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目の前に引きずり出された男を見詰め、獲物を前にした獣のように瞳を細めて観察する。
両腕から部下に体を押さえ込まれる彼は恨めしげな眼差しを向け怨嗟の言葉を絶えず吐き続け、豪奢な椅子に座っているお陰で数段高い場所から見下ろす形になっている守は、こてりと無邪気な様子で小首を傾げた。
白いキャミソールの上にレースが見事な淡色の上着と黒いプリーツスカートを身に着けた少女は、下ろした髪の一部を蝶が細工された繊細なバレッタで止めている。
黙っていれば愛くるしい人形のようだが、中身はそんな可愛いものではない。


「うーん・・・これは予定外ですね」


口調こそ令嬢然としたものだが、この状況で普段どおりな姿こそ異色を放っていた。
毛足の長い絨毯が敷かれているため地べたに押し付けられるよりマシだろうが、守の前には彼女より数倍は人生を生きている大人が押さえ込まれてるのだ。
普通の子供なら動揺してもおかしくない光景に微塵の驚きも見せていない。
どころか誰よりも堂々としており、今この場を支配しているのが少女であると言外に知らしめていた。

守が顎に指を当てて考え込むように黙ったので、室内には押さえ込まれた男のうめき声しか聞こえない。
時折怒声が混じるがそれを一切無視していた守の思考は、こんこんと軽快にノックされた音により中断された。
相手が誰かわかっているので確認もせずに近くの部下に頷くと、心得たように頭を下げた部下はドアに手を掛けゆっくりと引く。
その先にいた相手は想像通りで、お嬢様でいるときの柔らかな微笑を浮かべた。


「エドガー様、いらっしゃいまし」


椅子から立ち上がり綺麗な礼をする。
それに対してきっちりと返礼したエドガーは、守と同じように数人の黒服を伴っていた。
室内の状況を視線でひと撫ですると、押さえ込まれる男の顔を確認してじとりと柳眉を顰める。
彼の表情に予想を確信に変え、口元を押さえると控えめに笑った。


「あら、やはりエドガー様のほうですか」
「そのようだな。マモルの協力をするつもりが、身内の恥が出たようだ」
「ふふふ、エドガー様にしては珍しいですね。いつもでしたらこのような輩を私に近づけるなどなさいませんのに」
「・・・ここ暫く、あることに熱中していたんだ。周囲を疎かにしたつもりはなかったが、まだまだ未熟だったということだな」
「私も同じですわ。イタリアへ留学できて、少々有頂天になり過ぎていたみたいですね」


出迎えるために近づいた守を椅子までエスコートすると、一つしかないそれに座らせる。
そうして自分は肘掛に手を付いて立ち、端麗な顔に苦々しい表情を浮かべた。

エドガーの顔を正面から見詰めた男の怒りで紅潮させていた顔がざっと青褪める。
慌てて英語で弁明を始めた彼を笑顔で眺めていると、怒りの矛先がこちらに向いた。


『東洋の小娘ごときが、我がバルチナス財閥の御曹司の許婚などおこがましい!』


クイーンズイングリッシュで喚いた男はエドガーと同じ白人だ。
金髪に綺麗なブルーアイをしているが、色合いはいいが瞳は濁っているので好みではなかった。
同じブルーアイでも海より濃いフィディオの瞳の方が好きだ。
彼の瞳は輝きが溢れてるし、この惨めな大人より遥かに澄んでいる。

大の大人に罵られつつも笑顔をキープする守は、背後でざわめく部下を片手を上げて抑えた。
この場に置いているのは父ではなく守に忠誠を誓ってくれた腹心の部下だ。
直々に選んだ相手で信頼におけるが、忠誠心が篤い故に主を馬鹿にされると怒り心頭に発する。
悪い癖だといつも嗜めているが、こんな子供でも二心なく仕えてくれるいい人たちだった。
警護も兼ねているので文武両道で容姿も秀でているあらゆる面において優秀な彼らの内、男の体を抑えている二人が何気ない顔で力を強めたらしい。
低く呻いて怨嗟の声を上げる男は、眉を顰めて顔を俯かせた。

