい昨日までの穏やかな『雷門中学校』はそこになく、あるのは廃墟と呼ぶに相応しい瓦礫だけ。
虫の音すら聞こえない静かな夜は、潰された校舎の悲哀を浮き彫りにさせた。


『・・・すみません、姉さん』


拳を握り、声を震わせた鬼道は、まず一言謝罪した。
勝利の栄光に浸っているとばかりに思っていた仲間たちは、円堂が姿を消している間に天国から地獄へと叩き落された。
一緒にサッカーをして、日本一の栄光を掴み取ったばかりだったのに、白く味気ない病室で涙を堪える彼らの姿は惨めの一言だった。
積み重ねた自信や誇りを叩き折られた状態は、先日世宇子中にプライドを踏み躙られた帝国学園の面々と重なる。
自らの中学だけではなく、自称・宇宙人とやらを追いかけて他校まで行ったのに、尚且つ負けたという無力感も圧し掛かっていた。
日本一の看板を背負った歓びは最早なく、悔しさと苦しさ、そして全てを踏み躙られた不条理に悩む仲間は見ていて痛々しい。
口先だけの慰めを必要としていない彼らの姿に、比較的軽傷で動ける鬼道、豪炎寺、染岡、壁山、栗松の五人を家に帰し、円堂は一人雷門へ足を向けた。


「───やっぱ、嫌だな」


崩れた校舎を見て、ぽつりと呟く。胸がむかむかとして、眉間に皺を寄せた。
憐れにも同情が誘う姿で残る校舎は、円堂の心を波立たせる。
中途半端に形を残しているからこそ苛立つ気分に、息を吐き出して冷静になれと言い聞かせた。
目の前で惨めな姿を晒す校舎を自分と重ねるなど愚の骨頂だ。
壊れかけて無残な姿を残すくらいだったら、いっそ完膚なきまでに消えてしまえばいいなんて、酷すぎる。
学校は無機物で動くことは出来ない。死に様を晒すななどと、無茶な言い草だろう。
それにここは修理すれば以前と近しい状態で使える。『自分』とは『違う』のだ。

緩く首を振って荒れたグランドの真ん中に立つと、不意に後ろから声を掛けられた。


「守?」
「・・・一哉」


振り返れば、驚いたように瞳を丸めた一之瀬がいて、どうしたんだと小首を傾げる。
病院には顔を出さないが、てっきり秋の近くに居るものだと思っていたが。


「どうしたんだ?」
「───どうしたんだは、こっちの台詞。何でここに居るんだよ」
「何でって、まだ学校の様子を見てなかったからな。どんな風になってるのか見学しに来たんだ。お前は?」
「俺は、秋が家に帰ってないって秋の両親から連絡受けて土門と一緒に探してたんだ。本当はみんなのお見舞いにも行きたかったけど、西垣と一緒に居たから連絡受けたのも遅くて、もう面会時間が過ぎてたからそっちは明日にした」
「秋は見つかったのか?」
「うん、さっきね。学校を一人で見てた。・・・秋、泣いてたよ」
「そうか」


哀しそうに囁いた一之瀬は、体の両脇で握った拳を震わせていた。
白くなるほど力を入れているのが判り、手を添えて首を振る。
一本ずつ握っていた手を解くと、先ほどの自分と同じように深呼吸させた。

彼らの感情は真っ当だ。
酷く苦い気持ちを表に出さないよう苦労しながら、円堂は微かに俯く。
秋や、一之瀬は潰された学校を見て悲しんだのだろう。
サッカー部の思い出や、学校で過ごした時間、潰されてしまった惨めな姿に寂しくなったはずだ。
心優しい秋なら、その光景に涙を流すのも当然に思えた。
───まず始めに、苛立ちを覚える円堂こそが異常だ。
愛着がないはずがない。思い出だって沢山出来た。
それでも始めに感じたのは、無様な姿を残す校舎への嫌悪。
真っ直ぐな想いを持てない自分を嘲笑しながら、内心の思いを持て余し苦しそうに息を吐く一之瀬の頭を肩口に押し付けるとぽんぽんと撫でた。


「秋は一人で帰ったのか?」
「いいや、土門が送っていった。俺は守の姿が見えたから」
「だから俺のところへ?」
「ああ。守は、体は大丈夫だったの?」
「───父さんから聞いたのか?」
「俺は守の監視役だから」


問いかけには答えず、別の言葉を吐き出した一之瀬に嘆息する。
父が彼に監視を頼んでいたのは薄々気づいていたが、まさか本人が先に口にするとは思ってなかった。
彼が自分に抱く想いを正確に理解するから尚更。

