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漸く一日が終わり、冥加は一つ息を吐き出す。
今日は著名な音楽家である月森蓮を招いての講演があったのだが、予想以上に長引いた。
若手ながらも世界屈指の実力を持つ新進気鋭の青年へ、天音学園の生徒からの質問は次から次へと沸き起こり、それを一々真面目に答えてくれるおかげでいつの間にか夕方どころか時間は夜に差し掛かっている。
今日はこの後特に予定はないが、それでもスケジュール調整に疲れは覚えていた。
理事長室にある応接セットに腰掛け、紅茶を上品に啜る月森はとても端整な顔立ちをしている。
端整な指先はヴァイオリンを奏でるために存在していると、いつだったか雑誌で読んだのを思い出しひっそりと眉を寄せた。
すると隣に居た天宮が敏感に反応しこちらを見てきたので何でもないとジェスチャーで告げる。
理事長室には他にも七海の姿があり、先ほど今年のコンサートで奏でた楽曲の感想を聞いていたところだった。
的確なアドバイスはさすがに現役のヴァイオリニストだと感心させられるばかりで、自分の技術の高さを理解する冥加ですら純粋に凄いと思える。
焦がれる音を奏でるのはかなで一人だが、それでも目の前に座る男は、一人のヴァイオリニストとして尊敬していた。
「それで、月森さんのこの後のご予定は?もし何もなければ食事会を設けたいのですが」
そつなく誘えば、思いも至らなかったとばかりに月森が目を丸くした。
こんな誘いはしょっちゅうだろうに驚く姿に戸惑い、そして気がつく。
「何か、ご予定が入ってらっしゃるんですか?」
「・・・ああ。すまない。今日は古くからの友人達が母校に集まっているんだ。これから俺も向かおうと思っている」
「月森さんの母校って言ったら、星奏学院ですよね?」
「そうだ。そう言えば、今年のオケ部の決勝は星奏と天音だったか。営巣に知り合いでも?」
「はい。星奏学院のアンサンブルメンバーの一人と親しくさせて頂いてるんです。この間なんて、七海の家に一緒にサンマーメン食べに行きました」
「・・・何?俺は聞いてないぞ、天宮」
「そりゃ冥加なんて誘わないよ。楽しくなさそうだし」
「天宮さん!あ、あの、すみません、部長!俺も小日向さんも連絡しようとしたんですけど、通じなくて!」
「そうそう。代わりに妹の枝織ちゃんとご一緒したよ。小日向さんともども無邪気に喜んで可愛かったな」
ほくほくとした笑顔を浮かべる天宮に、ぎりりと歯軋りする。
確かに数日前仕事中に携帯に連絡があったのを留守番通知で確認したが、その後七海から謝罪のメールが入っていたので無視をしていた。
それがまさかかなでと妹を引き連れてサンマーメンを食べに行っていたとは知らなかった。
隣で笑顔の幼馴染だが、絶対に確信犯だった筈だ。
ここ数日いやに機嫌が良いとは思ってたのだ。
苛立ちを噛み殺していると、その様子を眺めていた月森が微かな笑みを顔に浮かべる。
あまり表情の変化がない男だけに、僅かに微笑むだけで随分と華がある。
何故いきなり笑顔を浮かべたのか判らずにいると、失敬、と謝罪された。
「小日向さん、とは星奏学院の1stを務めた子のことか?」
「・・・どうしてそれを?」
「いや、衛藤君からメールを貰ってね。将来有望なヴァイオリニストだと。そうだな───それなら、君たちも来るか?」
「何処にでしょうか?」
「星奏学院にだ。食事は少し遅くなるが、俺の旧友達が今そこでミニコンサートをしてるはずなんだ」
「ミニコンサート?そんな告知、聞いてませんが」
「内々のものだからな。プロとアマが入り混じっての、遊びみたいなものだ。格式はないが楽しんでもらえると思う」
誘いの言葉に七海と天宮は躊躇なく頷いた。
しかし冥加は少し躊躇う。
月森蓮と顔を合わせるのも会話をするもの初めてではない。
だがこんな誘いを受けるほど親しくなく、だからこそ急な誘いに戸惑っていた。
すると、そんな冥加のためらいに気付いたように月森がこちらに視線を向ける。
「俺が君を誘うのはおかしいか?」
「・・・それは」
「そうだな、昼の演奏を聞かなければ君を誘ってなかったかもしれない」
昼の演奏、と聞き眉間に皺を寄せた。
月森蓮を呼ぶにあたり、こちらからも数名選抜メンバーで舞台で演奏をした。
その際、実力から行くと絶対に外せない冥加自身も演奏したのだが、それのことを指しているのだろう。
