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円堂の様子がおかしい。
いつもどおり笑顔を浮かべているが、付き合いの長さから敏感に感じ取れる怒りの波動に鬼道は眉を顰めた。
彼女にしては珍しく、苛立ちや焦りを隠しきれていない態度に小首を傾げる。
鬼道が知る『姉さん』はいつだって笑顔で居ながら、そのくせ上手に感情をコントロールし本心を読ませない人だった。

移動教室ですれ違い、中途半端に手を上げた状態で止まる。
どう声を掛ければいいか、一瞬惑った。
『円堂』ではなく、『姉さん』と無意識に出てしまいそうになり、唇を噛み締めて喉奥で言葉を殺す。
ぐっと眉間に皺を寄せ柳眉を顰めた。ゴーグルの下の瞳は眇められ、俯きがちな視線の先に薄汚れた廊下が映る。

時折、とてももどかしくて仕方なくなる。
雷門中学に転校し、姉である円堂の傍にいるための条件として彼女に突きつけられたのは、サッカー部の面々が居る場所以外では『兄弟』としての顔を見せないこと。
従って往来で『姉さん』は完璧なNGワードになり、未だに『円堂』呼びに慣れない鬼道はこうして彼女に声を掛けるチャンスを棒に振っている。
無意識が表に出そうな練習中なら大丈夫なのに、理性が働く状態だと駄目というのは自分の心理状態を明確に表してるようで嫌だった。
本当は、『円堂』なんて他人行儀に呼びたくない。
彼女に抱く感情は『姉』に対するものより複雑だけれど、『姉さん』と呼びたい自分を自覚していた。
『姉さん』は『有人』にとって幼い頃から唯一特別な扱いの人だ。
家族であったから優先されていたのに、限りなく他人に近い今は、円堂の特別である自信は微塵もなかった。

気がつけば遠くでチャイムの音が響いて、クラスメイトの声に誘われるよう教室へ入ると自席に着いた。
用意してある教科書を開き準備したら丁度いいタイミングで教師が室内に現れる。
学級委員の号令に合わせて立ち上がり、ぐらりと視界が揺れた。


「鬼道!!?」


遠くで土門の声が聞こえる。
そう言えば彼に敬称付けされないのは初めてだな、と頭の片隅で考えながら、鬼道の意識はふつりと途切れた。




『姉さん、頑張れ!!』


声を限りに叫べば、遠いフィールドで風のように駆ける人が軽く手を上げてくれた気がした。
VIP席から外に出た場所は、ガラス窓で区切られていないが彼女が立つ場所から遥かに距離がある。
豪快でありながら針に糸を通すような繊細なプレイをする彼女にはファンが多く、男女合わせて声援が送られている。
こんな声援に紛れてしまえば有人の声が届くはずはない。子供でもわかるのに、おかしいがこの声が届かないはずがないと信じ込めた。

彼女が上げた絶妙のパスが相手チームの足元を縫い、相棒とする彼の元へと辿り着く。
スクリーンにアップで映し出された彼は、彼女に頷くと白い残像を作りながら駆け出した。
息の合ったコンビネーション。互いの位置を確認しなくても分かり合う、彼らの関係が羨ましかった。


『・・・中に入りたまえ、ユウト。父上が心配している』
『・・・・・・』
『そこに居てもマモルの元でプレイは出来まい』
『確かに今の俺では一緒にプレイなんて出来ないけれど、でも、例え手が届かなくたって───』




「・・・姉さん」
「何だ?」

呟きに返る声に、急速に意識が覚醒する。
閉じていた瞼を開き、初めて眠っていた自分を知った。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す鬼道の顔を覗きこむのは円堂で、背後には僅かに色あせた白い天上。
きょろりと視線だけで周囲を伺い、仕切られたカーテンやスプリングが固いベッド、鼻に付く薬品臭でここが何処だか判った。


「保健室?」
「そ、お前授業開始と同時に倒れたんだって。泡食って土門が運んできたぞ。後でちゃんと礼を言っておくように」
「・・・うん」
「頭が痛いとか体調に違和感は?」
「大丈夫だ。ただ少しふわふわしてる」


瞼を閉じるとヒヤリとした掌が額に当たり、微かに身を震わせる。
怪我の手当て以外で自分じゃない誰かの体温が素肌に触れるのは久し振りだ。
他人に体を触れられるのは苦手だが、相手が円堂なら別だった。
昔からスキンシップ過多な『姉』の行動には慣れていたし、不思議と初対面から接触を厭う気持ちは持ったことがない。