アメリカで出遭ったとき、一之瀬の瞳は憧れの選手を前にしたファンと同じ尊敬を篭めた眼差しを向けてきた。
二年近いときを経て、気がつけば彼の瞳には熱が宿った。尊敬や憧憬だけではない、強い眼差しはいつか誰かに向けられたものと同じで、だからこそ父は一之瀬を監視役に選んだのだろう。
人は興味がない人間や嫌いな人間ではなく、愛する人間や好ましいとする人間にこそ心を篭めて尽くすものだ。
下心の有無は関係なく、大切な人を死なせたいと思う者など全体の一握りにも満たないだろう。

二心なく円堂を支える相手。いざとなれば憎まれてでも無理やりに活かそうとする相手。何があっても必ず味方で在り続け、どんなときでも優先する。
優しいだけじゃない父は、一之瀬の想いを見透かして彼を選んだ。
鬼道財閥を纏める総帥である彼が認めたのなら、一之瀬はさぞかし優秀なのだろう。
良くも悪くも円堂に関する権利を持ち、強硬手段を施行する術もある。

厄介な相手を選ばれたものだ、と嘆息すると、抱いていた一之瀬の頭を離した。
顔を上げた彼は不安げに眉を下げ、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見詰めている。


「怒った?」
「どうして?」
「守は誰かに関与されるのを嫌うだろう?意固地なまでに『真実』を知られるのを恐れてる。死期を悟った猫のように、惨めな姿を晒すのを嫌って」


すっと目を細めれば、びくりと一之瀬が体を震わせた。
本質は猛獣のような奴なのに、まるで子ウサギみたいに怯えるさまにゆるりと口角が持ち上がる。
心の奥深い部分から冷たいものが流れ込み、感情が音を立てて凍りついた。

円堂は自分が決して優しくないのを知っている。
必要なものを取捨選択し、迷わず進む残酷さを持つ。
父が性別が女でも鬼道の跡取りにしたいと望んだ理由はここにあり、弟の鬼道よりも遥かに経営者としての才能があると賞賛されたものだ。
最終的に甘さを捨てきれない弟と違い、いざとなれば円堂は己の感情を殺すのに躊躇はない。
秤にかけて重いものをとるのに迷いがないからこそ、甘ったるく優しい弟に惹かれたのだ。
敵と認めた相手に容赦がない自分を知るのはごく僅かの人間だけだったが、どうやらたった二年の付き合いで一之瀬には看破されていたらしい。
随分と甘くなったものだと自身を嘲笑すると、ゆっくりと怒気を収めた。
普段からつけている黒縁の伊達眼鏡を外してガラス越しではなく瞳を見詰め、ふっと息を吐き出す。
怒気を失くして苦笑した円堂に胸を撫で下ろした一之瀬は、少しの距離も詰めると首に腕を回して抱きついた。


「守、勘違いしないで。俺は君の監視者だけど、それ以前に君だけの味方だよ」
「知ってるよ。そんなの、最初から知ってる。お前が何のために日本へ来てくれたか、どんな想いで俺の傍に居てくれるのか。全部判ってる」
「俺の気持ちを知った上でその態度なら、また複雑なんだけど」
「そりゃ仕方ないさ。面倒な女に惚れたこと、運がなかったと諦めてくれ」
「酷いな」
「ああ」


泣きそうな顔で笑った少年の頭を撫でる。
彼は本当にツイてない。振り回すだけ振り回して、後を濁したままで去ると知りつつ、自分みたいな厄介な相手に入れ込むなんて、心の底から同情してしまう。


「でも、守の『真実』を知るのが俺だけなら、それも特権だと思うよ。何より、俺はまだ諦めてないんだ」
「何を?」
「守と生きる未来を。二度と出来ないと言われたサッカーだって出来たんだ。諦めなければ、絶対に道は開ける」


真っ直ぐな眼差しは、心からの言葉だと言外に語る。
現実を知らないからこそ『諦めない』と言える彼が、とても羨ましくて哀しかった。
綺麗な瞳に微笑すると、何も言わずに崩れた校舎をじっと眺める。
定まっている自分の結果なんてどうでもよかった。
ただ、今、言えるのは。


「宇宙人だっけ、俺たちの学校を壊したのは」
「え?」
「落とし前、つけてもらわなきゃな。俺たちの想いを踏み躙られて、サッカーまで悪用されて、黙ってなんて居られない。それに秋を泣かせるなんて、許せないからな」


クリアな視界で微笑めば、戸惑うように息を呑んだ一之瀬は、しがみ付くような遠慮ない力で抱きついた。
まるで、そうしなければ円堂が消えてしまうと必死になる姿に、ごめんなと胸中で一度だけ謝り、自分から巻き込まれるのを望んだ少年を振り回す覚悟を決めた。

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