「以前、君の演奏を聞いたとき、確かにその技術の高さに驚かされた。高校生どころかプロでも通用しそうなほど美しい音色を奏でるのに、その音はただ寒々しいものだった。温かみの欠片も見つけれない、空洞に響く空虚な音」
「・・・手厳しいですね」
「プロだからな。しかし、今日の君の音を聞いて見識を変えた。技術力、表現力は以前と変わらない。けれど何かが決定的に違った。溢れる音楽はどこか優しく、暖かで柔らかい。表面だけであれば以前と変わらないのに、奥深くから湧き出るものが変わっていた」
思わず黙り込んだのは、その指摘に心当たりがあるからだ。
認め難いが冥加は変わったのだろう。
否、変わらざるを得なかった。
ずっと追いかけている人がいた。
ずっと魂の欠片を奪われていた。
ずっと焦がれ望んでいた。
その音を再び耳に出来、冥加は変えられてしまった。
抵抗する暇などない。抵抗を覚える間も与えられなかった。
悔しさを覚える隙間も貰えず、どうしようもなく諦めた。
あれは、あの女は、そういう生き物なのだから、と。
冥加が変わったなら原因はかなでで、変わったと見抜かれるのは、それでも嫌ではなかった。
「君の音が変わった原因が彼女なら、俺も彼女を見てみたい。そして、君と彼女の音を聞きたい」
「・・・酔狂な」
「そうだな。そうかもしれない。だが、失ってから後悔しても、全てが遅いんだ」
「何を───」
「何でもない。・・・ああ、ほら早くしろと急かされているな。君たちには聞こえないか?囁きに似た甘い音が」
微苦笑した月森に訝しげに顔を歪める。
耳を澄まして、そして何を言われたか理解した。
ささやかな音で聞こえてくるのは、懐かしく忘れられない曲。
冥加を地獄に突き落とし、すべてを束縛した思い出の曲。
「『愛の・・・挨拶』?」
この部屋は当たり前に防音処理が施され、音が入る隙間はない。
それ以前に聞き覚えがありすぎるこの音を奏でられる少女はこの場に居ない。
なのに何故音が聞こえるのだろう。
唯一冥加の心を放さない旋律は、一体何処から流れてくるのか。
驚き目を丸くする冥加に、嬉しそうに月森は笑った。
その顔はまるで自分と同年代の少年のようで、何を言っていいか判らず唇を噛んで俯いた。
今日は著名な音楽家である月森蓮を招いての講演があったのだが、予想以上に長引いた。
若手ながらも世界屈指の実力を持つ新進気鋭の青年へ、天音学園の生徒からの質問は次から次へと沸き起こり、それを一々真面目に答えてくれるおかげでいつの間にか夕方どころか時間は夜に差し掛かっている。
今日はこの後特に予定はないが、それでもスケジュール調整に疲れは覚えていた。
理事長室にある応接セットに腰掛け、紅茶を上品に啜る月森はとても端整な顔立ちをしている。
端整な指先はヴァイオリンを奏でるために存在していると、いつだったか雑誌で読んだのを思い出しひっそりと眉を寄せた。
すると隣に居た天宮が敏感に反応しこちらを見てきたので何でもないとジェスチャーで告げる。
理事長室には他にも七海の姿があり、先ほど今年のコンサートで奏でた楽曲の感想を聞いていたところだった。
的確なアドバイスはさすがに現役のヴァイオリニストだと感心させられるばかりで、自分の技術の高さを理解する冥加ですら純粋に凄いと思える。
焦がれる音を奏でるのはかなで一人だが、それでも目の前に座る男は、一人のヴァイオリニストとして尊敬していた。
「それで、月森さんのこの後のご予定は?もし何もなければ食事会を設けたいのですが」
そつなく誘えば、思いも至らなかったとばかりに月森が目を丸くした。
こんな誘いはしょっちゅうだろうに驚く姿に戸惑い、そして気がつく。
「何か、ご予定が入ってらっしゃるんですか?」
「・・・ああ。すまない。今日は古くからの友人達が母校に集まっているんだ。これから俺も向かおうと思っている」
「月森さんの母校って言ったら、星奏学院ですよね?」
「そうだ。そう言えば、今年のオケ部の決勝は星奏と天音だったか。営巣に知り合いでも?」
「はい。星奏学院のアンサンブルメンバーの一人と親しくさせて頂いてるんです。この間なんて、七海の家に一緒にサンマーメン食べに行きました」
「・・・何?俺は聞いてないぞ、天宮」
「そりゃ冥加なんて誘わないよ。楽しくなさそうだし」
「天宮さん!あ、あの、すみません、部長!俺も小日向さんも連絡しようとしたんですけど、通じなくて!」