その様子を黙って眺めていたエドガーは、守の隣からゆっくりと移動する。
出会った当初は短かった髪が背中の半ばくらいまで伸びているのに気づき、こっそりと苦笑した。
髪を結ぶリボンは去年の誕生日に公的にではなく私的にプレゼントした一品で、くたびれ始めてるそれにそろそろ新しいものを贈るかと思案する。
対峙するとツンデレ状態になるし子供のように意地を張る彼だが、守をとても大切にしてくれていた。
一体自分の何をそこまで気に入ったのか未だにわからないが執着はあちらからだ。
長く伸びた髪が何を意味するか理解しているので、強制的に額づく形になった男の未来に僅かばかり同情した。


『今、何と言った?』
『エドガー様には東洋人は似合いません。どうかお考え直しください』
『・・・私の許婚を侮辱するのか』
『目を覚ましてください、エドガー様!態々極東の小娘など選ばずとも、ヨーロッパにはバルチナス財閥の益になる娘は沢山いらっしゃ───』
『黙れ』


腕を組んだエドガーが、静かに命令を下した。
彼らしくない冷静さを欠いた声音に、椅子に掛けたまま様子を観察する。
いざとなれば止めに入るつもりだったが、彼がどう相手を断罪するか興味もあった。
もしかしたら短慮に暴力に走るかと思ったがどうやらそれはなさそうで、ふむ、と瞳を瞬かせる。
子供ながら修羅場慣れしているエドガーなのに、感情を乱され過ぎだなと冷静に判断した。


『私の許婚を冒涜にするのは、彼女を選んだ私を冒涜するのと同じだ』
『エドガー様!』
『君は私には必要ない。分家の人間だったと記憶するが、それなりの責任を取ってもらおう』
『私を見捨てるのですか!?お父上の代から長らく忠誠を誓い尽くしてきた私ではなく、そこの黄色い猿を選ぶとでも?』
『・・・次にもう一回でも彼女を侮辱する言葉を吐いてみろ。身内だからとただでは許さない』


低い声で怒りを露にしたエドガーに、男は身震いして黙り込んだ。
彼が手を上げたのを合図に守の部下が男を部屋から引きずり出していく。
エドガーは唯一守の部下に指示をする権限を持った男だ。彼の腹心の部下に守が命令をする権限を持っているように。
お互いが手足として使う部下の中でも選りすぐりの相手に対して権限を渡しあうのは、将来を見据えてのものに他ならない。
エドガーは守をお飾りにする気はないと言外に証明し、彼の行為を許容することで同意を示していた。

手を振って残りの部下も室内から追い出すと、怒りに体を震わせる彼の背中に触れる。
年相応に他人相手に憤怒を露にする姿など初めてかもしれない。
それが守のための怒りだというから笑ってしまう。
自分を律するのに長けたバルチナス財閥の御曹司が、唯一守のために感情を乱してくれるとすれば、それはとても光栄なのだろう。
少なくとも金持ち同士の義務でしかない結婚相手に対するものなら上等だ。


「冷静になれ、エドガー。俺のために怒る必要はない」
「私が怒るとすれば私のためだ。私が選んだ婚約者を馬鹿にされるなど我慢ならない」
「婚約者じゃなくて許婚な。───ったく、さっきのおっさんの言い分じゃないがお前ならもっと中身も見た目もいいの選び放題だろうに」
「マモル。例え君だとしても私が選んだ許婚を馬鹿にするのは許さない」
「はいはい。なんてったって初恋の相手だもんな?悪い悪い」
「マモルっ!!」


白皙の美貌を持つ故に、血が上れば東洋人よりも判りやすい。
顔を真っ赤にして怒るエドガーに、ふわりと微笑みかければすぐに鎮火した。
何を好んでと本当に思うが、人の趣味はそれぞれなのだから仕方ない。
大人しい女性好みのエドガーに合わせて淑やかな仕草で小首を傾げると柔らかな口調で本題を口にした。