「もうすぐフットボールフロンティアの決勝だってのに、このタイミングで風邪か?体調不良ならお前がどれだけ戦力になろうとも俺はお前を試合に出す気はないぞ」
「───・・・大丈夫、ただの知恵熱だ」
「知恵熱?お前が?まーた何か無駄に考え込んでたのか?」


笑いを含んだ声にゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
クリアな視界にゴーグルが取られているのだと今更ながらに気がついた。
熱で潤む瞳が鬱陶しいが、揺れる視界の先に居る人を何とか見ようと目を細める。
体内に篭る熱を呼吸をして吐き出しながら微笑んだ。


「あなたのことを、考えてた」
「俺のこと?」
「うん。再会した姉さんは俺に触れようとしないだろう?どうしてかずっと考えてたんだ」
「・・・お前、他人に触れられるの嫌いだろ?昔からパーティー会場で会う大人や、俺の許婚とか相棒に触れられるの嫌がったじゃん」
「姉さんは違う。姉さんは特別だからいいんだ。姉さんは俺の姉さんだろう?」


額に触れる手に掌を重ねて握りこめば、至近距離にある顔が眉を下げて笑った。
今よりもっと幼い時分に良く見せてくれた懐かしい笑顔。
再会してから初めて見る表情に、嬉しくて破願したら、ついっと空いてる方の手で額を突かれた。
突然の衝撃に瞳を丸めると、そのまま視界を遮るように掌で目を覆われる。


「姉さん?」
「もう寝ちまえ、有人。どうやらお前は思ってるより熱が高いらしい。話し方も含め昔の甘ったれに戻っちまってるぞ」
「・・・寝ても」
「ん?」
「目を覚ましたときには、傍に居てくれるか?」


熱に浮かされて問いかければ、返事の代わりに頭を撫でられた。
もしかすると、本当に熱が高いのかもしれない。
雲の上を歩くような心地で瞼を閉じる。


「Ninna nanna mamma tienimi con te nel tuo letto grande solo per un po' una ninna nanna io ti cantero e se ti addormenti, mi addormentero」


柔らかい旋律が降り注ぎ、体がゆっくりと弛緩していく。
いつか聞いた歌は、胸を締め付ける懐かしさと、泣きたくなるくらいの愛しさを与えた。
心が開放され優しい気持ちに満たされる。
やっぱりこの声が届かないはずがないんだと、妙な確信を抱きながら、唇が緩やかな孤を描いた。
降り積もった不安や不満は、与えられた一時に消え去る。
授業中であるにもかかわらず彼女が保健室に留まる理由や、感情を制御できずに居る理由すら、熱に浮かされた頭では至福にかき消され残らなかった。




規則正しく上下する胸を確認するとゆっくりと視界を覆っていた掌を退ける。
普段の眉間に皺を寄せたものではなく、子供らしいあどけない寝姿の鬼道に苦笑した。
こんなに無防備でいいのかと、傷つけたくなる気持ちを辛うじて堪える。
昔の刷り込みが激しすぎたのか、多少離れても慕う気持ちを損なわない彼に苦笑いしか浮かばない。
それでも最近は進歩した方だろう。昔ならチームメイトにも心を許そうとしていなかった。
今の彼は円堂以外にもちゃんと笑ったり怒ったりできる、感情が欠けた人形ではなく生身の人間だ。


「───もっと、もっと仲間を作れ有人。俺が居なくても笑えるように、俺が居なくとも前に進めるように」


寝顔を晒せるほどに心を許せる相手を、挫けそうになったとき支えてくれる誰かを見つけて欲しい。
どんな苦難も乗り越えれる、心を共有できる仲間の輪を作って欲しい。

自分が居なくても、彼の心が砕けたりしないように。

ずくりと痛む胸を抑え、襲う発作を体を縮めて乗り越える。
血管が脈動するたびに痛みが循環するようだ。
仕切りの向こうに置いておいた酸素を手に取り供給する。
整い始めた呼吸に、歪んだ視野を戻そうと目を眇めた。


「もう暫く壊れるのは持ってくれよ。約束したんだ、こいつが俺以外の誰かを見つけるまでは傍に居るって。大丈夫だと思えるまでは、傍に居るって。父さんにまで我を通して、約束したんだ」


ひゅうひゅうと喉を鳴らして、ここに居ない誰かに懇願する。
救いの手は差し伸べられないのに、惨めな自分を嘲笑う気力すら奪われて、床に這い蹲りただ弟の目が覚めないのだけを祈った。

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