「そうそう。代わりに妹の枝織ちゃんとご一緒したよ。小日向さんともども無邪気に喜んで可愛かったな」
ほくほくとした笑顔を浮かべる天宮に、ぎりりと歯軋りする。
確かに数日前仕事中に携帯に連絡があったのを留守番通知で確認したが、その後七海から謝罪のメールが入っていたので無視をしていた。
それがまさかかなでと妹を引き連れてサンマーメンを食べに行っていたとは知らなかった。
隣で笑顔の幼馴染だが、絶対に確信犯だった筈だ。
ここ数日いやに機嫌が良いとは思ってたのだ。
苛立ちを噛み殺していると、その様子を眺めていた月森が微かな笑みを顔に浮かべる。
あまり表情の変化がない男だけに、僅かに微笑むだけで随分と華がある。
何故いきなり笑顔を浮かべたのか判らずにいると、失敬、と謝罪された。
「小日向さん、とは星奏学院の1stを務めた子のことか?」
「・・・どうしてそれを?」
「いや、衛藤君からメールを貰ってね。将来有望なヴァイオリニストだと。そうだな───それなら、君たちも来るか?」
「何処にでしょうか?」
「星奏学院にだ。食事は少し遅くなるが、俺の旧友達が今そこでミニコンサートをしてるはずなんだ」
「ミニコンサート?そんな告知、聞いてませんが」
「内々のものだからな。プロとアマが入り混じっての、遊びみたいなものだ。格式はないが楽しんでもらえると思う」
誘いの言葉に七海と天宮は躊躇なく頷いた。
しかし冥加は少し躊躇う。
月森蓮と顔を合わせるのも会話をするもの初めてではない。
だがこんな誘いを受けるほど親しくなく、だからこそ急な誘いに戸惑っていた。
すると、そんな冥加のためらいに気付いたように月森がこちらに視線を向ける。
「俺が君を誘うのはおかしいか?」
「・・・それは」
「そうだな、昼の演奏を聞かなければ君を誘ってなかったかもしれない」
昼の演奏、と聞き眉間に皺を寄せた。
月森蓮を呼ぶにあたり、こちらからも数名選抜メンバーで舞台で演奏をした。
その際、実力から行くと絶対に外せない冥加自身も演奏したのだが、それのことを指しているのだろう。
「以前、君の演奏を聞いたとき、確かにその技術の高さに驚かされた。高校生どころかプロでも通用しそうなほど美しい音色を奏でるのに、その音はただ寒々しいものだった。温かみの欠片も見つけれない、空洞に響く空虚な音」
「・・・手厳しいですね」
「プロだからな。しかし、今日の君の音を聞いて見識を変えた。技術力、表現力は以前と変わらない。けれど何かが決定的に違った。溢れる音楽はどこか優しく、暖かで柔らかい。表面だけであれば以前と変わらないのに、奥深くから湧き出るものが変わっていた」
思わず黙り込んだのは、その指摘に心当たりがあるからだ。
認め難いが冥加は変わったのだろう。
否、変わらざるを得なかった。
ずっと追いかけている人がいた。
ずっと魂の欠片を奪われていた。
ずっと焦がれ望んでいた。
その音を再び耳に出来、冥加は変えられてしまった。
抵抗する暇などない。抵抗を覚える間も与えられなかった。
悔しさを覚える隙間も貰えず、どうしようもなく諦めた。
あれは、あの女は、そういう生き物なのだから、と。
冥加が変わったなら原因はかなでで、変わったと見抜かれるのは、それでも嫌ではなかった。
「君の音が変わった原因が彼女なら、俺も彼女を見てみたい。そして、君と彼女の音を聞きたい」
「・・・酔狂な」
「そうだな。そうかもしれない。だが、失ってから後悔しても、全てが遅いんだ」
「何を───」
「何でもない。・・・ああ、ほら早くしろと急かされているな。君たちには聞こえないか?囁きに似た甘い音が」
微苦笑した月森に訝しげに顔を歪める。
耳を澄まして、そして何を言われたか理解した。
ささやかな音で聞こえてくるのは、懐かしく忘れられない曲。
冥加を地獄に突き落とし、すべてを束縛した思い出の曲。
「『愛の・・・挨拶』?」
この部屋は当たり前に防音処理が施され、音が入る隙間はない。
それ以前に聞き覚えがありすぎるこの音を奏でられる少女はこの場に居ない。
なのに何故音が聞こえるのだろう。
唯一冥加の心を放さない旋律は、一体何処から流れてくるのか。
驚き目を丸くする冥加に、嬉しそうに月森は笑った。
その顔はまるで自分と同年代の少年のようで、何を言っていいか判らず唇を噛んで俯いた。
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