「それにしても、困りましたわ。私が日本にいる間に膿みは出しておきたいですのに。可愛い弟を引っ掛けようとしたお馬鹿さんたちを一網打尽に片付けようと餌を撒きましたのに、エドガー様のお家騒動に巻き込まれるなんて」
「・・・わざとらし過ぎるぞマモル。君のことだ。罠は二重三重に張ってあるんだろう?」
「あれ?ばれてた?」
「当然だ。ある意味で君と一番近い位置にいるのは私で、君を一番理解できるのも私だ。それに私も情報くらい掴んでいる。最近君の名を騙りユウトを陥れようとしていた人間のリストだ」
「やっぱ、バルチナス財閥の方いもいたか?」
「そのようだ。───君にこれを渡すのは少々勇気が入ったが、放っておけば尚酷くなるのは判っているしな。眠っているライオンに手を出したのはこいつらだ。好きにすればいい。私からのプレゼントだ。これで先ほどの失態は帳消しにしてくれると嬉しい」
「どころかお釣りが来るぜ。俺の目が届かないと思い込んで有人に好き勝手吹き込む馬鹿が多くて困ってたんだ。鬼道関連の膿みを出せればいいと思っていたが、一月あればそっちはなんとでもなる。長い目で見ると俺の手が届かないこっちの情報のが遥かに価値がある。ありがとな、エドガー」


先ほどまでの作っていた笑顔ではなく、守本来の真夏の太陽のような明るいからっとした笑顔に、エドガーは苦笑した。


「君はどんな高価なプレゼントよりも、弟を護るための情報を喜ぶな。許婚としては複雑だ」
「当たり前だろ。立場上一生綺麗なままでなんか居られない。見たくないものを見なきゃいけないし、したくない処断だってしなきゃいけなくなる。ある程度はあいつが対応するのは妥当だが、護ってくれる盾を作ってない状況で立ち向かうには相手が悪い。周りを見る目を養い痛い目をみるのと、芽生え始めた新芽を踏み躙られるのでは大きく違うからな」
「───どちらにせよ、君という姉が居れば滅多なこともないだろうがな。何しろ自分の腹心の部下をユウトの周りに配置して情報は耐えぬようにしているし、君が選んだ人間なら優れているのだろう?」
「当然。可愛い弟だからな。いずれ独り立ちするにしても、急に手を放したりしないさ」


人形のような格好をして生身の人間として笑う守はエドガーにどう映ったか知れないが、彼は仕方ないと言わんばかりに嘆息すると肩を竦めた。
何だかんだ言いながら互いの地位を理解し合える彼は、きっと協力者と呼べる相手なのだろう。
並び立つ相手として信頼出来、恋愛感情は抱いてないが好意は持っている。
有人ほど特別じゃなくても、エドガーは守の特別な人間の一人だった。
もっとも、そんなことを言えばすぐにでも自分の屋敷で花嫁修業をさせそうな彼なので、調子付かせるようなことは口にする気はないけれど。
プレゼントとしてもらったデータは有効活用させてもらう気だ。
そこまで考えて、ふと思い立った。


「こんだけの情報貰ったなら、俺もお前にプレゼントの用意しなきゃな」
「私はそんな色気のないものはいやだぞ」
「何がいい?」
「・・・一日」
「ん?」
「たまには、邪魔が入らぬよう二人きりで過ごしたい。君のためにイギリスの屋敷にピアノを用意した」
「イギリスまで来いってか。───ま、いいか。普段なら真っ平ごめんと言うとこだけど、今度イタリアに帰る前に寄るからスケジュール教えておいてくれ。一日空ける」
「いいのか?」
「ああ」


満面の笑みで頷けば、ぱあっと音がしそうな勢いで珍しくも彼が素直に笑った。
目尻を赤く染めて喜ぶさまは、ある意味年相応だろう。

この程度で喜ぶのだから安いものだといいたいが、実はスケジュール調整がとても難しい身分にあるため彼の喜びも理解できる。
今日目的の膿みは出なかったがそれ以上の収穫を得たし、実は有人にあることないこと吹き込む馬鹿の見当も付いていた。
一月以内と長い目で見れば片付けるのに苦労する相手でもなく、お陰で今週の日曜に予定していた有人とのデートは満喫できそうだ。
恩師である影山に頼み込んで、彼を保護者代わりにして三人で出かけるが、弟がそれをどれだけ楽しみにしているか知っている。
鼻歌交じりの守に、同じく上機嫌のエドガーがにこりと微笑んだ。


後日、自分が来日しているにも関わらず、何も教えてもらえなかった上に弟と二人のプリクラを自慢され、この日の上機嫌が嘘のように激昂する羽目になるのだが、彼はまだそれを知らない。

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